記憶を売る本屋さん
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#251 [我輩は匿名である]
「…俺もさ、今晶ともめてんだよね」

薫は目だけをこっちに向ける。

「もめてるって言うか、勝手にあっちが腹立ててるだけだけど」

直人はムスッとして言う。

「…俺は別にもめてるわけでもないけどさ…」

薫は答えるように話しだす。

「…キョウコも、本を持ってるような感じで」

「持ってる“ような”って何だよ」

直人はすかさず突っ込む。

「持ってはないけど、それと同じ力があるって言うか」

⏰:10/04/01 20:18 📱:N08A3 🆔:IMFDvu/M


#252 [我輩は匿名である]
「へぇ…なんかすごいな、それ」

「まぁ…な。…お前…」

薫が何か言おうとした時、運悪くもチャイムが鳴った。

「何だよも〜…」

「また後で話すよ」

薫はフッと小さく笑った。

⏰:10/04/01 20:18 📱:N08A3 🆔:IMFDvu/M


#253 [我輩は匿名である]
3時間目の体育の時間。

さっきまで晴れていた空が曇り、雨が降りだしたため、体育館でバスケットボールだ。

同じチームに配属された2人は、コートの外に座って自分たちの試合の時間を待つ。

「…お前、本で自分が入り込んでしまう人間が誰なのか、知ってるか?」

薫はぼそっと、直人に尋ねる。

直人はボールを片手に黙り込む。

「……“前世”だって、何かで見た事あるけど…」

本当かどうか…。直人は下を向く。

「何だ、知ってたのか」

薫の言葉に、直人は顔を上げる。

⏰:10/04/01 23:29 📱:N08A3 🆔:IMFDvu/M


#254 [我輩は匿名である]
まだ信じられないような表情で。

「…あれ…本当だったのか…?」

「あぁ、本当だ」

薫は動じずに答える。

直人は呆然とする。

最後まで本を読んだ薫が言っているのだから、間違いない。

そう思っても、やはりまだ信じきれないのだ。

「…昨日」

薫は構わず、話を続ける。

⏰:10/04/01 23:29 📱:N08A3 🆔:IMFDvu/M


#255 [我輩は匿名である]
「キョウコは全て思い出したらしい。…自分が死ぬ瞬間までな」

「…え…?」

直人はさらに驚く。

「今日子は亡くなる時、妊娠8ヶ月でな。…だから、お腹の子どもも一緒に死んだ」

薫は、どこか遠くを見つめながら話す。

「…お前…」

直人は悟った。と同時に、薫は言った。

「…俺は、その…霜月今日子の夫だった。お腹の子どもも俺の子だったんだ」

直人はもう、何も言えなかった。

⏰:10/04/01 23:30 📱:N08A3 🆔:IMFDvu/M


#256 [我輩は匿名である]
薫を見ていると、自分の悩みがどれ程小さいか思い知らされる。

「…殺されたんだ」

薫はぽつりとこぼした。

「…殺された…?」

「…巻き込まれて死んだ、と言うのが正しいんだろうけど」

薫が言い終わると同時に、ビーッ!と大きな音が鳴った。

直人は思わず、ビクッとする。

前のチームの試合が終わったらしい。

⏰:10/04/01 23:30 📱:N08A3 🆔:IMFDvu/M


#257 [我輩は匿名である]
「…まぁ俺は、“殺された”としか思ってないけどな」

薫はそれだけ言い残して、コートの中に入る。

直人は薫の背中を見て、何故か足が竦んだ。

薫の「人を殺してやりたい」という言葉の意味を、知ってしまった。

⏰:10/04/01 23:30 📱:N08A3 🆔:IMFDvu/M


#258 [我輩は匿名である]
昼休みになっても、直人は気まずくて仕方なかった。

かけてやれる言葉が見当たらず、1人困惑する。

「…そんなに気を遣うなよ」

先に口を開いたのは、薫の方だった。

「別に、恨んでる相手はお前じゃないし」

「…そーゆーんじゃねぇよ。でも、何かなぁ…」

「…言わない方が良かったか?」

薫に聞かれて、直人は黙り込む。

どうなのか、自分でもわからない。

⏰:10/04/01 23:31 📱:N08A3 🆔:IMFDvu/M


#259 [我輩は匿名である]
「ま、あんな話聞いたら、誰でも困るだろうけどな」

薫は平気そうに笑う。

