*柴日記*
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#700 [向日葵]
祐子の言葉にふきだした一朗は祐子の手を握ると自分の胸に押し当てた。
何事かとうろたえて赤くなる祐子に、一朗は静かに微笑む。

「分かる?僕の心臓……」

言われて掌に神経をすませば、脈を打つ感触が伝わってきた。
ドクドク鳴っている。

それがどうしたのかと、祐子は一朗を見上げた。

「祐子さんの一言で、僕はこんなにもドキドキするんだ。これがどういう意味か、分かる……?」

その言葉は、恋愛経験がない祐子にも分かった。
赤くなる祐子を柔らかく抱き寄せる。

⏰:08/10/26 00:10 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#701 [向日葵]
髪の毛を撫でられれば、ホッとして硬直していた体から力が抜けた。

「好きだよ……。祐子さん」

誰かの為に変わる事は、悪くない。

祐子は初めてそう思えたのだった。

――――――――――
―――――――――――――

「お母さん、まだ寝ないの?」

戸口から顔を出した越は椅子に座っている祐子に話かける。

現在夜の11時。
空や苺はもう寝てしまい、越は今お風呂から出たみたいだった。
柴はおそらく越の部屋にでもいるのだろう。

⏰:08/10/26 00:14 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#702 [向日葵]
「一朗さんがまだ帰ってこないからね。晩御飯用意しなきゃだし。アンタは明日も学校なんだから、柴にあんまかまってないで早く寝なさいよ」

「べ、別にかまってる訳じゃなくて、柴がくっ……ついて……」

お風呂上がりの熱気ではない越の赤面に、祐子は自分もこんなのだったのかと若かりし頃を思い出す。
そして2人がもう“家族”という間柄ではない事も知っている。

「柴に変な事されそうになったらちゃんと拒むのよー」

祐子がからかうと、越は更に顔を赤くさせた。

「そ、そんな事されませんっ!おやすみっ!」

⏰:08/10/26 00:21 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#703 [向日葵]
駆け足で階段を上がっていく越に、祐子は喉の奥でクククッと笑う。
からかいがいがある愛娘は面白くて仕方がない。

頬杖をつき、時計を見る。
規則正しく動く秒針は、祐子の眠気を誘う。

―――――――――
―――――――――――――

「進路……調査……っっ」

と言う紙を握り締めて睨みつける初夏のある日。

祐子は目の前にある紙にかいてあるものがこの世のものとは思えないという顔で見ていた。

「祐子さん、顔が恐い」

⏰:08/10/26 00:28 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#704 [向日葵]
祐子の前の席に座っていた一朗は彼女の眉間に指をあてほぐそうとする。
されるがままになりながら祐子はまだ紙をみつめている。

放課後、2人で喋るのは日課になっていた。
あの事件後、2人の仲は皆から容認され、“一朗彼女説”は、坂上が言った口から出任せだったと本人が自白。

それからは周りが羨む程の仲良い恋人同士となり、祐子も皆から更に慕われ、今では祐子は恋愛相談をよくされるようになった。

だからと言って、そこから何か将来の事に結びつけられるかと言ったらそうではないのだ。

「将来ねぇ……圭ちゃんの道場継ぎたいんだけどなぁ……」

⏰:08/10/26 00:36 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#705 [向日葵]
正直にそう言えば、思いきりダメだと言われた。

「じゃあさ、いっその事、僕のお嫁さんにならない?」

「は?」

あっさり言われたので空耳かと間違う。
言った本人はにっこりと笑う。
いつもと変わらない笑みだったので、やっぱり空耳なのかと首を軽く傾ける。

「僕、祐子さんと結婚するつもりでいるんだけど?」

「とうとう脳みそ溶け始めたのか……?」

結婚?と頭がはてなだらけになっていく。
一朗は別に気にしてない風に話を続ける。

⏰:08/11/08 00:46 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#706 [向日葵]
「遅かれ早かれ、すると分かってんだったらいつしても同じだと思うんだけど」

