こいごころ
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#748 [向日葵]
「あの、親父さんは……」
「ああ、仕事が少し残ってるから、先に終わらせちゃうんですって。もう終わった頃かしら。茉里、呼んできてくれる?」
茉里はぎょっとして、目を見開いた。
何故なら普段そんなこと言わないからだ。
馨は茉里が裕之を避けているのを知っているし、晩御飯だって、別々でも何も言わなかったのに。
「ど、どうして……っ!」
「ノックするだけでいいわ。じゃないとお客さんを連れてきた張本人のくせに、自分は顔を出さないなんて、失礼じゃない」
:11/05/28 20:13
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#749 [向日葵]
ならばお母さんが行けばいいじゃないと出かかったが、ノックするだけならいいかと言葉を口の手前でとめる。
せめてもの抵抗で、無言で裕之の元へ向かった。
宗助は心配そうに茉里と馨を交互に見るが、馨は微笑むだけだった。
ーーーーーーーー…………
裕之の部屋へと続く廊下が、とてつもなく長く思えた。
気分はもう息切れでもしてりんじゃないかとすら思えた。
:11/05/28 20:13
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#750 [向日葵]
ノックを……するだけ……。
足をとめ、いつの間にか着いてしまった裕之の部屋のドアを見つめる。
苦しいと思ったら、息をとめてた。
ゆっくりと手をあげ、軽く握る。
控えめな音で、硬いそのドアを2回叩いた。
中で、人が動く気配が少しした。
会いたくもないのなら、早くここから動けばいいのに、そうしたいのはどうしてだろう。
:11/05/28 20:13
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#751 [向日葵]
「ーーーーーどうして、動かないんだい」
ドアの向こうから声がした。
瞬間的に黒い渦が心を覆いつくしそうになるが、深呼吸でそれをやりすごす。
憎い………………わけじゃない。
許したい…………わけじゃない。
どちらの感情かもわからないけれど、どうして動かないんだろう。
「……ねえ」
ずっと、聞きたかった。
1つだけ、どうしても。
「浮気したのは……、私たちがどうでもよかったから?」
しん……と、全てが静寂で埋め尽くされた気がした。
なんとなく、足元がゆらゆらする。
:11/05/28 20:14
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#752 [向日葵]
「違うよ」
ドアの向こうで、静かに、でもはっきりと答えた。
「昔も今も、大好きだよ。あの時は……ただおかしかった、これしか言えない」
おかしかった。
その言葉を聞いた時、茉里は思い出したことがあった。
まだ宗助が、茉里に気持ちを向けていない時、夏祭りで茉里は錯覚を起こしていた。
沢口の告白に身を任せれば、楽になるんじゃないかと。
こんな片思いの苦しみから、逃れることが出来るんじゃないかと。
自分から好きでいると言ったくせに、全てを投げ出して、逃げようとした。
:11/05/28 20:14
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#753 [向日葵]
この人は……、この人も、なにかから逃げようと苦しんでいたのかしら。
「今は…………なにもしてないの……?」
「してないよ」
「嘘ならもうつかないで」
即答が不安で、そう言ってしまう。
「嘘なんかじゃないよ」
「私が子供だと思って茶化してるなら、もうやめて……。私もう……」
:11/05/28 20:14
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#754 [向日葵]
涙が流れた。
自分の中で、裕之をどうするかなんて答えは決まっていないのに、吐き出したのは、本心だった。
「あの時みたいな思いは、辛いの……っ。だって、帰ってきたら、「ただいま」って……、抱きしめてくれてたのに……っ!それは他の誰かを抱いたかもしれないあとだなんて……っ!!」
ああそうか。
許せなかったのは、許したくなかったのは、駄々をこねてたんだ。
お父さんをとらないで、触らないで。
お父さんは私のお父さんなの。
:11/05/28 20:15
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#755 [向日葵]
駄々をこねて。
拗ねて。
相手が自分に謝るまで、そして自分はそれを許すまで。
この人はぬいぐるみかなにかか。
泣いてるけれど、どこか冷静に自分を分析して、茉里は自身を笑った。
「もう、いいよ……」
そんな馬鹿げた理由でこの人を憎んで、許せないのなら。
終わりにしよう。
もう駄々をこねる歳じゃない。
「もうやめる、恨むの……」
かちゃりと音がしたと思ったら、扉が少し開いていた。
裕之は悲しそうに微笑んでいた。
:11/05/28 20:15
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#756 [向日葵]
こうやって向き合ったのは、何年ぶりだろう。
顔を合わせても、まともに見ようともしなかったから。
あの頃と変わったような変わってないような。
少し痩せた?
シワも少し増えた。
でも顔は、整っている。
お父さんだなんて呼べないのは、まだ拗ねた心が残ってるからだ。
でもこれくらいは大目にみなさいよね。
元凶に文句なんて言わせないんだから。
:11/05/28 20:16
:SH05A3
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#757 [向日葵]
「馬鹿……。馬鹿馬鹿大馬鹿。アンタなんて、大嫌いよ……」
あとからあとから涙が流れてくる。
悪口を言われても裕之が傷ついた顔をしないのは、もう茉里の気持ちを知っているからだ。
「大嫌い。なによ、結局皆から許してもらうだなんて、運に恵まれてるわね」
「そうだね……」
「私やお母さんじゃなかったら、絶対にアンタなんか捨ててやるんだから」
「そうだね……」
:11/05/28 20:16
:SH05A3
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