消えないレムリア
最新 最初 🆕
#1 [ぎぶそん]
諸事情により、約3年前に書いていたものを内容を少し変えてもう一度最初から書き直したいと思います。

文章を書くのは得意ではありませんが頑張って書きますので、これからお付きあいよろしくお願いします。

⏰:12/06/02 16:51 📱:Android 🆔:qps2jHGA


#2 [ぎぶそん]
部屋中に散らばった教科書やプリント。
テーブルの上に山積みに置かれたカップ麺の容器。
衣類もあちこちに散乱していて、どれが洗濯したものでどれが着たものかすら分からない。

見るからに汚いこの部屋に、私、足立かなめは生息している。
片付けよう。大学の春休みの期間、何度もそう思ったがいまいち身体が動かない。
三つ子の魂百までとは言ったもので、この性格は一向に直る気配はない。

でもこの部屋を訪ねてくる知人はほとんどいないし、これでも別に構わないとさえ思ってしまっていた。
誰にも邪魔されない。この部屋は私にとって最高のテリトリーだ。

⏰:12/06/02 16:58 📱:Android 🆔:qps2jHGA


#3 [ぎぶそん]
3月中旬。お昼、ベッドの上でスナック菓子を食べながら雑誌を読んでいると、テーブルの上の携帯電話が鳴った。

「もしもし。かなめちゃん?」
叔母のみどりさんからだった。

みどりさんは私の父の妹にあたる存在で、現在は埼玉県で旦那さんと子供と一緒に暮らしている。
みどりさんと最後に会ったのは高校3年のお盆の時で、こうして会話するのもそれ以来である。
珍しい人から電話が掛かったと思っていると、みどりさんは私に元気してるのだとか大学生活はどうだとか色々と質問してきた。

「それで、相談があるんだけどね」
みどりさんが本題に入った。

⏰:12/06/02 17:06 📱:Android 🆔:qps2jHGA


#4 [ぎぶそん]
「叔母さんの知り合いのお子さんで今度、かなめちゃんと同じ大学に通う子がいるの。
でも……、なかなかそっちで住む場所が決まらないらしくて。
それでね、少しの間でいいから、かなめちゃんの部屋に一緒に住ませてもらえないかと思って電話してみたんだけど……」
みどりさんが遠慮がちにそう言った。

赤の他人と共同生活か。考えただけでも、窮屈である。

「そうですねえ……」
私は返事を渋った。

⏰:12/06/02 17:13 📱:Android 🆔:qps2jHGA


#5 [ぎぶそん]
「叔母さんは悪い話じゃないと思うわ。だって、払う家賃も今までの半分になるのよ!」
みどりさんのその言葉に、私はごくりと唾を飲んだ。
みどりさんが言うそれは、いわゆるルームシェアの最大の利点だ。

私は少し共同生活というものを想像してみた。
考えてみれば同居人がいた方が緊張感が増して、生活にめりはりが出来るかも知れない。
そうしたらだらしのないこの性格とも、いよいよおさらば出来るかも知れない。
頭の中の考えが、どんどんいい方向へと進む。

「分かった」
私はみどりさんの要求を呑むことにした。

⏰:12/06/02 17:20 📱:Android 🆔:qps2jHGA


#6 [ぎぶそん]
「ありがとう。その子は、イトウマオリちゃんっていう名前の子よ。
イトウの漢字は伊藤博文と同じで、真面目の『真』に、西陣織の『織』ね」
「真織ちゃんかあ。可愛らしい名前の子だね」
「え、ええ……」
一瞬、みどりさんの声が生返事に聞こえたのは気のせいだろうか。

それから今度の詳しい段取りを聞いて、みどりさんとの電話を切った。
こうしちゃいられない。三日後に来るという同居人をきちんと迎えるため、私は大急ぎで部屋を片付けることにした。

⏰:12/06/02 17:27 📱:Android 🆔:qps2jHGA


#7 [ぎぶそん]
夕方。あんなに散らかっていた部屋は、あっという間に綺麗になった。
昼間とは段違いに片付いた部屋を見回して、私はまだ見ぬ真織ちゃんとやらいう子に心の中で感謝をした。

その日の夜。私は近々同居人となる真織ちゃんのことを想像してみた。
名前からして、細身でしおらしい性格の子だろうか。
いや、あるいは名前とは対照的な、活発で体育会系な子かも知れない。

別になんだっていい。ただ、一緒にいて何ら苦労も感じない、空気みたいな存在であることを祈る。
そう思いながら、眠りについた。

⏰:12/06/02 17:38 📱:Android 🆔:qps2jHGA


#8 [ぎぶそん]
そして三日後。朝から風呂掃除をしていると、インターホンが鳴った。
真織ちゃんかな?私は掃除をやめ、急いで玄関に向かった。

「足立かなめさんのお宅ですか?」
ドアを開けると、作業着を着た引っ越し業者の男性が立っていた。
それから業者さんの手によって、部屋にわらわらと荷物が運ばれてきた。
その荷物の多さを見て、私はこの部屋に本当に新しい住人が来るのだということを実感した。

業者さんが出ていくと、荷物の中に黒いギターケースがあることに気がついた。
ふうん。真織ちゃんって、音楽やるんだ。
私はそのギターケースを慎重に壁に立て掛けた。

⏰:12/06/02 17:46 📱:Android 🆔:qps2jHGA


#9 [ぎぶそん]
夕方、再びインターホンが鳴った。
今度こそ、真織ちゃんだろう。
遂に同居人との対面だ。
私は緊張の面持ちでドアを開けた。

しかし私の予想とは違い、そこには身長175センチくらいの、灰色のパーカーを羽織った男性が立っていた。
誰だろうと思ったが、私はこの状況をすぐに理解できた。
きっと、隣に住む女性の彼氏だ。
こっちに引っ越してから、その男性に部屋を間違えて訪ねられたことが何度かあった。
その男性の姿形は覚えていないが、確か目の前にいる彼みたいな感じだった気がする。

「えっと、渡瀬さんなら隣の206号室ですよ?」
しかし、私の言葉の意味が分からないのか、その男性はきょとんとした顔をする。
「いえ、俺、今日からこちらに一緒に住むことになった伊藤真織ですけど……」
私は言葉を失った。

⏰:12/06/02 17:56 📱:Android 🆔:qps2jHGA


#10 [ぎぶそん]
迂闊だった。思いもしなかった。まさか、男の子だったなんて。
みどりさんに少し腹が立ったが、話をきちんと聞かなかった自分が悪いに決まっている。

しかし、目の前の真織くんは自分より年下であるとは到底思えない、随分大人びた子だ。
ついこの間まで高校生だったことが、まるで信じられない。

「ああ、あなたが真織くんね。初めまして。どうぞ」
本当は女の子が来ると思ってたなんて知れたら格好悪い。
心中を悟られないように、私は平然を装って彼を部屋に入れた。

⏰:12/06/02 18:03 📱:Android 🆔:qps2jHGA


#11 [ぎぶそん]
私はリビングまで彼を招き入れると、彼に飲み物を出そうと冷蔵庫を開けた。
その彼はリビングに腰を下ろすや否や小さな箱から煙草を1本取り出し、慣れた手つきで煙草の先にライターの火を着けた。
そして、一息ついた様子でふうと煙を吐く。

ちょっと、まだ18歳でしょ。何、堂々と煙草なんか吸ってるのよ。
少し頭に来たが、出会って早々関係がこじれるのは避けたいのでぐっと堪えた。

「はい」
私は作り笑いで彼に麦茶を差し出した。

⏰:12/06/02 21:20 📱:Android 🆔:qps2jHGA


#12 [ぎぶそん]
彼は煙草を吸い終わると、ダンボールから荷物を出して整頓をし始めた。

「これ、この部屋の鍵」
その途中、私は彼に合鍵を渡した。
彼はジーンズのポケットから革製のキーケースを取り出し、早速鍵をその中に入れた。

それから一言も会話をすることなく、彼は黙々と作業に取りかかっていた。
私はベッドの上で雑誌を読みながら、時々視線を彼の方にやった。
彼は衣類をひたすらたたみ、収納ボックスにどんどん押し込んでいた。
複数の収納ボックスが、どんどん壁際に配置されていく。

広かったこの部屋が、彼のお陰でどんどん狭くなる。

⏰:12/06/02 21:32 📱:Android 🆔:qps2jHGA


#13 [ぎぶそん]
18時を過ぎた頃、彼が立ち上がった。
「この近くにコンビニある?」
「アパートを出て正面にある信号を渡ったら、すぐ目の前にあるよ」
キーケースと財布を手にして、彼は部屋を出た。

彼が外出している間、私はダンボールの中を覗いてみた。
その中にはミドリムシという変な名前のバンドのCDと楽譜の本が大量に入ってあった。

私は音楽にはあまり興味がない。
興味を持たない理由は特にないが、私には趣味という趣味がほとんどない。
カメラを持つ自分の姿がかっこいいんじゃないかという不真面目な理由で大学の写真部に入部したが、それもすぐに飽きて、ここ半年はほとんど部室に顔を出していない。

だから、こうして好きなことに打ち込める真織くんを羨ましく思う。 

⏰:12/06/02 21:45 📱:Android 🆔:qps2jHGA


#14 [ぎぶそん]
ダンボールの中をよく見ると、片隅にソフトビニールで出来た怪獣の人形が入っていた。
何だこれ。少し疑問に思ったが、気にも止めないことにした。

その後、20分ほどして彼が戻ってきた。
リビングに着くとすぐにコンビニの袋から煙草と弁当を出し、テーブルの上に置いた。

「あんたもどうぞ」
彼が私に弁当を差し出してきた。
あんたって。少しは年上のことを敬いなさいよ。
でも、私の分まで買ってくれたことは素直に嬉しかった。
「ありがとう。お金払うよ」
私は鞄から財布を取り出そうとした。

⏰:12/06/02 21:56 📱:Android 🆔:qps2jHGA


#15 [ぎぶそん]
「いいよ。俺のおごり」
私のことには目もくれず、彼がどさっと大きな音を立てて座った。

彼は無愛想でとっつきにくい。
何だか、普段笑っているところが想像できない。

その後、時計の針の進む音が聞こえる中で、お互い黙々と弁当に手をつける。
気まずい。 そう感じ、テーブルの上にあるテレビのリモコンに手を伸ばした。

電源ボタンを押すと、ちょうどニュース番組の最中だった。
特集で、新生活を快適に送るグッズだとかを紹介していた。まるで興味がない。
でもその新生活とやらを送る彼は、一度もテレビに目を向けることなく弁当を食べていた。