「ちょ、ちょっと待て。ちょっと待てっ!」

勝手に話を進めていくものだから祐子は片手を突き出して一朗を黙らせる。

進路で迷ってるから結婚!?
いくらなんでもあり得なさすぎる。そして極端すぎる。

一朗は不思議そうに祐子を見る。まるで、今言った事に何か問題でも?とさえ思っていそうな顔だ。

どうして最終結論が結婚なんだ。

「あのな、あたし達まだ若い。そういう一時の情熱に身を任せれば、後で痛い目みるぞ」

⏰:08/11/08 00:52 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#707 [向日葵]
「大丈夫だよ。僕の情熱は冷めないだろうから」

いやだから。

「経験つむのは大切だ。進学はしなくても……と言うか出来るかわからないけど、ともかく!少しは働いて社会を知っておきたい」

「じゃあ僕のプロポーズは断るってわけか……。残念だな」

とか言いながら微笑むのは、祐子がそう言うだろう事を予想していたからだろうか。

本気ではなかった?
じゃあ本気で悩んだ自分は馬鹿ではないか。

祐子は苛立ちを覚える。

「もう帰る」

⏰:08/11/08 00:57 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#708 [向日葵]
不機嫌になりながら立ち上がる。

正直、祐子は一朗の事があまり分からない。
彼はいつも楽しそうに、そして余裕そうに微笑んでいるだけだ。
例えば必死な顔や、本気の怒りだって見た事がない。

好きなのは自分だけなのか?と時々不安にもなる。

それでも優しく祐子に触れる指先は、祐子が好きだと語っている気もするから独りよがりではないと信じたいし、信じている。

「僕も一緒に考えるから、焦らずゆっくり考えよう」

なだめるように言う一朗に結局負けてしまう。
柔らかく髪の毛を撫でられれば一瞬で不機嫌な気分は消えてしまう。

⏰:08/11/08 01:02 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#709 [向日葵]
いつものように、下駄箱で靴を履きかえる。
自転車置き場に行こうとした時だった。

「一朗ーっ!」

その声に祐子が振り向けば、数歩離れて歩いていた一朗に、誰か抱きついていた。

祐子は目を見開く。
一朗は抱きつかれた勢いに耐えれず倒れこんだ。

「久しぶりねっ!元気だった!?杏は超ー元気だったよーぅ!」

肩まである黒い髪の毛は外側に愛らしく跳ねているその少女は、祐子達と同じくらいに見える。
祐子は口を変な形にして2人を凝視している。

⏰:08/11/08 01:09 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#710 [向日葵]
「杏……っ、アメリカじゃなかったの?」

「1人暮らしの許しを得たのっ!これからはどんな時も一緒よ一朗っ!」

無邪気に微笑んで彼の頬にキスするものだから、さすがの祐子も我に返り2人を引き剥がす。
やっと祐子の存在に気づいた杏と名乗る少女は、つり目がちの目を更につり上げると祐子を睨む。

「勝手にベタベタすんのやめろよな」

「なぁにあなた。ベタベタするのは当たり前よ。私は一朗のお嫁さん候補なんだから」

「は?」と声を上げた祐子は一朗を見る。
一朗は額に手を当ててため息を吐く。

⏰:08/11/08 01:14 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#711 [向日葵]
「それは小さい頃の約束だろ?僕には大切な人がもういる」

と言って祐子を引き寄せる。
杏は眉を寄せて目を見開く。

「小さい頃の約束でも約束は約束よ!おじ様達だって、杏ならいいって言ってたもの!杏だって一朗の立場をちゃんと支えてあげられる、いいお嫁さんになるわ!」

言ってから祐子を睨む。
売られた喧嘩は倍額で買う主義の祐子は当然睨み返す。

「こんな……男まさりな人がいいの?前はあんっなに女の子らしくて可愛らしい人が好きだなんて言ってたくせにっ!」

「いつまでも夢見てんじゃねえよタコがっ!」

いい加減我慢出来なかった祐子が言う。

⏰:08/11/08 01:20 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#712 [向日葵]
腕組みをして、祐子は杏に詰め寄る。
身長は祐子の方が高いので見下したように杏を見る。

