漆黒の夜に君と。V[BL]
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#255 [ちか]


>>92-254 第十一話 嵐、再び

▼感想板
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⏰:11/10/26 01:25 📱:Android 🆔:7b8hSSCs


#256 [ちか]



第十二話 夜明けの約束


⏰:11/10/26 01:26 📱:Android 🆔:7b8hSSCs


#257 [ちか]
「"離婚届"ってどういうこと…?」


そう俺に問いかけた瞳の色は、
動揺と怒りを帯びていた。


しまった。

そう悟ったが、時はもう遅い。

あの紙とは毎日のように睨み合いをしていたし、この研究室は俺が居るとき以外誰も立ち入らないことになっていたため、油断してデスクに置きっぱなしになっていた。

こんな時ばかり、
研究に夢中になっているときの身辺のだらしなさに後悔を立てる。

⏰:11/10/26 01:33 📱:Android 🆔:7b8hSSCs


#258 [ちか]
ただ何も言えず、俺は苦々しい顔で優里見つめる。

そんな俺に苛立つように優里は下唇を噛み、俺に歩み寄った。

「ラブラブとか言ったクセに!!離婚届ってもう家庭ハタン(破綻)してんじゃん!!」

そう言って、俺の胸にもう皺だらけになっている紙切れを押し付ける。
睨み付けるその目にはうっすらと涙の膜が張られて見えた。

華奢な手に胸をつかれたところで痛みなど何もないが、怒りが直で伝わってくる。
ムキになることでもないのだが、面倒なことは嫌いだ。

俺は漸く固く閉じていた口を開いた。

「破綻もろくに発音できない子供に夫婦間のことまで口挟まれる義理はないな。」

「話、そらすなっ!!!」

⏰:11/10/26 08:38 📱:Android 🆔:7b8hSSCs


#259 [ちか]
舌打ちでもしたい衝動に駆られる。

「騙してたのかよッ!??」

「人聞きの悪いこと言うな。」

「だってそうだろ?!」

涙の膜は今にも決壊しそうな勢いだ。
揺らぐ水滴を見ていると、言葉に詰まる。
何も言えずにまた見つめていると、優里はか細い声で呟いた。


「………そんなに俺が嫌いかよ…。」

その瞬間、また胸の中で何かが揺らぎ出す。
やがて揺らいだソレが全身を支配していくと、思わぬ言葉が無意識に口をついて出た。

「嫌いじゃない。」

⏰:11/10/26 08:58 📱:Android 🆔:7b8hSSCs


#260 [ちか]
「え……?」

怒りの色をしていた目が驚きに変わる。

そして俺自身も、
自分から出た無意識の言葉に動揺を隠せない。

「や、…あ、いやこれは……」

言葉にならない言葉が頭の中でグルグルと回っているうちに、胸に当て付けられていた手がそのシャツを掴み、震えだした。

「……それって、」

「違う。」

何を言われるかは分かっている。
だからこそ、遮るように否定した。

⏰:11/10/26 10:46 📱:Android 🆔:7b8hSSCs


#261 [ちか]
「違わないだろっ…あんた、俺のこと…!!」

「違う…っ!!」


好きなんかじゃない。
そんなはずない。


再度遮るように口を挟むと、優里はキッと俺を睨み付けた。
しかしそれはすぐにそらされる。
そしてその顔がみるみるうちに赤くなっていった。


「だって、昨日だって…俺に、キ、キス…して…」

⏰:11/10/26 10:50 📱:Android 🆔:7b8hSSCs


#262 [ちか]
俺は頭の中で思い出した昨日を後悔しながら、ため息をつく。

「あれはただの勢いだ。だいたい14も下の、しかも男に本気でそんな感情持つわけ……、」

本気でそんな感情持つわけない。
そう言おうとしたが、噛みつくように優里が俺の話を割いた。


「じゃあ14も下の男に勢いでキス出来んのかよ?!」

「それはっ…」

思わず、また否定の言葉が口をつく。

それは、違う。
そんな言葉を言いかけて飲み込むと、優里は不服そうな顔で俺を見上げた。

「…俺は、あんたのためならなんでも出来る。」

⏰:11/10/26 13:06 📱:Android 🆔:7b8hSSCs


#263 [ちか]
「あんたが本気になってくれるなら、俺はなんでもする…」


そう言って下唇を噛み締める姿に、胸の奥が揺れた。

その瞬間、
また昔の自分がフラッシュバックする。




今のコイツの言葉、あの日の俺にそっくりだ。

⏰:11/10/26 14:59 📱:Android 🆔:7b8hSSCs


#264 [ちか]
まだ研修医だった頃の俺に。
───────────………

そうあれは、俺があいつと出会って、もうすぐ二度目の春を迎える頃だった。


「な、なに言ってんの先生?病人からかわないでよー!あははは…」

あの日、あいつはそうやって俺の告白を受け流した。
まるで俺が優里にそうしたように。

「からかってない。本当にはあんたが好きなんだ。」


そして俺もまた優里がそうしたようにそれを真剣に繰り返して伝えていた。

⏰:11/10/26 15:18 📱:Android 🆔:7b8hSSCs


#265 [ちか]
「か、仮に、先生が本気だったとしてもだよ?あたしと先生は、患者とお医者さんでしょ!立場ってもんが…」

「そんなの関係ない。」

「関係あるんだってば…ッ!!」

もうすぐ桜が咲くその蕾の下で車椅子越しに見たあの背中を俺は一生忘れない。

「もう長くない人間と一緒になったって、先生が不幸なだけだよ…」

あの細い肩も、
震える声も、
無理をした笑顔も。

忘れることなんて出来なかった。

⏰:11/10/26 15:28 📱:Android 🆔:7b8hSSCs


#266 [ちか]
少しヒステリックに叫んだあいつは、それを消し去るように無理して明るい声を取り繕った。

「だ、だから、先生はさ!!もっと違う人と…」

「俺が治す。」

その声が痛々しくてつらくて、
俺は押していた車椅子の取っ手を強く握る。

「もう〜、分かんない人だなぁ、先生はー!あたし余命まで宣告されてるんだよ?そんなこと出来るわけないじゃん。」

あの頃の俺は何も出来ないただの研修医で、
そんな自分が苛立たしくて

「…俺はあんたのためならなんでも出来る。」

出来るはずもないことを本気で言っていた。

⏰:11/10/26 15:39 📱:Android 🆔:7b8hSSCs


#267 [ちか]
「それであんたが治って、本気になってくれるなら、俺はなんでもする。」


いや、
あの頃だって本当は
そんなこと出来ないと分かっていた。


だから、

「あんたが好きだから…。」


車椅子に乗っているあいつの背中を見て
平然を繕う声とは裏腹に
幾つもの水滴が零れたんだ。

⏰:11/10/26 15:46 📱:Android 🆔:7b8hSSCs


#268 [ちか]
今の優里(コイツ)は、まさにあの時の俺にそっくりだ。


出来もしない約束に必死になって
どんどん人の感情の中に踏み込んでいく。


「なんでそこまで…」

「あんたが好きだからだっつってんだろッ!!!!」



それが正しいと、思い込んで。

⏰:11/10/26 15:50 📱:Android 🆔:7b8hSSCs


#269 [ちか]
グイッ!!!…──

プツンと頭の奥で何かが切れた。

それと同時に優里の手を掴んだ俺はそのまま自分の顔の前に優里を引き寄せる。

優里は突然のことに目を白黒させ長い睫毛が何度も空気中を掻いた。


その瞳は美しい漆黒の色をしていて、金色の髪に似つかわしくないと改めて思う。

そんな優里の顎を片手で掴み、顔を強引に上げた。

驚いたその表情(カオ)は青く、若い。

だが、


「な、なにっ…す…?!」


その人の心の中に土足で踏み込んでくることも
若さゆえの過ちであることを

俺が教えてやる。


「お前、俺のためならなんでも出来るって言ったよな?なら、俺を本気にさせてみろ。」

⏰:11/10/26 16:43 📱:Android 🆔:7b8hSSCs


#270 [ちか]
そう言って強引に口づけをする。


昨日のキスとは全く違う、ただ強引で理性のある冷淡なキスを。


ついばむように何度か重ねた後、わざとらしく音をたてて俺は唇を離した。

微睡む漆黒の瞳が俺を見つめる。
その目をかしっかり見据えて俺は言った。


「お前が本気だって言うなら、俺を誘ってみろ。」


それで分からせてやる。

⏰:11/10/26 23:06 📱:Android 🆔:7b8hSSCs


#271 [ちか]
揺らぐ瞳。

ほら、

「なに、それとも出来ない?やっぱり遊びじゃそこまでは出来ないよな?」


出来ないって言えよ。

こんなの遊びだって言えよ。

そうすれば全部、終わる。

⏰:11/10/27 11:42 📱:Android 🆔:JMT4HDhY


#272 [ちか]
しかし俺の読みとは裏腹に、
揺れる瞳は徐々に焦点を定めていった。


そして優里はキッと俺を見据える。


ヤバイ。
この目、本気でやるつもりだ。

そう悟った時にはもう遅かった。


襟元をふいに引き寄せられ、再び重なる唇。

⏰:11/10/27 15:57 📱:Android 🆔:JMT4HDhY


#273 [ちか]
ぎこちなく、不慣れなのが伝わってくる。
緊張が伝わってくるソレは、やっぱりまだ青い。

そのまま、優里の舌は俺の首筋を這っていく。

俺はくすぐったいが昂る感情を自分なりに抑えて、ただ冷静にそれを受けた。

しかし、
俺のシャツのボタンを開ける右手は確実に震えている。



見ているだけで痛い。

⏰:11/10/27 16:17 📱:Android 🆔:JMT4HDhY


