<<来栖>>
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#169 [nanoka]

蒼井さんはじゃんけんが強い。

というよりも俺は蒼井さんが負けてるところを一度も見たことがない。

うちの店は基本的に常連さんが多く、滅多にお酒の味や料金に文句を言ったり…というような揉め事はない。

⏰:09/10/22 17:43 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#170 [nanoka]

でもバーという店の性質上たまに酔っ払って、そういうことを言い出すお客さんもいる。

そんな時、蒼井さんはいつもじゃんけんをする。

「では僕とじゃんけんしませんか?」

⏰:09/10/22 17:45 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#171 [nanoka]

お客さんの言い分を全部聞いた後、蒼井さんはそう口にする。

呆気にとられたお客さんに蒼井さんは

「僕が負けたら料金はただにさせていただきます」

と、微笑むのだ。

⏰:09/10/22 17:47 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#172 [nanoka]

その日来ていたお客さんは店に入って来た時から足元がふらつくほど酔っていた。

見た目からしてその筋の人というか、そんな感じだった。

俺がちょっとビビっていたのは言うまでもないだろう。

⏰:09/10/22 17:49 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#173 [nanoka]

ケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろうかだっけ?そんなセリフが似合う人だった。

歳は多分30代前半なのだけど、声にも態度にも迫力があった。

そのせいか、30分も経たないうちにお客さんはその強面さんだけになってしまった。

⏰:09/10/22 17:53 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#174 [nanoka]

俺がビビっているのが伝わったのか、会計は蒼井さんが担当してくれた。

俺は何とも情けないような申し訳ないような気持ちで2人を見ていた。

計算を終え伝票を差し出した時になってその男性が怒り始めた。

⏰:09/10/22 17:58 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#175 [nanoka]

「一杯しか飲んでいないのに高すぎる」

とかそんなようなことを怒鳴っていた。

実際には六杯ほど飲んでいたので、実に理不尽で無茶苦茶な言い分だ。

⏰:09/10/22 18:12 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#176 [nanoka]

「この店はぼったくりだって言いふらずぞ」

などと散々怒鳴り散らした後、蒼井さんの顔を睨み付けた。

蒼井さんはいつものように微笑んでいた。

⏰:09/10/22 18:14 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#177 [nanoka]

「それは困ります。そんな噂がたったらお客さん来なくなってしまいます」

蒼井さんの言葉に男はそうだろうというように頷いた。

「でも料金を払っていただけないと、それはそれで困ります。お店つぶれてしまいます」

⏰:09/10/22 18:18 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#178 [nanoka]

蒼井さん、それは遠回しにお金払えって言ってるのと同じですよ!ってかなり焦った。

でも蒼井さんは微笑みを絶やすことなく続けた。

「だからじゃんけんで決めませんか?」

⏰:09/10/22 22:43 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#179 [nanoka]

「じゃんけん?」

「はい。僕が負けたら料金は支払わなくて結構です。でも僕が勝ったら…」

蒼井さんの言葉を最後まで聞かずに男は声をあげて笑い始めた。

⏰:09/10/22 22:45 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#180 [nanoka]

「兄ちゃん面白いな。ヤクザ相手にじゃんけんとは」

あぁ、やっぱりそっち系の方でしたかと思っているうちにじゃんけんが始った。

もちろん勝ったのは蒼井さんだ。

⏰:09/10/22 22:47 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#181 [nanoka]

でも諦めの悪いその男は

「三回勝負だった」

「五回勝負って言ったよな?」

と、じゃんけんを繰り返した。

⏰:09/10/22 22:49 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#182 [nanoka]

結局、蒼井さんが通算27勝目をあげ

「何で一回も勝てないんだ?」

と男が口にするまで、じゃんけんは続いた。

⏰:09/10/22 22:51 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#183 [nanoka]