⏰:12/06/02 22:04 📱:Android 🆔:qps2jHGA


#16 [ぎぶそん]
19時になると、彼が口を開いた。
「チャンネル変えてもいい?」
「どうぞ」
私は彼にリモコンを渡した。

彼はチャンネルを回すと、「音速戦士ステレオマン」という特撮テレビ番組でちょうど止めた。
その番組の陽気なオープニングの曲が、リビングに流れ始める。

――何これ。こんなの観るの?
可笑しさのあまり、私は思わず吹き出しそうになった。
そこで、彼の荷物に怪獣の人形があったことを理解した。
大人びた外見からは想像も出来ない、意外な趣味を垣間見た。

⏰:12/06/02 22:18 📱:Android 🆔:qps2jHGA


#17 [ぎぶそん]
彼は箸を動かすのをやめ、テレビに釘付けになっていた。
彼をそんなに夢中にさせるものがどんなものか気になり、私もその番組を観てみることにした。

まず、宇宙からやって来た巨大な怪獣が街を破壊し、人々を恐怖に震え上がらせる。
そして主人公の青年がステレオマンとやらに変身をし、怪獣並に巨大化する。
最後にステレオマンがバイオリンみたいな武器で怪獣をやっつけ、再び街に平和が戻る。

単純明快な内容だけど、まあつまらなくはないと思った。
こんな夢や希望に溢れた物語が好きなんて、彼もそんなに悪い奴じゃなさそうだと思い始めた。

⏰:12/06/02 22:28 📱:Android 🆔:qps2jHGA


#18 [ぎぶそん]
番組が終わり弁当を食べ終えると、彼はまた荷物を整頓する作業に取り掛かった。
荷物もだいぶ片付いたようで、部屋の隅で空になったダンボールが山積みになっていた。
それから彼は収納ボックスの上に怪獣の人形をいくつも並べ始めた。
しかしそれだけではスペースが足りなかったのか、私の本棚の上にまでも人形を並べる始末になった。

――ちょっと待て!そんなもん置くな!
心の中でそう叫んだが、彼に文句を言う筋合いはない。
だってこの部屋はもう私だけのものじゃなく、彼と私のものになったんだから。

殺風景だったこの部屋が、一気にフリーダムな空間へと姿を変えた。

⏰:12/06/03 08:58 📱:Android 🆔:Ddsu8QkE


#19 [ぎぶそん]
その後、気がついたら私はベッドの上で雑誌を片手に眠っていた。
時計の針は10時を指していて、私は慌てて湯沸し器のボタンを押しにいった。

10分後、お風呂が沸いたことを告げるアラームが鳴った。
「お風呂入ったら?」
「まだいい」
彼のために普段入れないお風呂を入れたのに、そっけなく返された。
自分の行動に空回りさを感じながら、私は彼より先にお風呂に入ることにした。

脱衣室で服を脱ごうとした時、ふとある想像が働いた。
――もしかして、私がお風呂に入ってるところを覗くんじゃ?

彼も一応男の子。油断は出来ない。
音を立てず脱衣室の扉を開け、リビングにいるであろう彼の様子を見た。

⏰:12/06/03 09:08 📱:Android 🆔:Ddsu8QkE


#20 [ぎぶそん]
彼はベランダに出て、外の景色を見ながら煙草をふかしていた。
考えすぎか。鍵もかけず、私は安心してお風呂に入ることにした。

身体を洗って湯船に浸かり、今日一日の出来事を振り返ってみた。
今日は人生でも特に最悪な一日だった。
同居人は女の子かと思ったら、まさかの男の子。
未成年でありながら煙草は平気で吸うし、つっけんどんな態度だし、敬語は遣わないし生意気だ。
そのくせ特撮が好きだったりして、予測不能な部分もある。

もう、訳が分からない。
でも、決して嫌いという訳ではない。

⏰:12/06/03 09:20 📱:Android 🆔:Ddsu8QkE


#21 [ぎぶそん]
同じ大学の友人に、毛利佐奈という子がいる。
入学当初に行われたオリエンテーションの時、偶然席が隣どおしになったことがきっかけで仲良くなった。
以来この1年間、彼女とはいつも一緒にいた。

佐奈は飽きっぽく気まぐれな性格で発言がころころと変わるので、しょっちゅう私を悩ませる。
でも私は佐奈のことが大好きだ。
たぶん、私は自分の周囲をかき乱す人物が好きなんだと思う。

だから真織くんのことも嫌とは思っても、本当に嫌いになることはないだろう。

⏰:12/06/03 09:30 📱:Android 🆔:Ddsu8QkE


#22 [ぎぶそん]
お風呂から出ると、彼はベランダの窓に背もたれ、アコースティックギターを弾きながら小さな声で歌っていた。
音楽に興味のない私だったけど、なぜかその姿に興味をひかれた。
私はタオルで濡れた髪を拭きながら、彼の近くに寄った。

「どうこう言ったって 僕もいつか星になる 星になる
その一粒を 君に見てほしい 見つけてほしいんだ」

今日一日私に見せた態度と言葉遣いとはほど遠い、優しく柔らかな声で歌う。

「それ、『ミドリムシ』ってバンドの曲?」
「知ってるの?」
「ううん。荷物の中に楽譜があったのを見たから」
荷物を勝手に見たことを怒られると思ったが、彼は気にもとめない様子でまたギターを弾きだした。

⏰:12/06/03 09:39 📱:Android 🆔:Ddsu8QkE


#23 [ぎぶそん]
彼の歌った曲の歌詞が気になったので、私は近くで開いていた楽譜を覗いてみた。
「星座の居場所」というタイトルのようだ。

『所詮、この世界では、僕は大勢の中の一人なのだろう。
彼女も、星の中から偶然、僕を見つけただけなのさ。

こぐま座も、おうし座も、本当はただの点さ。
どうして、僕たちは、無関係な星を結びたがる。

輝いて、輝いて、朝になるまで、輝いて。
その一粒を、僕は見ている。見ているから。

僕だって、星の数から偶然、彼女を見つけただけなのに、
どうして、僕たちは、一つになりたがる。

輝いて、輝いて、灰になっても、輝いて。
その一粒を、君に見てほしい。見てほしいんだ。

どうこう言ったって、僕もいつか星になる。星になる。
その一粒を、君に見てほしい。見つけてほしいんだ。』

⏰:12/06/03 09:49 📱:Android 🆔:Ddsu8QkE


#24 [ぎぶそん]
句読点が多く、短編小説を読んでいる気分になった。
でも、嫌いじゃない。むしろ好きかも。
何となくそう思った。

「好きなの?このバンド」
「別に」
彼が顔を背けた。きっと、本当はすごく好きなのだろう。

「さてと。風呂入ろうかな」
ギターをケースにしまい、彼は向こうに行ってしまった。
彼がお風呂に行っても、私はその場で「星座の居場所」の歌詞を繰り返し読んでいた。

この現代社会において個性的な人は異端とされ、罵られる。常に他人と同じであるように求められる。
この曲はそういった世の中を疑問視するメッセージが込められてると感じた。

⏰:12/06/03 09:58 📱:Android 🆔:Ddsu8QkE


#25 [ぎぶそん]
それから私はノートパソコンを立ち上げ、「ミドリムシ バンド」で検索をかけてみた。

ミドリムシ。静岡県出身の4人組からなるロックバンド。
ボーカルの斎藤正裕とギターの小松貴也を中心に、高校時代に結成。
その5年後、メジャーデビュー。
昨年の夏、念願だった初の武道館公演を果たす。
ほとんどの楽曲をボーカルの斎藤正裕が手掛ける。
今年2月、「星座の居場所」が深夜ドラマのエンディングに抜擢。初のタイアップ。

こんなバンド、聞いたことないけど結構有名なのかな。
物知りの佐奈なら知っているかも。
大学が始まったら聞いてみよう。

⏰:12/06/03 10:09 📱:Android 🆔:Ddsu8QkE


#26 [ぎぶそん]
ふと、バンドの公式サイトに載ってあったボーカルの斎藤正裕の顔が目についた。

年齢は大体30手前だろうか。まだまだ若い感じ。
黒髪で毛先にゆるやかなパーマがかかった髪型は、今ここにいる真織くんとまるで同じだった。
きっと、真織くんはこの人に憧れているのだろう。
誰かを目指してその真似をするなんて、生意気な性格にしてはかわいいところがあるじゃない。

ボーカルの色白で綺麗な肌も、真織くんに似ていた。
でも、ボーカルの人の方が断然に優しそうな感じだ。
真織くんは冷たそうで近寄りがたい雰囲気だもん。

⏰:12/06/03 10:21 📱:Android 🆔:Ddsu8QkE


#27 [ぎぶそん]
パソコンを閉じ、ベッドの上で雑誌を読んでいると彼がお風呂から出てきた。
そして、はっとした様子でつぶやいた。
「やべえ。今日、こっち来て布団買うの忘れてた」

そして、彼はベッドの上で寝そべっている私の元に寄ってきた。
「布団、半分借りていい?明日ちゃんと買うんで」
彼が私の目を見て言った。

流石にそれはまずいんじゃないかと思った。
仮にも、男と女だし。
「えっと、その……」
私が戸惑いながら答えを出せずにいると、呆れた様子で彼が口を開いた。
「何、照れてんの。こっちはあんたのこと、全く女として見てないんだけど」

⏰:12/06/03 10:33 📱:Android 🆔:Ddsu8QkE


#28 [ぎぶそん]
カチン。頭の中でそんな音が聞こえた。
「好きにすれば」
私だけ変に意識して馬鹿らしい。こっちだって、あんたのことなんかこれっぽっちも男して思ってないんだからね。
私は彼に背を向け、身体を壁際に寄せた。

彼は部屋の明かりを消すと、身体の向きを私とは正反対にして布団に入ってきた。
「……大学ってどんなところ?」
暗がりの中、向こう側からこんな質問が聞こえた。
私に物事を尋ねてくるなんて、どういったものの心境だ?私は少しからかってみることにした。
「そんなことも知らないの。勉強するところに決まってるでしょ」
「それは分かってるわ」
彼が私の背中を足で蹴ってきた。
「痛い。何するの」
私も対抗すべく彼の身体を激しく蹴り返した。

⏰:12/06/03 10:44 📱:Android 🆔:Ddsu8QkE


#29 [ぎぶそん]
「この野郎」
彼が起き上がり、全体重をかけて私の身体にのしかかってきた。
その重さは胸を一気に圧迫した。
「苦しい?」
上にいる彼がへらへらと笑う。