#274 [ちか]
思わずその震える手を掴んだ。
見ていられない。

「もういい。やめとけ。」

酷なことを強いてしまった、そんな罪悪感に少し苛まれながらも、これで本人自身が俺との関係をこれ以上望むことは無いだろうと俺は内心安堵の息をついていた。


出来ないことを出来ると言い張るなら
それがただの虚言でしかないことを
身をもって教える。

それが、寝言から醒める一番の薬なんだ。

たとえそれで俺が嫌われたとしても、仕方ないことなんだ。

そう自分に言い聞かせながら。

⏰:11/10/28 00:45 📱:Android 🆔:k6d6Lilg


#275 [ちか]
俺の制止に優里は首を何度も横に振る。
思わず、掴んだ手に力が入る。

俺に固執する必要がどこにあるんだ。
考えても考えても分からない。

しかし優里は必死な表情で俺に訴えかけてくる。

「…なんで…っ、俺、無理なんかしてないしッ…こ、これくらい全然……!!!!!」

「口ばっか強がっても、顔見りゃ分かるんだよ。」

暫く無言の睨み合いが続いた。
そして、その沈黙を先に破ったのは


「わかった…」



優里だった。

⏰:11/10/28 00:55 📱:Android 🆔:k6d6Lilg


#276 [ちか]
「あんたは俺に諦めてほしいんだろ?」

「ああ。」

何を今さら。
そんなことを思いながら頷くと、
優里は再び話を繋げた。

「じゃあ、俺とヤれよ。」

「は?」

こいつ、本物の馬鹿だ。
今までの何を見て、そんなことが言えるのか。

俺はため息をついて掴んでいた手を離した。

「話になんねえな。お前には無理だ、やめとけ。」

そう言って、ポケットの中からタバコの箱を出す。

⏰:11/10/28 01:02 📱:Android 🆔:k6d6Lilg


#277 [ちか]
すると、先程とは逆に今度はタバコを持っていた俺の手を優里が掴んだ。

「一回ヤってみれば、俺だってあんたのこと嫌いになれるかもしれないだろ?!」

「俺達は男同士だぞ。そんなことしなくても、結果は分かる。」

いい加減にしてくれ。
なんでそうなるんだ。

こいつは、いつも俺の読みとは違う方にばかり走っていく。
傷つく道にばかり。
かつての俺が進んだ道のように。

「そんなの、やってみなきゃ分かんねえじゃん!!!!!」

いい加減に、

「最後にするから…っ!!!!それで、諦めてやるから…!!!!!」

気づけよ。

⏰:11/10/28 01:10 📱:Android 🆔:k6d6Lilg


#278 [ちか]
ドサッ…

重なりあうようにソファに鈍い音が響いた。
二人分の重みがソファに沈んでいく。

タバコの箱が床に落ちる音がすると、それっきり研究室は静まり返った。



俺が自分の下に倒れこむ優里の両手首を掴み、自由を奪うと、
一瞬、時が止まったように俺たちの間を張り詰めた空気が流れる。



「なら、お望み通りにしてやる。」

そして俺は優里のシャツに手をかけた。

⏰:11/10/28 01:19 📱:Android 🆔:k6d6Lilg


#279 [ちか]
吐き捨てるようにそう呟いた俺は、優里の上半身から衣類を剥ぎ取った。

そのまま何度も首筋に吸いつく。
吸い付くたびに優里からは甘い吐息が漏れた。

散らばめた赤い痕を見つめ、時折撫でるとくすぐったいようで優里の身体はピクピクと反応する。

「あッ……ハァッ…///つ…ッう///」

優里の全神経を支配しているようだった。

ふいに膝を下半身に擦り付けると、思わぬ刺激だったのか無防備な声が部屋に響いた。

⏰:11/10/28 15:37 📱:Android 🆔:k6d6Lilg


#280 [ちか]
「若いねえ。」

「うっ…せ…ッんあっ///」

煽るような目で見下ろすと、甘い声とは対称に反抗的な目が苦しそうにこちらを睨む。

「ちゃっかり反応してるクセになにがうるさいんだか。」

呆れたように言い放って、俺はズボンの中に右手を忍ばせた。

すでに優里のソレにはトロトロと蜜がまとわりついている。

「ちょ…っ、や…んんッ///神崎、待っ…////」

裏筋を擦り、先端を引っ掻くと身体はさらに強く反応を示した。

限界は近そうだ。

⏰:11/10/28 15:47 📱:Android 🆔:k6d6Lilg


#281 [ちか]
優里の喘ぎ声に合わせて俺は右手を加速させる。

「や…ッ、ふ…んぁっ///神崎…っ、も…無理……っ」

優里は俺にしがみつくと背中に爪を立てた。
そして、身体を震わせて吐き出された白濁。


「ハァ…っ、ハァ…ッハァ///」

俺に絡みつく腕が、力が抜けたようにスルリとソファに垂れた。

俺はこれ見よがしに絡めとった白濁を優里の目の前でちらつかせる。

それと同時に、優里の火照った頬が一層紅潮するのが一瞬で見てとれた。

「これで満足か?」

投げやりにそう言い捨てると、一瞬微睡んでいた瞳に反抗的な色に染まり始める。

⏰:11/10/29 22:51 📱:Android 🆔:34CuKAt6


#282 [ちか]
「誰が…っ!!!!こっ、これくらいで調子…乗んなっ!!!///」

そう怒鳴って優里はソファの隣のテーブルから適当に紙束を掴みとり、俺に投げつけた。

避けようと思わず優里に覆い被さっていた体が後ろに反る。

目の前をいくつもの薄っぺらい紙が舞う。
視界が遮られ鬱陶しさ極まりない。


こいつに手加減は要らなそうだな。

そう確信するようにもう一度、離してしまったその両手首を一掴みして拘束する。


「調子乗ってんのはお前だ。」

「ひ……ぁっ」

言葉と共に下半身にまとわる衣類を脱がせると、俺は秘部に指をあてがった。

⏰:11/10/29 23:03 📱:Android 🆔:34CuKAt6


#283 [ちか]
そしてそのまま強引に指を一本、その中に沈ませていく。

「つッ……、や…ぁっ」

痛々しく、悲鳴にも近いソレが耳を掠めた。

その瞬間、頭の中で糸がピンと張るように沈めていた指の動きが止まった。


ああ、俺は何をしているんだろうか。
こんなことをして一体何になるんだろうか。

「ふ…ぅ、神崎ッ!!ちょっ…待って…!!」


苦しむ表情を見るうちに、
頭に上っていた血がだんだん冷静を取り戻していく。

「ひぁっ、い…ッ…つ…はぁ…はッ…ハァ」

そして、優里の目尻から涙が零れた時、その動きは完全に止まった。

⏰:11/10/29 23:13 📱:Android 🆔:34CuKAt6


#284 [ちか]
「…やめた。」


独り言に近いような声量で呟くと、スルリと指を抜き取った。

そしてそのまま立ち上がり、落としてしまっていたタバコの箱を拾い上げる。

ついでに先程剥ぎ取り適当に床に放った衣類を優里に投げた。


「着ろ。」

それだけ言って、箱からタバコを一本抜き出すとライターで火をつける。
くわえると白煙が目の前を霞めた。

⏰:11/10/29 23:19 📱:Android 🆔:34CuKAt6


#285 [ちか]
優里はなげられた服を羽織ると上半身を起こした。

「勝手にやめんなよ!!!!俺は…っ!!!」

「呼吸、乱れてる。」

肺に含んだ煙を吐き出し、目線少し下で上体を起こした優里に有無を言わさぬ口調で指をさす。


「そ、そりゃあんなことされれば誰だって呼吸くらい乱れるだろ?!」

「それに脈も不規則。」

突っかかる口調とは正反対の覚めきった声。

⏰:11/10/29 23:28 📱:Android 🆔:34CuKAt6


#286 [ちか]
「職業病みたいなもんでな、いつでも何してる時でもそれくらい無意識に分かんだよ。お前今、息苦しいだろ。」

「………っ!!」


図星か。

問いかけが確信に変わるような、そんな表情で優里は俯いた。

「これで分かっただろ?お前には向いてない。やめとけ。」

釘をさすように言い放つと、細い肩が萎縮する。

「でも、俺は神崎が好きで…っ、あんたのためなら死んでもいいくらい好きで…っ」

喉の奥が震え、顔は見えなくても泣いてるいることが分かった。



「 ふざけんなっ!!!!!! 」


気づけばそんな優里を怒鳴っている自分が居た。

⏰:11/10/29 23:36 📱:Android 🆔:34CuKAt6


#287 [ちか]
「死んでもいい?!簡単に言うな!!!!!生きたくても生きれない人間がこの世界にどれだけ居ると思って…っ!!」

脳裏に浮かぶ鮮明なあいつの顔。
生きたくても生きれない人間の無理をした明るい笑顔。

あの顔を見て、何度願ったか。
彼女を治したいと。


でも叶わなかった。
末期の状態にまで陥った病気の前で、俺はその時無力な研修医でしかなかった。


悔しくて何度も噛んだ唇の痛みさえ、生々しく蘇るようだった。

⏰:11/10/29 23:43 📱:Android 🆔:34CuKAt6


#288 [ちか]
いきなり浴びせられた怒声に優里は潤む目を何度も瞬いた。

俺はそんな優里に背を向け、すっかり短くなってしまったタバコをくわえなおした。


「出ていけ。」


冷静になろうと心がけた声は思いの外震えていた。
それは優里にも伝わってしまっているだろうか。

怒鳴り声のあとの研究室は一層静かに感じられた。

⏰:11/10/29 23:48 📱:Android 🆔:34CuKAt6


#289 [ちか]
時計の秒針が研究室の静けさをさらに駆り立てる。

俺は振り向かずただくわえたタバコの煙を見つめた。



暫くして、ソファから立ち上がる音。

そのまま足音はドアの方へ近づいていく。

そしてドアノブが捻られ唸る音がした。




「……………ごめんなさい。」


か細い声はそう言い残すと、ドアが音を立て、ゆっくりと閉められた。

⏰:11/10/29 23:55 📱:Android 🆔:34CuKAt6


#290 [ちか]
一人になった部屋の中で深い溜め息は執拗に響いた。


