消えないレムリア
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#291 [ぎぶそん]
龍平はすぐに荷物をまとめ、部屋を出た。私と真織も、玄関先で彼を見送る。
「かなさん、真織さん、本当にご迷惑おかけしました」
龍平が私たちに向かって深々と頭を下げる。
「あ、そうだ。これは俺からのプレゼント。2人で使って」
龍平がスポーツバッグの中を何やら探る。
「何これ?」
彼に銀色をした長方形の箱を渡された。深緑色の文字で0・5ミリと記載されてある。
「ゴム」
輪ゴム?輪ゴムの箱って、普通横に長くて縦に短いよね?
ヘアゴム?でも箱売りのなんて、見たこともない。
箱を訝しげに見ていると、龍平が声を上げた。
「かなさんもしかして知らない?コンドームだよ、コ、ン、ド、オ、ム」
龍平の言葉に私は「ひっ」と小さな悲鳴を上げ、両手で持っていたそれをまるで時限爆弾であるかのように離した。生気を失った。
「まあ2人で楽しんでくださーい」
龍平は無邪気に笑い、手を振りながら去っていった。
――龍平の奴。最後の最後まで余計なことを。
龍平が帰った後、私は彼に貰った箱を足で蹴りながらリビングにあるゴミ箱の前まで移動させた。
「あ、あの、これ、捨てた方が、い、いいよね?つ、使わないし」
私は自分の真下にある箱を指差した。
「え?う、うん」
真織はうなだれ、首に手のひらを当てていた。
経験がない同士、性行為のためのアイテムの登場には困っていた。
「あると使いたくなっちゃうかも知れないしな」
彼の言葉に顔が熱くなり、私は箱を足で何度も踏み潰した。
箱は原型がなくなり、潰れた空き缶のように平たくなった。私はそれを拾い上げると、ゴミ箱にさっと入れた。
:12/08/19 23:59
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#292 [ぎぶそん]
部屋はまだ龍平がつけていた柑橘類の香水の残り香が漂っていた。
私は洗濯物を干すことにした。彼に洗濯カゴから衣類を出してもらいながら、ハンガーにかける。
「あんた、何であの時龍平を泊めようとしたの?」
「何となく」
「何となく、ね。キャンプ行けなくなったけどいいの?」
「そこまで楽しみにしてたわけじゃないから。それに面白いものも見れたし」
「面白いもの?」
「かなめのマジギレ」
彼がいうのは、約20分私がここで龍平を激怒したことだろう。
「ああ、さっきのね。私もそんな出来た人間じゃないのに、偉そうだったと思う」
「――優しいよな」
彼の手が濡れたハンカチを握ったまま止まった。
「かなめは、優しいよな。前、子供の時壊した人形の代わりにって指人形くれて、風邪引いた時はわざわざ学校から戻って看病してくれたし、床で寝てたら必ず布団をかけてくれる。俺がここを出たくないのも分かったら、出て行かなくていいって言ってくれたよな。さっき龍平くんを怒ったのも、彼のためを思ってなんだろ?」
彼が優しく問いかけてくるので、私は動揺した。
「やめて、私はあんたが思ってるような人間じゃない。いつも何も考えてないで行動してるから。だからありがたく思わないでいい。それに、龍平のことは嫌いで、早く帰ってほしいと思ってた。あいつのことひっぱたいたのも、単にむかついたから。奢ったり一緒に遊んであげたり、あんたの方がよっぽど優しいよ」
私は彼の手からハンカチを取った。
「後は1人でやるから、もうあっちに行っていいよ」
ハンカチを持ってない反対の手で、彼を追い払うように手を振った。
彼は従順な態度でその場から離れた。
:12/08/20 01:37
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#293 [ぎぶそん]
――「優しい」だって。そんなこと、親にだって言われたことがない。私のこと、いつもそんな風に思ってたの?
