こいごころ
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#202 [向日葵]
一向になんの反応もないので、そろりと宗助を見れば、弁当の方に目をやっていたが、口元が仄かに微笑んでいた。
それは、ただ単に弁当が美味しいのか、それとも茉里の発言を許してくれたのかは分からない。
けれど、二人の間に流れる沈黙は、居心地の悪いものではなかった。
少しだけ、その心に触れることを許してくれたのかな……。
だったら、嬉しいな……。
「アンタの親は?」
「え?」
「働いてるのか?」
「うん。ダメ親父がね」
:09/06/04 03:15
:SO906i
:☆☆☆
#203 [向日葵]
茉里の顔が少しだけ険しくなる。宗助は茉里に質問することをためらった。
「……訊いちゃ、ダメだったか?」
「全然。むしろ聞いてほしいくらい」
けろりとした茉里の表情にホッとした宗助は、茉里が再び口を開くのを待った。
「私のダメな馬鹿親父はね、無駄に顔がかっこいいのそりゃ、小さい頃は自慢だったよ。茉里ちゃんのパパはかっこいいねーとか、うらやましいとか言われたし。自分の親が褒められるって、悪い気はしないじゃない?」
「まあな」
:09/06/04 03:16
:SO906i
:☆☆☆
#204 [向日葵]
「でも……小6の時だった」
茉里はおにぎりを包んでいたラップをギュッと握った。
「アイツ、浮気したの」
夜中、喉が渇いて、リビングにやってきた茉里は聞いてしまった。両親のケンカを。
[今日、電話があったわ。あなたと別れてほしいんですって]
母の抑えたような声は、初めて聞くもので、すごく悲しそうだったのを今でも覚えている。
リビングに入れずにいた茉里は、ドアの前で二人の会話を息をひそめて聞いていた。
[……すまない]
[どれくらい付き合ってるの?]
:09/06/04 03:16
:SO906i
:☆☆☆
#205 [向日葵]
[……3年]
その答えに、茉里は驚いた。
3年間、今まで平然と帰って、おかえりと迎えた茉里を抱き締め、母の手料理を世界一だと言っていたのだ。
茉里は怒る気力すらなく、自分の部屋に帰り、枕に顔を埋めて泣いた。
母も損な性格で、父に謝られれば、許してしまった。
1度好きになった人を、簡単に突き放せない。
きっと茉里は、母に似たのだろう。
しかし、それから父は、茉里が知っている限りでは、今までに4回浮気を繰り返してきた。
:09/06/04 03:16
:SO906i
:☆☆☆
#206 [向日葵]
1度、母のように、浮気相手からの電話をとったことがあった。
{あなた……お子さん?}
[はあ……]
{やだ……あの人が奥さんと別れたら、あなた、ついて来ないでね}
どうしてそんなことを、浮気相手に言われなきゃならないのか。
怒りに任せて、茉里は電話を切った。
母は、それだけ浮気されても、やっぱり別れなかった。
未だに仲良く暮らしている。もちろん茉里も。
でも茉里は、1度目の浮気発覚以来、父とまともに話さなくなった。
「……ってわけ」
:09/06/04 03:17
:SO906i
:☆☆☆
#207 [向日葵]
おにぎりを口に運んで、もぐもぐと噛みながら、慣れたことのように話す茉里の一方、宗助は食べる事も忘れて、口を半開きにさせて茉里の話を聞いていた。
そんなドラマのような世界が、現実にあるものなのかと。
「その頃かな。私は絶対一途でいようって、絶対、好きな人を悲しませないって思った」
「その……親父さんのう……わき、今は?」
「さあ。今は珍しくしてないんじゃない?まあ、時間の問題だとは思うけど」
平気そうに話すが、いつもの茉里のように、口調は弾んでなかった。
:09/06/04 03:17
:SO906i
:☆☆☆
#208 [向日葵]
どこか冷静なその口調は、冷たささえ感じた。
―――――――――…………
時刻は5時。
そろそろ帰るかと、片付けを始める。
夏の日はまだ長く、夕暮れと言うにはまだ明るい。
道を歩けば、影が長く伸びる。
宗助は、あまり口を開かなかった。
茉里も今度こそ、やってしまったかと口数が少なくなっていた。
茉里の家の話をすれば、大抵が同情されるか、引かれるかのどちからだ。
宗助は、どちらなのだろうか。
:09/06/04 03:39
:SO906i
:☆☆☆
#209 [向日葵]
ホームに電車が来ても、帰宅ラッシュでいっぱいの電車に乗り込んでも、会話はそんなになかった。
茉里の降りる駅まで、あて2駅の時だった。
「そうやって……」
「え?なに?」
唐突に宗助が話し出したので、茉里は宗助を見上げる。
密着しそうなくらい、近い宗助。
宗助はずっと外を見ている。
「そうやって、裏切られたのに、加賀が変わらず、人の愛情や優しさを信じている人になってて、俺はよかったと思う」
:09/06/04 03:39
:SO906i
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#210 [向日葵]
茉里は目を見開く。
ずっと、言葉を考えていたのだろうか。
それは同情なんかじゃなく、突き放すような言葉てもなく、茉里自身を心配した、優しい言葉だった。
泣きそうになって、歯をくいしばる。
下を向いた時、電車が大きく揺れる。
急ブレーキをかけたらしい。かと思えば、信号待ちだとアナウンスが流れた。
宗助は、ドアに手をついて、茉里をかばうような体勢になっている。
茉里は大きな揺れによって、宗助の胸に顔を埋める形になった。
:09/06/04 03:39
:SO906i
:☆☆☆
#211 [向日葵]
茉里はバレないように、宗助のシャツを掴む。
今、とても抱きつきたい気持ちになった。
でも、そんな事出来ないから、しばらくこのままで……。
電車が再び動き出す。
もしかしたら、宗助は気づいていたかもしれない。
でも、それ以降はまだ何も言わず、茉里の態度に文句も言わず、寄り添うように、そのままの体勢で、駅までいてくれた。
宗助……。もう少し、近づいていいって、思ってもいい……?
:09/06/04 03:40
:SO906i
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