死に至る病
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#1 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
死に至る病とは
   すなわち絶望である。


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bbs1.ryne.jp/r.php/novel/4478/

⏰:09/07/21 00:31 📱:N03A 🆔:/.aCtCEE


#2 [chimu◆Hi9o8eIXuA]








⏰:09/07/21 07:36 📱:N03A 🆔:/.aCtCEE


#3 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
プロローグ


ビデオを見終わった後、僕はためらうことなく嘔吐した。

口内いっぱいに広がる胃酸の不味さに、視界が涙でぼんやり滲んだ。


見るんじゃなかった。

僕は拳を強く握り歯を噛みしめて、恐怖に叫びたい衝動を必死にぐっと抑えた。

嫌な汗が背中を伝い、悪寒をはしらせる。

⏰:09/07/21 18:24 📱:N03A 🆔:/.aCtCEE


#4 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
テレビの電源を切るチャンスはいくらでもあったのに、最後まで見てしまった。

……まさか、こんな内容だったなんて、……酷すぎる。

しかし、いくら嘆いても、後の祭りでしかなくて。

後悔が波のように押し寄せたが、すぐにそれは吐き気に変わり、また嘔吐した。

⏰:09/07/21 18:27 📱:N03A 🆔:/.aCtCEE


#5 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
頭の中はぐちゃぐちゃで、しばらく思い出したくもないビデオの内容がループしていた。


……もう、やめてくれ。僕はかたくまぶたを閉じた。

部屋を支配する重苦しい静寂にたえきれず、僕はのろのろとおぼつかない足取りで洗面所へ向かった。

膝がおもしろいほど笑う。

その道のりが果てなく感じた……。

⏰:09/07/21 18:29 📱:N03A 🆔:/.aCtCEE


#6 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
思いきり蛇口をひねる。

洗面器にあふれた、きんと冷たい水で顔を洗い、口をゆすいだ。

鏡にうつる僕は、情けないくらいひどくやつれていた。


まぶたが重い。

もう寝よう。

⏰:09/07/21 18:30 📱:N03A 🆔:/.aCtCEE


#7 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
僕が玄関の戸締まりに向かう途中、電話のベルが鳴った。

そんな聞き慣れた音にさえ、僕はびくっと体を震わせた。


こんな時間に、誰だろう。恐る恐る受話器をとった。

⏰:09/07/21 18:32 📱:N03A 🆔:/.aCtCEE


#8 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「……もしもし。桐沢です」
「こんばんは。夜遅くにごめんなさい」


声の主を僕は知っていた。とたんに、緊張がとけた。



――だから、油断していた。

忍びよる足音に、気づけなかった。

⏰:09/07/21 18:33 📱:N03A 🆔:/.aCtCEE


#9 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「ビデオは、楽しかった?」


彼女は、愉快そうに言った。

僕は言葉を失い、受話器を手放して床に落としてしまった。


そして、背後に迫った気配に、ようやく気づいた。

⏰:09/07/21 18:36 📱:N03A 🆔:/.aCtCEE


#10 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「無用心だよ。玄関に鍵をしめないなんて、悪い人が入ってきちゃうかもしれないのに」

彼女は言った。

驚いて振りかえると、時はすでに遅く、……彼女は金槌を大きく振りかぶっていた。


そして、彼女はなんのためらいもなくそれを振り下ろした……。

⏰:09/07/21 18:37 📱:N03A 🆔:/.aCtCEE


#11 [chimu◆Hi9o8eIXuA]



1 退屈な午後


⏰:09/07/23 22:08 📱:N03A 🆔:U89gCFpA


#12 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
午後の授業は、ひどく眠い。寝まいと頑張っても、気づいたら机につっぷして寝てしまう。

もちろん、それを教師が見逃すはずもなく、出席簿で頭を叩き起されるのが日常茶飯事だった。


今日もまた、眠気に負けて居眠りをしてしまっていた。


「またですか……」

黒山先生は大きなため息をついて、出席簿を手にとった。

⏰:09/07/23 22:11 📱:N03A 🆔:U89gCFpA


#13 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
もう少しで出席簿の一撃を食らうところで、隣の席の狩山直央(かりやまなお)が僕の肩をつついて起こしてくれた。


「あら」

黒山先生は僕が起きたことに気づくと、少し残念そうにして、教卓へ戻っていった。

……その様子から、本当は気持ちいい一撃をおみまいしたかったんだろうな、と、僕ならずクラスメイトも思ったに違いない。

まさに危機一髪、危ないところだった。

⏰:09/07/23 22:20 📱:N03A 🆔:U89gCFpA


#14 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
何事もなかったみたいに授業が再開され、僕は閉じたままだった教科書とノートを広げた。

