よすが
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#510 [○○&◆.x/9qDRof2]
頭が少しずつ機能してきた時、聞き覚えのある母の啜り泣く声が聞こえてきた。.......お母さん?

「うっ、うぅっ.......」
「良枝、」

 母の泣き声に次いで、父のなだめるような声が母の名前を呼んだ。お母さん?どうして泣いてるの?お父さん?何があったの?

⏰:22/10/25 15:49 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#511 [○○&◆.x/9qDRof2]
私の声は喉から出てくることはなく、心の中で虚しく響いて消えた。声が、出ない。身体も動かない。母と、その他のいくつかの泣き声とお経だけが耳に届く。

「千恵、」

母が私を呼んでいる。どうしたの?お母さん。答えは返ってこなかった。私の意識は一気に覚醒してきた。先程からずっと続いている奇妙な感覚。

⏰:22/10/25 15:49 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#512 [○○&◆.x/9qDRof2]
身体を取り巻く違和感に、生きた心地がしなかった。言うならば、呼吸しないで生きているような感覚。息苦しい。体は質量を失い、ふわふわとしながらも心臓だけがずっしりと重い。経験したことのない感覚。お母さん。これは夢だよね?現実味がありすぎて、頭が困惑してしまった。

⏰:22/10/25 15:49 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#513 [○○&◆.x/9qDRof2]
夢には思えない、でも夢だと信じたい。私は怖くなった。早く覚めろ早く覚めろ。声が出ない、何故?


早く、早く!
これは夢だ!
身体もっ!

動いて、動いてっ、

動いて!!

⏰:22/10/25 15:50 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#514 [○○&◆.x/9qDRof2]
「千恵…どうして死んでしまったの?」

 母の声と共に、私の体は下から弾かれたような強い衝撃を受けた。驚く間もなく、気付いたら動けるようになっていた。あの感覚は消えないものの、いつもと何ら変わりない目覚め。

⏰:22/10/25 15:50 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#515 [○○&◆.x/9qDRof2]
ただ違うのは、目の前に広がる光景だった。目に映ったのは、綺麗に正座しながら泣く、全身真っ黒の知り合いたち。友達から親戚まで、どうやら外にもまだいるようだ。壁には白と黒の幕が垂れ下がり、目の前にはお坊さんがお経を読んでいる。

⏰:22/10/25 15:50 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#516 [○○&◆.x/9qDRof2]
.......ほらね、やっぱり夢だった。現実的すぎるけど、これは夢だ。夢じゃないなら何なのか、教えて欲しいくらいだ。辺りを見渡せば、暗い雰囲気は葬式そのものだった。ちらりと振り向けば自分の遺影が目に入る。一ヶ月前に家族で遊園地に行った時のものだ。

⏰:22/10/25 15:51 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#517 [○○&◆.x/9qDRof2]
写真の中の私は恥ずかしそうにしながらも笑顔を作っている。あぁ、もう。せめて使うならこの写真じゃなくて生徒手帳とかの写真を使って欲しかった。カメラに向けて笑うのが苦手な私は、小さい頃から写真が嫌いだった。自分の照れ臭そうに笑う写真を葬式に使うとは、恐らく父の考えだろう。

⏰:22/10/25 15:51 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#518 [○○&◆.x/9qDRof2]
目が覚めたら「葬式には無表情の写真を使ってくれ」と頼もうと決めた。ふとそんな考えを巡らせていた時、何気なく目をやった私の友達の列の中で、一人の人物に目が止まった。友達の列の最後尾にいる男。見覚えのあるなんてものじゃない。

名前は、西山 孝。

⏰:22/10/25 15:51 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#519 [○○&◆.x/9qDRof2]
同じクラスで私の大嫌いな男で、私のことが大嫌いな男だ。保育園から一緒の幼なじみではあるし、周りからは悪友と言われることもあった。だけど孝の悪ふざけは私からしたら嫌なものでしかない。昔から何かしら頻繁に茶々を入れ、しつこくからかってくる行為の数々には悪意を感じずにはいられなかった。