「あたしも大概、世間知らずだけど、アンタはあたしを上回るみたいだね」

「一朗があなたみたいな庶民と結婚していいと思ってるの?一朗は病院の跡取りなの!あなたが一緒にいていい相手じゃないのが分からない?」

馬鹿にされたので、祐子の中で何かが切れた。
その音を自分で聞いていながら、少し冷静な部分で一朗の事を考えていた。

彼は本気かどうかは分からないが、自分の事は何も言わず自分と結婚するなどと言う。
果たしてそれでいいのかが分からない。

⏰:08/11/08 01:26 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#713 [向日葵]
一朗と通じあった日、その前まで自分はもう邪魔をしたくないから諦めると思っていた。
それを打ち砕くように一朗が自分を求めてくれたから、我慢出来ず自分も求めてしまった。

本当にこれで良かったのか、祐子は再度迷い始めた。

「跡継ぎなら弟がするよ。第一、僕はもともと継ぐ気はない。それは父さん達も前々から知ってる」

「一朗分かってないわね。おじ様達は、本当はあなたに継いでもらいたいのよ。」

「僕は普通に働きたい」

「普通を求めるのは、この人がいるからじゃないの?」

⏰:08/11/08 01:31 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#714 [向日葵]
そう言って、また祐子を睨む。
祐子はちらりと一朗を見た。
一朗は困ったように顔をしかめていた。

どうして「違う」と言わない?
まさか本当に自分は邪魔者なのか?

教室から考えていた事や、今つきつけられた現実の迷いに、祐子は怒りの薪に着火してしまう。

「ばかばかしいっ!身内問題なら勝手にテメェらでやれ!」

足早に自転車を取りに行き、一朗が追いかけてくる前に祐子は家へと帰ってしまった。

―――――――――…………

「まぁまぁ!祐子ちゃんどうしたの?そんな恐い顔しちゃって」

⏰:08/11/08 01:39 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#715 [向日葵]
玄関にある全身鏡を見れば、確かに酷い顔をしていた。

八つ当たりはみっともないから嫌なのに、緊張感のない翠の声に苛立ちを隠せない。

「もともとだよ!悪かったね!」

翠の前を通り過ぎ、自分の部屋がある2階へと向かう。

「一朗くんと何かあったの?」

こわごわと聞いてくる。
足を止め、握りこぶしを作る。

「そんなんじゃない……」

低く呟いてから、また足を進めた。

ドアを閉めて、ズルズルと床に座り込む。

⏰:08/11/08 01:44 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#716 [向日葵]
やり場のない怒りはどうしてくれよう。
こんなのでは何の罪もない翠がとばっちりをくらってしまう。

しばらく考えて、祐子はサッとラフな格好に着替えると、何も告げず家を出て行った。

向かう先は昔から決まっている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

気分が優れない時、家から少し離れた公園のジャングルジムにのぼる。
てっぺんに腰かければ、丘の上にある公園はちょっとした夜景が見えた。
昔から、ここはお気に入りの場所でよく来ていた。
暗くなりつつある今は、藍色の空と鮮やかな家の光がとても綺麗だ。

⏰:08/11/08 01:49 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#717 [向日葵]
少し蒸し暑いが、風があるので気にならない。

そして祐子はため息をつく。

明日どんな顔で会えばいいのだろう。
いや、むしろ一朗はどんな顔して会いに来るのだろう。
何も無かったように接するのだろうか。
もしそうならば、祐子はきっと殴ってしまうだろう。人の事をなんだと思っているのだと。

本当に好きなのかと……。
そばにいてもいいのかと……。

結局1番引っかかるのはそこだったりする。
自分はいつの間にこんな腑抜けになってしまったのだろう。

それでも、こうなる事を自分から望んだ。
全ては一朗の為に……。

⏰:08/11/08 01:55 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#718 [向日葵]
難しい事を考えるのは嫌だから、目を伏せて風と空気だけを感じようとする。