じゃんけんとは言え27回もやると疲れるようだ。

男にはさっきまでの威勢の良さがなくなり、ただただ不思議だと呟いていた。

「僕じゃなくて後ろの人が凄いんです」

⏰:09/10/22 22:53 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#184 [nanoka]

「後ろって…」

と、男は蒼井さんの後ろを見た。

当たり前だけど何も見えなかったようだ。

⏰:09/10/22 22:58 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#185 [nanoka]

「平たく言えば物凄く強運な守護霊といったところですかね」

それは俺も初めて聞く話だった。

「じゃあパチンコや競馬も負けないのか?」

⏰:09/10/22 23:01 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#186 [nanoka]

男の質問に蒼井さんは少し苦笑しながら

「自分の欲の為に使うことはできないんですよ」

と、答えた。

⏰:09/10/22 23:02 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#187 [nanoka]

意外にも蒼井さんの話を疑うことのない様子の男に、俺はこっそり胸を撫で下ろした。

「いいことばかりでもないですけどね。おかげで霊も視えますし…」

色々と質問をしていた男が一番食い付いた言葉だった。

⏰:09/10/22 23:05 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#188 [nanoka]

「じゃあ俺に憑いてるものが視えるのか!?」

少し身を乗り出して男はそう訊いた。

蒼井さんは微笑むと、はいと短く答えた。

⏰:09/10/22 23:07 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#189 [nanoka]

「どんな奴だ!?俺に憑いてるのは!?」

何か思い当たることでもあるのか、男の眼差しは真剣だった。

「憑いてはいますけど悪いものではないですよ」

⏰:09/10/22 23:09 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#190 [nanoka]

蒼井さんの答えが不満だったのか、男は納得いかないといった顔で煙草に火をつけた。

「間違いなく何か悪いものが憑いている」

と言い張る男は、最近起こった異変について話始めた。

⏰:09/10/22 23:13 📱:P906i 🆔:TiXHFAh.


#191 [nanoka]

「絶対何かいるんだよ!最近俺、その何かにすっげー頭叩かれるんだ」

思わず「へ?」と間抜けな声が出てしまった。

睨み付けられた俺にはそれだけ?と聞き返す勇気はなかった。

⏰:09/10/23 23:27 📱:P906i 🆔:V9FMlRY2


#192 [nanoka]

「最初は気のせいかとも思ったんだけど、間違いなく叩かれてるんだ」

そう言って男は自分の後頭部を撫で下ろした。

「パーで平手打ちされたみたいな感じかな。でも振り向いても誰もいないんだよ。な?怖いだろっ?」

⏰:09/10/23 23:39 📱:P906i 🆔:V9FMlRY2


#193 [nanoka]

男に同意を求められ、俺は微妙に視線をそらした。

怖い話ならたくさん聞いてるし、正直他の人の話の方が何倍も怖かった。

でもその男にしてみたら、かなり怖いことらしく怖いだろ?と繰り返していた。

⏰:09/10/23 23:47 📱:P906i 🆔:V9FMlRY2


#194 [nanoka]

何度目かに男が怖いという単語を口にした時だった。

不意に蒼井さんが笑った。

笑ったのだ。いつもの微笑む方じゃなくて「ははっ」って声に出して。

⏰:09/10/23 23:54 📱:P906i 🆔:V9FMlRY2


#195 [nanoka]

蒼井さんがそんな風に笑うのを見るのはその時が初めてだった。

「何がおかしいんだ?」

蒼井さんに笑われたことがムカついたのか、止める暇もなく男は蒼井さんのシャツを掴んだ。

⏰:09/10/23 23:58 📱:P906i 🆔:V9FMlRY2


#196 [nanoka]

胸ぐらを掴むって光景を目にしたのも、あの時が初めてだった。

「痛っ!」

胸ぐらを掴んでいるのは男なのに、そう口にしたのはその男だった。

⏰:09/10/24 00:04 📱:P906i 🆔:pqfYGj1o


#197 [nanoka]