⏰:22/10/25 15:52 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#520 [○○&◆.x/9qDRof2]
基本無視をする私を見て仲の悪さを悟ってか、最近では悪友呼ばわりも減ってきた。とにかく大嫌いなのだ。それは向こうも認めていた。それなのに、今の孝の表情は何なのか。流石に泣いてはいないものの、すっかり気の抜けた顔をしている。

⏰:22/10/25 15:52 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#521 [○○&◆.x/9qDRof2]
大して興味はないが、孝のそんな表情を見るのはなかなか面白かった。たまにはこんな夢も悪くはないな、と私は心の中で微笑んだ。しばらくして、私は焦りを覚えた。これは現実だ。突然そんなことを思い始めていた。こんな夢は有り得ない。場面は一向に変わる気配はないし、何よりリアルすぎる。

⏰:22/10/25 15:52 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#522 [○○&◆.x/9qDRof2]
では、私が座布団代わりにしているこの棺桶の中に眠る、私そっくりな人物は誰だ。そっくりというか、見る限りでは毎朝鏡で見る私自身だ。じゃあ、やはり夢だろう。私はここにいるし、誰も私に反応しない。これが現実であるはずがない。

⏰:22/10/25 15:52 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#523 [○○&◆.x/9qDRof2]
だが、ただ一つだけ、私の脳裏に現実的な答えが巡った。もしかして.......


「私…死んだ?」


私の言葉に誰も反応しなかった。私の前で、お坊さんの唱えるありがたいお経は終わりを告げた。家族がお礼をしている姿が映ったが、私はそれどころではなかった。

⏰:22/10/25 15:53 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#524 [○○&◆.x/9qDRof2]
受け入れがたい仮説に、どうしていいかわからなかった。その後、わかったことが二つあった。一つは、やはりこれは夢じゃないこと。もう一つは私は間違いなく死んでいること。最高に現実的な悪夢を見ている訳でないなら、私の姿や声に誰か反応するはずだし、体が浮くことも、人や物を体が突き抜けることもないはずだ。

⏰:22/10/25 15:53 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#525 [○○&◆.x/9qDRof2]
私は目の前で起きている事実を痛感せずにはいられなかった。ドアノブを握ろうとした私の手が、無抵抗に空を掴んだ。私は小さく溜め息を漏らした。確かにここに存在するのに、触れられない。すでに時計は午後十一時を指していた。

⏰:22/10/25 15:53 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#526 [○○&◆.x/9qDRof2]
ドアという一枚の壁をものともせず、身体は向こう側へと通り抜ける。リビングは、電気も付けていない薄暗さの中、母が静かに泣いていた。譫言のように私の名前を呼ぶ母の姿は痛々しく、胸が締め付けられた。涙が出ない。

⏰:22/10/25 15:53 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#527 [○○&◆.x/9qDRof2]
死人には涙は必要ない、ということか。涙が出ない自分への悔しさと母への申し訳なさが拳を強く握った。

「お母さん.......」

やはり返事はない。私は落胆するように肩を落とした。自分だけ隔離された世界にいるように感じた。

⏰:22/10/25 15:54 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#528 [○○&◆.x/9qDRof2]
「私はここにいるよ、」

母の横に立ってみたが反応は得られなかった。

「お母さん。ごめんね、ごめんねっ…!」

通り抜けないように母を抱きしめる形になるよう身体を合わせた。

⏰:22/10/25 15:54 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#529 [○○&◆.x/9qDRof2]
謝罪の言葉を漏らした途端、その僅かな心の亀裂から溢れ出してきた想いが、波のように押し寄せてきた。

「今まで育ててくれたのに、先に死んでごめん。たくさん愛情を注いでくれたのに、返せなくてごめんっ。親孝行しなきゃいけないのに、最後に悲しませてごめん.......もう一緒の世界に居れなくてごめんっ!」

⏰:22/10/25 15:54 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#530 [○○&◆.x/9qDRof2]
唇を強く噛んで沸き上がる気持ちを抑える。痛みはないが、胸の奥はいつまでもキリキリと痛んだ。母は突然泣き止んで私の身体を突き抜けて立ち上がると、私の抜け殻がある部屋に入って行った。私には、後を追う勇気がなかった。

⏰:22/10/25 15:54 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#531 [○○&◆.x/9qDRof2]
あれ以上、大好きだった母の哀しむ姿を見るのは堪えられなかったのだ。私は、朝までソファに座っていた。

