消えないレムリア
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#201 [ぎぶそん]
次の日。夜のコンビニでのバイト中、泉とお喋りをした。
佐奈や同じ大学の子には言えないことも、泉には何でも話せてた。
それは彼女が今10歳年上のサラリーマンと付き合ってるからだろうか。
性格が大人びていて、いつも的確な意見をくれると思った。
彼女に話すのは大抵真織とのことだった。
初対面で同じ布団に寝たこと。2人で私の実家まで父を説得しに行ったこと。これまでの出来事は大体話してた。

「あいつ、今まで女の子と付き合ったことないんだって」
「それいいね。過去に嫉妬しなくて済むじゃん。あたしの彼氏、昔遊んでたらしいから昔話される度焼きもち妬いてるよ」
泉の言う嫉妬とは何だろう。
渋沢先輩が小原朱実と付き合うことになったと知った時の、あの嫌な感じのことかな。
「実は、あいつとはキスしたことが何度かあるんだよね。付き合ってもないのに、私たちって変かな?」
「うーん、男と女が一緒に暮らして何もない方が少ないんじゃない?」
泉に軽蔑されるかと思ったから、その返しには心を救われた。
でも、自分がそういう自然の摂理みたいなものに敵わないでいると思うと悔しかった。

バイトが終わり、彼女と一緒に更衣室で着替える。
「良かったら今からうちの部屋に来ない?あいつも多分もう帰ってると思うから。泉にも1度あいつを見てほしい」
泉は私の誘いを、快く引き受けてくれた。

⏰:12/06/28 23:53 📱:Android 🆔:8z0lpyIw


#202 [ぎぶそん]
コンビニを出て、泉と目の前にあるアパートまでまっすぐ向かった。
部屋に入ると、真織はリビングのテーブルで勉強をしていた。
「バイト先の子連れてきた。山中泉だよ」
リビングで泉と真織が対面すると、彼が立ち上がって泉に小さく礼をした。
女2人といるのが気まずいのか、彼がすぐベランダに出る。
彼が煙草に火を着けたタイミングで、私は泉に話しかけた。
「どうかな?」
泉が煙草を吸う彼を見る。
「かっこいいし、かわいい。母性本能をくすぐるタイプだね」
彼女のその言葉で、私はこれまでの全てのことに納得した。
“母性本能”、私があいつに引きつけられるのはこれだ。
あいつにキスをするのも、この部屋を出て行って欲しくないのも、そういう本能があるからなんだ。
全部本能のせいにしよう。私はにやりとした。

泉と麦茶を飲みながら少しお喋りをした後、彼女は帰宅した。
彼女がいなくなると、彼はベランダから出てきた。
「どう?泉、なかなかかわいいでしょ?」
「うん、まあ……。ちょっとアンリ隊員に似てるな」
アンリ隊員とは、昭和時代のステレオマンに登場する特殊部隊のメンバーのことである。
黒髪で色白で落ち着いた清楚な美人であり、出番は少ないけど男性からの人気があるらしい。
こいつはいつも人の顔をステレオマンのキャラクターで例える。
それしか脳がないんか。

⏰:12/06/30 02:17 📱:Android 🆔:.8yKbUOU


#203 [ぎぶそん]
数日後。夏祭りの日になった。
こういうイベントには浴衣が定番だけど、あいにく実家から持って来てないので洋服で済ませる。
でも少し張り切って、去年の夏バーゲンで買った水色のワンピースを着た。
去年の夏休みはこれを着てたくさん外出しようと予定して買ったものだけど、1度も袖を通したことがない。
脱衣室でワンピースを着た後、いつもと変わらずパーカーシャツを着ている真織を見る。
まさかこいつとの外出で着ることになろうとは。
メイクをした後髪のサイドにリボンの髪留めを、首には彼からもらったネックレスを身につけた。
彼はいつもとちょっと違う私の姿を見ても何も言わなかった。

2人でアパートを出て商店街を歩くと、いつもの倍以上の人で賑わっていた。
「はぐれると悪いから、手繋ごう」
彼が私に手を差し出す。
私は仕方なくその手を握った。

商店街の中ではいくつものカップルが手を繋いで歩いていた。
私たちもはたから見たらこの人たちと何ら変わりはないんだろうな。
やっぱり前布団を買った時みたいに、通りすがりに彼の顔を見つめる女性が何人かいた。
こいつと一緒に歩いていても、別に恥ずかしくはないと思った。

⏰:12/07/01 03:05 📱:Android 🆔:mCGghsKQ


#204 [ぎぶそん]
人の流れに沿って歩いていくと、夏祭りがある神社にたどり着いた。
神社の周りや中はたくさんの屋台が並んでいて、それらを見ているとお腹が空いてきた。
「何か食べたいのがあったら買ってやるよ」
彼にそう言われ、私は気分で焼きとうもろこしを選んだ。

「俺は焼きそばにしようかな」
彼が焼きそば屋の前で立ち止まる。
「ちょっと待って。あんた焼きそばよく自分で作ってるじゃん。どうせなら普段食べないものにしなよ。あんたって、馬鹿だね」
私はその場で大笑いをした。
彼が目を点にして私を見る。
「そうやって時々笑うとかわいいよね」
彼が少しにこっとして言った。

そう言われてみると、私は普段彼の前であまり笑わない。
彼といるといらいらすることが多いし、彼といて楽しんでると思われるのが嫌で極力笑顔は見せたくないから。
でも彼は、もっと笑ってよ、などと言わずに今の私をただ褒めてくれた。
そのことだけは嬉しかった。

⏰:12/07/01 03:23 📱:Android 🆔:mCGghsKQ


#205 [ぎぶそん]
彼は焼きそば屋の隣の店で、お好み焼きを買った。
そして2人で、近くにあった大きな木を背もたれに座って食べることにした。
私は黙々ととうもろこしを食べる。甘くて美味しかった。
「ちょっと食べさせてよ」
私は食べていたとうもろこしを彼に渡した。彼がそれに豪快に噛みつく。
「うまいけど、歯に詰まるな」
「私もお好み焼きちょうだい」
彼がお好み焼きを1口サイズに割いて割り箸で掴み、私に差し出してきた。
口に入れてもらうと、ちょうど豚肉も具に入っていて幸せを感じた。目を閉じて噛み締める。

「口にソースついてるよ」
彼に言われ、鞄からポケットティッシュを取り出した。
「拭いてあげる」
彼が私からそのティッシュを奪い、1枚取り出すと私の口元をそれで拭った。
こいつに子供扱いをされてる。情けない。
でも真剣な目をして私を見ていた顔には、わずかながらにときめいた。
こいつがもし自分より年上だったら、今の顔で完全に惚れていたかも知れない。
そんなことを思いながら、とうもろこしを余すことなく貪った。

「やばい、里香ちゃんだ」
彼が私の手を取り、慌てて木の陰に隠れる。
遠くで、里香ちゃんが女友達と一緒に楽しそうに歩いていた。
里香ちゃん、ごめんね。
彼との共同生活で、彼女の存在は唯一の気がかりである。
あの子はこれからどこまで真織のために頑張るのだろうか。
そして私はあの子がどう頑張っても、真織が彼女の気持ちに応えられないことを知っている。
複雑な心境だった。

⏰:12/07/01 04:08 📱:Android 🆔:mCGghsKQ


#206 [ぎぶそん]
お互い食べ終わってから、その辺をうろうろと歩いた。
辺りはすっかり暗くなっていて、橙色の提灯が夜の神社を照らす。
私たちの目の前に、男女2人組がやって来た。
「足立!」
渋沢先輩が声をかけてきた。
隣には、赤い浴衣を着た小原朱実がいた。
2人はしっかりと手を繋いでいた。

「彼氏?」
渋沢先輩が真織を見る。
「あ、はい。前言ってた同居人です」
私は真織の身体にしがみついた。
「結局付き合うことになったんだ。おめでとう」
先輩が極上の笑顔を見せる。
隣の小原も、「おめでとう」と言って笑っていた。
私は2人に何も言わず、無表情で真織に抱きついたままでいた。
「じゃあまた」
2人はすぐに去っていった。

2人の後ろ姿を見ながら、私はすばやく真織から離れた。
「今の男の人、誰?」
「写真部の先輩だよ」
「もしかして前毛利さんが言ってた、かなめが昔好きだった人?確か、シブサワ……」
こいつ、佐奈が言ってたこと覚えてたのか。
気持ち悪いほど記憶力よすぎ。
「好きじゃないよ!あんな人全然タイプじゃない!」
「何であの人に付き合ってるって嘘ついたの?」
「いちいち否定するのが面倒くさいから。もういいじゃん、行こうよ」
私は彼の手を強引に引っ張った。
その後すぐ彼からかき氷を奢ってもらった。

⏰:12/07/02 02:04 📱:Android 🆔:CS/KugoY


#207 [ぎぶそん]
神社の石段に座り、それぞれ選んだかき氷を食べる。
「ねえあんた、“デート”ってしたことある?」
私は美容師の深町さんが言ってたことが気になっていた。
「ないよ。そっちは?」
「私もない。でも、こういうのを“デート”って言うらしいよ」
「じゃあこれが初デートか」
「あ、でもあんた、この間里香ちゃんと遊んでたじゃん」
「あれは楽器屋一緒に見に行っただけ。仮に“デート”だったとしても、カウントしたくない」
「あ、前あんたの布団一緒に買いに行ったよね?あれは“デート”になるのかな?」
「じゃああれが初デート?よく分からん」

泉が言う嫉妬をしなくて済むというのはよく分からないけど、こいつが私と同様恋愛にうぶでよかったと思う。
何かと上から目線で言われることはないし、彼と同じペースで進むのは楽しい。

かき氷を食べ終えまた歩き回ると、彼が射的屋の前で立ち止まった。
「あれかわいいな」
彼が全長20センチくらいの人形を指差す。
その人形は地球みたいな色をした丸いからだに、手足が生えただけのシンプルなデザインをしていた。
「絶対ゲットしよ」
彼がお店の人にお金を渡す。
結果2千円くらいつぎ込んでその人形を取った。

その人形を彼に渡されると、やや重量感があった。
顔の表情は笑顔で、頬をピンク色に染めていた。
人形の後ろについてあるタグを見た。“ちきゅ丸くん”という名前のようだ。
彼のいうかわいさはよく分からない。
でも、怪獣をかわいいというよりは断然理解できる。

「今日こいつと3人で寝よう」
「『3人』って。ちきゅ丸くんは人間じゃないじゃん」
「じゃあ2人と1匹か。いや1人と2匹か。俺だけじゃん、人間」
「それどういう意味!」

⏰:12/07/02 22:53 📱:Android 🆔:CS/KugoY


#208 [ぎぶそん]
午後11時過ぎ。彼と人ごみの中歩くのを苦労しながら、無事に帰宅した。
就寝前ベッドの上で、ちきゅ丸くんをお腹に抱えたまま彼とお喋りをしていた。
「渋沢先輩のどこがよかったの?」
「またその話?あの人のことは本当に好きじゃないって。憧れてはいたけど」
「真面目そうな人が好きなの?眼鏡をかけた人が好き?」
彼があまりにもしつこく聞くのでうんざりした。
「それ以上なんかいうとベッドから突き落とすよ!」
私は片足を彼の太ももにあてがった。

「俺、もっと早くこの部屋に来たかったな。かなめと同い年に生まれてれば良かった」
彼がもの悲しい表情を見せる。
もしかして、嫉妬?こいつは私の過去に嫉妬しているの?
何故だろう。何だか胸が締め付けられるような、心苦しい気持ちになった。
どうかこんな顔をしないでほしい。その一心で口を開いた。
「もしあんたが去年からこの部屋にいたら、渋沢先輩のことは絶対何とも思ってなかったよ」
「本当に?」
「あんたが印象が強すぎるからね。……ちょっとこっちに来て」
彼が私の元に近寄る。
私は彼にキスをした。
「こんなことできるのも、あんただけ」
彼はあっけにとられた様子でこっちを見ていた。
すかさず私は彼の手首を持った。
そして、彼の手のひらを自分の胸に押し当てた。
「こんなとこ触っていいのも、あんただけだよ」
自分の胸に、平たい感触が伝わる。

⏰:12/07/02 23:14 📱:Android 🆔:CS/KugoY


#209 [ぎぶそん]
「ちょっと待って」
彼がすぐに手を離し、そのまま口元を押さえた。
さすがに恥ずかしかったのだろうか。
いつもは生意気な口を聞くくせに、びびってやんの。
私は初めて彼に勝利したと思った。
そう思っていると、へっくしゅん、と彼が大きなくしゃみをした。
え?ひょっとして単にくしゃみがしたかっただけ?
「風邪引いたかも」
彼は間抜けな顔をして何度もくしゃみをしていた。
こいつの弱点って一体なんだろう。
余裕綽々な態度の彼を見て、私は一気に悔しくなった。

「女の胸触って、嬉しくないの?」
「いやだっていつも2人でバイクに乗ってる時背中に当たってるし……」
「ずっと黙ってたの?変態!」
「別に嬉しくないし。それに自分から触らせる方が変態でしょ」
彼の言葉は、私の自尊心を完全にずたずたにした。
彼に背中を向けて寝ようとした時、彼が手のひらをそっと私の胸に当ててきた。
「まあ、痩せてる割に結構あるよね」
私は拒むことも、怒ることもしなかった。
「この下に隠されてるのがあんなださい下着じゃ、夢がないな」
「女ってナイフで心臓刺されても、胸の厚みで助かったりするんかな?」
彼に憎まれ口を叩かれても、今日だけは許そうと思った。

彼がその手を離し、今度は私の手を握る。
「今日楽しかったな」
「うん、まあ……」
「またしような、“デート”」
彼は私の手を握ったまま目を閉じた。
何だかんだいってこいつも男じゃん。私はにやけた。
私はいつか見てみたい。こいつが本能をむき出しにして私に襲いかかってくるのを。
私も目を閉じ、今日の出来事を振り返りながら眠りについた。

⏰:12/07/03 00:11 📱:Android 🆔:MVt0kM4k


#210 [ぎぶそん]
2日後の夜。彼と一緒にリビングのテーブルで勉強をしながら、時々とりとめのない話をしていた。
「夏休み隣町の遊園地で、『ステレオマン』のヒーローショーがあるらしいから行こうぜ」
「何で私がそんな子供向けのイベント見に行かないといけないの!大体そういうのは一旦敵にやられそうになって、観客皆で『ステレオマーン!』って呼んで、結局最後はこてんぱんにやっつけるんでしょ!」
「よく知ってんじゃん。その単純さがいいじゃんか。あー、怪獣の着ぐるみを生で見たいな。何の怪獣が来るんだろ」
彼が目を輝かせて頬杖をつく。

「そういえばずっと疑問に思ってたんだけど、怪獣って宇宙からやって来るんでしょ?何でいつも日本ばっかピンポイントで襲撃してくんの?日本に恨みでもあるわけ?」
私の質問の何がおかしかったのか彼が突然大笑いをしはじめ、腹を抱えて床を笑い転げた。
抱腹絶倒とはまさにこのことかと思った。
「何かいいね、癒される。俺、かなめといる時“素(す)”なんだよね。椎橋とか、大学の奴らといる時とはまた違う」
彼が優しく笑いながら言う。
「あっそ」
私は照れ臭くなって下を向いた。

彼のその発言は、今までの人生で言われた中で1番嬉しいかも知れない。
でも私は彼とは反対に、彼といる時は全然“素”じゃない。
今まで誰かにこんな荒々しい言葉遣いはしたことないし、もちろん暴力なんて振るったこともない。
彼といると、常に新しい自分が見えてくる。

⏰:12/07/04 01:09 📱:Android 🆔:nkBBHTL6


#211 [ぎぶそん]
数日後の金曜日。学校から帰ると、リビングで彼と一緒に茶髪で巻き髪の女の子が座っていた。
デニム生地のジャケットを羽織っていて、花柄のスカートの下から細くて白い脚が見えていた。
大きくて丸い目に、少しふっくらとした丸い輪郭。とても可愛らしい子だった。
軽音楽部の子?でもこんな子いたっけ?
じゃあ同じバイト先の子?もしかして、彼女が出来た?
私は彼が女の子を連れていることに違和感を覚えた。

「こいつ、俺の幼なじみ」
真織がその女の子の肩に手をやる。
「こんばんは。宮崎涼二って言います」
その子が見た目とはそぐわない低い声で話す。
名前といいこの声といい、これは完全に女の子じゃない。
「えー!男?」
「はい。女装してます」
その子が白い歯を見せて笑う。
「やっぱり、かなめは間抜けだから気がつかなかった」
真織はくくくと笑っていた。
私はこの状況がわけもわからず、彼を怒る気力も出なかった。
そして彼の知り合いが男の子だと知り、なぜか少しほっとした。

⏰:12/07/05 00:07 📱:Android 🆔:1naubqGY


#212 [ぎぶそん]
私はその子ならびに、涼二くんが普段の格好をしている写真を見せてもらった。
黒髪で中性的な顔立ちをしている、れっきとした男の子だった。
涼二くんは真織と小学校と中学校まで一緒で、2人でよく遊んでいた。
昔から頭が良く、今はここから少し遠い有名国立大学に通ってる。
大学ではまだ周りに女装が好きなことを打ち明けてないらしい。
その女装に目覚めたのは高校2年の時。
お姉さんの化粧道具を借りて化粧をしてみたら楽しかったのがきっかけ。
女装をして街を出た時、男性からナンパをされたこともある。
地声を出したら皆びっくりして逃げると、楽しそうに話す。

私は涼二くんに真織の昔の様子を聞いてみた。
身体が小さくて、かなりの泣き虫だったらしい。
だから別々の高校に進学して、久しぶりに彼と再会して背が一気に伸びていたときは本当にびっくりしたという。
でもその真織は逆に女装しはじめた涼二くんにたまげたらしい。
話のおかしさに、私たちは大笑いした。

「えっと……、涼二くんは男の子が好きなの?」
「いえ、普通に女の子が好きですよ。女装はただの趣味です」
私は彼が誰を好きになろうが特別関心はなかった。
とりあえず真織が彼の恋愛対象ではないことに安堵した。
「かなめさん、もし良かったら今度一緒に服でも買いに行きませんか?僕、かなめさんと友達になりたいです」
私は快く涼二くんと連絡先を交換した。
男の子だけど女の子でもある、こんな特殊な子と友達になれるなんて早々ないだろう。
私は非常にうきうきとしていた。

