よすが
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#200 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
人が暮らすには不自由すぎないだろうか?
窓が無ければ中は完全に真っ暗だろうし、コンクリートだけで造られているなら今の時期かなり寒いだろう。

何より、こんな山の中に建てる意味がわからない。
食料を買いに行くだけでもかなり不便ではないか。

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⏰:08/04/17 23:02 📱:SH903i 🆔:XxBpfdyc


#201 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
そんなことを考えながらコンクリートの箱を観察していたが、何の動きもない。
腕に付けていた時計を見てみると、時刻はもうしばらくで夕方の四時になるところだった。

さっきまで汗だくになって歩いていたので、熱が引いた今、汗で濡れた体が冷えてきた。
雲に遮られたせいで太陽の光が全く届かなくなったのもあって、あたしの体はカタカタと震える。
同じように震えているサトルの呟きが聞こえた。
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⏰:08/04/18 22:29 📱:SH903i 🆔:gqbjt9BM


#202 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「ううー、寒いよぅ……」


次の瞬間、トン、という音がしたかと思うと、それは連続した雨音に変わっていた。
あたしとサトルの上を覆い尽くす木の葉は、傘の代わりにはならなかった。
視界は一気に明るさを無くし、大量の水滴があたしの体から更に熱を奪ってゆく。
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⏰:08/04/18 22:30 📱:SH903i 🆔:gqbjt9BM


#203 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
――寒い……暗い……冷たい……

あたしは寒さで朦朧としながら、なんとなく妹のことを考えていた。


――あたしの妹……。
どんな子だったんだろう。あたしと似てたのかな……性格はどんなだったの?
あたしと仲良しだったのかな。
何をして遊んでたのかな……。

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⏰:08/04/18 22:31 📱:SH903i 🆔:gqbjt9BM


#204 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
考えれば考える程、悲しくなり、寂しくなった。
妹がいないという事実。十年前から変わらないはずのそれは、ここ何日かで大きな悲しみをまとうようになっていた。

――でも……妹はもっと暗くて寂しくて、もっと冷たい世界に逝ってしまったんだ。
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⏰:08/04/18 22:32 📱:SH903i 🆔:gqbjt9BM


#205 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
胸が詰まり、目の中の水分が一気に増えた。
収まりきらなくなった涙は、雨と混じり合いながらあたしの頬を滑り落ちていく。
鳴咽を漏らすこともなく、声を上げるでもなく。
ただ、ひたすら流れ落ちてゆく涙。
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⏰:08/04/18 22:32 📱:SH903i 🆔:gqbjt9BM


#206 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしたちの視線の先にあるコンクリートの箱は、雨に濡れて濃い灰色になっていた。
あたしは潤んだ目でその壁の一点を見つめたまま、あの病室から始まった自分の人生に想いを馳せた。

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⏰:08/04/18 22:34 📱:SH903i 🆔:gqbjt9BM


#207 [蜜月◆oycAM.aIfI]

まとめ(・ω・*)

>>149


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⏰:08/04/18 23:26 📱:SH903i 🆔:gqbjt9BM


#208 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
毎日毎日病院に通ってくれた両親。
母は朝から晩まであたしに付きっきりで世話をしてくれた。
面会時間の許す限り、母はあたしの隣にいてくれた。
睡眠も充分に取っていなかったのだろう、母の顔はいつも疲れていた。
けれどあたしの前では、いつも笑顔だった。いつも優しかった。
傷が痛いとうめけば、体をさすってくれた。
一人で寝るのが怖いと言えば、宿泊許可をとって隣で眠ってくれた。
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⏰:08/04/19 22:32 📱:SH903i 🆔:AmiMOAoA


#209 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
その優しさは今もずっと変わっていないけれど、一度だけ、母に叱られたことがある。

高校生になってすぐの頃、あたしは仲良くなった友達と遊びに出かけ、帰りが遅くなったのだ。
いつもなら連絡するのだが、その日はたまたま携帯電話の充電が切れていた。
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⏰:08/04/19 22:33 📱:SH903i 🆔:AmiMOAoA


#210 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしは母がどれだけ心配するかなんて少しも考えず、連絡しないままにしてしまった。
友達と別れた後、怒られるかな、なんてのんきに考えながら帰りの電車に乗った。

家に着いて、なぜかあたしは出来るだけ音を立てずにリビングに向かった。
これだけ遅くなったのだから、もう怒られるのは避けられない。
だから、出来るだけ刺激したくないという無意識がそうさせたのだろう。
ドアを開けると、父と母が目を赤くして待っていた。
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⏰:08/04/19 22:34 📱:SH903i 🆔:AmiMOAoA


#211 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
……泣いていたのだろう。
それを見て、あたしはなんてことをしてしまったのだろう、と激しく自分を責めた。
その時初めて母に叱られたのだった。

そういえばその次の日、母は「はい、これプレゼント!」と言って持ち運べる充電器をくれたんだっけ。
母の優しさを形にしたそのプレゼントは、あたしが肩にかけているバッグの中に今も入っている。

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⏰:08/04/19 22:34 📱:SH903i 🆔:AmiMOAoA


#212 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
父は、いつも忙しそうだった。
飲食関係の仕事をしていたので、土日はいつも家にいなかった。
朝早く家を出て、夜中になってやっと帰ってくる。
あたしはそれが淋しかったけれど、平日にたまに早く帰って来て外食に連れていってくれる父が大好きだった。
もちろん、今も大好きだ。

そう考えると、あたしがまだ入院していた時はかなり無理をしていたのだろうか。
曜日に関わらず、いつも夕方には病院に来てくれていた。
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⏰:08/04/19 22:35 📱:SH903i 🆔:AmiMOAoA


#213 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
仕事先からそのまま来ていたので、あたしにとってその頃の父といわれて思い出すのは、飲食店特有の、油の匂い。

母は、臭いからシャワー浴びてから来てよね、などと散々文句を言っていたけれど、あたしはその匂いも引っくるめて父が大好きだった。
油まみれの仕事着を来た父に抱き着いて、息を思いきり吸い込む。
それが、父が病室に来たらまず一番にする、あたしの日課だった。

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⏰:08/04/19 22:36 📱:SH903i 🆔:AmiMOAoA


#214 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
そんな父と母に守られながら、あたしは生きてきた。
退院してからもそれは変わらなかったけれど、もう一人、あたしの側にいてくれる人が増えた。
それが、サトル。

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⏰:08/04/20 01:35 📱:SH903i 🆔:bC7weAIo


#215 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
サトルとの出会いは、いきなり訪れた。
新しい学校に初めて登校する日、サトルがあたしの家に迎えにきた。
あたしは久しぶりの学校に緊張していて、朝からずっと泣きそうだったのを覚えている。
そんなあたしに母が、新しいお友達よ、と言ってサトルを紹介してくれた。
サトルは、今はもう見慣れたあの人懐っこい笑顔で、「サトルです! ユキちゃんよろしく!」と言って、学校まであたしの手を引いてくれたっけ。
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⏰:08/04/20 01:36 📱:SH903i 🆔:bC7weAIo


#216 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
どうして母がサトルを知っていたのかあたしは知らないけれど、そのおかげで今となっては一番の友達だ。

サトルはひとつ年下なので、学校ではあまり顔を合わさなかったけれど、行き帰りや休日はほとんど一緒だった。
あたしが同じ学年の友達と遊ぶ時でも、サトルはみんなに混じって遊んでいた。
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⏰:08/04/20 01:36 📱:SH903i 🆔:bC7weAIo


#217 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
サトルとは中学校も同じで、あたしに合わせたんじゃない、と本人は言っていたけれど、部活まで一緒だった。同じ、バレーボール部。
サトルは運動神経が良いからか、どの試合でも活躍していた。
あたしはといえば、万年補欠。
なぜバレーボール部に入ったのか、と聞かれてもおかしくないほど下手だった。
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⏰:08/04/20 01:37 📱:SH903i 🆔:bC7weAIo


#218 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
情けなくも、あたしはサトルにコーチを頼んで秘密の特訓をしてもらったことがある。
そのおかげか、中学生活最後の試合で、あたしは初めてスタメンに選ばれたのだった。


こうして思い返しても、サトルはいつも側にいてくれた。
サトルとの思い出は、楽しいものばかり。
ケンカなんて一度もしたことがない。
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⏰:08/04/20 01:38 📱:SH903i 🆔:bC7weAIo


#219 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
サトルがあたしを理解してくれているからだろう、と思う。
あたしはサトルのことを理解出来ているだろうか?

いや、出来ていないだろう。
サトルは喜怒哀楽が激しいように見えて、実は感情を抑えているような気がする。
あたしの気のせいかもしれないけれど。



「ユキ? ……ユキ! ユキ!」
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⏰:08/04/20 01:39 📱:SH903i 🆔:bC7weAIo


#220 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
サトルがあたしを呼んでいる。

――でも……なんで? 返事が出来ない……。
熱い……体が重い……。


コンクリートの一点を見つめながら、あたしの体はゆっくりと水溜まりの中に倒れ込んだ。
遠くであたしを呼ぶ声がする。

これは……サトルの声?

いや、違う。この声は――。



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⏰:08/04/20 01:39 📱:SH903i 🆔:bC7weAIo


#221 [蜜月◆oycAM.aIfI]

まとめ(・ω・*)

>>149

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⏰:08/04/20 01:42 📱:SH903i 🆔:bC7weAIo


#222 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
―X―


「ユキ? ……ユキ! ユキ!」

目の前でユキが倒れ、サトルは慌てて彼女の体を抱き上げた。
泥がつくのも気にせず、彼女の軽い体を自分の両手と胸で支える。
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⏰:08/04/20 23:05 📱:SH903i 🆔:bC7weAIo


#223 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
何度名前を呼んでも、反応がない。
ユキの頬は紅潮し、息遣いもかなり荒くなっていた。
はっとした表情で、サトルはユキの額に手を当てた。

「ユキ……」

彼女の額は、熱を帯びていた。
冷たい雨に打たれて、熱を出してしまったようだ。
サトルは慌てて自分が着ていた上着やマフラーを外し、ユキの体に巻きつけていく。
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⏰:08/04/20 23:06 📱:SH903i 🆔:bC7weAIo


#224 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
――こんな山の中で……どうしよう! 早く乾かさないと! ていうか着替えさせないと!