私はようやく完全に現実を受け入れた。自分でも不思議なほど冷静だが、やはり動揺は隠せない。

⏰:22/10/25 15:55 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#532 [○○&◆.x/9qDRof2]
私はまだ十八歳の高校生だし、やり残したことの方が多い。大学受験も残っている。とにかく未練は数え切れない。時間の経過と共に気分は滅入っていく。現実から逃げ出したくなり、どれだけ夢ならいいと願ったか。

⏰:22/10/25 15:55 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#533 [○○&◆.x/9qDRof2]
それでも朝はやってきた。寒さも暑さも感じない朝は、叶わない願いを薄めていった。昨晩から母は私の肉体がある部屋から出て来なかった。家族の姿を見たくない私は、昨日の孝を思い出して興味本意で学校に行くことにした。

⏰:22/10/25 15:55 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#534 [○○&◆.x/9qDRof2]
朝の清々しさなど感じずに私は家を出た。いつもと違わぬ朝。違うのは私が死者だということ。私は学校までゆっくりと歩きだして行った。その道すがらで、自分の死について考えてみた。そこで初めて、死の瞬間をよく覚えてないことに気付いた。

⏰:22/10/25 15:55 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#535 [○○&◆.x/9qDRof2]
それどころか、今までの記憶が曖昧になっていることを自覚する。確かに覚えているはずなのに、小さい頃の記憶はおろか、嬉しかったことや悲しかったことなど、感情的な記憶しかない。最近のことすらわからない。

⏰:22/10/25 15:55 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#536 [○○&◆.x/9qDRof2]
今更ながらやはり夢じゃないかと疑いそうになった。制服を着ていることから、死んだ時も制服を着ていたのではないかと考えた。だとしたら、登下校か学校に滞在している間に事故か事件に巻き込まれたのだろうか。いくら推理しても答えは出なかった。

⏰:22/10/25 15:56 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#537 [○○&◆.x/9qDRof2]
結局思い出すこともなく、学校に到着してしまった。知っている人や知らない人、誰もが私に気付かなかった。中には私の身体を素通りする人もいた。人間の習性だろうか。擦れ違うときについ体を逸らして避けようとして、何度も避ける必要がないことを思い出して苦笑した。

⏰:22/10/25 15:56 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#538 [○○&◆.x/9qDRof2]
教室に着けば、丁度朝のHRが始まった所だった。私はとりあえず教室の一番後ろに置いてある自分の席の辺りに移動することにした。私の席は孝の隣だ。隣の孝を見れば、昨日と変わらず何を考えているかわからない表情で俯いていた。

⏰:22/10/25 15:56 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#539 [○○&◆.x/9qDRof2]
気まずそうな表情をした初老の担任が、教壇に立つと同時に口を開いた。私は孝が気になりながらも、正面に顔を戻した。


「皆さん。すでに知っていると思いますが、先日、桜井千恵さんが下校中に交通事故で亡くなりました」

⏰:22/10/25 15:56 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#540 [○○&◆.x/9qDRof2]
私はそこで初めて自分の死因を知った。担任は教壇から動かずに続ける。


「信号無視の轢き逃げだと警察から聞かされました。犯人は捕まったようです」

それを聞いた私はつい自嘲気味に笑いを漏らしてしまった。信号無視の轢き逃げ、か。我ながら馬鹿らしい死に方をしたものだ。

⏰:22/10/25 15:56 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#541 [○○&◆.x/9qDRof2]
何だか自嘲することで怒りを抑えてる気がした。相手を探して呪ってやろうかとも考えたが、幽霊やら何やらは信じない主義だから断念した。現在の自分の状態はとにかく、考えだけは変える気はない。矛盾しているかもしれないが、それが私の考えだ。担任は長々と私の死について語った。

⏰:22/10/25 15:57 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#542 [○○&◆.x/9qDRof2]
「未来ある若い命が、」
「人生これからという若さで、」

始終、私は他人事のような気がしてならなかった。今一つ実感が沸かず、担任には申し訳ないがあまり感動はしなかった。しばらくして、ようやく話が終わりを迎えた。

⏰:22/10/25 15:57 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#543 [○○&◆.x/9qDRof2]
「では、千恵さんのご冥福をお祈りして黙祷しましょう」

