Castaway-2nd battle-
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#1 [◆vzApYZDoz6]
スレ立てとかないと忘れそうなんで…

これで2作目です
初作『Castaway』↓の続編です
bbs1.ryne.jp/r.php/novel-f/6763/

感想はこちらに
bbs1.ryne.jp/r.php/novel/3130/

ちなみにコテコテのバトルファンタジー小説です
それから多分、かなり更新が遅くなるかもしれませんorz
数少ない読者さんに申し訳ない…

⏰:08/02/22 18:19 📱:P903i 🆔:mObuoUVw


#2 [◆vzApYZDoz6]
時系列は同じくして、地球とは違う次元にあるもう1つの世界。
別次元の地球とも言えるその世界は、その世界の住人からはディフェレスと呼ばれている。

ディフェレスの環境については、およそ地球と大きな違いは無い。しかし、ディフェレスには地球の人間に無い、特殊な力を持つ人間が存在した。
DNAの二重螺旋構造に特殊かつ独自の配列パターンを持ち、その遺伝子から発せられる特異細胞により、その身に様々な能力を保持・発現する人間。

『普通の人間とは違う』事から、彼らはレンサーと呼ばれた。

⏰:08/02/22 18:47 📱:P903i 🆔:mObuoUVw


#3 [◆vzApYZDoz6]
彼らレンサーがいつ頃から出現したのか、それは分からない。
遥か昔には人は皆レンサーだったとする説、何らかの原因による突然変異、異種生物との交配。
諸説は様々だが、今現在確かにレンサーは存在している。

歴史上、彼らの能力はとても重宝された。
何もない所から火を起こし、水脈の在処を探し当て、天気を予測し聞こえないものを聞く。
彼らのそんな多種多様な能力は、生活の役に立ち、戦の役に立ち、人々の役に立ったからだ。
それは科学が爆発的に進歩した今でも変わらない。

そして極少数だが、地球にもレンサーは存在した。

⏰:08/02/23 00:51 📱:P903i 🆔:PHS6DFog


#4 [◆vzApYZDoz6]
地球人のレンサーについては、更に謎が多い。
能力を持つ人間自体が少ない上に、能力を自覚し発現できる人間も殆どいなかったので、地球の歴史にはレンサーに関するものは全く残されていない。

ディフェレスの歴史にも、地球人レンサーの記録は僅かしかない。
その僅かな記録に残る地球人レンサーの殆どは、ディフェレスの人間によって地球からやって来た。
故に呼び出した地球人レンサーの顛末は、ディフェレス側の記録に全て残っている。

だが、1人だけ後生の記録が残っていない地球人レンサーが居た。

⏰:08/02/23 01:04 📱:P903i 🆔:PHS6DFog


#5 [◆vzApYZDoz6]
その人は、最初にディフェレスに来た地球人。
ディフェレスがある危機に曝された時に現れて、ディフェレスを救ったと伝説史に名を残すレンサー。
性別はおろか本名すら分からないその人を、ディフェレスの人々は『ジオ』と呼称した。

ジオについて分かっている事は1つだけ。その身に保持する強力な能力。
自由に空間を創造する能力。そして、創造した空間や既存空間への『通行』を支配する能力。
能力を使われた人間は違う空間に飛ばされ、その世界から遭難する。キャストアウェイと名付けられたその能力。

現代の地球に、その伝説の力を持つ1人の女の子がいる。

⏰:08/02/23 01:20 📱:P903i 🆔:PHS6DFog


#6 [◆vzApYZDoz6]
ジオの出現により、ディフェレスは地球、地球人レンサー、そして地球人レンサーの持つ強力な能力の存在を同時に知る事になる。
危機を乗り越えた当時はジオと地球は神聖視されたが、平和になってしまえばそれを忘れるのが人間。
ディフェレスは地球人レンサーを探し、呼び出し、能力を本人の意思と関係無く様々に使った。

やがてそれでは飽き足らず、その能力を我が身に入れようとする者が出始めた。彼らはある研究機関を秘密裏に立ち上げ、地球人レンサーとその能力の研究を行った。
研究の結果、能力を司る遺伝子に地球人だけに見られる特殊な細胞が発見された。

⏰:08/02/23 01:28 📱:P903i 🆔:PHS6DFog


#7 [◆vzApYZDoz6]
そして、その細胞を遺伝子に組み込まれた1人の子供がいた。
子供はその身に保持する細胞により強力な能力を発現。
子供はある時、謀反を企てる。
過ぎた力が生む業火。研究者達はその業に焼き払われた。

青年になったその子供は、やがて世界を手に入れようと暗躍する。
彼…グラシアが持つ能力により戦力は着実に肥大していく中、彼は最後の仕上げに地球人レンサーの能力捕縛を目論見るが、それは成功せず彼は失脚する。

その際に捕縛対象になったある男女の高校生。
1人は、伝説の力を持つ女の子。
もう1人は、やがて訪れるだろう危機の元凶からディフェレスを救った男の子。

⏰:08/02/23 01:41 📱:P903i 🆔:PHS6DFog


#8 [◆vzApYZDoz6]
「…物体の落下速度は落下距離に比例して大きくなる。これを求める式として落下し始めてからの時間x秒と落下距離ymとの間に…ん?」

ここは歌箱市にある、特に何の変哲もない普通の高校の、数学の授業中の教室。
勿論、変哲のある普通じゃない高校なんてありはしないが、通う人や働く教師が普通とは限らない。
今授業を進める数学教師こそ、まさにその『普通じゃない』人間の1人。
彼は、半年前にディフェレスの存亡をかけて戦った者達の内の1人。
今ではこの高校で数学教師と3年1組の担任を務めている彼の、本当の名はバニッシ。
地球では内藤 篤史と名乗る、異世界の住人。

⏰:08/02/23 02:08 📱:P903i 🆔:PHS6DFog


#9 [◆vzApYZDoz6]
何事もなく平和に進む授業中の教室、その窓際の机に突っ伏して寝ている、1人の男子生徒がいた。

「Zzz……」
内藤「…また川上か。…えー、落下距離ymとの間におよそy=5xの2乗の関係がある。落下速度の変化を求めるにはこの関係をf(x)=5xの2乗の関数に…」

授業中にも拘わらず爆睡する男子生徒の名は、川上 京介。
その身に保持する強力な能力のお陰で、半年前にディフェレスの存亡に巻き込まれた地球人。
ディフェレスの危機の元凶を倒したレンサー。
今では自分の能力を自分で捨て去り平和に授業を受けている、2人目の『普通じゃない』人間。

⏰:08/02/23 02:22 📱:P903i 🆔:PHS6DFog


#10 [◆vzApYZDoz6]
半年前の因果もあり内藤は京介の卒業まで担任を務める予定だが、当の京介といえば最近は居眠りばかり。
本当に卒業できるのか謎だが、その因果のせいか内藤にはどうにも怒る気になれない。
3年が始まって最初の頃は隣の女子生徒が起こしてくれたが、あの様子ではもうそれも無さそうだ。

「Zzz…」
内藤「…えー、関係を使うんだが、今日は瞬間の値ではなくxが一定数変化する時の平均変化率を…なんたらかんたら」

女子生徒の名は浅香 藍。
京介と共に半年前の戦いに巻き込まれ、その身に宿す伝説の力のせいで誘拐までされた、3人目の『普通じゃない』人間。

⏰:08/02/23 02:36 📱:P903i 🆔:PHS6DFog


#11 [◆vzApYZDoz6]
藍も、半年前の戦いの後に自分で能力を放棄した。
今では男女として良い仲である京介と共に、学生として平和に授業を受けている。
最近は京介と一緒に居眠りばかりだが、やはり例の因果か内藤は藍も起こす気になれなかった。

内藤「全くあいつらは寝てばかりだな…」

京介はともかく、藍は寝てばかりいるが成績は無駄にいいので、何とも説教のし甲斐がない。
内藤は、もしかしたら地球滞在が1年延びるかもしれないな、とわりと本気で考えながら、微妙な表情で授業の終わりを告げるチャイムの音を聞いた。

⏰:08/02/23 02:54 📱:P903i 🆔:PHS6DFog


#12 [◆vzApYZDoz6]
陽もだいぶ西に傾いてきた時間。
高校の1階。独特の匂いが漂う保健室の奥のから、カチャカチャと陶器が擦れる音がする。
カップに飲み物を注いでいるのだろうか。やがて白い蒸気が音の出所からゆっくり上がり、辺りに広がる紅茶の香りが保健室の薬品臭を消し去った。
陶器の音が止む。
湯気が溢れる3つのティーカップを乗せたお盆を両手で持って、白衣を纏った1人の女性が奥から姿を見せた。

「本当に京介ちゃんと藍ちゃんは寝てばっかりなんだからね♪」

彼女はディフェレスの住人で、本名はアリサ。
地球では内藤 有紗と名乗る、4人目の『普通じゃない』人間。

⏰:08/02/24 03:05 📱:P903i 🆔:3QfaolFo


#13 [◆vzApYZDoz6]
有紗は半年前の戦いでは、母親を人質に取られていた為に京介らと敵対していた。
今ではすっかり内藤と仲睦まじく、半ば無断で地球に来て内藤と同棲生活を送っている。
ちなみに苗字は『内藤』だが、結婚はしていない。

有紗「寝るのはいいけど、もう少しバレないように寝たら?♪」

声のイントネーションが高いのは彼女の癖。
そのせいでどこか楽しそうに聞こえる独特の声を発しながら、保健室の片隅にあるテーブルにお盆を置く。
熱い紅茶が淹れられたカップを自分の席の前に1つ置き、もう2つを前の席に座る2人の前に置いて、有紗は席についた。

⏰:08/02/24 03:12 📱:P903i 🆔:3QfaolFo


#14 [◆vzApYZDoz6]
京介「どうも。…数学は寝るなっていう方が無理だよ」
藍「左に同じくです。紅茶、いただきますね」
有紗「どうぞー♪まぁ確かに数学はしんどいわねぇ♪」
京介「だろ?だから寝てるの」
藍「京ちゃんは数学以外でも寝てるじゃない」
京介「そりゃお前もだろ」

席に座り紅茶の入ったカップを啜るのは京介と藍。
2人は授業が全て終わった放課後にこの保健室で、怒る気のない内藤に代わって有紗に説教を受けていた。
これはほぼ毎日の事で、今では説教とは思えないような雑談になっている。
そのおかげもあってか、京介と藍、保険医である有紗の3は、実に仲が良かった。

⏰:08/02/24 03:14 📱:P903i 🆔:3QfaolFo


#15 [◆vzApYZDoz6]
有紗に関しては、この説教タイムの為に何故か3人分の紅茶と茶菓子まで持参するほど。
この説教と題した雑談は、内藤の業務が終わり有紗が帰る夕方6時頃まで続く。
放課後の3人での雑談は、殆んど日課のようになっていた。

有紗「藍ちゃんは寝てばっかりなわりに勉強できるわよねぇ♪家で勉強してるのかしら?♪」
藍「そんなにしてないですよ」
京介「右に同じく。あっ、ケーキ貰っとこ」
有紗「あら、言ってる事が藍ちゃんと一緒♪仲良いわねぇ♪」
京介「それはもう、愛のなせる技だよ」
愛「何言ってるのよもう!」
京介「サーセンw」
有紗「…本当に仲良いわね…♪」

⏰:08/02/24 03:17 📱:P903i 🆔:3QfaolFo


#16 [◆vzApYZDoz6]
雑談の最中に保健室のドアが開き、内藤が姿を現した。

有紗「お疲れさまー♪」

有紗が内藤に飛び付く。
内藤は特に避けようともせず腕に抱き付かれ、そのまま紅茶のカップと茶菓子を片付け始めた。

京介「…2人も負けず劣らず仲が良いと思うけど」
藍「そうよね」
内藤「いや一応お前らも教え子だし、俺もどうかと思うんだが…」
有紗「そんなのいいじゃない♪」

終始微妙な顔をする内藤がカップと茶菓子の片付けを終え、いつも通り解散する。

この時はまだ気付いていなかった。
半年前の戦いは、まだ終わっていない事に。
この平和な生活がもうすぐ終わる事に。

⏰:08/02/24 03:19 📱:P903i 🆔:3QfaolFo


#17 [◆vzApYZDoz6]
冷気が、道が、白い景色が、次々と流れていく。
ここはもう1つの世界、ディフェレス。その中の北国ローシャ。
それはマフラーの排気熱を纏い、吹き荒ぶ凍嵐を切り裂いて、雪煙を撒き散らし走っていた。

胸部と脚部の2つのコクピット。流線型の人形フォルム。漆黒に染められた巨大なアルミフレーム。
それは、合体した2台のバイクだった。

あの戦いから半年。
一度解散したメンバーが再び集う。
兄弟が駆る鉄の巨人は、双子の女剣士と諜報員を乗せて、かつての決戦地へ走っていた。

本来なら味方である1人の人間と、剣士が忘れてきた1本の刀を回収しに。

⏰:08/02/26 02:05 📱:P903i 🆔:i4wdI.cw


#18 [◆vzApYZDoz6]
ジェイト兄弟は半年の間に、バイクを大掛かりに改造した。
合体した状態では、胸部と脚部それぞれのコクピットは1人乗りだったが、装甲展開時に後部座席をコクピットに取り込むようにした。
結果、今の巨人は6人乗り。
胸部に兄弟の弟ジェイト・ブロック、双子の剣士シーナとリーザ、脚部には兄弟の兄ジェイト・フラット、ラスダン。
自動操縦を可能にしたおかげで、普通の移動ぐらいならば運転は不要になった。
兄弟は腕を組んでふんぞり返り、流れていく外の景色をボンヤリと眺めている。

こうして眺めていると、いつかの要塞は思ったより街に近い事に気付く。

⏰:08/02/26 03:15 📱:P903i 🆔:i4wdI.cw


#19 [◆vzApYZDoz6]
半年前の戦いの最終舞台となった要塞基地。
聳え立つ山々に囲まれたそこへ行くには、山の中腹にあるトンネルを通る他に道はない。
そのトンネル付近からは、靄に隠れながらも薄ぼんやりと近くにある街の全景が見えている。
バイクに翼でも付けて空から行けば早かったかな、等と栓の無い事を考えている内に、巨人はトンネルに入った。

フラット『もうすぐだな』
ブロック『うん…』

指向性の通信マイクでその会話を交わしたきり、通信はない。
5人全員がどこか複雑な気分を抱いたままで押し黙り、それでも巨人はその漆黒の体躯をトンネルの闇に同化させ、長い無機質にトンネルを走り続ける。

⏰:08/02/26 03:17 📱:P903i 🆔:i4wdI.cw


#20 [◆vzApYZDoz6]
やがて見えてきた出口の、小さな光。
それはすぐに全体に広がり、暗闇続きの視界を白ませる。
目が慣れてくる頃には、巨人の足は止まっていた。

周囲には切り立った山々が聳え立つ。
自然が作り出した盆地の中央に、人間の手によって作られた基地。
その基地の中央に構える要塞は、今はミサイルと爆弾により廃墟と化している。
春先とはいえ北国で、更に標高も低くはないそこは、まだ雪に覆われていた。

巨人がゆっくりと地に膝をつく。
胸部、脚部のコクピットの前面をカバーしていた装甲が前に開き階段状になる。そこから、5人が寒さに身震いしながらも降り立った。

⏰:08/02/26 03:19 📱:P903i 🆔:i4wdI.cw


#21 [◆vzApYZDoz6]
ブロック「…寒いな」
リーザ「寒いですね」
フラット「もうちょい厚着すりゃ良かったな」
シーナ「あら、冷暖房完備にしたからコートなんて要らねぇぜ!って言ったのは誰だったっけ?」
フラット「降りなきゃいけない事忘れてたんだよ…」
ラスダン「さ、早いとこ行こう」

ラスダンが肩を竦めながら、廃墟要塞へ無防備に歩き出す。
シーナとリーザも平然とそれに続くが、ここは元要塞。どこに敵がいるか分からない。

ブロック「おい、いきなり行くなよ。危ないだろ」
ラスダン「大丈夫、誰もいないよ。少なくともこの基地周辺はね」
ブロック「はっ?…あ、そういやそうだったか」

⏰:08/02/27 02:41 📱:P903i 🆔:gXUb2t3s


#22 [◆vzApYZDoz6]
ブロックが今更ながらラスダンの能力を思い出す。

その身に特殊な能力を保持するレンサー。
その能力は総称してレンサースキル、揶揄してスキルと呼ばれる。

ラスダンのスキルは『サイレントハッカー』。
特定した場所の様子を、頭の中で映像として見る事ができる。
遠い場所ほどノイズが掛かるが、目の前の生き物なんかなら胃の中身までも見る事が可能。
一定範囲内の全体視も可能で、ラスダンが頭の中で見ているこの基地の全景に、ここにいる5人以外の人影は無かった。
一応ブロックが胸部コクピットに戻り、動体感知器を確認するが、やはり敵は居なさそうだ。

⏰:08/02/27 02:42 📱:P903i 🆔:gXUb2t3s


#23 [◆vzApYZDoz6]
ラスダン「そう言う事。さ、早く行こう」

ラスダンが意地悪く笑いながら、再び歩を進める。
そもそもラスダンを連れてきたのは、そのスキルで探し物を見つけるためだ。
サイレントハッカーを使えば、瓦礫の中にある刀や人など容易に発見出来るだろう。
発見出来るだろうが。

ラスダン「クルサは…生きていないかな、さすがに」

ラスダンの表情が少し曇る。
クルサは半年前の戦いでグラシアに体を支配され、生きた人形とされていた。
最終的に支配は解けたが、ミサイルと爆弾で潰れる要塞の瓦礫からラスダンとハルキンを守るため、その身を犠牲にした男。

⏰:08/02/27 02:43 📱:P903i 🆔:gXUb2t3s


#24 [◆vzApYZDoz6]
クルサは、ラスダンの目の前で瓦礫に被われた。
普通に考えて生きてはいないだろうし、そこにあるのは悲惨に潰れた遺体だけだろう。
いや、半年も経っているのだから、既に肉は朽ち骨となっているかも知れない。
だが、身をはって助けてくれた人間をそのまま放置する事はできない。
せめて、手厚く葬ってやり、墓標の前で礼を言いたい。
恐らくハルキンも同じ気持ちで、探してこいと言ったのだろう。

ラスダン「…先に刀の方を探そう」

探し物は、恐らくすぐに見つけられる。
ラスダンは、感傷に浸っている今にクルサの遺体を直視すれば、泣きそうな気がした。

⏰:08/02/27 02:44 📱:P903i 🆔:gXUb2t3s


#25 [◆vzApYZDoz6]
シーナ「なんでよ?」
ラスダン「いいから」

気分的に何と無くだが、泣いてる所は見られたくなかった。
シーナはそれを分かっているかのように、ふふっ、と鼻で笑う。

シーナ「全く変なとこで臍曲がりねー」
ラスダン「いいからさ。どこに落としたの?」
シーナ「あれは確かハル兄弟と戦った時だったから…右側手前の連絡通路じゃないかな」

シーナが記憶の糸を辿る。
ハル・ラインに心臓を貫かれ、普通なら死ぬ場面。
ほとんど自分の意思とは関係なく立ち上がり、自分の限界を越えた能力で傷は癒え、いつの間にか手に握っていた刀は血を吸い染まっていた。
あれは一体何だったのだろうか。

⏰:08/02/27 02:45 📱:P903i 🆔:gXUb2t3s


#26 [◆vzApYZDoz6]
ただ、自分の姉であるリーザは、この半年間ずっと同じ事を言っていた。
忘れた刀を早く取りに行こう、と。

シーナ「ま、いっか」

刀が手元に戻ってきたら姉に聞いてみよう。
そう考えた所で刀を忘れたと思しき場所に着いたので、さっさと思考を打ち切った。

連絡通路は1階にある。上に屋根も無いので、瓦礫はあまり積もっていなかった。

フラット「瓦礫で潰れてるんじゃ…とか思ってたけど、大丈夫っぽいな」
シーナ「まぁ、潰れてても打ち直すし大丈夫よ」
リーザ「…瓦礫があったとしても潰れてない筈ですよ」

リーザが呟いた言葉の意味を、シーナはその時はまだ理解できなかった。

⏰:08/02/27 02:46 📱:P903i 🆔:gXUb2t3s


#27 [◆vzApYZDoz6]
ラスダンが目を閉じて、頭の中で瓦礫の奥を探る。
シーナとリーザはその様子を黙って見つめ、ジェイト兄弟は興味無さげに明後日のほうを向いていた。

5分程経っただろうか。
ラスダンは相変わらず目を閉じたままで、何も言わない。それどころか、眉根を寄せて口をへの字に結び、どんどん表情が険しくなっている。
やがて浅く長い溜め息吐き、頭を掻きながらゆっくりと瞼を上げた。

ラスダン「駄目だ」
シーナ「へ?」
ラスダン「いくら探しても刀が見つからない」

ラスダンは言いながら手を前にかざし、ノートパソコンを具現化。
キーボードを少し叩き、2人に見せるように画面を向けた。

⏰:08/02/27 02:47 📱:P903i 🆔:gXUb2t3s


#28 [◆vzApYZDoz6]
画面に写っていたのは瓦礫の内部。
だが一部分だけ、円形に切り取ったようにぽっかりと瓦礫が無い。
そしてその周りに積もる瓦礫も、一部分だけ同様に瓦礫が無い。
まるで円形の部分から瓦礫を砕いて脱出したかのように、瓦礫の無い部分が一筋の道となって続いていた。
そして何より、円形の部分の中央に、どす黒く変色し固まった血溜まりがある。シーナはすぐにそこがどこか分かり、隣のリーザと顔を見合わせた。

画面に写されているそこは、シーナとハル・ラインが戦った場所。
刀を忘れてきた場所。
その映像が示す事。
刀は、誰かによって持ち去られた可能性がある、という事。

⏰:08/02/27 02:48 📱:P903i 🆔:gXUb2t3s


#29 [◆vzApYZDoz6]
ラスダン「どう思う、これ?」
シーナ「さぁ…でも刀が勝手に動くわけないしね…」
リーザ「…あの刀が人の手に渡ったら不味いわ」
シーナ「…お姉ちゃん、何か隠してない?」

シーナの刀。それは昔リーザから譲り受けたもの。
だがリーザがその刀を振るっていた姿は、シーナは見たことがない。
そしてシーナも、その刀を使ったのは半年前の戦いが初めて。
元々性能は抜群だったが、リーザからは大事に保管しておいてと言われたからだ。
あの刀は、血を吸っていた。血を吸って強くなっていた。

なぜ、大事に保管すべき刀を、血を吸い上げる得体の知れない刀を、シーナに渡したのか。

⏰:08/02/27 02:48 📱:P903i 🆔:gXUb2t3s


#30 [◆vzApYZDoz6]
シーナ「あの刀…一体何なの?そう言えば銘も無かったわね」
リーザ「……」

リーザは答えず、パソコンの画面を睨んだまま、顎に手を当てている。
顔は少し青ざめている。
その様子を見て話したがっていないと思ったのか、ラスダンがノートパソコンを閉じて口を割った。

ラスダン「とりあえず話は後。まだクルサも探さなきゃいけないしね」

そう言って歩き出す。ジェイト兄弟も同様に、クルサが埋まっている地点へ向かう。
そこへ着くまで、リーザは終始押し黙ったまま。
それは、後に来るかもしれない災いを否定する、隠蔽ための沈黙だった。

⏰:08/02/27 02:55 📱:P903i 🆔:gXUb2t3s


#31 [◆vzApYZDoz6]
1階ロビー跡付近に到着し、ラスダンが再び目を閉じる。
さっきの連絡通路とは違い、ここは瓦礫だらけ。
探すのにも一手間いるし、見つけて瓦礫を掘り起こすのは大手間だろう。
それを考えてか、ジェイト兄弟がバイクを取りに戻っていった。

5分経った。ジェイト兄弟が巨人を走らせ戻ってきたが、ラスダンは依然目を閉じたまま。
更に5分。ラスダンはやはり目を開けない。それどころか、顔はどんどん険しくなる。
刀を探していた時と同じだ。
やがてラスダンがゆっくりと瞼を上げる。
まさかいないのでは、と誰もが抱いた思考は、的中した。

ラスダン「…駄目だ、見当たらない…」

⏰:08/02/28 05:08 📱:P903i 🆔:cgwrsj8w


#32 [◆vzApYZDoz6]
ジェイト兄弟が巨人で瓦礫を吹き飛ばしても無駄だろう。
万が一クルサが居たら、と考えても主砲一発は使えないし、何よりラスダンの能力なら目の前の瓦礫の大部分を透視できる。
クルサがそこに居ないのは間違いない。
問題は、なぜクルサ、そして刀が無いのか、という点。

シーナ「クルサが刀を持ってどっか行った、とか?」
ブロック「まさか。瓦礫の山に飲まれたんだぜ、普通動けないだろ」
フラット「と言うことは…誰かが何かの目的でクルサと刀を持ち去った。とか…」

その仮説が成り立つとすれば、持ち去ったのは一体誰なのか。
5人が揃って瓦礫を見上げた。

⏰:08/02/28 05:09 📱:P903i 🆔:cgwrsj8w


#33 [◆vzApYZDoz6]
目の前の瓦礫は、元は要塞。
半年前の戦いで敗れたグラシアが何処かから発射させたミサイルによって崩壊した。
今の今まで考えていなかったがそもそもあのミサイルは一体何処から発射されたのか。
いや、考えた者ならいるかもしれないが、ただ発射用の基地があっだけたと思ったのだろうし、それが妥当だ。

しかし、この要塞に似た施設が幾つもあるのかもしれない。ミサイルを発射したのはその施設の1つかもしれない。
その可能性は高かった。グラシアは世界征服を企んでいた。本拠要塞1つで済む組織な訳がない。
同じような要塞なり研究所なりが存在しても、全くおかしくない。

