大量生産の屑みたいな短編集
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#1 [我輩は匿名である]
屑みたいな短編集です。文才ありません。
□ 目次
■ のっぺらぼうの国
■ もし傘を貸さなかったら
■ 最低最悪のトンネル
■ ランチルームの怪奇
■ 新聞から始まった再会と別れ
■ 青汁
■ 香川人の野望
:11/02/01 22:41
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#2 [のっぺらぼうの国(1)]
◆のっぺらぼうの国
国民がのっぺらぼうになった国があった。すぐに調査チームが組まれ、派遣された。その国は一党独裁の国で将軍が調査チームの派遣を何度か断ったが、将軍の側近がのっぺらぼうになっていったものだから、将軍は怖くなって調査チームの派遣を受け入れた。私はその調査チームの一人だ。
まずのっぺらぼうについて調べた。のっぺらぼうになっても呼吸はできるし、視覚も生きていて言葉を喋ることもできる。口を開いて物を食べることもできる。
医療チームはのっぺらぼうの死体を解剖したが原因はわからなかった。生物兵器やウィルスではない。医療チームはお手上げだった。
:11/02/01 22:47
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#3 [のっぺらぼうの国(2)]
三日間のっぺらぼうの国に居てわかった事。のっぺらぼうになった者は心を失っていた。操り人形のように仕事をして、ご飯を食べて、そして寝る。無駄なことは言わなかったし、しなかった。
調査は難航した。言葉は喋れても手かがりは一切出てこない。
一週間調査をしたが、何もわからず調査チームは一旦のっぺらぼうの国から引き上げることになった。しかし私は無理を言って留まった。まだ調査が足りない。
結局調査チームは私を残して引き上げた。みんな怖くなったのだ。
:11/02/01 22:49
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#4 [のっぺらぼうの国(3)]
私は一人で自分流のやり方で調査することにした。
まずのっぺらぼうに日記を書いてるか訊いて回った。
のっぺらぼうは「書いてる」と素っ気なく言う。
「良かったら見せてくれませんか?」
「構わない」
そして私は集めた日記を読み進めた。
××月××日
畑が獣に荒らされていた。面倒だが対策を打った。これで効果がなかったらお手上げだ。兵士に獣の駆除依頼をするしかない。受けてくれるかわからないが……。
そういえば民主化運動のデモはどうなったのだろう? デモなんかでこの国に民主化が訪れるとは思わない。捕まって重労働の刑を受けるだけだ。嫌になるね、ほんと。
:11/02/01 22:50
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#5 [のっぺらぼうの国(4)]
××月××日
獣対策はうまくいった。これで畑は大丈夫だ。泥棒でも入らなければ良いんだけど。
民主化のデモは解散させられたらしい。リーダー格の……や、中心人物らは重労働に課せられたようだ。やはりな。分かりきってたことだ。なのになんでデモなんかするんだろう? 私には理解できない。
××月××日
変な噂を耳にした。のっぺらぼうが現れたらしい。それも沢山。馬鹿げた話だ。
××月××日
畑仕事をした。
:11/02/01 22:50
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#6 [のっぺらぼうの国(5)]
意外と民主化運動のデモは国民の関心を得ていた。そしてある日を境に(一日二日のズレはあるが)日記は心を亡くしていた。
私は調べ上げる内にあることに気が付いた。民主化運動に参加した者たちは揃って一日早くのっぺらぼうになっているのだ。
そして私はある仮説を組み立てた。
将軍の豪邸に赴く。兵士や側近は揃ってのっぺらぼうになっていた。
将軍はげっそりしていた。肉が落ちている。かつての威光は見られない。
「何かわかったかね? 解決方法は?」
「将軍、これから話す内容は一つの仮説です。将軍の気を悪くしてしまうかもしれません」
「解決方法がわかったのか?」
「仮説をお話しします」
私が強調して言うと将軍は黙った。私は言った。
:11/02/01 22:52
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#7 [のっぺらぼうの国(6)]
「将軍は何らかの手を使って人々から心を奪ったんじゃないですか?」
「何故私がそんなことをする」
「民主化のデモを鎮静化させるため、ではないですか?」
将軍は黙っていた。眉間にしわを寄せ、厳しい表情を作る。
「私はやってない」
「将軍、最近鏡を見ましたか?」
「見とらん。鏡は嫌いなんだ」
「将軍、のっぺらぼうになりかけてますよ」
将軍は自分の顔を両手で撫で回した。
「私がのっぺらぼう? 嘘だ! 嘘だ! おい出てこいのっぺらぼう! 私の顔を返せ! 心を返せ!」
将軍は何者かに怒鳴り散らした。将軍の目の先には誰かがいるようだ。将軍の言葉からすると、人々をのっぺらぼうにした者だろう。
「将軍、心の無い者と接すると心を失うんですよ。それがわかったでしょう」
:11/02/01 22:52
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#8 [もし傘を貸さなかったら(1)]
◆もし傘を貸さなかったら
馬鹿みたいに暑い。もわっとした厚い空気が息苦しさを助長する。スーツからは汗の嫌な匂いがする。
私は会社帰りで駅を出ようとしていた。するとバケツをひっくり返したような激しい雨が勢いよく地面を叩いた。強めのシャワーだ。自然が生み出したシャワー。
私は鞄から折りたたみ傘を取り出した。夏の必需品だ。夕立はいつも突然現れる。そして気が済むまで雨を降らす。しかし折りたたみ傘があれば問題ない。
私は周りを見た。思った程多くの人が傘を持っていた。
:11/02/01 22:56
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#9 [もし傘を貸さなかったら(2)]
そんな中、魅力的な女性が暗い表情を浮かべながら雨を眺めていた。時々雲の様子を見て雨が止むのを待っている。
魅力的……なにが魅力的なのかはわからない。鼻は低く、目は少し離れていた。美人と言われるような人じゃなかった。それでも私は魅力を感じた。暗い顔をしていて飛びっきり良い顔をしているというわけでもないのに。
僕は彼女に歩み寄った。そして意を決して話しかけた。
「良かったら使ってください」
そう言って傘を差し出す。彼女は驚き、そして戸惑いながら「いやいいですよ。すぐ止むと思うので。お気遣いありがとうございます」と言った。
:11/02/01 22:56
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#10 [もし傘を貸さなかったら(3)]
普段なら引き下がる。いや、話しかけたりもしない。でもなんだか今日は違った。私は話しかけなくてはならない。そして傘を貸さなくてはいけないんだ。
「安物なんですよ。遠慮なく使ってください」
私は傘を差し出す。面倒だと思ったのかわからないが、彼女は傘を受け取った。
「じゃあ使わせて頂きます」
「ありがとう」
ありがとう? なんだか馬鹿みたいだ。でも嬉しかった。彼女と話せて、そして傘を受け取って貰えて。彼女は笑った。
:11/02/01 22:57
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#11 [もし傘を貸さなかったら(4)]
「こっちの台詞ですよ」
「そうでしたね」
そして私たちは別れた。私は鞄を傘代わりにしてシャワーの中を駆け抜けた。
変な人だと思われただろうか? まあそうだと思われても良い。彼女と少しでも話せて良かった。傘一本で話すことができたのだ。安い物だ。
:11/02/01 22:58
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#12 [もし傘を貸さなかったら(5)]
一週間くらいしてまた駅で彼女に会った。彼女から寄ってきてお礼を言った。そして傘を返してくれた。
「そこでコーヒーでも飲みませんか? お礼をさせてください」
「お礼なんていいですよ。私が勝手にしたことなので」
「じゃあ話だけでもしませんか?」
:11/02/01 22:58
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#13 [もし傘を貸さなかったら(6)]
私は頷いた。そして喫茶店に入り、コーヒーを飲みながらちょっとした話をした。そして私たちは別れた。
まさかまた彼女と話せるなんて思いもしなかった。実に良い時間だった。魅力的な女性と飲むコーヒーは格段にうまい。
私は思った。やはり傘を貸して良かったな、と。そして思った。あの場面でもし傘を貸さなかったら今の私は居ないんだな、と。
:11/02/01 22:58
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#14 [最低最悪のトンネル(1)]
◆最低最悪のトンネル
2012年世界は終末を迎えるらしい。そんな都市伝説を耳にした。結構。終わってくれ。あらゆる生命を死滅させ、不公平なこの世を木っ端微塵にしてくれ。欲を言うならば今そうしてほしい。
何故か? この世界から消え去りたいからだよ。わざわざ自殺しないで済む。不公平な世の中なんだ。最後くらい公平に死のうじゃないか。そうなったら素敵だと僕は思う。世界は最後に公平になるんだ。金持ちも貧乏も、顔の整った人も不細工な人も、背が高い人も低い人も、大人も子供も、女も男も、みんないっぺんに死ぬ。
:11/02/01 23:02
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#15 [最低最悪のトンネル(2)]
平等に苦しみながら(苦しむ暇なんてないかもしれない)死ぬ。
強い風が吹いた。どうせならもっと強力な突風が吹けば良いのに。それも後ろから。そうすれば僕は覚悟を決める間もなくこの屋上から飛び降りることができた。
怖い。地面に身体が叩きつけられる瞬間、想像を絶する痛みが身体の中を駆け巡るんだろうな。そう思うとあと一歩が出ない。怖い。
僕は気持ちを落ち着かせるため、一旦腰を下ろした。
:11/02/01 23:02
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#16 [最低最悪のトンネル(3)]
死ねば地獄から解放される。痛みはひどくキツいだろうが一瞬だ。このままちびちびと痛みを加えられるより良いだろ? それに精神的ダメージからも解放される。
死ねば楽になる!
僕は立ち上がった。拳を強く握る。息を飲む。いけるか? いける! 飛べる!