すると耳に砂利を踏む音が届いた。
ゆっくりと目を開ければ、少し離れた所に一朗がいた。

「いた。良かった、探したんだ。翠さんは正解だったみたいだね」

1度帰っただろう彼は、ストライブのカッターにジーパンといった格好だった。
やはりと言うか、いつもと変わらない微笑みを祐子に向けている。

だから祐子はつい叫ぶ。

「近寄るな!」

⏰:08/11/08 01:59 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#719 [向日葵]
祐子の元へ行こうとのぼりだした一朗の動作が止まる。

「……どうして?」

「何をするか、分からないから……。何を言うか、分からないから……」

「それでもいいよ」

「あたしが嫌なんだ!頼むから……」

しばらく考えた彼は諦めたように祐子がいる真下に来て、ジャングルジムを背もたれにして立つ。

「綺麗だね」

祐子は答えない

「こんな場所があるなら教えてくれればいいのに」

⏰:08/11/08 02:10 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#720 [向日葵]
やっぱり祐子は答えない。

「……さっき否定しなかったのも、肯定しなかったのも、君が負い目を感じないようにだよ」

祐子は一朗に目を向ける。
一朗は夜景を眺めたままだ。

「病院を継ぐのは、僕には向いてないと幼い頃から感じていた。両親もそれは承知だった。もともと2人共、固まった考えを持っていない人だから、僕が普通の職に就きたいと中学の時に話せば快く応じてくれた」

淡々と話す一朗の話を、祐子は一生懸命聞く。

「でも申し訳ない気持ちはあるから、せめて成績だけは優秀であろうと思ってるんだ。だから特に医者になる家系だからって言うのはない」

⏰:08/11/08 02:18 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#721 [向日葵]
口を閉ざした彼は、祐子を見上げる。
口元だけで、薄く微笑む。

「そっちに行ってもいい?」

迷ったが、さっきまでの怒りは薄れていたので、頷く。
1歩1歩、着実にのぼってきた彼は祐子の隣に座る。

「普通に憧れている訳でも、普通を求めるのは祐子さんがいるせいでもなんでもない。ただ僕の意思で、僕の人生がそうなだけ。でも祐子さんは肯定しても否定しても、何かしら気にしそうだから答えに詰まっただけ」

風で揺れ、顔にかかる祐子の髪の毛を、長い指先ではらう。

「だって……アンタは分かりづらい……って言うか、本音を言ってるかすら、分からない時がある」

⏰:08/11/08 02:24 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#722 [向日葵]
一朗は優しく肩を抱く。
彼の肩に頭をもたれかかせれば、そのまま眠りたくなる程、居心地がいい一方で胸が高鳴る。

「嘘を言ってしまうのは必要がある時だけ。でも祐子さんには全て本音だよ……って言っても、信じてもらえない?」

「まぁ、言うわ簡単だよな」

クスクス笑う彼は、そっと祐子の頬を手で包むと、自分の方へ向かせて柔らかく微笑む。
そんな一朗に、祐子はいとおしさで溢れた眼差しを向ける。

「でもこれだけは絶対信じて。僕は君が好きだよ」

そう言うとゆっくりと唇を重ねた。
触れ合う唇は、いつもより熱く感じた。

⏰:08/11/08 02:31 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#723 [向日葵]
*アンカー*
>>613

*感想板*
>>682

⏰:08/11/08 02:35 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#724 [向日葵]
―――――――――…………

次の日。

早朝の爽やかな空気と友達との挨拶が交わされている教室に、どこからともなく騒がしい足音がやってくる。

「ゆ、祐子さんいるっ!?」

祐子のクラスメイトの1人だ。

丁度来て、机の中へ教科書を入れていた途中だった祐子は顔を上げる。

「なに?」

「大変よ!神田君のクラスに転校生……とにかく来て!」

説明するのもめんどくさくなったのか、女子は祐子の手を引っ張って一朗のクラスへと走って行く。

⏰:08/11/18 01:17 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#725 [向日葵]
息を軽く弾ませながら見たのは、一朗にべったりくっついてる女の子の姿。
しかも祐子は、その子を知っている。

