微妙な10センチ。〜最終〜
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#1 [あき]
じゃぁね。と笑顔で、手を振ったのは
もうすぐ春の匂いがする暖かい昼下がり。
さよなら。
と冷たく言ったのは
もうすぐ、梅雨が明けようとした寒い雨の夜。
あきとなおちゃんが終わった日。
:09/07/08 00:55 :W65T :Uanw3whY
#2 [あき]
―――――――
『じゃっ。』
―ピッ♪プーッ…プーッ…
雨が滴り落ちる、寒い夜。
オレンジ色のライトが、忙しそうに、行き交っている。
雨の日の夜の運転は見えないから嫌いだと、嘆く私に、笑ってくれてた優しい彼を思い出す。
前が見えない。
雨に光るフロントガラスに滲むライト。
私の世界が滲むのは。
古くなったワイパーが役に立たなくなったから?それとも…
:09/07/08 01:03 :W65T :Uanw3whY
#3 [あき]
『呆気ないなぁ…』
そう、ふっと笑う。
握りしめた携帯電話を、ぽんと助手席に放り投げた。
両手でハンドルを握って、アクセルを踏み込む。
愛車は、ウウンッうねって、前へぐんっと伸びる。
先には青白く光る高速道の入り口看板。
彼が住む街までの道標。このまま突き進み、あれに乗って、彼の元まで行けば、何か変わる?また戻れる?あの冷たい声は嘘だと言ってくれる?
道標の下。
一瞬躊躇した。
だけど、結局、私はハンドル右に回し、道標を背中に向けて、闇を走り抜けた。
:09/07/08 01:14 :W65T :Uanw3whY
#4 [あき]
何が私達をこうしたのか、わからない。
本当にわからない。
分かる事は。
私が、わからないから。
彼が、離れていった事。
そして。気付いていても、わからないから、どうもできなくて。いや…逃げてきて。まさかなんて言い聞かせて。
だけど、たった今。
それは、やっぱり現実で。
離れていった事が
わかった。
それだけだった。
:09/07/08 01:21 :W65T :Uanw3whY
#5 [あき]
なおちゃんがいなくなった街は、とてもつまらない街だった。
毎日、毎日、仕事と自宅の往復。
朝から夜中まで、働いて、疲れて眠るだけの日々。
なおちゃんも、また、懐かしい街で、両親の支えになりながら。夏には着工する予定の新しい城に向けて、たった一人で、忙しい日々を過ごしている。
会えない日々も。
離れて暮らす私達にとっては、なんてない事。
今までにだって。
そんなの、私達には壁にすらならなかった。
そう思っていた。
:09/07/08 01:28 :W65T :Uanw3whY
#6 [あき]
ちょうど、その頃。
私は、会社で、仕事で、抱えきれない程のストレス、不満、不信を抱えていた。
勤めて数年。
憧れから始まった仕事は、無我夢中で駆け抜けた年を終えて、現実として必死になった年も越えて。
見たくもない闇を突きつけられる年に到達。
人間の裏側。
組織の裏側。
いろんなものが見えてくる年。
それに、とてつもなく疲れていた。
:09/07/08 01:35 :W65T :Uanw3whY
#7 [あき]
だけど、それを口には出さなかった。
それは、なんて事ない。
強くなった私
それを見せたかった。
ただそれだけ。
すぐに弱音を吐き捨てて。逃げ言葉を吐き捨てて。
泣きつく私から…
大丈夫だよ。
何とかなるよ。
そう笑って日々を生活する強くなった私。
それを見せたかっただけ。
強くなったな。
そう笑って言って欲しかった。
ただそれだけだった。
:09/07/08 01:42 :W65T :Uanw3whY
#8 [あき]
ちょうどその頃。
彼もまた、抱えきれない程の、不安、不信、ストレスを抱えていたんだろう。
介護疲れしている母のフォローに。
彼自身の慣れない介護。
いちからやり直す、彼の城。それに基づく、桁違いの資金。
頭では彼の不安やストレスを理解していても。
昔のように気持ちが、彼に添えなかった。
私自身が、押し潰されそうな不安やストレスに、彼を支える力なんて残っていなかった。
また彼も私の思いに頭では理解していてくれても、自分自身が押し潰されそうで私を支えられる力を残してはいなかった。
結局、私達は昔のように優しく寄り添えなかったんだ。
:09/07/08 01:51 :W65T :Uanw3whY
#9 [あき]
結局、互いに出てくる言葉は
大丈夫だよ。
元気にやってるよ。
なんて、笑いながら、精一杯の強がりを言うだけだった。
互いに、弱さに気付いているのに、その上辺だけの強さに、甘えて。逃げて。
私達は、いつしか、何も言わなくなっていった―…
:09/07/08 01:54 :W65T :Uanw3whY
#10 [あき]
《…飯くった?》
『…まだ。』
《俺も。…腹減った?》
『うーん。とくに?今日も疲れた。』
《あっそ…。じゃ。寝るわ》
『うん。じゃっ。』
こんな会話を、冷たく交わす夜。
電話を切って思う。
苦しいよって泣けば。
逢いたいよって泣けば。
今すぐに会えるのかなって。
:09/07/08 02:04 :W65T :Uanw3whY
#11 [あき]
電話を切った後。
彼も、私に会いたいと思ってくれてたのかなって。
そう気付く。
もう遥か遥か昔。
今よりも、もっともっと遠く離れた距離にいた頃。
彼の助けてが
《腹へった。飯行く?》
だった。
今もそう。
前なら簡単に言えた言葉で、簡単に成し遂げられたそれも。
離れた街に暮らす今は、それが、彼の唯一の表現だったのかもしれない。
それを《疲れた》と自然に漏らす私の言葉で、彼は全てを飲み込んだ。
そう気付くのは、いつも遅かった。
:09/07/08 02:13 :W65T :Uanw3whY
#12 [あき]
そうやって私達は。
日々を重ねるだけ重ねて、時間は全くさっぱり重ねなくなっていた。
だけど。
妙な自信と
妙な安定。
会わなくても、話さなくても。何年も繋ぎ合わた時間だもの。
たった数ヶ月で。
大切なものを
失いかけているなんて。
考えてもいなかった。
:09/07/08 02:28 :W65T :Uanw3whY
#13 [あき]
―――――――
『じゃぁ。そろそろ帰るねっ。』
よいしょと立ち上がり、バックを肩にかけた。
ガチャガチャと、テーブルに散らばった、携帯、煙草をバックにしまって、くるっとお尻に持っていく。
『おうっ。気をつけろよ』
『うんっ。』
適当に返事をして、肩に食い込んだ紐を直した。
久しぶりに重ねた時間は、あっという間で。
特にたいした会話もしないで、特にたいした事もしないで。
タイムリミットだ。
:09/07/08 13:15 :W65T :Uanw3whY
