こいごころ
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#646 [向日葵]
本は自分を読んでくれと言っているかのように、窓からさしこむ光で背表紙を光らせる。
心乱れることない、安らぎのとき……。
しかしその安らぎは、ある人の声によって遮られた。
「魚住さん」
ぴくりと肩を震わせて、声のほうへゆっくりと振り向く。
何回会っても、その笑顔は崩れない。
たまに能面でもつけてるのではと感じる。
最近なぜだか、この男が馨につきまとう。
:11/03/19 21:58
:SH05A3
:☆☆☆
#647 [向日葵]
悪い人ではないのだろうが、いまいち信用ならないこの男を、馨は警戒している。
「加賀さん……。あなたも図書館に用事ですか?」
「うん。探してるものがあると思ったから」
「加賀さんも本を読まれるんですね」
「うん。君の思い出を綴った本があれば、ぼくの探してるものはみつかったも同然だよ」
馨は呆れたようにため息を吐く。
どうしてこの人は私につきまとうのだろう。
からかいなら他でやってほしい。
:11/03/19 21:58
:SH05A3
:☆☆☆
#648 [向日葵]
「私の思い出なんて、綴ったところでベストセラーになんてならないと思いますが」
口説き文句をさらりとかわす。
いつもなら、彼は困ったように口を閉じるのに、今日はなぜかそうしなかった。
「じゃあ僕がベストセラーになるように大量に買うよ」
「お金の無駄だと思いますよ」
「君に貢ぐならお金も惜しまないよ」
「浪費家は嫌いです」
「ならやめよう」
:11/03/19 21:59
:SH05A3
:☆☆☆
#649 [向日葵]
付き合ってられない。
逃げようとさりげなく足を動かすと、逃げるほうにある本をとるフリをして、裕之は通せんぼした。
ああ…………、迷惑っ!!
くるりと踵をかえすと、今度はこちらに手をのばしてきた。
もうそれは、フリなんかではなく、明らかに馨を通せないようにするものだった。
苛立って、馨は目をつりあげると、裕之のほうへ背筋をのばして毅然と体をむけた。
:11/03/19 21:59
:SH05A3
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#650 [向日葵]
「意地悪しないでください。私を怒らせたいんですか?」
「怒らせたくはないけど、いい加減僕から逃げるのをやめてもらえないかな?」
「前にも言ったはずです。みんなと同じように扱われることを私は望んでいません。遊びたいのなら他でどうぞ」
「違うといったら?」
つりあげていた目が、少し下がる。
違う?
思わずきょとんとした表情になってしまう。
「僕は君に一目惚れしたみたいなんだ。君がいないか、毎日どうしても探してしまう。君から香る甘い香を探してしまう」
:11/03/19 22:00
:SH05A3
:☆☆☆
#651 [向日葵]
な……なにを……言ってるの……?
「僕のことは嫌いかな?」
「お話してるぐらいなら……別に。こんなことされるのが嫌いなんです」
「そう……。でもこうしなきゃ、いつまでも君が捕まらない気がする」
「私は鳥かなにかですか。鑑賞したいのなら美術品に価値を見出だしてはいかが?私は価値などないの。こんなことされるのは、不愉快だわ!」
裕之の手をたたき落として、馨はその檻から脱走する。
もういつでも逃げられやすいように、棚と棚との間の通路へと出る。
:11/03/26 22:11
:SH05A3
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#652 [向日葵]
周りを注意深く見て、だれもいないかを見る。
じゃないと本を選ぶ場所にいて、棚ではなく通路で突っ立って怒っている自分が、なんだか浮いてて、見られたら変な子だと思われそうだったからだ。
「きっとすぐに気づきますよ。私じゃなくてもいいことに」
「気づくことがないから君がいいと言ってるんだよ」
もうやめて……っ!
馨は、思わず逃げだした。
いてもたってもいられなかった。
:11/03/26 22:12
:SH05A3
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#653 [向日葵]
馨は実は、裕之が好きだった。
馨も一目惚れだった。
入学時、校内で迷った馨を案内してくれたのが裕之だった。
初めてだった、こんなに素敵な人を見るのは。
しかし入学してから知るのだった。
裕之は女の子なら誰でも好きなことに。
そんな人の、特別になりたいだなんて、無理にきまっている。
裕之はああ言ってくれているが、絶対に信じてはいけない。
信じてはこちらが痛い目にあうのだ。
:11/03/26 22:12
:SH05A3
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#654 [向日葵]
そうやって泣いている子を、何人、何十人と、見てきたから。
本当は、もうあのやさしい檻に閉じ込められたままでよかった。
その考えに、このまま委ねてしまおうとして、ハッと気づいた。
傷つくのはこわい、と。
真剣な彼の目が、心臓の音を早めて苦しかった。
どれくらい走ったかは知らないけれど、いつか彼と座った木陰のベンチを見つける。
ゆっくりと近づき、ゆっくりと腰をおろす。
:11/03/26 22:12
:SH05A3
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#655 [向日葵]
傷つきたくないから恋をしないだなんて……。
「私は臆病なのかしら……」
傷ついて、ひとつ成長するのも恋だと思う。
それでも、自分は傷つく勇気なんてない。
「きっとあの人も、そこまで私を好きじゃないでしょうしね」
「そんなことないよ」
頭の上からふってきた声に、馨は驚いて振り向く。
:11/03/26 22:13
:SH05A3
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