よすが
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#150 [蜜月◆oycAM.aIfI]
昨日サトルがコピーしてくれた記事には、あたしが発見された詳しい場所が記されていた。
頂上に続く道から少し逸れた森の中に、あたしは倒れていたらしい。
「ハイキング日和だねー、今日は!」
サトルは無邪気にこの散策を楽しんでいるようだ。
跳びはねるように坂道を登ったかと思えば、木の幹や枝に触れてみたり。
都会育ちのサトルにとって、こんな自然の中で新鮮な空気を吸うことは珍しいのかもしれない。
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:08/04/11 01:59
:SH903i
:WPZmRcek
#151 [蜜月◆oycAM.aIfI]
かくいうあたしも、この町に住んでいた頃のことは何も覚えていないのだけれど。
――でも……なんとなく、なんとなくだけどここは、
……懐かしい。
そう感じた。
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:08/04/11 02:00
:SH903i
:WPZmRcek
#152 [蜜月◆oycAM.aIfI]
山道に舞い散った落ち葉を踏み締める靴の音、道の両脇を埋め尽くす木々の匂い、そこら中に生えている草花の手触り、風に吹かれた葉と葉のざわめき。
それら全てが、あたしの記憶を呼び起こそうと訴えかけて来ているような気がする。
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:08/04/11 02:01
:SH903i
:WPZmRcek
#153 [蜜月◆oycAM.aIfI]
あたしはサトルの後ろを歩いていた。
彼の足取りには迷いが無く、あたしはただその足跡だけを追いかける。
時折、あたしの方を振り返って他愛のない言葉をかけてくれるサトルの姿に、これがただのハイキングならどんなに楽しいだろうか、と思わされた。
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:08/04/11 22:28
:SH903i
:WPZmRcek
#154 [蜜月◆oycAM.aIfI]
そんな楽しい気分とは裏腹に、朝から感じていた胸騒ぎは大きくなる一方だった。
もしこれが記憶の戻る予兆であれば、今のあたしにとっては喜ぶべきことである。
しかし、そうではない、という確信のようなものが、あたしの心の中にあった。
この先に、あたしの生きる行方を狂わせてしまう何かが待ち構えている気がして仕方なかった。
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:08/04/11 22:29
:SH903i
:WPZmRcek
#155 [蜜月◆oycAM.aIfI]
どれぐらいかかっただろうか、一つ目の分かれ道に辿り着いた。
随分歩いた気がしたけれど、まだまだ先は長いようだ。
分かれ道の真ん中に、〈山頂まで6km こちら〉、〈休憩所 こちら〉という二つの案内板がそれぞれ逆の方向に向けて立てられている。
目的の場所を指し示す案内板に従って、あたしたちは足を進めた。
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:08/04/11 22:32
:SH903i
:WPZmRcek
#156 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「結構辛いね、坂道が……」
サトルが息を切らしながら、あたしを振り返る。
「うん、足場も悪くなってきたね」
上へ上へと登るに連れて、だんだんと道が悪くなってきている。
岩や石が埋まっていたり、木の根が縦横無尽に延びていたりで、平らな場所など一つもない。
大低の人は、さっきの休憩所を目的地にしているのだろう。
だんだんと周囲が鬱蒼としてきて、道幅もかなり狭くなった。
まだ夕方でもないのに、生い茂った葉のせいで辺りは薄暗い。
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:08/04/11 22:47
:SH903i
:WPZmRcek
#157 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「うわっ!」
急に地面が近づいたと思ったら、あたしは木の根につまづいて地面に手をついていた。
膝を強く打ってしまい、その痛みで顔が歪む。
「痛……」
「大丈夫!? 怪我は!?」
数歩先を歩いていたサトルが戻って来てくれた。
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:08/04/11 22:48
:SH903i
:WPZmRcek
#158 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「うん、大丈夫」
厚手のジーンズを履いていたので膝は無事だったけれど、手の平を擦りむいた。
でもこのぐらいの傷はなんてことない。
――それより……この土の感触……。
何かを思い出しそうな気がした。
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:08/04/11 22:49
:SH903i
:WPZmRcek
#159 [蜜月◆oycAM.aIfI]
あたしは擦りむいた手の平で地面に触れてみる。
冷たくて、柔らかくて、湿っていて。
……そして、はっきりと土の匂いが嗅ぎ取れた。
土を撫でる度に、冬の冷たい空気に混じって懐かしい匂いがする。
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:08/04/11 22:53
:SH903i
:WPZmRcek
#160 [蜜月◆oycAM.aIfI]
あたしは気が狂ったように地面を撫で回す。
傷口に土が入り込んでしまうのも気にせず、あちこちの地面を触ってみる。
――前にもあたし、こうして地面を撫でてた。
一心不乱に土を触っている内に、はっきりそう確信した。
あたしはここで、今と同じように地面に触れたことがある。
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:08/04/11 22:56
:SH903i
:WPZmRcek
#161 [蜜月◆oycAM.aIfI]
目を閉じて、土を触り匂いを感じながら記憶を辿る。
――やっぱり何も思い出せないのかな……。
…………と、あたしの頭の中で変化が起きた。
これは記憶か? 想像か?