#14 [あき]
『体気をつけてね?』
『ぉおっ。…そっちも、無理すんなよ。』
『…うん。』
本当は、もっともっと話をしたかった。
もっともっと、話を聞いて欲しかったし。
もっともっと、話を聞いてあげたかった。
だけど。
そう思っていても、私達は、互いに、話出すきっかけがなくて。
結局、何も言えず、帰り際に、たった、二言、三言、そう交わすのが精一杯。
薄々、気づいていても、それ以上、お互いがお互いに、踏み込めなかった。
:09/07/08 13:27 :W65T :Uanw3whY
#15 [あき]
昔の私達なら。
時間も忘れて、何もかもを忘れて、夢中で話た。
悩みや愚痴、怒りや、悲しさ、くだらなさすぎる言から、些細な出来事まで。
共に、怒って、共に泣いて、共に悩んで。共に笑った。少しでも様子が違えば
何があっただの
どうしただの
掘り返し掘り返して、結局、勢いに飲まれ、気付けば、一から百まで胸の中をぶちまけたのに。
いつしか、何も言わなくなったし。聞かなくなった。重ねすぎた、月日が、そうさせたのかもしれない。
何かあれば。
どうしようもなければ、言ってくる…
そんな妙な自信が。
私達の間に見えない壁を作ってしまったのだ。
:09/07/08 13:37 :W65T :Uanw3whY
#16 [あき]
おもむろに立ち上がった、なおちゃんが、私の後ろに立つ。
背中から、ふわりとなおちゃんの匂いがした。
『んっ?なんか悪戯したでしょっ!』
くだらなさすぎる悪戯が大好きな、なおちゃん。
隙を見せると、かっこうの餌食にされるのだ。
『するかっ!』
『怪しいっ!』
私は、バックをポンポンと触ってみたり、背中に手を回してみたりと、悪戯の痕跡を探す。
『信用ねぇなぁ〃』
『ないねっ〃』
:09/07/08 13:40 :W65T :Uanw3whY
#17 [あき]
『じゃぁね』
『おう』
パタンと扉を閉じた。
懐かしい廊下を渡り、懐かしい階段を静かに降りると、廊下に漏れる光に、おばさんの背中が見えた。
『遅くまで、お邪魔しました〃』
襖越しに、丸いおばさんの背中に声をかける。
『あら、帰るの?』
おばさんは、振り返ると、私に微笑みかけてくれた。うんと、微笑み、頭を下げる。
:09/07/08 14:19 :W65T :Uanw3whY
#18 [あき]
『おじさん…どう?』
病に伏せて、最近は、おばさんの手がないと、何も出来なくなってきた、あの、私の記憶に残る、優しくて、大きなおじさん。
『ん?寝てるわよ〃』
『そっかっ〃』
『あきちゃん、こっち来て座る?』
おばさんは、疲れた体を、ゆりお越し、私を隣に呼び寄せた。
『いいよっ〃おばさんも疲れてるんだからっ!早く寝ないとっ〃』
:09/07/08 14:25 :W65T :Uanw3whY
#19 [あき]
『大丈夫よっ。』
ふふふと笑う、おばさんの顔には、深く刻まれた溝。私は、笑うと、首を振った。
『今日は、なおちゃんがいるんだから。なおちゃんに任せてたらいいんだよっ。また来るからっ〃その時は、お茶ご馳走なるねっ。』
そう?と静かに微笑んだ、パジャマに薄い羽織りを着たおばさんに、おやすみなさいと笑って言った。
:09/07/08 14:34 :W65T :Uanw3whY
#20 [あき]
静かに廊下を進む。
ギシギシと鳴る廊下は、昔から比べると、大きくなり、それが胸に響く。
広くて長い廊下の先に玄関。サンダルに足を入れた時。また後ろで、おばさんの声がした。
『あきちゃん?なおとの事、頼むわね…』
後ろを振り返ると、小さな体のおばさんが、私に笑いかけていた。
『あははっ〃』
私は、うん。とも、ううん。とも言えずに笑ってしまう。
:09/07/08 14:40 :W65T :Uanw3whY
#21 [あき]
『あの子、あきちゃんに沢山迷惑かけてるかけてると思うけど、これからも、あの子の事、助けてやってね』
『そんな事ないよ〃』
それには、強く首を振った。私の方こそ、沢山、彼に助けてもらったんだ。
『おばさんも、無理しないでね。』
『ありがとうね』
外まで見送ろうとしてくれた、おばさんの優しさを断って、私は車に乗った。
キラキラとした星空が、ここがどんな田舎町なのかを教えてくれる。
私には何がしてあげられるんだろう。
そう、星空に問い掛けてみた。
:09/07/08 14:49 :W65T :Uanw3whY
#22 [あき]
真夜中、流れる景色を、駆け抜けて、私が暮らすこの街に辿り着いたのは、なおちゃんの町を出発してから、かれこれ数時間。
暗闇の冷たい玄関を開けて、パチンと電気をつけると、ベッドにバックを放り投げた。
寝室に置いてある小さなソファーに腰を下ろすと、煙草に火を付ける。
今回もまた
結局、何も言えなかった。
結局、何も聞けなかった。
その虚しさだけが、胸中を締め付ける。
ジリジリと燃える筒が、煙たかった。
:09/07/08 14:57 :W65T :Uanw3whY
#23 [あき]
しばらくして、ごそごそとバックのポケットを探る。
【今、着いたよっ。おやすみなさい!】
可愛い絵文字も、ハイテクデコメも、何もない。
シンプルな文面を、作って送信しておいた。
返事が返って来ないのは、千も承知なので、ぽいっとテーブルに置くと、私は、ごそごそと、バックの中身を、明日の通勤用バックに入れ替える。
今度はいつ会えるんだろう。
そんな事を考えながら、バックのポケットをまさぐっていた。
:09/07/08 15:02 :W65T :Uanw3whY
#24 [あき]
『…なんだこりゃ?』
バックのポケットの奥底から、身に覚えのない紐がはらりと落ちてきた。
色気もへったくれもない、麻が組まれた、それを手に取り、しばらく睨めっこ。
自然と記憶が蘇る。
この紐…
見た事がある…
あれだ…
昔、昔、手先が器用な彼が、作っていた。
いつしか、私達の間で、流行った。
【一本いっとく?ミサンガ】
だ…。
:09/07/08 15:08 :W65T :Uanw3whY
#25 [あき]
もしかして。
あの時、私の後ろに立ったのは…
バックにこれを
入れたんだ…
なーんだよっ!!
可愛くないったりゃありゃしない!〃
素直に、渡してくれたらいいのにっ!〃
それは、昔に比べたら、色も何もない。
飾りもなにもない。
ただの麻の紐った。
『手…抜きすぎだし…〃』
小さな小さな、その紐に、ぷぷぷっと笑って…
ジワリと胸が、暖かくなった。
:09/07/08 15:13 :W65T :Uanw3whY
#26 [あき]
このまま、何も言わなかったら、彼は何か言ってくるかな?
《ポケット見ろ》
《なんで?》
《いーから見ろ!!》
《やだよ。理由は?》
《うざっ!!〃》
なんて言うのかな?
