Castaway-2nd battle-
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#201 [我輩は匿名である]
「お前ら、現場に着いた後の手筈を確認しておくぞ」

ハルキンが周囲の音に負けないよう、声を張りながら言った。

「まずはラスカが結界の有無を確認、結界があればその性質を確認して解除だ。
解除はバレても構わん、どうせ侵入すればすぐバレる」

「了解」

「次いでラスダンはサイレントハッカーでパンデモの状況を確認しろ。後の判断は状況次第だ」

「了解」

一息置いて、バイクを駆る兄弟2人に顔を向ける。

⏰:09/03/11 21:57 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#202 [我輩は匿名である]
「あとはお前らだ。敵をできるだけ東の高台へ引き付けろ。
俺とラスダンはその間に西の居住区へ向かう」

「了ー解」

「あいよー」

相変わらずの軽返事をする2人だが、これが一番大変な仕事だ。

パンデモは西から東へ階段上に傾斜がついており、西は居住区となっている。
東は修練場や儀式場など、普段は人が集まらない場所だ。

⏰:09/03/11 21:57 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#203 [我輩は匿名である]
敵が攻めるとすれば、地理的に見ても当然東から西へ進むだろう。
パンデモ住民の多くは西の居住区に住んでおり、族長であるバッシュやその他の手練れ達もほとんどが西だ。

さらに突然通信が途絶えたのだから、敵の進行を予測していなかった可能性が高い。
自然、戦闘区域は西の居住区となってくる。
敵の心理としても、占拠するにしろ壊滅させるにしろ、東から西へ攻め入る方が遥かに楽だ。

つまり、敵の拠点は東の高台にある事になる。

⏰:09/03/11 21:58 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#204 [我輩は匿名である]
西にいる敵を東へ誘い込み、その間にハルキンがバッシュらと合流し、東の敵へ逆挟み撃ちをかける手筈なのだが、先にジェイト兄弟が囲まれやられる可能性も低くない。
危険度は非常に高かった。

そしてパンデモの状況も、戦闘区域が西側であるとは限らないし、敵の拠点が東側にあるとも限らない。
他にも不確定要素が多く、細かな作戦が立てられなかった。

これぐらいの作戦はハルキン達も幾度か体験している。
それでも張りつめたような緊張感が漂っていた。

⏰:09/03/11 21:59 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#205 [我輩は匿名である]
 
程なくして、前方の地平線の先に山脈が見えてきた。
と言ってもまだまだ距離は遠い。あと20分はかかるだろうか。

目指すパンデモの地はその山脈の中の、さらに奥地にある。

「いよいよか…」

ハルキンが、小さく声を洩らした。

⏰:09/03/11 21:59 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#206 [我輩は匿名である]
 

荒れた山道を走ることおよそ40分。
バイクは徐々に速度を落とし、やがて茂みの中で停止した。

続いてスティーブも横に止まる。
前傾姿勢になってラスカを降ろし、やがて腰を落ち着かせ舌を出して犬特有の肩呼吸を始めた。
スティーブにさして疲れている様子はない。たいした体力だ。

フラットがバイクのエンジンを止めたのを確認して、ハルキンが後部座席から降り地に足をつける。
右手で煙草を取り出しながら、左手の腕時計に目をやった。

時刻は午前7時ぴったり。予定通りだ。

⏰:09/03/11 22:00 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#207 [我輩は匿名である]
マッチを擦り煙草に火をつけ、顔を上げる。

夜は完全に明けている。頭上にひしめく木立から、薄く木洩れ日が射していた。

煙を燻らしながら辺りを見回す。
茶色に染まったススキの穂が、胸にまで届くかというくらい長く伸びていた。

隣でジェイト兄弟が嫌そうな顔をしながら車輪に絡むススキと格闘しているが、身を隠すにはこの丈の長さは好都合だ。

このススキの群生地を掻き分けて先へ進めば、パンデモの北部に出る。

⏰:09/03/11 22:01 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#208 [我輩は匿名である]
ここから侵入するのには理由がる。

パンデモには東北から南西にかけてちょうど対角線を引いたように大きな河が流れている。
河の南西部には特に重要な施設が集まっており、パンデモ唯一の外交湾である族長の家もここだ。

この施設群は、河をまたいだ西側に固まっているため、東側から来る敵は河を渡る必要があった。

河にかかる橋は1つ、ちょうどパンデモの中央にあるので、ここさえ落とされなければ占拠されることはない。

⏰:09/03/11 22:02 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#209 [我輩は匿名である]
つまり北側から侵入すれば、敵に会うことなく、河の方を向いている味方に後ろから接触することができる。

また、同時にジェイト兄弟らを南側から侵入させて挟み撃ちにする事もできたが、侵入時の状況が予測できないので危険が大きい。
少人数で侵入するのだから、戦力の分散はできなかった。

⏰:09/03/11 22:02 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#210 [我輩は匿名である]
「…行くぞ」

取り出した携帯灰皿に吸い殻を押し付けながら、ハルキンが言った。

「エンジンは切ってるな。キーは差しっぱなしにしとけよ」

「あいよ」

返事を確認し、ハルキンが歩き出す。他もそれに倣った。


ススキの大群はすぐに終わりを迎えた。

茂みを抜けた先に、開けた丘陵地帯が広がる。
本部から出発して約6時間、ようやくパンデモにたどり着いたのだ。

⏰:09/03/11 22:03 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#211 [我輩は匿名である]
朝方のこの時間なら、耕作に勤しむ者がこの北側にいてもおかしくないのだが、その姿は見えない。
それどころか、見渡す限りパンデモのどこにも人の姿は見えなかった。

耳に入るのはせわしなく飛び交う朝鳥の鳴き声だけ。
人の声は聞こえてこない。

「視聴覚遮断型の結界か…? ラスカ、どうだ?」

ハルキンが言う前から、既にラスカは結界解析作業に入っていた。
答はすぐに返ってきた。

「おかしいね…どうも、結界が張られていないみたい」

「張られていない?」

「形跡はあるんだけど。それもなかなか強力なヤツの、ね」

⏰:09/03/11 22:04 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#212 [我輩は匿名である]
「…ラスダン!」

「分かってる」

ラスダンもまた言われる前に動いていた。
宙空に片手をかざし、小型のノートパソコンを出現させる。
画面を睨むラスダンが、眉間に皺をよせ渋い顔を作った。

「…人っ子一人見当たらない。人形ならうじゃうじゃいるけどね」

「人形…?」

「中には甲冑とかマネキンみたいなのも混じってるけど」

⏰:09/03/11 22:04 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#213 [我輩は匿名である]
ハルキンが記憶の糸を辿る。
半年前の戦いの時、確か人形を操る奴がいたはずだ。

「名前は…なんつったっけかな」

額に手を当て唸るハルキンを見て、ラスカが聞いた。

「誰か心当たりがある奴でもいるの?」

「ああ。人形の方ならな」

確か、風船で作った人形に自分が出したガスを吹き込み、そのガスを操って人形を動かす、という能力だったはず。

応用すれば、甲冑やマネキンにガスを注入して操るぐらいはできるだろう。

⏰:09/03/11 22:05 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#214 [我輩は匿名である]
「アイツか…」

「…もしかして、リッキーとかいう奴?」

ラスダンが事も無げに聞いてきた。

「名前は知らん。風船を操るいけすかねぇ奴だったのは覚えてる」

「やっぱりね…でも残念、彼なら京介くんが倒しちゃったよ」

「つうことは、あの人形は別の奴か。…つうかアイツ、 あ の 京介ごときに負けたのか? 正真正銘の雑魚だなそりゃ」

「間違いなく雑魚だね。 あ の 京介くんにすら勝てないんだから」

「…あんたたち、京介に恨みでもあるの? 『あの』がやけに強調されてる気がするけど」

ラスカが呆れたように腰に手を当てた。


 

