消えないレムリア
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#202 [ぎぶそん]
コンビニを出て、泉と目の前にあるアパートまでまっすぐ向かった。
部屋に入ると、真織はリビングのテーブルで勉強をしていた。
「バイト先の子連れてきた。山中泉だよ」
リビングで泉と真織が対面すると、彼が立ち上がって泉に小さく礼をした。
女2人といるのが気まずいのか、彼がすぐベランダに出る。
彼が煙草に火を着けたタイミングで、私は泉に話しかけた。
「どうかな?」
泉が煙草を吸う彼を見る。
「かっこいいし、かわいい。母性本能をくすぐるタイプだね」
彼女のその言葉で、私はこれまでの全てのことに納得した。
“母性本能”、私があいつに引きつけられるのはこれだ。
あいつにキスをするのも、この部屋を出て行って欲しくないのも、そういう本能があるからなんだ。
全部本能のせいにしよう。私はにやりとした。
泉と麦茶を飲みながら少しお喋りをした後、彼女は帰宅した。
彼女がいなくなると、彼はベランダから出てきた。
「どう?泉、なかなかかわいいでしょ?」
「うん、まあ……。ちょっとアンリ隊員に似てるな」
アンリ隊員とは、昭和時代のステレオマンに登場する特殊部隊のメンバーのことである。
黒髪で色白で落ち着いた清楚な美人であり、出番は少ないけど男性からの人気があるらしい。
こいつはいつも人の顔をステレオマンのキャラクターで例える。
それしか脳がないんか。
:12/06/30 02:17
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#203 [ぎぶそん]
数日後。夏祭りの日になった。
こういうイベントには浴衣が定番だけど、あいにく実家から持って来てないので洋服で済ませる。
でも少し張り切って、去年の夏バーゲンで買った水色のワンピースを着た。
去年の夏休みはこれを着てたくさん外出しようと予定して買ったものだけど、1度も袖を通したことがない。
脱衣室でワンピースを着た後、いつもと変わらずパーカーシャツを着ている真織を見る。
まさかこいつとの外出で着ることになろうとは。
メイクをした後髪のサイドにリボンの髪留めを、首には彼からもらったネックレスを身につけた。
彼はいつもとちょっと違う私の姿を見ても何も言わなかった。
2人でアパートを出て商店街を歩くと、いつもの倍以上の人で賑わっていた。
「はぐれると悪いから、手繋ごう」
彼が私に手を差し出す。
私は仕方なくその手を握った。
商店街の中ではいくつものカップルが手を繋いで歩いていた。
私たちもはたから見たらこの人たちと何ら変わりはないんだろうな。
やっぱり前布団を買った時みたいに、通りすがりに彼の顔を見つめる女性が何人かいた。
こいつと一緒に歩いていても、別に恥ずかしくはないと思った。
:12/07/01 03:05
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:mCGghsKQ
#204 [ぎぶそん]
人の流れに沿って歩いていくと、夏祭りがある神社にたどり着いた。
神社の周りや中はたくさんの屋台が並んでいて、それらを見ているとお腹が空いてきた。
「何か食べたいのがあったら買ってやるよ」
彼にそう言われ、私は気分で焼きとうもろこしを選んだ。
「俺は焼きそばにしようかな」
彼が焼きそば屋の前で立ち止まる。
「ちょっと待って。あんた焼きそばよく自分で作ってるじゃん。どうせなら普段食べないものにしなよ。あんたって、馬鹿だね」
私はその場で大笑いをした。
彼が目を点にして私を見る。
「そうやって時々笑うとかわいいよね」
彼が少しにこっとして言った。
そう言われてみると、私は普段彼の前であまり笑わない。
彼といるといらいらすることが多いし、彼といて楽しんでると思われるのが嫌で極力笑顔は見せたくないから。
でも彼は、もっと笑ってよ、などと言わずに今の私をただ褒めてくれた。
そのことだけは嬉しかった。
:12/07/01 03:23
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:mCGghsKQ
#205 [ぎぶそん]
彼は焼きそば屋の隣の店で、お好み焼きを買った。
そして2人で、近くにあった大きな木を背もたれに座って食べることにした。
私は黙々ととうもろこしを食べる。甘くて美味しかった。
「ちょっと食べさせてよ」
私は食べていたとうもろこしを彼に渡した。彼がそれに豪快に噛みつく。
「うまいけど、歯に詰まるな」
「私もお好み焼きちょうだい」
彼がお好み焼きを1口サイズに割いて割り箸で掴み、私に差し出してきた。
口に入れてもらうと、ちょうど豚肉も具に入っていて幸せを感じた。目を閉じて噛み締める。
「口にソースついてるよ」
彼に言われ、鞄からポケットティッシュを取り出した。
「拭いてあげる」
彼が私からそのティッシュを奪い、1枚取り出すと私の口元をそれで拭った。