想像したら、笑える。
そんな、なおちゃんも見てみたいけれど、そんな事をしたら、間違いなく、次回、会った時にコテンパンに抹殺される。
私は、携帯を握りしめて、短縮番号ゼロを押した。
:09/07/08 15:20 :W65T :Uanw3whY
#27 [あき]
そうすると、珍しく、数回のコールで、繋がる。
―ピッ♪
《おうっ》
『なに?これっ〃素直じゃないなぁ〃』
《くれくれうるさいから、わざわざ、忙しーい合間をぬって、作ってやったんだろ?》
『にしても、手抜きすぎじゃない?』
《あほぅ。シンプルが一番。てか…その形が一番難しいんだぞっ!》
『……ありがと…〃本当、嬉しい。』
《おお。じゃな。寝るぞ!》
呆気ない会話。
だけど、何時間も会話した気分になる。
暖かい気持ちになった。
この夜は、久しぶりに寂しくも悲しくも辛くもない夜だった。
:09/07/08 15:29 :W65T :Uanw3whY
#28 [あき]
そのミサンガは、携帯ストラップとして、私の携帯に今でも、ぶら下がっている…。
仕事柄、アクセサリーは厳禁だった私は、不器用ながらに、必死に、携帯ストラップにアレンジしたのだ。
《また無くしたなんて、ウジウジ泣かれたら、たまんねえから、二度と無くすなよな》
言われた通り、私は、今度は切れないように、携帯に繋げた部分を、布用ボンドでガチガチに固めてしまったのだ。
切れないように…
宝物を無くさないように。
結果、頑丈に固められた、ストラップは、ハサミを使わないと取れない状態になった。
ハサミなんて…
ぶちっと切ってしまうなんて。
まだ、私には出来ない。
:09/07/08 15:38 :W65T :Uanw3whY
#29 [あき]
そうやって、少しづつ、心の距離に負けそうになりながら、だけど、必死に繋ぎ合わせようと、もがいていた私達。
だからこそ。
歯車が狂い出すのは。
本当に些細なきっかけだった。
そこからは、ガタガタと不快な音を鳴らしながら、バラバラになっていった私達の歯車。
そして、リズムを崩し、バラバラになった歯車は、呆気なく止まってしまった。
まさか。
私達の間に、終演があるなんて
知りもしなかった―…
:09/07/08 15:51 :W65T :Uanw3whY
#30 [あき]
―――――――――
『ねぇ……バイト辞めれば?』
《……あきも、仕事辞めれば?》
『そんな簡単に出来るわけないじゃん。』
《俺だってバイトそう簡単に辞めれるわけねーだろ?》
『……』
《……》
虚しい沈黙。
最近、なおちゃんは、イライラしている。
順調かと思っていた、新しい城の着工が遅れに遅れていたからだった。
最悪、計画自体が無くなるまでの瀬戸際に立たされていた。
:09/07/08 16:12 :W65T :Uanw3whY
#31 [あき]
原因は、業者との間で折り合わない資金問題。
何も言わないけれど。
私はわかっていた。
おまけに、この、強情っ張りに、この意地っ張りだ。
一度、城を築いてしまった人間は、また、誰かの城で奉公するなんて、考えられない。
一度、大きな城を夢見てしまった城主は、規模を小さくするなんて我慢ならない。
そうゆうもんなんだろう。
結局、なおちゃんは、城を持たず、看板だけの仕事をしながら、夜は資金調達の為に、バイトまで初めていた。
その日々の疲労や睡眠不足。
自宅に戻れば、慣れない介護。
全てが、計りしれないストレスとして、彼にのし掛かっていた。
:09/07/08 16:18 :W65T :Uanw3whY
#32 [あき]
私もまた、大好きだった、仕事だったけれど。
見えてきた、会社への不信。不満、それが、計りしれないストレスになっていた。私達はお互い、口を開けば
【疲れた】【眠い】
【ダルい】
不平不満しか言わなくなっていた。
結局は、そんな、つまらない、無言に近い電話で終わってしまっていた。
それが今日。爆発寸前だった。互いに、相手にぶつけても仕方ないとわかっていても、なぜか、この夜、ぶつけ合ってしまったのだった。
:09/07/08 16:25 :W65T :Uanw3whY
#33 [あき]
『なんかおかしいよっ!!なおちゃんの本業は何!?最近、夜の、訳のわかんないバイトばっかりで、朝に帰ってきて、昼まで寝て?仕事きちんと出来てないじゃんっ!!本業はどっちなワケッ!?一攫千金狙ってないで、コツコツ働いてよっ!!』
私が、好きだったなおちゃんは、毎日、毎日、キラキラした目で仕事をしていた。
私が尊敬していななおちゃんは、クタクタになりがらも、小さな城で、誰かの為に一生懸命に仕事をしていた。
それが、今は、夜な夜な、得意?のパソコンで、一攫千金を狙うようなバイトをして、本業の仕事が疎かになっている始末。
:09/07/08 16:34 :W65T :Uanw3whY
#34 [あき]
『したくても、仕事がねーんだろ!?それにな、世の中、金なんだよ!!金が無けりゃ、何もできん!何の為にバイトしてるのか、わかるだろうがっ。』
『そんな、昼まで寝てるような、締め日に間に合わないような、ダレた人に誰が任せられるのよっ!!お客さん無くしたのは自分でしょっ!!今や、本業よりも、安定した収入のあるバイトが楽しくて仕方ないんじゃないのっ!?私にはそう見えるけどっ!!』
ただでさえ、小さな城で、顔見知りが顔見知りを紹介する繋がりで増えていった固定客。
場所が変われば、また一からやり直しな事はわかっていたはず。
それなのに、なおちゃんは、何もしなかった。
いや、しなかった訳じゃないんだろうけれど。
実を結ばなかったんだ。
結局、焦ったなおちゃんは、バイトの収入に頼るしかなかった。
その気持ちはわかる。
けど…何かが違う。
:09/07/08 16:41 :W65T :Uanw3whY
#35 [あき]
『そんな、昼まで寝てるような、締め日に間に合わないような、ダレた人に誰が任せられるのよっ!!お客さん無くしたのは自分でしょっ!!今や、本業よりも、安定した収入のあるバイトが楽しくて仕方ないんじゃないのっ!?私にはそう見えるけどっ!!』
ただでさえ、小さな城で、顔見知りが顔見知りを紹介する繋がりで増えていった固定客。
場所が変われば、また一からやり直しな事はわかっていたはず。
それなのに、なおちゃんは、何もしなかった。
いや、しなかった訳じゃないんだろうけれど。
実を結ばなかったんだ。
結局、焦ったなおちゃんは、バイトの収入に頼るしかなかった。
その気持ちはわかる。
けど…何かが違う。
:09/07/08 16:42 :W65T :Uanw3whY
#36 [あき]
『あきに、俺の苦労がわかるかよっ!!』
この台詞には、グサリときた。
だけど、負けられなかった。
『わかんないね!!全くわかんないっ!!』
『お前は、何だかんだ言っても、保証されてる仕事だ。安定もしてるだろうよ!!グダグダ文句言ってるけど、俺にしたら、甘っちょろいわっ!!』
『保証されてた仕事を辞めたのは誰よっ!!自分でするんだって意気込んだのは誰!?それが、今は何よっ!!負け犬になってんじゃないわよっ!!!今のなおちゃん、全然っっ!!かっこよくないんだからっ!!!』
:09/07/08 16:47 :W65T :Uanw3whY
#37 [あき]
『はぁっ!!?負け犬?』
『負け犬じゃんっ!!こっちで、ちょっと、うまく行ったからって、調子乗って!結局、今がこれじゃんかっ!!店も持たずに、フラフラして、バイトして。』
もう、止まらない。
酷い言葉を投げつけているのは頭では理解しても、心が止まらない。
『だから、それは新しい店の資金だって言ってんだろっ!!』