⏰:09/03/11 22:07 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#215 [我輩は匿名である]
「結界?」

ハルトマンに連絡を取ったきり黙っていたかと思うと、突然立ち上がり窓の外を眺めだした内藤。
その内藤が窓辺で呟いた言葉を、有紗が鸚鵡返しする。

内藤が振り返り、壁掛け時計を確認しながら答えた。
時刻は11時40分。もう少しで日付が変わる。

「ああ。何処のどいつの仕業かは分からないが、今展開されてる。
恐らく歌箱市全体を覆うように、な」

⏰:09/09/08 13:14 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#216 [我輩は匿名である]
再び窓を振り返り、空を仰ぎ見る。
夜の空に混じって、チューナーのずれたテレビ画面のような黒いノイズが、バケツの水をひっくり返したように急速に広がっていた。

ノイズが広がる方向の逆側へと目を走らせる。

ノイズの発生源となっている上空の下に、一際大きなビルが建っていた。
ノイズはそのビルの屋上から細く伸び、広がっている。

⏰:09/09/08 13:19 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#217 [我輩は匿名である]
「…有紗、後で仕事を頼んでいいか」

「いいけど。あなたはどうするの?」

「俺は俺でやる事がある」

そう言うと、内藤はピシャリと窓を閉めた。

と同時に、玄関の扉が慌ただしく開く音が聞こえる。

「来たか」

やがて、ハルトマン、シーナ、リーザの3人が入ってきた。

⏰:09/09/08 13:20 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#218 [我輩は匿名である]
3人を見た有紗が不思議そうな顔をする。

「あら…集まるのはいいけど、どうするのよ?
まだ京ちゃんの居場所わかってないんでしょ?」

確かに、現状敵や内藤の居場所を把握できていないので、やれることはあまりない。

「確認すべきことはいくらかあるが…まぁ今はいい」

「ところで…この事は浅香君には言ってあるのかね?」

ハルトマンが内藤と有紗ね間に口を挟む。

「いや…そもそも川上は浅香に何も話していなかったしな」

そう言って、内藤は煙草に火をつける。
深くゆったりと煙を吐き出して、天井を煽った。

⏰:09/09/08 13:20 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#219 [我輩は匿名である]
今の京介はスキルを失っているため、戦うことはできないだろう。
内藤もそれを知っている。
そして、京介がは今回の件に関わりたがっていない事も感じていた。

そこで、藍に何も伝えず、京介を藍につかせる事で、戦線から京介を外そうとしていた。
その矢先の誘拐、である。

敵が京介と藍を狙っているのは確実。
結果論だが、内藤の対応は後手に回ってしまったことになる。

ディフェレス側からシーナとリーザは来たものの、ハルキンらと直接コンタクトを取る手段もない。


状況は、どんどんと悪い方へ流れていた。

⏰:09/09/08 13:21 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#220 [我輩は匿名である]
「しかしそうなると、京介は敵がこちらにやって来ていることも知らんわけか…ちと厄介じゃのう」

ハルトマンが渋い顔を作りながら顎を擦る。
横から有紗が言葉を続けた。

「今藍ちゃんに誰もついていないのはまずいんじゃない?」

「そうですね、京介くんが狙われたのなら藍さんも───シーナ?」

相槌を打つリーザの視界に、窓を開けて外を見るシーナが映る。
気持ちのいい夜風が吹いていたが、風に当たっている訳ではなかった。
シーナはどこか遠くを見つめている。

⏰:09/09/08 13:21 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#221 [我輩は匿名である]
「どうかしたの?」

「お姉ちゃん、普通こんな時間に船なんて動いてないよね?」

「えっ? ええ、まあ…夜中の3時だもの……って、ちょっとシーナ!?」

言うやいなや、シーナは窓から飛び出していた。


 

⏰:09/09/08 13:22 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#222 [我輩は匿名である]
 


歌箱市の最南端には小さな工業港がある。
貨物ターミナルも兼用していて、昼間は鉄鋼を積んだタンカーやコンテナ船が行き交っている。
岸壁のクレーンは荷物の積み降ろしに忙しなく動き、コンテナを積んだトレーラーの出入りも多い。

当然だが今の時間帯は人の姿もなく、昼間は動いている岸壁のクレーンやトレーラーも沈黙している。
聞こえるのはテトラポッドにぶつかり弾ける波の音。

その音に被さって、遠くから音吐朗々と汽笛が響きだす。
沖合いに浮かぶ巨大な船体が、闇に紛れるように前照灯を消して、港に近付いていた。

⏰:09/09/08 13:23 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#223 [我輩は匿名である]
「あれは…タンカー?」

接岸部から少し離れたコンテナに隠れて様子を窺っていたシーナがそれに気付く。

「それもかなり大きいものみたいですね」

「夜行船、ってわけではなさそうじゃの」

「ってお姉ちゃんにハルトマン!?」

「あなたが急に飛び出すから、追ってきたのよ」

「おかしいの…今の歌箱には外からは入ってこれん筈じゃが」

ハルトマンが顎を摩りながら、いぶかしげに遠方のタンカーを見つめる。

結界によって入ってこれない筈のタンカーは悠々と入港し、さっさと碇を下ろして接岸した。
開いた後部ハッチから十数人の人影が出てくる。

⏰:09/09/08 16:23 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#224 [我輩は匿名である]
「うひゃー、出る出るまだ出る」

「シーナ、貴女ってば本当にもう……」

「見るからに怪しいのう、あいつら」

まさか偶然、結界に穴が空いたなんて事はないだろう。
事態は内藤らが思っていたよりも大事になってきていた。

というのも、船から下りてきた集団。
男女混合、全員が見覚えのあるラバースーツのような物を身に纏っている。

「街中であんな格好、あたしはできないね」

「そういう事じゃないでしょうに…あれはハル兄弟が着ていたものね」

「ウォルサーの肉体強化スーツじゃな。…それに…」

⏰:09/09/08 16:24 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#225 [我輩は匿名である]
中央にいる、その集団に指示を出しているらしい女に、ハルトマンは見覚えがあった。

細身の、しかし決して華奢ではない鍛えられた肉体。
黒すぎて青く見えるストレートヘアーが、闇の中で艶めいている。

タンカーから下りた集団の指揮を、セリナが執っていた。

「あやつは確か『7人』の生き残りじゃな…となると内藤が適任かのう」

「さっきからぶつぶつ言ってどうしたのよ?」

「それよりもあの方達、明らかにこちらに向かってきている気がしますが…」

⏰:09/09/08 16:25 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#226 [我輩は匿名である]
リーザが剣袋から刀を取り出し、鞘を左手に納め身構える。
同時にシーナも刀を手にした。

対して、散開しつつ徐々にこちらに歩いてくる敵集団。
半分程は様子を見ているのか動こうとしない。

「なんともやる気満々じゃの」

「まぁ、お帰り願える雰囲気じゃないのは確かねー」

「ハルトマンさん、お手並み拝見させていただきます」

「言うのう。言っておくが手助けはせんぞ?」

「あら、それはこっちのセリフよ!」

「では行くぞ。とりあえず全員倒すつもりでのう!」

⏰:09/09/08 16:49 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#227 [我輩は匿名である]
ハルトマンが駆け出し、2人の剣士がそれに続く。
対して身構える敵。数は6人。