ノートいっぱいの数式の羅列に、一気に眠気とけだるさがぶり返す。

こんなものが将来なん何の役に立つのやら。


僕はでかいあくびをひとつして、また机につっぷした。

⏰:09/07/23 22:23 📱:N03A 🆔:U89gCFpA


#15 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
しかしすぐに、直央に頭をぽかっと叩かれた。

痛ぇ、と素直に口にでた。
そこそこ強く、地味にじんじんと痛かった。


直央は教科書で顔を隠しながら、小さな声で言った。

「渉ちゃんったら、何回頭を叩かれれば気がすむんだよぅ。
黒山先生だって、真剣に教えてくれてるんだから、真面目に授業受けなきゃ失礼だよぉ」

⏰:09/07/23 22:25 📱:N03A 🆔:U89gCFpA


#16 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
長い睫毛で包まれた大きく丸い瞳がぱっちり開いて、困ったように僕を見ていた。

しかし、口元はへの字で、しっかり怒っていた。


「真面目に受けてるって。ほら、教科書もノートも広げてるしさ」

僕は机の上の教科書をパラパラめくってみせる。

隅っこに描かれた半年かけた超大作のパラパラ漫画が、不器用な動きを見せていた。

⏰:09/07/23 22:34 📱:N03A 🆔:U89gCFpA


#17 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
直央はぶぅ、と頬を膨らませて、それ以上何もいわずにすねてしまった。

……少しやりすぎたかな。


授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、直央はおもいっきり背伸びをして、机にうつ伏せた。

腰まであるウェーブのかかった髪が、顔をすっぽり隠し、カーテンみたく机から垂れ下がっている。

⏰:09/07/23 22:55 📱:N03A 🆔:U89gCFpA


#18 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
撫でて見ると、さらさらしていて、とても気持ちいい。

うちの猫みたいだな、と思った。


しばらくしても起き上がらないので顔を覗いてみると、なんとスナック菓子を食べていた。

薄目で、ただひたすら口だけ動かしている。

その無気力さが面白くて愛しくて、いよいよ笑いをこらえきれずに腹を抱えて笑った。

直央は頬をうっすら赤に染めて、恥ずかしそうに「なんだよぅ」と言った。

⏰:09/07/23 22:56 📱:N03A 🆔:U89gCFpA


#19 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「動物みたいだなー、お前は。そんなに緩みまくって、珍しく真面目に授業受けて疲れたんだろ」

「違いますぅ」

菓子を一口して、直央は言った。

「わたしはやる時はきちんとして、休む時はきっちり休むの。渉ちゃんみたいなねぼすけとは違うのぉ」

「……ほーお。生活習慣病まっしぐらの爆食娘が生意気いうようになったな」

⏰:09/07/24 16:25 📱:N03A 🆔:rRJYHlQs


#20 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
僕は直央のスナック菓子の袋を奪い取ると、残り少ない中身を全部食べてやった。

……うむ、美味である。


直央はわーっと悲鳴を上げながら袋をむしり取り、空っぽなのに気づくと怒りを露にして襲いかかってきた。

「ひどいよぉ、渉ちゃんのバカぁーっ。人でなしーっ」

「人様を馬鹿にするからだ。悔しかったら、俺の腹ん中から取り戻してみやがれってんだ」

「ばかばか、ばかぁ!」

⏰:09/07/24 16:27 📱:N03A 🆔:rRJYHlQs


#21 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
小さな握りこぶしが、僕の胸をぽかぽか叩く。

そのうちの一回がみぞおちにヒットし、かなりの大打撃を受けた。

うえ、吐きそう。


「天罰ですぅ。人様のお菓子を横取りするからだよぉ」

直央は、してやったりと真っ赤な舌を出してみせる。

窮鼠猫を噛むって、こういうことなのかと身をもって実感した。

⏰:09/07/24 17:33 📱:N03A 🆔:rRJYHlQs


#22 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
しかし、いくら鈍感で無神経(直央いわく、そうらしい)な僕でもここは直央に謝るべきだと分かっていた。

菓子のことじゃなく、授業中に居眠りを起こして助けてくれたことにだ。

恥ずかしくて煙にまくつもりだったけど、やっぱり言おう、言ったほうがいい。


僕は咳払いをして、言った。

⏰:09/07/24 17:35 📱:N03A 🆔:rRJYHlQs


#23 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「……ありがとな」

「え?」

きょとんとして僕を見上げる直央に、顔が熱くなるのがわかった。

彼女の瞳は、綺麗だ。
混血らしく、瞳は濃い青色をしていた。

澄んだ湖が凝縮されたみたいにきらきら輝いて、そして深い。

見つめられると、底知れない瞳の奥に、吸い込まれてしまいそうになる。

⏰:09/07/24 17:52 📱:N03A 🆔:rRJYHlQs


#24 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「授業中起こしてくれてありがと。助かったよ」

言い終わったと同時に、チャイムが鳴り、僕は逃げるようにして机に座った。


……顔がまだ熱い。

⏰:09/07/24 17:54 📱:N03A 🆔:rRJYHlQs


#25 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
直央は何も言わずに席につくと、ちょんちょん、と僕の肩をつついた。