⏰:08/02/28 05:10 📱:P903i 🆔:cgwrsj8w


#34 [◆vzApYZDoz6]
組織というのは、大きければ大きいほど潰れにくい。
小さな組織であれば命令系統さえ潰せば瓦解するが、大組織となると違う。
命令系統が無くなっても、必ずその代わりを為す者が決められている。
そして代わりの者は普段の活動では表側に顔を出さない。
グラシアのミサイル発射は、命令系統である司令官変更の引き金。
それはつまり、グラシアが倒された事は他の仲間と、ラスダン達が知らない新たな組織の司令官に、既に知れている、という事。

シーナ「奴らの仲間…?だとしても、クルサや刀を持ち去る必要は無いんじゃない?」
ラスダン「……もう1つ、気になる事があるんだけど」

⏰:08/02/28 05:12 📱:P903i 🆔:cgwrsj8w


#35 [◆vzApYZDoz6]
ラスダンが眉を潜め、瓦礫を見上げて呟く。

ラスダン「……グラシアも見当たらないんだ」

全員が、絶句する。
屋上で藍を撃ち殺そうとしたところを京介に体当たりで阻止されたグラシアは、その勢いで屋上のフェンスを破って落下した。
要塞内部の爆発とミサイルがその直後にあったので、誰も彼の生死を確認していない。
彼はダメージを負った上に7階建て要塞の屋上から落下したのだ。普通なら確認しなくとも死んでいるだろう。

だが、もし生きていたら。

彼は当然仲間を呼んで、体を治療し傷を癒す。
そして自分を殺そうとした者達に、いつか必ず報復を実行するだろう。

⏰:08/02/28 05:13 📱:P903i 🆔:cgwrsj8w


#36 [◆vzApYZDoz6]
彼もレンサーで、支配者と呼ばれる階級を持っている。
支配者のスキルは、身体強化が自動で付加される。
グラシアが生きている可能性は低くなかった。

要塞には数え切れない程の監視カメラがあった。
グラシアがシーナとハル・ラインの戦いを見ていたら、忘れていった刀を持ち帰り、その特殊な力を研究する。

クルサが奇跡的に生きていたら。
恐らく仲間達に捕まり、またグラシアに支配され利用される。
もしかしたら、見せしめに殺されるかもしれない。

ラスダンが、脳裏に浮かんだ嫌な想像を必死に振り払う。
だが、漠然としたは不安感はどうしても消えなかった。

⏰:08/02/28 05:14 📱:P903i 🆔:cgwrsj8w


#37 [◆vzApYZDoz6]
ラスダン「…とりあえず戻ろう。会長に報告しないと」

会長というのは、グラシアが司令官の組織『ウォルサー』に対抗すべく生まれた組織『バウンサー』の司令官、ハルキンの事。

ハルキンは地球人レンサーの研究所でグラシアと共に地球人の細胞を組み込まれた人間。
ハルキンは強い能力を発現できず、失敗作として処分された。
しかし死にはしなかった。
そしてバウンサーでは、グラシアを唯一知る事と努力した末開花した強さで、絶大な信頼を得ていた。
ラスダンは彼なら何とかする、と確信を持っていた。

ハルキンが今、その心を揺れ動かされる人と相対している事など知らずに。

⏰:08/02/28 05:15 📱:P903i 🆔:cgwrsj8w


#38 [◆vzApYZDoz6]

時間は少し遡り、ちょうどラスダンらが要塞跡地に到着した頃。
ハルキンは左手に花束を持ち、愛犬のスティーブを連れて散歩に出ていた。

着いたのはバウンサー本部から少し離れた、丘の上。
若々しい草が茂る広大な土地に、様々な墓標が数え切れない程並んでいた。
その中の一ヵ所に、同じ形をした墓標が幾らかある。
花束から花を1本抜いて、その墓標の前に添えていく。
やがて一通りその作業を終えて、墓地から外れた丘の一番高い場所へ歩いていった。
その高台から見える景色は、密かにハルキンのお気に入り。
近くにあった木の側に腰をおろし、もたれ掛かって目を瞑る。

⏰:08/03/01 00:06 📱:P903i 🆔:F11dzLbg


#39 [◆vzApYZDoz6]
目を閉じたまま上を見上げ、視覚以外で自然を感じる。
澄んだ空気。時折聞こえる鳥の囀り。心地好い風。それに呼応する木々のざわめき。
目を開ければ、もたれ掛かっている木の葉の木漏れ日が目に染みる。
高台から眼下を見渡せば、悠然と、だが美しく聳え立つ山々に彩られた鮮やかな緑が目に入る。
これがもし地球ならなかなかの癒しスポットだろう。
日常の喧騒から隔絶された空間は、時間が止まってるようにすら感じた。

ハルキン「…ここに来たのも久しぶりだな」

先程花を添えた墓標は、昔の仲間達。
少年期に過ごした研究所から共に逃げ出した失敗作。

⏰:08/03/01 00:07 📱:P903i 🆔:F11dzLbg


#40 [◆vzApYZDoz6]
連れ去られた時の事はあまり憶えていない。
だが、そのお陰で人生が狂ったのは忘れない。
無理やり訓練を受けさせられ、勝手に手術を施されて他人の細胞を組み込まれ、その果てに出来上がった自分は失敗作。
強者になれなかったレンサーたち。

ハルキン「7人いたな…俺と似たような落ちこぼれが。だから力を合わせて逃げたんだ」

こればっかりは忘れられない。
処分されると聞いて、密かに立てた脱出計画。苦労して確保した脱出経路。
逃げる途中で捕まった仲間。
必死に走る背後で撃ち殺された仲間。
最後まで残ったハルキンともう1人、ハルキンより少し年上の少女。

⏰:08/03/01 00:09 📱:P903i 🆔:F11dzLbg


#41 [◆vzApYZDoz6]
もう少しで逃げられる、というところでハルキンを海に突き落とした少女。
人生で最初にハルキンを裏切った人。その直後に追手に撃たれて死んだ人。
一緒に逃げる、という約束を破った人。

ハルキン「生きていたら俺の嫁さんにでも…なってないかな」

あまり思い出したくない思い出だ。
無理やり振り払って、再び景色を眺めた。
最近は思い出すことも無かったのに急に思い出したのは何故か。
長いこと墓標に訪れなかった自分に対する、仲間達の悪戯だろうか。

ハルキン「…さっさと帰るか」

また来るから夢には出てくんなよ、と心の中で呟きながら、ゆっくりと立ち上がった。

⏰:08/03/01 00:10 📱:P903i 🆔:F11dzLbg


#42 [◆vzApYZDoz6]
伸びをして隣に目をやる。
犬と言うにはあまりに大きすぎる愛犬スティーブが、気持ち良さそうに眠っていた。
体毛は全身薄い紫。気が立っている訳でもないのに普段から少し逆立っている。
体長はハルキンより遥かに大きく、足を折って寝ているというのに背中の位置がハルキンより高い。
もはやそれは犬というより毛皮を纏った恐竜だが、寝ている表情は何とも犬らしい。
起こすのも可哀想かな、と思いハルキンが再び座ろうとした、その時。

スティーブが弾かれるように飛び起きた。
姿勢を低くしていっそう毛を逆立たせ、ハルキンを挟んだ向こう側を睨み付ける。

⏰:08/03/01 00:11 📱:P903i 🆔:F11dzLbg


#43 [◆vzApYZDoz6]
ハルキン「どうした?」

ハルキンがスティーブに向き合う。低い唸り声を上げるその表情は、まさに野生の獣。
その巨体も相まって、普通の人間なら一目散に逃げ出しそうな恐ろしい雰囲気を放ちながら、頻りに何かを睨んでいた。

しかし、睨まれている何かは逃げなかった。
そして、スティーブの視線をハルキンが辿る前に、静かに口を開いた。

「…元気にしているようだな、ハルキン・イリサウス」

高く透き通った、だがしかし芯のあるしっかりとした声。
そして不意に呼ばれた自分のフルネーム。
驚いて振り返ると、少し離れた木の影に、声の主が立っていた。

⏰:08/03/01 00:13 📱:P903i 🆔:F11dzLbg


#44 [◆vzApYZDoz6]
体に脹らみのある、女性的なシルエット。
顔は陰になってよく見えないが、そのシルエットは自分の事を、知る人は少ないフルネームで呼んだ。

ハルキンはまだ物心がつくかつかないかという頃に、事故で両親を無くした。
身寄りも無かったために孤児院に預けられ、そしてすぐに研究所に連れていかれた。
孤児院の人は自分のフルネームは知らない。研究所の人間は研究者も集められた子供も殺された。
今生きている者で自分のフルネームを知る者は、せいぜい内藤ぐらいだ。その内藤は今、地球にいる。
つまり、ディフェレスに自分のフルネームを知る人間は、1人としていない筈だ。

⏰:08/03/01 00:14 📱:P903i 🆔:F11dzLbg


#45 [◆vzApYZDoz6]
もはや最後に口にしたのはいつか思い出せないフルネームだが、昔は確かに知る者はいた。
今生きている者以外でフルネームを知っているとすれば――

ハルキン(――7人の失敗作?いや、確かに死んだ筈だ。だがこの懐かしさは…)
「…どうした?声を聞かせてくれ」

そう言って陰から出てきた女は、初めて見る顔だった。
だが、その顔に懐かしさがこみ上げてくる。
その容姿が、忘れずにいた記憶に訴えかけてくる。

その女の髪は青かった。否、それは黒すぎる黒髪。
あまりに黒く美しいストレートヘアーは、黒すぎて青く見えた。

⏰:08/03/01 00:16 📱:P903i 🆔:F11dzLbg


#46 [◆vzApYZDoz6]
そして、細身ではあるが1流アスリートのように鍛え上げられた無駄のない身体。
もし生きていれば、目の前の女に似て、尚且つ自分のフルネームを知る者を、ハルキンはたった1人だけ知っている。

ハルキン「……セリナ…?」
セリナ「憶えていてくれたか。大きくなったな…って私が言うのも変か」

セリナが人差し指で頬を掻きながら小さく笑う。
その動作も、小さな笑い声も、昔研究所で共に過ごしたあの少女を連想させた。

ハルキン「…いや違う。セリナ・リアリエト・ミルヴァーナは、間違いなく俺の目の前で撃たれて死んだ…俺は疲れているのか?それともまた死んだ仲間の悪戯か?」

⏰:08/03/01 00:16 📱:P903i 🆔:F11dzLbg


#47 [◆vzApYZDoz6]
セリナ「撃たれたさ。撃たれたけど、死にはしなかった。実験と訓練のせいか、紙一重で急所を避けてしまったから…」

そう言ってセリナは着ている服のボタンを外した。
はだけた胸にいくつか傷痕がある。心臓のそば、気管支や肺の隙間。
恐らく身体中にあるであろうその傷は、確かに銃による物にも見えた。

ハルキン「急所を避けて『しまった』…?」
セリナ「そう。生き延びてしまった。だがこうしてまた会えたのは幸運なのかもな。…会わない方が、良いのだろうけど」

つい数分前に昔の事、彼女の事を思い出したのは、仲間の悪戯ではなく仲間の予兆だったのか。

⏰:08/03/01 00:18 📱:P903i 🆔:F11dzLbg


#48 [◆vzApYZDoz6]
ハルキンにとっては、この再会は嬉しかった。
しかし、さっきまで晴れていた空が雨を降らせた。
それは幸運ではない。そう天が言ってるかのように。

ハルキン「…本当に…セリナなのか?」
セリナ「うん?もう昔みたいに呼んではくれないのか?」
ハルキン「この歳で『セリナお姉ちゃん』は恥ずかしいからな。…生きていたのは良かったが、なぜ会いに?」
セリナ「良かった、か…そうでもないがな。…お前に謝りたかった」
ハルキン「謝りたかった?」
セリナ「お前を海に突き落とした。あの冷たいローシャの海に、な。…私はお前を裏切ったんだ。死んだと思っていた…ごめんな、ハルキン」

⏰:08/03/03 04:43 📱:P903i 🆔:zBYy/l0.


#49 [◆vzApYZDoz6]
そんな事か。
なぜあの時自分を突き落としたのか、そんな事もうとっくに分かっている。
あの時海に逃がしてもらえなければ、撃たれて死んでいたのは自分だろうから。

そして、目の前の女性はやはり本物のセリナだ。
ハルキンが知る『セリナお姉ちゃん』なら、どんな理由があるにせよハルキンを海に突き落とした事をすごく悔いていた筈だから。
十数年ぶりに出会った彼女は、連れられた研究所で優しくしてくれたセリナのままだった。

ハルキン「…よせよ。俺を助けるためにやったんだろう?恨んじゃいないさ、むしろ感謝している」

⏰:08/03/05 03:38 📱:P903i 🆔:/Un8CKCQ


#50 [◆vzApYZDoz6]
セリナ「だけど、お前は私と逃げたかったんだろう?一緒に逃げて、どこか静かなところでお姉ちゃんと2人で平和に暮らすんだ、と幼いお前は言っていた」
ハルキン「……よしてくれ、恥ずかしい」

確かにそうしたいと本気で思っていたし、口に出して言った記憶もある。
だからこそ、自分を助けるためだと分かっていても、突き落とされた事に裏切られた感があったのも事実だ。
一緒に居たのは研究所で過ごした時だけの短い期間だったが、セリナは他の誰よりも自分を理解してくれているのだろう。

2人の様子を見ていたスティーブが警戒を解き、雨に濡れた体を豪快に身震いさせた。

⏰:08/03/05 03:39 📱:P903i 🆔:/Un8CKCQ


#51 [◆vzApYZDoz6]
セリナ「…そいつは?」
ハルキン「犬だ。でかいのは…まぁ気にするな」
セリナ「…そうか」

スティーブが前屈みの姿勢から後ろ足を折り、寝そべって前足に顔を乗せる。
なんとも眠たそうな目をしながら、ハルキンにそっぽを向いた。
犬なりに空気を読んで早く話を終わらせろと言ってるだけなのか、セリナは敵ではないと判断したのか。
どちらにしろハルキンは、スティーブの態度に応えられそうにもない。
ハルキンとしても、セリナが純粋に会いに来てくれただけならどれ程良かったことか。
恐らく、そうはいかない。そう分かっていても、今のハルキンには問うぐらいしかできなかった。

⏰:08/03/05 03:39 📱:P903i 🆔:/Un8CKCQ


#52 [◆vzApYZDoz6]
ハルキン「まさかそれを言うためだけにわざわざ?」
セリナ「それなら良かったがな。分かるだろう、あの後私がどう生き延びて、なぜここに居るかが」
ハルキン「…十中八九、研究所の奴らに治療されたんだろうな。その後はあまり考えたくはないが、そういう訳にもいかんか?」
セリナ「いかないよ。私はきっと、お前の敵だから…」

悲しそうに微笑むセリナは、おそらくあの時に研究所の連中に治療され、道具として使われたのだろう。
だが、あの研究所の連中はグラシアが全滅させた筈だ。
もしグラシアに拾われていたのだとしても、そのグラシアも半年前に京介らの手によって倒された。

⏰:08/03/05 03:40 📱:P903i 🆔:/Un8CKCQ


#53 [◆vzApYZDoz6]
それならば、少なくとも自由ではあるはずだ。

セリナ「それは違う。お前達はグラシアを倒したつもりだろうが、奴は死んでいない。ウォルサーも生きている」
ハルキン「あいつとウォルサーが生きている?」
セリナ「ああ、奴も治療されたんだ。私と傾向は違うがね。ウォルサーの方は、新たな司令官が着任した事で統制が執れている」
ハルキン「しぶといな、連中も。何とも面倒だ奴らだ」
セリナ「気を付けろ。理由は知らんが、新着の司令官もスキル収集に着手している。地球へ帰った2人も諦めていない」

セリナが言うには、新しい司令官はグラシア以上にスキルに執着しているらしい。

⏰:08/03/05 03:41 📱:P903i 🆔:/Un8CKCQ


#54 [◆vzApYZDoz6]
そもそもグラシアの目的は世界征服で、スキル収集はその為の手段に過ぎなかった。
だが新着の司令官は、むしろスキルの収集に目的があるらしい。
司令官の情報は分からない。今までグラシア以外には顔を出していなかったらしく、何を求めてスキル収集を行うかは分からない。

そして、司令官はグラシアと京介らの戦いも見ていた。
京介と藍の強力なスキルや、心臓を貫かれて回復したシーナの異常に強い回復スキル、内藤や有紗らパンデモ一族のスキルなどを狙っている。
それどころか、地球にごく僅かに存在する、ハルキン達が知らない他のレンサーも狙っているらしい。

⏰:08/03/05 03:42 📱:P903i 🆔:/Un8CKCQ


#55 [◆vzApYZDoz6]
更にはディフェレス。
パンデモ一族のスキル『ライフアンドデス』は他人のスキルを使う事ができる。
パンデモ一族はより使えるスキルを増やすため、20歳になるとスキル収集のためにディフェレス各地へ旅をする。
その為、パンデモにはディフェレス中の様々なスキルが集まっている、と言っても過言ではない。
司令官は、その様々なスキルを狙っている。事実上、パンデモの集落をまるごと狙っていると言ってもいい。

もし、ディフェレスや地球でそれらが現実となれば、一体どうなるのか。
地球の京介と藍は、自分で消去したスキルを復活させるために人体実験を繰り返されるだろう。

⏰:08/03/05 03:42 📱:P903i 🆔:/Un8CKCQ


#56 [◆vzApYZDoz6]
ディフェレスでは、シーナの強力な回復力は滅多に見られない。テストと称して何度も切り刻まれるだろう。
何も知らないパンデモはあっという間に占拠され、スキルを奪われる。奪われてしまえば用済みだ。

ハルキン「…させるわけにはいかんな」
セリナ「そうだろう。既に地球やパンデモに何人かのエージェントが送られている。気を付けろ、私もいつかは牙を剥くぞ」
ハルキン「…分からないな。そんなことを俺に教えるなら、既に組織を裏切っているだろう。なぜウォルサーに居続ける?」
セリナ「…あの時お前を裏切った私は、もうお前の傍にはいられない。そういう運命なんだ」

⏰:08/03/05 03:43 📱:P903i 🆔:/Un8CKCQ


#57 [◆vzApYZDoz6]
ハルキン「……俺は裏切られたとは思っていない」
セリナ「…お前は、いい子だ。どうかお前は、そのままでいてくれ」

セリナが目を伏せて、雨降る丘を下りはじめた。

ハルキン「…行くのか?」
セリナ「これ以上勝手に動くと怪しまれるし…行かねばならない理由もある」
ハルキン「行かせない、と言ったら?」

2人の視線が交錯する。
身構えはせず、目だけで訴える。力ずくでも行かせない、と。
セリナは全て分かっているかのように、悲しいような、嬉しいような、怒っているような、複雑な目をしていた。

セリナ「…行かせてくれ、とお願いする」
ハルキン「…………」
セリナ「…………」

交錯する視線は揺るがない。

⏰:08/03/09 00:48 📱:P903i 🆔:IRJGZ9R2


#58 [◆vzApYZDoz6]
耳に入るのは、降り頻る雨のノイズだけ。
まるで2人をこの世界から切り離すかのように、雨が2人を濡らした。
時間が止まったのかと錯覚するほど、静かに、瞬き1つせず互いが互いを見つめていた。

その最中、視線はセリナに向けたまま、ハルキンの中で過去の記憶が甦る。
逃げ出したあの日も、こんな雨が降っていた気がする。

先に視線を外したのは、ハルキンだった。
セリナは目を伏せて、苦い表情でうつ向くハルキンを尻目に丘を下りていく。
その間、2人の視線は1度も交わらなかった。

セリナと決別したあの日も、こんな雨が降っていた気がする。

⏰:08/03/10 19:14 📱:P903i 🆔:tHds.fh2


#59 [◆vzApYZDoz6]
スティーブが再び身震いする。
スティーブが撒き散らす水飛沫が、既に濡れているハルキンをさらに濡らした。

ハルキン「…寒い、な…」

小さく呟いたそれは、肉体的な意味だけではない。
それでもスティーブはその巨体を摺り寄せて、鼻で小さく鳴いた。
ハルキンはスティーブの頭を撫でてやり、歩き出す。

春先の雨だが、ひどく冷たく感じる。
そう感じる事と、先程のセリナとのやり取りとは、決して無関係ではないだろう。
ならばせめて、自分の仲間がいるあの暖かい場所に居たい。
ハルキンは濡れた髪をかきあげ、スティーブを連れて丘を下りていった。

⏰:08/03/10 19:15 📱:P903i 🆔:tHds.fh2


#60 [◆vzApYZDoz6]


場面は戻り、要塞跡地。
刀とグラシアが消失した件とその見解を、本部に戻りハルキンに報告する。
その提案で、5人はジェイト兄弟のバイクの元に戻ろうとしていた。

ラスダン「…待って!」

だがその歩みは、戻ろうと言い出したラスダンの一声によって止められる。
他の4人は一瞬意味を考えたが、それは広域レーダーにもなるスキルを持つラスダンの言葉。
容易に解答を得て、シーナとリーザは身構え、ジェイト兄弟はバイクに向かって走った。

ラスダンが視ていたのは、1台の乗り物とそれに乗る2人の人間。
それらは既に、基地の入口であるトンネルの中を走ってきていた。

⏰:08/03/10 19:18 📱:P903i 🆔:tHds.fh2


#61 [◆vzApYZDoz6]
ジェイト兄弟が巨人に乗り込み、ハンドルソケットに手を入れる。
シーナとリーザは剣袋から持ってきた刀を取り出し、腰に据える。
恐らく敵であろう者の襲撃に備えて、5人は完全な臨戦態勢に入った。

次第にトンネルから聞こえてくる爆音。
その音はジェイト兄弟の駆る巨人のジェットエンジン音と酷似している。

やがてトンネルから出てきたのは、純白のバイクだった。
バイクと呼ぶには大きすぎるフォルム。流線形のそれが展開し、装甲が運転席を完全にカバーする。
続いて前面にせり出す、青い光を湛える2つのカメラアイ。
その姿はまさに、2輪の白狐と言うに相応しい。

⏰:08/03/13 22:50 📱:P903i 🆔:O1YrPz6M


#62 [◆vzApYZDoz6]
ブロック「バイクにガスタービンエンジンなんて搭載するアホは俺達以外にはいないと思ってたんだけどなぁ」
フラット「ベースバイクはY2Kか?俺達はスカイウェイブだっつーのに…どこぞの金持ち技術オタク、って訳じゃ無いよな、流石に」

白狐が、トンネルからこちらへゆっくりと走ってきた。
やがて数メートルの距離を開けて相対し、巨人の文字通りのヘッドライトと白狐のカメラアイが睨み合う。
そこで初めて、白狐の背に運転手とは別の人間がしがみついている事に気が付いた。
白狐から飛び降りたその男の左手には、シーナとリーザには見覚えのある刀が握られている。

⏰:08/03/13 22:50 📱:P903i 🆔:O1YrPz6M


#63 [◆vzApYZDoz6]
シーナ「…その刀、なんであなたが持ってるのかしら?」
「譲ってもらったのさ。この刀を拾った奴からな」
シーナ「そう。その刀は私のものなんだけど」
「……お前はこの刀が何か知っているのか?」

男が鞘から刀を抜き、歩いてくる。
シーナもそれに倣って、刀に手を掛けた。
たがしかし。

「この刀は君のようなお嬢さんには危険だ」

体が動かない。
呼吸は出来るし、視線も動かせるが、それ以外のパーツが脳の指令を聞いていないように動かない。
男が、シーナの少し前で構えるリーザの横を通り過ぎる。
リーザも動かないあたり、シーナと同じ状況なのだろう。

⏰:08/03/13 22:52 📱:P903i 🆔:O1YrPz6M


#64 [◆vzApYZDoz6]
やがてシーナの目の前まで迫り、切っ先を首に突き付けた。

「さて…ここでお前を殺すこともできるが」
シーナ「…!」

薄皮が浅く裂け、シーナの首から血が滲み出る。
相変わらず体が動かないシーナは睨み付ける事しかできなかった。
男は冷ややかに鼻で笑い、刀を握る手に少しばかりの力を入れる。

「威勢はいいけどな。まぁ…縁が無かった、とでも…」
ブロック「おっと、ソロッと動くなよ」
フラット「切ったら斬るぜ?」

巨人がいつの間にか出していた両刃剣の刀身を、男の後頭部に突き付ける。

「おっと」

飄々とした男の声と同時に、微かに響く駆動音と無線音声。

『…動くな』

⏰:08/03/13 22:55 📱:P903i 🆔:O1YrPz6M


#65 [◆vzApYZDoz6]
兄弟が目だけ前にやる。
白狐の後部装甲から2対6門の機関銃がせり出していた。
左側の3門が巨人を、右側の3門がシーナとリーザとラスダンを、既に捉えている。
シーナに刀を突き付けた男に気を取られた、その刹那の間にバルカン砲を出した早さ。
バイクの性能以上に、操縦者の腕の高さが窺い知れた。
再び機械音声が響く。

『落ち着きたまえ。私達は君達を殺す目的で来た訳じゃない』

恐らく白狐のコクピットから外部スピーカーを使って話しているのだろう。
だが目の前の男が刀を突きつけているのに、殺す目的じゃないと言われてもにわかには信じ難い。

⏰:08/03/16 02:46 📱:P903i 🆔:qJhRwrcU


#66 [◆vzApYZDoz6]
『まぁ、とにかく下がるんだ』

君達が私達を信じられないのは分かる。
そう言いながら、操縦者がバイクから降りてきた。
戦闘の意思はない。そう示すかのように。

バイクから降りた操縦者は、一言で言って気高い印象を受けた。
すらりとした体型で、身長は高め。切れ長の目に鼻筋が通った、整った顔立ち。
左頬には星のペイントをしている。風に靡く金髪の長いストレートが、辺りの雪景色によく映えた。