「はっ!」

「それっ!」

リーザとシーナの抜き打ちで敵2人が地に臥せる。
続いてハルトマンの拳が1人の下顎を打ち抜き、その間に切り返し薙ぐ刃が2人を斬り臥せた。

この時点で6人いた敵は1人を残すのみ。
だが、最後の1人は笑っていた。

「ずいぶん余裕みたいねー」

「シーナ、残りの方が来る前に…」

「避けろ!!」

⏰:09/09/08 16:50 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#228 [我輩は匿名である]
ハルトマンの叫びに反応し、リーザが横に飛ぶ。
同様にシーナとハルトマンも回避。気付けば背中合わせに集まっていた。

3人を取り囲むのは、先程倒したはずの敵5人。
傷口から血を滲ませながら平然と立っている。
全員が薄ら笑いを浮かべていた。

「んんー…? もしかして全員レンサー?」

「どうやらそのようね。再生タイプかしら」

「なら、多少手荒くてもいいわけね!」

「おい、いかんぞ!」

⏰:09/09/08 16:51 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#229 [我輩は匿名である]
暫く戦いから離れていたからか、覇気余るシーナが衲咸する。
おかげで場の流れが変わり、シーナが向かった方向以外の敵が一斉にリーザとハルトマンに襲いかかった。

「言わんこっちゃないのう」

「リーザったら…」

「それに、奴らは再生するだけではないぞ」

⏰:09/09/08 16:51 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#230 [我輩は匿名である]
「今度は再生する暇なんてあげないからね!」

数メートルを二足で駆け、流れる視界に敵を捉える。
数は2人、左右に展開。近いのは左。

左の敵に肉薄し、ブレーキの勢いをそのままに体ごと水平に薙ぐ。
その一刀は敵の鼻先をかすめ空を切った。

そのままバックステップで距離をとる敵から、今度は右の敵に気を移す。
敵は地を滑るように間合いを詰め、流れるような動作で拳を突き出した。

予想よりも動きが良い。
久しぶりの実戦にしてはいささか血の気が多いが、これこそ本分だとシーナは肌で感じていた。

⏰:09/09/08 16:51 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#231 [我輩は匿名である]
口元に微かに笑みを浮かべながら、迫る拳を切り落とすつもりで剣を振るう。

「…!?」

だが肉を切る手応えは訪れず、代わりに刀身が弾かれるような感覚と鉄を打ったような音が聞こえた。

振るった剣に敵の拳ははね飛ばされはしたものの、切り落とすまでは至っていない。
それどころか、みるみるうちに手首についた傷が治っていく。

「再生…に、硬質化?」

シーナの狼狽に、右の敵が頬を歪ませる。
もう手首の傷は治っていた。よく見れば、その皮膚は僅かに鉛色の光沢を発している。
背後には左の敵がつき、同じく鉛色の拳を構えていた。

⏰:09/09/08 16:52 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#232 [我輩は匿名である]
「うーむ、厄介じゃのう…」

背中越しにリーザの気配を感じながら、ハルトマンは3人を相手にしていた。

3人とも、鉛色の四肢を繰り出してくる。
絶え間なく続く攻撃を弾きながら、ハルトマンはシーナの方を見た。

血気盛んに飛び出したシーナは、敵2人とパリングの嵐を演じている。
拳と刀がぶつかる度に、らしからぬ金属音が響いていた。

「向こうもか。レンサースキルは1人1つだったはずじゃが…これはやはり…」

目の前に迫る蹴りに切り返す。
拳ならず足も金属的な音を発し、大したダメージは与えられない。
むしろ殴った拳が痛かった。

⏰:09/09/08 16:52 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#233 [我輩は匿名である]
「これは劣勢…でしょうかね」

ハルトマンとシーナがパリングの嵐を演じているのとは対照的に、リーザ側は静かだった。

リーザが相手にしているのは、最初に倒れなかった最後の1人。
その敵は、リーザの突きを素手で掴んでいた。

刀身を握り折られる前に、袖口に仕込んであった細剣で目を狙う。
不意をついたその一撃を、野性動物のような反応と俊敏さで避けて、敵はリーザと間合いをとった。

⏰:09/09/08 16:53 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#234 [我輩は匿名である]
敵の気配の中に、何処かで感じたような違和感がある。

「この第六感に来る感じは…まるで…」

ひとつの体に複数のスキル。
誰かがスキルを使っている時の同類にしかわからない感じが、歪なものとなって伝わってくる。


そう、まるで半年前に見た、グラシアのように。
 

⏰:09/09/08 16:53 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#235 [我輩は匿名である]
 
「3人とも下がりなさい!!」

ハルトマン、リーザ、シーナ。それぞれの考え事を、高い声が吹き飛ばした。

声のした方を見ると、1台のシーマが停車している。
開け放した窓から、なにやら筒身のようなものが真っ直ぐこちらに伸びていた。

「あれは…有紗さん?」
「なるほどのう…」
「さっすが!」

状況を把握した3人が、即座に散開し離脱する。

意図に気付いた敵が動き出すのと、有紗が徹鋼弾を放つのは同時だった。

⏰:09/09/08 16:54 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#236 [我輩は匿名である]
狙いはハルトマンとリーザがいた辺り。
直撃せずとも、至近距離で着弾すれば衝撃その他諸々でどうにかなる。

思惑通り、港の舗装を砕き砂煙を巻き上げて着弾した一撃は、その周辺にいた敵を僅かな間混乱させた。
ほんの十数秒だが、それだけで十分。

「乗って!!」

筒身が引っ込み、代わりに有紗が運転席から顔を出し叫ぶ。
言われるまでもなく、といった感じに、3人は一斉にシートに乗り込んだ。

後部座席のドアが閉まるか閉まらないかのうちに、有紗が勢いよくシーマを発進させる。
砂埃が晴れ敵が立つのが見えていたが、それも遠ざかり、やがて見えなくなった。

⏰:09/09/08 16:54 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#237 [我輩は匿名である]
「ふー、危なかった」

「あれは一体何だったのでしょう…?」

ある程度距離を稼いでからスピードを落とし、車は直線道路に入った。

「それにしても有紗、いいタイミングだったぞ」

「実は内藤ちゃんに言われてね♪」

「内藤さん…か。何か知ってるのかな?」

シーナが小首を傾げる。
有紗は、小さなドライブインで車を停車させた。
降りるやいなや、シーナが自販機に向かう。

「ひとつの体に複数のスキル…まるでグラシアのようでした。それが何人もいて…」

「複数のスキル…?」

「間違いないぞ、有紗。『SED』じゃ」

「…!」

⏰:09/09/08 16:55 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#238 [我輩は匿名である]
有紗が睨み付けるようにハルトマンを見る。
ハルトマンはその視線をかわし、笑みを浮かべながら話を続けた。

「確認できたのは2パターンじゃ。携行できるまでは進んでいないじゃろうから、恐らくあのタンカーの中か…」

「…ふふふ」

有紗が目を臥せ、小さく笑う。
それを見たハルトマンも、くっくと含み笑いをした。

「悪いが、根が性悪なもんでの。なに、情報料などは取りはせんよ」

「ありがとう、予定が変わったわ。おかげで暫く退屈せずにすみそうね♪」

⏰:09/09/08 16:55 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#239 [我輩は匿名である]
有紗とハルトマンの会話を横で聞いていたシーナが思考を巡らせる。

