<<来栖>>
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#102 [nanoka]
まれに初めて店に来たお客さんでも店内と外の空気の違いに気付くこともある。
「あれっ?」
市原さんが初めて店に来た時の第一声はそれだった。
:09/10/19 18:59
:P906i
:SzarbkRI
#103 [nanoka]
その時俺は入り口のドアに一番近いテーブル席の片付けをしていた。
「どうかされました?」
見慣れない顔の市原さんに探りを入れるように、俺は声をかけた。
:09/10/19 19:01
:P906i
:SzarbkRI
#104 [nanoka]
「いや…あの、すぐ戻って来るから一瞬外に出てきていいかな?」
と、全く意味のわからないことを言い出した市原さんに俺は小さく「どうぞ」と答えた。
カクテルのボトルを拭いていた蒼井さんに目をやると、入れていいよと許可するように微笑んでいた。
:09/10/19 19:05
:P906i
:SzarbkRI
#105 [nanoka]
ほんとに一瞬で戻って来た市原さんは、外に出た理由について何の説明もしずに
「カウンター席、座っていいかな?」
と、俺に訊いた。
:09/10/19 19:07
:P906i
:SzarbkRI
#106 [nanoka]
俺はいつもそうするように椅子を少し引いて
「どうぞ」
と、席へ案内した。
30分くらいかな。市原さんは黙ったまま携帯を触ったりしながら飲んでいた。
:09/10/19 19:10
:P906i
:SzarbkRI
#107 [nanoka]
市原さんに対して少し不信感を抱いていた俺は、気付かれない程度にチラチラと市原さんを観察していた。
黒のスーツ。仕事終わりなのかネクタイはしていなかった。
髪は茶色で短髪。歳は20代後半だろうか。ごく普通のサラリーマンに見えた。
:09/10/19 19:13
:P906i
:SzarbkRI
#108 [nanoka]
一時間くらい経ってから、ようやく市原さんは口を開いた。
少し赤みがかった頬になり目も心なしかトロンとしていた。
お酒はあまり強くないようだった。
:09/10/19 19:15
:P906i
:SzarbkRI
#109 [nanoka]
「静かでいいな、この店」
俺にではなく、正面に立っていた蒼井さんに向けられた言葉だった。
「ありがとうございます」
蒼井さんはお得意の微笑みを返しながらそう答えた。
:09/10/19 19:18
:P906i
:SzarbkRI
#110 [nanoka]
「最近、うるさくてちょっと寝不足なんだ」
と、市原さんは目を擦った。
「近所で工事でもやってるんですか?」
:09/10/19 19:20
:P906i
:SzarbkRI
#111 [nanoka]
「あぁ…まぁそんなとこかな」
一瞬の間、俺は眠れない理由は工事じゃないんだろうなと思った。
サラリーマンが寝る時間帯にやる工事なんてそうそうあるわけもないし。
:09/10/19 19:23
:P906i
:SzarbkRI
#112 [nanoka]
「それは大変ですね」
と答えたきり蒼井さんが再び黙ると、市原さんは心を決めたという感じで
「ほんとは…」
と、口を開いた。
:09/10/19 19:24
:P906i
:SzarbkRI
#113 [nanoka]
「耳鳴りが酷いんだ。眠れないくらい」
病院行けばいいのに。って単純な俺とは逆に蒼井さんは真剣な表情をしていた。
「でも不思議なことにこの店入った瞬間、ピタッと耳鳴りが収まったんだ」
:09/10/19 19:27
:P906i
:SzarbkRI
#114 [nanoka]
あぁ、だから…。と俺は妙に納得した。
急に耳鳴りが止まったから驚いた顔をしてたのか。
「治ったのかとビックリして一度外に出てみたんだけど治ってはないみたいだ」
:09/10/19 19:30
:P906i
:SzarbkRI
#115 [nanoka]
