消えないレムリア
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#192 [ぎぶそん]
次の日。学校から帰って、彼と一緒に椎橋くんの住む家に向かうためアパートを出た。
椎橋くんは隣町の駅の周辺に住んでるらしい。
今日も昨日と同じ雨だったので、電車を利用して隣町まで行った。
電車を降りた後彼についていくかたちで駅の裏を歩き、その近くにあるアパートの3階まで上がった。
そして彼は迷わずドアが開けっ放しの部屋に入った。
その部屋の前は大量の傘と靴が乱雑してあった。
「足立さんも連れてきた」
彼が私を皆に紹介した。
長田くんや小柴くんといった顔馴染みの子もいた。
椎橋くんの部屋は男の子らしい、青を基調としたワンルームだった。
リビングは大勢の人数でひしめきあっていた。
私と彼も人の間を縫ってベランダの窓にもたれる。

長田くんが料理上手ということで、皆に料理を振る舞ってくれた。
シーザーサラダ、かぼちゃのポタージュ、自家製酵母のパン、鮭のマリネ、スペアリブ、オレンジのシャーベット。
どこかのレストランのフルコースみたいだった。
あまりの美味しさに感嘆した。
隣にあぐらをかいて座ってる彼も、黙々と食べる。
真織もこれくらい料理が上手かったら、少しは惚れてたかも知れない。
こいつが作るのは野菜炒めかたまに焼きそばくらいだから。
まあ、私も人のこと言えた口じゃないけど。
私もこれくらい料理が出来たら、少しはこいつも口うるさくなくなるかな。

⏰:12/06/25 23:13 📱:Android 🆔:RwCUvrVY


#193 [ぎぶそん]
料理を食べた後、皆でお喋りをして盛り上がった。
軽音楽部の話が主なので、私も話に大体ついていけた。
皆の話によると同じサークル同士のカップルは何組かいて、美人の三鷹さんは同い年の熊井さんという男性と付き合っているらしい。

「市倉さんって絶対伊藤のことが好きだよな」
椎橋くんがにやける。
「市倉さんって誰?」
私は疑問を投げかけた。
「里香ちゃんのことだよ。市倉里香」
私の隣にいる真織が、煙草を吸いながら答える。
あの子、そんな名前だったんだ。
椎橋くんと真織が会話を続ける。
「かわいいよな。彼女にすればいいのに」
「俺はあの子はタイプじゃないな」
「じゃあどんな人がいいんだよ?」
「俺は冷たいような優しいような、わけの分からない人がいいかな」
何だそれ。周りも反応に困っていた。
待てよ。それってもしかして私?
でも彼には冷たくはしているが、優しくしたことは1度もない。
気のせいか。

椎橋くんがまた喋り出す。
「伊藤って何で彼女いないのか不思議だよな」
「皆知ってる?真織は、今まで女の子と付き合ったことないんだよ」
私は間に入った。
今日このセリフをいつ言おうかとずっと企んでいた。
これでこいつも少しは恥をかくだろう。
「知ってますよ。意外ですよね」
椎橋くんが答える。周りも皆頷いていた。
何だ、周知の事実か。私は拍子抜けした。
「伊藤、いっそのこと足立さんと付き合っちゃえよ」
小山内くんという眼鏡をかけた男の子が間に入った。
「俺らはないない、な?」
真織が私に向かって言う。
でもその言葉とは相違して、彼は私の腰に手を回してきた。
皆の前で怒るわけにもいかず、私も皆に向かって笑顔で頷いた。
こいつは何がしたいのか分からない。

⏰:12/06/25 23:40 📱:Android 🆔:RwCUvrVY


#194 [ぎぶそん]
談笑を終えると、真織や椎橋くんはテレビゲームをやり始めた。
何やらひたすら対戦をしていて、眺めても何が面白いのかさっぱり分からない。
視線を他にやると、長田くんと大友さんという女子は部屋の隅で楽しそうに話していた。
私はベッドの上で漫画を読んでる小柴くんに話しかけてみた。
小柴くんは話しかけやすい。
私は彼と一緒に漫画を読んだ。
内容は家族もののギャグ漫画で、これも面白さがよく分からなかった。