⏰:12/07/05 23:00 📱:Android 🆔:1naubqGY


#213 [ぎぶそん]
「今度は真織抜きで会おうね。女同士で楽しもう」
私はにやけた顔で涼二くんの両手を取った。
「ミグピー調子のんなよ。男の涼二より不細工だぞ」
真織が煙草の箱を投げると、私の頭部に直撃した。
その痛みで、私はたちまち笑顔を失った。
「何よ、クソガキのくせにこんなもん吸ってんじゃないわよ」
私は床に落ちたその箱を、足で何度も踏みつけた。
箱は見事にぺしゃんこに潰れた。中身もぐちゃぐちゃになっているだろう。
「何すんだよ」
私と真織は即座に取っ組み合いの喧嘩になった。
それを見ていた涼二くんは、女の子みたいに口に手を当てて笑っていた。

夜の8時過ぎ。涼二くんが帰ることになり、玄関で真織と一緒に彼を見送る。
「今度は2人で僕の部屋にでも遊びに来てください」
「もちろん。夏休みにでもまた遊ぼうね」
礼儀正しく気品があり、おまけに優しい。
私は涼二くんのことがすぐさま好きになった。
私は彼と女友達みたいに付き合っていきたいと思った。

⏰:12/07/05 23:26 📱:Android 🆔:1naubqGY


#214 [ぎぶそん]
涼二くんが部屋を出ると、また部屋にいつもと変わらない2人の空気が流れた。
「そうそう、晩ご飯は涼二が作ったよ。あいつ料理が好きだから」
台所に向かうと、鮭のムニエルとサラダが入った皿がそれぞれラップしてあった。
台所は綺麗に片付けてあって、涼二くんの几帳面さがうかがえた。
2人でさっそくそれらを食べる。
味はどこかの定食屋みたいでおいしかった。
「あんたもレパートリーを増やしてよ。もう野菜炒めは飽きた」
「いいじゃん。簡単だし、野菜もたくさん摂れるし」
「そうだけど、あまりにも頻繁だとストレスが溜まる」
「分かったよ。今度カレーとかオムライス作る」

それから食後に、涼二くんが家で作ってきたという色んな動物のかたちをしたクッキーを食べる。
そのクッキーはバターの風味がしてとてもさくさくとしていた。
涼二くんは女の私より女らしい。
私は今までにいない友達が出来たこと、真織の友達と知り合いになったことにほくほくとした。
「明日は定期ライブの日なんだけど、来る?」
「あんたは出るの?」
「俺は出ないよ」
「じゃあ行かない」
前のライブの日の夜は、酔ったこいつにキスをされたっけ。
あれから2ヶ月か。早いものだな。
「あのさ、明日打ち上げで別にお酒飲んでもいいから。勝手にして」
未成年に向かって全くいうことでなないけど、所詮赤の他人だし好きにしてほしいと思った。
「いやもう飲まない。すぐ帰ってくるよ」

思えば一緒に住むようになって、お互い外泊をしたことが1度もない。
お互いこの部屋がすごく好きなのだろう。
それに、こいつの顔を見て1日を終えないとなんか寂しい。

⏰:12/07/07 03:54 📱:Android 🆔:RuRWjcQo


#215 [ぎぶそん]
次の日。2人で昼食を済ませると、彼は出掛けた。
私は彼を見送った後、掃除をしたりテレビをぼーっと観たりして過ごした。
夜は彼に借りてきてもらったDVDを観ることにした。
「真夏のルームシェア」というタイトルのアメリカ映画だ。
彼に何か適当に映画を借りてきたと言ったら、2人の関係を示唆するようなこんな題名の映画を選んでいた。

その映画の内容は、主人公の男性の家に突然、金髪でショートヘアの女性が転がり込むことになった。
彼女は美人だけど無愛想で目つきが悪く、男勝りな性格をしている。
一方男性は彼女に対してへっぴり腰で、いつもおずおずとした態度だ。
次第に2人は意気投合し、彼女は男性が失恋するとギターを弾いて励ましていたり、男性の仕事がうまくいくように必死でアドバイスをしていた。
物語の中盤で、男性が彼女の優しさを指摘した。
その言葉が嬉しかったのか、彼女が不器用にもにこりと笑った。
私は同性ながらに、その笑顔に心を奪われた。
夏祭りの時、真織に“時々笑うとかわいい”と言われた。
きっとこういうことなんだなと確信した。

最終的に、映画の中の2人は恋人同士になった。
私は久しぶりに映画を観て胸が一杯になった。

⏰:12/07/08 06:48 📱:Android 🆔:iLQESbRE


#216 [ぎぶそん]
DVDを観終えお風呂から出た後、帰ってきた彼が楽なようにと床に布団を敷いた。
「ただいま」
10時半過ぎ、彼が戻ってきた。
彼はリビングに入った途端、何やら浮かれた様子で布団の上に座った。
「打ち上げの時OBの人で『ステレオマン』に詳しい人がいて、ずっと2人で盛り上がってた。その人すごいの、知らない怪獣がなかった」
「あんたって何で『ステレオマン』っていうか、怪獣が好きなの?」
「幼稚園の時初めて『ステレオマン』を観て、その時はステレオマンに憧れてたんだよな。でも途中で怪獣って何かかわいそうだなあって思って。それから怪獣目当てでずっと観てる。たぶん『ステレオマン』が続く限り一生観る。何で好きかは自分でも分からない」
子供の頃大切だったものなんて、大人になればほとんど無意味なものになってる。
それをこいつは今でも大事にしてる。
そのまっすぐな心が素晴らしく思えた。

私は少しだけ彼に愛情を感じ、後ろから彼に抱きついた。
「今日あんたの布団で一緒に寝てもいい?」
「急にどうしたの?」
「ただの気分だよ。早くお風呂入ってきなよ」
「もうちょっとこのままで」
さっき観た映画の男女のやり取りが、頭から離れない。
彼となら、あの映画みたいな日々を送れそうだ。

⏰:12/07/08 07:07 📱:Android 🆔:iLQESbRE


#217 [ぎぶそん]
翌日。私たちは一緒に外出することになった。
彼のバイクで遠出をし、都心部をうろつく。
彼の希望で、街の大型スポーツ用品店に入った。そこで彼はサッカーボールを衝動買いしていた。
夕方、街の外れの河川敷で遊ぶことになった。
彼がさっき買ったボールでリフティングをはじめた。連続で10回は続く。
「久しぶりにやると全然できないわ」
彼が子供みたいにはしゃぐ。ボールが地面に落ちてはリフティングをはじめる。
私はその光景を草むらに座ってぼーっと見ていた。

「そっちもやってみて」
しばらくして、彼が私の元にボールを軽く蹴ってきた。
腰を上げて近くでリフティングをはじめると、2回までしか出来なかった。
運動音痴の私にとってはとても難しく感じた。
私はすぐに彼にボールを返した。
「それじゃあパスしよう。向こう行って」
彼が向こうを指差す。

そして5メートルくらい離れて向かい合って、ボールを蹴りあう。
彼の提案で、お互い2人で一緒に行きたい場所を言いながらパスを回す。
「海」
向こう側から一直線でボールが来た。
私も行きたい場所とやらを適当に考える。
「ミドリムシのライブ」
彼に向かって勢いよくボールを蹴る。その一連の動作がひたすら続く。
いずれ内容は大きく飛躍して、ただ世界にある国名を言い合うだけになった。
喋りながらやる運動は、息が切れそうになった。
「もう疲れた」
途中で私はその場にしゃがみ、息を落ち着ける。
「じゃあもう終わりにしようか」
彼が余裕そうな表情で言った。
彼はさらに会話を続ける。
「さっき言った場所、全部行こうな」
彼の口元が緩む。

⏰:12/07/09 21:23 📱:Android 🆔:5AHHz48E


#218 [ぎぶそん]
それから夕日を正面にして、2人で一緒に草むらに座った。
目の前にある風景を見つめる。夕日が眩しくて目を閉じてしまいたくなるほどだ。
手前で流れている川もオレンジ色に染まっていた。
「あれ?あんたこんな腕時計持ってたっけ?」
私は右隣にいる彼の左手を持った。
その腕時計は独特な字体の文字盤が特徴的だった。
「これ親父のお下がり。フランクミュラーってメーカーのらしい。時計はよく知らん」
彼は何ともない様子でそう言うが、一目見ただけですぐに高級品だと分かった。
彼とは生活水準が明らかに違うから時々萎える。

「夕日が綺麗だね」
体育座りをしている彼がぼやく。その横顔は哀愁が漂っていた。
人類が誕生してから、どの時代の人間も皆この橙色に心を魅了されていたのだろう。
これから時代がどんなに変わっても、その気持ちは変わらずあり続けると確信する。
そして私と彼がどんなに育ってきた環境が違っても、その気持ちは同じなんだ。

「俺、もし命に色があるとしたら、こんな色じゃないのかと思う」
真顔でそう言う彼に、私はふっと笑った。
「あんたにそのロマンチックなセリフは似合わないよ」
そう言いながら、私は彼の肩に頭を乗っけた。彼が私の肩に手を回す。
今日ここで一緒にボールで遊んだことも、一緒に見たこの景色もいずれ忘れる。
だけどこんなに近くで彼と過ごしたことと、こんなに間近で彼を感じたことは忘れない。

⏰:12/07/09 22:05 📱:Android 🆔:5AHHz48E


#219 [ぎぶそん]
7月中旬。前期のテストが近づいてきた。
私も彼と毎晩リビングのテーブルで勉強をする。
目の前の彼が開いてる教科書を見ると、得体の知れない数式がたくさん書かれていた。
私は数学が大の苦手だった。だから、こんなのが解読できる彼がかっこよく思えた。
「ちょっと休憩」
彼が床に寝転ぶ。やがて寝息が聞こえた。

私は勉強をやめ、寝ている彼の元に寄った。
彼の所有物を観察しようと思い、まずテーブルに置かれてる煙草の箱を手に取った。
箱は白く星形の模様がまんべんなくあり、黒い字で中央に“セブンスターズ”と英語で書かれていた。
未成年のくせにこんなの吸って何が楽しいんだろう。私はため息をついた。
次に金属製のライターを手にした。
フタを開閉させるたびカチッ、カチッという金属音がする。

続いてノートを覗くと、女の子みたいな丸っこい字体で色々と書き込んでいた。
あいつ、こんな字を書くんだ。なんか新鮮。
筆箱をの中を見てみると、私が前あげた指人形が入っていた。
見ないと思ったら、こんなところにあったのか。
彼が大切にしてくれてる気がして、私は嬉しくなった。

⏰:12/07/11 22:50 📱:Android 🆔:OQA3Vljc


#220 [ぎぶそん]
その横で、彼のノートパソコンの電源がつけっぱなしになっているのに気がついた。
消した方がいいのだろうか。
でもいくら一緒に暮らしてるからといって、勝手に操作するのはいい気がしない。
ちょっとの間、暗い画面を見つめたままでいた。
「……何してんの?」
突如起き上がった彼が、険しい目つきをして私の腕を掴んだ。
「パソコンの中、見た?」
「ううん、見てないよ」
「それならいい」
彼は私からパソコンを死角にして再起動し、電源を切った。

そうだよね。一緒にいても、私に知られたくないこともあるよね。
私は彼は私に何でも打ち明けてくれていたと思ってた。
私も彼のことを知った気でいた。
歯磨きの仕方、持ってる下着の種類と数、右鎖骨の真下の部分に小さなほくろがあること。
他の人が知らないようなことをいくつも知ってる。
体温、匂い、そして唇の感触。
私も同じように彼に教えていたつもりだ。
私は彼との隔たりを少し感じて寂しくなった。

そうして大学がテスト期間に突入した。
いつもぼんやりと真織のことが頭から離れずにいたが、さすがに勉強のことだけに集中した。
気持ちよく夏休みを過ごしたいから、単位を落とすのだけは避けたかった。
そうしたら、また彼と遊べる。

⏰:12/07/11 23:10 📱:Android 🆔:OQA3Vljc


#221 [我輩は匿名である]
あげます。頑張ってください!

⏰:12/07/15 18:25 📱:F08A3 🆔:i2gzdEis


#222 [ぎぶそん]
【221 匿名さん ありがとうございます】
【皆さんへ 最近思うように書けず、更新できないでいました。この話が皆さんの目にどう映っているのか気になるので、ご意見ご感想があれば小説総合にある「*ぎぶそん*」というところまで書き込みしてくれると嬉しいです】

テスト科目も残り半分とした時。
放課後図書館に行くと、見慣れた後ろ姿があった。
真織が机で勉強をしていた。
私は声を掛けようとした。
でも、彼の隣には長い髪の女の子がいた。里香ちゃんだ。
2人は一緒に勉強をしていた。私は肩を落とし、踵を返した。

その日の夜、彼は風呂上がりに黒いノースリーブシャツを着ていた。
少し筋肉のついた彼の二の腕に、私は恍惚として見とれた。
「最近里香ちゃんがやたらまとわりついてくる。このくそ暑い時期に、抱きついてこないでほしい」
床に座ってる彼が気だるそうにうちわを扇ぐ。
私は“里香ちゃん”“抱きつく”という単語になぜかむっとした。
今日の放課後、図書館で見た光景がよみがえる。
私は部屋の脇にあるクーラーに視線をやった。真下のベッドに直接風が当たるようになってある。
「ねえ。あんたがいいのなら、毎日私のベッドで寝てもいいよ。床で寝るとクーラーが当たらなくて暑いでしょ。でも、夏の間だけね」
「本当に?」
彼が喜んだ顔をする。その姿にどこか安心感を覚えた。

⏰:12/07/16 01:56 📱:Android 🆔:vGLf04X2


#223 [ぎぶそん]
すぐに部屋の明かりを消して、2人で一緒にベッドに入った。
「ちょっと頭上げて」
彼に言われたとおり頭を浮かせると、彼がこちら側に腕を伸ばしてきた。
私は彼の二の腕に頭を乗せた。吐く息も相手にかかるくらいの距離で互いに見つめ合うと、彼が言葉を発した。
「神様っていると思う?」
「いないんじゃない。そういった宗教的なことは全然信じない。あんたはどう思うの?」
「俺もいないと思う。でも、『いる』って思うことによって救われてる人はたくさんいるんじゃないかな」

その言葉の意味を頭で考えていると、彼が私の手を取った。
「……俺らってなんで出会ったのかな?それもこんな形で」
「知らないわよ。あ、運命とか言わないでね。気色悪いから」
「言わないよ。でも俺って、世界一運がいい」
彼が私を抱きしめてきた。
「このくそ暑い時期に、抱きついてこないでよ」
そうは言うものの、私は特に抵抗はしなかった。
今心臓がばくばく言ってるのも、向こうに丸聞こえなんだろうな。

私は神様を信じない。2年前の厳しい大学受験も誰のおかげでもなく、この手で勝ち取った。
運命とやらも信じない。こいつと出会ったのもただの偶然に過ぎない。
そんな風に目に見えないものは信じないけど、どうもこいつには透視能力があるのかってほど自分の心を見透かされてる気がする。
こいつは私が何を言われたりされたりすると嬉しいのかとか、全部分かってるみたいだ。

⏰:12/07/16 02:17 📱:Android 🆔:vGLf04X2


#224 [ぎぶそん]
7月下旬。大学のテストがすべて終了した。
第4金曜の夜。彼が豪勢にも寿司屋で寿司セットを買ってきてくれた。
「テストも無事終わったし、今日はパーッと飲もうぜ」
彼がレジ袋から缶チューハイを取り出す。
「何お酒なんか買ってきてるの?私たちまだ未成年でしょ」
「いいじゃん別に。2人だけの秘密」
彼がテーブルに置いたいくつもの缶を見て、ごくりと唾をのんだ。
さまざまなフルーツの絵が載ってあるパッケージは、中身がおいしそうに見えた。
私はその中から自分が飲むものを1つ選び、彼と乾杯をした。
生まれて初めて飲んだ酒の味は、ジュースのちょっとした延長線だと思った。
寿司はとりあえず大トロから頂いた。わさびがツンと鼻を刺激する。冷たく新鮮なネタを口の中で味わう。
寿司と酒の組み合わせは最高だと思った。
それからどんどんと缶のフタを開けた。しだいに全身に酔いが回る。頭が何度もふらつく。
今いる場所が現実なのか夢なのかも分からなくなっていった。

翌朝。目を覚ますと、私はベッドで寝ていた。
身体を起こすと、頭がずきずきと痛む。
真夏なのにやけに身体が寒いと思うと、どういうわけか下着姿だった。思わず胸元を布団で隠す。
隣で彼が寝ていた。彼もまたなぜか上の服を着ていない。
部屋には私たちが脱いだと思われる衣類が散乱していた。

「ねえ、昨日何があったの!?」
彼の肩を揺さぶると、彼が頭を掻きながら起き上がった。
「覚えてないの?昨日のこと」
彼の深刻な表情に、漠然とした不安が生まれる。
私は恐怖で声が出せず、無言で首を縦に振った。
「あーあ、せっかくあんなに愛し合ったのにな」
彼のその一言で、すべての事情を察した。

⏰:12/07/16 04:20 📱:Android 🆔:vGLf04X2


#225 [ぎぶそん]
「いやあああ!」
私は両手で顔を覆って叫んだ。
確かにこいつと肉体関係を結ぶと約束はしたが、まさか貴重な初体験をこんな記憶もないまま終わらせてしまうとは思いもしなかった。
私が1人パニック状態になっていると、彼が突然笑い出した。
「冗談だよ、何もないって。そっちが昨日酔って脱いだだけ。もう大変だったんだからな」
彼の言葉に平常心を取り戻し、ほっと胸を撫で下ろした。
「何であんたも脱いでるのよ?」
「暑かったから脱いだだけ。とりあえず服着てよ。そんなださい下着見せられても、目に毒だから」
彼にそう言われ、服を取りに行こうとした。でも彼の手前、下着姿で部屋をうろつきたくない。
「しょうがないなあ。取って来てやるよ」
私のためらいに気づいたのか、彼がベッドから降りる。
初めて見た同居人のパンツ一丁姿に、条件反射で目を伏せた。
彼は脱ぎっぱなしになっていた私のブラウスとスカートを、私の元に投げてきた。
私はそのままベッドの上で服を着た。彼もズボンを履くと、テレビをつけた。

私もベッドから降り、彼の隣に座った。
「酔った私ってどんな感じだった?」
「よく喋ってたかな。でも話の内容が支離滅裂で、何て言ってるか分からなかった。後、やたらキスしたがってた」
「したの?」
「うん、5回くらい」
私は自分の行動にげんなりとした。
「後ね」
彼が話の途中で私の肩を持ち、そのままぐいと床に押し倒した。