『そもそも、店キャパを広げる意味あるのかって言ってんの!いーじゃんかっ!!今までみたいに、小さくても、目立たなくても、しっかりと構えてたら良かったじゃないっ!!結局、欲でしょ!!土地があるから広くしたいからだけでしょっ!!』
:09/07/08 16:55 :W65T :Uanw3whY
#38 [あき]
『…あきはどうなんだよ…俺の事、偉そうに言えんのかっ!!毎日毎日、駒みたいに、言いように使われてよっ!!利用されてるだけなの気づけよなっ。嫌なら嫌って言えばいいだろ!!それを後で、グチグチ言いやがって。そんなに嫌なら辞めちまえよっ!!』
『簡単に言わないでよっ!!不満はあっても、好きだから辞められないんでしょ!!それは、なおちゃんが一番知ってるじゃんっ!!』
私が、この仕事が好きな事は、知ってるはずなのに。
辞めろと簡単に言う、なおちゃんが信じられなかった。許せなかった。
『本当に好きなのか?今のあきの仕事が、本当にやりたい仕事だったのかっ!?俺にはそう見えないけどねっ!!』
:09/07/08 17:01 :W65T :Uanw3whY
#39 [あき]
またまたグサリと刺さった。
確かに。あれから、数年。
気付けば、私は、叩き上げられるように、部署を移動していた。
入社した時は、憧れた職種につけた事で夢中だった日々も。
年数を重ねる事により、もうワンランク、もうワンランク上への試験を受けさせられ、
今や、ほとんど、書類と格闘するだけの、会社を飛び出せば、どこか違う地方の支部へと向かわされ、会議室に閉じ込められる。
増える資格と共に、立つ場所が変わってしまったのだ。
私が本当にやりたい、憧れた仕事とは、どこか、違う日々を送っていた。
:09/07/08 17:10 :W65T :Uanw3whY
#40 [あき]
何も言い返せなくなった。
悲しくなった。
お疲れ様って言いたかっただけの電話は。
バイト、頑張ってねって言いたかっただけの電話は。どうして、こんな事になってしまったんだろう。
『……もうやめよう。楽しくないもん。なおちゃん、そろそろ行かないと、いけないんでしょ?』
《ほらな。都合が悪くなりよ、逃げる。相変わらず、変わんねーよな!!》
『…そだね。ごめんね。言い過ぎた。ぢゃっ。切るね。』
この日の夜を境に
私達は、しばらく連絡を断った。
何度もあった、連絡を取らない日々とは違う。
言いようのない闇が、私達を包んでいたからだった。
:09/07/08 17:17 :W65T :Uanw3whY
#41 [ゆか]
ずっと読んでました。
頑張って下さい(´;ω;`)
:09/07/08 18:21 :SH903i :☆☆☆
#42 [あき]
ゆかさん。有難うございます。
―――”
あの言い争いの夜から、連絡を断つ日々。
だけど、私にとっては、会えない日々も、話せない日々も、いまや何の違和感でもなかった。
私達の関係に置いて、そんな事は特別でもなんでもなかったから。
私は、ただただ日々に追われていた。
:09/07/09 21:37 :W65T :XNcN9gtw
#43 [あき]
出張に出張を重ね。
月の半分以上を仕事に費やし、休日は一人で過ごす。私の生活スタイル。
ただ、隙間を埋めるように重ねていた時間が無くなっただけ。
もう何年も、変わる事のないその着信音が
その日
その週
鳴らなくても…
私には。
代わり映えのない日々だった。
:09/07/09 21:42 :W65T :XNcN9gtw
#44 [あき]
そんな時。
思いもよらない転機が私に訪れた。
突然、割り当てられた一週間の出張。
《明日から一週間。○○地方に飛んで。はいっ。これ》
有無も言わさず、ニコリと微笑む、おっかない上司に手渡された、大量の資料に、往復チケット。
《えぇっ!!や…》
だとは言わせてはもらえない。
悲しい、ただの平社員で雇われの身。
:09/07/09 21:50 :W65T :XNcN9gtw
#45 [あき]
重い資料を両肩に抱え、背中にのしかかる重圧。
私は、全てを抱えて、帰路についた。
ソファーに身を投げ出し、ため息が漏れた。
さすがに、一週間はキツい。ヒドい。長い。いや…長すぎる。
手渡された二枚のチケットを確認。
印字された文字は
明日の始発に始まり
一週間後の最終便。
どんだけ働かすんだよ…
やっとの思いで出た言葉は、虚しく消えた。
:09/07/09 21:56 :W65T :XNcN9gtw
#46 [あき]
ふと携帯電話が目に入った。
あれからしばらくの時間が経ってる。
すっかり着信履歴からも、発信履歴からも、名前が消えていた。
おもむろに握り、短縮番号ゼロを押す。
声を聞きたくなった。
バカでもアホでもいい。
なんでもいいから、なおちゃんの声が聞きたくなった。
:09/07/09 21:59 :W65T :XNcN9gtw
#47 [あき]
私が求めていた声は、なかなか繋がらない。
ふと時間を見ると、21時を過ぎた頃。
ああそうか。
もう繋がらないか。
私は、電話を切った。
なおちゃんは、バイトに行ったんだ。
そう自覚した時、何だか、言いようのない疲労感が襲ってきた。
嫌な事があると、彼の声が聞きたくなる。
悲しい事があると、彼の声が聞きたくなる。
いつまで、彼に頼るんだろう。
私は、彼がいないと、何も出来ないのかな。
そう思えた。
:09/07/09 22:05 :W65T :XNcN9gtw
#48 [あき]
結局、なおちゃんからのコールバックも無かったおかげで、私は、彼の声を聞くどころか、彼に一週間の留守を伝える事もなく出発をした。
ここから、少しづつ、私達の歯車がきしみ出して行く。
本当に、じわりじわりと、きしみだす歯車だった。
:09/07/09 23:51 :W65T :XNcN9gtw
#49 [あき]
―――――――
渡されたチケットを駆使して、早朝に出発したはずの私は、目的地に舞い降りた時は、もうジワリと汗ばむ程の気温だった。
移動中の夢心地さが、まだまだ残るけれど、一週間分の荷物をガラガラと引きずり、食い込む程の重いバックを肩にかけて、私は、教えられた場所へと向かう。
ロータリーへと入ると、数台もの車が、停まっている。その間をすり抜けて、周囲を見渡し、らしき車を探す。
:09/07/10 00:00 :W65T :VckcM2.Y
#50 [あき]
一台のワンボックスカーが目に止まった。
私は、ふざけんなと怒りたくなるくらいの持参した重い荷物を引きずりながら、よたよたと歩み寄る。車の社名を確認すると、間違いなく、聞いてた社名だ。
だけど、それと同時に
後ろのトランクドアを上げて、それを日除け変わりに座り。
サングラスをかけて、くわえ煙草。
手足のスラリと伸びた、なんとも胡散臭い男性が、私の視界に入る。
『あの…西条さんですかね…?』
:09/07/10 00:08 :W65T :VckcM2.Y
#51 [あき]
渡された資料と同時に、迎えの人として聞いていた名前を、とりあえず言ってみる。
胡散臭い男は、すっくと立ち上がり、ちび助の私には迫力満点の威圧感を出しながら、私の名前を確認した。今度は私が返事をして頷く。
『遠いところ、お疲れ様でした。宜しくお願いします〃』
胡散臭い…いや西条さんは、くわえていた煙草を、携帯灰皿にくしゃりと押し込むと、サングラスを取って微笑んだ。
その衝撃はEXI○Eのあ○しばりだった。
:09/07/10 00:21 :W65T :VckcM2.Y
#52 [あき]
『お待たせしてすみません。』
あまりの衝撃に吹き出しそうになるのを、ぐっとこらえて、私はそつない挨拶をする。
そんな私に、西条さんは、笑顔を向けて
