消えないレムリア
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#81 [ぎぶそん]
真新しい布団の匂いと冷たさは、なかなか心地がよかった。
「おやすみ!」
私はとげとげしい態度で彼に背を向けた。

「ねえ」
彼が私の肩を揺する。
「もう何!」
呆れながらも振り返る。
こいつ、ねえねえうるさい。私のいらいらした気持ちは頂点に達していた。
「顔触らせてよ」
「何でよ!」
「触りたい」
「嫌だ!」
「冷蔵庫にあるティラミスあげるから」
「……分かったわよ」
本当は嫌だが、需要があるなら我慢できないこともない。

彼は両手で私の顔を掴み、両方の親指で頬をなぞりはじめた。
こんなのして何が楽しいんだろう。私は彼にかまわず寝ようと目を閉じた。

⏰:12/06/10 00:05 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#82 [ぎぶそん]
「今日1日中探してたん?」
「……別に」
私は本当のことをいうのがかっこ悪いと思ったので嘘をついた。
「かなめって面白いね」
彼がこめかみや目の下も触ってくる。
頼むから、寝かせてよ。
しかし私はティラミスのためにぐっとこらえた。

やがて彼の手の動きが止まる。
私は気になってゆっくりと目を開いてみた。
彼は私の顔を持ったまま目を閉じ、寝ていた。
もう彼はいつものように私に背中を向けて寝なくなっていた。

何こいつ。指人形もらったのがそんなに嬉しかったの?
もうすぐ大学生になるっていうのに、子供じみてて嫌になる。
性格に似合わず子供みたいに無垢な寝顔は、とても憎たらしく感じた。

同居生活が始まって4日目。
彼との距離は、急速に縮まっていた。
結局、私はその後4日連続で彼と一緒に寝ていた。

⏰:12/06/10 00:15 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#83 [ぎぶそん]
【※実際に布団を借りたのは3日だけですが、彼の記憶違いということでご了承下さい】

3月31日。真織の入学式の日が明日に近づいてきた。
明日から今までみたいにいつも一緒にいられなくなるということで、昼間から2人で出掛けることにした。
目的地を決めることなく、彼のバイクで適当に走り続ける。
途中、街の外れに出て田舎道に入った。
民家も人気もほとんどない、閑散とした道を突き進む。
昔観たハリウッド映画のワンシーンのような、淡い青春を感じさせる旅だった。

夕方。廃墟となった駅の外にある、古びたベンチに腰掛ける。
彼が近くの自動販売機で缶コーヒーを買ってくれた。
それを、2人でゆったりとした景色を眺めながら飲む。
田んぼが一面にあり、あぜ道がどこまでも広がっていた。

⏰:12/06/10 00:42 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#84 [ぎぶそん]
「俺、老後はこんな田舎に住みたいな」
「私も」
「かなめは、将来何になりたいの?」
「特にない。就職難だし、働ければどこでもいい。あんたは?」
「俺も平凡なサラリーマンでいい。でも……」
彼の言葉が途切れる。
「何?」
私は続きを言うのを急かした。
「その傍ら……作家の仕事が……出来たらいいなと……思ってる」
俯き加減でぼそぼそと喋る。それは予想外の告白だった。
「……あの人みたいな文章が書きたい」
彼がベンチに座ったまま缶コーヒーをくずかごに投げ入れた。
あの人が誰なのか疑問に思ったが、すぐに分かった。
ミドリムシの斎藤さんだな。

それから、日が暮れないうちにアパートに戻ることにした。
再びバイクの後ろに乗り、目の前にある彼の背中を見つめる。
――夢が叶うといいね。
私は彼の腰に回してた腕をきつく絞め、彼の背中に顔を寄せた。

⏰:12/06/10 00:55 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#85 [ぎぶそん]
次の日の朝。
「起きて」
彼がベッドで寝ている私の身体を揺さぶってきた。
「もう何」
私は重い瞼をこする。
目を開けると、スーツを着た彼が立っていた。
「ネクタイ結んでよ」
「何で?自分で出来ないの?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
彼が顔をそらす。
嘘だ。結べないんだ。
全くしょうがない。私は身体を起こし立ち上がった。
私は幼い頃よく父のネクタイを結んであげたことを思いだしながら、彼の首にネクタイを掛け手順よく結んであげた。

「どうも」
彼が嬉しそうにする。
スタイルのよさのおかげで、スーツ姿がとても映えていた。
あまりの大人っぽさで就活生、いや新入社員には見える。
高級ブランドのカジュアルな服より、安物でもスーツの方が男性はかっこよく見えると思う。

⏰:12/06/10 01:12 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#86 [ぎぶそん]
玄関で、彼が靴べらを使って新品の革靴を履いた。
「夕方には戻ると思うから。今日は俺の入学祝いを兼ねて外食でもしようぜ」
彼がスーツカバンを持ち、ドアを開けようとする。
「待った」
私は外に出ようとする彼の腕を引っ張った。
「万一の時に備えて、お互い連絡先を交換しておこうよ」
一応、私は彼を預かっている立場である。
何かあってからでは遅い。
私たちはその場でケータイの電話番号とメールアドレスを交換した。