刀を突き付けていた男も渋々退いた。と同時に、シーナ達の体に自由が戻る。
男は睨み付けるシーナを無視して刀を鞘に納め、操縦者の元へ歩いていく。

⏰:08/03/16 02:46 📱:P903i 🆔:qJhRwrcU


#67 [◆vzApYZDoz6]
「さて…一応自己紹介でもしておこうか。私の名はフォックス、といってもコードネームだがね」

見た目通りに気高い声で話す白狐の操縦者、フォックス。
その横で刀を持つ男がイライラした様子で腕を組んでいた。
フォックスと違いガッチリとした体格で、なかなか威圧感のある風貌を保っていた。

フオックス「彼はオリオット、同じくコードネームだ。さて…先刻は済まなかったね」

フォックスがさらに1歩前に出る。
あまりに無防備なフォックスを警戒し、ジェイト兄弟はハンドルを握る力を強めた。
しかしふと思い直す。相手は得物であるバイクを降りて無防備だ。

⏰:08/03/16 02:47 📱:P903i 🆔:qJhRwrcU


#68 [◆vzApYZDoz6]
そんな相手に対して、なぜこうも警戒しなければいけないのか。
こういう時はビビった方が負け。ジェイト兄弟は、今まで幾度も戦ってきた経験でそれを知っている。
力を抜き、2人同時に巨人から降りて歩き出す。
他の3人も慌ててそれに倣った。

フォックス「いい度胸だ。それでこそバイク乗り、というものだ」
ブロック「そりゃどーも。伊達に場数は踏んでないからな」
フォックス「これは君達のバイクかい?まさかリリィ以外に連動可変フレームシステムを取り込んだバイクが存在するとは…」
フラット「リリィ?」

フォックス「正式名称リリィ・ザ・スターフォックス。私の駆る、白い狐だ」

⏰:08/03/16 02:48 📱:P903i 🆔:qJhRwrcU


#69 [◆vzApYZDoz6]
ブロック「なるほど?それでコードネーム・フォックス、か」
フォックス「ご名答。…フォルムは人形か。なかなか素晴らしいものがあるが…試させてもらいたい」
フラット「…!?」
フォックス「リリィ!!」

フォックスがジェイト兄弟と向き合ったまま叫ぶ。
と同時に僅かな駆動音がした。

シーナ「まさか…」

僅かな駆動音は、すぐさまリリィが構える機関銃の回転音に変わる。
照準は5人に向けられて、高速回転する弾創から銃弾が発射された。

リーザ「まずいっ…!」

普通の銃弾なら刀で弾き落とす事もできただろう。
だが、相手はシーナやリーザが持つ刀など容易く千切り折る6門のバルカン砲。

⏰:08/03/16 02:49 📱:P903i 🆔:qJhRwrcU


#70 [◆vzApYZDoz6]
恐らく、どんな能力者でも防ぐのは難しい。
それでも防がなければならないが、その思考が邪魔をして動きが一瞬固まった。
その隙を見逃さず、銃弾が雪煙を撒き起こして5人に迫る。

ラスダン「やばっ…」

シーナ、リーザ、ラスダンが、思わず固く目を瞑る。
銃弾が自身に迫る刹那の最中。3人は確かに聞いた。

ブロック「ジェイトッ!!」
フラット「スペシャルッ!!」

目を瞑った暗闇の中で、ジェイト兄弟の叫び声を。
続けざまに、鉄と鉄のぶつかり合う重奏音を。

目を開けた先にいたのは、悠然と佇む兄弟。
そして、銃弾を防ぐ黒い巨人の姿があった。

⏰:08/03/16 02:50 📱:P903i 🆔:qJhRwrcU


#71 [我輩は匿名である]
あげます(o>_<o)
頑張って下さい(=^▽^=)

⏰:08/04/02 18:15 📱:P902iS 🆔:☆☆☆


#72 [◆vzApYZDoz6]
>>71
半月も放置して本当すみません…w
ぼちぼち更新していこうと思います

⏰:08/04/03 13:56 📱:P903i 🆔:xEGH5/Ds


#73 [◆vzApYZDoz6]
白銀の視界に浮かぶ、漆黒の装甲。
無人のコクピット内で、液晶パネルが点滅する。
巨人が体を屈めて、腕を開くように、その巨躯で5人を守っていた。

誰も乗っていない巨人は沈黙したまま、尚も銃弾を弾き続ける。
雪煙の中で、無音でヘッドライトを光らせた。

乗れ、と。

ブロック「試させてもらう、とか言ったな?まぁ、ざっとこんなもんよ」
シーナ「…勝手に、動いてる…?」
フラット「装甲強化、音声による遠隔操作、自立行動可能なAIシステム…座席増やして自動操縦機能つけ足しただけじゃないんだな、これが」
ラスダン「…もっと早めに言ってほしかったな、それ」

⏰:08/04/03 14:50 📱:P903i 🆔:xEGH5/Ds


#74 [◆vzApYZDoz6]
「いや、まさか本当に戦闘になるとは思ってなかったしな…」
「バイクから降りて撃つ、ってのはセコいんじゃねーの?フォックスさんよぉ」

フォックスは目を伏せて小さく笑い、横髪をかきあげた。
ふわりと靡く金髪が、妙にリリィに似合っている。

「我が愛機のCIWSを退けるその装甲、そのヒトガタ…素晴らしいな」

「なるほど、堂々の無視か」

「ああ、すまない。どうにも好きな物には見境なくハマってしまう癖があってね」

「そんなの関係ないだろ」

「いい度胸もあるようだ。実に良い。…どうだね、私の元へ来ないか?」

⏰:08/04/03 14:54 📱:P903i 🆔:xEGH5/Ds


#75 [◆vzApYZDoz6]
「あんたは…グラシア側の人間なんだろ?そいつはちょっと無理な話だ」
「そうか…残念だ」

「……」

手を伸ばせば互いに触れられるような距離で会話を続けるジェイト兄弟とフォックスを、少し後ろでラスダン、さらに少し下がってシーナとリーザが見ていた。

3人とも、フォックスとオリオットへの警戒は怠っていない。
オリオットがレンサーであることは先刻のやり取りで分かっているが、フォックスもレンサーだとしたら至近にいるジェイト兄弟が危ない。
そして、その可能性は十二分にあった。

兄弟とフォックスから一番近い場所にいるラスダンが、静かに手首を丸める。

⏰:08/04/04 23:51 📱:P903i 🆔:26nYEW4A


#76 [◆vzApYZDoz6]
いざとなれば、袖に仕込んである特殊警棒で割って入るつもりだった。
それは後ろのリーザとシーナも同じ。

「あー…ところで後ろの彼女。オリオットの刀を持っていたのは君だったかな?」
「…?それがどうか…」

注意がシーナに向けられるのと同時に、ラスダンが警棒の留め具をはずそうと手をかける。
だが、動かそうとした指が途中で止まり、ピクリとも動かない。

反射的にオリオットを睨んだが、退屈そうに下を向いていてこちらに気付いていないようだった。

「今はオリオットは能力を使ってない。…かといって、私の能力でもないがね」

⏰:08/04/04 23:52 📱:P903i 🆔:26nYEW4A


#77 [◆vzApYZDoz6]
フォックスが悠然とラスダンの方へ向かってくる。
恐らくジェイト兄弟も同じ状態なのだろう、正面を向いたまま動く気配がなかった。

フォックスがラスダンの手首をつかみ、警棒の感触を確認する。
無言でラスダンを一瞥して、何もせず再びシーナの元へ歩きだした。
ラスダンと同様に動かないシーナの顎をつかみ、クイッと持ち上げる。

「ここで、この娘を殺すこともできるが…」
「!?」
「そんな卑怯な脅しをかけてまでして手に入れるべき人材でもなし…まぁ、縁がなかったのだろうな。私と君達は」

フォックスは顎から手を離し、何気なく腕時計を確認してリリィの座席に戻った。

⏰:08/04/04 23:52 📱:P903i 🆔:26nYEW4A


#78 [◆vzApYZDoz6]
フォックスがリリィのコクピットからラスダン達を眺めた頃に、ようやく体の自由を取り戻す。
だが、何もできなかった。
圧倒的なものを目の前にしたときのような、絶対的な敗北感があった。

「さて、ジェイト兄弟と言ったか。私は君達を気に入ってるし、そのバイクも気に入ってる。次に会うときは…敵になってくれるなよ?」

爽やかささえ感じる笑顔を浮かべ、リリィのエンジンをかけた。
オリオットがシーナを一瞥してリリィに飛び乗り、そのままリリィは雪原を駆けて去っていく。
クルサも見つからず刀も奪われ、それでも5人はただ睨むことしかできなかった。

⏰:08/04/04 23:53 📱:P903i 🆔:26nYEW4A


#79 [◆vzApYZDoz6]
去っていくリリィに舌を出すシーナをよそに、ジェイト兄弟は苦い顔で舌打ちをした。

「あの野郎余裕かましやがって…俺達の負けかよ」
「うーん、フォックスにオリオット、か。グラシア側の関係者っぽいし…2人とも悔しいだろうけど、帰って会長に報告しないと」
「…っ!」

兄弟が思わず反射的にラスダンを睨む。
ラスダンはそれを分かっていたかのように、毅然とした眼で睨み返した。
兄弟が力なく視線を落とす。これではただの八つ当たりだ。
情けない。

「いや、悪かった。早く戻らないとな」
「…悪かったね」

⏰:08/04/04 23:54 📱:P903i 🆔:26nYEW4A


#80 [◆vzApYZDoz6]
「なに、俺達は諦めちゃいねぇよ」
「会長に報告して、そんでからすぐに追いかけてやる。…さぁ、早く帰るぜ」

ラスダンに背を向けて、バイクのもとへ歩いていく。
恐らくこちらからフォックスに会うことはできないだろう。
だが、フォックスが『次に会うときは』と言っていた以上、向こうからやって来る可能性はある。

もしも。もしもまた、あのフォックスに会うことがあるならば。
兄弟の声が揃った。

「次、フォックスに会うそのときは…」
「…あの余裕ヅラをボコしてやらねぇとなぁ?」

⏰:08/04/04 23:55 📱:P903i 🆔:26nYEW4A


#81 [◆vzApYZDoz6]

「お姉ちゃん、どうなの?」

去っていくリリィに向かってひたすら『あっかんべ』のポーズをしていたシーナが、不意にリーザに話しかけた。
物思いにふけっていたリーザはそのまま少し考えて、口を開く。

「待っていれば向こうからやって来るでしょう?そのときに…」
「じゃなくて、あの刀はなんなの?」
「…そうねぇ…まだ確証が持てないし、確かめないと…」

うつ向いて、またさらに思案にふける。
現時点で何も分かっていないシーナは、心にあるもどかしさを口にできなかった。
それが表に出たのか、少し不機嫌そうに口をへの字に結んで眉根を寄せる。

⏰:08/04/04 23:55 📱:P903i 🆔:26nYEW4A


#82 [◆vzApYZDoz6]
几帳面な姉に比べて、少し大雑把なシーナ。
普段でも考えるよりに先に行動に移すシーナが口を開いて出た言葉は、ある意味シーナらしかった。

「じゃあさ、もう刀がどうとか何でもいいから、私はどうすればいいわけ?」

リーザは少し驚いたようにシーナを見つめたあと、嬉しいような呆れたような笑みを浮かべた。

「とりあえず一旦帰ってから…祖父の家に行きましょう」
「じいちゃんの?」
「確認しなきゃね…戻りますよ」

ほら、とエンジンがかかっているバイクを指す。シーナもそれに倣ってバイクに向かう。
黒い巨人が雪を撒いて駆け出し、基地を後にした。


⏰:08/04/04 23:56 📱:P903i 🆔:26nYEW4A


#83 [◆vzApYZDoz6]



ラスダン達がウォルサー基地跡を後にしたのとほぼ同時刻の、パンデモの集落。

今は地球にいる内藤と有紗の出身地でもあるこの場所は、言ってしまえばド田舎だった。

集落があるのはディフェレスの西端。
盆地となっていて周囲を切り立った谷に囲まれているせいで、意図せずとも外界から隔離された地域になっていた。

それにより集落外からの物資調達がほぼ不可能なため、集落の民がそれぞれで作物などを作り、それを集落内で持ち合わせる事によって生活している。

建物のほとんどが高床式の木造、道具などもすべて手製の木造で、文明の利器などは見当たらない。

⏰:08/04/08 22:46 📱:P903i 🆔:VFpOknYA


#84 [◆vzApYZDoz6]
だが、集落の中心に位置する1軒の建物内だけは、近代化が進んでいた。

その建物は木造だが、鉱製品の発電機が据え置かれている。
内部は外観とは180度反対で、白い床にタイルの溝が縦横無尽に走っていた。

中にはパソコンやプリンター、モニターに通信機といった設備が調っている。
パンデモ内ではあまり耳にしない電子音が響いていた。

そこは、パンデモのいわゆる『外交湾』であった。
いくら外界から隔離されているとは言え、外界との連絡や情報交換は必要だ。

そのために、集落の長の家にもなっているこの建物内に、近代設備をこしらえている。

⏰:08/04/08 22:47 📱:P903i 🆔:VFpOknYA


#85 [◆vzApYZDoz6]
その中で、無線通信機を耳に当てて話している男がいた。

男の名は、バッシュ・ユーメント。
バニッシ・ユーメント、つまり内藤の父親であり、50歳でパンデモの43代目の若き族長となった人物でもあった。

『……そういうわけだ、頼むぞ。まぁ、お前族長なんだから大丈夫だろう?』
「てめぇ…他人事だと思ってやがるな」

通信機から聞こえるあっけらかんとした声。
バッシュは額に手を当てて呆れたような仕草をした。

「パンデモの人間はざっと100人はいるぞ? 制圧なんて、本当なのか?」
『俺もできるなら嘘と思いたいさ。だが、そうもいかないらしい』

⏰:08/04/08 22:48 📱:P903i 🆔:VFpOknYA


#86 [◆vzApYZDoz6]
「その100人全員がレンサーでもか?」
『敵さんは大組織だからなぁ。その気になりゃ、人はいくらでも集められるだろ』

相変わらず他人事のように話す声に呆れ、バッシュが首根っこを掻きながら、眉間にしわを寄せた。
ため息をつき、分からんな、と再び通信機に向かって話しだす。

「その組織の存在は認める。こういった事態のときのために、わざわざ家を改築して通信機やらパソコンやらを調達してあるんだ。外界からの助け船をいつでももらえるようにな」

『なら、いったい何を疑ってるんだ?』
「わりと本気でお前の頭だが」
『ぶち殺すぞ』

⏰:08/04/08 22:49 📱:P903i 🆔:VFpOknYA


#87 [◆vzApYZDoz6]
バッシュが、怖い怖い、と言いながら受話器に繋がるコードをいじくりだした。
バッシュが疑っているのは敵の規模と、その目的だ。

『目的なら言ったろ、スキル収集。敵の大将は他人のスキルを使えるんだ』

「その能力も、支配権を得たスキルの所持者から離れてしまうと意味がないんだろう? 人数の問題から考えても、そこまでしてやるメリットが見当たらない」

数人のレアスキルを狙っているだけなら、過去にグラシアがイルリナをさらったときのように少人数ですむ。
しかし、パンデモ全員のスキルを狙うなら、集落をまるごと制圧するぐらいでないと無理だろう。

⏰:08/04/08 22:50 📱:P903i 🆔:VFpOknYA


#88 [◆vzApYZDoz6]
さらに、パンデモの民は全員がレンサーだ。
レンサー1人で、普通の武装した人間だけなら5人は相手にできるだろう。

バッシュやイルリナなどの手練れもいる事から考えて、武装しただけの普通の人間なら制圧するのに最低1万人は必要になってくる。
かといって、それだけの大規模な集団を動かせば、外界からの助力が入り制圧は不可能になる。

『穏便に済ますなら、多少の人数はいるだろうな』
「ネイティブレンサーがそんなに数集まると思うか?」
『普通に武装した連中かもしれんぞ』
「だから、それならさすがに外界から助け船が出るっての」
『まぁそれはそ──プツッ』

⏰:08/04/08 22:51 📱:P903i 🆔:VFpOknYA


#89 [◆vzApYZDoz6]
「おい、どうした?」

通信が突然途絶えた。
話しかけても、通信機はなんの反応も示さない。
バッシュは舌打ちをしながら、乱暴に受話器をほうり投げた。

と同時に、バッシュの視界の端、窓の外で異変が起こった。

空の端にノイズが走る。
そのノイズは増えていき、パンデモの集落上空を少しずつ黒で染めていった。
バッシュが窓に張り付き集落を見渡すころには、既に正方形に展開したノイズがパンデモ全体を覆っていた。

「なんだ…?」

バッシュが空を睨む。
太陽が薄れていき、昼過ぎだったはずの集落が夜の景色へと変わっていく。

⏰:08/04/08 22:51 📱:P903i 🆔:VFpOknYA


#90 [◆vzApYZDoz6]
否、星が出ていないのだから夜ではない。
パンデモが闇に包まれている、と言った方が正しいだろう。
文明の利器が存在しない集落内では、バッシュがいる家以外はまったく光が見当たらなかった。

だがしばらくすると、薄れていた太陽が元に戻っていく。
景色は明るくなり、何事もなかったかのように普段どおりのパンデモの風景に戻っていった。

「消えた…? 日食、じゃないよな」

少し気にしながらも、窓から離れた。
イルリナに先程の通信内容を伝えるために家を出る。

この時、敵の大軍がパンデモのはるか地下で蠢いていることなど、バッシュには知る由もなかった。

⏰:08/04/08 22:52 📱:P903i 🆔:VFpOknYA


#91 [◆vzApYZDoz6]

パンデモの端に位置する修練場に、集落内には絶対に存在しない、車が停めてあった。

修練場を囲む崖沿いに止められた、大きめのワゴン車。その車内。
スモークが貼られた後部座席の窓から、男が1人、回復していくパンデモの日光を眺めていた。
その隣であぐらをかいて目を閉じる、もう1人に向かって話しかける。

「トビーちゃん、うまーくやったじゃねぇのぉ」
「…日光…風…例外、設定調節…固定…」

陽気な声の男からトビーと呼ばれた人間は、男か女かはよく分からない。
と言うのも、髪が長すぎて顔が見えず、声も男か女か釈然としないものだからだ。

⏰:08/04/08 22:53 📱:P903i 🆔:VFpOknYA


#92 [◆vzApYZDoz6]
ちょうど貞子のような風貌のトビーは目を閉じたまま、しばらく呟き続けていた。

「…電波……う…ん…調節が難しい…」
「なーに、いい感じだったさぁ。しばらくここでゆーっくりしときなぁ」

そう言って男は、ダッシュボードから煙草を取り出し上着のポケットに入れていく。
携行する煙草は20箱、1カートン。
ポケットにぎゅうぎゅうに煙草を詰め終わると、最後に手元にあるハンチング帽を被って車のドアを開けた。

「さぁーて、それじゃあちょっくら行ってきますかねぇ」

トビーに向かって、ヒラヒラと陽気に手を振る。
その男の名はロモといった。

⏰:08/04/08 22:54 📱:P903i 🆔:VFpOknYA


#93 [◆vzApYZDoz6]
「…もう、行くの…?」
「連中、もう着く頃だろ? 大丈夫さぁ。何か欲しいもんあるか?」
「…オレンジジュース…」
「そんなんでいいのかぁ? よーし、探してきてやるよ」

ロモがトビーの頭を撫で付け、車のドアを閉める。
去っていくロモを見送ってから、トビーはノートパソコンを立ち上げた。
連絡用のメールアドレス宛に『第1段階完了。ロモ、任務開始』と書いたメールを送り、ノートパソコンを閉じた。

窓から外の景色を眺める。
太陽の光は車内に射し込んでくるし、外の木々は風で揺れている。

自分のスキルがうまく発動していることを、トビーは実感した。

⏰:08/04/08 22:55 📱:P903i 🆔:VFpOknYA


#94 [◆vzApYZDoz6]

トビーのスキル、それは『マイルーム』。結界内の空間を自分の『部屋』とする能力。
部屋に入る権利を決めるのはトビーであり、例外設定さえしなければ太陽の光だろうが風だろうが、勝手に入ることは許されない。
その上、部屋の様子は外からは一切分からない。

つまり、結界で覆われ、トビーの『部屋』となったパンデモは、外界からのいかなる干渉も受け付けない。
パンデモで何が起きようとも、邪魔は一切入らない状態になった。

同時に、パンデモのはるか地下で蠢いていた大軍が、地上を目指して進行を開始する。

パンデモに、最初の危機が訪れようとしていた。


⏰:08/04/08 22:56 📱:P903i 🆔:VFpOknYA


#95 [◆vzApYZDoz6]



「ちっ…だめだ、繋がらないな。なんで急に通信切れたんだ?」

ロモがワゴン車を出てどこかへ向かったのと同時刻、バウンサー本部。

かつての仲間たちの墓参りを終えて帰ってきたハルキンが、突然交信が途切れて以来さっぱり応答しなくなった通信機をいじっていた。

それも、上半身裸の格好で。

「しかし通り雨だったとは…あのタイミングで降るとか空気読みすぎだぞ、雨の野郎」

わりと大きな声で独り言を呟きながら、まだしずくが滴っている髪を首にかけたタオルで無造作に拭き上げる。
どうやら、雨に濡れてしまったので1度シャワーを浴びたらしい。

⏰:08/04/11 22:22 📱:P903i 🆔:zCCoSRx2


#96 [◆vzApYZDoz6]
最後にもう1度通信を試みてみるが、やはり応答はない。
ハルキンは諦めて受話器を置いた。

(…連中は確か、パンデモも狙うつもりだったな)

セリナとの会話を思い出す。
地球、そしてパンデモに既に刺客が向かっている、と忠告されたが、よくよく考えれば昔の仲間と言えどセリナは敵だ。

制圧する事をわざわざ伝えたのは自分への温情だろうが、それでも準備は万端整っていたと考えてもいい。

最悪、通信が途切れたあの瞬間に、通信機の向こうのバッシュが敵の手に掛かった可能性すらある。

(…俺も、今すぐに行くべきか…? だがそんなにすぐに制圧できるものか?)