『いえいえ。時間通りですよ』
と…言ったはず。
いや。私も標準語とは言いませんが、さすがに、仕事中は、なるだけイントネーションには気をつけて話ますよ。
それをこのお方は、爽やかな笑顔で、一瞬躊躇する程の方言。
あまりのダブルパンチに腰が砕けるかと思った程だった。
:09/07/10 00:29 :W65T :VckcM2.Y
#53 [あき]
まあ、そんな事は、彼自身、もちろん気付いてない訳で。
立ち尽くす私の手に握りしめられた、一週間分の荷物を、乗せますよと言うように、手を差し出してくれた。
私は、放心に近い状態で、バックを渡す。
細い体が、重い荷物を軽々とトランクに詰め込んでくれた。
『とりあえず、今日は、エリアを経由してホテルまでお送りします。それでよろしいですか?』
(※何度も言うが、おそらく、彼はそう言ってると解釈した。)
『はい。今日の予定は、特に急ぎではなかったはずなので、お任せします。』
会話が成り立ってるか不安だったが、そう答えてみた。
:09/07/10 00:36 :W65T :VckcM2.Y
#54 [あき]
なんとか、成り立ったみたいだった。
西条さんは、一世風靡したヨ○様ばりの微笑で、運転席に回る。
チンピラかと思ったら
ゴルフの、り○う君?スマイルで。
美しい日本語を使うかと思ったら、なまり万歳で。
もやしかと思ったら、大根で。
挙げ句にヨ○様ですか…
私は、あまりの衝撃に、運生まれたての仔羊のような足腰で(※実際は違うけど、そんな気分)なんとかヘナヘナと車に乗り込んだ。
:09/07/10 00:45 :W65T :VckcM2.Y
#55 [あき]
この衝撃的な彼。西条さんが、後に、私と、なおちゃんの別れ道のキーマンになってくる。
まだまだ、この時は、そんな事は、蚊の脳みそサイズ程思ってもいない。
私の未来は…
あの懐かしい田舎街で。
口が悪くて、偉そうで。
へんこつ野郎で、ついてけないけど、本当は寂しがり屋で優しい…
あいつの隣にあると、まだまだ思っていた。
:09/07/10 00:54 :W65T :VckcM2.Y
#56 [あき]
―――――――
暖かい日差しの中で、車は進んで行く。
簡単な打ち合わせを済ませた後、目的地までしばらく移動になる事を知った私は、流れる景色を見ていた。
西条さんは、真っ直ぐに前を向いて、ゆっくりと前に車を進ませる。
ラジオから、楽しそうな話題が流れ、DJが楽しそうに笑っている。
時折、世間の流行りらしい音楽が車内を華やかにする。
遠い世界のようだった。
膝に置いたバックの中。
マナーモードにしたままの携帯電話は、いっこうに震えない。
そのくせ、スーツのポケットに入れた携帯電話が、望んでもいない着信音で、時折、私を呼ぶだけだった。
:09/07/10 01:43 :W65T :VckcM2.Y
#57 [あき]
『お疲れですか?』
市をまたぎに、またいで、目的地まで、あと少しといった所で、西条さんが、そう声をかけてきた。
駅で会って以来の声だった。
『いえっ…〃あまりにもいい天気で〃』
無難な答えを咄嗟に放つ。そんな私に、西条さんは、昨日までは雨だったんですよと教えてくれた。
そうですか。と笑って見せて、私は、どうりで暑いと思った。なんて話をつなげる。
西条さんは、そろそろ、本格的な梅雨ですねと笑って言った。
嫌な季節になりますね。と私も笑った。
:09/07/10 01:55 :W65T :VckcM2.Y
#58 [あき]
天気なんてどうでもいい。
早く、一人になりたい。
一人になって、震えない携帯電話を確認したい。
もしかしたら、震えてた事に気付いてないだけかもしれない。それなら早く返事しなきゃ。
何してた?
ごめんね。気付かなかったよ。
元気?
私ね、今出張で、○○に来てるよ。
一週間くらいかかるかな。お土産何がいい?
言わなきゃ。
全ての思いを、また押し込んで、私は西条さんに笑いかけた。
:09/07/10 01:59 :W65T :VckcM2.Y
#59 [あき]
出張一日目は、一週間中の担当エリアの下見をして、現地責任者と軽い打ち合わせもどきをして、そのままホテルへと向かった。
ホテルへ向かう間も、相変わらず、西条さんは黙々とハンドルを握って、ゆっくりと前へ進めるのみ。
これから一週間。
私は、この謎の西条さんと、行動を共にする。
いわゆる、彼は私の現地パートナーであり、私の補佐だったのだ。
名刺には
西条 祐介。
ご丁寧に、携帯番号に携帯メールアドレスまでが記載されていた。
:09/07/10 02:06 :W65T :VckcM2.Y
#60 [あき]
ロータリーで交わした名刺を、今更ながら、眺めていると、彼は、今ですか?とクスクスと笑った。
すいません。と照れ笑いをしながら、私は、手帳に挟む。そうしていると、ホテルの駐車場へと滑り込んだ。
我ながら、やりすぎたと思える程の馬鹿でかい荷物を、車からひょいとおろすと、彼はまた運転席に戻った。
『じゃ。明日、9時に迎えに来ますから。』
『はいっ。有難うございました。お疲れ様でした〃』
『何か不都合があれば、連絡下さい。その名刺にねっ〃』
悪戯な笑顔で、さらりと言う。見かけによらず、嫌みなやつだ。
:09/07/10 02:15 :W65T :VckcM2.Y
#61 [あき]
早々にチェックインを済ませると、会社から与えられた小さなシングル部屋に、私は荷物を置いた。
『一週間か…』
ここまで来て、まだ納得が出来ず、壁に挟まれ、圧迫感で立ち眩みがしそうな小さな部屋の中、ため息が漏れた。
ポケットから、携帯電話を取り出す。
『電波悪っっ!』
必死に、最後の短い一本がピコピコとついたり消えたりしている。
『致命的じゃない?』
何だか、とんでもない場所に一週間も閉じ込められた気分になった。
:09/07/10 02:22 :W65T :VckcM2.Y
#62 [あき]
バックから、大切な携帯電話を取り出す。
やっぱり、こっちも、最後の短い一本が、せわしなくついたり消えたりしていた。
『ゃっぱりね…』
妙な諦めと
妙な納得。
思わず声が漏れた。
勿論、それは、この不安定な携帯電話の電波状況じゃない。
この不安定な私達自身の関係にだった…
:09/07/10 02:27 :W65T :VckcM2.Y
#63 [あき]
―――――――
2日目の朝。
けだるさで目が覚める。
ビジネスホテルの朝食は、今の私には、食欲すらそそらない。
西条さんが迎えに来ると言った時刻の一時間前に無理やり目を開けた。
長い髪をガシガシと散りばめて、ドライヤーで引き伸ばす。
それを、手首にはめたゴムで一本に縛り付けて、くしゅくしゅっと丸めた。
手早く、後れ毛をまとめて、伸びすぎた前髪を、狭すぎるデコッパチの上でくるりと留めた。
:09/07/10 21:06 :W65T :VckcM2.Y
#64 [あき]
そのまま、サブザブと顔を洗って、パシパシて化粧水を馴染ませる。
程よく浸透したら、今度は顔面ペインティングだ。
これは、たいした土台を持ち合わせていないので、20分もすれば、芸術作品は出来上がる。
昨夜、ハンガーにかけた衣類に再度、袖を通して、全身チェック。
最後に、スーツと髪のバランスを整えると。
……はい出来上がり。
叩き上げられて、押し付けられて、あれよあれよと、ここまで来てしまった。
三十路手前の女の姿。
:09/07/10 22:03 :W65T :VckcM2.Y
#65 [あき]
そのまま、本日の任務に着く。ロビーに向かうと、約束の9時になる、15分前に西条さんが入って来るのが見えた。