昨日の、やたらうっとおしい奴だ。

祐子はズカズカと教室へ入っていく。
祐子に気づいた一朗のクラスメイトは、道をあけていく。

「オイ」

一朗の前に仁王立ちした祐子は、苛立っている元凶の杏を睨む。
一朗は明らかに焦っていた。

「祐子さん、これは違うからねっ……?」

「みりゃ分かるっ」

⏰:08/11/18 01:21 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#726 [向日葵]
と言いながらも、語気を荒げるのは仕方のない事。
いくら一朗が自分を好きと言ってくれていても、自分以外の女子がべったりくっついていては怒らずにはいられないだろう。

「あらあなた、まだこりてなかったの?」

「そりゃこっちのセリフだ。夢見がちの世間知らずのお嬢ちゃんよ」

杏は祐子の鋭い視線に負けそうになるも、なんとか頑張って睨み返す。
祐子は余裕しゃくしゃくで杏を見下す。
杏に睨まれても全然怖くはない。

「放れろ」

⏰:08/11/18 01:26 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#727 [向日葵]
杏はギュッと一朗の腕にしがみつく。
祐子は一歩前へ出て声を低くする。

「聞こえねぇのか。放れろっつってんだよ」

「い、嫌よ。あなたに指図される筋合いはないもの」

祐子の頭の中で、何かが派手に弾ける。
その音を聞く前に、祐子の手が出て、強制的に二人を引き剥がす。

小さく悲鳴を上げて、杏は尻餅をついた。

「いい加減にしやがれっ!いつまでもグチグチと諦めの悪い。アンタなんかお呼びじゃねぇんだよ!」

⏰:08/11/18 01:30 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#728 [向日葵]
杏は下唇を噛み締めると、教室から出て行った。
祐子は一朗に向き直る。

「お前もしっかり拒否しろよ!」

祐子の怒りはまだおさまらない。怒りの矛先がこちらへ向かってくるとは思わなかった一朗は驚いて、目をまんまるくさせる。

「だって女の子だし、乱暴はあまり出来なくて……」

「じゃあお前はベタベタ触られてるのをあたしに黙って見てろって言うのかよ!」

「そうじゃない。僕だって祐子さん以外に触れられるのは嫌に決まって……」

⏰:08/11/18 01:39 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#729 [向日葵]
「もういいっ!今日は一人で食べるから!」

祐子は回れ右をして教室を出て行った。

せっかく昨日仲直りしたのに。

こんな些細な事で、気持ちがすれ違うのが嫌だ。
そう思っても、「祐子以外の触れられるのは嫌だ」と言うのなら、力づくだろうがなんだろうが拒否すればいいのにと、ムカムカしてくる。

それもこれも、全部はあの杏とかいう奴のせいだ……っ!

廊下をあるく祐子の表情は、正に鬼の形相そのものだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「祐子さんてば……」

⏰:08/11/18 01:44 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#730 [向日葵]
これで三度目。

一朗はホームルームが終わった後の僅かな休み時間と、一時間目の休み時間にわざわざ祐子のクラスまで謝りにくる。

その姿がまるで忠犬のようだとクラス中が思っている事を二人は知らない。

祐子はずっと窓の外を見たまま口を閉ざしている。

謝れば何でも許すと思ったら大間違いだと意地になる。
さすがの一朗も困り果てている。

「……お昼、祐子さんが一緒じゃなきゃ……寂しいよ……」

心底寂しいそうな声に、少し祐子は心揺れる。

⏰:08/11/18 01:49 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#731 [向日葵]
それでも、と、半ば意地になって、許してしまいそうな自分をなんとか抑えて、祐子はじっと空を見つめる。いや睨む。

すると祐子を苛立たせる声がした。

「あーっ!もう一朗こんなとこにいたのー!?」

祐子の脅しもなんのその。
ケロリと忘れてしまっているのか、杏はずかずかと教室に入ってきた。
祐子の事をわざと無視して一朗の腕を引く。
一朗は祐子の方を気にしたが、二人を見れば更に怒りはおさまりそうにない祐子はそっぽを向いたままだった。

