消えないレムリア
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#233 [ぎぶそん]
彼が私の頬に手を添える。
私は目を閉じた。2人の唇が重なる。
彼は自分の口を開け、舌を私の口に進入させてきた。
私はびっくりして思わず目を大きく見開いた。
口の中でお互いの舌が絡まる。柔らかい感触が広がる。
息苦しさにんっ、と息が漏れる。すべてがいやらしく感じた。
しばらくして、彼が顔を離す。
「こんな感じかな?」
彼がふうと息を抜く。
――初めてやるんでしょう?どうして微動だにしないの?
私は驚愕した。
「……もう2度としないで」
少し怒ったように彼に言った。
その後ドラマの続きを観ても、さきほどのキスが強烈すぎてまったく集中できなかった。

夜。隣で寝ている彼の大人しい寝顔を見て、悲しい気分になった。
どうしていつも平常心でいられるのだろう。
こいつがこの部屋に来てもうすぐ5ヶ月になるけど、全然慣れない。最終的に、どうしても異性として見てしまう。
実態に異性だから当たり前のことだけど、もっと心に余裕がほしい。
彼の困惑する姿が見たいのに、結局私1人が泡を食ってる。
どうすればこいつを攻略できる?この調子だと、私が彼の前で裸になってもびくともしなさそう。本当に悔しい。

⏰:12/07/19 23:04 📱:Android 🆔:d/HOIpUg


#234 [ぎぶそん]
8月初旬。駅の近くの公園で花火大会が開かれるということで、彼と行くことになった。
1週間前に、実家の母から送ってもらっていた浴衣セットを取り出す。
「あれ、どうするんだろう」
雑誌に載ってる着付けの仕方を参考にしながら、自分でやってみる。
簡単に出来ると書いているのに、不器用な私はさっそく苦戦した。
「やってあげようか?」
既に支度の整っていた彼が近づく。
「着付けしたことあるの?」
「ないけど」
彼はテーブルの雑誌を手に取り、何やら1人考えている。
そして私がつけた腰紐を外し、最初からやり直す。
時々雑誌に目をやりながら、黙々と着付ける。私も黙ってそれを見ていた。

「……出来た。こんなんでいいのかな?」
彼に言われ、脱衣室にある洗面台の鏡で確認してみた。
身体を一回りさせると、おおよそ完璧にできていた。
こういう着付けは文系より理系向きだよね。理系向きだから。
……と、自分を慰めておく。

「ありがとう。とうかな?」
リビングに戻り、彼の前で袖を広げた。
中学の時に母から買ってもらったこの赤い浴衣は、紫陽花の柄がとてもきらびやかだ。
「え?ごめん、よく分からない」
「もう!そういう時はお世辞でも『かわいい』って言っておきなさいよ!そんなんだから彼女が出来ないのよ!せっかくあんたのために着てあげたのに!」
「え?そうなの?」
「違うよ……。気分で着ただけ……」
「似合ってるよ。江戸時代の子供にいそう」
「何よそれ!」

⏰:12/07/19 23:48 📱:Android 🆔:d/HOIpUg


#235 [ぎぶそん]
【※234 正しくは“どうかな?”です】

下駄を履き、アパートを後にした。
準備をした時はまだ明るかったのに、日はすっかりと落ちていた。
慣れない下駄のせいで親指の付け根が痛い。けど、浴衣を着こなす1人の女性として我慢した。
彼は私の歩幅に合わせ、ゆっくりと歩いてくれた。

長い時間をかけて公園に着き、空いてるスペースを確保した。
浴衣が汚れないように、私は彼の太ももに座った。彼が私の腰に両手を回す。
彼が公園の自販機で買ってくれたジュースを飲みながら、夜空に浮かぶ花火を観賞した。
「俺、白い花火が好き」
「私も。最後にぱらぱらって音が鳴るのが好き」
「そうそれ」

