夏祭り、恋花火
最新 最初 全
#181 [七瀬]
私は最低な女。
「なんで離れるんや。
俺はお前の彼氏やろ?
なあ、まつり!
答えてくれ!
あいつは誰なんやっ!!」
低い声が今度は荒くなった奏。
『…ごめん、奏。
お客さんおる時にいきなり来て、ほんまごめん。』
:09/03/21 02:23 :N703iD :GhvADkNo
#182 [七瀬]
「違う。
俺が聞きたいのは、そんなことちゃう。」
首を振る奏。
「奏…君ってゆうんかな?
ちょっとまつりを借りるね。」
そうあの人に引かれ、着いていく私を
きっと奏は、怒りに震えて見ていたに違いない。
:09/03/21 02:27 :N703iD :GhvADkNo
#183 [七瀬]
だけども
その瞬間、私は幸せに感じた。
愛する奏を放ってってしまった悲しみよりも
あの人が迎えに来てくれた喜びが勝っている
私は
奏を裏切ったんだ。
:09/03/21 02:33 :N703iD :GhvADkNo
#184 [七瀬]
「ええ加減に顔上げてくれへん?」
あの人が言う。
『…なんで。
なんで、
急におらんくなったん?』
「まつり、かわいくなったなあ。
あんなチビやったのに。」
:09/03/21 11:15 :N703iD :GhvADkNo
#185 [七瀬]
『なんで?
なんでなんよっ!』
顔を上げて睨む。
「ほんまや…。
ほんまにかわいなったわ。」
悲しそうな目をするあの人。
『…原田さん。
原田さんは、オッサンになった。』
:09/03/21 11:19 :N703iD :GhvADkNo
#186 [七瀬]
すると、あの人は笑った。
「フフフッ、当たり前や。もう34やぞ。34歳。」
そんな悲しい顔せんといてよ。
「ごめんなあ、ほんまに。」
そう言って、タバコを吸い始めた。
その姿があまりにも昔のままで泣けてきた。
:09/03/21 11:22 :N703iD :GhvADkNo
#187 [七瀬]
『…一生許さへん。絶対に。』
「許さんくてもええ。
まつりは忘れてくれていい。」
『じゃあ何で会いに来たんよ!
それに
“忘れてくれていい”
って……
忘れられへんから、許さへんねん!』
怒鳴り付ける。
:09/03/22 04:46 :N703iD :0553rOCs
#188 [七瀬]
「ほんまやな……。
俺、矛盾してるわ。
俺も忘れられへんから、
許さへんねんな…。」
独り言のように呟く、あの人。
意味分からん。
なにゆうてんの?
:09/03/22 04:49 :N703iD :0553rOCs
#189 [七瀬]
“俺も”
ってどういうこと?
ちゃんと説明してよ…。
そう思いながらも
聞くのが怖い。
「先月、死んでん。
俺の奥さん。」
:09/03/22 04:53 :N703iD :0553rOCs
#190 [七瀬]
“先月、死んでん。
俺の奥さん。”
センゲツシンデン。
オレノオクサン。
ズキンズキン
頭、痛い。
:09/03/22 04:56 :N703iD :0553rOCs
#191 [七瀬]
記憶が蘇る。
あの人と出会った日…。
:09/03/22 05:08 :N703iD :0553rOCs
#192 [七瀬]
『なあなあ、
あんた、名前なんてゆうん?』
その日、
私はいつもみたいに新人イジメのため、
わざわざ神社の中にある、“たこ焼き”まで
やって来た。
プロパンをいじりながら、新人は言った。
:09/03/22 05:13 :N703iD :0553rOCs
#193 [七瀬]
「ハラダタカシやで。」
『ハラダタカシ?』
「野原の“原”に、
田んぼの“田”で原田。
あと、俊足の“俊”でタカシって読むねん。」
そう言われ
“原田”までは、思いついたものの、
小学2年生の私。
“俊”はカタカナのままだった。
:09/03/22 05:19 :N703iD :0553rOCs
#194 [七瀬]
とりあえず、
ふーん
と適当に頷く。
だって、
私がに聞きたいことは、
そんなんと違うし。
相手が嫌がるような、
うっとうしくて仕方なく
感じるようなことを聞くのが
ほんまの目的。
:09/03/22 05:24 :N703iD :0553rOCs
#195 [七瀬]
何歳?
誕生日は?
血液型は?
どこ住んでんの?
こんなんは、序の口。
ファーストキスはいつ?
どこで?
どんな風に?