そして、いたずらっぽく、ひそひそと小声で言った。

「放課後、どこかに遊びにいこ。美味しいもの食べたいなぁ」

彼女の顔もまた赤く、白い八重歯を覗かせて、魅力的に笑った。

僕も一緒に、笑った。

⏰:09/07/24 17:55 📱:N03A 🆔:rRJYHlQs


#26 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
2 寄り道
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
もうすっかり夕方だった。

空は羊雲におおわれ、ぼんやりした茜色に染まっていた。


放課後、僕達はファミレスで他愛ない話に花を咲かせていた。

小テストの結果、はまってるテレビドラマの展開、クラスメイトの面白いエピソード、話しだしたら止まらない。

直央となら、どんな話題でも楽しくてしょうがないから不思議だ。

⏰:09/07/26 13:31 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#27 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
――しかし、調子よく会話がはずんだのは最初だけで、すぐに僕は退屈になってしまった。

直央がテーブル一面に料理を頼み、僕そっちのけで食事に専念し始めたからだった。

もう慣れているから別にどうってことない。


「渉ちゃんも食べるぅ?」

直央がグラタン皿を差し出したが、僕は丁重にお断りした。

夕飯が食べれなくなる。

⏰:09/07/26 13:36 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#28 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「相変わらずよく食べるよな。夕飯食べれなくなるぞ」

「大丈夫、これっぽっちじゃ小腹もいっぱいにならないよぅ」

「…これがこれっぽっちとは、恐れ入りますな。……ところで口まわりにクリームがついてますぞ直央さん」

すごい量だが、彼女にしてみれば前菜のようなものでしかない。

着実に、料理をテーブルから減らしていくのだった。

⏰:09/07/26 13:37 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#29 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
見ているだけで胸焼けする食いっぷりは、ファミレス店員の間でもかなり有名らしい。

それは納得できる。

スタンプカードを異例の早さでつませてしまうとして、お得意様カードを店長直々に贈呈されたほどだ。

……しかも無料で。

お得意様カードは有料のプレミア会員に与えられるもので、これは特例だった。

⏰:09/07/26 13:39 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#30 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
風の噂では、店長との食い倒れ勝負の戦利品だとか、そうじゃないとか。

直央に聞いても誤魔化して教えないので、真相は知らない。

カードは店員に見せると、予約なしでも優先的に席を確保、全メニュー一割引き、お子様連れなら毎回オモチャ一つプレゼントの特典つきだからすごい。

その他にもたくさん特典がある。

町ではプレミア会員になることがちょっとしたステータスだったりする。

……僕も一度プレミア会員に入会しようと思ったが、小遣いではまかないきれず諦めてしまった。

⏰:09/07/26 13:51 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#31 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
店内はぺちゃくちゃと騒々しいほどたくさんの会話が飛び交っていた。

何しろ田舎だから、いつも満員で熱気に満ちあふれている。

学生に嬉しい値段で、料理が美味しいところといったらここらはこのファミレスしかない。

ファーストフードやコンビニは遠出しないとなく、めったにお目にかかるものではなかった。

⏰:09/07/26 15:55 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#32 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
直央といつか、行ってみたいな。

もうすぐ夏休みだから、電車なんか使って行けるかもしれない。

直央の食いっぷりを初めてみる奴らは、大食いテレビ番組の収録かと、さぞや驚くことだろう。

もしかしたらスカウトされたりして。

想像したらだらしなく口元が緩んでしまった。

⏰:09/07/26 15:59 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#33 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
…僕はハッとする。


いつからか、直央は見ていた。

スプーンをくわえたまま、僕をじろじろ見ていた。

舐めるようにねっとりした視線が痛い。

「な、なに見てんだよ」

僕は言った。

⏰:09/07/26 16:01 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#34 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「さっきまで渉ちゃんがニヤニヤしてたぁ。なに考えてたのぉ?」

てっきりジャンボパフェに夢中になってると思っていたのに、こういう時はちゃっかり見たり聞いたりしてる。

昼ドラでよくみる、どっかの探偵顔負けの家政婦みたいだ。

直央の勝ち誇った目からして、きっと僕が変な妄想をしてたと勘違いしてるに違いない。

絶対そうだ。

⏰:09/07/26 16:01 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#35 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「別に変なことじゃねーよっ」

「あり? 私一言だってそんなこと訊いてないよぅ。
……もしかして考えてたぁ? 話し相手がいなくて退屈しのぎに変なこと想像しちゃってたのぉ?」

直央はテーブルの下で足を伸ばして、僕の股辺りを探ってきた。

思わず叫びそうになる。

⏰:09/07/26 16:06 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#36 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「ばっ……馬鹿! 止めろって変態女! なにを確認しようとしてんだよ破廉恥、スケベ、場をわきまえろ!」

直央はおっとりしているが、たまに僕をいじり返す時がある。

いつも僕にいじられている直央なりの逆襲で、僕が隙をみせて揚げ足をとれる瞬間を、じっと待っている。

その時がきたら、白旗をあげるまで徹底的になじり倒す。

⏰:09/07/26 16:19 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#37 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
態度がでかくて、鼻で笑い、見下すような目はまるで別人だった。


