消えないレムリア
最新 最初 🆕
#302 [ぎぶそん]
「あんたは私の何を知ってるの?私、普段あんた以外の人の前ではかなり大人しいから。あんたといる時とだいぶ違うの。ね、佐奈?」
私は佐奈に同意を求めると、彼女は「うん」と言って頷いてくれた。
その後彼女は麦茶を飲み干すと、立ち上がった。
「それじゃあ、今日の夜また来るね」

佐奈が帰ると、彼はさっそく彼女からのお土産の箱を開けた。
「これ何?」
四角い箱の中には、12個の丸いピンク色のお菓子が入っている。
「知らない?マカロンだよ」
「マカロン?そりゃまたかわいらしい名前だな。……んっ、うめえ!」
彼はそれをいくつも口に入れ、リスみたいに頬いっぱいにため、もごもごと食べていた。
全く子供ね。私は夜の一大イベントに備え、しばし仮眠を取ることにした。

夕方。水色のワンピースを着て、化粧を入念にした。
洗面台の前で髪型を整えていると、彼が私の真後ろに立った。
「本当に行くの?こんなところ触っていいの俺だけじゃなかったの?」
彼が後ろから私の左胸を鷲掴みにした。
私はその手を払い、振り返った。
そして、彼に向かって人指し指を突き立てた。

⏰:12/08/22 23:31 📱:Android 🆔:bcLC0y5M


#303 [ぎぶそん]
「それはそれ、これはこれよ。言っとくけど私、あんたじゃなくてあんたのカラダに興味があるだけだから。そこんとこ誤解しないで。あんたと求めてるのも、カラダの関係だけ」
どう、ひどい女でしょ?ほら、もうさっさと私のこと軽蔑しなさいよ。
「このひょろひょろの体がいいの?」
私の予想とは裏腹に、彼は自分の両腕を交互に見た。
そのマイペースな態度に、ますます頭がのぼせた。

「もうあんたのそういうところが疲れる。どうしてそう調子を狂わせるの?年下のくせに、私より優位に立とうとしないで!いい?私が上で、あんたが下。私は女王アリ、あんたは働きアリよ」
「働きアリはメスだよ?」
「うるさい!揚げ足を取るな!」
私は足の甲で彼の脚を蹴った。

えーいうるさいうるさい。私が他に恋人を作れば、あんたは見事私から解放されるんだよ。
こんな横暴で狂気じみた女と、もう一緒にいなくていいんだよ。
これは、あんたのためでもあるんだから――

彼はあくびをしながら、脱衣室を出た。
「まあ行ってらっしゃい。行ってもたぶん恥をかくだけだと思うけど」
「それ、どういう意味よ?」
「別に」

⏰:12/08/23 00:50 📱:Android 🆔:woe9kXy6


#304 [ぎぶそん]
その10分後、佐奈が訪れた。
「佐奈についてきて」と言われ、ママチャリを漕ぐ彼女の後にぴったりとついて自転車を漕いだ。
大通りに出て、駅とは反対の道をひたすら進み、青信号で反対の道へ渡ると、彼女は古い神社の前で足を止めた。

神社の前では男女数人が立ち話をしていた。佐奈が「さくら先輩」と声をかけると、背の高い女の人が手を上げた。
そしてグループが動きを見せ、ぞろぞろと歩いてどこかに向かう。私と佐奈も1番後ろでそれについていく。

気がつけば洒落た居酒屋の個室に座っていて、男女5対5での合コンの席が開かれた。
まず、男性からの自己紹介となった。
彼らは全員サッカー部所属で、そこは佐奈や彼女の先輩らと同じだった。ただ、同じサッカー部でも医学部とはキャンパスが違うので、佐奈たちの部とは全くの別物になっている。

ぽっちゃりした人、茶髪でホストみたいな身なりの人、出っ歯で、げっ歯類みたいな顔の人。
どこにでもいるような人たちだけど、医者の卵と思えば無条件で光輝いて見えた。

⏰:12/08/23 22:21 📱:Android 🆔:woe9kXy6


#305 [ぎぶそん]
「1番左にいる人、かなめ好みじゃない?」
私の隣にいる佐奈が、私の耳元でささやいてきた。
私は彼女の言うその男性に目をやった。
黒髪で短髪、フレームなしの眼鏡をかけている。凛とした態度で、身動きをとることなく座っていた。

その男性が自己紹介をはじめた。
「桜庭夏樹です。医学部医学科所属で、現在4回生になります」
彼の発する重低音の声が耳に心地よく響いた。佐奈のいうように、桜庭さんは私にとって好印象だった。

次に女性陣の自己紹介となった。
1番最後となった私は、名前と学年、学部学科、サッカー部ではなく隣にいる佐奈の友人だということをつぶやくように言った。

その後、未成年の私と佐奈以外は酒を飲みながら、近くにいる人同士でお互いの質問疑問を混ぜた談話がはじまった。
私は佐奈と男性たちの会話を聞いたり、訊かれたことを答えたりしながら、何度も自分の腕時計に目をやった。