担任の一声で皆が黙祷に入る。ただ、一人だけは違った。.......孝だった。黙祷が始まってしばらくすると、孝は一人だけ首を動かし左を見た。目を細めてただじーっと、私の席を見つめる孝の目は、何故か寂しげに見えた。

⏰:22/10/25 15:57 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#544 [○○&◆.x/9qDRof2]
孝に限ってそんなことはないだろうと思っていたが、実際こうして目の前にある孝の表情は、私の死を悲しんでくれてるのかと思ってしまうほど、言い知れぬ雰囲気があった。午前中の授業が終わり、昼休みを告げるチャイムが校内に響き渡った。

⏰:22/10/25 15:57 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#545 [○○&◆.x/9qDRof2]
HRの後、授業中の風景に見飽きた私は、欠伸を一つ落とすと教室を後にした。特にすることはなく、ふらふらと校内を散歩したり、よく通っていた図書館に足を運んだりした。そんな風に暇を持て余していて気付けば午前中は過ぎていた。

⏰:22/10/25 15:58 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#546 [○○&◆.x/9qDRof2]
「遅いようで早いなぁ。もう昼休みかぁ」

廊下を歩きながらそんなことを考える。死んでからは時間の進みがやけに遅く感じた。とりあえず教室に戻ろうと踵を返せば早くも廊下に生徒が溢れ出していた。

⏰:22/10/25 15:58 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#547 [○○&◆.x/9qDRof2]
「あれ?」

ちょうどその時、教室を出て来たらしい人物を見付けた。.......孝だ。昼休みなのに弁当も持たず、購買とは反対の方向に歩いていく。一瞬だけ見えた顔は、何だか上の空を通り越して沈んだ表情が伺える。

⏰:22/10/25 15:59 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#548 [○○&◆.x/9qDRof2]
「何してるんだろ、アイツ。非常階段の方に.......屋上に行くのかな」

そこまで呟いてハッと我に返る。

「馬鹿みたい。私、何を気にしてたんだろ。確かに面白いけど、アイツが元気ないと調子狂うんだよね、うん」

⏰:22/10/25 15:59 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#549 [○○&◆.x/9qDRof2]
誰にも聞こえないはずなのに言い訳じみた事を呟いてみた。とにかくこのままでは気に入らないので、私は孝の後についていくことに決めた。

⏰:22/10/25 15:59 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#550 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>500-550

⏰:22/10/25 15:59 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#551 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>550-580

⏰:22/10/25 16:00 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#552 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>580-610

⏰:22/10/25 16:00 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#553 [○○&◆.x/9qDRof2]
(続)

「ねぇ、」

コンクリートの踊り場を過ぎた辺りで、孝の後ろ姿に問い掛ける。返事はないと思っていても、気になってしまいつい話し掛けてしまった。吹き抜けの非常階段を上がり、孝は無言のまま屋上に出た。降りてくる太陽の光に目を細める。

⏰:22/10/25 17:15 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#554 [○○&◆.x/9qDRof2]
「ねぇ。何でそんなに元気ないの?」

孝はそのまま足を進め、屋上の中央に腰を下ろす。私もその後に続いて隣に座り込んだ。

「あんた、熱くないの?この炎天下で暖められたコンクリートは、熱いよ。今の私にはわかんないけど」

体育座りに体勢を変えて、孝を見る。

「あんたが元気ないとさ、私が調子狂うんだけど」

⏰:22/10/25 17:16 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#555 [○○&◆.x/9qDRof2]
そこまで言ったところで、一つの疑問が浮上してきた。調子が狂う?私は孝が嫌いだ。嫌がらせをするから。なのに嫌がらせがないと今度は調子が狂う?