2時間ほどで、花火大会は終了した。
「足が痛い」
人ごみの中やっとの思いで公園を出た時、私の足は既に限界だった。
「乗って」
彼が腰を下ろし、自分の背中に乗るよう指示する。
私は彼に背負ってもらった。彼が夜道をゆっくりと歩き出す。
「重くない?」
「ちょっと重いかも」
「……ごめん」
「嘘だって。そんな重くないよ」
私は彼の首元にしっかりと腕を回した。
自分より10センチ以上高い、彼の視点で街を眺める。
こいつはいつもこの高さで世界を見てるんだ。

通りすがりの人に、物珍しい視線を浴びる。
人前で彼におんぶされてるのは恥ずかしいけれど、この人たちとはもう2度と会うことはないだろうし、平気だった。
私には彼がいるから。彼はいつも私の味方だ。

⏰:12/07/20 00:17 📱:Android 🆔:JlxQZX62


#236 [ぎぶそん]
アパートに戻り、ずきずきと痛む親指の付け根を撫でた。
痛覚もなくなった頃、私は彼に背を向けた。
「帯外してくれる?」
彼が黙って従う。帯が少し緩むとお腹まわりに余裕が出来た。
彼は帯も腰紐も全部外すと、後ろから抱きついてきた。
そして、そのまま床に倒れる。
「ちょっと、お風呂入りたいんだけど」
「明日でいいじゃん」
「駄目。化粧落とさなきゃ」
「じゃあ後5分だけ」
彼はなかなか離そうとしない。

「浴衣姿、なかなかかわいかったよ」
「どうせ江戸時代の子供でしょ」
「ううん。現代人として」
何よ、言い分がころころ変わっちゃって。
こういういい加減なところがむかつくのよ。
しかし珍しく彼に褒められ、いい気持ちになった。
私は彼の手にそっと触れた。
「あんたも来年浴衣着てよ」
「何で?」
「似合いそう」
「分かった。来年もまた行こうな」
彼が私の手を握る。
結局私がお風呂に入ったのは、次の日の朝だった。

⏰:12/07/22 00:44 📱:Android 🆔:TdfnQEy.


#237 [ぎぶそん]
花火大会から2日後。夕方、彼は誰かと電話をしていた。
「今度弟がこっちに遊びに来るから」
こいつの弟。確か実織くんといっていたな。
初めて会う彼の身内に、私は好奇心から心が弾んだ。

数日後。彼と2人、駅で実織くんがやって来るのを待つ。
20分後。ポロシャツを着て、ナイロン製のショルダーバッグを肩に提げた少年が現れた。
「初めまして、いつも兄がお世話になってます。弟の実織です」
彼はそう言うと、私に丁寧にお辞儀をした。
真織と血の繋がった兄弟と対面するのは、小さな感動があった。
実織くんは背丈は真織と同じくらいで、顔は整ってる方だけど真織と比べると地味な感じがする。
2人は雰囲気もあまり似てない。実織くんは真織のことを「お兄(にい)」と呼んでいた。
実織くんは高校生ながらしっかりとした受け答えができる子で、私はすぐに彼に好感を覚えた。

実織くんが来てからお昼にちょうどいい時間だったので、3人で話しながら駅の食堂街を歩く。
会話の中で、実織くんはすごく真面目な性格をしていることが判明した。
学校の成績も非常に優秀で、埼玉でも有名な公立の進学校に通っているらしい。
志望校は日本一のあの大学。
学校ではバスケ部に所属してるらしく、文武両道ときた。
将来有望そうだし、性格もよさそうだし、大人になったら実織くんと結婚しようかなと思った。
まあ、向こうが承諾してくれたらの話だけど。

⏰:12/07/22 01:06 📱:Android 🆔:TdfnQEy.