私は珈琲を置くと、歩み寄って、本日一回目の営業スマイルを作り上げた。
『おはようございます〃』
私に気付いた、西条さんは、にこりと微笑んだ。
『おはようございます。お疲れは取れました?』
そう言った彼は、昨日とは、何だか、雰囲気が違う。
爽やかなブルーのシャツに身を包み、サングラスは透明のただの眼鏡に変わっていた。
『まぁ。〃』
こっちの方が似合うじゃん…。そう思っても言わない、結局、曖昧な返事で、その場を取り繕って、行きましょうか。と笑ってみせた。
:09/07/10 22:31 :W65T :VckcM2.Y
#66 [あき]
詰め込みに詰め込まれた2日目スケジュール。
まさに時間に追われている感覚。
この現場が終われば、次の現場へと強制連行される。連行されるがままに、またひたすら営業スマイルを作り、ひたすら与えられた業務をこなす。
『もぉ無理ーっ!!』
休憩がてら立ち寄った緑の多い公園。
ベンチに、まさしく【大】の字になって、もたれかかって、ジリジリと上がる気温に叫ぶ。
『弁当食べる?』
そんな私に、いつの間にか用意してくれた、私の昼食。ただし弁当。
が手渡された。
:09/07/10 23:10 :W65T :VckcM2.Y
#67 [あき]
『有難うございますっ〃』
食事イコール弁当。
この方程式が成り立つ場合。
だいたいが独り者。
この西条さんも例外ではないと、密かに確信した。
正直、私は惣菜弁当は苦手だけど、営業スマイルで、せっかくの好意を受け取った。
『隣、いいですか?』
顔に似合わず、妙な気遣いに、私は笑顔で、どうぞとベンチ脇に座り直す。
彼はガサガサと自分用の弁当を袋から取り出して、いただきますと、丁寧に、両手を合わせていた。
:09/07/11 22:51 :W65T :mPQOWP3.
#68 [あき]
仕方なく、手渡された弁当を私も開けた。
見事な、ザッ幕の内。
取り揃えられた高カロリーかつ、カチカチのおかず達に、食欲を奪われる。
内心、げんなりしながら、パックの緑茶をちゅーちゅーと吸い込んだ。
吸い込みながら、チラリと隣を見ると、彼の口は、まるで、ブラックホールのように、次から次へと食べ物が吸い取られている。
よくもまぁ、この暑い中、この弁当を…
ちょっと笑える。
『食欲旺盛ですね…』
『ん?そうですか?』
『おいしい?』
『この弁当、なかなか美味いですよ〃』
『へーっ…』
:09/07/11 23:01 :W65T :mPQOWP3.
#69 [あき]
初めててとも言える何気ない会話。隣の勢いに触発されて、一口、また一口とお弁当を食べる。たいして変わり映えのしない味だったけれど、なぜか美味しく感じた。
『ほんとですね〃』
『でしょ?〃』
突然、こんな所に飛ばされて、昨日会ったばかりのこの人と、なぜ、緑の豊かなこの公園で。木陰のベンチに座って、惣菜弁当を頬張っているのか。
なんだか、この滑稽さに笑いが込み上げた。
『ん?』
『いえ…〃』
気持ちいい風が、私達の間をすり抜ける。
ぐじぐじ悩んでる自分が馬鹿らしくなった。
西条 祐介。
彼の放つ風が、私を癒やしてくれた。
:09/07/11 23:30 :W65T :mPQOWP3.
#70 [あき]
午後からの仕事もそつなくこなし…
というか、そもそも
まだまだ下っ端なのに、意に反して、現場を離れ知識だけを叩き込んでいる、しかも地方者の私より?
ベテランの粋に達するはずが、まだまだ現役で現場に立ち続けている、現地人の西条さんの方が
遥かに合理的かつ、スムーズかつ、何事にも詳しい訳で…
だけど、立場的には、私の方に権限がある訳で…
《…でいいですか?》
《…の方がいいと思いますが。どうしますか?》
私は結局、ただただ、言われる事に、うんうんと頷いているだけ。
彼に仕事をこなしてもらった。と言っても過言ではないのである。
そんな日中を過ごし、ホテルに戻ったのは、19時を回っていた。
:09/07/12 19:47 :W65T :6jrEfyzs
#71 [あき]
『今日もお疲れ様でした。有難うございました〃』
車を降りる時、そう言った私に、運転席に座る西条さんは、にこりと笑って言った。
『携帯聞いてていいですか?』
初日に交換した私の名刺には、携帯までは印刷されていない。
個人情報保護法なんちゃらというやつのおかげらしい。
確かに、あと4日も一緒に組むのだから、彼の判断は的確。いつかは必要になるだろう。
私は、ポケットから携帯を取り出して、じゃ、鳴らしますねと笑って言った。
:09/07/12 19:55 :W65T :6jrEfyzs
#72 [あき]
彼の携帯が短く鳴って、頂きました。と笑って言ったのを確認すると、私はまた、携帯をポケットにしまう。
『じゃ、明日も9時に迎えに来ます。』
『はい。宜しくお願いします〃』
走り去る車に、私は手を振って、フロントから鍵を受け取ると、また狭苦しい部屋に入った。
ポケットの携帯電話を、テーブルに置いて、重すぎる鞄を椅子に置いて。
ジャケットを脱いで…
バックから、もう一つの携帯を取り出した。
マナーモードを解除しつつ、そのまま、ベッドに転がって、しばらく睨めっこしてみた。念力すら込めてみる。
しばらくして、バカバカしくなって…
今夜も諦めた。
そして、あの夜からずっと。こうやって、心のどこかで、待ってる自分が、悲しくなった。
:09/07/12 20:12 :W65T :6jrEfyzs
#73 [あき]
走り去る車に、私は手を振って、フロントから鍵を受け取ると、また狭苦しい部屋に入る。
ポケットの携帯電話を、テーブルに置いて、マナーモードに設定する。
重すぎる鞄を椅子に置いて。堅苦しいスーツを脱いで。さっと持参した部屋着に着替える。
パチンとテレビを点けて、タバコを一本吸って。
今日もお疲れ様。
と自分を労ってあげる。
そして…
バックから、もう一つの携帯を取り出した。
:09/07/12 20:16 :W65T :6jrEfyzs
#74 [あき]
マナーモードを解除して、確認していく。
この時間が、一番至福の瞬間で、開放感に溢れる瞬間だった。
記された内容に、一件一件、返事をしながら、私自身の時間を楽しむ時間なのだ。
だけど最近は違う。
確認だけして、そのまま閉じる。返事する気分になれないのだ。
そして、ベッドに転がって携帯電話を見つめる。
なんなら少し念力まで送ってみる。
そして、諦める…
あの夜からずっと。
こんな事を繰り返す自分。心のどこかでは待ってる自分。
そんな自分に悲しくなる時間だった。
:09/07/12 20:26 :W65T :6jrEfyzs
#75 [あき]
すると、テーブルに置いたマナーモードの携帯が、ブルブル震えた。
テーブルの上で震えるもんだから、不愉快極まりない異音を奏でている。
時計を見ると、19時30分を過ぎた頃。
ほんの30分前に、今日1日を終えた所なのに。
肩の荷物を下ろした所なのに。
こんな時、仕事関係者しかしらないこの携帯が震えるのは、ほんとに嫌だ。
だけど、無視を出来ないのが、また、仕事用携帯電話の特性だった。
私は仕方なくベッドから起き上がり、手に取った。画面を確認してみる。
:09/07/12 20:35 :W65T :6jrEfyzs
#76 [あき]
―ピッ
『はい。○×です』(※名字)
11文字の数字が並ぶ相手に私は返事をする。
《お疲れ様です。西条です》
『ああっ!!お疲れ様でした〃』
しまった。
登録忘れてた〃
警戒むき出しで、出てしまったジャマイカ。
しかも、ああっ!とか言っちゃったし。
登録してない事、バレバレだし。
やる気あるのかって感じだしっ。
なんて、一人アタフタしてしまった。
