よすが
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#390 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「ん……大丈夫、ありがと」
やっと返事できた、と思いながらあたしは体を起こした。
闇に慣れてきた目で部屋の中をぐるりと見回してみて気付いた。
何か物がたくさん置かれて雰囲気は変わっているけれど、間違いない、ここはあたしとハナが監禁されていたコンクリートの箱の中だ。
辺りに置かれているものはよく見えないけれど生活用品――ティッシュペーパーや小さな鍋、ごみ箱などのようだ。ここで人が生活している気配がする。
それに気付いてしまったあたしは心が大きく揺れた。
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:08/05/26 01:41
:SH903i
:190zu.A6
#391 [蜜月◆oycAM.aIfI]
――あの犯人の男が今もここで……?
あたしの横にいたサトルが自分のリュックの中をがさごそとかきまわして何かを取り出すと、あたしの手をとって小さな包みを握らせた。
「レモンキャンディ、ユキの好きなやつだよ!」
――サトル……。
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:08/05/26 01:42
:SH903i
:190zu.A6
#392 [蜜月◆oycAM.aIfI]
昔から好きだったレモンキャンディ。どれでもいい訳じゃなくて、あたしは袋に特徴のある顔をした大きなレモンが描かれたものが一番好きなのだ。
ほっとした。
サトルがついていてくれるならどんな状況でも大丈夫だと思える。
あたしはサトルに謝らなければいけないことがあったのを思い出した。
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:08/05/26 01:42
:SH903i
:190zu.A6
#393 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「サトル、あたし……忘れててごめんね」
手にレモンキャンディを握りしめたままあたしはサトルの瞳を見つめた。
あたしは物心つく前から同じ時間を過ごした友達を記憶から消していたのだ。
あたしがサトルの立場なら……ショックを受けるに違いない。
「思い出したんだ?」
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:08/05/26 01:44
:SH903i
:190zu.A6
#394 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「思い出した。……ずっと近くにいてくれたのに、あたし……本当にごめん」
あたしは頭を下げた。
どうしてサトルは自分のことを忘れてしまったあたしの近くにいてくれたのかはわからない。
でも十年もそばにいてくれたのにちっとも思い出してあげられなかったことが申し訳無かった。
「いいんだ、僕のことは。ユキが笑っててくれたら、それでいいんだ」
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:08/05/26 01:45
:SH903i
:190zu.A6
#395 [蜜月◆oycAM.aIfI]
そう言いながらあたしの顔を上げさせたサトルは、やっぱり笑顔だった。
いつもの笑顔。まぶしく輝く、とびっきりの笑顔。
「飴、食べなよ」
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:08/05/26 01:46
:SH903i
:190zu.A6
#396 [蜜月◆oycAM.aIfI]
優しく促されて、あたしはコクリと頷くと包みを破ってレモンキャンディを口に含ませた。
舌の上で転がすと、レモンの酸味と飴の甘味が口いっぱいに広がる。
口の奥の方がキュッと縮こまる感じがした。これが大好きなのだ。
サトルが穏やかな表情で見守ってくれていたので、あたしは小さく笑い声を零してしまった。
「おいしいよ」
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:08/05/26 01:47
:SH903i
:190zu.A6
#397 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「ほんとに好きだねぇ。持ってきてよかった!」
へへ、と笑ったサトルにあたしは心の底から感謝した。口では言い表せないくらいだった。
「ありがと、サトル!」
と、気持ちが抑え切れずにあたしは自然とサトルの体に抱きついていた。
サトルは驚いたような短い声をあげたけれど、嫌がることもなくあたしの肩をポンポンと優しく叩いてくれる。
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:08/05/26 01:47
:SH903i
:190zu.A6
#398 [蜜月◆oycAM.aIfI]
しばらくそのままの状態であたしたちは抱き合っていた。
あたしはサトルに恋愛感情を持ったことはないし、この先もないと思う。それはサトルの方でも同じだろう。
だからといってサトルに男としての魅力がない訳ではなくて、むしろサトルはモテる方なんだと思うんだけど、今やあたしにとってサトルはほとんど家族みたいなものなのだ。
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:08/05/26 01:48
:SH903i
:190zu.A6
#399 [蜜月◆oycAM.aIfI]