サトルは焦っていた。
まだ雨は降り続いている。
早くどうにかしないと、ユキが死んでしまうんじゃないかと思っていた。
その時。

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⏰:08/04/20 23:06 📱:SH903i 🆔:bC7weAIo


#225 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「大丈夫!? どうしたの!?」

コンクリートの箱がある方から、雨の音に紛れて女性の声がサトルの耳に届いた。

「倒れてるじゃない! しっかりして!」

彼は自分の耳を疑った。

――さっきまで人の気配なんてしなかったのに、ていうかなんでこんな山奥に女性が?
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⏰:08/04/20 23:10 📱:SH903i 🆔:bC7weAIo


#226 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
けれど、サトルが振り返ると、そこには確かに女性の姿があった。
大粒の雨が空から降り注いでいるというのに、女性は全く気にしていない様子で、水を浴びながらこちらに向かって足早に近づいてくる。


「あ……いや……」

サトルは言葉を失った。
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⏰:08/04/20 23:11 📱:SH903i 🆔:bC7weAIo


#227 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
その理由は、女性の容姿に目を奪われてしまったからだ。

女性がこちらに近づいてきたせいではっきりと全身を確認することが出来る。
その女性は、サトルと同じくらいの年齢に見えたが、しかし彼の身の回りにいる女性たちとは全く違っていた。
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⏰:08/04/20 23:11 📱:SH903i 🆔:bC7weAIo


#228 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
伸びきってボサボサに絡まりあった汚らしい髪。
爪はボロボロ、両手は小さく赤い切り傷がいくつもあり、何かの模様のようだ。
こちらに近づく前に彼女を女性だと認識させたロングスカートは、ところどころに土や泥がついている。裾もすっかり破れてボロボロだ。
上半身にはニットのセーターを着ているが、毛糸はほつれ、いくつもの穴があいていて、腕や腹の皮膚を剥き出しにしている。

全てにおいてみすぼらしい。
しかしそんな服装や髪型に反して、彼女の顔はとても美しかった。
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⏰:08/04/21 21:45 📱:SH903i 🆔:BUaVqwCg


#229 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
手と同様いくつかの切り傷は見られるものの、日光を知らないかのような肌の白さによって、赤く鋭い傷はまるで美しさを際立たせる飾りのようにも見えた。

目は切れ長で大きく、意思の強さを感じさせる。
スッと筋の通った鼻からは、隠された品の良さが見受けられた。
唇は薄く、しかし存在感があり、笑顔はさらに美しいだろうということを簡単に想像させる。
眉は整えられていないが、それに気付かないほど、彼女の顔は麗しい。

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⏰:08/04/21 21:46 📱:SH903i 🆔:BUaVqwCg


#230 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
しかし、サトルが言葉を失ったのはその美しさのせいではなかったし、もちろん、服装の汚らしさとのギャップのせいでもなかった。


彼女の顔は、サトルの幼なじみに瓜二つだったのだ。


「まさか……君は――」


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⏰:08/04/21 21:47 📱:SH903i 🆔:BUaVqwCg


#231 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
***



綺麗なオレンジ色の夕焼け空の下。
あたしの目の前には、大きな木がある。
大きな、大きな大きな木。
見上げても、てっぺんが見えない。
枝や葉が、今にも襲い掛かってきそうな程繁っているのが見えるだけ。
こんな立派な木は見たことない。
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⏰:08/04/21 21:50 📱:SH903i 🆔:BUaVqwCg


#232 [蜜月◆oycAM.aIfI]
足元に目をやると、地面がすぐ近くにあった。
落ちている葉のひとつひとつがとても大きい。

――この靴……懐かしい。

あたしが好きだった子供向けのキャラクター。
リボンをつけたうさぎが体ほどもある人参を抱えている絵がプリントされた、あたしのお気に入りの靴。
それを、どうして今、あたしは履いているんだろう。
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⏰:08/04/21 21:50 📱:SH903i 🆔:BUaVqwCg


#233 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
ふと自分の手や体を見て気付く。

――今、あたし……小さい頃の姿に戻ってる?


一瞬、タイムスリップしたのかと驚いたけど……。
多分、夢を見ているんだろう。
このぼんやりした感覚は、きっとそうだ。
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⏰:08/04/22 23:09 📱:SH903i 🆔:.2zmGT5A


#234 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
身につけているものをひとつひとつよく見てみると、昔着ていたものばかりだった。
首に巻かれた毛糸の赤いマフラーも、ラインの入った白いセーターも、赤と緑のチェック模様のスカートも、白い水玉が編み込まれた黒いタイツも。

好きで毎日着たがったものもあれば、母に無理矢理着せられていたものもある。
懐かしさに浸っていると、誰かの長い影があたしの影に重なった。
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⏰:08/04/22 23:09 📱:SH903i 🆔:.2zmGT5A


#235 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
『ユウコ、もう暗くなるよ』

振り返ると、見知らぬ大柄の男が立っていた。
今のは、あたしに向けられた言葉のようだ。

――ユウコ?
あたしはユウコじゃない、ユキだよ。
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⏰:08/04/22 23:10 📱:SH903i 🆔:.2zmGT5A


#236 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
そう思いながらもなぜか逆らうことが出来ず、あたしは自分を“ユウコ”と呼んだ男が差し出した手を取った。
夕日を背に立っている男の顔は、逆光のせいでよく見えない。
表情もわからないけれど、なんとなく微笑んでいるような雰囲気が感じられた。

そのかわり、差し出した左手の薬指に光る指輪に、あたしの視線は捕らえられた。
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⏰:08/04/22 23:10 📱:SH903i 🆔:.2zmGT5A


#237 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
夕日を反射してキラキラ輝くそれは、今まで見たことが無いほど美しい。
男のゴツゴツとした手にはとても似合わない。
けれど、何の石も背負わないそのシルバーの細い輪っかは、男の指にしっかりとはまっていた。

男は、あたしの手をギュッと握りしめて歩き出した。
何も言わず男の行動に従うあたし。
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⏰:08/04/22 23:11 📱:SH903i 🆔:.2zmGT5A


#238 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
――今は大丈夫だ。



え?

……今は?

あたしは確かに今、そう思った。
けれど、全く意味が解らない。今のはあたしの意識ではない。
でもあたしじゃないなら一体誰の?
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⏰:08/04/22 23:12 📱:SH903i 🆔:.2zmGT5A


#239 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
そう思ったけど、あたしは考えるのをやめた。
これは夢だ。夢というのは有り得ないことが起きても良い世界なんだ。
そして夢というものは、しばしば現実とリンクする。現(げん)に今、あたしは過去のあたしを夢に見ている。
このまま夢に飲み込まれてしまえば、この世界で全ては明らかになるんじゃないか。
あたしはそれを期待し、夢の世界に潜っていく。


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⏰:08/04/23 13:04 📱:SH903i 🆔:n.zKpr4g


#240 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
小さな体のあたしは、男の大きな手に引かれながら坂道を歩いている。
あたしの小さな影と男の大きな影が、足元から進む先に向かって長く延びていた。
あたしは自分の影の頭を踏もうと、出来る限り歩幅を広げてみたけれど爪先さえ届かない。
そうこうしている内に、ただの遊びにいつの間にか真剣になってしまっていた。
躍起になって、飛んだり走ったりして影を追う。

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⏰:08/04/23 13:05 📱:SH903i 🆔:n.zKpr4g


#241 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしが自分だけの影踏みに熱中していると、いつの間にか辺りが暗くなっていた。


いや、暗くなったと言うよりも、この世からあたし以外のものが全て無くなったようだ。

どこを見ても闇、闇、闇。

さっきまで手を繋いで隣を歩いていたはずの男も、空をオレンジに染めていた太陽も、あたしが踏み締めていたはずの地面さえも、今はどこにも見当たらない。

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⏰:08/04/23 13:05 📱:SH903i 🆔:n.zKpr4g


#242 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
そう。これは夢なんだ。
夢だから、何が起きてもおかしくない。どんなことも起こり得る。

光が無いように見えるのに、あたしの手ははっきり見えた。
そこで、あたしは自分の体をもう一度見下ろしてみる。
やはり、小さいままだった。
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⏰:08/04/23 13:06 📱:SH903i 🆔:n.zKpr4g


#243 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
周りを見回しても、やはり永遠に続く闇しかない。
しかし夢だと解っているからなのか、恐れは無かった。

自分がどこに立っているのかも解らないまま、あたしは歩き始めた。
一歩、また一歩、さらに一歩。
右足と左足を交互に前に出す。
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⏰:08/04/23 13:07 📱:SH903i 🆔:n.zKpr4g


#244 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
地面を踏む感覚はあるのに、あたしの足の下は深い闇。何も、無い。
前に進んでいるつもりだけれど、実は後ろに進んでいたとしてもあたしは気付かないだろう。

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⏰:08/04/25 00:30 📱:SH903i 🆔:ZORuxzbU


#245 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
どれだけ歩いても、あたしの瞳に映るのは黒過ぎるほどの黒だけだった。
景色が変わらないため、十キロ歩いたのか、十メートルしか進んでいないのか、全く解らない。

「はぁ……」

あたしは思わずため息をついてしまった。
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⏰:08/04/25 00:30 📱:SH903i 🆔:ZORuxzbU


#246 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
何だか疲れた。
頭も体も、疲労という重りを付けられたような鈍さを感じる。
あたしは音もなく、見えない地面に静かに寝転んだ。

このまま、泥のように何も考えず、何も感じずに眠ってしまいたい。
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⏰:08/04/25 00:31 📱:SH903i 🆔:ZORuxzbU


#247 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしは目を閉じ、夢の中で眠りにつこうとした。


……。


…………。



………………?

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⏰:08/04/25 00:32 📱:SH903i 🆔:ZORuxzbU


#248 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
――眩しい……。

目を閉じているのに、まぶたを透かして差し込んでくる痛いほどの光。
さっきまでの闇が嘘だったかのような明るさ。
あたしは思い切って、ゆっくりとまぶたを上げてみた。

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⏰:08/04/25 22:07 📱:SH903i 🆔:ZORuxzbU


#249 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「!?」


目の前にあったのは、真っ白な世界と、

……“あたし”?


