消えないレムリア
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#111 [ぎぶそん]
夜。彼に強要される形で、一緒に彼の布団に寝た。
私はいつも以上にいらついていた。
今日昼間彼が皆の前で“共同生活はいいものじゃない”と言っていたのに、まるで他の部屋を探す素振りが見られないからだ。
今日もへらついた顔で私の顔を触ってくる。

「お願いだから早く他の部屋を探して。私との生活が嫌なんでしょ」
「そんなこと言ってないじゃん」
ころころと言い分が変わる彼に、私は堪忍袋の緒が切れた。
「いい加減にしてよ!こっちはすごく迷惑してるの!」
私は私の顔を触る彼の手を払いのけた。
「分かったよ。明日ちゃんと不動産屋に行く」

私は布団を顔に被った。
布団から、彼の匂いがふわりと香った。
彼のことは疎ましく思っているが、この匂いは好きだった。
甘くて、どこか優しい感じがする。
彼もやっと他の部屋を探す気になったので、この匂いを嗅ぐのも後わずかになりそうだ。
嬉しいような、寂しいような。

⏰:12/06/12 00:48 📱:Android 🆔:5A63ZlSk


#112 [ぎぶそん]
翌日。学校から帰って台所で夕飯の支度をしていると、彼が後ろから話しかけてきた。
「今日、学校の帰り不動産屋に行ってきた。条件に合う部屋が見つかったら、電話くれるって」
「あっそ。いい部屋が見つかるといいね」
私は彼に見向きもせず食材を切り続けた。

その2日後。夜、リビングで彼と一緒に勉強をしていると、普段ほとんど鳴らない彼のケータイが鳴った。
彼は脱衣室に行き、そして3分もしないうちにまた戻ってきた。
「不動産屋からだった。部屋が見つかったって」
「そうなんだ。良かったね」
私は教科書を読みながら彼に生返事をした。
「とりあえず今日のところは考えて、明日電話するって言った」
「でもその部屋、ここより狭いみたいなのに家賃が高いんだよな。場所も駅からも大学からも遠くなるようだし」
「しかも風呂とトイレ共用だって。俺、別がいいって言ったのに」
私は彼の話に耳を傾けることなく教科書を読み続けた。
いよいよこいつともお別れか。

⏰:12/06/12 21:56 📱:Android 🆔:5A63ZlSk


#113 [ぎぶそん]
次の日。2人で夕飯を済ませた後、彼はテーブルに肘を突いてぼんやりとしていた。
「電話しなきゃ」
彼はそう口にするも、ケータイをテーブルに置いたままじっとしている。
「また引っ越すの面倒くさいな」
彼がそうぼやき、ため息をつく。そしてまた黙りこくった。
そうして、そのままの状態が1時間も続いた。
その優柔不断な態度、見ているだけで疲れる。

「あのさ」
私は長い沈黙を破るように口を開いた。
「あんたがいいのなら、別に無理してここを出て行かなくてもいいよ。ほら、私もあんたがいると家賃が少なくて済むし、食事も1人分より2人分つくるほうが楽でいいのよ」
「本当?ずっとここにいてもいい?」
彼が晴れた顔をして立ち上がった。
本当は私がこう言うのを待っていたのだろう。
「……うん」
私は照れ臭くなりベランダに出た。

⏰:12/06/12 22:09 📱:Android 🆔:5A63ZlSk


#114 [ぎぶそん]
手すりに頬杖をついて、物思いに耽る。

もしみどりさんに近況を聞かれたら、なんて言おう。
おっとりとした性格のみどりさんだから、「彼と仲良しになったのね。いいことじゃない」なんて言いそう。
そういえば、私の両親は私が彼と一緒に住んでることを知ってるのかな?
私の実家は山梨にあり、父は単身赴任でほとんど家にいない。
去年私がこの部屋に引っ越した時に母もついてきたけど、それ以降は皆無で、父なんかこの部屋を訪ねたことが全くない。
去年は一応お盆と正月に帰省したけど、両親とは形式的なやり取りをしただけ。
1人暮らしをしてから全くといっていいほど連絡も取らないし、家族との繋がりを感じることはほとんどない。

「今日一緒に寝よ」
真織が後ろから抱きついてきた。
今日はいつもよりもっとくっつかれてる気がする。
私にとっては近くにいない家族より、近くにいるこいつの方が存在が大きかった。

⏰:12/06/12 22:28 📱:Android 🆔:5A63ZlSk


#115 [ぎぶそん]
4月下旬。次の講義がある教室に行く途中、誰かに肩を叩かれた。
「かなめ、佐奈から聞いたよ。1年生の男の子と一緒に住んでるんだって?」
それは私と同じ学部で同じサークルに所属している川上まりやだった。
まりやは黒髪で化粧が薄く、真面目な性格の子だ。
彼女が私に声をかける時の話の内容は、大抵いつも同じである。
「それで、今日集会があるんだけどどうする?」

私は写真部に行かなくなってから、いつも彼女に部費を渡して代わりに払ってもらっていた。
でもそんなやる気のない私に対しても、彼女はいつもはじめに行くのか行かないのかをきちんと聞いてくれる。
私は少し考えた後、彼女に返事をした。
「行くよ」
真織が押し入れにしまっていたカメラを引っ張りだしてから、私はサークルのことが懐かしくなっていた。
私は久しぶりに部室に顔を出してみることにした。

