死に至る病
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#1 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
死に至る病とは
   すなわち絶望である。


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bbs1.ryne.jp/r.php/novel/4478/

⏰:09/07/21 00:31 📱:N03A 🆔:/.aCtCEE


#2 [chimu◆Hi9o8eIXuA]








⏰:09/07/21 07:36 📱:N03A 🆔:/.aCtCEE


#3 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
プロローグ


ビデオを見終わった後、僕はためらうことなく嘔吐した。

口内いっぱいに広がる胃酸の不味さに、視界が涙でぼんやり滲んだ。


見るんじゃなかった。

僕は拳を強く握り歯を噛みしめて、恐怖に叫びたい衝動を必死にぐっと抑えた。

嫌な汗が背中を伝い、悪寒をはしらせる。

⏰:09/07/21 18:24 📱:N03A 🆔:/.aCtCEE


#4 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
テレビの電源を切るチャンスはいくらでもあったのに、最後まで見てしまった。

……まさか、こんな内容だったなんて、……酷すぎる。

しかし、いくら嘆いても、後の祭りでしかなくて。

後悔が波のように押し寄せたが、すぐにそれは吐き気に変わり、また嘔吐した。

⏰:09/07/21 18:27 📱:N03A 🆔:/.aCtCEE


#5 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
頭の中はぐちゃぐちゃで、しばらく思い出したくもないビデオの内容がループしていた。


……もう、やめてくれ。僕はかたくまぶたを閉じた。

部屋を支配する重苦しい静寂にたえきれず、僕はのろのろとおぼつかない足取りで洗面所へ向かった。

膝がおもしろいほど笑う。

その道のりが果てなく感じた……。

⏰:09/07/21 18:29 📱:N03A 🆔:/.aCtCEE


#6 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
思いきり蛇口をひねる。

洗面器にあふれた、きんと冷たい水で顔を洗い、口をゆすいだ。

鏡にうつる僕は、情けないくらいひどくやつれていた。


まぶたが重い。

もう寝よう。

⏰:09/07/21 18:30 📱:N03A 🆔:/.aCtCEE


#7 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
僕が玄関の戸締まりに向かう途中、電話のベルが鳴った。

そんな聞き慣れた音にさえ、僕はびくっと体を震わせた。


こんな時間に、誰だろう。恐る恐る受話器をとった。

⏰:09/07/21 18:32 📱:N03A 🆔:/.aCtCEE


#8 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「……もしもし。桐沢です」
「こんばんは。夜遅くにごめんなさい」


声の主を僕は知っていた。とたんに、緊張がとけた。



――だから、油断していた。

忍びよる足音に、気づけなかった。

⏰:09/07/21 18:33 📱:N03A 🆔:/.aCtCEE


#9 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「ビデオは、楽しかった?」


彼女は、愉快そうに言った。

僕は言葉を失い、受話器を手放して床に落としてしまった。


そして、背後に迫った気配に、ようやく気づいた。

⏰:09/07/21 18:36 📱:N03A 🆔:/.aCtCEE


#10 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「無用心だよ。玄関に鍵をしめないなんて、悪い人が入ってきちゃうかもしれないのに」

彼女は言った。

驚いて振りかえると、時はすでに遅く、……彼女は金槌を大きく振りかぶっていた。


そして、彼女はなんのためらいもなくそれを振り下ろした……。

⏰:09/07/21 18:37 📱:N03A 🆔:/.aCtCEE


#11 [chimu◆Hi9o8eIXuA]



1 退屈な午後


⏰:09/07/23 22:08 📱:N03A 🆔:U89gCFpA


#12 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
午後の授業は、ひどく眠い。寝まいと頑張っても、気づいたら机につっぷして寝てしまう。

もちろん、それを教師が見逃すはずもなく、出席簿で頭を叩き起されるのが日常茶飯事だった。


今日もまた、眠気に負けて居眠りをしてしまっていた。


「またですか……」

黒山先生は大きなため息をついて、出席簿を手にとった。

⏰:09/07/23 22:11 📱:N03A 🆔:U89gCFpA


#13 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
もう少しで出席簿の一撃を食らうところで、隣の席の狩山直央(かりやまなお)が僕の肩をつついて起こしてくれた。


「あら」

黒山先生は僕が起きたことに気づくと、少し残念そうにして、教卓へ戻っていった。

……その様子から、本当は気持ちいい一撃をおみまいしたかったんだろうな、と、僕ならずクラスメイトも思ったに違いない。

まさに危機一髪、危ないところだった。

⏰:09/07/23 22:20 📱:N03A 🆔:U89gCFpA


#14 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
何事もなかったみたいに授業が再開され、僕は閉じたままだった教科書とノートを広げた。

ノートいっぱいの数式の羅列に、一気に眠気とけだるさがぶり返す。

こんなものが将来なん何の役に立つのやら。


僕はでかいあくびをひとつして、また机につっぷした。

⏰:09/07/23 22:23 📱:N03A 🆔:U89gCFpA


#15 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
しかしすぐに、直央に頭をぽかっと叩かれた。

痛ぇ、と素直に口にでた。
そこそこ強く、地味にじんじんと痛かった。


直央は教科書で顔を隠しながら、小さな声で言った。

「渉ちゃんったら、何回頭を叩かれれば気がすむんだよぅ。
黒山先生だって、真剣に教えてくれてるんだから、真面目に授業受けなきゃ失礼だよぉ」

⏰:09/07/23 22:25 📱:N03A 🆔:U89gCFpA


#16 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
長い睫毛で包まれた大きく丸い瞳がぱっちり開いて、困ったように僕を見ていた。

しかし、口元はへの字で、しっかり怒っていた。


「真面目に受けてるって。ほら、教科書もノートも広げてるしさ」

僕は机の上の教科書をパラパラめくってみせる。

隅っこに描かれた半年かけた超大作のパラパラ漫画が、不器用な動きを見せていた。

⏰:09/07/23 22:34 📱:N03A 🆔:U89gCFpA


#17 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
直央はぶぅ、と頬を膨らませて、それ以上何もいわずにすねてしまった。

……少しやりすぎたかな。


授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、直央はおもいっきり背伸びをして、机にうつ伏せた。

腰まであるウェーブのかかった髪が、顔をすっぽり隠し、カーテンみたく机から垂れ下がっている。

⏰:09/07/23 22:55 📱:N03A 🆔:U89gCFpA


#18 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
撫でて見ると、さらさらしていて、とても気持ちいい。

うちの猫みたいだな、と思った。


しばらくしても起き上がらないので顔を覗いてみると、なんとスナック菓子を食べていた。

薄目で、ただひたすら口だけ動かしている。

その無気力さが面白くて愛しくて、いよいよ笑いをこらえきれずに腹を抱えて笑った。

直央は頬をうっすら赤に染めて、恥ずかしそうに「なんだよぅ」と言った。

⏰:09/07/23 22:56 📱:N03A 🆔:U89gCFpA


#19 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「動物みたいだなー、お前は。そんなに緩みまくって、珍しく真面目に授業受けて疲れたんだろ」

「違いますぅ」

菓子を一口して、直央は言った。

「わたしはやる時はきちんとして、休む時はきっちり休むの。渉ちゃんみたいなねぼすけとは違うのぉ」

「……ほーお。生活習慣病まっしぐらの爆食娘が生意気いうようになったな」

⏰:09/07/24 16:25 📱:N03A 🆔:rRJYHlQs


#20 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
僕は直央のスナック菓子の袋を奪い取ると、残り少ない中身を全部食べてやった。

……うむ、美味である。


直央はわーっと悲鳴を上げながら袋をむしり取り、空っぽなのに気づくと怒りを露にして襲いかかってきた。

「ひどいよぉ、渉ちゃんのバカぁーっ。人でなしーっ」

「人様を馬鹿にするからだ。悔しかったら、俺の腹ん中から取り戻してみやがれってんだ」

「ばかばか、ばかぁ!」

⏰:09/07/24 16:27 📱:N03A 🆔:rRJYHlQs


#21 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
小さな握りこぶしが、僕の胸をぽかぽか叩く。

そのうちの一回がみぞおちにヒットし、かなりの大打撃を受けた。

うえ、吐きそう。


「天罰ですぅ。人様のお菓子を横取りするからだよぉ」

直央は、してやったりと真っ赤な舌を出してみせる。

窮鼠猫を噛むって、こういうことなのかと身をもって実感した。

⏰:09/07/24 17:33 📱:N03A 🆔:rRJYHlQs


#22 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
しかし、いくら鈍感で無神経(直央いわく、そうらしい)な僕でもここは直央に謝るべきだと分かっていた。

菓子のことじゃなく、授業中に居眠りを起こして助けてくれたことにだ。

恥ずかしくて煙にまくつもりだったけど、やっぱり言おう、言ったほうがいい。


僕は咳払いをして、言った。

⏰:09/07/24 17:35 📱:N03A 🆔:rRJYHlQs


#23 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「……ありがとな」

「え?」

きょとんとして僕を見上げる直央に、顔が熱くなるのがわかった。

彼女の瞳は、綺麗だ。
混血らしく、瞳は濃い青色をしていた。

澄んだ湖が凝縮されたみたいにきらきら輝いて、そして深い。

見つめられると、底知れない瞳の奥に、吸い込まれてしまいそうになる。

⏰:09/07/24 17:52 📱:N03A 🆔:rRJYHlQs


#24 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「授業中起こしてくれてありがと。助かったよ」

言い終わったと同時に、チャイムが鳴り、僕は逃げるようにして机に座った。


……顔がまだ熱い。

⏰:09/07/24 17:54 📱:N03A 🆔:rRJYHlQs


#25 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
直央は何も言わずに席につくと、ちょんちょん、と僕の肩をつついた。

