よすが
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#1 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
初めまして、蜜月と申します(*´∀`)

更新は大体夜中になります(・ω・*)
どーぞよろしくお願いします★


↓感想板はこちら
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ご意見やアドバイスなんかもいただけると有り難いですっ


↓あらすじはこちら
>>2

⏰:08/04/02 23:45 📱:SH903i 🆔:KU4lIxIQ


#2 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
幼い頃、ある事件に巻き込まれ記憶を失った少女。
十八歳になった彼女は記憶を取り戻す為、幼馴染みの少年を連れて過去へと遡る。
記憶を辿る中で明らかになってゆく事件の全容と彼女の知らない事実。
そして幼馴染みの少年に隠された秘密……。
事件のあった場所で彼女を待ち受ける真実とは――?

⏰:08/04/02 23:50 📱:SH903i 🆔:KU4lIxIQ


#3 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

では、本編スタートです(・∀・)ノ


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⏰:08/04/03 00:07 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#4 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
――あの日、季節外れの花火の下で約束したこと、まだ覚えてる?

私の生きる縁(よすが)は、君だよ――

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⏰:08/04/03 00:08 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#5 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
―T―


授業開始のチャイムが校舎に鳴り響く中、冬だというのにあたしは一人屋上で考え事をしていた。


昼休み、いつも通り自分の教室で友達と一緒に弁当を食べた後、一人になりたくて屋上に来た。
昔のことを考えている内に、昼休みが終わってしまっていた。

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⏰:08/04/03 00:10 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#6 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

今まで授業をさぼったことなんて無かったけれど、今日は教室に戻りたくなかった。

授業よりも、自分の過去と向き合うことの方が今のあたしには重要に思えたから。


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⏰:08/04/03 00:12 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#7 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
昨日の夜、夢を見た。
あたしは、小さな女の子と一緒にいた。

長い長い坂道を、あたしたちは手を繋いで登っていた。
登っても登っても、終わらない登り坂。

あたしの口が言葉を発した。

「あなたは……だあれ?」

「私は……」


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⏰:08/04/03 00:14 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#8 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
目が覚めた時には、女の子の顔は忘れてしまっていた。

けれど、あたしはあの子を知っている。
そんな気がする。


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⏰:08/04/03 00:15 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#9 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

八年間。

あたしには、八歳までの記憶が無い。

病院のベッドで目を覚まし、父と母が泣きながらあたしを抱きしめているのが、一番古い記憶。

八年間をどこかに落としたまま、あたしは十八歳になってしまった。

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⏰:08/04/03 00:17 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#10 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
何があったのか思い出そうとしても、何一つ思い出せない。
父や母に何度も聞いてみたけれど、答えは毎回同じ。

「あなたは知らなくていいの。これからは普通に暮らしていこうね」

あたしたちに、何か普通でないことが起きたのだろう。

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⏰:08/04/03 00:20 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#11 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
父や母がその問いに答える時の顔には決まっていつも、悲しみが浮かんでいた。
しかし同時に、あたしへの愛情に満ちていた。

だからあたしは、過去を捨てて今を生きることにした。

父と、母とともに。


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⏰:08/04/03 00:21 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#12 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
けれど昨日の夢は、あたしに過去を取り戻させようとしている気がした。

今まで考えないようにしてきたけれど、やはりいつかは向き合わなければいけないことをあたしは知っていたのだと思う。

そのいつかが今だと、昨日の夢があたしに知らせていた。

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⏰:08/04/03 00:23 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#13 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
そしてあたしは、落としてしまった自分の八年間を、あたしの頭の中に閉じ込められた記憶を、探し出す。そう決心した。



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⏰:08/04/03 00:24 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#14 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

屋上で冷たい風に吹かれながら、十年前のことを考えてみる。

病院で目を覚ました時、あたしの頭や腕には包帯がぐるぐるに巻かれていた。
父と母はその体を抱きしめながら、あたしの名前を呼んでいた。

「ユキ、ユキ! ああ、良かった……ユキ」

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⏰:08/04/03 00:25 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#15 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
それが一番古い記憶。
何度頭を痛めても、やはりそれ以前のことは思い出せない。

しかし八歳のあたしは、意識が戻ってもすぐには退院出来なかった。
体の傷がかなりひどかったらしく、目を覚ますまでにかなり回復していたけれど、それでもその後三ヶ月は治療が続いた。

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⏰:08/04/03 00:26 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#16 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
病院では、いつも父か母が一緒にいてくれた。
一度、偶然二人とも傍にいない時に、他の入院患者に聞いてみたことがある。

「あたし、いつからここにいるの?」

「半年くらい前からかしらね。あなたのお父さんとお母さんは、その間毎日来てらっしゃったのよ。感謝しなくちゃね」

同じ病室のおばさんは、穏やかな笑顔でそう教えてくれた。


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⏰:08/04/03 00:31 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#17 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

傷が治って退院した後、あたしは新しい学校に転入した。
そもそも、前の学校のことも友達のことも何も覚えていないのだから、あたしにとっては同じことだった。

後になって父から聞いたのだが、あたしたちはもともと田舎の方に住んでいたらしい。
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⏰:08/04/03 00:34 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#18 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
父も母も、あたしの記憶が無い頃の話を未だにしようとしないが、その話をした時の父はひどく酔っていた。
田舎から、同じ県内の中心部であるこの街に引っ越して来たのだと言ったきり、父は黙ってしまった。

その時あたしは、父が普段なら絶対に口にしない過去の話をしたことと、いつもとは違う父の雰囲気に驚き、何も言えなかった。

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⏰:08/04/03 00:34 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#19 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
それからは元通り、父も母も過去の話には触れなかった。


転校してからは特に不自由なこともなく、中学に上がり、受験戦争を乗り越え高校に入学、と普通の毎日を過ごしてきた。

両親が望んだ通り、普通の生活。

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⏰:08/04/03 00:36 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#20 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

あたしは今、その普通から飛び出そうとしているのかもしれない。
自分の記憶を取り戻すことによって、今の普通で幸せな生活が壊れてしまうかもしれない。
そうなった時、あたしはどうすればいいのだろうか。

――怖い。

傷だらけになり記憶をなくした幼い自分が蘇る。またあんな風になってしまうのか……。

恐怖、その感情があたしを支配しそうになる。
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⏰:08/04/03 00:38 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#21 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
けれど、あたしは過去を受け入れる。そう決めたのだ。
ぎゅっと目をつむり、恐怖を向こう側へ押しやる。

しかし、父と母にはもう心配をかけたくなかった。悲しませたくなかった。
何があったのか、二人には聞けない。

でも、他に手掛かりは無い。

――あたしの過去に続く道は何処……?


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⏰:08/04/03 00:39 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#22 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

騒がしい声が聞こえてきて、思考を中断させられた。
屋上を囲っている柵越しに校庭を見下ろすと、家に帰ろうとする者や部活の準備をしている生徒が大勢歩いている。

とりあえず家に帰ろうと教室に戻ると、一人の男子生徒があたしを待っていた。

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⏰:08/04/03 00:42 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#23 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「ユキー、どこ行ってたんだよー? 保健室行ってもいないし。鞄置きっぱなしだし。午後の授業出なかったんだってー?」

この男子生徒、サトルは、あたしが転校した小学校で出会った、一つ年下の幼なじみのようなもの。
彼とは家が近く、学校の行き帰りを共にすることも多かった。

「ごめんごめん、ちょっと考え事してたらこんな時間になってた。帰ろうか?」
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⏰:08/04/03 00:43 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#24 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしは笑って答えながら鞄を手に取った。

「うん!」

サトルを見ていると、人懐っこい子犬みたいだといつも思う。
眩しいくらいの笑顔で返事をするサトルを見て、なんだか安心してしまった。

――あたしは変わらない。
例え何があろうと、あたしには大切な人たちがいるから。


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⏰:08/04/03 00:44 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#25 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

学校を出て、サトルと並んで歩いていた。
そうしていても、昨日の夢のことが頭を巡ってしまう。

「ユキ、ユキ!」

サトルがあたしの顔の前で片手を振っている。
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⏰:08/04/03 00:46 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#26 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「どうしたの? なんか今日変だよ、ユキ。何かあった? 誰かに虐められた?」

サトルが本気で心配してくれているのが解る。

「サトル、今日時間ある?」

「あるけど、何?」

あたしはサトルを連れて学校の近くのコーヒーショップに入った。

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⏰:08/04/03 01:09 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#27 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
サトルはちょっとバカだけど、いざという時は頼りになるし、心の底から信じられる友達だ。

出会ってすぐの頃、サトルとあたしとあたしの母と、三人で大型のショッピングセンターに出掛けたことがあった。
あたしとサトルは楽しくて、母の言うことを聞かずに走り回って遊んでいたら、いつの間にか母とはぐれてしまった。

複雑な構造のショッピングセンターの中で、あたしとサトルは母を探してあちこち歩き回ったけれど、母の姿はどこにもない。
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⏰:08/04/03 01:10 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#28 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしは心細くなって、泣き出してしまった。
するとサトルは、そんなあたしの手を引っ張って、近くにいた店員さんに話しかけた。