ちょっとやめてよ。暗闇でこんなに密着されたら、流石に緊張する。意識する。
心臓が破裂しそうなくらい、ばくばくと鳴る。
もー。やっぱりこいつ大嫌い。

「降参。降りて」
恥ずかしいのと息が苦しいのとで、私はすぐに助けを求めた。
彼は身体をすぐに離し、そのまま私と同じ向きで隣に寝込んだ。

⏰:12/06/03 10:51 📱:Android 🆔:Ddsu8QkE


#30 [ぎぶそん]
ちょっと、なんで一緒の向きになってるのよ。
私は咄嗟に彼に背中を向けた。

落ち着け、私。そうよ、こいつはいわば弟みたいなもんよ。
弟と同じ布団に寝て、わざわざ緊張する姉がどこにいる?
何でもない。何でもない。これは、取るに足らない日常。
乱れた呼吸を整えるべく、私は心の中で自分に暗示をかけ続けた。

「あんた、今日から来る同居人が女だって思ってたでしょ?」
息も少し落ち着いた時、後ろから彼の声が聞こえた。

⏰:12/06/03 11:00 📱:Android 🆔:Ddsu8QkE


#31 [ぎぶそん]
やばい。バレてたのか。
「ま、まあね」
私は素直に答えた。
「安心してよ、あんたには絶対手を出さないから。それに、他に部屋が見つかったらすぐに出て行くし」
絶対に手を出さない。非常に喜ばしいことだけど、こいつにそうはっきりと断言されるのも癪に障る。

「あのさ、その“あんた”って呼ぶのやめてくれない?私にも一応、名前があるんですけど」
私はずっと気になっていたことを少し感情的になって指摘した。
「名前?足立……かもめだっけ?」
「違う!」
一気に振り返り、私は彼の足元をばたばたと蹴った。
私の取り乱す様子がおかしいのか、彼が初めて私の目の前で笑った。
暗闇でもよく分かる、はっきりとした笑顔だった。
不覚にも、私はその笑顔をかわいいと思ってしまった。

⏰:12/06/03 11:11 📱:Android 🆔:Ddsu8QkE


#32 [ぎぶそん]
「あー、かなめからかうの面白い」
彼がさりげなく私の名前を呼んだ。あんた呼ばわりよりはいいけど、呼び捨てかよ。
私は彼に取り合うのをやめて、再び背中を向けた。
それから眠ろうとしたが、なかなか寝付けずにいた。
しばらくそのままの体勢でいると、隣から規則正しい寝息が聞こえてきた。

――寝たのかな?
私は振り返ってみた。
彼もまた私に背を向け、静かに眠っているようだった。
「おやすみ、真織」
そう囁き、私はまた彼に背を向けた。

得体の知れない男の子がこんなに近くにいるのに、全く苦痛に感じない。
今日初めて彼と出会ったとは思えない、不思議な感覚にとらわれた。

⏰:12/06/04 21:33 📱:Android 🆔:FfDMhJ8o


#33 [ぎぶそん]
次の日の朝。目を開けると彼は隣にいなかった。
ベランダの方から物音がしたので見てみると、彼がそこで洗濯物を干していた。

こんなに朝早くから偉いじゃん。感心したので、褒めてやろうと身体を起こしベランダまで行った。
「偉い……」
そう言いかけた時、私の下着も一緒に干していることに気がついた。

「ちょっと!人のまで一緒に洗濯しないでよ!」
私は怒りをあらわにした。
「は?一緒に洗ったほうが効率がいいでしょ」
「だって……」
私は物干し具に彼の下着と一緒に仲良く干されてある、哀れな自分の下着を見つめた。

⏰:12/06/04 21:46 📱:Android 🆔:FfDMhJ8o


#34 [ぎぶそん]
彼も私の視線の先に目をやる。
「ああこれ?こんな色気もクソもない下着見ても、何とも思わないって」
彼が下着を干している物干し具を揺さぶった。
その揺れで、ベージュ色のパンツとブラジャーが小刻みに振動した。
「こんな下着着るとかおばさんかよ」
「50になったうちのお袋でもまだこんな下着着ないわ」
彼は立て続けに文句を言い続ける。

私は服の下から下着が透けて見えるのが嫌なので、下着を買う時は全部肌の色に近いベージュを選んでいる。
それをこいつは全力で否定してきた。本当に悔しい。

私は彼を無視し、顔を洗いに洗面所に向かった。

⏰:12/06/04 21:59 📱:Android 🆔:FfDMhJ8o


#35 [ぎぶそん]
彼との共同生活、このままではだめだ。
顔を洗い、少し冷静さを取り戻してから再びリビングに戻った。
洗濯を干し終った彼をそのままリビングに座らせ、2人で掃除や食事などそれぞれの役割を決めることにした。

まず、ゴミ出しは月・水・金・日が私。火・木・土が真織。
洗濯は月・水・金・日が真織。火・木・土が私。
食事当番は月・水・金が私。火・木・土が真織。日曜は一緒にやる。
風呂掃除やトイレ掃除は各自が気がついたときにやることになった。

いまいち波長が合わない彼との話し合いは、意外にもスムーズに終わった。
私は項目を書いた紙を壁に貼った。

⏰:12/06/04 22:12 📱:Android 🆔:FfDMhJ8o


#36 [ぎぶそん]
今日は金曜日だったので、私は早速ゴミを出しに行くことにした。
金曜日は可燃ゴミの日なので、ゴミ箱のゴミを片手に玄関でスリッパを履いた。

外に出て、階段を下りる。
階段を下りたところにある駐輪場に、見たことのない大型バイクが止まっていた。
そのバイクはまだ新品に近い状態で、黒いボディが光の反射でぴかぴかと輝く。
かっこいいな、誰のだろう。少し気になりながら、ゴミ置き場にゴミを捨てた。

再び部屋に戻ると、彼がわざわざ玄関まで姿を出して話しかけてきた。
「今日布団買いたいんだけど、この辺にデパートある?」
「えーっと、デパートは確か駅の近くにあったような……」
彼に場所をうまく説明しようと、頭に街の地図を思い浮かべた。

⏰:12/06/04 22:26 📱:Android 🆔:FfDMhJ8o


#37 [ぎぶそん]
「一緒についてきてよ。どうせ暇なんでしょ」
ムカッ。こんな効果音が頭をよぎった。
どうしてこいつはこうも私をイライラさせるのが得意なのだろうか。

でも、彼のいうように確かに暇だった。
春休みになってから、外にはあまり出ていない。たまには外の空気も吸わなきゃな。
「分かったわよ」
私は彼と一緒に出掛けることにした。

歯を磨き、脱衣室で服を着替えた。
それからリビングに行き、彼の見てる前で平然とメイクをした。
「かなめってさ、化粧しても素っぴんとほとんど変わらないよね。昨日風呂から出た時から思ってた。まじウケる」
メイクを終えると、彼が私の顔を見てげらげらと笑ってきた。
それって褒めてるの?けなしてるの?ムカつく。

⏰:12/06/04 22:37 📱:Android 🆔:FfDMhJ8o


#38 [ぎぶそん]
荷物を持って、2人で一緒に部屋を出た。
階段を下りると、彼がさっき私が見ていたあのバイクに近づいた。
「後ろ、乗って」
彼は収納スペースからヘルメットを取り出し、私に投げてきた。
そして黒いゴーグルを着け、自分もヘルメットを被りながらバイクにまたがった。

このバイク、こいつのだったのか。
10代のうちからこんな大きなバイクを乗り回しているなんて、彼の実家は裕福なのだろうなと感じた。
というか、昨日実家の埼玉からわざわざこのバイクで来たの?なんかイカすなあ。

私はヘルメットを被り、彼の後ろに乗った。
そして彼の腰元に手を回し、思いきりしがみついた。
彼の背中に顔をつけるとパーカーに染み付いた煙草の臭いが鼻を刺激して、その不快な臭いに思わずむせた。こいつやっぱり最悪。

⏰:12/06/04 22:56 📱:Android 🆔:FfDMhJ8o


#39 [ぎぶそん]
彼がエンジンを掛けると、耳をつんざく大きな音がした。
そして私たちを乗せたバイクは瞬く間にアパートを離れていった。

駅へと一直線に進む道に出て、そのまま歩道を歩く通行人を一気に抜き去った。
空気が向かい風となって、彼のパーカーを膨らませる。
私は生まれて初めてバイクというものに乗ったので、車道にいて自動車やトラックを至近距離で見ることがとても新鮮に感じた。

昨日彼と出会って、色々なことを知った。
ミドリムシ。ステレオマン。そしてバイク。
彼と出会わなければどれも知ることも興味を持つこともなかっただろう。
年下の彼は私にとって凄い影響力を持っていた。

⏰:12/06/04 23:20 📱:Android 🆔:FfDMhJ8o


#40 [ぎぶそん]
道でほとんど信号に引っ掛からなかったので、彼の運転するバイクは5分ほどで駅前に着いた。
駅前の駐輪場にバイクを止めると、そこから近くにあるデパートに歩いて向かった。

デパートに入ると、エレベーターで寝具のコーナーがある5階まで上がった。
5階に到着すると、部屋の一室みたいに様々なベッドや棚が設置してあった。

「どれにしようかなあ」
彼が棚に入っている敷き布団を押して感触を確かめたりする。
「いらっしゃいませ」
彼の元に、若い女の店員さんがやって来た。
店員さんはすかさず彼に、彼が触っている商品の説明をはじめた。
私は2人のやり取りを後ろから見ていた。

⏰:12/06/04 23:35 📱:Android 🆔:FfDMhJ8o


#41 [ぎぶそん]
「妹さんですか?」
無意識のまま突っ立っていると、店員さんが私に笑顔で声を掛けてきた。
大人びた彼と一緒にいると、当然のように私が年下に見えるらしい。
「あ、はい」
関係をわざわざ説明するのも面倒なので、私は話を合わせた。

「これください」
彼の一声で、店員さんが慌てて駆けつける。
彼は青いギンガムチェックの柄の布団セットを選んでいた。
2人がレジに向かうと、そこから2人は時間が止まったようになかなか動かなかった。
待つことに退屈さを感じながら、私はその場で立っていた。