#238 [ぎぶそん]
そんなことを考えていると、真織の気分でお好み焼きの店に入ることになった。
テーブルの鉄板でお好み焼きを作りながら、話し込む。
「お兄、新しい部屋まだ見つからないの?」
「俺、足立さんの部屋にずっと住むことになったから」
「すみません。わがままな兄で」
目の前に座る実織くんが私に向かって小さく頭を下げる。生意気な真織とは違い、何ていい子なのだろう。
年下は苦手だけど、実織くんは別。
いつか魅力的な女性になって、生真面目で無垢な実織くんのハートを射止めよう。
私は心の中でガッツポーズをした。

昼食を済ませた後電車に乗って、有名な観光スポットを回ってみたりした。
でも実織くんはそういった場所にあまり関心を示さず、どこにでもある本屋を1番好んでいた。
日も暮れた頃。実織くんを連れてアパートに戻ると、彼はリビングのテーブルで黙々と勉強をはじめた。
夏休みの宿題かと思ったら、どうやらそれはもう済ませたらしい。
私も高校時代は真面目に勉強をしていたけど、その比じゃない。
こういう子が日本の将来を担っていくのだと思った。
がんばれ、私の未来の旦那!

⏰:12/07/22 01:33 📱:Android 🆔:TdfnQEy.


#239 [ぎぶそん]
お風呂を沸かし、実織くんに1番風呂に入るよう促した。
「お兄、寝巻き貸して」
実織くんの言葉で、真織が気だるそうに収納ボックスの中を探る。
「じゃあ、これと……これ着て」
真織は実の弟に、自分のポロシャツと半ズボンを渡した。
1人っ子の自分としては、男兄弟のやり取りというものが新鮮に思えた。
実織くんがお風呂から出ると、私と真織も立て続けにお風呂に入った。
「お前は布団で寝て。俺は足立さんと寝るから」
真織は床に布団を敷くと、私のベッドに入った。
でもさすがに身内の前では遠慮したのか、彼は私に背中を向け一切触れてこなかった。

次の日。実織くんは最後まで上品な物腰のまま帰っていった。
今度会う時は、彼も大学生になっているかも知れないとのこと。
私は2年後が楽しみになった。
「はー。やっとあいつ帰った」
実織くんを見送りアパートに戻ると、真織が後ろから抱きついてきた。
彼は私の耳を唇で挟んできた。緊張と快感が同時に走る。
「やめてよ。私、将来実織くんと結婚するんだから」
「あいつはやめた方がいいよ。かなめとは合わないって」
彼は舌で耳を舐めはじめた。私の全身がぞくぞくとなる。心は戦慄に思えているのに、私の身体は官能として認識していた。
彼のその動きは、私が実織くんに抱いた気持ちを一瞬で忘れさせた。
条件が揃ってるのは実織くんの方だけど、そばにいたくなるのはこいつの方だった。

⏰:12/07/22 02:30 📱:Android 🆔:TdfnQEy.


#240 [ぎぶそん]
8月中旬。お盆の時期ということで、お互い実家に帰ることになった。
就寝前リュックに着替えなどを詰め、明日の帰省に備えて準備を整える。
夜、彼と一緒にベッドに入る。
しばらく会えなくなるからか、お互いなかなか寝ようとはしない。
とりとめのない会話が終わると、彼が歌を口ずさみはじめた。

「『会いたい会いたいと 街中に食傷気味な言葉が流れてる
煙草に火を着け くだらねえとつぶやく
吐いた煙に浮かぶのは 憂いのあるあなたの横顔
会いたい会いたい 会えない会えない
そんな容易い言葉に 結局僕も支配されるのでしょう』」
「それ、誰の何て曲」
「スカベンジャーってバンドの『僕の嫌いな言葉』って曲だよ。バンド自体はもう解散してる。中学の時たまに聴いていたのを、さっき思い出した」
「何でいきなり?」
「俺、たぶん明日からこんなことを思うのかなって……。地元の奴らと久しぶりに会えるのは嬉しいけどさ……」
彼は急にもじもじとした態度を取り出した。
それは私と会えなくなるのが寂しいということ?
思いがけず知った彼の気持ちに、私は動揺した。