悪い気はしないけど、初めて言われたその言葉は私の全身をむずむずさせた。
「かわいげのない女」って揶揄される方が、よっぽどしっくりくる。
だって私って、あんたにきつくてすぐ怒鳴ったり手を上げて、そのくせキスしたり胸も触っていいよなんていう意味不明な女じゃんか。
私は以前彼が椎橋くんの部屋でこんなことを言っていたのを思いだし、はっとした。
――俺は冷たいような優しいような、わけの分からない人がいいかな。
洗濯物を干し終えると、リビングの中央で彼が突っ立っていた。
服を着ておらず、下に膝が隠れる程度の黒い水着を穿いている。
繰り返し彼が行う両手を交互にかく動作は、クロールを連想させる。
「何してるの?」
「今から一緒に風呂入らん?」
「何言ってるの。馬鹿じゃないの」
「もちろん裸でじゃないよ。お互い水着でさ。暑いし水風呂入りたい」
彼のいうように暑かった。ここのところ猛暑が続いていて、ついさっき洗濯物を干しただけでも頭部から汗がだらだらと垂れ、脇の下も汗で湿るほどだった。
水風呂――その言葉を聞いただけで全身がひんやりと冷たくなるような、不思議な魔力が暑さにやられた私を誘惑する。
「分かったわよ。ちょっと待ってて」
私は押し入れの近くにあったリュックからビキニを取り出し、脱衣室に向かった。そしてそれに着替えると、再び彼の前に立った。
:12/08/20 22:49
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#294 [ぎぶそん]
「どうかな?」
その場で身体を1回転させた。
「くびれがないね」
ムッカー。余計なお世話だっつーの。
ややむすっとしていると、彼が急にはにかみだした。
「やっぱりキャンプに行かなくて良かった」
「何で?」
「あいつらには見せたくない、からかな」
この野郎この野郎。照れ笑い浮かべてんじゃないわよ。
あんたは私の所有物だけど、私はあんたの所有物じゃないから。
私は彼の前でにやけそうになるのをぐっとこらえた。
それから自動給湯器の前に立ち、給湯温度を25℃まで下げ、自動給湯のボタンを押した。
狭い風呂場は2人同時に入るとかなり窮屈で、ほとんど自由がなかった。
浴槽に水をためてる間、お互い身体をさっと水洗いすることにした。
まず、私が彼の身体にシャワーの水を当てた。彼は最初冷水の急激な寒さに身を縮ませていたけど、だんだんと慣れ快適そうに喜んでいた。
私も彼に身体を流してもらった。途中、顔に勢いよいシャワーの水をかけられひるんだ。私も彼からシャワーのホースを奪い、彼の顔にかけた。とことんふざけあった。
その後、冷たい水がじゅうぶんたまった浴槽の中に入った。浴槽は2人いっぺんに腰を下ろす余裕がないので、私が彼の太ももの上に跨がった体勢でいる。
お互い素肌を密着させた状態で、対面にして喋る。
「2人一緒だと狭いね」
「狭い方がいい」
:12/08/20 23:16
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#295 [ぎぶそん]
彼が私の二の腕を触りはじめた。
「女の肌って、なんでこんなに柔らかいの?不思議」
「知らない。私としては、男の硬い肌の方が不思議」
「お互い違うから惹かれあうのかな?」
彼は引き続き二の腕を触っている。
「唇は男も女も同じ柔らかさじゃない?」
私は彼の唇をつまんだ。ぷにぷにとしていて、動かす指が勝手に反動する。
彼は二の腕を触っていた手を離し、自分の唇を触る私の手を掴んだ。
「こうした方が感触が分かりやすいんじゃない?」
そして、私の唇にキスをした。その唇の柔らかさが、私の唇へと伝わる。
水の中にいるのに、体はたちまち熱を帯びた。
彼にその後なすがままに耳や首筋を愛撫されていると、部屋の呼び鈴が鳴った。
龍平かな?おおよそ忘れ物をしたとかで。
「俺が出るよ」
彼が上がった。彼は脱衣室で軽くタオルで全身を拭くと、玄関へと向かった。
ほっとしたような、寂しいような、どっちでもないようなで、私は1人心臓をばくばくとさせていた。
:12/08/20 23:56