15分ほどして、ようやく会計を済ませた彼がやって来た。
「布団届くの3日後だって。それまでまたかなめの布団で寝させて」
彼の言葉に、私は青ざめた。

⏰:12/06/04 23:52 📱:Android 🆔:FfDMhJ8o


#42 [ぎぶそん]
せっかく来たので、私たちは少し店内を回ってみることにした。
寝具コーナーから時計回りに半周すると、女性用下着コーナーに差し掛かった。
「かなめもさあ、もっとこういうの選んだら?」
彼が立ち止まり、派手な柄のブラジャーを手にした。
その発言は近くを歩いていた二人組の女性にも聞こえていたようで、通りすがりにくすくすと
笑われた。

4階に下り、下りて目の前にある調理器具コーナーを見てみた。
色とりどりの鍋やフライパンを見て、こんなお洒落な調理器具だと毎日楽しく料理が出来るだろうなあと、普段料理をしないながらに思った。
しかし何も買うことなく、他のコーナーを回ることにした。

⏰:12/06/05 22:21 📱:Android 🆔:m1Xw0dwc


#43 [ぎぶそん]
彼が煙草を吸いたいと言い出したので、他の階を見ることなくデパートを出た。
駅前の喫煙スペースに行き、スーツを着た中年男性の隣で彼が一緒に煙草を吸う。

「あっちにゲーセンあるじゃん。行ってみようぜ」
煙草を吸い終えると、彼が手前の方向を指差した。
そこには中央にUFOの絵が描かれた、大きな看板がある建物があった。
彼は私の手をむりやり取り、その建物がある方向へと進んだ。

ゲームセンターの中に入ると、店内は機械や人の声でがやがやと賑わっていた。
UFOキャッチャーのコーナーには、アニメキャラクターの人形やキーホルダーがたくさん陳列してあった。

⏰:12/06/05 22:36 📱:Android 🆔:m1Xw0dwc


#44 [ぎぶそん]
その中に、昨日彼がテレビで観ていた「音速戦士ステレオマン」のフィギュアもあった。
そのフィギュアは箱に入っていて、ステレオマンが武器であるバイオリンを弾く形でポーズを取っていた。

「これ、あんたが好きなやつじゃないの?」
私は彼の手を叩き、その景品を指差した。
「いや、俺、ステレオマンには興味ない。怪獣の方が好きだから。でも見た感じ簡単そうだし、試しにやってみようかな」

その景品は、どうやら手前の空間に落とせば手に入る仕組みになっている。
彼は財布から500円玉を取り出し、機械の投入口に入れた。

⏰:12/06/05 22:45 📱:Android 🆔:m1Xw0dwc


#45 [ぎぶそん]
にぎやかな音楽が鳴り、彼が専用のボタンでクレーンの操作をはじめた。
1回目。クレーンが箱を持ち上げわずかに箱が浮いたが、箱はまた元の位置に戻った。
2回目。アームが箱をかすり抜けた。
3回目。箱が浮き上がり、少し手前に移動した。

「うわ、結構難しい」
遊ぶ回数がなくなり、彼がまた財布を取り出す。
小銭がなかったようで、両替をしに行った。

彼がいない間、私は試しにやってみようと200円を投入した。
慎重に操作をしてみたが、アームは箱をかすり抜けただけだった。
難しい。自分の力量では一向に取れる気がしなかった。

⏰:12/06/05 22:54 📱:Android 🆔:m1Xw0dwc


#46 [ぎぶそん]
彼が戻り、100円玉を5枚入れた。
何度も試すが、なかなか景品が落ちる気配はない。
「惜しい!後もうちょっと」
「あー!後もう少しだったのになあ」
別に景品が欲しいわけではないが、私は無我夢中で彼を応援していた。
途中、親子連れが不思議そうに私たちの様子を眺めていたが、気にも止めずに私は彼のプレイにのめり込んだ。

彼が2度目の両替をした後、遂に景品が手前の空間に落ちた。
「やったー!」
私はその場で両手を上げて喜んだ。
「はい。あげる」
彼が私に景品を差し出してきた。
「いいよ。取ったのはあんたなんだから、それはあんたのもの」
私は貰うのを拒もうとしたが、ふとある考えが浮かんだ。

⏰:12/06/05 23:05 📱:Android 🆔:m1Xw0dwc


#47 [ぎぶそん]
もしかしたらこういう非売品は10年・20年したらプレミアがついて、高く売れるんじゃないだろうか。
「あ、やっぱ貰うわ」
私は彼の手から景品を奪い取り、有り難く頂戴することにした。
将来、お金に困った時に売ろうっと。
そんな浅ましい考えとはつゆ知らず、彼は店にあった袋を持ってきて景品を中に入れてくれた。

ゲームセンターを出て、私たちは駅の中にあるうどん屋で少し早いお昼を取ることにした。
店内に入ると、サラリーマン風の男性や作業着を着た男性がプロ野球のテレビ中継を観ながらうどんを食べていた。
2人でテーブル席に座り、彼は天ぷらうどんを、私は釜玉うどんをそれぞれ注文した。

⏰:12/06/05 23:20 📱:Android 🆔:m1Xw0dwc


#48 [ぎぶそん]
「なんでステレオマンには興味がないの?」
注文を待っている間、私は気になっていたことを彼に尋ねた。
「俺はストーリー自体はどうでもいいんだよ。怪獣がのしのし歩く姿や、街を壊す姿が見たくて観てるだけ」
「そうなんだ……」
一応相槌を入れてみたが、理解不能だった。
言われてみれば、部屋にある彼の人形はどれも怪獣ばかりである。
怪獣の何がそんなにいいんだろうか?
私にとっては恐くて、不細工で、不気味な存在でしかない。

その後2人で野球の試合を観ていると、先に彼の注文した天ぷらうどんが運ばれてきた。
彼が豪快に麺を啜る。
「天ぷら一口ちょうだい」
彼は私の言葉に返事をせず、無言で天ぷらを食べた。意地悪。ケチ。

⏰:12/06/05 23:36 📱:Android 🆔:m1Xw0dwc


#49 [我輩は匿名である]
面白い

⏰:12/06/06 15:14 📱:SH02A 🆔:exhypHqY


#50 [ぎぶそん]
野球の試合が8回のウラに突入したところで、私が頼んだ釜玉うどんが来た。
割り箸を取り、急いであつあつの麺と玉子を絡ませる。
よく混ぜたところで麺を一気に啜った。味が染みてて美味い。
既に食べ終わった彼が、私の食べる様子をまじまじと見ていた。

「うまそうだな。一口くれよ」
「やだ」
私は丼を持って壁の方を向いた。
そっちだってくれなかったのに、誰があげるかよ。
私はそのままの体勢で食べ続けた。

私が食べ終えると、一息落ち着ける様子もなく彼がすぐに立ち上がった。
昨日弁当を買ってもらったからお返しに今日この場では奢るといったが、彼に頑なに拒まれた。
結局お互い自分の食べた分だけの値段を払い、うどん屋を後にした。

⏰:12/06/06 21:52 📱:Android 🆔:pGqVXPe6


#51 [ぎぶそん]
それから私の提案で、エスカレーターを使って駅の3階にある本屋に向かった。
今日から料理を作らないといけないので、料理の本が1冊あった方がいいと思ったからだ。
本屋に入り、私は「きほんの料理」という名前の本を即決で買った。

本屋を出て、隣にあるCDショップに立ち入ってみた。
邦楽CDのコーナーで「み」の場所を探すと、その中に彼の好きなミドリムシのCDがいくつか入っていた。
一番右にある「ザ・ベスト・オブ・ミドリムシ」という名のCDを手に取る。どうやらベストアルバムのようで、後ろにたくさんの収録曲が書かれている。

アルバムの表面はクレヨンのようなタッチで、葉っぱを食べる毛虫の絵がかわいく描かれていた。
絵本のような、どこか温かみのある絵だった。

⏰:12/06/06 22:13 📱:Android 🆔:pGqVXPe6


#52 [ぎぶそん]
「何でミドリムシが好きなの?」
「中学の時たまたま聴いたらよかったから」
「どの曲?」
私は彼にベストアルバムを見せた。
「その中には入ってない」
彼は棚から違うCDを取り出した。
「このアルバムに入ってる、『フクロウ』って曲」
「今度歌ってよ」
私は昨日で彼の歌う姿が好きになっていた。

「因みに、」
彼が私の言葉を遮る。
そして私が持っていたベストアルバムの表紙を指差した。
「この絵は、ボーカルの斎藤さんが描いてる。このアルバムだけじゃない、ほら、これとか、これも」
彼が棚からどんどんCDを取り出し、表面を私に見せる。
どれも絵柄が似ていて、同じ人がデザインをしているのが目に見えて分かる。
斎藤さんが描いてるのか。生粋の芸術家タイプだなあ。

⏰:12/06/06 22:28 📱:Android 🆔:pGqVXPe6


#53 [ぎぶそん]
そこから聞いてもないのに、彼がミドリムシについてどんどん語りはじめた。

斎藤さんは他にバンドのグッズのデザインや、PVの構成も専門の人と一緒になって考えているという。
約3年前から音楽雑誌でコラムを掲載してて、その文章力はプロの作家も認めるほどだとか。
大手出版社から本を書いてみないか?というオファーがあったが、自分は作家ではなくミュージシャンなので、と丁重に断ったらしい。
メンバーはベースの中田さん以外は幼稚園からの付き合いがある。
中田さんはメンバー内で唯一の既婚。
メディア露出は少ない。

口数の少ない彼が、好きなものについては熱くなるのか饒舌になる。
私も黙ってそれを聞いていた。

⏰:12/06/06 22:46 📱:Android 🆔:pGqVXPe6


#54 [ぎぶそん]
CDショップを出て、エスカレーターでひたすら下りて地下のスーパーに足を踏み入れた。
「今日の晩はハンバーグ作って。ハンバーグが食べたい」
彼の言葉に私はさっき買った本を開き、ハンバーグの作り方が載っているページを探す。
えーっと、材料はひき肉に玉ねぎに卵に……。
まあ初心者の私でも出来なくはなさそうだ。後は適当にサラダでも作ればいいか。

彼がカートを押し、私が今日の料理に必要そうな食材を入れる。
会計は彼がまとめて済ませた。
私はレシートを見て、すぐに合計の半分となるお金を彼に渡した。
「別に払わなくていいよ」と彼はいうが、こういう金銭的なことはきっちりしておかないと気が済まない。