こいつに子供扱いをされてる。情けない。
でも真剣な目をして私を見ていた顔には、わずかながらにときめいた。
こいつがもし自分より年上だったら、今の顔で完全に惚れていたかも知れない。
そんなことを思いながら、とうもろこしを余すことなく貪った。
「やばい、里香ちゃんだ」
彼が私の手を取り、慌てて木の陰に隠れる。
遠くで、里香ちゃんが女友達と一緒に楽しそうに歩いていた。
里香ちゃん、ごめんね。
彼との共同生活で、彼女の存在は唯一の気がかりである。
あの子はこれからどこまで真織のために頑張るのだろうか。
そして私はあの子がどう頑張っても、真織が彼女の気持ちに応えられないことを知っている。
複雑な心境だった。
:12/07/01 04:08
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:mCGghsKQ
#206 [ぎぶそん]
お互い食べ終わってから、その辺をうろうろと歩いた。
辺りはすっかり暗くなっていて、橙色の提灯が夜の神社を照らす。
私たちの目の前に、男女2人組がやって来た。
「足立!」
渋沢先輩が声をかけてきた。
隣には、赤い浴衣を着た小原朱実がいた。
2人はしっかりと手を繋いでいた。
「彼氏?」
渋沢先輩が真織を見る。
「あ、はい。前言ってた同居人です」
私は真織の身体にしがみついた。
「結局付き合うことになったんだ。おめでとう」
先輩が極上の笑顔を見せる。
隣の小原も、「おめでとう」と言って笑っていた。
私は2人に何も言わず、無表情で真織に抱きついたままでいた。
「じゃあまた」
2人はすぐに去っていった。
2人の後ろ姿を見ながら、私はすばやく真織から離れた。
「今の男の人、誰?」
「写真部の先輩だよ」
「もしかして前毛利さんが言ってた、かなめが昔好きだった人?確か、シブサワ……」
こいつ、佐奈が言ってたこと覚えてたのか。
気持ち悪いほど記憶力よすぎ。
「好きじゃないよ!あんな人全然タイプじゃない!」
「何であの人に付き合ってるって嘘ついたの?」
「いちいち否定するのが面倒くさいから。もういいじゃん、行こうよ」
私は彼の手を強引に引っ張った。
その後すぐ彼からかき氷を奢ってもらった。
:12/07/02 02:04
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:CS/KugoY
#207 [ぎぶそん]
神社の石段に座り、それぞれ選んだかき氷を食べる。
「ねえあんた、“デート”ってしたことある?」
私は美容師の深町さんが言ってたことが気になっていた。
「ないよ。そっちは?」
「私もない。でも、こういうのを“デート”って言うらしいよ」
「じゃあこれが初デートか」
「あ、でもあんた、この間里香ちゃんと遊んでたじゃん」
「あれは楽器屋一緒に見に行っただけ。仮に“デート”だったとしても、カウントしたくない」
「あ、前あんたの布団一緒に買いに行ったよね?あれは“デート”になるのかな?」
「じゃああれが初デート?よく分からん」
泉が言う嫉妬をしなくて済むというのはよく分からないけど、こいつが私と同様恋愛にうぶでよかったと思う。
何かと上から目線で言われることはないし、彼と同じペースで進むのは楽しい。
かき氷を食べ終えまた歩き回ると、彼が射的屋の前で立ち止まった。
「あれかわいいな」
彼が全長20センチくらいの人形を指差す。
その人形は地球みたいな色をした丸いからだに、手足が生えただけのシンプルなデザインをしていた。
「絶対ゲットしよ」
彼がお店の人にお金を渡す。
結果2千円くらいつぎ込んでその人形を取った。
その人形を彼に渡されると、やや重量感があった。
顔の表情は笑顔で、頬をピンク色に染めていた。
人形の後ろについてあるタグを見た。“ちきゅ丸くん”という名前のようだ。
彼のいうかわいさはよく分からない。
でも、怪獣をかわいいというよりは断然理解できる。
「今日こいつと3人で寝よう」
「『3人』って。ちきゅ丸くんは人間じゃないじゃん」
「じゃあ2人と1匹か。いや1人と2匹か。俺だけじゃん、人間」
「それどういう意味!」
:12/07/02 22:53
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:CS/KugoY
#208 [ぎぶそん]
午後11時過ぎ。彼と人ごみの中歩くのを苦労しながら、無事に帰宅した。
就寝前ベッドの上で、ちきゅ丸くんをお腹に抱えたまま彼とお喋りをしていた。
「渋沢先輩のどこがよかったの?」
「またその話?あの人のことは本当に好きじゃないって。憧れてはいたけど」
「真面目そうな人が好きなの?眼鏡をかけた人が好き?」
彼があまりにもしつこく聞くのでうんざりした。
「それ以上なんかいうとベッドから突き落とすよ!」
私は片足を彼の太ももにあてがった。
「俺、もっと早くこの部屋に来たかったな。かなめと同い年に生まれてれば良かった」
彼がもの悲しい表情を見せる。
もしかして、嫉妬?こいつは私の過去に嫉妬しているの?