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:87iFZhWY
#296 [ぎぶそん]
玄関は風呂場の壁を越えた向こう側にあり、彼が風呂場のドアを開けたまま行ったので、彼と訪問者の声がはっきりと聞こえてきた。
「よっ!今俺らキャンプから戻ってきた。お前がいなかったから、市倉さん不機嫌だったぞ」
「お前なんで海パンなんか穿いてんの?」
小山内くん、それに椎橋くんの声がした。
「何か用?」
真織がたずねる。
「今日の夜暇?俺ん家の近くの河川敷で花火やる予定なんだけど来ない?っていうか、本当は向こうでやる予定だったんだけど、後でお前も入れてやろうってことになったからやらないで持って帰ったんだぞ」
椎橋くんが言った。
「いいよ。でも、足立さんも一緒でいい?」
「オーケー。お前って本当足立さんのことが好きだな。いつも足立さん足立さんって言ってる」
「足立さん、友達がいなくて可哀想な人だから」
おい!おおっと、落ち着け私。これは、お互いのためを思っての嘘だから。
仮に彼が「うん、そうだよ。俺、足立さんのことが好き」などと否定しなければ、一気に周りから冷やかしの目で見られる。
人前ではよそよそしくいるのが正解なのである。
椎橋くんたちが去り、彼が戻ってきた。
「椎橋たちが今日の夜花火しようって」
「聞こえてた。ええっと、里香ちゃんは来るのかな?」
「来るんじゃない?いつもそれ聞くね」
「えっ!ああ、女の子もいた方が安心だなーって」
全くそんなことない。でも、私があんたと一緒に住んでるから、私はあの子に嫌われているとは、さすがに里香ちゃんに悪くて言えない。それだと私が間接的に愛の告白を述べているようだもの。
「ところで、さっきの続き、する?」
「しません!」
私は浴槽から出た。
:12/08/21 00:21
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:ieRUI2iI
#297 [ぎぶそん]
夜の8時。彼と一緒にバイクで集合場所の河川敷に向かった。
夜のだだっ広い河川敷はうすら寒く、私たちの他に鉄橋の下で騒いでる若者グループもいた。
「足立さんも連れてきた」
真織が私の肩に手をやる。
椎橋くんや小山内くんを含むメンバーは、私に対して笑顔で会釈してくれた。
そんな中、里香ちゃんはあからさまに嫌そうな顔をしていた。
彼女の気持ちは、じゅうぶんに理解できる。もし私が彼女の立場だったら、ものすごく辛い。好きになった人に異性の同居人がいるなんて。しかも2人はそこそこ円満な関係と見た。
だから私は彼女にそしられたとしても黙って受け入れるつもりだ。
「鍋さんは?」
小山内くんが椎橋くんにたずねる。
「遅れるから先に始めてていいって」
鍋さんって誰だ?まあいいや。
そして椎橋くんの一声で輪になり、さっそく手持ち花火をやることになった。
里香ちゃんは常時真織の隣をキープしていた。そのか細い手は真織の服の袖を掴んで放さない。
里香ちゃんはまるで私がここに存在していないかのごとく、徹底して目を合わせなかった。これは悪態をつかれるよりも、よっぽど精神的にくる。
何で私、年下連中とちまちま花火をやってるんだろう。
でも、里香ちゃんの真織に対する動向はできるだけ見張ってないと。
真織が里香ちゃんからの誘惑に負け、うっかりベッドイン――なんて事態はなんとしても避けたい。
あいつの初めては、私のだから。
そう思いながら、ススキ花火からあわただしく散る火花を見ていた。
:12/08/21 22:21
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:ieRUI2iI
#298 [ぎぶそん]
3本目の花火に火を点けようとした時、1人の男の子が私たちのところにやって来た。
この人が「鍋さん」?こんな人真織の仲間内にいたっけ?いや、打ち上げの時新入生として挨拶してたかな?覚えてない。
その男の子は私の隣に座った。彼は私と目が合うと、無表情のままぺこりと頭を下げた。なんとなく、怖い。