一朗は肩を落とし、小さく「またあとで」と言って教室をあとにした。

⏰:08/11/29 22:18 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#732 [向日葵]
一朗がいなくなってすぐ、クラスの女子が祐子の元へと集まる。

「祐子さん、なんなのあの子っ!」

「……幼なじみらしいよ」

「あー……よくあるパターンだよね。“幼なじみは将来の旦那さま”っていう法則みたいなの」

そんな法則は滅びればいいと思う。

「でも一朗くんもまんざらじゃなさそう……」

「馬鹿っ!」

何気にそう言った誰かの口を、皆が一斉に塞ぐ。
皆が祐子をそろりと見るものだから、祐子は苦笑いするしかなかった。

⏰:08/11/29 22:23 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#733 [向日葵]
「気にしなくてもいいよ」

本当はどうしようもなく不安。
それでも一朗を信じたいから、次来た時には仲直りしようかと心を入れ替える。

大丈夫だと思った。
こんな小さなすれ違いくらい……。

――――――――…………

ところが、お昼休みになっても一朗は現れなかった。
気になった祐子は、一朗の分まで作った弁当を持って、一朗の教室へ行く。

すると人だかりが出来ていた。
なんだと間から見れば……。

「はいアーン!」

「だからいらないって。僕にはお弁当が」

⏰:08/11/29 22:28 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#734 [向日葵]
小さく、一朗と杏の姿が見えた。
杏は一朗の口に何かを運び、無理矢理入れようとしている。
皆はおろか、野次馬すら、祐子がいる事に気づいてはいない。

ふつふつと、また祐子に怒りが蘇る。
最早この怒りはどちらに向けられる怒りか分からない。
怒りながらも、祐子はしばらく二人の様子を見る事にした。

「いいからっ」

ぐっと強制的に箸が一朗の口に入れられる。
困りながらも、しばらく噛んでいた一朗は、段々と顔を輝かせていった。

「これ……」

「懐かしいでしょ?野菜があまり得意じゃない一朗の為の私のうち特製かき揚げ。何故か昔からこれだけはよく食べてたよね」

⏰:08/11/29 22:33 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#735 [向日葵]
野菜が……得意じゃない……?

初耳だった。
弁当には、いつもなんらかの形で野菜が入っていた。
それでも一朗は、何も言わず、いつも笑顔で「おいしいね」と食べていた。

好きな人の、好き嫌いさえしらない……。

祐子は持っていた弁当をぎゅっと抱き締め、静かに後退りした。
すると弁当が音を立てて落ちた。
それに気づいた野次馬が、やっと祐子の存在に気づき、ざっと顔を青くする。
一朗と杏はまだ気づかない。

弁当を拾う気力すらおきない。
それでも力なくしゃがみ、ゆっくりした動作で弁当を拾う。

⏰:08/11/29 22:37 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#736 [向日葵]
どうして、こんなに惨めな気持ちにならなきゃならないんだろう。
一朗の恋人は自分で、いつも隣で笑って食事してるのも自分の筈なのに。
朝早いのがあまり得意じゃなくても、弁当はちゃんと一朗が笑顔で食べてくれるよう頑張ってるのに。

「祐子……さん……」

顔を上げれば、一朗がやっと気づいたのか、立ち上がってこちらを見ている。
杏は勝ち誇ったように、祐子を見てニヤリと笑っていた。

涙で視界が滲み出す。

「違うんだ祐子さんっ……」

皆がいる前では泣きたくなかったから、居ても立ってもいられず、歯を噛み締めて祐子はその場を駆け出した。

⏰:08/11/29 22:42 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#737 [向日葵]
いく場所も分からず走る。

