街がスカーレットに染まる時
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#79 [ぎぶそん]
翌日の夕方。椎橋君を含む彼のバンドメンバーの皆が、我が家に足を踏み入れた。
来る前に近くのスーパーで買ったという、焼き肉の食材や飲み物が入った袋を四人で分担して抱えていた。
私はそこで見知らぬ二人の紹介を受ける。
真織と共にギターを担当するのが、長田博一君。
身長は真織より高くて、性格はだいぶ素っ気ないかも。
ベース担当となるのが、小柴篤人君という男の子。
下膨れの顔が特徴的で、性格は大人しい様子。
緊張している二人を尻目に、部屋に上がって早々真織と椎橋君は立て続けに煙草を吸い続ける。
:09/10/17 17:29
:N703iD
:OucnczyY
#80 [ぎぶそん]
「最初はブルハみたいな音楽がやりたかったんだけど、指が動かないから今の路線に変更した訳。
バンド名の由来はキャンキャン吠えることから来ていて、初期の音楽性を表している」
真織がホットプレートの上で焼く肉を返しながら、スピッツに関するうんちくを垂れる。
へー、と一同が関心を覚える。
長田君も小柴君も、スピッツに詳しい訳ではないらしい。
テナーやアジカンだのが演りたくて入部したけど、椎橋君と同じ感じで改めて彼らの歌に聞き惚れたとか。
真織の影響力は凄い。
皆の心にどんどんスピッツが入っていく。
:09/10/17 17:59
:N703iD
:OucnczyY
#81 [ぎぶそん]
「ライブでは何々演るの」
「内緒」
「『スカーレット』演ってよ」
「知ーらない」
「意地悪」
「あ。『放浪カナメはどこまでも』演ろっかなー」
「それを言うならカモメでしょ」
「『放浪カナメ』って良くね?足立さんのこと今からそう呼ぶわ」
「うるさい。年中ヤニ男」
私は彼の煙草の箱を中身ごとゴミ箱に入れた。
彼が「あ!」っと小さく悲鳴を上げると、取り乱すようにしてあさる。
「仲良いなあ」と椎橋君がにやけて呟く。
ここに来てずっと表情が硬かった長田君と小柴君も、特に「放浪カナメ」の下りで笑ってた。
:09/10/17 20:23
:N703iD
:OucnczyY
#82 [ぎぶそん]
食べ終わった後も、談笑は続いていた。
「彼らの一番の神曲って何だと思う?
とりあえず、『ロビンソン』のイントロは神がかかってるやろ」
椎橋君が煙草の灰を灰皿に落としながら皆に尋ねる。
「『猫になりたい』のイントロもなかなかの神だと思うよ」
あまり喋らない小柴君が強気に主張した。
「神曲となると『ガーベラ』か『楓』を俺は推すかなあ」
長田君が頬杖をついた状態で言う。
「はいはい!きりがないかやめましょ!結局もう全部神なんよ、神」
真織が両手を広げ割って入る。
その言葉に一同が頷いた。
:09/10/19 03:26
:N703iD
:C/V69ls2
#83 [ぎぶそん]
椎橋君たちがようやく腰を上げたのは、午後十時を過ぎたところだった。
三人に別れを告げ真織と二人きりになると、ベランダの窓を開け座り込む。
このシチュエーション、彼がここに来て何度目だろうか。
今となると、とても習慣づいたような気がする。
「良かったね。仲間が沢山出来て」
「まあね」
彼がケースからギターを取り出す。
今日は何を歌ってくれるんだろう。
「さっき小柴が『猫になりたい』なんて口に出したから、久しぶりに歌いたくなったわ」
彼が楽譜を広げ、その曲のページで動かす手を止める。
:09/10/19 18:02
:N703iD
:C/V69ls2
#84 [ぎぶそん]
「目を閉じて浮かべた密やかな逃げ場所は
シチリアの浜辺の絵ハガキとよく似てた
砂ぼこりにまみれて歩く
街は季節を嫌ってる
つくられた安らぎを捨てて
猫になりたい 君の腕の中
寂しい夜が終わるまでここにいたいよ
猫になりたい 言葉ははかない
消えないようにキズつけてあげるよ
猫になりたい 君の腕の中
寂しい夜が終わるまでここにいたいよ
猫になりたい 言葉ははかない
消えないようにキズつけてあげるよ」
:09/10/19 18:07
:N703iD
:C/V69ls2
#85 [ぎぶそん]
「西條って確かに見た目が派手で近寄りがたいかも知れないけど、実際はとてもいい奴だよ」
優哉が袖を捲りながら、彼女の私の前で他の女のことを誉める。
「そうね。彼女、風俗店で働いてるらしいし、男への接し方は熟知してるかもね」
「何それ。やってることで人のものさしを測るの?かなめってそんな奴だったっけ?」
温厚な彼がややむきになる。
「…何か最近二人で会っても楽しくないね」
そして、付け加えるように言った。
楽シクナイッテ何?
あなたが目の前の私をこれ一つも見てくれてないからじゃない…。
:09/10/19 18:43
:N703iD
:C/V69ls2
#86 [ぎぶそん]
真織の歌う歌を聴きながら、すっかり忘れていた過去のことを思い出した。
優哉と関係がこじれ始めた頃の出来事。
「人間は面倒臭い。猫に生まれてれば良かったかも」私は俯き加減でぼやく。
「でも、その人間じゃなかったらこうしてこの歌に感動することも出来なかった」
真織が白い歯を見せる。
あなた、最近私の前でよく笑うようになったね。
そうだね。人間として生まれて来なかったらあなたとも出会えてなくて、その上一つの音楽を共有することもなかった。
:09/10/19 19:30
:N703iD
:C/V69ls2
#87 [ぎぶそん]
一週間後。真織はアパートの近くの個別指導の塾でアルバイトをし始めた。
実際のところ、理学部に進学したのは高校の数学教師になりたかったかららしい。
今とは作家になる夢を優先したいから、大学生活の間に先生気分を味わっておくとか。
アルバイトが入ってる日、スーツ姿に着替えた彼はわざわざ私を広場に呼んで彼と同じサークルの皆の前で自分のネクタイを結ばせる。
輪の中にいるさりげない理香ちゃんの視線が痛い。
全く、どうせなら彼女に結んでもらえばいいのに。というかいい加減自分一人で結ぶようになって。
:09/10/20 23:10
:SH705i
:bX1zemXg
#88 [ぎぶそん]
その日の夜はテーブルに並んだ二種類のカップ麺を前に、彼が帰宅するのをTVゲームをしながらずっと待っていた。
一人で先に食べておくのも侘しいしね。
午後十時半過ぎ、玄関の鍵の開く音がした後に、黒のスーツ姿の彼が顔を現す。
「今日これ買って来た。後で一緒にやろー」
彼がリビングに腰を下ろすと、スーパーの袋から帰りがけに衝動的に買ったというしゃぼん玉セットを取り出す。
懐かしい。小学生の頃休み時間に校庭の隅で友達と一緒にやってたなあ。
それを目にしただけで、とても懐古な気持ちをくすぐられた。
:09/10/26 02:49
:SH705i
:qR2hLkuw
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