そして、いたずらっぽく、ひそひそと小声で言った。

「放課後、どこかに遊びにいこ。美味しいもの食べたいなぁ」

彼女の顔もまた赤く、白い八重歯を覗かせて、魅力的に笑った。

僕も一緒に、笑った。

⏰:09/07/24 17:55 📱:N03A 🆔:rRJYHlQs


#26 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
2 寄り道
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
もうすっかり夕方だった。

空は羊雲におおわれ、ぼんやりした茜色に染まっていた。


放課後、僕達はファミレスで他愛ない話に花を咲かせていた。

小テストの結果、はまってるテレビドラマの展開、クラスメイトの面白いエピソード、話しだしたら止まらない。

直央となら、どんな話題でも楽しくてしょうがないから不思議だ。

⏰:09/07/26 13:31 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#27 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
――しかし、調子よく会話がはずんだのは最初だけで、すぐに僕は退屈になってしまった。

直央がテーブル一面に料理を頼み、僕そっちのけで食事に専念し始めたからだった。

もう慣れているから別にどうってことない。


「渉ちゃんも食べるぅ?」

直央がグラタン皿を差し出したが、僕は丁重にお断りした。

夕飯が食べれなくなる。

⏰:09/07/26 13:36 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#28 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「相変わらずよく食べるよな。夕飯食べれなくなるぞ」

「大丈夫、これっぽっちじゃ小腹もいっぱいにならないよぅ」

「…これがこれっぽっちとは、恐れ入りますな。……ところで口まわりにクリームがついてますぞ直央さん」

すごい量だが、彼女にしてみれば前菜のようなものでしかない。

着実に、料理をテーブルから減らしていくのだった。

⏰:09/07/26 13:37 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#29 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
見ているだけで胸焼けする食いっぷりは、ファミレス店員の間でもかなり有名らしい。

それは納得できる。

スタンプカードを異例の早さでつませてしまうとして、お得意様カードを店長直々に贈呈されたほどだ。

……しかも無料で。

お得意様カードは有料のプレミア会員に与えられるもので、これは特例だった。

⏰:09/07/26 13:39 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#30 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
風の噂では、店長との食い倒れ勝負の戦利品だとか、そうじゃないとか。

直央に聞いても誤魔化して教えないので、真相は知らない。

カードは店員に見せると、予約なしでも優先的に席を確保、全メニュー一割引き、お子様連れなら毎回オモチャ一つプレゼントの特典つきだからすごい。

その他にもたくさん特典がある。

町ではプレミア会員になることがちょっとしたステータスだったりする。

……僕も一度プレミア会員に入会しようと思ったが、小遣いではまかないきれず諦めてしまった。

⏰:09/07/26 13:51 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#31 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
店内はぺちゃくちゃと騒々しいほどたくさんの会話が飛び交っていた。

何しろ田舎だから、いつも満員で熱気に満ちあふれている。

学生に嬉しい値段で、料理が美味しいところといったらここらはこのファミレスしかない。

ファーストフードやコンビニは遠出しないとなく、めったにお目にかかるものではなかった。

⏰:09/07/26 15:55 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#32 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
直央といつか、行ってみたいな。

もうすぐ夏休みだから、電車なんか使って行けるかもしれない。

直央の食いっぷりを初めてみる奴らは、大食いテレビ番組の収録かと、さぞや驚くことだろう。

もしかしたらスカウトされたりして。

想像したらだらしなく口元が緩んでしまった。

⏰:09/07/26 15:59 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#33 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
…僕はハッとする。


いつからか、直央は見ていた。

スプーンをくわえたまま、僕をじろじろ見ていた。

舐めるようにねっとりした視線が痛い。

「な、なに見てんだよ」

僕は言った。

⏰:09/07/26 16:01 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#34 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「さっきまで渉ちゃんがニヤニヤしてたぁ。なに考えてたのぉ?」

てっきりジャンボパフェに夢中になってると思っていたのに、こういう時はちゃっかり見たり聞いたりしてる。

昼ドラでよくみる、どっかの探偵顔負けの家政婦みたいだ。

直央の勝ち誇った目からして、きっと僕が変な妄想をしてたと勘違いしてるに違いない。

絶対そうだ。

⏰:09/07/26 16:01 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#35 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「別に変なことじゃねーよっ」

「あり? 私一言だってそんなこと訊いてないよぅ。
……もしかして考えてたぁ? 話し相手がいなくて退屈しのぎに変なこと想像しちゃってたのぉ?」

直央はテーブルの下で足を伸ばして、僕の股辺りを探ってきた。

思わず叫びそうになる。

⏰:09/07/26 16:06 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#36 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「ばっ……馬鹿! 止めろって変態女! なにを確認しようとしてんだよ破廉恥、スケベ、場をわきまえろ!」

直央はおっとりしているが、たまに僕をいじり返す時がある。

いつも僕にいじられている直央なりの逆襲で、僕が隙をみせて揚げ足をとれる瞬間を、じっと待っている。

その時がきたら、白旗をあげるまで徹底的になじり倒す。

⏰:09/07/26 16:19 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#37 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
態度がでかくて、鼻で笑い、見下すような目はまるで別人だった。


…たぶん、直央をいじってる時の僕はこんな感じなんだろう。

直央の細い足首を捕まえようとしても、引っ込めたり避けたりしてなかなか捕まらない。

それをいいことに、直央は減らず口をますますヒートアップさせていく。

⏰:09/07/26 16:23 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#38 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「その言葉、そっくりそのままお返ししますぅ。いやですわー、公共の場で汚らわしいですわねぇまったくぅ。私身の危険を感じるよぉ」

「しーっ、声がでかい! とにかく俺は無実だ、誤解だ、濡れ衣だっ。ああもう、だから、股つつくの、止めてぇぇ!」

「わーい、いつも私をいじめてる渉ちゃんが困ってるぅー」

⏰:09/07/26 17:45 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#39 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
直央はからからと笑った。

僕はいもむしみたいにソファーで悶えながら、情けないほど取り乱していた。

店員と客の僕を汚らわしいやつだと言わんばかりの視線(たぶん)を感じる。

…もう泣きたい。

⏰:09/07/26 17:46 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#40 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
どちらかの携帯が鳴った。

マナーモードにしろよな非常識だぞ、と思っていたら僕のだった。

携帯を開いてみると、驚くことに母さんからのメールを受信していた。

機械オンチの母さんからのメールなんて、年にあるかないかのレア物だ。

メールを確認する。

⏰:09/07/26 17:48 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#41 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「誰からメールきたのぅ?」

せっかくめぐってきた僕をいじるチャンスの腰を折られて悔しいのか、直央はバツが悪そうに唇をとがらせて言った。

僕は携帯をたたみ、ポケットにしまいなおした。

「母さんからだったよ。今夜仕事があって、明日帰りが遅くなるらしい。明日の弁当はスーパーで買って食べろってさ」

返事を待たず、僕は続けて言った。

「ごめん、ちょっとトイレ行って来る」

⏰:09/07/26 17:50 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#42 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
我が家は共働きということもあり、こんなのは慣れっこだった。

食事代を多めに貰って安い買い物をし、食事代をちょろまかすこともできる。

僕としては嬉しいくらいだ。

…だけど、直央は気にする。

僕が菓子パンやら食べてると、頼んでもないのに弁当を半分以上分けてくれる。

優しいやつだから、負い目を感じてるのだろう。

⏰:09/07/26 17:52 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#43 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
だから、僕がトイレから帰ってきて直央の複雑そうな顔をみたとき、やっぱりな、と思った。


直央は感情が露骨だ。

顔色を見れば、大まかになら大抵なにを考えているかわかる。

嘘をついても顔や態度にでてしまう典型的な隠し事ができないタイプだった。

ポーカーフェイスなんて、直央には一生できないと思う。

⏰:09/07/26 18:01 📱:N03A 🆔:fN2V2MIo


#44 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
直央には笑っていてほしい。

幸せでいてほしい。

彼女の天性の明るさはまさに太陽そのものだった。


…あまりに明るいから、ふとその明るさに陰がさした時、僕の目の前は真っ暗になってしまう。

目に見える陰なら、いくらでも追い散らしてやることができる。

⏰:09/07/30 13:26 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#45 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「そうだ、また夏休みとかにハンバーガー食べに行こうぜ。海水浴にも行きたいよなぁ。あと、直央が行きたがってた遊園地とか……。行きたいとこ多すぎてこまるな。直央はどこ行きたい?」

「わたしは……」

「せっかくの夏休みなんだから、遊びまくりたいよな。……あー、課題もでるだろうけど今年も直央の家でやろう」

「えっと……」

「直央の家って広いよなー、初めて来たとき俺が迷子になったの覚えてるか? あの時はホントどうしようかと思って、」

「ストップぅ!」

⏰:09/07/30 15:42 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#46 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
だけどほとんどは見えない陰で、……僕は不器用だから、空回りばっかして何もしてやれない。

だから、足下すら見えなくなって、身動きもとれなくて、ただ明るくなるまで立ちつくすしかない。

そうなってしまうたび、僕はなんどでも直央の大切さに気づくのだ。


直央に気を使わせないためにも、ここは僕が場を盛り上げよう。

そのくらいはお安い御用、僕にだってできる(はずだと思う)。

⏰:09/07/30 15:43 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#47 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
>>45
>>46
投稿の順番を間違えてしまいました、すみません。

>>46
>>45
の順で逆にして読んでください。

⏰:09/07/30 15:46 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#48 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
そこまで大声を出すつもりはなかったらしい。