:09/07/12 20:48 :W65T :6jrEfyzs
#77 [あき]
『どうされました?〃何か変更ですか?』
無礼を取り繕うように、務めて明るい声を出して仕事モードに切り替えてみた。
《いえ。今の所はありません。飯、食いました?》
この無礼がバレてないのか、彼は、さらりと、わけの分からない質問。
『へ?いや…まだですけど。』
突然の質問に、私は、思わず答えていた。
なんて素直なお馬鹿ちゃんなんだろう。
:09/07/12 20:58 :W65T :6jrEfyzs
#78 [あき]
《飯、ちゃんと食って下さいね!一応、業務連絡でした。》
『はぁ…わかりました。』
《あと、俺の番号は、せめて、この一週間位は登録しといて下さい〃》
『はっ…はい!〃ごめんなさいっ!』
《じゃ、お疲れ様でした。》
―プッ…プーップーッ…
ご飯を食べたか否かの確認業務?初めて経験する業務連絡電話は30秒で切れた。挙げ句にきっちり嫌み?だけを残されて?
西条 祐介。
恐るべし。
後々、この西条祐介は、もっと、驚くべきすご業を持ってくるが、それはもう少し後の話になる。
:09/07/12 21:06 :W65T :6jrEfyzs
#79 [我輩は匿名である]
あげ(*^Д^)
:09/07/17 07:36 :P904i :oIL4B.q.
#80 [あき]
匿名さん。ありがたいです!
―”
三日目の朝も、彼は同じ時間にロビーに現れた。
昨日とは違うシャツで、違う香水で。私を迎えに来た。挨拶を交わして、ホテルを出発。しばらく走ると彼は言った。
『晩飯はちゃんと食べましたか?』
昨日の業務連絡の結果報告か?
『はぁ〃一応。食事取りましたよっ。』
軽くかわす。
本当に一応だった。
ビジネスホテルは基本食事は自由。ホテルにあるレストランで食べてもいいけれど。
なんだか、そんな気分にもなれず。
私は近くのコンビニで、サンドイッチを買った。
それを、一人、狭苦しい部屋でもそもそと食べたのみだった。
:09/07/18 20:19 :W65T :DTqTo6g6
#81 [あき]
『その反応は、まさかお菓子ですか?』
悪戯な笑みで、確認業務は続く。
『まさか〃』
若干、見抜かれたようなバツの悪さに私ははははと笑った。
『そうですか。飯はちゃんと食って下さいね。』
彼は前を見つめながら、そう言った。
『はぁ。〃』
私はそんなに、痩せてるのか?
いやいや、んな訳ない。
そんなに、やつれてるのか?いやいや…まさか。
相変わらずの中肉中背。
どちらかと言えば、小豚ちゃん体型寄り。
彼が私の食に、そんなに、こだわるのか、サッパリ掴めなかった。
:09/07/18 20:27 :W65T :DTqTo6g6
#82 [あき]
三日目も、特に何かトラブルがある訳でもなく、何か特別な事があるわけでもなく。私達は、そつなく進めていく。
途中、定食屋さんで、昼食となった。
ワンコインシステムらしい、そこは、サラリーマンやOL達で溢れ返っていた。せわしなく、動き回る、おばさま達を全く気にしないで、相変わらず、焼き魚定食にご飯大盛を吸い込んでいくブラックホール。
その横で、ざるうどんを、すすった。
午後からは、会議を済ませて、打ち合わせの梯子をして。
いい加減、ウンザリ、グッタリだ!と言いたい頃に、私はやっと解放された。
:09/07/18 20:34 :W65T :DTqTo6g6
#83 [あき]
『今日も、お疲れした。〃』
『お疲れ様した。』
『まだまだ長いですよねぇ。いい加減疲れてきたぁ!〃』
『確かにねぇ〃明日も、また同じ時間に来るから。ちゃんと起きてよ。』
『はいはい!!〃』
三日目にもなると、私と西条さんの間にも、妙な馴れ合い感が出てくる。
移動中は、かなり雑談も増えた。
初日は、ぺこりと頭を下げて、お疲れ様でした。と挨拶した事も、三日目にもなると、お疲れした。となり、笑顔で手をあげる。
はいと返事する事も、はいはいとなる。
西条さんに至っては、完全なるタメ口。
いや、立場的には私の方が強しでも、年齢は彼の方が年上なので、致し方ない現象だけどね。
彼は、手を振る私に、プッとクラクションを鳴らして、ホテルを後にした。
:09/07/18 20:54 :W65T :DTqTo6g6
#84 [あき]
出張、三日目のこの夜。
私達の間に、事件が起きた。
私は相変わらず、電波が悪い部屋で、膨大な書類と挌闘していた。
今日、終えた仕事。
明日、やらなければいけない仕事。
それを、相変わらず、機械に弱い私は、ボールペンを握りしめながら作成していく。
押し付けられた、この一週間の仕事。
に、ほとほとウンザリしながら。
:09/07/18 21:06 :W65T :DTqTo6g6
#85 [あき]
ふと考えるのは、やっぱり、なおちゃんの事。
時計を見ると、20時を過ぎた頃。今なら、21時からのバイトに向けて、車を走らせている時間。
鞄から携帯を取り出して。短縮番号ゼロー…
《んー?》
やる気も、愛想もない返事。
久しぶりの声。
私の大好きで
大切な声。
その声は、耳から伝わって、全身を駆け巡った。
:09/07/19 00:15 :W65T :uu9YQiaQ
#86 [あき]
『わたしっ!〃』
思わず、声が上擦る。
そんな私に、彼はうんと返事をした。
『何してた?』
平然を装い、書類の散らばった小さなテーブルから、部屋の隅に置かれた小さな椅子に座る。
《とくに。何?》
『え…別に…』
昔は暇なら、何時間も電話した。
その相手から、こんな質問を投げかけられるとは思いもしなかった。
:09/07/19 00:22 :W65T :uu9YQiaQ
#87 [あき]
《なら切るぞ。なんか電波悪いし。何言ってっかわかんねー。》
とっさに、画面を確認すると、電波記がたった一本、せわしなく、点いたり消えたりしていた。
『ちょ…待ってよ!!今ね、仕事で○○にいるの。一週間だって。本当に最悪。しかも、このホテル電波悪くて〃』
それでも必死に話を繋げようとした。
そうかって笑って欲しかった。
お疲れ様って言って欲しかった。
この、疲れきった、体も精神も。
なおちゃんの、たった短いその言葉だけで。
百倍も元気になれた。
:09/07/19 00:33 :W65T :uu9YQiaQ
#88 [あき]
なのに、彼は思わぬ言葉を吐いて私のこの気持ちを、グシャリと握る。
《ふーん。まだ、利用されてんのかよ。いい加減辞めればいいのに》
あんなにも、応援してくれたのに。
試験に受かった時は、良かったなって言ってくれたのに。
毎日毎日奮闘する私に頑張ってるなって言ってくれたのに。
今は、利用…ですか。
二言目には辞めろ…ですか。
私が、こんなにも大切にしてきた仕事を。
踏ん張ってきた仕事を。
ここまで来た仕事を。
彼は
簡単に片付けた。
:09/07/19 11:30 :W65T :uu9YQiaQ
#89 [あき]
『…利用…ね…〃ほんと、そうかもね〜。あたしも疲れちゃったし…』
返す言葉が無かった。
だけど、彼と繋がっていたかった。
どんな言葉でもいい。
彼の声を聞いていたかった。
少し弱音を吐いてみた。
それは、たった一言。
頑張れよって言って欲しかっただけ。
《…ん?何?電波悪いんだよっ!!また電波良くなったら、かけてきて。イライラするわ。》
:09/07/19 11:36 :W65T :uu9YQiaQ
#90 [あき]
『…ん…。わかった。でも…』
《んだよっ。誰かに話聞いて欲しいなら、公衆電話から、かあちゃんにでもかけたら?》
そんなんじゃないの。
ただ。なおちゃんと話たいって思う、この気持ちは、ダメなんですか?