「止せよ」
なんだ? 後ろから声がした。僕は振り返る。
そこに居たのは、人間ではなかった。人の形はしていた。それでも人間じゃなかった。全身真っ黒で目や口のない不気味な生き物……。黒い物体……。僕の足から伸びたそれはそうだ、影だ。
:11/02/01 23:03
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#17 [最低最悪のトンネル(4)]
「お前に死なれちゃあ、俺が困る」と影は言った。「俺はこんな所で諦めたくないね。まだまだ人生は長いんだ。いじめられたくらいで死んでたまるか」
僕は苛ついた。『いじめられたくらいで』だと? お前は僕の影なんだろう? なら僕の苦しみを間近で見てきた筈だ。それなのに『いじめられたくらいで』なんて言うのか?
影は笑った。笑ったように見えた。
「間近で見てきたからわかるんだ。俺たちはまだ生きていける」
「いや無理だ。耐えられない」
「全く。情けないぜ、俺よ」
:11/02/01 23:03
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#18 [最低最悪のトンネル(5)]
「ならどうしたらいい? 教えてくれよ」
「最低最悪のトンネルを抜けるんだ」
最低最悪のトンネル? なんだそれは。
影は続けた。
「今、俺はトンネルにいる。いや君と呼ぼう。君はトンネルにいる。最低最悪のトンネルだ。じめじめしていて臭くて暗い。先が見えない。いつまで続くかわからない。でも歩き続けるんだ。靴がボロボロになっても、足が吊っても、ガラスの破片で足の裏を切ってもだ。歩くのを止めたら最低最悪のトンネルに留まることになる。最低最悪のまま終わることになる」
:11/02/01 23:04
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#19 [最低最悪のトンネル(6)]
「いいかい? 出口のないトンネルなんて無いんだ。そんなトンネルは許されない。絶対出口はある。そして出口の先が楽園じゃなくても、君は幸福を感じる筈だ。だって最低最悪のトンネルを抜けて来たんだもんな。これ以上最低最悪の所なんてない。そうだろ? 悪いことは沢山あるけど、これよりひどいことなんてないんだ」
:11/02/01 23:04
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#20 [最低最悪のトンネル(7)]
「それにさ、足を進めれば良いことにだって巡り会えるんだぜ? たとえそれが小さなことでも、死んでしまったら味わえない。どんな小さなことでも味わえないんだ。そうだろ? 歩き続けようぜ。
そんでさ、俺を明かりのある所へ連れて行ってくれよ。影は暗い所にいちゃあ駄目なんだ。闇と同化しちまう」
:11/02/01 23:05
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#21 [最低最悪のトンネル(8)]
「君の言いたいことはわかったよ。でも辛いんだ」
「辛いのは君だけじゃない。俺だって影同士、格闘してたんだ。勿論痛みだって感じる。だから君の辛さもわかる。……辛いだろうけど一緒に頑張ろう。きっと出口は近い」
言いたいことを言うと影は元の影に戻った。立体的だった影は地面の中に入り込み、いつもののっぺりした影になった。そこには立体的な影はもういない。言葉を話す影もいない。
「わかったよ。頑張って歩いてみるよ。一緒にトンネルから出よう」
:11/02/01 23:05
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#22 [最低最悪のトンネル(9)]
「そうこなくっちゃな」と影は言った。言ったような気がした。そして笑った。笑ったような気がした。
結局僕は誰かに引き止めて欲しかったんだ。そして痛みや辛さを共有したかったんだ。誰でもよかった。それを影がやってくれたということだ。
自分の一部に救われるというのはなんだか不思議な感覚だ。でもそれはとても当たり前なことなのかもしれない。自分を知ってるのは自分だけ。本当は影に頼らず、自分に語りかけるべきだったんだ。
あれから影を見ると「あの時はありがとう。僕は頑張ってるよ」と心の中で呟くことがある。すると影は笑ってくれる。笑ってくれたような気がする。
「そうこなくっちゃな」
:11/02/01 23:06
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#23 [ランチルームの怪奇(1)]
◆ランチルームの怪奇
「夜の学校って絶対怖いよな」
と、とある友人は言った。俺とその友人は怪談話が大好きだ。顔を合わせればこぞって仕入れた怪談話を披露していた。それだから日常会話もホラーだとかオカルト物ばかりだ。珍しいことじゃない。
「墓地なんか屁だよ。学校は本当にヤバい」と俺は言った。
「今夜学校に忍び込まないか? 夜の学校を体験しないとなんだか真のホラー好きにはなれない気がするんだ」と友人は真剣な顔つきで言った。
なんだよ、真のホラー好きって、と俺は思った。
:11/02/01 23:11
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#24 [ランチルームの怪奇(2)]
「なあ、今夜忍び込もう。な?」
俺は「わかった」と言った。わかったと言わなければ友人の気が収まらないだろう。友人は「よっしゃ! 待ってろ夜の学校!」っとニヤニヤしながら言った。
「なあ、二人じゃ心細い。頼りになりそうな奴呼ぼう」と俺は言った。友人は同意した。
そこで俺たちは体格の良い友人を誘った。そいつはマッチョと呼ばれている。筋肉トレーニングで中学生とは思えないたくましい筋肉を身に付けている。肩、腕、胸、腹、太もも、ふくらはぎ、とにかく全ての筋肉が一回り大きい。こいつがいれば心細いなんてことはない。
:11/02/01 23:11
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#25 [ランチルームの怪奇(3)]
しつこく誘っていると「わかった。参加するよ」とマッチョは嫌がりながらも言った。
これで決まりだ。今夜決行。胸が高鳴る。遠足前日のような高鳴りだ。おかげで授業の内容は全くと言っていいほど耳に入らなかった。
:11/02/01 23:11
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#26 [ランチルームの怪奇(4)]
俺たちは放課後、一階のランチルームと呼ばれている普段人の立ち寄らない部屋に入った。そして沢山の畳んだテーブルによって塞がれてしまった窓の鍵を外しておいた。
そして家に帰り、各自荷物を用意した。塩や酒と言った物を分担して持って来ることにしたのだ。俺たちはそれが幽霊に対して武器になると思っていた。
俺はビニール袋に塩を入れ、それを無理やりポケットに入れた。
十時ぴったりに、俺は学校の玄関前に到着した。誰も居なかった。玄関前の段差に腰をかけ、友人とマッチョを待つことにした。
:11/02/01 23:12
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#27 [ランチルームの怪奇(5)]
闇に包まれた学校は廃棄された建物ような暗い感じを思わせた。昼の明るい学校とは明らかに違う雰囲気を持つ不気味な学校。その玄関前で友人を待っていると経過する時間がとても遅く感じられた。
急に寒くなった。七月だと言うのに身体が冷えてきた。まずいな、と俺は思った。夜の学校が持つ不思議な魔力に飲み込まれつつあるんだ。俺は懐中電灯で腕時計を照らした。長い針は五分を指していた。あと五分経って誰も来なかったら帰ろう。
:11/02/01 23:12
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#28 [ランチルームの怪奇(6)]
何だか嫌な予感がする。夜の学校は俺を不安にさせた。ここから立ち去りたい。早く十分になれ、と思った。十分を待たずに帰ろうとも思った。
バイクがエンジン音を響かせながら学校の前を通り過ぎた。聞き慣れたバイクのエンジン音さえもなんだか不気味な悲鳴に聞こえた。
:11/02/01 23:12
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#29 [ランチルームの怪奇(7)]
八分になった所で校門に人影が見えた。それは校門を越えるとこちらに向かって走ってくる。
友人か? マッチョか?
近付くにつれ、人影がはっきりする。体格は普通。がっしりしていない。友人だ。とにかく俺は安心した。人が来たおかげで気が楽になった。
「遅かったじゃないか」と俺は言う。友人は「悪い。料理酒持ってくるのに手こずった」と大して悪びれる様子もなく言った。
「マッチョは来てないのか?」
「来てないみたい」
「今何時だ?」
俺は腕時計を懐中電灯で照らす。
「十時十分」
「じゃあ十五分まで待とう」
:11/02/01 23:13
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#30 [ランチルームの怪奇(8)]
また待つのか……。なんだか一時間くらい待ってた気がする。これならもっと遅くくればよかった。
結局十五分になってもマッチョは現れなかった。俺たちは仕方なくマッチョ抜きでランチルームまで歩いた。
「あいつビビったんだよ」と友人は言った。「マッチョなくせにビビったんだ」
「意外だよな。幽霊なんて怖くないような面してんのに。しかもマッチョなのに。マッチョが幽霊にビビるってライオンがきりんにやられるくらいショックだよな」と俺は言った。
なんだよ、マッチョのくせに。俺たちはマッチョに失望していた。その筋肉はお飾りかよ。
:11/02/01 23:13
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#31 [ランチルームの怪奇(9)]
ランチルームの窓は開いていた。開いている? おかしい。鍵は外した。しかし窓は開けていない。俺たちは顔を見合わせた。
「マッチョじゃね?」と友人は言った。「一人で侵入? 馬鹿かよ」と俺は言った。二人で苦笑する。
友人が先にランチルームに忍び込む。俺も後に続く。両手を窓枠にかけ、身体を持ち上げたら右足を窓枠にかける。そして身体の左半分をランチルームに入れる。侵入完了。
:11/02/01 23:16
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#32 [ランチルームの怪奇(10)]
ランチルームはなんだかじめじめしていた。空気が違う。それで暗かった。不気味な暗さだった。お互いの表情が見える程度の闇。時々部屋の隅や天井の何かが動いた気がした。俺は懐中電灯の光線を浴びせる。しかしなにもいない。気のせいだ。
「どうした?」と友人が不安げな顔をして言う。「いや、何でもない」と俺は答える。何でもない、何でもない。
俺たちはランチルームを出て、廊下を真っ直ぐ進んだ。非常口の緑の誘導灯の光が廊下を照らしている。二人の歩く音だけがする。俺たちは会話を交わさず、息を潜めながら進む。
:11/02/01 23:16
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#33 [ランチルームの怪奇(11)]
トイレのある所を足早に通り過ぎる。廊下の突き当たりの角には水槽があった。酸素ポンプがぶくぶくと音を鳴らす。やはり不気味。
俺たちは左に曲がって体育館を目指した。バスケットボールを突く音が聞こえるんじゃないか、という変な期待を込めて……。
:11/02/01 23:17
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#34 [ランチルームの怪奇(12)]
体育館の入り口は閉まっていた。大丈夫。扉に鍵は無い筈だ。うろ覚えだがたしか無かった。
「おいちょっと待て……」と友人が立ち止まり、声を潜めて言った。体育館まであともう少しの距離だ。
「なんだよ?」と俺が訊くと、友人は「しっ!」と言った。
ダン……、ダン……。
俺は耳を疑った。おいおい嘘だろ?