しばらくすると、頬を赤らめ恥ずかしそうにしながら座った。

そうあからさまに照れられると、こっちまで恥ずかしくなってしまう。

直央は小さな声で言った。

「えっと……もしよかったら渉ちゃんの明日のお弁当、わたしが作ってきてもいい? 渉ちゃんさえよかったらだから、嫌だったら言ってよぅ。たぶん美味しくないし……うぅ」

直央は人差し指を合わせてもじもじしながら言った。

⏰:09/07/30 18:43 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#49 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
ストックが切れました…
今夜更新します(*^_^*)

⏰:09/07/30 18:45 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#50 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
仕草ひとつひとつが可愛くて仕方なくて、僕は彼女の頬に手を伸ばして、ぴとっとくっつけた。

僕と直央との間で決めた、なかよしのしるしだった。

彼女は気持ちよさそうに目を細めて、微笑んだ。


――やわらかくて、温かい。

直央の優しさが嬉しかった。

⏰:09/07/30 21:57 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#51 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「…ありがと、直央。でもよ、おまえ料理なんてできんのかー? 生卵を電子レンジにかけて爆発させるイメージがあるけど」

僕が笑いながら言った。

「そんなわけないよぅ! 肉じゃがからクッキーまで、何でも作っちゃうんだからぁ!」

「意外だな。直央は食べるの専門だと思ってたよ」

「うぅ……。また渉ちゃんがいじめるぅ……」

⏰:09/07/30 21:58 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#52 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
僕達は笑った。

「よぅし、そうとなったらわたし頑張っちゃうよぅ。材料の買い出しにも気合い入るなぁ〜。おせち箱にいーっぱいのお菓子を詰めちゃうんだからぁ」

僕の笑顔が引きつった。

今こいつ、さらっと恐ろしいこと言ったような気がする…。

「お菓子……?」

「そうっ、お菓子〜!」

⏰:09/07/30 22:00 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#53 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
楽しそうに直央は答えた。

僕は直央の言ってる意味が分からず、笑顔のまま、呆然としていた。


…あれ、これって弁当の話だよな?

直央のデザートとかの話じゃなくて、明日の僕の弁当の話だよな?

⏰:09/07/30 22:01 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#54 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「渉ちゃんはアッサリ系のお菓子が好きだから、一段目はまるまる桃ゼリーにしちゃお〜」

「え」

「二段目は〜、軽すぎず重すぎずの和菓子詰め合わせがいいかなぁ〜」

「え、え?」

「そうだぁっ! 三、四、五段目はわたしの好きなショートケーキ、チョコケーキ、モンブランにしよ〜っと〜」

「え、え、えぇ〜〜!?」

⏰:09/07/30 22:04 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#55 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
そんなの無理だよ。

やっぱり明日はスーパーでパンを買って食べよう。

…とは言えずに、直央の胸焼けのする話をしょんぼりと聞くしかなかった。

明日はどうなるやら。

⏰:09/07/30 22:06 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#56 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
ファミレスを出た頃には、すっかり夜の帳がおりていた。

やわらかい月光が、森に影を落としている。

鈴虫が鳴き声が心地いい。


僕達は自転車を手でひきながら、整備されてない田舎道を歩いていた。

夜風が少し肌寒く、直央は小さなくしゃみをした。

⏰:09/07/30 22:17 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#57 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「ほれ」

僕は笑って、着ていた制服を脱ぎ直央に放り投げた。

直央が僕をみる。

「いいの? 渉ちゃんが風邪引いちゃうよぅ…」

「ばーか、俺はお前と違って丈夫だから風邪なんて引かねーよ。分かったらさっさと着ろって」

「口悪ぅい…」

⏰:09/07/30 22:19 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#58 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
直央はブーブー言いながらも僕の制服を着た。

袖を通したはずなのに手が見えず、まるで子供が大人の服を着てるみたいだった。

それでも直央は気に入ったらしい。

頭ごとかぶりボタンを全部しめて、

「見て見てぇ渉ちゃん、首なしライダーだぞぉ!」

とかわけの分からないことして遊んでいた。

⏰:09/07/30 22:19 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#59 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
他にも、第二ボタンをもぎ取ろうとしたりとやりたい放題だった。

…小学生かこいつは。


「もう我慢ならん。返せ」

「やだよ〜ぅ。家につくまではわたしの物ですぅ。……あ、流れ星っ! すごぉい、さっき流れ星がふたつ流れてたよぅ!」

忙しいやつだな、ほんと。

夜空を指差しながらはしゃぐ直央は、なんだか微笑ましかった。

⏰:09/07/30 22:21 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#60 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
悪態をつきながらも、僕も自転車を止めて一緒に流れ星を探した。

「…ねぇよ、流れ星なんて」

僕は草むらに座って、言った。

「意地悪な人には見えないのかもよぅ。流れ星だって見る人を選ぶのかも」

「そんなヘンテコな流れ星があるか。…それよりなんだよ、意地悪な人ってまさか俺か?」

⏰:09/07/30 22:22 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#61 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「し〜らない」

直央はそう言うと、僕の隣に座って、肩に頭をもたれてきた。

僕が離れようとすると、直央は僕の手を強く握ってそれを制した。

心臓が早鐘をうつ。

長いまつげが、髪の匂いが、白い肌が、手の温もりが、僕の思考を鈍らせてしまう。

理性を抑えてしまう。

⏰:09/07/30 22:23 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#62 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「や、……」

やめろ。

その一言が、言えない。

僕は臆病者だから、拒めば二度とこうしてくれないんじゃないかと怯えてる。


それに、僕達には決まりがある。

⏰:09/07/30 22:24 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#63 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
はっきり口にしたわけではないけど、直央は昔、僕の友情を越えた好意を拒否した。

それ以来、恋人でなく、親友のままでいようというのが暗黙の掟として僕達の胸に深く刻まれた。

失恋の傷。

それは癒えることなく、僕の胸の中で今でも血を流していた。

⏰:09/07/30 22:25 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#64 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
――直央が僕を見つめる。


青い瞳には泣きそうな顔した僕が映っていた。

ひどくみっともない。


その気もないくせに、そんな瞳で僕を見るな。

近寄るな。

触れるな。

⏰:09/07/30 22:25 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#65 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「渉ちゃん…」

僕の名前を呼ぶな、もう止めてくれ。

僕はもう。

二度と傷つきたくない。


…それなのに、気づいたら僕は彼女の頬へ手のひらをあてて親指で唇を撫でていた。


もう、だめだ。

⏰:09/07/30 22:26 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#66 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「いやなんだろ。早く俺の手をどけてみろよ」

自分では出来ない臆病者は、生意気に言ってみせた。

「い…嫌じゃないよ…」

「……」

「渉ちゃんなら、嫌じゃない…」

⏰:09/07/30 22:32 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#67 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
ほら、期待させる。

どうして。
そういうこというから、臆病者はつけあがるんだよ。

「どうせ、嘘なんだろ」

唇が重なる。

吐息が重なる。


もうすべてがどうでもいい。

⏰:09/07/30 22:33 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#68 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
目を開けると、直央は我慢するようにかたくまぶたを閉じていた。

…馬鹿なやつ。

嫌なら早く、突き飛ばせばいいのに。

僕は直央の肩に手をやると、滑るように首に舌を這わせた。

上から聞こえる小さな吐息。


「     」

そして僕は、言ってはならない言葉を口にした。

⏰:09/07/30 22:35 📱:N03A 🆔:jOlV9rkE


#69 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
――その時だった。


「い…いやっ……!!


思い切り、容赦なく、残酷な言葉をそえて直央は僕を突き飛ばした。

直央は泣いていた。

いや、違う。
そうじゃない。

僕が泣かせてしまったんだ。

⏰:09/07/31 07:29 📱:N03A 🆔:nWXaJZio


#70 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「直央、ごめん…」

自分が許せなかった。

直央が怯えていたのは分かっていたのに、どうして止めなかったんだろう。

直央はただ、いつもみたいにじゃれたかっただけなんだ。

夜空を一緒にみて、寒いから手を繋いでみただけ。


……それなのに僕はまた分かりきったことを繰り返して、直央の信頼を傷つけた。

⏰:09/07/31 15:06 📱:N03A 🆔:nWXaJZio


#71 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
涙が、こぼれた。
どうして泣いているのか、自分でも分からない。

「ごめんね……、本当にごめんね……渉ちゃん……」

直央は言った。


「何で直央が謝るんだよ…」

直央はずっと泣いていた。

鈴虫の鳴き声と交わって、…まるで音楽みたいだった。

⏰:09/07/31 16:03 📱:N03A 🆔:nWXaJZio


#72 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
心に突き刺さる泣き声。

この泣き声を、覚えていよう。

きっと、彼女の優しさが僕に向けられなくなるまで、また僕は裏切りを繰り返すから。



――『愛してる』。

貪欲に、なんどでも。またこの言葉を口にするのだろう。

⏰:09/07/31 21:14 📱:N03A 🆔:nWXaJZio


#73 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
直央の家に着いた。

家は高く太い柵に囲まれていて、門のところで顔を証明しないと入れない仕組みになっている。

見慣れられている僕はそれで許されるが、普通はそうでない。

門までお手伝いさんがやってきて、ボディーチェックをさせられる。

頭のてっぺんから爪先までくまなくきっちりとだ。

⏰:09/08/05 09:42 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#74 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
刃物なんかでようものなら、怖いお兄さんに袋叩きにされそう(これは僕の想像だけど)だ。