「迷子になっちゃったんですけど、どこに行ったらいいですかっ」

サトルの顔は真っ赤だった。きっとサトルも心細かったに違いない。
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⏰:08/04/03 02:11 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#29 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
迷子の放送をしてもらい、母が迎えに来てくれたとき、サトルも泣き出してしまった。
あたしが不安にならないように、我慢していたのだろう。

それがすごく嬉しかったし、あたしには一つ年下のサトルがとても強く見えた。

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⏰:08/04/03 02:11 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#30 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

大通りに面したコーヒーショップの窓際の席に座り、あたしはサトルに夢のこと、過去のことを全て話した。

サトルは何も知らない。
今まで、あたしの中で過去の話はタブーだったから。

初めて聞くあたしの話に、サトルは一生懸命耳を傾けてくれた。
たまに理解出来ないところを聞き返してくることもあったけれど、それ以外は黙って聞いてくれた。
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⏰:08/04/03 02:14 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#31 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
全てを話し終えて、あたしは最後にこう付け加えた。

「あたし、思い出したいの」

サトルは、あたしの顔を真っ直ぐ見つめて黙っていた。
何と答えようか、考えているのだろう。

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⏰:08/04/03 02:15 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#32 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
たっぷり五分は沈黙が続いた後、サトルが口を開いた。

「もし、ユキが辛くなったら、僕がいるから。何があっても僕がユキを守るからね!」

嬉しかった。サトルはいつも、あたしを安心させてくれる。
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⏰:08/04/03 02:18 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#33 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「うん、ありがとう」

サトルは、自分に手伝えることは無いか、と言ってくれた。
あたしはその言葉に甘えることにした。

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⏰:08/04/03 02:18 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#34 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

あたしたちはコーヒーショップを出て、昔一緒に通っていた小学校に向かった。

「久しぶりだよね、小学校なんて。高校入学の報告に行ったきりだなあ、僕」

「あたしもだよ。中山先生、まだいたよね?」

中山先生とは、あたしが小学校に転入した年の担任教師だ。
記憶を失って精神的に不安定だったあたしを、いつも気遣ってくれる、良い先生だった。
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⏰:08/04/03 12:55 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#35 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
学校に着き、事務室の窓口で中山先生を呼んでもらおうとした。

「中山先生は去年、T町の学校に転任されましたけど」

あたしとサトルは顔を見合わせた。

「しかたないね」

サトルがそういって悲しそうな顔を見せる。
サトルにそうだね、と返し、窓口の事務員に尋ねた。
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⏰:08/04/03 12:56 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#36 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「あたし、十年前にここに転校してきたんですけど、その前にいた学校がどこか調べてもらえませんか?」

そう言うと、事務員の女性はあからさまに不審な目を向けてくる。あたしは慌てて説明した。

「あの、あたし、八歳の時に記憶喪失になって、ここに転校してきたんです。それより前のことは覚えてなくて……」

「……身分証明できるものあります?」
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⏰:08/04/03 12:57 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#37 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
女性がまだ信用しきっていない様子なので、あたしは急いで学生証を出した。
それを受け取った女性は、窓口の向こう側にあるパソコンに何やらカチャカチャと打ち込んでいく。

「確かに十年前に転入されてますね。その前の小学校は、T町のT小学校です」

「ありがとうございます!」

学生証を返してもらい、サトルを連れて校舎を出た。

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⏰:08/04/03 12:58 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#38 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「中山先生、ユキの前の学校にいるんだ!」

サトルはブランコをこぎながら嬉しそうに笑った。

あたしが中山先生に担任してもらった次の年、先生はサトルのクラスを受け持っていたから、サトルも中山先生が好きなのだ。

「ユキ、行くよね? 僕も一緒に行く! いいでしょ?」
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⏰:08/04/03 16:35 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#39 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「うん、もちろん。でも今日はもう遅いから行けないよ。T町まで電車で一時間はかかるし」

もう辺りは夕暮れに染まり、あたしたちのいる校庭は夕日に照らされて眩しかった。

「明日、学校終わってから行こう」
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⏰:08/04/03 16:37 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#40 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしはサトルにそう言いながら、自分自身に言い聞かせていたのかもしれない。
家に帰って父と母の顔を見たら、過去を知るのがもっと怖くなってしまうような気がした。


だから、自分の決心が鈍らないように。

もし心が揺らいだとしても、きっとサトルが背中を押してくれると信じて。

――明日、行こう。


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⏰:08/04/03 16:38 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#41 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

家に帰ると、母が夕飯を用意しているところだった。

「おかえり、ユキ。遅かったじゃない」

「ただいま。サトルとちょっと話してたんだ。着替えたら手伝うね」

あたしはなるべくいつも通りに振る舞おうとした。
でも、母の顔を真っ直ぐ見られない。
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⏰:08/04/03 16:38 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#42 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
――ごめん、お母さん。あたし、過去を知りたいんだ。

けれどそれは、今が大切じゃないということではない。
今あるこの家族や友達は何があろうとなくしたくない。

――でもあたしは、あたし自身をもっと理解したい。全てを知りたいんだ。
あたしには、その権利があるはず。

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⏰:08/04/03 16:40 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#43 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「いいわよ、もう出来上がってるから。手洗ってきなさい」

その優しい母の声に、決意がほどけそうになる。
うん、とだけ答えて、自分の部屋へ向かう。

――決めたんだから。決めたんでしょ。

自分に言い聞かせる。

――迷わないって決めたんだから。
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⏰:08/04/03 16:41 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#44 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしのために、父と母は二人で創ってきた人生の一部を捨ててくれた。
大切な思い出や、毎年祝いたい記念日もあっただろう。
それを、あたしは潰してしまったのだ。

そんな二人に逆らうように、あたしは過去に縋(すが)りつく。
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⏰:08/04/03 16:42 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#45 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
けれど、あたしが八年間の記憶を思い出せば、父と母の八年間も取り戻せるのだ。
二人には、人生に影をつくって欲しくない。最初から最後まで、輝くほど幸せな人生を送って欲しい。

そのためにも、あたしはどんなに無様(ぶざま)だろうと、どれだけ辛い思いをしようと、なりふり構わず過去に縋りつこう。

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⏰:08/04/03 16:44 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#46 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
着替えながら、ほどけそうになった決意をきつく結び直していると、父の声がした。

「あれ、ユキは? まだ帰ってないのか?」

部屋を出て父に声をかける。

「いるよー! おかえり、お父さん」

父と母、二人の顔を見て、改めて思った。
絶対に二人には、心配も迷惑もかけない。

自分で自分の過去にけりをつけるんだ。


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⏰:08/04/03 16:45 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#47 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
―U―


次の日、全ての授業が終わると、あたしは走って屋上に向かった。

昨日の夜は、あの女の子の夢を見なかった。
もしかしたら、夢が何か過去につながるヒントを示してくれるかもしれないと期待していたけれど、現実はそう上手くいかないものだ。

屋上に来たのは、自分を戒めるため。
最初に過去と向き合うと決めた場所に来れば、心を強く持てると思ったから。
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⏰:08/04/03 16:48 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#48 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
マフラーもコートも教室に置いてきてしまったから、屋上に出た途端体が震えた。

それでもあたしは足を進め、柵の手前に立った。
あたしが過去を置いてきてしまった、あの町の方を眺めてみる。

――あの女の子は誰? あたしはどうして記憶を閉じ込めたの?

「……絶対に思い出してやる」

一人そう呟いて、あたしは屋上を後にした。


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⏰:08/04/03 16:49 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#49 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
教室に戻ると、昨日と同じようにサトルが待っていた。

「ユキ、行こう」

サトルはあたしの心が読めるのだろうか?
なんて、非現実的なことを考えてしまうほど、サトルはいつでもあたしの求めている言葉をくれる。
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⏰:08/04/03 19:51 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#50 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「ありがとう、サトル。行こう」

サトルは、何故感謝されたのか解らない、という様子で首を傾げている。
そんなサトルの手を引いて、あたしは探している何かがあるはずの場所に向かった。


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⏰:08/04/03 19:52 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#51 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
T小学校に一番近い駅まで、あたしたちは電車で約一時間かけてやってきた。
サトルは終始ニコニコしっぱなしで、中山先生との思い出話をたくさんしてくれた。

駅から小学校まで歩いている今も、早く会いたいのだろう、今にも走り出しそうなくらいだ。

「サトルは中山先生がほんとに好きなんだね」
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⏰:08/04/03 19:53 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#52 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
サトルは、あたしがほとんど呆れ気味に発した言葉への返事の代わりに、いきなり走り出した。

「ちょっと、どうしたの?」

慌てて追いかけると、サトルは『T町立T小学校』と書かれた門の前で手を振っている。

――ここが、あたしの通った小学校……?
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⏰:08/04/03 19:53 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#53 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
見たことがあるはずの建物を前にしても、やはりあたしの頭は何の反応も起こさなかった。

「あれ? あそこにいるの、中山先生だよ! ねえ、ユキ!」

あたしがサトルの立っている場所に近づくと、彼はまた走り出した。

「せんせえーーっ! 中山先生! 久しぶりー!」

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⏰:08/04/03 19:54 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#54 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
サトルの走っていく先には、花壇の花に水をやる手を止めてこちらを振り返った人物がいた。
白髪混じりの長い髪を頭の後ろでひっつめて、ベージュのロングスカートをはいたふくよかな女性……中山先生だ。