すでに蒼井さんから手を離し、殴られた(らしい)頭を押さえながら

「な?今見ただろ?」

と、今度は俺に詰め寄ってきた。

⏰:09/10/24 00:07 📱:P906i 🆔:pqfYGj1o


#198 [nanoka]

何だかもうただのおかしい人にしか見えなかった。

「覚えてませんか?」

そう訊いたのは蒼井さんだった。

俺と男の視線が蒼井さんに集まった。

⏰:09/10/24 00:16 📱:P906i 🆔:pqfYGj1o


#199 [nanoka]

「そんな風に頭を叩かれて怒られたこと、覚えてませんか?」

蒼井さんの言葉に男はしばらく考えてから問い返すように呟いた。

「ば…ばあちゃん…?」

⏰:09/10/24 00:22 📱:P906i 🆔:pqfYGj1o


#200 [nanoka]

「怒ってますよ、人の道に外れたことばかりしてるって。それから…」

蒼井さんは微笑みながら続けた。

「すごく心配してますよ。そんなことばかりしていたら長生きできないって」

⏰:09/10/24 00:24 📱:P906i 🆔:pqfYGj1o


#201 [nanoka]

これは後になって聞いた話なんだけど、頭を叩かれたのは何か悪いことをした時ばかりだったらしい。

男を心配したおばあちゃんなりのお仕置きだったようだ。

危害を加えるどころか心配して見守ってくれていたおばあちゃんを怖がっている男の姿に堪えきれず蒼井さんは笑ってしまったらしい。

⏰:09/10/24 00:28 📱:P906i 🆔:pqfYGj1o


#202 [nanoka]

「だから悪いものではないって言ったんですね」

男が帰った後、ようやく静かさを取り戻した店内で俺は蒼井さんにそう声をかけた。

「はい。僕、嘘はつきませんよ」

⏰:09/10/24 00:39 📱:P906i 🆔:pqfYGj1o


#203 [nanoka]

そう言って微笑んだ後

「それに悪いものなら店の中には入って来れませんから」

と、説明してくれた。

「じゃあ今回みたいに守護霊みたいなものは中に入ってきてるんですか?」

⏰:09/10/24 00:41 📱:P906i 🆔:pqfYGj1o


#204 [nanoka]

「そうですね。僕の後ろの方も店の中にいますし」

「蒼井さんの後ろの方ってどんな人なんですか?」

俺の質問に、蒼井さんは

⏰:09/10/24 00:43 📱:P906i 🆔:pqfYGj1o


#205 [nanoka]

「内緒です」

と、笑った。

「さっきも言いましたけど僕、嘘はつかないんです。だから秘密が多いんですよね」

⏰:09/10/24 00:45 📱:P906i 🆔:pqfYGj1o


#206 [nanoka]

嘘をつかないことやじゃんけんが異常に強いことも全部後ろの方の影響なのだろうか。

でも何となくそれ以上は聞けなかった。

聞いても教えてくれないだろうなって予感もあったし。

⏰:09/10/24 00:47 📱:P906i 🆔:pqfYGj1o


#207 [nanoka]

だからかわりに

「俺の後ろにもいます?」

って訊いてみた。

蒼井さんの答えはイエスだった。

⏰:09/10/24 00:48 📱:P906i 🆔:pqfYGj1o


#208 [nanoka]

「どんな人ですか?」

って訊いた後で

「あっ!やっぱりいいです。訊くのやめます」

と、自分で拒否してしまった。

⏰:09/10/24 00:49 📱:P906i 🆔:pqfYGj1o


#209 [nanoka]

だってちょっと怖いじゃん。自分の守護霊について訊くのって。

だからいまだに、俺の後ろの方も蒼井さんの後ろの方も謎のままだ。

いつか蒼井さんが自分から話してくれる日が来るのかな。

⏰:09/10/24 00:51 📱:P906i 🆔:pqfYGj1o


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