ダン……、ダン……。
バスケットボールを突く音だ! 間違いない。それは確かに聞こえた。友人がチラッとこっちを見る。
:11/02/01 23:17
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#35 [ランチルームの怪奇(13)]
「塩持って来たよな?」と友人が訊ねた。俺は「あるけど」と言い、ポケットから塩の入ったビニール袋を取り出した。友人はリュックサックから料理酒を取り出す。
「なんか襲ってきたら塩と酒をぶっかける」
「本当に効き目あんのかな?」
「なかったら困る」
そりゃあそうだ。困る。
ダン……、ダン……。
俺たちは体育館の扉にぴったり付く。
「開けるぞ?」と友人は言う。「ああ……」と俺は力なく言う。
友人は料理酒を構え、俺は手に塩を握る。友人が片手で重たい扉を音を立てながらスライドさせた。
:11/02/01 23:17
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#36 [ランチルームの怪奇(14)]
「うわ!」
俺たちは声を揃えて驚く。だって俺たちの前にはヘルメットを被り肩には銃をかけた兵隊らしき人の姿があったんだから。
俺たちは料理酒や塩をかけることを忘れ逃走を図った。
:11/02/01 23:17
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#37 [ランチルームの怪奇(15)]
叫びながら走る。そうでもしないと心臓が止まってしまいそうだった。廊下を右に曲がる。酸素ポンプがぶくぶくと音を鳴らす。
職員室の横を全速力で駆け抜ける。普段ならできないことだ。トイレの横を通過する。
俺は振り返ってみた。
兵隊は追ってきていた。それもえらいスピードで。
「追ってきてる! 逃げ切れない!」と俺は友人の背中に言った。友人は何も言わずひたすら足を動かす。
:11/02/01 23:18
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#38 [ランチルームの怪奇(16)]
ランチルームに入った所で俺は兵隊に捕まった。兵隊が俺の肩に触れた!
「うわああ!」
俺は叫びながら振り向いて塩を振りかけた。しかし兵隊は動じない。効果なんて全くない。
「落ち着くんだ。落ち着くんだよ」と兵隊は言った。落ち着いてなんていられなかった。俺は肩の手を払う。が、兵隊が俺の腕掴んで逃がしてくれない。
「何もしない! 呪ったりも殺したりもしない! 話がしたいだけなんだ!」
:11/02/01 23:18
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#39 [ランチルームの怪奇(17)]
俺は落ち着きを取り戻す。話がしたい? 幽霊が? その言葉でなんだか拍子抜けしてしまった。俺は座り込む。兵隊も座る。ランチルームに友人の姿はなかった。
「驚かせて悪かった。まさか夜の学校に人が来るなんて思わなかったんだ。それに自分の姿が見えるともね」
それから数十分兵隊と話をした。
:11/02/01 23:18
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#40 [ランチルームの怪奇(18)]
兵隊はこの学校に通っていたらしい。「と言っても改修されてしまってその面影はもうないけどね」
東南アジアで戦死したという兵隊に害はなかった。彼は短く言いたいことを言った。
俺は時計を見る。三十分過ぎだ。
「もう帰らないと」
「悪かった。また明日話せるかな? 昼にここで」
断る理由がない。兵隊は良い人だ。
「良いですよ」と俺は言った。「ありがとう。どうも淋しくてね」と兵隊は照れくさそうに笑いながら言った。
何て言っていいのかわからなかったので頷いておいた。
:11/02/01 23:20
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#41 [ランチルームの怪奇(19)]
「驚いただろ? 幽霊でもまともなんだ。呪ったりしない。見かけで判断しちゃいかんよ」
「そうですね。ごめんなさい」
「良いんだ。じゃあまた会おう。さよなら」
「さよなら」
俺はランチルームの窓から外の世界に戻った。少しばかり空気が違った気がした。振り返ると兵隊の姿はなかった。
翌日、友人は兵隊の話を言いふらして回った。しかし誰も信じてはくれなかった。当然だ。俺も兵隊を目撃しなかったら信じない。
:11/02/01 23:20
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#42 [ランチルームの怪奇(20)]
マッチョは俺たちに謝った。怖くなって来れなかったらしい。友人は「惜しいことをしたな」と自慢げに言った。お前もな。俺は幽霊(兵隊)と話をしたんだ。そして兵隊を思い出し、俺はマッチョに謝った。
昼休み。一人でランチルームを訪れた。ランチルームに昨日の夜のようなじめじめとした空気はない。
俺は兵隊が来るのを待った。しかしいくら待っても兵隊は現れなかった。やがて昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。きっと兵隊は人と話せて満足したんだ。成仏したんだ。俺はランチルームを後にした。
:11/02/01 23:20
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#43 [新聞から始まった再会と別れ(1)]
◆新聞から始まった再会と別れ
僕は新聞を読むのが好きだ。真剣に新聞を読むようになったのは大学を出てからだったと思う。それまではテレビ欄しか見なかった。
新聞はあらゆる情報を僕の脳に届けてくれる。政治や経済、世界情勢と言った堅い内容。文化的ニュース。スポーツの結果。映画の公開情報。旅行の広告。全国的ニュース。地元の出来事。(僕にとって)どうでもいい情報から興味を引く情報まで本当にさまざまな情報が詰まっている。
新聞に目を通すと朝の行事は終わる。そして朝食を済ませ仕事に向かうのだ。
:11/02/01 23:28
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#44 [新聞から始まった再会と別れ(2)]
ある朝、新聞の地元欄を見ているとバーで傷害事件が起きたと報じられていた。死者は出なかった。ナイフを持って暴れた男は現行犯逮捕された。
僕はバーに興味を持った。それでネットでそのバーの住所を調べた。結構近くにそのバーは在った。ダーツバーだった。別にダーツはしたくなかったけど、何故かそのバーに行きたくなった。そしてその日の夜、僕は思いがけない形で新聞に載ってしまったバーを訪ねた。
どこにでも在りそうなダーツバーだった。まあ、雰囲気は悪くない。店内で流されている洋楽がバーの雰囲気と調和している。
:11/02/01 23:28
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#45 [新聞から始まった再会と別れ(3)]
客は少なかった。と言っても普段どれ程の客がいるのか僕は知らない。カウンターに一人の女性が居て、他に若者三人がダーツに耽っていた。
僕はカウンターの隅に腰をかけ、ビールとナッツを頼んだ。物静かなバーテンダーがビールとナッツをそっと置く。
:11/02/01 23:28
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#46 [新聞から始まった再会と別れ(4)]
バーテンダーとちょっとした話をし、ナッツをつまみながらビールを呑む。時々隣(と言っても少し距離がある)の女性がチラチラとこちらを見ていることに気が付いた。しかし僕は気付かないフリをしてビールを呑み続ける。
「やあ、お姉さん。僕に興味があるの?」なんて言えるような体質じゃない。まあこれは馬鹿げた話だ。もっとマシな言い方がある。
彼女が爪でカウンターをコツコツと叩く。僕はチラッと彼女に目を遣る。すると目と目が合う。僕はドキッとした。女性が微笑みながら軽くお辞儀をする。僕はお辞儀を返す。
:11/02/01 23:29
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#47 [新聞から始まった再会と別れ(5)]
僕はビールを眺めながら考えた。彼女は昔付き合っていた女性に似ていた。それは中学から高校にかけて付き合っていた人で、少し複雑な出来事をきっかけに別れた人だ。
彼女なんじゃないか? と僕は思った。別れて以来何年も会っていないため確信は持てない。それでも時間が経つごとに彼女が元恋人である気がした。
話しかけてみよう。違えば間違えました、と言って謝ればいい。
:11/02/01 23:29
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#48 [新聞から始まった再会と別れ(6)]
僕は席を離れて彼女に近寄った。彼女がこちらを見る。
「気付いてくれないのかと思った」と彼女は言った。「気付いていたのなら話しかけてくれれば良かったのに」と僕は言った。僕は彼女の隣に座る。バーテンダーがビールを持ってきてくれた。
:11/02/01 23:29
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#49 [新聞から始まった再会と別れ(7)]
「気付いてくれなくても、それはそれで良いと思ったの」
「でも君は呼んだ」
「最後のチャンスを上げたのよ」
彼女はカクテルを一口含んだ。カウンターに置かれた綺麗で細長い指を持った左手。薬指には指輪がされていた。
「結婚したんだ?」と僕は話の種にでもと思い訊ねてみた。「二歳年上の人とね」と彼女は何でもなさそうに言った。
:11/02/01 23:29
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#50 [新聞から始まった再会と別れ(8)]
「地元の人?」
「東京の人。小さな会社を経営してるの」
「へえ。今日はなんでまた地元に?」
「特に用事なんてないわ。なんかふらっと帰りたくなったの。そういうのない?」
「僕はずっと地元で生活してるからわからないな。でもあれだろう? たまに卒業した学校が見たくなるとか、よく遊んだ場所を懐かしむとか、そういったことだろ?」