先生はこちらから走ってくるのがサトルだと気付いたのか、手にしていたホースを地面に置いてあたしたちの方に近づいて来た。
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⏰:08/04/03 23:57 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#55 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「サトルくん……?」

「サトルだよおー! 先生久しぶり! 元気!? ユキも一緒なんだよ、ほら!」

サトルのテンションは最高潮に達してしまったようだった。
身振り手振り全開で、普段から高い声のトーンも一層高くなり、うるさいくらいだ。
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⏰:08/04/03 23:58 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#56 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「中山先生、お久しぶりです」

とあたしがお辞儀すると先生は、驚いた、と言わんばかりにあたしとサトルへ交互に目を向けた。

「サトルくんに、ユキちゃんも……、久しぶりねえ。二人は相変わらず仲良しなのね」

そう言って笑う先生は、昔と変わらず優しい雰囲気をまとっている。
あたしは先生を前にしてなぜか焦ってしまい、普通なら昔の思い出話をしたりするはずなのに、唐突に用件を切り出してしまった。
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⏰:08/04/04 00:06 📱:SH903i 🆔:h9h3B4Yg


#57 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「先生、久しぶりに会っていきなりこんな話するのおかしいんですけど、あたしの昔の話聞かせて欲しいんです」

あたしがそう言い切ると、先生は驚く訳でもなく、あたしの眼をじっと見つめた。
その顔には、悲しみなのか哀(あわ)れみなのか、それとももっと別のものか……あたしには区別が付かない感情が表れている。
.

⏰:08/04/04 00:10 📱:SH903i 🆔:h9h3B4Yg


#58 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしも何も言わず、先生の眼をじっと見つめ返す。
ここで拒否されれば、もう過去につながる道は無いかもしれない。
けれどここは、先生の判断に委ねたかった。

永遠にも思えた一瞬の後、先生の口から予想外の言葉が発せられた。

.

⏰:08/04/04 02:07 📱:SH903i 🆔:h9h3B4Yg


#59 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「待っていたわ、ユキちゃん」

――え……?

「あなたがいつか来るだろうと思っていたの。ユキちゃんの聞きたいこと……私が話さなきゃいけないと思っていたことと同じはずよ」

――そうか。先生は知っていたんだ。
あたしの知らないあたしの過去を。

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⏰:08/04/04 02:08 📱:SH903i 🆔:h9h3B4Yg


#60 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

遂にこの時が来てしまった。
思っていたよりも随分と早い。ここで昔の自分との対面を迎えてしまうのか?

正直、あたしはまだ完全に腹をくくり切っていなかった。


――待って、本当にいいの?

.

⏰:08/04/04 02:09 📱:SH903i 🆔:h9h3B4Yg


#61 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

ああ、また揺らぎ始めた。

揺れる……揺れる心……ほどける決意……あたし……

頭の中で幾つもの感情がぐるぐると巡る。

ふと目線を上げると、先生の優しい眼差しとぶつかった。
あたしを急かすこともなく、ただその優しい瞳で見つめてくれている。
.

⏰:08/04/04 02:10 📱:SH903i 🆔:h9h3B4Yg


#62 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
顔を横に向けると、サトルもあたしを見ていた。
サトルの瞳は先生のそれとは違い、不安、心配、疑問、のようなものが入り混じっているかに見えた。

それぞれの顔はもちろん違うが、その表情にはひとつ共通するものがあった。
それは、あたしへの愛情。

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⏰:08/04/04 02:11 📱:SH903i 🆔:h9h3B4Yg


#63 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
愛されてると言い切るなんて、自意識過剰だと自分でも思う。
けれど二人の目からは、溢れるくらいの愛が、あたしに向けて注がれていた。

なんて幸せなことだろう。

二人だけじゃない、あたしには両親もいる。
無償の愛を、見返りを求めることのない愛情をくれる人が、こんなにもいるのだ。
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⏰:08/04/04 02:14 📱:SH903i 🆔:h9h3B4Yg


#64 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
きっと彼らは、どんなあたしも受け入れてくれるに違いない。
守られている……そう感じた。

――もう大丈夫。


「先生。……教えてください」

あたしの答えを聞くと、先生は穏やかに微笑み、あたしたちを校舎の中へと案内してくれた。


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⏰:08/04/04 02:15 📱:SH903i 🆔:h9h3B4Yg


#65 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

通されたのは、社会科準備室。
普段あまり使われていないのだろう、そこら中に散乱している大きな地図やプリントの束には埃が積もっている。
真ん中の机だけは、辛うじてきれいに掃除されているようだ。

先生は、あたしとサトルに折りたたみ式のパイプ椅子に座るように勧め、お茶を煎れてくれた。
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⏰:08/04/04 02:20 📱:SH903i 🆔:h9h3B4Yg


#66 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
その間、あたしとサトルは言葉を交わさなかった。
椅子に座ってもサトルはキョロキョロと室内を見回していたが、あたしに気を遣ってくれているのか話し掛けてくることは無かった。
あたしはというと、先生の口から何が話されるのかという不安で頭がいっぱいだった。

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⏰:08/04/04 02:21 📱:SH903i 🆔:h9h3B4Yg


#67 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしたちの前に煎れたてのお茶が出されると、ようやく先生も椅子に座った。

「さあ、ゆっくり話しましょうか」

そう言って、あたしとサトルの正面に座った先生は自分の前に置いたお茶に口をつける。
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⏰:08/04/05 00:22 📱:SH903i 🆔:Ltba8Hdw


#68 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしは、何をどこから聞けば良いのか解らず、口をつぐんでしまった。
そんなあたしに気付いたのか、先生はゆっくりと話し始めた。

「ユキちゃんが向こうの小学校に転校して来たのは、確か……三年生の時だったかしらね? すぐにサトルくんとも、クラスのみんなとも仲良くなって、先生安心したのよ」
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⏰:08/04/05 00:23 📱:SH903i 🆔:Ltba8Hdw


#69 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あの頃のことを思い浮かべているような先生の柔らかい表情につられて、あたしも懐かしい気持ちになっていた。
先生やサトルがあたしを気遣ってくれたから、すぐに普通の生活に戻れたのだと、あたしは二人に感謝している。
先生は一旦言葉を切ると、真剣な顔であたしの目を見つめた。

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⏰:08/04/05 00:23 📱:SH903i 🆔:Ltba8Hdw


#70 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「私は、ユキちゃんの身に起きたことを全て知ってる訳ではないの。それでも、私が知っていることは全て伝えるべきだと思ってる。お母様とお父様は、何も話してくれなかったのね?」

先生の言葉が、核心に触れた。
あたしは思わず目を逸らし、息を一つ吐いて背筋を伸ばす。

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⏰:08/04/05 00:24 📱:SH903i 🆔:Ltba8Hdw


#71 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「はい。父と母は、……昔の話をしたがらないんです。何年か前まではあたしも知りたかったから、聞いてみたりしてたんですけど……今はもうあたしから聞くこともありません。きっと父と母は、あたしのことが心配なんだと思います。
……あたしが今こうやって昔のことを調べてること、父と母は何も知りません。もうこれ以上心配かけたくないから……黙ってるつもりです」
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⏰:08/04/05 00:25 📱:SH903i 🆔:Ltba8Hdw


#72 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしは途切れ途切れになりながらも、心の内を吐き出した。
伏せていた目を上げて先生の方を見ると、やはりまだ真剣な顔をしている。
いつでも優しく笑っていた中山先生の顔に笑顔が無い。

それだけであたしは、とてつもない不安に襲われた。
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⏰:08/04/05 00:25 📱:SH903i 🆔:Ltba8Hdw


#73 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
きっとあたしの顔が強張っていたのだろう。
先生は表情をふっと柔らげて、微笑んでくれた。

「そう……ユキちゃんはすごく大きな決断をしたのね。やっぱり立派になったわ」
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⏰:08/04/05 00:26 📱:SH903i 🆔:Ltba8Hdw


#74 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
嬉しそうにそう言ってくれる先生を見て、あたしはなんだかほっとした。と同時に、少し照れ臭くなってサトルの方を見た。
サトルはやっぱり心配そうな瞳でこちらを見ていたので、あたしはにこっと笑いかけた。
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⏰:08/04/05 01:47 📱:SH903i 🆔:Ltba8Hdw


#75 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしも、先生があたしにしてくれたように、サトルを安心させたかったのだ。
サトルの顔がほころんだのを確認して、あたしは再び先生に目を戻した。

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⏰:08/04/05 01:48 📱:SH903i 🆔:Ltba8Hdw


#76 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「先生の話をする前に、ユキちゃんが知っていることを話してくれるかしら?」

あたしは先生にそう言われて、悩んでしまった。
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⏰:08/04/05 03:55 📱:SH903i 🆔:Ltba8Hdw


#77 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「知ってることって言っても……入院してから半年で意識を取り戻して、それから三ヶ月ぐらいで退院して転校した……ぐらいしか解らないんです」
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⏰:08/04/06 00:35 📱:SH903i 🆔:Q83A9i1s


#78 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしは、何か他に思い出せることは無いかと頭をフル回転させたけれど、記憶の壁はやはり厚く、突き破ることは出来なかった。
なんだか、自分で自分が情けなかった。
授業中先生に当てられた時に、簡単な問題で正解はわかっているはずなのに答えられない、そんな気分だった。

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⏰:08/04/06 00:36 📱:SH903i 🆔:Q83A9i1s


#79 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「そう……あれから何も思い出さなかったのね」

「あれから……?」

先生の言葉の意味が解らなくて、思わず聞き返すあたし。
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⏰:08/04/06 00:36 📱:SH903i 🆔:Q83A9i1s


#80 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「ユキちゃんが転校してくることが決まった時、お父様とお母様から説明を受けたの。九ヶ月ほど入院していて、それまでの記憶が一切無い、って」

言われてみて納得した。
記憶喪失の生徒を、何も聞かずに受け入れる学校などないだろう。

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⏰:08/04/06 00:37 📱:SH903i 🆔:Q83A9i1s


#81 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「お医者様からは、後々記憶が戻ることがあるかもしれないと言われたそうなの。
ご両親は、ユキちゃんの記憶が戻ることを望んではいなかったようだけど……。思い出してしまうと、ユキちゃんはきっと自分を責めてしまうから。そうおっしゃったの」

――あたしが自分を責める?
あたし……あたしは、何をしてしまったの?