「足立さんもやってみない?」
真織にコントローラーを差し出された。
他にしたいこともないので、彼の隣に座った。
彼にゲームの大まかな説明を受ける。
何度攻撃を受けても構わず、とにかく最後まで天空の舞台の上にいた者が勝ちとなるようだ。
キャラクター選択の時、私は適当にたけのこみたいなキャラクターを選んだ。
バトルが開始すると、オランウータンみたいなキャラクターを選んだ彼が容赦なく私を攻撃してくる。
反撃の余地もなく、私はあっという間に舞台から落下した。
「足立さん弱すぎ」
彼がげらげらと笑う。
負けず嫌いではないけど、こいつに小癪なまねをされるのは腹立たしい。
私の闘志が燃えた。
しかしその後何度やっても彼には勝てなかった。
「部屋にゲーム機ないのに、何でそんなに強いの?」
「このゲーム実家にあるよ。高校の時よくやってたし。夏休み実家に帰ったら、こっちに持ってくるわ」
ゲームは意外と面白かったので、私は彼の言葉にわくわくした。
私は彼のおかげでまた1つ、楽しみなことが増えた。

⏰:12/06/26 00:12 📱:Android 🆔:4jnYdbck


#195 [ぎぶそん]
深夜。電気を消して、皆で床やベッドに雑魚寝した。
私も床で寝ていると、隣にいる真織に身体を揺さぶられて起こされた。
目を開けると、彼が私たちの全身を包むようにブランケットを被せた。
その直後、彼がいきなり私にキスをしてきた。
私は怒ろうとした。
でも声を出せば、皆に気づかれてしまう。
私たちの関係を、一気に怪しまれてしまう。
私は黙って見過ごすしかなかった。
こいつ、それを分かってやってるな。

彼がまた角度を変えてキスをする。
さっきより強い力で唇を押し付けてきた。
唇を一旦離すと、私の下唇を上下の唇で挟んだ。
その滑らかな感触に、全身がぞくっと痺れた。

(今のもう1回やって)
私は周りに聞こえないよう小声で彼に話した。
彼がまた私の下唇を挟む。
(それ、すごくいい)
私はうっとりとした。
(あんたもやってあげる)
私は彼の下唇をつまむように挟んだ。
(いいね。クセになりそう)
彼が小さく笑う。
私たちはブランケットの中で何度もキスをした。

(おやすみ)
しばらくすると彼がブランケットをめくり、私に背を向ける。
部屋中から色んな寝息がいびきが聞こえ、まるで夢から現実に戻ったみたいだった。
私も何事もなかったかのようにまた目を閉じた。

⏰:12/06/26 23:38 📱:Android 🆔:4jnYdbck


#196 [ぎぶそん]
翌朝。目を覚ますと、小山内くんが1人でテレビのニュース番組を観ていた。
その後1人、また1人と起きた。
誰も昨日の私たちの行動には気づいてはなかった。
真織もいつもと変わらない様子で周りと接する。
もしかして、昨日のは夢だったのかな?
私は忘れることにした。

「足立さん帰ろう」
すぐに彼が立ち上がる。
私と彼はそこで皆に別れを告げ、椎橋くんの部屋を出た。
外の雨は上がっていて、彼が私の分の傘も持ってくれた。
また駅に戻り、電車に乗る。
電車の中でぼーっとしていると、彼が手を握ってきた。
「昨日のはなかなかスリルがあってよかったね」
彼の得意顔に、私は寒気がした。
悪夢でもいいから、夢であってほしかった。
私は自分からこいつにキスしてしまったことを悔やんだ。

今の自分は品行方正に欠ける、ふしだらな女なのだろうか。
電車がトンネルに入り、反対側の窓にくっきりと映る自分の姿を見た。
髪は染めておらず、耳に穴も開けていない。
服装はジャケットスタイルを好んで、何も知らない人は私のことを比較的真面目な人間だと思うだろう。
こいつは何故こんなつまらなさそうな女に、キスをするのだろうか。
遊び半分?腹が立つが、本気で好かれるよりはまだいい。
彼と出会って、理屈じゃ考えられないこともたくさんあるんだなと知った。