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⏰:08/04/25 22:07 📱:SH903i 🆔:ZORuxzbU


#250 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしは開いた目を直ぐさま閉じた。今のは“あたし”だよね、と自分に問いかける。
確かに“あたし”だった。

夢というのは、本当に不思議なものだ。
次に目を開けたら、“あたし”は消えていて憧れのスターが目の前にいるかも。
あたしはそんな馬鹿なことを考えながら、再びゆっくりと目を開ける。

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⏰:08/04/25 22:08 📱:SH903i 🆔:ZORuxzbU


#251 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
しかし眼に映る光景は、さっきと変わらなかった。

真っ白な世界の真ん中で、小さなあたしは“あたし”を見上げていた。
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⏰:08/04/25 22:09 📱:SH903i 🆔:ZORuxzbU


#252 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしは何も言わず、向かい合っている“あたし”の黒い瞳を見つめる。向こうもただ黙って、あたしの瞳を見つめ返す。

彼女の瞳は幸せに満ちていて、とても優しい笑顔であたしを包み込んだ。

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⏰:08/04/25 22:09 📱:SH903i 🆔:ZORuxzbU


#253 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
光以外に何も無い沈黙の空間で、あたしと“あたし”はただ見つめ合う。
お互いの瞳を見つめるのに、どのくらいの時間を費やしただろうか。
“あたし”がまず口を開いた。

「あたし、幸せだよ」
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⏰:08/04/25 22:10 📱:SH903i 🆔:ZORuxzbU


#254 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
“あたし”は本当に幸せそうに小さく呟く。優しい笑顔。
その顔を見ればわかる、とあたしは思った。でも口をついたのは別の言葉だった。

「どうしてこんな夢を見せるの?」

夢に出てくるってことは伝えたいことがあるからに違いない。
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⏰:08/04/25 22:11 📱:SH903i 🆔:ZORuxzbU


#255 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
……いや、それは死者にだけ許された行為かもしれない。もしくは生き霊?
しかし、もはやあたしは死んでいるのだ。
幼いあたし。記憶として十八歳のあたしの中で生きているはずのあたしは、そこにいないのだから。

「そう、あたしはあなたを殺してしまった。そしてあなたの復活を望んだ」
.

⏰:08/04/26 22:26 📱:SH903i 🆔:PBcoUI3k


#256 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしが口に出さなかった言葉に、“あたし”は答える。

「あたし、幸せなんだよ」

再びそう言う“あたし”は、さっきと違い悲痛な表情を見せる。

「あたしだけ、幸せなの。記憶から、幼いあたしを消して。妹も消して。
どうして消してしまったの? あたしは……あなたと妹を犠牲にしたの?」
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⏰:08/04/26 22:27 📱:SH903i 🆔:PBcoUI3k


#257 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
逆に問い返す“あたし”は顔を歪め、今にも泣き出しそうだった。
“あたし”の疑問と悲しみを消すように、あたしは答える。


「それでいいんだよ。あたしたちはそれを望んだの。あなたに殺されることを望んだ。
あなたの幸せの為なら、あたしたちは消えてしまうことさえ喜んだよ」
.

⏰:08/04/26 22:28 📱:SH903i 🆔:PBcoUI3k


#258 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしの満足気な言葉を聞いて、“あたし”はより一層顔を歪め、泣いた。息を吸い、吐き、しゃくり上げた。


人の犠牲の上に生かされた“あたし”。
その犠牲さえも忘れ去った“あたし”。


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⏰:08/04/26 22:29 📱:SH903i 🆔:PBcoUI3k


#259 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
その罪の意識と感謝の念が、幼いあたしに伝わる。

「泣かないで、ユキ? こうしてここで会えたんだから。あなたはあたしを甦らせてくれた。あたしはそれがすごく嬉しい。
……ありがとう」

朗らかな笑顔でそう言うと、幼いあたしは“あたし”の前まで来て、“あたし”の両手を握った。
“あたし”の涙はもう止まっていて、眩しい白さが目に痛い。
手と手を繋いで、幼いあたしを見下ろす。

.

⏰:08/04/26 22:30 📱:SH903i 🆔:PBcoUI3k


#260 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「もう、全部、思い出したでしょ?」

――うん。思い出した。

“あたし”は幼いあたしの言葉通り、八年間の全てを取り戻した。
まるでこの繋いだ両手を伝わって、幼いあたしが大切に守っていた記憶が“あたし”に流れ込んでくるようだ。激しい勢いをもって、一気に。
頭の中に、鮮明に蘇る過去の記憶。流れるように八年分の断片が通り過ぎてゆく。
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⏰:08/04/27 23:23 📱:SH903i 🆔:0Tdrl5r6


#261 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
でも本当は“あたし”はその全てを知っていたんだ。
涙がやんで渇いた目を閉じると、さらにはっきりくっきりと思い出せる。
ひとつひとつ、全て大切な思い出。長い間忘れてしまっていた宝物。

再び涙が溢れる。閉じた瞼の隙間からとめどなく流れてゆく。
“あたし”はそれを拭うこともせず、ひたすら記憶を巡らせる。
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⏰:08/04/27 23:23 📱:SH903i 🆔:0Tdrl5r6


#262 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
産まれたてのあたしを抱く母の手……父の背中……母の優しい笑顔……父の腕の温もり……
あの町の景色……いつもの散歩道……懐かしいあたしたちの家……家族が集まるリビング……母の手伝いをしたキッチン……あたしたちの子供部屋……

その頃の幸せな気持ちも一緒に蘇る。涙が止まらない。
記憶に浸っている“あたし”の手を握りしめたまま、幼いあたしが語りかける。
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⏰:08/04/27 23:24 📱:SH903i 🆔:0Tdrl5r6


#263 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「サトルとハナが待ってる。もう目を覚まさなきゃ」

その言葉がきっかけだったかのように、さらに記憶と涙が溢れ出てくる。

幼いサトル……大好きな幼馴染み……幼いハナ……あたしのかわいい妹……
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⏰:08/04/27 23:24 📱:SH903i 🆔:0Tdrl5r6


#264 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

――そうだ。ハナ。ハナ。あたしのかわいい妹。ハナ。まだ歩けないのにいつもはいはいであたしの後をついてきたハナ。

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⏰:08/04/27 23:25 📱:SH903i 🆔:0Tdrl5r6


#265 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
――それに、サトル。知ってたんだ。引っ越した街で出会ったんじゃない。サトル。大好きな幼馴染み。産まれた時から知ってた。サトル。

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⏰:08/04/27 23:25 📱:SH903i 🆔:0Tdrl5r6


#266 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
閉じ込めていた記憶の中の二人の姿を頭に映し、“あたし”は夢の世界を終わらせて二人の元へ還ろうとする。
目を閉じたまま、ハナとサトルのことを強く想う。

“あたし”の両手に感じていた幼いあたしの小さな手の平の感触が消えてゆく。

――ありがとう、あたし。
.

⏰:08/04/27 23:26 📱:SH903i 🆔:0Tdrl5r6


#267 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
やっと巡り逢えた過去のあたしとの時間は、今終わりを迎えた。
でも寂しくはない。あたしの体の中で記憶として彼女は生き続けるから。

目を閉じていても眩しかった白い光も、だんだんと薄れてゆく。
小さな点になった光がやがて消え去ると、再びあたしのまぶたの裏は闇に支配された。

――ハナ……サトル……


.

⏰:08/04/27 23:27 📱:SH903i 🆔:0Tdrl5r6


#268 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

まとめ(・ω・*)

プロローグ
>>4

―T―
>>5-46

―U―
>>47-118

―V―
>>119-141

―W―
>>142-220

―X―
>>222-267

⏰:08/04/27 23:33 📱:SH903i 🆔:0Tdrl5r6


#269 [蜜月◆oycAM.aIfI]
まとめ(・ω・*)

プロローグ
>>4

―T―
>>5-46

―U―
>>47-118

―V―
>>119-141

―W―
>>142-220

―X―
>>222-267

⏰:08/04/27 23:34 📱:SH903i 🆔:0Tdrl5r6


#270 [骸]
これとってもおもしろいです
ホントに
とっても気に入りましだ゙
応援してるんで頑張ってくださいx

⏰:08/04/28 00:10 📱:auST34 🆔:BWSWOahM


#271 [蜜月◆oycAM.aIfI]

>>270 骸さん

読んで下さってありがとうございます(´∀`)
気に入っていただけたようで…光栄ですっ!

感想板もありますので、もしよければそっちにもコメント下さると励みになります(^ω^)

bbs1.ryne.jp/r.php/novel/3515/

⏰:08/04/28 02:10 📱:SH903i 🆔:FeLxLigk


#272 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
―Y―


目を覚ますとあたしは、真っ暗な闇の中で温かい毛布のようなものに包(くる)まれていた。
今度は何も見えない。自分の体も身を包む毛布も見当たらないこと、そして顔に感じる空気が冷たいことで、あたしは現実に戻ってきたんだと実感した。

まず、ハナの遺体を見つけてあげなきゃと思った。夢の中の幼いあたしが言っていたように、ハナはあたしが迎えに行くのを待っているに違いない。
警察がどこまで捜したのか解らないけれど、あたしが探さなければハナは見つからないような気がする。
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⏰:08/04/28 23:57 📱:SH903i 🆔:FeLxLigk


#273 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
体を動かそうとすると、頭と両目に鈍い痛みを感じた。目から耳の上までの皮膚が突っ張る。
泣いていたからだろう。
どうにか起き上がろうと毛布をめくってみたけれど、頭の痛みが酷かったし体が芯まで冷えていてうまく動かせなかったので諦めた。
落ちた毛布をもう一度しっかりと体に巻き付けて体を休める。

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⏰:08/04/28 23:57 📱:SH903i 🆔:FeLxLigk


#274 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
懐かしい夢を見た。長い長い夢を。
あたしは忘れていた全てを思い出した。

幼いあたしが教えてくれたこと。
全部思い出せる。
ハナとサトル。そして幼いあたし。
あたしは全てをあたしの元に取り戻した。

それを思うと体が震えた。喜び。そして、恐怖。

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⏰:08/04/28 23:58 📱:SH903i 🆔:FeLxLigk


#275 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
幼いあたしは、一番古い記憶から新しい記憶へとあたしを導いてくれた。
父。母。ハナ。サトル。
そして最後に蘇った記憶……あの事件。
恐ろしく、悲しいものだった。

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⏰:08/04/29 23:06 📱:SH903i 🆔:KV.55ENY