しかし、直人には無理をしているようにしか見えない。

「じゃ、香月が体調悪いのって…」

「悪い、…体調悪いっていうのは、嘘だ」

「嘘かよ」

「…会いたくない。…そう言われた」

薫はため息混じりに言った。

「会いたくないって…何で…」

「…あいつが死ぬ原因を作ったのは、俺だからだ」

⏰:10/04/02 17:07 📱:N08A3 🆔:yJo1HQwc


#260 [我輩は匿名である]
薫は言う。後悔しているような表情で。

直人はもう耐えられなくなって、「あーっ、やめやめ!!」と声を荒げた。

薫は「何事か」ときょとんとする。

「もう暗い話はやめようぜ。俺が疲れるから!」

直人はそう言って、弁当の中身を次々と口へ放り込む。

その直人の様子を見て、薫は「そうだな」と笑い、同じように手を動かした。

⏰:10/04/02 17:08 📱:N08A3 🆔:yJo1HQwc


#261 [我輩は匿名である]
>>1-100
>>101-200
>>201-300

⏰:10/04/03 00:40 📱:SH706ie 🆔:5IA1kpfY


#262 [ま]
続きが気になりすぎる。(笑)

⏰:10/04/03 23:47 📱:P04A 🆔:0TV.7tcg


#263 [我輩は匿名である]
放課後。

「失礼しましたー」

日直のノートを出し終え、直人は「お待たせ」と薫に声をかける。

薫は職員室の前にも関わらず、堂々とケータイを見ている。

「何見てんの?」

「これ」

薫はケータイ画面を直人に見せる。

響子からのメールだが、本文は「わかった」の一文だけだ。

「短いメール。いつもこうか?」

⏰:10/04/04 09:43 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#264 [我輩は匿名である]
「…俺は今日一通もメールを送ってないし、電話もしてない」

薫は不思議そうに言った。

「へ?」

直人がきょとんとしている間に、薫は自分の送信メールをチェックする。

『今日放課後、話があるから、屋上まで来て』

このメールが、今日の3時間目前の休み時間に送っている事になっている。

「送ってるじゃん」

直人は「大丈夫か」と薫を見る。

が、薫は黙って画面を見つめている。

そして、何かに気付いたのか、突然「先に帰ってろ!」と直人に言って走りだす。

「え!?」

直人はわけがわからず、少し遅れて薫を追った。

⏰:10/04/04 09:44 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#265 [我輩は匿名である]
響子は何も知らずに、屋上に続く階段の踊り場で薫を待っていた。

「お待たせ〜」

そう言ったのは、女の声だった。

響子は長い髪をなびかせて振り返る。

そこにいたのは、怜奈だった。

「…誰ですか?」

「私は大橋怜奈。月城くんのケータイからあんたを呼んだの、私よ」

怜奈は怪しげに笑う。

「あんたさぁ、月城くんと付き合ってんの?」

「…何ですか?いきなり」

⏰:10/04/04 09:44 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#266 [我輩は匿名である]
響子はうっとうしそうに尋ねる。

階段を降りたくても、下りの階段の前に怜奈がいるため、降りれない。

「私、月城くんの事好きになっちゃって」

「…だから?」

怜奈の強気の態度に、響子も反撃に出る。

怜奈はムッとしたように眉間にしわを寄せる。

「彼女じゃないのに、イチャイチャするのやめてくれる?

…目障りなんだよね」

「お願いはそれだけ?」

響子は臆する事無く聞き返す。

⏰:10/04/04 09:45 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#267 [我輩は匿名である]
怜奈は響子の態度に苛立ち、腕を掴んで壁にたたきつける。

「…調子にのんなよ」

怜奈は顔を近づけ、響子を睨み付ける。

「彼女でもないくせに…気取ってんじゃねぇよ」

「バカじゃないの?」

響子もまた、怜奈をにらみ返して言う。

「こんな事して呼び出して、文句言って怖がらせて手を引かせようと思ったんでしょ?