.......矛盾している。

違う。私は嫌がらせがないから調子が狂うんじゃない。いつもうるさいくらい元気な孝が、落ち込んでるから調子が狂ってるんだ。そうだ、そうなんだ。少しの無言と少しの葛藤に終止符を打った私は、溜め息を一つ落とした。

⏰:22/10/25 17:16 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#556 [○○&◆.x/9qDRof2]
「ねぇ孝。私が死んで何か変わったことある?孝にとっては張り合う相手がいなくなったみたいなものなのかな。あ、クラスの雰囲気は変わったよね。クラスメートが死んだなら暗くなるのは普通かな?私からしたら、皆には早く明るくなってほしいんだけどね」

⏰:22/10/25 17:17 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#557 [○○&◆.x/9qDRof2]
空を見上げる。鳥たちが頭上を通り過ぎていく。

「私は、さ」

 仰向けに寝転んで言葉を続ける。

「まだ.......死にたくなかったよ。そりゃそうだよね。まだまだ若いもん、未練ありすぎて困っちゃうくらいだし」

⏰:22/10/25 17:17 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#558 [○○&◆.x/9qDRof2]
孝も私と同じように仰向けに寝転んだ。私は少し驚いて、ぶつからないように体を移動させる。
…何年ぶりだろう。
こうして近くで存在を感じたのは。
昔は普通だった。
これが当たり前だった。
でも気付けば変わっていった。
少しずつ、少しずつ。

⏰:22/10/25 17:17 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#559 [○○&◆.x/9qDRof2]
突然現れたよくわからない溝は埋めることも出来なくて、私は溝を埋めることを諦めた。
歯止めがなくなった溝は時間と共にどんどん大きくなっていって、仲が良かった私たちは小学生中学年の頃には、お互い嫌いな存在として出来上がっていた。

「あれから早いもんだね。もう高校生だよ。でも、私はここまでなんだよね。高校生から上へはいけない」

⏰:22/10/25 17:17 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#560 [○○&◆.x/9qDRof2]
「……」

「なんか寂しいなぁ。私だけ置いてきぼりかぁ」

当然孝からの返事はない。
太陽に雲が掛かった青空は、少し薄暗さを増していた。

「…ねぇ、何か言ってよ」

「……」

上半身を起こして孝を覗き込む。

「ねぇってば!」

無反応が続くと、溜め息をついて自嘲気味に笑う。

⏰:22/10/25 17:18 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#561 [○○&◆.x/9qDRof2]
馬鹿馬鹿しいことをしたな。
何を望んでいたんだろう。
私はもう死んでいるのに。
久しぶりに孝に話し掛けて、少し感情的になりすぎたのだろうか。
上半身を元の位置に戻していたら、隣から声が零れた。

「……今、俺が」

私は突然の孝の言葉に驚いて勢いよく顔をやった。

「俺が死んだら、千恵はまだその辺にいんのかな」

私は思わず吹き出してしまった。
というか、ここにいます。
孝は突然何を言うのかと思ったら、やはり私のことだった。

⏰:22/10/25 17:18 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#562 [○○&◆.x/9qDRof2]
概ね、やはり張り合う相手が突然いなくなったのでつまらないのだろう。
それとも事故死した当日も私をからかっていたから罪悪感でも感じているのだろうか。私の隣の男は、小さく息を吐いた。

「なんだか…つまらないな、今日は。からかう相手がいないと、こんなに調子出ないんだな」

「だからって、他の女子いじめないでよ?孝の悪ふざけは度が過ぎてるんだからね」

⏰:22/10/25 17:19 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#563 [○○&◆.x/9qDRof2]
私は懐かしい雰囲気に、思わず頬が緩んでしまった。これで孝の元気がない理由がわかった。孝自身は大丈夫だろう。楽観的だから、きっとすぐに男友達と元通りにふざけて生活していくに違いないだろう。しばらくの間、久々の雰囲気を味わっていた私は、昼休み終了のチャイムが鳴るまで青空の下、ずっと孝の隣にいたのだった。

⏰:22/10/25 17:19 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#564 [○○&◆.x/9qDRof2]
孝はチャイムが鳴ると焦ったように立ち上がり、片手で無造作にお尻を叩いた。紺色のズボンから細かい埃が舞い上がり、私の服を通り抜けて力無く地面に落ちていく。そのまま踵を返して足早に教室に戻っていく孝の後ろ姿を、私は虚ろに眺めていた。あれはいつのことだろうか。青空を見上げた私は記憶を辿る。小学校三学年の時、孝と私の関係は壊れた。その学年は、私が生まれて初めて男の子から告白を受けた歳だった。相手は、当時クラスで一番足が速くてムードメーカーだった中川君という男の子だ。