⏰:12/06/27 00:22 📱:Android 🆔:bkZPdSUA


#197 [ぎぶそん]
数日後、7月に入った。
7月2日。昼休み、学食で佐奈と喋りながら定食を食べる。
「もうすぐ大学の近くの神社で夏祭りあるね。佐奈、なんと鈴木くんと行くことになったんだ。かなめも真織くんを誘ってみたら?」
「何であいつと」
彼が私の部屋に来てから、もはやセットで扱われるのが当たり前になった。
以前はその度に怒ってたけど、今となっては慣れた。
「2人、結構お似合いだよ。だって、雰囲気がすごく似てるし」
佐奈の言葉がどういうことなのかは分からないけど、私と彼は気が合う方なのかも知れない。
共同生活も今のところ、大きな波風を立つことなく順調にいっている。
あいつと一緒に夏祭りか。悪くはないな。

その日の夜。私はベッドの上でバイク雑誌を読んでる彼に、夏祭りの話を持ちかけてみた。
「今度夏祭りがあるんだって。でも佐奈は鈴木くんと行くらしいし、他に友達いないしどうしようかな」
「夏祭り?一昨日、里香ちゃんに誘われたな」
彼が雑誌を読むのを辞める。
「じゃあ里香ちゃんと行くの?」
「断ったよ。人ごみ嫌いだし。で、用は何?」
「佐奈があんたと夏祭りに行けって……でも、人ごみが嫌ならいいよ」
私は友人を出しにした。
「別にいいよ。行こう」
彼があっけらかんとした表情で即答する。
里香ちゃんの誘いは断って、私の誘いは断らないの?
里香ちゃんには申し訳ないけど、少し嬉しかった。

⏰:12/06/27 00:49 📱:Android 🆔:bkZPdSUA


#198 [ぎぶそん]
お風呂に入る前、洗面台の鏡で自分の顔をまじまじと見てみた。
春休みが始まった頃は顔くらいの長さだったのに、髪の毛が肩につくまでに伸びていた。
明日美容院に行こう。瞬時に思った。

次の日の放課後。昼休みに電話で予約を入れておいた、商店街の中にある美容院に行った。
その美容院は小規模な店内で、スタッフは男性しかいない。
こっちに来てからたまたま最初に入った美容院がここで、値段の安さと過剰でないサービスが気に入って、それ以来ずっとこの美容院に通っている。
「今日はどんな髪型にする?」
待合室のソファーで座っていると、担当の深町さんがやってきた。
私はテーブルの上にあったヘアカタログをめくった。
魅力的に思える髪型を探し、気に入ったものを1つ指差した。
「“前下がりボブ”だね。結構短くなるけどいい?」
深町さんの言葉に私は頷いた。

深町さんは現在24歳の既婚者で、とても柔らかい物腰なのでとても話しやすかった。
高校の時に好きだった先輩に少し似てるからか、彼と対面する時はいつも緊張する。
私は彼に髪を切られながら、ありのままの近況を伝えた。
「実は今、1つ年下の男の子とルームシェアをしてるんですよ」
「へえ、どんな子なの?」
「友達はよく『かっこいい』って言ってます。でも私はそうは思わないかも……。いや、少しなら思うかな……」
「何だそれ。足立さん、相変わらず面白いね」
深町さんが笑う。
「今度そいつと夏祭りに行くことになりました。もう嫌になっちゃう……」
「じゃあ彼とのデートのためにもばっちり可愛くしてあげるね」
「デート!?いや、そんなつもりじゃないですよ……」
私は“デート”という単語に恥ずかしさを感じ、黙り込んだ。

⏰:12/06/27 23:16 📱:Android 🆔:bkZPdSUA


#199 [ぎぶそん]
30分も経たないうちに、希望どおりの髪型になった。
鏡で全体を見通すと、後ろになる度髪の毛が短くなってた。
美容院を出て、色んな店のウインドウで何度も新しい髪型を確認しながら帰った。
どうして美容院からの帰りは、こんなにもうきうきとした気分になるんだろう。

アパートに戻ると、彼がベッドの上で本を読んでいた。
「ねえねえ、どうかな?」
私は笑顔で髪を触った。
「何が?」
彼はきょとんとした顔で私を見る。
「髪切ったんだけど……」
「そうなの?全然分からないよ」
そんな……最低でも10センチは切ったのに。
こいつがモテない理由、なんとなく分かった。
こいつは異性に頓着がないんだ。
私はむっとしながら、彼の隣に寝転んだ。
彼はおかまいなしに本を読み続ける。