そこまでしないと私に勝てないって分かってるから。違う?」

「何…!?」

⏰:10/04/04 09:45 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#268 [我輩は匿名である]
「月城くんは、あんたみたいな子は相手にしないわよ。

月城くんに手を出す事は、私が許さないから!」

響子はきっぱりと言い放った。


「おいっ!待てよ薫!!」

直人は必死で薫を追う。

いつの間に俺より足が速くなったんだ。

そう思いながら曲がり角を曲がろうとすると、ノートの山を抱えた女子が出てきた。

⏰:10/04/04 09:46 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#269 [我輩は匿名である]
「うわっ…」

止まり切れず、そのままぶつかってしまった。

直人は思いっきり尻餅をつき、女子もノートをばらまきながら、同様に尻餅をつく。

「いったぁ〜…」

「いててて……あ」

直人はハッと立ち上がり、女子に駆け寄る。

「すいません!大丈夫ですか?」

「大丈夫なわけないでしょ!?」

肩までしかない短い髪の女子は、直人に怒鳴る。

⏰:10/04/04 09:46 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#270 [我輩は匿名である]
「廊下は走るなって小学校で習わなかった!?あんた何歳よ!?」

「ご、ごめんなさいっ!」

あまりの剣幕に、直人はひたすら謝り、ノートを拾う。

「…ん?」

女子の顔に、何となく見覚えがある気がする。

直人は思い出そうと、手を止めて女子を見つめる。

「…何か用?」

視線を感じて、女子が尋ねてくる。

「えっ…いや…」

直人はサッと視線を反らし、またノートを拾う。

⏰:10/04/04 09:46 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#271 [我輩は匿名である]
よく見れば同じ色のリボン。同級生だったようだ。

しかし、今そんな事に構っている場合ではない。

「怪我してない?」

「怪我は大丈夫」

「そっか!ごめんな、ちゃんと気を付けるから!」

掻き集めて整頓したノートを手渡し、直人は急いで階段を駆け上がる。

「気を付けるって今言ったじゃない!」

女子はまた声をあげるが、もう直人には届かない。

⏰:10/04/04 09:47 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#272 [我輩は匿名である]
「…ん?」

女子は曲がり角に何か落ちているのを見つけた。

青い携帯電話だ。

「…あっ!ちょっとー!ケータイ落としてるよー!!」

さっきの男子がぶつかった拍子に落としていったのだろう。

女子は声の限り階段に向かって叫ぶが、返事はない。

が、その代わり、「おーい、うるさいぞー」と女子の担任が降りてきた。

「あっ、先生!もうこれ重くて無理です!」

「はぁん?しょうがねーなぁ。こっからは俺が持って行くわ」

⏰:10/04/04 09:48 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#273 [我輩は匿名である]
「やったぁ!じゃあ私、今から落とし物届けて来ます♪」

女子はノートの山を担任に預けて、直人のケータイを手に階段を上る。

⏰:10/04/04 09:48 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#274 [我輩は匿名である]
一方、薫は息を切らして屋上への階段にたどり着いた。

「でも、あんた『もう会いたくない』ってメールしてたじゃん。

そんな奴が偉そうな口叩けんの?」

怜奈の声が聞こえてくる。

気付かれないように、しゃがんで角から踊り場の様子を伺う。

「(あの女…俺のケータイのメールまで見たのか…)」

響子は壁に押さえ付けられたまま黙る。

出ていくべきか、待つべきか。

周りにはもう他の生徒はいないようで、しんと静まり返っている。

⏰:10/04/04 13:23 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#275 [我輩は匿名である]
「…確かに、そんなメールは送ったわ」

響子は口を開く。

「…でもそれは、月城くんと喧嘩したからでも、嫌いになったからでもない。

…月城くんの優しさが、怖くなったから」

響子は俯きながら言った。

薫は黙って響子の話を聞く。

「私の事をいつも心配してくれて、いつも笑っていてくれて…。

でも私は…きっと月城くんを好きになっちゃいけない。それに気付いてしまった。

だから『会えない』って言ったの。月城くんなら、私なんかよりもっといい人に出会えると思ったから」

⏰:10/04/04 13:24 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#276 [我輩は匿名である]
響子の声が震えている。

『月城くんを好きになっちゃいけない』と言う事は、響子はまだ気付いていないようだ。

夢の中の男性が、今の薫だということに。

「(最後まで知ったんじゃなかったのか…?)」

薫は小さく首をひねる。

響子は“霜月今日子”が死ぬのを夢で見た。

本来ならば、そこで全てを知るはずだ。

だが、響子は薫の正体を知らない。

もしかしたら、彼女だけまだ続きが…?