バカな話して、笑って、元気が欲しいって思っただけ。久しぶりの声を、体一杯に吸い込んで、明日からの残りの仕事の糧にしたかっただけ。
ただそれだけだったのに。
『そだね…。そうするわ…』
《じゃな。》
―ピッ…プープー…
呆気なく切られた電話は、私の思い全てを消し去った。
:09/07/19 11:46 :W65T :uu9YQiaQ
#91 [あき]
切られた電話を握りしめながら、久しぶりに涙が溢れた。
言いようのない感情が胸をかきむしる。
こんなはずじゃなかったのに。
いつから、私達は、こんな冷たい言葉しか言えなくなったんだろう。
思いやれなくなったんだろう。
たった一言の優しさ
たった一言の言葉が
私達は言えなくなったんだろう。
二人で歩んできた思い出が楽しかった程。
今の私達の関係が
歪んで見えた。
:09/07/19 12:01 :W65T :uu9YQiaQ
#92 [あき]
溢れだした涙は、止められなかった。
次から次へと締め付ける感情が、涙となって溢れ出てくる。
真っ白な壁紙に包まれた狭苦しい部屋が。
とてつもない闇へと変わる。
その闇で、大きな魔王が私の腕を取り、とても奥深くへ、引きずり込んでいく。苦しくて、怖くて、もがいて、なのに、魔王は、高笑いをしながら、ズルズルと闇へと私を引きずった。
『もうやだ…』
たった一人の部屋で、思わず、声が漏れた。
誰かに助けて欲しかった−…
:09/07/19 12:22 :W65T :uu9YQiaQ
#93 [あき]
助けてともがきながら闇に落ちていくそんな私。
はたと景色が白い壁に戻る。あの異音。
魔王の手を振り払い、私は携帯電話を握った。
景色は、白い壁。
ここは、職場。
ここは、ホテル。
『はい。』
《あ。西条です。今いいですか?》
『ええ。〃』
今日は、食事の業務連絡ではないらしい。
明日の打ち合わせ変更の連絡だった。
メモを取りながら、私は、へらへらと明るい声を出した。
魔王は、私の後ろで、ニヤニヤと腕組みをしていた。
:09/07/19 12:36 :W65T :uu9YQiaQ
#94 [あき]
《と。言う訳ですから、間違わないで下さいね。》
『はい。はいっ〃』
今は誰でもいい。
この魔王から、助けて欲しかった。
《で?飯。今日はちゃんと食いましたか?》
『うーん。今日はいいですっ〃』
《またそんな事言って。》
『…食欲ないから。』
そう呟いた。
:09/07/19 12:46 :W65T :uu9YQiaQ
#95 [あき]
そんな私に、西条さんは、元気ないねと電話の向こうで笑っていた。
頬を流れるそれを拭き取りながら、そうかなと笑って答える。
《らしくないよっ。どうした?》
何気なく発されたこの言葉は、今の私には逆効果だった。
間違いなく体中の血流が頭に向かって。
そして突然にプチンと切れた。
相手が仕事パートナーである、西条さんだって事すら、忘れるくらい。
冷静さを失った。
らしくない
らしくない
らしくない…
:09/07/19 19:45 :W65T :uu9YQiaQ
#96 [あき]
『らしくないって何!?
いい加減な事言わないでよっ!
私がどんな思いで、毎日いると思う!?
今のあなたは、私の何を知ってんのよっ!!
私は強くない!!
強くなりたかっただけなのっ!!
本当は、こんなの私じゃないっ!!
…ツラいんだから…
本当は…ツラいんだからね…もぉやだ…』
プチンと切れた糸は、頭に血を上らせて。
そして、全身の力を抜いていった。
何も知らない、西条さんに、なおちゃんをかぶらせて。
バカみたいに泣いていた。
:09/07/19 19:50 :W65T :uu9YQiaQ
#97 [あき]
ひとしきりに泣くと、今度は急激に冷静さを取り戻していく。
頭に昇った血が、今度は足まで引いていく。
《………》
電話の向こうの人は、黙ったままだ。
あ…
しまった…
まずい…
うん。いや…やばい…
非常に…やばいぞ…
そして急に毛穴という毛穴が、かっぽ開いて、妙な汗が噴き出してきた。
:09/07/19 19:56 :W65T :uu9YQiaQ
#98 [あき]
慌てて、言葉を探す。
本当に、あたふたと言葉を探した。
『あのっ!!ひどい事っ…』
そう言いかけた時、電話の向こうから、思いもよらない言葉が返ってきた。
《すみません。》
彼はポツリと、そう謝った。
:09/07/19 20:01 :W65T :uu9YQiaQ
#99 [あき]
驚いて言葉を失う私に、電話の向こうの彼は、続けて言った。
《らしくないって言葉は失礼でしたよね。僕は、あなたの事、何も知らないから。》
『いえ!それは…』
《…それに、あなたが、何かに、こんなにも傷付いてるのに。僕は何もしてあげれません。僕は、あなたの仕事パートナーですから…すみません。》
:09/07/19 20:06 :W65T :uu9YQiaQ
#100 [あき]
また涙が溢れて来た。
この西条 祐介たる人。
やっぱりいい奴じゃん…
女は弱ってる時に、妙な男心をかけられると、非常に弱い。
そう作られた生き物なのだ。
『ごめ…もうちょっと泣かせて…理由は聞かないで…』
そう言って。
また泣けてきた。
:09/07/19 20:11 :W65T :uu9YQiaQ
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