「まあ、そうかもね」
違うのか、と僕は思った。そういったニュアンスが含まれていた。僕はビールとナッツのおかわりを頼んだ。
:11/02/01 23:30
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:R.sy3Skc
#51 [新聞から始まった再会と別れ(9)]
僕たちは黙ったり、喋ったりを繰り返した。今何してるの? ああ、そう。そして沈黙。思い出話。そして沈黙。愚痴。そして沈黙。
沈黙の時アルコールがよく進んだ。アルコールが無くなればおかわりを注文した。若者が後ろで馬鹿みたい騒ぎ出したりした。高得点でも出したのだろう。それか賭でもして一人が負けたのだ。あるいは二人かもしれない。
:11/02/01 23:30
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#52 [新聞から始まった再会と別れ(10)]
時間は過ぎ去った。彼女は時計を見ると、そろそろ帰ると言った。勘定を払うと言ったが彼女はそれを許さなかった。
「東京に帰るのかい? それとも実家?」と僕は訊ねた。「実家」と彼女は言った。そうか、実家か。
彼女は歩いて帰ると言った。僕はタクシーを呼んだ方が良いと言ったが彼女は聞かなかった。
「ちょっと酔ってるんだからタクシーで帰った方が良い」
「歩いて帰りたいの。タクシーなんて嫌よ。吐くもん」
:11/02/01 23:32
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#53 [新聞から始まった再会と別れ(11)]
吐く。懐かしい台詞だ。彼女は高校時代吐き気に苦しめられていた。まあ、昔の話だ。
「歩くにしては結構距離あるぜ?」
「大丈夫」
「じゃあ家まで送る」
「いいの、本当に」
彼女は少し怒っていたので僕は仕方なく引き下がった。店の前の攻防は終わり、彼女は「さよなら」と言って歩き出した。
「さよなら」
彼女はたまにフラつきながら闇に消えた。
:11/02/01 23:32
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#54 [新聞から始まった再会と別れ(12)]
僕は彼女を誘うべきだったのだろうか? 彼女はそれを求めていたんじゃないかと思う。それでも僕は引いてしまった。彼女は結婚しているんだ、と理性を働かせた。その結婚がうまくいってないにしても(彼女の話や態度から想像できた)、僕は彼女と寝るべきじゃない。
僕はタクシーを呼んで家に帰った。
その日、彼女は自殺した。
:11/02/01 23:33
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:R.sy3Skc
#55 [新聞から始まった再会と別れ(13)]
彼女は電車にひかれて死んだ。事故だと思った。朝の新聞は地元欄で事故だと伝えていたからだ。
でも僕は考える内に自殺だと思った。彼女はこの街に死にに来たんだ。僕の予想以上に彼女はうまくいってなく、そして傷付いていた。
僕が最後の救いだった。あの日僕らは引きつけられるようにして再会した。そしてあの時、彼女は僕を求めていたんだ。彼女の命は僕の手の中にあった。でも僕はその命を落としてしまった。
深く考え過ぎかもしれない。
:11/02/01 23:33
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#56 [新聞から始まった再会と別れ(14)]
でも彼女は自殺したと考えるとそれは僕の中で風船のように膨らんでいき、やがて他を押しのけ事実のようになった。
彼女は自殺してしまった。僕は自殺させてしまった。
風船が爆発した時、僕は激しく後悔した。そして涙が出た。また昔のように判断を誤ってしまった。僕は二度彼女を失ってしまったんだ。そして彼女はもう手の届かぬ所へ行ってしまった。
僕は新聞に行き所のない想いをぶつけた。新聞を気が済むまで破いた。事故の情報さえ目にしなければ彼女は僕の心の中で生き続けていたのだ。それはいずれ知ることになるかもしれないけど、今よりショックは大きくない筈だ。
:11/02/01 23:34
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:R.sy3Skc
#57 [新聞から始まった再会と別れ(15)]
苦し紛れに出たひどい八つ当たりだった。本当にひどい。
それから僕は仕事に行かず、脱け殻のような一日を過ごした。たまに腹を立て、そして悔やんで泣いた。酔っちまえばいい。棚からウィスキーを出してコップに少し注ぎ、喉に通した。アルコールは僕を慰めた。けれど大した効果はなかった。僕は本当にひどく落ち込んでいたんだ。
:11/02/01 23:34
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#58 [青汁(1)]
◆青汁
僕は行き付けのバーで一人、酒を喉に通していた。いつもそうなんだ。一緒に酒を呑んでくれるような友人はいない。でももう慣れてしまった。孤独はある一線を越えると身に馴染む。
「高山?」
僕の名前が呼ばれたため、声がする方向を見た。僕の名前を呼ぶ奴なんて限られてる。しかし、そこには見覚えのない男が立っていた。
「やっぱり高山だ! 久しぶりだなあ!」
彼は笑顔で僕の肩を叩きながら言う。「久しぶりだな」と僕は口を合わせておいた。彼は僕の隣に座りウイスキーを注文した。
:11/02/01 23:37
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#59 [青汁(2)]
「元気でやってるか?」と彼は訊いた。「何とかね。そっちはどうだ?」と僕は訊き返す。
「まあまあだよ」
この男は誰だっけ? どことなく懐かしい感じがする。きっと学生時代の知り合いかなんかだ。名前はえーっと……。よく顔を見れば思い出せるかもしれない。いや、駄目だ。思い出せない。参ったな……。
僕は彼が誰だか思い出せぬまま会話を交わした。共通の話題があった。中学時代の話しだ。やはり彼は学生時代の知り合いなのだ。
:11/02/01 23:38
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#60 [青汁(3)]
話をしていても彼が誰だか思い出せなかった。会話の中にヒントがあるかもしれないと注意深く話に耳を傾けたが、それでも手がかりはなかった。しかしまあ、久しぶりに楽しい時間を過ごした。思い出話というのはいつ誰と話しても面白い。相手が誰だかわからなくても。
こうして僕は名前の知らぬ友人と長話しをした。
:11/02/01 23:38
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#61 [青汁(4)]
「なあ、今度俺の家で呑まないか? 上等なワインがあるんだ」
特に断る理由がなかった。上等なワインも呑みたいし、また思い出話もしたかった。僕は「オーケー、行くよ」と言った。そして連絡先を交換した。アドレス帳には「懐かしい人」という名前で登録した。結局誰だかわからなかったのだ。
それから数日後、僕はタクシーに乗って彼のアパートを訪れた。小さなアパートだった。
:11/02/01 23:38
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#62 [青汁(5)]
インターホンを鳴らす。少しして「いらっしゃい」と彼はドアを開けて言った。僕は「チーズを持ってきた」と言ってチーズの入ったビニール袋を持ち上げた。「良いね」と彼は言った。
彼の部屋にはやたらと壺が置かれていた。大小色とりどりの壺が壁に沿って並べられていて、小さな部屋は余計に狭くなっている。
「壺が趣味なんだ?」と僕は青い壺を近くで眺めながら訊く。「ああ。珍しいかな? 結構するんだよ」と彼は青い壺を撫でながら言った。
:11/02/01 23:39
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#63 [青汁(6)]
「いくら?」と僕は質問してみた。「これは十万したな」と彼は青い壺を指して言った。「驚いたな。一番高い物は?」と僕が訊くと、彼は真ん中の赤い波の装飾が施された壺を指した。
「いくらだと思う?」
「三十万くらい?」
「その二倍。六十五万」
驚いた。僕はその壺をまじまじと見つめた。しかし良さがわからなかった。きっと僕が素人だからその良さがわからないんだろう。
:11/02/01 23:39
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#64 [青汁(7)]
壺の鑑賞を終えると僕たちは上等な赤ワインを呑んだ。良いワインだ。上等と言うだけある。チーズを食べ、話しをして、ワインを呑む。期待した通りなかなか素晴らしい時間だった。
しかし時間はそのまま過ぎ去りはしなかった。結論を言うと僕は裏切られた。彼は思い出話がしたくて僕を家に招いたわけじゃなかったのだ。
彼はとあるパンフレットをテーブルの上に置いた。
「なんだいこれ?」
:11/02/01 23:40
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#65 [青汁(8)]
僕はパンフレットを手に取った。「信じる者こそ救われる。信じる力が幸運を呼ぶのです」というキャッチフレーズが真ん中に大きな字で堂々と書かれていた。そのキャッチフレーズの下には、肉の付いた中年男が笑顔を振りまいていた。一目見て気持ちが悪いパンフレットだ。
「最近できた宗教なんだ。これがまた良くてねえ」
それから彼はその宗教について熱心に語り始めた。参ったな……。僕は宗教には興味無いんだ。
話が終わったのはそれから一時間半経過しようとした時だった。僕はちらちらと時計に目を遣っていたからわかる。一時間半だ。
:11/02/01 23:40
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#66 [青汁(9)]
彼はその宗教の素晴らしさを語り終えると入会を勧めた。彼は最初からそれが目的だったのだ。バーで僕を見かけた時から宗教の勧誘を考えていたんだ。