⏰:12/06/06 23:03 📱:Android 🆔:pGqVXPe6


#55 [ぎぶそん]
地上に出て、日も暮れぬうちに2人でまたバイクに乗ってアパートに戻った。

夕方、私ははりきって夕飯の支度に取り掛かろうとした。
流し台の下の棚を開けると、埃まみれの鍋やフライパンが顔を出した。
この部屋に住んでから、料理らしい料理はほとんどしたことがない。
衛生的なことを考え、私はまずフライパンやまな板をよく洗った。

玉ねぎをみじん切りにして、飴色になるまで炒めた。
合わせた材料をこねて、食べやすい大きさの形に整える。
全部整えた後買ってきたキャベツを洗い、千切りにした。
幅が太くて千切りとは言えないほど、ひどい切り方になった。

⏰:12/06/06 23:20 📱:Android 🆔:pGqVXPe6


#56 [ぎぶそん]
温めたフライパンに油を引き、ハンバーグの素を入れた。
焼けるまでまだ時間がかかるだろう。私はリビングに行った。

リビングに行くと、彼が今日UFOキャッチャーで取ったフィギュアを箱から取り出していた。
「ちょっと!何で箱から出したの!?」
未開封じゃないと価値が下がるでしょうが!
「何でって、箱なんか取っといても邪魔なだけだろ」
箱はびりびりに破られ、ゴミ箱の中でただの紙くずと化していた。

私の転売計画は、もろくもたったの1日で崩れ去った。
私は愕然とし、その場で肩を落とした。

⏰:12/06/06 23:33 📱:Android 🆔:pGqVXPe6


#57 [ぎぶそん]
「あっち戻んなくていいの?何か焦げ臭いんだけど」
「しまった!」
私は慌てて台所に駆け寄った。
急いで肉をひっくり返すと、さきほどまで赤かった表面が見るも無残に真っ黒く焦げていた。

その後無事に炊けたご飯を茶碗に盛り、千切りにしたキャベツとハンバーグを平たい皿に乗せ食卓に運ぶ。
「ごめん、少し焦げた……」
少しじゃなく、だいぶ焦げたハンバーグを彼に差し出した。
彼は箸でそれを割き、一口食べた。
「まあ、いいんじゃないの」
いつもの調子で文句を言われるかと思ったが、彼は黙々と私の作った料理を食べていた。

私も恐る恐るハンバーグを食べてみる。
見た目は悪いが、きちんとハンバーグの味にはなっていた。

⏰:12/06/06 23:43 📱:Android 🆔:pGqVXPe6


#58 [ぎぶそん]
「ご馳走さん」
彼はご飯を綺麗に平らげ、自分の分の食器を流し台に持っていった。
私もテレビを観ながら食べた後片付け、流し台に立ち皿や調理器具を洗った。

料理って結構楽しい。
何で今まできちんとやらなかったんだろう。
明後日は何を作ろうかな。
食べてくれる相手がいるとやりがいを感じるなあ。
私ははずむ気持ちで皿を洗った。

夜の9時、彼と一緒にテレビを観ていると私のケータイに電話が掛かってきた。
「もしもし。かなめ?」
佐奈からだった。

⏰:12/06/07 22:18 📱:Android 🆔:0IS7rqNc


#59 [ぎぶそん]
佐奈とは春休みになってから一度も会ってなく、連絡も取っていなかった。
佐奈は実家からみかんが大量に送られてきたので、今度そっちに持っていくと話した。

話題を変え、佐奈は私に「元気してる?」と尋ねてきた。
「それが……」
私は真織の目を気にしてトイレに籠り、最近自分に起きた出来事をすべて話した。
叔母さんの知り合いの息子と一緒に住むことになって、それが1つ年下の男の子であるということを。
「えー!それってかなりまずくない?」
佐奈は私の話に興奮しだしたが、すぐにいつもの調子でこう尋ねてきた。
「ねえ、その子かっこいい?」

佐奈が異性で気にすることはただ1点。“かっこいい”のか、“かっこよくない”のかだ。

⏰:12/06/07 22:31 📱:Android 🆔:0IS7rqNc


#60 [ぎぶそん]
私はトイレの中で真織の顔を思い浮かべた。
佐奈のいうかっこいいが何なのかは分からないが、少なくとも真織はかっこ悪くはないと思った。
今日一緒に街を歩いてる時も、すれ違い様彼の顔を見ている女性が何人かいた。

羨ましいほどの小顔で、吹き出物1つない白く綺麗な肌。
切れ長の大きな目は、遠くから見ても力強さを感じる。
鼻筋が高く、唇は少しぷっくりとしている。
身長もそこそこあって、脚が長くてスタイルがいい。
真織は目立つ方だと思う。

佐奈に彼の見た目をどう説明しようか考えた時、私はうまい表現の仕方を思いついた。

⏰:12/06/07 22:44 📱:Android 🆔:0IS7rqNc


#61 [ぎぶそん]
「ミドリムシってバンド知ってる?」
「うん!分かるよ」
「そのバンドのボーカルに似てるよ」
「えっ、じゃあかっこいいじゃん!」
電話越しに狂喜乱舞の声が聞こえる。
”かっこいい“異性が大好きな佐奈が彼に会いたがった。
「明日みかん持っていくから、真織くんを紹介して」

私は佐奈との電話を終えた後、すぐに彼に伝えた。
「明日友達の佐奈って子が来るから。あんたを見たいんだって」
「俺なんか見てどうするの」
「ミドリムシのボーカルに似てるって言ったら、見てみたくなったらしい」
「似てないし」
彼が顔を背けた。
これは憧れの人に似てると言われ、思わず照れたのかな。かわいい奴。

⏰:12/06/07 22:55 📱:Android 🆔:0IS7rqNc


#62 [ぎぶそん]
夜の11時。電気を消し、一緒に布団に入った。
今日も色々な出来事があった。
少し疲れを感じながら、昨日と同じように身体を壁際に寄せ、彼に背を向けた。
「なあ」
いきなり彼が私の肩を揺さぶってきた。
何か話があるのかと思い、振り返る。
「今思い出したんたけど、あの時のこと覚えてない?」
「何のこと?」
「俺とかなめ、一度だけ餓鬼の頃に会ったことがあるじゃん」
彼の突然の告白に、私は目を見開いた。

そして、彼はこう話す。
今から10年以上前。その日、真織の父親は、幼稚園生だった真織を連れてみどりさんの家を訪ねた。
でも大人たちが話し込んでいる間退屈だったので、真織はこっそり家を出て近くに公園があるのを発見したらしい。
そして、その公園に偶然私もいた。
歳の近い私たちは自然と一緒に遊ぶことになった。
でも私が彼の持っていた怪獣の人形のしっぽの部分を壊し、彼をひどく泣かせてしまった。
彼は私のことが嫌になり、逃げるようにみどりさんの家に戻ったという。

⏰:12/06/07 23:45 📱:Android 🆔:0IS7rqNc


#63 [ぎぶそん]
彼が鮮明な記憶で説明するが、全く覚えていない。
残念なことに、私は物覚えがよくなく、昔のことはほとんど忘れている。
みどりさんの家の近くにいたということは、私もその日みどりさんの家に行ってたのだろう。
でも、そのみどりさんの家に行ったことすら覚えていない。
私と真織が出会ってたなんて、たぶんみどりさんも知らない事実だろう。

でも、もう1つ考えられることがある。
「その子本当に私?他の人と勘違いしてるんじゃないの?」
「いや、間違いなくかなめだよ。その子、“あだちかなめ”って名乗ってた。だからここに来る前親父から”あだちかなめ“って聞いた時、前にどこかで聞いた覚えがある気がしてた」

⏰:12/06/07 23:59 📱:Android 🆔:0IS7rqNc


#64 [ぎぶそん]
「そうなんだ。全く記憶にないけど、人形を壊したりしてごめんね」
私ははるか遠い昔の出来事の件を謝った。
「別にもう怒ってないよ。餓鬼の頃のことだし。でも、あの人形気に入ってたんだよな」
彼がため息をつく。
そんな風に言われては、見に覚えのない罪でますます罪悪感を感じる。

もう一度謝ろうとした時、彼が私の頬に手のひらを当て親指でなぞった。
――気安く触るな!
そう怒鳴ろうとしたが、思いがけず緊張して全身が硬直してしまった。
彼がいつになく優しい目をしているからだ。
「かなめ、あの時と顔が全然変わってねえな」
「悪かったわね。あんた、記憶力よすぎ。気持ち悪い」
冷たい言葉を言い放つとは裏腹に、私の心はどきどきしていた。

⏰:12/06/08 00:15 📱:Android 🆔:dE9qGZEE


#65 [ぎぶそん]
「こうしてまた会うってことは、俺ら何か縁があるのかもな」
彼は少し微笑むと手を離し、私に背を向けた。

無愛想で冷たい彼が、縁とか目に見えないものを信じてるなんて鳥肌が建つ。
お互い共通の知人がいるんだし、今までどこかで出会っていてもおかしくはない。
それだけのことなのに、何少しにやにやしてんのよ。
私は真織と縁があっても、全然嬉しくないから!
不幸だ!悲劇だ!災難だ!あー私可哀想。

でも初対面の男の子の持ち物を壊すなんて、子供の頃の私もなかなかひどいな。
それにしてもその頃の彼の泣きっ面、忘れたとは悔しい。
この憎たらしい同居人が、どんな顔して泣いてたのか気になる。
今はこんなにたくましく成長してるけど、小さい頃は弱々しかったのかな。

私は時の流れの早さを感じながら、大きな彼の背中をしばらく見ていた。

⏰:12/06/08 00:37 📱:Android 🆔:dE9qGZEE


#66 [ぎぶそん]
【※65 正しくは“鳥肌が立つ“です】

⏰:12/06/08 00:51 📱:Android 🆔:dE9qGZEE


#67 [ぎぶそん]
翌日。約束どおり、昼過ぎに佐奈が部屋を訪れた。
インターホンが鳴りドアを開けると、小柄な佐奈がみかんがいっぱいに入った紙袋を重そうに持っていた。
春休み中に髪を染めたのか、最後に見た時よりもますます色が明るくなっていた。
パンツ姿が多い佐奈が、今日はロングスカートを穿いていた。
そして、いつもよりもチークが濃い。真織と会うため、気合いを入れてきたのだろう。

玄関で、佐奈と真織が体面をした。
「初めまして。毛利佐奈です」
「どうも。伊藤真織っていいます」
真織を見る佐奈の目がきらきらと輝く。
好みだったのだろう。

⏰:12/06/08 20:09 📱:Android 🆔:dE9qGZEE


#68 [ぎぶそん]
佐奈は部屋に入ると、辺りを見回しながらこう叫んだ。
「珍しいね!かなめの部屋が片付いてるなんて」
いつも汚いままの状態で平気で佐奈を上げていたので、しっかりと整理整頓された部屋を見て驚いていた。
でも真織の前ではしっかりとした自分を演じていたので、彼女の素直な発言には冷や汗が出た。