好奇心だらけの質問。
:09/03/22 05:27 :N703iD :0553rOCs
#196 [七瀬]
どれにも笑って答えてゆく。
なかなかやるな、コイツ。
確かな手応えを感じ始める。
そして、
『今、彼女おんの?』
と、とうとう聞いた。
:09/03/22 05:30 :N703iD :0553rOCs
#197 [七瀬]
「ん〜、彼女ってゆうか、奥さんやな。」
『結婚してんの?』
「そぉやな。」
たこ焼きを焼き始めた手を見ると
指輪。
子どもの私でも、
その意味は理解できた。
:09/03/22 05:34 :N703iD :0553rOCs
#198 [七瀬]
『ふーん。子どもは?
子どもはおんの?』
「まだ籍入れて、2ヵ月しか経ってへんし、
そんなんまだまだ先や。」
『じゃあ、まだ見ぬ赤ちゃんのために頑張りや。
ここで、さぼらんように
まつりが見張っといたるわ。』
「そりゃ、
どーもありがとぉ。」
:09/03/22 05:38 :N703iD :0553rOCs
#199 [七瀬]
ほんまえらそうなガキ。
そんな私にも、笑って答えるあの人。
今の私やったら、
ガキんちょに
自分の子どものことなんか心配してほしないわっ!
ってキレてる。
:09/03/22 05:41 :N703iD :0553rOCs
#200 [七瀬]
それから、
本当に私は見張り続けた。
とゆうより、
お邪魔し続けた。
そして私が小学6年生になった時、
“原田さんに子どもが出来た”
と聞いた。
:09/03/22 05:44 :N703iD :0553rOCs
#201 [七瀬]
お母さんとおばあちゃんが話してるところを
盗み聞きした。
ショックやった。
なんでか分からへんけど、無性に悲しくって
イライラした。
今、思えば
出会った時から、あの人が好きやったんや。
:09/03/22 05:47 :N703iD :0553rOCs
#202 [七瀬]
それに焦った。
奥さんがおるのは、
正直なんも思わんかった。
けれど、
子どもが生まれたら、
もう私なんか相手してくれへんくなる。
そう思うと、
苦しくって苦しくって
溜まらんかった。
:09/03/22 05:50 :N703iD :0553rOCs
#203 [七瀬]
「なんか最近、冷たいやん。」
『別に。
真面目に働いてるだけ。』
私はこの頃から、1人で金魚を任されるようになった。
「そっか。
おっちゃん寂しぃわ。」
店を潰しながら、軽く言う。
:09/03/22 19:04 :N703iD :0553rOCs
#204 [七瀬]
そんなこと、思ってないくせに。
あの人は私の前では
自分のことを
“おっちゃん”とゆう。
今まで、なんとも思わんかったのに
最近は子供扱いされてるみたいで、いやや。
むしゃくしゃする。
:09/03/22 19:07 :N703iD :0553rOCs
#205 [七瀬]
あの人は、自分から
自分のことを話す人じゃない。
本人はなんも、ゆうてへんし、
お母さんらの間違いかも。
だから、ほんまは嘘なんかも。
そんな淡い期待を抱く。
『子供できたって
ほんまなん?』
:09/03/22 22:09 :N703iD :0553rOCs
#206 [七瀬]
そうであってほしかった。
お母さんらの勘違い、
もしくは私の聞き間違い。
あの人は
「ほんまやで。」
サラリと答えた。
:09/03/22 22:12 :N703iD :0553rOCs
#207 [七瀬]
それから、私は何も言わずあの人も何も話さなず。
あるのは沈黙だけ。
その夜、布団に入りながらなかなか寝付けなかった。
忙しくって疲れてるはずなのに。
私の気持ちが睡眠の邪魔をした。
:09/03/22 22:16 :N703iD :0553rOCs
#208 [七瀬]
そして、ある決心をする。
翌日。
『原田さん。』
あの人に声を掛ける。
:09/03/22 22:20 :N703iD :0553rOCs
#209 [七瀬]
「どしたんや、まつり。」
最近は
あの人が話し掛けて来ても、ほぼ無反応やったのに
しゃべって来た私に驚くあの人。
『…幸せにな。』
:09/03/22 22:27 :N703iD :0553rOCs
#210 [七瀬]
え?
とでも聞くように目を丸くするあの人。
『だからっ!