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⏰:08/04/06 00:38 📱:SH903i 🆔:Q83A9i1s


#82 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
椅子に座っているはずなのに、あたしの視界がグラグラと揺れ出した。

あたしは被害者だと、今の今までそう思っていたけれど……。
それは間違いだったのだろうか。
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⏰:08/04/06 00:38 📱:SH903i 🆔:Q83A9i1s


#83 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
気が付くと、あたしは両手で顔を覆ったままテーブルに伏せていた。
手の平を映しているはずのあたしの目は、しかし、何も見えていなかった。

手の甲に触れている机の表面が、なぜかとても冷たく感じる。
混乱と不安と疑問が押し寄せ、溺れてしまいそうだ。
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⏰:08/04/06 03:15 📱:SH903i 🆔:Q83A9i1s


#84 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしが溺れまいと感情の波の中であがいていると、何か温かいものがあたしの手に触れた。

「大丈夫? しっかりしてよ。ユキは何にも悪いことしてないよ、絶対」

サトルの手だった。

⏰:08/04/06 03:16 📱:SH903i 🆔:Q83A9i1s


#85 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしの両手を掴んで、顔を上げさせる。
真っ直ぐで澱みのない彼の瞳があたしの目を射る。それに堪えられず、あたしは視線を逸らしてしまった。

「でも……」
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⏰:08/04/06 03:17 📱:SH903i 🆔:Q83A9i1s


#86 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
自分で自分が解らないということは、こういうことなのだ。
今初めて気付いた。
もしかしたら、あたしが記憶を無くした八年間の中で、誰かを傷つけていたかもしれないのだ。

急に自分が怖くなった。
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⏰:08/04/06 23:27 📱:SH903i 🆔:Q83A9i1s


#87 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「大丈夫だよ! ユキは間違ったことなんか絶対しないもん!」

「サトル……」

視界が歪み、ぼやける。
あたしの目に、じわじわと涙が溜まっていた。

自分で自分を信じることさえ出来ないあたしを、サトルはまるごと信じてくれているのだ。
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⏰:08/04/06 23:27 📱:SH903i 🆔:Q83A9i1s


#88 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「ユキちゃん。あなたのお母様とお父様は、ユキちゃんは優し過ぎるから自分を責めてしまう、っておっしゃったのよ」

先生は、サトルが掴んでいるあたしの手の上に、自分の手を置いた。

――温かい……。
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⏰:08/04/06 23:28 📱:SH903i 🆔:Q83A9i1s


#89 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
先生の優しさが形になって、あたしの手を包み込んでいるようだった。

「ユキちゃん、よく聞いてね。いい?」

いつの間にか、あたしの腕を掴んでいたサトルの手は離れ、あたしは両手を握られながら先生と向かい合う形になっていた。
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⏰:08/04/06 23:29 📱:SH903i 🆔:Q83A9i1s


#90 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
今、先生は、きっと一番大事なことを言おうとしている。

真っ直ぐこちらに向けられた先生の眼から、あたしはそれを感じ取り、自分の気持ちを精一杯落ち着かせた。
目を閉じて、呼吸を整える。


「はい、先生」
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⏰:08/04/06 23:29 📱:SH903i 🆔:Q83A9i1s


#91 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしが答えると、先生の口元に少しだけ笑みが戻った。
先生は、少し微笑んだその優しい表情のまま、あたしに告げた。


「あなたには、――――」


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⏰:08/04/06 23:32 📱:SH903i 🆔:Q83A9i1s


#92 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

それを聞いた瞬間、鈍器で頭を殴られたような衝撃を受け、目の前が真っ白になった。
先生の言葉が頭の中で何度も何度も再生される。
その後ろで、まるで耳元で鳴っているのかと思うほど、心臓の音が大きく響く。
だんだん息がし辛くなって、あたしの喉が音を立て始めた。
座っているのか、立っているのかさえわからない。

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⏰:08/04/07 21:56 📱:SH903i 🆔:H4NZ7Jvc


#93 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
ぼやけた視界に映った先生とサトルの口が動いているけれど、一向に声は聞こえてこない。
あたしは世界から断絶された。




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⏰:08/04/07 21:57 📱:SH903i 🆔:H4NZ7Jvc


#94 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
帰りの電車の中。ちょうど帰宅ラッシュに重なってしまい、車内はかなり混雑している。
先生の口から知らされた事実は、あたしの予想を遥かに越えたものであり、それと同時に、あたしが知っているはずの事実だった。
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⏰:08/04/07 21:58 📱:SH903i 🆔:H4NZ7Jvc


#95 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
ドアの横にもたれかかっていたあたしは、サトルが一緒なのも忘れて、先生の言葉を思い返すという行為に没頭していた。
その言葉は、容易にあたしを混乱させるものだった。

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⏰:08/04/07 22:00 📱:SH903i 🆔:H4NZ7Jvc


#96 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
先生から知らされた事実、それは――。


『あなたには、妹さんがいたらしいの』


――まさか?
そんなこと、お母さんもお父さんも一言も言わなかった!

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⏰:08/04/07 22:02 📱:SH903i 🆔:H4NZ7Jvc


#97 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
先生は、パニックを起こしたあたしの肩をしっかりと支えながら説明してくれた。

先生も何があったか詳しくは聞いていなかったみたいだけれど、あたしとあたしの妹は何か事件に巻き込まれたらしい。
それがあたしの記憶喪失を引き起こした原因のようだ。

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⏰:08/04/07 22:04 📱:SH903i 🆔:H4NZ7Jvc


#98 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
そして、あたしだけが父と母の元に帰って来た。

……あたし一人だけが。


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⏰:08/04/07 22:05 📱:SH903i 🆔:H4NZ7Jvc


#99 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしの怪我の程度から見ても、妹の生存の可能性は低いとされ、捜索はすぐに打ち切られたらしい。
父と母は、あたしに妹がいたことは本人には言わないでくれ、と先生方にお願いした。
そして両親は妹に関する全てを封印し、三人家族として暮らしていくことにしたのだという。

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⏰:08/04/08 00:19 📱:SH903i 🆔:U9CTaOi2


#100 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
――妹……あたしに妹がいたなんて?
信じられない……。


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⏰:08/04/08 00:19 📱:SH903i 🆔:U9CTaOi2


#101 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしが意識を取り戻した時、それまでの記憶は失っていたけれど、両親のことはしっかり覚えていた。
父と母とどうやって暮らしてきたかは忘れてしまっていたが、目の前にいる二人は間違いなく自分の両親だと認識していた。
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⏰:08/04/08 00:21 📱:SH903i 🆔:U9CTaOi2


#102 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
もし、妹と四人で生活していたのなら、何故あたしの頭から妹だけがすっぽりと抜け落ちているのか。
それを考えると、何か不思議な力の存在を感じた。

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⏰:08/04/08 00:23 📱:SH903i 🆔:U9CTaOi2


#103 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
――一体何が……?
あたしと妹に何があったの?
妹は……? 妹はどうして戻らなかったの?

ああ……思い出せない。


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⏰:08/04/08 00:23 📱:SH903i 🆔:U9CTaOi2


#104 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
先生はあたしたち家族について話し終えると、自分が知っていることはこれだけだと言って、あたしを落ち着かせる為に温かいお茶を煎れなおしてくれた。
気持ちが十分に落ち着く前に空が暗くなって来たので、あたしは呆然としたまま小学校を後にした。
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⏰:08/04/08 23:11 📱:SH903i 🆔:U9CTaOi2


#105 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
帰りがけ、先生がサトルに「ユキちゃんをお願いね」と言っているのが聞こえたが、あたしの頭の中を通り過ぎていった。

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⏰:08/04/08 23:12 📱:SH903i 🆔:U9CTaOi2


#106 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
電車の揺れに身を任せていると、急にサトルに手を引っ張っられて、降りるべき駅に着いたことに気付いた。

駅構内の人込みの中、サトルに手を引かれて歩く。
サトルの背中しか見ていなかったあたしは、すれ違う人に何度もぶつかり、その度にあたしの腕を掴むサトルの手に力が入る。
昔、ショッピングセンターで迷子になった時のことを思い出した。

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⏰:08/04/08 23:13 📱:SH903i 🆔:U9CTaOi2


#107 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
――あの時と同じだ。
あたしはあの時のまま……一人では何も出来ない、弱いままだ。


でもサトルは違う。
前を向いてずんずん進んでいくサトルの表情は見えないけれど、後ろ姿だけで解る。

サトルは……逞しくなった。
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⏰:08/04/08 23:14 📱:SH903i 🆔:U9CTaOi2


#108 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あの時も強いと思ったけれど、今のサトルには“強い”よりも、“逞しい”という言葉が似合う。


こんな面倒なことに巻き込んだあたしを、サトルは気遣い、支え、信じてくれる。
それを無駄にはしたくない。

サトルが信じていてくれる間は、あたしは何も諦めない。

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⏰:08/04/08 23:14 📱:SH903i 🆔:U9CTaOi2


#109 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
――でも……サトルは今、何を考えているんだろう?