直央の父さんは結構有名なIT企業の社長で、犯罪を防ぐためにセキュリティには敏感なのだという。

直央はご令嬢なわけだから、なぜもっといい都会の高校に通わないのか不思議だったりする。

中学生の妹は東京のお嬢様学校に入学しているから、尚更だった。

…まあそこは複雑な家庭事情があるだろうし、僕がとやかく言うことではないのだけど、やはり気になる。

⏰:09/08/05 15:02 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#75 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
ちなみに妹の名前は鈴夏ちゃんという。

東京がらこちらへ帰省しているときに、何度か会ったことがある。


おっとりした、大和撫子系のきちんとした子だ。

黒髪黒目、日本系の整った顔立ちに長身と、ルックスは直央と正反対だった。

性格もすこし内気。

あまり似てない姉妹だった。

⏰:09/08/05 15:03 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#76 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
>>75
2行目に「東京がら〜…」とありますが、訂正します。

「東京から〜…」です。
誤字すみません。


また夜に更新します(^ω^)

⏰:09/08/05 15:12 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#77 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「黒木さん、直央です」


直央は慣れた調子で言った。

門は重そうにゆっくりと開き、僕達を招き入れた。

僕達が門をくぐり玄関に近づくと、センサーが反応してひとりでに外灯が灯った。


直央の家はこの田舎には不釣り合いな立派な洋式豪邸で、ここいらでは有名だった。

⏰:09/08/05 18:52 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#78 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
見かけ倒しじゃなく、内装も家具もすごいし、たくさんのお手伝いさんがいる。

直央はあまり口に出したがらないが、お小遣いも平均を軽く上回っているらしい。


さすがご令嬢。

だから頻繁にファミレスで大食いしても、福沢諭吉を惜しみなくぽんぽんだせるわけなのだ。

…お金持ちって羨ましい。

⏰:09/08/05 18:53 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#79 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
直央は僕に借りていた制服を両手で差し出して言った。

「今日はとっても楽しかったよぅ。またファミレス行こうねぇ」

満天の笑顔がまぶしい。

僕は黙って制服を受け取り、すぐに羽織った。



重く長い沈黙。

ありがとうも言えなかった。

⏰:09/08/05 18:54 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#80 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
さすがに直央は困った顔をして、苦し気に小さく笑った。

「あと……、明日からも、これまでと同じように仲良しでいようね。渉ちゃんの気持ち、わたしすごく嬉しかったよぅ。これは本当、嘘なんかじゃないから…」

直央は言った。

いつもの軽い感じじゃなく、とてもしっかりしたもので驚いた。

誰にも頼らない、この意志だけは譲らない、そんな強い光をもった瞳でまっすぐ僕を見ている。


しっかりとそらさずに。

⏰:09/08/05 18:55 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#81 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
僕はそれが恐ろしかった。

一人じゃなにもできなくて、見守ってやらなきゃ危なっかしい直央が、いつの間にか僕を必要しなくなることを何より恐れていた。

だって僕は、直央に必要とされているからいまも親友であれるわけで、必要とされなくなれば、直央は僕から離れていくに違いない。

僕は、直央の特別ではないから。

ずっと、親友のままだから。

⏰:09/08/05 19:19 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#82 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
胸が痛んだ。


このまま握り潰してしまえたら楽なのに、と思った。

⏰:09/08/05 20:30 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#83 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
玄関の横にある勝手口から、メイド服姿の女性が出てきた。


黒木さんだった。

「直央お嬢様、お帰りなさいませ。そして渉さんこんばんは。お帰りが遅いのでお父様がご心配なさっておられますよ」

黒木さんは言った。

直央は冗談っぽく照れてみせた。

⏰:09/08/05 20:34 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#84 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
黒木さんは、切れ長のどこか冷たい目と無表情が印象的な女性だった。

年齢はまだ若い。

私語はつつしみ妥協を許さず仕事に徹底するメイドの鏡で、狩山家に信頼をおかれているという。

付け加え、仕事が終わるとすごく優しいお姉ちゃん。

直央いわく、そうらしい。

⏰:09/08/05 21:18 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#85 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「暗いですから、門まで私がお見送りいたします」

黒木さんは僕に言った。

それには直央も賛成らしい、大急ぎで懐中電灯を持ってきた。

「わたしも行くよぅ」

直央は言った。


僕はそれを断わった。

最後の最後まで僕を楽しくさせようとする努力が嬉しくもあり、悲しくもあった。

⏰:09/08/05 21:20 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#86 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
僕がこうさせているんだ。

これ以上、どんなささいなことでも僕のせいで直央に迷惑をかけたくない。

直央に別れも告げないまま立ち去ろうとした、…その時だった。


直央がかけよってきて僕の背中をばしーん、と思いきり叩いた。

すごい力だった。

僕が驚いて振り返ると、なんの容赦もなしにもう一発すごいのを食らわせられた。

⏰:09/08/05 21:21 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#87 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
…突然の出来事だった。

僕はすっかりひるんでしまって、彼女になにも言えず呆然としていた。

黒木さんも全く同じように、目を丸くしていた。


直央は僕を睨みつけて、すこしためらってから力強く言った。

⏰:09/08/05 21:31 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#88 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「私、渉ちゃんのこと大好きだって言ってる。信じてる。だから渉ちゃんには笑っていて欲しい。これからもずっと、私のそばにいて欲しい。渉ちゃん以外には考えられない。なのにどうして素っ気なくするの。恋人になれないから?」

「……直央、…」

「恋人になっても、きっと私達は変わらない。手も繋げるし、キスだってできるよ。だから笑ってよ渉ちゃん。渉ちゃんが笑ってくれないと、私困る。私は、」

そこまで言うと、直央はいきなり頭を押さえて崩れるように座り込んだ。

持っていた懐中電灯が地面に落ちる、鈍い音が響く。

⏰:09/08/05 21:32 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#89 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
弾けるように黒木さんと僕は彼女にかけよった。

直央がうつろな瞳で僕をみる。

小さな手がそっと、僕の頬に触れた。

僕はその手に手を重ねた。

頬に手で触れるのは、ずっと仲良しだよのサイン。


僕達だけの、サイン。

⏰:09/08/05 21:34 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#90 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「笑って、渉ちゃん…」

直央は続けた。


「大好きだよぅ」

そして、僕も笑う。

直央の笑顔が、涙で滲んだ。


…ちゃんと笑えてるかな。

変じゃないかな。

⏰:09/08/05 21:35 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#91 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
本当に僕は鈍感なやつだ。

直央の特別になろうなんて悩んで、迷って、傷つけて、馬鹿らしかった。

最初から特別だった。

必要とされていた。


…僕は鈍いから、言葉にされないと気づけなかった。

⏰:09/08/05 21:36 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#92 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
…ごめんな、直央。

今ならきちんと笑ってあげられるよ。

明日からもずっと、僕達は仲良しだ。


ずっと、仲良しでいよう。
ずっとだ。


「俺も大好きだよ、直央」

⏰:09/08/05 21:37 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#93 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
寄り道(Side Story)
「食い倒れ勝負」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

甘い幸せをあなたに。

店頭に並べ立てられたのぼりのキャッチフレーズが風にはためいている。

期間限定のスイーツ食べ放題は女性に好評、満員御礼で店長は大喜びだった。

若い客を増やしたいと考えておこした企画がここまで上手くいくとは思わなかった。

喜ばずにはいられない。

⏰:09/08/05 23:40 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#94 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
店長は深く椅子にもたれかかり、珈琲を一口飲んだ。

うむ、旨い。


新聞を広げてまさに読もうとしたとき、扉が荒々しく開かれた。

開けたのは新人のアルバイト店員だった。

深刻な表情をしている。

…ただ事ではない。

⏰:09/08/05 23:47 📱:N03A 🆔:/M/uXit.


#95 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
店長は珈琲をテーブルに置いた。

「大変です、店長」

「なにがだね」

「スイーツ食べ放題をいいことに、片っ端から食べてるやつがいます。そのおかげで、スイーツの種類は激減、材料も不足、
…もはやスイーツ食べ放題といえるレパートリーはありません」

「な、なんだと……」

⏰:09/08/06 00:15 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#96 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
店長は立ち上がった。

信じられない、といいたそうに椅子に新聞を叩きつけた。

「それだけではありません。飲み放題のソフトドリンク、珈琲まで飲み干されてしまいました」

「馬鹿な! 一体誰なんだ、テレビ番組の撮影にきた大食いチャンピオンか!?」

店員は言った。


「いえ、女の子なんです。たぶん、女子高生だと思います」

⏰:09/08/06 00:16 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#97 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
店員が問題の女子高生のもとへとかけつけた時には、すでにすべてが手遅れだった。

スイーツ全滅、ソフトドリンク全滅、まさに地獄絵図であった。

…信じられない。

ひとつ幸運なのは、客が彼女の食いっぷりに感心して盛り上がり、食べ放題がフイになったことを誰一人憤慨しなかったことだった。

⏰:09/08/06 00:19 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#98 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
店長はふらふらと女子高生に近づき、話しかけた。

「き、キミ……。本当に一人でスイーツやソフトドリンクを食べきったのかね…?」


彼女は天使のような笑顔を浮かべ、言った。

「ごめんなさい。美味しくって食べちゃいました。でもぅ……」

「で、でもなんだね」

⏰:09/08/06 00:23 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#99 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
店長の目の前に白い食器が突き出される。

彼女は言った。


「まだ食べたりません」


客は歓喜の声をあげた。

店員は唖然としながら、客をなだめる。

⏰:09/08/06 00:25 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#100 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「すみません、お客様。大変失礼ですが、これ以上のお食事はご遠慮願います」