…たぶん、直央をいじってる時の僕はこんな感じなんだろう。

直央の細い足首を捕まえようとしても、引っ込めたり避けたりしてなかなか捕まらない。

それをいいことに、直央は減らず口をますますヒートアップさせていく。

⏰:09/07/26 16:23 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#38 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「その言葉、そっくりそのままお返ししますぅ。いやですわー、公共の場で汚らわしいですわねぇまったくぅ。私身の危険を感じるよぉ」

「しーっ、声がでかい! とにかく俺は無実だ、誤解だ、濡れ衣だっ。ああもう、だから、股つつくの、止めてぇぇ!」

「わーい、いつも私をいじめてる渉ちゃんが困ってるぅー」

⏰:09/07/26 17:45 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#39 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
直央はからからと笑った。

僕はいもむしみたいにソファーで悶えながら、情けないほど取り乱していた。

店員と客の僕を汚らわしいやつだと言わんばかりの視線(たぶん)を感じる。

…もう泣きたい。

⏰:09/07/26 17:46 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#40 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
どちらかの携帯が鳴った。

マナーモードにしろよな非常識だぞ、と思っていたら僕のだった。

携帯を開いてみると、驚くことに母さんからのメールを受信していた。

機械オンチの母さんからのメールなんて、年にあるかないかのレア物だ。

メールを確認する。

⏰:09/07/26 17:48 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#41 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「誰からメールきたのぅ?」

せっかくめぐってきた僕をいじるチャンスの腰を折られて悔しいのか、直央はバツが悪そうに唇をとがらせて言った。

僕は携帯をたたみ、ポケットにしまいなおした。

「母さんからだったよ。今夜仕事があって、明日帰りが遅くなるらしい。明日の弁当はスーパーで買って食べろってさ」

返事を待たず、僕は続けて言った。

「ごめん、ちょっとトイレ行って来る」

⏰:09/07/26 17:50 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#42 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
我が家は共働きということもあり、こんなのは慣れっこだった。

食事代を多めに貰って安い買い物をし、食事代をちょろまかすこともできる。

僕としては嬉しいくらいだ。

…だけど、直央は気にする。

僕が菓子パンやら食べてると、頼んでもないのに弁当を半分以上分けてくれる。

優しいやつだから、負い目を感じてるのだろう。

⏰:09/07/26 17:52 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#43 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
だから、僕がトイレから帰ってきて直央の複雑そうな顔をみたとき、やっぱりな、と思った。


直央は感情が露骨だ。

顔色を見れば、大まかになら大抵なにを考えているかわかる。

嘘をついても顔や態度にでてしまう典型的な隠し事ができないタイプだった。

ポーカーフェイスなんて、直央には一生できないと思う。

⏰:09/07/26 18:01 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#44 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
直央には笑っていてほしい。

幸せでいてほしい。

彼女の天性の明るさはまさに太陽そのものだった。


…あまりに明るいから、ふとその明るさに陰がさした時、僕の目の前は真っ暗になってしまう。

目に見える陰なら、いくらでも追い散らしてやることができる。

⏰:09/07/30 13:26 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#45 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「そうだ、また夏休みとかにハンバーガー食べに行こうぜ。海水浴にも行きたいよなぁ。あと、直央が行きたがってた遊園地とか……。行きたいとこ多すぎてこまるな。直央はどこ行きたい?」

「わたしは……」

「せっかくの夏休みなんだから、遊びまくりたいよな。……あー、課題もでるだろうけど今年も直央の家でやろう」

「えっと……」

「直央の家って広いよなー、初めて来たとき俺が迷子になったの覚えてるか? あの時はホントどうしようかと思って、」

「ストップぅ!」

⏰:09/07/30 15:42 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#46 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
だけどほとんどは見えない陰で、……僕は不器用だから、空回りばっかして何もしてやれない。

だから、足下すら見えなくなって、身動きもとれなくて、ただ明るくなるまで立ちつくすしかない。

そうなってしまうたび、僕はなんどでも直央の大切さに気づくのだ。


直央に気を使わせないためにも、ここは僕が場を盛り上げよう。

そのくらいはお安い御用、僕にだってできる(はずだと思う)。

⏰:09/07/30 15:43 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#47 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
>>45
>>46
投稿の順番を間違えてしまいました、すみません。

>>46
>>45
の順で逆にして読んでください。

⏰:09/07/30 15:46 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#48 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
そこまで大声を出すつもりはなかったらしい。

しばらくすると、頬を赤らめ恥ずかしそうにしながら座った。

そうあからさまに照れられると、こっちまで恥ずかしくなってしまう。

直央は小さな声で言った。

「えっと……もしよかったら渉ちゃんの明日のお弁当、わたしが作ってきてもいい? 渉ちゃんさえよかったらだから、嫌だったら言ってよぅ。たぶん美味しくないし……うぅ」

直央は人差し指を合わせてもじもじしながら言った。

⏰:09/07/30 18:43 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#49 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
ストックが切れました…
今夜更新します(*^_^*)