⏰:10/04/04 13:24 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#277 [我輩は匿名である]
「み…見つけた…」

薫の背後で直人の声がした。

薫は素早く、「静かに」とサインをする。

「も…何だよ…?」

直人は小声で文句を言いながら息を切らす。

「ちょっとー、ケータイー!」

おまけにさっきの女子まで上ってきた。

「しーっ!」

薫と直人は同時に女子を黙らせる。

⏰:10/04/04 13:25 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#278 [我輩は匿名である]
「…何?」

女子は不満そうに、また眉間にしわを寄せる。

「…何かよくわかんないけどさぁ、じゃああんたはもう関係ないんじゃん。

だったら余計偉そうな事言えないね?

なのにごちゃごちゃ文句つけてきやがって…」

「文句つけてるのはそっちでしょ?好きなら好きだって直接言えばいいじゃない」

「言っても無駄なのよ、あんたがいる限りはね…!」

⏰:10/04/04 13:25 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#279 [我輩は匿名である]
「えっ、何、これ修羅場!?」

「うるさいなぁ!俺だって知らねぇよ!つか何で付いて来たんだよ!?」

「だって…」

2人がこそこそ言い合っている間に、痺れを切らして薫が立ち上がる。

「いい加減にしろよ」

その場にいる全員が薫に目を向ける。


「俺この間言ったよなぁ?お前を好きになる事はないって。

それはキョウコがいようがいまいが関係ない。

俺が本気で愛するのは一生でただ1人、長谷部今日子だけだ!」

⏰:10/04/04 13:25 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#280 [我輩は匿名である]
その言葉に響子はハッとする。

「長谷部今日子?あの子香月響子じゃなかった?」

「えっ?お前知ってんの?」

「だって隣のクラスで体育一緒だし」

女子は当たり前のように直人に言った。

「…何なのよ…あんた達…」

怜奈は低い声で言う。

「私よりも劣ってるくせに…調子こいてんじゃねーよ…。

あんたのせいよ…あんたさえいなかったら…!」

⏰:10/04/04 13:26 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#281 [我輩は匿名である]
怜奈はきつく響子を睨み付ける。

そして、いきなり響子の胸ぐらを掴んだ。

とっさに薫は階段を駆け上がる。

直人と女子はどうすればいいかわからず、

戸惑うように顔を見合わせ、とりあえず階段の影から様子を伺う。

2人を引き離そうと、薫は怜奈の腕に手をかける。

「…離してよ!!」

怜奈はまるで錯乱したかのように、振り払おうと両腕を振り回す。

それが、下りの階段ギリギリに立っていた響子と薫に強く当たってしまった。

⏰:10/04/04 18:31 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#282 [我輩は匿名である]
薫は素早く手摺りを掴んで踏みとどまる。

しかし響子はそれが出来ず、足を踏み外した。

落ちる。響子は「もうダメだ」と目をつぶる。

しかし、その響子の手を、とっさに薫が掴んだ。

手摺りを持つ手と引き替えに。

薫は響子を守るようにして彼女を包む。

その直後、2人は一緒に、階段から転げ落ちた。

直人も女子も、何が起こったのかわからず、一瞬動きを止める。

⏰:10/04/04 18:32 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#283 [我輩は匿名である]
が、2人が全く動かないのを見て、女子が先に駆け寄った。

「ちょっと!2人とも大丈夫!?」

彼女の声でスイッチが入ったように、直人もハッとして2人の傍に寄る。

見ると、右向きに倒れている薫の頭部から血が流れ出ている。

どれだけ名前を呼んで軽く身体を揺すっても、2人とも目を覚ます気配がない。

「…私、先生いないか見てくる!」

女子はそう言って廊下に走る。

偶然にも男性教員が廊下からこちらに向かってきていたらしく、

女子が助けを呼ぶとすぐに来てくれた。

直人は急な事態についていけず、救急車が来るまでただ呆然と立ち尽くしていた。

⏰:10/04/04 18:32 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#284 [ま]
うっへーい(*゚Д゚)
ほんますごいなぁ〜♪
薫ー(´・ω・`)

⏰:10/04/04 18:47 📱:P04A 🆔:HTCg2SGA


#285 [我輩は匿名である]
>>284さん

コメントありがとうございます

薫ちゃんどーなるのやら…

これからもぼちぼち読んで下さいな

⏰:10/04/04 19:28 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#286 [我輩は匿名である]
響子はゆっくりと目を開ける。