店員が言った。

それは店としての当然の対応であった。


…しかし、店長は店員を押し退けて食器を受け取った。

店員はみな驚く。

⏰:09/08/06 00:25 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#101 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「いやはや、信じられない胃袋をお持ちですな貴女は。…しかしながら、私にもプライドがある。店長としてお客様を満足させたい、もうひとつは男としてのプライドです。
ここまでやられて、はい負けましたとは言えません」

店長は店員に食器を突き出して、客にも聞こえる大声で言った。


「大至急、シェフ以外のスタッフ総出で材料をかき集めてこいっ! シェフは残った材料でスイーツをなんでもいいから作れ、限りある材料で料理人魂をみせろ!」

「しかし店長、」

「店長命令だ、責任は私にある。さあ、皆いけ! このお嬢ちゃんに一泡ふかせてやるぞ!」

⏰:09/08/06 00:26 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#102 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「「は……はいっ!」」


生き生きした店長の笑顔に、店員はそれ以上なにも問わなかった。

それぞれが急いで動きだす。

客はすごい見物だと店を出ずに勝負を見るため席ついた。

⏰:09/08/06 00:29 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#103 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
やがて、ひとりの店員が買い物袋を持って店に帰ってきた。

それに続き、次々と店員が材料を持って帰ってきた。

ベルトコンベアーのように運ばれてくるスイーツに、女子高生はひるむことなくフォークをつきたてていく。


彼女に送られる声援が止まない。

⏰:09/08/06 00:31 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#104 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
しかし、明らかにペースが落ちてきていた。

店長はにやりと笑うと、女子高生に言った。

「もうお腹がいっぱいではありませんかな? 失礼ながら、やせ我慢はよろしくないかと」

「まさかです。まだ腹二分目だって満たされてないですよぅ」

店長は表情を歪める。

⏰:09/08/06 00:32 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#105 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「はったりですな。ここまで大事になれば、引くに引けますまい。そろそろ貴女を楽にしてあげますよ。
……持ってこい!

店長が指を鳴らすと、店員がワゴンに巨大な何かを乗せてきた。

それは、目を疑うほどのばかでかい、ショートケーキだった。

バケツ二個分はある。


思わぬ最終兵器に、客のテンションは最高潮に達した。

⏰:09/08/06 00:33 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#106 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
女子高生は驚きつつ、勝ち誇ったように店長をみた。

「もしや、これが最後のスイーツですねぇ? もう材料がないとか…?」

「……」

店長はしぶる。

その通りだった。
これが最後の切り札。

もう材料が底をつき、負けじとスタッフ全員で悩みぬいた末の手段が巨大ケーキだったのだ。

⏰:09/08/06 00:35 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#107 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
ただのショートケーキではない。

スポンジ間にはフルーツぎっしり、チョコたっぷり、さらにはこしあん、栗、ピーナッツ、クッキーまでつまっていたりする。

胃もたれ確定、胸焼けひっしの殺人スイーツだった。

しかし女子高生はペースを落とすどころか、凄まじい勢いで巨大ショートケーキをけずりはじめた。

みるみるうちに小さくなっていく巨大ケーキは頼りない。


そして、彼女は最後の一口を食べた…。

⏰:09/08/06 00:36 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#108 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「キミには負けましたな」

店長が言った。

女子高生は何も言わず、店長と握手した。

「おかげで私のプライドはズタズタなわけでして、ははは、本当に参った」

「…美味しかったですよぅ。どれも本当に美味しかった」

彼女は頭を下げた。

⏰:09/08/06 00:40 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#109 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「律儀ですな。お客様に失礼を働いたのは私ですのに。……ささやかながら、貴女にお土産をプレゼントさせてください」

そう言って、店長は一枚のカードを取り出した。

そこにはプレミアカード、と英語で表記されている。

このファミレスの有料プレミア会員にだけ与えられるものだと知っていた彼女は、驚きの声をあげた。

どうやら喜んでもらえたようだった。

⏰:09/08/06 00:40 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#110 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「ありがとう」

「また、いつでもお越しになってください。そうだ、最後にぜひ貴女のお名前をおしえてはくれませんかな。私は堤です、貴女は?」

「わたしは狩山直央です」

「直央さんですか、いい名前ですな」

「…それじゃあ高山さん、また会いましょう」

店長は直央の姿が見えなくなるまで、小さな背中を見守っていた。

⏰:09/08/06 08:25 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#111 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
>>110
5行目に高山さんとありますが訂正します。

堤さんです(><)

⏰:09/08/06 09:15 📱:N03A 🆔:hRVRSZQ.


#112 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
夜更新します(*^_^*)

⏰:09/08/07 17:21 📱:N03A 🆔:Nti4.WFk


#113 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
ぎらぎら照りつける太陽。

雲一つない青空に、忙しい蝉の合唱。

天気予報では雨だったぶん、なんだか得をした気分で嬉しかった。


「渉ちゃん、早く早くぅ」

午前の授業が終わったとたん、僕は直央に手を引かれて中庭にでた。

⏰:09/08/07 21:58 📱:N03A 🆔:Nti4.WFk


#114 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
彼女の片手には大きな鞄、そのなかには重箱の弁当が入っていた。

直央は昨日の約束を律儀に守ってきてくれたのだ。

きけば、この量を誰の助けも借りずたった一人で作り上げたのだという。

誇らしげに語る直央が愛しくて、僕は胸が幸せにあふれるのを感じた。

⏰:09/08/07 22:18 📱:N03A 🆔:Nti4.WFk


#115 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
芝生に踏み込むと、太陽の眩しさに僕は目を細めた。


中庭のベンチは人気スポットで、昼休みになると生徒が我先にと競争になる。

そのなかでも一番人気なのが、木陰の下にあるところだった。

涼しくて、風当たりもよくて、弁当の味も三割増しになる。

⏰:09/08/07 22:19 📱:N03A 🆔:Nti4.WFk


#116 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「わーい、一番乗りだよぅ!」


直央は例のベンチに腰掛けた。

隣を手でばしばし叩いて、早くここに座れと急かした。


僕はちょっと笑って、座った。


「やっぱりここは最高だな。木陰だし、ほら、他のベンチより背もたれが豪華じゃないか?」

僕は言った。

⏰:09/08/07 22:24 📱:N03A 🆔:Nti4.WFk


#117 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「え〜、そうかなぁ。ベンチは他のと変わんないよぉ」

直央は首を傾げた。


まあ、どっちでもいいや。

僕は空に両手をかざして、大きく背伸びをした。


それにしても、いい気持ちだ。

青空の下はいい。

⏰:09/08/07 22:24 📱:N03A 🆔:Nti4.WFk


#118 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
やっぱり人間はお日様の光を浴びて幸福を感じるようできてるんだな、なんて思ったり。

「おーい渉ちゃ〜ん、寝ちゃダメですよぉ。まだお弁当食べなきゃいけないよぅ〜、お昼寝はそのあと〜っ」

「はいはい」


直央はベンチに重箱を置くと、僕に開いてみるよう言った。

⏰:09/08/07 22:25 📱:N03A 🆔:Nti4.WFk


#119 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
重箱は桃色の可愛らしいキャラクター物(直央が好きなやつだ。名前はド忘れした)で、ものすごい大きい。


中身はなんだろう。

直央の自慢げな表情からして、かなりの自信作に違いない。

⏰:09/08/07 22:39 📱:N03A 🆔:Nti4.WFk


#120 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
もしかしたら、僕の大好物のハンバーグが入ってたりして。

ここは王道に肉じゃがもありえる。

美味しい予想が浮かぶ。


しかし僕は同時に、なにか大切な事を忘れている気がしてならなかった。

⏰:09/08/07 22:40 📱:N03A 🆔:Nti4.WFk


#121 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「どーしたのぅ?」

僕がなかなか蓋を開けないので、直央が不安そうに言った。

「いや…、なんだったかな…」

「なにがっ?」

「何でもない。……うーん…」


思い出せない。

⏰:09/08/07 22:43 📱:N03A 🆔:Nti4.WFk


#122 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「おーいっ!」

僕が悩んでいると、直央が誰かに反応してぶんぶんと手を振った。

そっちを見る。

直央に気づいた男女は、こちらに向かって歩いてきた。

見慣れた顔。

天野湊(あまのみなと)と野村りこ(のむらりこ)だった。

⏰:09/08/08 13:41 📱:N03A 🆔:edlBdonc


#123 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
二人とも弁当箱を片手にしていた。

きっと食べる場所を探していたのだろう。


「よっす、直央ちゃんに渉。イイトコ陣取ったねー。あたしらいつもの場所が一年生に取られちゃってさ。困ってたんだ」

りこはポニーテールを揺らしながら言った。

彼女の白いワイシャツに木漏れ日が映って、ゆらゆらと泳いで揺れていた。

⏰:09/08/08 18:56 📱:N03A 🆔:edlBdonc


#124 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
りこは僕のいとこだ。

僕達が小さい頃から家族ぐるみで仲がとても良かった。

今でもしょっちゅう遊びにきたり泊まりをしたりする。

この間はキャンプに行った。

同い年ということもあり、一人っ子の僕にとって、りこは兄弟同然だった。

⏰:09/08/08 19:13 📱:N03A 🆔:edlBdonc


#125 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
小さい頃、男まさりのりこには散々喧嘩で負かされてた。

駆け足も速くて、テレビゲームも強くて、恥ずかしいがりこに憧れてた。

それがいつしか立場逆転、りこはある日突然女の子らしくなった。

理由は恋の病。

相手はりこの隣に立つ、天野湊だった。

⏰:09/08/08 19:14 📱:N03A 🆔:edlBdonc


#126 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
二人は小学校からずっと一緒で、幼なじみというやつだった。