#276 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
しかし、あたしはそれ以上に幸せな記憶を手に入れた。
家族と大事な友達と過ごした幸せな日々。
それがあるからか、当時は恐ろしいだけでしかなかったあの事件に記憶を巡らせてもあたしの心に現れるのは恐怖だけではなかった。

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⏰:08/04/29 23:07 📱:SH903i 🆔:KV.55ENY


#277 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしたち一家を苦しめた事件の始まりは、ある男の身に起きた悲しい事故だった。
夢の中であたしの手を引いて歩いていたあの大柄な男。

男は十年前の冬のある日、あたしとハナが近所の公園で遊んでいるところにやって来て、言葉巧みにあたしたちを誘拐した。
見たこともなかったその男はとても優しくて、まさかその人があたしたちを誘拐しようとしているとは思わなかった。
けれどその時ハナは、あたしの袖を引っ張ってしかめた顔をこちらに向けていたような気がする。
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⏰:08/04/29 23:08 📱:SH903i 🆔:KV.55ENY


#278 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
――あの時ハナの言うことを聞いていれば……。
ハナが死ぬことも無かったのに。

しかしあたしはハナの無言の制止を無視して、男の車に乗ってしまった。ハナを連れて。

男が運転する白い乗用車は、山の中腹にある人気(ひとけ)のない駐車場で停まった。
そこであたしは初めて恐怖を覚えた。
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⏰:08/04/29 23:09 📱:SH903i 🆔:KV.55ENY


#279 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
男がいきなりあたしを殴ったのだ。
男は運転席から体をひねり、後部座席にいたあたしの頬を平手で打った。次に拳で頭の右側を殴られた。あたしはその二発ですでに意識を失いかけていた。
しかし、ハナが心配だった。それだけがあたしの意識を繋ぎとめていたように思う。
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⏰:08/04/29 23:09 📱:SH903i 🆔:KV.55ENY


#280 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
しかし驚きと恐怖であたしの体は固まってしまった。それを見て男は満足したのか、その時の暴力は二発で終わった。
そして男はあたしの隣にいたハナの頭に手を伸ばした。

殴られる!
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⏰:08/04/30 20:17 📱:SH903i 🆔:xkpfSZAU


#281 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
そう思ったのもつかの間、シートの間から伸びた男の手はハナの髪を優しく撫でた。
男の顔にはあたしを殴っていた時の凶暴さなど微塵もなく、ただ愛しそうにハナを撫でていた。
そして車を降り、ハナは男に抱かれあたしは無理矢理手を引っぱられ、山の中へ連れて行かれた。
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⏰:08/04/30 20:18 📱:SH903i 🆔:xkpfSZAU


#282 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
その時は訳がわからなかった。それがまだ誘拐だと思っていなかったあたしは、何か男の気に障るようなことをしてしまったんだと思った。

しかしそうではない。今ならわかる。
男はハナに自分の娘を重ねて見ていたのだ。

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⏰:08/04/30 20:18 📱:SH903i 🆔:xkpfSZAU


#283 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
男はあたしとハナを掠う少し前に、妻と娘を事故で亡くしていた。
十数年前に結婚し、あたしたちが住んでいた町から少し離れた別の街で暮らし、娘を授かった。
男は幸せだったという。愛する妻と可愛い娘と三人で、何の不満もない生活を送っていた。
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⏰:08/04/30 20:19 📱:SH903i 🆔:xkpfSZAU


#284 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
しかし絶望は突然訪れる。
酔っ払いが運転する車が買い物帰りの妻と娘を轢き、逃げた。
人通りの少ない道だったのが災いし、発見された時には二人とも息絶えていた。
男は自分よりも大切な家族を一度に失ったのだ。

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⏰:08/04/30 20:20 📱:SH903i 🆔:xkpfSZAU


#285 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
男とあたしとハナは山道を登っていたが、その途中であたしは転んでしまう。
あの山道で取り戻したわずかな記憶。あれはこの時のものだった。

しかしその日通ったのは、あたしとサトルが歩いた道とは別のルートだった。もっと緩やかで歩きやすい道だったはずだ。
しかし同じ山だからだろうか、道を挟む森が発する雰囲気はほとんど変わらない。
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⏰:08/04/30 20:20 📱:SH903i 🆔:xkpfSZAU


#286 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
ハナを抱きかかえた男に後ろからせっつかれながら、あたしは山道を登っているところだった。
あたしはつまずき、地面に身を屈めてうずくまった。地面を撫でながら。
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⏰:08/04/30 23:58 📱:SH903i 🆔:xkpfSZAU


#287 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしは男が怖かった。
山道ではハナを抱えていたので、あたしに手を出せないと思ったのだ。そのための時間稼ぎと言うべきか。
この道の先にたどり着いた時何をされるのか不安でたまらなかった。
だからあたしは後ろに近づく男の様子を伺いながら、男からの暴行を少しでも先延ばしにしようとした。
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⏰:08/04/30 23:58 📱:SH903i 🆔:xkpfSZAU


#288 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
しかしあたしの目論みはあっけなく幕を閉じる。
男はハナを両手で抱きかかえたまま、うずくまったあたしの側頭部を蹴り付けたのだ。
あたしの体は痛みに耐え切れず土の上に崩れ落ちた。

頭の中で痛みと恐怖と後悔が渦巻き、あたしの目からはポロポロと涙がこぼれ落ちていた。
男はそれに構わず、抱えていたハナを下ろして動けなくなったあたしを乱暴に抱き上げた。
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⏰:08/04/30 23:59 📱:SH903i 🆔:xkpfSZAU


#289 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
その時、一瞬ハナと目が合った。
あたしのせいでこんな目に合わされたハナが、あたしをどんな気持ちで見ているのか気になった。
けれどあたしはすぐに目を逸らしてしまった。とてつもない罪悪感がそうさせたのだ。

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⏰:08/05/01 19:31 📱:SH903i 🆔:gckU4PYk


#290 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
今度はあたしが抱えられハナが男に手を引かれて、再び山道を登り出した。
その先で、あたしとサトルが発見したのと同じようにコンクリートの建物を発見する。
そしてあたしとハナはコンクリートの箱に監禁されることになる。
もしかすると男はそれがあることを知っていて連れてきたのかもしれないが、それは解らない。
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⏰:08/05/01 19:33 📱:SH903i 🆔:gckU4PYk


#291 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
コンクリートの建物の中には、何も無かった。ただコンクリートの壁が床と天井と四方を囲っているのみ。
照明器具もなく、あたしとサトルが確認したように窓もない為真っ暗だった。
ただでさえ怯えていたあたしとハナは、そのせいで余計に心細さを感じた。
その上、あたしが予想した通り内部はかなり寒かった。暖房などあるわけもなく、真冬の空気はコンクリートをしっとりと、しかし確実に冷やしていた。
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⏰:08/05/01 19:33 📱:SH903i 🆔:gckU4PYk


#292 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
次の日、男は厚手の毛布と電池式の懐中電灯を三つほど用意してきてそれをあたしとハナに与えた。

あたしたちは閉じ込められている間、真っ暗な闇の中で毛布を体に巻き付け懐中電灯を点し、恐怖と寒さをやり過ごした。
それでも抑え切れず、二人で抱き合って泣いたこともあった。

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⏰:08/05/01 19:34 📱:SH903i 🆔:gckU4PYk


#293 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしが男から解放されたのは、確か二週間ほど過ぎた頃だった。
その時まで、ほとんどの時間をあたしとハナはコンクリートの箱の中で過ごした。
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⏰:08/05/03 21:44 📱:SH903i 🆔:wLA6FCfI


#294 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
男がそこに来た時だけ、あたしたちは外に出ることを許された。
男は大概昼前に来て、外側にくくりつけた南京錠を外しドアを開ける。
そして昼食を与え、外に出てあたしたちが食べ終えるのを待つ。
しばらくすると再びドアが開き、あたしかハナのどちらかを選んで連れてゆく。

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⏰:08/05/03 21:45 📱:SH903i 🆔:wLA6FCfI


#295 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
男は正気を失っていた。
あたしとハナのことを“ユウコ”と呼ぶのだ。死んだ娘の名前だった。

外に連れ出したあたしやハナをそう呼び、まるで本当の娘であるかのように接する。
そして自分の妻のことや家族三人の思い出を、いつもあたしたちに語りかけた。そうしている間はとても優しかった。
あたしもハナもそれに相槌を打ち話を合わせ、彼の娘のように振る舞った。そうしなければ、後に待ち受ける仕打ちが恐ろしかったのだ。
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⏰:08/05/03 21:47 📱:SH903i 🆔:wLA6FCfI


#296 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
しかし長くは続かない。
必死に頭を巡らせ男の望む返答をしようとするが、どうしてもわからないこともある。
男が問いかけてくることに、娘でないあたしたちは答えられないのだから。
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⏰:08/05/03 21:49 📱:SH903i 🆔:wLA6FCfI


#297 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしたちが返事に困って黙り込んだり男の記憶と食い違ったりすると、男は豹変する。優しかった微笑みは恐ろしい顔に変わり、目を剥いて怒鳴り始める。

「お前……オレを騙したのか! ユウコをどこにやった! オレのユウコを返せ!」
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⏰:08/05/03 21:50 📱:SH903i 🆔:wLA6FCfI


#298 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
そんなことを叫びながら、あたしやハナを痛めつけるのだ。
頬をはたかれ、首を締められ、頭を殴られ、地面に倒される。
腹を蹴られ、足を掴んで引きずられ、背中を踏み付けられる。

あたしは怖くてどうしたらいいのかわからなくて、謝り続けていたように思う。

「ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
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⏰:08/05/05 00:11 📱:SH903i 🆔:Nqg5T9kk


#299 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
すると男はある瞬間、パタリと動きを止める。
そしてまた豹変するのだ。

「あ、あ、ああ……すまない、大丈夫か? 本当にすまない、悪かった……」

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⏰:08/05/05 00:11 📱:SH903i 🆔:Nqg5T9kk


#300 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
男は正気を取り戻す。我に返ってあたしを抱きしめた。
その時にはもう、男にとってあたしやハナは娘ではなく、衝動的に掠ってしまった見知らぬ女の子なのだ。

自分がした恐ろしい行いを詫び、コンクリートの箱に連れ帰って傷を手当てされた。
包帯を巻いたり消毒液を塗ったりしながら、男は自分に起きた不幸や誘拐の理由を語る。


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⏰:08/05/05 00:12 📱:SH903i 🆔:Nqg5T9kk