どちらかは解らないが、ある情景が思い浮かんだ。
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:08/04/11 22:57
:SH903i
:WPZmRcek
#162 [蜜月◆oycAM.aIfI]
目の前に広がる茶色の土。その地面とあたしの顔は、今にも口づけするかという近さだ。
多分、あたしはその時も何かにつまずいたのだ。
つまずき、地面に手と膝をついていた。
そして、多分、あたしは立ち上がりたくなかった。
あたしは、後ろにいた誰かを気にしていた。
気にしながら、地面を延々と撫でていた…………。
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:08/04/12 22:09
:SH903i
:xQx.Xh9k
#163 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「うっ……」
急に頭が痛み、浮かんでいた情景が途切れた。
あたしに残ったのは、手の平にジンジンと響く痛みと、土の匂いだけだ。
「ユキ!」
少し離れたところであたしを見守ってくれていたサトルが、慌てて駆け寄ってきた。
あたしは顔を上げて彼の方に向ける。
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:08/04/12 22:10
:SH903i
:xQx.Xh9k
#164 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「大丈夫、大丈夫」
笑顔で答えようとしたのに、どうしてか表情が引き攣ってしまう。
幸い頭の痛みは一瞬で消え去ったけれど、頭に浮かんでいた情景まで完全に消えてしまった。
今のはあたしの想像だろうか?
それにしては、はっきりし過ぎていたような気がする。
感情まで鮮明に流れ込んできた。
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:08/04/12 22:11
:SH903i
:xQx.Xh9k
#165 [蜜月◆oycAM.aIfI]
恐らく、あれはあたしの記憶、だ。
そしてそれが正しければ、あの情景は誘拐されたまさにその時の記憶に違いない。
あたしの中にはっきりと流れ込んできた感情……恐怖と怯え。
そして、とてつもない不安。
間違いない、あれはあたしが誘拐された時の記憶だ。
誘拐され、怪我を負わされる前の。
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:08/04/12 22:12
:SH903i
:xQx.Xh9k
#166 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「サトル……」
あたしは無意識の内にサトルの名前を呼んでいた。
しゃがみ込んでいるあたしのすぐ横に居たサトルは、「ん?」とあたしの顔を覗き込む。
「あたし……思い出した……ここにいたの」
「うん」
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:08/04/12 22:13
:SH903i
:xQx.Xh9k
#167 [蜜月◆oycAM.aIfI]
サトルが次の言葉を待っているかように、あたしを見つめているのがわかる。
地面と向かい合わせになったあたしの右側から、痛いほどの視線を感じる。
けれどあたしはそれ以上何も言えず、地面を見つめていた。
地面からは何の答えも得られなかったけれど、懐かしい土の匂いは、ふわりとあたしの視線を受け止めてくれた。
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:08/04/12 22:13
:SH903i
:xQx.Xh9k
#168 [蜜月◆oycAM.aIfI]
――もうここまで来たら引き返せない。
行くしかない。
あたしは黙って立ち上がり、サトルに向かって頷いた。
それを見たサトルも安心したように微笑み、立ち上がって再び歩き出した。
自分の決心の甘さを恨みながらも、あたしはまたサトルの背中を追う。
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:08/04/12 22:15
:SH903i
:xQx.Xh9k
#169 [蜜月◆oycAM.aIfI]
夢中で足を動かしている間も、あたしの頭の中は、さっきの情景とそれに対する不安でいっぱいだった。
あれがあたしの記憶なら、近くに妹がいたはずだ。
そして、犯人も。
思い出したくてここにきたのに、思い出すのが怖くて仕方なかった。
妹のことは思い出したい。
でも、犯人のことなど一つも思い出したくない。
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:08/04/12 22:19
:SH903i
:xQx.Xh9k
#170 [蜜月◆oycAM.aIfI]
父と母から妹を奪った犯人。父と母を十年間も苦しめ続けた奴。
そんな奴のことを思い出すのが……妹の死を目の当たりにするのが、恐ろしかった。
――でも……もう戻れない。
そう、今更後悔しても遅いのだ。
あたしは、ほんの少しだけれど、過去に触れてしまった。
自ら求めて、手に入れたのだ。
今後戻りすれば、今以上に後悔するに決まっている。
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:08/04/12 22:20
:SH903i
:xQx.Xh9k
#171 [蜜月◆oycAM.aIfI]
