こいごころ
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#607 [向日葵]
宗助は茉里と付き合っているし、先輩に対して特に嫉妬するわけではないが、先輩のことを考えている宗助に、茉里は少し悲しいような気分になった。
「おーいお前らー」
先生が道場の入口で呼び掛ける。
「旅話するのもいいけど、もうすぐ下校時間だぞ。帰れよー」
皆で元気よく返事をし、あとは明日の土曜日にまた、ということになった。
:11/01/30 00:51
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#608 [向日葵]
「目の前のことばっかりで、なんだか忘れてたね」
校門に向かいながら、茉里は宗助に話しかける。
宗助も何のことを言われているのかがわかったのか、こくりと頷く。
「どんな気持ち?」
訊いてみたかった。
「……わからない。形容しがたい。寂しいというか、切ないというか……、……って、別に好きどうこうってわけじゃないからな。一応言っておくけど」
:11/01/30 00:51
:SH05A3
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#609 [向日葵]
「わかってるよ」
茉里が不安がってるかもしれないと思ってくれてるののが嬉しいと同時に、結構心配されてるんだという自分自身がもうちょっとしっかりしないと、という叱咤がまざり、少し困ったように笑った。
「たださ、私たちにとって、なんというか……、心に残る先輩だったでしょ?宗助も、私と同じ気持ちなのかもな……って思ってさ」
どちらからでもなく、手を繋ぐ。冷えた手が、暖かくなっていくのがわかった。
しかし、その手がまた冷たくなった。
そして、握る手に力が入るので、宗助は茉里を見る。
:11/01/30 00:51
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#610 [向日葵]
「茉里?」
街灯に照らされた茉里の顔は、驚きと怒りに変わっていった。
まるで、この世で最も見たくないものを見たかのように。
「……んでっ、アンタがここにいるのよ!」
茉里が叫んだ先に、黒いベンツの車が停まっていた。
運転席を出たところに立っていたのは、すらりとした長身の男性。大人のファッション雑誌のモデルでもやってそうな人だった。
柔和な笑顔を見せると、ゆっくり茉里たちのところへ歩み寄ってくる。
:11/01/30 00:52
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#611 [向日葵]
「近くを通ったから、迎えにきたんだ」
「先輩、こちらは?」
何人かまだいた後輩は、突然現れた紳士的な男性を見て、おろおろする。
紹介したくもないという顔をして、食いしばっていた歯を、無理矢理こじ開けた。
「私の……ち……ちおや……」
「初めまして。部の仲間かな?」
父親がうっとおしくなる年頃とはいえ、茉里の異常な嫌がり様を見た後輩たちは、突然現れた素敵な男性を前にはしゃぐつもりでいたが、それをやめた。
:11/01/30 00:52
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#612 [向日葵]
触れてはいけない空気に、挨拶もそこそこに後輩たちはそそくさとその場をあとにした。
「……こういうの……迷惑だってわかんないの?紹介したくもないのに……」
「ごめん。部のみんなと一緒だとは思わなくて」
申し訳なさそうに、茉里の父は微笑む。
「ちょっと考えればわかるじゃない!迎えにだって頼んでない!大体アンタの顔なんてみたくないってわかってるでしょ!?」
:11/01/30 00:54
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#613 [向日葵]
茉里は両手でドンッと父の胸を押す。
「お、おい茉里」
さすがに言いすぎじゃないかと、宗助は茉里をとめる。
父はそこで初めて、まだ宗助がいたことに気づいた。
「君は……」
宗助は父とは初対面だ。
初めて見る父は、茉里が話していたほど悪い人だとは思えなかった。
「初めまして、笹部宗助と申します。茉里さんと、お付き合いさせて頂いてます」
「ああ……」と、納得したような返事をした。
:11/01/30 00:55
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#614 [向日葵]
「馨……っと失礼、妻から聞いてるよ。そうか、君が、茉里の……。宗助くんと呼んでも?」
「気安く宗助の名前呼ばないで」
「茉里。はい、構いません」
茉里はずっと父を睨んでいる。
父は苦笑を浮かべながらため息をつき、後部座席のドアを開けた。
「立ち話もなんだから、宗助くんも一緒に乗っていかないか?帰りながらゆっくり話そう」
戸惑う宗助は、茉里を見る。
茉里は宗助の手を掴んで、駅のほうへと歩いていこうとする。
:11/01/30 00:55
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#615 [向日葵]
しかし宗助は、もし茉里の父が今真面目になったんだとすれば、娘と深くなった溝を埋めたいと思っているのではと思った。
溝なんか簡単に埋まるものではない。
それでも、柔和な笑みを浮かべながら、その裏では大きな後悔の念があると感じてしまったら、茉里の手に導かれるわけにはいかなかった。
「俺も一緒なら、茉里も乗る?」
優しくなだめるように茉里に話しかける。
茉里は目を見ようとはしないが、足を止めた。
:11/01/30 00:56
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#616 [向日葵]
茉里は泣きそうな顔で嫌がっていた。
それは父と一緒に帰るのが嫌なのか、嫌いな父の車に宗助が乗るのが嫌なのかはわからないが、宗助が言ってもきいてくれないような気がした。
茉里の闇が大きいのは知ってる。彼女が未だ、その闇に耐え切れず、沈みこむのを知っている。
けれど、いつまでもこの状態がいいわけがない。
どこかで、和解は出来なくても、距離を縮めることは出来るはずだ。
何度、遠くの線路で電車が通過した音をきいただろうか。
茉里がゆっくりと宗助の目をみつめかえす。
:11/02/05 23:50
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