目の前で、スーツを着た1人の男性が、脱力したように座り込んでいる。

辺りを見渡せば、墓。

「(ここは…)」

響子がボーッとしていると、誰かが服の胸元を引っ張った。

いつの間にか、響子は生まれたばかり程の赤ちゃんを抱いていた。

「(この子…お腹の中にいた赤ちゃん…?)」

「…今日子…ごめんな…」

目の前の男性が、静かに口を開く。

⏰:10/04/04 19:28 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#287 [我輩は匿名である]
「俺が…俺があんな事言わなければ…」

下を向いていて顔が見えないが、男性は泣いているように見える。

「(…優也…)」

響子はすぐに気付いた。彼が霜月優也だという事に。

「(そうだ…私は…死んだんだ…)」

響子はあの日の事を思い出す。

⏰:10/04/04 19:28 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#288 [我輩は匿名である]
あの日。

「今日の晩ご飯、俺が作ろうか」

優也は何を思ったのか、急にそんな事を言った。

大きなお腹を気遣って椅子に座っていた今日子は、思わずきょとんとする。

「どうしたの?朝から」

「いや…今日は早く仕事が終わるからさ。お腹も大きくなってきたから、大変かなぁと思って」

優也はこちらに背を向けて、ネクタイを締めながら言う。

「でも、優也料理出来る?」

⏰:10/04/04 19:29 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#289 [我輩は匿名である]
「…ま、まぁ本とか箱とか見ながらやれば出来るだろ。ハヤシライスぐらいなら」

「ふふっ。私が見ながら教えた方が良さそうね」

今日子は困ったように笑い、大きく重くなったお腹をさする。

「今日はパパがご飯作ってくれるんだって。楽しみだね」

「そうだぞー。楽しみにしてろよ」

「あ、じゃあ材料買って来とかなきゃね」

「あぁ…結局働かせてしまうな」

「いいよ、買い物ぐらい。家にいても退屈だし、適度に運動しないと」

今日子はそう言ってにっこり笑った。

⏰:10/04/04 19:29 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#290 [我輩は匿名である]
そしてその日の昼頃、今日子はぼちぼち歩きながら買い物に出かけた。

買い物袋を1つぶら下げて、少しウキウキしながら歩道を歩いていた。

あの人はちゃんと作れるかな。少し笑って、そんな事を考える。

周りの人が、傍の建物の屋上を騒めきながら見上げているのに気付かずに。

突然、「きゃあ」「わぁ」と多くの悲鳴が今日子を包んだ。

今日子はそれに驚き、足を止める。止めてしまった。

みんなと同じように空を見上げる。

その時にはすでに、高校生くらいの少女が目の前に迫っていた。

⏰:10/04/04 19:54 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#291 [我輩は匿名である]
響子は視線を落とす。

「(…ごめんね、守ってあげられなくて…)」

腕の中で、赤ちゃんは響子の服を握ったまま寝息を立てている。

もし“私”が、あの時立ち止まらなかったら。あのまま歩き続けていたら。

そう思うと涙が出そうになる。

響子は顔を上げる。

いつの間にか、背景が見慣れた小さな家の中に変わっていた。

優也は1人、こちらに背を向けて座り込み、写真立ての中の今日子を見つめている。

⏰:10/04/04 21:45 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#292 [我輩は匿名である]
「…お前たちの葬式ぐらいから、ずっと体調が悪くてな。

…2ヶ月経って、やっと一息ついたから、この間病院に行ったんだ」

響子は彼の背中をじっと見つめる。

「そしたら、検査するって言われて…今日結果が出た。

………肺癌だと言われたよ。骨にも転移して…もって半年の、1番予後の悪い癌らしい」

響子は自分の耳を疑った。

そんなはずがない。この間まであんなに元気だったじゃないか。

「…急にあんな事を言ったから、ばちが当たったのかもしれないな」

優也はため息をついた。

⏰:10/04/04 21:46 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#293 [我輩は匿名である]
「…化学療法とか、いろいろやれって言われたけど、断ってきた。

そんな事にかける金もないし、…そこまでして生きても、俺にはもう何もないから…。

飲み薬だけで抑えてもらえるように、頼んできた」

響子は見ていられなくなって目を逸らす。

几帳面な優也でも、なかなか片付ける暇がないのだろう。

部屋の中は、今日子が生きていた時よりも散らかっているように見える。

響子が部屋を見渡していると、優也は急に激しい咳をし始めた。

「(優也…)」

⏰:10/04/04 21:46 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#294 [我輩は匿名である]
“私”が生きていれば、「一緒に闘おう」と言えるのに。

今の“私”は、ただ背中をさすってあげる事すら出来ない…。

「(私は…何のために優也と一緒になったの…?