⏰:09/07/30 18:45 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#50 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
仕草ひとつひとつが可愛くて仕方なくて、僕は彼女の頬に手を伸ばして、ぴとっとくっつけた。

僕と直央との間で決めた、なかよしのしるしだった。

彼女は気持ちよさそうに目を細めて、微笑んだ。


――やわらかくて、温かい。

直央の優しさが嬉しかった。

⏰:09/07/30 21:57 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#51 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「…ありがと、直央。でもよ、おまえ料理なんてできんのかー? 生卵を電子レンジにかけて爆発させるイメージがあるけど」

僕が笑いながら言った。

「そんなわけないよぅ! 肉じゃがからクッキーまで、何でも作っちゃうんだからぁ!」

「意外だな。直央は食べるの専門だと思ってたよ」

「うぅ……。また渉ちゃんがいじめるぅ……」

⏰:09/07/30 21:58 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#52 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
僕達は笑った。

「よぅし、そうとなったらわたし頑張っちゃうよぅ。材料の買い出しにも気合い入るなぁ〜。おせち箱にいーっぱいのお菓子を詰めちゃうんだからぁ」

僕の笑顔が引きつった。

今こいつ、さらっと恐ろしいこと言ったような気がする…。

「お菓子……?」

「そうっ、お菓子〜!」

⏰:09/07/30 22:00 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#53 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
楽しそうに直央は答えた。

僕は直央の言ってる意味が分からず、笑顔のまま、呆然としていた。


…あれ、これって弁当の話だよな?

直央のデザートとかの話じゃなくて、明日の僕の弁当の話だよな?

⏰:09/07/30 22:01 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#54 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「渉ちゃんはアッサリ系のお菓子が好きだから、一段目はまるまる桃ゼリーにしちゃお〜」

「え」

「二段目は〜、軽すぎず重すぎずの和菓子詰め合わせがいいかなぁ〜」

「え、え?」

「そうだぁっ! 三、四、五段目はわたしの好きなショートケーキ、チョコケーキ、モンブランにしよ〜っと〜」

「え、え、えぇ〜〜!?」

⏰:09/07/30 22:04 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#55 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
そんなの無理だよ。

やっぱり明日はスーパーでパンを買って食べよう。

…とは言えずに、直央の胸焼けのする話をしょんぼりと聞くしかなかった。

明日はどうなるやら。

⏰:09/07/30 22:06 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#56 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
ファミレスを出た頃には、すっかり夜の帳がおりていた。

やわらかい月光が、森に影を落としている。

鈴虫が鳴き声が心地いい。


僕達は自転車を手でひきながら、整備されてない田舎道を歩いていた。

夜風が少し肌寒く、直央は小さなくしゃみをした。

⏰:09/07/30 22:17 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#57 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「ほれ」

僕は笑って、着ていた制服を脱ぎ直央に放り投げた。

直央が僕をみる。

「いいの? 渉ちゃんが風邪引いちゃうよぅ…」

「ばーか、俺はお前と違って丈夫だから風邪なんて引かねーよ。分かったらさっさと着ろって」

「口悪ぅい…」

⏰:09/07/30 22:19 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#58 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
直央はブーブー言いながらも僕の制服を着た。

袖を通したはずなのに手が見えず、まるで子供が大人の服を着てるみたいだった。

それでも直央は気に入ったらしい。

頭ごとかぶりボタンを全部しめて、

「見て見てぇ渉ちゃん、首なしライダーだぞぉ!」

とかわけの分からないことして遊んでいた。

⏰:09/07/30 22:19 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#59 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
他にも、第二ボタンをもぎ取ろうとしたりとやりたい放題だった。

…小学生かこいつは。


「もう我慢ならん。返せ」

「やだよ〜ぅ。家につくまではわたしの物ですぅ。……あ、流れ星っ! すごぉい、さっき流れ星がふたつ流れてたよぅ!」

忙しいやつだな、ほんと。

夜空を指差しながらはしゃぐ直央は、なんだか微笑ましかった。

⏰:09/07/30 22:21 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#60 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
悪態をつきながらも、僕も自転車を止めて一緒に流れ星を探した。

「…ねぇよ、流れ星なんて」

僕は草むらに座って、言った。

「意地悪な人には見えないのかもよぅ。流れ星だって見る人を選ぶのかも」

「そんなヘンテコな流れ星があるか。…それよりなんだよ、意地悪な人ってまさか俺か?」

⏰:09/07/30 22:22 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#61 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「し〜らない」

直央はそう言うと、僕の隣に座って、肩に頭をもたれてきた。

僕が離れようとすると、直央は僕の手を強く握ってそれを制した。

心臓が早鐘をうつ。

長いまつげが、髪の匂いが、白い肌が、手の温もりが、僕の思考を鈍らせてしまう。

理性を抑えてしまう。

⏰:09/07/30 22:23 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#62 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「や、……」