りこは初恋だったんだろうな。

湊もそうかもしれない。

⏰:09/08/08 20:57 📱:N03A 🆔:edlBdonc


#127 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
今では恋人同士で、すごく仲がいい。

おしどりみたいに、いつも揃って行動している。

微笑ましいな。ほんと。

⏰:09/08/08 21:44 📱:N03A 🆔:edlBdonc


#128 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「ほらほら、ボーッとしてないでもっと向こうに詰める詰める」

りこは僕の隣に座ると、ぞんざいに肩をぐいぐい押した。

ここで食べるつもりらしい。

「ごめんな、渉くん」

申し訳なさそうに、湊もりこの隣に座った。

⏰:09/08/08 22:39 📱:N03A 🆔:edlBdonc


#129 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
そうしおらしくされるとこっちが悪いことしてるみたいな気分だった。

君は悪くないぞ。


「あれ? あれあれあれ? もしかしてそれって愛妻弁当ってやつだったり?」

りこはにやにやしながら、直央と僕の弁当を箸で指した。

湊も興味深そうに、りこの肩ごしに弁当を見る。

⏰:09/08/08 22:41 📱:N03A 🆔:edlBdonc


#130 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
僕は全力で否定した。

しかしそんな僕をよそに、直央は顔を赤らめて、両手で頬を包んでいた。


おいおい。

なに恥ずかしがってんだよ。

⏰:09/08/08 22:42 📱:N03A 🆔:edlBdonc


#131 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「はわわ〜愛妻弁当って…。りこちゃん、わたしいいお嫁さんになれるかなぁ?」

りこは大声で笑った。

「なれるなれる、渉には直央ちゃんしかいないよ。渉ったら、口を開けば直央ちゃんのコトばっかでうるさいんだから!
無愛想で不器用なヤツだけど、直央ちゃんへの気持ちだけはイッチョマエだよ。幸せにしてもらいな」

僕は立ち上がった。

⏰:09/08/08 22:43 📱:N03A 🆔:edlBdonc


#132 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「な、何だそぅぇぼっ」

僕が反論しようとすると、りこは容赦なくヘッドロックをかけてきた。

りこは耳元で囁いた。

「ホントのコトだろが。いい加減素直になれよなぁ、マジで」

すかさずカウントを数える湊。

⏰:09/08/08 22:46 📱:N03A 🆔:edlBdonc


#133 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
助けてはくれないらしい。

恐るべきやつらだ。

ようやくりこのヘッドロックから解放されたとき、直央は妄想モードに入っていた。

目を細めて、胸の前で祈るように手のひらを合わせている。

⏰:09/08/08 22:47 📱:N03A 🆔:edlBdonc


#134 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「どうする渉ちゃんっ、りこちゃんああ言ってるけど〜。結婚しちゃう? ハネムーン行っちゃう? シングルベッドで一緒に寝ちゃうぅ? ……ぽわーんんん…」


幸せそうな、恍惚の表情。

彼女の頭上では、めくるめく妄想が繰り広げられていた。

⏰:09/08/08 22:48 📱:N03A 🆔:edlBdonc


#135 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
捕まえてみてぇ〜渉ちゃ〜ん。

待てよ〜、直央〜。

あはは、こっちだよぅ〜。



白い煙の中で、僕と直央は花畑で追っかけっこしていた。

まったくこいつは暇さえあればせっせと妄想で、お気楽なやつだよ。

妄想を手でぶんぶん追い払うと、直央ははっと我にかえった。

⏰:09/08/08 22:50 📱:N03A 🆔:edlBdonc


#136 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「ところで渉ちゃん、早くお弁当食べようよぉ。わたしお腹ぺこぺこだよ」

直央は重箱を指差した。

「オッケー。直央が作った弁当、どんなおかずか楽しみだな」

「えへへ。きっと渉ちゃんも大好きなものだよぅ〜」

⏰:09/08/08 22:55 📱:N03A 🆔:edlBdonc


#137 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
重箱の蓋を開ける。

りこと湊も見ていた。

しかし僕は中身を見るやいなや、すぐに蓋を静かに閉じた。


…目蓋を下ろして深呼吸。

⏰:09/08/08 22:56 📱:N03A 🆔:edlBdonc


#138 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「な、なにしてんの、渉。なんで開けないのさ」

りこは言った。

「…りこ、おまえ確か甘いもの好きだったよな。甘いものは別腹だって言ってたよな…?」

「うん」

「じゃ、食べろ」

⏰:09/08/08 22:57 📱:N03A 🆔:edlBdonc


#139 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
夜更新します(≧ω≦)

⏰:09/08/09 10:40 📱:N03A 🆔:0eHX26cc


#140 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
僕は重箱をぽんぽんと叩いた。

早起きして弁当を作ってくれた直央のまごころだけもらっておくとしよう。

後はりこに任せた。


りこが怪訝そうにしていると、直央がにこにこしながら重箱の蓋に手をかけて言った。

⏰:09/08/09 20:00 📱:N03A 🆔:0eHX26cc


#141 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「甘いものが好きなら、りこちゃんも一緒に食べよぅ! たくさんあるし。それっぽっちのお弁当じゃ、お腹空いちゃうでしょ?」

直央の提案に、りこはきらきらと目を輝かせた。

「ホント〜? ありがたいねぇ! …いや実はさ、今日みたいに弁当のおかず少ないと、あたし午後の授業はお腹空いて集中できないんだよね〜!」

「…りこ、悪いって。直央ちゃんは渉くんに作ってきたんだよ」

⏰:09/08/09 20:01 📱:N03A 🆔:0eHX26cc


#142 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
喜ぶりこに、湊は言った。

冷静な一言。

さすがのりこも、残念とばかりに腹の虫が泣きわめく腹を押さえた。

湊はりこのお目付け役だ。

ときたま暴走するりこを、さりげなくせいしたりフォローしたりする。

⏰:09/08/09 20:02 📱:N03A 🆔:0eHX26cc


#143 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
ふにゃっとしてるが、あなどってなめてかかると痛い目をみる。

勘も鋭く、彼に嘘はつけない。

僕はお目にかかったことはないが、本気で怒ると、ヤクザ顔負けの凄みがあるらしい。


…ちなみに怒らせたのはりこ。

普段りこに優しい湊を怒らせるなんて、なにしたか気になる。

⏰:09/08/09 20:05 📱:N03A 🆔:0eHX26cc


#144 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
直央は重箱の蓋を開けた。

「いいんだよぅ。遠慮しないで、どんどん食べてね〜」

「そうだぞ、遠慮すんな」


中身を見たりこが、ふおっ、と奇妙な悲鳴をあげて目を丸くした。

⏰:09/08/09 20:07 📱:N03A 🆔:0eHX26cc


#145 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
気持ちはわかる。

一段目の中身はまるまる桃ゼリー(しかも果肉たっぷり)だったのだから、その反応は仕方ないことだった。


「す、スゴいなぁ。一段目からデザートだなんて、さすがは爆食魔狩山直央だよ。桃がたくさん入ってて美味しそう〜」

「えっへん。ちなみに、渉ちゃんはアッサリが好きだから寒天で固めてあるんだぁ。ヘルシーだから女の子には嬉しいよねっ」

⏰:09/08/09 20:08 📱:N03A 🆔:0eHX26cc


#146 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「渉はシアワセ者だよ、こんな美少女に、こんな美味しいもの作ってもらえるなんてさ」

「どんどん食べてねっ。そのかわり、最後まで食べてくれなきゃ怒るよぅ」

「はーい」

驚きつつも、りこは喜んで桃ゼリーを食べはじめた。

直央も一緒に食べながら、いかに桃ゼリーが素晴らしいかを語っていた。

⏰:09/08/09 20:09 📱:N03A 🆔:0eHX26cc


#147 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
のほほんとした光景に、僕と湊は黙って見守っていた。

けれど僕は知っている。

これから待ち受ける、あの重箱の甘ったるい恐ろしさを知っている。

笑ってられるのも今のうち。

別腹がはち切れて、満腹死するまで食べるがよい。

りこめ、いつも僕にプロレス技をかける天罰だと思いたまえ。

⏰:09/08/09 20:16 📱:N03A 🆔:0eHX26cc


#148 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「ありゃりゃ…、もう桃ゼリー無くなっちゃったねぇ。ごめん直央ちゃん。つい美味しくて遠慮なしに食べちゃった」

りこは言った。

「大丈夫だよぅ〜。まだまだいっぱいい〜っぱい、あるから」

直央は重箱を解体していくと、そこには僕の予想していた光景があった。

⏰:09/08/09 20:18 📱:N03A 🆔:0eHX26cc


#149 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
二段目は和菓子の詰め合わせ。

三段目はイチゴとクリームたっぷりのショートケーキ。

四段目はチョコケーキ。

五段目はモンブラン。


とどめは、湯がしただけのチョコかと思うくらいどろどろした、アイスココアだった。

⏰:09/08/09 20:20 📱:N03A 🆔:0eHX26cc


#150 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「……あ、あはは、こりゃすごい…」

りこは唖然として、引きつった笑顔と渇いた笑い声を上げた。

もう満腹らしい。

りこがバトンタッチと僕にスプーンを渡したその時、彼女の肩を直央が鷲づかみにした。

彼女は恐る恐る振り返った。

⏰:09/08/09 20:22 📱:N03A 🆔:0eHX26cc


#151 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「まだ残ってるよぅ? 最後まで食べてくれるよねっ?」