「ねえ、サトル」

駅から家に向かう道の途中で、あたしは声をかけた。
あたしの手を引いて前を歩いていたサトルが、立ち止まると同時にくるっと振り向いた。
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⏰:08/04/08 23:15 📱:SH903i 🆔:U9CTaOi2


#110 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
振り向いたサトルの表情は、……笑顔だった。
いつもの、人懐っこい子犬のような笑顔。

「なあに?」

見慣れた笑顔が目の前にあった。

きっとサトルは、心配そうな、困ったような顔をしているんだろうと、あたしは思っていたのに。
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⏰:08/04/08 23:16 📱:SH903i 🆔:U9CTaOi2


#111 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「ふふっ、……あっはっははは!」

急におかしくなってきて、あたしは吹き出してしまった。
あたしは何を心配してたんだろう?
何も心配することなんか無いじゃない!

まだ笑っているあたしを、サトルは不思議そうな顔をして見ている。
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⏰:08/04/08 23:17 📱:SH903i 🆔:U9CTaOi2


#112 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「何でもない!」

あたしはそう言って、今度は逆にサトルの手を引っ張って歩き出した。

「なにー? 一人で笑ってずるーい! 何が面白いの? 僕にも教えてよ!」

サトルがいつものようにギャーギャーと騒ぎ始めた。
あたしはそれがなんだか嬉しくて、「秘密だよ」とだけ言って歩き続けた。

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⏰:08/04/08 23:17 📱:SH903i 🆔:U9CTaOi2


#113 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
家に着く頃には太陽は沈み切って、立ち並ぶ街灯や看板の明かりが道を照らしていた。
あたしは別れ際、帰り道の間に考えていたことをサトルに伝えた。

「明日ね、図書館に行こうと思ってるんだけど。……一緒に来てくれないかな?」

街灯の光で、二つの影が地面に伸びている。
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⏰:08/04/09 01:01 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#114 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
明日は土曜で学校は休みだ。
あたしは、記憶喪失の原因になった事件のことを調べようと思っていた。

「珍しいね!」

目を真ん丸にして、嬉しそうにサトルがそう言ったけれど、あたしは何のことか解らない。

「ユキが僕についてきてなんて、今まで言ったことないよね」
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⏰:08/04/09 01:01 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#115 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
――そうか、あたしが頼まなくてもサトルがいつもついてきてくれるからだ。

気がつかなかった。
あたしが一緒に居て欲しい時、何も言わなくてもサトルは来てくれてたんだ。

サトルは、どうしてあたしの気持ちが解るんだろう?
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⏰:08/04/09 01:02 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#116 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「え、ユキ? ちょっとっ……どうしたの? ごめん、何か嫌だった?」

気がつくと、あたしの目から涙が一筋流れていた。

「ち、違うのっ……ごめんね、サトル。嫌なことなんか無いんだけど……」

自分でも驚きながら、溢れる涙を拭い、サトルに無理矢理作った笑顔を見せた。
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⏰:08/04/09 01:03 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#117 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
多分この涙は、自分の不甲斐なさに対するものだと思う。
サトルがいつでもあたしを見てくれていたことに今更気付いた自分が、情けなかった。

「図書館一緒に行くから、だから泣かないで?」

そんなことで泣かないよ。
サトルの心配そうな顔がおかしくて、あたしは自然と笑顔になっていた。
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⏰:08/04/09 01:04 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#118 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「うん、ごめんね。ありがと! じゃあ、明日ね」

あたしの笑った顔を見て安心したのか、サトルも笑顔で手をブンブンと振りながら帰って行った。



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⏰:08/04/09 01:04 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#119 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

―V―

次の日、あたしたちは約束通り街にある図書館に来た。

さすが大都市の市立図書館だけあって、建物は古いけれど大きくて立派だ。入り口を抜けてすぐの大階段などは、古い映画に出てきそうな雰囲気を持っている。
もちろん、書物の量もかなりのものである。
ここなら、昔の新聞なんかも閲覧出来るはずだ。
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⏰:08/04/09 01:05 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#120 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
十年前の新聞に、八歳の女の子が大怪我を負って意識不明になった、という記事があれば、きっとあたしのことだ。

「サトル、ここからここまで探して。あたしこっち探すから」

「はーい」

ちゃんと解ってるのかな、と不安になりつつ、新聞を一枚一枚めくって文字を眼で追う。
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⏰:08/04/09 01:06 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#121 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしと妹の事件が新聞に載っているという確信は無いけれど、確率は高いと思っていた。

――何か……些細なことでもいいから手がかりが見つかりますように……。



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⏰:08/04/09 01:10 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#122 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
何十枚、何百枚と新聞をめくったけれど、あたしが探している記事はどこにも見当たらなかった。
ふと腕につけている時計を見ると、針は三時過ぎを指していた。
昼過ぎに食事を取りに出た以外は、休憩もせずに探し続けていた。

――見逃してしまったかな、それともそんな記事無いのかも……。

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⏰:08/04/09 01:12 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#123 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
そんな考えが頭をよぎり、一定のペースで新聞をめくっていたあたしの手が止まる。

サトルはと言えば、文句ひとつ言わず、あたしと同じくらい真剣な目で探してくれている。
あたしが感謝の眼差しで見ていると、そのサトルの目が新聞の一点に止まった。


「……あったよ」
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⏰:08/04/09 01:13 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#124 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
サトルは新聞から目を離すこと無く、小声でそう呟いた。
あたしは慌ててサトルの見ていた新聞を覗き込んだ。


〈K市T町で姉妹である女児二人が行方不明になっていた事件で、姉の女児(8)が自宅近くのT山の山道で発見、保護された。発見時女児は意識不明の重体で県内の病院に搬送された。怪我の状態から、警察は誘拐事件として捜査、妹の捜索を進めている。……〉

.

⏰:08/04/09 17:01 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#125 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「誘拐……」

体の力が抜けていくのを感じ、あたしは崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込んでしまった。


――ゆう……かい?
あたしが? あたしと妹が?


――妹は……どうなったの?


.

⏰:08/04/09 17:03 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#126 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

――どうしてあたしだけ、ここにいるの?

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⏰:08/04/09 17:04 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#127 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
サトルが、立ち上がれないあたしを抱えて近くの椅子に座らせてくれる。
頭の中が真っ白になっていた。
あたしと妹が一緒に誘拐されて、あたしだけが瀕死の状態で保護された。


つまり妹は……もう、生きていないだろう。

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⏰:08/04/09 17:05 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#128 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしの記憶の中に妹の存在は一切無いけれど、それでもあたしに妹がいたのは間違いないのだ。

その妹が、家族の元に戻ることもなく、あたしには存在さえ忘れ去られて……。



あたしの頭の中に両親の顔が浮かんだ。

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⏰:08/04/09 17:06 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#129 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
父と母は、どんな思いだったろう。

あたしは重体で見つかり、妹は行方不明のまま……。
見つかったあたしの意識が戻ったと思えば、記憶喪失。

せめて戻ってきたあたしの精神的負荷を軽くしようと、大切なはずのもう一人の我が子を無理に忘れるなんて……。


きっと両親が一番苦しかっただろう。
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⏰:08/04/09 17:07 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#130 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしは心の底から父と母に感謝した。
もし幼かったあたしが事実を突き付けられれば、どうなっていたか解らない。

全ての記憶を取り戻したら、真っ先に父と母に伝えよう。
そして二人には、妹の不在をきちんと悲しんでもらおう。
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⏰:08/04/09 17:08 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#131 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしの記憶の中の両親は、いつも笑顔だった。
きっと悲しむことさえも押し殺して、あたしを守ってくれていたのだ。


あたし自身のためだけではなく、両親と妹のためにも、何があったのか、どうして妹が戻らなかったのか、あたしが忘れてしまった全てをこの手の内に取り戻さなければならない。



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⏰:08/04/09 17:08 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#132 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
椅子に座らされたままのあたしの肩に、ふわっ、と何かがかけられた。
後ろを振り向くと、サトルが膝掛け用の毛布をかけてくれていた。

そしてまたすぐにどこかに行ったかと思うと、温かい缶コーヒーを二つ手にして戻ってきた。
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⏰:08/04/09 18:20 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#133 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「大丈夫?」