やめろ。

その一言が、言えない。

僕は臆病者だから、拒めば二度とこうしてくれないんじゃないかと怯えてる。


それに、僕達には決まりがある。

⏰:09/07/30 22:24 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#63 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
はっきり口にしたわけではないけど、直央は昔、僕の友情を越えた好意を拒否した。

それ以来、恋人でなく、親友のままでいようというのが暗黙の掟として僕達の胸に深く刻まれた。

失恋の傷。

それは癒えることなく、僕の胸の中で今でも血を流していた。

⏰:09/07/30 22:25 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#64 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
――直央が僕を見つめる。


青い瞳には泣きそうな顔した僕が映っていた。

ひどくみっともない。


その気もないくせに、そんな瞳で僕を見るな。

近寄るな。

触れるな。

⏰:09/07/30 22:25 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#65 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「渉ちゃん…」

僕の名前を呼ぶな、もう止めてくれ。

僕はもう。

二度と傷つきたくない。


…それなのに、気づいたら僕は彼女の頬へ手のひらをあてて親指で唇を撫でていた。


もう、だめだ。

⏰:09/07/30 22:26 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#66 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「いやなんだろ。早く俺の手をどけてみろよ」

自分では出来ない臆病者は、生意気に言ってみせた。

「い…嫌じゃないよ…」

「……」

「渉ちゃんなら、嫌じゃない…」

⏰:09/07/30 22:32 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#67 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
ほら、期待させる。

どうして。
そういうこというから、臆病者はつけあがるんだよ。

「どうせ、嘘なんだろ」

唇が重なる。

吐息が重なる。


もうすべてがどうでもいい。

⏰:09/07/30 22:33 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#68 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
目を開けると、直央は我慢するようにかたくまぶたを閉じていた。

…馬鹿なやつ。

嫌なら早く、突き飛ばせばいいのに。

僕は直央の肩に手をやると、滑るように首に舌を這わせた。

上から聞こえる小さな吐息。


「     」

そして僕は、言ってはならない言葉を口にした。

⏰:09/07/30 22:35 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#69 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
――その時だった。


「い…いやっ……!!


思い切り、容赦なく、残酷な言葉をそえて直央は僕を突き飛ばした。

直央は泣いていた。

いや、違う。
そうじゃない。

僕が泣かせてしまったんだ。

⏰:09/07/31 07:29 📱:N03A 🆔:nWXaJZio


#70 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「直央、ごめん…」

自分が許せなかった。

直央が怯えていたのは分かっていたのに、どうして止めなかったんだろう。

直央はただ、いつもみたいにじゃれたかっただけなんだ。

夜空を一緒にみて、寒いから手を繋いでみただけ。


……それなのに僕はまた分かりきったことを繰り返して、直央の信頼を傷つけた。

⏰:09/07/31 15:06 📱:N03A 🆔:nWXaJZio


#71 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
涙が、こぼれた。
どうして泣いているのか、自分でも分からない。

「ごめんね……、本当にごめんね……渉ちゃん……」

直央は言った。


「何で直央が謝るんだよ…」

直央はずっと泣いていた。

鈴虫の鳴き声と交わって、…まるで音楽みたいだった。

⏰:09/07/31 16:03 📱:N03A 🆔:nWXaJZio


#72 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
心に突き刺さる泣き声。

この泣き声を、覚えていよう。

きっと、彼女の優しさが僕に向けられなくなるまで、また僕は裏切りを繰り返すから。



――『愛してる』。

貪欲に、なんどでも。またこの言葉を口にするのだろう。

⏰:09/07/31 21:14 📱:N03A 🆔:nWXaJZio


#73 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
直央の家に着いた。

家は高く太い柵に囲まれていて、門のところで顔を証明しないと入れない仕組みになっている。

見慣れられている僕はそれで許されるが、普通はそうでない。

門までお手伝いさんがやってきて、ボディーチェックをさせられる。

頭のてっぺんから爪先までくまなくきっちりとだ。

⏰:09/08/05 09:42 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#74 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
刃物なんかでようものなら、怖いお兄さんに袋叩きにされそう(これは僕の想像だけど)だ。


直央の父さんは結構有名なIT企業の社長で、犯罪を防ぐためにセキュリティには敏感なのだという。

直央はご令嬢なわけだから、なぜもっといい都会の高校に通わないのか不思議だったりする。

中学生の妹は東京のお嬢様学校に入学しているから、尚更だった。

…まあそこは複雑な家庭事情があるだろうし、僕がとやかく言うことではないのだけど、やはり気になる。

⏰:09/08/05 15:02 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#75 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
ちなみに妹の名前は鈴夏ちゃんという。

