よすが
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#610 [○○&◆.x/9qDRof2]
愚痴を言いながらも、私はわずかに微笑んでいた。孝の隣は居心地が良い。悪ふざけをしない孝は悪いもんじゃないなと、あの屋上でのひと時以来しばしば感じていた。沈黙すら楽しんでいる。

「…二時三十分か」

私が公園の時計を見て呟くと、孝の声とぴったり重なった。驚いて隣に視線を向ければ、孝も携帯電話の時計を見ていた。カチカチと、無造作にボタンを押す孝。

⏰:22/10/25 17:50 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#611 [○○&◆.x/9qDRof2]
私は先程の電話の件もあってつい画面を覗き込んだ。

「孝。…何考えてるの?」

画面には私の名前と電話番号が映っていた。しばらく停止した後、孝は通話ボタンを押した。ゆっくりと耳に近付けると、呼び出し音が響く。三回…、四回…。

⏰:22/10/25 17:50 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#612 [○○&◆.x/9qDRof2]
私は出るはずがない、と確信しながら、孝の行動の意味を考えていた。結論、理解不能。八回目を過ぎると、孝は電話を切った。溜め息を吐く孝を横目に、私は少し気まずさを覚えた。
孝が、教室で黙祷の時に見せた、私の机を見つめていた時のあの目をしていたのだ。何を考えているのか…私にはわからない。そう、思っていた。孝の漏らした言葉を聞くまでは。

⏰:22/10/25 17:50 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#613 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>510-610

⏰:22/10/25 17:51 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#614 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>500-600
>>600-650

⏰:22/10/25 17:52 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#615 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>700-730

⏰:22/10/25 17:53 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#616 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>730-760

⏰:22/10/25 17:53 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#617 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>760-790

⏰:22/10/25 17:53 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#618 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>610-640

⏰:22/10/25 17:58 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#619 [○○&◆.x/9qDRof2]
「.......千恵。おまえはもう帰ってこないんだな、本当に、」

 不意打ちだった。

 有り得ないと思っていたことが現実に起きた瞬間、わたしは顔に熱が昇るのを感じた。かぁっ、と頬が熱くなる。孝は、わたひを想ってくれていたのだろうか。張り合い相手がいなくなったのを、寂しがってくれていたのだろうか。

⏰:22/10/25 17:59 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#620 [○○&◆.x/9qDRof2]
わたしは初めて見た、孝のそんな姿を。九年前に反発しだした関係が、九年ぶりに修復に向かった気がした。よくわからないが、わたしは気恥ずかしさでいっぱいだった。この感覚は知っていた。昔、体験したことがある。

⏰:22/10/25 17:59 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#621 [○○&◆.x/9qDRof2]
ランドセルを落としたあの放課後の時と同じだった。自らの熱と、場の空気と、何より恥ずかしさに耐え切れなくなったわたしは、逃げるようにその場を離れた。

 わたしは走った。顔の熱は冷める兆しはなく、わたしのスピードを上げた。息切れはしないし、全力疾走なのに思うように速くない。

⏰:22/10/25 17:59 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#622 [○○&◆.x/9qDRof2]
夢の中の全力疾走のような感じだ。それでも。わたしは走った。息切れはないが疲労感が込み上げてくる。身体が脱力しきって走るのを止めた時、空を見上げれば茜色の夕空が夜を待っているところだった。嗚呼、不思議だ。

⏰:22/10/25 17:59 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#623 [○○&◆.x/9qDRof2]
わたしは死んだ。なのに。生きていたときより、こころが躍っているような気がする。わたしは怖かった。道標がない未来に怯えていた。突然、影のように闇に紛れて消えてしまうんじゃないかと。突然、煙のように空気に混ざって溶けてしまうんじゃないかと。

⏰:22/10/25 18:00 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#624 [○○&◆.x/9qDRof2]
だけど、いまは違う。わたしは怖くない。身体が熱い。実際の所、死んでから体温や気温などを感じる機能は遮断されていた。だから熱い、というよりは熱い気がするの方が正しいと思う。どちらにせよ、わたしはいま、赤面しているだろう。わたしの身体を取り巻く熱が引くまでに、かなり時間が掛かった。とっぷりと暮れた夜空の下、わたしは公園のベンチにいた。

⏰:22/10/25 18:00 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#625 [○○&◆.x/9qDRof2]
さっきの公園とは違う公園。いまにも切れそうな街灯に視線を送りながら、頭を抱える。変わっていない。九年前と。あの頃は子供だった、なんて、笑ってしまう.......わたしいまも子供だ。変わっていない。九年前と。わたしは九年前に、気持ちを置いてきてしまったのかもしれない。

⏰:22/10/25 18:00 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#626 [○○&◆.x/9qDRof2]
だけど、気付いてしまった。九年もの間、全く気付かなかったことに、わたしは、気付いてしまった。じわりじわりと熱が蘇ってくる。

 わたしは、

 孝が、

 満天の星空の下、わたしはこころの奥底に秘めた気持ちを隠した。暗い暗いこころの奥に。二度と上がってこないように。気付いてしまった以上は、仕方がない。

⏰:22/10/25 18:00 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#627 [○○&◆.x/9qDRof2]
わたしは死んだのだ。わたしにはもう、道は残されていない。希望はないのだ。失望することがわかっている以上、封印してしまおう。それが良い.......そうしよう。その日、わたしはベンチで夜を明かした。