「SED…何処かで聞いたことがあるような無いような…」

「どうしたの、シーナ?」

「お姉ちゃん、SEDって聞いたことない?」

「……さぁ」

「うーん、聞き覚えはあるんだけどなぁ」

目的の知れぬ敵との戦闘で、1つのキーワードが浮き彫りになる。
SEDという言葉を知るリーザも、この時はその真の意味を知らない。

故に、シーナの存在が敵にとってキーパーソンとなる事を知らない。
それと同時に数少ない切り札になりうる事も知らなかった。

身近にいる、ある人を除いて。


 

⏰:09/09/08 17:06 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#240 [我輩は匿名である]
 



時刻は深夜3時になろうかというところ。
市内の中央を横切る幹線道路の脇に点々と灯る街灯を除き、街の明かりはほとんど消えている。
目立った騒音といえば時たま市内を通り抜けるトラックやタクシーの走行音が聞こえてくるのみで、街全体が静まり返っていた。

首都圏から少し離れた、いわゆる生活都市圏である歌箱市では、深夜に外を出歩く者はあまりいない。酔っ払って帰ってきたサラリーマンや夜勤業の者がいる程度だ。
爆音低速で改造車を乗り回し街中を徘徊する人達とも、今のところ無縁である。

⏰:10/03/28 17:06 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#241 [我輩は匿名である]
地元のヤンキー人種も0時をすぎるといい子になるおかげで、街に点在するコンビニはこの時間はガラガラ。
中には0時を過ぎると閉めてしまうコンビニもある。24時間営業でなくてどこがコンビニエンスなのか。

ちなみに筆者の近所には23時に営業終了するファミリーマートがあるが、23時を過ぎても彼らは閉めきられたシャッターの前で普通に座り込んでおり、最近ではやもするとヤンキーというのは閉まっていようが開いていようがコンビニの前に屯する性質があるのではないかとの仮説が筆者の脳内で提唱されるほど
どうでもいいですかそうですか。

⏰:10/03/28 17:07 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#242 [我輩は匿名である]
話がそれた。つまるところ深夜の歌箱市とはそんな半ゴーストタウン状態なのだが、そんな中で真面目に24時間営業しているコンビニがある。
そのコンビニに1人の男が入店したところから、話を再開させていただこう。

男はハンチング帽を目深にかぶり、踵まで裾が届くかという丈の長いベージュのロングコートを羽織っている。
レジの奥でパイプ椅子に腰かけ雑誌を読み耽っていた店員が、怪しいものを見る目付きで男を出迎えた。

男は鼻唄を奏でながら、片手に持つカゴにさっさと商品を入れていく。
ふと男のコートに目をやると、ポケットにそれぞれ銘柄が違う煙草が、ぎゅうぎゅうに詰まっていた。

⏰:10/03/28 17:08 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#243 [我輩は匿名である]
男は陳列棚を一通りまわり終えると、レジに向かった。店内にいる唯一の店員が、雑誌を置いて対応に向かう。
見るからに怪しい男だが、早寝早起きのこの街にとっては大事な商売客である。
店員は手早く清算に取りかかった。

オレンジジュースが一点。
缶ビールが一点。
コンビーフが一点。
乾燥鯣が一点。
割けるチーズが一点。

ここまで清算したところで、男は煙草を1箱要求した。
ポケットに煙草があるのにどれだけのヘビースモーカーなのだろうか。
しかし店員は当然それを口に出すことはなく、言われた通りに棚から煙草を取り出す。マイルドセブンのロングボックス。タールは1mg。

⏰:10/03/28 17:09 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#244 [我輩は匿名である]
それを含めて、清算した商品を順次袋に詰めていく。
合計1039円。コンビニの買い物にしては高い方だ。

男は相変わらず鼻唄を歌いながら、財布を取り出して1040円をカウンターに置いた。
店員が1円を渡そうとするが、男は釣りはいらないとばかりに手を仰ぐ。
店を出た男は、歌箱市内にある唯一のホテルへ向かった。

⏰:10/03/28 17:09 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#245 [我輩は匿名である]
 

消えていたエレベーターの表示灯が点灯する。1から2へ、2から3へと点滅していく。
12の点灯と同時に到着音。
表示灯の下の扉が開き、奥から気の良さげな鼻唄が聞こえてくる。

ハンチング帽と、丈の長いコートに詰め込まれた銘柄の違う煙草。
今しがた購入した煙草をくわえたロモが、ご機嫌な様子でエレベーターから降りてきた。

ノスタルジアな匂いが漂うメロディを鼻歌で刻みながら、手に持つコンビニ袋から鯣を取りだしかぶりつく。
ホテルの自部屋へ向かう25歳の傭兵隊長の後ろ姿は、残念ながらどこぞの中年親父にしか見えない。
しかし本人は特に気にしている様子もなく、柱をかじる二十日鼠のように鯣を勢いよく燕下した。

⏰:10/03/28 17:10 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#246 [我輩は匿名である]
長く続くホテルの廊下で鯣をすべて消費して、歯軋り混じりに口を揺らしながら部屋のドアを開ける。
部屋の中は隅々まで手入れが行き届き、整然としている。状況は部屋を出た20分前と全く変わっていない。
変わっているとすれば、京介の顔色が悪くなっている事と、ゲーム機が繋がったテレビ画面に写るスコアの差が一方的になっていることぐらいか。

⏰:10/03/28 17:11 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#247 [我輩は匿名である]
「だあああ!! また負けたあああ!!」

「……これで…ぼくの63勝0敗……」

テレビに映る1P WINの文字。
もんどりうってベットに倒れ込んだ京介の右手には、PS2のコントローラが握られていた。

「もう1回だもう1回!」

「……なんだおめぇら、随分と仲良しこよしじゃねぇのぉ」

「…あ…おかえり…」

「おーう、オレンジジュース買ってきてやったぜぇ、好きな時に飲みなぁ」

「…ありがと…」

「おいトビー、次やるぞ次!」

「…おまえさんよぉ、捕まってるっていう自覚はあんのかね?」

⏰:10/03/28 17:11 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#248 [我輩は匿名である]
京介の誘拐監禁から、ちょうど30時間ばかり経過していた。
監禁とは名ばかりで、拘束すらされていないのだが。

「自覚あるよ? だから逃げてないじゃん」

「いやー、そうじゃなくて…なんで仲良くゲームしてんのかってよぉ」

「次はこのキャラで勝負だ!」

「おいー」

京介に急かされ、トビーは再びコントローラを握る。
64回目のキャラ選択でも、同じキャラを選ぶ。京介はというとまたキャラを変えてきた。

無表情にキャラを操作するトビーと、無駄に真剣に操作する京介。
その横で呆れたように首根っこを掻きながら、ロモは煙草に火をつけた。

⏰:10/03/28 17:12 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#249 [我輩は匿名である]
「あんたらはさ、藍に手を出す気はないんだろ? 俺を捕まえたのもその場の勢いって言ってたしな」

「あー、まぁ雇い主の命令次第だがなぁ。そんで?」

「俺はその言葉を信じる。あんたらのやってる事は褒められた事じゃないけど、どうにも悪い奴には見えないしな。
というかそんなことはどうでもいい。俺は今のところ、藍に何かやらかそうとする奴以外とは戦う気はない。
だからおとなしくしてる」

「……逃げないの…?」

「いや…ロモが煙草持ってるうちは厳しいし…まぁそのうち?」

「ところがどっこい、そーもいかねぇーんだなぁー」

⏰:10/03/28 17:13 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#250 [我輩は匿名である]
ロモは煙草を器用に灰皿に飛ばし入れる。
コンビニ袋からコンビーフを取り出し、封を開けながら言った。