これじゃ優也に悲しい思いをさせて、辛い目に合わせただけじゃない…。

…私は…優也に何もしてあげられなかった…)」

優也は、“私”の事をどう思っているのだろう。

響子の視界が、涙で滲んで見えにくくなる。

涙を拭こうにも、両手が塞がっていて出来ない。

響子は何も考えず、ただ泣かないようにと我慢する。

⏰:10/04/04 21:47 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#295 [我輩は匿名である]
まだ続きがあるから、ここで泣くわけにはいかない。そう思った。

その間にもどんどん時間は流れる。

優也は、最初は普通に会社に行っては帰ってきて寝る、という生活を繰り返していたが、

少しずつ痩せてきて、仕事も休みがちになった。

元看護師だった今日子。

その記憶を持つ響子は、優也の余命が、半年も無い事を悟る。

優也はやがて腰を押さえながら歩くようになり、家から出る事も少なくなってきた。

2ヶ月ほど経った頃にはもう、寝室からほとんど出られないようになってしまった。

響子はただ、それをじっと見つめる。しかし、ここまで来てもまだ、彼の顔がよく見えない。

⏰:10/04/04 21:47 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#296 [我輩は匿名である]
『俺が本気で愛するのは一生でただ1人、長谷部今日子だけだ!』

薫の言葉が頭をよぎる。

「(…月城くん…もしかしたら…)」

響子が考えていると、優也がよろよろと立ち上がった。

息苦しそうに胸を押さえながら、壁づたいにどこかに向かう。

響子は「どうしたんだろう?」と、後を付いていく。

赤ちゃんはまだ眠っている。

「(この子、起きるのかな…?)」

そんな事を思っていると、リビングに入ったところで優也がふらっと座り込んだ。

⏰:10/04/04 22:33 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#297 [我輩は匿名である]
だいぶ呼吸が荒くなっている。

それでも優也は、這うようにして前へ進む。

咳をしてふらつきながらも、優也はリビングの窓のところまでたどり着いた。

窓の傍には、最近に見つめていた今日子の写真立てが置いてある。

神経にまで癌が転移し、目が開きにくくなったのか、優也は手探りで写真を探す。

そして、写真を見つけると、それを手に窓にもたれ掛かるように座り込んだ。

「(…!)」

響子は愕然とする。

息を切らして、こちらを向いて座り込んでいる優也。

痩せ細って目にはくまが出来ているが、その顔は間違いなく、薫だった。

⏰:10/04/04 23:11 📱:N08A3 🆔:TU64Ti3w


#298 [ま]
うほ(´・ω・`)

⏰:10/04/04 23:32 📱:P04A 🆔:HTCg2SGA


#299 [我輩は匿名である]
「(やっぱり…)」

今まで、いつも彼は私の傍にいて笑ってくれた。

どうなったかわからないけど、さっき階段から落ちる時も、私をかばってくれた…。

私が“長谷部今日子”だと知っていても、彼は自分から全てを話す事は拒んだ。

言いたくても、自分の事を知ってほしくても、彼はずっと我慢してきた。

一緒にいて、辛くて仕方なかっただろう。

響子の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

それが赤ちゃんの顔に落ちて、赤ちゃんが目を覚ました。

「(あ…ごめんね、起こしちゃったね)」

響子は、顔の辺りで手を動かしている赤ちゃんの背中をトントンとたたいてあやす。

⏰:10/04/05 08:50 📱:N08A3 🆔:W6VDeUwI


#300 [我輩は匿名である]
「…今日子…」

目を閉じたまま、優也が今日子の名前を呼ぶ。

もうほとんど声が枯れて出ていないため、響子は息を殺して耳を傾ける。

「……やっと…そっちに…行けるみ…いだ…」

優也は少し笑う。

「ごめ…な…、俺が…あんな事…言わなければ…お前たち2…とも…死ぬ事…なかったのに…」

優也はあの朝、急に「晩ご飯を作る」と言った事をずっと後悔していた。

「……俺…結局…何にも…し…やれなかったな…。

お前を…ただ疲れさせた…だけだった…。

……怒ってる…かな…」

優也は言いながら、大きく咳をする。

⏰:10/04/05 08:50 📱:N08A3 🆔:W6VDeUwI


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