「これで良かったんだよな…」

この感情の正体も本当はすでに分かり始めている。
ただ気づかないフリをしてるだけ。


おもむろに足下に落ちている皺くちゃの離婚届に目線を落とした。

震えるあの手で、これをどれほど強く握っていたのだろうか。

⏰:11/10/30 10:26 📱:Android 🆔:nfDV2Ves


#291 [ちか]
一人になった部屋の中で深い溜め息は執拗に響いた。


「これで良かったんだよな…」

そう言い聞かせるものの、
心に残る虚無感と蠢く感情。

この感情の正体も本当はすでに分かり始めている。
ただ気づかないフリをしてるだけ。


おもむろに足下に落ちている皺くちゃの離婚届に目線を落とした。

震えるあの手で、これをどれほど強く握っていたのだろうか。

⏰:11/10/30 10:27 📱:Android 🆔:nfDV2Ves


#292 [ちか]
紙を拾い上げまじまじとそれを見つめる。

蠢く感情がじわじわと俺の体を支配していくようだ。
今すぐ追いかけてしまいそうなほど、その感情は昂っていた。

それを無理矢理消し去るように俺は頭を振る。



「…俺は、あの約束を裏切れない。」

────────────────…………
─────────………
─────……

⏰:11/10/30 10:30 📱:Android 🆔:nfDV2Ves


#293 [ちか]
あの日以来、


再び優里は俺の前に現れなくなった。

しかし、以前現れなくなった時とは全く違う。


俺の行動する範囲の一切から姿を見せなくなった。

そんな状態が長く続き、晩秋だった季節はいつの間にか年も明け冬も大詰めの2月に差し掛かろうとしていた。

⏰:11/10/30 11:42 📱:Android 🆔:nfDV2Ves


#294 [ちか]
何度かアイツの病室のすぐ近くまで行ったこともあった。

しかし、
意地なのかプライドなのか、
はたまた約束という名の呪縛からか、
あと一歩というところでいつも引き返していた。


そんなある日の午後。

噂好きの同僚が妙に神妙な顔で俺を尋ね、研究室へやってきた。

⏰:11/10/30 14:19 📱:Android 🆔:nfDV2Ves


#295 [ちか]
「優里くん、すっかり来なくなっちゃいましたねー」

同僚は研究に持ってきた書類ら文献、データを片っ端からデスクに投げ捨てるとつまらなそうな顔でそう言った。

一瞬、体がピクリてと反応を起こしそうになったが平然を装い相槌を打つ。


「そうだな。」

「先生は寂しくないんですか?」

「は?なんで俺が」

窺うような目線を寄越す同僚を冷たくあしらう。

「だってあれだけ毎日騒ぎに来てたのが急にパッタリ来なくなると、はじめはうるさいなーって思ってたのに、なんか物足りなくなりません?」

「まぁ、たしかに。」

寂しくないといえば嘘になる。

⏰:11/10/30 15:06 📱:Android 🆔:nfDV2Ves


#296 [ちか]
とは言え、
俺は寂しいなんて口走っていい分際じゃない。

相手からの提案だったと言えど、
病院(ウチ)に多額の寄付金を注ぐどこぞの大企業の愛息子とあれやこれやをやってしまったわけで。


それはつまり、

クビにならないことの方が不思議なほどの大罪…。

⏰:11/10/30 20:11 📱:Android 🆔:nfDV2Ves


#297 [ちか]
今までは向こうからの一方的なアプローチだったから問題はなかったものの、今回は違う。



完全に俺に非がある。

その証拠が今日までに至る優里の俺に対する拒絶だ。


人間とは頭が冷えると、急に足元が見えるもの。
自分のした過ちを消し去ることも出来ず、この数ヵ月後悔の念に苛まれ続けている。

こんなことになるなら、
あの時顔面に二、三発鉄拳ぶちこまれる方がいくらかマシなくらいだ。

⏰:11/10/30 20:41 📱:Android 🆔:nfDV2Ves


#298 [ちか]
「先生、顔色悪いですよ?」

「あ、いや、ちょっとまずいことを思い出してた…」

ダメだダメだ。
もうあいつに振り回されるのは御免だ。

数ヵ月経ってもことが起きないところを見ると、問題になる様子はない。



俺が近づきさえしなければ。


⏰:11/10/30 20:54 📱:Android 🆔:nfDV2Ves


#299 [ちか]
気持ちを落ち着けようと昼に買った缶コーヒに手を伸ばす。

プルタブを開け喉奥に流し込むと心地好い感覚が流れた。

もう一度、残った半分を流し込むため缶を煽った時、後ろで文献をペラペラと捲っていた同僚がおもむろに口を開いた。


「そういえば、優里くんの手術来週らしいですねー」

⏰:11/10/30 22:26 📱:Android 🆔:nfDV2Ves


#300 [ちか]
「うわ、汚な!!先生、書類にかかったらどうするんですか、も〜!」

「わ、悪い…」

思わず同僚の話を聞いた瞬間、口に含んだばかりのコーヒーが吹き出た。

それほど驚きが大きかったのだ。
荒っぽく咳払いをした俺は出きる限り落ち着いた声色で同僚に問い掛ける。

「……それ詳しい日にち分かるか?」


同僚は自分の頭の中からまるで引き出しを探るように目線を上に向け考え始めた。

⏰:11/10/30 22:34 📱:Android 🆔:nfDV2Ves


#301 [我輩は匿名である]
応援してます(^∀^)ノ

⏰:11/10/30 22:44 📱:X-RAY 🆔:xw1xjsE6


#302 [ちか]
「えっと…、外科部長なんて言ってたかなぁ」

同僚が思い出してる間に容器の中の残りを流し込んだ。

また吹き出しては今度こそ研究材料に支障を来しかねない。


そうこうしているうちに同僚は思い出したように明るい声をあげた。

「あ、思い出しました、思い出しました!たしか今週末の金曜ですよ。なんでも大がかりな手術だから、優秀な医者を何人もそろえてるっておっしゃってました。」

「へぇ…」

金曜日か。
来週と聞いて少し嫌な予感がしたが、当たったな。

ちょうど金曜は研究の途中経過を他の病院で同じ研究をしている仲間と話し合うことになっている。
脳外科が専門の俺にはそもそもオペに立ち会うこともまず無いのだが、せめてその前の数時間会えれば、スケジュール的にナシか…。



って、

⏰:11/10/30 23:08 📱:Android 🆔:nfDV2Ves


#303 [ちか]
「だからどの面下げて会うつもりなんだよ!!!」

カランと音を立てて空き缶が床を転がる。

「せ、先生…?」

怯えるように顔を覗きこまれ、俺はすぐに理性を取り戻した。

「あ、いや!な、なんでもない、こっちの話だ…」


ああ〜もう俺、マジ何やってんだよ。
これじゃ前より重症じゃねぇかよ。

すっかり嫌われてしまった今、会って何になる。

というか、自分で嫌われるように仕向けておきながら、優里のことが気にかかるなんていくらなんでもムシが良すぎだ。

俺にそんな資格はない。

⏰:11/10/31 01:08 📱:Android 🆔:/uPp3Gos


#304 [ちか]
自分の中の葛藤に頭を悩ませていると、同僚は付け足すように話を続ける。


「ま、まぁ、でも、難しい手術らしいですよ。もともと優里くんがあの歳になるまで身体的にリスクが大きすぎて手術自体できなかったみたいですから。外科部長は、術後に影響が出ず無事にオペが成功する確率は40%前後だっておっしゃってたし…」


「40%…。」

思わず俺はその数字を繰り返していた。


それは決して高い確率ではない。
むしろ、なんらかの影響が出ることを覚悟して受けなければならない確率の数字だ。


胸の奥がギュッ、と締め付けられる。
過去のトラウマと認めたくない感情の交差。
それは見てみぬふりをするには大きすぎるモノだった。

⏰:11/10/31 04:08 📱:Android 🆔:/uPp3Gos


#305 [ちか]
>>301 匿名さま.

ありがとうございます(*^^*)
がんばります!
よかったら感想板にも遊びに来てくださいね♪

⏰:11/10/31 08:00 📱:Android 🆔:/uPp3Gos


#306 [ちか]
>>304続き

「…き、きっと手術前だから優里くんも大人しくしてるんですね!手術が終われば前より激しい特攻してきそうだから、先生覚悟しといた方がいいですよー?」

一瞬重くなった空気を掻き消すように同僚は明るく振る舞った。

しかし、今の俺にその言葉はキツい。
嫌われてしまった今、前より激しい特攻など微塵も考えられないのだから。

俺は苦々しい笑顔で同僚の言葉を受け流し、持ってきてもらった資料を整理し始める。

それを見ると同僚も気を利かせ、軽く挨拶をして静かに部屋を出ていった。

⏰:11/10/31 15:16 📱:Android 🆔:/uPp3Gos


#307 [ちか]
しかし本当は資料を整理するなんて形だけ。

目を通したところで、内容なんて頭に入ってこない。


認めたくないが、
頭の中はアイツで支配されていた。

しかし何度も頭の中であの約束が働きかける。

そしてこれ以上、踏み込んではいけないと忠告されているような気がしてならないのだ。

葛藤が葛藤を呼び、
考えは堂々巡りを繰り返していた。

⏰:11/10/31 16:51 📱:Android 🆔:/uPp3Gos


#308 [ちか]
会いに行くことは出来る。

しかし
会うことで満足するのは自分だけ。

会ったところで好きだと言われても約束がある限り、気持ちに答えることは出来ないのだから。

それは
約束に対しても
優里に対しても
中途半端な態度でしかない。

正しい選択はこれ以上関わらないこと。

⏰:11/10/31 16:56 📱:Android 🆔:/uPp3Gos


#309 [ちか]
.