耳鳴りについて説明を終えた市原さんは最後に独り言のように
「ここから出たくない」
と、呟いた。
:09/10/19 19:32
:P906i
:SzarbkRI
#116 [nanoka]
「耳鳴りがする時って…」
蒼井さんが口を開くと、市原さんが項垂れていた頭を少し上げた。
「近くに霊がいるって話は聞いたことありますか?」
:09/10/19 19:34
:P906i
:SzarbkRI
#117 [nanoka]
「え…」
市原さんは一瞬面食らったような顔をしたが、すぐに
「よくある都市伝説みたいなもんだろ」
と、笑った。
:09/10/19 19:35
:P906i
:SzarbkRI
#118 [nanoka]
「その話、あながち間違いではないんですよ」
「えっ?」
「正確には霊が喋っている声なんですけどね」
こんな話をしている時でも蒼井さんは笑顔を絶やさない。
:09/10/19 19:38
:P906i
:SzarbkRI
#119 [nanoka]
「ただ霊の声って普通の人にはうまく聞き取れないことが多いんですよ。耳鳴りみたいな“音”としてしか変換できないんです」
俺は市原さんの顔色を伺うように視線を移した。
:09/10/19 19:41
:P906i
:SzarbkRI
#120 [nanoka]
蒼井さんの話って単純に言えばあなたに霊が憑いてますよってことだから。
そんなこといきなり言われたら、若めのお兄ちゃんなら怒り出すんじゃないかとて心配だった。
でも俺のそんな心配は取り越し苦労に終わった。
:09/10/19 19:43
:P906i
:SzarbkRI
#121 [nanoka]
市原さんは真剣な表情で蒼井さんの話を聞いていた。
「じゃあずっと霊が俺に話しかけてるってことか?」
その言い方は何だか心当たりがあるようなそんな感じ言い方だった。
:09/10/19 19:47
:P906i
:SzarbkRI
#122 [nanoka]
「えぇ、おそらく」
「何て言ってるんだ!?」
その質問に蒼井さんはちょっと困った顔をした。
「店の外なのでよく聞こえないんですよ」
:09/10/19 20:00
:P906i
:SzarbkRI
#123 [nanoka]
意味がわからないという顔をした市原さんに、蒼井さんは説明を続けた。
「僕がいると霊が近くに来れないみたいなんです」
普通なら笑い飛ばされそうな話だが、蒼井さんが言うと真実に聞こえるから不思議だ。
:09/10/19 20:06
:P906i
:SzarbkRI
#124 [nanoka]
まぁ真実なんだけど。
「だからここは静かなんだ…」
市原さんも納得したように頷いていた。
でも市原さんには納得するに至った別の理由があった。
:09/10/19 20:07
:P906i
:SzarbkRI
#125 [nanoka]
事の始まりは市原さんが友人の部屋に泊まりに行ったことらしい。
「終電なくなっちゃったし泊めてくれ」
市原さんの言葉にそれまで陽気に飲んでいたその友人は渋い顔で言ったらしい。
:09/10/20 17:24
:P906i
:XhA/sXmE
#126 [nanoka]
「泊めるのはいいけど絶対に窓の外を見るなよ」と。
訳がわからず理由を聞いても答えてくれなかったらしい。
「まぁ夜中だったし窓開けることもないだろうと深くは追及せずに泊めてもらうことにしたんだ」
:09/10/20 17:29
:P906i
:XhA/sXmE
#127 [nanoka]
ポツポツと語り始めた市原さんの話に、いつの間にか俺は夢中になっていた。
「その晩は散々飲んだ後だったし、シャワーだけ借りてすぐに寝たんだ」
友人がベッド、市原さんはソファーに横になった。
:09/10/20 17:32
:P906i
:XhA/sXmE
#128 [nanoka]
「目が覚めたら朝だった。携帯を確認したらまだ7時前だった」
休みなのに早く起き過ぎてしまったな、とまだベッドで寝息を立てている友人を見ながら思ったらしい。