⏰:08/04/11 22:22 📱:P903i 🆔:zCCoSRx2


#97 [◆vzApYZDoz6]
通信が途絶えたあの瞬間にすでに制圧されていた、というのは最悪のケースではあるが、可能性は低い。
すでに敵の手が伸びておりバッシュがそれに気付かずやられたのだとしたら、通信が何もなくいきなり途絶えるのは不自然だった。
普通なら、物音や声などが聞こえていても、おかしくはない。

そしてなにより、パンデモには集落全体の動きを把握できるスキルを持つ、あるレンサーがいる。

それらを踏まえると、現段階ですでに敵の手に落ちているとは考えづらい。

通信が途絶えた理由は、単なる電波障害を除けば1つしか考えられなかった。

(──敵の結界、か…やはり動くべきだな)

⏰:08/04/11 22:23 📱:P903i 🆔:zCCoSRx2


#98 [◆vzApYZDoz6]
考察にふけっていたハルキンが立ち上がった、ちょうどその時。
外から、聞き慣れた駆動音が耳に入ってきた。

「帰ってきたか。いいタイミングだな」

最初は小さな音だったそれは、徐々に大きくなっていく。
やがてバウンサー本部の前に、マフラーの排気音とけたたましいエンジン音を抱えた漆黒の巨人が膝をつく。

バイクから降りた5人が、エレベーターを上がりハルキンのいる部屋に入ってきた。
と同時に、ジェイト兄弟がすっとんきょうな声をあげる。

「ちょ…なんで裸なんだよ」
「俺の勝手だろう」
「いや関係ないし。とりあえず服着ようぜ」

⏰:08/04/11 22:24 📱:P903i 🆔:zCCoSRx2


#99 [◆vzApYZDoz6]

「フォックスにオリオット、か…」
「敵と見て間違いないと思う。クルサも結局見つからなかったし、悪いことばかりだよ」

着替え、というより普通に服を着ていくハルキンに、ラスダンが基地跡での事のあらましを説明する。

ラスダンの話を聞くにつれ、パンデモ制圧の件は近いうちに間違いなく起こるだろうと確信する。
しかし、ハルキンにはもう1つ気になることが残っていた。

「こちらからは地球には行けないのか?」
「地球に? どういうこと?」
「実はな…かくかくじかじか」
「会長、それじゃ分からないよ」
「お前…もうちょっと空気読め」

⏰:08/04/11 22:24 📱:P903i 🆔:zCCoSRx2


#100 [◆vzApYZDoz6]

「地球とパンデモが?」
「ああ、すでに幾らかの刺客も放たれているらしい」

服を着おわり、今度はハルキンがセリナとの事を説明する立場に変わった。

「その話は信用できるの?」
「ああ……間違いないはずだ」
「うーん…新たな指揮官に、グラシアとセリナ、もしかしたら他にも…敵が増えてばっかりだ」

ラスダンが呻きながら苦笑いを浮かべる。
ハルキンは一呼吸置いて、顎をさすりながら再び話し出した。

「しかし参ったな…地球と往き来できるスキルを持つのはクルサだけだったよな?」
「いや、例の『ゲッター』も持ってたはずだよ」

⏰:08/04/11 22:25 📱:P903i 🆔:zCCoSRx2


#101 [◆vzApYZDoz6]
「そうか…奴を忘れていた。なら地球はとりあえずは大丈夫だろう」

ハルキンは自嘲ぎみに鼻で笑い、立ち上がる。
話が終わるのを待っていた4人に声をかけた。

「リーザ、シーナ、お前らはじいさんの家に行くんだったな?」
「ええ、そのつもりです」
「ならこれ持っていけ」

そう言いながら、ハルキンは2つの物をリーザに手渡した。

「無線機と…ゲートキャバですか?」
「呼んだら来い、って事?」
「そういう訳じゃないが…一応な」

さて、と間を置き、今度はジェイト兄弟に視線を向ける。

「お前ら2人と、それからラスダン。一緒にパンデモに行くぞ」

⏰:08/04/11 22:25 📱:P903i 🆔:zCCoSRx2


#102 [◆vzApYZDoz6]
「俺らもパンデモに?」
「足が要るからな」
「てめぇ!」

大振りに激昂するフリをする兄弟をうさんくさそうにかわし、ハルキンが歩き出す。
エレベーターのボタンを押して、振り返った。

「まぁそれは冗談だが…途中でラスカを拾うぞ」
「あら、その必要はないわよ」

すぐに上がってきたエレベーターの扉が開く。
そこには腕を組み、仁王立ちするラスカがいた。

「ラスカ? 家に帰ってたんじゃなかったのか」
「こんなことだろうと思ってね」

ハルキンは満足げに鼻で笑い、全員エレベーターに乗り込んだ。

⏰:08/04/11 22:26 📱:P903i 🆔:zCCoSRx2


#103 [◆vzApYZDoz6]

ジェイト兄弟が先に巨人形態のバイクに乗り込み、エンジンを吹かす。
その間、ハルキンとラスカは本部の裏手にまわり、スティーブのいる小屋へ行っていた。

「ラスカ、スティーブを連れていくからな」
「了解。任せといて」

巨大な犬のスティーブをハルキンが引き連れ、ジェイト兄弟の元へ戻る。
スティーブを見た兄弟が普通に嫌そうな顔をしたが、ハルキンとラスカは構わずにバイクに乗り込んだ。

「よし、出発だ!」

ハルキンの声を合図に兄弟がスロットルを回し、巨人はパンデモに向けて走り出す。
間を置かずにスティーブが身をかがめ、後を追って駆け出した。

⏰:08/04/11 22:26 📱:P903i 🆔:zCCoSRx2


#104 [◆vzApYZDoz6]

「なーんか、後発が多いよね私達」

一足先に行ったハルキン達を見送りながら、シーナが呟いた。
隣にいるリーザが少し考えてから、呟く。

「まぁ…最近はね」
「ずっとじゃない?」
「いいから行きますよ」

どうでもいいといった声を出しながら、リーザが先程ハルキンに渡されたものを1つ取り出す。
とても薄い立体映写機のようなそれを地面に置いた。

「あれ? お姉ちゃんのゲートキャバじゃないよね、それ」
「でも行き先にはちゃんと祖父の住む場所が記録されてますわね…どういう事かしら」

⏰:08/04/11 22:28 📱:P903i 🆔:zCCoSRx2


#105 [◆vzApYZDoz6]
「んー、まぁ何でもいいじゃん」
「あら…言い出したのはあなたでしょう」

2人は言いながら、ゲートキャバと呼ばれたそれの上に乗る。
途端にゲートキャバを中心に、地面から淡いピンク色をした光の筒が噴き上がる。
シーナとリーザが完全にその光に包まれると、光の筒が徐々に細くなっていく。

やがて完全に光がしぼんだ頃には、ゲートキャバ、そしてシーナとリーザの姿は、そこから消え失せていた。


⏰:08/04/11 22:28 📱:P903i 🆔:zCCoSRx2


#106 [◆vzApYZDoz6]


時間軸は少し戻る。ハルキンが、かつての仲間がいる丘へ向かっていた頃。

地球では、それぞれが日曜日の午後を満喫していた。

⏰:08/04/15 03:55 📱:P903i 🆔:u1DQTzs.


#107 [◆vzApYZDoz6]

─有紗の場合─

「う…ん、ちょっと、うるさいわよ……ふぁー……」

内藤の自宅を間借りして生活している有紗は、階下からの物音で目を覚ました。

時刻はちょうど午後1時を過ぎたあたり。
普通に寝すぎだが、布団から体を起こしても目が開いていないあたり、就寝するのが遅かったらしい。

しかし次の日が休みで、しかも恋人と同棲状態なんだから、まぁ当然と言えば当然……いやいや。

有紗が寝ぼけまなこをこすりながら隣を見ると、普段なら爆睡しているはずの内藤がそこにいない。

単純に1階にいるのは内藤だろうと考え、ゆっくりとベッドから立ち上がった。

⏰:08/04/15 03:56 📱:P903i 🆔:u1DQTzs.


#108 [◆vzApYZDoz6]
体に巻いた掛け布団のすそを引き摺りながら階段を下りると、案の定すでに身支度を整えた内藤がいた。

「どっか行くの?」
「たまの休みぐらい1人でゆっくりさせてくれ」
「まぁいいけど。浮気じゃないでしょーね?」
「今から愛車とデートだから、浮気だな」
「はいはい…行ってらっしゃーい」

ごきげんな様子で家を出る内藤にヒラヒラと手を振って見送る。
シャワーを浴びるか遅めの朝食を摂るかで迷ったが、眠いのでもう少し寝ることにした。

鍵も閉めずに2階へ上がり、身を投げるようにベッドイン。そのまますぐに寝息が聞こえてきた。

まったくいい御身分である。

⏰:08/04/15 03:57 📱:P903i 🆔:u1DQTzs.


#109 [◆vzApYZDoz6]

鳴り響くインターホンのチャイム。

最初は1分に2、3回。だが次第に音が鳴る間隔が短くなっていき、終いには間を空けずに連続で鳴り響く。

「…あーもう、うるさいわねぇ!」

有紗がそれに耐えかねて目を覚ましたのは、もう陽も傾きかけた夕方5時半。

有紗は再び体に掛け布団を巻いて、欠伸をしながら1階に下りていく。

せっかくの休日を無駄にしすぎじゃないかと思ってしまうが、ぶつくさと文句を垂れているあたりを見ると、本人には別段そういう気はなさそうだ。

その間も、寝ぼけまなこがぱっちり開かれる気配はない。

まったくあきれた低血圧である。

⏰:08/04/15 03:58 📱:P903i 🆔:u1DQTzs.


#110 [◆vzApYZDoz6]
1階に下りる間に、インターホンが鳴りやんだ。
さすがに連打は失礼だとでも思ったのだろうか。

となると、ドアの先にいるのは知り合いだろうか。

もし宅配便のお兄さんだったりしたらどうしよう、とかなり今更な心配をしながら、玄関のドアノブに手を掛ける。
そのまま遠慮がちにドアを開けた。

来客の顔を見て、少し不機嫌そうだった顔がたちまち嬉しそうな表情に変わる。

それはもう、声も上機嫌になるというものだ。

「……あらー、いらっしゃい♪」

その来客があわてふためいている事などお構いなしに、家へ招き入れようと振り返った。

⏰:08/04/15 03:59 📱:P903i 🆔:u1DQTzs.


#111 [◆vzApYZDoz6]

─藍の場合─

「ちょっと、ケツ! 丸見えだから!」
「京ちゃん…顔がやらしいよ」
「それなら有紗さんになんとか言ってくれ」
「……ヘンタイ」

『ヘンタイ』に対しなにやら必死に弁解する京介を無視して、藍は招かれるままに家へ入っていった。

京介と藍は、担任にディナーでもご馳走してもらおうという魂胆でインターホンを押していた。

それなのに、出てきたのはすっぽんぽんにタオルケットを適当に巻いただけという格好の、しかもわりと美人の分類に入る保険医だったのだから。
京介がたじろぎまくるのは当たり前だった。

「なんだよ…俺は悪くないじゃん…」

⏰:08/04/15 04:00 📱:P903i 🆔:u1DQTzs.


#112 [◆vzApYZDoz6]
「それで、今日はどうしたのかしら?」
「内藤先生に晩ごはんごちそうしてもらおうと思ったんですけど…」
「あらー♪ それなら私が作ってあげるわよ♪」
「あっ、本当ですか?」
「ええ♪ でも食材が無いから買い出しに行かないとね♪」

有紗はちょっと待っててね、と言い残して、着替えるためにパタパタと2階へ上がっていった。

それと同時に今まで玄関に留まっていた京介が、それを察したのかリビングに入ってきた。

「何してるのよ?」
「いや、上行ったかなーって…」
「ヘンタイ」
「なんでそれがヘンタイになるんだよ…」

⏰:08/04/15 04:01 📱:P903i 🆔:u1DQTzs.


#113 [◆vzApYZDoz6]
「だいたいじろじろ見すぎなんだから! きもいし!」
「見てねーよ! いきなりあんな格好で出てきたら、誰だってびっくりするだろ!」

「あっ、そう。胸もおっきかったしね?」
「お前より全然でかいよな」
「京ちゃんのバカ!」
「いやっ、冗談だって!」

放っておけば延々と続きそうな痴話喧嘩を繰り広げる2人の尻目で、さっさと着替えを終えた有紗が2階から下りてきた。

着替えたと言ってもインナーの上にジャージを着ただけという、ものすごくアレな格好だが。

化粧も最低限のナチュラルメイクで、どうやら有紗は軽い外出程度なら外見はあまり気にしない性格らしい。

⏰:08/04/15 04:01 📱:P903i 🆔:u1DQTzs.


#114 [◆vzApYZDoz6]
「あらあら、喧嘩?」
「京ちゃんがやらしい目で有紗さん見てたから」
「だからやらしい目では見てねーって! びっくりしただけだ」
「……もしかして私が原因かしら」

いたずらっぽく舌を出しながら、机の上に置いてあった財布をポケットに入れる。

靴を履きながら、また痴話喧嘩を再開している2人に声をかけた。

「どっちかついてきてくれない?」
「あっ、じゃあ私行きます!」

先に返事をしたのは藍。
京介を冷たく一瞥してさっさと歩き出し、玄関でもう一度振り返った。

「2階へ上がったらはったおすからね!」

そう言い放って乱暴に扉を閉めた。

⏰:08/04/15 04:02 📱:P903i 🆔:u1DQTzs.


#115 [◆vzApYZDoz6]
バタン、と玄関のドアがやや強めに閉まる音が響く。

「…それはお前の台詞じゃねーだろ!」

あっという間に1人取り残された京介は、ドアに向かって文句を叫んでいた。

【なお、すぐにしょぼくれて大人しくなると思うので、スルーします。】


「…っておい待ちやがれてめえ!!…」


────────────


「……あれ?」
「どうかしたの?」
「なんか今、京ちゃんに『てめえ』って言われたような…」

ここは内藤宅の近所にある、普通のスーパーマーケット。
カートを押している藍が、謎の空耳を聞いていた。

⏰:08/04/15 04:03 📱:P903i 🆔:u1DQTzs.


#116 [◆vzApYZDoz6]
「なんか分からないけど、京ちゃんがすごく哀れな気がする…」
「あら、ちゃんと心配してるのねぇ」
「べっ、別に心配なんかしてないですよ!」

会話しながら店内を回る。有紗が食材をカートへどんどん放り込んでいく。

「…有紗さんは、内藤先生と仲いいですよね」
「そーかしらねぇ…あっ、これも買っちゃお♪」

そう言って手に取ったのは伊勢海老。
まったく金銭感覚がよく分からない。

「藍ちゃんは、どうしてさっき京介くんと喧嘩したの?」

「…さっきの京ちゃんの言動にムカついたから」

「それ、なんでムカついたんだと思う?」

⏰:08/04/15 04:04 📱:P903i 🆔:u1DQTzs.


#117 [◆vzApYZDoz6]
精肉コーナーで、牛から鶏まで一通りの肉をすべてカートへ放り込む。
一体何を作る気なのだろうか。

「……なんか、いやらしかったから?」

「ふふっ、まぁそれもハズレじゃないかもしれないけど♪ 的を射た理由が見つからないでしょ?
 『怒る』って、そんなものよ。何が気に入らないのか、あんまり分からずに怒鳴っちゃったりね」

一通り店内を回ってレジへ行くのかと思いきや、またUターン。

カートの中はすでに様々な食材で溢れかえっているというのに、まだ何か買うつもりらしい。

「『仲がいい』っていうのは、お互いに怒りあえる人のことだと思うの」

⏰:08/04/15 04:05 📱:P903i 🆔:u1DQTzs.


#118 [◆vzApYZDoz6]
「喧嘩するほど仲がいい、ってことですか?」

「そうねぇ。自分が好いている相手には、自分の欲望が自然と向けられちゃうの。独占欲みたいなものかな。

 相手を知っている上で、それでも『ここがいや』だとか『こうしてほしい』だとか思うから、それを伝えるために怒るのよ。

 お互いがそれを抑えられないと衝突しちゃうんだけど、若いうちはそれがいいの」

「お話はなんとなく分かりますけど…」

2周目を終えて、ようやくレジへ歩みを向ける。

カートに詰め込まれた食材は、すでにカートから山盛りにはみ出していて、危ういところでバランスを保っていた。

⏰:08/04/15 04:06 📱:P903i 🆔:u1DQTzs.


#119 [◆vzApYZDoz6]
「…若いうちは、って、有紗さんもまだ若いですよ」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない♪」

レジに立つ店員が、山盛りのカートにおっかなびっくり手を付ける。
量も半端ないので、会計に時間が掛かりそうだ。

「でも、私も昔は喧嘩ばっかだったわねぇ…」

その間に、有紗はパンデモでのことを思い出していた。

母親であるイルリナを人質に連れ去られる、その前まではよく内藤と痴話喧嘩も妬いていた気がする。

その頃は、精神的にはまだまだ若かったのだろう。

「私が年取ったのは、絶対グラシアのせいよ!」
「えぇ!?」

⏰:08/04/15 04:07 📱:P903i 🆔:u1DQTzs.


#120 [◆vzApYZDoz6]

「…グラシアで思い出したけど、クルサちゃんって一体どうなったのかしらねぇ…」

有紗は、内藤らが地球に帰ったすぐあとに地球への扉をくぐった。

ハルキンには『こっちで探しておいてやるから、好き勝手してこい』と言われていたが、やはりどうなってるかは気になる。

「確か地球にも移動できるスキル持ってたから、生きてるなら地球に来ると思うけど…やっぱり助かってないのかな…」

クルサがディフェレスで行方不明になっている事など、有紗は知らない。


今現在、クルサが移動系のスキルで地球に来ている事など、なおのこと知るはずもなかった。


⏰:08/04/15 04:08 📱:P903i 🆔:u1DQTzs.


#121 [◆vzApYZDoz6]

─内藤の場合─

内藤や京介らが住む地球の1都市、歌箱市。

田舎ではないが決して都会でもないこの歌箱市の空は、まだ光化学スモッグに汚染されていない。

空はいつもよりも青く、暖かに晴れ渡っていた。
これを春の陽気と言うのだろうか。

「今日はいい天気だな…」

そんな空の下で、内藤は愛車の赤いRX−8を走らせていた。

特に何か用事があるわけではない。
ピカピカに磨き上げている愛車に乗ってドライブするのが、内藤の数少ない趣味のひとつだった。

内藤の乗った車はやがて、歌箱市を一望できる高台にたどり着いた。

⏰:08/05/02 03:12 📱:P903i 🆔:ANkVv1PE


#122 [◆vzApYZDoz6]
高台にある寂れた公園でエンジンを停めて、車から降りる。

眼下には、どこにでもあるような平凡な街並みが広がっていた。

「…平凡で、平穏で…代わり映えのない日々。こういうのが幸せだと思える俺は、もう若くないのかもしれんなぁ」

ここから見える景色は別に感動的でもなんでもない。
だがそれがいい。

パンデモにいた頃は、平凡な街並みをいいと思うことはなかっただろう。

「そうだなぁ、例のアホ共と関わったせいで、若さというやつを失ってしまったかな…」

それなりに昔のことだが、まだ鮮明に覚えている。
平和だったパンデモに突然現れた無法者。

⏰:08/05/02 03:12 📱:P903i 🆔:ANkVv1PE


#123 [◆vzApYZDoz6]
友を操られ、愛する者を拉致され、否応でも立ち向かわなければならなくなった。

ハルキンと知り合い、パンデモを出て、バウンサーとして活動するようになる。
敵が地球のレンサーを狙っているという情報を掴み、単身地球へ向かった。
この街へ来たのは、それが初めだ。

狙われていたのは高校生。
常時見張っておくために、教員になった。

そこで出会った狙われていたレンサーが、京介と藍だ。

「あいつらは俺の子供みたいな気がしてたなぁ。
 もう完璧におっさんだな、俺は…いっそ子作りでもしてやろうか」

冗談っぽく言いながら自嘲ぎみに鼻で笑う。

⏰:08/05/02 03:13 📱:P903i 🆔:ANkVv1PE


#124 [◆vzApYZDoz6]
「そういや…クルサはどうなったんだろうな」

敵に操られていたクルサだが、最終的には正気は取り戻している。

しかし、崩壊する要塞からハルキンとラスダンを助け、すぐに行方不明になっていた。

その後どうなったか気にはなっていたが、確かめようにも確かめられなかった。

「まぁ、いいか。漫喫に行くかな」

分からないことを考えても仕方がない。

さっさと思考を振り払い、内藤は愛車のドアを開けた。

にしても、パンデモにいた頃のことなど今は思い出す必要がない。

それなのに、なぜ今になって急に昔のことを思い出したのだろうか。

⏰:08/05/02 03:13 📱:P903i 🆔:ANkVv1PE


#125 [◆vzApYZDoz6]

気が付けばもう夕方。
どうにも無駄に長い時間を公園で過ごしていたらしい。
これでは貴重な休日がもったいない。

そんなわけで漫画喫茶に向かっているわけだが、常識的に考えると漫画喫茶でも十分に休日を無駄にしているような気がする。

有紗といい内藤といい、パンデモ出身者はどうやら時間を伸び伸びと使うのが好きらしい。

ところでどうでもいいが、最近は風俗のお兄さん方が実によく頑張っている。

お気に入りの漫画喫茶に向かう途中の裏路地で、風俗の客引きにつかまった内藤はそんな感想を抱いた。

⏰:08/05/02 03:14 📱:P903i 🆔:ANkVv1PE


#126 [◆vzApYZDoz6]
「ちょっとお兄さん、遊んでいかない?」
「ん? いや、漫喫行くんで」
「そんなこと言わずにさ〜。可愛いコいっぱいいるよ? 今なら女子十二おっぱい!」
「……8人いるってことか?」
「そうそう…いや違うよ、6人だ」
「4おっぱいも減っとるやないか! ぶち殺すぞ!!」
「ひっ、ひぃぃ!」

少し愉快な客引きを追い払い、内藤は再び歩き出す。

曲がりくねった裏路地を進み、表通りを横切る。
あと1つ曲がれば漫画喫茶へたどり着くというところで、不意に声をかけられた。

「幸せそうに過ごしてるじゃないか、バニッシ・ユーメント」
「!?」

⏰:08/05/02 03:14 📱:P903i 🆔:ANkVv1PE


#127 [◆vzApYZDoz6]
慌てて振り返る。
裏路地の陰にある自販機にもたれかかるようにして、懐かしい人物が立っていた。

「いや…こっちでは内藤、だったよな」
「クルサ…!? お前生きていたのか…いや…」

少し混乱した頭を落ち着かせるように目頭を押さえ、再び目を開く。

しかし何度見ても、その姿に一瞬誰だか迷ってしまう。
実に半年ぶりだが、そこにいるのは紛れもなくクルサだ。
左腕から胸、首、左顔面に至るまで、すべてが金属に取って変わっているが。

それを見て苦い表情でうつむく内藤。
クルサも意識はあるらしいが、再会を喜ぶ雰囲気ではないのは明らかだった。

⏰:08/05/02 03:15 📱:P903i 🆔:ANkVv1PE


#128 [◆vzApYZDoz6]
「お前…体を改造、されたのか」
「ああ。潰れたパーツを全部ね」

そう言いながら履いているズボンの裾をめくると、そこもやはり金属プレートでできていた。
内藤の顔がよりいっそう曇る。

「あまり罪悪感に浸らないでくれよ。バニッシは悪くない」
「だが…」
「今の僕にはあまり悠長に話してる時間が無いんだ。要件だけ幾つか手短に話すから、そのまま聞いてくれ」

内藤が小さく息をつく。
それを確認して、話し出した。

「まず、グラシアは生きている」
「…だろうな。お前が今そこにいる理由は、それ以外に見当たらない」

⏰:08/05/02 03:16 📱:P903i 🆔:ANkVv1PE


#129 [◆vzApYZDoz6]
「そしてグラシアは組織を立て直し、諦めずお前らを狙ってる」
「それもまぁ…当たり前だろうな」

内藤が自嘲ぎみに笑った。
丘の公園で昔を思い出したのは、これの予兆だったのだろう。

「そして…連中は『SED』を持っている」
「なんだって!?」

うつ向いていた内藤が、今にもクルサに掴みかからんばかりに身を乗り出した。

「まだ万全じゃないグラシアに代わり、ウォルサーの新たな指揮官にヨシュアが着任した…と言えば分かるはず」
「ふん…とんだ厄介だな」
「ヨシュアは地球のレンサーをすべて狙っている。気を付けなよ」
「待て、お前はどうするんだ?」

⏰:08/05/02 03:16 📱:P903i 🆔:ANkVv1PE


#130 [◆vzApYZDoz6]
「僕は命令を忠実に守るように改造されたから…今は命令が出てないだけさ。でもいつ出るかは分からない」
「それで『時間がない』か…」
「そういうわけだから、僕はもう行く。…そのうち戦うことになるかもしれない」
「…ま、覚悟はしとくさ」

⏰:08/05/02 03:17 📱:P903i 🆔:ANkVv1PE


#131 [◆vzApYZDoz6]
呆れぎみに肩をすくめる内藤を見て小さく笑い、クルサは再び路地の中へ消えていった。

久々の再会は、半年前の戦いの続きを宣告されただけ。
悪い冗談だ。昔から運が悪いにも程がある。
だが、悲観している暇は無かった。

「しばらく漫喫には行けないな…」

角を曲がった先にもう見えている漫喫を名残惜しげに一瞥し、愛車が止めてある公園へ向かった。


⏰:08/05/02 03:17 📱:P903i 🆔:ANkVv1PE


#132 [◆vzApYZDoz6]

─京介の場合─

同時刻、内藤宅。

有紗はキッチンに向かい、どっさりと買い込んだ食材を使って調理中だ。

その様子を、リビングのテーブルに肘をつきながら眺める京介。
その向かいで、京介の顔をじっと眺める藍。

「……なんだよ?」
「私って京ちゃんにどうしてほしいんだろうと思って」
「なんだそれ…知らねーよんなもん」
「……ハァ…」
「お前今あからさまにため息ついただろ」
「あら、また喧嘩?」

そこへ有紗が、皿と食器を両手に割り込む。

「あっ、できた?」

有紗が楽しそうにピースサインを作った。

「バッチリ、ね♪」

⏰:08/05/07 02:43 📱:P903i 🆔:TWhWMPbI


#133 [◆vzApYZDoz6]

「これは…藍さんや、代金はいかほどだったのかね?」
「知らないわよ、会計したの有紗さんだし…」
「さ、そんな事気にしてたらお腹一杯食べられないわよ♪」

有紗が作ってくれた料理は、予想以上に豪華だった。フカヒレのスープに子羊背肉のソテー、海老のワイン蒸しやホタテ貝のピュレ添え。
まるで、というか普通にどこかの高級レストランのフルコースだ。
これは代金が京介持ちになるのを見越した新手の嫌がらせだろうか。

「あの…お代金は…」
「これなんだ♪」
「へっ? クレジットカード…あ、名前が内藤篤史って!」
「財布忘れてたからちょっと拝借しちゃった♪」

⏰:08/05/07 02:43 📱:P903i 🆔:TWhWMPbI


#134 [◆vzApYZDoz6]
親指を立てて無駄にいい笑顔を作る京介と有紗。
すでに箸をつけている藍。
外はすでに暗くなり雨が降り始めていたが、家の中は暖かい雰囲気で溢れていた。

「あっ、その豆腐ステーキは俺のだよ!」
「私が先にお箸つけたんだから私のよ!」
「あら、豆腐ステーキならまだあるわよ♪」
「さすが内藤、太っ腹!」

さらに良い笑顔を浮かべキッチンへ向かう有紗を横目に、京介が食事を再会する。

料理は予想以上に豪華だし、藍も何だかんだで喜んでいるようだ。
そして代金は内藤もち、と来れば、自然と京介の頬も緩む。

「今日は来て本当よかったなー」

⏰:08/05/07 02:45 📱:P903i 🆔:TWhWMPbI


#135 [◆vzApYZDoz6]

「ふー、おいしかったぁ。ご馳走さま、有紗さん」
「ご馳走さま、内藤」
「あら、デザートもあるわよ♪」

有紗がキッチンへ向かう。
一般家庭にあるまじき料理を平らげ、京介と藍は一息ついていた。
そのとき玄関の扉が開いた音がしたが、降りしきる雨音のせいで3人の耳には届かなかった。

「有紗さん、念のために内藤には明日言っといて。数日はどこかに隠れねーと…」
「……あっ、京ちゃん…」
「………ただいま」
「って内藤!?」

固まる京介と、それをジト目で見つめる内藤。
普段なら鉄拳制裁なのだろうが、なぜか今日は手を出してこない。

⏰:08/05/07 02:45 📱:P903i 🆔:TWhWMPbI


#136 [◆vzApYZDoz6]
雨に濡れて帰ってきたのだろうか、びしょ濡れのままで内藤はため息をついた。

「ほどほどにしろよ。安月給なんだから」
「ハイ、スミマセン、ハイ…」
「つうか川上は今から俺の部屋に来い」
「部屋でじっくり殺害を!?」

内藤に耳を引っ張られて連行される京介。
有紗と藍はそれを尻目に、とりあえずデザートを食べ出した。

⏰:08/05/07 02:46 📱:P903i 🆔:TWhWMPbI


#137 [◆vzApYZDoz6]