⏰:22/10/25 17:20 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#565 [○○&◆.x/9qDRof2]
中川君はやんちゃで、日焼けした肌にツンツンと尖った髪の毛が印象的なサッカー少年だった。それは、放課後に日直で残っていた私に対する突然の告白だった。あの頃は免疫もなく困惑したりもしたが、私はそれよりも初めての告白に恥ずかしさでいっぱいだった。

⏰:22/10/25 17:20 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#566 [○○&◆.x/9qDRof2]
頬を真っ赤に染めて呆然とする私の手から、赤いランドセルが滑り落ちた。
今思えば初々しい反応が子供だったなと微笑ましく感じる。彼は今こそ違う高校に通っているが、街中で偶然逢った時に、あの無邪気な子供っぽさは変わっていなかったと笑った記憶がある。

⏰:22/10/25 17:21 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#567 [○○&◆.x/9qDRof2]
結局その告白は私の恥ずかしさのために断ったのだが、次の日にはクラス中の噂になっていた。男子グループからは冷やかされ、女子からは質問攻めにされた。小学生では足の速さが好感度に繋がるのはよくある話で、中川君はモテる部類だったために女子からの質問には偽りなく答えた。

⏰:22/10/25 17:21 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#568 [○○&◆.x/9qDRof2]
しかし、小学生だった私には今のように男子グループからの冷やかしに堪える精神は持ち合わせておらず、泣きながら帰って母に学校に行きたくないと困らせたりもした。その時の男子グループの中に、一番仲が良かった孝がいたのだ。

⏰:22/10/25 17:21 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#569 [○○&◆.x/9qDRof2]
それがきっかけだろうか。以来、孝は率先してグループのリーダーになり、事あるごとに私を冷やかした。初めは私もひどく裏切られた衝動に駆られて傷付いたが、孝を嫌いになっていくに連れて傷はみるみるうちに塞がっていった。

⏰:22/10/25 17:22 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#570 [○○&◆.x/9qDRof2]
時間と比例して塞がる傷は、私の心も一緒に閉ざしてしまったのだろう。ひと月もしないうちに私と孝はお互い嫌いになっていた。そのまま時は流れ、気が付けば高校生になっていた。

時間が進んでも私と孝の関係は変わることはなく、時計はあの小学生時代で止まったまま卒業と入学を二回ずつ繰り返して今に至る。

⏰:22/10/25 17:22 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#571 [○○&◆.x/9qDRof2]
どうして私たちの関係は拗れてしまったのだろう。仲が良かった日々の時計はあの日に止まってしまい、新しい時計が刻み始めたのだろうか。なら、今度の新しい時計もいつか止まるのだろうか。次に動き出す時計にはどんな日々が待っているのだろう。
止まった時計が、もう一度動くことはあるのだろうか。

⏰:22/10/25 17:23 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#572 [○○&◆.x/9qDRof2]
空を見上げる私は不意に込み上げてきた哀しさに胸を押さえ付けられた。
同時に、新しい時計はもう止まっているのだと気付いた。
そして、次の時計はないのだということも。

⏰:22/10/25 17:23 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#573 [○○&◆.x/9qDRof2]
あまりに色々なことが頭に蘇りすぎて、忘れていた。私は、死んだのだ。
あの日の時計は止まったまま、私自身の時計は停止してしまったのだ。家に帰ろう…。私は曇り空を見上げた。

閉められた玄関をくぐると孤独感の波に苛まれた。

⏰:22/10/25 17:23 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#574 [○○&◆.x/9qDRof2]
家には人の気配がなかった。その無人の静けさだけが私の孤独感を増していく。家を歩き回っていると、私はあることに気付いた。私の抜け殻がない。
安置されていた場所に敷かれていた布団も綺麗に片付けられていた。

「火葬場かな」

⏰:22/10/25 17:24 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#575 [○○&◆.x/9qDRof2]
ぼうっと遺体があった場所を見つめる私の口から自然と出た答えに、何故か全身が脱力した。これからどうするかなど、見当も付かない。道標が欲しい。私は壁に寄り掛かると、体育座りで小さく縮こまった。…そういえば。