同じく休日の友人を早くから起こすのも悪いし、かといって黙って帰るのも気がひけた、と市原さんは語った。
:09/10/20 17:36
:P906i
:XhA/sXmE
#129 [nanoka]
「とりあえず一服しながら考えようと煙草を手に取ったんだけど…」
そこで友人が煙草を吸わないことを思い出したらしい。
部屋を見回したが灰皿も置いていなかった。
:09/10/20 17:37
:P906i
:XhA/sXmE
#130 [nanoka]
非喫煙者の部屋で吸うのはどうかと考え、気を遣ってベランダに出たらしい。
「すっかり忘れてたんだ。窓の外を見るなって言われてたこと」
ベランダに出て空き缶片手に煙草を吸ったと話している市原さんの顔はどこか不安そうに見えた。
:09/10/20 17:43
:P906i
:XhA/sXmE
#131 [nanoka]
ベランダからは川が見えたという。マンションと平行に流れる川。
「犬の散歩をしてる人なんかもいて、いい所だなーと思いながらしばらく景色を眺めてたんだ」
:09/10/20 21:13
:P906i
:XhA/sXmE
#132 [nanoka]
おそらくその時もそうしていたのだろう。
市原さんは火をつけたままの煙草を指にはさみ、カウンターの向かいの壁に並べられたお酒のボトルを眺めていた。
「俺から見て右側に橋があったんだけど…高さはちょうど高速道路くらいの高さだったと思う」
:09/10/20 21:21
:P906i
:XhA/sXmE
#133 [nanoka]
「その橋の上に女の子が立ってたんだ。女の子っていっても高校生くらいかな」
話を聞きながら俺は頭の中でその女の子をイメージしていた。
:09/10/20 21:31
:P906i
:XhA/sXmE
#134 [nanoka]
「こんな時間から一人で何やってるんだろう?ってのが最初の印象かな」
市原さんの話では、その子は犬を連れてるわけでもなくただ橋に立っていただけらしい。
「それでどうなったんですか?」
:09/10/20 21:42
:P906i
:XhA/sXmE
#135 [nanoka]
聞き耳を立てていることは隠していたはずなのについ口にしてしまった。
「え?あぁ…それでその女の子がな…」
突然俺に話しかけられた市原さんは面食らった顔をしながらも話を続けた。
:09/10/20 21:49
:P906i
:XhA/sXmE
#136 [nanoka]
「こっちに向かって手を振ってきたんだ。最初は俺の他にもベランダに出てる奴がいるんだと思ったんだ。その子の友達とかな」
でもその視線はどう考えても自分に向けられているように思えたらしい。
:09/10/20 21:52
:P906i
:XhA/sXmE
#137 [nanoka]
「違ったら恥ずかしいな何て考えながら俺も手を振ってみたんだ」
するとその女の子は、さっきよりも大きく手を振り返してきたらしい。
「あ、やっぱり俺にだったんだってちょっと嬉しくなって俺も大きく手を振ったんだ」
:09/10/20 21:55
:P906i
:XhA/sXmE
#138 [nanoka]
「そしたらその子が何か叫んだんだ。でもうまく聞き取れなくて俺も叫んだんだ。え?何ー?って」
その市原さんの声で寝ていた友人が目を覚ましたらしい。
「ベランダにいる俺の姿を見るなりそいつすげー勢いで怒鳴ってきてさ」
:09/10/20 21:59
:P906i
:XhA/sXmE
#139 [nanoka]
その時になってようやく市原さんは、友人から窓の外を見るなと言われていたことを思い出したらしい。
「でももう見ちゃった後だし何も変なとこないじゃんって俺笑ったんだ」
それでも友人は早く中に入れって市原さんの腕を引っ張ったという。
:09/10/20 22:02
:P906i
:XhA/sXmE
#140 [nanoka]
「とりあえず落ち着かせようと女の子といいとこだからお前も来いよって言ったんだ」
そう言いながら視線を女の子のいた橋に戻した時だった。
市原さんの見ている前でその子は川に飛び込んだ。