「で、だ…川上」
「はいはい」
「お前、半年前のこと覚えてるか?」

内藤は濡れた服を脱ぎ、全裸のまま大真面目な顔で京介に問いかける。

京介は「え、こいつ何言ってんの?」というような目で見ていたが、内藤の真面目な表情とその言葉に、半年前のあの戦いを思い出した。

自分が少しだけ変わるきっかけになった事件。
藍のために戦った、たった1日の出来事。

「…忘れるわけがねーよ」

「あれは、終わった」

「ああ…終わった。でも何でいまさら?」

「あれな。まだ、おかわりがあるってよ」

⏰:08/05/07 02:47 📱:P903i 🆔:TWhWMPbI


#138 [◆vzApYZDoz6]
ステテコとタンクトップに着替えながら、内藤は何でもないことのようにそう言った。

遠回しな言い方と、何気無いような振る舞い。
それは、現実を受け入れたくない、という心情の発露にも見えた。

「は? もうお腹一杯なんだけど」
「俺の財布は寂しくなりそうだ」

その態度は、あまりにらしくなかった。
内藤なら例え、そう、グラシアの残党が生き残っていたぐらいなら驚きもしないはずだ。

「今度はもっとでかいぞ。新しいボスキャラも増えたしなぁ」
「はぁ? 意味が分からん…話しづらそうなのは分かるけど」
「話しづらいな。まぁ聞け…」

⏰:08/05/07 02:48 📱:P903i 🆔:TWhWMPbI


#139 [◆vzApYZDoz6]

「…内藤先生と京ちゃん、一体何話してるのかな?」
「さぁー…京ちゃんはもしかしたら殴られてるかも♪」
「タコ殴りにされてるのかな…ってまだデザート食べてるのに。
 話変えてっと…有紗さんはやっぱり内藤先生の傍に居たいから地球に来たんですよね?」

「んー、それが第一なんだけど…ちょっと探し物があってね」
「探し物…ってなんですか?」
「それは秘密ー♪」

「うーん、気になる…ってあれ? デザート無くなっちゃった」
「あら、結構買っておいたんだけど…女の別腹ってすごいわねぇ♪」

ちなみに、本日のディナーの総料金4万2千円也。

⏰:08/05/07 02:49 📱:P903i 🆔:TWhWMPbI


#140 [◆vzApYZDoz6]

「…と言うわけだ」
「つうか話でけぇー…」

話を聞き終わった京介は、盛大にベッドに突っ伏した。
だがアレの匂いが少し鼻についたので、眉をしかめながら再び体を起こした。
シーツは洗われていないらしい。

「…つまり、グラシアがいた要塞よりもたくさんの組織が、スキル収集を目的に俺や藍やその他の地球にいるレンサーを狙っている、と。内藤はそれを本当だと信じてる」
「お前は信じないか?」
「内藤の言うことじゃなかったら絶対笑ってるよ…クルサって奴は1回見ただけだけど、信じられるのか?」
「確かに嘘をついてる可能性もあるが…そんな嘘つく必要があるか?」

⏰:08/05/07 02:50 📱:P903i 🆔:TWhWMPbI


#141 [◆vzApYZDoz6]
確かにクルサがわざわざ嘘をつきに内藤に会いにいくのは、意味が分からないし必要もない。
本当の話なのだろう。

そしてより肥大した組織ウォルサーは、恐らくはグラシアの要塞の事件から半年の間に、準備を整えてきたはずだ。
それが今から動き出すとなれば、壮大な戦いになるだろう。
ましてや地球ではレンサーの認知度は無いに等しいのだ。
半年前とは比べ物にならない騒動になる。

「もう、いつ何が起きてもおかしくない。お前は確か…身体強化の名残があったよな」
「あるにはあるよ…前ほど強くはないけど」
「浅香は今何もできない状態だ。お前が守ってやれよ」

⏰:08/05/07 02:51 📱:P903i 🆔:TWhWMPbI


#142 [◆vzApYZDoz6]
京介のスキルは確かに消滅したが、付加価値としてあった身体強化能力はまだ残っていた。
だが、それもどんどん弱まってきている。

(もし本当に敵がいて、遭遇なんかしたりしたら…)

半年前なら身体強化だけでも戦えた。
だがはたして今の状態で、いざという時に藍を守れるのだろうか。

京介の心情を察した内藤が、ゆっくりと口を開いた。

「…俺もアリサも1人で戦える。お前は敵に遭遇したら藍を守ることだけ考えてろ」
「……ん、分かった」
「アリサには俺が伝えておく。…藍に話すかどうかはお前が決めろ。とりあえず今日は帰るんだ」

⏰:08/05/07 02:52 📱:P903i 🆔:TWhWMPbI


#143 [◆vzApYZDoz6]

「京ちゃん、どうしたの? さっきからずっと黙って」

最寄り駅から京介達の住むマンションまで、歩いて約5分。
藍と一緒に家路についていた京介は、先ほどの内藤の話についてずっと考えていた。

一応、軽く周囲を警戒しながら。
内藤の話は、まだ半信半疑だった。

「ね、京ちゃん。そういえばさっき内藤先生と何話してたの? 殴られてはいないみたいだけど」
「殴られて、って……まぁ色々話してたんだよ」

藍に言うべきかどうか、少し迷っていた。
さっきの内藤の口振りから察するに、どうやら内藤は有紗と共に敵を探すつもりだろう。

⏰:08/05/07 02:53 📱:P903i 🆔:TWhWMPbI


#144 [◆vzApYZDoz6]
京介は、それならば身辺の警戒だけをしようと思っていた。

わざわざ敵を探しに行くのなんて面倒だし、戦いもできればしたくない。
というか、他人より少し身体能力が高いだけの今の自分が、どれだけ役に立てるのだろうか。

そうなると現時点で藍に話す意味もあまりないし、もし敵に遭遇したら藍を守りながら逃げればいい。
わざわざ自分から厄介事に関わる必要はないし、藍を関わらせる必要なんてもっとなかった。

「色々って何?」
「別にいいから…また今度話すからさ」
「ふーん。教えてくれないわけね」
「いやそういうのじゃなくて…」
「もーいいから」

⏰:08/05/07 02:55 📱:P903i 🆔:TWhWMPbI


#145 [◆vzApYZDoz6]
そうとだけ言うと、藍はもう視界に入っている自宅マンションへさっさと歩いていった。

「何だよあいつ…最近変だな」

その理由はもしかしたら自分にあるのかもしれないが、考えても分からなかった。

「はー、敵さんもいるわけだし…問題が増えてばっかりだ」

大きくため息をつく。
考えすぎて知恵熱でも出しそうだ。

辺りはすでに真っ暗。
とりあえず明日も学校だし、今日は家に帰って休みたかった。
マンションへ小走りに向かい、1階の郵便受けを確認する。

チラッと横を見ると、上へ向かう階段が見えた。

(そういえば…敵さんはどこから来るんだ?)

⏰:08/05/07 02:56 📱:P903i 🆔:TWhWMPbI


#146 [◆vzApYZDoz6]
半年前、ディフェレスへの扉は階段の横部分に出現した。
その扉がディフェレスに繋がったのは藍の能力だったが、扉を作ったのはウォルサーの誰かだ。

その誰かがもしまだ生きているなら、もちろん京介と藍がこのマンションに住んでいるのは知っているはず。
間違いなくここに扉を作るだろう。
もしそうなれば、寝込みを襲われただけで終わりだ。

京介の背筋に一瞬、悪寒が走った。
あまり考えたくはないが、その可能性は高い。
休む暇などあったものじゃない。

「これじゃ寝れないじゃん…明日内藤に相談するか…」

考えても埒があかない。
とりあえず、階段をのぼった。

⏰:08/05/07 02:56 📱:P903i 🆔:TWhWMPbI


#147 [◆vzApYZDoz6]
とん、とん、と。
一定のリズムで階段を上がっていく。

そのリズムに合わせて、階段横のあの場所に、小さな光が生まれていた。
階段をのぼる音が小さくなっていくのに比例して、光は静かに、渦を巻きながら徐々に大きく膨れていく。

京介は気付かず、4階の自宅のドアに手をかける。
それと同時に、光の膨張が止まる。
光は階段横の狭いスペース全体に広がっていた。

京介がドアを開き、中に入る。
ドアが閉じられると同時に、光は弾けるように消え失せ、代わりに小さなドアが出現していた。

間も無くしてその小さなドアから、男が身を屈めて出てきた。

⏰:08/05/07 02:58 📱:P903i 🆔:TWhWMPbI


#148 [◆vzApYZDoz6]
「到着ー、っとぉ」

頭にハンチング帽、口には煙草をくわえて。
コートのポケットには、ビニールフィルムが剥がされただけの新品の煙草が何箱も詰め込まれている。

ドアから出てきたのは、ロモだった。

「異常はなし、かぁ。おまえらぁ、出てきていいぞぉー」

小さなドアの向こうに向かって話しかけると、中からは同じ格好をした男がぞろぞろと出てきた。

10人程度だろうか。皆、特撮にあるような体にピッタリとしたラバースーツを着ている。

「どうですか、隊長」
「まぁいいんじゃねぇのぉ? とりあえず煙草がないか確認しとかないとなぁ」

⏰:08/05/07 02:59 📱:P903i 🆔:TWhWMPbI


#149 [◆vzApYZDoz6]
ロモが少し目深にハンチング帽をかぶりなおす。
短くなった煙草をポイ捨て、すぐに新しい煙草を取り出した。
口にくわえて火をつけ、深くひと吸い。
煙を吐き出しながら、後ろの男たちに向き直った。

「お前らは俺が言うまで待機しとけよぉ。せっかくここから出てきたんだからなぁ」
「イエッサー!」

後ろの同じ格好の男たちが、一斉に同じ敬礼のポーズをとる。
それを見たロモは満足そうに笑い、再び振り返ってゆっくりと歩き出した。

⏰:08/05/07 03:00 📱:P903i 🆔:TWhWMPbI


#150 [◆vzApYZDoz6]
「さぁーてとぉ。それじゃいっちょ、お仕事開始しますかねぇ…」

再びハンチング帽をかぶりなおす。
最後に煙草の煙を深く吸い、かかとで火を消した。

薄く笑みを浮かべながら、マンションを出る。
ロモと男たちの姿が、歌箱市の夜闇の中へと消えていく。

その姿が完全に見えなくなる頃には、階段横の小さなドアも消えていて。

跡には、煙草の吸い殻2つと微かな残り香があるだけだった。


⏰:08/05/07 03:02 📱:P903i 🆔:TWhWMPbI


#151 [◆vzApYZDoz6]
あげまーす
来週あたりに更新予定

⏰:08/07/07 16:15 📱:P903i 🆔:MX0aIOhE


#152 [我輩は匿名である]
あげますヾ(^▽^)ノ
主さん頑張って(>_<)

⏰:08/07/16 18:29 📱:F705i 🆔:sedW7TlQ


#153 [◆vzApYZDoz6]



「ちょっと、行先にじーちゃんのアトリエがあったんじゃなかったの?」
「あったんだけど…ないわねぇ」

同時刻。

ハルキンらとは別行動で祖父の家に向かう予定だったシーナとリーザは、どういうわけか未踏の場所に立っていた。

「おかしいわねぇ…どう考えてもアトリエの近場ではなさそうだし」
「会長の悪戯じゃないの? あの人、そういうのよくやるじゃん」
「まさかこの事態でそんな事はしないと思うけど…」

無いとは言い切れない、と認めるわけにもいかず、リーザが視線のやり場を探すように辺りをもう1度見回す。

⏰:08/07/22 21:23 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#154 [◆vzApYZDoz6]
市街地のようで、高層ビルこそは無いものの、鉄筋コンクリートで建築された様々な建物がある。
リーザらは、その建物のうち1つの入口の前に立っていた。

外に視線を向けると、建物の合間を縦横に縫うように、平たく均されたアスファルトが敷き詰められているのが見える。
アスファルトは白線で縦に仕切られ、その仕切りの上を車輪を履いた文明機器が行き交っていた。
その脇を、人間が歩いている。

祖父の家は、山間部のアトリエに付随する形で構えている。
どう考えても、この場所はアトリエのある山間部ではなかった。

⏰:08/07/22 21:24 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#155 [◆vzApYZDoz6]
「…とりあえず、歩いてみましょうか」
「そうだね、ここがどこなのか分からないし」

と1歩踏み出してみたものの、どこをどう歩けばいいのかも分からない。

迷ってはいけないと思い、後ろにあるであろうゲートを回収しておこうと振り返ったのとほぼ同時。
謎の声に話しかけられた。

「なんとも懐かしい顔じゃな」
「!?」

声の主は、振り返った先にいた。
地面に設置されたゲートの上に、回収させんとばかりに立っている。

声の主は、老人だった。
歳にして70歳前後だろうか。腰は少し曲がり、顔には無数の皺があった。

⏰:08/07/22 21:25 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#156 [◆vzApYZDoz6]
スーツのズボンにヨレヨレのカッターを着込み、右腕には事務作業用の籠手を着けている。

たじろいでいるリーザと目が合うと、皺だらけの顔にさらに皺をよせて、大きな笑みを作った。
リーザが慌てて頭を下げる。
それを、老人が掌を前に出して制止した。

「畏まる必要はないわい。しかし懐かしいの…最後に顔を見たのは、4つか5つの時だったかの?」
「あの…私達は貴方を存じないのですが」
「ん、そらそうじゃな。姓はハルトマン、名はリカルドじゃ。どう呼んでもらっても構わんよ」

老人は言いながら深々と頭を下げる。
態度を見る限り、敵ではなさそうだ。

⏰:08/07/22 21:25 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#157 [◆vzApYZDoz6]
「では、ハルトマンさん。1つお訊きしますが、ここは一体どこなのでしょうか」
「うん? ハルキンから聞いておるだろう?」
「ハルキンから…ってあたしはそんな話知らないけど」
「何じゃ、何も聞いておらなんだか。あの悪戯者め」

仕方ないな、と、ハルトマンが片目を伏せながら、呆れたように苦笑する。
そしておもむろに地面のゲートを回収し、後ろの建物へ振り返った。

「おいでなさい。詳しくは中で、じゃ。茶ぐらい出そうぞ」

そう言って中に入っていくハルトマンを、リーザが一礼してから慌てて追い掛ける。
シーナもそれに続いて中に入った。

⏰:08/07/22 21:26 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#158 [◆vzApYZDoz6]
中は予想外に広かった。

ロビーでは普通に立っている受付嬢に笑顔をもらい、また奥に並んでいるデスクでは、何人もの人が電話に出たり資料を集めていたりと、場立ちのように慌ただしく動いていた。

そして、ハルトマンは誰かとすれ違う度に挨拶をされる。
ハルトマンもその度に笑顔で返していた。

もしかすると、ここは事務所か何かで、ハルトマンは所長なのかもしれない。
そんな想像がリーザの頭に浮かんだ。

階段を上り、廊下を進む。
一番奥の部屋の前で、ハルトマンは歩みを止めた。

「ここがわしの部屋じゃ」

⏰:08/07/22 21:26 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#159 [◆vzApYZDoz6]
案内された部屋は、ある意味ではリーザの想像を裏切らないものだった。

来客用のものだろう、柔らかそうなソファーと年季のある接待机が脇に置かれ、奥には大きな木製のシックデスクが1つ、置かれている。
まさに偉いさんの部屋、といった感じだ。

横の戸棚を見やると、トロフィーやら賞状やらが無造作に置かれている。
それを眺めていたシーナが、おかしな点を見つけた。

置かれている賞状やトロフィーの授与者名が全て、『歌箱市長 駆藤 悠登』となっているのだ。

「歌箱市長、かるとう、はると…? 待って、歌箱市ってことは…」
「そう、ここは地球じゃ」

⏰:08/07/22 21:27 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#160 [◆vzApYZDoz6]
「地球…なんで?」
「主ら、ハルキンに渡されたゲートを使ったじゃろう? あれは、どの目的地を選ぼうがここに来るようになっておる。そういう風にわしが作ったんじゃ」

ハルトマンは言いながら、回収したゲートを取り出す。
1メートル四方ほどの大きさで、フィルムのように薄く、それを筒状に丸めていた。
そのゲートをおもむろに、デスクの脇にあるゴミ箱へ無造作に突き立てる。

「これは一方通行の使い捨てでな…1度使うと、もう使えなくなる。それを使うということは…何か、あったんじゃな?」
「ちょっと待ってよ。ハルトマン、あんたは何者なの?」

⏰:08/07/22 21:28 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#161 [◆vzApYZDoz6]
シーナが怪訝そうな顔をしてハルトマンに詰め寄る。
当然のように話を進めるハルトマンを、少し不審に思ったのだろう。

見ていたリーザが2人に割って入りシーナを制止した。

「止めなさい、シーナ。失礼でしょう」
「いや、構わんよ。そう言えば名前以外何も話しておらんかったな」

ハルトマンは来客用のソファーに腰掛け、向かいの席に手を差し出して2人に座るよう促した。

「お座りなさい。少し話が長くなる」

シーナとリーザが互いの顔を見合わせる。
リーザが遠慮深げに促されたソファーに腰掛け、シーナが少し肩を竦めながらそれに続いた。

⏰:08/07/22 21:29 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#162 [◆vzApYZDoz6]
<Font Size="-1">それを確認したハルトマンが、満足そうに手を引っ込めた。

「失礼します」
「ほっほ、そう畏まらんでもよい。楽にしなさい。」

顔の前で大げさに横手を振りながら、ハルトマンが再び立ち上がる。
デスクの上に置かれた急須にポットのお湯を注ぎ、3人分の湯飲みと一緒にお盆に乗せて戻ってきた。

「煎茶じゃ。遠慮はせんでよいぞ」

席につきながら、何か言おうとしていたリーザを牽制し、湯飲みにお茶を灌ぎ始める。
コポコポとお茶を淹れる音と共に、煎茶独特の芳ばしい香りが辺りに広がった。

⏰:08/07/22 21:30 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#163 [◆vzApYZDoz6]
それを確認したハルトマンが、満足そうに手を引っ込めた。

「失礼します」
「ほっほ、そう畏まらんでもよい。楽にしなさい。」

顔の前で大げさに横手を振りながら、ハルトマンが再び立ち上がる。
デスクの上に置かれた急須にポットのお湯を注ぎ、3人分の湯飲みと一緒にお盆に乗せて戻ってきた。

「煎茶じゃ。遠慮はせんでよいぞ」

席につきながら、何か言おうとしていたリーザを牽制し、湯飲みにお茶を灌ぎ始める。
コポコポとお茶を淹れる音と共に、煎茶独特の芳ばしい香りが辺りに広がった。
3人分の煎茶を灌ぎ終え、ハルトマンは茶を1口含んでから話を始めた。

⏰:08/07/22 21:31 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#164 [◆vzApYZDoz6]
「そうじゃな…とりあえずわしの紹介から始めようかの」

これから重要な話をするであろうに、場の雰囲気は非常に穏やかなままだった。
常に笑顔を崩さないハルトマンの存在が、そうさせているのだろうか。

「わしは元々地球に住んでおった。リカルド・ハルトマンと言うのはディフェレスに渡ってから使いだした名でな…駆藤 悠登のほうが本名じゃ」

「なぜディフェレスに行かれたのですか?」

「原因は分からん。俗にいう『神隠し』のような現象に見舞われ、気付けば向こうの世界におった。もしかしたら誰かの仕業かもしれんが、わしの身に何も起きておらんから可能性は低い」

⏰:08/07/22 21:32 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#165 [◆vzApYZDoz6]
「どうやらスキルやゲートとは別に、自然現象でディフェレスに飛ばされる事も稀にあるようじゃ。恐らくはそれじゃろうな」

最初は気だるそうにしていたシーナは、いつの間にか話を聞く顔が真剣そのものになっていた。
そう言えば、いつだったか内藤がそんな話を聞かせてくれた気がする。

「とにかく、わしは異世界で迷子になったわけじゃ。アテもなくさ迷い歩いておると、ある1つの集落を見つけた。それがパンデモじゃ」

時々煎茶をすすりながら、ハルトマンは話を進める。
決して楽しい出来事ではないのに、まるで幸せな思い出を反芻するかのように、穏やかな笑顔を絶やさなかった。

⏰:08/07/22 21:32 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#166 [◆vzApYZDoz6]
「そうしてわしはパンデモで保護され、長いことパンデモで暮らしておった。パンデモのスキルも身に付けてな」

「パンデモのスキルって…『ライフアンドデス』だっけ?」

「そうじゃ。あれはパンデモ特有のスキルではあるが、どうやらわしは潜在的にその力を持っておったようでな。…そうじゃな、今にして思えば、あの時パンデモにたどり着いたのは偶然ではなかったのかもしれん」

既に興味津々といった感じにハルトマンの話を聞いているシーナとは対照的に、リーザは俯いて深刻な顔色をしている。

この時リーザはある別の事を考えていたが、すぐに思考を止めた為に気付く者はいなかった。

⏰:08/07/22 21:33 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#167 [◆vzApYZDoz6]
「ディフェレスに飛ばされたのが12歳の頃じゃった。すぐにパンデモで暮らし始め、それからは実に50年以上の時をパンデモで過ごした」

また茶をすすり、今度は机の真ん中に置いてあった菓子折りに手を伸ばす。
煎餅を1枚つまんでシーナに差し出したが、遠慮されてしまったので残念そうに自分の口に運んだ。

「そして、65歳の頃にバニッシ…こっちで言う内藤がバウンサーの一員になった時に一緒にハルキンに誘われ、バウンサーに所属するようになった。族長の座をバニッシの父であるバッシュに譲り渡してな。そうして地球に再びやって来たのは、その直後じゃった」

⏰:08/07/22 21:33 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#168 [◆vzApYZDoz6]
「会長って誰でも誘うのねー、あたしなんて物心ついた時には既にラスカに怒鳴られてたよ」

シーナがハルトマンにつられてか、昔を思い出す。
シーナ、そして双子の姉のリーザは、記憶も無いほど幼い頃にハルキンに引き取られた。
2人が引き取られる前までは、ラスカはバウンサーの紅一点だった。
その当時10歳だったラスカは、同じ女の子であるシーナとリーザを妹のように世話していたものだった。

「そう言えばラスカもあたしと8つしか変わらないし…会長、ロリコンだったりして」

「ほっほ、言うのう。まぁ、あやつが連れてくるのは年端もいかぬ若い奴ばかりじゃったな」

⏰:08/07/22 21:34 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#169 [◆vzApYZDoz6]
「ハルキンが4、5歳のお主らを連れてパンデモにやって来た時は驚いたわい。なぜわしを誘ったのかと訊くと『地球へ行ってくれ』じゃらな」

ほっほ、と笑い飛ばす。
その姿は、とても70歳近くの老人には見えないほどに活気に溢れていた。

「『これから地球で活動する必要がある。お前が向こうでできるだけ地位の高いところに居てくれれば助かる』と言いおったよ。わしの本籍を抹消していなかった両親に感謝せんとな」

その時だけ一瞬ハルトマンの目が淀んだのをリーザは見ていたが、何も言わなかった。

「まぁ、そんなわけでわしは今、ここ歌箱市の市長をやっておる、というわけじゃ」

⏰:08/07/22 21:35 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#170 [◆vzApYZDoz6]
「うん、よーく分かったよ」

シーナが柄にもなく沁々と頷く。
ハルトマンの話は何より、その人柄は信用できるものだった。

ならば、と一言、ハルトマンが煎茶をすする。
湯飲みを置いて、少し真剣な顔つきでシーナとリーザを見据えた。

「思い出話にも花が咲いた事じゃし、そろそろ本題に入るぞ。今、ディフェレスではどうなっておる? ハルキンからは、グラシアを倒した事は聞かされておるが」

「それなんだけど、実は…」

シーナとリーザは、その後の出来事で知っている事を全て話した。
グラシアがまだ生きている事、新たな敵、地球とパンデモが狙われている事。

⏰:08/07/22 21:35 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#171 [◆vzApYZDoz6]
とにかく知っている事を子細に説明していく。
ハルトマンは、確認するように何度も小さく頷きながら、2人の話を聞いていた。

「……なるほど、そんな事が起きておったのか。しかしまた、随分とダッシュな展開じゃのう…」
「そのくせ更新遅いしね。作者は絶対やる気ないんだって」
「……2人とも、一体何の話をしているの?」
「え、何の話って現状の話じゃん。何言ってんの姉さん?」
「……何でもありません」

ふぅ、とリーザは1つ小さなため息をつき、煎茶を1口すすった。
ハルトマンが昔を語り出してから今まで1度も手をつけていなかったので、少しぬるくなっていた。

⏰:08/07/22 21:36 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#172 [◆vzApYZDoz6]
「ハルトマンさん…私達がここに来た理由なんですが」
「おお、まだそれは聞いていなかったな。どうしてじゃ?」

リーザは一度ためらうように湯飲みに視線を落とした。
しかし、すぐに決意のこもった顔でハルトマンを見据えた。

「シーナが無くした血風丸が、敵の手に渡っていました」
「…それは本当か!?」

どんな話をしていても笑顔を保っていたハルトマンまでもが、神妙な顔つきになる。

「祖父の仕業という確証はありません。しかし、敵がリリィと呼ぶバイクに…『SED』が搭載されています。恐らく、としか言えませんが」
「そうか…厄介な事になったのう」

⏰:08/07/22 21:37 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#173 [◆vzApYZDoz6]
2人が重苦しい雰囲気を出す中、シーナは明らかに不機嫌になっていた。
もはや話についていけていないのは自分だけだろう。
その疎外感が苛立ちの元になっていた。