佐奈は棚に置いてある人形を手に取った。
「何これ?真織くんこういう趣味があるの?かわいい」
佐奈の目一杯の笑顔に、真織が恥ずかしそうにたじろぐ。
そんなはにかんだ笑顔、私には絶対見せてくれないのに。
別に見たくもないけどさ。

⏰:12/06/08 20:22 📱:Android 🆔:dE9qGZEE


#69 [ぎぶそん]
真織がトイレに行った間、佐奈がすかさず私に話しかけてきた。
「ちょっと、彼すごくかっこいいじゃん!あんな子と一緒に住んでるなんて羨ましいなあ」
「勘弁してよ。あんな奴、ちっともかっこいいと思わない。こっちはすごく迷惑してるの」

とは言え、真織と一緒に住んでよかったと思うことが1つだけある。
それは生活の調子がぐんと良くなったことだ。
掃除をし、洗濯をし、自分で食事を作る。
朝は早く起き、夜は11時前には寝ている。
まだ2日しか経っていないけど、前の自堕落で腑抜けた生活よりははるかに充実していた。

⏰:12/06/08 20:35 📱:Android 🆔:dE9qGZEE


#70 [ぎぶそん]
真織がトイレから戻ってくると、3人でテーブルを囲んでおしゃべりを始めた。
佐奈が興味津々そうに真織に話し掛ける。
「うちらと同じ大学に通うんだよね?何学部に進学するの?」
「理工学部です」
そういえば、こいつのことまだ何にも聞いてなかったな。
まあ、詮索するほど興味もないけど。
「サークルは何か入るの?」
「一応、軽音楽部に入る予定です」
佐奈がベランダ付近に置いてあるギターケースの存在に気がついた。
「もしかしてギター弾くの?佐奈、ギターが出来る男の人ってかっこいいなあって思う」

おい、ちょっと待て。
この前はサッカーが出来る男の人はかっこいいって言ってなかったか?
本当気まぐれだなあ。

⏰:12/06/08 20:47 📱:Android 🆔:dE9qGZEE


#71 [ぎぶそん]
「……足立さんは何かサークル入ってるんすか?」
真織が私に尋ねてきた。
よそよそしく“足立さん”なんて呼んじゃって。
「かなめはね、写真部に入ってるよ。
でも、同じ部の先輩に失恋してから部室に行ってない」
私の代わりに佐奈が答えた。
「ちょっと待ってよ。別に失恋なんかしてないし」
「前、渋沢先輩のことが好きって言ってたじゃん。先輩に彼女が出来た時、がっかりしてたじゃん」
「してないしてない!」
私は首を大きく横に振った。

私が写真部に行かなくなった理由。
単純にカメラに飽きたからでもあるが、もう1つ気がかりなことがあるからだ。
それは、同じ写真部にいる1つ年上の渋沢優哉先輩のことだ。

⏰:12/06/08 20:59 📱:Android 🆔:dE9qGZEE


#72 [ぎぶそん]
先輩はとても面倒見がよく、いつも率先して後輩の世話をしていた。
私がすんなりと写真部に入部したのも、そんな先輩がいたからだ。
去年の新入生歓迎会の帰り、私のことが心配だからとわざわざアパートの前まで送ってくれた。
長い夜道を先輩と2人きりで歩いた時、心臓がずっとどきどきしていたのを覚えてる。
その時以来、私は先輩を異性として見るようになった。

でも去年の夏、渋沢先輩は私と同い年の小原朱実と交際しはじめた。
私は先輩に彼女が出来たこともショックだったけど、誠実な先輩があの小原朱実を選んだことが何よりも悲しかった。
小原はいつも派手な身なりをしていて、禁煙の部室で煙草を平気で吸うわ、香水の匂いもきついわで私は彼女を苦手としていた。

⏰:12/06/08 21:15 📱:Android 🆔:dE9qGZEE


#73 [ぎぶそん]
そして、2人が幸せそうな顔をするほど、私の足も思いもだんだん写真部から遠ざかっていったのだった。

と、忘れかけていた不愉快な出来事を思い出してしまった。
あの時使っていたカメラは押し入れの中に閉まってある。
もう使うこともないだろう。
この春休み、部活を辞めようかと考えていた。
名前を残したままでは部費を払わせられるだけだし、行く気がないのなら迷わず除籍したほうがいい。

そう私がしんみりとしてる中、佐奈は色んなことを真織に尋ねてた。
その会話の中で、彼のことを色々と知った。
高校は男子校で、3年間部活動は一切せず帰宅部だった。
好きな怪獣は「ブラックコング」とかいうの。強いらしい。
そして今、彼女はいない。

⏰:12/06/08 21:31 📱:Android 🆔:dE9qGZEE


#74 [ぎぶそん]
夕方、佐奈は帰った。
台風のように現れ、そして去っていった彼女だった。
夜。電気を消して布団に入ると、今日も真織が隣を占領してきた。
彼の布団も明日で届くだろうし、一緒に寝るのも今日で最後か。
なんか解放された気分だ。

「ねえ」
彼が私に注意を向けさせる。
そしてベッドの下をごそごそとしだした。
「もう写真撮らないの?」
いつそれを見つけたのか、押し入れにしまっていた私のカメラを手にしていた。
「撮らない。もう興味ない」
「もったいないな。いいカメラそうなのに」
暗がりの中、彼がカメラの表面をまじまじと見る。
「良かったらそれ、タダであげるよ」
彼は私の言葉に耳を傾けず、黙ってカメラを見ていた。

⏰:12/06/08 21:49 📱:Android 🆔:dE9qGZEE


#75 [ぎぶそん]
翌朝。歯を磨こうと洗面台に行く途中、棚の上にカメラが置いてあるのに気がついた。
真織の仕業のようだ。
また押し入れに戻そうとしたが、カメラを見て、去年わくわくしながら風景写真を撮ってた時の記憶がよみがえってきた。

――また、あの頃みたいな気持ちになれたらな……。
私ははっとしてちょうど洗濯物を干している彼を見た。
もしかしたらあいつ、写真部の件のことを気にかけてくれてるのかな?
いや、あいつに限ってそれはないだろう。

その後歯を磨きながら、洗濯物を干してる彼に近づいた。
「私が昔壊したっていう怪獣の名前、何ていうの?」
「は?『ゴモゴラ』だけど」
ゴモゴラ。私はその名前を瞬時に記憶した。

⏰:12/06/08 22:04 📱:Android 🆔:dE9qGZEE


#76 [ぎぶそん]
のんびりと身支度を済ませ、私は彼を残してアパートを出た。
真織と一緒に住むようになって4日目。
今日は初めての別行動となった。

私が1人で出掛けたのには理由があった。
彼の人形を壊したという話が気になっていたので、私はせめてもの償いで彼に同じ人形を渡したいと思ったのだ。
まずは駅前のデパートを目指して、駐輪場にある白い折りたたみ自転車に乗る。

私が自転車が好きだ。
車やバイクと違って税金がかからないし、排気ガスも出ないので環境にも優しい。
徒歩だと遠くに感じる場所も、自転車ならちょっと漕いだだけであっという間に着く。

あたたかい春の風に吹かれながら、駅へと続く大通りをまっすぐ進む。

⏰:12/06/08 22:18 📱:Android 🆔:dE9qGZEE


#77 [ぎぶそん]
駅前のデパートに入り、6階のおもちゃコーナーを回る。
ステレオマンのコーナーの中に、怪獣の人形もたくさん陳列してあった。
それを1つ1つ見ていくが、「ゴモゴラ」という名前の人形は見当たらなかった。

すかさず近くにいた店員さんに尋ねてみる。店員さんは確認のためカウンターに行った。
「申し訳ありません。その名前の商品は、こちらには置いてないようです」
戻ってきた店員さんが、きまりが悪そうに伝える。
もしかしたら駅の裏にある中古ショップならあるかも知れないと、と親切にも教えてくれた。
私は店員さんに礼をして、デパートを出た。

⏰:12/06/08 22:31 📱:Android 🆔:dE9qGZEE


#78 [ぎぶそん]
しかし、それから色んな中古ショップを回ってみたが、どの店からも「ゴモゴラ」という名前の人形はないと言われた。

夕方になり、私は気がつけば自転車で隣の隣の街まで来ていた。
7軒目。こじんまりとした中古ショップに入り、恰幅のいい店員さんに尋ねる。
「これでよければありますけど」
店員さんが案内をし、商品を指差す。
だがそれは小さな指人形だった。
明らかに違うだろうと少し迷ったが、今日のところは諦めて買うことにした。
彼にもしいらないと言われたら、ネットショッピングで探してみよう。

レジを済ませ、やっとの思いで手にいれた「ゴモゴラ」を見てみた。
頭の角と、鳥のような羽が特徴的だった。
しっぽは細く、これならいつ取れてもおかしくないと思った。
色も汚く不細工だけど、少しかわいく思えた。

⏰:12/06/08 22:48 📱:Android 🆔:dE9qGZEE


#79 [ぎぶそん]
家に帰った時は夜の8時で、真織は1人ベランダで煙草をふかしていた。

はやる気持ちで近づき、声をかける。
「あのさ、これ……」
私は買った指人形を彼に渡した。
「私が壊したっていう人形さ、今日探してみたけどなかった。これでよかったらもらって」
彼は指人形を手のひらで転がし、思いがけない表情で見つめる。
そして、それを持っていた方の腕で私の身体を自分のもとに引き寄せた。
「別にいいっていったのに。でも、ありがとな」
彼が腕の力を強めた。
「お、おう……」
彼からの突然の抱擁に、私の頭は真っ白になる。
彼の服からは、ほのかにミルクのような甘い匂いがしていた。

こいつといるとどうも調子が狂う。
でも、優しくされて悪い気はしなかった。

⏰:12/06/08 23:04 📱:Android 🆔:dE9qGZEE


#80 [ぎぶそん]
お風呂から出ると、彼は床に敷き布団を敷いて寝ていた。
私も電気を消し、自分のベッドへと向かう。
シングルサイズなのに、ここ数日彼と寝てたからか広く感じる。