「分かってんだよ、んなことは…。」


だからこそ
頭に感情がついてこず、
こうも悩んでいる。



力無く漏れた独り言は
虚しく部屋で響いた。

⏰:11/10/31 16:59 📱:Android 🆔:/uPp3Gos


#310 [ちか]
― 優里side. ―

あの一件があった以来、
また神崎には会わなくなった。






いや、
会えなくなった。

⏰:11/10/31 18:40 📱:Android 🆔:/uPp3Gos


#311 [ちか]
────……死んでもいい?!簡単に言うな!!!!!
生きたくても生きれない人間がこの世界にどれだけ居ると思って…っ!!────……


何度も脳内であの時のすべてが再生される。


あの時のアイツの表情(カオ)、
あんな表情(カオ)初めて見た。


踏み込んではいけない領域に触れてしまった。
直感でそう感じてから、
怖くて会えなくなった。

⏰:11/10/31 18:48 📱:Android 🆔:/uPp3Gos


#312 [ちか]
季節も中庭の木も次第に色を変え、時間が流れていく。

気づけば年が明け、2月に差し掛かっていた。

中庭の木が桜だと気づいたのはその頃だ。
小さな黄緑とピンク色の混ざった蕾が木を染め、まるで春が近いことを告げているようだった。

何度もこの病院で春を迎えていたというのに、気づかなかったなんて今までどれほど季節に無頓着だったのだろうと、思わず苦笑が漏れる。

⏰:11/10/31 18:54 📱:Android 🆔:/uPp3Gos


#313 [ちか]
そんな俺が季節が気になりだしたのは、
神崎に出会ってから。


研究という名目で来ているアイツも来月で半年の滞在になる。

ましてや離婚届だってあるし、そうなれば奥さんとの話し合いは済んだのかとか帰国しなくていいのかとか、いつ日本に帰るか考え出せばキリがない。

季節の半分がちょうど来月、再来月で終わるのならそろそろ帰る時期かもしれない。

そう思うと、
焦らずにはいられなかった。

⏰:11/10/31 19:02 📱:Android 🆔:/uPp3Gos


#314 [ちか]
しかし、
神崎の地雷に触れてしまった今、どんな顔をして会えばいいか分からない。

でもいつ帰るか分からない分、今のような形で終わるのはイヤだ。


そんな子供染みた葛藤に振り回されているうちに季節が一つまた変わったというわけだ。

「俺の臆病者〜…」


はじめの特攻ぶりはどこに言ったのだ、と言わんばかりに自分に叱咤し、寝返りをうった。

⏰:11/10/31 21:43 📱:Android 🆔:/uPp3Gos


#315 [ちか]
枕を胸に抱き止め、ベッドの布団の中でうだうだのたうち回っていると、ふいに病室のドアからノックの音が。


「だれ。」

振り向くわけでもなく、ドアに背を向け問い掛けるとドアが開き、看護婦が入ってきた。


「なんか用?」

今、あんたらに会う気分じゃないっつーの。
てか俺、最近問題起こしてねーじゃん。

今日は検査の予定も無いし、こんな日くらいそっとしといてくれよ。うぜえ。


そんなことを心の中で毒づきながら無言を保つ。

⏰:11/10/31 21:50 📱:Android 🆔:/uPp3Gos


#316 [ちか]
「具合はどう?」

「別に。普通。」

「優里が部屋から出ない日は、あたし達、逆に心配になるのよ。」

「そりゃどーも。」


淡白な会話が続くと、看護婦は呆れたように笑った。
憎たらしい口調は今に始まったことではなく、すでに怒られる範囲から抜けているらしい。


「まぁ、今日は優里に話があってきたのよ。」

看護婦の声色が微妙に変わる。
何か大事な話かと思い、背を向けていた体をぐるりと回すと真面目な顔がそこにあった。

「……なに」

⏰:11/10/31 21:57 📱:Android 🆔:/uPp3Gos


#317 [ちか]
「何度か前から言ってたから分かってるかも知れないけど、オペが来週の金曜に決まったから心の準備しといてって話をしに来たのよ。」


そう言って看護婦は優里の髪を撫でる。
まるで愛しい我が子でも扱うかのように。


「来週…」

「その反応見る限り、覚えてなかったわね。」

図星をつかれ、思わず黙ると看護婦はクスリと笑った。
しかし、それとは対称的に俺の顔は曇っていく。

⏰:11/10/31 22:09 📱:Android 🆔:/uPp3Gos


#318 [ちか]
年明けに行うことは聞かされていた。
だから来週に行うと聞けば、驚きよりいよいよと言った感じの表現の方がきっと正しい。


しかし、今まで身体的リスクが伴うため適年齢に達するまで行えなかった手術が、来週にまで迫ってきたと思うと、顔を強張らさずにはいられなかった。


看護婦はそんな俺を安心させるように、落ち着いた物腰で話を続ける。


「大丈夫よ。もう十分、あなたの体は手術に耐えられるわ。先生達も成功率80%っておっしゃってたもの。自信を持ちなさい。」

そんな風に優しく話したと思えば、

「い゛て゛っ!!」

バチンと軽い音を立てて額を叩かれた。
思わず、苦痛の声が漏れる。

⏰:11/10/31 22:22 📱:Android 🆔:/uPp3Gos


#319 [ちか]
「自信持ってドーンとかまえてりゃいいのよ、優里は。わかった?」

痛みに涙目になる俺をよそに、看護婦は一方的にそう告げると病室を出ていった。

去っていった後ろ姿を見つめながら俺は毒づく。

「あの乱暴ゴリラ女…」

しかしそう呟いた瞬間、再びドアが開き隙間から看護婦の顔が覗きこんだ。

「なんか言った?」

「?!べ、べつに?!」

地獄耳乱暴ゴリラ女の間違いだったと心の中で訂正し、ベッドの布団に潜り込む。

そして小さく笑った。
元気を出さないと、な。

⏰:11/11/01 21:01 📱:Android 🆔:DjtyBHfI


#320 [ちか]
それから数日経った日のこと。

あの看護婦のおかげなんて口が裂けても言わないけど、部屋を出る程度には元気を取り戻した。


そんな深夜、眠っていた俺は喉の乾きを覚え目を覚えた。

何か飲もうと自販機を求め、部屋を出る。

が、出て暫く歩くうちにナースステーションから話し声が聞こえてきた。

⏰:11/11/01 22:03 📱:Android 🆔:DjtyBHfI


#321 [ちか]
「で、話したの?優里に」

(俺…?)

自販機に行くには次の角を曲がればいいだけなのに、名前を出されたことが気になり、気持ちとは裏腹にそのままじりじりと体はナースステーションに近づいていった。


なんとなくしか聞こえなかった会話が、よく聞こえる場所まで着きそっと角に隠れる。

やましいことなんて無いのに、なんでこんなことしてるんだ、俺。

⏰:11/11/02 00:06 📱:Android 🆔:uZUHTXvM


#322 [ちか]
>>320訂正

目を覚えた→×
目を覚ました→○

ごめんなさい!

⏰:11/11/02 00:08 📱:Android 🆔:uZUHTXvM


#323 [ちか]
耳をすませれば、なんなく会話のすべてが聞こえてくる。

「先週話したわよ、一応…」

「一応?一応ってどういう意味?」

盗み聞きと言われても言い逃れ出来ないような状況と、自分関連の話だということに自然と体は緊張し、鼓動が速くなった。

看護婦は後ろめたそうな声で話を繋げる。


「手術のことはちゃんと言ったけど、」

「けど?」

けど、の後をなかなか言おうとしない看護婦に、俺まで「けど?」と聞き返しそうになった。
高鳴る心臓の音がうるさい。

⏰:11/11/02 00:14 📱:Android 🆔:uZUHTXvM


#324 [ちか]
いい加減聞くのに疲れたと痺れを切らし、立ち去ろうとしたその時、看護婦の小さな声が俺の足を止めた。


「……成功率80%だって嘘つい ちゃったのよ…」

「え?!何2倍増しで話してんのよ!!先生達は40%前後っておっしゃってたじゃない!」


…は?

80%は嘘?本当は40%前後?


何それ、どういう意味…?

⏰:11/11/02 00:19 📱:Android 🆔:uZUHTXvM


#325 [ちか]
「だってあの子が不安そうな顔するから…」

「だからって嘘ついていいってワケじゃないでしょ?!」

ドクン、ドクンと鼓動がさらに速くなっていく。
とっさに両手で耳を塞いだ。
嫌でも声が耳にこびりついてくる。

「あんな難しい手術を…っ」

聞きたくない。

「成功したって目が覚めないこともあるのに…っ!!」

聞きたくないッ…───

⏰:11/11/02 00:25 📱:Android 🆔:uZUHTXvM


#326 [ちか]
気づけば走りだしていた。


自分の病室に戻った俺は、
そのままズルズルと壁づたいに座り込む。


心臓の音が耳を支配していく。

今は確かに聞こえるこの音も、いつか止まって聞こえなくなるかも知れない。

いつでも隣合わせにある“死”
向き合っているようで見ていなかった“現実”…────


突然突きつけられた現実という名の恐怖に、俺は逃げるように耳を塞いだ。

──────────────………
───────────………
──────………

⏰:11/11/02 12:57 📱:Android 🆔:uZUHTXvM


#327 [ちか]
(TT)>>302訂正
読み返してて気づいたんですが、
同僚の言葉の中で手術が『今週末』になってますね(>_<)
正しくは『来週末』です!すいません(TT)

⏰:11/11/02 21:55 📱:Android 🆔:uZUHTXvM


#328 [ちか]
>>326続き

― 陽平side.―


「先生、お願いします」

「いや、でも、その日は〜…」

「前日でもいいんです!その前でも!」

「や〜…」



関わらないと再決心したのも束の間、
研究室に突然、看護婦に乗り込みをかけられた。

⏰:11/11/03 00:19 📱:Android 🆔:luRwubkA


#329 [ちか]
「優里本当に最近、人が変わったみたいに元気なくて…。きっと先生に会えば、元気も出ると思うんです!」

「いや、それは…、」

むしろ逆効果なんじゃないか
そんな発言が口をついて出そうになり慌てて飲み込む。

看護婦は腑に落ちないといった顔でこちらを窺ってきた。

踏み込まないようにすれば、なんらかのキッカケで引き込まれる。

もはやこれは何かの因縁なんだろうか…

⏰:11/11/03 00:30 📱:Android 🆔:luRwubkA


#330 [ちか]
看護婦の強引な願いに、曖昧な返事をしているがラチがあかない。

もう一時間はこうしている。

「どうにか都合つけてもらえませんか?!」


俺だって一度はそう考えたっつーの…

でも、

「や、金曜当日はたの病院と合同で研究経過の発表がありまして、今週いっぱいはその資料作りでギリギリなんです。」

どうしてもスケジュールがそれを許してくれなかった。

⏰:11/11/03 00:39 📱:Android 🆔:luRwubkA


#331 [ちか]
この期間、今まで順調に進まなかった研究に追い込みをかけ、なんとか発表には間に合いそうなもののそれも余裕ではない。

徹夜覚悟と言ったところだろう。


会う約束なんかとても出来るスケジュールではなかった。

「すいません、力になれなくて。」

そう言って申し訳なさそうに詫びると、看護婦の目も次第に諦めの色に変わり、長い口論の末、最後には「頑張ってください…」と一言残して研究室を出ていった。

⏰:11/11/03 10:03 📱:Android 🆔:luRwubkA


#332 [ちか]
誰も居なくなった部屋の中で一人、デスクの上に広げられたスケジュール帳に目を落とす。




どうにか、出来ないだろうか。



そんな現実味のない願望を抱きつつ、ぎっしりと細かい字が刻まれた紙の上を指でなぞる。

⏰:11/11/03 13:51 📱:Android 🆔:luRwubkA


#333 [ちか]
「…つッ〜…」

暫くそうしていると、紙が無意識のうちに滑らせていた指を切ったようで、傷口から赤いものが滲んだ。

そしてその瞬間、痛みと共に我に変える。


気がつけば頭の中でこの先の予定を詰めて、空きのない予定にいつの間にか空白を作ろうとしていた自分。

やるせない感情に押し潰されそうになり、無造作に頭を掻く。


「流されないって決めたのに何してんだ、俺…。」


そして俺は揺れ動く感情にセーブをかけるように、心臓のある方の胸をぎゅっと握り、小さくため息をついた。

――――――――――――――
――――――――――――――

⏰:11/11/03 13:52 📱:Android 🆔:luRwubkA


#334 [ちか]
――――――――――――――――
――――――――――――――――

で、なんでか俺は今、



( …結局、)