次第に耐えかねて、とうとう口を開く。

「ねぇ、一体何の話をしてるわけ? そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
「今はあなたが知る必要は無いわ」
「うむ…知ってしまうと、おまえさんにまで危険が及ぶ」
「はぁ、またそれ? ずーっとそればっかりじゃない」

もういい、とシーナは1人立ち上がり、部屋の扉へ向かってドスドスと歩いていく。
相当に不機嫌らしい。

⏰:08/07/22 21:38 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#174 [◆vzApYZDoz6]
「ちょっと、待ちなさい!」

リーザが声を張り上げたが、シーナは聞く耳を持たない。
扉を開け、ずかずかと部屋から出ていってしまった。
自分だけ蚊帳の外なのが、気に入らないのだろう。

肩を落としながら席に戻るリーザを、ハルトマンが目を細めて眺めた。

「もう…仕様がないわね」
「仕方ないじゃろう。今はまだ言えない事じゃ」

どっこいしょ、という要らぬ掛け声と一緒にハルトマンが立ち上がり、全身を使って伸びをする。

おもむろに壁掛け時計を見て時間を確認した。既に午後11時を回っている。
些か話しすぎたようだ。

⏰:08/07/22 21:38 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#175 [◆vzApYZDoz6]
「おまえさん達の寝床はわしが用意してやるが…敵が現れたりせんかのう」
「既に地球にも刺客が送りこまれてる、と敵は言ってましたけど」
「しかし、内藤からは何も聞いて…」

言いかけたところで、デスクに置かれた電話が鳴り響く。
ハルトマンが受話器を取り上げた。

電話の相手は、リーザにも聞こえる程の大声で。
その叫びは、ハルトマンの背筋を凍らせるには十分すぎた。


『すぐに来てくれ! 川上が敵に拐われた! すでに街の郊外まで敵が来ている、とにかくすぐに来てくれ!』


予想外に早い敵の進軍。
それを知らせた声の主は、内藤だった。


⏰:08/07/22 21:39 📱:P903i 🆔:L4Q41k3c


#176 [◆vzApYZDoz6]



時間軸は少し戻る。時刻でいえば8時半、ちょうどシーナとリーザが地球にやって来た頃。

家の近所にある自動販売機の前に、京介はいた。

「寝ようとは思っても、あんな話を聞いた後じゃなー…」

呟きながら、投入口にコインを入れる。
百円玉を1枚、十円玉を2枚。入れ終わったら『つめた〜い』のエリアにあるボタンを押す。

どうでもいいが、最近は英語表記が多く『つめた〜い』とか『あたたか〜い』とか書かれている自販機が少なくなった気がする。
いや、本当にどうでもいいんだけど。

出てきたファンタフリフリシェイカーを普通に振って、蓋を開ける。

⏰:08/08/29 22:03 📱:P903i 🆔:saOknxQ2


#177 [◆vzApYZDoz6]
ちなみにファンタフリフリシェイカーと言うのは、缶を振らないと飲めないという『炭酸ゼリー』。

食感はゼリーだが炭酸のようにシュワシュワしていて、作者はわりと好きなのだが、作者の周りでの評判は今ひとつ。
最近はリアルキアイダーと共に自販機でよく見掛けるようになった。

ちなみにリアルキアイダーと言うのはアニマル浜口とリアルゴールドがコラボレーションって話が逸れましたね、ごめんなさい。

とにかく、なかなか寝付けなかった京介は気分転換も兼ねてフリフr…ジュースを買いに外に出た、というわけだった。

ジュースは既に飲み干してしまったが。

⏰:08/08/29 22:04 📱:P903i 🆔:saOknxQ2


#178 [◆vzApYZDoz6]
「しっかし、明日からどーするかなぁ…」

飲み終えたスチール缶を、自販機の隣の空き缶入れに投げ捨てる。
が、惜しくもフチに当たって弾かれ、カラカラと音を立てて地面を転がった。

悔しそうには見えない舌打ちを1つ。
携帯電話を見て時間を確認すると、家とは反対の方向に歩き出した。
ついでに地面に横たわるスチール缶を蹴りだす。

「…よっ…と…ああ、そっちに行くなよ!」

カランカランと音を立てて、スチール缶でドリブルする京介。
思いのほか楽しそうだが、時間的に近所迷惑にはならないのだろうかと心配してしまう。

⏰:08/08/29 22:04 📱:P903i 🆔:saOknxQ2


#179 [◆vzApYZDoz6]
そうして向かった先はコンビニ。
空き缶ドリブルもあるし、気分転換はまだ続くようだ。
よくよく考えれば、寝るにはまだ早い時間だ。

表通りではなく路地からコンビニに向かうため、裏にある駐車場を通らないとコンビニには入れない。

「…ん?」

そのために駐車場に入ると、コンビニの裏にある煙草の自販機を睨む男が見えた。

手には吸いかけの煙草、足元にも煙草の吸い殻が数本落ちているというのに、まだ買うつもりなのだろうか。
男は無精髭を生やしていて、よく見るとリアルキアイダーを持っていた。

リアルキアイダー片手に煙草の自販機を睨む、無精髭の男。

⏰:08/08/29 22:05 📱:P903i 🆔:saOknxQ2


#180 [◆vzApYZDoz6]
それがよほど不自然に見えたのか、空き缶ドリブルをやめて不審な目で男を見る京介。

その視線に気付いたのか、空き缶ドリブルの音がうるさかったのか、男が軽く驚いたような様子で京介に振り返った。

「……いよぉーう」
「…? ど、どうも…」
「誰だ? ってぇ顔してるから教えてやるぜぇ。俺はウォルサーの雇われモンのロモ。あんたと、もう1人のお嬢ちゃんの身柄を頂きに来た」
「…っ!!」

とっさに身構える。
内藤から忠告を受けたその日にこれだ。

正直、戦いだとかそんなものに関わりたくなかった京介にとっては、まったく馬鹿馬鹿しい事この上なかった。

⏰:08/08/29 22:06 📱:P903i 🆔:saOknxQ2


#181 [◆vzApYZDoz6]
ロモは吸っていた煙草を地面に捨て、再び新しい煙草に火をつける。

「そぉーんなに警戒するってこたぁ…やっぱり誰か告げ口しちまったなぁ? セリナの姐さんは向こうにいる筈だし…クルサの坊っちゃんかぁ? ま、落ち着けよーう」

「…襲って来ないのかよ?」

「危害を加えるつもりはねぇよぅ。とりあえず落ち着けってぇ」

確かに見たところでは武器も持っているようには見えないし、戦う意思も感じられなかった。

だが、ロモがレンサーである可能性は高い。レンサーである以上、気は抜けない。

何より、スキルを持たない今の自分では満足に戦えるか分からないのだ。

⏰:08/08/29 22:07 📱:P903i 🆔:saOknxQ2


#182 [◆vzApYZDoz6]
「身柄を頂きにきたわりに、危害は加えない? どういうつもりだよ」

何かしてきてもすぐに対応できるように警戒しながら、構えだけ解く。

ロモはさっき火を着けたばかりの煙草を中程まで吸い、京介の右斜めあたりにポイ捨てた。
再び新しい煙草を一本取り出し、火を着ける。

「俺ァ争い事が嫌いなんでさぁー。できれば平和的についてきてほしいわけよぅ」
「それは無理な相談だな」
「だよなぁー、そうだよなぁー。じゃ、諦めるわぁ」
「…!?」

ロモはそう言うと、手にしていたリアルキアイダーを飲み干して地面に置き、京介の方へ向かって歩き出してきた。

⏰:08/08/29 22:07 📱:P903i 🆔:saOknxQ2


#183 [◆vzApYZDoz6]
ロモが動き出したのを確認して、素早く身構える。
その時に、ドリブルしていたスチール缶に足が当たりロモの前に転がった。

だがロモはスチール缶や京介をまったく気にもせず、当たり前のように隣を通りすぎる。
京介が慌てて振り返ると、ロモはまた煙草をポイ捨てしていた。

「…本気で帰る気か? 一体何しに来たんだ?」
「だぁから平和的に、っつうのが好きなんだよぅ。あんたぁ、戦いたいのかい?」
「いや…そういうわけじゃねーけど…」

そうだろう、と言いながらロモはまた煙草を取り出す。
呆れたヘビースモーカーだ。

⏰:08/08/29 22:08 📱:P903i 🆔:saOknxQ2


#184 [◆vzApYZDoz6]
まったく何を考えているのか分からなかった。
本当についてこいと言いにきただけなのか、それとも偶然会っただけで、武器を持っていないのか。

確かに、今遭遇したのは偶然だろう。
わざわざウォルサーの人間だと名乗ったのも、出鼻をくじいて主導権を握ろうとしたからなのかもしれない。

そう考えると、さっさと帰ろうとしているのも納得できなくはない。

(帰るって言ってるし、無理に突っかかる事もないか…?)

そう考えたのが甘かった。

ほんの少し、意識しない程度に緊張が解け、力が抜ける。
些細な無意識下での油断。

ロモはそれを見逃さなかった。

⏰:08/08/29 22:09 📱:P903i 🆔:saOknxQ2


#185 [◆vzApYZDoz6]
「あんたぁ…甘いねぇ」

ロモは鼻で笑い、京介に向かって吸いかけの煙草を指で弾く。

京介は視界こそロモに向けていたが、突然飛んできたために反応が遅れる。
自分に向かう煙草が、なぜかスローモーションに見えた。

その遅れた視界は、久しぶりに味わう命に関わる緊張感。
ただの煙草だというのに、距離が縮まるほどに心臓の高鳴りが早まっていく。
直感は、すでに己の敗北を認識していた。

「平和的にって話、ありゃ嘘だ」

ロモが捨てた煙草は計3本。京介の背後、右、前方に1本づつ。
今飛んできた4本目が、京介の左側。

それらが全て、爆発した。

⏰:08/08/29 22:10 📱:P903i 🆔:saOknxQ2


#186 [◆vzApYZDoz6]
「しまっ――!」

四方を囲まれ逃げることもできず、京介の体が爆炎に包まれる。
炎は大したことはないが、指向性を持った爆発の衝撃が京介を四方から押し潰した。

崩れ落ちる京介の目に映るのは、余裕で煙草をふかすロモの姿。
その煙草はまだ火を着けたばかりだったが、ロモは最後にそれを放り投げた。

放物線を描いて、京介の眼前に煙草が落ちる。
火の着いたばかりの煙草は小さな爆発を起こし、その衝撃はピンポイントに京介の顎を打ち抜いた。

(藍……くっ…そ…)

⏰:08/08/29 22:11 📱:P903i 🆔:saOknxQ2


#187 [◆vzApYZDoz6]

程なくして爆音を聞き付けたコンビニの店員が様子を見にきたが、そこにあったのは焦げた跡と煙草の吸いがら。

そして、コンビニに並べられている新商品のジュースの空き缶が2つ、転がっているだけだった。

⏰:08/08/29 22:12 📱:P903i 🆔:saOknxQ2


#188 [◆vzApYZDoz6]


時間軸は元に戻る。
午後11時半。ハルトマン達が内藤からの連絡を受けて、急ぎ足で内藤宅へ向かっているちょうどその頃。

歌箱市内のとあるホテルの最上階の一室に、窓から夜景を眺める1人の人間がいた。

男か女かはよく分からない。
というのも、体は細く小さくて、髪はさながら貞子のように長いため、見た目からは判断できないからだ。

その人間は窓辺からの景色に飽きる事なく、まるで何かを探しているかのように、ひたすらに外を眺めていた。

ちょうどその時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

⏰:08/09/17 23:57 📱:P903i 🆔:PrwlaPVk


#189 [◆vzApYZDoz6]
窓辺から離れ、緩慢な動作で扉を開けてやる。
ハンチング帽を被り、大きな荷物を担いだ男が入ってきた。

「いよーう、ただいま帰ったぜトビーちゃん。ほれ、オレンジジュース」
「……ん…お…かえり…」

入ってきたのはロモで、それを迎えた髪の長い人間はトビーだった。

トビーはロモからオレンジジュースを受け取りつつも、視線は大きな荷物に向けられていた。
ロモはそんなことお構いなしに、コンビニで買っておいたコンビーフにかぶりつく。

「コンビーフってなぁー男の味だよなぁー」
「………ねぇ…」
「んん?」
「…なに…それ…」

⏰:08/09/17 23:57 📱:P903i 🆔:PrwlaPVk


#190 [◆vzApYZDoz6]
当然コンビーフのことを訊いたのではない。
トビーが指差しているのは例の大きな荷物で、その荷物はモソモソと動いていた。

というか、普通に人だった。

後ろ手に縛られ猿轡をされているが、呻きすらしないところを見ると相当弱っているらしい。

見れば服の所々に焦げ跡がつき、破れている。
そのことからロモと交戦したんだろうということはわかるが、わざわざ連れ帰ってくるとは、一体何者なのだろうか。

「なにっておめぇ、こちらに転がっておわすのが地球人レンサーの川上京介くんよ」
「……なん…で…連れてきた…の…?」

⏰:08/09/17 23:58 📱:P903i 🆔:PrwlaPVk


#191 [◆vzApYZDoz6]
「いやそれがなぁ…不意にとはいえ会っちまった手前スルーするわけにもいかず、ついハッタリかまして連れてきちまってよぅ」
「…ばか」

実のところ、ロモが京介や藍を捕まえるために来た、という話は嘘だった。

ロモの仕事は、断層結界を張る役目であるトビーの護衛と身辺の世話。
ただそれだけなのに、ばったり会ってしまったのだから困る。

一応連れ帰ってきたものの、これからどうするかは考えていなかった。

「まぁ…しばらく置いとこうぜ。それよりトビーちゃんよぅ、ちゃんと仕事はやったのかい?」
「…まだ……さっき…ついたばかり…」

⏰:08/09/17 23:58 📱:P903i 🆔:PrwlaPVk


#192 [◆vzApYZDoz6]
「おーぅ、なら早めに終わらしちまいなぁ」
「…うん…」

トビーが地球に来た理由、それはやはり結界だった。

トビーのスキル『マイルーム』は、結界内の空間を自分の部屋として制御するもの。
それを使い、パンデモを外界から完全に隔離した。
それに引き続いて、歌箱市も隔離状態にするようだ。

トビーが窓際に歩み寄り、静かに手を合わせる。
何かを呟くと、ちょうどパンデモの時のように、空にノイズが走っていく。

正方形に展開したノイズが歌箱市を包み、スキルが発動された。

「…設定が…多い…」
「ま、適当でいいんじゃねーのぉ?」

⏰:08/09/17 23:59 📱:P903i 🆔:PrwlaPVk


#193 [◆vzApYZDoz6]
「…最初…が…かんじん…」
「ほー、よくわからんがまぁがんばりなぁ」

ロモは盛大にあくびをして、ソファーに寝転がった。
それを眺めながらトビーがオレンジジュースを飲み干し、再び作業に戻る。

夜中という事もあり、現時点で空のノイズ、ひいてはトビーのスキルに感づいているのは、京介だけだった。

明日にはウォルサーが総攻撃を仕掛ける手筈になっている。
これならうまくいく。トビーはそう思っていた。


だが、まだウォルサーの誰もが把握していないレンサーが2人、地球にいることを、トビーは知らなかった。


⏰:08/09/17 23:59 📱:P903i 🆔:PrwlaPVk


#194 [我輩は匿名である]
あげ(o>_<o)

⏰:08/11/14 05:16 📱:F705i 🆔:iMSVso2.


#195 [我輩は匿名である]
更新する暇が無さすぎる…待っているお方、本当に申し訳ない

⏰:09/01/04 03:56 📱:P903i 🆔:k88rkEec


#196 [我輩は匿名である]
 


突然感じた揺れに、朦朧としていた意識が鮮明さを取り戻す。
瞼を上げて、なお眼球にしがみつく微睡みを指先で拭い、ハルキンは顔を上げた。

先程から聞こえるのは、耳先が風を切る音と犬が地を蹴るかすかな音、それらをかき消さんばかりに響くバイクの走行音だけ。

フラットのバイクの後部座席にまたがっていたハルキンが、前を覗きこむようにしてバイクから少し身体を乗り出し、辺りを見回す。

と同時に揺れが収まる。後ろを振り返ると、荒れた砂利道がテールランプに照らされ、そして離れていく。

どうやら先程までこの砂利道を走行していたらしい。
今は舗装された道に戻り、車体は安定を保っていた。

⏰:09/03/11 21:52 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#197 [我輩は匿名である]
前方に顔を向ける。
目に写る景色は、バイクのヘッドライトに照らされた小さな範囲のみで、辺りは依然として漆黒の闇に包まれたままだった。

ハルキンが眉間にしわを寄せながら、腕時計に目をやる。
現在の時刻は、午前4時21分。
最後に時計を確認したのは、午前4時前だった。いつの間にか眠ってしまったようだ。

⏰:09/03/11 21:53 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#198 [我輩は匿名である]
パンデモ到着までは、まだ時間がかかる。
居眠りはいい仮眠になったが、それでも眠気がつきまとう。

ハルキンは深く息を吸い、その眠気を振り払うように大きく息を吐き出した。

⏰:09/03/11 21:53 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#199 [我輩は匿名である]
周囲には建造物も、動物すらもいない、ただただ広大な草原。
その真ん中にひたすらまっすぐ通じている道を、バイク2台と犬1匹が走り続ける。

バイクの運転席に股がるのはフラット・ブロックらジェイト兄弟。
ブロックのバイクの後部座席にはラスダンが乗っている。

犬というのは、ハルキンのペットのスティーブだ。
犬にしては体はかなり大きく、それに見合って足も速く体力も大したもの。

背中にラスカを乗せて、かれこれ4時間は最高スピードを維持するバイクに、遅れをとらずに走り続けていた。

⏰:09/03/11 21:54 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#200 [我輩は匿名である]
変わる事のない景色を見続けるのにもすぐに飽きがきて、ハルキンは再び身体を後部座席に預けた。




──どれだけ走っただろうか。

気が付けば、見渡す限りまで延々と続く地平線の先が、わずかに白んできている。
もうすぐ夜が明ける。

再び時刻を確認する。午前5時47分。
そろそろパンデモが見えてくる頃だ。

⏰:09/03/11 21:56 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#201 [我輩は匿名である]
「お前ら、現場に着いた後の手筈を確認しておくぞ」

ハルキンが周囲の音に負けないよう、声を張りながら言った。

「まずはラスカが結界の有無を確認、結界があればその性質を確認して解除だ。
解除はバレても構わん、どうせ侵入すればすぐバレる」

「了解」

「次いでラスダンはサイレントハッカーでパンデモの状況を確認しろ。後の判断は状況次第だ」

「了解」

一息置いて、バイクを駆る兄弟2人に顔を向ける。

⏰:09/03/11 21:57 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#202 [我輩は匿名である]
「あとはお前らだ。敵をできるだけ東の高台へ引き付けろ。
俺とラスダンはその間に西の居住区へ向かう」

「了ー解」

「あいよー」

相変わらずの軽返事をする2人だが、これが一番大変な仕事だ。

パンデモは西から東へ階段上に傾斜がついており、西は居住区となっている。
東は修練場や儀式場など、普段は人が集まらない場所だ。

⏰:09/03/11 21:57 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#203 [我輩は匿名である]
敵が攻めるとすれば、地理的に見ても当然東から西へ進むだろう。
パンデモ住民の多くは西の居住区に住んでおり、族長であるバッシュやその他の手練れ達もほとんどが西だ。

さらに突然通信が途絶えたのだから、敵の進行を予測していなかった可能性が高い。
自然、戦闘区域は西の居住区となってくる。
敵の心理としても、占拠するにしろ壊滅させるにしろ、東から西へ攻め入る方が遥かに楽だ。

つまり、敵の拠点は東の高台にある事になる。

⏰:09/03/11 21:58 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#204 [我輩は匿名である]
西にいる敵を東へ誘い込み、その間にハルキンがバッシュらと合流し、東の敵へ逆挟み撃ちをかける手筈なのだが、先にジェイト兄弟が囲まれやられる可能性も低くない。
危険度は非常に高かった。

そしてパンデモの状況も、戦闘区域が西側であるとは限らないし、敵の拠点が東側にあるとも限らない。
他にも不確定要素が多く、細かな作戦が立てられなかった。

これぐらいの作戦はハルキン達も幾度か体験している。
それでも張りつめたような緊張感が漂っていた。

⏰:09/03/11 21:59 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#205 [我輩は匿名である]
 
程なくして、前方の地平線の先に山脈が見えてきた。
と言ってもまだまだ距離は遠い。あと20分はかかるだろうか。

目指すパンデモの地はその山脈の中の、さらに奥地にある。

「いよいよか…」

ハルキンが、小さく声を洩らした。

⏰:09/03/11 21:59 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#206 [我輩は匿名である]
 

荒れた山道を走ることおよそ40分。
バイクは徐々に速度を落とし、やがて茂みの中で停止した。

続いてスティーブも横に止まる。
前傾姿勢になってラスカを降ろし、やがて腰を落ち着かせ舌を出して犬特有の肩呼吸を始めた。
スティーブにさして疲れている様子はない。たいした体力だ。

フラットがバイクのエンジンを止めたのを確認して、ハルキンが後部座席から降り地に足をつける。
右手で煙草を取り出しながら、左手の腕時計に目をやった。

時刻は午前7時ぴったり。予定通りだ。

⏰:09/03/11 22:00 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#207 [我輩は匿名である]
マッチを擦り煙草に火をつけ、顔を上げる。

夜は完全に明けている。頭上にひしめく木立から、薄く木洩れ日が射していた。

煙を燻らしながら辺りを見回す。
茶色に染まったススキの穂が、胸にまで届くかというくらい長く伸びていた。

隣でジェイト兄弟が嫌そうな顔をしながら車輪に絡むススキと格闘しているが、身を隠すにはこの丈の長さは好都合だ。

このススキの群生地を掻き分けて先へ進めば、パンデモの北部に出る。

⏰:09/03/11 22:01 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#208 [我輩は匿名である]
ここから侵入するのには理由がる。

パンデモには東北から南西にかけてちょうど対角線を引いたように大きな河が流れている。
河の南西部には特に重要な施設が集まっており、パンデモ唯一の外交湾である族長の家もここだ。

この施設群は、河をまたいだ西側に固まっているため、東側から来る敵は河を渡る必要があった。

河にかかる橋は1つ、ちょうどパンデモの中央にあるので、ここさえ落とされなければ占拠されることはない。

⏰:09/03/11 22:02 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#209 [我輩は匿名である]
つまり北側から侵入すれば、敵に会うことなく、河の方を向いている味方に後ろから接触することができる。

また、同時にジェイト兄弟らを南側から侵入させて挟み撃ちにする事もできたが、侵入時の状況が予測できないので危険が大きい。
少人数で侵入するのだから、戦力の分散はできなかった。

⏰:09/03/11 22:02 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#210 [我輩は匿名である]
「…行くぞ」

取り出した携帯灰皿に吸い殻を押し付けながら、ハルキンが言った。

「エンジンは切ってるな。キーは差しっぱなしにしとけよ」

「あいよ」

返事を確認し、ハルキンが歩き出す。他もそれに倣った。


ススキの大群はすぐに終わりを迎えた。

茂みを抜けた先に、開けた丘陵地帯が広がる。
本部から出発して約6時間、ようやくパンデモにたどり着いたのだ。

⏰:09/03/11 22:03 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#211 [我輩は匿名である]
朝方のこの時間なら、耕作に勤しむ者がこの北側にいてもおかしくないのだが、その姿は見えない。
それどころか、見渡す限りパンデモのどこにも人の姿は見えなかった。

耳に入るのはせわしなく飛び交う朝鳥の鳴き声だけ。
人の声は聞こえてこない。

「視聴覚遮断型の結界か…? ラスカ、どうだ?」

ハルキンが言う前から、既にラスカは結界解析作業に入っていた。
答はすぐに返ってきた。

「おかしいね…どうも、結界が張られていないみたい」

「張られていない?」

「形跡はあるんだけど。それもなかなか強力なヤツの、ね」

⏰:09/03/11 22:04 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#212 [我輩は匿名である]
「…ラスダン!」

「分かってる」

ラスダンもまた言われる前に動いていた。
宙空に片手をかざし、小型のノートパソコンを出現させる。
画面を睨むラスダンが、眉間に皺をよせ渋い顔を作った。

「…人っ子一人見当たらない。人形ならうじゃうじゃいるけどね」

「人形…?」

「中には甲冑とかマネキンみたいなのも混じってるけど」

⏰:09/03/11 22:04 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#213 [我輩は匿名である]
ハルキンが記憶の糸を辿る。
半年前の戦いの時、確か人形を操る奴がいたはずだ。

「名前は…なんつったっけかな」

額に手を当て唸るハルキンを見て、ラスカが聞いた。

「誰か心当たりがある奴でもいるの?」

「ああ。人形の方ならな」

確か、風船で作った人形に自分が出したガスを吹き込み、そのガスを操って人形を動かす、という能力だったはず。

応用すれば、甲冑やマネキンにガスを注入して操るぐらいはできるだろう。

⏰:09/03/11 22:05 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#214 [我輩は匿名である]
「アイツか…」

「…もしかして、リッキーとかいう奴?」

ラスダンが事も無げに聞いてきた。

「名前は知らん。風船を操るいけすかねぇ奴だったのは覚えてる」

「やっぱりね…でも残念、彼なら京介くんが倒しちゃったよ」

「つうことは、あの人形は別の奴か。…つうかアイツ、 あ の 京介ごときに負けたのか? 正真正銘の雑魚だなそりゃ」

「間違いなく雑魚だね。 あ の 京介くんにすら勝てないんだから」

「…あんたたち、京介に恨みでもあるの? 『あの』がやけに強調されてる気がするけど」

ラスカが呆れたように腰に手を当てた。


 