#301 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
親子を装った会話・暴行・謝罪と手当て。
この一連の波が、日によってあたしかハナのどちらかに必ず訪れる。
あたしもハナも同じように怯えていた。真っ暗な闇の中で時間もわからないけれど、毎日昼が来るのを恨めしく思っていた。

けれど必ずどちらか一人はひどい目に合うのだと理解してから、ハナはあたしを庇い、食事の後自らドアの前に立ち男を待つようになった。
あたしはそれを止められなかった。
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⏰:08/05/05 00:13 📱:SH903i 🆔:Nqg5T9kk


#302 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
違う。

止めなかった。


あたしは自分が大事だったんだ。

ハナがどんな思いでそこに立っているかなんて考えもせず、あたしはただ彼女の背中を罪悪感のこもった瞳で見つめるだけだった。
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⏰:08/05/05 00:13 📱:SH903i 🆔:Nqg5T9kk


#303 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
正気を取り戻した時の男が言うには、あたしとハナは彼の娘に似ているらしかった。年齢も同じくらいで、髪もちょうど同じ長さだった。
特にハナは、雰囲気や仕草がとてもよく似ていると男は悲しげに笑っていた。

ハナはそれを知った上で、毎回、自ら狂った男の手を握りドアを閉めた。あたしに笑いかけながら。

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⏰:08/05/05 23:27 📱:SH903i 🆔:Nqg5T9kk


#304 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしは心のどこかでそれを喜んでいたのだ。ハナがあたしの身代わりになって暴行を受けることを、ラッキーだと思っていたのだ。

――あの時ハナを止めていれば……こんな結果にならなかったのかな……?


そしてこの事件はあたしとハナにとって最悪の終わりを迎える。
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⏰:08/05/05 23:28 📱:SH903i 🆔:Nqg5T9kk


#305 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
男の狂った行動に何度も何度も付き合わされ、あたしたちは憔悴し切っていた。
コンクリートの中の闇と寒さ、男の加減を知らない暴力、そして終わりの見えない不安は、あたしを絶望させるのには充分過ぎるほどだった。

四、五日目までは、いつか解放されるだろうと思っていた。
男が正気を取り戻した時の優しさは、あたしたち二人を両親の元に返してくれるかもしれないと思わせた。
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⏰:08/05/05 23:28 📱:SH903i 🆔:Nqg5T9kk


#306 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
しかし一週間を過ぎた頃から、男は「もう戻れない」、「死ぬしかない」、そんな言葉をぼそっと独り言のように呟くことが多くなっていた。
男は正気と狂気の間を行ったり来たりしているかに見えていたけれど、その頃にはもう完全に、狂気に飲み込まれていたのだろう。
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⏰:08/05/06 22:29 📱:SH903i 🆔:1bdF9NU6


#307 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
だんだんおかしくなっていく男の様子に、あたしはさらに絶望を感じ始める。
男の独り言がじわりじわりと洗脳のようにあたしの意識に染み込んで、「もう戻れない」、「死ぬしかない」、いつの間にかあたしもそればかり呟くようになっていた。
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⏰:08/05/06 22:30 📱:SH903i 🆔:1bdF9NU6


#308 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
ハナはその頃、あたしや男のように絶望するでもなく常に何か考え事をしているようだった。
あたしは自分のことしか考えられない状態でそんなハナの様子など気にも留めていなかったが、ある雨の日、彼女が日々何を考えていたのかが明らかになる。

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⏰:08/05/06 22:30 📱:SH903i 🆔:1bdF9NU6


#309 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
その日はあたしたちが誘拐されてから初めて雨が降った。雨足は強く、コンクリートに打ち付けられる雨粒の音がうるさかった。
箱の中はジメジメとして、寒さと合わさりあたしたちを一層凍えさせた。
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⏰:08/05/08 00:18 📱:SH903i 🆔:hl2laBBQ


#310 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
ハナは懐中電灯を床に立てて天井を照らしたまま、体育座りした体に毛布を巻き付けて黙り込んでいる。
その頃にはあたしたちの体は傷と痣で埋め尽くされていた。ハナは痛みを口に出さないので解らないけれど、あたしは二日前から右脇腹に激しい痛みを感じていた。
あたしはハナの顔の痣をぼーっと見ながら、毛布に包まって寝転んでいた。
どうしようもないこの状況のせいで、あたしの頭は空っぽだった。何かを考える気力さえ失っていたのだ。
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⏰:08/05/08 00:19 📱:SH903i 🆔:hl2laBBQ


#311 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
時間は多分朝九時か十時ぐらいだったと思う。
雨音が室内に響く中、ハナが意を決したように口を開いた。

「家に帰りたい?」

こちらを見ることもなく彼女は突然問い掛けた。
あたしは彼女の顔を見つめたまま答えた。

「帰りたいよ」
.

⏰:08/05/08 00:19 📱:SH903i 🆔:hl2laBBQ


#312 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
そう言ったものの、それは絶対に不可能なことだと思い込んでいた。
あたしにはもう希望のかけらも無かったのだから。

「ユキ、お母さんとお父さんを安心させてあげてね。あたしは帰れないけど、ユキ一人なら逃げられるから」

――逃げられる? まさか。無理に決まってる。

あたしはユキの言葉を胸中で否定してから耳を疑った。
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⏰:08/05/08 00:20 📱:SH903i 🆔:hl2laBBQ


#313 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「あたし一人……? それどういう意味? ハナは帰れないってどういう意味!?」

ハナの腕を掴んで問い質(ただ)す。自分の体に巻きつけていた毛布が滑り落ちたのにも気付かなかった。
ハナが自分の腕を掴むあたしの手を優しく外し、毛布をかけてくれる。
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⏰:08/05/08 20:45 📱:SH903i 🆔:hl2laBBQ


#314 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「あたしが逃げようとしたらあの人多分追いかけて来ると思う。でもユキだけなら大丈夫。あたしが何とかするから」

「何とかって……何とかってなによ!? ハナだけ置いていける訳ないじゃない! っつう……」

大声を出すと右脇腹に刺されたような痛みを感じて床に倒れ込んだ。

「ユキ、わかってるでしょ? あたしよりユキの方が怪我酷いの。あの人、あたしには本気で殴れないんだよ。
……このままだとユキが死んじゃう」
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⏰:08/05/08 20:46 📱:SH903i 🆔:hl2laBBQ


#315 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
ハナの表情に悲しみと戸惑いが見えた。
薄々は気付いていた。ハナの傷があまり多くないこと。
やっぱりハナの方が亡くなった娘に似ているから……。

あたしは手をついて体を起こした。

「でも……やっぱりハナを置いていけないよ。あたしが逃げたってわかったら、ハナ……何されるかわからないじゃない」
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⏰:08/05/08 20:47 📱:SH903i 🆔:hl2laBBQ


#316 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「お母さんとお父さんが心配なんだよ。ユキが帰れば二人も少しは安心すると思う」

ハナは頑として譲らなかった。
でも、でも、とあたしは反論したけれどハナの意志は強かった。

結局、あたしだけが逃げると二人で決めた。
.

⏰:08/05/08 20:47 📱:SH903i 🆔:hl2laBBQ


#317 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

――あの時どうにかしてハナを説得出来ていれば……あたしが逃げないと言い張れば……

.

⏰:08/05/08 20:48 📱:SH903i 🆔:hl2laBBQ


#318 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
どうやってあたしを逃がすつもりなのかハナに問うと、ハナはゆっくりと説明を始めた。
懐中電灯を二つ点し、あたしたちは慎重に作戦を練る。
成功するかどうかは賭けだ。男の反応に全てがかかっていた。

ハナは必ず成功すると信じていたから、あたしもハナを信じることにした。

――今日、男が来た時が勝負だ。


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⏰:08/05/10 01:36 📱:SH903i 🆔:c20X8gQs


#319 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
鉄製のドアにガチャガチャと鎖のぶつかる音がして、それが聞こえなくなると暗闇の中に一筋光が射した。

――来た。

ドアに繋がれていた鎖とスーパーの袋を手に持って、男が部屋に入ってくる。いつもの光景だ。
無表情な男は惣菜やパンが詰められた袋を床にドサッと置いてその隣に鎖を投げた。
金属とコンクリートがぶつかり合う嫌な音が響いて、あたしは体を強張らせた。ひどく緊張している。
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⏰:08/05/10 01:37 📱:SH903i 🆔:c20X8gQs


#320 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
男が部屋を出てドアを閉めたのを確認してハナがこちらを向いた。大丈夫か、とその目が問い掛けていた。
あたしはハナの目を見つめたまま頷く。

――大丈夫。


袋の中から昼に食べる分だけを取り出し、残りは夜に取っておく。今日の夜にはあたしはいないけれど。
そう思うとまた少し不安になった。

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⏰:08/05/10 01:37 📱:SH903i 🆔:c20X8gQs


#321 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
食事を終え、あたしはドアの前に立つ。ハナは部屋の隅で毛布に包まっていた。
緊張と不安が増してきて、心臓の音が聞こえる。自分の息遣いが荒いのがわかる。
目線は丸いドアノブに集中していた。

銀色のノブがゆっくりと回った。あたしは瞬時に振り向いてハナを見たけれど、彼女の顔は毛布に埋(うず)められていた。
それだけ確認するとすぐにドアに目線を戻す。向こう側のノブにかけられた男の腕が見えた。
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⏰:08/05/10 23:39 📱:SH903i 🆔:c20X8gQs


#322 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
――上手くいきますように……。

そう願いながら、光のある外へと足を踏み出す。雨は止んでいた。
男が優しく微笑んであたしを見下ろしていた。自然とその大きな手を握る。
繋いだ手から緊張が伝わらないだろうか、そう心配になったけれど男はいつも通りだった。
あたしたちはいつものコースに向けて歩き出した。

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⏰:08/05/10 23:40 📱:SH903i 🆔:c20X8gQs


#323 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
はずだった。
けれど何時間か歩いた後、男はあたしの手を放した。いつもなら絶対に逃がさないあたしの手を、その日は何故か自由にさせた。

「パパちょっと疲れたから、向こうで遊んでおいで」

男は体を屈め目線をあたしに合わせてそう言った。その顔は本当に疲れているように見えた。
やつれているし、目の下のクマが濃い。
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⏰:08/05/10 23:41 📱:SH903i 🆔:c20X8gQs