「祐子さんっ!」

後ろから一朗が追いかけてくる。
こんな時、いつも抜けている筈の彼はこけてもおかしくないのに、すごい早さで祐子に追いつく。

腕を引かれ、祐子は止まるしかなかった。
走りながら流れてしまった涙を見られたくはないから、うつむいてそっぽを向いたまま腕を振り払おうとする。

「祐子さん、話を聞いてっ!僕は今から祐子さんの所へ行こうとしてたんだ!」

今更何を言われても信用出来ない。

⏰:08/11/29 22:46 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#738 [向日葵]
祐子は腕を振り払うと、その勢いに任せて一朗の弁当を床に叩きつけた。
弁当箱が一部破損し、中身が少しばかり出てしまった。

無意識に、息が荒くなる。

「もういい……」

声がかすれる。

「あたしは……アンタが野菜嫌いだなんて知らなかった。そうならそうで、言ってほしかった……」

「それは……」

「もうアイツに作ってもらえよ!あたしだって…………アンタの弁当を毎朝作るなんてごめんなんだよ!」

⏰:08/11/29 22:50 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#739 [向日葵]
祐子は階段を駆け降りる。
もう一朗は追ってこなかった。

辿り着いた場所は、いつも喧嘩で呼び出されていた校舎裏だった。
そこで座り込み、空を見上げる。

[そばにいるよ]

まだ素直になれていない頃、一朗がそう言った。
でももう無理だ。
自分と一朗は、やはり住む世界が違いすぎたんだ。

それでも、冗談でも、結婚しようと言ってくれた事は嬉しかった。恥ずかしくて、つい可愛くない事を言ってしまったけれど、本当は一朗のそばにずっといてもいい証を約束する事は、これ以上ないほど嬉しかった。

⏰:08/11/29 22:55 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#740 [向日葵]
でももういい。

あの杏とか言う奴と、くっつけば……。
祐子の心は、段々と真っ暗になっていった。

するとそんな祐子の元へ、いくつかの足音が近づいてきた。
座り込んでいた祐子が顔を上げると、何人かの女子が祐子を囲んでいた。

「おい森下。お前も腑抜けになったなぁ?」

耳障りな甲高い笑い声が響く。
祐子に恨みをもったグループらしい。

「丁度いいや。お前からうけた拳の数々、今返してやるからよぉっ!」

⏰:08/11/29 22:59 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#741 [向日葵]
一斉にかかってくる。
祐子は無意識にそれをかわし、一人ずつに攻撃をくわえていった。
祐子の口角が、不気味に上がる。

「よえーんだよ……。バーッカ」

逆上した女子たちは、また一斉に祐子に飛びかかった。
祐子も負けじと攻撃する。
しかし数が多すぎる。
体に何発も重い衝撃を受ける。

……数分後、決着はついた。
祐子の勝利。
荒い息を繰り返して、攻撃してきた女子たちは地面に崩れている。

祐子もボロボロだった。
もしかしたらどこかの骨が折れているかもしれない。

⏰:08/11/29 23:04 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#742 [向日葵]
壁を支えに、歩いて行く。

痛い。
けれどそんな事とは別に祐子は涙を流していた。
声を出して泣いてしまえば、やっぱり体は痛く、それ以上に胸が痛かった。
それでも息が出来ないくらい激しく泣く。

そして一瞬突き抜けた頭の鋭い痛みに耐えきれず、祐子はどさりと地面に倒れ込んだ。

――――――――………………

「祐子ちゃん……っ!」

再び目を開いたら、まず目に入ったのは翠と病院の天井だった。

「翠……ちゃん……」

⏰:08/11/29 23:09 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#743 [向日葵]
体か重い。
右を見れば点滴。
左を見れば、包帯が分厚く手に巻き付いていた。
巻き付いているのは手だけではなく、足が自由に動けないからして足もそれは沢山巻き付いているみたいだった。

「目を覚ましてくれて良かったぁ……」

翠はボロボロと涙を流す。
祐子はそんな可愛らしい母を見てフッと笑った。

部屋のドアが勢いよく開いたと思うと、父が息を切らせて入ってきた。

「祐子っ!大丈夫かぁっ!」

額に汗を浮かべている。
全力疾走で来てくれたのだろう。

⏰:08/11/29 23:14 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#744 [向日葵]
そんな二人を見て、祐子は嬉しくなったと同時に情けなくもなった。
失恋しただけでヤケを起こして、こんなにも心配をかけて。
自分は本当に駄目な奴だ……。

