消えないレムリア
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#132 [ぎぶそん]
彼らは最初に「足袋と桜」という曲を演奏した。
桜の花びらの形と、足袋の形が似ているという発想から作られた歌らしい。
着物姿の女性が、桜が舞う道を歩く情景を歌っている。
1人称が「私」で、斎籐さんが女性の気持ちになって作ったとてもかわいらしい曲だ。
春のあたたかさを彷彿させる、穏やかな曲調になっている。
私はギターを弾きながら歌を歌う真織を見た。
彼は歌ってる時、顔の表情と体勢がほとんど変わらない。
瞬きも最小限しかしなく、まるで生命力を感じられない。
でも逆にその無機的さがクールに感じ、私はその姿が好きだったりする。
ミドリムシの曲は音程が高く、男性には歌いこなすのが難しいらしい。
それを彼は何なりと歌う。よくこんな高音が出るなと思う。
:12/06/15 21:39
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#133 [ぎぶそん]
その曲が終わると、彼は今度は楽器屋で買っていたエレキギターを手にした。
シャツの上から羽織っている灰色のパーカーに、その黒いギターはとても色が合っていた。
彼らは一言も喋ることなく、「マアボウドウフ」という曲の演奏を始めた。
斎籐さんが麻婆豆腐が大好物らしく、その思いから出来た曲らしい。
子供の時は家族のいない中1人でたくさん食べたいと思っていたけど、いざ1人暮らしで食べると何だか寂しいといった気持ちが綴られている。
私も1人で食べてた時よりあいつとご飯を食べてる今の方が、なんとなくおいしく感じる。
彼らは次に「ヴィヴァルディア」という曲を演奏した。
アントニオ・ヴィヴァルディの「四季」の「春」をモチーフにした曲で、歌詞に「ヴィヴァルディ」や「協奏曲」などが出てくる。
喧嘩別れをした友人が遠くに行くことになり、さよならも言えないまま離れ離れになった虚しさを歌っている。
「春」を意識した陽気な曲調とは相違して、とても物悲しい歌詞だ。
アルバムのみに収録された曲だけどファンからの人気が高くて、ライブでも定番の曲になっているらしい。
「世界平和、戦争反対だなんて、簡単には言えないよ。
僕だって、毎日小さな戦争を起こしてる。」
という部分の歌詞が私は好きだ。
:12/06/15 22:00
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#134 [ぎぶそん]
「次で最後の曲になります」
真織の言葉で、客席から「えー」と不満感を表す声がする。
「えっと、今日やるつもりはなかったんですけど、ある人からしつこくやってくれって言われたので、その曲をやります。
聴いて下さい、『星座の居場所』」
彼の口元が緩む。
ある人って、私のこと?
やらないって言ってたのに。
そもそも、そんなにしつこく頼んでない。
でも私は嬉しくて顔が少しほころんでしまった。
彼らが演奏を始める。
私は初めて彼が部屋に来た時のことを思い出した。
穏やかな顔でこの歌を歌っていた時のことを。
私は鞄からカメラを取り出した。
レンズ越しに彼を見る。
1度だけシャッターを押した。
椎橋くんも、長田くんも、小柴くんも皆カメラに収めた。
:12/06/15 22:13
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#135 [ぎぶそん]
彼らの最後の演奏が終わると、客席の皆が拍手をした。
私もそれにならって小さく手を叩く。
「おっ、足立さん来てくれたの?」
次のバンドの演奏が始まる前、彼が私の元に椎橋くんと一緒にやって来た。
「たまたま起きたらライブの時間にちょうどよかったから」
本当は、今日寝過ごさないようにと前日に目覚まし時計をセットしていた。
「楽しんでいってね」
そう言い残し、彼は椎橋くんと向こうに行った。
その後、いくつものグループがライブパフォーマンスをした。
どれも知らない曲ばかりを演奏していたけど、真面目に聴いた。
彼ら彼女らの演奏が終わる度、笑顔で拍手する。
でも、やっぱり真織たちの演奏が1番いいと思った。
:12/06/15 22:34
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#136 [ぎぶそん]
5番目のバンドの演奏が終わった後、客席の隅で里香ちゃんが真織の腕に抱きついていた。
彼もまんざらでもない様子で、彼女に取り合う。
彼女と遊ぶのあんなに嫌がってたくせに、へらへらしちゃって。
私は右腕を背中に回して中指を立てた。
夕方。全てのグループの演奏が終わった。
1人で静かに帰ろうとすると、真織が話しかけてきた。
「この後打ち上げがあるんだけど、かなめも来いよ」
「部員じゃないし、悪いよ」
「他にもそういう人結構いるから気にするなよ。あっ、先輩。足立さんも数に入れといて下さい」
彼が近くを通りがかった会計係らしき人を足止めした。
そうやっていつも勝手に決めないでよ!