⏰:12/07/16 05:30 📱:Android 🆔:vGLf04X2


#226 [チャーリー]
こんにゎ
すごくいい作品ですね

忙しいと思いますが続きが気になります
頑張ってください

⏰:12/07/16 09:55 📱:N02C 🆔:ZjNRE6mo


#227 [ぎぶそん]
【226 チャーリーさん ありがとうございます。未成年喫煙に飲酒、いい作品ではありませんが(笑)、できるだけ頻繁に更新します】

「こんな風に押し倒された。勘弁してくれって思ったよ」
どうせこれもまたお得意の嘘に決まっている。
でも彼が上半身が裸なこともあって、とてつもなく緊張した。
これも演技の1つなのか、彼が真顔で私を見る。本当に今にも襲われてしまいそうだった。
「そうやってからかうのやめてよ!」
私は彼の股間を思いきり蹴り上げた。
「金的蹴りはまずいって。それに、押し倒されたのは本当だから」
彼が苦しそうに蹴られた箇所を押さえる。嘘を言ってるようには思えない。

「だったら何でそのままやらなかったのよ?男として、この上ない“チャンス”でしょ?」
恋愛経験がない私でも、オトコというものがどういう生態なのかは分かってるつもりだ。
オトコは、その気がなくてもそういうことが簡単に出来る。
オトコの本能はすさまじい。
と、前雑誌に書いてた。
でも改めて考えると、どうしてこいつは私を襲ってこないのだろう?
ここに来た初めての夜「絶対に手を出さない」って言ってたし、皆の前でも「死んでも手を出さない」って言ってた。
その根拠はなぜ?そんなに私って女として魅力ない?
「こないだお父さんにするなって言われただろ。それに、」
彼が急に黙り込む。長い沈黙が続く。
「……出来ないよ」
そう言うと、彼は照れ臭そうに顔を両手で隠した。
それはどういう意味だろう。経験がないから、一歩踏み出す勇気がないということ?
いつか全部分かるかな?嘘つきなあなたの本音が。

⏰:12/07/16 23:53 📱:Android 🆔:vGLf04X2


#228 [ぎぶそん]
早めの昼食を取った後、気を取り直して2人で夏休みの大まかな計画を立てた。
1番は前々から予定していた国内旅行のことである。
テーブルの上にパンフレットを広げて、お互いどこに行きたいのか意見を言う。
十分な話し合いの結果、9月の上旬に関西に行くことになった。

「俺、温泉に行きたい。日本人なら、やっぱり温泉だよね」
「いいねそれ。じゃあ、どこか旅館に泊まろうか」
「混浴がいいな」
彼がぼそっとつぶやく。
ふいに、こいつと私が全裸で温泉に入ってるところを想像した。
「冗談じゃない!馬鹿も休み休み言ってよ!」
「今夏休みだよ?」
「揚げ足を取るな!」
彼を叩こうと手を上げると、彼が手首を掴んだ。
すごい形相でこちらを睨んでくる。
「言うこと聞かないと、普段俺らがこの部屋で何やってるのか皆にばらすよ?」
「脅す気?卑怯だよ!」
「別にいいじゃん混浴でも。いずれそういう仲になるんだし」
彼がちらりと私の身体を見る。その言動に心底吐き気がした。
さっきはそういうことが出来ないと言っていたのに、この余裕は一体何なのだろう。
それと同時に、1人だけ取り乱す自分が悔しくなった。

「分かったわよ。でも、タオルを着用してもいいところにして」
私は立ち上がり、自分の思い通りにならない苛立ちから親指の爪を噛んだ。
今朝の騒動といい、今年の夏休みはとんだものになりそうだ。

⏰:12/07/17 00:25 📱:Android 🆔:1Qv0VpXY


#229 [ぎぶそん]
その2日後。昼過ぎ彼とニュース番組を観ていると、まりやから電話があった。
「8月の終わりにあるサークルの合宿行く?」
写真部の話だろうと思ったら、案の定そうだった。
私の大学の写真部は恒例行事として、毎年夏休みに群馬県の山奥にある、とあるペンションに泊まることになっている。
去年参加した時はそれなりに楽しかったのを覚えてる。
彼女に参加希望の意思を伝えようとしたが、8月の終わりと聞き焦った。
確か真織の誕生日は8月27日だったはず。
「8月のいつにあるの?」
「えーっとね、23、24、25だよ」
とりあえず2つのイベントが重なっていないことにほっとした。

「それじゃあ行く」と返すと、まりやが突然話題を変えた。
「知ってる?小原朱実と渋沢先輩、最近別れたらしいよ」
予想だにしなかった出来事に、私は唖然とした。
夏休み2人を見た時はあんなに楽しそうだったのに。
電話越しに聞く彼女の情報が、到底信じられなかった。
「小原がずっと5股くらいかけてたんだって。でも彼女サークルは辞めないみたい。すごい神経してるよね」
その後の彼女の話にも、私はただ上の空で聞いていた。
昔好きだった人が、失恋をした。
たったそれだけのことなのに、不思議ともやもやする。
人生とは複雑で、狂った歯車の連続のようなものなのだろう。

⏰:12/07/17 01:02 📱:Android 🆔:1Qv0VpXY


#230 [ぎぶそん]
彼女との電話を切り、私は真織をじっと見た。
なぜか彼にも合宿についてきてほしいという思いが湧く。
「8月の終わりにサークルの合宿があるんだけど、あんたも来る?」
「行ってもいいの?」
「合宿で泊まるペンション、有名なサウンドノベルゲームにでてくる舞台のモデルになった場所なんだよね。確か『殺意の月下美人』って推理ゲーム。知らない?」
「知ってる。中学の時にやったことある。推理作家の桐生月影脚本でしょ?へえ、あのペンション実在してたんだ。行ってみたいな」
ゲームと小説の類いが好きな彼が目を輝かせた。
「じゃあ今週の水曜に集会があるから、その時部長に頼んでみるね」

そして水曜日。私は部室を訪れた。
集合時間よりだいぶ早めに来たためか、部室にいたのは部長である渋沢先輩1人だった。
先輩は缶コーヒーを飲みながら、何かの書類に目を通していた。
前見た時は薬指に指輪をしていたのに、今日はしていなかった。
おそらく小原とお揃いのものだったのだろう。
先輩は私に笑顔で挨拶をしてくれたけど、失恋をしたばかりからかどこか空元気に見えた。

⏰:12/07/17 20:54 📱:Android 🆔:1Qv0VpXY


#231 [ぎぶそん]
「彼氏とは最近どうだ?夏祭りで会ったな」
「実は……先輩に嘘つきました。彼とは付き合ってません。後、彼のことも好きじゃないです」
最近不幸があった先輩の前で、偽りの幸せな顔をしたくなかった。
先輩は私が嘘をついたことに怒る素振りも見せず、ただ笑って返してくれた。
「8月にある合宿のことなんですけど、彼も連れてきていいですか?彼も写真部に興味があるみたいで、どうしても行きたいと言われて」
私は両手を合わせ、話に嘘を交えながら頼み込んだ。
「うーん。本当はあまりよくはないけど、かわいい後輩のためなら仕方ないな」
先輩が私の頭をぽんと叩いた。
その何気ない動作で、去年先輩に抱いていた気持ちを少し思い出した。

もし先輩が小原と付き合っていなかったら、私は今でも先輩のことが好きだったのだろうか?
それはない。幸か不幸か、私の心の中心にはいつも真織がいる。
もうあの頃には戻れない。真織を知らなかったあの頃には。

集会が終わりアパートに戻って、私は彼にさっそく先輩から了承を得たと報告した。
「かなめは『殺意の月下美人』の内容知ってるの?」
「知らない。どんなの?」
「大学生の修一と里奈って子が、夏休みにペンションに宿泊するんだよ。で、そのペンションで次々と殺人事件が起きるってわけ」
「へえ、面白そうだね」
「修一は人をからかうのが好きで、里奈は気が強い。2人の関係は曖昧。何か、俺らみたいだなって思った」
「私気が強くないし、私たちの関係も曖昧じゃないから。あんたは私にとって、ただのど・う・きょ・に・ん!」
私は彼にそっぽを向いた。

⏰:12/07/17 21:13 📱:Android 🆔:1Qv0VpXY


#232 [ぎぶそん]
その後も約束していたヒーローショーを見に行ったり、腫れた日はツーリングをしたり、毎日2人で一緒に過ごした。
ありふれた夏休みの過ごし方の中で、楽しみなことが1つ出来た。
彼がバイト先の店長のすすめで借りてきたアメリカの「キラーアイランド」というドラマを観たら、思いの外面白かった。
テレビの企画で無人島生活を送ることになった26人の男女が、島に住む謎の殺人鬼に狙われる。
私はその物語の中で、「トーマス」という登場人物にときめいた。
トーマスは年齢は30代前半くらい、金髪で綺麗な顔立ちをしていて、大人の色気が漂う。
性格は嫌味で女好き、どこか危険な香りがする。
現実にいたら絶対に付き合いたくはないタイプなのに、なぜか惹かれる。
それは時折見せる優しさが人間味溢れてるからかな。
トーマスはすぐにリズという女性と恋仲になった。
第3話で、その2人が激しいキスをしはじめた。

「このキスってどうやってるんだろう?」
私はつい思ったことを口にしてしまった。
「やってみる?」
彼が私の元に近づく。
しまった、と思った時には遅かった。

⏰:12/07/19 22:44 📱:Android 🆔:d/HOIpUg


#233 [ぎぶそん]
彼が私の頬に手を添える。
私は目を閉じた。2人の唇が重なる。
彼は自分の口を開け、舌を私の口に進入させてきた。
私はびっくりして思わず目を大きく見開いた。
口の中でお互いの舌が絡まる。柔らかい感触が広がる。
息苦しさにんっ、と息が漏れる。すべてがいやらしく感じた。
しばらくして、彼が顔を離す。
「こんな感じかな?」
彼がふうと息を抜く。
――初めてやるんでしょう?どうして微動だにしないの?
私は驚愕した。
「……もう2度としないで」
少し怒ったように彼に言った。
その後ドラマの続きを観ても、さきほどのキスが強烈すぎてまったく集中できなかった。

夜。隣で寝ている彼の大人しい寝顔を見て、悲しい気分になった。
どうしていつも平常心でいられるのだろう。
こいつがこの部屋に来てもうすぐ5ヶ月になるけど、全然慣れない。最終的に、どうしても異性として見てしまう。
実態に異性だから当たり前のことだけど、もっと心に余裕がほしい。
彼の困惑する姿が見たいのに、結局私1人が泡を食ってる。
どうすればこいつを攻略できる?この調子だと、私が彼の前で裸になってもびくともしなさそう。本当に悔しい。

⏰:12/07/19 23:04 📱:Android 🆔:d/HOIpUg


#234 [ぎぶそん]
8月初旬。駅の近くの公園で花火大会が開かれるということで、彼と行くことになった。
1週間前に、実家の母から送ってもらっていた浴衣セットを取り出す。
「あれ、どうするんだろう」
雑誌に載ってる着付けの仕方を参考にしながら、自分でやってみる。
簡単に出来ると書いているのに、不器用な私はさっそく苦戦した。
「やってあげようか?」
既に支度の整っていた彼が近づく。
「着付けしたことあるの?」
「ないけど」
彼はテーブルの雑誌を手に取り、何やら1人考えている。
そして私がつけた腰紐を外し、最初からやり直す。
時々雑誌に目をやりながら、黙々と着付ける。私も黙ってそれを見ていた。

「……出来た。こんなんでいいのかな?」
彼に言われ、脱衣室にある洗面台の鏡で確認してみた。
身体を一回りさせると、おおよそ完璧にできていた。
こういう着付けは文系より理系向きだよね。理系向きだから。
……と、自分を慰めておく。

「ありがとう。とうかな?」
リビングに戻り、彼の前で袖を広げた。
中学の時に母から買ってもらったこの赤い浴衣は、紫陽花の柄がとてもきらびやかだ。
「え?ごめん、よく分からない」
「もう!そういう時はお世辞でも『かわいい』って言っておきなさいよ!そんなんだから彼女が出来ないのよ!せっかくあんたのために着てあげたのに!」
「え?そうなの?」
「違うよ……。気分で着ただけ……」
「似合ってるよ。江戸時代の子供にいそう」
「何よそれ!」

⏰:12/07/19 23:48 📱:Android 🆔:d/HOIpUg


#235 [ぎぶそん]
【※234 正しくは“どうかな?”です】

下駄を履き、アパートを後にした。
準備をした時はまだ明るかったのに、日はすっかりと落ちていた。
慣れない下駄のせいで親指の付け根が痛い。けど、浴衣を着こなす1人の女性として我慢した。
彼は私の歩幅に合わせ、ゆっくりと歩いてくれた。

長い時間をかけて公園に着き、空いてるスペースを確保した。
浴衣が汚れないように、私は彼の太ももに座った。彼が私の腰に両手を回す。
彼が公園の自販機で買ってくれたジュースを飲みながら、夜空に浮かぶ花火を観賞した。
「俺、白い花火が好き」
「私も。最後にぱらぱらって音が鳴るのが好き」
「そうそれ」

2時間ほどで、花火大会は終了した。
「足が痛い」
人ごみの中やっとの思いで公園を出た時、私の足は既に限界だった。
「乗って」
彼が腰を下ろし、自分の背中に乗るよう指示する。
私は彼に背負ってもらった。彼が夜道をゆっくりと歩き出す。
「重くない?」
「ちょっと重いかも」
「……ごめん」
「嘘だって。そんな重くないよ」
私は彼の首元にしっかりと腕を回した。
自分より10センチ以上高い、彼の視点で街を眺める。
こいつはいつもこの高さで世界を見てるんだ。

通りすがりの人に、物珍しい視線を浴びる。
人前で彼におんぶされてるのは恥ずかしいけれど、この人たちとはもう2度と会うことはないだろうし、平気だった。
私には彼がいるから。彼はいつも私の味方だ。

⏰:12/07/20 00:17 📱:Android 🆔:JlxQZX62


#236 [ぎぶそん]
アパートに戻り、ずきずきと痛む親指の付け根を撫でた。
痛覚もなくなった頃、私は彼に背を向けた。
「帯外してくれる?」
彼が黙って従う。帯が少し緩むとお腹まわりに余裕が出来た。
彼は帯も腰紐も全部外すと、後ろから抱きついてきた。
そして、そのまま床に倒れる。
「ちょっと、お風呂入りたいんだけど」
「明日でいいじゃん」
「駄目。化粧落とさなきゃ」
「じゃあ後5分だけ」
彼はなかなか離そうとしない。

「浴衣姿、なかなかかわいかったよ」
「どうせ江戸時代の子供でしょ」
「ううん。現代人として」
何よ、言い分がころころ変わっちゃって。
こういういい加減なところがむかつくのよ。
しかし珍しく彼に褒められ、いい気持ちになった。
私は彼の手にそっと触れた。
「あんたも来年浴衣着てよ」
「何で?」
「似合いそう」
「分かった。来年もまた行こうな」
彼が私の手を握る。
結局私がお風呂に入ったのは、次の日の朝だった。

⏰:12/07/22 00:44 📱:Android 🆔:TdfnQEy.


#237 [ぎぶそん]
花火大会から2日後。夕方、彼は誰かと電話をしていた。
「今度弟がこっちに遊びに来るから」
こいつの弟。確か実織くんといっていたな。
初めて会う彼の身内に、私は好奇心から心が弾んだ。

数日後。彼と2人、駅で実織くんがやって来るのを待つ。
20分後。ポロシャツを着て、ナイロン製のショルダーバッグを肩に提げた少年が現れた。
「初めまして、いつも兄がお世話になってます。弟の実織です」
彼はそう言うと、私に丁寧にお辞儀をした。
真織と血の繋がった兄弟と対面するのは、小さな感動があった。
実織くんは背丈は真織と同じくらいで、顔は整ってる方だけど真織と比べると地味な感じがする。
2人は雰囲気もあまり似てない。実織くんは真織のことを「お兄(にい)」と呼んでいた。
実織くんは高校生ながらしっかりとした受け答えができる子で、私はすぐに彼に好感を覚えた。

実織くんが来てからお昼にちょうどいい時間だったので、3人で話しながら駅の食堂街を歩く。
会話の中で、実織くんはすごく真面目な性格をしていることが判明した。
学校の成績も非常に優秀で、埼玉でも有名な公立の進学校に通っているらしい。
志望校は日本一のあの大学。
学校ではバスケ部に所属してるらしく、文武両道ときた。
将来有望そうだし、性格もよさそうだし、大人になったら実織くんと結婚しようかなと思った。
まあ、向こうが承諾してくれたらの話だけど。

⏰:12/07/22 01:06 📱:Android 🆔:TdfnQEy.


#238 [ぎぶそん]
そんなことを考えていると、真織の気分でお好み焼きの店に入ることになった。
テーブルの鉄板でお好み焼きを作りながら、話し込む。
「お兄、新しい部屋まだ見つからないの?」
「俺、足立さんの部屋にずっと住むことになったから」
「すみません。わがままな兄で」
目の前に座る実織くんが私に向かって小さく頭を下げる。生意気な真織とは違い、何ていい子なのだろう。
年下は苦手だけど、実織くんは別。
いつか魅力的な女性になって、生真面目で無垢な実織くんのハートを射止めよう。
私は心の中でガッツポーズをした。

昼食を済ませた後電車に乗って、有名な観光スポットを回ってみたりした。
でも実織くんはそういった場所にあまり関心を示さず、どこにでもある本屋を1番好んでいた。
日も暮れた頃。実織くんを連れてアパートに戻ると、彼はリビングのテーブルで黙々と勉強をはじめた。
夏休みの宿題かと思ったら、どうやらそれはもう済ませたらしい。
私も高校時代は真面目に勉強をしていたけど、その比じゃない。
こういう子が日本の将来を担っていくのだと思った。
がんばれ、私の未来の旦那!

⏰:12/07/22 01:33 📱:Android 🆔:TdfnQEy.


#239 [ぎぶそん]
お風呂を沸かし、実織くんに1番風呂に入るよう促した。
「お兄、寝巻き貸して」
実織くんの言葉で、真織が気だるそうに収納ボックスの中を探る。
「じゃあ、これと……これ着て」
真織は実の弟に、自分のポロシャツと半ズボンを渡した。
1人っ子の自分としては、男兄弟のやり取りというものが新鮮に思えた。
実織くんがお風呂から出ると、私と真織も立て続けにお風呂に入った。
「お前は布団で寝て。俺は足立さんと寝るから」
真織は床に布団を敷くと、私のベッドに入った。
でもさすがに身内の前では遠慮したのか、彼は私に背中を向け一切触れてこなかった。

次の日。実織くんは最後まで上品な物腰のまま帰っていった。
今度会う時は、彼も大学生になっているかも知れないとのこと。
私は2年後が楽しみになった。
「はー。やっとあいつ帰った」
実織くんを見送りアパートに戻ると、真織が後ろから抱きついてきた。
彼は私の耳を唇で挟んできた。緊張と快感が同時に走る。
「やめてよ。私、将来実織くんと結婚するんだから」
「あいつはやめた方がいいよ。かなめとは合わないって」
彼は舌で耳を舐めはじめた。私の全身がぞくぞくとなる。心は戦慄に思えているのに、私の身体は官能として認識していた。
彼のその動きは、私が実織くんに抱いた気持ちを一瞬で忘れさせた。
条件が揃ってるのは実織くんの方だけど、そばにいたくなるのはこいつの方だった。

⏰:12/07/22 02:30 📱:Android 🆔:TdfnQEy.