⏰:12/06/12 22:45 📱:Android 🆔:5A63ZlSk


#116 [ぎぶそん]
昼休みになり、まりやと一緒に部室がある向かう。
写真部はこじんまりとしたサークルで、部員は全学年合わせても20名ほどしかいない。
階段で2階に上がり部室に入ると、懐かしい顔ぶれが揃っていた。
新入部員らしき子も何人かいて、周りにうまく溶け込めないのかおどおどとした様子で突っ立っていた。

「足立、久しいな」
渋沢先輩が声をかけてきた。
先輩はずっと部室に来ていなかった私を責めることなく、柔和な顔で微笑んでくれた。
久しぶりに見た先輩は、右手の薬指に指輪をはめていた。
「渋沢先輩。かなめ、今年下の男の子と一緒に住んでるらしいですよ」
まりやが先輩に話す。
「彼氏か?」
「違います。ただの同居人です」
「そのまま付き合ったらいいのに」
先輩が目尻に皺を寄せて笑う。
私は先輩のその笑顔が憎いと思った。

⏰:12/06/12 23:02 📱:Android 🆔:5A63ZlSk


#117 [ぎぶそん]
去年、先輩はいつも私に優しく接してくれていたので、もしかしたら頑張ったら先輩がいつか私に振り向いてくれるんじゃないかと淡い期待を抱いたこともあった。
でも、そんなことは全然なかったのだ。
そして、それはこれからもきっと変わらない。

「そうですね。彼、かっこいいし付き合っちゃおうかな」
私は全く心に思ってないことを口にした。
理由は自分でも分からない。
でも、私の気持ちに最後まで気づかなかった先輩への、そしてそんな先輩に恋をしてしまった自分に対してのせめてもの反抗に思えた。

先輩を見ても、もう何もどきどきしない。
そんなことより今は真織への気苦労が多くて、私は過去のことがどうでもよくなっていた。
認めたくないけど、私はあいつによって救われた。
私の恋は、完全に終わった。

⏰:12/06/12 23:30 📱:Android 🆔:5A63ZlSk


#118 [ぎぶそん]
4月も後わずかになった時。
学校から帰ると、先に帰宅していた彼がリビングに座って旅行のパンフレットをテーブルいっぱいに広げていた。
「夏休みさ、お金貯めて2人でどっか旅行に行かん?関西辺り行ってみたいな。でも、北海道もいいな」
「何であんたと旅行の時まで一緒にいなきゃいけないのよ。もしそんなお金があるんだったら、1人旅するわよ」
私は彼に向かって下まぶたを人差し指で引き下げ、舌を思いきり突き出した。
「女が知らない土地を1人でうろついたら危ないって」
彼が眉をひそめて言う。

確かにこいつの言うとおり、女の1人旅は用心したほうがいい。
こんな奴でもボディーガードとして、いないよりはいたほうがいいかも。
去年の夏休みを思い返すと、毎日部屋でだらだらと過ごしただけで終わった。
それを反省して、今年は充実した日々を送りたいと思っている。
そうして私たちは旅費を貯めるため、お互いアルバイトをすることにした。

彼は口元をにっこりとさせて言う。
「夏休みもいっぱい遊ぼうな」

⏰:12/06/13 19:43 📱:Android 🆔:GrDucbSQ


#119 [ぎぶそん]
その後すぐに、彼は駅前にあるレンタルビデオショップでアルバイトをしはじめた。
その場所を選んだ動機は、従業員だと割引きした値段でDVDをレンタルできるという特典があるかららしい。
彼はバイトがある度、昭和時代の特撮をたくさん借りてきた。
毎日うんざりするほどそれをリビングで鑑賞するので、私も嫌でも怪獣の名前を覚えるようになった。

5月の始め。夕方帰宅すると、リビングの床に彼の学校カバンが投げ出されたように置いてあった。
その横には、DVDが入った袋が放置してある。
手にすると、返却日は今日までになっている。
――忘れてるじゃない。
私はそれを持って、彼のバイト先まで行くことにした。
嫌でも覚えたステレオマンの主題歌を口ずさみながら、駅に向かって自転車を漕ぐ。

⏰:12/06/13 19:57 📱:Android 🆔:GrDucbSQ


#120 [ぎぶそん]
駅の駐輪場に自転車を止め、駅に入り店がある南口に向かって突き進む。
店に着き自動ドアが開くと、レジに水色の制服を着た彼が立っていた。
彼はかなり洗練された雰囲気が漂っているので、遠くにいてもすぐに分かる。
彼は隣にいる女性従業員の人と楽しそうに話していた。
「あ、かなめ」
彼が私の存在に気づいた。
人前ではいつも他人行儀で“足立さん”と呼ぶのに、今日は呼び捨てだった。
学校以外では2人の関係をどう思われてもよさそうな感じだ。

「店長、この人が前言ってたかなめです」
彼が、カウンターの後ろにいる黒い制服を着た男性を呼んだ。
その人はこの店の店長らしく、30過ぎくらいで落ち着いた雰囲気があった。
「店長、どうですか?彼女、前言ったように“ミグピー”に似てますよね?」
「女性に向かってそれは失礼だろ。でも、ちょっと似てるかも」
店長さんが口元を手で隠して笑う。
私の顔を見て笑っていた。

⏰:12/06/13 20:12 📱:Android 🆔:GrDucbSQ


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