あたしは、両親と妹の為に記憶を取り戻すと決めたのだ。
もしかしたら、全てを知った後、知らなければよかったと後悔するかもしれないけれど。
それも含めてあたしは後悔しない。
――あたしは、知らなきゃならないんだから。
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:08/04/12 22:21
:SH903i
:xQx.Xh9k
#172 [蜜月◆oycAM.aIfI]
あたしとサトルは、さらに悪くなっていく山道を歩き続けた。
あたしの足は疲れて棒のようになり、あれだけはしゃいでいたサトルも、ただひたすら道の先だけを見て足を進めている。
狭い道の両側に広がる森は雰囲気を変え、妖しい空気を放つようになっていた。
不安定な足場と急な傾斜のせいで、息も白くなる寒さの中、あたしたちの顔には汗が流れている。
お互い肩で息をしていて、話す余裕も無かった。
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:08/04/12 22:22
:SH903i
:xQx.Xh9k
#173 [蜜月◆oycAM.aIfI]
黙々と歩き続け、二つ目の分かれ道を通り過ぎた。
頭上を見上げると、木々の葉の間から辛うじて差していた光さえ弱り、その隙間からはどんよりとした空が見える。
昼間はあんなに晴れていたのに、今にも雨が降り出しそうで、空気も冷たくなってきた。
新聞の記事によれば、あたしが発見された場所はもうすぐそこだった。
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:08/04/13 21:56
:SH903i
:HMtueqDg
#174 [蜜月◆oycAM.aIfI]
一心不乱に歩く。
だが、疲れのせいか、怖れのせいか。
無意識の内に、あたしの歩くスピードが落ちていた。
サトルが随分先にいる。
あたしは気を引き締め、走ってサトルに追い付いた。
サトルもかなり疲れていたようで、あたしが遅れていたことに気付いていなかった。
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:08/04/13 21:57
:SH903i
:HMtueqDg
#175 [蜜月◆oycAM.aIfI]
あたしが走ってきたのに気が付いたサトルが、足を止める。
うーん、と伸びをして、彼は自分の足をさすった。
「ちょっと疲れたね」
あたしもサトルの横で足を止め、息を整えながらこくこくと頷いた。
足は悲鳴をあげる寸前だし、腰にも鈍い痛みを感じる。
体は汗をかくほど暑いのに、顔と指先は冷たくて感覚もないくらいだ。
サトルは、顔の前で手を丸めて、息を吐きかけている。
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:08/04/13 22:03
:SH903i
:HMtueqDg
#176 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「この辺かな……」
サトルが辺りを見回しながらそう言うので、あたしは新聞のコピーを差し出した。
まだ苦しくて、言葉を発する余裕が無かった。
あたしはコピーを渡すと同時に、疲れに負けて腰を下ろす。
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:08/04/13 23:43
:SH903i
:HMtueqDg
#177 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「すぐそこだ」
そう呟いて、サトルは山道から木々が立ち並ぶ山の中に入り込んでいった。
枝葉をかきわけ、一歩一歩確実に進んでいく。
あたしはそれを見ていた。
サトルの背中を、見つめていた。
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:08/04/13 23:43
:SH903i
:HMtueqDg
#178 [蜜月◆oycAM.aIfI]
――なんでだろう。
サトルは足を止めないのに、あたしはなんで立つことも出来ないんだろう。
一度休んでしまった体は、再び動き出すのを拒む。
あたしの目は、枝をかきわけて進むサトルの背中に釘づけだった。
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:08/04/13 23:44
:SH903i
:HMtueqDg
#179 [蜜月◆oycAM.aIfI]
――だめだ、……あたしも変わらなきゃ。後ろから見てるだけじゃだめ。
あたし自身のことなんだから。ほら、早く!
自分に喝を入れ、二本の足に、動け、と呼び掛ける。
それを何度も繰り返して、ようやく動き出すあたしの体。
ほっとしたような、緊張が増したような。
行きたいような、行きたくないような。
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:08/04/13 23:45
:SH903i
:HMtueqDg
#180 [蜜月◆oycAM.aIfI]
しかし、あたしはこんがらがった感情をその場に置き去りにして、行動を開始した。
サトルがかきわけて出来た枝の隙間をくぐり、彼の横に並んだ。
「ユキは後ろにいなよ。枝で顔に傷ついちゃうよ?」
「いいの、それぐらい」
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:08/04/13 23:46
:SH903i
:HMtueqDg
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