「な、直央ちゃん、ごめんけどあたしもうお腹いっぱいで、」

りこはそこまで言って、直央からどす黒いオーラがでているのに気づきあわてはじめた。

⏰:09/08/09 20:28 📱:N03A 🆔:0eHX26cc


#152 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
食べ物の痛みはわたしの痛み。

食べ物の敵はわたしの敵。

食い物をないがしろにされると、直央はものすごく怒る。

食べる前に断ればセーフ。

許してくれる。

⏰:09/08/09 20:29 📱:N03A 🆔:0eHX26cc


#153 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
しかし手をつければ最後、しゃれにならないほど腹がはち切れるまで食べさせられるのだ。

泣く泣く食べはじめたりこをからかっていると、どす黒いオーラを僕の背後から感じた。

ふき出る冷嫌なひや汗。

僕は先ほどのりことまったく同じように、恐る恐る振り返った。

⏰:09/08/09 20:30 📱:N03A 🆔:0eHX26cc


#154 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「わたし、渉ちゃんのためにお弁当作ってきたんだけどぉ…。食べるよねっ?」

「お、お、俺は…、」


「食・べ・る・よ・ね……?」


直央が僕の顎をつかみ、いちごを刺したフォーク片手にすごんできた。

後退る僕に合わせて、直央はずりずりと間を詰めてくる。

中庭に僕の悲鳴がこだました。

⏰:09/08/09 20:33 📱:N03A 🆔:0eHX26cc


#155 [chimu◆Hi9o8eIXuA]



なんとか完食した。

僕とりこは異様に膨れた腹を撫でながら、ウンウン唸っていた。

そんな僕らを満足げに見つめながら、直央はアイスココアを優雅にすすっていた。

…もう甘いものはしばらく食べたくないし、見たくもない。

⏰:09/08/10 20:41 📱:N03A 🆔:1ut1iRZA


#156 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
トイレに行こうか迷っていると、僕たちの前に女の子が現れた。

両手に数冊の本を持っていた。

肩までに切り揃えられた、艶のある黒髪。

丁寧にアイロンがけされて、パリッとしたブラウスが、彼女の几帳面さを物語っている。

一本の棒のように凛と立って、眉根にしわをよせて、ぶすっとしていた。

⏰:09/08/10 20:48 📱:N03A 🆔:1ut1iRZA


#157 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
明らかに不機嫌そうだった。

可愛い顔立ちをしてるのに、すこしもったいないなと思った。


「野村先輩」

彼女は言った。

呼ばれたりこは吐き気に耐えるひどい顔を上げて、ひらひらと手を振った。

酔っぱらいみたいだった。

⏰:09/08/10 21:26 📱:N03A 🆔:1ut1iRZA


#158 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「や、早紀ちゃん。…悪いけどオネーサン気分がすぐれなくてさ、……うぇ、うぇぇ……、打ち合わせだったら放課後にしてくれないかな、……ぐぇ」

「いえ、打ち合わせじゃないです。借りていた小説をお返ししたくてきました」

早紀さんは手にしていた小説をりこに返すと、踵をかえしてさっさと中庭を出ていった。

あっさりした人だった。

⏰:09/08/10 21:53 📱:N03A 🆔:1ut1iRZA


#159 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
僕は早紀さんから返却されたりこの小説を手に取って、ぱらぱらとおおざっぱに中身を見た。

トリックだとかアリバイだとか殺人だとか血だとか、そんな単語がいくつもあった。

ちなみに小説のタイトルは「緊急病院殺人事件」。


「りこ、おまえってミステリー小説なんか読むのか?」

いくぶんか回復したらしいりこは、むっくり起き上がって言った。

⏰:09/08/10 22:01 📱:N03A 🆔:1ut1iRZA


#160 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「読むもなにも、あたしはミステリーマニアだからね。ついでにいうと、早紀ちゃんもそう。二人でミステリー同好会しちゃってるくらい愛してるよ」

「ミステリー同好会ってなになにぃ〜? 気になるなぁ」

直央が訊いた。


「ふふん」

りこはひとつ咳払いをし、足を組みなおした。

⏰:09/08/10 22:25 📱:N03A 🆔:1ut1iRZA


#161 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「ミステリー同好会とは、本格ミステリーを読み、ミステリーの素晴らしさを布教し、オリジナリティあふれる良質トリック及びアリバイを作りだし勝負しあう、ミスマニのミスマニによるミスマニのための同好会なのだっ」

やたらと長い説明だった。

直央はすごいすごいと惜しみない拍手をした。


言い終わると同時に、息切れしたりこは再び倒れこんだ。

⏰:09/08/11 08:36 📱:N03A 🆔:tAjoSozw


#162 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
その拍子に、ブラウスからふくれた腹がのぞいた。

僕と直央は顔を見合せにんまり笑いあうと、りこの腹をくすぐってやった。



中庭に響く、僕らの笑い声。

⏰:09/08/11 08:37 📱:N03A 🆔:tAjoSozw


#163 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

楽しい時ほど、時間は早く過ぎる。



「よかったらさ、今日の放課後あたしん家でミステリー同好会の打ち合わせするから、よってかない?」

りこは湊に支えられながら、僕たちに言った。

⏰:09/08/11 09:31 📱:N03A 🆔:tAjoSozw


#164 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
直央は頷いた。



僕と直央は毎日一緒に帰宅しているから、直央が寄り道するなら必然と僕もそうなる。

寄り道が嫌なら断って自分一人帰ればいい。


けれど僕達はとある事情があって、直央が帰宅するまで別れてはいけないことになっていた。

⏰:09/08/11 09:32 📱:N03A 🆔:tAjoSozw


#165 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
これは絶対で、逆らえない。

なにがあっても。

りこは僕達の了解を素直に喜び、また後でねと湊と去っていった。

僕も教室に帰らないといけないので、尻のほこりをはらい、直央に手を差し伸べた。

⏰:09/08/11 09:32 📱:N03A 🆔:tAjoSozw


#166 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
ランチタイム(Side Story)
「ぷにたん」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「あたしそのキャラクター知ってるよ。名前、なんだったっけ?」

りこはチョコケーキをつっつきながら、直央の重箱の蓋に描かれたキャラクターを指差した。

僕も知ってる。

そいつは最近ちびっこに人気で、テレビアニメからグッズまで大忙しのやつだった。

⏰:09/08/11 12:12 📱:N03A 🆔:tAjoSozw


#167 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
直央も相当のお熱で、部屋中そいつだらけにしていた。

名前はなんだったかな。


「ぷにたんだよぅ。頬っぺたがぷにぷにして、つぶらなお目が可愛いよねぇ〜」

直央がうっとりと言った。

そうだそうだと、りこが相づちをうつ。

⏰:09/08/11 12:13 📱:N03A 🆔:tAjoSozw


#168 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「それでさ、もしよかったら今日ミステリー同好会の打ち合わせついでに、ぷにたんのぬいぐるみあげるよ。このくらいの、スッゴいおっきーやつ」

りこは両手で大きな円を作ってみせた。

かなりの大きさだった。

⏰:09/08/11 13:57 📱:N03A 🆔:tAjoSozw


#169 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
よかったじゃないか。

そう言おうとしたとき、直央が奇声を上げながら勢いよく立ち上がり、彼女のひじが僕の顎にヒットした。


「ええぇぇっ!? りこちゃんそれ本当だよねっ? 本当にぷにたんなんだよね、くれるんだよね、嘘じゃないよねーっ?」

痛がる僕はお構い無しに、直央は目を輝かせてりこの手をとった。

⏰:09/08/11 14:00 📱:N03A 🆔:tAjoSozw


#170 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
予想以上の喜びっぷりに、りこは驚きながらも嬉しがっていた。

ぷにたんぬいぐるみは、行きつけのゲームセンターで当てた景品なのだという。

結構な額を注ぎ込んだらしいが、目的の景品はちゃんと取れたので、ぷにたんには未練がないとりこは言った。

直央は相当嬉しかったのか、昼休み中ぷにたん…ぷにたん…とつぶやいていた。


今年の直央へのバースデープレゼントは、ぷにたんグッズにしようかな。

⏰:09/08/11 14:17 📱:N03A 🆔:tAjoSozw


#171 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
夜更新します(^-^)

⏰:09/08/13 10:29 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#172 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
4 ミステリー同好会
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

僕達がりこの家についた時には、既に早紀さんはついていた。

りこに案内され、廊下を僕と直央はぴったりならんで歩いた。

りこの部屋は窓がたくさんあって日当たりがよく、ワックスのきいたフローリングがきらきら輝いていた。

窓辺には観葉植物があり、りこはそれに名前をつけて可愛がっている。

さっき水をあげたのか、葉が水滴をつけて揺れていた。

⏰:09/08/13 20:50 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#173 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
部屋中にあふれるりこの匂いと主人に似た明るさが、ここはやっぱりりこの部屋なんだと実感させた。

ここはりこの空間なのだ。

直央は初めての訪問なので、きょろきょろ辺りを見回したりと落ち着きがなかった。


りこは察しのいいやつだから、直央に紅茶を一緒に作ろうと誘った。

⏰:09/08/13 22:18 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#174 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
二人が部屋から出る。

とたんに静まる部屋。

早紀さんと二人きりになったので、気まずかった。

しかし彼女は今までどおり、さらっとした表情で小説を黙々と読んでいた。

⏰:09/08/13 22:22 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#175 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
あまりに静かなので、僕がちょっと動いただけで、早紀さんはじろりと僕を睨んだ。

図書館にいる気分だった。


「一緒にきた人と、お付き合いされてるんですか」

不意に、彼女が喋った。

発言がいきなりだし予想外だったのでうまく聞き取れず、僕はもう一度お願いと言った。

⏰:09/08/13 22:24 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#176 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
彼女は小説にしおりを挟んで、ぱたんと閉じた。