「ぶっちゃけお前、邪魔」

「い? そんな勝手な…」

「そーろそろ、俺らも忙しくなるんだよなぁ。予定外のお客さん部屋に置いてても手がまわらん」

「…ロモは…明日からおでかけ…」

「そーなのよ。お前さん、今は正直言って普通の人間と大して変わらんだろ?
俺としては野放しにしても別に構わないわけで」

⏰:10/03/28 17:14 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#251 [我輩は匿名である]
「ってことは帰してくれんのか?」

京介がロモの方を向く。と同時に何やら派手なエフェクト音。
慌てて視線を画面に戻すと、再び1P WINの表示が出ている。
京介は諦めたようにコントローラを投げ出した。

「ところがどっこい、一応お仕事だからなぁ。そういう訳にもいかんのよ」

「……じゃあどうするんだよ?」

「トビー、どうだ?」

「……うん…さっき…港に…壁はあけた……今頃は…港に船が…」

「てぇー訳で、お前さんをその船に移す」

⏰:10/03/28 17:14 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#252 [我輩は匿名である]
「はぁ!? 悪化してるじゃねーかそれ!」

「まぁー落ち着けよぅ。吸うか?」

ロモは取り出しかけた煙草を1本、京介に差し出した。手を振って遠慮する京介。
そういえば最近、喫煙者は片身が狭いですね。

「いいか京介? 俺はあんまり頭がよくねぇ」

「……うん…」

「うっせーぞそこのトビーちゃん」

⏰:10/03/28 17:15 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#253 [我輩は匿名である]
「頭が良くないから、なんだ?」

流れが話に移ったせいか、トビーがPS2を片付け始める。
京介もコントローラにコードを巻き始めた。トビーに指一本分の隙間を空けてから巻くよう注意される。

「ああ。だから俺は俺が思ったことだけをする。
…トビーはお前さんのこと嫌いじゃないみたいだしなぁ」

「ぽっ……」

「なぜそこで頬を染める…」

「てぇなわけで、お前さんをその船に連れていく。が、その後は知ったこっちゃねえ。んで、重要なのはこっからだ」

「んん?」

「船の中には身体強化タイプじゃないレンサー…俺みたいな奴だなぁ。そういう奴用の強化服、の、オリジナルがある」

⏰:10/03/28 17:16 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#254 [我輩は匿名である]
「それを手に入れて、その後は勝手に逃げろ…と?」

「まぁせめてそんぐらいのものはねえとなぁ。大事な藍ちゃんを守れなくなるぜ?」

「…どういうことだ?」

詰め寄ろうとした京介を、ロモが煙草を掲げて制止する。
煙たさと爆発時の記憶が思い出されて、京介はベッドに腰掛けなおした。

「言ったろ。忙しくなるってよぉ。雇い主の準備が終わったんで、この街の制圧が始まるんだと」

「本気か? ウォルサーってのは確かレンサー目当てなんだろ?
そんなに数いるわけじゃないのに…だいたい、それなりにでかいこの街を制圧なんてできるのかよ?」

⏰:10/03/28 17:18 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#255 [我輩は匿名である]
「だからよぉ、それができる人数と質が揃ってるわけよ。
この街を制圧する理由なんざ知ったこっちゃないがなぁー」

歌箱市も決して小さな街ではない。
そして、今は内藤や有紗がいる。
さらに京介は知らないが、ハルトマンやシーナ、リーザもいる。

それらを含めて制止するのだから、少なくともレンサーはある程度数が揃っているはずだ。
となると藍に危害が及ぶ可能性は高い。

「…わかった。連れていってくれ、その船に」
 

⏰:10/03/28 17:18 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#256 [我輩は匿名である]
 


「えー、さて! というわけでやって参りました某港ー!」

「…ぱちぱちぱち…」

「拍手は口じゃなく手でやるもんでしょトビーはん! いやしかし広い港ですなートビーはん!」

「……」

車から降り、バラエティ番組の芸人リポーターのように港に対して早口にコメントを繰り広げるロモ、に対して早くも素無視を決め込むトビー。
京介はそんな2人に、両手首に縄をかけられ引っ張られるというオーソドックスな御用スタイルで連れられている事に軽い絶望を感じながら、それでも抵抗はできないので2人に倣って素直に車を降り、改めて港を見回した。

⏰:10/03/28 17:20 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#257 [我輩は匿名である]
地元の港ではあるがこうして眺めるのは初めてだ。
客船の来航はなく、主に商船や貨物船のハブからハブへの中間に位置するサービスターミナル兼避難港として機能している港湾であるため、普段足を運ぶことはまずない。

それどころか今の時間帯は船舶の往来すらなく、見るものと言えば堆く積み上げられたコンテナや、無意味に沿岸の彼方へ向かって自己アピールの光を煌々と照らす小さな灯台、なぜか一部が鉄鋼弾を被弾したかのような抉られ方をしているコンクリの地面ぐらいのものである。
抉られた地面が気にはなるものの、考えたところで今の京介にはその答えが出る筈もなく、知る由もないので、最終的に京介の注目が波止場に錨を下ろし入り口を開けている一隻の中型タンカーに向くのに、それほど時間はかからなかった。

⏰:10/03/28 17:20 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#258 [我輩は匿名である]
「……あれがそうか?」

ロモは相変わらず謎のトークを繰り広げていて、なぜか鯛焼きをどこから食べるかというおよそ現状とまったく無関係なネタに発展していたが、
トビーが自分の話の節目でも何でもないところで首を縦に振った事でようやく京介の問いに気付いたらしく、今度は目の前のタンカーに向かって友人を紹介するかのように両手を広げた。

「おーう。なかなかいい船だろ? まだ資金はそこそこ持ってるらしいなぁ、ウォルサーさんは。
まぁー、だからこそ俺も連中に雇われてるんだがよぉー」

「雇われてる? ウォルサーの人間じゃなかったのか?」

「いや、何度もそう言ってるような気ぃするけどなぁー…
 まぁいい、そろそろお喋りはおしまい」

「いやお前がずっと一人で喋ってたんじゃねぇか…」

「こまけぇこたぁー、気にしちゃいけねぇよぉー」

⏰:10/03/28 17:21 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#259 [我輩は匿名である]
ロモに縄を引っ張られ、京介はけっ躓きそうになりながら歩き出す。その後ろを、トビーが音もなくついていく。
タンカーの入り口には一人の男が立っていた。

「昨日連絡した捕虜を連れてきたぜぃ。噂の京介くんよぉ」

「ああ、もう仕事増やすなよ」

「んなこと言われても他に連れていくとこもあるめぇよなぁー」

ロモが手にしている縄を男に渡し一歩下がる。
すれ違いに横を霞めた京介の肩を軽く叩いて、振り返る京介に前蹴りを一発。
よろける京介を一瞥し、ハンチング帽を被り直して男と京介に背を向けた。

⏰:10/03/28 17:21 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#260 [我輩は匿名である]
「そいじゃー、俺ぁ仕事に戻るわー。そいつ頼んだ」

「ったくめんどくせーな。ほらキリキリ歩け!」

「へーい、キリキリキリキリ…」

大手を振りながらタンカーを降りるロモと、それに静かに続くトビー。
京介は2人の背中に感謝の念を飛ばしながら、男に連れられて船内に入る。

そんなわけで捕虜の受け渡しは無事に完了し、京介は手錠はおろか身体検査などもされることなく船内の一室に放り込まれただけだった。

⏰:10/03/28 17:22 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#261 [我輩は匿名である]
「さて…とりあえず脱出しなくちゃな」