「ごめんね……。ごめん、二人共……」

涙が溢れる。
そんな祐子を父は優しく見つめ、柔らかく頭を撫でてくれた。
母は「良かった」と何度も繰り返し、涙を流しながら祐子の涙を拭う。

喧嘩をすることはよくない。
初めて祐子は思った。

一朗も、こんなに心配してくれてたから、祐子に喧嘩を止めてほしかったのかもしれない。

⏰:08/11/29 23:19 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#745 [向日葵]
*アンカー*
>>2-100
>>101-200
>>201-300
>>301-400
>>500-600
>>600-700
>>700-800

*感想板*
>>682

⏰:08/11/29 23:22 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#746 [向日葵]
ついそんな事を思ってしまう自分が、どうしようもなく情けない気がした……。







祐子の怪我は、夏休み中に治り、退院を迎えた。

何かを察した翠は、残り少ない夏休みを田舎の方で過ごさないかと提案してきた。

丁度そこには翠の母、つまり祐子の祖母と親戚が一緒に住んでいて、なんだったら遊びに行こうと言った。

祐子は悩まずに直ぐに行くと返事をした。

⏰:08/12/02 00:15 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#747 [向日葵]
一朗が家に来そうだったからだ。

現に、祐子の着替えを取りに帰ったりした時、翠が一朗らしき姿を何回か見たと言っていた。
一朗はもちろん、クラスメイトにも病院の住所は教えていない為、お見舞いに来るものはいなかった。

だから一朗も来なかった。
それでも、先生に聞けば教えてくれるだろうに……。

もう、どうでも良くなった……?

どちらにせよ、一朗と向き合える自信はなかった。

逃げたい。
今はそうしか思わなかった。

⏰:08/12/02 00:21 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#748 [向日葵]
田舎へ来て、古びた祖母の家の縁側で、祐子はぼんやりしていた。
回りは山と畑ばかり。
時々聞こえる畑を耕したり、遠くの山で聞こえるカラスの鳴き声は、時間がゆっくりと過ぎているのを感じさせた。

オレンジ色の夕焼けが柔らかい。
荒んだ心を段々と癒してくれる。

「なに感傷に浸ってんのよっ」

言葉と共に、背中を平手で思いきり叩かれた。
唐突の攻撃に祐子はむせる。

「なによ、さやか姉」

さやかは祐子の2つ上の親戚だ。

⏰:08/12/02 00:27 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#749 [向日葵]
姉御肌で、一人っ子の祐子はさやかを慕っていた。
さやかはニカリと笑うと、祐子の隣に座る。短パンで白く長い綺麗な足を投げ出す。
体にフィットしているタンクトップは、彼女の体を引き立てている。

「……別にそういう訳じゃ……」

「隠したって無駄無駄。ユウは分かりやすいんだから」

ユウとは、祐子のあだ名だ。

「そんな事ないよ」

「じゃあ当ててあげる。ズバリ、好きな人関係でしょっ!」

人差し指を立てて得意気に言う。
そんな元気なさやかとは反対に、祐子は大きくため息を吐いた。

⏰:08/12/02 00:32 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#750 [向日葵]
「あれ?違うの?」

「……。いいや、当たり」

「で、なんなの?翠ちゃんや圭ちゃんが心配してるわよ」

祐子は膝を抱え、目の前にある植木をじっと見つめた。

語ろうとして、口を開くもやっぱり閉じる。
それを何回か繰り返しながら、頭の中で色々と整理をしていく。

「あたしは、そいつの事を何も知らなかった。そいつにとって、あたしは多分一番大切な人なのに、そいつは何も言ってくれないし、教えてくれない……」

今、彼が何を思ってるかなんて分からない。

⏰:08/12/02 00:37 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


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