午後3時、予定より早く彼が帰宅した。
「なあ、これどうやって緩めるの?」
声が聞こえる脱衣室に行ってみると、彼がネクタイを引っ張っていた。
「貸して」
私は代わりに緩めてあげた。
「きつかった」
彼がシャツのボタンを外すと、首元が露出した。
彼が首を回すと首筋がはっきりと現れ、それに色っぽさを感じた私は少しときめいた。
「何じろじろ見てんの?着替えたいからあっち行ってよ」
彼が手荒く突っぱねる。
私は一瞬でも彼の身体にどきどきしたことを後悔した。

⏰:12/06/10 01:34 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#87 [ぎぶそん]
夕方、彼の要望で焼肉を食べに行くことになった。
アパートから歩いて10分したところにある、国産牛使用が売りの有名チェーン店に入った。
席に座ると、迷わず食べ放題のコースを選んだ。
「入学おめでとう」
頼んだ飲み物が来ると、私は乾杯と同時に祝いの言葉を述べた。
本当は彼が入学しようがどうでもよかった。
ただ、一緒にいない彼の家族の代わりに付き合ってあげてるだけだ。
そう思いつつメニューを絶え間なく注文をし、2人で協力して肉や野菜を焼いた。

「あ、親父からメールきた」
席の途中、彼がケータイに目をやる。
「『入学おめでとう。足立さんとはうまくやってるか?迷惑をかけるなよ。早く部屋を探せ。そっちの様子を見に行きたいが、なかなか時間がない。これから4年間がんばれよ』だって」
彼が私にケータイの画面を見せる。
そっけない文体だけど、父親としての愛情を感じられた。

⏰:12/06/10 01:57 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#88 [ぎぶそん]
その2日後。私も大学の講義が始まった。
久しぶりに同じ学部の子たちと顔を合わせ、皆で和気藹々とする。

1限目の授業が始まる前、佐奈が周りにスクープだといわんばかりにこう打ち明ける。
「かなめね、今年下のかっこいい男の子と住んでるんだよ!しかも、この大学の1年生」
皆の関心が、普段存在の薄い私に集まる。
「え、何々?彼氏?」
「違うよ。叔母さんの知り合いの子ども」
佐奈の口は止まらない。
「伊藤真織くんっていうの。理工学部だって。後で皆で見に行こうよ」
「あれ?佐奈は同じサークルの男の子が好きじゃなかった?」
本田さんという子が佐奈を怪訝そうな顔で見る。
「うん、鈴木くんが好きだよ。本命は鈴木くん、真織くんは観賞用」
何じゃそりゃ。佐奈の裏表のない発言に皆が笑う。
でもよかった。佐奈が真織を好きとかになったら、ますます話がややこしくなりそうだし。

こうして私が年下の男の子と住んでる事実は、あっという間に広がっていった。

⏰:12/06/10 20:19 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#89 [ぎぶそん]
学校に通い、夕方過ぎには帰宅するという生活を毎日繰り返す。
真織といる時間も、春休みに比べて半分以上減っていた。
彼は新生活の疲れからか家に帰った途端よく寝ていて、家での会話も減っていた。
寂しくはなかった。きっと、赤の他人との共同生活はこれが普通だと思うからだ。

床に寝そべっている彼が着ているシャツはいつも派手にめくれていて、背中やお腹が見えていた。
――風邪引くじゃないの。
私はその度に彼の服を直し、さらに身体に布団まで掛けてあげた。
全く、世話の焼ける奴。
皆は彼との共同生活を羨ましがるが、こっちは余分な労力を使うのでどっと疲れる。
子供の世話とほとんど変わらない。

⏰:12/06/10 20:30 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


#90 [ぎぶそん]
1週間後。真織が作った夕飯を食べながら、リビングで一緒にステレオマンを観ていた。

怪獣の出番がなくなると、嬉しそうにこう話し掛けてきた。
「そういえば俺、友達できた。同じ学部の、椎橋孝太郎って奴。椎橋も軽音楽部に入るって。今日一緒に部室見学してきた」
久しぶりに顔をまともに合わせると、彼はすっかり大学生の顔つきになっていた。
「で、明後日椎橋と楽器屋行くことになったんだけど、かなめも一緒に来ることになってるから」
「勝手に決めないでよ」
私は手のひらを握ってテーブルを叩いた。
「どうせ暇なんでしょ」
彼の言葉に、私は口をつぐんだ。
そう言われると、返す言葉もない。
私は部活も行ってないし、アルバイトもしていない。
私は黙って彼についていくことにした。

⏰:12/06/10 20:44 📱:Android 🆔:Aj4GpTQg


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