「ねえ」
向こうにいる彼が呼ぶ。
「何?」
「こっち来てよ」
彼がお招きといった形で布団を叩いた。
「は?何でよ」
「ずっと布団半分貸してもらったから、俺も貸してあげる。でも3日だけね。いや、4日借りたから、4日か」
カッチーン。怒りで脳みその血管が切れそうだった。
何その上から目線。
なんで私があんたと寝るのを喜んでる前提なのよ。
でも新品の布団の感触を味わいたいので、彼のいうことに従うことにした。

「分かったわよ。まったく、一緒にまたこうして寝たらさ、布団買った意味ないじゃん」
「新しい布団に寝てみたいだけだから」
彼の頼みごとを素直に聞いたと思われたくないので、ぶつくさと文句を垂れながら布団に入る。

⏰:12/06/09 23:54 📱:Android 🆔:3mRStk4Q


#81 [ぎぶそん]
真新しい布団の匂いと冷たさは、なかなか心地がよかった。
「おやすみ!」
私はとげとげしい態度で彼に背を向けた。

「ねえ」
彼が私の肩を揺する。
「もう何!」
呆れながらも振り返る。
こいつ、ねえねえうるさい。私のいらいらした気持ちは頂点に達していた。
「顔触らせてよ」
「何でよ!」
「触りたい」
「嫌だ!」
「冷蔵庫にあるティラミスあげるから」
「……分かったわよ」
本当は嫌だが、需要があるなら我慢できないこともない。

彼は両手で私の顔を掴み、両方の親指で頬をなぞりはじめた。
こんなのして何が楽しいんだろう。私は彼にかまわず寝ようと目を閉じた。

⏰:12/06/10 00:05 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#82 [ぎぶそん]
「今日1日中探してたん?」
「……別に」
私は本当のことをいうのがかっこ悪いと思ったので嘘をついた。
「かなめって面白いね」
彼がこめかみや目の下も触ってくる。
頼むから、寝かせてよ。
しかし私はティラミスのためにぐっとこらえた。

やがて彼の手の動きが止まる。
私は気になってゆっくりと目を開いてみた。
彼は私の顔を持ったまま目を閉じ、寝ていた。
もう彼はいつものように私に背中を向けて寝なくなっていた。

何こいつ。指人形もらったのがそんなに嬉しかったの?
もうすぐ大学生になるっていうのに、子供じみてて嫌になる。
性格に似合わず子供みたいに無垢な寝顔は、とても憎たらしく感じた。

同居生活が始まって4日目。
彼との距離は、急速に縮まっていた。
結局、私はその後4日連続で彼と一緒に寝ていた。

⏰:12/06/10 00:15 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#83 [ぎぶそん]
【※実際に布団を借りたのは3日だけですが、彼の記憶違いということでご了承下さい】

3月31日。真織の入学式の日が明日に近づいてきた。
明日から今までみたいにいつも一緒にいられなくなるということで、昼間から2人で出掛けることにした。
目的地を決めることなく、彼のバイクで適当に走り続ける。
途中、街の外れに出て田舎道に入った。
民家も人気もほとんどない、閑散とした道を突き進む。
昔観たハリウッド映画のワンシーンのような、淡い青春を感じさせる旅だった。

夕方。廃墟となった駅の外にある、古びたベンチに腰掛ける。
彼が近くの自動販売機で缶コーヒーを買ってくれた。
それを、2人でゆったりとした景色を眺めながら飲む。
田んぼが一面にあり、あぜ道がどこまでも広がっていた。

⏰:12/06/10 00:42 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#84 [ぎぶそん]
「俺、老後はこんな田舎に住みたいな」
「私も」
「かなめは、将来何になりたいの?」
「特にない。就職難だし、働ければどこでもいい。あんたは?」
「俺も平凡なサラリーマンでいい。でも……」
彼の言葉が途切れる。
「何?」
私は続きを言うのを急かした。
「その傍ら……作家の仕事が……出来たらいいなと……思ってる」
俯き加減でぼそぼそと喋る。それは予想外の告白だった。
「……あの人みたいな文章が書きたい」
彼がベンチに座ったまま缶コーヒーをくずかごに投げ入れた。
あの人が誰なのか疑問に思ったが、すぐに分かった。
ミドリムシの斎藤さんだな。

それから、日が暮れないうちにアパートに戻ることにした。
再びバイクの後ろに乗り、目の前にある彼の背中を見つめる。
――夢が叶うといいね。
私は彼の腰に回してた腕をきつく絞め、彼の背中に顔を寄せた。

⏰:12/06/10 00:55 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#85 [ぎぶそん]
次の日の朝。
「起きて」
彼がベッドで寝ている私の身体を揺さぶってきた。
「もう何」
私は重い瞼をこする。
目を開けると、スーツを着た彼が立っていた。
「ネクタイ結んでよ」
「何で?自分で出来ないの?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
彼が顔をそらす。
嘘だ。結べないんだ。
全くしょうがない。私は身体を起こし立ち上がった。
私は幼い頃よく父のネクタイを結んであげたことを思いだしながら、彼の首にネクタイを掛け手順よく結んであげた。

「どうも」
彼が嬉しそうにする。
スタイルのよさのおかげで、スーツ姿がとても映えていた。
あまりの大人っぽさで就活生、いや新入社員には見える。
高級ブランドのカジュアルな服より、安物でもスーツの方が男性はかっこよく見えると思う。

⏰:12/06/10 01:12 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#86 [ぎぶそん]
玄関で、彼が靴べらを使って新品の革靴を履いた。
「夕方には戻ると思うから。今日は俺の入学祝いを兼ねて外食でもしようぜ」
彼がスーツカバンを持ち、ドアを開けようとする。
「待った」
私は外に出ようとする彼の腕を引っ張った。
「万一の時に備えて、お互い連絡先を交換しておこうよ」
一応、私は彼を預かっている立場である。
何かあってからでは遅い。
私たちはその場でケータイの電話番号とメールアドレスを交換した。

午後3時、予定より早く彼が帰宅した。
「なあ、これどうやって緩めるの?」
声が聞こえる脱衣室に行ってみると、彼がネクタイを引っ張っていた。
「貸して」
私は代わりに緩めてあげた。
「きつかった」
彼がシャツのボタンを外すと、首元が露出した。
彼が首を回すと首筋がはっきりと現れ、それに色っぽさを感じた私は少しときめいた。
「何じろじろ見てんの?着替えたいからあっち行ってよ」
彼が手荒く突っぱねる。
私は一瞬でも彼の身体にどきどきしたことを後悔した。

⏰:12/06/10 01:34 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#87 [ぎぶそん]
夕方、彼の要望で焼肉を食べに行くことになった。
アパートから歩いて10分したところにある、国産牛使用が売りの有名チェーン店に入った。
席に座ると、迷わず食べ放題のコースを選んだ。
「入学おめでとう」
頼んだ飲み物が来ると、私は乾杯と同時に祝いの言葉を述べた。
本当は彼が入学しようがどうでもよかった。
ただ、一緒にいない彼の家族の代わりに付き合ってあげてるだけだ。
そう思いつつメニューを絶え間なく注文をし、2人で協力して肉や野菜を焼いた。

「あ、親父からメールきた」
席の途中、彼がケータイに目をやる。
「『入学おめでとう。足立さんとはうまくやってるか?迷惑をかけるなよ。早く部屋を探せ。そっちの様子を見に行きたいが、なかなか時間がない。これから4年間がんばれよ』だって」
彼が私にケータイの画面を見せる。
そっけない文体だけど、父親としての愛情を感じられた。

⏰:12/06/10 01:57 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#88 [ぎぶそん]
その2日後。私も大学の講義が始まった。
久しぶりに同じ学部の子たちと顔を合わせ、皆で和気藹々とする。

1限目の授業が始まる前、佐奈が周りにスクープだといわんばかりにこう打ち明ける。
「かなめね、今年下のかっこいい男の子と住んでるんだよ!しかも、この大学の1年生」
皆の関心が、普段存在の薄い私に集まる。
「え、何々?彼氏?」
「違うよ。叔母さんの知り合いの子ども」
佐奈の口は止まらない。
「伊藤真織くんっていうの。理工学部だって。後で皆で見に行こうよ」
「あれ?佐奈は同じサークルの男の子が好きじゃなかった?」
本田さんという子が佐奈を怪訝そうな顔で見る。
「うん、鈴木くんが好きだよ。本命は鈴木くん、真織くんは観賞用」
何じゃそりゃ。佐奈の裏表のない発言に皆が笑う。
でもよかった。佐奈が真織を好きとかになったら、ますます話がややこしくなりそうだし。

こうして私が年下の男の子と住んでる事実は、あっという間に広がっていった。

⏰:12/06/10 20:19 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#89 [ぎぶそん]
学校に通い、夕方過ぎには帰宅するという生活を毎日繰り返す。
真織といる時間も、春休みに比べて半分以上減っていた。
彼は新生活の疲れからか家に帰った途端よく寝ていて、家での会話も減っていた。
寂しくはなかった。きっと、赤の他人との共同生活はこれが普通だと思うからだ。

床に寝そべっている彼が着ているシャツはいつも派手にめくれていて、背中やお腹が見えていた。
――風邪引くじゃないの。
私はその度に彼の服を直し、さらに身体に布団まで掛けてあげた。
全く、世話の焼ける奴。
皆は彼との共同生活を羨ましがるが、こっちは余分な労力を使うのでどっと疲れる。
子供の世話とほとんど変わらない。

⏰:12/06/10 20:30 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#90 [ぎぶそん]
1週間後。真織が作った夕飯を食べながら、リビングで一緒にステレオマンを観ていた。

怪獣の出番がなくなると、嬉しそうにこう話し掛けてきた。
「そういえば俺、友達できた。同じ学部の、椎橋孝太郎って奴。椎橋も軽音楽部に入るって。今日一緒に部室見学してきた」
久しぶりに顔をまともに合わせると、彼はすっかり大学生の顔つきになっていた。
「で、明後日椎橋と楽器屋行くことになったんだけど、かなめも一緒に来ることになってるから」
「勝手に決めないでよ」
私は手のひらを握ってテーブルを叩いた。
「どうせ暇なんでしょ」
彼の言葉に、私は口をつぐんだ。
そう言われると、返す言葉もない。
私は部活も行ってないし、アルバイトもしていない。
私は黙って彼についていくことにした。

⏰:12/06/10 20:44 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#91 [ぎぶそん]
2日後の土曜日。昼過ぎ、真織と2人でバイクに乗って駅前に向かった。
椎橋くんという子とは、駅前で待ち合わせになっている。
駅のビルの中に広い楽器屋さんがあるらしく、今日はそこに行くらしい。