優里の病室の前に居たりする。



( 来てしまった…。 )

⏰:11/11/03 14:00 📱:Android 🆔:luRwubkA


#335 [ちか]
只今、深夜4時。

いや、深夜というより明け方と言った方が正しいかも知れない。
しかし、冬の4時はまだまだ夜の漆黒を保っていた。

窓ガラスに映る自分の目下のクマに思わず苦笑が漏れる。

そのクマが今日までのスケジュールの多忙さを物語っていた。


案の定資料作りはギリギリまでかかった。
毎日研究室での寝泊まりが続き、発表の前日である今日もそうだった。

そしてやっと仕上がったのが一時間前のこと。

そのまま寝て翌朝の発表に備えればいいものを、


(俺、なんで来てんだよ…。)

足が勝手に動き、気づけばドアの前に居た。

⏰:11/11/03 14:12 📱:Android 🆔:luRwubkA


#336 [ちか]
ドアの取っ手に手を掛ける。

暫くしてその手を離す。

そしてまた手を掛ける。


ついてから30分強。


もう何度もこの動作ばかり繰り返している。

⏰:11/11/04 00:17 📱:Android 🆔:zdlH.a0c


#337 [ちか]
じんわりと手に滲む汗を見つめながら、自分に言い聞かせた。


さすがのアイツでも夜中の4時じゃ、起きていないだろう。
寝ている時にちょっと顔を覗いてすぐ帰るだけだ。

誰にも何にも迷惑はかからないし、
そうこれは俺の自己満足だ。

だから迷わず開けてしまえ。…――


ガラ…ッ

⏰:11/11/04 00:22 📱:Android 🆔:zdlH.a0c


#338 [ちか]
勢いで開けたドアが小さく音を立てて開く。

ピッ…――ピッ…――ピッ…―



中では無機質な電子機器の音がその部屋の全てのように静まり返っていた。


入ってすぐ目につくベッドには入り口に背を向け横になっている華奢な後ろ姿。

俺は、部屋に入ってきても無反応なその背中に安堵の息をつく。



そして優里が寝てることを確信した俺は、ゆっくりとベッドの傍に歩み寄った。

⏰:11/11/04 07:05 📱:Android 🆔:zdlH.a0c


#339 [ちか]
もう何ヵ月も見ていなかった背中。

相変わらず華奢な腰や腕。



俺はいつのまにか見とれるように、すぐ傍で立ち尽くしていた。



薄暗い部屋にカーテンの隙間から月の光が射し込む。

人工的な金色の髪がその光に照らされてキラキラと美しく光った。


思わず、撫でたい衝動に駆られ、本能が赴くままにその手をそっと髪に伸ばす。

あと2、3センチと言ったところか。
ふいに静かな声が俺の手を止めた。



「…神崎だろ」

⏰:11/11/04 17:20 📱:Android 🆔:zdlH.a0c


#340 [ちか]
「なっ、お前起きて…っ」

伸ばしていた手を咄嗟に引っ込める。
動揺を隠しきれず、声は震えた。

俺の馬鹿!!
だから、さっさと顔見て帰りゃよかったのに!!

内心でこれでもかと言わんばかりに自分を叱咤に、合ってもいない目を泳がせる俺。


それとは正反対に、
俺が入ってきた時と同様、横を向き俺に背中しか見せない優里。

⏰:11/11/04 17:27 📱:Android 🆔:zdlH.a0c


#341 [ちか]
「動揺しすぎだから。」

逆にお前はなんでそんなに冷静なんですか。

そうツッコミたくなる気持ちをぐっと抑え、平然を装い問い掛ける。


「なんで俺だって分かったんだ?」

声が揺れないよう心がけるが、顔はひきつるばかり。
表情のも見えないまま、優里はそんな俺に淡々と答えた。


「あんたの足音、独特だから。部屋の前まで来たのになんで入ってこねえんだろって思ってた。」


…………つ、つまり最初っから気づいてた、と。
そんでこいつの耳は野生児並みだ、と。

⏰:11/11/04 17:32 📱:Android 🆔:zdlH.a0c


#342 [ちか]
気恥ずかしさが沸々と沸き上がり、怒りへと変わる。
今の俺はきっと百面相に違いない。

「き、気づいてんならこっち向いて声の一つくらい…っ!」

そういえば、俺はガキの頃から照れると暴力で誤魔化すタチだった。
咄嗟に伸ばした手を見ながら、ふとそんなことを思い出す。

さすがに患者に暴力はふるわないが、勢いに任せ一度引っ込ませた手を伸ばし、その細い肩をひっ掴んだ。

そしてこちらに向かせようと力を入れる。
すると、なんということでしょう。

華奢な体は見掛け倒し、ではなく、
思った通り、というか思っていた以上にあっさりとその体は体勢を崩した。


そして。

⏰:11/11/04 21:03 📱:Android 🆔:zdlH.a0c


#343 [ちか]
「お、お前…、」

「…ッ見んな、バカ神崎っ!!」


一瞬のことに目を見開いたままこちらに振り向いた優里の瞳にはくっきりと涙のあとが滲み、赤く腫れていた。

驚いた俺はそのまま手を離す。

優里もそれと同時に、またもや俺に背を向ける先程の姿勢に戻った。


あれー…えーっと、
これは一体…

「泣いてんの…?」

「うっせ。」

俺、空気読めてなかった、ってこと?

⏰:11/11/04 21:15 📱:Android 🆔:zdlH.a0c


#344 [ちか]
「や、あの…えーっと、…」

慰めの言葉が出てこない。
そりゃそうだ、何に泣いてるか分かんねえんだから。

でもただ一つ言えるのは、
なんかドキドキしてる俺が居るってこと。

異様な脈の上がりように戸惑い話を繋げられないでいると、優里が先に沈黙を破った。


「俺さ、明日手術なんだ。」

その瞬間、
ドクン、と心臓が跳ねた。

⏰:11/11/04 21:26 📱:Android 🆔:zdlH.a0c


#345 [ちか]
「…知ってる。」


さっきとは違う意味で鼓動が速くなる。
受け止めたくない現実がすぐ傍にあるのに、見たくなくて、でも見なきゃいけないみたいな、そんな時にピッタリの感覚。

アイツが死ぬ間際のあの時も、こんな感じだった。


思いの外落ち着いた声に優里はフッと笑う。

「じゃあ、その手術の成功する確率が40%ってことも知ってる?」

「…ああ。」

「なーんだ、強がる意味無しって感じか。」

一瞬見せた泣き顔とは裏腹におどけてみせるその声が、らしくなくて痛々しい。

⏰:11/11/04 21:39 📱:Android 🆔:zdlH.a0c


#346 [ちか]
「じゃあ、あんたにだけ本音言っちゃおっ かなー。」

ふいに声色が変わる。
陰を帯びた声。
少し震えている。

優里はそう言って上体を起こした。
背中は俺に向けたまま。

月明かりがちょうどスポットライトみたいにそんな優里を照らしていて、なんだか幻想的にさえ思えた。


暫くの沈黙のあと、再び優里が口を開く。


「………ほんとは手術、すっげー怖い。」


それはもうか細くて握り潰せてしまいそうな声。

頭より先に、体が、その震える声に触れようと手を動かしていた。

⏰:11/11/04 21:54 📱:Android 🆔:zdlH.a0c


#347 [ちか]
「…でもさ、」

が、またその手は優里の言葉に遮られるようにして止まった。

「よかった、最後に神崎に会えて。」

何を言ってるのか分からない。
いや、分かりたくないと言った方が正しいだろうか。

「なんだよ、最後って。」

じわじわと上がってくる底知れぬ感情を抑えようとするが、もはや出来ているかは分からない。

しかし優里はそんな俺に聞く耳を持たないようだ。

「もう会えないと思ってたからさ。これも俺が“最後”だから、神サマが仕向けてくれたのかな?なんつって…」

「だから、何言ってんだよさっきから…っ」

「だってもう俺、明日には死ぬかも知れな…、」

「おい…っ」


沸き上がった感情が俺を動かした瞬間だった。

⏰:11/11/04 23:17 📱:Android 🆔:zdlH.a0c


#348 [ちか]
ギュッ…――


気がつけば目の前の華奢な身体を力一杯抱き締めていた。

「かっ…神崎?」

動揺を隠せない様子の優里。
それは俺も同じだった。

バクバクと心臓が鳴る。
こんな密着した状態でお互いの鼓動はうるさいほどに伝わっていた。


俺はまた何して…っ

そうは思うものの、
抱き締めた腕を緩める気にはなれない。


そうか。

もう、そろそろ俺は自分の気持ちに気づかないといけないってことか。

⏰:11/11/05 00:41 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#349 [ちか]
回した腕にポタポタと滴が落ちる。


