微妙な10センチ。〜最終〜
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#86 [あき]
『わたしっ!〃』
思わず、声が上擦る。
そんな私に、彼はうんと返事をした。
『何してた?』
平然を装い、書類の散らばった小さなテーブルから、部屋の隅に置かれた小さな椅子に座る。
《とくに。何?》
『え…別に…』
昔は暇なら、何時間も電話した。
その相手から、こんな質問を投げかけられるとは思いもしなかった。
:09/07/19 00:22
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#87 [あき]
《なら切るぞ。なんか電波悪いし。何言ってっかわかんねー。》
とっさに、画面を確認すると、電波記がたった一本、せわしなく、点いたり消えたりしていた。
『ちょ…待ってよ!!今ね、仕事で○○にいるの。一週間だって。本当に最悪。しかも、このホテル電波悪くて〃』
それでも必死に話を繋げようとした。
そうかって笑って欲しかった。
お疲れ様って言って欲しかった。
この、疲れきった、体も精神も。
なおちゃんの、たった短いその言葉だけで。
百倍も元気になれた。
:09/07/19 00:33
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#88 [あき]
なのに、彼は思わぬ言葉を吐いて私のこの気持ちを、グシャリと握る。
《ふーん。まだ、利用されてんのかよ。いい加減辞めればいいのに》
あんなにも、応援してくれたのに。
試験に受かった時は、良かったなって言ってくれたのに。
毎日毎日奮闘する私に頑張ってるなって言ってくれたのに。
今は、利用…ですか。
二言目には辞めろ…ですか。
私が、こんなにも大切にしてきた仕事を。
踏ん張ってきた仕事を。
ここまで来た仕事を。
彼は
簡単に片付けた。
:09/07/19 11:30
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#89 [あき]
『…利用…ね…〃ほんと、そうかもね〜。あたしも疲れちゃったし…』
返す言葉が無かった。
だけど、彼と繋がっていたかった。
どんな言葉でもいい。
彼の声を聞いていたかった。
少し弱音を吐いてみた。
それは、たった一言。
頑張れよって言って欲しかっただけ。
《…ん?何?電波悪いんだよっ!!また電波良くなったら、かけてきて。イライラするわ。》
:09/07/19 11:36
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#90 [あき]
『…ん…。わかった。でも…』
《んだよっ。誰かに話聞いて欲しいなら、公衆電話から、かあちゃんにでもかけたら?》
そんなんじゃないの。
ただ。なおちゃんと話たいって思う、この気持ちは、ダメなんですか?
バカな話して、笑って、元気が欲しいって思っただけ。久しぶりの声を、体一杯に吸い込んで、明日からの残りの仕事の糧にしたかっただけ。
ただそれだけだったのに。
『そだね…。そうするわ…』
《じゃな。》
―ピッ…プープー…
呆気なく切られた電話は、私の思い全てを消し去った。
:09/07/19 11:46
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#91 [あき]
切られた電話を握りしめながら、久しぶりに涙が溢れた。
言いようのない感情が胸をかきむしる。
こんなはずじゃなかったのに。
いつから、私達は、こんな冷たい言葉しか言えなくなったんだろう。
思いやれなくなったんだろう。
たった一言の優しさ
たった一言の言葉が
私達は言えなくなったんだろう。
二人で歩んできた思い出が楽しかった程。
今の私達の関係が
歪んで見えた。
:09/07/19 12:01
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#92 [あき]
溢れだした涙は、止められなかった。
次から次へと締め付ける感情が、涙となって溢れ出てくる。
真っ白な壁紙に包まれた狭苦しい部屋が。
とてつもない闇へと変わる。
その闇で、大きな魔王が私の腕を取り、とても奥深くへ、引きずり込んでいく。苦しくて、怖くて、もがいて、なのに、魔王は、高笑いをしながら、ズルズルと闇へと私を引きずった。
『もうやだ…』
たった一人の部屋で、思わず、声が漏れた。
誰かに助けて欲しかった−…
:09/07/19 12:22
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#93 [あき]
助けてともがきながら闇に落ちていくそんな私。
はたと景色が白い壁に戻る。あの異音。
魔王の手を振り払い、私は携帯電話を握った。
景色は、白い壁。
ここは、職場。
ここは、ホテル。
『はい。』
《あ。西条です。今いいですか?》
『ええ。〃』
今日は、食事の業務連絡ではないらしい。
明日の打ち合わせ変更の連絡だった。
メモを取りながら、私は、へらへらと明るい声を出した。
魔王は、私の後ろで、ニヤニヤと腕組みをしていた。
:09/07/19 12:36
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#94 [あき]
《と。言う訳ですから、間違わないで下さいね。》
『はい。はいっ〃』
今は誰でもいい。
この魔王から、助けて欲しかった。
《で?飯。今日はちゃんと食いましたか?》
『うーん。今日はいいですっ〃』
《またそんな事言って。》
『…食欲ないから。』
そう呟いた。
:09/07/19 12:46
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#95 [あき]
そんな私に、西条さんは、元気ないねと電話の向こうで笑っていた。
頬を流れるそれを拭き取りながら、そうかなと笑って答える。
《らしくないよっ。どうした?》
何気なく発されたこの言葉は、今の私には逆効果だった。
間違いなく体中の血流が頭に向かって。
そして突然にプチンと切れた。
相手が仕事パートナーである、西条さんだって事すら、忘れるくらい。
冷静さを失った。
らしくない
らしくない
らしくない…
:09/07/19 19:45
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