⏰:09/03/11 22:07 📱:P903i 🆔:MWxFamuw


#215 [我輩は匿名である]
「結界?」

ハルトマンに連絡を取ったきり黙っていたかと思うと、突然立ち上がり窓の外を眺めだした内藤。
その内藤が窓辺で呟いた言葉を、有紗が鸚鵡返しする。

内藤が振り返り、壁掛け時計を確認しながら答えた。
時刻は11時40分。もう少しで日付が変わる。

「ああ。何処のどいつの仕業かは分からないが、今展開されてる。
恐らく歌箱市全体を覆うように、な」

⏰:09/09/08 13:14 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#216 [我輩は匿名である]
再び窓を振り返り、空を仰ぎ見る。
夜の空に混じって、チューナーのずれたテレビ画面のような黒いノイズが、バケツの水をひっくり返したように急速に広がっていた。

ノイズが広がる方向の逆側へと目を走らせる。

ノイズの発生源となっている上空の下に、一際大きなビルが建っていた。
ノイズはそのビルの屋上から細く伸び、広がっている。

⏰:09/09/08 13:19 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#217 [我輩は匿名である]
「…有紗、後で仕事を頼んでいいか」

「いいけど。あなたはどうするの?」

「俺は俺でやる事がある」

そう言うと、内藤はピシャリと窓を閉めた。

と同時に、玄関の扉が慌ただしく開く音が聞こえる。

「来たか」

やがて、ハルトマン、シーナ、リーザの3人が入ってきた。

⏰:09/09/08 13:20 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#218 [我輩は匿名である]
3人を見た有紗が不思議そうな顔をする。

「あら…集まるのはいいけど、どうするのよ?
まだ京ちゃんの居場所わかってないんでしょ?」

確かに、現状敵や内藤の居場所を把握できていないので、やれることはあまりない。

「確認すべきことはいくらかあるが…まぁ今はいい」

「ところで…この事は浅香君には言ってあるのかね?」

ハルトマンが内藤と有紗ね間に口を挟む。

「いや…そもそも川上は浅香に何も話していなかったしな」

そう言って、内藤は煙草に火をつける。
深くゆったりと煙を吐き出して、天井を煽った。

⏰:09/09/08 13:20 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#219 [我輩は匿名である]
今の京介はスキルを失っているため、戦うことはできないだろう。
内藤もそれを知っている。
そして、京介がは今回の件に関わりたがっていない事も感じていた。

そこで、藍に何も伝えず、京介を藍につかせる事で、戦線から京介を外そうとしていた。
その矢先の誘拐、である。

敵が京介と藍を狙っているのは確実。
結果論だが、内藤の対応は後手に回ってしまったことになる。

ディフェレス側からシーナとリーザは来たものの、ハルキンらと直接コンタクトを取る手段もない。


状況は、どんどんと悪い方へ流れていた。

⏰:09/09/08 13:21 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#220 [我輩は匿名である]
「しかしそうなると、京介は敵がこちらにやって来ていることも知らんわけか…ちと厄介じゃのう」

ハルトマンが渋い顔を作りながら顎を擦る。
横から有紗が言葉を続けた。

「今藍ちゃんに誰もついていないのはまずいんじゃない?」

「そうですね、京介くんが狙われたのなら藍さんも───シーナ?」

相槌を打つリーザの視界に、窓を開けて外を見るシーナが映る。
気持ちのいい夜風が吹いていたが、風に当たっている訳ではなかった。
シーナはどこか遠くを見つめている。

⏰:09/09/08 13:21 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#221 [我輩は匿名である]
「どうかしたの?」

「お姉ちゃん、普通こんな時間に船なんて動いてないよね?」

「えっ? ええ、まあ…夜中の3時だもの……って、ちょっとシーナ!?」

言うやいなや、シーナは窓から飛び出していた。


 

⏰:09/09/08 13:22 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#222 [我輩は匿名である]
 


歌箱市の最南端には小さな工業港がある。
貨物ターミナルも兼用していて、昼間は鉄鋼を積んだタンカーやコンテナ船が行き交っている。
岸壁のクレーンは荷物の積み降ろしに忙しなく動き、コンテナを積んだトレーラーの出入りも多い。

当然だが今の時間帯は人の姿もなく、昼間は動いている岸壁のクレーンやトレーラーも沈黙している。
聞こえるのはテトラポッドにぶつかり弾ける波の音。

その音に被さって、遠くから音吐朗々と汽笛が響きだす。
沖合いに浮かぶ巨大な船体が、闇に紛れるように前照灯を消して、港に近付いていた。

⏰:09/09/08 13:23 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#223 [我輩は匿名である]
「あれは…タンカー?」

接岸部から少し離れたコンテナに隠れて様子を窺っていたシーナがそれに気付く。

「それもかなり大きいものみたいですね」

「夜行船、ってわけではなさそうじゃの」

「ってお姉ちゃんにハルトマン!?」

「あなたが急に飛び出すから、追ってきたのよ」

「おかしいの…今の歌箱には外からは入ってこれん筈じゃが」

ハルトマンが顎を摩りながら、いぶかしげに遠方のタンカーを見つめる。

結界によって入ってこれない筈のタンカーは悠々と入港し、さっさと碇を下ろして接岸した。
開いた後部ハッチから十数人の人影が出てくる。

⏰:09/09/08 16:23 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#224 [我輩は匿名である]
「うひゃー、出る出るまだ出る」

「シーナ、貴女ってば本当にもう……」

「見るからに怪しいのう、あいつら」

まさか偶然、結界に穴が空いたなんて事はないだろう。
事態は内藤らが思っていたよりも大事になってきていた。

というのも、船から下りてきた集団。
男女混合、全員が見覚えのあるラバースーツのような物を身に纏っている。

「街中であんな格好、あたしはできないね」

「そういう事じゃないでしょうに…あれはハル兄弟が着ていたものね」

「ウォルサーの肉体強化スーツじゃな。…それに…」

⏰:09/09/08 16:24 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#225 [我輩は匿名である]
中央にいる、その集団に指示を出しているらしい女に、ハルトマンは見覚えがあった。

細身の、しかし決して華奢ではない鍛えられた肉体。
黒すぎて青く見えるストレートヘアーが、闇の中で艶めいている。

タンカーから下りた集団の指揮を、セリナが執っていた。

「あやつは確か『7人』の生き残りじゃな…となると内藤が適任かのう」

「さっきからぶつぶつ言ってどうしたのよ?」

「それよりもあの方達、明らかにこちらに向かってきている気がしますが…」

⏰:09/09/08 16:25 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#226 [我輩は匿名である]
リーザが剣袋から刀を取り出し、鞘を左手に納め身構える。
同時にシーナも刀を手にした。

対して、散開しつつ徐々にこちらに歩いてくる敵集団。
半分程は様子を見ているのか動こうとしない。

「なんともやる気満々じゃの」

「まぁ、お帰り願える雰囲気じゃないのは確かねー」

「ハルトマンさん、お手並み拝見させていただきます」

「言うのう。言っておくが手助けはせんぞ?」

「あら、それはこっちのセリフよ!」

「では行くぞ。とりあえず全員倒すつもりでのう!」

⏰:09/09/08 16:49 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#227 [我輩は匿名である]
ハルトマンが駆け出し、2人の剣士がそれに続く。
対して身構える敵。数は6人。

「はっ!」

「それっ!」

リーザとシーナの抜き打ちで敵2人が地に臥せる。
続いてハルトマンの拳が1人の下顎を打ち抜き、その間に切り返し薙ぐ刃が2人を斬り臥せた。

この時点で6人いた敵は1人を残すのみ。
だが、最後の1人は笑っていた。

「ずいぶん余裕みたいねー」

「シーナ、残りの方が来る前に…」

「避けろ!!」

⏰:09/09/08 16:50 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#228 [我輩は匿名である]
ハルトマンの叫びに反応し、リーザが横に飛ぶ。
同様にシーナとハルトマンも回避。気付けば背中合わせに集まっていた。

3人を取り囲むのは、先程倒したはずの敵5人。
傷口から血を滲ませながら平然と立っている。
全員が薄ら笑いを浮かべていた。

「んんー…? もしかして全員レンサー?」

「どうやらそのようね。再生タイプかしら」

「なら、多少手荒くてもいいわけね!」

「おい、いかんぞ!」

⏰:09/09/08 16:51 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#229 [我輩は匿名である]
暫く戦いから離れていたからか、覇気余るシーナが衲咸する。
おかげで場の流れが変わり、シーナが向かった方向以外の敵が一斉にリーザとハルトマンに襲いかかった。

「言わんこっちゃないのう」

「リーザったら…」

「それに、奴らは再生するだけではないぞ」

⏰:09/09/08 16:51 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#230 [我輩は匿名である]
「今度は再生する暇なんてあげないからね!」

数メートルを二足で駆け、流れる視界に敵を捉える。
数は2人、左右に展開。近いのは左。

左の敵に肉薄し、ブレーキの勢いをそのままに体ごと水平に薙ぐ。
その一刀は敵の鼻先をかすめ空を切った。

そのままバックステップで距離をとる敵から、今度は右の敵に気を移す。
敵は地を滑るように間合いを詰め、流れるような動作で拳を突き出した。

予想よりも動きが良い。
久しぶりの実戦にしてはいささか血の気が多いが、これこそ本分だとシーナは肌で感じていた。

⏰:09/09/08 16:51 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#231 [我輩は匿名である]
口元に微かに笑みを浮かべながら、迫る拳を切り落とすつもりで剣を振るう。

「…!?」

だが肉を切る手応えは訪れず、代わりに刀身が弾かれるような感覚と鉄を打ったような音が聞こえた。

振るった剣に敵の拳ははね飛ばされはしたものの、切り落とすまでは至っていない。
それどころか、みるみるうちに手首についた傷が治っていく。

「再生…に、硬質化?」

シーナの狼狽に、右の敵が頬を歪ませる。
もう手首の傷は治っていた。よく見れば、その皮膚は僅かに鉛色の光沢を発している。
背後には左の敵がつき、同じく鉛色の拳を構えていた。

⏰:09/09/08 16:52 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#232 [我輩は匿名である]
「うーむ、厄介じゃのう…」

背中越しにリーザの気配を感じながら、ハルトマンは3人を相手にしていた。

3人とも、鉛色の四肢を繰り出してくる。
絶え間なく続く攻撃を弾きながら、ハルトマンはシーナの方を見た。

血気盛んに飛び出したシーナは、敵2人とパリングの嵐を演じている。
拳と刀がぶつかる度に、らしからぬ金属音が響いていた。

「向こうもか。レンサースキルは1人1つだったはずじゃが…これはやはり…」

目の前に迫る蹴りに切り返す。
拳ならず足も金属的な音を発し、大したダメージは与えられない。
むしろ殴った拳が痛かった。

⏰:09/09/08 16:52 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#233 [我輩は匿名である]
「これは劣勢…でしょうかね」

ハルトマンとシーナがパリングの嵐を演じているのとは対照的に、リーザ側は静かだった。

リーザが相手にしているのは、最初に倒れなかった最後の1人。
その敵は、リーザの突きを素手で掴んでいた。

刀身を握り折られる前に、袖口に仕込んであった細剣で目を狙う。
不意をついたその一撃を、野性動物のような反応と俊敏さで避けて、敵はリーザと間合いをとった。

⏰:09/09/08 16:53 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#234 [我輩は匿名である]
敵の気配の中に、何処かで感じたような違和感がある。

「この第六感に来る感じは…まるで…」

ひとつの体に複数のスキル。
誰かがスキルを使っている時の同類にしかわからない感じが、歪なものとなって伝わってくる。


そう、まるで半年前に見た、グラシアのように。
 

⏰:09/09/08 16:53 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#235 [我輩は匿名である]
 
「3人とも下がりなさい!!」

ハルトマン、リーザ、シーナ。それぞれの考え事を、高い声が吹き飛ばした。

声のした方を見ると、1台のシーマが停車している。
開け放した窓から、なにやら筒身のようなものが真っ直ぐこちらに伸びていた。

「あれは…有紗さん?」
「なるほどのう…」
「さっすが!」

状況を把握した3人が、即座に散開し離脱する。

意図に気付いた敵が動き出すのと、有紗が徹鋼弾を放つのは同時だった。

⏰:09/09/08 16:54 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#236 [我輩は匿名である]
狙いはハルトマンとリーザがいた辺り。
直撃せずとも、至近距離で着弾すれば衝撃その他諸々でどうにかなる。

思惑通り、港の舗装を砕き砂煙を巻き上げて着弾した一撃は、その周辺にいた敵を僅かな間混乱させた。
ほんの十数秒だが、それだけで十分。

「乗って!!」

筒身が引っ込み、代わりに有紗が運転席から顔を出し叫ぶ。
言われるまでもなく、といった感じに、3人は一斉にシートに乗り込んだ。

後部座席のドアが閉まるか閉まらないかのうちに、有紗が勢いよくシーマを発進させる。
砂埃が晴れ敵が立つのが見えていたが、それも遠ざかり、やがて見えなくなった。

⏰:09/09/08 16:54 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#237 [我輩は匿名である]
「ふー、危なかった」

「あれは一体何だったのでしょう…?」

ある程度距離を稼いでからスピードを落とし、車は直線道路に入った。

「それにしても有紗、いいタイミングだったぞ」

「実は内藤ちゃんに言われてね♪」

「内藤さん…か。何か知ってるのかな?」

シーナが小首を傾げる。
有紗は、小さなドライブインで車を停車させた。
降りるやいなや、シーナが自販機に向かう。

「ひとつの体に複数のスキル…まるでグラシアのようでした。それが何人もいて…」

「複数のスキル…?」

「間違いないぞ、有紗。『SED』じゃ」

「…!」

⏰:09/09/08 16:55 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#238 [我輩は匿名である]
有紗が睨み付けるようにハルトマンを見る。
ハルトマンはその視線をかわし、笑みを浮かべながら話を続けた。

「確認できたのは2パターンじゃ。携行できるまでは進んでいないじゃろうから、恐らくあのタンカーの中か…」

「…ふふふ」

有紗が目を臥せ、小さく笑う。
それを見たハルトマンも、くっくと含み笑いをした。

「悪いが、根が性悪なもんでの。なに、情報料などは取りはせんよ」

「ありがとう、予定が変わったわ。おかげで暫く退屈せずにすみそうね♪」

⏰:09/09/08 16:55 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#239 [我輩は匿名である]
有紗とハルトマンの会話を横で聞いていたシーナが思考を巡らせる。

「SED…何処かで聞いたことがあるような無いような…」

「どうしたの、シーナ?」

「お姉ちゃん、SEDって聞いたことない?」

「……さぁ」

「うーん、聞き覚えはあるんだけどなぁ」

目的の知れぬ敵との戦闘で、1つのキーワードが浮き彫りになる。
SEDという言葉を知るリーザも、この時はその真の意味を知らない。

故に、シーナの存在が敵にとってキーパーソンとなる事を知らない。
それと同時に数少ない切り札になりうる事も知らなかった。

身近にいる、ある人を除いて。


 

⏰:09/09/08 17:06 📱:P903i 🆔:jTdFI3VM


#240 [我輩は匿名である]
 



時刻は深夜3時になろうかというところ。
市内の中央を横切る幹線道路の脇に点々と灯る街灯を除き、街の明かりはほとんど消えている。
目立った騒音といえば時たま市内を通り抜けるトラックやタクシーの走行音が聞こえてくるのみで、街全体が静まり返っていた。

首都圏から少し離れた、いわゆる生活都市圏である歌箱市では、深夜に外を出歩く者はあまりいない。酔っ払って帰ってきたサラリーマンや夜勤業の者がいる程度だ。
爆音低速で改造車を乗り回し街中を徘徊する人達とも、今のところ無縁である。

⏰:10/03/28 17:06 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#241 [我輩は匿名である]
地元のヤンキー人種も0時をすぎるといい子になるおかげで、街に点在するコンビニはこの時間はガラガラ。
中には0時を過ぎると閉めてしまうコンビニもある。24時間営業でなくてどこがコンビニエンスなのか。

ちなみに筆者の近所には23時に営業終了するファミリーマートがあるが、23時を過ぎても彼らは閉めきられたシャッターの前で普通に座り込んでおり、最近ではやもするとヤンキーというのは閉まっていようが開いていようがコンビニの前に屯する性質があるのではないかとの仮説が筆者の脳内で提唱されるほど
どうでもいいですかそうですか。

⏰:10/03/28 17:07 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#242 [我輩は匿名である]
話がそれた。つまるところ深夜の歌箱市とはそんな半ゴーストタウン状態なのだが、そんな中で真面目に24時間営業しているコンビニがある。
そのコンビニに1人の男が入店したところから、話を再開させていただこう。

男はハンチング帽を目深にかぶり、踵まで裾が届くかという丈の長いベージュのロングコートを羽織っている。
レジの奥でパイプ椅子に腰かけ雑誌を読み耽っていた店員が、怪しいものを見る目付きで男を出迎えた。

男は鼻唄を奏でながら、片手に持つカゴにさっさと商品を入れていく。
ふと男のコートに目をやると、ポケットにそれぞれ銘柄が違う煙草が、ぎゅうぎゅうに詰まっていた。

⏰:10/03/28 17:08 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#243 [我輩は匿名である]
男は陳列棚を一通りまわり終えると、レジに向かった。店内にいる唯一の店員が、雑誌を置いて対応に向かう。
見るからに怪しい男だが、早寝早起きのこの街にとっては大事な商売客である。
店員は手早く清算に取りかかった。

オレンジジュースが一点。
缶ビールが一点。
コンビーフが一点。
乾燥鯣が一点。
割けるチーズが一点。

ここまで清算したところで、男は煙草を1箱要求した。
ポケットに煙草があるのにどれだけのヘビースモーカーなのだろうか。
しかし店員は当然それを口に出すことはなく、言われた通りに棚から煙草を取り出す。マイルドセブンのロングボックス。タールは1mg。

⏰:10/03/28 17:09 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#244 [我輩は匿名である]
それを含めて、清算した商品を順次袋に詰めていく。
合計1039円。コンビニの買い物にしては高い方だ。

男は相変わらず鼻唄を歌いながら、財布を取り出して1040円をカウンターに置いた。
店員が1円を渡そうとするが、男は釣りはいらないとばかりに手を仰ぐ。
店を出た男は、歌箱市内にある唯一のホテルへ向かった。

⏰:10/03/28 17:09 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#245 [我輩は匿名である]
 

消えていたエレベーターの表示灯が点灯する。1から2へ、2から3へと点滅していく。
12の点灯と同時に到着音。
表示灯の下の扉が開き、奥から気の良さげな鼻唄が聞こえてくる。

ハンチング帽と、丈の長いコートに詰め込まれた銘柄の違う煙草。
今しがた購入した煙草をくわえたロモが、ご機嫌な様子でエレベーターから降りてきた。

ノスタルジアな匂いが漂うメロディを鼻歌で刻みながら、手に持つコンビニ袋から鯣を取りだしかぶりつく。
ホテルの自部屋へ向かう25歳の傭兵隊長の後ろ姿は、残念ながらどこぞの中年親父にしか見えない。
しかし本人は特に気にしている様子もなく、柱をかじる二十日鼠のように鯣を勢いよく燕下した。

⏰:10/03/28 17:10 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#246 [我輩は匿名である]
長く続くホテルの廊下で鯣をすべて消費して、歯軋り混じりに口を揺らしながら部屋のドアを開ける。
部屋の中は隅々まで手入れが行き届き、整然としている。状況は部屋を出た20分前と全く変わっていない。
変わっているとすれば、京介の顔色が悪くなっている事と、ゲーム機が繋がったテレビ画面に写るスコアの差が一方的になっていることぐらいか。

⏰:10/03/28 17:11 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#247 [我輩は匿名である]
「だあああ!! また負けたあああ!!」

「……これで…ぼくの63勝0敗……」

テレビに映る1P WINの文字。
もんどりうってベットに倒れ込んだ京介の右手には、PS2のコントローラが握られていた。

「もう1回だもう1回!」

「……なんだおめぇら、随分と仲良しこよしじゃねぇのぉ」

「…あ…おかえり…」

「おーう、オレンジジュース買ってきてやったぜぇ、好きな時に飲みなぁ」

「…ありがと…」

「おいトビー、次やるぞ次!」

「…おまえさんよぉ、捕まってるっていう自覚はあんのかね?」

⏰:10/03/28 17:11 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#248 [我輩は匿名である]
京介の誘拐監禁から、ちょうど30時間ばかり経過していた。
監禁とは名ばかりで、拘束すらされていないのだが。

「自覚あるよ? だから逃げてないじゃん」

「いやー、そうじゃなくて…なんで仲良くゲームしてんのかってよぉ」

「次はこのキャラで勝負だ!」

「おいー」

京介に急かされ、トビーは再びコントローラを握る。
64回目のキャラ選択でも、同じキャラを選ぶ。京介はというとまたキャラを変えてきた。

無表情にキャラを操作するトビーと、無駄に真剣に操作する京介。
その横で呆れたように首根っこを掻きながら、ロモは煙草に火をつけた。

⏰:10/03/28 17:12 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#249 [我輩は匿名である]
「あんたらはさ、藍に手を出す気はないんだろ? 俺を捕まえたのもその場の勢いって言ってたしな」

「あー、まぁ雇い主の命令次第だがなぁ。そんで?」

「俺はその言葉を信じる。あんたらのやってる事は褒められた事じゃないけど、どうにも悪い奴には見えないしな。
というかそんなことはどうでもいい。俺は今のところ、藍に何かやらかそうとする奴以外とは戦う気はない。
だからおとなしくしてる」

「……逃げないの…?」

「いや…ロモが煙草持ってるうちは厳しいし…まぁそのうち?」

「ところがどっこい、そーもいかねぇーんだなぁー」

⏰:10/03/28 17:13 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#250 [我輩は匿名である]
ロモは煙草を器用に灰皿に飛ばし入れる。
コンビニ袋からコンビーフを取り出し、封を開けながら言った。

「ぶっちゃけお前、邪魔」

「い? そんな勝手な…」

「そーろそろ、俺らも忙しくなるんだよなぁ。予定外のお客さん部屋に置いてても手がまわらん」

「…ロモは…明日からおでかけ…」

「そーなのよ。お前さん、今は正直言って普通の人間と大して変わらんだろ?
俺としては野放しにしても別に構わないわけで」

⏰:10/03/28 17:14 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#251 [我輩は匿名である]
「ってことは帰してくれんのか?」

京介がロモの方を向く。と同時に何やら派手なエフェクト音。
慌てて視線を画面に戻すと、再び1P WINの表示が出ている。
京介は諦めたようにコントローラを投げ出した。

「ところがどっこい、一応お仕事だからなぁ。そういう訳にもいかんのよ」

「……じゃあどうするんだよ?」

「トビー、どうだ?」

「……うん…さっき…港に…壁はあけた……今頃は…港に船が…」

「てぇー訳で、お前さんをその船に移す」

⏰:10/03/28 17:14 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#252 [我輩は匿名である]
「はぁ!? 悪化してるじゃねーかそれ!」

「まぁー落ち着けよぅ。吸うか?」

ロモは取り出しかけた煙草を1本、京介に差し出した。手を振って遠慮する京介。
そういえば最近、喫煙者は片身が狭いですね。

「いいか京介? 俺はあんまり頭がよくねぇ」

「……うん…」

「うっせーぞそこのトビーちゃん」

⏰:10/03/28 17:15 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#253 [我輩は匿名である]
「頭が良くないから、なんだ?」

流れが話に移ったせいか、トビーがPS2を片付け始める。
京介もコントローラにコードを巻き始めた。トビーに指一本分の隙間を空けてから巻くよう注意される。

「ああ。だから俺は俺が思ったことだけをする。
…トビーはお前さんのこと嫌いじゃないみたいだしなぁ」

「ぽっ……」

「なぜそこで頬を染める…」

「てぇなわけで、お前さんをその船に連れていく。が、その後は知ったこっちゃねえ。んで、重要なのはこっからだ」

「んん?」

「船の中には身体強化タイプじゃないレンサー…俺みたいな奴だなぁ。そういう奴用の強化服、の、オリジナルがある」

⏰:10/03/28 17:16 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#254 [我輩は匿名である]
「それを手に入れて、その後は勝手に逃げろ…と?」

「まぁせめてそんぐらいのものはねえとなぁ。大事な藍ちゃんを守れなくなるぜ?」

「…どういうことだ?」

詰め寄ろうとした京介を、ロモが煙草を掲げて制止する。
煙たさと爆発時の記憶が思い出されて、京介はベッドに腰掛けなおした。

「言ったろ。忙しくなるってよぉ。雇い主の準備が終わったんで、この街の制圧が始まるんだと」

「本気か? ウォルサーってのは確かレンサー目当てなんだろ?
そんなに数いるわけじゃないのに…だいたい、それなりにでかいこの街を制圧なんてできるのかよ?」

⏰:10/03/28 17:18 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#255 [我輩は匿名である]
「だからよぉ、それができる人数と質が揃ってるわけよ。
この街を制圧する理由なんざ知ったこっちゃないがなぁー」

歌箱市も決して小さな街ではない。
そして、今は内藤や有紗がいる。
さらに京介は知らないが、ハルトマンやシーナ、リーザもいる。

それらを含めて制止するのだから、少なくともレンサーはある程度数が揃っているはずだ。
となると藍に危害が及ぶ可能性は高い。

「…わかった。連れていってくれ、その船に」
 

⏰:10/03/28 17:18 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#256 [我輩は匿名である]
 


「えー、さて! というわけでやって参りました某港ー!」

「…ぱちぱちぱち…」

「拍手は口じゃなく手でやるもんでしょトビーはん! いやしかし広い港ですなートビーはん!」

「……」

車から降り、バラエティ番組の芸人リポーターのように港に対して早口にコメントを繰り広げるロモ、に対して早くも素無視を決め込むトビー。
京介はそんな2人に、両手首に縄をかけられ引っ張られるというオーソドックスな御用スタイルで連れられている事に軽い絶望を感じながら、それでも抵抗はできないので2人に倣って素直に車を降り、改めて港を見回した。

