微妙な10センチ。〜最終〜
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#56 [あき]
―――――――
暖かい日差しの中で、車は進んで行く。
簡単な打ち合わせを済ませた後、目的地までしばらく移動になる事を知った私は、流れる景色を見ていた。
西条さんは、真っ直ぐに前を向いて、ゆっくりと前に車を進ませる。
ラジオから、楽しそうな話題が流れ、DJが楽しそうに笑っている。
時折、世間の流行りらしい音楽が車内を華やかにする。
遠い世界のようだった。
膝に置いたバックの中。
マナーモードにしたままの携帯電話は、いっこうに震えない。
そのくせ、スーツのポケットに入れた携帯電話が、望んでもいない着信音で、時折、私を呼ぶだけだった。
:09/07/10 01:43
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#57 [あき]
『お疲れですか?』
市をまたぎに、またいで、目的地まで、あと少しといった所で、西条さんが、そう声をかけてきた。
駅で会って以来の声だった。
『いえっ…〃あまりにもいい天気で〃』
無難な答えを咄嗟に放つ。そんな私に、西条さんは、昨日までは雨だったんですよと教えてくれた。
そうですか。と笑って見せて、私は、どうりで暑いと思った。なんて話をつなげる。
西条さんは、そろそろ、本格的な梅雨ですねと笑って言った。
嫌な季節になりますね。と私も笑った。
:09/07/10 01:55
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#58 [あき]
天気なんてどうでもいい。
早く、一人になりたい。
一人になって、震えない携帯電話を確認したい。
もしかしたら、震えてた事に気付いてないだけかもしれない。それなら早く返事しなきゃ。
何してた?
ごめんね。気付かなかったよ。
元気?
私ね、今出張で、○○に来てるよ。
一週間くらいかかるかな。お土産何がいい?
言わなきゃ。
全ての思いを、また押し込んで、私は西条さんに笑いかけた。
:09/07/10 01:59
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#59 [あき]
出張一日目は、一週間中の担当エリアの下見をして、現地責任者と軽い打ち合わせもどきをして、そのままホテルへと向かった。
ホテルへ向かう間も、相変わらず、西条さんは黙々とハンドルを握って、ゆっくりと前へ進めるのみ。
これから一週間。
私は、この謎の西条さんと、行動を共にする。
いわゆる、彼は私の現地パートナーであり、私の補佐だったのだ。
名刺には
西条 祐介。
ご丁寧に、携帯番号に携帯メールアドレスまでが記載されていた。
:09/07/10 02:06
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#60 [あき]
ロータリーで交わした名刺を、今更ながら、眺めていると、彼は、今ですか?とクスクスと笑った。
すいません。と照れ笑いをしながら、私は、手帳に挟む。そうしていると、ホテルの駐車場へと滑り込んだ。
我ながら、やりすぎたと思える程の馬鹿でかい荷物を、車からひょいとおろすと、彼はまた運転席に戻った。
『じゃ。明日、9時に迎えに来ますから。』
『はいっ。有難うございました。お疲れ様でした〃』
『何か不都合があれば、連絡下さい。その名刺にねっ〃』
悪戯な笑顔で、さらりと言う。見かけによらず、嫌みなやつだ。
:09/07/10 02:15
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#61 [あき]
早々にチェックインを済ませると、会社から与えられた小さなシングル部屋に、私は荷物を置いた。
『一週間か…』
ここまで来て、まだ納得が出来ず、壁に挟まれ、圧迫感で立ち眩みがしそうな小さな部屋の中、ため息が漏れた。
ポケットから、携帯電話を取り出す。
『電波悪っっ!』
必死に、最後の短い一本がピコピコとついたり消えたりしている。
『致命的じゃない?』
何だか、とんでもない場所に一週間も閉じ込められた気分になった。
:09/07/10 02:22
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#62 [あき]
バックから、大切な携帯電話を取り出す。
やっぱり、こっちも、最後の短い一本が、せわしなくついたり消えたりしていた。
『ゃっぱりね…』
妙な諦めと
妙な納得。
思わず声が漏れた。
勿論、それは、この不安定な携帯電話の電波状況じゃない。
この不安定な私達自身の関係にだった…
:09/07/10 02:27
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#63 [あき]
―――――――
2日目の朝。
けだるさで目が覚める。
ビジネスホテルの朝食は、今の私には、食欲すらそそらない。
西条さんが迎えに来ると言った時刻の一時間前に無理やり目を開けた。
長い髪をガシガシと散りばめて、ドライヤーで引き伸ばす。
それを、手首にはめたゴムで一本に縛り付けて、くしゅくしゅっと丸めた。
手早く、後れ毛をまとめて、伸びすぎた前髪を、狭すぎるデコッパチの上でくるりと留めた。
:09/07/10 21:06
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#64 [あき]
そのまま、サブザブと顔を洗って、パシパシて化粧水を馴染ませる。
程よく浸透したら、今度は顔面ペインティングだ。
これは、たいした土台を持ち合わせていないので、20分もすれば、芸術作品は出来上がる。
昨夜、ハンガーにかけた衣類に再度、袖を通して、全身チェック。
最後に、スーツと髪のバランスを整えると。
……はい出来上がり。
叩き上げられて、押し付けられて、あれよあれよと、ここまで来てしまった。
三十路手前の女の姿。
:09/07/10 22:03
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#65 [あき]
そのまま、本日の任務に着く。ロビーに向かうと、約束の9時になる、15分前に西条さんが入って来るのが見えた。
私は珈琲を置くと、歩み寄って、本日一回目の営業スマイルを作り上げた。
『おはようございます〃』
私に気付いた、西条さんは、にこりと微笑んだ。
『おはようございます。お疲れは取れました?』
そう言った彼は、昨日とは、何だか、雰囲気が違う。
爽やかなブルーのシャツに身を包み、サングラスは透明のただの眼鏡に変わっていた。
『まぁ。〃』
こっちの方が似合うじゃん…。そう思っても言わない、結局、曖昧な返事で、その場を取り繕って、行きましょうか。と笑ってみせた。
:09/07/10 22:31
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