:11/02/01 23:40
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#67 [青汁(10)]
なんだか僕は悲しくなった。友達として、知り合いとして僕と接してくれる人はいないのか? いない。どうせ僕によって来る連中は金を貸してくれだの、保証人になってくれだの、そういった用事絡みの人ばっかりなのだ。嫌になるな、本当に。
彼は年間費だとかの説明をしていた。僕はたまに頷き、耳を傾けるフリをしながら考え事をした。だって宗教なんて興味ないんだ。興味のない話を淡々と聞いていられるかい? まあ彼の手口はなかなか優秀だよ。こうやってうまく家に誘い込み、逃げづらい環境を作り上げてから勧誘する。うん、よく考え込まれてる。
:11/02/01 23:42
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#68 [青汁(11)]
「聞いてる?」と彼は言った。「悪い。本当に悪いんだけどさ、宗教には興味が無いんだ」と僕は今更告白をした。しかし彼は気を悪くせず、そして引き下がらなかった。
「俺も初めは無宗教だったんだよ。君とまるっきり同じさ。でもね、ここは凄いんだ。何と言っても――」
それからまた一時間、話は続いた。とんでもない日だった。素晴らしい時間は頭から消え去り、退屈でイライラする時間が頭の中に残った。それは後味の悪い青汁を飲んでるような感じだ。
:11/02/01 23:42
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#69 [青汁(12)]
デ・ポーラ、アスタッタ・オーレ。その宗教が使っている呪文らしい。印象的だったため覚えてしまった。
:11/02/01 23:42
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#70 [青汁(13)]
それから僕は話のタイミングを見計らって「わかった。家に帰ってよく考えてみる」と言ってなんとかアパートから抜け出した。
デ・ポーラ、アスタッタ・オーレ。
僕は宗教を悪い物だとは思わない。しかしこう言った勧誘が悪い影響を与えているのは確かだ。
タクシーで家に帰ると僕はパンフレットをゴミ箱に捨てた。そして彼の連絡先を拒否リストに加えた。
:11/02/01 23:43
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#71 [青汁(14)]
困った一日だった。ワインと思い出話を目当てにして遊びに行ったというのにワインの味なんて忘れてしまったよ。思い出話も何を言ったか聞いたか覚えてない。頭に残ってるのはデ・ポーラ、アスタッタ・オーレという呪文だ。
僕は風呂に入って気持ちをすっきりさせた。そしてビールを一缶呑んで寝ることにした。参ったな、ビールの味しか残ってないや。
デ・ポーラ、アスタッタ・オーレ。
:11/02/01 23:43
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#72 [香川人の野望(1)]
◆香川人の野望
僕は香川県出身で上京して寮制の大学に通っている。大学には色んな人がいる。クールで顔の整った人。寝起きのような冴えない顔をした人。個性的なファッションをした人。人混みに紛れ込まれたら一生見つけられないような至って普通の人。
そんな中に「あいつ」は居た。「あいつ」はずば抜けておかしい奴だ。なにが狂ってるかというと、「あいつ」は自炊制の寮にいるのだが、……いや、べつに自炊制の寮がおかしいってわけじゃない。まともな奴もいる。おかしいのは、「あいつ」は一日三食そして毎日うどんを作って食ってるということだ。
:11/02/01 23:46
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#73 [香川人の野望(2)]
「あいつはうどん依存症だよ。うどん中毒だね」
「きっと香川人だ。それもよりすぐりの香川人だ。真の香川人。香川人が太古の頃に宿していた一日三食うどんの習慣を忘れず、そしてそれを現代人に伝えるために上京した真の香川人……」
友人は言った。そんな具合から「あいつ」のあだ名は「香川人」となった。香川人も自分のあだ名に納得し、それを受け入れた。
「ありがたいことだよ。僕はずっと前から香川人になりたかったんだ」と香川人は言った。
:11/02/01 23:46
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#74 [香川人の野望(3)]
香川人は新潟生まれだった。その事実を知るとみんな軽いショックを受けた。ウーパールーパーの生物名がウーパールーパーではないような、そんなショックだった。
「じゃあなんで香川人はうどんを食べ続けているんだ?」
学校の真上にクエスチョンマークの雲が浮かんだ。謎だ。
みんな恐れて香川人に事の真相を訊ねなかった。そこには触れてはいけない何かがある気がしたのだ。
「お前香川出身なんだって? 同類のよしみだ。聞いてこいよ」
「お前が香川出身だと聞いたら香川人は喜ぶよ。そんで教えてくれるかもしない。あっさりと」
:11/02/01 23:46
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#75 [香川人の野望(4)]
こうして僕は場の雰囲気に押され、香川人の部屋を訪ねることになった。
コンコンとノックをする。
「香川人、居るかい?」
「居るよ。何の用だい?」
「ちょっと話があるんだ。入っていいかな?」
「いいよ」
僕はドアノブを回し部屋に入った。香川人はベッドに寝転び本を読んでいた。文学本でないのは確かだ。生物図鑑だとか、そんな感じの大きな本だった。
:11/02/01 23:47
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#76 [香川人の野望(5)]
「何を読んでるんだい?」
「きっと笑うよ」
僕は本を上から覗いた。うどんの調理本だった。僕は吹き出しそうになった。香川人は食事の時間以外もうどんなのだ。
「本当にうどんが好きなんだね」
「ま、まあね」
香川人はちょっと震えていた。どうしたんだろう? 風邪でもひいてるのかな。
「ねえ、熱でもあるじゃない? 寒いんだろ?」
「いや、寒くないし熱もない」
「なら良いんだけど」
:11/02/01 23:47
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#77 [香川人の野望(6)]
沈黙。僕はなかなか切り出せなかった。触れてはいけない問題。アメリカの陰謀に触れるような感じがした。訊ねたら香川人は一生僕にうどんを食わせるかもしれない。
「君は知ってはいけない事を知った。これから毎日一日三食、うどんを食ってもらうよ。悪いとは思うけど、君がいけないんだ。君が首を突っ込んだんだからね」
馬鹿げてる。僕は首を振って馬鹿げたイメージを振り払った。
「僕香川出身なんだ」と僕は言った。「へえ」と彼は興味なさそうに言った。意外だった。
:11/02/01 23:47
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#78 [香川人の野望(7)]
もういい。さっさと訊いてしまおう。
「ねえ、香川人」
「なんだい」
「なんで君は毎日一日三食、うどんを食べているんだい?」
香川人は本から目を移し、鋭い目をして僕の顔をじっと見た。
ごくり。やはり訊いてはいけなかったんだ。そんな空気が流れた。
:11/02/01 23:48
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:R.sy3Skc
#79 [香川人の野望(8)]
「教えてあげてもいいけど、一つ条件がある。のんでくれるかい?」
ごくり。これはちょっとヤバいかもしれない。一生うどんを食わされるかもしれない。一生うどんをこねるための奴隷にされるかもしれない。
「条件を訊いても良いかな?」
香川人は頷いた。そして間を作った。なんだこの間は。ごくり。唾を飲む音が拡張され、部屋に響き渡った気がした。
「友達になってくれないか?」
:11/02/01 23:49
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:R.sy3Skc
#80 [香川人の野望(9)]
友達? 僕はなんだか呆気にとられた。そして反応が遅れた。香川人は拒否されたと思ったのか、がっかりして下を向いていた。僕は慌てて「構わないよ。でも友達は勝手になるもんだよ。別に結婚するわけじゃないんだから断りを入れる必要なんかないんだ」と言った。
それを聞くと香川人は顔を上げて笑った。
「ありがとう」と香川人は言った。「気にしないでいい」と僕は言った。
「それで……」
「ああ、約束だったね。うどんを食べ続ける理由だったよね? 教えるよ。けど笑わないでくれよ?」
「笑わない」と僕は言った。
:11/02/01 23:49
:biblio
:R.sy3Skc
#81 [香川人の野望(10)]
「友達が欲しかったんだ。奇抜なキャラクターを作ってみんなの目を惹きたかったんだ。そしたら友達ができるかなと思って」
「それなら随分回り道をしたね」
「でも友達ができた。うどんは食いすぎて嫌いになったけど、今じゃ好きになったよ」
それから香川人はうどんを食べなくなった。うどんを失ったかわりに友達を得た。香川人の野望は実を結んだのだ。
:11/02/01 23:49
:biblio
:R.sy3Skc
#82 [我輩は匿名である]
これで短編集は終わりです。読んでくれた方、ありがとうございます。
:11/02/01 23:51
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:R.sy3Skc
#83 [(o^〜^o)]
面白かったです(*^O^*)
お疲れさまです
:11/02/02 08:03
:F01A
:EIeSsfc2
#84 [我輩は匿名である]
:11/02/02 19:50
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:tOcU4qO6
#85 [我輩は匿名である]
おもしろかったです!
