微妙な10センチ。〜最終〜
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#170 [あき]
その日。西条さんは、地方物の私に、沢山の感動と感激を与えてくれた。
一カ月前に来た時は、何にもない田舎だと思ったこの場所は。
本当は、とても海が綺麗で、人が暖かくて、美味しい食べ物で溢れる所だった。
『綺麗だねぇ〃』
そう笑う私の横に寄り添い、この景色の説明をしてくれた。
『これ美味しいっ!〃』
そうはしゃぐ私に、好きなだけ追加しな?と笑いながら言った。
車に乗れば、暑くない?寒くない?
階段になれば、手を差し出した。
大丈夫と、はにかみ笑う私に、彼はふっと微笑んで、黙って肩を差し出した。
:09/07/31 20:10
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#171 [あき]
外を歩けば、車道側を歩き、どこに着いても、必ずドアを開けてくれる。
いつの間にか終わっている、お会計。
全てが大人だった。
こんなの、別に望んでもいない。
気が引ける。恐縮する。
だけど…だけど、女だもん。こんな扱い、悪い気はしない。
こんな気持ち…
私、いつから忘れてたんだろう…
そっか。
口も態度もピカイチ悪いけど、何気ない仕草や、何気ない事。それに優しさを感じれた。
だから、それで良かった。だって、私は、なおちゃんと居られるだけで、幸せだったから。
それだけで良かった日々だったんだ。
私、女だったんだ…
:09/07/31 20:25
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#172 [あき]
今朝、始発に乗っても、この街に着いたのは、なんとか午前中。限りある時間を、ふんだんに満喫した。
周りはネオンがつき、人影もパラパラになりだした頃、そろそろ、私の住む場所へと向かう最終便がこの街から出て行く時間。
もちろん、そうなるのは覚悟の上で、駅まで愛車で出てきた。前回失敗したのをもとに、最終便で帰っても、自宅には戻れる準備万端なのだ。
彼が送ってきた、チケットは片道分。
少なくとも、そろそろ駅に行かないと、窓口が閉まる。
『…今日は楽しかったですっ。』
『うん。俺も。』
微妙な空気が車内に流れる。
駅に向かおうと言い出せない自分は、ほとほど弱いと痛感した。
:09/07/31 20:35
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#173 [あき]
※※※※※
余談
送られてきたのは三日間の往復チケットでした。
>>160参照。
だけど、さすがに、それはと、すぐさま返品。
日帰りならと伝えると後日、彼から、片道切符が送られてきたワケです。
※※※※※※※※※
:09/07/31 20:43
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#174 [あき]
駅へと車が進む。
何故か無言の彼。
気まずい私。
彼は前を見据え、私は横の流れる景色を見ていた。
『…やっぱり送らないとけない?』
方言でポツリと言われた言葉に、ドキンとした。
『本当は、このまま連れて帰りたいくらい君を離したくない。もう会えなくなるのがわかるから。
だから、せめて、もう一日。一緒にいて欲しい…』
そう言って、ハンドルを握る手が私の手に触れた。
自然と彼の左手に、力が入り、握られた私の右手を包み込んだ。
:09/07/31 20:54
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#175 [あき]
車は駅を通り過ぎ、街の中を走り抜けた。
何も言えなかった。
どんどん背中で小さくなっていく、駅。
だけど、小さくなったかと思えば、また突然現れる駅。彼は、それでも、ロータリーには入れず、また駅を通過した。
何度も何度も、駅を通過しては、また駅を目指す。
さすがの私も、道を覚えたぞと、苦笑いをしたくなる。もう何周したんだろうか。車内の時計を見ると、とうとう、つい一分前、最終便がこの街を出発してしまっていた。
その間、沈黙が流れる車内で、音楽だけが、聞こえる。
『……ごめん。』
そう言う彼に、私は、泊まる所探さないとね。と笑って言った。彼は、握っていた手を離すと、柔らそうな髪をくしゃりと掴んで、これじゃ拉致だと溜め息をついた。監禁かもねと笑う私に、俺は、笑えないと苦笑した。
そして、ありがとうと言った。
:09/07/31 21:07
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#176 [あき]
『まさか、拉致られるとはっ〃明日、休み取ってて、良かったですよっ。ともかくだっ。こうなった以上、ド○キありますか?着替え買わなきゃっ。』
『こここら30分くらいかかるけど。』
『へーっ。あるんだっ〃』
『コラッっ〃あるさっ!バカにすんなよっ。』
『はいはいっ。』
車は、深夜も営業している大型ショップへと向かう。本当は、ドキドキしていた。バクバクしていた。
笑ってないと、潰されそうだった。
仕事は休みだった。
勿論、こうなるなんて予想していなかった。
ただ、こんな遠い街に来て、深夜に帰宅するんだ。
朝起きれる自信がなかった。だから、久しぶりに貯めてた有給を使ってただけ。念のためだ。念のため…
:09/07/31 21:21
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#177 [あき]
念のため…
念のため…
何の?
帰ってた…
ってた…?
私、本当に、帰るつもりだった…?
答えが出せなかった。
だから、笑ってないと、押し潰されそうだった。
:09/07/31 21:22
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#178 [あき]
―――
どうぞ、ごゆっくりと、着物を着たおばさんが笑顔を残し、襖が閉まる。
二人並んで、部屋を見渡す。すぐさま、暑いねと、西条さんが冷房のスイッチを探す。私は、何がやってるのかなとテレビのスイッチを押した。
何かしてないと、気まずさでおかしくなりそうだった。
数十分前。
せっかくだから、お勧め温泉ないの?の私の冗談に、彼はあるよと言って、この温泉街に車を走らせた。
まさか、飛び込みなんて無理でしょうと笑う私に、彼は任せとけと一件の宿に入って行った。
バカなと焦りながらも、彼の背中を見送る事数分。大きくまるサインをしながら、意気揚々と車に戻ってきたのだ。
こいつ…何ものなんだっ!!
:09/07/31 21:30
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#179 [あき]
『ここの女将さんと、ちょっとした知り合いでさ。にしても、部屋あって良かった。』
『あっそうなんですか…〃』
お茶をすする私達。
熟年夫婦かよっ!!
『でも一部屋…』
『いや、そこまでは無理言えないだろ?』
何故、そんなに、当たり前のように、だけど、どこか満足げなんだっ!!
『で…ですよねーっ〃』
ああ。
私って、本当弱いな。
:09/07/31 21:34
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