:09/10/20 22:05
:P906i
:XhA/sXmE
#141 [nanoka]
驚いて一瞬、力が緩んだ。と市原さんは言った。
そのタイミングを逃さず友人は市原さんを部屋に引っ張っりこんだらしい。
「何するんだよってさすがに俺も怒ったんだ。女の子が川に飛び込んだんだぞって」
:09/10/20 22:09
:P906i
:XhA/sXmE
#142 [nanoka]
「そしたらそいつ俺の倍くらいの剣幕で怒鳴ってきたんだ。だったら川見てみろよ!あれが人間に見えるか!?って」
言われるままに川を見た市原さんの目に飛び込んできたのは、人とは思えないスピードで川を泳ぐ何かだった。
:09/10/20 22:16
:P906i
:XhA/sXmE
#143 [nanoka]
「一瞬で全身に鳥肌がたったよ。だってその尋常じゃないスピードのそれ、明らかに俺らの方に向かって来てたんだ」
本気でヤバいと感じた市原さんは慌てて窓を閉めたらしい。
:09/10/20 22:20
:P906i
:XhA/sXmE
#144 [nanoka]
「まぢで焦ったよ!だって窓閉めてる時にはもう川から上がってすぐ側まで来てたんだからな」
市原さんが窓を閉めたのとほぼ同時にバンッ!!という窓に何かがぶつかる音がした。
「間一髪じゃないですか!まぢ怖いっすね!!」
:09/10/20 22:27
:P906i
:XhA/sXmE
#145 [nanoka]
バーににつかない口調にか俺のテンションにかはわからないが、市原さんは初めて笑顔を見せた。
「お前チキンだろ?」
という質問に、俺は苦笑するしかなかった。
:09/10/20 22:29
:P906i
:XhA/sXmE
#146 [nanoka]
話し終えて少し気が楽になったのか、市原さんは
「あーっっ!」
と大きな声を出した。
正直あの時の市原さん、おかしくなっちゃったのかと思った。
:09/10/20 22:32
:P906i
:XhA/sXmE
#147 [nanoka]
俺が呆気にとられていると市原さんは
「あ、悪い悪い」
と、笑った。
それから煙草に火をつけてゆっくりと言った。
:09/10/20 22:33
:P906i
:XhA/sXmE
#148 [nanoka]
「この店から出たくないなーと思って、ね」
その言葉に返事をしたのは蒼井さんだった。
「よろしければ…」
:09/10/20 22:37
:P906i
:XhA/sXmE
#149 [nanoka]
そう言って蒼井さんが差し出したのは、小さなビー玉のようなものだった。
ビー玉よりだいぶ小さくてどちらかといえば…
「…数珠?」
呟くように市原さんはそう言った。
:09/10/20 22:43
:P906i
:XhA/sXmE
#150 [nanoka]
「耳栓がわりに」
短くそう言うと、蒼井さんは例の微笑みを振り撒いた。
「どゆこと?」
市原さんに訊かれ、俺はたどたどしい説明を付け加えた。
:09/10/20 22:50
:P906i
:XhA/sXmE
#151 [nanoka]
「多分ですけどそれいつも蒼井さんがつけてる数珠なんです」
「それをバラしたのがこの玉ってこと?」
「はい。で、蒼井さんは霊をはね除けるってゆうか、何かそうゆう力があるので…」
:09/10/20 22:55
:P906i
:XhA/sXmE
#152 [nanoka]
「なるほど!」
ほんとに理解できたのかは謎だけど市原さんはそう言って立ち上がると
「今日は帰るよ」
と、すでに財布を手に会計を急かした。
:09/10/20 22:58
:P906i
:XhA/sXmE
#153 [nanoka]
「百聞は一見に如かず!」
などと手をヒラヒラさせながら店を出た市原さんが再び店に来たのは、一週間後のことだった。
二回目にもかかわらず常連さんみたいな態度でカウンターに座った。
:09/10/20 23:02
:P906i
:XhA/sXmE
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