⏰:22/10/25 17:24 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#576 [○○&◆.x/9qDRof2]
死んだ者は四十九日を使って知り合いに挨拶巡りをすると聞いたことがある。使命ではなさそうだが、私もやるべきなのだろうか。四十九日が終わったら、次には何があるのだろう。疑問は次から次へと出てくる。私は暇潰しも兼ねて挨拶巡りをしようかとしばらく思案したが、自分が火葬されるところなど見たくないと思い断念した。

⏰:22/10/25 17:25 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#577 [○○&◆.x/9qDRof2]
私はこの暇な時間を潰すために街に繰り出すことにした。相変わらず身体の浮遊感や無呼吸のような息苦しさには慣れない。靴が土を踏みしめても何の感触も伝わってこない。風が草木を揺らしても私の肌をくすぐることはない。これからもこの違和感に慣れることはないだろう。

⏰:22/10/25 17:25 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#578 [○○&◆.x/9qDRof2]
私は太陽の陽射しに目を細めた。街中を歩いていて不思議に思ったことがある。たまにちらりと目が合う人がいるのだ。彼等には私の姿が見えているのだろうか。試しに話し掛けてみるが、ほとんど反応は得られなかった。しかし中には反応する人もいた。

⏰:22/10/25 17:26 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#579 [○○&◆.x/9qDRof2]
ただそれは話し掛ける前に逃げてしまう人たちだった。私は面白くなってつい後を付けたりなど意地悪をした。
ふと、これが取り憑くってことなのかなと尾行しながら自らに対して苦笑いを零した。それと、もう一つ気になったのは猫だ。動物たちは過敏に私に反応する。

⏰:22/10/25 17:26 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#580 [○○&◆.x/9qDRof2]
通り掛かれば首を回してこちらを伺い、近寄れば目を丸くする。中には威嚇する猫もいた。私はここでも悪戯心に駆られて追い回したりした。小さな背中をしなやかに動かして逃げる猫。
久々に得られた感覚に胸を撫で下ろす。

⏰:22/10/25 17:26 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#581 [○○&◆.x/9qDRof2]
私はここに居るのだと。三日前まで当たり前のようにいたその世界が突然愛しく思えた。私はここに居る。まだ、存在している。切なさと哀しさが入り混じる中、私は確かに実感した。日が傾いて街が夜に入り出した頃、私は再び帰宅した。暗闇が濃くなると、ふと私の体が闇に溶けてしまいそうな錯覚に陥る。

⏰:22/10/25 17:27 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#582 [○○&◆.x/9qDRof2]
またもや家には誰もおらず、電気を付けることも叶わない私は暗い部屋の中で家族の帰りを待った。どういう訳か、その日は誰一人として帰ってくることはなかった。一度だけ鳴った電話の呼び出し音が、寂しく響いた。やはりソファで夜を明かすのには慣れない。私は軽い苦痛を感じながらも朝を待った。

⏰:22/10/25 17:27 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#583 [○○&◆.x/9qDRof2]
照り付く太陽が真上に差し掛かった頃、母と父が帰ってきた。昨日の孝の様子を見るために朝は早くに家を出たから、家族とは一昨日の晩から会っていないことになる。三日ぶりの両親の姿は、何だか不思議に感じた。両親は何故か喪服ではなく、普段着であった。

⏰:22/10/25 17:28 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#584 [○○&◆.x/9qDRof2]
父はまるで会社帰りのようにいつものスーツを身に纏っていた。更に不審に思ったのは、心なしか母も父も元気に見えることだった。前向きな両親のことだからいつかは吹っ切れるとは思っていたが、予想よりかは遥かに早い。
私としては少しでも早く明るくなって欲しかったから少し安心した。

「あなた、今日会社はどうするの?」

⏰:22/10/25 17:28 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#585 [○○&◆.x/9qDRof2]
リビングのソファに座る私の横に鞄を落として、母が訊いた。

「今日も休むことにした。大丈夫、会社には連絡してあるからさ。明日から行くよ」

「そう?じゃ、お昼にしましょうか」

ネクタイを解く父の横を通り過ぎて母はキッチンに姿を消した。
ワイシャツ姿になった父は私の隣に腰掛ける。母の鞄を邪魔くさそうに退けると小さく溜め息をついた。

⏰:22/10/25 17:28 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#586 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>600-630