サトルはやはり小さな声でそう言うと、あたしの顔を覗き込む。

あたしは声には出さずに首を縦に振ってそれに答え、差し出された缶コーヒーを両手で受け取った。

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⏰:08/04/09 18:21 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#134 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしもサトルも口を開くことなく、ただ黙ってコーヒーを口に運んでいる。
少し離れたところから、誰かがノートに何かを書き込んでいるのだろう、カリカリカリ……という音だけが聞こえていた。

崖っぷちに立たされていたようなあたしの気持ちも、だんだんと落ち着いてきた。
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⏰:08/04/09 20:24 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#135 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
ふとサトルの手元に目をやると、印刷用紙が一枚握られている。
あたしがそれを見ているのに気付いたサトルが、用紙を広げて見せてくれた。

新聞に載っていた事件の記事を印刷したものだった。
あたしが自分の考えに没頭している間にコピーしておいてくれたようだ。



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⏰:08/04/09 20:25 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#136 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
コーヒーを飲み終えて、あたしたちは図書館を出た。
外は北風が強く吹いていて、あたしは首に巻いたマフラーをぎゅっと締め直す。

「ねえ、サトルだったらどうする?」

帰り道、冬の澄んだ空気を夕日が染める中、あたしはサトルに疑問を投げかけた。
全てを明らかにしたいと思ったけれど、あたしの記憶が戻りそうな気配は全く無い。
ということは、今ある情報から、一つの真実を見つけださなければならない。
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⏰:08/04/09 20:26 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#137 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしは、もう一度あの町に行って、以前住んでいた家やあたしが発見された場所を見てみたいと思った。
しかしそれが正しいのか、間違っているのか……あたしは迷っていた。
正解なんてものが無いことは解っているけれど。

あたしはただ単に、サトルに背中を押して欲しかっただけなのかもしれない。
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⏰:08/04/09 20:26 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#138 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「僕なら……うーん、そうだなあ。僕だったら、もう一回T町に行ってみるかな!」

サトルはあたしの隣を歩きながら、いつもの笑顔で、やっぱりあたしの欲しかった答えをくれた。

「そうだよね。明日、あの町に行ってみる」

「僕も行く!」

手を挙げかねない勢いで、サトルは元気いっぱいに声をあげた。
あたしは内心一緒に来て欲しいと思っていたけれど、サトルをこれ以上振り回しては申し訳ないという気持ちも大きかった。
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⏰:08/04/09 22:52 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#139 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「明日は中山先生には会わないよ?」

「いいの! 僕明日も暇だし、ユキの邪魔しないからさ」

邪魔なんかじゃないよ、サトル。
サトルに甘えるのは、これで最後にしよう。
そう決めた。

「ありがと、サトル」


そうしてあたしたちは、十二月の冷たい風が体を冷やす中、家路に着いた。



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⏰:08/04/09 22:53 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#140 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
家に着いて自分の部屋に入ると、あることを思い出した。


――そういえばあの夢……。
あの夢の女の子は六、七歳ぐらいに見えた。

あの子があたしの妹なのかもしれない。

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⏰:08/04/09 22:54 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#141 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
昨日、今日といきなりいろんな事実が目の前に現れて、夢のことをすっかり忘れていた。

夢を見た時、根拠もなにも無いけれど、あたしはあの女の子のことを知っているような気がしていた。

恐らく、あたしの心の底に閉じ込められた妹の記憶が夢に滲み出てきたのだろう。
あれはきっと……あたしの妹だ。


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⏰:08/04/09 22:55 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#142 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

―W―


終わりのない登り坂。
辺りは真っ暗。
ぽつりぽつりと間隔を開けて点されている街灯だけが道標。

「……忘れて……あたしは……」

あたしの横には小さな女の子。
風が強くて、聞き取りにくい。

「聞こえないよ、なあに?」

「……生きて……って……」



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⏰:08/04/09 23:00 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#143 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

すみません、続き出ちゃいました(;´д`)
[..続き]の先は改行しかないので、スルーして下さい



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⏰:08/04/09 23:03 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#144 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
明くる朝、目が覚めると涙が流れていた。
何か夢を見ていた気がするけれど、思い出せない。
涙がこめかみを濡らしているのが気持ち悪い。

体を起こして涙を拭き、出かける準備をし始めた。

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⏰:08/04/09 23:05 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#145 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
――……どうして泣いてたんだろう。

夢の内容はさっぱり思い出せないけれど、とても悲しい気分だった。
なんだか、胸騒ぎがする……。



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⏰:08/04/09 23:05 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#146 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
天気は、晴れ。
正午過ぎに家を出てサトルと合流してから、あたしたちは再び電車で一時間かけてここにやって来た。

あたしは新聞のコピーを片手に、駅員にT山への行き方を尋ねた。
前に住んでいた家の場所は解らないので、まずあたしが発見された山道に行くことにしたのだ。

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⏰:08/04/09 23:07 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#147 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
駅員に教わった通りに二十分ほど歩くと、山道の入口が見えた。

「あー、ここだ!」

サトルが〈T山 山道入り口こちら〉と書かれた案内板を見つけて、歓喜の声をあげた。
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⏰:08/04/09 23:16 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#148 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
案内板が立てられているものの、その先にある道は遊歩道のような歩きやすいものには見えなかった。
案内板に従って山道に足を踏み入れたけれど、やはり舗装もなく地面が剥き出しで、山道というよりはただのけもの道のように思えた。


――この道の先で、あたしは見つけられたんだ……。

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⏰:08/04/09 23:17 📱:SH903i 🆔:APNEtQ/Q


#149 [蜜月◆oycAM.aIfI]

まとめ(・ω・*)

プロローグ
>>4

―T―
>>5-46

―U―
>>47-118

―V―
>>119-141

―W―
>>142から

⏰:08/04/10 01:11 📱:SH903i 🆔:eoZecOgw


#150 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
昨日サトルがコピーしてくれた記事には、あたしが発見された詳しい場所が記されていた。
頂上に続く道から少し逸れた森の中に、あたしは倒れていたらしい。


「ハイキング日和だねー、今日は!」

サトルは無邪気にこの散策を楽しんでいるようだ。
跳びはねるように坂道を登ったかと思えば、木の幹や枝に触れてみたり。
都会育ちのサトルにとって、こんな自然の中で新鮮な空気を吸うことは珍しいのかもしれない。
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⏰:08/04/11 01:59 📱:SH903i 🆔:WPZmRcek


#151 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
かくいうあたしも、この町に住んでいた頃のことは何も覚えていないのだけれど。

――でも……なんとなく、なんとなくだけどここは、

……懐かしい。


そう感じた。
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⏰:08/04/11 02:00 📱:SH903i 🆔:WPZmRcek


#152 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
山道に舞い散った落ち葉を踏み締める靴の音、道の両脇を埋め尽くす木々の匂い、そこら中に生えている草花の手触り、風に吹かれた葉と葉のざわめき。
それら全てが、あたしの記憶を呼び起こそうと訴えかけて来ているような気がする。

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⏰:08/04/11 02:01 📱:SH903i 🆔:WPZmRcek


#153 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしはサトルの後ろを歩いていた。
彼の足取りには迷いが無く、あたしはただその足跡だけを追いかける。
時折、あたしの方を振り返って他愛のない言葉をかけてくれるサトルの姿に、これがただのハイキングならどんなに楽しいだろうか、と思わされた。

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⏰:08/04/11 22:28 📱:SH903i 🆔:WPZmRcek


#154 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
そんな楽しい気分とは裏腹に、朝から感じていた胸騒ぎは大きくなる一方だった。
もしこれが記憶の戻る予兆であれば、今のあたしにとっては喜ぶべきことである。

しかし、そうではない、という確信のようなものが、あたしの心の中にあった。
この先に、あたしの生きる行方を狂わせてしまう何かが待ち構えている気がして仕方なかった。


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⏰:08/04/11 22:29 📱:SH903i 🆔:WPZmRcek


#155 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
どれぐらいかかっただろうか、一つ目の分かれ道に辿り着いた。
随分歩いた気がしたけれど、まだまだ先は長いようだ。

分かれ道の真ん中に、〈山頂まで6km こちら〉、〈休憩所 こちら〉という二つの案内板がそれぞれ逆の方向に向けて立てられている。
目的の場所を指し示す案内板に従って、あたしたちは足を進めた。


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⏰:08/04/11 22:32 📱:SH903i 🆔:WPZmRcek


#156 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「結構辛いね、坂道が……」

サトルが息を切らしながら、あたしを振り返る。

「うん、足場も悪くなってきたね」

上へ上へと登るに連れて、だんだんと道が悪くなってきている。
岩や石が埋まっていたり、木の根が縦横無尽に延びていたりで、平らな場所など一つもない。
大低の人は、さっきの休憩所を目的地にしているのだろう。
だんだんと周囲が鬱蒼としてきて、道幅もかなり狭くなった。
まだ夕方でもないのに、生い茂った葉のせいで辺りは薄暗い。

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⏰:08/04/11 22:47 📱:SH903i 🆔:WPZmRcek


#157 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「うわっ!」

急に地面が近づいたと思ったら、あたしは木の根につまづいて地面に手をついていた。
膝を強く打ってしまい、その痛みで顔が歪む。

「痛……」

「大丈夫!? 怪我は!?」

数歩先を歩いていたサトルが戻って来てくれた。
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⏰:08/04/11 22:48 📱:SH903i 🆔:WPZmRcek