特に何かされるわけでもなく、携帯電話等もそのまま。京介は対応の甘さを怪しむことなく、今しがた閉じられた扉に手をかけるべく近付く。

だが、甚だ無防備とも言える対応だったのは、京介がただのレンサーという事で大した警戒もされていなかった事に起因するのだが、それでも最低限を講じるのは組織として当然であり、

「あれ? 普通に外から鍵かかってるじゃねーかよ!」

故に、船内で一番壁の厚い貨物室に京介を放り込んで施錠するのは、ウォルサー側としては当然の対応だった。

 

⏰:10/03/28 17:23 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#262 [我輩は匿名である]
あげる

⏰:11/02/04 23:49 📱:SH02C 🆔:☆☆☆


#263 [◆vzApYZDoz6]
 


時間軸はまたさらに進み、現在7時20分。

小一時間ほど前までは紫がかっていたパンデモの空も今ではすっかり青味が強くなり、辺りにかかった薄靄は春風に吹かれ、ほとんど払われつつあった。
朝日は山の裾から離れ、いざ南を目指して東の空の低い位置からトロトロと歩を進めている。

西から東へ階段状に続くパンデモの傾斜。
その一番上で朝日を背に受けて立っているハルキンの長い影が、傾斜を縦断するようにまっすぐ伸びていた。

パンデモ全体を一望できるその高台で、ハルキンはくわえ煙草を葺かしながらパンデモの様子を見渡す。

⏰:11/03/06 18:05 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#264 [我輩は匿名である]
少々肌寒い春先の朝の風を受けて、群生しているススキの葉がカサカサと触れあう音がする。

本来であれば村の男衆は日が昇る頃には仕事に出ており、高台の畑で鍬を打ったり穂を刈ったりという
農作業の音が聞こえているはずであるのだが、今は人1人として見当たらず、鳥の鳴き声だけが静かに響いていた。

自分の影を睨むように眼下を眺め続けるハルキンの視界に、ラスダンの姿が見えた。
その後ろにはジェイト兄弟、ラスカ、スティーブの姿もある。
腰ほどの段差を飛び越えながら、ラスダンが言った。

⏰:11/03/06 18:06 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#265 [我輩は匿名である]
「間違いないね。一応調べてみたけど、やっぱり誰もいないみたいだ。人形も消えてる」

「……そうか」

ハルキンが一瞬目を伏せて答える。

パンデモ突入前、うじゃうじゃと蠢いていた人形。
それらはハルキンらがパンデモに突入すると同時に、見計らったように崩れ落ちた。

一応パンデモの居住区を一通り調べてはみたものの、人形はすべて動力を失っており、
それを操っていたと思しき人物、あるいは機械その他等も見当たらなかった。
もちろんパンデモの住人達も一っ子一人消えていた。戦闘があった様子すらない。

⏰:11/03/06 18:07 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#266 [我輩は匿名である]
突然不通になった通信機から…否、恐らくその前、ハルキンの前にセリナが現れた時から事は始まっていた。
パンデモには得体の知れぬ人形が蠢いており、嘲笑うかのように突入時にそれらは突然崩れ落ち、終いには人形は全て消え去る…
そして、嘘のように静まり返ったパンデモの風景。

その様子は、制圧を完了させた敵が、後に来るであろう自分達に対する見せしめのようにも思えた。
 

⏰:11/03/06 18:07 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#267 [我輩は匿名である]
 
思えた、が。

ハルキンの中には、ある確固たる確信があった。

そして。その如何によっては、これからさらなる戦闘が待ち構えている。


それを痛感したハルキンは、眉を八の字に寄せながら、困ったような呆れたような微妙な表情を浮かべて溜め息をついた。

⏰:11/03/06 18:08 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#268 [我輩は匿名である]
ラスダンが、ハルキンの顔色を伺うように少し覗きこむ。

「…どうする? 人形達はどうやら地下から上がってきたらしい痕跡があったけど…調べてみる?」

「いや…その必要はないさ」

そう言ってハルキンはまた目を伏せ、何かを思い出したかのように笑みを漏らした。
ラスダンが片眉を上げて、隣のラスカに目配せする。
目があったラスカは、首を傾げて肩を竦めるジェスチャーを返した。

その様子に気付いたハルキンが顔に少しの喜色を見せて、ラスダンらに頭を巡らせた。

「いや、すまんな。知り合いを思い出していたんだ。…おかげで次の目的地は決まった」

⏰:11/03/06 18:09 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#269 [我輩は匿名である]
「そりゃー足係の俺としては教えてほしいもんだな」

ジェイト兄弟の兄、フラットがバイクの座席をポンポンと叩く。隣ではブロックが「そうそう」と首肯していた。
ハルキンは頷いて答える。

「地球だ」

「…残念ながら俺らのバイクには異世界へのテレポート機能はついてないんだよな」

「安心しろ。アジトに戻れば地球へのゲートはまだ残っている。だがその前に寄ってもらうところが…」

「ちょっと、なんか勝手に話が進んでるみたいだけど? 説明はしないつもり?」

⏰:11/03/06 18:09 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#270 [我輩は匿名である]
割って入ったラスカが不機嫌そうな声を上げる。

というのも、パンデモに突入から今に至るまで、ハルキンは何かわかった風な素振りを見せるのみで録に何も喋っていなかった。
やっと口を開いたかと思えば、出てきた台詞は「地球に行くぞ」。
まったく何を考えているのか解らなかった。

「ああ、そうだな…だが、あんまり細かく説明していると長くなる。
時間も無いし結論から言うぞ。パンデモの連中…いや、恐らく敵味方全員だな。今は地球にいる」
 

⏰:11/03/06 18:10 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#271 [我輩は匿名である]
パンデモはその特有のスキルのおかげで、古今東西の様々なスキルを内包していると言っていい。
それらを狙って悪事を働こうとする者は、ウォルサーに目をつけられる前から存在していた。

パンデモ自体は住民全員がレンサーな事もあり、少々の規模の侵攻ではパンデモに被害は出ない。

だが当然、大規模な制圧行為が及ぶ可能性は考えられており、その対策も施されている。
近代化された族長の家や集落を斜めに渡る河などはその内のひとつだ。

⏰:11/03/06 18:11 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#272 [我輩は匿名である]
しかし、物理的な対策をいくら施そうとも、それを上回る圧倒的な物量で攻められれば、その侵攻を食い止める事は不可能である。
その為、パンデモでは敵の性質・総量に左右される事のない、スキルを用いたある対策が設けられていた。

「パンデモでは族長ともうひとつ、代々受け継がれている役職がある。
『管制役』と呼ばれるその“対策者”は、今は確かアリサの祖母だったな」

パンデモの存続を揺るぎないものとするための“対策者”管制役の持つスキルは、2つ。

1つは、パンデモ住民にも、そうでない者に対しても使える集団移動・転送用スキルだ。

⏰:11/03/06 18:12 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#273 [我輩は匿名である]
自動・任意問わず発動でき、対象者がいつどこにいようとも、距離どころか次元をも問わない同時ワープが可能な、極めて強力なスキル。

しかしそれは小規模な侵攻に対する住民の避難や敵の回避、統制等の為であり、つまりは『おまけ』に過ぎない。
重要なのはもう1つのスキルの方。

「物理・スキル問わず、またスキルの場合は発動者が住民・非住民の如何に関わらず、
パンデモに干渉している現象・事象・行為その他すべての動向を監視し、
そしてそれらにパンデモに害すると判断されたものが発見・発現された場合、そのすべてを自動的に『無効化・非接続状態』にするスキル…
それが、管制者の持つスキルだ」