東京がらこちらへ帰省しているときに、何度か会ったことがある。


おっとりした、大和撫子系のきちんとした子だ。

黒髪黒目、日本系の整った顔立ちに長身と、ルックスは直央と正反対だった。

性格もすこし内気。

あまり似てない姉妹だった。

⏰:09/08/05 15:03 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#76 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
>>75
2行目に「東京がら〜…」とありますが、訂正します。

「東京から〜…」です。
誤字すみません。


また夜に更新します(^ω^)

⏰:09/08/05 15:12 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#77 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「黒木さん、直央です」


直央は慣れた調子で言った。

門は重そうにゆっくりと開き、僕達を招き入れた。

僕達が門をくぐり玄関に近づくと、センサーが反応してひとりでに外灯が灯った。


直央の家はこの田舎には不釣り合いな立派な洋式豪邸で、ここいらでは有名だった。

⏰:09/08/05 18:52 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#78 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
見かけ倒しじゃなく、内装も家具もすごいし、たくさんのお手伝いさんがいる。

直央はあまり口に出したがらないが、お小遣いも平均を軽く上回っているらしい。


さすがご令嬢。

だから頻繁にファミレスで大食いしても、福沢諭吉を惜しみなくぽんぽんだせるわけなのだ。

…お金持ちって羨ましい。

⏰:09/08/05 18:53 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#79 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
直央は僕に借りていた制服を両手で差し出して言った。

「今日はとっても楽しかったよぅ。またファミレス行こうねぇ」

満天の笑顔がまぶしい。

僕は黙って制服を受け取り、すぐに羽織った。



重く長い沈黙。

ありがとうも言えなかった。

⏰:09/08/05 18:54 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#80 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
さすがに直央は困った顔をして、苦し気に小さく笑った。

「あと……、明日からも、これまでと同じように仲良しでいようね。渉ちゃんの気持ち、わたしすごく嬉しかったよぅ。これは本当、嘘なんかじゃないから…」

直央は言った。

いつもの軽い感じじゃなく、とてもしっかりしたもので驚いた。

誰にも頼らない、この意志だけは譲らない、そんな強い光をもった瞳でまっすぐ僕を見ている。


しっかりとそらさずに。

⏰:09/08/05 18:55 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#81 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
僕はそれが恐ろしかった。

一人じゃなにもできなくて、見守ってやらなきゃ危なっかしい直央が、いつの間にか僕を必要しなくなることを何より恐れていた。

だって僕は、直央に必要とされているからいまも親友であれるわけで、必要とされなくなれば、直央は僕から離れていくに違いない。

僕は、直央の特別ではないから。

ずっと、親友のままだから。

⏰:09/08/05 19:19 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#82 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
胸が痛んだ。


このまま握り潰してしまえたら楽なのに、と思った。

⏰:09/08/05 20:30 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#83 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
玄関の横にある勝手口から、メイド服姿の女性が出てきた。


黒木さんだった。

「直央お嬢様、お帰りなさいませ。そして渉さんこんばんは。お帰りが遅いのでお父様がご心配なさっておられますよ」

黒木さんは言った。

直央は冗談っぽく照れてみせた。

⏰:09/08/05 20:34 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#84 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
黒木さんは、切れ長のどこか冷たい目と無表情が印象的な女性だった。

年齢はまだ若い。

私語はつつしみ妥協を許さず仕事に徹底するメイドの鏡で、狩山家に信頼をおかれているという。

付け加え、仕事が終わるとすごく優しいお姉ちゃん。

直央いわく、そうらしい。

⏰:09/08/05 21:18 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#85 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「暗いですから、門まで私がお見送りいたします」

黒木さんは僕に言った。

それには直央も賛成らしい、大急ぎで懐中電灯を持ってきた。

「わたしも行くよぅ」

直央は言った。


僕はそれを断わった。

最後の最後まで僕を楽しくさせようとする努力が嬉しくもあり、悲しくもあった。

⏰:09/08/05 21:20 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#86 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
僕がこうさせているんだ。

これ以上、どんなささいなことでも僕のせいで直央に迷惑をかけたくない。

直央に別れも告げないまま立ち去ろうとした、…その時だった。


直央がかけよってきて僕の背中をばしーん、と思いきり叩いた。

すごい力だった。

僕が驚いて振り返ると、なんの容赦もなしにもう一発すごいのを食らわせられた。

⏰:09/08/05 21:21 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#87 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
…突然の出来事だった。

僕はすっかりひるんでしまって、彼女になにも言えず呆然としていた。

黒木さんも全く同じように、目を丸くしていた。


直央は僕を睨みつけて、すこしためらってから力強く言った。

⏰:09/08/05 21:31 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#88 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「私、渉ちゃんのこと大好きだって言ってる。信じてる。だから渉ちゃんには笑っていて欲しい。これからもずっと、私のそばにいて欲しい。渉ちゃん以外には考えられない。なのにどうして素っ気なくするの。恋人になれないから?」