…幸せになってな
ってゆうてんねんっ!!』
照れ隠しのため、少し声を荒げる。
:09/03/22 22:30 :N703iD :0553rOCs
#211 [七瀬]
そんな私に気付いてるように、あの人は言った。
「ありがとう、まつり。」
すごい嬉しそぉに笑うあの人に
今までの嫉妬や醜い感情が全てアホらしく思えた。
『それだけやから。』
そう言って、
素早くその場から立ち去った。
:09/03/22 22:34 :N703iD :0553rOCs
#212 [七瀬]
それからとゆうものの、
また私は質問攻めにした。
『男の子?女の子?』
「さあ、どっちやろな。」
『どっちがいい?』
「男やったら、一緒に遊んであげたいし、
女やったら、手料理とか食べたいしなあ。
…どっちでもええわ。」
『親バカや。』
二人の間に笑いが起こる。
:09/03/22 22:47 :N703iD :0553rOCs
#213 [七瀬]
『名前は?』
「いくつか候補はあるよ。」
『例えば?』
「内緒。」
『ケチ。』
こんな感じで
前みたいに戻った。
:09/03/22 22:50 :N703iD :0553rOCs
#214 [七瀬]
そして冬になった。
お初天神。
新年にみんなの心がウキウキしている時。
年が空け、大忙し。
日本一長い商店街の中、
金魚とたこ焼きは隣同士。
:09/03/22 22:53 :N703iD :0553rOCs
#215 [七瀬]
私は少し気掛かりだった。
だって
赤ちゃんのことを全然聞かへんし。
八月の中旬の頃に確か6ヵ月ってゆうてた。
今は1月。
もう生まれているはず。
でも、あの人は何も言わへん。
:09/03/22 22:59 :N703iD :0553rOCs
#216 [七瀬]
気になって気になって
しょうがない!
歯がゆい気持ちが心中を支配する。
『子供、生まれたん?』
ガマン出来なくって、
たこ焼きにおる、あの人に聞いた。
すると、あの人は
「生まれたよ。」
笑って言った。
:09/03/23 19:24 :N703iD :7XQi.j2w
#217 [七瀬]
『良かったなあ。
って、なんでゆうてくれへんのよっ!!』
「あれ?
おっちゃん、ゆうてなかったっけ。」
『もう!』
寂しいやん。
一言ゆうてよ。
:09/03/23 19:27 :N703iD :7XQi.j2w
#218 [七瀬]
確かに私には関係ない。
関係ないけど、
わかってるけど、
一言ゆうてほしかった。
奥さんがいて、子供が生まれて…
やっぱり、
もう私の相手してくれへんのかな。
ただのガキんちょやもん。
:09/03/23 19:31 :N703iD :7XQi.j2w
#219 [七瀬]
でも、やっぱり話したい。
一緒に笑いたい。
私は今まで以上に、話し掛けた。
あの人も、これまでと同じように話す。
少し安心する。
普通に話してくれる。
良かった。
:09/03/23 19:34 :N703iD :7XQi.j2w
#220 [七瀬]
時々、
『子供は元気?』
と聞いた。
すると、あの人は
「元気やで。」
と決まって言う。
それやったらええ。
ええけど、
それだけしか言わん。
いっつも同じ答え。
:09/03/23 19:37 :N703iD :7XQi.j2w
#221 [七瀬]
それに、
名前、性別…
いつ聞いても、答えてくれへん。
「なんやと思う?」
「どっちでしょーか?」
絶対はぐらかされる。
そのたび悲しい。
:09/03/23 19:39 :N703iD :7XQi.j2w
#222 [七瀬]
そして中1の通り抜け。
あのままバイバイして今。
結局、最後まで子供のことは聞かれへんかった。
:09/03/23 19:42 :N703iD :7XQi.j2w
#223 [七瀬]
どれくらい沈黙が続いただろうか。
多分5分くらい。
でも、何時間にも思えた。
今日は30度を超える真夏日。
なのに、
額には冷や汗ばかり流れる。
:09/03/23 19:45 :N703iD :7XQi.j2w
#224 [七瀬]
この沈黙に我慢も限界。
『原田さ…』
「ごめん。」
遮られる。
“ごめん”?
なにが“ごめん”なん?
「嘘ついてた…。」
:09/03/24 08:20 :N703iD :z5682swI
#225 [七瀬]
嘘?
“奥さんが死んだ”
ってゆうのは嘘?
「ほんまは子供なんておらんねん。
8年前……。
まつりが小学生の時、流産した。」
:09/03/24 08:24 :N703iD :z5682swI
#226 [七瀬]
なに…それ。
安心は束の間。
“奥さんが死んだ“
のが嘘なんやなくて、
“子供がおる”
ってゆうんが嘘?