#240 [ぎぶそん]
8月中旬。お盆の時期ということで、お互い実家に帰ることになった。
就寝前リュックに着替えなどを詰め、明日の帰省に備えて準備を整える。
夜、彼と一緒にベッドに入る。
しばらく会えなくなるからか、お互いなかなか寝ようとはしない。
とりとめのない会話が終わると、彼が歌を口ずさみはじめた。

「『会いたい会いたいと 街中に食傷気味な言葉が流れてる
煙草に火を着け くだらねえとつぶやく
吐いた煙に浮かぶのは 憂いのあるあなたの横顔
会いたい会いたい 会えない会えない
そんな容易い言葉に 結局僕も支配されるのでしょう』」
「それ、誰の何て曲」
「スカベンジャーってバンドの『僕の嫌いな言葉』って曲だよ。バンド自体はもう解散してる。中学の時たまに聴いていたのを、さっき思い出した」
「何でいきなり?」
「俺、たぶん明日からこんなことを思うのかなって……。地元の奴らと久しぶりに会えるのは嬉しいけどさ……」
彼は急にもじもじとした態度を取り出した。
それは私と会えなくなるのが寂しいということ?
思いがけず知った彼の気持ちに、私は動揺した。

「……かなめって、すごいよな」
「何で?」
「俺、今まで誰かを好きになったことがないんだよ。でも、かなめと出会ってから……恋愛ってこういうことなのかな、って」
「何言ってるの。……あ、たぶんそれ吊り橋理論って奴よ。あんた、私のことおっかないと思ってるんでしょ?そういう恐怖からくる心のどきどきを、恋愛のどきどきと錯覚してるだけよ」
私の説明に、彼は何も言わなかった。
私はすっかり参っていた。軽薄な心の私にとって、彼の心はまっすぐすぎた。
私はもしかしたらもっと一心に彼と向き合わなければいけないのかも知れない。

⏰:12/07/22 07:02 📱:Android 🆔:TdfnQEy.


#241 [ぎぶそん]
翌朝。身支度を済ませ、彼からもらったネックレスを身につけた。
2人でアパートを出ると、彼がバイクで駅まで連れていってくれた。
「じゃあ元気でな」
駅で私を降ろすと、彼はバイクで颯爽と走り出した。
改札口を抜けぎりぎり飛び乗った電車の中で、首元にあるネックレスを見つめた。
彼がいつもそばにいてくれてる気がした。
その後実家に到着すると、一目散に2階にある自分の部屋まで駆け上がった。
去年の春部屋を散らかしたまま1人暮らしを始めたけど、その後母が綺麗に片付けてくれていた。
鞄を放り投げ、ベッドに飛び込む。そのまま仮眠を取った。

夕方になり母は夕飯に唐揚げやポテトサラダ、レタス巻き、けんちん汁など、私の好物をふんだんに振る舞ってくれた。
「伊藤くんは元気しているのかね」
父がけんちん汁を吸いながら、ぶっきらぼうに話しかける。
「真織くん、びっくりするくらいの美少年よね。ほら、俳優の何とかに似てるわね。ほら、あの人。何とかこんとか」
母が話に割って入る。
母は困った時はいつも“何とかこんとか”で表現をする。大学生になってからほとんど会ってないのに、その癖は相変わらず変わってないな、と思う。

「確かに男前だが、あの髪型はなよなよしてる感じがして好かないな」
「ちょっと前に髪切ったよ。好青年になってる」
なんで私、あいつのことを褒めてるんだろう。でも今の髪型はいい。髪型だけは。
「あら、そのネックレス買ったの?」
母が私の首元を見た。
「ううん。真織に買ってもらった」
「まあ素敵」

⏰:12/07/22 23:23 📱:Android 🆔:TdfnQEy.


#242 [ぎぶそん]
夜。お風呂で汗を流し、ベッドに入った。
あいつは今頃何をしているのだろうか。彼のいない一時は、長く退屈に感じた。
1つ屋根の下で暮らしておいて、いまさらメールや電話をする気にはなれない。
彼がいない1人の夜は、寝る前歯みがきをし忘れた翌朝みたいな気持ち悪さがあった。
ここは私の生まれ育った場所なのに、自分の居場所ではないみたい。

薄暗い部屋の中、テレビを点けた。ちょうど歌番組をやっていた。
君に会いたいでも会えないとか、中学生でも書けるポンコツな歌詞を若手バンドのボーカルがしたり顔で歌う。
そんなに会いたいなら、さっさと会いに行けばいいのにといらいらする。
ふと真織の顔が浮かぶ。
あいつが昨日歌った「僕の嫌いな言葉」が頭の中で浮かぶ。
あいつに会いたい。私自身も彼に対する感情を、結局そんな陳腐な言葉でしか表現できないでいた。

その後も家族で墓参りを済ませたり、母と一緒に来年の成人式の着物を買いに行ったり、親戚の家に挨拶しに行ったりと、ばたばたとした日々が続いた。

⏰:12/07/23 22:30 📱:Android 🆔:jyY.9Ydw


#243 [ぎぶそん]
実家には4日間過ごしただけで、再びアパートに戻った。
誰もいない部屋は、自分の部屋なのに夜の校舎みたいな薄気味悪さがあった。
歯ブラシも2人分あるし、怪獣の人形も置いたままだ。バイク雑誌もあるし、ギターケースもある。
でもあまりの虚無感に、もしかしたらあいつがこのまま戻ってこないんじゃないかと不安になった。

首元のネックレスを見つめる。逆に満たされない思いが募る。
「くそ真織!早く戻って来なさいよ!」
私は苛立ちから床にあったちきゅ丸くんの人形を蹴った。

私は彼に電話を掛けた。
『……もしもし?』
こいつ、こんな声してたっけ。
「あんた、いつ戻って来るの?」
『予定としては20日だけど、早く戻ろうかな。そっちが早く戻ってきてほしいみたいだし』
「一生戻ってくるな!」
私はかっとなって電話を切った。
こんな態度では向こうもさすがに怒ったかも知れない。
『ごめんね』とメールしておいた。
返信はすぐに届いた。
『何が?』
うわ、やっぱり送らなきゃよかった。
でも下に余白があるのに気がついて、スクロールさせた。
『心配しなくても、ちゃんと戻ってくるから』
「何よ」
私はベッドにケータイを放った。少しにやにやとした。

⏰:12/07/24 22:49 📱:Android 🆔:XCFEV5ZU


#244 [ぎぶそん]
2日後。お昼のニュース番組を観ながら、ベッドの上でポテトチップスを食べていた。
冷蔵庫の中には何もないし作るのも面倒なので、食事はお菓子とコンビニ弁当で済ませていた。
彼がいない私は、すっかり元の面倒臭がりの駄目人間に戻っていた。
「ただいま」
夕方、彼が戻ってきた。
「うわ、何この汚い部屋」
彼が散らかり放題の部屋に絶句する。
髪が少し伸びただけで、後は全然変わらない彼の様子を見てほっとした。

彼は床に腰を下ろすと、鞄の中をあさった。
「昔の写真持ってきた」
彼が私に1枚の写真を渡す。私はさっそくその写真を見た。
そこには幼い頃の彼と実織くんが写っていた。
写真の彼はカメラ目線でピースサインをしていて、舌をぺろっと出していた。
天真爛漫で、とてもかわいかった。
このまま成長していればよかったのに。
この頃の彼に出会ったことがあるらしいけれど、やっぱり身に覚えがなかった。

続いて彼の中学時代の集合写真を見た。話に聞いていたとおり、だいぶ小柄だった。
高校時代の集合写真も見た。背が伸び、今現在とほとんど変わらなくなっていた。
彼が当時のことを楽しそうに話す。男子しかいなかったので、だいたい皆と仲が良かったらしい。
「かなめのこと地元の奴らに話したら、今度連れて来いって」
「行きたくない。どうせ、いまいちな女だなあ、って思われるだけだし」
「誰も期待してないから大丈夫だよ」
うわあ、出た。こいつのこの気の利かない感じ。私は苦笑いをした。

⏰:12/07/24 23:17 📱:Android 🆔:XCFEV5ZU


#245 [ぎぶそん]
「そうそう、ゲーム持ってきたよ」
彼が紙袋からゲーム機を取り出した。
私の気が晴れる。今から一緒に以前椎橋くんの部屋でやったゲームと同じのをすることになった。
「負けた方は勝った方の言うこと聞くこと」
「そんな。私の方が圧倒的に弱いから不利に決まってるじゃん」
「ちゃんとこっちにハンデつけるから。俺からの攻撃は2回までにするわ」

そしてバトルが始まり、彼のキャラクターに攻撃し続ける。彼はすべて軽やかにかわす。
攻撃するのに疲れて一瞬気を抜くと、彼に初めて攻撃された。
私のキャラクターは舞台から落下した。たった一撃受けただけで敗北した。

「はい、俺の勝ち。じゃあ……」
彼が腕を組んで考える。どうせ言うことはキスとかそういうことだろう。
「今月の30日にサークルの皆でキャンプすることになったから、それに来ること」
何だそんなことか。ひとまず安心したが、すぐに恐怖で冷や汗が出た。
「里香ちゃんはいるの?」
「多分いるよ」
私の顔が青ざめる。彼女と顔を合わせるのは非常に気まずい。
でも命令は命令だ。私は観念した。
「川で泳ぐかも知れないから、水着があった方がいいかも」
水着か。持ってないし、学校の授業以外で着たこともないな。ふと、私にいいアイデアが浮かぶ。
涼二くんを誘おう。すぐに彼にメールを送ってみた。
涼二くんは迷わず引き受けてくれた。私は彼と遊ぶことになった。

⏰:12/07/25 22:46 📱:Android 🆔:44/09JFM


#246 [ぎぶそん]
2日後。電車に乗り、涼二くんの住んでる町の駅で降りた。改札口を抜けると、女装をした彼がいた。
カールした髪を2つに結び、白いノースリーブシャツに7分丈の黒いズボンを履いていた。
駅を出て、彼の車である赤いスポーツカーに乗った。車内は芳香剤のいい匂いがした。
ここからそう遠くない場所にアウトレットの店があるということで、そこに向かって車が走り出す。

車の中で、共通の知人である真織のことで話が盛り上がった。
「小学校の時まおちゃんとは学校が終わると図書室で本を読んだり、川に魚釣りしに行ってましたね。高学年になると、ゲームばかりしていました。
中学に上がってからは僕がソフトテニス部に入ったので、遊ぶことは少なくなりなした。同じ塾に通ってたんですけど、まおちゃんは数学と理科のテストだけは常に満点でした」
「あいつ、今まで恋をしたことがないらしいね」
「そうですね、そういった話は全くしませんでした。僕もまおちゃんも大人しくて目立たない方だったので」
「それがどうしてあんな生意気な性格になったの?身長が伸びて調子に乗ったのかな?」
「そうかも知れませんね」
2人でけらけらと笑う。

真織は今までの人生を行儀よく真面目に生きてきたみたいで、どこか安心感がある。
何より異性を知らない。
私にとって真織は過去があってないようなものだった。

⏰:12/07/25 23:24 📱:Android 🆔:44/09JFM


#247 [我輩は匿名である]
あげます

⏰:12/07/29 13:07 📱:F08A3 🆔:bkhEdwvE


#248 [ぎぶそん]
【※247 匿名さん 前も上げてくれた方ですか?ありがとうございます。体調を崩してしまい、ここ数日書けませんでした】

アウトレットモールに到着すると、まずは洋服の店を回ってみた。
近々合宿に行くということで、張り切って洋服を物色する。
涼二くんの意見を参考にして、ワンピースを3着買った。
それから今日1番の目的である水着の店に入った。めぼしい品を1着1着見て探す。
白い生地に黒い水玉模様があるビキニが目についたので、試着してみた。
「どうかな?」
涼二くんに試着した姿を見せる。
「すごくいいと思います。すみません、今完全に男目線で見てました」
彼が両手で顔を覆う。着心地も良かったので、迷わず購入した。

正午を過ぎ、建物の2階にあるオムライスの店に入った。
「もうすぐあいつの誕生日じゃない?それで、誕生日プレゼント何にしようかと迷ってるんだけど……」
私は真織の誕生日のことが気がかりでいた。
「何でもいいと思いますよ。かなめさんから貰ったものなら喜びますよ」
「あいつハーレーが好きだから、そのミニチュアセットでも買おうかと」
「それはいいですね」
彼がにっこりと笑う。
「じゃあそうしようかな」
私も微笑み返した。

オムライスの店を出てちょっと歩くと、下着売り場が目についた。
「見ていいかな?」
一応性別の違う彼に配慮した。
「じゃあ、僕はここで待っておきますね」
「ごめんね、すぐ終わるから」
1人で中に入り、いつものようにベージュ色を探そうとした。
でも真織にいつも下着がださいとけなされていることをふと思い出した。
怒りで拳を握る。結局、ベージュ以外の色んな色の下着を購入した。

⏰:12/07/31 22:25 📱:Android 🆔:f95fGXxk


#249 [ぎぶそん]
その後モールを出て涼二くんのケータイから真織を呼び出し、2人で涼二くんの部屋に上がった。
涼二くんの部屋は私の部屋と同じ1DKだった。
リビングは必要最小限のものしか置いていない、殺風景な空間だった。
涼二くんが洗面台に向かう。ウィッグを外し化粧を落とした彼は、見事に普通の男の子に戻っていった。
そして涼二くんは私たちに冷やし中華を作ってくれた。甘辛い汁に浸った冷たい麺を啜る。夏を感じた。

アパートに戻ると、ノートパソコンを開いた。
ネットショッピングでハーレーのミニチュアモデルを探す。
くまなく探していると、6台セットで売られているものがあった。
数は多い方がいいかも知れない。それを注文した。

22日。ネット通販で頼んだ商品が届いた。
「かなめがネットで何か頼むとか珍しいな」
「うん、ちょっと本が欲しくて」
私はカモフラージュに部屋にあった教科書を彼に見せた。
彼に気づかれないよう注意して、ミニチュアセットを鞄の中にこっそり隠した。

その日の夜。明日からサークルの合宿ということで、必要な荷物をキャリーバッグに詰める。
「ちょっと待って」
彼がバッグの中に入ってあるピンク色のブラジャーを手にした。
それはこの間アウトレットモールで買った一品だ。
「こんな色の下着持ってたっけ?えっ……もしかして、勝負下着って奴?」
彼は呆然としていた。
「違うよ!安かったし、気分転換に買っただけ」
私は彼の手からブラジャーを取り上げた。彼が私の肩を叩く。
「まあ、夜を楽しみにしておくな」
その言動に激しく身震いした。

⏰:12/07/31 23:03 📱:Android 🆔:f95fGXxk


#250 [ぎぶそん]
23日。写真部の合宿の日になった。
早朝、メンバーが駅に集合した。私は皆に真織を紹介した。
「初めまして。入部希望……かも知れないです」
彼にカメラに興味があるフリを演じてもらった。
地味で大人しいメンバーが揃う中、目鼻立ちのはっきりとした真織は明らかに存在が浮いていた。
部長の渋沢先輩から今後の詳しい段取りを聞いた後、電車に乗ってペンションがある群馬県を目指す。
私と真織は当然のように隣同士で座らされた。
最初にちょっとだけ会話を交わすと、彼は私の肩に頭をもたれたまま眠ってしまった。
その重さに疲れがくるけど、彼の無垢な寝顔がかわいいので黙って見過ごすことにした。

駅に到着して、ペンションに向かうバスに乗った。
また彼と隣同士に座る。彼は窓に映る林だらけの景色をずっと見ていた。
私は車内を観察してみる。渋沢先輩は前の席で1人本を読んでいた。
彼の元恋人である小原は、1番後ろの座席で男の先輩と楽しそうに話していた。
彼女の笑い声が静かな車内に響く。気まずい雰囲気を感じ取る。
合宿に参加したことをわずかながら後悔に思っていると、隣に座る真織が私の手を取った。
「かなめも見てみろよ。面白いよ」
窓を指差し、無邪気に笑う彼。こいつがいれば、どんなことがあっても大丈夫だと思った。

⏰:12/08/01 22:59 📱:Android 🆔:.sB0Yp5Q


#251 [ぎぶそん]
1時間半ほどして、バスがペンションに到着した。
ペンションはログハウスの一軒宿で、山と清流に囲まれたのどかな場所にある。
中に入ると、木の香りが広がった。
「すげえ。本当にゲームのまんまだ」
真織が満面の笑みできょろきょろと辺りを見渡す。

「皆さん、今年もよろしくお願いします」
オーナーの神崎竜之介さんと、奥さんの弥生子さんが出迎えてくれた。
竜之介さんは40代後半くらい。白髪交じりの長い髪を、後ろに1つで縛っている。
弥生子さんはおよそ40代前後の、控えめで奥ゆかしい女性だ。
「林田雪です。皆さんお久しぶりです」
アルバイトの雪さんがやって来て、私たちに礼をした。
雪さんは30代前半くらいで、ふくよかな体系をしていてとても愛嬌がある。
その名のとおり、雪のように肌が白い。
彼女はとても親しみやすい人で、去年は彼女を交えて皆でトランプ遊びをしたのを覚えている。

合宿では2人部屋の洋室を借りることになっていて、その場で部屋割りを決める。
「かなめは真織くんと一緒でいいよね?」
まりやが白い歯を見せて笑う。
自分のわがままで彼をここに呼んだこともあるので、彼女の言葉に素直に従った。
それに、今更彼と一緒になろうが全く驚かない。
今日ずっと口数の少なかった真織が、竜之介さんたちに向かって口を開いた。
「ペンションって元々『年金』って意味で、年金生活をしていた夫婦が宿泊施設をはじめたことからペンションって呼ばれるようになったんですよね?」
「君、詳しいね!」
「へえ、あたし知らなかったわ!」
竜之介さんたちが感心した様子で彼を見る。
彼はさっそく竜之介さんたちの心を掴んでいた。

⏰:12/08/01 23:26 📱:Android 🆔:.sB0Yp5Q


#252 [ぎぶそん]
メンバーは一旦談話室で解散となり、私は彼と2階にある洋室まで荷物を置きに行った。
8畳ほどの広さの部屋はベットが2つあり、風呂トイレが共同で設置してある。
荷物を床に置くと、2人でベランダに出た。
「空気がうまいな」
隣にいる彼が深呼吸をする。
耳を澄ますと、近くで流れている川のせせらぎが心地よく聞こえてきた。

