こいごころ
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#306 [向日葵]
「……あと1時間くらいです」
「そっかー。じゃあもうちょって待とっと」
茉里は一緒にいたくないので、更衣室にでも行こうと思って、踵を返した。
「あ!茉里ちゃん、この前はごめんね」
足を止める。
この前?
思い当たる事がいっぱいありすぎて、もうどれの事を言ってるかすら分からない。
謝ってほしいというか、嫌な思いをしたことなんて何度もあったから。
:09/07/31 03:46
:SO906i
:☆☆☆
#307 [向日葵]
「何がですか……」
「一昨日。宗助と一緒に帰ってるのに宗助取っちゃって」
「べつに……私は……」
「いつ頃から?付き合ってるんでしょ?」
耳を疑った。
何を言ってるの?
茉里の胸が、怒りで熱くなる。
その熱をくすぶらせたまま、言葉を発する。
「付き合ってません」
それだけを言うのが精一杯だった。
感情をコントロールする事に目一杯意識を集中させる。
:09/08/06 21:36
:SO906i
:☆☆☆
#308 [向日葵]
「そうなの?てっきり……」
先輩は心底驚いた顔をする。
先輩はそんなつもりないのかもしれないが、わざとらしささえ感じるその態度に、茉里は拳を握りしめる。
そんな茉里に気づかず、先輩は子供のように好奇心に満ちた目で茉里を見る。
「でも茉里ちゃんは好きなんだよね?見てたら分かるっていうかさー」
見てたら……分かる……?
茉里は小馬鹿にされたように感じた。
気づいてるくせに、宗助に抱き締められたり、相談してたって言うの?
:09/08/06 21:36
:SO906i
:☆☆☆
#309 [向日葵]
なにそれ。
人の気持ちを知っておきながらそんな態度をとるなんて……。
信じられない気持ちでいっぱいになる。
握りしめた拳が、震えはじめる。爪が掌に食い込んでも、痛いと感じない程に、茉里は全身怒りで覆い尽くされていた。
「宗助もまんざらでもないと思うんだよねー。いつも茉里ちゃんの事を気にしてるし」
宗助がいつ、自分の事を気にしていただろうか。
彼の視線の先には、いつでも先輩がいた。
あの雪の中で言った、宗助の悲痛な声。
:09/08/06 21:36
:SO906i
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#310 [向日葵]
今でも耳に残っているくらい、忘れられないものだった。
それを、この人は知らない。
知らずに、気持ちをもてあそぶようにして無邪気に接して、無邪気に傷をえぐる。
もう出そうになりそうだった「待って」や「行かないで」といったいくつもの言葉を飲み込んだ私を、この人は……知らずに、笑っているんだ。
「宗助、優しくていい子だよね。きっと茉里ちゃんとお似合い……」
音が道場に響く。
え……。何の音……?
目の前に、頬をおさえてる先輩。
:09/08/06 21:37
:SO906i
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#311 [向日葵]
茉里の視界には、自分の右手があった。
そこで初めて、平手をかました自分に気づいた。
どうしよう、と一瞬戸惑うが、胸の中に残るこれまでためていた怒りは、それだけで済むはずがなかった。
「知らないくせに……」
なにも知らないくせに。
宗助の気持ちも、自分の気持ちも、これまでになにがあって、どうやってきたかなんて、なに1つ、知らないくせに……。
悔しい……。
どうして私じゃない。
どうして私はいつも、1番にはなれないんだろう。
:09/08/06 21:37
:SO906i
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#312 [向日葵]
「先輩なんて大嫌いっ!私に無いものいっぱいあるに贅沢ばっかり言って……人の気持ちを踏みにじるばかりしてるくせに……っ!!」
目が潤む。
先輩がどういう顔をしているか分からない。
でも吐き出してしまえば、それまでなんとか必死に抑えていた感情が、一気に涙となって流れてきた。
「分かったように……理解者みたいに語らないでくださいっ……」
宗助のこと、分かったように言わないで。
一番、先輩が分かってない。
どれほど、宗助が先輩を好きか。
どんなに辛い思いをしたか。
:09/08/06 21:38
:SO906i
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#313 [向日葵]
その一因に、自分も入ってしまっているけれど、でも、自分なんか本当に小さな存在だった。
宗助の悩みのほとんどは、先輩だったから……。
「そんなに宗助を気に入ってるなら……、付き合えばいいじゃないですか」
言い終わると同時に、戸が開く。
振り返ると、そこに立っていたのは、宗助だった。
茉里は冷静さを取り戻したはいいが、さあっと血の気が引く音を聞いた。
余計な事を言ってしまったのと、先輩を殴った犯人は明らかに自分で、幻滅されると思ったからだ。
:09/08/06 21:38
:SO906i
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#314 [向日葵]
いや、もう幻滅されようとなにされようて、自分には関係ないか……。
「え、どうか……したん……すか?」
宗助の問いかけに、茉里は口を結んだ。
ちらりと先輩を見れば、頬が赤くなっていた。
しかし先輩は苦笑するだけだった。
やがて鞄を持って、茉里の横を通り過ぎた。
「ちょっと用があって、茉里ちゃんと話してただけ。試合明日なんだし、今日は気合い入れて練習しなよっ。じゃあね、宗助、茉里ちゃん」
:09/08/06 21:38
:SO906i
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#315 [向日葵]
笑顔と同じように、先輩は爽やかに出て行った。
まるで、わだかまりなんてないかのように。
しかし、茉里はそうもいかないから、そのまま立ち尽くしている。
ギシッと床が軋む音がしたかと思えば、すぐ後ろに気配を感じる。
でも茉里は振り返らず、それ以前に微動だにしなかった。
「……なにかあったのか?」
「……」
「……加賀?」
突然、茉里は方向転換して、駆け出した。
驚いた宗助は、一拍おいてすぐに身を翻した。
:09/08/06 21:39
:SO906i
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