何故だろう。何だか胸が締め付けられるような、心苦しい気持ちになった。
どうかこんな顔をしないでほしい。その一心で口を開いた。
「もしあんたが去年からこの部屋にいたら、渋沢先輩のことは絶対何とも思ってなかったよ」
「本当に?」
「あんたが印象が強すぎるからね。……ちょっとこっちに来て」
彼が私の元に近寄る。
私は彼にキスをした。
「こんなことできるのも、あんただけ」
彼はあっけにとられた様子でこっちを見ていた。
すかさず私は彼の手首を持った。
そして、彼の手のひらを自分の胸に押し当てた。
「こんなとこ触っていいのも、あんただけだよ」
自分の胸に、平たい感触が伝わる。
:12/07/02 23:14
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:CS/KugoY
#209 [ぎぶそん]
「ちょっと待って」
彼がすぐに手を離し、そのまま口元を押さえた。
さすがに恥ずかしかったのだろうか。
いつもは生意気な口を聞くくせに、びびってやんの。
私は初めて彼に勝利したと思った。
そう思っていると、へっくしゅん、と彼が大きなくしゃみをした。
え?ひょっとして単にくしゃみがしたかっただけ?
「風邪引いたかも」
彼は間抜けな顔をして何度もくしゃみをしていた。
こいつの弱点って一体なんだろう。
余裕綽々な態度の彼を見て、私は一気に悔しくなった。
「女の胸触って、嬉しくないの?」
「いやだっていつも2人でバイクに乗ってる時背中に当たってるし……」
「ずっと黙ってたの?変態!」
「別に嬉しくないし。それに自分から触らせる方が変態でしょ」
彼の言葉は、私の自尊心を完全にずたずたにした。
彼に背中を向けて寝ようとした時、彼が手のひらをそっと私の胸に当ててきた。
「まあ、痩せてる割に結構あるよね」
私は拒むことも、怒ることもしなかった。
「この下に隠されてるのがあんなださい下着じゃ、夢がないな」
「女ってナイフで心臓刺されても、胸の厚みで助かったりするんかな?」
彼に憎まれ口を叩かれても、今日だけは許そうと思った。
彼がその手を離し、今度は私の手を握る。
「今日楽しかったな」
「うん、まあ……」
「またしような、“デート”」
彼は私の手を握ったまま目を閉じた。
何だかんだいってこいつも男じゃん。私はにやけた。
私はいつか見てみたい。こいつが本能をむき出しにして私に襲いかかってくるのを。
私も目を閉じ、今日の出来事を振り返りながら眠りについた。
:12/07/03 00:11
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#210 [ぎぶそん]
2日後の夜。彼と一緒にリビングのテーブルで勉強をしながら、時々とりとめのない話をしていた。
「夏休み隣町の遊園地で、『ステレオマン』のヒーローショーがあるらしいから行こうぜ」
「何で私がそんな子供向けのイベント見に行かないといけないの!大体そういうのは一旦敵にやられそうになって、観客皆で『ステレオマーン!』って呼んで、結局最後はこてんぱんにやっつけるんでしょ!」
「よく知ってんじゃん。その単純さがいいじゃんか。あー、怪獣の着ぐるみを生で見たいな。何の怪獣が来るんだろ」
彼が目を輝かせて頬杖をつく。
「そういえばずっと疑問に思ってたんだけど、怪獣って宇宙からやって来るんでしょ?何でいつも日本ばっかピンポイントで襲撃してくんの?日本に恨みでもあるわけ?」
私の質問の何がおかしかったのか彼が突然大笑いをしはじめ、腹を抱えて床を笑い転げた。
抱腹絶倒とはまさにこのことかと思った。
「何かいいね、癒される。俺、かなめといる時“素(す)”なんだよね。椎橋とか、大学の奴らといる時とはまた違う」
彼が優しく笑いながら言う。
「あっそ」
私は照れ臭くなって下を向いた。
彼のその発言は、今までの人生で言われた中で1番嬉しいかも知れない。
でも私は彼とは反対に、彼といる時は全然“素”じゃない。
今まで誰かにこんな荒々しい言葉遣いはしたことないし、もちろん暴力なんて振るったこともない。
彼といると、常に新しい自分が見えてくる。
:12/07/04 01:09
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#211 [ぎぶそん]
数日後の金曜日。学校から帰ると、リビングで彼と一緒に茶髪で巻き髪の女の子が座っていた。
デニム生地のジャケットを羽織っていて、花柄のスカートの下から細くて白い脚が見えていた。
大きくて丸い目に、少しふっくらとした丸い輪郭。とても可愛らしい子だった。
軽音楽部の子?でもこんな子いたっけ?
じゃあ同じバイト先の子?もしかして、彼女が出来た?
私は彼が女の子を連れていることに違和感を覚えた。
「こいつ、俺の幼なじみ」
真織がその女の子の肩に手をやる。
「こんばんは。宮崎涼二って言います」
その子が見た目とはそぐわない低い声で話す。
名前といいこの声といい、これは完全に女の子じゃない。
「えー!男?」
「はい。女装してます」
その子が白い歯を見せて笑う。
「やっぱり、かなめは間抜けだから気がつかなかった」
真織はくくくと笑っていた。
私はこの状況がわけもわからず、彼を怒る気力も出なかった。
そして彼の知り合いが男の子だと知り、なぜか少しほっとした。
:12/07/05 00:07
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