だからこうやって抱き合っていてもあたしは安心しか感じていなかった。
今の状況はあたしには謎だらけだけど、サトルがいるからパニックにならずにすんでいるのだ。
あたしは気持ちが落ち着くとサトルから体を離してこう切り出した。
「あたしたち、どうしてここにいるの? サトルが勝手に入ったんじゃないよねぇ?」
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:08/05/26 01:49
:SH903i
:190zu.A6
#400 [蜜月◆oycAM.aIfI]
あたしは出来るだけ重くならないようにサラっと聞いたつもりだったけど、少し声が震えてしまったかもしれない。
「うーん……」
サトルは何か考えているように視線を漂わせると、急に立ち上がってこう宣言した。
「自分の目で見た方がいい!」
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:08/05/26 01:49
:SH903i
:190zu.A6
#401 [蜜月◆oycAM.aIfI]
自信満々に言い切るサトルを、あたしは布団の上からぽかんと見上げていた。
「体は? まだ辛い?」
体を屈めたサトルの手の平が再びあたしの額を覆う。やっぱり冷たくて気持ちいい。
「もう大丈夫だけど……見るって何を?」
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:08/05/26 01:50
:SH903i
:190zu.A6
#402 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「見ればわかるから、ほら、手貸して?」
あたしの額から剥がした手でそのままあたしの腕を掴み、立たせようと体を支えてくれるサトル。
あたしは言われるがままに毛布から這い出してサトルの手に体重をかけた。
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:08/05/26 01:51
:SH903i
:190zu.A6
#403 [蜜月◆oycAM.aIfI]
しかしまだ熱は下がり切っていなかったらしく、立ち上がった瞬間めまいに襲われた。
視界が真っ白になり立っていられなくなったあたしの体を、すんでのところでサトルの腕が支えてくれた。
「ユキ! 無理なら無理って言ってよ! フラフラじゃないか!」
「本当に大丈夫だから、急に立ち上がったからくらくらしただけだよ」
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:08/05/26 01:52
:SH903i
:190zu.A6
#404 [蜜月◆oycAM.aIfI]
それでもサトルは心配なのか少し怒りながらあたしを寝かせようとしたけれど、なんとかなだめすかして外に出ることになった。
あたしは自分がどのくらい寝ていたのか全くわかっていなかったので今の時間がどのくらいなのか見当もついていなかった。
あたしが布団の横に置かれていた自分のバッグを肩にかけると、サトルもレモンキャンディの入ったリュックを背負ってドアに手を伸ばす。
そこであたしは自分の異変に気がついた。
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:08/05/26 01:52
:SH903i
:190zu.A6
#405 [蜜月◆oycAM.aIfI]
服が違う。
家を出た時も、もちろん山を登っている時も、あたしは普段から着慣れたフリースパーカーとジーンズを身につけていた。
パーカーの下にはTシャツとトレーナーを着込んでいたはずだ。
しかし今着ているのは、どう見てもジャージである。いや、良くは見えていないけれど、この感触からすると間違いない。
上半身はジャージの下にTシャツらしきものを着せられているようだ。
――なんで……まさか?
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:08/05/26 01:53
:SH903i
:190zu.A6
#406 [蜜月◆oycAM.aIfI]
サトルがあたしにこれを着せたのだろうか?
恋愛感情を持たないからといってもそうなると別問題で、あたしは一瞬にして顔に血が昇ったように感じた。
「ちょ、ねぇ、サトル、この服……あたしの服、脱がせた?」
目の前にあったサトルの背を軽く叩いてこちらを向かせた。
しかしサトルの顔を見ることが出来なくてあたしは俯く。
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:08/05/26 01:54
:SH903i
:190zu.A6
#407 [蜜月◆oycAM.aIfI]
そんな気持ちに気付いているのかいないのか、サトルは気の抜けた声で答えた。
「へ? ……あぁ、ジャージ? 貸してもらったんだよ。着替えまでしてもらっちゃって、ちゃんとお礼言わないとね」
「借りた……って誰に?」
「だから、会えばわかるから!」
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:08/05/26 01:55
:SH903i
:190zu.A6
#408 [蜜月◆oycAM.aIfI]
そう言って、さっきまでしてくれていたあたしの体の心配はどこへやら、腕を掴まれて外へと連れ出された。
鉄製の錆びたドアがサトルの手で開かれると、外は一面闇だった。
腕を引かれて外に足を踏み出すと、そこは確かにあの場所だった。
今日の夕方サトルと見ていたコンクリートの箱、そして十年前ユキと共に監禁されていたその場所に違いなかった。
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:08/05/26 01:55
:SH903i
:190zu.A6