⏰:12/08/23 22:41 📱:Android 🆔:woe9kXy6


#306 [ぎぶそん]
あいつ、今頃何してるかな。晩ご飯、何を食べたんだろう。
真織の顔がちらつく。すぐに邪念を捨て、その場を楽しむことにした。
ホストみたいな人のおどけた話にあははと笑うけど、ほとんど頭に入らなかった。
料理に手をつけても、1人でこんなご馳走を食べていることに罪悪感を感じ、味覚がにぶる。
自分でも気づかないうちに、かなりあいつに毒されていると思い知った。

2時間ほどで店を出て、もっと親睦を深めようと、近くにあるアミューズメント施設でボーリングを行うことになった。
私の足取りは憂鬱だった。
ボーリングを最後にやったのは去年の夏、佐奈を含む同じ学科の子たちと遊んだ時。
スコアはいつもよくて70がいいところ。めちゃめちゃ格好悪い。

施設に入ると、周りと同じようにシューズを履き、ボールを投げた。
私はガターを連発し、その度にホストみたいな人が「ドンマイ、ドンマイ」と笑って励ましてくれた。
その何気ない笑顔が、自分をより情けなく感じさせた。

真織が言っていた「恥をかくだけ」とは、このことだったんだなと気づいた。
でもボーリングに来たのはただの偶然。それに彼は私の下手さも知らない。
それじゃあ何、私は何をしても恥をかくって言いたかったの!?
くそっ、真織め。自分の番になり、怒りに身を任せ、8号のボールを投げた。
そのボールはまっすぐ突き進むと、ピンを9本倒した。

⏰:12/08/23 22:58 📱:Android 🆔:woe9kXy6


#307 [ぎぶそん]
自分の番が終わった後自販機で缶コーヒーを買い、テーブルに肘をついて飲んだ。
「足立かなめちゃん、だっけ?」
片手に缶ジュースを持った桜庭さんが隣にやって来た。
「かなめ、ってかわいい名前だね」
男みたいで嫌だな、とずっと思っていた自分の名前を、彼が褒めてくれた。

「ありがとうございます。桜庭さんの名前こそ素敵ですよ、『夏樹』って」
そう、真織と同じ中性的な名前だ。――って、いかんいかん。また私、あいつのこと考えてる。
「ありがとう。あ、敬語遣わなくていいよ。俺のことも、『桜庭くん』って呼んで」
「分かりました、あっ、分かった。桜庭くん」
「そのワンピースもかわいいね。似合ってるよ」
桜庭くんは私の着ていたワンピースを指差し、にこにこと笑う。
彼に2度も褒められた私は、気分が高揚した。
どうだ真織。私だってね、桜庭くんのような素敵な人に出会うことだって出来るんだよ。

そして居酒屋では2人で話ができなかったので、とそのまま立ち話をした。
桜庭くんは精神科医になりたいらしく、ゆくゆくは地元の厚木市で開業できたらな、と言う。
この夏休み、バイトで貯めたお金でイタリアまでサッカーの試合を観に行ったらしい。
その話のすべてが別世界に感じた。

⏰:12/08/23 23:25 📱:Android 🆔:woe9kXy6


#308 [ぎぶそん]
「――かなめちゃんは、彼氏がいるの?」
突然桜庭くんに訊かれた。
「え?いないよ。どうしてそんなこと聞くの?」
彼の質問に私が否定するように手を振ると、彼が私の着ていたワンピースの襟をつまんだ。

「だってこれ、キスマークだよね?」
彼の指先に目をやると、私の右鎖骨から約2センチ下の部分がほんのりと赤くなっていた。
「虫刺されじゃない?」
私はそこを痒くもないのに掻いた。
「ううん、これは間違いなくキスマークだよ」
医学部で人体の構造におそらく詳しい彼が言うのだから、間違いないのだろう。
でもなぜ?――真織!?あいつの仕業か!きっと私が昼間寝てる時にやったんだな!

「実は私、今年下の男の子と一緒に住んでるんだ。彼氏じゃないよ、ただの同居人。そいついたずら好きで、今日私がここに来るの知ってて、こんなことしでかしたんだと思う」
私は泣きそうになりながら言った。
桜庭くんは私の話にうん、うんと首を縦に振りながら聞いてくれた。本当に恥ずかしい。

それからあいつのことを思うと、今まで抑えていた怒りがめらめらと湧き起こった。
「そいつ、生意気だし、甘えたがりだし、すぐ人のことからかうし、未成年なのに煙草は吸うし、そのくせドーテイのくせに妙に色っぽいカラダして、もう、だーいきらい!私がどんなに怒鳴っても暴力を振るっても怒らないし。同じサークルのかわいい子に好かれても、見向きもしない。きもいきもいきもいきもい!」
まくし立てて言ったので、ぜえぜえと息を切らした。