:11/02/05 20:20
:F705i
:wXf8WucI
#86 [我輩は匿名である]
>>85ありがとうございます。そう言って頂けるとホッとします。
:11/02/05 23:59
:biblio
:AoGvqXJk
#87 [身分の低い男と王女の話(1)]
◆身分の低い男と王女の話
焚き火にガソリンをぶちまけたような、激しい恋をした事があった。僕はその時中学二年生で、恋の相手は同級生でも上級生でも下級生でもなかった。相手は僕より十歳くらい年上の大人だった。そして、教師だった。
相手の名は山村といった。山村先生は教師ではあるけれど、通常の授業は行わなかった。養護教諭、つまり保健室の先生だったからだ。
:11/02/20 14:23
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:A5igH2QY
#88 [身分の低い男と王女の話(2)]
僕が山村先生に会ったきっかけは、部活動のテニスでした怪我だった。無理をしてボールに飛び込み、勢いよく腕や足を擦ってしまったのだ。地面は砂だったから、皮が剥けて擦り傷ができた。血が溢れるように出た。
「保健室に行った方がいいよ」と部活仲間が言った。心配ない、大丈夫さ、と僕は強がった(中学生ってどうしても無意味に強がったりするんだよね)。でもラケットを振ると風が傷口を刺激した。ズキズキと痛み、こりゃあテニスなんてできない、と思った僕は、簡単に前言撤回して保健室に行った。
:11/02/20 14:24
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:A5igH2QY
#89 [身分の低い男と王女の話(3)]
怪我や体調不良で保健室に行ったのはこれが初めてだった。それだから保健室の先生がどんな先生なのか、僕は知らなかった。身体検査で何度か保健室に行った筈なのに、なんで僕は知らないんだろう。きっと身体検査のとき、クラスメートとお喋りをしていて、先生の顔に注目しなかったんだと思う。
:11/02/20 14:24
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:A5igH2QY
#90 [身分の低い男と王女の話(4)]
僕が保健室に入ると、机の上で書き物をしていた山村先生が顔を上げてこちらを見た。
「どうしたあ?」と少しハスキーな声で先生は言った。
「怪我をしまして……」と僕は腕と足の傷口を強調しながら言った。
「どれどれ」と言って山村先生は傷口を見た。「擦り剥いたんだね。こういう時はまず水でさっと流すんだよ。洗っておいで」
僕は言われた通り一旦保健室を出て、トイレ前の流し場の蛇口の水で腕の傷口を洗い、そして膝の傷口を洗った。
保健室に戻ると山村先生は消毒液を用意していた。僕は先生の向かいの椅子に腰を下ろす。
:11/02/20 14:24
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:A5igH2QY
#91 [身分の低い男と王女の話(5)]
山村先生がガーゼに消毒液を付けている間、僕は先生の顔を眺めた。髪の色は黒で、ショートだった。顔は小さく、そして細かった。鼻が高く、左の目の下の泣きぼくろが非常にセクシーだ。白衣はとても身体に馴染んでいた。脚は黒のストッキングで覆われていて、これもまたセクシーだった。僕はこの時既に惚れていたのかもしれない。
先生が僕の右腕を手に取る。僕はその何気ないタッチにドキッとした。心臓が強く脈打った。先生はそんな事は知らずに、傷口をポンポンとガーゼで軽く叩いた。消毒液がしみた。
:11/02/20 14:24
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:A5igH2QY
#92 [身分の低い男と王女の話(6)]
傷口を消毒した後、絆創膏が貼られた。「これで良し」と山村先生は言った。「ありがとうございます」と僕は少し緊張しながら言った。
「今度は気をつけてね」
「はい」
保健室を出ると汗をかいてる事に気付いた。体操着の裾で汗を拭った。
そして僕は一瞬混乱した。先生の容姿を思い浮かべると動悸がしたからだ。胸や顔が熱くなった。今までそんな経験がなかったから、それが恋だと気付くのに時間がかかった。
部活動に戻っても、暫く集中できなかった。普段しないようなミスをした。この気持ちはなんなんだ、と自問する。何故、山村先生の顔がチラつくんだ、と。
:11/02/20 14:26
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:A5igH2QY
#93 [身分の低い男と王女の話(7)]
僕は恋をしたのかもしれない。一目惚れだ。セクシーな容姿に心臓をぐさりと刺され、あの何気ないタッチでトドメをさされた。
そうだ、きっとこれは恋だ。これが恋なんだ!
こうして僕は初恋をした。でもこの恋が報われないことを知っていた。相手は十歳以上年上(しかし年齢だけを考えるとそれほど障害ではないかもしれない)で教師だからだ。僕が好きだと告白しても先生は困るだろうし、迷惑かもしれない。だから僕はこの気持ちを胸の奥にしまった。深い暗闇の底に箱を置くように。
:11/02/20 14:26
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#94 [身分の低い男と王女の話(8)]
でも僕は若かった。気持ちを抑える事なんてできなかった。僕は仮病を使って何度か保健室に行ったりした。
「お腹が痛いの?」
「はい」
「トイレには行った?」
「行きました」
「じゃあ三時間目が終わるまで寝てなさい」
「わかりました」
たったこれだけの会話だけど、僕は嬉しくてたまらなかった。気を抜いてしまうとにやけてしまいそうだった。
ベッドで寝ている間、カーテンの隙間から山村先生の姿を覗いた。先生はいつも書き物をしていた。一体いつも何を書いているんだろう? 時々何か考え、そしてまた書いた。僕はドキドキしながら彼女の姿を目にしていた。
:11/02/20 14:27
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#95 [身分の低い男と王女の話(9)]
昼休み、僕はいつもテニスをしていた。でも時々テニスをしないで保健室に行ったりした。先生はいつも「どうしたあ?」と言う。僕は「眠いのでベッドで眠りに来ました」とクールに答えてベッドに横になった。
「ここは仮眠室じゃないんだぞ」と先生は笑いながら言った。でもベッドで寝るのを許してくれる。
山村先生は人気者で、よく女子が保健室に遊びに来ていた。先生は女子と楽しそうに話をしていた。その話声を聞いていると僕まで楽しくなる。
:11/02/20 14:27
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#96 [身分の低い男と王女の話(10)]
「先生は好きな人いないの?」と女子が言った。おいおい、何て事を訊くんだい! 僕は思わず息を飲んだ。
「ええー、好きな人ー?」と先生は言った。「教えてよ先生」と女子は言った。僕も複雑な心境の中「教えてよ先生」と心の中で言った。でも一方で知りたくない、という気持ちがあった。
どうか神様、いないって事にしてください! いるなんて言われたらショックで吐いちまう!
僕が緊張感に包まれながら答えを待っていると、先生は「内緒」と言った。「ええー! 教えてよー」と女子は言った。「西野さんはどうなの?」と先生は綺麗に逃げた。
:11/02/20 14:29
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#97 [身分の低い男と王女の話(11)]
「私? 私はねえ」と西野さんと思われる人は言った。お前なんかに興味はない、と僕は呟いた。とまあ、僕は吐かずに済んだけど、喜びもしなかった。真相は謎という服を着せられている。
「内緒」
先生は微笑みを浮かべながら言ったんだろうな。えくぼを作りながら、「内緒」と……。僕は実際それを目にしたわけじゃないけど、頭の中ではっきりと思い浮かべる事ができた。
「内緒」と先生は想像の中、微笑みながら言った。えくぼがチャーミングだ。
:11/02/20 14:29
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#98 [身分の低い男と王女の話(12)]
こうして梅雨は過ぎ、夏がやって来た。夏休みの間、僕はひどくイライラしていた。何故なら山村先生に会えないからだ。部活のために学校へ行っても先生はいない。いるのはテニス部の顧問やその他部活動の顧問だ。
僕の欲求が強すぎたのか、夢に山村先生が出てきた事があった。僕はやはりベッドの上で寝ていて、先生と女子の会話を聞いていた。
会話は好きな人の話になり、先生は「内緒」と言う。余程あの場面が印象的だったのだろう。そんな夢を何回か見た。
:11/02/20 14:29
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#99 [身分の低い男と王女の話(13)]
夏休みは終わり、やっと二学期が始まった。僕は嫌がられないよう、保健室に行くのを 自制した。「また来たの」と思われたくなかったからだ。でもやはり抑えられず、何度か保健室前まで行った。保健室前の廊下に腰を下ろし、先生と女子の会話を盗み聞きした。はっきり聞こえなかったけど、それでも十分だった。
たまに通りすがりの三年生(保健室は三年生の校舎にあった)が僕の姿を不思議そうに見て行った。
やがてイチョウの葉も落ち、冬がやってきた。二月頃になると先生の離任の話が出始めた。
:11/02/20 14:30
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#100 [身分の低い男と王女の話(14)]
五人の先生がこの学校を離れると聞いた。その五人の中に山村先生は含まれていた。それを聞いた時、僕はぶっ倒れそうになった。意識が遠退いていく感じがして、友達の話が耳に入らなくなった。頭の中が真っ白になる。
山村先生がいなくなる……。僕はその事実を受け入れられずにいた。嘘だと言ってほしい。会えなくなるなんて考えられない。いつも保健室にいたのに!