#324 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしとハナの企みがバレているのだろうかと不安になったけれど、男の目に怒りや憎しみは見えなかった。
むしろ寂しそうな、悲しそうな感じがして、あたしは男が可哀相に思えて言葉をかけた。

「パパ? ……大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ。行っておいで……」
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⏰:08/05/10 23:41 📱:SH903i 🆔:c20X8gQs


#325 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
男はとうとう木の根に腰をおろして、頭を抱えてしまった。
あたしはこのまま逃げてしまおうか、そう考えたけれど、ハナに何も言わずここから去るのは嫌だった。

――戻ってこよう。

うずくまる男から視線を外して、あたしは自由になった体で歩き出した。

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⏰:08/05/11 22:15 📱:SH903i 🆔:1rttUfes


#326 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
一人で森を歩けるのが嬉しくて、あたしは随分遠くまで来てしまっていたらしい。
男が来てあたしに声をかけた。

『ユウコ、もう暗くなるよ』


――あぁ、あの夢はこの時だ。最後の日だったんだ。

指輪が光る手をとり、あたしたちはコンクリートの箱に帰ろうと山道を歩く。

木の向こうにコンクリートが見えてもう少しで着く、というところで男が豹変した。
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⏰:08/05/11 22:15 📱:SH903i 🆔:1rttUfes


#327 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
頬を平手打ち――痛い――また頬を――耳がちぎれそう――引っ張らないで!――押し倒され――頭を地面に打った――割れそう――背中に激痛――目に液体が――血!――お腹――肩――腿――頭――痛――止まらない――脇腹――嫌な音――もうやめて!


――意識を失いそうだった。
あたしはやはり謝り続けていたけれど男の手はいつまでたっても止まることなく、あたしは、死を覚悟した。
その時。

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⏰:08/05/11 22:16 📱:SH903i 🆔:1rttUfes


#328 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「パパ!」


ハナの……声だ。


「パパ、やめて!」


あたしの体に降り注いでいた痛みが止み、男が振り向いた気配を感じた。血が目に膜を張ってよく見えない。

⏰:08/05/12 22:14 📱:SH903i 🆔:58D7rq3M


#329 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「ユウコ……」

「パパ、やめて。あたしの大事な友達なの」

ハナの声が少し震えている。でもその言葉ははっきりとあたしの耳に届いた。

――やっと……きた。

これがあたしたちの考えた方法だった。
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⏰:08/05/12 22:16 📱:SH903i 🆔:58D7rq3M


#330 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「友達?」

「そう、あたしの、……ユウコの友達。だからやめて」

地面に倒されたまま、あたしは目だけを動かしてハナの姿を探した。
世界が赤い。流れてくる血が眼球にまとわりついて視界が赤くぼやけている。
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⏰:08/05/12 22:17 📱:SH903i 🆔:58D7rq3M


#331 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「友達……ユウコの……」

「そうだよ、もう帰らないといけないの」

涙が血を洗い、少しずつ周りの様子が見えてくる。
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⏰:08/05/13 21:48 📱:SH903i 🆔:ih.RNmQk


#332 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
暮れ始めた薄赤い空の下に男が立っていて、その顔は向こう側に向けられている。
男の視線の先には、ハナが立っていた。拳を握りしめ、強張った表情でじっと男を見つめている。
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⏰:08/05/13 21:48 📱:SH903i 🆔:ih.RNmQk


#333 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしは体を支えようと腕に力を入れた。
ズキン、と右肩が痛む。
それでも歯を食いしばり、なんとか上半身を起こした。
まだハナと男は見つめ合っている。
あたしの荒い呼吸だけが、静かな森の中に響いていた。
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⏰:08/05/13 21:49 📱:SH903i 🆔:ih.RNmQk


#334 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「……友達?」

男が同じ言葉を繰り返す。今度はあたしの方をチラリと見た。

「そう、友達」

ハナは男から目を離さない。ほとんど睨みつけるようにしながら震える声で呟いた。
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⏰:08/05/13 21:50 📱:SH903i 🆔:ih.RNmQk


#335 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「帰らなきゃいけない……?」

焦点の合わない目で男はあたしを見る。
あたしは祈るような気持ちで男を見上げていた。

――お願い……お願い!

あたしの呼吸が冷たい空気に響く。

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⏰:08/05/14 01:38 📱:SH903i 🆔:GAsvctc6


#336 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「……そうか。じゃあ近くまで送ってあげなさい、ユウコ」

男の目があたしからハナに移る。
それを追ってあたしもハナの方を見遣ったけれど、何だか視界がぼやけている。でも赤くはない。
安堵からか、痛みからか。意識が遠のく。
体を支えていた腕の力が抜けていく。
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⏰:08/05/14 01:39 📱:SH903i 🆔:GAsvctc6


#337 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
倒れる――その瞬間、細い腕があたしの体を抱いた。
ハナだ。

「帰ろう?」

――うん。

あたしは小さく頷いた。
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⏰:08/05/14 01:40 📱:SH903i 🆔:GAsvctc6


#338 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
ハナの細く白い腕があたしの体を持ち上げる。
力を入れているのに、入らない。自分の体じゃないように感じる。
ハナの腕の力だけであたしは立ち上がった。

「早く帰ってくるんだよ」

男の声がした。感情を失ってしまったように抑揚の無い声が。
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⏰:08/05/14 01:41 📱:SH903i 🆔:GAsvctc6


#339 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「必ず戻るから……待ってて、パパ」

そう言ったハナの声に、男への憐れみを感じた。

ハナの肩に腕を回し体重を乗せ、足を引きずるようにしてあたしは進む。
あの忌ま忌ましいコンクリートの箱から離れられる。男の呪縛から逃れられる。
その想いがあたしの足を動かしていた。
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⏰:08/05/14 01:41 📱:SH903i 🆔:GAsvctc6


#340 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
コンクリートの箱に背を向け、あたしたちはゆっくりと土の道を歩む。
はっきりしない意識の中で、木々の向こうから背中に虚しい視線を感じていた。


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⏰:08/05/14 01:42 📱:SH903i 🆔:GAsvctc6


#341 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
途中何度か転びながらも、あたしたちは歩みを止めなかった。
コンクリートの箱から離れるに連れて、後ろから男が追ってくるんじゃないかという恐怖に襲われた。

覚束ない足取りで歩くあたしの意識はかなり前から朦朧とし始めていて、体を密着させているハナの温かみだけが頼りだ。
頭の中は空っぽで、あたしはただ足を動かすことだけに集中していた。
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⏰:08/05/15 00:13 📱:SH903i 🆔:vyDNGB6.


#342 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
気がつけば頭の上に覆いかぶさる木の葉はなく、一面オレンジの空が拡がっていた。
歩みを止めてしまうと立っていることが辛くなってきて、あたしはハナの肩から滑り落ちた。

「ユキ!」
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⏰:08/05/15 00:14 📱:SH903i 🆔:vyDNGB6.


#343 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
ユキがあたしの腕を掴んで、そのままゆっくり降ろしてくれる。
ここは、二週間前に連れて来られた駐車場だ。
あたしは黒い地面に体重を預け、空を見上げていた。
休まず歩いてきたせいかあたしの呼吸はさらに早くなり、体中が脈打っている。

「ハナ……ありがと……」
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⏰:08/05/15 00:14 📱:SH903i 🆔:vyDNGB6.


#344 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「ハナ……ありがと……」

呼吸の隙間に呟いた。

「ユキ、大丈夫? しっかりして、もう少し下まで行かないと――」

「ちょっとだけ……休憩……させて……」

ハナの言葉を遮ってそう言うと、彼女は「うん」とだけ答えてあたしの左手を握りしめた。

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⏰:08/05/16 03:36 📱:SH903i 🆔:kSaLjsmM


#345 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
冷たい北風があたしの頬を撫でる。頭から流れていた血は止まったけれど、涙と混じって顔中にこびりついていた。
脇腹と左腕が激しい痛みとともに熱を帯びて痺れている。
けれどそんな体の状態に反してあたしの気持ちは晴々としていた。
たった一つの悲しみを除いては。

「ねぇ……ハナ」
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⏰:08/05/16 03:36 📱:SH903i 🆔:kSaLjsmM


#346 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「なあに?」

「一緒に……帰れない……かな? ……このまま……逃げられないかな……?」

声を出すのも辛いけれど、どうしてもハナを置き去りにしたくなかった。
あたしの言葉を聞いたハナは悲しげに目を伏せて黙り込んでしまった。
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⏰:08/05/16 03:37 📱:SH903i 🆔:kSaLjsmM


#347 [蜜月◆oycAM.aIfI]


>>344
コピペミスです
レス頭の

「ハナ……ありがと……」

↑この部分スルーして下さい(;´д`)

⏰:08/05/16 04:35 📱:SH903i 🆔:kSaLjsmM


#348 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「……ハナは……帰りたくない……?」

弾かれたように彼女はブンブンと首を横に振る。

「じゃ……帰ろう? ……一緒に……お父さんと……お母さんのとこに……」

俯いたハナの目に迷いが浮かぶ。けれどすぐには頷いてくれなかった。
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⏰:08/05/16 23:12 📱:SH903i 🆔:kSaLjsmM


#349 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
下から見上げたハナの頭の向こうに広がる空は、オレンジと紺色が混じり合ってところどころ紫色を滲ませていた。
あたしはどんどん増してくる痛みに耐えながら、ハナの答えを待つ。

沈黙が寒さを募らせる。
あたしが口を開こうとした時、一瞬早くハナが言葉を発した。

「あたし帰らない」
.

⏰:08/05/16 23:12 📱:SH903i 🆔:kSaLjsmM


#350 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
ハナの苦しげな表情があたしにのしかかる。
頭の中に疑問が渦巻いた。
あたしはそれを解くために重い口を開く。

「……どうして……ねぇ? ……今なら……帰れる……のに……ハナ……お父さんと……お母さん……安心……させたいんでしょ……?」

「あの人が……」

――あの人?
.

⏰:08/05/16 23:13 📱:SH903i 🆔:kSaLjsmM


#351 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「あたしを必要としてるから」

ハナのいうあの人、それはあの男のこととしか考えられない。
必要としてる? ただ殴ったり蹴ったりするだけじゃないの?