「……かなめって、すごいよな」
「何で?」
「俺、今まで誰かを好きになったことがないんだよ。でも、かなめと出会ってから……恋愛ってこういうことなのかな、って」
「何言ってるの。……あ、たぶんそれ吊り橋理論って奴よ。あんた、私のことおっかないと思ってるんでしょ?そういう恐怖からくる心のどきどきを、恋愛のどきどきと錯覚してるだけよ」
私の説明に、彼は何も言わなかった。
私はすっかり参っていた。軽薄な心の私にとって、彼の心はまっすぐすぎた。
私はもしかしたらもっと一心に彼と向き合わなければいけないのかも知れない。

⏰:12/07/22 07:02 📱:Android 🆔:TdfnQEy.


#241 [ぎぶそん]
翌朝。身支度を済ませ、彼からもらったネックレスを身につけた。
2人でアパートを出ると、彼がバイクで駅まで連れていってくれた。
「じゃあ元気でな」
駅で私を降ろすと、彼はバイクで颯爽と走り出した。
改札口を抜けぎりぎり飛び乗った電車の中で、首元にあるネックレスを見つめた。
彼がいつもそばにいてくれてる気がした。
その後実家に到着すると、一目散に2階にある自分の部屋まで駆け上がった。
去年の春部屋を散らかしたまま1人暮らしを始めたけど、その後母が綺麗に片付けてくれていた。
鞄を放り投げ、ベッドに飛び込む。そのまま仮眠を取った。

夕方になり母は夕飯に唐揚げやポテトサラダ、レタス巻き、けんちん汁など、私の好物をふんだんに振る舞ってくれた。
「伊藤くんは元気しているのかね」
父がけんちん汁を吸いながら、ぶっきらぼうに話しかける。
「真織くん、びっくりするくらいの美少年よね。ほら、俳優の何とかに似てるわね。ほら、あの人。何とかこんとか」
母が話に割って入る。
母は困った時はいつも“何とかこんとか”で表現をする。大学生になってからほとんど会ってないのに、その癖は相変わらず変わってないな、と思う。

「確かに男前だが、あの髪型はなよなよしてる感じがして好かないな」
「ちょっと前に髪切ったよ。好青年になってる」
なんで私、あいつのことを褒めてるんだろう。でも今の髪型はいい。髪型だけは。
「あら、そのネックレス買ったの?」
母が私の首元を見た。
「ううん。真織に買ってもらった」
「まあ素敵」

⏰:12/07/22 23:23 📱:Android 🆔:TdfnQEy.


#242 [ぎぶそん]
夜。お風呂で汗を流し、ベッドに入った。
あいつは今頃何をしているのだろうか。彼のいない一時は、長く退屈に感じた。
1つ屋根の下で暮らしておいて、いまさらメールや電話をする気にはなれない。
彼がいない1人の夜は、寝る前歯みがきをし忘れた翌朝みたいな気持ち悪さがあった。
ここは私の生まれ育った場所なのに、自分の居場所ではないみたい。

薄暗い部屋の中、テレビを点けた。ちょうど歌番組をやっていた。
君に会いたいでも会えないとか、中学生でも書けるポンコツな歌詞を若手バンドのボーカルがしたり顔で歌う。
そんなに会いたいなら、さっさと会いに行けばいいのにといらいらする。
ふと真織の顔が浮かぶ。
あいつが昨日歌った「僕の嫌いな言葉」が頭の中で浮かぶ。
あいつに会いたい。私自身も彼に対する感情を、結局そんな陳腐な言葉でしか表現できないでいた。

その後も家族で墓参りを済ませたり、母と一緒に来年の成人式の着物を買いに行ったり、親戚の家に挨拶しに行ったりと、ばたばたとした日々が続いた。

⏰:12/07/23 22:30 📱:Android 🆔:jyY.9Ydw


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