「なにこれ、俺夢でも見てんのかな?」

ふざけて見せるが、無理しているのがよく分かる声。
俺はさらに回した腕をきつくした。


「……俺が今ここに居るのも、お前が今生きてんのも夢じゃない。」



夢じゃないから…、

「だから、最後とか死ぬとか言うな。」

抱き締めた身体が小刻みに揺れる。

⏰:11/11/05 00:53 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#350 [ちか]
「でも手術の成功率は40%しかないし…ッ」

「40%あれば十分だ。0じゃないなら、そこに望みを賭けろ。俺はお前が明日でも生きてるって確信持って言える。」



そんな根拠何処にある。
しかし、今の俺にそんなこと考える余裕など無かった。


「どっから来るんだよ、その自信…」

「知らん。」

現実味を帯びた質問を適当に受け流す。
これではどっちが大人かわかんねえな。



そんな風に俺たちは
抱き締め、抱き締められたまま小さく笑った。

⏰:11/11/05 01:04 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#351 [ちか]
笑い声に涙の音が混ざる。
儚くて弱々しく。

ふいに部屋は静かさを取り戻した。
それに溶け込むように優里は俺の名前を呼んだ。

「なぁ、神崎…」

「ん。」

「やっぱ俺、あんたのこと好き。」


急なソレに身体がピクリと反応した。
胸の奥が締め付けられる。
絞り出すような声は今にも消えそうなのに、その意思だけがどんどん直球で伝わってくる。

「この何ヵ月会ってなかったけど、ずっとあんたのことばっか考えてた…」

さらに胸の奥が痛む。

「神崎が、好き…ッ」

その気持ちに今、応えられれば

全てはハッピーエンドで終われるのに。

⏰:11/11/05 01:12 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#352 [ちか]
「優里…」


俺はまだ、


「お前の手術が終わったら、」


その気持ちには


「大事な話がある。」


応えられそうにない。
.

⏰:11/11/05 01:17 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#353 [ちか]
「大事な話…?」

掠れた声に俺は頷いた。

「ああ。…だから、絶対生きて帰ってこい。」

「俺はどっかの国に旅立つ勇者かよ。」

可笑しそうに呆れて笑う優里。
しかしその手は俺の腕をしっかりと握って離さない。


「こんな時くらい黙れねえのか、お前は。」

「うるさい。」


そうしていつの間にか互いの鼓動は同じ速さで時を刻んでいた。

⏰:11/11/05 01:23 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#354 [ちか]
'

「約束だ。お前は絶対生きろ。そしたら俺も本当の気持ちをお前に話す。」


「分かった…約束する。」



誓い合う俺達を月明かりが照らす。



そんな夜明けの時が迫る部屋の中で

俺達はお互いにそう誓って

キスをした。

.

⏰:11/11/05 06:03 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#355 [ちか]
静かに口づけたソレを離し、俺は言う。


「生憎朝から仕事で手術まで一緒には居れねえけど、朝までは居てやるから寝ろ。どうせ寝れなかったんだろ。」


向き合って久しぶりに見た優里の目は疲労の色を帯びていた。
きっと手術が不安で眠れない日が続いていたんだろう。

俺の促しに優里は小さく頷くと、起こしていた上体を再びベッドに沈めた。


優里に布団を深めにかけて俺自身もベッドの脇にある椅子に腰掛ける。

「あんま見られると寝れないんだけど…」


恥ずかしげに布団から顔を覗かせる優里にそう言われハッとした。

「…わ、悪い。」


とりあえず謝って目線を外しておくと、ゆっくり沈黙が流れた。

⏰:11/11/05 08:47 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#356 [ちか]
長い沈黙の中、ふいに小さな声が俺を呼ぶ。

「…神崎」

「ん?」

その声はもごもごとして聞こえづらく、なんとか拾おうと身を近づける。
するとさらにそのその顔は赤くなった。

「…………手、握って。」


言うだけ言って優里はパッと布団の中に籠ってしまう。
そんな優里が少し微笑ましくて、俺は笑った。

「はいはい。」

.

⏰:11/11/05 08:59 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#357 [ちか]
暫くして寝息が聞こえ、安心する。
長い睫毛には少年のあどけなさが残っていた。



もう外はいよいよ夜が明けはじめていた。

握っている手にそっと目を落とす。
そして力を込めた。



「気持ちに応える前に、俺もそれなりにケジメつけないとな。」

―――――――…………
―――――………
―――………

⏰:11/11/05 09:09 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#358 [ちか]
夜が明けて朝になり、
握っていた手をそっと離した。

こいつは手術頑張るんだから、俺も仕事を疎かにするわけにはいかない。

「よしっ」

気合いを入れるように声を出し、研究室に戻った。
―――――――――――――――
―――――――――――――――

「先生、さっきからずっと時計見てますけど何か用事でも?」

「あ、いや、まぁ…」

敢えて手術の時間は聞かなかった。
聞いてしまうときっとその時間には病院に戻ってしまうから。

「もう少しで終わるので間に合えばいいですね。」

「…はい」

もう少し、か。
カチカチと一定に時を刻む時計に神経が奪われていった。

⏰:11/11/05 09:22 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#359 [ちか]
俺も意志が弱いっつーかなんつーか…

疎かにはしてないが
集中出来てるわけでもない。

もう何度時計と睨み合っただろう。

知らぬ間に一日の3分の2が過ぎていた。


………―――「では、以上を以てちまして、研究経過発表を終わります。」

そんな言葉と共に締め括られた一日に俺は安堵の息を漏らす。

無事発表も済んだし、このまま病院に直帰だ。

そう思い乱雑な音をたてて席を立った瞬間、ポケットの中で鳴る機械音。

⏰:11/11/05 11:37 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#360 [ちか]
発信元が見知らぬ番号なことに怪訝な顔を浮かべながら、通話ボタンを押した。

「もしもし…」

「あ、先生?!わたしです!ナースステーションからかけているんですが、急ですいません!!」

聞き覚えのある声にいつもの看護婦の顔が浮かぶ。
一体、俺の番号を誰から聞いたのだろうか。


……こんなに焦り電話をかけてくるなんて。

嫌な予感がした。

「どうかしたんですか…?」

そしてこんな時の俺の勘は、

「優里がっ…――」


よく当たる。

⏰:11/11/05 11:46 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#361 [ちか]
病院に着くと真っ先に電話をくれた看護婦が俺を出迎えていた。


「優里に…ッ、優里に何かあったんですか?!」

「…………。」

黙り混む看護婦の肩を力任せに揺さぶった。
取り乱して力の加減も満足に出来ない。

看護婦は揺さぶられたことで我に返ったように口を開く。


「…しゅ、手術は上手くいったんですっ…、でも…」

「でも、なに?!」

もう限界だ。
焦らさず一気に言ってくれよ。
頼むからっ…――

「昏睡状態のまま目が覚めないんです…」


しかし
突きつけられた現実は
拒みたくなるほど冷たかった。

⏰:11/11/05 18:51 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#362 [ちか]
看護婦に案内を受けて急いで優里の居る集中治療室に入る。

そこにはところ狭しと並ぶ精密機器に囲まれた優里の姿があった。

周りには数人の医者と看護婦。


「優里…―っ!!」

触れることも出来ないその名前を何度も呼ぶ。
届くはずもないのに。

「優里、起きろよ!!約束しただろ!?なぁ…優里…―ッ!!」

「先生、少し落ち着いて…っ」

「落ち着けるわけないだろ?!?!」


怒鳴ってどうにかなるわけでもないのに、それでも何かに当たらずにはいられなかった。

⏰:11/11/06 00:15 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#363 [ちか]
「こんなことになるなら…――っ」


こんなことになるならもっと早くに
動けばよかった。

後悔ばかりが押し寄せてくる。
悔しさで唇を噛むと、口内でじんわりと血の味がした。

「…なんで俺は…ッ、俺はッ…!!」

今さらこいつが好きだったなんて気づいてももう遅いのに。

「いつも…―――、」


なぜ俺はいつも、
大事なモノばかり
失くしてから気づくのだろうか。

⏰:11/11/06 00:58 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#364 [ちか]
取り乱す俺を見て周りの人間は何を思うのだろう。

いや、今はそんなことどうでもいい。

今はそう、
せめて今だけは、

「…俺も此処、居ていいですか…。」


コイツの傍に居たい。

もう一度、
アイツが目を覚ますことを祈って。

……………────────────
………──────────
……─────

⏰:11/11/06 01:02 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#365 [ちか]
― 優里side.―


夢を見た。



暗い暗い、

夜みたいな空間の中で


聞き覚えのある声に


何度も名前を呼ばれた。



そんな夢を。…───

.

⏰:11/11/06 01:05 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#366 [ちか]
まるで四次元みたいな其処は

光どころか物体なんて何一つなくて


ただ俺は一人、

必死に声のする方を探している。



でも、
どうしても分からない。

どこから聞こえて、


誰が呼んでいるのか。

⏰:11/11/06 01:07 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#367 [ちか]
座り込み目を閉じると、

もうそこが暗いのかどうかも分からなくなった。


ああ、
俺もう死ぬんだ。


直感的にそう感じ取って
諦めるような乾いた笑いさえ零れる。

約束、守れなかったなぁ

なんて思いながら。


────……あれ、
約束なんて、誰としたっけ…?

⏰:11/11/06 01:11 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#368 [ちか]
その瞬間、

また声が聞こえた。



─────……約束しただろ?!

どこから聞こえてくるのか全く分からないのに、耳はその声をしっかり捉える。


約束…───。


─────……優里っ…!!