依然として苦しげな表情をしたハナの向こうの空はオレンジ色を失いつつある。
あたしが険しい顔をしていたからか、ハナは言葉を続けた。

「うちの家族は……幸せだよね? ユキも幸せだったよね?」
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⏰:08/05/16 23:14 📱:SH903i 🆔:kSaLjsmM


#352 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
ハナが何を言いたいのか解らず、あたしは戸惑いを隠せなかった。何も言えずにハナの顔を見つめる。

すると、ハナはふっと表情を柔らげてあたしに微笑みかけた。

「あたしは……幸せだって思い込んでただけみたい。ユキとかお父さんお母さんを嫌いなんじゃないよ、大好きなんだけど……大好きだから……」
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⏰:08/05/16 23:15 📱:SH903i 🆔:kSaLjsmM


#353 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
微笑んだまま、ハナの目に涙が溢れ出す。一筋流れた涙が、ポツリ、あたしの頬を濡らした。

「……ハナ……?」

「辛かったの。お父さんとお母さんがユキを可愛がるのも。ユキがお父さんとお母さんに甘えるのも。あたしには無かったから」
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⏰:08/05/17 23:05 📱:SH903i 🆔:r2FaV5hA


#354 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
ハナの顔にはさっきまでと同じ微笑みが浮かんでいたけれど、そこには苦しみが混じって見えた。
優しい顔。だけど、恐ろしくもある。

ハナにそんな苦しみがあったなんて、考えもしなかった。
あたしは我が儘な子どもだったと思う。父と母はいつもそれを許してくれた。
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⏰:08/05/17 23:06 📱:SH903i 🆔:r2FaV5hA


#355 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
でもハナはいつもいい子だった。両親の言うことをよく聞く真面目な子どもだった。
おもちゃが欲しくてあたしが駄々をこねても、ハナは何も言わずに下を向いていた。
結局父や母が折れておもちゃを買ってくれることになり、ハナに何がいいかと聞いてもハナは首を横に降って「あたし、いらない」と言うのだった。
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⏰:08/05/17 23:07 📱:SH903i 🆔:r2FaV5hA


#356 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしはそれがハナだと思っていた。普段から真面目で親に迷惑をかけることのない、しっかりした妹だと。そう思っていた。

それにあたしはハナが羨ましかった。あたしより成績もよかったし、親戚が集まった時なんかに褒められるのは決まってハナだったから。
父や母が親戚からハナを褒められて嬉しそうにしているのがすごく羨ましかった。
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⏰:08/05/17 23:08 📱:SH903i 🆔:r2FaV5hA


#357 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
でもハナは、親戚から褒められることよりも父と母の愛情を欲していたのだ。
両親がハナよりもあたしに多くの愛を注いでいたとは思わない。

けれどハナにはそう思えてしまったのか。
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⏰:08/05/18 22:09 📱:SH903i 🆔:eMAjbdcw


#358 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「家族四人でいても、真ん中にはいつもユキがいた。あたしが何か言っても、すぐユキの話になっちゃうでしょ?
お父さんもお母さんもユキの話に夢中だったしあたしの話なんていつも聞いてくれなかった。
あたしがテストで毎回百点とるより、ユキがとった一回の八十点の方がお母さんは喜んでた」

ハナの微笑みは消えない。でもあたしの顔は崩れる一方だった。
呼吸はさらに激しくなり、胸の上下運動は速度を増していく。
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⏰:08/05/18 22:10 📱:SH903i 🆔:eMAjbdcw


#359 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「あの人にここへ連れてこられるまで気付かなかったの……あたしはあの家にいても独りぼっちだった。誰も必要としてくれなかった」

――違う、そんなことない!

そう言おうとしたけどあたしの声は出なかった。寒さと痛みで唇が動かない。
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⏰:08/05/19 23:06 📱:SH903i 🆔:t3uEDHYM


#360 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「……でもあの人は、あたしのことだけ考えてくれる。あたしを必要としてくれてる。
あたしがいなくなっちゃうとあの人死んじゃいそうなの」

辺りは真っ暗で、駐車場を照らす街灯が遠くにいくつか見える。
その光はここまで届かず、ハナの表情はよくわからなかった。
でも一定の間隔を置いてあたしの頬に落ちる雫が、ハナが泣いているということを教えてくれる。
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⏰:08/05/19 23:06 📱:SH903i 🆔:t3uEDHYM


#361 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「……ハ……ナ……」

あたしの喉がやっと音を出した。

「……ハナ……お父……さんも……お母さん……も……あたしも……ハナ……の……こと……大好き……だよ……」

「わかってる」

暗闇の中に、今までの微笑みとは違う、ニッコリ笑った顔が見えた気がした。
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⏰:08/05/19 23:07 📱:SH903i 🆔:t3uEDHYM


#362 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「でもね、あたし、あの人のこと心配で仕方ないの……ごめんね、ユキ。……あたしのこと、許してね」

何も、言えなかった。
顔の温度が高まるのを感じ、あたしの目にも涙が溢れ出す。
ハナの涙とあたしの涙が頬の上で同化する。
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⏰:08/05/20 23:34 📱:SH903i 🆔:p18Ru3ZA


#363 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしの体は泣くことでさらに体力を失い、息は乱れ、喉が鳴る。目を開くのも億劫になり、耳の中には自分の呼吸の音だけが響く。
体の表面に澱んだ液体で膜を張られたように全ての感覚が鈍る。

「……、……。……」

ハナの声が聞こえる、けれどくぐもって何を言ってるかわからない。あたしの耳は息の音しかとらえない。
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⏰:08/05/20 23:35 📱:SH903i 🆔:p18Ru3ZA


#364 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
急に、あたしの体に力が加わる。
ハナがあたしを起こそうとしているようだ。
あたしは抗うでもなく力を入れるでもなく、されるがままだった。
ハナの肩に手を回され背中を抱えられ、再び歩く体勢に戻る。
ハナが歩き出すと、引きずられるようにしてあたしの足は動く。あたしの意思じゃない、ただ体重を支えようとする反射運動だけで進んでゆく。
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⏰:08/05/20 23:36 📱:SH903i 🆔:p18Ru3ZA


#365 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
駐車場からはふもとに繋がる車道と頂上に続く歩道が下と上に向かって延びていた。
薄く開いた瞼の間からは、歩道らしき景色が入り込んでくる。
どうしてふもとじゃなく頂上に向かうのか疑問に思ったけれど、口に出して尋ねるのも辛いほどあたしの体は弱っていた。
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⏰:08/05/21 18:17 📱:SH903i 🆔:5BNBitiM


#366 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
緩やかな登りの細い道。靴の裏に伝わる感触は、コンクリートのそれではなく土の柔らかさがあった。
道の左側は岩肌が剥き出しの崖で、右側は傾斜のついた茂み。
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⏰:08/05/21 18:17 📱:SH903i 🆔:5BNBitiM


#367 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
ハナに体を預けてあたしは歩く。が、歩いているという意識は薄かった。ひとりでに動く二本の足が体を運ぶ。
だらんと首を下げて進むあたしの足元は、明るくなり、暗くなり、明るくなる。
頭を少し上げてみると細い道の脇に街灯がひとつあり、三十歩程先にもひとつ、そのまた先にもひとつ。
それが無ければあたしたちは脇の茂みの中に落ちてしまっていただろう。

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⏰:08/05/21 18:18 📱:SH903i 🆔:5BNBitiM


#368 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしの喉はゼェゼェと音を立て、ハナの方からも微かだけれどハァハァと聞こえてくる。
黙々と歩き続けた。
目的地はどこ? いつまで歩けばいい?
そんなあたしの気持ちに気付かず、ハナは迷いなく進んでゆく。

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⏰:08/05/21 18:19 📱:SH903i 🆔:5BNBitiM


#369 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
痛いくらいの寒さが体を震えさせる。すでに指先は感覚を失っていた。
未だ登り坂の終わりは見えず、あたしたちは街灯の明かりを頼りに夜の山道をひたすら進んでいた。
細かった道幅はさらに狭まり、今ではあたしとハナが並んで歩くのがやっとだ。
ハナは茂み側を慎重に、しかし多少焦りながら歩いているようだった。
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⏰:08/05/21 19:57 📱:SH903i 🆔:5BNBitiM


#370 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
けれどある場所で、ハナの歩みが止まった。
ここは道の途中だろうか?
少し先で街灯が白い光を浮かべている。
再び崩れ落ちるあたしの体を、ハナは同じようにゆっくりと寝かせてくれた。
体は限界に近づいていて、今すぐにでも眠ってしまいそうだ。
ダランと転がるあたしの横にハナがしゃがみ込んで、手を握りしめられる。

「……ハナ……」
.

⏰:08/05/21 19:58 📱:SH903i 🆔:5BNBitiM


#371 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「お別れだね」

あたしの呼吸の間から、小さくくぐもったハナの声が聞き取れた。

「ヤダ……一緒じゃないと……」

「ごめんね、ユキ。あたしは帰れない」

「……嫌だ……!」
.

⏰:08/05/21 19:59 📱:SH903i 🆔:5BNBitiM


#372 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
胸が苦しくなって涙が溢れてくる。
ハナに伝えたいことはたくさんあるのに、声にならない。

「……ハナ……行かないで……」

「ユキ、よく聞いてね」
.

⏰:08/05/21 19:59 📱:SH903i 🆔:5BNBitiM


#373 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしの手を握るユキの力が強まった気がした。
聞こえてくる音が水中にいるように感じさせる。
少し上にあるハナの顔を見つめて小さく頷いた。

「あたしとユキはここで一旦お別れなの」

その言葉に、また涙が溢れる。
けれどあたしは口をきつく結んでまた頷く。
もうこれで最後かもしれないハナの声を、聞き逃す訳には行かなかった。
.

⏰:08/05/21 20:00 📱:SH903i 🆔:5BNBitiM


#374 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「ユキはきっと助かる。誰か大人の人が見つけてくれて、病院に運んでくれる」

一言も聞き漏らさないように、無心で耳を傾ける。
涙をしゃくり上げる声を押し殺し、ハナの声だけに意識を集中する。

「助かって、目が覚めたら、あたしのことは忘れて。絶対に忘れてね」
.

⏰:08/05/21 20:01 📱:SH903i 🆔:5BNBitiM


#375 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
催眠にかけられたように、あたしは空っぽの頭で何を考えることもなく、ただハナの言葉に頷く。
彼女の声があたしの脳を直接震わせる。

「お父さんとお母さんのことは忘れないで、二人を心配させちゃダメだよ? あたしのことだけ、全部忘れて」

忘れる。ハナを、忘れる。
.