#158 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「うん、大丈夫」

厚手のジーンズを履いていたので膝は無事だったけれど、手の平を擦りむいた。
でもこのぐらいの傷はなんてことない。

――それより……この土の感触……。

何かを思い出しそうな気がした。
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⏰:08/04/11 22:49 📱:SH903i 🆔:WPZmRcek


#159 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしは擦りむいた手の平で地面に触れてみる。
冷たくて、柔らかくて、湿っていて。

……そして、はっきりと土の匂いが嗅ぎ取れた。
土を撫でる度に、冬の冷たい空気に混じって懐かしい匂いがする。

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⏰:08/04/11 22:53 📱:SH903i 🆔:WPZmRcek


#160 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしは気が狂ったように地面を撫で回す。
傷口に土が入り込んでしまうのも気にせず、あちこちの地面を触ってみる。


――前にもあたし、こうして地面を撫でてた。


一心不乱に土を触っている内に、はっきりそう確信した。
あたしはここで、今と同じように地面に触れたことがある。

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⏰:08/04/11 22:56 📱:SH903i 🆔:WPZmRcek


#161 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
目を閉じて、土を触り匂いを感じながら記憶を辿る。

――やっぱり何も思い出せないのかな……。


…………と、あたしの頭の中で変化が起きた。
これは記憶か? 想像か?
どちらかは解らないが、ある情景が思い浮かんだ。
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⏰:08/04/11 22:57 📱:SH903i 🆔:WPZmRcek


#162 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
目の前に広がる茶色の土。その地面とあたしの顔は、今にも口づけするかという近さだ。
多分、あたしはその時も何かにつまずいたのだ。
つまずき、地面に手と膝をついていた。
そして、多分、あたしは立ち上がりたくなかった。

あたしは、後ろにいた誰かを気にしていた。
気にしながら、地面を延々と撫でていた…………。

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⏰:08/04/12 22:09 📱:SH903i 🆔:xQx.Xh9k


#163 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「うっ……」

急に頭が痛み、浮かんでいた情景が途切れた。
あたしに残ったのは、手の平にジンジンと響く痛みと、土の匂いだけだ。

「ユキ!」

少し離れたところであたしを見守ってくれていたサトルが、慌てて駆け寄ってきた。
あたしは顔を上げて彼の方に向ける。

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⏰:08/04/12 22:10 📱:SH903i 🆔:xQx.Xh9k


#164 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「大丈夫、大丈夫」

笑顔で答えようとしたのに、どうしてか表情が引き攣ってしまう。
幸い頭の痛みは一瞬で消え去ったけれど、頭に浮かんでいた情景まで完全に消えてしまった。


今のはあたしの想像だろうか?
それにしては、はっきりし過ぎていたような気がする。
感情まで鮮明に流れ込んできた。

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⏰:08/04/12 22:11 📱:SH903i 🆔:xQx.Xh9k


#165 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
恐らく、あれはあたしの記憶、だ。

そしてそれが正しければ、あの情景は誘拐されたまさにその時の記憶に違いない。


あたしの中にはっきりと流れ込んできた感情……恐怖と怯え。

そして、とてつもない不安。


間違いない、あれはあたしが誘拐された時の記憶だ。
誘拐され、怪我を負わされる前の。


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⏰:08/04/12 22:12 📱:SH903i 🆔:xQx.Xh9k


#166 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「サトル……」

あたしは無意識の内にサトルの名前を呼んでいた。
しゃがみ込んでいるあたしのすぐ横に居たサトルは、「ん?」とあたしの顔を覗き込む。


「あたし……思い出した……ここにいたの」


「うん」
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⏰:08/04/12 22:13 📱:SH903i 🆔:xQx.Xh9k


#167 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
サトルが次の言葉を待っているかように、あたしを見つめているのがわかる。
地面と向かい合わせになったあたしの右側から、痛いほどの視線を感じる。
けれどあたしはそれ以上何も言えず、地面を見つめていた。
地面からは何の答えも得られなかったけれど、懐かしい土の匂いは、ふわりとあたしの視線を受け止めてくれた。

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⏰:08/04/12 22:13 📱:SH903i 🆔:xQx.Xh9k


#168 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
――もうここまで来たら引き返せない。
行くしかない。


あたしは黙って立ち上がり、サトルに向かって頷いた。
それを見たサトルも安心したように微笑み、立ち上がって再び歩き出した。
自分の決心の甘さを恨みながらも、あたしはまたサトルの背中を追う。

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⏰:08/04/12 22:15 📱:SH903i 🆔:xQx.Xh9k


#169 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
夢中で足を動かしている間も、あたしの頭の中は、さっきの情景とそれに対する不安でいっぱいだった。
あれがあたしの記憶なら、近くに妹がいたはずだ。
そして、犯人も。

思い出したくてここにきたのに、思い出すのが怖くて仕方なかった。
妹のことは思い出したい。
でも、犯人のことなど一つも思い出したくない。
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⏰:08/04/12 22:19 📱:SH903i 🆔:xQx.Xh9k


#170 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
父と母から妹を奪った犯人。父と母を十年間も苦しめ続けた奴。
そんな奴のことを思い出すのが……妹の死を目の当たりにするのが、恐ろしかった。

――でも……もう戻れない。

そう、今更後悔しても遅いのだ。
あたしは、ほんの少しだけれど、過去に触れてしまった。
自ら求めて、手に入れたのだ。
今後戻りすれば、今以上に後悔するに決まっている。
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⏰:08/04/12 22:20 📱:SH903i 🆔:xQx.Xh9k


#171 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしは、両親と妹の為に記憶を取り戻すと決めたのだ。
もしかしたら、全てを知った後、知らなければよかったと後悔するかもしれないけれど。
それも含めてあたしは後悔しない。

――あたしは、知らなきゃならないんだから。


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⏰:08/04/12 22:21 📱:SH903i 🆔:xQx.Xh9k


#172 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしとサトルは、さらに悪くなっていく山道を歩き続けた。
あたしの足は疲れて棒のようになり、あれだけはしゃいでいたサトルも、ただひたすら道の先だけを見て足を進めている。
狭い道の両側に広がる森は雰囲気を変え、妖しい空気を放つようになっていた。
不安定な足場と急な傾斜のせいで、息も白くなる寒さの中、あたしたちの顔には汗が流れている。
お互い肩で息をしていて、話す余裕も無かった。

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⏰:08/04/12 22:22 📱:SH903i 🆔:xQx.Xh9k


#173 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
黙々と歩き続け、二つ目の分かれ道を通り過ぎた。
頭上を見上げると、木々の葉の間から辛うじて差していた光さえ弱り、その隙間からはどんよりとした空が見える。
昼間はあんなに晴れていたのに、今にも雨が降り出しそうで、空気も冷たくなってきた。
新聞の記事によれば、あたしが発見された場所はもうすぐそこだった。
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⏰:08/04/13 21:56 📱:SH903i 🆔:HMtueqDg


#174 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
一心不乱に歩く。
だが、疲れのせいか、怖れのせいか。
無意識の内に、あたしの歩くスピードが落ちていた。
サトルが随分先にいる。

あたしは気を引き締め、走ってサトルに追い付いた。
サトルもかなり疲れていたようで、あたしが遅れていたことに気付いていなかった。
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⏰:08/04/13 21:57 📱:SH903i 🆔:HMtueqDg


#175 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしが走ってきたのに気が付いたサトルが、足を止める。
うーん、と伸びをして、彼は自分の足をさすった。

「ちょっと疲れたね」

あたしもサトルの横で足を止め、息を整えながらこくこくと頷いた。
足は悲鳴をあげる寸前だし、腰にも鈍い痛みを感じる。
体は汗をかくほど暑いのに、顔と指先は冷たくて感覚もないくらいだ。
サトルは、顔の前で手を丸めて、息を吐きかけている。
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⏰:08/04/13 22:03 📱:SH903i 🆔:HMtueqDg


#176 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「この辺かな……」

サトルが辺りを見回しながらそう言うので、あたしは新聞のコピーを差し出した。
まだ苦しくて、言葉を発する余裕が無かった。
あたしはコピーを渡すと同時に、疲れに負けて腰を下ろす。

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⏰:08/04/13 23:43 📱:SH903i 🆔:HMtueqDg


#177 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「すぐそこだ」

そう呟いて、サトルは山道から木々が立ち並ぶ山の中に入り込んでいった。
枝葉をかきわけ、一歩一歩確実に進んでいく。


あたしはそれを見ていた。
サトルの背中を、見つめていた。
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⏰:08/04/13 23:43 📱:SH903i 🆔:HMtueqDg


#178 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
――なんでだろう。
サトルは足を止めないのに、あたしはなんで立つことも出来ないんだろう。


一度休んでしまった体は、再び動き出すのを拒む。
あたしの目は、枝をかきわけて進むサトルの背中に釘づけだった。

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⏰:08/04/13 23:44 📱:SH903i 🆔:HMtueqDg


#179 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
――だめだ、……あたしも変わらなきゃ。後ろから見てるだけじゃだめ。
あたし自身のことなんだから。ほら、早く!