下に目をやると、渋沢先輩が玄関から出てきた。
「あの人かっこいいよな。背も高いし」
真織も彼を見る。
先輩は茶髪で色黒で、赤いフレームの眼鏡を掛けている。
身長は180センチ近くあって、筋肉質で逞しい体をしている。
色白で細身の真織とはタイプが全く違う。
先輩は高校時代非常にモテたらしく、恋愛経験も豊富らしい。
そういう点でも真織とは対照的だ。
2人に甲乙をつけるとするならば、私は断然に真織を選ぶ。
清廉潔白な真織の方が一緒にいて落ち着くから。彼の心は川の流れのような清さを感じる。

そんなことを思っていると、部屋のドアから軽快なノックの音がした。
ドアを開けると、まりやと1年生の角川くんという男の子が立っていた。
まりやは私たちにバドミントンをやらないかと誘ってきた。彼も興味津々だったので、私たちはその誘いに乗った。
1階の受付で用具を借り、外にあるテニスコートを利用して、私と真織、まりやと角川くんのペアになってダブルス戦を行うことになった。
対戦がはじまると、ほとんど私のミスで点数を奪われてしまった。でも、後方にいる彼が徹底的に応戦してくれた。
その結果、21対19で私たちが勝利した。ほぼ彼の貢献によるものだったけど。

⏰:12/08/02 23:47 📱:Android 🆔:3lWn.h9A


#253 [ぎぶそん]
「伊藤くんだっけ?俺と勝負してみないか?」
渋沢先輩がやって来た。
「いいですよ」
2人の対戦がはじまると、男どうしの激戦が続いた。先輩は部の間ではスポーツ万能で有名だった。
先輩は2コ下相手に何度もスマッシュを決める。2人の対戦は21対15で先輩が勝利を収めた。
「あいつやっぱりかっこよくない。いけ好かない奴」
先輩に負けた悔しさからか、彼はもう手のひらを返していた。
「たかがゲームに負けたくらいでそんな怒らなくていいじゃん。それに、あんたがこの合宿に参加できたのも先輩のご厚意があったからなんだよ」
彼はむすっとした表情で黙っていた。私はそんな彼の手を優しく取った。
「こんないい場所に来るなんて滅多にないよ。もっと楽しもうよ」
私がそういうと、彼は小さく笑った。

その後皆で川に足を着けて遊んだ。猛暑の中足に掛かる水はとても気持ちがよかった。
川の中で小原がよろけると、彼女の近くにいた真織が支えた。彼女もしっかり彼の腕を持つ。
そして彼女と彼が談話をはじめた。彼もきちんとした対応で彼女に接する。
私はその一部始終を不快に思った。彼女が真織に近づきたくて、わざとよろめいたように見えた。
と、そんな勝手な憶測で腹を立てる自分に嫌気が差した。私は落ち着きを取り戻そうと川の水で顔を洗った。

「ねえ」
私の元に彼がやって来た。
「渋沢先輩とあの女の人、何で一緒にいないの?夏祭りの時一緒だったよね」
「……2人はもう別れたよ」
「ふうん」
そこからお互い無言になった。夏祭りの夜あんなに否定したのに、まだ先輩のことが何か気にかかるのだろうか。

⏰:12/08/03 00:36 📱:Android 🆔:D1SbFdlc


#254 [ぎぶそん]
私は一握りの勇気を出した。
「私、渋沢先輩よりあんたの方が好き」
こわばった顔をし、彼の目を見て言った。
彼は私の言葉がうまく理解出来ないのか、放心状態で立ち尽くしていた。
「あ、うん。変な意味じゃないよ。一緒に住んでると、嫌でも愛着湧くみたい。飼ってるペットみたいに……」
私は一気に取り乱して、とっさに話を付け加えた。
すぐに彼が口を開く。
「早く夜にならないかな」
「何で?」
「2人きりになれるから。そうしたら色んなことが出来る。2人でしか出来ないこと」
彼もまた私の目を見て、真面目な顔で言う。
私は気恥ずかしさで居ても立ってもいられなくなり、まりやたちがいる方へ走って行った。

まりやたちといながら時々真織の方に目をやると、小原がまた彼に話しかけていた。
私はそれを見ても何とも思わなくなった。
彼は絶対に私の元に戻ってくるから。彼の居場所は、私だから。
「足立の知り合いのあの男の子、足立と一緒に住んどるんやっけ?」
彼を見ていると、和美という子が話しかけてきた。関西出身で、男勝りでさっぱりとした性格をしている。
「そうだよ。何か誰かとルームシェアをするのが夢だったんだって」
「何でや?」
「えっと……」
そういえば何でだ?後で聞いてみようかな。
「あちゃー。小原の奴、後であの子のことたらしこむ気やで」
和美がそうはっきりと言うほど、彼女は彼の身体にべたべたと触っていた。
小原は特別美人ではないけれど、男に苦労しないような外見をしている。
部の中ではスタイルが抜群にいいし、胸も私より大きい。
彼女のことはやっぱり少し不安になった。この3日間、用心しなければ。

⏰:12/08/03 01:23 📱:Android 🆔:D1SbFdlc


#255 [ぎぶそん]
夕方。皆で1階の食堂に集まり、一斉に竜之介さん手作りの夕食を取った。
私の隣で真織も食べる。
彼の目の前にいるまりやが、彼に話しかけてきた。
周りも得体の知れない彼に興味があるのか、耳を傾ける。
「真織くん、どう?うちの部」
「いいと思います。皆さん優しいですし」
「あれ?確か軽音楽部に入ってなかったっけ?」
まずい。今日ここに来たこと、不審に思われたかな?
「はい、入ってます。ですから、もしこの部に入部したら掛け持ちってことになりますね」
おお、こいつもなかなか返しが上手いな。

まりやの質問は続く。
「今彼女はいるの?」
「いいえ。僕、今までいたことないです」
「えー!それホンマなん!?」
びっくりした様子で和美が間に入った。
「ほんなら何や、伊藤くんは“チェリーボーイ”なん?」
和美がそのままの様子で問いかける。彼女の質問に、彼は黙って頷いた。
「じゃあ、お姉さんがオンナを教えてあげようか?」
小原が髪を耳にかけ、おどけた様子で言う。彼女の大胆な発言に、彼は一瞬うろたえた。
「いえ、僕、初めては好きな人とって決めてるんで……」
彼が小さな声でぼそぼそと喋る。
彼のその一言で、チキンソテーをフォークで切るのに動かしていた私の手が止まった。
小原が「冗談だよ」と笑いながら返すと、皆が笑った。
私も皆に合わせて顔に笑みを浮かばせつつも、心はひどく動揺していた。

彼の純潔は私のものと、既に先約してある。じゃあ、こいつは私のことを……。
ううん、彼は普段ほとんど本音を言わない。だから、これもただ断りたかったための口実だよね。
いちいち真面目に考えてたら、きりがない。

⏰:12/08/04 00:23 📱:Android 🆔:xEON1uX.


#256 [ぎぶそん]
夕食を食べ終えそのまま食堂で団欒した後、メンバーは1階の広間でビリヤードをすることになった。
真織は1人談話室でマンガを読みたいというので、彼とは一旦離ればなれになった。
およそ1時間後。ビリヤードが終わって談話室を覗くと、彼がソファの上で横になって寝ていた。
彼の前に座り込んでその姿を観察していると、雪さんがやって来た。
「かわいい寝顔。同年代だったら、あたし恋してたかも」
雪さんのその言葉で、当たり前に見ていたこの寝顔が、とても貴重なものに思えてきた。

雪さんがいなくなると、私は当たりを見回した。
誰もいないことを確認すると、私は彼の耳を唇で挟んだ。
彼の顔がかすかに歪む。その無意識な反応がかわいく思えた。
すぐにまた彼の耳を唇で挟んだり、舌の先で舐めたりを繰り返した。
「何してんの?」
彼が目を覚ました。眠りを妨害されたからか、少し顔が怒っている。
「あ、いや、こないだされたから、その仕返し」
「あ、そう。発情してんのかと思った」
「しないわよ、馬鹿!」
思わず大声で怒鳴った。
「どうしたの?」
雪さんが慌てて駆け寄ってきた。
「いえ、何でもないです。行こう」
彼の腕を引っ張り、2階へと上がった。

⏰:12/08/04 00:41 📱:Android 🆔:xEON1uX.


#257 [ぎぶそん]
部屋に戻ってから、私は彼に話しかけた。
「あんた、経験がないってこと、皆に知られて良かったの?」
「別に。事実だし、何も恥ずかしいことはないじゃん」
「そうだね。あんたって、意外と真面目だよね。しっかり自分を持ってていいと思うよ」
「それはどうもありがとう」
彼は私の頭をぽんと叩くと、着替えを持って風呂場に向かった。
彼が烏の行水で出ると、私もすぐにお風呂に入った。

お風呂から出ると、部屋が異常なくらいに冷えていた。
あまりの寒さにクーラーのリモコンを手に取ると、部屋の温度は16℃と表示されていた。
彼は布団にくるまっている。お前の仕業か。
こんな妙なことをするのなら、設定温度を上げて布団をはがせばいいのにと思う。
こういうエゴな奴がいるから、ますます環境破壊に拍車がかかるんだ。

「おいで」
彼が布団を開けてきた。
私は黙ってそれに従う。
きっとこうなるだろうと予想は出来ていた。
布団の中で、彼にきつく抱きしめられた。
真夏の熱帯夜なのに、なぜあたたかいことに幸せを感じているのだろう。
「冬が楽しみ」
「何で?」
「寒いから、毎日こんな風に抱き合って寝れる」
「寝ないわよ、馬鹿」 

⏰:12/08/04 01:15 📱:Android 🆔:xEON1uX.


#258 [ぎぶそん]
彼が私の顔を見た。
「下着見せて」
私は黙って頷く。
彼が私の着ているTシャツをゆっくりとめくる。
しだいに水色の下着をつけた胸元が露出した。
彼がそれを真剣な顔で直視するので、緊張で身体が硬直した。
「かわいいじゃん。ずっとこういうの着けときなよ」
彼はそれだけ言うと服を直し、目を閉じ眠りについた。

彼はずるい。人の情欲を煽り立てるだけ立てといて、結局何もしないのだから。
ねえ、私たちいつするの?私はいつだってしてもいいんだよ。
あんたは何で“出来ない”の?

翌朝。部屋にある置き時計のアラームの音で目が覚めた。
私は涼二くんとの買い物で買った、赤いギンガムチェックのワンピースを着た。
後ろのファスナーを自分ではうまく上げきれないので、彼に手助けしてもらう。
私の後ろに回った彼は、ブラジャーのベルト部分を掴んだ。
「ねえ、これどうやって着けてんの?」
「秘密」
今度はワンピースを下からめくりあげた。
「パンツも水色だ」
「もう!早くファスナー閉めてよ」
彼は私が下着の色を変えてから、急激にそれらに関心を持つようになっていた。

⏰:12/08/09 06:13 📱:Android 🆔:0hVQSaQw


#259 [ぎぶそん]
朝食を食べた後、皆で近くの山に登ることになった。
私は体力に自信がないので、列の最後尾についた。
彼も私の隣につく。
私はその間、昨日の昼疑問に思ったことを彼に聞いてみた。
「あんたさ、ルームシェアをしてみたかったって言ってたじゃん?あれ、何で?」
「俺が餓鬼の頃、親父はしょっちゅう家にいないし、お袋もその頃まだ働いてたから結構寂しい思いをしてたんだよ。で、その時たまたま観たドラマが面白くて。見知らぬ男女数人が、共同生活を送る話だった」

彼は話を続ける。
「そいつら、最初はいがみ合ってたけど、だんだん距離が縮んでお互いの悩みを皆で協力して解決したり、夢や目標を心から応援する間柄になっていた。俺はそこで家族でもない赤の他人と深い絆が生まれることに感動して。友達とはまた違う、そういう関係っていいなと思った。で、自分も大きくなったら……って」
彼はそこで喋り終えた。
彼の言いたいことはよく分かった。
でも、彼の理想の生活における相手が、自分で良かったのかと不安に思う。
彼は人との繋がりを心の奥底から求めている。
私はそれにじゅうぶん応えられるだろうか。

⏰:12/08/09 06:36 📱:Android 🆔:0hVQSaQw


#260 [ぎぶそん]
山を登りながら、目についた草木を適当にカメラで撮る。
「あんたも撮ってみる?」
私は彼にカメラを渡した。
「鳥いないかな。鳥撮りたい」
気がつけば他のメンバーはどんどん先を進んでいて、辺りは2人だけになった。
山を登る途中で、川が流れていた。
彼はしゃがみこみ、その川の水で顔を洗う。私は真後ろから彼の広い背中を見た。
「……ありがとうね」
「何が?」
「あんたが前押し入れからカメラを出したでしょ?だからまた写真部に顔を出す気になれたんだよね」
「結局は自分の意思でしょ。自分で戻る気があったから、そうなっただけなんじゃない」
私は彼の背中を見たまま静かに笑った。

その後もひたすら山中を登り続ける。
「あ、鳥!」
彼が目の前を指差す。なんて名前かは分からないけど、緑色の小鳥が木に留まっていた。
私たちが近づくと、その小鳥は飛んでいった。彼はただ悔しがる。
「そんなに鳥が好きなら、バードウォッチングでも行けば?」
「うん、いつか一緒に行こう」
彼が笑う。
「1人で行けば?」
そのあどけない笑顔に、私は照れた。

山中を3分の2ほど登ったところで、はげしい悪路が続く。
「捕まって」
先を進む彼が自分の手を伸ばす。私もそれに従う。
彼は私の手を取ると、強い力で引っ張った。
彼は前を先導して歩き、足元が不安定な箇所があると私に手を差し出す。
前、彼は私の父に私のことを守ると言っていた。
特別意識してなかったけど、こういうことなんだと思った。
自然で、見失いそうなほどさりげないもの。

⏰:12/08/11 23:32 📱:Android 🆔:APPEQ5B2


#261 [ぎぶそん]
そうして私たちは他のメンバーからだいぶ遅れを取って、山頂にたどり着いた。
疲労も限界に達していた時であったからか、非常に大きな達成感があった。
私は山のてっぺんから風景写真を何枚も撮った。
隣にいた彼がいなくなったことに気づくと、小原が彼に話しかけていた。
少し気になったけど、無視した。誰にでも分け隔てなく接する彼は憎めない。
おそらく彼は彼女が渋沢先輩と付き合っていた時に5股をかけていたことを知っても、何の偏見もなく接するだろう。
私は彼の存在を忘れて、戻りはまりやたちと戻ることにした。

夕方頃部屋に着いて、ベッドに思いきりダイブした。
そのまままどろんでいると、彼も戻ってきた。
彼は私の隣に寝転ぶと、私の着ているワンピースを触った。
「朝から思ってたけど、この服かわいいな。こないだ涼二と遊んだ時に買ったんだろ?」
「どうしたの急に?」
「いや、小原さんが女を喜ばせたかったら、もっと褒めろって言ってたから」
「は?どういうこと?」
「あの人に色々教わってた。女への接し方とか」
彼の健気さに、私の中に熱いものがこみ上げてきた。
どうやら2人のことを誤解していたようだ。彼女にも疑いの目で見たことに申し訳なさを感じた。
私は彼にしがみつくように抱きついた。
「お世辞なら言わなくていいから。気持ち悪い」
「本当に思ってるよ」
彼が私の頬に手を添え、そしてつぶやく。
「最近キスしてないね」
私は静かに目を閉じた。彼は私にそっと口づけをした。

⏰:12/08/12 04:33 📱:Android 🆔:wfeWLSss


#262 [ぎぶそん]
皆で夕飯を食べた後、私は和美の部屋で彼女とまりやの3人で談笑をした。
1時間ほどして部屋に戻ると、彼はシャワーを浴びていた。
あいつの裸ってどんなのだろう。ふとそんな疑問が頭をよぎる。
上半身は知ってる。下着しか履いてない姿も、微妙に見たことがある。
それ以上は――想像しようとした自分に嫌悪した。
こんなことを考える自分が変態に思える。
そうすると彼がシャワーを浴びる音までもが、どんどん卑猥なものに聞こえてきた。

たまらず部屋を出て、1階まで下りた。
談話室のソファで座っていると、雪さんがアイスコーヒーを出してくれた。
少しずつそれを飲んでいると、階段から足音が聞こえる。
そちらに目をやると、タオルを首にかけた真織が下りてきていた。
「あ、いた」
彼も私の隣に座ると、雪さんは彼の分のアイスコーヒーを出した。
私は横目で彼を見る。彼はアイスコーヒーの中にミルクと砂糖を入れ、マドラーでかき混ぜていた。
乾かし方が不十分だったのか、髪がまだ濡れていた。長くも短くもない睫毛を見つめる。
視線を下げ、唇を見た。
リップクリームを塗ってるみたいに、つやつやとしていた。
――私はこの唇と何度もキスを……。
胸が熱くなる。

⏰:12/08/12 04:50 📱:Android 🆔:wfeWLSss


#263 [ぎぶそん]
ひとりでに心臓が高鳴っていると、雪さんが話しかけてきた。
「あれ、昨日も一緒だったよね?お2人はいわゆる“カップル”なのかな?」
「いえ、違います!」
私は両手を激しく振った。
「この人がただ僕につきまとってるだけです」
「それはこっちの台詞!」
私は彼にそっぽを向いた。
「ふふふ。まるで『修一』と『里奈』みたいね。あ、『殺意の月下美人』ってゲーム知ってるかな?」
「知ってます。このペンションがモデルになってますよね」
彼が答える。
「まあ詳しい。あたしは開発当時ここにいなかったんだけどね。でも、未だにゲームのファンの人がここに足を運んで来るのよ。ううん、ほとんどのお客さんがそう」
「俺もあのゲーム好きです。あれを越えるサウンドノベルゲームはないと思ってますから」
2人はその後もゲームについて話し込む。私はゲームの内容を知らないので、話についていけなくなった。
「あーあ、あたしも2人みたいな青春を送りたかったなあ。高校を卒業してからずっとここで働いているから。だからお2人は学生生活、悔いのないようにね」
最後にそう言うと、雪さんは去っていった。

アイスコーヒーを飲み終えた後、彼が夜道を散歩しないかと言ってきた。
2人で外に出ると、夏の夜風がひんやりと身体に当たった。
少し歩いて、テニスコートの近くにあるベンチに座った。
「蚊に刺された」
彼が腕を掻く。
「知ってる?蚊に刺された時に出来るこの膨らみは、蚊の唾液なんだぜ。これが痒みを引き起こすってわけ。うわ、これは結構な唾液の量だわ」
彼の腕の一部分はぷっくりと膨らんでいた。彼がその部分を激しく掻く。
私は彼の言動がおかしく思えてくすくすと笑った。