⏰:22/10/25 18:01 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#628 [○○&◆.x/9qDRof2]
月曜日の朝になった。退屈とは拷問に近い。孝がいるから学校に行く気もしないし、家に帰る気もしない。わたしはいつか消えるのだろうか。その時は昨日の気持ちも消えていくのだろう。その先には天国か地獄があるのかな。その時は昨日の気持ちも一緒に持って行くのだろう。

⏰:22/10/25 18:01 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#629 [○○&◆.x/9qDRof2]
私は初めて自分が女々しいことに気付いた。こうした考えを巡らすのは、隠したはずの気持ちが漏れだしている証拠ではないか。振り出しに戻った気がした。心が空っぽになった気がした。
膝をぱんっ、と叩いて立ち上がる。

「私、これからどうしようかな」

気が重いがとりあえず家に帰ろうか。
ふらふらと家の方角に歩き出した。

⏰:22/10/25 18:01 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#630 [○○&◆.x/9qDRof2]
家の前に着いた。
玄関先には父と母の姿があった。

「じゃあ、行ってくる」

スーツ姿の父が鞄を下げて手を上げる。

「行ってらっしゃい」

「今日は早めに帰るよ」

父がそう言うと母は笑った。

「早く帰りたい、でしょ?」

「まぁ、そうだな。じゃ、そろそろ行ってくる」

「はいはい。私もこのまま出ますよ」

「…良枝。これから、頑張ろうな」

⏰:22/10/25 18:02 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#631 [○○&◆.x/9qDRof2]
微笑む父に母はまた笑った。私は何故か違和感を覚えたが、父に「いってらっしゃい。頑張ってね」と声を掛けると玄関に向かった。

リビングに上がると違和感が一気に増した。違う。何かが違う。仏壇に私の写真がない?母の笑顔が頭にちらつく。父の言葉が頭を過ぎる。

⏰:22/10/25 18:02 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#632 [○○&◆.x/9qDRof2]
「頑張ろうな」
頑張ろうな?
昨日から何かが変だ。
前向きだが、何かが違う。
私は母が家に入って来ないことに気付いた。

⏰:22/10/25 18:02 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#633 [○○&◆.x/9qDRof2]
母の声が再生される。
「私もこのまま出ます」
出る?何処へ?
何故一昨日帰ってこなかった?
何故一昨日普段着だった?
私は弾かれたように家を出た。

⏰:22/10/25 18:02 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#634 [○○&◆.x/9qDRof2]
キョロキョロと辺りを見渡せば、彼方に母の後ろ姿が見えた。私は走って後を追った。おかしい。人間の頭で考えるのも変だが、どうもおかしい。私は死んだ。消滅するのはいつだ?三途の川はどこだ?お花畑や血の池地獄にはいつ行くのだ?

⏰:22/10/25 18:03 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#635 [○○&◆.x/9qDRof2]
それに、まだ見ていない。私という死者が存在しているのに、私以外の死者の姿を。私は何だ?一つの希望が頭に浮かんだ。希望を断たれた時に傷付くのは嫌だが、往生際が悪いのは私の性格だ。だが、私はそれに賭けてみたかった。

⏰:22/10/25 18:03 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#636 [○○&◆.x/9qDRof2]
私は死んでしまった。だけど、夢くらいは見ても罰は当たらないだろう。
希望くらいは持っても、神様は許してくれるだろう。母の隣を歩いて、やがてある建物に着いた。ここは、

「病院?」

 白に統一された建物を見て、私の気持ちは高鳴った。落ち着け、私。まだ早い。答えは母について行けばわかるだろう。施設に入ると、内部を一瞥してから母は受付を済ました。

⏰:22/10/25 18:04 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#637 [○○&◆.x/9qDRof2]
エレベーターで三階に上がると、廊下を通り抜けてある病室の前で立ち止まる。母がドアを開ければ、中は個室になっていた。室内を見た私は、目を丸くした。

「なんで?」

そこには、病室のベッドに身を埋めて眠る私の姿があった。口元には呼吸を助けるためなのか、規則正しい音を出す機械が伸びている。呆然とする私の前で、母はせっせと世話をし始めた。花瓶の水を変えている母を眺めていたら、ふと我に返る。即座に病室の前の名札を見に行けば、桜井千恵と書かれていた。

⏰:22/10/25 18:04 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#638 [○○&◆.x/9qDRof2]
間違いない、私だ。もう一度目を向けると、ベッドの上の私は眠るように胸を上下させていた。予想は当たっていた?私は死んでなかった?夢を見ているのではないか。喜びと同時に疑問も溢れた。母や父が元気になった理由は頷ける。

⏰:22/10/25 18:04 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#639 [○○&◆.x/9qDRof2]
 しかし、私の葬式は確かにあった。ならば、いつ私は生き返ったのだろうか。いやそれより、何故私は肉体に戻れないのだろうか。これは意識不明の昏睡状態というものか。それとも植物状態というものか。それより問題は身体に戻れないこと。私が何度試しても、映画のように魂が肉体に戻ることはなかった。

⏰:22/10/25 18:04 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#640 [○○&◆.x/9qDRof2]
これじゃ…生き返ったなんて言えない。肉体は生き返っても、私の心はこうして死んだままだ。でも、悲しくはない。ようやく希望が見えた。生きているとわかったその時から、私の心の中心はある感情に支配されていた。あの時、奥深くに封印したはずの想いが、いつの間にか溢れ出していた。

.......孝。

⏰:22/10/25 18:05 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


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