⏰:12/08/24 00:23 📱:Android 🆔:FsaPFYBI


#309 [ぎぶそん]
桜庭くんがふっと笑った。
「好きなんだ」
「え?」
「その男の子のことが好きなんだ」
「違うよ!大嫌いって言ったじゃん!」
「嫌よ嫌よも好きのうち、って言うじゃない?それに本当に嫌いだったら一緒には住めないんじゃないかなあ」
彼がくすくすと笑うので、かぁーと全身が熱くなった。
私は完全に墓穴を掘ったようだった。もう、その穴に入りたいと思うほど恥ずかしかった。

誰にだって理想があると思う。それは私も同じ。
包容力のある年上の男性と結ばれ、素直に気持ちを表現し、甘え、とびきりの笑顔を見せる。
今、がんばればその願いが届く範囲にいるのに。
それなのに、あいつが気になって気になってしょうがない。
年下で、生意気で、冗談ばかり言って、甘えたがりのあのクソガキが。
私の理想の男性像とはほど遠い、むしろ真逆のあの男が。

彼が気になる。その気持ちを封じ込めなければ、押し殺さなければと思うのに、時々ついうっかりと垣間見せてしまう。
いけない、と思って、またそっけなくする。
それでもあいつは子犬みたいな目をしてやってくる。
いくら冷たくしても、私のことを一向に嫌いになろうとはしない。
そればかりか、近頃はこんな私のことを、「大切な人」や「優しい」などと言うようになった。

あいつ一体何なの!?怖いよ、気持ち悪いよ。
もう、どっか行ってよ。ううん、行かないで。
あいつが私を壊した。私の理想を、プライドを崩壊させた。何で私をこんな気持ちにさせるの?
私も私よ。どうしてあいつのことばかり考える?
私はあいつがたまらなく憎い。そして、たまらなく――

⏰:12/08/24 00:47 📱:Android 🆔:FsaPFYBI


#310 [ぎぶそん]
その後何事にも集中できず、魂が抜けたような気持ちで帰路を辿った。
佐奈が帰り際「やっぱ佐奈、鈴木くんにしよーっと」と、あっけらかんと言っていたのが唯一の救いだった。

アパートに戻ると、真織はベッドの上で文庫本を読んでいた。
「どうしてこんなことしてくれたのよ!」
私はワンピースの襟を広げて鎖骨の下を彼に見せた。
「変な虫がつかないように」
「せっかく桜庭くんっていう素敵な人と仲良くなれたのに、あんたのせいで恥かいちゃったじゃない!」
「だから行っても恥かくだけだって言ったじゃん」
彼があざ笑う。

「もう何てことしてくれたのよ!おまけにあんたのことす……す、好きって勘違いされたじゃん!」
「俺のこと好きじゃないの?」
「当たり前でしょ!」
「あっそ。俺も俺もかなめのことが好きじゃないよ。だーいきらい」
彼が本に目を向けたまま、まるで先生に当てられて教科書を読む生徒みたいな調子で言った。
さんざん気のある素振りを見せて、その態度は何なの?

彼が本を閉じ、立ち上がった。
「――出て行く」
「えっ?」
「お互い嫌ってる同士でぎすぎすするのも嫌でしょ。俺も1人暮らしはじめるよ。今までありがとう」
彼はショルダーバッグを持ち、そのまま玄関へと向かった。
私は目が右に左に何度も動いた。心臓も鎌かつるはしかが突き刺さったように痛む。全身からわずかに冷や汗が出た。

⏰:12/08/25 23:08 📱:Android 🆔:IveFXFwc


#311 [ぎぶそん]
【※310 “俺もかなめのことが”です】

「お願い!行かないで!」
私は走って彼を追いかけ、後ろから思いきり抱きついた。
リビングの明かりが後ろから差すダイニングの中央で、2人が立ち止まる。
「ごめん嘘ついた!あんたのこと嫌いじゃないよ、嫌いじゃない、嫌いじゃないから……」
本当はもっと言いたいことがたくさんあった。
でもこう言うのが今の自分にとって精一杯だった。

「――――――本当、かわいいんだから」
彼が蚊の鳴くような声で言った。
“かわいい”。何故だろう。桜庭くんに言われた時より数段嬉しさがあった。
彼が自分の腰まわりに絡んでいる私の両手をそっと握る。
「ちょっとプライドが高くて、ちょっと偏屈で、ちょっと不器用なところが、たまらなくかわいい」
私は彼の言葉をしっかりと聞いた。
ねえ私。私のことここまで思ってくれる人、この人以外に現れると思う?――

彼は私の手を離し振り返ると、私の頭を撫でた。
「嘘だよ。出て行かないから」
彼のいつもの屈託のない顔に、涙が出た。
「あっ、でも1つ謝らなくちゃいけないことがある」
「何?」
「マカロン、毛利さんからのお土産、1人で全部食べた」
彼の指差す方を見ると、テーブルの上に空の箱が置いてあった。
私は涙を拭いながら笑った。

私はこいつがたまらなく憎い。そして、たまらなくああああ愛し――。
今はまだ自分の心の中でさえも言えないのであった。

⏰:12/08/25 23:32 📱:Android 🆔:IveFXFwc


★コメント★

←次 | 前→
↩ トピック
msgβ
💬
🔍 ↔ 📝
C-BoX E194.194