街がスカーレットに染まる時
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#11 [ぎぶそん]
「煙草吸ってもいいっすか?」
食後の彼が手持ちぶさたになった様子で、ズボンのポケットから煙草の箱とライターを取り出した。
「どうぞ。ご勝手に」
読んでいる雑誌に目を向けたまま、私は彼の要求を受け入れる。
しまった。未成年に向かって「どうぞ」なんて言ってしまった。
彼は慣れた手つきで吸い始め、豪快に口から煙を吐いている。
佳奈が異性の一番好きな仕草は、煙草を吸ってる時だって言ってたっけ。
私からしてみたら、煙草を吸う若者の九割がただのかっこつけにしか見えないけど。
:09/10/13 23:53
:N703iD
:oNHA7wXY
#12 [ぎぶそん]
毎週欠かさずチェックしているお笑い番組を観終わった後で、私は彼より先にお風呂に入った。
彼の為に久しぶりに浴槽を洗いその浴槽に湯をはったいうのに、後でいい、とそっけなく言われたので。
念のためと、普段掛けない脱衣室の鍵を掛けている自分がいた。
いつにも増して、今日の疲れはとにかくひどい。
大方は気疲れといった所か。
何も考えずに、長いこと湯船に浸かったままでいた。
:09/10/14 00:11
:N703iD
:Sv8iNI2o
#13 [ぎぶそん]
「出たよ。
湯が冷めない内に入ったら?」
テレビの隣にある棚から取り出したタオルで濡れた髪を拭きつつ、私は同じ空間にいる彼に声をかけた。
私の話が聞こえたのか、その彼はベランダのドアを開けて壁にもたれかかったまま、音量を気にしつつ弾き語りをしていた。
昼間私が部屋の隅に置いていた黒いギターケースが、彼の側で開いたままでいた。
乾いたギターの静かなアルペジオの音と、彼の小さな歌声が私の耳にも聴こえてくる。
:09/10/14 00:29
:N703iD
:Sv8iNI2o
#14 [ぎぶそん]
「離さない このまま時が流れても
ひとつだけ小さな赤い灯を
守り続けていくよ
喜び 悲しみ 心ゆがめても
寒がりな二人を暖めて
無邪気なままの熱で
乱れ飛ぶ声に かき消されて
コーヒーの渦に溶けそうでも
ゆらめく陽炎の向こうから
君が手を伸ばしたら
離さない 優しく 抱きしめるまで
何もかも忘れていられるよ
ほこりまみれの街で」
:09/10/14 00:39
:N703iD
:Sv8iNI2o
#15 [ぎぶそん]
「好きなの?スピッツ」
タオルを持つ手を動かしたまま、私は彼の側に座った。
「別に」
彼はをあぐらをかいた脚の上にギターを置き、近くにほっぽってあった煙草の箱に手をつけた。
嘘おっしゃい。
あんたのその性格に似合わない清涼感漂う歌声といい、明らかに全てがボーカルを意識したようなものじゃない。
きっと、少しでも理想に近づきたくて練習したんでしょ。
私はケースの中に入ってあった楽譜に映っているボーカルの横顔を見つめた。
:09/10/14 00:55
:N703iD
:Sv8iNI2o
#16 [ぎぶそん]
「曲名の『スカーレット』って何の意味?花の名前か何か?」
その楽譜を手に取り、彼がたった今歌った曲の項目のページを開いた。
とても綺麗なメロディーラインだと思うし、私も弾けるように練習してみようかな。
「緋色に近い色のことらしいよ」
彼が灰皿に煙草の灰を落とす。
「ふーん。赤っぽい色か」
頭の中で色を想像する。
「ぷっ。あはは」
突然、彼が笑い出した。
:09/10/14 01:05
:N703iD
:Sv8iNI2o
#17 [ぎぶそん]
「何?」
「いや、俺と同じように思ってた人がいるんだなあって思って。
後、あんた化粧してる時の顔と素顔が全く変わらなさすぎでウケる」
彼が煙草の煙でむせ返りながら笑い続ける。
私の眼を、ここに来て初めてまともに見てくれた瞬間。
「何よ!ちょっとあんたの足元にあるそいつを貸しなさいよ」
催促するように両手を伸ばす。
「弾けんの?」
私にギターを渡すと、彼が意地悪そうな笑みを浮かべる。
:09/10/14 01:19
:N703iD
:Sv8iNI2o
#18 [ぎぶそん]
「弾けない。教えて」
渡されたばかりのギターを彼に返す。
「ぷっ、何それ。
初心者向きの『チェリー』からでも練習してみれば?
一ヶ月もあれば弾けるようになるよ」
「歌って」
「気分じゃないからやだ」「歌ってよ」
しょうがねえなぁ、と言いながら煙草を灰皿に押し付けると、私のリクエストに応えて「チェリー」を歌いだした。
少しは彼とも打ち解けてきたかな、そう思いながら私は彼の歌を側で聴いていた。
:09/10/14 02:27
:N703iD
:Sv8iNI2o
#19 [ぎぶそん]
「やべぇ。今日こっちで寝具一式買うの忘れた」
風呂上がりの彼が、顔を歪ませて呟いた。
「はい、これ貸してあげる。今日寝る時はそれ使っていいよ」
私は彼にタオルケットを差し出し、リビングの中央にある長年愛用している白い折り畳みイスを指差した。
「明日の入学式は何時から?目覚ましセットしておく」
「九時半から入場だから、七時頃には目を覚ましたい」
私はベッドの備え付けに置いてあった置き時計を、明日の朝七時に鳴るように目覚ましの針を合わせた。
:09/10/14 02:42
:N703iD
:Sv8iNI2o
#20 [ぎぶそん]
彼に了承を取り、部屋の電気を消した。
長い一日がようやく幕を閉じる。
「これ、なかなか寝心地いいんだけど。
布団買う手間省けそう」
真っ暗闇の中の彼のユーモラスな発言に、私は声を出して笑った。
「…大学ってどんな感じ?」
私の笑いがおさまると、次はこんな質問をしてきた。
気になるんだ。
真織君も明日から大学生の仲間入りだしね。
「少なくとも共同生活よりは、神経を張り巡らす必要がない所だよ」
私は自分で言った台詞に対してふふふと少しだけ笑った。
:09/10/14 02:57
:N703iD
:Sv8iNI2o
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