自分に喝を入れ、二本の足に、動け、と呼び掛ける。
それを何度も繰り返して、ようやく動き出すあたしの体。
ほっとしたような、緊張が増したような。
行きたいような、行きたくないような。
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⏰:08/04/13 23:45 📱:SH903i 🆔:HMtueqDg


#180 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
しかし、あたしはこんがらがった感情をその場に置き去りにして、行動を開始した。
サトルがかきわけて出来た枝の隙間をくぐり、彼の横に並んだ。

「ユキは後ろにいなよ。枝で顔に傷ついちゃうよ?」

「いいの、それぐらい」
.

⏰:08/04/13 23:46 📱:SH903i 🆔:HMtueqDg


#181 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしはきっぱりと答えると、目の前を遮る細い枝を押し曲げて道をつくる。
その向こうに張り出している少し太めの枝を、同じように避けて一歩進む。

怖いとか不安だとか、もう何も感じないように、あたしは目の前の障害物に意識を集中した。
サトルも尖った枝から自分の身を守るので精一杯のようで、一心不乱に手と足を動かしている。
一歩一歩、枝や幹を避けながらゆっくりと地面を踏み締める。

.

⏰:08/04/14 00:23 📱:SH903i 🆔:a42MtXbw


#182 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
数メートル進むのに何分かかっただろうか。
あたしたちの両手がひっかき傷でいっぱいになった頃、目の前にぽっかりと空間が現れた。
空間といっても、直径はあたしとサトルが並んで両手を広げたぐらいだ。

密集している周りの木々と比べ、その内側だけは不自然なほど何も生えていない。
しかし、そこを囲む木の枝が空間のほとんどを覆っていて、明るさはそれほど変わらなかった。

あたしは意を決し、空間に足を踏み入れた。
.

⏰:08/04/14 00:24 📱:SH903i 🆔:a42MtXbw


#183 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
柔らかい土が、あたしの靴底を受け止める。
思っていたより自分の気持ちが落ち着いていることに、逆に驚く。

ゆっくりと足を進め、あたしは空間の中心に到達した。
茶色い土、太い木、枯れた草、落ち葉。ぐるりと見回しても、それ以外何もない。
.

⏰:08/04/14 00:25 📱:SH903i 🆔:a42MtXbw


#184 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
この空間の中にあたしは倒れていたのだろう。
二人してこれほど苦労してたどり着いた場所にいたあたしを、なぜ発見出来たのかわからない。

昔はここまで荒れていなかったのだろうか。
それとも散歩中の犬かなにかが嗅ぎ付けたのだろうか。

もし、見つけてもらえなければ多分……あたしも死んでいたかもしれない。


.

⏰:08/04/14 00:26 📱:SH903i 🆔:a42MtXbw


#185 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしはその場に寝転んでみた。
空間のど真ん中に大の字になって、木や葉の隙間から空を仰ぐ。
また何か思い出せるかもしれないと思ったのだ。

横向きに寝転んだり、俯せになったりしてみた。
場所を変えて、木にもたれ掛かってみたり、座ってみたりもした。
けれど、何一つとして浮かび上がってこない。

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⏰:08/04/14 22:28 📱:SH903i 🆔:a42MtXbw


#186 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
しばらくの間、ごろごろ転がりながら待ってみたけれど、二度目の変化は訪れなかった。
あたしは諦めて立ち上がり、服についた土を払う。
すると、サトルがなにかを見つけたように木々の間を見つめているのに気付いた。

「どうしたの?」

「ねえ、これ……道じゃない?」
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⏰:08/04/14 22:28 📱:SH903i 🆔:a42MtXbw


#187 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
そう言ってサトルが指差した方をじっくりと観察してみると、トンネルのように一本につながった隙間があった。
わずかにだが、枝が折れていたり靴跡らしきものがあったり、人が通ったかのような痕跡も見て取れた。

――こんなところ、一体誰が通るんだろう?
もしかして、十年前あたしを見つけてくれた人……?

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⏰:08/04/14 22:29 📱:SH903i 🆔:a42MtXbw


#188 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしの目の前に、ひとつの手掛かりが現れた。
それをみすみす逃す訳にはいかない。

「行こう」

ここで立ち尽くしていても何も思い出せそうにもない。
かと言って、このトンネルの先には何も無いのかもしれないけれど。

それでも、自分から動かなければ何も見つけられない。
そう考えたあたしは、この道の先に行くべきだと思ったのだ。
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⏰:08/04/14 22:30 📱:SH903i 🆔:a42MtXbw


#189 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
サトルがいつもの笑顔で頷くのを見て、あたしは道とも言えない道に足を進めた。

狭いし、飛び出している枝は多いし、足場は悪い。
後ろを振り返るのは難しいけれど、葉や土を踏み締める靴音で、サトルが後ろからついてきてくれているのがわかる。
不安は、無い。

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⏰:08/04/14 22:31 📱:SH903i 🆔:a42MtXbw


#190 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
トンネルのようなこの道を進むにつれて、あたしはひとつの確信を得た。

やはりこの道を使っている人がいる。

さっきの空間までの道のりを考えると、今歩いているところはかなり歩きやすかった。
ちょうど人ひとりが通れるギリギリの隙間が続いていて、足元に落ちている葉や草の量も他の場所より少ない。
飛び出している枝はどれも、少し体をひねればうまく避けられる。
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⏰:08/04/15 22:03 📱:SH903i 🆔:OfU8ov5.


#191 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
しかし歩きやすいとは言ってもそれはさっきの道と比べてのことで、やはり足場は悪いし時々は枝に引っかかれる。
あたしは顔を歪めながら、ゴールの見えない道を前へ前へと進む。

この道を通っているのは誰か。
その人物は、あたしの過去に関係があるのか。
何かを、知っているのか。
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⏰:08/04/15 22:05 📱:SH903i 🆔:OfU8ov5.


#192 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
今はまだ、何も解らない。
けれど、知りたければ進むしかないのだ。

あたしは後ろから響くサトルの靴音を聞きながら、何も考えず歩き続けた。

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⏰:08/04/15 22:06 📱:SH903i 🆔:OfU8ov5.


#193 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

足の痛みは、もう既に限界値を越えたように思えた。
この木のトンネルは、どこまで続くのだろう。

歩き続けた末に、あたしもサトルも疲れ果ててしまったが、それでも足を引きずるようにしてさらにゆっくりと進んでいた。
ふとトンネルの先に目をやると、乱立している木々の間から、自然の中にはありえない、灰色のコンクリートのようなものが見えた。
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⏰:08/04/15 22:07 📱:SH903i 🆔:OfU8ov5.


#194 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
驚きながらも少しずつ近づいていくと、それはコンクリートで出来た小さな建物だった。

建物の少し手前で、視界が開ける。
最後の木と木の間を通り抜けると、先ほどのものよりかなり大きな空間が現れた。
見上げると、さっきまで全く見えなかった空は、さらに雲を増やし、色を濃くしていた。
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⏰:08/04/16 18:53 📱:SH903i 🆔:ncWRAm.w


#195 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
その空間の真ん中に、コンクリートの建物が建っている。
近くで見ると、コンクリートを正方形に固めて壁の一部にドアを取り付けただけのものだった。
天井はどうか解らないが、見えるところに窓は一つも無い。


「なに、これ……」

不気味だった。
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⏰:08/04/16 18:54 📱:SH903i 🆔:ncWRAm.w


#196 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
自然しかないと思っていた山の中に、コンクリート製の箱がぽつりと置かれている。

あまりに不釣り合いで現実離れしたその光景に、あたしは次の言葉が出なかった。
それはサトルも同じだったようで、ぽかんとした顔でコンクリートの箱を眺めている。
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⏰:08/04/16 18:55 📱:SH903i 🆔:ncWRAm.w


#197 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしは目の前にある異様な建物に、少なからず恐怖を覚えた。
戸惑いながら、その建物を観察する。
取り付けられたドアの近くに目をやると、焚火の跡のような燃えかすと灰が散らばっていた。

「ちょっと……ここ、誰か住んでるんじゃない?」
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⏰:08/04/16 18:55 📱:SH903i 🆔:ncWRAm.w


#198 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしは小声でサトルに囁き、燃えかすの方を指で指し示した。
それを見たサトルは、驚いた表情でキョロキョロと周りを見回す。

「戻る?」

サトルに言われてあたしは少し迷ったけれど、引き返すのはやめた。
今さっきあたしたちが通ってきた森の中に戻り、木の影からコンクリートの箱を観察することにした。
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⏰:08/04/17 23:00 📱:SH903i 🆔:XxBpfdyc


#199 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
しかし、見れば見るほど不気味だ。
箱の高さはあたしの身長より頭三つ分ほど高い。
ところどころにシミがあるのを見ると、それほど新しくはなさそうだ。
ドアは鉄製のようで、かなり頑丈そうに見えた。

――何のために作られたんだろう……?
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⏰:08/04/17 23:01 📱:SH903i 🆔:XxBpfdyc


#200 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
人が暮らすには不自由すぎないだろうか?
窓が無ければ中は完全に真っ暗だろうし、コンクリートだけで造られているなら今の時期かなり寒いだろう。

何より、こんな山の中に建てる意味がわからない。
食料を買いに行くだけでもかなり不便ではないか。

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⏰:08/04/17 23:02 📱:SH903i 🆔:XxBpfdyc


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