この声…───。


そうだ、


俺、神崎と約束したんだ。

生きるって……───ッ

⏰:11/11/06 01:15 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#369 [ちか]
思い出した瞬間、
目の前に一筋、光が見えた。

自然と足がその方向に進んでいく。

どこまで続くのか分からないが、その光は暗い足元をしっかりと照らしてくれた。


…──まるで俺を導くように。


俺は走った。
ただひたすら、その先の何かを信じて走り続けた。

途中何度も諦めそうになったけど
その度にあの声が聞こえて。


そう、あれはきっと、
神崎の声。……──────


そしてその光の果てに着いた時、
光が俺を包み込んだんだ。

⏰:11/11/06 01:21 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#370 [ちか]
「ん…───、」


はじめに目に入ったのは
大きくて筋張った手だった。


意識が朦朧とする中、
それを辿るとその先には

クマだらけの目を見開く、
俺の大好きな人。


「か………ん…ざ…き………?」



気づけば名前を呼んでいた。

⏰:11/11/06 01:27 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#371 [ちか]
「ゆ……う、り……、」

ああ、そうだ。
この声だ。


神崎の取り乱したような声。
聞くのは初めて会ったあの時と、
夢の中でたしか二回目。


クマ、あの日より濃くなってんじゃん。


そう思うと、自然に笑いが零れた。

何故だか涙みたいな滴も一粒零れながら。

⏰:11/11/06 18:51 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#372 [ちか]
装着された酸素マスクが邪魔で声が籠り、話しにくい。


意識もしっかりとするまでもう暫くかかりそうだ。


少ししてたくさんの医者や看護婦が入ってきた。

医者達は驚いた顔で俺を見る。


俺の心拍数や容態を色々調べた後、
漸く酸素マスクが外され口が聞けるようになった。

⏰:11/11/06 21:11 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#373 [ちか]
その間もただ神崎は俺を見つめていた。

まるで俺が起きたのが夢を見てるんじゃないか、なんて疑っているような顔で。


とりあえず、今はもう落ち着いているから安静にと一声かけてまた医者達は部屋を出ていった。

再び、部屋の中は俺と神崎の二人。


「神…崎、俺、約束守ったよ。」


そう言って笑って見せると、
その顔はますます複雑になった。


そして、

「ふ……っざけんな!!!!!」

いきなり怒鳴られた。

⏰:11/11/06 21:17 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#374 [ちか]
なんで怒鳴られてるのか。

そんなにも泣きそうな顔で。


言葉の意図がさっぱり分からず、目を白黒させていると、神崎は吐き出すように言った。




「四日間…っ、四日間だ、お前が昏睡状態から目が覚めるまで……ッ」

.

⏰:11/11/06 21:25 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#375 [ちか]
「え…」

気づかないうちに俺はそんなに眠っていたのか。
信じられずにまだ何も言えない俺はただ神崎を見た。

神崎の表情が切なくなっていく。
この人はそういう人なんだ。
照れる時、悲しい時、すぐ怒って誤魔化す。
表情と裏腹な態度で。


神崎は力が抜けたようにベッドの脇にしゃがみこんだ。

「心配させやがって…。」

「…ごめん。」

なんだかその顔を見ていると、俺まで胸がぎゅっと苦しくなった。

⏰:11/11/06 21:31 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#376 [ちか]
口調からは考えられないほど優しく、神崎は俺の髪を撫でる。
そんな神崎を見上げる俺。
無意識に言葉が零れる。


「もしかしてずっと傍に居てくれてた…?だからそんなクマだらけで…」


そう言って神崎の顔にそっと触れると、すぐに顔が赤らんだ。

「うるせ…。」

照れる神崎が珍しくて、無償に愛しく思えた。

⏰:11/11/06 21:40 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#377 [ちか]
そのまま俺の口からは次々と言葉が溢れ、饒舌になる。


「でも約束守ったことには変わりないだろ?聞いてもいいよな、大事な話ってやつ。」


急かすような目付きで神崎を見つめると、神崎はぐっと眉根を潜めた。

ずっと気になっていた神崎の言う、“大事な話”。…───

はやく
はやく聞かせて。

そう促すように神崎の服の袖を掴む。
が、神崎は厳しい顔をした。

「……バカか。まだ完全に回復したわけじゃねえだろうが。話は完全に体力が回復してからだ。」

「はぁ?俺もう大丈…」

「黙って寝てろ。」

どうも、神崎はつくづく照れ屋らしい。
仕方ない、話を聞くためにもはやく回復してやろう。

俺はそう納得して笑った。
───────────………
────────………
──────……

⏰:11/11/06 21:54 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#378 [ちか]
― 陽平side.―


昏睡状態が続いたのは四日間。

諦めたくなくて研究なんて投げ出して常に優里の傍から離れなかった。
いや、離れたくなかった。


精密機器の中で音を刻み、
画面上で辛うじて動く心拍数に何度も祈りを込め続ける。


そして四日目の昼、
漸く優里が目を覚ました時には、奇跡が起きたと思った。
その拍子に全身の力が抜けて、なんとも言えない感情が込み上げてくる。


そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、
相変わらず少し生意気な優里は
俺の言う“大事な話”を催促した。


しかし俺は回復してからだと固く口を結ぶ。
そんな俺に少し不貞腐れた優里さえ、今は愛しく思えた。



どうであれ、優里は約束を守った。
今度は俺の番だ。
コイツが回復したらちゃんと言おう。


金色の髪を撫でながら、俺はそう決心した。


……の、だが。

⏰:11/11/06 23:23 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#379 [ちか]
「うそだろ?」

「ウソじゃねーよ。」

「まだ1週間も経ってないのに?」

「あー、そう言えば、なんか奇跡的な回復力だって言われた。」





正直、
この野生児の回復力を見くびっていた。

⏰:11/11/06 23:27 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#380 [ちか]
優里が目を覚ましてから6日目。

優里はみるみる元気になっていった。
6日目の今日には、もうピンピンしてる。

これが本当にほんの何日前まで昏睡状態だったのかと思うと、不思議で仕方ない。


なんか拍子抜けと言うか、なんと言うか…



俺はため息をついてフラリとドアの方向に足を向けた。

するとそんな俺に向けられる噛みつくような声。

「ちょ、神崎っ!!どこ行くんだよ!!逃げんのか?!」


喧嘩でも吹っ掛けてきそうな台詞に思わず吹き出しそうになった。
それをグッと堪えて顔だけ振り返る。


「外出許可貰ってくるだけだ、バカ。」


そろそろ俺もはっきりしないと、な。

⏰:11/11/07 23:03 📱:Android 🆔:YQF1SW5s


#381 [ちか]
────────────────────────
────────────────…………
──────────………


「すっげー!!きれー!!」

「はしゃぎすぎんなよ。」

「わーかってるって!」


外出許可を半ば押しきる形でもらい、車を走らせること一時間とちょっと。


着いたのは、

「でも俺、海なんか見んの何年ぶりか分かんないからさ!なんか感動!」


2月ではまだ肌寒い冬の海。

⏰:11/11/07 23:57 📱:Android 🆔:YQF1SW5s


#382 [ちか]
「うわーまじ綺麗!」

そう言って目をキラキラさせながら海に近づいていく優里の背中を眺めながら、俺は一人考えていた。


本当のことを、本当の気持ちを話すなら海(ココ)がいい。
そう思って何日か前に来ることを決めた。

桜がまだ蕾のままなちょうど今と同じ季節、そして自分の過去、消せない約束と思い出。


すべてが最後には海に詰まっている気がして。

俺は結んでいた口を開いて優里に話しかける 。



「昨日、離婚届書いて日本(あっち)に送った。」

⏰:11/11/08 01:07 📱:Android 🆔:9R3No4Oc


#383 [ちか]
その瞬間、さっきまでキラキラと輝いていたその瞳に不安の影が宿る。

振り向いた優里に俺は宥めるような口調で言葉を繋いだ。


「安心しろ。別にお前のせいじゃない。」


そう、コイツのせいじゃなく
約束に依存してきた俺に対して
至って自業自得なことなのだ。

それでも少し眉をさげる優里に俺は苦笑いする。

「……ていうか、正直、はじめから好きだったのかどうかも分からない。」


こんなことを言うのは最低だと自分でも思う。
しかし、それが事実なのだから仕方ない。
コイツにはすべてを言うと決めたから。

⏰:11/11/08 08:13 📱:Android 🆔:9R3No4Oc


#384 [ちか]
優里はますます分からないと言った表情で小首を傾げた。

「じゃあ、なんで結婚したんだよ?」

なんで、か。

そこにはやっぱり、あの約束があるんだよな。

俺は静かに話始めた。

「好きだった人と約束したんだよ。…幸せになるって。」

あの頃のすべてを。

⏰:11/11/08 08:17 📱:Android 🆔:9R3No4Oc


#385 [ちか]
「まだ研修医だった頃なんだけどな。患者に惚れて、ちょうど今のお前みたいに、俺もそいつしか見えてなかった。」

自嘲気味にそう言って笑うと、優里も恥ずかしがるようなバツが悪いようなそんな顔をする。

その時、ゴォッと一瞬、突風が吹いて寒さが増す海の浜辺。
冷えすぎてはいけないと、海に近づきすぎな優里を手招きしながら話を続けた。


「でもそいつ癌の末期患者で。余命数ヵ月って宣告されてて。知り合って一年も経ってなかったけど、もうヤケクソで告白したよ。」

そう、
ちょうど今のお前みたいにな。

敢えて言わなくても分かるだろう、と思い口にはしないが。

「へ、返事は…?」

ちまちまと歩み寄ってくる優里に俺は笑いかけた。
穏やかに笑えているだろうか。
ここからは思い出しただけで胸が軋む。

⏰:11/11/08 18:26 📱:Android 🆔:9R3No4Oc


#386 [ちか]
「いや、あっさり振られた。ていうか相手にされなかったかな。先生は医者で自分は患者だ、って言い張って、はじめは取り合おうともしなかった。」

「はじめは?」

あれま、勘のいいヤツだ。
俺の言葉の意図をちゃんと掴んでいる。
敢えて聞き返されると、もう顔は笑えてなかった。

「何度も何度も懲りずに好きだって言ってるうちにとうとうそいつの余命も残り一ヶ月になってな、そしたらそいつがポロッと言ったんだ。
“もう長くない人間と一緒になったって先生が不幸なだけだ”って。
なんかもう悔しくて、俺があんたを治すって言い張って、でもそんな俺にあいつはただバカだな、無理だよって笑ってたよ。
今考えたら、酷な話だよな。
患者本人の口から、無理とか治らないとか言わせるなんて。」