⏰:12/08/12 05:17 📱:Android 🆔:wfeWLSss


#264 [ぎぶそん]
「掻いて」
彼が自分の腕を私の元に伸ばしてきた。
言われたとおり、刺された箇所を爪を立てて小刻みに掻いてあげる。
「あんたって、本当華奢だよね」
彼の細い腕をじっくりと観察した。
「食べても太らないみたい」
「いいなあ。体重何キロなの?」
「確か56キロだったかな」
「身長はいくつ?」
「175」
「175センチで56キロは痩せてるの?」
「多分痩せてる方だと思う」
ふーん、と適当に相槌を打った。
また1つ2つ彼のことが知れたことに、ささやかな喜びを感じた。

「そっちは身長いくつ?」
「162だよ」
「体重は?」
「教えない」
「じゃあ胸のサイズ」
「そんなの教えるわけないでしょ!」
彼の唐突な質問に焦った私は立ち上がった。
「知ってるよ。Dでしょ?」
「何で知ってるの!?」
私は声を張り上げた。
「前洗濯物干してる時にブラジャーのタグ見た」
「勝手に見たの?変態!」
怒りと恥ずかしさで彼の身体を何度も叩く。
「誤解しないで。たまたま目についたんだよ」
「うるさい!馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!」
執拗に叩き続けていると、彼が私の手首をぐいと掴んだ。

⏰:12/08/12 22:12 📱:Android 🆔:wfeWLSss


#265 [ぎぶそん]
そのまま彼は私の身体を抱え込み、私を膝の上に座らせた。彼の右手が私の左胸を包む。
「なあ、俺だったら触ってもいいんでしょ?前言ってたよね」
駄目、とは言えなかった。
「Dってでかいの?」
「知らない……」
「触ってみるとでかく感じる。見た感じもでかいけど」
彼の手がわずかに動く。
「小原さんよりは小さいよ」
「いや、このくらいでちょうどいいよ」
突然の触られように困惑したけれど、拒もうとは思わなかった。
彼に異性として見られている嬉しさでいっぱいだったから。

数分ほどそのままの状態でいると、近くで人の気配があることに気がついた。
数メートル先で、雪さんがこっちを見ていた。
「あ、ごめんなさい。2人が外に出たきりで心配だったから見に来たの……」
私は大慌てで彼から離れるように立ち上がった。
私と彼はすぐさまペンションに戻ることにした。

足早に部屋に戻り、ずっと閉じていた口を開いた。
「雪さんにやばいところ見られちゃったね」
「別にいいじゃん。もう後1日で帰るんだし」
「その後1日が気まずい。でも雪さんとも後1日でお別れか。あの人、すごくいい人だよね」

⏰:12/08/12 22:32 📱:Android 🆔:wfeWLSss


#266 [ぎぶそん]
私は気を取り直してお風呂に入った。
お風呂から出ると、彼がベッドの上で寝転んでいた。
「こっち来て」
私は彼と同じベッドに寝た。
「今日の下着は何色?」
「あんた、それ毎日聞くの?」
昨日と同様、彼が私の着ているシャツをめくる。
この動作をされるのも2回目だからなのか、抵抗感はほとんどなかった。
「ピンクか」
彼は私の胸元を真剣な顔で見ると、私の胸を人差し指で軽く押した。
「何これ、すげえ。弾力で跳ね返るんだけど」
非常に感激した様子で、位置を変えながら何度も押した。
私は自分の胸に彼の指の感触がある度どきどきした。
そうしてふつふつと情欲が湧いてくる。

「……したくならないの?」
彼の指の動きが止まる。
「だって、かなめのお父さんと約束してるから」
「そのことだったら、黙っていればばれない、と思う……」
「ばれなきゃ何してもいいって考えはよくないでしょ。約束は約束」
彼の反論があまりにも正論すぎたので、自分がとてつもなく惨めに思えた。
「俺だって一応男だし、やりたくないわけじゃないよ。でも、まずはかなめのお父さんの信用を得たいから」
彼は私のシャツを下ろした。
「大切な人を大事にしたいって気持ち、男になれば分かるよ」
彼がもの悲しげに背を向ける。
前、“出来ない”と言っていたのは、もしかして私のことを大切に思ってくれているから?
私はこの上ない嬉しさから目頭が熱くなった。

⏰:12/08/12 23:01 📱:Android 🆔:wfeWLSss


#267 [ぎぶそん]
その思いから、私は彼の背後にぴたりと身を寄せた。
「軽はずみなこと言ってごめんね」
彼がゆっくりと振り返る。
「俺の方こそ、近頃軽率な行動ばかりしてて悪かった」
彼は私を強く抱きしめた。
「大事にするから、ずっと俺のそばにいて」
「うん」
私の顔が熱くなる。心で嬉し涙を流した。

私は愚かだった。
とりあえず関係を持てば、彼が自分のものになると思っていた。
性が乱れた現代の若者社会の中で、貞操をきちんと守る自分たちが神聖に思えた。
彼とは焦らずゆっくり進もうと決めた。
それがどんなに周りから見て遅いペースだとしても、私はそれでじゅうぶん満足できるし、幸せだ。

次の日の朝。6時前にひとりでに目が覚めた。
1階に下りると、雪さんがフロアを掃除していた。
「あ、おはよう。昨日はごめんなさいね」
「いえ、こちらこそ。昨夜はお見苦しいところを見せてごめんなさい」
私は彼女に頭を下げた。
「あの、実は、彼は私のルームメイトなんです。だから時々あんな風に悪ふざけをしていて……」
聞かれてもいないのに言い訳をはじめる自分がいた。
雪さんはモップで床を拭きながら、おだやかな顔をする。
「彼のこと、好き?」
「え!?まあ、嫌いじゃないですけど……」

⏰:12/08/13 22:39 📱:Android 🆔:74fGVW1s


#268 [ぎぶそん]
「あたしもね、高校の時同じクラスにすっごく仲がいい男の子がいたの。ある日の放課後、その彼に突然キスされちゃってね。あたしは彼に恋愛感情があったから嬉しい気持ちもあったけど、その時の関係を壊すのが怖くて、それからもずっと彼とはどっちつかずのまま過ごしてた。
そしたら彼、地方に転校することになったの。あの時の出来事は今でも後悔してる。結果的に彼と離れ離れになっても、気持ちだけは伝えるべきだったって」
雪さんがごしごしと床を拭く。その横顔が、とても寂しげに見えた。
昨日の夜彼女が、学生生活を悔いのないよう過ごして、といったのはそんな過去があったからなのだろうか。

「あ、そうだ。『殺意の月下美人』はやったことある?」
「いえ、ないです」
「よかったらやってみない?きっと『里奈』に感情移入できると思う」
そんな風に言われると、「里奈」というキャラクターに興味が湧いてきた。
雪さんはモップを壁に立て掛けると、ロビーの奥からゲーム機を取り出した。
私はそれを大事に抱えると、彼女に礼をしてまた2階へと上がった。

部屋に戻ると、彼がベッドの上で布団にくるまったままテレビを観ていた。
彼の視線が私の手元に移る。その目が輝く。
すぐさま一緒に「殺意の月下美人」をプレイしてみた。プレイをするといっても、私は彼が操作するのを隣でただ見るだけ。
犯人は覚えてるけど話の内容はほとんど忘れた、と彼が眉間にしわを寄せてぼやく。

⏰:12/08/13 23:07 📱:Android 🆔:vUJkAdPk


#269 [ぎぶそん]
横書きの文章が画面いっぱいに映る。
彼がそれを一字一句声に出して読み上げる。
話に聞いていたとおり、物語は修一という大学生の視点で描かれていた。
里奈もすぐに登場する。修一は山道でヘビを掴まえると、それを持ったまま里奈をおどかした。
里奈は最初はびっくりしたものの、馬鹿じゃないの、と逆にそのヘビを彼から奪った。
確かに、私ももし真織にこんなことをされたら、里奈と同じように返すかも知れない気がした。
架空の人物に一気に親近感を抱いた。
序盤で2人が山奥のペンションに入る。
文章の後ろに映る建物が、本当にこのペンションそのままなので身震いに似た感動をした。

やがて私の集中力が切れ、隣にいる彼を横目で見る。
雪さんは好きな彼に思いを伝えなかったことに後悔をしたと言っていた。
つまり、私にはそうならないようにね、と助言してくれたのだろう。
男と女の関係は、なぜ付き合うか付き合わないかの2択に絞られなければいけないのだろう。
付き合うとか付き合わないとか、そんなに重要なことなのかな?
私は今のままでいい。彼との関係につける名前もなくていい。“宙ぶらりん”でも構わない。

ただ、彼を失いたくはない。
支配したいし、征服したいから。
彼のことは歪んだ目で見てるのかも知れない。
そして、性的な目でも見てる。
時々表れる首すじ、やや出っ張った鎖骨、細くて長い指、しなやかな腰つき。
至近距離で毎日見て、女としての本能が黙っていられない。
1人の男としてじゅうぶん魅力的な体をしているのに、彼はまだ女を知らない。そんな微笑ましい食い違いがあると、ますますそそられる。

⏰:12/08/14 00:36 📱:Android 🆔:J.Y.UXss


#270 [ぎぶそん]
夜は一部のメンバーと雪さんを交えて、談話室でババ抜きやお喋りをして過ごした。
「そうだ。真織くんってギター弾くんだよね?雪さん、ここにギターってありませんでしたっけ?」
まりやがそう言うと、雪さんどこからかアコギを持ってきた。
真織がそのギターを持つと、2年の女子たちが、あれ弾いて、とか、あれ歌って、と騒ぐ。
彼はちょっと考え事をしてから、ギターを弾きながら小さな声で何かを歌う。
これは以前彼から聞いた話なのだけど、ある程度ギターの技量がある人は、だいたいの曲を楽譜を見なくても弾けるようになるらしい。なぜなのかは本人もうまく説明できないそうだ。
有名な曲なのか、ほとんどの女子が一緒に口ずさんでいた。私はその歌を知らなかったけど、リズムにインパクトがあっていいと思った。

彼が歌い終わると、皆が大きな拍手をする。女子たちは彼にとても感心していた。
周りに褒められると、彼は照れた顔で謙遜する。
皆、一見爽やかな好青年に見えるかも知れないけど、こいつは昨日私の胸を触ったんだよ。と、心の中で叫ぶ。
初めはその態度の変わりようにむかついたけど、今は逆に楽しさを感じている。
私には気兼ねなく素顔を見せてくれるんだと思うから。 

10時すぎに一斉に解散すると、真織と2人で外に出た。彼はベンチに座り、辺りを一瞥してから煙草に火をつける。
「気楽に煙草を吸えないのが辛い。早くハタチになりたいわ」
「合宿、楽しかった?」
私は立ったまま彼に話しかけた。
「うん、来て良かった。でも写真部には絶対入らない」
「皆には後でうまくごまかしておくよ」
私は口に手を当てて笑った。

⏰:12/08/14 01:28 📱:Android 🆔:J.Y.UXss


#271 [ぎぶそん]
彼が上目遣いで私の顔を見る。
「サークルは続けるの?」
「うん、とりあえず」
「それがいいと思う。せっかく入ったんだから」
私も彼の隣に座った。
「でも私、写真やカメラがそんなに好きなわけじゃないんだよね。あんたは音楽に特撮にバイクに、夢中になれるものがたくさんあるでしょ?私にはそれがない」
「別に無理に好きにならなくてもいいんじゃない?サークル活動のメインが、仲間づくりでもいいと思う。動機なんてそんな重要じゃないでしょ。俺だって、端からかっこよく見えるかなって理由でギターはじめたし」
「ありがとう」
私は大きく笑った。

彼が煙草を吸い終わると部屋に戻って、私はすぐにシャワーを浴びた。
「今日の下着は白でーす」
お風呂から出て、私は彼の前で着ているシャツを思いきりめくった。
なぜか両親の顔が浮かぶ。1人娘が異性の前でこんな下品なことをしていると知ったら、彼らはショックで寝込むに違いない。
「超かわいい。もうベージュは絶対着けないで」
また彼と寄り添って寝た。

翌日。朝食を取ってから、皆で竜之介さんたちにお別れの挨拶をした。私は特に雪さんにお礼の言葉を述べた。
その後すぐ戻りのバスに乗った。バスが発車してからすぐに、隣の席の真織はぐっすりと眠っていた。
私はそっと彼の手を取った。
彼とはいつも一緒にいられるとは限らない。
だったら私はその日が来るまで、この手をただ握るだけ。

⏰:12/08/14 01:56 📱:Android 🆔:J.Y.UXss


#272 [ぎぶそん]
8月26日。久しぶりにバイト先に顔を出すと、うっとうしい奴が入ってきていた。
名前は大川龍平。歳は17歳で、近くの高校に通ってるらしい。
自分で手入れをしているのか眉毛が細く、傷んだ髪は襟足が長い。ピアスの穴もたくさん開けていて、見るからに素行が悪そうだ。
言葉遣いも敬語とため口が入り混じっていて、最初の挨拶をした途端馴れ馴れしく話しかけられた。

龍平はとにかく自分語りが好きなようで、こちらが訊いてもないのにお喋りをはじめる。
中学の時はワルかったとか、酒と煙草がやめたいけどやめられないとか、初体験は中2の時だったとか、今まで14人の女と寝たとか、女を落とす時の口説き文句とか。
バイトが終わってからも、彼のマシンガントークは続く。
根本的に人間性が合わないなと思いながら、彼の話に適当に相槌を打つ。
「俺、年上の女の人がすげえ好きなんすよね。だから、どうにかして泉さんと1発やれないかなって思う」
ちょっと。目の前にいる私も、一応あなたより年上なんですけど。
まあ、ハナからそういう対象に見られなくてほっとするっちゃするけどさ。
そんな龍平を隣にして痛感する。私は真織といる時どんなに心が安らげているかって。

アパートに戻ると、真織が台所で夜ご飯を作っていた。
今日のメニューはうどんのようで、沸騰したお湯の中に入れた麺をひたすらかき回している。
私は帰って早々、後ろから彼に抱きついた。
「どうしたの急に?」
彼が今日も自分の近くにいると思うと安心する。
いよいよ明日は彼の誕生日だ。自分なりに祝って喜ばせてあげたい。 

⏰:12/08/14 23:05 📱:Android 🆔:J.Y.UXss


#273 [ぎぶそん]
今日もいつもと変わらず、11時すぎに彼とともにベッドに入った。
暗がりの中、ケータイの待ち受け画面で何度も今の時刻を確認する。
夜の12時。待ち受け画面の表示が8月26日から8月27日へと変わった。真織の19歳の誕生日がやって来た。
当人は私の隣で熟睡していた。
日付が変わったと同時に「おめでとう」と言いたかったけど、無理に起こすのは気が引けるのでしない。
静かに立ち上がり、鞄に入れっぱなしだった彼への誕生日プレゼントを取り出した。
そして台所の下の棚を開け、それをフライパンの上に置いた。

朝、朝食のロールパンをかじりながらニュース番組を観た。
彼は雲1つない天気の中、ベランダで洗濯物を干している。
20分前に目を覚ましてから、歯を磨いても顔を洗っても、ずっと気持ちが落ち着かなかった。
洗濯物を干し終えた彼が戻って来て、昨日の夜からずっと言いたかった言葉を彼に告げた。
「台所の下の棚、開けてみて」
彼が怪訝そうに言われた場所に向かう。向こうの部屋から、扉を開くと同時に彼の「えっ!」とびっくりしたような声が聞こえた。
「ハーレーのミニチュアじゃん。これどうしたの?」
彼が箱を持って戻ってきた。
「19歳の誕生日おめでとう」
「覚えてくれてたの?俺の誕生日」
彼はあぐらをかいて床に座ると、箱から6種類のミニチュアを取り出した。
「ファットボーイだ。こっちはCVOかな」
ミニチュアの1つ1つを、鑑定士のように色んな角度からじっくりと見る。
顔は喜色満面の笑みで溢れていた。

⏰:12/08/15 23:57 📱:Android 🆔:IffePLSg


#274 [ぎぶそん]
彼がここに初めて来た日は、無愛想であまり笑わない子なのかと思ってた。
でも、意外にも彼は結構な頻度で笑う。自分の感情を素直に表現するのだ。
私は彼の笑顔については快く思っている。
笑うということは、楽しいということだから。
彼は私といて楽しいんだ。友人の少ない私にとっては、そう思ってくれる人がいるのはかなりの財産だ。

昼になり、私たちは大学の近くにある個人経営のカフェに入った。
店長がパリで修行の経験があるらしく、店の名物である手作りケーキは雑誌にも紹介されるほどの評判らしい。
と、甘いものに目がない佐奈が、以前大学の帰りにこの店の前で言っていた。
真織の誕生日をどう祝おうか考えた時、ふいに彼女のその言葉を思い出した。
そしてこの店のケーキを食べようと思い立ったのだ。

こじんまりとした店内は女性客ばかりで、男性客は真織だけだった。
彼はそんなことはお構いなしに中央の席に座る。彼はいつも人の目を全くといっていいほど気にしない。
だから人前で恋愛経験がないことも何のためらいもなく正直に話すし、1人暮らしの女の部屋にも平気で住み着けるのだと思う。
彼はなんというか、珍獣だ。とことん変わっている。見た目はちょっとおしゃれな男子大学生って感じなのに。
そして私は今日もそんな珍獣と一緒に過ごしている。

⏰:12/08/16 00:39 📱:Android 🆔:ljn1uonY


#275 [我輩は匿名である]
楽しみに読んでいます。話が深く面白い! 頑張ってくださいね(。'―'。)

⏰:12/08/16 01:28 📱:SH906i 🆔:DN8won3k


#276 [ぎぶそん]
【※275 匿名さん ありがとうございます。すごく励みになります】

彼はテーブルに立てかけてあったメニューを広げる。
「今日は私のおごり。遠慮せず何でも食べて」
私は黄色いテーブルクロスの上に財布を置いた。
「それじゃあフルーツパフェにしようかな」
「誕生日なんだから、ケーキを食べなさいよ。そのために連れてきたのに」
「何でも食べてって言ったじゃん。今はパフェの気分なんだよ」
「じゃあそれでいいよ。私も同じのにする」
今日の主役は彼だ。今日1日は彼の気持ちを優先させよう。
私はベルで店員さんを呼んだ。