でもその事実は否応なしに決定されていた。僕がどんなに足掻いてもこの事実はひっくり返らない。
保健室に行くとやはり女子がいた。僕はするするとベッドに上がり、寝た。
:11/02/20 14:31
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#101 [身分の低い男と王女の話(15)]
「先生がいなくなるなんて寂しいなあ」と女子が言った。「先生も寂しいよ。せっかく仲良くなったのにねえ」と先生は言った。
やはり事実なんだな、と僕は実感する。やはり先生はいなくなるんだ。今でも遠い存在だったのに更に遠い存在となってしまう。
僕は想いを伝えるべきかどうか考えた。この学校を離れるのなら告白してもいいんじゃないか、と思う。結果はどうであれ、この想いを伝えなければ一生後悔する気がする。
僕は決めた。想いを打ち明けよう。
:11/02/20 14:32
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#102 [身分の低い男と王女の話(16)]
ある日の昼休み、僕は教室を出た。とても緊張している。保健室に女子がいなければ、今日想いを打ち明けるつもりだ。
北校舎に入るとき、もう緊張で腹が痛くなるようだった。僕は一度トイレに入って気持ちを落ち着かせた。
トイレのひんやりとした空気は僕を少し落ち着かせた。小便をして、流し場で手を洗い、ハンカチで手を拭いた。
僕は保健室前に立ち、保健室に女子がいるかどうかチェックした。話し声はしない。どうやら今日はいないみたいだ。僕は保健室のドアを横に引く。
:11/02/20 14:32
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#103 [身分の低い男と王女の話(17)]
案の定女子はいなかった。女子がいないとまるで神様が僕に知らせてるみたいだった。先生に告白するべきだ、と。
先生はいつも通り書き物をしていた。そして顔を上げ、「こんにちは、水野くん」と言った。僕は「こんにちは、先生」と言った。
僕はベッドに座った。先生は書き物を再開した。
さあ、言うんだ僕。口に出すんだ僕! けれどなかなか言葉が出なかった。僕は迷惑がられる事を恐れていた。恐れが僕の口を閉ざしてしまった。
:11/02/20 14:32
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#104 [身分の低い男と王女の話(18)]
直接言うのは無理だ、と僕は思った。とてもじゃないけど好きですなんて言えない。でも何か言わなくてはならない。ここで想いを伝えなければ、僕はこれからも伝える事はできないだろう。そうなれば僕は一生後悔という念を背負って生きていく事になる。
「先生」と僕は言った。「なあに?」と先生は書き物をしながら言った。
「最近ファンタジー小説を読んでるんです。そのファンタジー小説なんですが、とっても悲しい話なんです。主人公は身分の低い男性で、王女に恋をしてるんです。激しい恋です。心臓を焼くような恋です。これは小説にあった表現なんですがね……」
:11/02/20 14:34
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#105 [身分の低い男と王女の話(19)]
僕は一息ついた。下を向いて話していたせいで、先生がこちらを向いている事に気が付かなかった。僕は顔を赤く染めた。
「続きを話して」
「あ、はい。えっと……それから男は耐えきれなくなり、王女に告白するんです。ほんの僅かな時間ですが、王女に会える時間があるんです。男は好きだと告げるんです。でも王女はやはり身分の違いから断るんです。こんな話なんですが、僕はこれを読んで強い衝撃を受けました。あまり本を読まなかったから、本ってこんなに素晴らしい物なんだって」
:11/02/20 14:34
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#106 [身分の低い男と王女の話(20)]
先生は少し考えてから言った。
「身分っていうのはやはり大きな障害なのよね。身分の低い男性と付き合ったら、王女の身分が危なくなってしまう。王様から『お前はもう王女じゃない』って言われるかもしれない。だから王女は断るしかないのよ。でもね、王女は嬉しかったと思うの。どんな身分であれ、人から愛の告白を受けるって嬉しいものよ。そして身分の低い男性。あっぱれよね。彼は断られる事を知ってて告白したんだから。その勇気って凄いと思う。なかなかできないと思うわ」
先生は一息ついてからまた口を開いた。
:11/02/20 14:35
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#107 [身分の低い男と王女の話(21)]
「こんな風に色々考えさせられるわよね、小説って。水野くんは良い小説を見つけたね」
「そうですね。その小説を見つけて良かった」
僕は緊張から解放されていた。僕の心には温かい気持ちがあった。
四月に離任式があった。離任式には卒業した生徒が何人か駆けつけた。中には泣いている人がいた。
山村先生はステージに上がり、生徒に感謝の言葉だとかを述べた。僕が見た山村先生の姿はそれが最期だった。
もう僕が保健室に行く事はない。心を焦がすこともない。二年生の時感じた想いは思い出となっていつまでも心に残るだろう。
:11/02/20 14:35
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#108 [異世界への行き方(1)]
◆異世界への行き方
僕は夜中、友人と二人で酒を飲んでいた。
「異世界への行き方って知ってる?」と友人は出し抜けに足首のミサンガをいじりながら言った。僕は「異世界って?」と訊き返した。
「よくわからないんだけど、行ってみたらわかるらしいんだ。『ああ、ここは異世界だ』っていう風に」
「へえ。それで行き方を知ってるの?」
「知ってるよ。聞きたい?」
「是非」
すると友人は頷き、改まった表情をして言った。
:11/02/20 15:01
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#109 [異世界への行き方(2)]
「まず十階以上あるマンションを探すんだ。見つけたら一人でエレベーターに乗り、四階、二階、六階、二階、十階と移動するんだ。このとき、誰かが乗ってきたら成功しない。もし乗ってきたらもう一回やり直しだ。誰も乗ることなく十階についたら、降りずに五階を押す。五階に着いたら女の人が乗ってくる。その人には話しかけちゃいけない。というか、その人が乗ってきたら声を出しちゃいけない。女の人が乗ってきたら一階を押す。押したらエレベーターは一階に降りず、十階に上がっていく。十階についたらそこはもう異世界ってわけさ」
「よくわからないな。その女の人は何なんだろう?」
:11/02/20 15:01
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#110 [異世界への行き方(3)]
「わからない。多分異世界の住人かなんかじゃない?」
「なるほど」
友人はタバコを取り出し、ライターで火をつけた。煙をうまそうに吸い、上に吐き出す。そして僕の顔をじっと見る。
「やってみたいとは思わない?」
「別に。面倒じゃないか」
「もしかしてビビってる?」
「ビビってなんかない」
「じゃあやろうよ。このマンションって十二階建てだろう?」
僕は階数を思い出してみた。ああ、十二階だ。僕は頷く。
「なあ、やろうぜ。どうせ異世界なんて行けやしないんだから」
「わかったよ」
:11/02/20 15:01
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#111 [異世界への行き方(4)]
僕は渋々了承した。本当に面倒だったんだ。でもそこまで言うならしょうがない、付き合ってやろう。
僕たちは部屋を出た。外は闇が広がっていた。腕時計に目を遣る。時刻は二時五分だった。
「どっちが先にやるかジャンケンをして決めよう」と友人は言った。「オーケー」と僕は言った。
「最初はグー、ジャンケンポン」と二人で言う。僕はパーを出し、友人はグーを出した。
「チェッ、俺が先か」と友人は不服そうに言った。しょうがないだろう、ジャンケンで負けたのだから。
僕たちはエレベーターがある所まで歩いた。
:11/02/20 15:02
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#112 [異世界への行き方(5)]
友人はエレベーターに乗った。へらへらと笑っていた。
友人を乗せたエレベーターが四階に向かう。十一階にいた僕は、エレベーターの上に設置された階数表示を見ていた。これを見ていれば友人が何階にいるのかがわかる。
エレベーターは二階行き、そして六階、二階、十階と移動した。夜中だし誰もエレベーターには乗らなかったのだろう。エレベーターは降下し五階で止まった。奇妙な世界に入っていなければエレベーターは一階に向かう筈だった。しかし、降下すると思われたエレベーターはゆっくり上昇した。そしてエレベーターは十階で止まった。そのときだった。
:11/02/20 15:03
:biblio
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#113 [異世界への行き方(6)]
「うわあああ!」という友人の小さな叫び声が耳に届いた。参ったね。きっと僕を驚かせるために十階を押し、そして力一杯叫んだんだ。僕はエレベーターのスイッチを押した。
エレベーターが十一階につき、扉が開く。誰も乗っていなかった。僕はエレベーターに乗り、十階を押した。エレベーターは僕を十階に運ぶ。そして扉が開く。僕はエレベーターを降りた。辺りを見渡すが友人の姿は見当たらない。
きっと隠れているんだ。僕は十階を歩き回って隅まで探した。しかし友人の姿はなかった。嫌な予感がした。
:11/02/20 15:03
:biblio
:A5igH2QY
#114 [異世界への行き方(7)]
僕は階段を上り、十一階に戻った。そして隅まで見て回った。自分の部屋に入って風呂場やトイレ、押し入れまで探した。しかし友人の姿はなかった。
部屋の前に立って辛抱強く友人を待った。どこかに隠れているに違いない。そうなら友人が根を上げるまで待ってやる。しかし、友人は三十分になっても現れなかった。
本当に異世界に行ってしまったのだろうか? 何だかそんな気がしてきた。馬鹿げてると思う。でも僕は焦り始めていた。
やってみればわかる。
僕はエレベーターに乗り込んだ。
:11/02/20 15:04
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:A5igH2QY
#115 [異世界への行き方(8)]
四階を押し、ついたら一旦降りてまたエレベーターに乗り込む。同じように二階、六階、二階、十階と進む。この間誰も乗ってこなかった。十階についたら、降りずに五階を押す。僕は緊張していた。堅く握られた手や脇の下には汗が感じられた。
五階につくと若い女が乗ってきた。髪は長く、肌は白い。なかなか美人だった。女が僕の横につくと、僕の緊張はピークに達していた。まさかな……。これは単なる偶然なんだ……。
僕は手を震わせながら一階を押した。僕は階数表示を見る。五から六に変わった。エレベーターは上昇しているのだ。
:11/02/20 15:04
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#116 [異世界への行き方(9)]
エレベーターはゆっくり上昇する。六がゆっくり七に変わる。
僕はふと壁に目をやった。何か黒い染みのようなものが壁に浮かび上がっていたからだ。七が八に変わる。すると染みは広がる。八が九に変わる。染みが壁全体に広がり、色が鮮やかになる。黒みがかった赤色だ。