「一緒にきた人と、お付き合いされてるんですか」


ややあって、僕は答えた。

「直央のことだよね? …してないよ。お互いフリーだから、寂しくて身を寄せあってんの」

僕は肩をすくめてみせた。

⏰:09/08/13 22:25 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#177 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「意外です。とても仲がよさそうに見えたので、てっきりそうかと勘違いしてました」

「よく言われる」

「でも、本当に恋人にしか見えません。そうでなかったら手を繋いだり寄りかったりしませんよ」

「直央にとって、それがスキンシップだからね」


「…それを口実に、イチャつきたいだけじゃないですか」

⏰:09/08/13 22:25 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#178 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
口実。


痛いとこつくな、この子。

僕はちょっと笑って、その反面胸がちくちく痛むのを感じていた。

でもそれは僕だけじゃないはずだ。

直央もきっと同じだろう。

⏰:09/08/13 22:28 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#179 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
お互い必要だから、一緒にいる。

お互いが信じてる。

明日を一緒に迎えて、喜びを分かちあって、悲しみに涙を流しあう。

抱きしめたければ優しく抱きしめればいい。

キスしたければ何回でもすればいい。

⏰:09/08/13 22:31 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#180 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
きれいごとかもしれないけど、あたりまえだからしかたない。

これはあたりまえだった。

だけど他人はこのあたりまえをあたりまえと認めず、嫌う。

友達と恋人の境目にはなにもないと決めつけ、きっちりしたカテゴリーにおさめたがる。

真実にしたがる。

僕らにしてみれば、それは無粋でしかないことだった。

⏰:09/08/13 22:32 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#181 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
日差しで暖められたぬるい空気が、僕の眠気を誘う。

「あの人がすごくいい人だというのは、分かります」

早紀さんは今まで下げていた頭をす上げて、くっきりした声で言った。

彼女の声は透明で、頭の中にすっと入ってくる。

なんとなく、この子は嘘をつかないしつけないだろうなと思った。

⏰:09/08/13 22:33 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#182 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「うん。いいやつだよ。すっごくいいやつ。そのせいで傷つくことも多いからよく泣くんだけど、…幸せそうに泣くんだよな、あいつ。他人が傷つくくらいなら自分が傷つくほうがマシ、なんて考えてる。そんなやつ、なかなかいないよな。レアだよレア」

「……桐沢さん、好きでたまらないって感じですね」

「そうかな」


お待たせー、とりこと直央がトレイに紅茶を乗せて帰ってきた。

猫足の木製テーブルに白い陶磁器のカップが置かれる様子を、僕は夢の中のように見ていた。

⏰:09/08/13 22:34 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#183 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
直央がしずしずと、僕の横に正座でちょこんと座った。

僕の顔を覗き込む。

「眠い?」

直央が訊いた。

僕は頷いた。

すると彼女は正座のまま、自分のももをぽんぽんと叩いてみせた。

⏰:09/08/13 22:35 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#184 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「膝枕したげるよぅ〜」

りこが紅茶をふきだしかけて、口を押さえながら笑った。

つられて僕も笑った。

ほらほら早くぅ、と直央は頬っぺたを膨らませて急かした。

「いーじゃん、してもらいなよ膝枕ー。絶世の美少女の太もも撫でれるなんて生き天国じゃん。直央ちゃんがあんたになついてくれてる間がチャンスだよー。素直になんないと他の男に直央ちゃん持ってかれるよん」

りこは言った。

⏰:09/08/13 22:36 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#185 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「ばーか、持っていかせねーよ」

なんて言ってみる。

直央はみるみるうちに真っ赤になり、ぽわーんんんとつぶやいて妄想をしだした。

と思いきや、あっという間に直央は僕の腕をひっつかみ(すごい力で)、横に引っ張った。


体勢を崩して倒れたさきには、直央の膝枕があった。

⏰:09/08/13 22:37 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#186 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
ぽふ、と頭に柔らかい感触。

鼻の下を伸ばさずにはいられない、膝枕って男のロマンだよな。

直央は僕の頭を撫でながら、やーんいい匂いがするよぅと言って、猫みたいに頬をすりつけてきた。

「うっしっし、あたしらの前で公開イチャイチャしてくれちゃってさー。直央ちゃんもホンット渉が好きだねぇ。そんなオトコのどこがいーんだか」

「えへへ〜。好きだからしょうがないよぅ。それに、渉ちゃんにはわたししかいないもんね〜。バレンタインチョコはわたしにしかもらえないもんね」

⏰:09/08/13 22:39 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#187 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
反論したかったが、そう言った直央の顔はひどく幸せそうで、なにも反発せずに頷いた。

むせかえるほどの直央の匂い。


「あれー?」

りこはかがんでテーブルの下から意地悪な笑顔で僕を見た。

嫌な予感がした。

⏰:09/08/13 22:40 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#188 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「バレンタインチョコは誰にももらってないぃぃ? 本当かなぁ、桐沢渉くぅーん? …毎年ロッカーいっぱいに本命チョコもらってるのは……あれれ、ワタクシの記憶違いかしらん?」

えっ、と直央が小さく叫んだ。


赤い舌を出すりこ。

⏰:09/08/13 22:41 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#189 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
直央は無言で僕の頬っぺたをつねり、力強く横に伸ばした。

本当容赦ない。

止めろよ痛いだろ、と言おうとしても、口から出るのはふごふごもごもごと意味不明なものだった。

「わたしを騙してたなぁ」

直央の瞳は怒りを孕んでいた。

⏰:09/08/13 22:42 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#190 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「じゃむしてにゃいひょ、ごかひだほ。ひゃめろひ」

「う〜、ひどいよぅ」

頬っぺたをつねる手をぱっと放して、のしかかるように直央は僕に抱きついてきた。

彼女の長い髪が視界を隠す。

⏰:09/08/13 22:43 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#191 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
胸板に当たるふたつの柔らかく温かい感触に、高鳴る僕の心臓。

心臓の鼓動が重なる。


直央はゆっくりと唇を開いた。

⏰:09/08/13 22:43 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#192 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「渉ちゃんはわたししかみちゃだめなんだからぁ。…わたし以外に笑っちゃだめ、優しくしちゃだめ、もらったチョコなんて、わたしが全部食べちゃうから」

「嫉妬(やきもち)?」

「そうだよぅ」

⏰:09/08/13 22:46 📱:N03A 🆔:RJ.dOnTs


#193 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
きっぱりと直央は言った。


甘い一言に、頭の奥がじんじんと痺れるのを感じた。

可愛いやつ。

⏰:09/08/14 15:26 📱:N03A 🆔:L2gBWe92


#194 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「ハーイ、よい子は注目ー」

りこが言った。

直央は顔を上げた。


そのとき、直央の表情が一変した。

それもそのはず、りこが手にしていたのは、…おっきいぷにたんぬいぐるみだったのだ。

⏰:09/08/14 15:27 📱:N03A 🆔:L2gBWe92


#195 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
更新しますo(^-^)o

⏰:09/08/14 18:59 📱:N03A 🆔:L2gBWe92


#196 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「渉とぷにたん、どっちがいいのかなぁー? んー?」

迷うことなく、直央はぷにたんぬいぐるみへと飛びついた。


枕を失った僕の頭が、重力にしたがってごつんとフローリングに叩きつけられる。

無情の痛さだった。

⏰:09/08/14 18:59 📱:N03A 🆔:L2gBWe92


#197 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
残念なことに彼女の中では、ぷにたん>桐沢渉らしい。

ぷにたんぬいぐるみに頬擦りする直央を見ながら、僕はぷにたん以下なのかと悲しくなった。

ぬいぐるみが人間より優先順位が高いなんて、あってはならないことだと思う。

なんたって悲しいじゃないか。

再び全員がテーブルを囲んだとき、僕と直央の間にぷにたんぬいぐるみがどっかり座っていた。

気に入らない。

⏰:09/08/14 19:00 📱:N03A 🆔:L2gBWe92


#198 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
りこは背筋を伸ばし、ひとつ咳払いをすると明らかに笑いをねらって真面目くさった声で言った。

「えー、オホン。それでは本題に入りたいと思います。こちらの方が我がミステリー同好会の副会長、森早紀さんであります」

早紀さんは小さく頭を下げた。

「改めまして、初めましてこんにちは。森早紀です。りこさんのごっこに付き合わされているかわいそうな一年生です」

ありゃ、とりこは照れくさそうに顔を小説で隠した。

⏰:09/08/14 19:25 📱:N03A 🆔:L2gBWe92


#199 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
明るい僕達の笑い声が重なる。

直央が右手を高く挙げて、りこに質問があることを示した。

りこがはい狩山さん、と先生みたく指名した。

「会員は何人ですか?」

「現在は三人です。あたし、早紀ちゃん、湊の三人。湊は幽霊会員だから、うーん、ビミョーなとこですけどー。ちなみにまだまだ会員募集中だからさ、この際人助けだと思って入ってみない?」

⏰:09/08/14 19:26 📱:N03A 🆔:L2gBWe92


#200 [chimu◆Hi9o8eIXuA]
「幽霊会員ならなってもいいけど」

僕は言った。

「そんなつれないこと言わないでよ渉クーン。三年になって部活も引退してさ、これから暇がたっぷりあるんだからさぁー。直央ちゃんと一緒にミス会入っておくれよぉぉ。お願いしますぅぅ」

「しつこいぞ、りこ」

⏰:09/08/14 19:27 📱:N03A 🆔:L2gBWe92


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