本を閉じた彼に髪を触られた。
「あれ?何か髪の量が少なくなってる」
「だから髪切ったって言ったじゃん」
「何かいい匂いがする」
彼が私の髪を数束取り、嗅いだ。
「ワックスつけてもらったの。美容院のシャンプーとかワックスって、なんであんなにいい匂いがするんだろうね」
私も自分の髪を匂った。
「俺もそろそろ髪切ろうかな」
彼がうねりのある自分の髪を触る。
「いっそのことストレートに戻したら?免許証の写真、結構かっこよかったよ」
私は思いついたことを適当に言った。
「本当に?じゃあ戻そうかな」

⏰:12/06/27 23:32 📱:Android 🆔:bkZPdSUA


#200 [ぎぶそん]
2日後。学校から帰ると、彼の髪型が変わっていた。
髪の毛はまっすぐになり、後ろ髪の毛先が少し外側にはねていた。
大人びた中に、あどけなさを少し感じた。
これなら18歳と言われても、前よりは違和感はないかも。
しかも最悪なことに、彼の新しい髪型は私の結構な好みになっていた。
私の胸の鼓動が一気に高鳴る。

「かなり切られた。後ろがすーすーする」
彼が後ろ首を触る。
「……かっこいいよ」
私は小声でつぶやいた。
「何か言った?」
「何も言ってない」
私は気持ちが全く落ち着かず、勉強をしはじめることにした。
彼を見るとどきどきするので、とても直視できなかった。
髪型1つで気持ちがこうも変わるなんて、自分でも想定外の出来事だった。

夜。彼は私のベッドを半分占領していた。
私は彼に背中を向けていた。
眠れずに寝返りを打つと、彼の顔がちょうど目の前にきた。
悔しいけど、かっこいい。心臓がばくばくと鳴り、ますます眠れなくなった。
彼は少し口を開けて眠っていた。
――キスしてみようかな。
彼の唇を人差し指で軽く触ってみた。
反応がない。起きる気配はない。

私はそのまま自分の顔を彼の顔に近づけた。
彼の唇と私の唇が軽く触れる。
彼に気づかれるのを恐れ、すぐに顔を離した。
私は何でこいつにキスをした?小さな後悔に苛まれる。
私はこいつが好きだからキスしたんじゃない。この髪型の男性が好きでキスしたから。そう自分に言い聞かせた。
この髪型は好きだけど、早く伸びてほしい。
私はまた彼に背を向けた。

⏰:12/06/27 23:53 📱:Android 🆔:bkZPdSUA


#201 [ぎぶそん]
次の日。夜のコンビニでのバイト中、泉とお喋りをした。
佐奈や同じ大学の子には言えないことも、泉には何でも話せてた。
それは彼女が今10歳年上のサラリーマンと付き合ってるからだろうか。
性格が大人びていて、いつも的確な意見をくれると思った。
彼女に話すのは大抵真織とのことだった。
初対面で同じ布団に寝たこと。2人で私の実家まで父を説得しに行ったこと。これまでの出来事は大体話してた。

「あいつ、今まで女の子と付き合ったことないんだって」
「それいいね。過去に嫉妬しなくて済むじゃん。あたしの彼氏、昔遊んでたらしいから昔話される度焼きもち妬いてるよ」
泉の言う嫉妬とは何だろう。
渋沢先輩が小原朱実と付き合うことになったと知った時の、あの嫌な感じのことかな。
「実は、あいつとはキスしたことが何度かあるんだよね。付き合ってもないのに、私たちって変かな?」
「うーん、男と女が一緒に暮らして何もない方が少ないんじゃない?」
泉に軽蔑されるかと思ったから、その返しには心を救われた。
でも、自分がそういう自然の摂理みたいなものに敵わないでいると思うと悔しかった。

バイトが終わり、彼女と一緒に更衣室で着替える。
「良かったら今からうちの部屋に来ない?あいつも多分もう帰ってると思うから。泉にも1度あいつを見てほしい」
泉は私の誘いを、快く引き受けてくれた。

⏰:12/06/28 23:53 📱:Android 🆔:8z0lpyIw


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