⏰:10/03/28 17:20 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#257 [我輩は匿名である]
地元の港ではあるがこうして眺めるのは初めてだ。
客船の来航はなく、主に商船や貨物船のハブからハブへの中間に位置するサービスターミナル兼避難港として機能している港湾であるため、普段足を運ぶことはまずない。

それどころか今の時間帯は船舶の往来すらなく、見るものと言えば堆く積み上げられたコンテナや、無意味に沿岸の彼方へ向かって自己アピールの光を煌々と照らす小さな灯台、なぜか一部が鉄鋼弾を被弾したかのような抉られ方をしているコンクリの地面ぐらいのものである。
抉られた地面が気にはなるものの、考えたところで今の京介にはその答えが出る筈もなく、知る由もないので、最終的に京介の注目が波止場に錨を下ろし入り口を開けている一隻の中型タンカーに向くのに、それほど時間はかからなかった。

⏰:10/03/28 17:20 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#258 [我輩は匿名である]
「……あれがそうか?」

ロモは相変わらず謎のトークを繰り広げていて、なぜか鯛焼きをどこから食べるかというおよそ現状とまったく無関係なネタに発展していたが、
トビーが自分の話の節目でも何でもないところで首を縦に振った事でようやく京介の問いに気付いたらしく、今度は目の前のタンカーに向かって友人を紹介するかのように両手を広げた。

「おーう。なかなかいい船だろ? まだ資金はそこそこ持ってるらしいなぁ、ウォルサーさんは。
まぁー、だからこそ俺も連中に雇われてるんだがよぉー」

「雇われてる? ウォルサーの人間じゃなかったのか?」

「いや、何度もそう言ってるような気ぃするけどなぁー…
 まぁいい、そろそろお喋りはおしまい」

「いやお前がずっと一人で喋ってたんじゃねぇか…」

「こまけぇこたぁー、気にしちゃいけねぇよぉー」

⏰:10/03/28 17:21 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#259 [我輩は匿名である]
ロモに縄を引っ張られ、京介はけっ躓きそうになりながら歩き出す。その後ろを、トビーが音もなくついていく。
タンカーの入り口には一人の男が立っていた。

「昨日連絡した捕虜を連れてきたぜぃ。噂の京介くんよぉ」

「ああ、もう仕事増やすなよ」

「んなこと言われても他に連れていくとこもあるめぇよなぁー」

ロモが手にしている縄を男に渡し一歩下がる。
すれ違いに横を霞めた京介の肩を軽く叩いて、振り返る京介に前蹴りを一発。
よろける京介を一瞥し、ハンチング帽を被り直して男と京介に背を向けた。

⏰:10/03/28 17:21 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#260 [我輩は匿名である]
「そいじゃー、俺ぁ仕事に戻るわー。そいつ頼んだ」

「ったくめんどくせーな。ほらキリキリ歩け!」

「へーい、キリキリキリキリ…」

大手を振りながらタンカーを降りるロモと、それに静かに続くトビー。
京介は2人の背中に感謝の念を飛ばしながら、男に連れられて船内に入る。

そんなわけで捕虜の受け渡しは無事に完了し、京介は手錠はおろか身体検査などもされることなく船内の一室に放り込まれただけだった。

⏰:10/03/28 17:22 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#261 [我輩は匿名である]
「さて…とりあえず脱出しなくちゃな」

特に何かされるわけでもなく、携帯電話等もそのまま。京介は対応の甘さを怪しむことなく、今しがた閉じられた扉に手をかけるべく近付く。

だが、甚だ無防備とも言える対応だったのは、京介がただのレンサーという事で大した警戒もされていなかった事に起因するのだが、それでも最低限を講じるのは組織として当然であり、

「あれ? 普通に外から鍵かかってるじゃねーかよ!」

故に、船内で一番壁の厚い貨物室に京介を放り込んで施錠するのは、ウォルサー側としては当然の対応だった。

 

⏰:10/03/28 17:23 📱:P08A3 🆔:swSqV4NM


#262 [我輩は匿名である]
あげる

⏰:11/02/04 23:49 📱:SH02C 🆔:☆☆☆


#263 [◆vzApYZDoz6]
 


時間軸はまたさらに進み、現在7時20分。

小一時間ほど前までは紫がかっていたパンデモの空も今ではすっかり青味が強くなり、辺りにかかった薄靄は春風に吹かれ、ほとんど払われつつあった。
朝日は山の裾から離れ、いざ南を目指して東の空の低い位置からトロトロと歩を進めている。

西から東へ階段状に続くパンデモの傾斜。
その一番上で朝日を背に受けて立っているハルキンの長い影が、傾斜を縦断するようにまっすぐ伸びていた。

パンデモ全体を一望できるその高台で、ハルキンはくわえ煙草を葺かしながらパンデモの様子を見渡す。

⏰:11/03/06 18:05 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#264 [我輩は匿名である]
少々肌寒い春先の朝の風を受けて、群生しているススキの葉がカサカサと触れあう音がする。

本来であれば村の男衆は日が昇る頃には仕事に出ており、高台の畑で鍬を打ったり穂を刈ったりという
農作業の音が聞こえているはずであるのだが、今は人1人として見当たらず、鳥の鳴き声だけが静かに響いていた。

自分の影を睨むように眼下を眺め続けるハルキンの視界に、ラスダンの姿が見えた。
その後ろにはジェイト兄弟、ラスカ、スティーブの姿もある。
腰ほどの段差を飛び越えながら、ラスダンが言った。

⏰:11/03/06 18:06 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#265 [我輩は匿名である]
「間違いないね。一応調べてみたけど、やっぱり誰もいないみたいだ。人形も消えてる」

「……そうか」

ハルキンが一瞬目を伏せて答える。

パンデモ突入前、うじゃうじゃと蠢いていた人形。
それらはハルキンらがパンデモに突入すると同時に、見計らったように崩れ落ちた。

一応パンデモの居住区を一通り調べてはみたものの、人形はすべて動力を失っており、
それを操っていたと思しき人物、あるいは機械その他等も見当たらなかった。
もちろんパンデモの住人達も一っ子一人消えていた。戦闘があった様子すらない。

⏰:11/03/06 18:07 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#266 [我輩は匿名である]
突然不通になった通信機から…否、恐らくその前、ハルキンの前にセリナが現れた時から事は始まっていた。
パンデモには得体の知れぬ人形が蠢いており、嘲笑うかのように突入時にそれらは突然崩れ落ち、終いには人形は全て消え去る…
そして、嘘のように静まり返ったパンデモの風景。

その様子は、制圧を完了させた敵が、後に来るであろう自分達に対する見せしめのようにも思えた。
 

⏰:11/03/06 18:07 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#267 [我輩は匿名である]
 
思えた、が。

ハルキンの中には、ある確固たる確信があった。

そして。その如何によっては、これからさらなる戦闘が待ち構えている。


それを痛感したハルキンは、眉を八の字に寄せながら、困ったような呆れたような微妙な表情を浮かべて溜め息をついた。

⏰:11/03/06 18:08 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#268 [我輩は匿名である]
ラスダンが、ハルキンの顔色を伺うように少し覗きこむ。

「…どうする? 人形達はどうやら地下から上がってきたらしい痕跡があったけど…調べてみる?」

「いや…その必要はないさ」

そう言ってハルキンはまた目を伏せ、何かを思い出したかのように笑みを漏らした。
ラスダンが片眉を上げて、隣のラスカに目配せする。
目があったラスカは、首を傾げて肩を竦めるジェスチャーを返した。

その様子に気付いたハルキンが顔に少しの喜色を見せて、ラスダンらに頭を巡らせた。

「いや、すまんな。知り合いを思い出していたんだ。…おかげで次の目的地は決まった」

⏰:11/03/06 18:09 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#269 [我輩は匿名である]
「そりゃー足係の俺としては教えてほしいもんだな」

ジェイト兄弟の兄、フラットがバイクの座席をポンポンと叩く。隣ではブロックが「そうそう」と首肯していた。
ハルキンは頷いて答える。

「地球だ」

「…残念ながら俺らのバイクには異世界へのテレポート機能はついてないんだよな」

「安心しろ。アジトに戻れば地球へのゲートはまだ残っている。だがその前に寄ってもらうところが…」

「ちょっと、なんか勝手に話が進んでるみたいだけど? 説明はしないつもり?」

⏰:11/03/06 18:09 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#270 [我輩は匿名である]
割って入ったラスカが不機嫌そうな声を上げる。

というのも、パンデモに突入から今に至るまで、ハルキンは何かわかった風な素振りを見せるのみで録に何も喋っていなかった。
やっと口を開いたかと思えば、出てきた台詞は「地球に行くぞ」。
まったく何を考えているのか解らなかった。

「ああ、そうだな…だが、あんまり細かく説明していると長くなる。
時間も無いし結論から言うぞ。パンデモの連中…いや、恐らく敵味方全員だな。今は地球にいる」
 

⏰:11/03/06 18:10 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#271 [我輩は匿名である]
パンデモはその特有のスキルのおかげで、古今東西の様々なスキルを内包していると言っていい。
それらを狙って悪事を働こうとする者は、ウォルサーに目をつけられる前から存在していた。

パンデモ自体は住民全員がレンサーな事もあり、少々の規模の侵攻ではパンデモに被害は出ない。

だが当然、大規模な制圧行為が及ぶ可能性は考えられており、その対策も施されている。
近代化された族長の家や集落を斜めに渡る河などはその内のひとつだ。

⏰:11/03/06 18:11 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#272 [我輩は匿名である]
しかし、物理的な対策をいくら施そうとも、それを上回る圧倒的な物量で攻められれば、その侵攻を食い止める事は不可能である。
その為、パンデモでは敵の性質・総量に左右される事のない、スキルを用いたある対策が設けられていた。

「パンデモでは族長ともうひとつ、代々受け継がれている役職がある。
『管制役』と呼ばれるその“対策者”は、今は確かアリサの祖母だったな」

パンデモの存続を揺るぎないものとするための“対策者”管制役の持つスキルは、2つ。

1つは、パンデモ住民にも、そうでない者に対しても使える集団移動・転送用スキルだ。

⏰:11/03/06 18:12 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#273 [我輩は匿名である]
自動・任意問わず発動でき、対象者がいつどこにいようとも、距離どころか次元をも問わない同時ワープが可能な、極めて強力なスキル。

しかしそれは小規模な侵攻に対する住民の避難や敵の回避、統制等の為であり、つまりは『おまけ』に過ぎない。
重要なのはもう1つのスキルの方。

「物理・スキル問わず、またスキルの場合は発動者が住民・非住民の如何に関わらず、
パンデモに干渉している現象・事象・行為その他すべての動向を監視し、
そしてそれらにパンデモに害すると判断されたものが発見・発現された場合、そのすべてを自動的に『無効化・非接続状態』にするスキル…
それが、管制者の持つスキルだ」

⏰:11/03/06 18:14 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#274 [我輩は匿名である]
パンデモに害すると判断されたもの全てを『非接続』に切り替える。

『非接続』となった現象・事象等は、その名の通りパンデモに“接続”する事ができず、パンデモに一切の影響を与える事が不可能になる。

スキル発動下では、マシンガンだろうがミサイルだろうがパンデモに着弾する事はなく、
スキルによる攻撃・監視等は、その効力が発現される事はない。

また、例えそれらの攻撃を受けた後であっても、その全てを『無効化』し修復する。

⏰:11/03/06 18:15 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#275 [我輩は匿名である]
 
敵の性質・総量に左右される事なく、それが“パンデモに害為す物”であれば、
どんな攻撃であろうと絶対的な防御を可能とするスキル。


『管制役』が代々受け継いできたそのスキルの正式名称は、Block and Outcast Tactics。

その頭文字を取って、BOTと呼ばれた。
 

⏰:11/03/06 18:15 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#276 [我輩は匿名である]
「結界を消滅…というか正しくは無効化させたのは、BOTを持つ管制役だろう。
人形共もBOTの効果で“パンデモに害為す効力”のみが非接続状態になっていたんだろうな。
俺たちが突入した時に動かなくなったのは何故か知らんが…」

ハルキンは腕を組み、少し考えるような動作を見せる。
ハルキンに続くように、話を聞いていたラスダンが顎に手を当てた。

「なるほど…それなら例え人形以外に敵がいたとしても被害は出ないだろうし、戦闘の痕跡が無かったのも頷けるけど…
でもそれだと、住民が消えた事を説明できない気がするけど」

⏰:11/03/06 18:16 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#277 [我輩は匿名である]
「それはもう1つのスキルを使えばできるんじゃない?」

ラスカが、後ろでお手上げのジェスチャーをするジェイト兄弟を尻目に、人差し指を立てる。
ラスダンは「それはそうなんだけど」と答えながら片眉を少し上げた。

「BOTがあるなら、わざわざ住民を移動させる必要もないと思うんだ」

パンデモに対する攻撃を意に介さなくなるBOT。

それは逆に言えば、敵がどれほどの大軍で侵攻しようとも、パンデモの住民は何もする必要が無かった。

⏰:11/03/06 18:17 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#278 [我輩は匿名である]
BOTの効果である、害意ある存在の『無効化・非接続』。
それにより銃弾は誰にも当たらなくなり、スキルの効果は発現されなくなる。

しかし、発射された銃弾は無くなるし、体力の減少などスキルによって生じるマイナス効果は普通に発生する。
つまり、敵の戦力は何もせずともどんどん消費されていくのだ。

それなら放っておけば敵は崩壊するし、効果は得られないが戦力の浪費が発生する事に敵が気付く頃には、もはや敵に撤退以外の道は無くなっているだろう。
パンデモ住民は逃げる事はもちろん、場合によっては反撃の必要すら無くなる。

BOTの効果は、それほどまでに絶大なのである。

⏰:11/03/06 18:18 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#279 [我輩は匿名である]
「逃げずとも、反撃せずとも敵が退く。
それなのになぜパンデモ住民は消えたのか、それがわからない…ってか?」

ハルキンはその質問が来ると思っていた、とでも言いたげに、ラスダンに向かってニヤリと口角を吊り上げた。
それを見たラスカが呆れたふうに顔をしかめる。

「なによその顔は…だいたい敵も味方もいっぺんに地球に行ったんでしょ? 一体何のためよ?」

「もし…敵の戦力が無限かつ甚大で、無効化だけでは埒が明かないとしたら?」

⏰:11/03/06 18:19 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#280 [我輩は匿名である]
「敵の戦力が無限かつ甚大…?
ウォルサーがそれほど大規模とは思えないけど…っていうか大規模だと色々困るしね」

ラスダンが眉根を寄せて呟く。

通常では無限の戦力などはまず存在しないが、レンサーの場合はあり得ない話ではない。
例えば攻撃役数人に対して再生回復スキルを持つ者が数十、あるいは数百人いれば、
ローテーションで体力回復を続けて無限に攻撃し続ける事は可能である。

だが仮にも半年前に壊滅しかけたウォルサーにそれほどのレンサーがいるとは思えないし、
レンサーの戦力が甚大な物であってもそれは同様。

結局はBOTに阻まれるため、まったく意味がないのだ。

⏰:11/03/06 18:19 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#281 [我輩は匿名である]
「それがあるんだよ。BOTによる無効化をすり抜けて、攻撃を可能にしてしまう手段が」

「その手段っていうのは?」

「『SED』だ」

「「…!」」

同時に息を飲むラスカとラスダン。
ジェイト兄弟は、2人の様子を見て顔を見合わせ、またお手上げのジェスチャーをした。

⏰:11/03/06 18:20 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#282 [我輩は匿名である]
「『SED』による攻撃でも、BOTならリモートで無効化する事は可能だ。
だが次から次へと設定を変えてくる攻撃を無効化するのは、容易な事ではない。いつかは『管制役』の体力が無くなる。
そこで『管制役』は、敵を地球に転送したんだよ。それ以外に敵味方が一辺に消えた理由は考えられん」

「でも何で地球? そもそも味方まで転送したら本末転倒なんじゃないの? 何でそんなことするのよ?」

「地球に転送した理由はそこにある。…今回は、パンデモの連中も本気らしいな」

ハルキンは、そこでまたニヤリと笑みを浮かべた。

⏰:11/03/06 18:21 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#283 [我輩は匿名である]
 
ハルキンからバッシュへの無線通信。
それが途絶えたのはトビーの結界による影響だったが、BOTの効果でそれは無効化され、無線はすぐ復旧するはずだった。
では、なぜ無線は不通のままだったのか。

その理由は、『管制役』が無効化の対象からトビーの結界を外したため。
対象から外した理由は、ハルキンに僅かな不信を抱かせて、パンデモに向かわせるため。
ハルキンをパンデモに向かわせた理由は、自分達が敵と一緒にワープした事を伝えるため。


ハルキンが感じた“確信”。
それは、これら全てがパンデモの…族長バッシュと『管制役』の残した、共戦への誘いである、というひとつの事実。
 

⏰:11/03/06 18:22 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#284 [我輩は匿名である]
 
敵の襲来時に、パンデモの住民が敵と共に地球に…内藤やアリサ、ハルトマンがいる地球に、ワープする──


「アリサ、バッシュ、イルリナに、バンもだな。そして『管制役』と、地球にいるハルトマン…
こちらはリーザとシーナ、ジェイト兄弟にラスカ、ラスダン、内藤、そして川上京介。

…何年ぶりだろうな。パンデモとバウンサーの“主力”たちが、一堂に会するのは」


──それは、2大勢力の全てを結集しての、『総力戦』の開始を意味していた。


 

⏰:11/03/06 18:23 📱:P08A3 🆔:Mq.0sahk


#285 [我輩は匿名である]
 


年季がかった換気扇が吐き出すそれのような低いエンジン音を聞きながら、京介は嘆息ついて壁にもたれ掛かる。
そのままずり落ちるように床にへたれこみ、辺りを見回した。

無機質な壁や天井の所々から配管がせり出す室内は、天井近くの小窓から僅かに明かりが届くのみで非常に薄暗かった。
無造作に置かれた小型のコンテナや段ボール箱、端に置かれた古びたロッカーが、ここが貨物室である事を実感させる。

ここに閉じ込められてからおよそ二時間あまりが経過していたが、京介は未だ脱出できずにいた。

「はぁ…くっそー、出られないんじゃ俺がここに来た意味ねーじゃん」

どうやら電波が入らないらしく、携帯電話はずっと圏外。外に助けは呼べなかった。

⏰:12/02/04 06:02 📱:P08A3 🆔:/TXcO8aQ


#286 [我輩は匿名である]
唯一の出入り口である分厚い水密扉を睨みながら、京介は溜め息をつく。
扉を開けるハンドルは内側にもついてはいるが、外からロックが掛かっているようで右にも左にも回らない。
体当たりでぶち破ろうと試みたりもしたが、ぶつけた肩が外れそうになっただけだった。

これが半年前なら、スキルの身体強化によって蝶番をぶち壊すぐらいはできていただろうが、今の京介はせいぜい常人より少し力が強い程度。
ただの扉ならまだしも、頑丈な水密扉を破るなど、考えるまでもなく不可能である。

「こういう時に、スキルを捨てた事をちょっと後悔するぜ……いやいや。過ぎた力はタメにならん」

⏰:12/02/04 06:03 📱:P08A3 🆔:/TXcO8aQ


#287 [我輩は匿名である]
京介と藍が保有していた強力なスキル。
自身が戦いに巻き込まれる原因にもなったそれは、半年前に自ら消滅させた。
理由は単純。“もうこんな事に巻き込まれたくないから”だ。
それは自分のためというより、藍の事を考えての選択だった。

確かに、漫画のようなその能力を消滅させる事に未練のようなものが無かった訳ではない。
だが、そういう事への憧れよりも、平穏で普通な生活をしたいという感情の方が大きかった。
だからこそ、自ら進んで能力を消滅させた。

自分よりも大事なものがある。その意思を、自身ではっきりと認識するために。
藍を守ることに、その能力は必要ない。

「何だってこんな事になっちまったんだろうな…」

しかし、半年が経った今、京介はまたしても同じ因果に巻き込まれている。
幸いにも、藍にはまだ手が及んではいないが、それも時間の問題だった。

⏰:12/02/04 06:04 📱:P08A3 🆔:/TXcO8aQ


#288 [我輩は匿名である]
ロモが言うには、夜が明ける頃には歌箱市の制圧が始まるらしい。
内藤らがいるとはいえ、ロモの口振りでは大した問題ではないように聞こえた。

視線を上げ、小窓の向こうに見える暗闇を眺める。
最初はそこからちょうど綺麗な満月が見えていたが、今は沈んでしまったようで見えない。
夜明けは、そこまで遠くなかった。

「……何とかして出ないとな。藍のためにも」

制圧が始まれば藍に危害が及ぶのは確実。それまでに脱出する必要がある。
京介は立ち上がり、再び辺りを見回した。


 

⏰:12/02/04 06:07 📱:P08A3 🆔:/TXcO8aQ


#289 [我輩は匿名である]
 


「しっかし、強化服ってぇーのはいつ着ても慣れないねぇー」

「………ねぇ……」

「おーぅ、どうしたトビーちゃんよ?」

「……本当に…よかったの…?」

「………ふーむ」

コートの下の強化服に手を這わせるロモを、トビーが見つめる。

珍しくこちらを向いて話しかけてきたトビーの視線を避けて、ロモは煙草の煙を深々と吸い込んだ。
肺には入れずに、口から柔らかく吐き出して鼻から再び吸い込む。
鯉の滝登りというやつだ。

そのまま目一杯まで空気を吸い込み、そして細く、長く、たっぷりと時間をかけて吐き出していく。
ぶれないトビーの視線を目の端で意識しながら、じきに帳を上げる眼下の街に目をやった。

⏰:12/02/04 06:08 📱:P08A3 🆔:/TXcO8aQ


#290 [我輩は匿名である]
ロモとトビーは、歌箱市内の住宅街が見渡せるビルの屋上にいた。
タンカーが停泊している港は地図でいえばちょうど真反対で、港が西にあるのに対し、ここは東の端である。
ここには歌箱市唯一の大学があり、学生マンションを始めとした学生向けの店舗や施設などが数多く軒を構えている。
また歌箱市を南北に縦断する片側三車線の幹線道路もすぐそばを走っているため、
生活都市圏である歌箱市でも特に人口の多い地域だ。

京介と藍が住むマンションも、ここから見える場所にある。

「…ま、お仕事ってぇーのは楽しくねーとよぉー、やる気出ねーからなぁー」

「…ぼくは……楽な方がいい…」

「なぁーに、トビーちゃんのお守りが俺の仕事さぁー。心配すんなってぇ」

そのマンションを眺めながら、ロモは目を細め、煙草で口に詮をする。
その様子を見ていたトビーはロモから視線を外し、そう遠くない場所に見える大学のキャンパスを眺めた。

夜明け前の薄暗い風景に、自身を主張するかのように真っ白な校舎が浮かんでいる。

⏰:12/02/04 06:09 📱:P08A3 🆔:/TXcO8aQ


#291 [我輩は匿名である]
「………でも……強化服までは…いらないと思う……」

「お仕事を楽しくするには、刺激ってぇーやつが必要なのよぉ。なぁー、おめーら?」

「はっ、仰る通りです!」

ロモが後ろを振り返ると、誰もいなかったはずのそこに、いつの間にか十数人の人影があった。
全員、ロモがコートの下に着ている物と同じ、周囲に溶け込むような黒の身体強化用ラバースーツを着ている。
ロモの直属の戦闘員たちは、皆一様にロモに向かって敬礼していた。

「んで、どーよ手筈は?」

「万端整っております」

戦闘員の一人が答える。
ロモは満足げに前を向いて煙草を燻らし、その様子を見ていたトビーは無表情に明後日のほうを向いた。

トビーの視線の先には、だいぶ低い位置に沈んだ満月が輝いている。
雲ひとつない、綺麗な月夜。それもあと一時間もせずに明けるだろう。
もうすぐ、ロモの『仕事』が始まる。

⏰:12/02/04 06:12 📱:P08A3 🆔:/TXcO8aQ


#292 [我輩は匿名である]
「……また…一緒にゲームしたいな…」

「ま、そいつぁー本人次第だろうよぉ。雇われモンは、手前の仕事をこなすのみさぁー」

「……ロモは…仕事ねっしん……」

「それでこそ俺よぉー。…さーて、そいじゃー景気付けに、一発かますとするかねぇー」

煙草をくわえ、人差し指と親指でフィルターをつまみなおす。
もう片方の手は自分の首筋についた強化服のアタッチメントに触れていた。

⏰:12/02/04 06:12 📱:P08A3 🆔:/TXcO8aQ


#293 [我輩は匿名である]
 
「さぁーて…お前ら。お仕事の、時間だぜ」

「はっ! 全員、投与開始!」

「「投与開始!」」

同様に、背後の戦闘員たちも首筋に手を当て、ロモの言葉に合わせてアタッチメントを操作する。
動脈と繋がったナノサイズのシリンジから、感覚鋭敏化の薬剤が投与され、瞬く間に全身に行き渡る。

「さぁ行くぞぉー。二束三文稼ぐために」

強化服は全員が装備済み。五感も強化された。戦闘準備は万端。

ロモが、煙草を根元まで深く吸う。
それを合図に、戦闘員がビルから散り散りに飛び降りていく。

短い煙草を空中に向け、そして弾き飛ばした。


「今宵もせっせと大爆発、っと」

爆音が、静寂を破る。


爆炎に照らされたロモの歪んだ口元を、トビーが静かに眺めていた。


 

⏰:12/02/04 06:14 📱:P08A3 🆔:/TXcO8aQ


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