そんなん…、
なんでいまさら。
がく然とする。
:09/03/24 08:27 :N703iD :z5682swI
#227 [七瀬]
私が今まで見てきたのは
夢やった。
家族に囲まれて笑うあの人は
ただの幻やった。
なんのために願ったんだろう。
“幸せになっ”
:09/03/24 08:30 :N703iD :z5682swI
#228 [七瀬]
「あの時…。
まつりが“幸せにな”ってゆうてくれた時。
おっちゃん……心底、誓った。
なのに……」
あの人は声は震えている。
私は何も言わない。
言えない。
:09/03/24 08:33 :N703iD :z5682swI
#229 [七瀬]
それは、
あの人に同情して何も言えないんじゃない。
感情がない。
言わば、脱け殻状態。
あの人は続けた。
「買い物行ってた時、急に…。
普通にしてたのに。
転んだわけやない。無理してたわけでもない…。」
:09/03/24 08:38 :N703iD :z5682swI
#230 [七瀬]
声の震えが増してゆく。
「まつりには言われへんかった。
あんな喜んでくれてたのに。」
ここで、やっと悲しさが襲って来た。
あの人も苦しかったんや…。
泣きたかったんや。
私以上に。
:09/03/24 08:41 :N703iD :z5682swI
#231 [七瀬]
「それから、自殺しようとした。
その時は未遂で終わったけど…。
でも彼女は完全に病んでた。
何回も何回も……
止めても止めても、死のうとした。」
途中から、すすり泣きを入れつつ、話す彼。
私の目も自然と潤みだす。
:09/03/24 08:47 :N703iD :z5682swI
#232 [七瀬]
「彼女の両親に、相談すると
“病院入れろ”と一言、
言われただけやった。」
冷たい両親。
怒りを覚える。
「俺、それだけはいやで…
俺の両親にゆうたら協力してくれた。
だから神野商会を止めた。
彼女となるべく一緒にいてあげよう思て。」
:09/03/24 08:52 :N703iD :z5682swI
#233 [七瀬]
途中、あの人が自分のことを
“おっちゃん”ではなく
“俺”とゆうてるのに気付いた。
それだけ余裕がなくなってんのかな?
『気付かんで、ごめん。』
すると、あの人は首を振った。
:09/03/24 08:57 :N703iD :z5682swI
#234 [七瀬]
「アホ。
お前は自分のことだけ考えてればいい。」
そう笑ったけど、今にも壊れてしまいそうだった。
「それから、まもなくして
癌…見つかった。」
なんとなく予想はしていた。
:09/03/24 09:01 :N703iD :z5682swI
#235 [七瀬]
“まもなく”とゆうても、あの人が神野商会を辞めて3年が経っていた頃。
私が中2の時だった。
私が奏と出会って1年が過ぎてた時期。
あの人の奥さんに癌が見つかった。
乳ガンだった。
:09/03/24 09:05 :N703iD :z5682swI
#236 [七瀬]
心の病は、癒されても
体はどんどん蝕まれてゆく。
手術を受けた。
結果は一応、成功。
でも1年後、転移した新たな癌が見つかったらしい。
医者には、“手遅れ”と言われた。
それから抗がん剤だけの治療が始まった。
:09/03/24 09:09 :N703iD :z5682swI
#237 [七瀬]
髪は抜け落ち、
頬は痩せこけ…
癒えた心の傷も、また開きだす。
あの人は頑張った。
だけど
とうとう先月
彼女は屋上から飛び降りた。
:09/03/24 09:12 :N703iD :z5682swI
#238 [七瀬]
飛び降りようが、しなかろうが、もう長くはなかっただろう
と医者は言ったとゆう。
「彼女……由利は最後の力を振り絞ってでも、
少しでも早く…
楽になりたかったんやな。」
遠くを見ながらあの人は言った。
:09/03/24 09:16 :N703iD :z5682swI
#239 [七瀬]
今度は同情して、何も言われへんかった。
「葬式はあっとゆう間やった。
あれ、不思議なもんで
葬式中は慌ただしくって悲しみも忘れてまうのに、
終わったら、普通の何倍も悲しくなる。」
そう笑うあの人に胸がキュッと締め付けられた。
:09/03/24 09:24 :N703iD :z5682swI
#240 [七瀬]
「俺も死んじゃおっかなーって思た時、
まつりの顔が浮かんで、
会いたなった。
だから今日、会いに来た。」
そうゆうと、真っすぐに私を見つめた。
『…死なんといて。』
:09/03/24 09:29 :N703iD :z5682swI
★コメント★
←次 | 前→
トピック
C-BoX E194.194