【コラボ企画】秋のラノベ祭り投下スレ【withイラスト板】
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#310 [No.040(1/3)◆vzApYZDoz6]
窓から見える桜の木を見下ろしながら、俺は何本目かも分からない煙草に火を付けた。

煙は吸わない。いや、吸う気にならない。
なら火をつけなければいいだろうと言われそうだが、長年吸ってきたせいで、煙草がないと口が落ち着かない。

「ははっ」

俺は自嘲気味に笑った。

禁煙である病室でも口にする程に依存した煙草が原因で、死を免れぬ病気になってしまうとは。
運命とは皮肉なものだ。

唯一の救いは、今年で5歳になる娘が毎日のように病室に来てくれる事。

いや、母親は事故で死に、父親も自業自得の病に冒され後を追おうとしている。
娘にとっては救いでも何でもないだろう。

本当に馬鹿で間抜けな父親だ。

口に加えた煙草が吸われることなくフィルター近くまで灰になった頃に、病室のドアが開いた。

「パパー!」

開くやいなや、娘が俺のベッドに駆け寄ってくる。
俺は灰を落とさないように注意しながら煙草を灰皿に押し付け、飛び付いてくる娘を抱き止めた。

「パパ、今日も来たよー!」

「ありがとう。お前はいい子だな」

娘をベッドに座らせ、頭を撫でてやる。
娘はへへへ、と無邪気に笑った。

⏰:08/11/03 21:22 📱:P903i 🆔:LUmIhgZI


#311 [No.040(2/3)◆vzApYZDoz6]
俺は娘を一瞥してから、隣の女性に頭を下げた。

「すみません、お義母さん」

「いいのよ。…少しでもこの子との時間を過ごしてちょうだい」

俺の両親はどちらも早くに亡くなっている。

他に兄弟もいないので、嫁の両親に娘を育ててもらえないかとお願いすると、泣きながらに快諾してくれた。

義母も義父も娘を大切に育ててくれるだろうし、俺の気持ちまで案じて、こうして毎日のように娘を連れて病気に来てくれる。
こんな不良上がりな父親に育てられるよりは、娘もいい子に育つだろう。

結果として、良かったと思う。

お義母さんやお義父さんには申し訳ないけど、俺の身内はほとんど死んでしまっているし、悲しむ奴もそんなにいない。

医者に宣告された余命はあと2か月。

思い残す事なんて、何もない。
そう、何もないんだ。

「パパ…?」

ハッと我に帰ると、娘が俺の膝の上で不思議そうに見上げていた。

「どうしたの?」

「……いや……」

娘の顔を見ていると、急に死が怖くなる。
もう思い残す事などないと思っていても、そう思い聞かせても、俺の脳は頑なにそれを拒絶する。

死にたくない、生きていたいと、悲痛の叫びを上げる。

⏰:08/11/03 21:23 📱:P903i 🆔:LUmIhgZI


#312 [No.040(3/3)◆vzApYZDoz6]
うるせぇよ、どうせ何やっても助からないんだ。

希望なんて、持つだけ無駄なんだ。

俺は、2か月後にはこの世にいないんだよ。

「パパ? 泣いてるの?」

娘の顔がちらつくが、視界に霞んで良く見えなかった。
続いて頬を滴が伝っていく。

俺は無意識に娘を抱き締めていた。

「パパ…? どうしたの?」

横でお義母さんがすすり泣く声が聞こえる。

そうだよ。俺はまだ死にたくない、生きていたい。
そんなの当たり前だ。

でも、死ぬんだ。
2か月後には、俺の存在はこの世から消えるんだ。

この世に未練なんて残せないんだ。

「……パパ、早く元気になってね。また一緒に遊ぼうね」

娘が小さな腕で、か弱い力で抱き返してきた。

まだ小学生にもならない娘にまで気を遣わせるなんて、最悪な父親だ。

⏰:08/11/03 21:25 📱:P903i 🆔:LUmIhgZI


#313 [No.040(4/3)◆vzApYZDoz6]
「…ああ…元気になったら、一緒に遊ぼう」

そうして娘の頭を撫でてやりながら、思った。

俺が未練を残そうが残すまいが、死にたがろうが生きたがろうが、2か月後には死ぬ。

俺ができることは、俺自身が死に備えることじゃない。

少しでも他の連中が悲しまないようにすることだ。

俺はもう一度、娘の頭を撫でてやった。



娘が帰った後で、俺は煙草に火をつけた。

今日何本目かも分からない、でも今日初めての煙草は、少しだけ苦かった。

⏰:08/11/03 21:25 📱:P903i 🆔:LUmIhgZI


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