「伊藤!」
約束の時間に、チェックのシャツを着た男の子が私たちの元にやってきた。彼が椎橋くんのようだ。
染めたての茶髪が印象的な、猿顔で色の黒い子だった。
「初めまして。伊藤から話は聞いてます」
椎橋くんが私にへらついた顔で挨拶してくる。
近寄りがたい雰囲気の真織と違って、親しみやすそうな子だと感じた。

楽器屋に行く前に、未成年の2人が近くの喫煙スペースで煙草を吸う。
2人はなかなか気が合うようで、煙草を片手に楽しそうに話していた。
――2人ともいつまで吸ってんのよ。早くして。
法律違反を堂々としているということで、私の椎橋くんへの好感度は一気に下がった。

⏰:12/06/10 20:56 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#92 [ぎぶそん]
3人で駅に入り、エスカレーターで楽器屋がある5階を目指した。
5階に上がると、一面に様々な種類の楽器が置いてあった。
椎橋くんが突然、無言のまま1人で奥の方へ進んでいった。
私はひとまず真織についていった。
彼はギターのコーナーに立ち入ると、壁に掛けてあるたくさんのエレキギターを眺める。
彼は目についたギターを手にしては、軽く弾いてみたりしていた。
私が隣にいることすら忘れ、夢中でギターを選ぶ。

私は疎外感を感じたので、彼の元を離れ椎橋くんを探した。
うろうろと歩き回ると、椎橋くんは楽器屋の隅で椅子に座ってドラムを叩いていた。
気になって彼に声をかける。
「椎橋くんもミドリムシが好きなの?」
「いえ、伊藤にアルバム借りてこないだ聴いたばっかです。本当は別のバンドのコピーがやりたかったんですけど、サークルではあいつと一緒にミドリムシをやろうかと」
ここにも私と同じように、真織の影響でミドリムシに惹かれた人物がいた。

⏰:12/06/10 21:13 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#93 [ぎぶそん]
椎橋くんは話を続ける。
「ミドリムシって演奏技術が高いバンドなんですけど、中でもドラムがめちゃめちゃうまいんですよ。だからサークルではドラムがしたいなって。
これは俺の主観なんですけど、ボーカルとドラムがいいバンドは生き残りますね」
そう言うと、椎橋くんは軽快にドラムを叩きはじめた。

私は椎橋くんの元を去り、その辺にあるキーボードを弾いたりマラカスを振ったりして楽しんだ。
でもすぐに飽きて、真織の様子を見に行った。
「これにしようかな」
彼は黒いエレキギターを手にしていた。
彼が音を確かめるように、ギターをかき鳴らす。
そのギターはとても彼に似合うなと思った。
彼は黒や灰色や、落ち着いた色が似合うと思ってる。
「これにするわ。ちょっと買ってくる」
彼は私の肩を叩いて、レジにそのギターを持って行った。
その後、椎橋くんもドラムスティックを買っていた。

⏰:12/06/10 21:28 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#94 [ぎぶそん]
その日の夜。私は真織がお風呂に入ってる間彼のギターケースを開け、中からアコースティックギターを取り出した。
あぐらをかき、手にした薄茶色のギターを見つめる。
造りがこだわってる感じがして、素人目から見ても高そうな代物だと分かる。
彼の真似をしようと、右手の指を使って弦を鳴らす。
静かな音色が出た。

「何やってんの」
彼がお風呂から出てきた。
「ギター教えて」
彼が私の目の前に座る。
「これ持って」
彼がプラスチックで出来た小さな板を、私の右手の中に収めた。
今度は私の左手の指を持ち、それぞれ決まった場所に指の腹を押さえさせる。

⏰:12/06/10 21:48 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#95 [ぎぶそん]
「これが『C』。鳴らしてみて」
右手に持つプラスチックを滑らせると、音が出た。
そして彼がまた指の位置を移動させる。
「これが『G』。鳴らして」
またプラスチックを振ると、違う音が出た。
そして彼がまた私の指の位置を変える。
「これが『A』な。鳴らして」
私はだんだんこの作業に慣れてきた。

もしかして、ギターって簡単?
そう思っていると、彼が人差し指の側面を板に力強く押さえてきた。とても痛い。
「鳴らしてみて」
左手を下に動かす。歪な音がした。
「もっと押さえて」
彼が人差し指をもっと押しつける。あまりの痛さで顔も歪む。
すかさず左手を振る。若干綺麗な音が出た。
「これが『F』な」
私は彼にギターを渡し、じんじんと痛む右手を撫でた。

やめた。こんな痛い思いをするくらいならしないほうがいい。
彼が慣れた手つきでギターを弾く。左手の指の位置がころころと変わる。
指の側面を何度押さえても痛がりもしない。
こんなことがいとも簡単に出来る真織はすごいな。

⏰:12/06/10 22:05 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#96 [ぎぶそん]
【※95 右手と左手が逆になってる箇所がいくつかあります。申し訳ありません】

数日後。放課後、図書館に行こうとキャンパス内を歩いた。
図書館の近くにある大理石のテーブルを囲って、軽音楽部の人たちがたむろしているのをいつも見る。
今日はその中に見慣れた男の子の姿があった。
真織だ。
呼ぶなよ。絶対呼ぶなよ。
私は顔を俯き、気配を消して歩いた。

「あっ、足立さんだ。足立さーん!」
……呼ばれてしまった。
無視して通りすぎるわけにもいかないので、彼のいる元へ向かう。
「この人、前言ってた一緒に住んでる足立さん」
彼がその場にいる全員に伝えた。
皆の視線が私に集まり、驚いた表情をする。
私は照れ、下を向いた。
佐奈といいこいつといい、口が軽すぎ。

⏰:12/06/10 22:27 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#97 [ぎぶそん]
鷲鼻が特徴的な男の人の提案で、私は真織の隣に座らされた。
初々しい雰囲気が漂う、童顔の男の子が私に話しかけてくる。
「家でのまおりんって、どんな感じですか?」
私は隣にいる真織を見た。
こいつ、仲間内から“まおりん”なんて呼ばれてるの?
全く可愛らしい愛称じゃないの。
「すごく嫌な奴です」
私の返答に、皆が少し笑う。
その後家賃は半分ずつ払っているのかとか、食事はどうしているのだとか色んな質問を受けた。

「足立さん、まおりんに襲われたりしないんですか?」
少しぽっちゃりした男性が大胆な質問をしてきた。
私が言葉を失っていると、代わりに真織が答えた。
「誰がそんなことするか。仮に遠い昔アダムとイヴが俺と足立さんであったとしても、俺は足立さんには死んでも手を出さない」
「それじゃあ人類が誕生しないな!」
長髪の男性の発言で、一同が大笑いをする。
真織のせいで恥をかいてしまった。
私は怒りでわなわなと肩が震えていた。

⏰:12/06/10 22:42 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#98 [ぎぶそん]
何さ、よく一緒の布団で寝たがるくせに。
そう反論したかったが、間違いなく周りに変な誤解を生みそうなので口をつぐんだ。

「あ、里香ちゃんが来た」
童顔の子が2時の方向を指差す。
髪が長く背の小さい女の子がこっちにやって来た。
至近距離で彼女の顔を見た時、私はその美しさにびっくりした。
目・鼻・口はそれぞれこじんまりとしているが配置のバランスがとてもよく、人形みたいに芸術的な顔立ちをしていた。
「里香ちゃん。この方は、まおりんと一緒に住んでる足立さんだよ」
鷲鼻の男性が彼女に私を紹介する。
私は彼女に軽く会釈をした。
しかし彼女は挨拶を返すことなく、無表情のまま私から目を逸らした。
小さな体からは想像できない、とても威圧的な態度だった。

「じゃあ私、図書館に用事があるんで」
私は立ち上がった。

⏰:12/06/10 22:58 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#99 [ぎぶそん]
過ぎ去ろうとする私の腕を真織が掴む。
「あ、足立さん。俺今日遅くなるから、帰りにトイレットペーパー買っといて。もうなくなりそうだった」
彼の生活感丸出しな発言に、また皆がげらげらと笑う。
真織のせいで、最後まで恥をかかされた。

図書館で資料を探しながら、さきほどの皆とのやり取りを思い返す。
同じサークルの人たちといる真織は、とても楽しそうでよく笑っていた。
軽音楽部の人たちは見た目が怖くて近寄りがたいイメージだったけど、どの人もなかなか親切にしてくれた。
部長の荒井さんという男性は、「いつでもおいで」と最後に言ってくれた。
私は、新しい居場所ができた。

でも、里香ちゃんの冷たい態度が何なのかは理解できなかった。

⏰:12/06/10 23:11 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#100 [ぎぶそん]
その出来事から1週間後。
激しく咳き込む音で朝起きると、敷き布団で寝てる真織が高熱を出していた。
顔は火照っていて、辛そうにぐったりと寝ていた。
「俺、今日大学休むわ」
私は病人の彼を残して1人で学校に行った。

私は大学で講義を受けてる間も、彼の苦しむ姿が脳裏から離れずにいた。
空き時間になると、一目散に自転車に乗ってアパートに向かった。
途中、商店街の薬局で風邪薬を買った。
アパートに着くと、足音を立てずに部屋に入る。
彼がぜえぜえと息を立てて寝ていた。
顔は汗で湿っていて、少し赤い。
私は彼の額に自分の手のひらを当ててみた。
ヒトの体温とは思えないくらい表面は熱かった。

そして流し台に立ち、ハンドタオルを氷水で冷やした。
再び彼の元へ寄り、そっと彼の顔を拭く。

⏰:12/06/10 23:27 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#101 [ぎぶそん]
身体も少し拭こうと、彼が着ているポロシャツのボタンを外した。
あらわになった首筋にややどきどきしながらも、目に見える範囲で身体を拭く。
そしてもう1度タオルを洗って、彼の額に置いた。

左手の腕時計に目をやる。
次の講義まで後1時間はあった。
今や大学に戻っても中途半端になるので、私は彼の寝顔をじっと見ていた。
もし、死なれたらどうしよう。
無理に起こしてでも病院に連れて行ったほうがいいのかな。
色んな考えが生まれながらも、私はただ黙って彼の様子を見ることしかできなかった。

最後に、風邪薬と水が入ったコップをテーブルの上に置いて部屋を出た。

⏰:12/06/10 23:37 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


★コメント★

←次 | 前→
↩ トピック
msgβ
💬
🔍 ↔ 📝
C-BoX E194.194