僕は染みに触れてみた。黒みがかった赤色の液体が指についた。液体のついた指を鼻に近付かせて匂いを嗅いでみた。血の匂いがした。
僕は息を飲む。九が十に変わる。僕は隣に目を遣る。女の姿はなかった。僕が正面に顔を戻すと先ほどの女の顔が眼前にあった。僕の心臓が跳ね上がる。
:11/02/20 15:07
:biblio
:A5igH2QY
#117 [異世界への行き方(10)]
何とか声を出さずに済んだ。この女は驚かそうとしているのだ。僕に声を出させて、そして殺すつもりなんだ。
異世界に行くための試練は非常に厳しかった。女の右側の目玉が前に飛び出してきて、そしてこぼれ落ちる。鼻からは緑の液体が垂れ、顎が外れ口は大きく開いた。よく見ると口にはミサンガがあった。友人がしていたミサンガだ。
女は更に僕の顔に顔を近付ける。女から鼻をえぐるような腐敗臭がする。女は蛇のような細くて長い舌を出し、ペロペロと僕の頬を舐める。
:11/02/20 15:07
:biblio
:A5igH2QY
#118 [異世界への行き方(11)]
僕は身体を震わせる。目を閉じて、悪夢が去るのを待つ。これは悪夢なんだ。覚めない夢なんかない。必死に自分に言い聞かせる。
女が僕のまぶたに触れる。そして無理やり目を開かせる。ちゃんと見ろと言いたいらしい。良いだろう、僕はこの悪夢をはっきり見てやる! 僕は手を払い、目を見開いて女の顔を見た。
やがてドアが開く。女は観念したのか僕に背中を見せた。やっと終わる、と僕は思った。女がエレベーターを降りる。そしてどこかへ消えた。僕は崩れ落ちるようにして床に座った。エレベーターのドアは開いたままだ。
:11/02/20 15:07
:biblio
:A5igH2QY
#119 [異世界への行き方(12)]
もう僕には外に出て異世界かどうか確かめるような力はなかった。やがてドアが閉まり、エレベーターは一階へ向かう。エレベーターは通常の速さで降下する。壁の染みはもうない。
一階につく。僕は立ち上がり、エレベーターを出た。現実に返ったのだ、悪夢から覚めたのだ。僕は外の空気を肺に運び、ゆっくり吐いた。深呼吸をすると気が楽になった。
あれは幻覚だ。僕はそう自分に言い聞かせた。友人は用事を思い出して帰ったのだ。僕は腕で額の汗を拭おうとした。
血だ。腕には血がべったりついていた。
:11/02/20 15:08
:biblio
:A5igH2QY
#120 [我輩は匿名である]
異世界への行き方はhttp://bbs2.ryne.jp/r.php/occult/1319/このスレを参考にして書きました
:11/02/20 15:11
:biblio
:A5igH2QY
#121 [我輩は匿名である]
:11/02/20 15:11
:biblio
:A5igH2QY
#122 [我輩は匿名である]
なんのオチもどんでん返しもない話ばっかりだね
:11/02/21 15:42
:PC
:RFih9ObM
#123 [我輩は匿名である]
>>122貴重な意見ありがとうございます。そうですね、考えてみたらオチがありませんね。自分の作品って可愛い物でなかなか悪い点がわからんのです。低レベルな作品で満足しちゃってるせいですね。
ちゃんとオチだとかが書けるよう精進します。
:11/02/21 18:16
:biblio
:0qvT8Zb2
#124 [我輩は匿名である]
短編集好きなので、頑張ってください。
偉そうにすみませんでした。
:11/02/21 18:36
:PC
:RFih9ObM
#125 [運命の人(1)]
とある病院に二人の男女が入院していました。二人は何度か顔を合わせる内に、互いのことが好きになりました。
「エミちゃん、好きだよ」
「ヤマトくん、私も好きよ」
二人は手を握り合いました。二人は幸せでした。けれど、不幸でもありました。二人は重い病気で、あと数ヶ月しか生きられないのです。
「ヤマトくん、なんで神様は意地悪をするんだろうね?」
「意地悪?」
「私たちをくっつけたかと思えば、引き離そうとするじゃない?」
「そうだね。でもこういうことなんじゃないかな。愛する人のために、希望を捨てずに頑張れって。頑張って生きてみろって」
:11/05/29 22:32
:biblio
:8XGo/2Jc
#126 [運命の人(2)]
二人は頑張りました。副作用の強い薬を飲んで、病気と戦いました。でも、駄目でした。ヤマトくんが先にこの世を去りました。エミちゃんは泣きました。ヤマトくんが亡くなったことで、自分が抜け殻になってしまったような気がしました。
「エミちゃん、これ」
看護婦がエミちゃんに手紙を渡しました。
「これは?」
「ヤマトくんからの手紙。預かってたの」
「ありがとうございます」
エミちゃんは手紙を受け取ると、早速封を切りました。
:11/05/29 22:32
:biblio
:8XGo/2Jc
#127 [運命の人(3)]
「この手紙を受け取ったということは、もう僕はこの世界にいないってことだ。残念だけれど、一時的なさよならだ。何故一時的ってエミちゃんは思うだろう。実はというと、僕はまだ諦めてないんだ。僕は転生――つまり、生まれ変わりを信じてる。生まれ変わって、また君を愛したい。
エミちゃんが病気に勝ったら、僕のことを待っててほしい。成長したら、きっと君に会いに行く。年の差なんて大した障害じゃない。死に比べたら……そうだよね?」
:11/05/29 22:33
:biblio
:8XGo/2Jc
#128 [運命の人(4)]
「こういうことは言いたくないんだけれど、もしエミちゃんが病気に負けたら、生まれ変わってまた会おう。運命は信じる? 僕は信じるよ。きっと僕たちは会えるさ。きっとうまくいく。僕たちは再び会うことを約束するために出会ったのだから。
それじゃあ、一時的なさよならだ。また会おう」
エミちゃんの目からは涙が溢れ出ました。手紙には大粒の涙がこぼれ落ち、字が滲んだ。エミちゃんは生まれ変わりを信じました。そして、絶対ヤマトくんを見つけると決めました。
エミちゃんが亡くなったのは、それから数ヶ月してからでした。
:11/05/29 22:33
:biblio
:8XGo/2Jc
#129 [運命の人(5)]
ここはとある高校。沢山の若者が授業を受けています。
「あ、シャーペンの芯がない」
女の子は慌てました。筆箱や机の中を探しましたが、芯はありません。
「ヤマトくん、シャーペンの芯貸してくれない?」
「いいよ」
ヤマトくんと呼ばれた男の子はシャーペンの芯を貸してあげました。
「ありがとう」
:11/05/29 22:33
:biblio
:8XGo/2Jc
#130 [運命の人(6)]
「あれ、消しゴムがない」
ヤマトくんは慌てました。筆箱や机の中を探しましたが、消しゴムはありません。
「ねえ、エミちゃん、消しゴム貸してくれない?」
「はい」
「ありがとう」
二人はまだ気付いていません。隣に運命の人がいることに。
意外と近くに運命の人はいるかもしれません。あなたはどうですか?
:11/05/29 22:33
:biblio
:8XGo/2Jc
#131 [○○&◆.x/9qDRof2]
(´∀`∩)↑age
:22/10/07 17:01
:Android
:GR1soPvw
#132 [○○&◆.x/9qDRof2]
:22/10/07 17:05
:Android
:GR1soPvw
#133 [○○&◆.x/9qDRof2]
:22/10/07 17:06
:Android
:GR1soPvw
#134 [○○&◆.x/9qDRof2]
「ほんと、動物好きだね」
「可愛いからなぁ」
そう言って、英輔はまた、甘く笑った。
麻衣には動物への興味などさらさらないが、英輔が趣味に傾倒する気持ちは、理解できる。時には、その趣味とはまた別の時間の使い道があるということも。
だからこそ、今日のような雨の日は、こうして二人で時間を共有する。
英輔もまた、休日の雨の日の読書を密やかな楽しみとしているのだ。
:22/10/07 19:19
:Android
:GR1soPvw
#135 [○○&◆.x/9qDRof2]
「雨、止まないね」
視線を窓の外に移して、英輔が呟く。
「だからここにいるんじゃないの?」
「……それもそうだ」
また麻衣に視線を戻して小さく笑う。
「何言ってるんだか」
まだへらへらと笑っている英輔に呆れたように嘆息した。
どこか掴み所のない英輔だが、こうして過ごすこの時間が思いのほか心地好い。それが何故なのかわからなかったが、麻衣はいつの間にかこの雨の休日を待ち遠しく感じていた。
:22/10/07 19:19
:Android
:GR1soPvw
#136 [○○&◆.x/9qDRof2]
コーヒーに口を付けた後、麻衣は読書に戻ろうと文庫本を手に取った。栞を挟んだページを開き、最後に目を通した一文の一行前から読み直していく。次第に文章が目に馴染み始め、物語に引き込まれていった。
しかし、ものの数分もしない内に、
「なぁ、佐々木」
再び英輔の声によって現実の世界に呼び戻される。
「……何よ」
返す言葉に険が籠もった。彼は麻衣がこんな邪魔のされ方を嫌っていることを知っているはずだ。それなのにどうして、今更、こんな声のかけ方をしてくるのだろうか。
:22/10/07 19:20
:Android
:GR1soPvw
#137 [○○&◆.x/9qDRof2]
麻衣は苛立ちと訝しさとを混ぜたような視線を英輔に向けた。相変わらず、英輔は安っぽい笑顔を浮かべている。
そして、唐突に、
「結婚しよう」
そう言ったのだ。
からん、とグラスの中で氷が音を立てた。その拍子に、グラスの側面に浮いていた汗の玉の一つが雫となって、ガラスの表面を滑り落ちていく。
ああ、そうだったのか。
不意に麻衣は理解した。
:22/10/07 19:20
:Android
:GR1soPvw
#138 [○○&◆.x/9qDRof2]
麻衣が、何故、どの男にも心を惹かれるものを見付けられなかったのか。何故、“彼女”のことを考えると胸の中がモヤモヤするのか。何故、英輔と過ごす雨の日を待ち遠しく感じていたのか――その事に、漸く、答えが出せた。
雫はテーブルに溜まった小さな水溜まりに混ざり、その一員となって目には見えなくなっていった。
:22/10/07 19:20
:Android
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#139 [○○&◆.x/9qDRof2]
「…………読まないの?」
麻衣はテーブルの上のブックカバーを掛けられた文庫本を、人差し指でとん、と叩いた。
「え? ああ、読むよ。久しぶりにシートン動物記を持って来たんだ」
「そう。懐かしいわね」
そう言って麻衣はページに視線を落とした。
「あれ? 佐々木、返事は?」
「返事?」
:22/10/07 19:20
:Android
:GR1soPvw
#140 [○○&◆.x/9qDRof2]
質問には答えず逆に英輔に問い掛ける。丁度、ページの最後を読み終わったところだったので、麻衣はページを繰る為にのその端に指を掛けた。
「いや、だから……」
言葉を濁した英輔にちらと目だけで先を促す。真剣味のなかった彼に初めて焦りのようなものが見えた。
「俺、一応プロポーズしたんだけど」
「冗談でしょ?」
一言の元に斬って捨てた麻衣はページを捲る。
:22/10/07 19:20
:Android
:GR1soPvw
#141 [approach]
(´∀`∩)↑age↑(∩゚∀゚)∩age
:25/11/13 00:49
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:b8Rd/wD6
#142 [あげ]
あげアゲ(🤟 ˘ω˘ )🤟アゲ
:26/04/26 18:23
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:KZfGZ9u2
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