微妙な10センチ。〜最終〜
最新 最初 🆕
#137 [あき]
《君の気持ちを知りたい。俺は泣かさないよ。》

優しさ溢れる声で、そう言った西条さん。
嬉しかった。
素直に嬉しいと思えた。

『うん…。嬉しいです。ありがとう…でも…』


私、好きな人がいるんです。その、私を泣かせる男が好きなんです。
だから…貴方の事は…


《好きにはなれん?》


私の心を察したように、呟いた、彼のその言葉にはたと気付く。

⏰:09/07/26 04:28 📱:W65T 🆔:G/V7tpkE


#138 [あき]
好きな人…
好きな…
好き………?
好きってなんだろ。



『…わかりません。』



私は彼の言葉に小さくそう答えた。

誰かが誰かを好きだと思うその気持ちが。
好きって気持ちが
好きって言葉が。
わからなかった。

⏰:09/07/26 04:42 📱:W65T 🆔:G/V7tpkE


#139 [あき]
わからないという言葉は、時に、とても便利だけど、使い方によっては、とても傷付ける言葉だった。

《わからない…か…〃》

私の言葉に、寂しそうに呟く西条さん。
それにさえ、私は何も返せなかった。

本当にわからない。


『好きって何ですか…?どんな気持ちが、好きって事なんですか…』


私がやっと出た言葉は、彼にとっては、意味のわからない返事だけだった。

⏰:09/07/27 19:58 📱:W65T 🆔:LBoOeDds


#140 [あき]
《それは、オレにもわかんないなぁ〃…好きって気持ちは、考えて出る言葉じゃないからさ。》

正論だと思う。
でも、私には、やっぱりわからない。
いや、だからこそ、わからなくなったのかもしれない。


『でも、西条さんは、私を好きって思ったんですよね?何を基準に判断したんですか?好きって気持ちは、どんな事ですか?何をもって、好きって事になるんですか?…私にはそれが、わからないんです…好きって何ですか…』


それでも言葉は止められなかった。

⏰:09/07/27 20:14 📱:W65T 🆔:LBoOeDds


#141 [あき]
《なぁ…どうしたんだよ?君を苦しめる、何があるの?》

食ってかかるように、言葉を吐き捨てる私に、彼はそう言った。

『…ごめんなさい…本当に、それすら、わからないんです…』

今にも泣き出しそうな私に、彼は、優しく言った。

《…好きって気持ちは、考えて出るようなものじゃない。自分に向き合えば、出てくる気持ちだよ。俺の気持ちは伝えたから。後は君次第。》

そして、おやすみと言って電話を切った。

⏰:09/07/27 20:31 📱:W65T 🆔:LBoOeDds


#142 [あき]
その夜は、梅雨がもうすぐ始まると知らせる程の、蒸し暑く、どんよりとした空だった。
チクチクする頭痛で薬を飲んだ。
窓を開けると、なまるぬるい風がふわりとカーテンを揺らす。
就寝前の煙草に火をつけて、外に向けて吹きかける。白い煙は、暗闇にふわりと馴染んですぐ消えた。
運悪く、ポツリポツリと雨が落ちてくる。
やはり、明日は頭痛が激しいな。そう考えた。

《自分に向き合えば…》
頭をガンガンと締め付けて、眠れそうになかった。

⏰:09/07/27 20:55 📱:W65T 🆔:LBoOeDds


#143 [あき]
翌朝、案の定外は雨だった。朝一番のニュースでアイドル化したお天気お姉さんが、今日1日雨模様だと、いかにも、用意されたピンクの傘をさしながら言った。チャンネルを変えると、今度は、タレント化したアナウンサーが、梅雨対策グッツをにこにこと紹介していた。
リモコンをテーブルに置くと、くだらない番組に、飽き飽きしながら、特殊メイクを施す。睡眠不足がリアルに肌に出てくる年頃だと痛感した。
天気が悪い日は、頭痛が激しい。カフェインは頭痛を刺激すると聞いた。
甘ったるいカフェオレをぐびりと飲み干した。

⏰:09/07/27 21:25 📱:W65T 🆔:LBoOeDds


#144 [あき]
自動扉を抜けて、カウンターに座る綺麗なお姉さんに、おはようと、挨拶をした。そのまま、カウンター横の、真新しいドアを開ける。おはようと声をかけると先に出社してる仲間が、朝の準備に忙しそうだ。まだまだ馴れない真新しい匂いに鼻先に残しながら、事務所奥、隠れ階段から二階へ上がる。
与えられた小さなロッカールームに入ると、誰かが消し忘れた早すぎる冷房が、雨に濡れた私をヒヤリとさせた。
自分の名前の前に立ち、扉を開くと、小さなスペースに、与えられた制服。与えられた名札がしまい込まれている。
私はさっと着替えて、名札を首からかけた。
朝からつきたくないものだけれど…
やっぱり溜め息が漏れた。

⏰:09/07/27 21:45 📱:W65T 🆔:LBoOeDds


#145 [あき]
私は、この場所は苦手だ。
ここは、せわしなく電話が鳴り、パソコンの機械的な音と、睨まれるように、いつも上司の視線を感じる。ただ、この箱の中で、自分に与えられた書類をミスのないように、淡々とこなしながら、淡々と時間だけが流れていくだけ。
小さな名札を自前のスーツに付けて、私を必要としてくれる人の元へ駆けつけて、私らしくサポートしてあげる。
私が小さな時に憧れ、そして掴んだ、大好きだった場所。そこに立つ事は、ほぼなかった。
大きな箱の中にある小さなスペースで、サポートする人達をサポートする。
今、これが私に与えられた仕事だった。

⏰:09/07/27 22:08 📱:W65T 🆔:LBoOeDds


#146 [あき]
もう、私が、現場に立ってた事すら知らない子達が、現場の書類を持って元気良く外に飛び出す姿を見送る事にも慣れた。
いつまでも現場主義を貫く先輩の背中を見つめる事もやめた。
そして、私は、与えられた名札に連なる、妙な資格と、妙な肩書き。
それをブラブラと首からひっかけて…
ただ、毎日を過ごしていた。
新人時代から、私を影で支えてくれた、上司ぬらりは、私が部署が変わっても、いつも気にかけてくれた。私にとっては、いつまでも上司だった彼は、この春、定年退職をした。
苦楽を共にした、同期のさえちゃんは、恋を貫き通し、数ヶ月前に、寿退社をした。
私はこの場所で一人ぽっちになった…

⏰:09/07/27 22:17 📱:W65T 🆔:LBoOeDds


★コメント★

←次 | 前→
↩ トピック
msgβ
💬
🔍 ↔ 📝
C-BoX E194.194