注文を終えると、彼は就職の面接に来たかのようなきちっとした姿勢で、でも落ち着きなくそわそわとしていた。
「どうしたの?」
「ほら、俺の誕生日ってちょうど夏休みの期間にあるだろ?ちっちゃい頃は涼二や他の友達を家に呼んで誕生日会を開いてたけど、だんだんと家族からも祝ってもらうことなんてなかったから懐かしくて」
彼の上半身が前後に小刻みに動く。
「誕生日プレゼントあれで良かったかな?他に思いつかなくて」
「うん、すげえ嬉しかった。親父にバイク買ってもらった時より何万倍も」
いやいやそれはない。ミニチュアはせいぜい1万、あんたのバイクはその100倍の値段じゃない。
でも、まあ、それくらい嬉しかったってことよね。私はふっと笑った。

⏰:12/08/16 23:08 📱:Android 🆔:ljn1uonY


#277 [ぎぶそん]
御盆に乗った2つのフルーツパフェが、若い女性店員の手によって運ばれてきた。
彼はいただきますと手を合わせると、目の前のパフェを精密な機械で動いてるかのように、同じペースで同じ量をひたすらぱくぱくと食べる。
私は自分の分のさくらんぼを彼にあげた。彼はすぐに嬉しそうな顔でぱくっと食べた。
その動作がおかしかったから、パイナップルもりんごもあげた。彼は、サンキュー、と言ってむしゃむしゃと頬張る。
変な子。単純で素直で心がすれてなくて、でも煙草を吸うんだよね。

私は彼より先に食べ終え、トイレに入った。
トイレから出ると、全部食べ終えた彼がカードのようなものを手にしていた。
近くで確認すると、私の財布から学生証を取り出していた。
「勝手に見ないでよ」
取り返そうとしたけど、彼に拒まれた。
「今より髪長いね」
彼にそう言われて思い出した。大学1年の春は胸くらいまで髪が伸びていた。
「受験生の時は美容院に全く行かなかったから伸びっぱなしだった。去年の夏にばっさり切ったかな、あまりにも暑かったから」
彼は学生証を財布に戻し、そして財布を私に返した。
「どうかな?長いのと短いの、どっちが似合ってる?」
私は笑顔を作り、両手で左右の髪を引っ張った。
「どっちでもいいんじゃない」
彼は無表情で下を向いた。どうでもよさそうだ。
「そう言われるのが1番困る」
「じゃあ短いの」
「本当にそう思ってる?」
「うん」
彼は無表情のまま頷いた。
私たちの話し声が聞こえたのか、右隣の席にいる2人組の女性にくすくすと笑われた。
やめやめ。こんな会話、付き合いたてのカップルみたいじゃん。

⏰:12/08/16 23:35 📱:Android 🆔:ljn1uonY


#278 [ぎぶそん]
たちどころに会計を済ませ、店を出た。外は冷房の効いた店とは違いいやな熱気がむんむんとしていて、あまりの蒸し暑さに全身がうだる。コンクリートも床暖房みたいに熱くなっていた。
「どこか行きたいところある?」
首筋の汗をハンカチで拭いながら、彼にたずねた。
「家がいい。家が1番落ち着く」
ちょうど私もそう思っていたところだ。
キンキンに冷えた部屋でキンキンに冷えた麦茶を豪快に飲みたい。
夏はそれが1番快適な過ごし方な気がする。

私たちはたちまち彼のバイクでアパートに戻った。
生温かい空気が部屋中にたちこもっている中、冷蔵庫で冷やしていた麦茶をごくごくと喉の音を立てて飲んだ。
2人でベッドに寝転ぶ。3分前に入れた冷房が、ひんやりと上半身に当たる。

私の提案で「キラーアイランド」の続きを観た。
夏休み開始からこつこつと観始めて、今はもうシーズン2の中盤まで鑑賞していた。
リズを殺人鬼に殺されたトーマスは、今度は無人島に元から暮らしていたレイラ(無人島に人が住んでいたのはシーズン1の最終話に判明)と親密な関係になった。
トーマスとレイラが森の中に走り込むと、2人がお互いに服を脱ぎ出した。
これはまずい。長年の勘からすぐに2人がいやらしいことをすると感じ取った。
私は急いでリモコンを取り2倍速で早送りをした。はげしい動揺で口の中がからからに渇く。
再生ボタンを押すと、主人公のニックがロイドというお爺さんと森の中を散策するシーンになっていた。
後ろを振り返る。彼は口を開けて眠っていた。
あれ、このシチュエーション、前もあったな。私は顔がほころんだ。
私は彼を起こさず、そのままドラマの続きを1人で観た。

⏰:12/08/17 21:54 📱:Android 🆔:t/xoF1WI


#279 [ぎぶそん]
全部観終わってDVDのディスクを取りだそうとした時、後ろから声がした。
「卵焼きが食べたい」
振り返ると、彼は寝そべったまま目を開けていた。
「分かった。じゃあスーパーの惣菜コーナーで買ってくる」
そろそろ夕飯の準備をしなければいけない時間だった。
「いや作って。甘いのがいいな」

卵焼きといえば溶いた卵を焼いて巻く、一見言葉にすれば簡単だけど、これが意外にも一筋縄じゃいかない部分がある。
そう思わされたのが小3の時。興味本意で試しに作ったら、表面を焼きすぎてパサパサしたものが出来て、とても萎えた。

私はさっそく料理の本を持って台所に立った。
ボールに卵を割り、醤油、塩、砂糖とともにかき混ぜる。
余熱した鍋に油を引き、卵を流し込む。
もういいかな、と思えるタイミングで奥から手前に3つに折りたたむ――
本に書いてあるとおりに、彫刻とか陶芸とか芸術作品を作るような気持ちで、息を吐きながら慎重に作業する。
そうして表面に茶色い焦げ目が斑についた、一応卵焼きといえる卵焼きが完成した。

⏰:12/08/17 22:08 📱:Android 🆔:t/xoF1WI


#280 [ぎぶそん]
食卓にハンバーグやナポリタン、お子様ランチみたいなメニューが並ぶ。
ハンバーグの味には自信があった。彼がここに来てから、かれこれ5回は作ったからだ。
ハンバーグは彼の好物。誕生日の日に必ず作ろうと、必要な材料は前日に買い込んでいた。
ちなみに、ナポリタンは私の好物である。
彼はいただきますを言うと、まっさきに卵焼きを一口食べた。
「うまいじゃん」
眠そうだった彼の目にみるみる活力が湧く。お世辞ではなさそうだ。
「主婦とか向いてんじゃない?」
「それはいくら何でも褒めすぎだよ」
「っていうか、俺らって夫婦みたいなもんだよな。一緒に暮らしてるし」
私は拳を握ってテーブルを思いきり叩いた。そのわずかな衝撃で彼の身体がびくつく。
「いい加減にして」
彼に睨みをきかせて言った。
「ごめん」

その後ドラマの続きを観て、お風呂に入って、一緒にベッドに入ってと、いつもと変わらないまま1日を終えることになった。
ベッドに入ってすぐ、彼が私の身体に覆いかぶさってきた。
「キスしてもいい?」
「え?いいけど」
「舌入れてもいい?」
「えっ……うん」
彼にキスをされると、口の中で彼の舌が私の舌にまとわりついてきた。柔らかくてぬるぬるとしてて、不思議な感触がする。
私はただちに彼の身体を離した。
「やっぱりやめて」
合宿の時は自分から誘おうとしたのに、なんて無様なのだろう。
でもこのキスをするのは相当恥ずかしい。ん、とか変な声が漏れるし。
「ごめんな」
暗がりだけど、彼が悪そうにしているのが分かる。
もしかして、昼間ドラマで早送りした箇所、私たちがいつかやろうとしてること、さっきのキスより強烈だったりする? 

⏰:12/08/17 22:37 📱:Android 🆔:t/xoF1WI


#281 [我輩は匿名である]
なんで女の子はいきなりキレるんですか?キレ方がヒステリックに感じてしまうのですが(;ω;)
すごく面白いのにそこだけ気になってしまって・・・ゴメンなさいm(__)m

⏰:12/08/17 22:51 📱:SH906i 🆔:qKQghMv6


#282 [ぎぶそん]
【※281 匿名さん いえいえ、質問すごく嬉しいです(^^)
#280の「いい加減にして」の箇所ですか?
彼にいきなり『夫婦』みたいだといわれ、その表現が恥ずかしくてかっとなった、という気持ちからテーブルを叩き睨んだ…という説明は変でしょうか?
匿名さんを疑問に思わせたのは、自分の表現が下手で不足していたからですね。すみません。もう少し考えます。
ありがとうございました。自分でも勉強になりました(^^)】

⏰:12/08/17 23:40 📱:Android 🆔:t/xoF1WI


#283 [ぎぶそん]
次の日。バイトの休憩中、休憩室にあるイスに座って昨日の真織との出来事をぼんやりと思い返していると、香水のきついにおいが鼻腔を刺激した。
「かなさん、聞いて聞いて。俺、昨日1年の女子に告(コク)られちった。どうしたらいいと思う?」
龍平がにやけ顔で、襟足を弄りながら隣に座ってきた。せっかく楽しいひとときに浸っていたのに、こいつのせいで一気に台無しになった。
「その子のことが好きなら付き合ったらいいんじゃない?」
「それがね、その子なんか重いんよ、気持ちが。それに、純粋だしさあ。俺みたいな下衆が手出していいんかと思う」
結論が出てるなら言うなよ。ううん分かってる、こいつはただ誰かに知らせたかっただけ。“女の子に告白された”って吉報を。

「かなさんって目の前のアパートに住んでるんでしょ?今日バイトが終わったら遊びに行ってもいい?」
「それは出来ない。今一緒に住んでる人がいるから。その人の許可を取らないと」
なんて、真織は寛大だから誰を連れてこようがいちいち咎めない。
もっとも、今まで彼と住んで佐奈と泉しか上げたことがないけど。
「男?女?」
「男」
「えっ、彼氏?同棲してんの?かなさんってなかなかやるね」
「違うよ。知り合いの息子さんで、頼まれたから私の部屋に住まわせてるの」
厳密に言えば知り合いの知り合いの息子になるけど、いうのが面倒なので省いた。
どうせ龍平もその辺については全く興味がないだろう。

⏰:12/08/17 23:59 📱:Android 🆔:t/xoF1WI


#284 [ぎぶそん]
「そいつ見たい。俺に紹介してよ」
「嫌だ」
「何で?俺とかなさんの間柄じゃん」
間柄って。まだ今日で顔を合わせて2回目でしょーが。
なぜか私は龍平に気に入られてる。たぶん私が彼の話を黙って聞くから。
「分かった。じゃあさ、写メとかないの?それで我慢する」
それくらいならと、ロッカーを開けて鞄からケータイを取り出した。
そして真織が写っている画像を見つけると、それを龍平に見せた。夏休みのはじめに真織とヒーローショーを見に行った時、ショーの終わりにステレオマンと写真撮影する時間が設けられて、その時一緒に撮ったものだ。
「左の人?イケメンじゃん!」
龍平の団子鼻が興奮でひくついた。
「なんかいいな、一緒に住んでるとか。楽しそうで」
私は彼の言葉を右から左に流した。17歳の龍平のいう言葉は、その場限りで重みがないから。

8月29日。晩ご飯を食べ終え、真織と一緒にキャンプの準備をはじめた。こないだ買った水着もリュックに入れる。
その途中、夜の8時は過ぎてるというのに呼び鈴が鳴った。
ドアを開けると、龍平が立っていた。
「龍平くん?どうしてここに!?」
「休憩室の棚にあった履歴書に書いてた住所、っていうか部屋の番号を頼りに来ちゃった」
私は彼の言葉に愕然とした。
その行動、まるでストーカーじゃん!
「どうしたの?」
真織もリビングからひょっこり現れた。
「あっ、写メの人だ」
龍平が真織を指差す。
「あ、この子、同じバイト先の大川龍平くん。最近入ってきたの」
私は真織に紹介したくもないのに龍平を紹介するはめになった。

⏰:12/08/18 01:40 📱:Android 🆔:poL8XlM.


#285 [ぎぶそん]
「それで、何か用?」
真織がいる手前、龍平に笑顔を作る。
「かなさん、本当に悪いんだけどしばらくここに泊めてくんない?」
龍平が細い目をぎゅっと閉じ、顔の前で手を合わせる。
「え、それは駄目だよ!」
私は両手を左右にぶんぶんと振った。
だって、明日から真織とキャンプに行くし。
でもそんな私の気持ちをよそに、真織が間に入ってきた。
「いいじゃん、泊めてやれよ。小山内には電話で急用ができたって言っておくから」
ええー!ムンクの「叫び」みたいなポーズで、心の中の私が悲鳴をあげた。
キャンプで里香ちゃんに会わなくて済むのは嬉しいけど、龍平の相手をするのはもっと嫌。だってこいつ面倒くさいんだもん。
龍平は「あざーす」とか軽いお礼を言って、部屋に上がった。
彼は肩にスポーツバッグを提げていた。結構長居される感じで、私の顔が引きつる。

私はいやいや龍平に麦茶を出した。彼は一気に飲み干す。
彼と真織はすぐに打ち解けた。
「高2ってことは、俺の弟と同い年か」
みるからに不良な龍平にも、真織は何事なく接していた。
「龍平くん、なんでここに来たの?お家の人心配しない?」
言うことがおばさんっぽいなあと思いつつ、彼に問う。
「俺ん家、片親なんよ。話すと長くなるから言わないけど、俺ん家ってとにかくすげえ複雑な環境。親父は今新しい彼女連れて楽しそうにしてる。だから俺のことは心配してない」
龍平の複雑そうな環境に、哀れみの気持ちが生まれる。
自分のことをよく話したがるのも、誰かに自分のことを強く理解してほしいから?
でもそれとこれとは別。家庭環境がどうであれ、今の非常識な行動はいただけない。  。

⏰:12/08/18 02:01 📱:Android 🆔:poL8XlM.


#286 [我輩は匿名である]
>>282
なるほど、照れてるんですね。蹴ったりテーブル叩いたりする怒り方だったのでちょっと疑問だったんです。ありがとうございました(。'―'。)また、楽しみに読ませていただきます。

⏰:12/08/18 10:00 📱:SH906i 🆔:OyREmN6Q


#287 [ぎぶそん]
【※286 匿名さん いい足りなかった部分がありました。恥ずかしいのと、本当に怒ってるとの両方です。
>>210
「私は彼とは反対に、彼といる時は全然“素”じゃない。
今まで誰かにこんな荒々しい言葉遣いはしたことないし、もちろん暴力なんて振るったこともない。
彼といると、常に新しい自分が見えてくる。」
と書きました。
「なぜ暴力を振るうのか?」という疑問は、当の本人も分からない、が正しいのかも知れません。
匿名さんのいうヒステリックも正しいと思います(これだとあまり魅力的な主人公ではありませんが…)。
暴力的になる理由、これからうまく書いていきたいと思います。 

また何か疑問やご意見がありましたら、よろしければこちらにお願いします(^^)d
感想版
bbs1.ryne.jp/r.php/novel/4172/

⏰:12/08/18 22:25 📱:Android 🆔:poL8XlM.


#288 [ぎぶそん]
龍平は話を続ける。
「俺、花火大会の時に、友達とナンパしてたんだよ。そこでゲット出来た女とその日にヤったんだけど、その女、中学の時の先輩の彼女だったらしくてさ。最近そのことがバレて、ヤった相手、つまり俺の名前も吐いたらしい。それで先輩、今俺のこと血眼になって探してる。で、ここなら足がつかないだろうと思って」
龍平が眉毛を八の字にし、情けない様子で言う。
私はまたとんでもなく面倒くさいことに巻き込まれたなと思いながら、呆れた様子で言った。
「じゃあその先輩に素直に謝りに行ったら?」
「無理。絶対殺される」
龍平が土下座の体勢に入った。
「お願い。何でもするから、しばらくここにいさせて」
龍平が頭を床にぴたりとつける。
私はため息をついた。ほとほとに困っていた。

真織が龍平の前で腰を下ろし、龍平のなで肩を優しく叩いた。
「龍平くんだっけ?俺も素直に謝った方がいいと思う。1人で行くのが怖かったら俺もついていくから」
「あんたは行っちゃ駄目!」
私は瞬時に止めに入った。先輩とやらのところに行けば、きっと部外者だろうが関係なく殴られる。
真織の白くて美しい顔が、見るも耐えられないくらいぼこぼこに腫れ上がるだろう。
ううん、顔だけじゃない。腕、腹、背中、脚、全身容赦なく滅多うちにされるに違いない。
もしかしたら、殺されるかも。相手が殺す気がなくとも、死んでしまうかも――だから、真織は絶対に行っては駄目。

⏰:12/08/18 23:39 📱:Android 🆔:poL8XlM.