⏰:22/10/25 17:29 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#587 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>630-660

⏰:22/10/25 17:29 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#588 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>660-690

⏰:22/10/25 17:29 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#589 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>590-620

⏰:22/10/25 17:29 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#590 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>620-650

⏰:22/10/25 17:29 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#591 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>650-680

⏰:22/10/25 17:30 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#592 [○○&◆.x/9qDRof2]
わたしはテレビの電源を付ける父を見ながら、ちょっと前までは自分もこの輪の中にいたんだなあと頬を緩めた。ふとテレビの上にある電子時計が目に入れば、今日は日曜日だと認識する。

⏰:22/10/25 17:45 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#593 [○○&◆.x/9qDRof2]
休日にも仕事があったなんて、お父さんは大変だな。労いの言葉を考えていたら、突然携帯電話が鳴った。この曲は私の携帯だ。父は「何の音だ?」と立ち上がり音源を探し始めた。

「良枝、携帯が鳴っているみたいだけど、おまえのじゃないのか?」
「携帯?いいえ、私のじゃないみたい。この曲、千恵のじゃない?」

⏰:22/10/25 17:45 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#594 [○○&◆.x/9qDRof2]
キッチンから帰ってきた返事に「千恵の?」と呟いた父は何かを思い出したように母の鞄を漁り始めた。

「あったあった」

上半身を上げた父の手には私の携帯電話が握られていた。私の携帯電話はどうやらあの事故から無傷だったようだ。

「千恵の携帯に電話がきてるぞ」

⏰:22/10/25 17:46 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#595 [○○&◆.x/9qDRof2]
着信音が消えると当然のように携帯を開く父に「勝手に見たら千恵が怒りますよ」と母が訝しいげな顔を覗かせた。ごもっともだ。いくら死んだとはいえ、娘の携帯を見るのは失礼だろう。

「それもそうだな…と、おや?」

⏰:22/10/25 17:46 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#596 [○○&◆.x/9qDRof2]
これは…、と父が眉をしかめた。私は不審に思い、父の凝視する携帯を覗き込んだ。

「良枝、確か孝君って男の子が千恵の友達にいたよな?」

そう言う父の横で驚く私。
着信履歴のディスプレイに映し出されていたのは、孝の名前だった。

「ええ、いますけど.......」

それが?と疑問を含ませた母の声。

「どうやら、その彼からだ」

⏰:22/10/25 17:46 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#597 [○○&◆.x/9qDRof2]
ちょうど料理を終えた母は炒飯を両手に抱えてリビングに姿を現した。皿をテーブルに並べ終わると母も父の横から携帯を覗く。

「孝君から?あら本当。珍しいわね。千恵の口から孝の名前を聞いたのは小学校以来だから、何だか久しぶりね」

エプロンで手を拭いながら懐かしそうに目を細める母に、父は小さく笑いを落とす。

⏰:22/10/25 17:46 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#598 [○○&◆.x/9qDRof2]
「そういえば、そんな悪ガキもいたな。何だ良枝、ダメとか言いながら結局おまえも千恵の携帯を見てるじゃないか」

依然として笑いながら言う父に、母はむっとしながら眉を潜めた。

「私はいいんですよ。千恵とはとても仲が良かったですもの。そんなことより、ご飯出来ましたよ。早くテーブルについてください」

⏰:22/10/25 17:47 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#599 [○○&◆.x/9qDRof2]
はいはい、と苦笑しながら携帯電話をソファに置くと、父はテーブルに歩いて行った。わたしの脳裏に孝の姿が過ぎった。どうしたんだろう。私の葬式があった日から、孝のことばかりだ。柄にもなく昔のことを思い出すときも、孝とのことばかり。

⏰:22/10/25 17:47 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#600 [○○&◆.x/9qDRof2]
走馬灯にしては長すぎるし、内容が孝中心すぎる。私は自分に苛々してきた。死んだ時にひどく頭でも打ったのだろうか。人のことでこんな風に悩むなんてこれまでになかった。ましてや相手はあの孝ときた。

⏰:22/10/25 17:47 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


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