⏰:08/05/21 20:02 📱:SH903i 🆔:5BNBitiM


#376 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「あたしは一緒に帰れないけど、ユキはあの町で、みんなと一緒に生きてね、あたしの分まで生きて……いっぱい生きてね」

生きる。ハナの分も、生きる。

「それでもし、この先あたしのことを思い出すことがあったら、」


……あったら?

.

⏰:08/05/21 20:04 📱:SH903i 🆔:5BNBitiM


#377 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「……その時は、迎えに来て。あたしはいつまでも待ってるから。何年先でもあたしはあそこで、ユキを待ってるから」


その時、静寂に包まれていた森の中、冬の冷たい空気を震わせて大きな爆発音が響いた。
と同時に真っ黒だった空が一瞬にして真っ白に光る。いや、黄、赤、青、何色もの光が混じり合った明るい空……。
.

⏰:08/05/21 20:04 📱:SH903i 🆔:5BNBitiM


#378 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
花火。
それに続いて、いくつもの光の花が空に舞う。体の芯を揺さぶる低い爆発音とともに。
あたしの薄く開いた目に、無限に散らばる光の花びらが舞い込んできた。

花火が弾ける度に、辺りの景色は明るく照らされた。
いきなり現れた花火に驚き目を奪われているハナの横顔も、鮮やかに染められる。
あたしは赤や青の光をうけて輝くハナの顔を見ていた。
.

⏰:08/05/22 00:09 📱:SH903i 🆔:D09uoF5Q


#379 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「お祭りかな……」

音と光の洪水の中、見つめていた顔がぽつりと呟く。
あたしの頭は体に響く振動と眩しい閃光で朦朧とし始めていた。
ハナの顔がこちらに向けられたような気がする。
.

⏰:08/05/22 00:10 📱:SH903i 🆔:D09uoF5Q


#380 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「忘れてね、あたしを。でも、あたしはいつでも待ってるから」

再びあたしの体に力が加わる。
けれどあたしはその直後、全ての感覚を断ち切って闇の世界へと旅立った。

.

⏰:08/05/22 00:11 📱:SH903i 🆔:D09uoF5Q


#381 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
ハナを忘れる。あたしは生きる。


その言葉だけが頭をぐるぐると巡り、あたしの意識は完全に途絶えた。
けれどハナとの最後の会話は、あたしの中にしっかりと刻み込まれていた。

.

⏰:08/05/22 00:12 📱:SH903i 🆔:D09uoF5Q


#382 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

――ハナ……忘れても……忘れないよ……



.

⏰:08/05/22 00:12 📱:SH903i 🆔:D09uoF5Q


#383 [蜜月◆oycAM.aIfI]

まとめ(・ω・*)

プロローグ
>>4

―T―
>>5-46

―U―
>>47-118

―V―
>>119-141

―W―
>>142-220

―X―
>>222-267

―Y―
>>272-382

⏰:08/05/22 00:18 📱:SH903i 🆔:D09uoF5Q


#384 [蜜月◆oycAM.aIfI]
まとめ(・ω・*)

プロローグ
>>4

―T―
>>5-46

―U―
>>47-118

―V―
>>119-141

―W―
>>142-220

―X―
>>222-267

―Y―
>>272-382

⏰:08/05/22 00:18 📱:SH903i 🆔:D09uoF5Q


#385 [蜜月◆oycAM.aIfI]
ミスりまくりごめんなさいorz

※まとめ
プロローグ
>>4
―T―
>>5-46
―U―
>>47-118
―V―
>>119-141

⏰:08/05/22 00:21 📱:SH903i 🆔:D09uoF5Q


#386 [蜜月◆oycAM.aIfI]

※まとめ続き
―W―
>>142-220
―X―
>>222-267
―Y―
>>272-382

⏰:08/05/22 00:23 📱:SH903i 🆔:D09uoF5Q


#387 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

―Z―


気がつくと、あたしはまた眠ってしまっていた。
ゆっくりと目覚めていく頭に合わせてゆっくりと瞼を開けると、白い光の筋が天井を丸く照らしていた。
それ以外に光は無く、黒い天井に丸く開いた白い穴はさしずめ闇夜に浮かぶ満月のようだ。
.

⏰:08/05/26 01:39 📱:SH903i 🆔:190zu.A6


#388 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
首を動かして光の元へと視線を落とすと、寝かされているあたしの右側に懐中電灯らしきものが立てられていて、そのすぐ横にはサトルが座り込んでいた。
あたしが目覚めたのに気付いて、光に薄く照らされたサトルの横顔が笑顔に変わった。
子犬みたいな、無邪気な笑顔。

「あぁ、よかったぁ! ユキ、大丈夫? 体辛くない? すごい熱だったんだよー! あ、ちょっとみせてね」
.

⏰:08/05/26 01:40 📱:SH903i 🆔:190zu.A6


#389 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
まだ頭がぼーっとしていて、サトルのたたみかけるような問いかけに一つも答えられないままあたしは口をパクパクさせていた。
そんなことはお構いなしにサトルの手の平があたしの額にピタッとくっつく。
冷たくて気持ちいい。
と思ったらすぐに離れていった。

「まだちょっと熱いけど、さっきよりは下がったみたいだね。よかった! あ、お腹空いてる? なんか食べる?」
.

⏰:08/05/26 01:40 📱:SH903i 🆔:190zu.A6


#390 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「ん……大丈夫、ありがと」

やっと返事できた、と思いながらあたしは体を起こした。
闇に慣れてきた目で部屋の中をぐるりと見回してみて気付いた。
何か物がたくさん置かれて雰囲気は変わっているけれど、間違いない、ここはあたしとハナが監禁されていたコンクリートの箱の中だ。
辺りに置かれているものはよく見えないけれど生活用品――ティッシュペーパーや小さな鍋、ごみ箱などのようだ。ここで人が生活している気配がする。
それに気付いてしまったあたしは心が大きく揺れた。
.

⏰:08/05/26 01:41 📱:SH903i 🆔:190zu.A6


#391 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
――あの犯人の男が今もここで……?


あたしの横にいたサトルが自分のリュックの中をがさごそとかきまわして何かを取り出すと、あたしの手をとって小さな包みを握らせた。

「レモンキャンディ、ユキの好きなやつだよ!」

――サトル……。
.

⏰:08/05/26 01:42 📱:SH903i 🆔:190zu.A6


#392 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
昔から好きだったレモンキャンディ。どれでもいい訳じゃなくて、あたしは袋に特徴のある顔をした大きなレモンが描かれたものが一番好きなのだ。
ほっとした。
サトルがついていてくれるならどんな状況でも大丈夫だと思える。

あたしはサトルに謝らなければいけないことがあったのを思い出した。
.

⏰:08/05/26 01:42 📱:SH903i 🆔:190zu.A6


#393 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「サトル、あたし……忘れててごめんね」

手にレモンキャンディを握りしめたままあたしはサトルの瞳を見つめた。
あたしは物心つく前から同じ時間を過ごした友達を記憶から消していたのだ。
あたしがサトルの立場なら……ショックを受けるに違いない。

「思い出したんだ?」
.

⏰:08/05/26 01:44 📱:SH903i 🆔:190zu.A6


#394 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「思い出した。……ずっと近くにいてくれたのに、あたし……本当にごめん」

あたしは頭を下げた。
どうしてサトルは自分のことを忘れてしまったあたしの近くにいてくれたのかはわからない。
でも十年もそばにいてくれたのにちっとも思い出してあげられなかったことが申し訳無かった。

「いいんだ、僕のことは。ユキが笑っててくれたら、それでいいんだ」
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⏰:08/05/26 01:45 📱:SH903i 🆔:190zu.A6


#395 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
そう言いながらあたしの顔を上げさせたサトルは、やっぱり笑顔だった。
いつもの笑顔。まぶしく輝く、とびっきりの笑顔。

「飴、食べなよ」
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⏰:08/05/26 01:46 📱:SH903i 🆔:190zu.A6


#396 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
優しく促されて、あたしはコクリと頷くと包みを破ってレモンキャンディを口に含ませた。
舌の上で転がすと、レモンの酸味と飴の甘味が口いっぱいに広がる。
口の奥の方がキュッと縮こまる感じがした。これが大好きなのだ。

サトルが穏やかな表情で見守ってくれていたので、あたしは小さく笑い声を零してしまった。

「おいしいよ」
.

⏰:08/05/26 01:47 📱:SH903i 🆔:190zu.A6


#397 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「ほんとに好きだねぇ。持ってきてよかった!」

へへ、と笑ったサトルにあたしは心の底から感謝した。口では言い表せないくらいだった。

「ありがと、サトル!」

と、気持ちが抑え切れずにあたしは自然とサトルの体に抱きついていた。
サトルは驚いたような短い声をあげたけれど、嫌がることもなくあたしの肩をポンポンと優しく叩いてくれる。
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⏰:08/05/26 01:47 📱:SH903i 🆔:190zu.A6


#398 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

しばらくそのままの状態であたしたちは抱き合っていた。
あたしはサトルに恋愛感情を持ったことはないし、この先もないと思う。それはサトルの方でも同じだろう。
だからといってサトルに男としての魅力がない訳ではなくて、むしろサトルはモテる方なんだと思うんだけど、今やあたしにとってサトルはほとんど家族みたいなものなのだ。
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⏰:08/05/26 01:48 📱:SH903i 🆔:190zu.A6


#399 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
だからこうやって抱き合っていてもあたしは安心しか感じていなかった。
今の状況はあたしには謎だらけだけど、サトルがいるからパニックにならずにすんでいるのだ。
あたしは気持ちが落ち着くとサトルから体を離してこう切り出した。

「あたしたち、どうしてここにいるの? サトルが勝手に入ったんじゃないよねぇ?」
.

⏰:08/05/26 01:49 📱:SH903i 🆔:190zu.A6


#400 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしは出来るだけ重くならないようにサラっと聞いたつもりだったけど、少し声が震えてしまったかもしれない。

「うーん……」

サトルは何か考えているように視線を漂わせると、急に立ち上がってこう宣言した。

「自分の目で見た方がいい!」
.

⏰:08/05/26 01:49 📱:SH903i 🆔:190zu.A6


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