#409 [蜜月◆oycAM.aIfI]
あたしは掴まれていない方の手でサトルの服の裾をギュッと掴んだ。
それに気付いたサトルがその手を優しく握ってくれる。
「安心して、僕を信じて?」
サトルが俯き気味のあたしの顔を覗き込みながらそう囁いた。
あたしの瞳に差し込まれたサトルの視線には、不安など一切無く、むしろ喜びとか楽しさとかそういったものが込められていた。
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:08/05/26 01:56
:SH903i
:190zu.A6
#410 [蜜月◆oycAM.aIfI]
もちろんあたしはサトルを信じている。信じない理由がない。
だからあたしはサトルに引かれるまま足を進めた。
サトルはコンクリートの箱を取り囲む木々の間に開いたわずかな隙間に体をねじこんでゆく。
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:08/05/26 01:57
:SH903i
:190zu.A6
#411 [蜜月◆oycAM.aIfI]
夕方の薄暗さとは比べ物にならないくらい真っ黒な闇が辺りを満たしていた。弱々しい月の光がかろうじて数歩先までの景色を瞳に映す。
電灯のひとつもなく、あたしは赤い上着を着たサトルの背中を見失わないようにとそれだけに集中して木々の間を縫い歩んでゆく。
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:08/05/26 01:57
:SH903i
:190zu.A6
#412 [蜜月◆oycAM.aIfI]
あたしとサトルとを唯一繋いでいる手の平に温かさを感じる。
真冬の山の中、しかも夜。
寒くない訳がないのに、あたしはその手に感じる温度と興奮からくる熱で寒さを忘れていた。
口から漏れる白い息ごしに赤い背中を見つめながら一歩一歩地面を踏み締める。
その行為だけを繰り返していた。
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:08/05/26 01:58
:SH903i
:190zu.A6
#413 [蜜月◆oycAM.aIfI]
視線を集中していた赤い背中の前進が急に止まった。
それに倣いあたしも立ち止まると、サトルが顔だけをこちらに向けて小さく囁いた。
「やっと会えるね」
その表情は――暗さのせいで喜んでいるのか悲しんでいるのか判別出来ない。
あたしが戸惑い答えられずにいると、サトルは大きく一歩左に動いた。
繋いでいた手が解かれ、その手は前に進めと促すように先を指差す。
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:08/05/26 01:59
:SH903i
:190zu.A6
#414 [蜜月◆oycAM.aIfI]
あたしはサトルの側から離れるのが恐ろしくて、彼の顔を見つめたままその場に立ち尽くしてしまった。
「大丈夫だよ、さぁ」
背中を優しく押され、その力であたしはつんのめりながら二歩、三歩と進んで再び立ち尽くす。
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:08/05/26 01:59
:SH903i
:190zu.A6
#415 [蜜月◆oycAM.aIfI]
真っ暗な闇の向こうを探るように目を這わせた。
何も見えない。そう思った瞬間、何かが落ち葉を踏み締めた音がした。
急に心臓の鼓動が激しくなる。息遣いも荒くなる。
サトルの方を振り返りたいという思いに駆られたけれど、あたしの目は闇の中の一点に引き付けられていた。
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:08/05/26 02:00
:SH903i
:190zu.A6
#416 [蜜月◆oycAM.aIfI]
何か白いもの。
闇の中に白い何かが浮かび上がり、こちらに近づいてくるのが見える。
あたしはすぐ後ろにサトルがいることも忘れて、前方にいる何かから目が放せなくなってしまった。
ガサッ、ガサッ、と音を立てながらだんだんとはっきり見えて来る。
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:08/05/26 02:01
:SH903i
:190zu.A6
#417 [蜜月◆oycAM.aIfI]
自分の唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
近づいてきたそれは、
……人間だった。
しかも、あたしにはとても見慣れた姿が……そこにあった。
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:08/05/26 02:02
:SH903i
:190zu.A6
#418 [蜜月◆oycAM.aIfI]
:08/05/26 02:06
:SH903i
:190zu.A6
#419 [蜜月◆oycAM.aIfI]
:08/05/26 02:07
:SH903i
:190zu.A6
#420 [蜜月◆oycAM.aIfI]
―[―
暖かい陽射しが差し込む放課後の教室。
自分達以外に誰もいなくなったその教室で、あたしとサトルは窓際に並べられた席に座って数カ月前のことを思い出していた。
「あの日さぁ、帰ったら父さんと母さんにすっっごく怒られたんだよぅ。まだ覚えてるよ、あの時の父さんの怒った顔」
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:08/06/07 23:55
:SH903i
:febosBlc
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