頭の中では
ちょうどまだ蕾の桜の木の下で悲しげに笑うあいつの顔が浮かぶ。

⏰:11/11/08 18:40 📱:Android 🆔:9R3No4Oc


#387 [ちか]
しかし、“終わり”というのは不条理なもので。

どうしても“思い”より先に来てしまうんだ。
だから涙が止まらなかった。
気持ちだけ置いてけぼり喰らって、もうすぐ傍には別れだけが冷たく待っている。


それは医者を志す人間にとっては極当たり前のことでも、日常的なことでも、その時の俺にはとても堪えられることじゃなかった。


気づけばもう少しで綺麗な桜が見れそうな季節だった。
──────……あいつが、息を引き取ったのは。



「でも暫くして様態が急変した。
駆けつけた時には、すぐにでも消えてしまいそうな浅い呼吸でさ、ああ、これで終わりってやつなのかって思ったよ。
それで俺の顔が真っ青だったんだろな。うっすら目開けたそいつに、どっちが患者だか分かんないって、息も途切れ途切れなのに宥めるみたいに言われて、情けなくなった。俺、なんで今何も出来ないんだって。…───」

すっかり目の色を暗くした俺を、優里は心配そうに覗きこむ。

俺はそんな優里の頭をそっと撫でた。

⏰:11/11/08 19:00 📱:Android 🆔:9R3No4Oc


#388 [ちか]
精密機器の音も段々聞こえないくらい、俺は周りが見えなくなった。

名前を呼んで辛うじて反応が見える程度と言ったところだろうか。


「ただ泣きそうな顔で見つめる俺に、そいつは震える手から自分がいつもつけてたネックレスを出してきた。
そんで言ったんだ。
“先生はちゃんと、素敵な人と幸せになって”、“コレ持ってたらきっと幸せになれるから。約束だよ。”って。…───」


そして俺がその手から零れるようにそれを受け取った瞬間、何か火でも消えたように静かに終わった。

あいつの人生。あいつの命が。


鮮明に今でも覚えている。
最後に見せた、精一杯の笑顔が。

⏰:11/11/08 19:15 📱:Android 🆔:9R3No4Oc


#389 [ちか]
「うそ…」

優里の目の奥が揺れる。
敢えてその目をすぐにそらして話を繋げた。


「それから、もう人を好きになれなくなった。
失うのが怖くて消したんだよ、感情を。
でも律儀に“約束は守らないと”っていう自分が居て、そんな時今の妻を紹介された。
それで普通に付き合って、普通に結婚して。
だけど、好きだったかって言われると分かんねえ。おかしな話だよな。そんな暮らしが2年くらい続いたんだけど、カナダ(こっち)へ研究に来る前日に、離婚届突き出されたよ。好きな男が出来たから別れてって。」


ザブンザブンと波の音が聞こえる。
自嘲気味な俺の笑いは拐われるように消えた。

チラリと優里を見るとこれまた複雑そうな顔で。


聞かせる方が酷な気さえする。

⏰:11/11/08 19:32 📱:Android 🆔:9R3No4Oc


#390 [ちか]
「普通ならショック受けるんだろうけど、なんか俺納得出来ちゃってな。
やっぱ俺に人好きになることなんかもう無いんだろうなって思ってた。
でもやっぱりあの“約束”が気になって、こっちに来てからも離婚届にサイン出来ないでいた。
必死に“一般的な幸せ”を維持しようとしてたんだよ。
そんな時に、会ったのがお前。」

「……─────っ」


急に話の矛先が自分に向けられたことに驚いたのか、一瞬その体がピクリと跳ねる。


そして構えるような目線を俺に向けた。
そんな優里に俺は容赦なく言い放つ。


「正直、最初はお前のこと嫌いだった。」

⏰:11/11/08 19:42 📱:Android 🆔:9R3No4Oc


#391 [ちか]
その瞬間、優里はひっぱたかれたような顔で俺を見る。

「なんだよ、大事な話ってそれ?!嫌いなら嫌いって言えよ!!」

カッと熱くなる顔に苦笑いした。
やっぱり昔の自分に似てるな、なんて思いながら。

「話の途中だろうが。最後まで聞け。」

宥めるように言うと、大人しくなった優里にため息に近い白い息を吐きながら続ける。


「でも、何度も懲りずに言われるうちになんか胸の奥が揺さぶられるみたいな感覚になった。
最初はそれもただの苛立ちだろうって思ってたんだけど、お前があの金髪の友達と仲良くしてるのを見た時は正直妬いた。」


あの日ベランダから見た二人の影が重なる姿がフラッシュバックした。
あの時のどうしようもない苛立ちは、好きが故のことだったのだと今になって思う。



「妬いたって…、俺ケンとは別に…」

「お前がなんとも思ってなくても、相手がそうとは限らない。」

あの夜、襲われてる場面に遭遇した時がそれを示している。

優里は遮られた言葉を続けることもなく、俯いた。
襲われた夜のことを思い出したのだろう。

⏰:11/11/08 21:35 📱:Android 🆔:9R3No4Oc


#392 [ちか]
そんな優里の頭を乱雑に撫で回した。
まるで、忘れろとでもいうように。

自分も似たようなことをしておきながら。

俺自身も優里を弄んだあの夜に苦い顔をしながら、さらに言葉を紡ぐ。


「でも気づかないように気づかないようにしてた。障害が多すぎんだろって。
これじゃ、約束は果たせねえって。」


どこまでも約束に囚われて
約束に固執する俺。

あいつはそんな俺を望んでいたのだろうか。
そんな俺を繋ぎ止めるための約束だったのだろうか。


いや、

「なのに、手術前日の夜だよ。…どうしようもないくらいお前に惹かれてる自分に気づいたのは。」


きっと、違う。

⏰:11/11/09 01:43 📱:Android 🆔:/zp5pGog


#393 [ちか]
気づけば細い肩を抱き締めていたあの夜。

泣き顔にさえ、ドキンとしたあの夜。

もう気づいてないフリは出来ないと悟った、あの夜。…───


「俺、お前に実は相当ハマってるみたいだわ。」


そして、ふぅ、と一息ため息をついた。
言い切った安堵とも言える。

いや、正確には、まだ言い終えてはいないのだけれど。

そんな俺とは裏腹に優里は不安げな顔で俺を見つめる。
なんでだよ。
もっと喜ばないか?普通。

そう思ったのも束の間、優里は重苦しい口を開いた。

「でも、…俺とじゃ“約束”は守れないんじゃねーの…?」

その表情がたまらなく愛しい。

⏰:11/11/09 12:44 📱:Android 🆔:/zp5pGog


#394 [ちか]
「だから、ココに連れてきたんだよ。」

「え…?」

優里の目を真っ直ぐ見据え、そう呟く。
親指で海を指しながら。

「あいつ、この海のどっかで眠ってるから。」


この青くて綺麗な海のどこかに、

白い灰となって。


ますますよく分からないと言った顔をする優里に、俺は付け足した。

「散骨ってやつ。あいつの遺言にそう書いてあったんだよ。もちろん、撒いたのは日本でだけど。でも海はどっかで繋がってると思うから、たぶんあいつはここにも居る。」


だから

俺は最後の挨拶と礼をこめて

ここに来たんだ。

⏰:11/11/09 12:55 📱:Android 🆔:/zp5pGog


#395 [ちか]
あんなにすがりついていた約束を
あんなに執着し続けていた約束を、

裏切っても言いかもしれないなんて思ってしまったことは奇跡かも知れない。

それなら、
その奇跡に“幸せ”を願ってみても悪くはないだろうか。

もちろんこいつが拒むならそれを優先する心の準備はある。
病気も治った未来ある少年をたぶらかして引きずるようなことはしない。


だけど、

「最後に言っとく。俺はもう30だ。冗談でした、とかなんとか言って逃げるなら今が最後のチャンスだぞ。」


この嵐みたいに何もかもを巻き込んで離さないようなこいつには、


「…っぐ、言わねえ…よッ、グスン、俺はあんたしか…あんたしか見え…てねえんだ…から…────っ」


そんな心配は意味を成さなくて。

俺はそんな優里にどんどん嵌まっていく。

⏰:11/11/09 13:07 📱:Android 🆔:/zp5pGog


#396 [ちか]
なぁ、
海の中のお前は

そんな俺を許してくれるか?


「グスっ、…神崎こそ、本当に俺で良いのか…?」

いつの間にか涙の膜が決壊した優里が揺れる瞳で問いかける。

そんな優里に俺は微笑んだ。


「お前が良い。」


⏰:11/11/09 13:12 📱:Android 🆔:/zp5pGog


#397 [ちか]
そして
きつく抱き締める。

離さないように。
離れないように。


「くる…し…、神崎っ」

「これくらいで?ああ、お前、華奢だもんな。」


頭の中に浮かぶ約束の言葉。

今さら、都合よく取ってしまいそうだ。

あいつの言う、“素敵な人”ってのは、こいつをさしてるんじゃないか、なんて。
素敵という言葉の不釣り合いさに少し笑いが込み上げる。


ザーッ…と音を立てて、
押しては引いてゆく波の中ににあいつの姿が浮かぶ。

まるで本当にそこに居るかのように、あいつの声が何故だか聞こえた。


“意地張ってないで、あたしの分まで幸せになってね”

⏰:11/11/09 13:20 📱:Android 🆔:/zp5pGog


#398 [ちか]
そして、抱き締めた体勢から俺の顔が見えないように優里を胸にしまい込むと、自分にしか聞こえないくらいの声で小さく呟いた。


「………ありがとう。」



案の定、

優里は聞こえてないようだ。

その代わり、心臓の鼓動ばかり速くなっていく。

⏰:11/11/09 13:23 📱:Android 🆔:/zp5pGog


#399 [ちか]
もう
“普通の幸せ”なんて望めないかも知れない。

でも、それでもいい。


「か、神崎…」


だって俺は


「ん?」


“嵐”にのまれることを望んだのだから。




「………大好き」

⏰:11/11/09 13:27 📱:Android 🆔:/zp5pGog


#400 [ちか]
これから先、どんな障害があるか分からない。


でも、コイツとなら

なんとかやっていける気がする。

いや、むしろ面白そうにさえ思えてくるから不思議なもので。


「………知ってる。」

夕陽でキラキラと水面を光らせる海を背に、顔を赤らめ今にも爆発しそうなそいつへ俺はそっと口づけする。
そして耳許で囁いた。



「俺も、好きだ。」

こんなことを言う俺はらしくない。
狂ってるかもしれない。

だけど、どうせもう引き返すことなんて出来ないんだ。

そらなら、いっそ、とことん飲み込まれてやろうじゃないか。



お前という嵐に。…────



   ― 第十二話 e n d ―

⏰:11/11/09 13:40 📱:Android 🆔:/zp5pGog


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