「あっ、鍋さんは足立さんとは初対面だっけ?足立さん、この人、鍋さん。鍋島充さん。学年は俺らと同じ1年だけど、歳は足立さんと同じですよ」
彼の隣にいる小山内くんが、私に彼を紹介してくれた。
私の大学は1浪して入学した者も珍しくはない。無愛想ではあるが、私はここにいる唯一の同級生に安心感を覚えた。
火花の光で照らされる鍋島くんの顔は非常に美しく、頭の先から足の先まで洗練された雰囲気が漂っていた。
前髪は目にかかるくらい伸びていて、どこか陰のある感じがする。
鍋島くんがズボンのポケットからケータイを取り出すと、ケータイにぶら下がってあるストラップが揺れた。
地球そのものの丸いからだに手足が生えただけの、シンプルなデザイン――見覚えがあった。
「あっ、それちきゅ丸くんだよね?」
私はストラップを指差した。
「知ってるんですか?」
「うちに人形あるから」
「ちきゅ丸くん好きなんですか?」
彼の黒目がちの目が見開く。
「えっ!?う、うん!」
本当は興味がないけど、そう言わざるをえないような気がした。
「初めて会いました、自分の他にちきゅ丸くん好きな人」
目は笑ってないけど、彼の口元がわずかに緩む。これが彼なりの笑顔なのだろうか。
:12/08/21 23:16
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#299 [ぎぶそん]
そして鍋島くんはちきゅ丸くんについて冷静に熱く語りだした。
まるい1頭身のからだがたまらなくかわいくて、グッズ収集に精を出しているのだという。
彼の話から、ちきゅ丸くんの他に月の助くん、太陽太郎くんなる関連キャラクターもいることが判明した。
里香ちゃんの物言わぬ敵対心に心を痛めてたから、鍋島くんの存在にはだいぶ救われた。
アパートに戻って、すぐにこのことを真織に話した。
「さっき鍋島くんと話した」
「鍋さん?あんまり話したことないけど、1度だけ一緒に学食食べたっけ。あの人すげえかっこいいよな。男の俺でも話してて緊張する」
「あんな人軽音サークルにいたっけ?」
「途中から入ったんだよ。確か6月だったかな」
それだったら見たことないのも頷ける。
「あんたってさ、いつも里香ちゃんと何話してるの?」
私は話題を変え、ずっと気になっていたことを彼に聞いた。
「今日は中原中也の詩についてかな。その前は三島由紀夫、小泉八雲の時もあったな」
彼の口から出たのは意外にも、日本を生きた作家たちの名前であった。
「あの子本の虫みたいでさ。俺も本読むから、誰かと語りたいみたい」
なるほど、それでべったりなんだ。かわいい上に文学少女なんて――里香ちゃん、恐るべし。
それなのになぜあんたは私を選ぶの?
:12/08/22 21:38
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#300 [ぎぶそん]
2日後。バイト先で龍平と顔を合わせた。
彼はあの後先輩に謝りに行ったと言う。
彼は殴られた。
その悲痛さは、彼の顔面が物語っていた。3日前のことだから、腫れはだいぶ引いていたけど。
「でも、俺はかなさんのビンタの方が痛かった」
「それはないでしょう」
「ううん、心に響いた感じ。俺、今のまんまじゃ駄目だと思った」
私は龍平からされて嫌だと思ったことをすべて許すことにした。
そして、彼からのプレゼントを速攻で捨てたことを心の中でわびた。
翌日。昼の12時前、呼び鈴が鳴った。
近頃は訪問者が多いな。そう思いながらドアを開けた。
「久しぶり。元気してる?」
佐奈だった。
「一昨日鈴木くんと水族館に行ってきたの。これ、そのお土産」
彼女が持っていた紙袋を差し出す。そして他に話があると言うので、私は彼女を部屋に入れた。
「真織くん、久しぶり。相変わらずかっこいいね」
彼女はリビングで真織と対面すると、きゃっきゃきゃっきゃとはしゃぐ。
私は彼女に麦茶を出した。彼女はそれをおちょぼ口で1口飲むと、話をはじめた。
:12/08/22 21:53
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