私は打ち上げとやらに参加させられるはめになった。
:12/06/15 22:43
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#137 [ぎぶそん]
1人で一旦帰宅し、何も食べずに彼の帰りを待つ。
6時半頃、彼が帰ってきた。
7時半過ぎ、彼と一緒に部屋を出る。
彼はバイクがある駐輪場を素通りして、そのまま歩き続けた。
「バイクで行かないの?」
「うん。ちょっとね」
何だろう。彼の後ろをついていくかたちで夜道を歩いた。
商店街を抜けひたすら大学までの道を歩くと、彼が大学前の信号の近くにある居酒屋に入った。
店内は和風そのものの佇まいで出来ていて、広い玄関で靴を下駄箱にしまうと木造の階段で2階まで上がった。
階段近くにある部屋の襖を彼が開けると広い宴会室が現れ、既に大勢の部員が座布団に座っていた。
彼が適当に空いてる席に座る。私も彼の隣に座った。
:12/06/16 00:14
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#138 [ぎぶそん]
「1人3千円をこっちに持ってきて下さい」
会計係の人が宴会室の隅で呼び掛ける。
私は財布を取り出そうとしたが、隣にいる彼が肩を押さえてきた。
「かなめの分は俺が出すよ」
彼は5千円札1枚と千円札1枚を手にしていた。
「まおりん、優しいな」
近くで私たちのやり取りを聞いていた男性が、彼に話しかけてきた。
「俺、無理言って足立さんの部屋に住まわせてもらってる身分なんで。こういう色んなところで点数を稼いでおかないと」
彼の言葉にその男性が笑うが、私は不機嫌になった。
別にそういう気遣いしなくていいから。
何をしても、あんたに対する私の評価は低いんだから。
:12/06/16 00:22
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#139 [ぎぶそん]
午後8時。メンバーが大体揃い、荒井さんが皆から見える場所に立って挨拶をはじめた。
「皆さん、今日はお疲れさまでした。今日の打ち上げは新入生を歓迎する意も込めて盛り上がりましょう。1年生、今からこっちに来て。1人1人自己紹介をして」
荒井さんの指示で、真織も立ち上がった。
1年生が荒井さんの隣で横1列になった。
1年生は全員で11人いた。
女の子は里香ちゃんともう1人の大人しそうな子しかいなかった。
里香ちゃんが甘い声で自己紹介をすると、周りの男性たちが歓喜の声を上げていた。
彼女はこのサークルのアイドル的存在みたいだ。
私もできるなら彼女に嫌われたくなかった。
椎橋くんの自己紹介が終わり、その隣にいる真織の番になった。
「理工学部の伊藤真織です。好きなバンドはミドリムシです。今女性と一緒に住んでますが、彼女じゃありません。皆さん誤解しないでください」
彼の発言に、皆が笑う。
いちいちそんなこと言わなくていいじゃない。
:12/06/16 00:35
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#140 [ぎぶそん]
全員の挨拶が終わると、また彼が戻ってきて座った。
私は誰も見ていない時を見計らって、彼の太ももを強く殴った。
その後すぐに、色々な料理や飲み物が運ばれてきた。
彼が飲み物を配っていた男性に向かって手を上げる。
「あ、先輩俺にもビールください」
「あんたまだ未成年でしょ。いいの?」
「そう堅いこと言うなよ。大学入ったら皆飲んでるって」
そうか、だからバイクに乗って来なかったのか。
勝手にしろ。私は何も言わないことにした。
全員に飲み物が行き届くと、荒井さんの掛け声で乾杯となった。
私も近くにいる人たちにグラスを掲げる。
「足立さん、乾杯しよう」
彼がビールの入ったグラスを私の目の前にやる。
私はそれを無視し、彼の目の前で烏龍茶をごくごくと飲んだ。
彼はグラス片手にしょんぼりとしていた。ざまあみろ。
:12/06/16 00:47
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#141 [ぎぶそん]
「2人とも本当に仲が良いね」
彼の目の前に座ってる男性が話しかけてきた。
「違うんです、足立さんが金魚のフンみたいについてくるだけです」
それはこっちのセリフだ!この打ち上げもあんたが誘ったんでしょうが。
私は心の中でむっとした。
「足立さんって凶暴で、人のことすぐ殴るんですよ。だから俺、毎日家に帰るのが怖くて」
泣きそうな表情をする彼に、男性がげらげらと笑う。
そんなこと言って、毎日へらへらした顔でまっすぐ家に帰ってきてるじゃない。
何でこいつはわざわざ人前で私のことをコケにするの?
私は怒りで持っていた割り箸を折りそうになった。
その直後、天ぷらが入った皿が1人1人に配られた。
「俺、ナス嫌い。足立さん食べて」
彼がナスの天ぷらを私の皿に入れてきた。
私だってそんなナス好きじゃないわよ。
でも食べ物を粗末にするのは嫌いなので、私は黙ってその天ぷらを食べた。
:12/06/16 00:57
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