⏰:11/03/06 18:14 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#274 [我輩は匿名である]
パンデモに害すると判断されたもの全てを『非接続』に切り替える。

『非接続』となった現象・事象等は、その名の通りパンデモに“接続”する事ができず、パンデモに一切の影響を与える事が不可能になる。

スキル発動下では、マシンガンだろうがミサイルだろうがパンデモに着弾する事はなく、
スキルによる攻撃・監視等は、その効力が発現される事はない。

また、例えそれらの攻撃を受けた後であっても、その全てを『無効化』し修復する。

⏰:11/03/06 18:15 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#275 [我輩は匿名である]
 
敵の性質・総量に左右される事なく、それが“パンデモに害為す物”であれば、
どんな攻撃であろうと絶対的な防御を可能とするスキル。


『管制役』が代々受け継いできたそのスキルの正式名称は、Block and Outcast Tactics。

その頭文字を取って、BOTと呼ばれた。
 

⏰:11/03/06 18:15 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#276 [我輩は匿名である]
「結界を消滅…というか正しくは無効化させたのは、BOTを持つ管制役だろう。
人形共もBOTの効果で“パンデモに害為す効力”のみが非接続状態になっていたんだろうな。
俺たちが突入した時に動かなくなったのは何故か知らんが…」

ハルキンは腕を組み、少し考えるような動作を見せる。
ハルキンに続くように、話を聞いていたラスダンが顎に手を当てた。

「なるほど…それなら例え人形以外に敵がいたとしても被害は出ないだろうし、戦闘の痕跡が無かったのも頷けるけど…
でもそれだと、住民が消えた事を説明できない気がするけど」

⏰:11/03/06 18:16 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#277 [我輩は匿名である]
「それはもう1つのスキルを使えばできるんじゃない?」

ラスカが、後ろでお手上げのジェスチャーをするジェイト兄弟を尻目に、人差し指を立てる。
ラスダンは「それはそうなんだけど」と答えながら片眉を少し上げた。

「BOTがあるなら、わざわざ住民を移動させる必要もないと思うんだ」

パンデモに対する攻撃を意に介さなくなるBOT。

それは逆に言えば、敵がどれほどの大軍で侵攻しようとも、パンデモの住民は何もする必要が無かった。

⏰:11/03/06 18:17 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#278 [我輩は匿名である]
BOTの効果である、害意ある存在の『無効化・非接続』。
それにより銃弾は誰にも当たらなくなり、スキルの効果は発現されなくなる。

しかし、発射された銃弾は無くなるし、体力の減少などスキルによって生じるマイナス効果は普通に発生する。
つまり、敵の戦力は何もせずともどんどん消費されていくのだ。

それなら放っておけば敵は崩壊するし、効果は得られないが戦力の浪費が発生する事に敵が気付く頃には、もはや敵に撤退以外の道は無くなっているだろう。
パンデモ住民は逃げる事はもちろん、場合によっては反撃の必要すら無くなる。

BOTの効果は、それほどまでに絶大なのである。

⏰:11/03/06 18:18 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#279 [我輩は匿名である]
「逃げずとも、反撃せずとも敵が退く。
それなのになぜパンデモ住民は消えたのか、それがわからない…ってか?」

ハルキンはその質問が来ると思っていた、とでも言いたげに、ラスダンに向かってニヤリと口角を吊り上げた。
それを見たラスカが呆れたふうに顔をしかめる。

「なによその顔は…だいたい敵も味方もいっぺんに地球に行ったんでしょ? 一体何のためよ?」

「もし…敵の戦力が無限かつ甚大で、無効化だけでは埒が明かないとしたら?」

⏰:11/03/06 18:19 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#280 [我輩は匿名である]
「敵の戦力が無限かつ甚大…?
ウォルサーがそれほど大規模とは思えないけど…っていうか大規模だと色々困るしね」

ラスダンが眉根を寄せて呟く。

通常では無限の戦力などはまず存在しないが、レンサーの場合はあり得ない話ではない。
例えば攻撃役数人に対して再生回復スキルを持つ者が数十、あるいは数百人いれば、
ローテーションで体力回復を続けて無限に攻撃し続ける事は可能である。

だが仮にも半年前に壊滅しかけたウォルサーにそれほどのレンサーがいるとは思えないし、
レンサーの戦力が甚大な物であってもそれは同様。

結局はBOTに阻まれるため、まったく意味がないのだ。

⏰:11/03/06 18:19 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#281 [我輩は匿名である]
「それがあるんだよ。BOTによる無効化をすり抜けて、攻撃を可能にしてしまう手段が」

「その手段っていうのは?」

「『SED』だ」

「「…!」」

同時に息を飲むラスカとラスダン。
ジェイト兄弟は、2人の様子を見て顔を見合わせ、またお手上げのジェスチャーをした。

⏰:11/03/06 18:20 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#282 [我輩は匿名である]
「『SED』による攻撃でも、BOTならリモートで無効化する事は可能だ。
だが次から次へと設定を変えてくる攻撃を無効化するのは、容易な事ではない。いつかは『管制役』の体力が無くなる。
そこで『管制役』は、敵を地球に転送したんだよ。それ以外に敵味方が一辺に消えた理由は考えられん」

「でも何で地球? そもそも味方まで転送したら本末転倒なんじゃないの? 何でそんなことするのよ?」

「地球に転送した理由はそこにある。…今回は、パンデモの連中も本気らしいな」

ハルキンは、そこでまたニヤリと笑みを浮かべた。

⏰:11/03/06 18:21 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#283 [我輩は匿名である]
 
ハルキンからバッシュへの無線通信。
それが途絶えたのはトビーの結界による影響だったが、BOTの効果でそれは無効化され、無線はすぐ復旧するはずだった。
では、なぜ無線は不通のままだったのか。

その理由は、『管制役』が無効化の対象からトビーの結界を外したため。
対象から外した理由は、ハルキンに僅かな不信を抱かせて、パンデモに向かわせるため。
ハルキンをパンデモに向かわせた理由は、自分達が敵と一緒にワープした事を伝えるため。


ハルキンが感じた“確信”。
それは、これら全てがパンデモの…族長バッシュと『管制役』の残した、共戦への誘いである、というひとつの事実。
 

⏰:11/03/06 18:22 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#284 [我輩は匿名である]
 
敵の襲来時に、パンデモの住民が敵と共に地球に…内藤やアリサ、ハルトマンがいる地球に、ワープする──


「アリサ、バッシュ、イルリナに、バンもだな。そして『管制役』と、地球にいるハルトマン…
こちらはリーザとシーナ、ジェイト兄弟にラスカ、ラスダン、内藤、そして川上京介。

…何年ぶりだろうな。パンデモとバウンサーの“主力”たちが、一堂に会するのは」


──それは、2大勢力の全てを結集しての、『総力戦』の開始を意味していた。


 

⏰:11/03/06 18:23 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#285 [我輩は匿名である]
 


年季がかった換気扇が吐き出すそれのような低いエンジン音を聞きながら、京介は嘆息ついて壁にもたれ掛かる。
そのままずり落ちるように床にへたれこみ、辺りを見回した。

無機質な壁や天井の所々から配管がせり出す室内は、天井近くの小窓から僅かに明かりが届くのみで非常に薄暗かった。
無造作に置かれた小型のコンテナや段ボール箱、端に置かれた古びたロッカーが、ここが貨物室である事を実感させる。