「……直央、…」

「恋人になっても、きっと私達は変わらない。手も繋げるし、キスだってできるよ。だから笑ってよ渉ちゃん。渉ちゃんが笑ってくれないと、私困る。私は、」

そこまで言うと、直央はいきなり頭を押さえて崩れるように座り込んだ。

持っていた懐中電灯が地面に落ちる、鈍い音が響く。

⏰:09/08/05 21:32 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#89 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
弾けるように黒木さんと僕は彼女にかけよった。

直央がうつろな瞳で僕をみる。

小さな手がそっと、僕の頬に触れた。

僕はその手に手を重ねた。

頬に手で触れるのは、ずっと仲良しだよのサイン。


僕達だけの、サイン。

⏰:09/08/05 21:34 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#90 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「笑って、渉ちゃん…」

直央は続けた。


「大好きだよぅ」

そして、僕も笑う。

直央の笑顔が、涙で滲んだ。


…ちゃんと笑えてるかな。

変じゃないかな。

⏰:09/08/05 21:35 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#91 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
本当に僕は鈍感なやつだ。

直央の特別になろうなんて悩んで、迷って、傷つけて、馬鹿らしかった。

最初から特別だった。

必要とされていた。


…僕は鈍いから、言葉にされないと気づけなかった。

⏰:09/08/05 21:36 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#92 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
…ごめんな、直央。

今ならきちんと笑ってあげられるよ。

明日からもずっと、僕達は仲良しだ。


ずっと、仲良しでいよう。
ずっとだ。


「俺も大好きだよ、直央」

⏰:09/08/05 21:37 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#93 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
寄り道(Side Story)
「食い倒れ勝負」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

甘い幸せをあなたに。

店頭に並べ立てられたのぼりのキャッチフレーズが風にはためいている。

期間限定のスイーツ食べ放題は女性に好評、満員御礼で店長は大喜びだった。

若い客を増やしたいと考えておこした企画がここまで上手くいくとは思わなかった。

喜ばずにはいられない。

⏰:09/08/05 23:40 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#94 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
店長は深く椅子にもたれかかり、珈琲を一口飲んだ。

うむ、旨い。


新聞を広げてまさに読もうとしたとき、扉が荒々しく開かれた。

開けたのは新人のアルバイト店員だった。

深刻な表情をしている。

…ただ事ではない。

⏰:09/08/05 23:47 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#95 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
店長は珈琲をテーブルに置いた。

「大変です、店長」

「なにがだね」

「スイーツ食べ放題をいいことに、片っ端から食べてるやつがいます。そのおかげで、スイーツの種類は激減、材料も不足、
…もはやスイーツ食べ放題といえるレパートリーはありません」

「な、なんだと……」

⏰:09/08/06 00:15 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#96 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
店長は立ち上がった。

信じられない、といいたそうに椅子に新聞を叩きつけた。

「それだけではありません。飲み放題のソフトドリンク、珈琲まで飲み干されてしまいました」

「馬鹿な! 一体誰なんだ、テレビ番組の撮影にきた大食いチャンピオンか!?」

店員は言った。


「いえ、女の子なんです。たぶん、女子高生だと思います」

⏰:09/08/06 00:16 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#97 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
店員が問題の女子高生のもとへとかけつけた時には、すでにすべてが手遅れだった。

スイーツ全滅、ソフトドリンク全滅、まさに地獄絵図であった。

…信じられない。

ひとつ幸運なのは、客が彼女の食いっぷりに感心して盛り上がり、食べ放題がフイになったことを誰一人憤慨しなかったことだった。

⏰:09/08/06 00:19 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#98 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
店長はふらふらと女子高生に近づき、話しかけた。

「き、キミ……。本当に一人でスイーツやソフトドリンクを食べきったのかね…?」


彼女は天使のような笑顔を浮かべ、言った。

「ごめんなさい。美味しくって食べちゃいました。でもぅ……」

「で、でもなんだね」

⏰:09/08/06 00:23 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#99 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
店長の目の前に白い食器が突き出される。

彼女は言った。


「まだ食べたりません」


客は歓喜の声をあげた。

店員は唖然としながら、客をなだめる。

⏰:09/08/06 00:25 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#100 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「すみません、お客様。大変失礼ですが、これ以上のお食事はご遠慮願います」

店員が言った。

それは店としての当然の対応であった。


…しかし、店長は店員を押し退けて食器を受け取った。

店員はみな驚く。

⏰:09/08/06 00:25 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#101 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「いやはや、信じられない胃袋をお持ちですな貴女は。…しかしながら、私にもプライドがある。店長としてお客様を満足させたい、もうひとつは男としてのプライドです。
ここまでやられて、はい負けましたとは言えません」

店長は店員に食器を突き出して、客にも聞こえる大声で言った。


「大至急、シェフ以外のスタッフ総出で材料をかき集めてこいっ! シェフは残った材料でスイーツをなんでもいいから作れ、限りある材料で料理人魂をみせろ!」

「しかし店長、」

「店長命令だ、責任は私にある。さあ、皆いけ! このお嬢ちゃんに一泡ふかせてやるぞ!」

⏰:09/08/06 00:26 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


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