#289 [ぎぶそん]
それに、一緒に謝りに行っては龍平のためにならない。1人、ことをやらかした本人のみで行かせないと。
龍平に同情する面もある。もし彼の話が100パーセント真実なら、先輩の彼女と知らないで近づいたのだから。
犯罪も、故意か過失かで刑罰の重さがだいぶ変わってくる。
「分かった。先輩にはきちんと謝る。でも1週間でいいから、ここにいさせて」
龍平の細い目は涙ぐんでいた。
真織は泊めてやれと言ったが、私は今すぐにでも彼を追い出す気でいた。でもここまでせがまれては、無下に断れない。「分かった」と言うしかなかった。

夜の11時、リビングの床に布団を敷き、龍平を寝かせた。真織と私はベッド。実織くんがちょうど3週間前にここに来た時と同じ形だ。
深夜を過ぎても、龍平のケータイがひっきりなしに鳴る。龍平は決して電話に出ない。出ないから、またケータイが鳴る。
――もう、うるさい。
私は彼を泊めたことを後悔した。

2日後の夕方、私たち3人は駅の中にある回転寿司に入った。
「今日は俺が奢るから、何でも食べていいよ」
真織は龍平にとことん優しかった。龍平もそんな彼に甘え、「真織さん」と慕った。
2人は部屋で一緒に煙草を吸い、ゲームをして遊んだり、真織が龍平にギターを教えたりしていた。
私はというもの、龍平が来てから1日1時間1分1秒がとても長く、陰鬱に感じていた。
自分の部屋なのに安らげない。四六時中彼に気を遣い、いつもの3倍は疲れてる気がする。
1週間なんてすぐに来るかと思ってた。それなのにまだ2日しか経ってない。
久しぶりの寿司を前にしてもあまり箸が進まず、なんの旨味も感じられなかった。

⏰:12/08/19 22:49 📱:Android 🆔:lbbKZsHo


#290 [ぎぶそん]
9月1日。朝、龍平はベランダの窓を開けて壁にしゃがみこみ、煙草を吸っていた。
「今日は始業式なんじゃない?」
私は彼に話しかけた。というより、今から洗濯物を干したいから彼が邪魔なのである。
「行かない、面倒くさいしつまんないし。もう辞めようと思ってる」
龍平がふああと間抜け面であくびをした。
私はその言動すべてに怒りを感じ、いや、これまでの積もりに積もった鬱憤が一気に爆発した。
「ちょっと立ちなさいよ」
私の言葉に、龍平が煙の上がる煙草を片手にひょいと立ち上がる。
私は龍平のニキビ面に向かって渾身の力を込めて平手打ちした。パシン、とハエたたきにも似た軽快な音が響いた。

「ふざけないでよ!あんたのお父さんのことはよく知らないけど、少なくとも男手1つであんたを養って、一生懸命働いて、その働いたお金で学費を払ってあんたを学校に行かせてるんじゃないの?」
親のすねをかじっている私が怒れる立場じゃないけど、この横暴な態度には我慢がならなかった。
龍平の目に涙が浮かんでいた。そして肩を震わせながら、嗚咽まじりにいう。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
大人ぶってた彼の仮面が剥がれ、17歳のありのままの素顔が見えた気がした。
「俺、今から学校に行く。んで、学校が終わってから先輩に謝りに行く。男として、けじめをつける」
龍平が腕でごしごしと涙を拭う。人間、ここまで急激に変われるものかと呆然とした。いや、龍平は心の奥底ではいつも変わりたいと思ってたのかも知れない。

⏰:12/08/19 23:23 📱:Android 🆔:lbbKZsHo


#291 [ぎぶそん]
龍平はすぐに荷物をまとめ、部屋を出た。私と真織も、玄関先で彼を見送る。
「かなさん、真織さん、本当にご迷惑おかけしました」
龍平が私たちに向かって深々と頭を下げる。
「あ、そうだ。これは俺からのプレゼント。2人で使って」
龍平がスポーツバッグの中を何やら探る。
「何これ?」
彼に銀色をした長方形の箱を渡された。深緑色の文字で0・5ミリと記載されてある。
「ゴム」
輪ゴム?輪ゴムの箱って、普通横に長くて縦に短いよね?
ヘアゴム?でも箱売りのなんて、見たこともない。
箱を訝しげに見ていると、龍平が声を上げた。
「かなさんもしかして知らない?コンドームだよ、コ、ン、ド、オ、ム」
龍平の言葉に私は「ひっ」と小さな悲鳴を上げ、両手で持っていたそれをまるで時限爆弾であるかのように離した。生気を失った。
「まあ2人で楽しんでくださーい」
龍平は無邪気に笑い、手を振りながら去っていった。

――龍平の奴。最後の最後まで余計なことを。
龍平が帰った後、私は彼に貰った箱を足で蹴りながらリビングにあるゴミ箱の前まで移動させた。
「あ、あの、これ、捨てた方が、い、いいよね?つ、使わないし」
私は自分の真下にある箱を指差した。
「え?う、うん」
真織はうなだれ、首に手のひらを当てていた。
経験がない同士、性行為のためのアイテムの登場には困っていた。
「あると使いたくなっちゃうかも知れないしな」
彼の言葉に顔が熱くなり、私は箱を足で何度も踏み潰した。
箱は原型がなくなり、潰れた空き缶のように平たくなった。私はそれを拾い上げると、ゴミ箱にさっと入れた。

⏰:12/08/19 23:59 📱:Android 🆔:lbbKZsHo


#292 [ぎぶそん]
部屋はまだ龍平がつけていた柑橘類の香水の残り香が漂っていた。
私は洗濯物を干すことにした。彼に洗濯カゴから衣類を出してもらいながら、ハンガーにかける。
「あんた、何であの時龍平を泊めようとしたの?」
「何となく」
「何となく、ね。キャンプ行けなくなったけどいいの?」
「そこまで楽しみにしてたわけじゃないから。それに面白いものも見れたし」
「面白いもの?」
「かなめのマジギレ」
彼がいうのは、約20分私がここで龍平を激怒したことだろう。
「ああ、さっきのね。私もそんな出来た人間じゃないのに、偉そうだったと思う」
「――優しいよな」
彼の手が濡れたハンカチを握ったまま止まった。

「かなめは、優しいよな。前、子供の時壊した人形の代わりにって指人形くれて、風邪引いた時はわざわざ学校から戻って看病してくれたし、床で寝てたら必ず布団をかけてくれる。俺がここを出たくないのも分かったら、出て行かなくていいって言ってくれたよな。さっき龍平くんを怒ったのも、彼のためを思ってなんだろ?」
彼が優しく問いかけてくるので、私は動揺した。
「やめて、私はあんたが思ってるような人間じゃない。いつも何も考えてないで行動してるから。だからありがたく思わないでいい。それに、龍平のことは嫌いで、早く帰ってほしいと思ってた。あいつのことひっぱたいたのも、単にむかついたから。奢ったり一緒に遊んであげたり、あんたの方がよっぽど優しいよ」
私は彼の手からハンカチを取った。
「後は1人でやるから、もうあっちに行っていいよ」
ハンカチを持ってない反対の手で、彼を追い払うように手を振った。
彼は従順な態度でその場から離れた。

⏰:12/08/20 01:37 📱:Android 🆔:87iFZhWY


#293 [ぎぶそん]
――「優しい」だって。そんなこと、親にだって言われたことがない。私のこと、いつもそんな風に思ってたの?
悪い気はしないけど、初めて言われたその言葉は私の全身をむずむずさせた。
「かわいげのない女」って揶揄される方が、よっぽどしっくりくる。
だって私って、あんたにきつくてすぐ怒鳴ったり手を上げて、そのくせキスしたり胸も触っていいよなんていう意味不明な女じゃんか。
私は以前彼が椎橋くんの部屋でこんなことを言っていたのを思いだし、はっとした。
――俺は冷たいような優しいような、わけの分からない人がいいかな。

洗濯物を干し終えると、リビングの中央で彼が突っ立っていた。
服を着ておらず、下に膝が隠れる程度の黒い水着を穿いている。
繰り返し彼が行う両手を交互にかく動作は、クロールを連想させる。
「何してるの?」
「今から一緒に風呂入らん?」
「何言ってるの。馬鹿じゃないの」
「もちろん裸でじゃないよ。お互い水着でさ。暑いし水風呂入りたい」
彼のいうように暑かった。ここのところ猛暑が続いていて、ついさっき洗濯物を干しただけでも頭部から汗がだらだらと垂れ、脇の下も汗で湿るほどだった。
水風呂――その言葉を聞いただけで全身がひんやりと冷たくなるような、不思議な魔力が暑さにやられた私を誘惑する。

「分かったわよ。ちょっと待ってて」
私は押し入れの近くにあったリュックからビキニを取り出し、脱衣室に向かった。そしてそれに着替えると、再び彼の前に立った。

⏰:12/08/20 22:49 📱:Android 🆔:87iFZhWY


#294 [ぎぶそん]
「どうかな?」
その場で身体を1回転させた。
「くびれがないね」
ムッカー。余計なお世話だっつーの。
ややむすっとしていると、彼が急にはにかみだした。
「やっぱりキャンプに行かなくて良かった」
「何で?」
「あいつらには見せたくない、からかな」
この野郎この野郎。照れ笑い浮かべてんじゃないわよ。
あんたは私の所有物だけど、私はあんたの所有物じゃないから。
私は彼の前でにやけそうになるのをぐっとこらえた。

それから自動給湯器の前に立ち、給湯温度を25℃まで下げ、自動給湯のボタンを押した。
狭い風呂場は2人同時に入るとかなり窮屈で、ほとんど自由がなかった。
浴槽に水をためてる間、お互い身体をさっと水洗いすることにした。
まず、私が彼の身体にシャワーの水を当てた。彼は最初冷水の急激な寒さに身を縮ませていたけど、だんだんと慣れ快適そうに喜んでいた。
私も彼に身体を流してもらった。途中、顔に勢いよいシャワーの水をかけられひるんだ。私も彼からシャワーのホースを奪い、彼の顔にかけた。とことんふざけあった。

その後、冷たい水がじゅうぶんたまった浴槽の中に入った。浴槽は2人いっぺんに腰を下ろす余裕がないので、私が彼の太ももの上に跨がった体勢でいる。
お互い素肌を密着させた状態で、対面にして喋る。
「2人一緒だと狭いね」
「狭い方がいい」 

⏰:12/08/20 23:16 📱:Android 🆔:87iFZhWY


#295 [ぎぶそん]
彼が私の二の腕を触りはじめた。
「女の肌って、なんでこんなに柔らかいの?不思議」
「知らない。私としては、男の硬い肌の方が不思議」
「お互い違うから惹かれあうのかな?」
彼は引き続き二の腕を触っている。
「唇は男も女も同じ柔らかさじゃない?」
私は彼の唇をつまんだ。ぷにぷにとしていて、動かす指が勝手に反動する。
彼は二の腕を触っていた手を離し、自分の唇を触る私の手を掴んだ。
「こうした方が感触が分かりやすいんじゃない?」
そして、私の唇にキスをした。その唇の柔らかさが、私の唇へと伝わる。
水の中にいるのに、体はたちまち熱を帯びた。

彼にその後なすがままに耳や首筋を愛撫されていると、部屋の呼び鈴が鳴った。
龍平かな?おおよそ忘れ物をしたとかで。
「俺が出るよ」
彼が上がった。彼は脱衣室で軽くタオルで全身を拭くと、玄関へと向かった。
ほっとしたような、寂しいような、どっちでもないようなで、私は1人心臓をばくばくとさせていた。

⏰:12/08/20 23:56 📱:Android 🆔:87iFZhWY


#296 [ぎぶそん]
玄関は風呂場の壁を越えた向こう側にあり、彼が風呂場のドアを開けたまま行ったので、彼と訪問者の声がはっきりと聞こえてきた。
「よっ!今俺らキャンプから戻ってきた。お前がいなかったから、市倉さん不機嫌だったぞ」
「お前なんで海パンなんか穿いてんの?」
小山内くん、それに椎橋くんの声がした。
「何か用?」
真織がたずねる。
「今日の夜暇?俺ん家の近くの河川敷で花火やる予定なんだけど来ない?っていうか、本当は向こうでやる予定だったんだけど、後でお前も入れてやろうってことになったからやらないで持って帰ったんだぞ」
椎橋くんが言った。
「いいよ。でも、足立さんも一緒でいい?」
「オーケー。お前って本当足立さんのことが好きだな。いつも足立さん足立さんって言ってる」
「足立さん、友達がいなくて可哀想な人だから」
おい!おおっと、落ち着け私。これは、お互いのためを思っての嘘だから。
仮に彼が「うん、そうだよ。俺、足立さんのことが好き」などと否定しなければ、一気に周りから冷やかしの目で見られる。
人前ではよそよそしくいるのが正解なのである。 

椎橋くんたちが去り、彼が戻ってきた。
「椎橋たちが今日の夜花火しようって」
「聞こえてた。ええっと、里香ちゃんは来るのかな?」
「来るんじゃない?いつもそれ聞くね」
「えっ!ああ、女の子もいた方が安心だなーって」
全くそんなことない。でも、私があんたと一緒に住んでるから、私はあの子に嫌われているとは、さすがに里香ちゃんに悪くて言えない。それだと私が間接的に愛の告白を述べているようだもの。
「ところで、さっきの続き、する?」
「しません!」
私は浴槽から出た。

⏰:12/08/21 00:21 📱:Android 🆔:ieRUI2iI


#297 [ぎぶそん]
夜の8時。彼と一緒にバイクで集合場所の河川敷に向かった。
夜のだだっ広い河川敷はうすら寒く、私たちの他に鉄橋の下で騒いでる若者グループもいた。
「足立さんも連れてきた」
真織が私の肩に手をやる。
椎橋くんや小山内くんを含むメンバーは、私に対して笑顔で会釈してくれた。
そんな中、里香ちゃんはあからさまに嫌そうな顔をしていた。
彼女の気持ちは、じゅうぶんに理解できる。もし私が彼女の立場だったら、ものすごく辛い。好きになった人に異性の同居人がいるなんて。しかも2人はそこそこ円満な関係と見た。
だから私は彼女にそしられたとしても黙って受け入れるつもりだ。

「鍋さんは?」
小山内くんが椎橋くんにたずねる。
「遅れるから先に始めてていいって」
鍋さんって誰だ?まあいいや。
そして椎橋くんの一声で輪になり、さっそく手持ち花火をやることになった。
里香ちゃんは常時真織の隣をキープしていた。そのか細い手は真織の服の袖を掴んで放さない。
里香ちゃんはまるで私がここに存在していないかのごとく、徹底して目を合わせなかった。これは悪態をつかれるよりも、よっぽど精神的にくる。

何で私、年下連中とちまちま花火をやってるんだろう。
でも、里香ちゃんの真織に対する動向はできるだけ見張ってないと。
真織が里香ちゃんからの誘惑に負け、うっかりベッドイン――なんて事態はなんとしても避けたい。
あいつの初めては、私のだから。
そう思いながら、ススキ花火からあわただしく散る火花を見ていた。

⏰:12/08/21 22:21 📱:Android 🆔:ieRUI2iI


#298 [ぎぶそん]
3本目の花火に火を点けようとした時、1人の男の子が私たちのところにやって来た。
この人が「鍋さん」?こんな人真織の仲間内にいたっけ?いや、打ち上げの時新入生として挨拶してたかな?覚えてない。
その男の子は私の隣に座った。彼は私と目が合うと、無表情のままぺこりと頭を下げた。なんとなく、怖い。
「あっ、鍋さんは足立さんとは初対面だっけ?足立さん、この人、鍋さん。鍋島充さん。学年は俺らと同じ1年だけど、歳は足立さんと同じですよ」
彼の隣にいる小山内くんが、私に彼を紹介してくれた。
私の大学は1浪して入学した者も珍しくはない。無愛想ではあるが、私はここにいる唯一の同級生に安心感を覚えた。

火花の光で照らされる鍋島くんの顔は非常に美しく、頭の先から足の先まで洗練された雰囲気が漂っていた。
前髪は目にかかるくらい伸びていて、どこか陰のある感じがする。

鍋島くんがズボンのポケットからケータイを取り出すと、ケータイにぶら下がってあるストラップが揺れた。
地球そのものの丸いからだに手足が生えただけの、シンプルなデザイン――見覚えがあった。
「あっ、それちきゅ丸くんだよね?」
私はストラップを指差した。
「知ってるんですか?」
「うちに人形あるから」
「ちきゅ丸くん好きなんですか?」
彼の黒目がちの目が見開く。
「えっ!?う、うん!」
本当は興味がないけど、そう言わざるをえないような気がした。
「初めて会いました、自分の他にちきゅ丸くん好きな人」
目は笑ってないけど、彼の口元がわずかに緩む。これが彼なりの笑顔なのだろうか。

⏰:12/08/21 23:16 📱:Android 🆔:ieRUI2iI


#299 [ぎぶそん]
そして鍋島くんはちきゅ丸くんについて冷静に熱く語りだした。
まるい1頭身のからだがたまらなくかわいくて、グッズ収集に精を出しているのだという。
彼の話から、ちきゅ丸くんの他に月の助くん、太陽太郎くんなる関連キャラクターもいることが判明した。
里香ちゃんの物言わぬ敵対心に心を痛めてたから、鍋島くんの存在にはだいぶ救われた。

アパートに戻って、すぐにこのことを真織に話した。
「さっき鍋島くんと話した」
「鍋さん?あんまり話したことないけど、1度だけ一緒に学食食べたっけ。あの人すげえかっこいいよな。男の俺でも話してて緊張する」
「あんな人軽音サークルにいたっけ?」
「途中から入ったんだよ。確か6月だったかな」
それだったら見たことないのも頷ける。

「あんたってさ、いつも里香ちゃんと何話してるの?」
私は話題を変え、ずっと気になっていたことを彼に聞いた。
「今日は中原中也の詩についてかな。その前は三島由紀夫、小泉八雲の時もあったな」
彼の口から出たのは意外にも、日本を生きた作家たちの名前であった。
「あの子本の虫みたいでさ。俺も本読むから、誰かと語りたいみたい」
なるほど、それでべったりなんだ。かわいい上に文学少女なんて――里香ちゃん、恐るべし。
それなのになぜあんたは私を選ぶの?

⏰:12/08/22 21:38 📱:Android 🆔:bcLC0y5M


#300 [ぎぶそん]
2日後。バイト先で龍平と顔を合わせた。
彼はあの後先輩に謝りに行ったと言う。
彼は殴られた。
その悲痛さは、彼の顔面が物語っていた。3日前のことだから、腫れはだいぶ引いていたけど。
「でも、俺はかなさんのビンタの方が痛かった」
「それはないでしょう」
「ううん、心に響いた感じ。俺、今のまんまじゃ駄目だと思った」
私は龍平からされて嫌だと思ったことをすべて許すことにした。
そして、彼からのプレゼントを速攻で捨てたことを心の中でわびた。

翌日。昼の12時前、呼び鈴が鳴った。
近頃は訪問者が多いな。そう思いながらドアを開けた。
「久しぶり。元気してる?」
佐奈だった。
「一昨日鈴木くんと水族館に行ってきたの。これ、そのお土産」
彼女が持っていた紙袋を差し出す。そして他に話があると言うので、私は彼女を部屋に入れた。

「真織くん、久しぶり。相変わらずかっこいいね」
彼女はリビングで真織と対面すると、きゃっきゃきゃっきゃとはしゃぐ。
私は彼女に麦茶を出した。彼女はそれをおちょぼ口で1口飲むと、話をはじめた。

⏰:12/08/22 21:53 📱:Android 🆔:bcLC0y5M


#301 [ぎぶそん]
「実はね、今日の夜同じサークルの先輩たちと合コン行くことになって、かなめにも数合わせに来て欲しいんだけど」
「合コン!?鈴木くんはどうしたの?」
「相変わらず進展はなし。佐奈は向こうから告白してくれるの待ってるのに、やきもきしちゃう。それに、他にいい人いたらそっちに乗り換えるし。女はしたたかに生きなきゃ」
そういうと、彼女はまた麦茶をちびちびと飲んだ。

私は彼女の言葉に苦笑いをした。
でも、彼女のこんな正直なところが大好きだったりする。
『他にいい人がいたら乗り換える』という彼女の発言は、これまで何度も聞いた。
でも、結局彼女は鈴木くんという男の子を約1年以上思い続けてる。
その鈴木くんとやら、見たことないけど面食いの佐奈が惚れるくらいだから、そんなにいい男なのかな?

「合コンの相手グループ、医学部の人たちなんだって。しかも、全員かなめの好きな年上」
な、何ですと!?だいぶ興味をひかれた。
私は真織の目を見て言った。
「――というわけで私出かけるから、今日の夜は1人で食べといて。年上の医学生だって。ああ、素敵な人がいるといいな。何着て行こう」
「誰もかなめのことなんか相手にしないと思うよ」
ピッキーン。真織の言葉で、一気に気分を害した。

⏰:12/08/22 22:10 📱:Android 🆔:bcLC0y5M


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