ここに閉じ込められてからおよそ二時間あまりが経過していたが、京介は未だ脱出できずにいた。

「はぁ…くっそー、出られないんじゃ俺がここに来た意味ねーじゃん」

どうやら電波が入らないらしく、携帯電話はずっと圏外。外に助けは呼べなかった。

⏰:12/02/04 06:02 📱:P08A3 🆔:/TXcO8aQ


#286 [我輩は匿名である]
唯一の出入り口である分厚い水密扉を睨みながら、京介は溜め息をつく。
扉を開けるハンドルは内側にもついてはいるが、外からロックが掛かっているようで右にも左にも回らない。
体当たりでぶち破ろうと試みたりもしたが、ぶつけた肩が外れそうになっただけだった。

これが半年前なら、スキルの身体強化によって蝶番をぶち壊すぐらいはできていただろうが、今の京介はせいぜい常人より少し力が強い程度。
ただの扉ならまだしも、頑丈な水密扉を破るなど、考えるまでもなく不可能である。

「こういう時に、スキルを捨てた事をちょっと後悔するぜ……いやいや。過ぎた力はタメにならん」

⏰:12/02/04 06:03 📱:P08A3 🆔:/TXcO8aQ


#287 [我輩は匿名である]
京介と藍が保有していた強力なスキル。
自身が戦いに巻き込まれる原因にもなったそれは、半年前に自ら消滅させた。
理由は単純。“もうこんな事に巻き込まれたくないから”だ。
それは自分のためというより、藍の事を考えての選択だった。

確かに、漫画のようなその能力を消滅させる事に未練のようなものが無かった訳ではない。
だが、そういう事への憧れよりも、平穏で普通な生活をしたいという感情の方が大きかった。
だからこそ、自ら進んで能力を消滅させた。

自分よりも大事なものがある。その意思を、自身ではっきりと認識するために。
藍を守ることに、その能力は必要ない。

「何だってこんな事になっちまったんだろうな…」

しかし、半年が経った今、京介はまたしても同じ因果に巻き込まれている。
幸いにも、藍にはまだ手が及んではいないが、それも時間の問題だった。

⏰:12/02/04 06:04 📱:P08A3 🆔:/TXcO8aQ


#288 [我輩は匿名である]
ロモが言うには、夜が明ける頃には歌箱市の制圧が始まるらしい。
内藤らがいるとはいえ、ロモの口振りでは大した問題ではないように聞こえた。

視線を上げ、小窓の向こうに見える暗闇を眺める。
最初はそこからちょうど綺麗な満月が見えていたが、今は沈んでしまったようで見えない。
夜明けは、そこまで遠くなかった。

「……何とかして出ないとな。藍のためにも」

制圧が始まれば藍に危害が及ぶのは確実。それまでに脱出する必要がある。
京介は立ち上がり、再び辺りを見回した。


 

⏰:12/02/04 06:07 📱:P08A3 🆔:/TXcO8aQ


#289 [我輩は匿名である]
 


「しっかし、強化服ってぇーのはいつ着ても慣れないねぇー」

「………ねぇ……」

「おーぅ、どうしたトビーちゃんよ?」

「……本当に…よかったの…?」

「………ふーむ」

コートの下の強化服に手を這わせるロモを、トビーが見つめる。

珍しくこちらを向いて話しかけてきたトビーの視線を避けて、ロモは煙草の煙を深々と吸い込んだ。
肺には入れずに、口から柔らかく吐き出して鼻から再び吸い込む。
鯉の滝登りというやつだ。

そのまま目一杯まで空気を吸い込み、そして細く、長く、たっぷりと時間をかけて吐き出していく。
ぶれないトビーの視線を目の端で意識しながら、じきに帳を上げる眼下の街に目をやった。

⏰:12/02/04 06:08 📱:P08A3 🆔:/TXcO8aQ


#290 [我輩は匿名である]
ロモとトビーは、歌箱市内の住宅街が見渡せるビルの屋上にいた。
タンカーが停泊している港は地図でいえばちょうど真反対で、港が西にあるのに対し、ここは東の端である。
ここには歌箱市唯一の大学があり、学生マンションを始めとした学生向けの店舗や施設などが数多く軒を構えている。
また歌箱市を南北に縦断する片側三車線の幹線道路もすぐそばを走っているため、
生活都市圏である歌箱市でも特に人口の多い地域だ。

京介と藍が住むマンションも、ここから見える場所にある。

「…ま、お仕事ってぇーのは楽しくねーとよぉー、やる気出ねーからなぁー」

「…ぼくは……楽な方がいい…」

「なぁーに、トビーちゃんのお守りが俺の仕事さぁー。心配すんなってぇ」

そのマンションを眺めながら、ロモは目を細め、煙草で口に詮をする。
その様子を見ていたトビーはロモから視線を外し、そう遠くない場所に見える大学のキャンパスを眺めた。

夜明け前の薄暗い風景に、自身を主張するかのように真っ白な校舎が浮かんでいる。

⏰:12/02/04 06:09 📱:P08A3 🆔:/TXcO8aQ


#291 [我輩は匿名である]
「………でも……強化服までは…いらないと思う……」

「お仕事を楽しくするには、刺激ってぇーやつが必要なのよぉ。なぁー、おめーら?」

「はっ、仰る通りです!」

ロモが後ろを振り返ると、誰もいなかったはずのそこに、いつの間にか十数人の人影があった。
全員、ロモがコートの下に着ている物と同じ、周囲に溶け込むような黒の身体強化用ラバースーツを着ている。
ロモの直属の戦闘員たちは、皆一様にロモに向かって敬礼していた。

「んで、どーよ手筈は?」

「万端整っております」

戦闘員の一人が答える。
ロモは満足げに前を向いて煙草を燻らし、その様子を見ていたトビーは無表情に明後日のほうを向いた。

トビーの視線の先には、だいぶ低い位置に沈んだ満月が輝いている。
雲ひとつない、綺麗な月夜。それもあと一時間もせずに明けるだろう。
もうすぐ、ロモの『仕事』が始まる。

⏰:12/02/04 06:12 📱:P08A3 🆔:/TXcO8aQ


#292 [我輩は匿名である]
「……また…一緒にゲームしたいな…」

「ま、そいつぁー本人次第だろうよぉ。雇われモンは、手前の仕事をこなすのみさぁー」

「……ロモは…仕事ねっしん……」

「それでこそ俺よぉー。…さーて、そいじゃー景気付けに、一発かますとするかねぇー」

煙草をくわえ、人差し指と親指でフィルターをつまみなおす。
もう片方の手は自分の首筋についた強化服のアタッチメントに触れていた。

⏰:12/02/04 06:12 📱:P08A3 🆔:/TXcO8aQ


#293 [我輩は匿名である]
 
「さぁーて…お前ら。お仕事の、時間だぜ」

「はっ! 全員、投与開始!」

「「投与開始!」」

同様に、背後の戦闘員たちも首筋に手を当て、ロモの言葉に合わせてアタッチメントを操作する。
動脈と繋がったナノサイズのシリンジから、感覚鋭敏化の薬剤が投与され、瞬く間に全身に行き渡る。

「さぁ行くぞぉー。二束三文稼ぐために」

強化服は全員が装備済み。五感も強化された。戦闘準備は万端。

ロモが、煙草を根元まで深く吸う。
それを合図に、戦闘員がビルから散り散りに飛び降りていく。

短い煙草を空中に向け、そして弾き飛ばした。


「今宵もせっせと大爆発、っと」

爆音が、静寂を破る。


爆炎に照らされたロモの歪んだ口元を、トビーが静かに眺めていた。


 

⏰:12/02/04 06:14 📱:P08A3 🆔:/TXcO8aQ


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