○アダムの唄○
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#1 [紫陽花]
こんにちは、紫陽花です

bbs1.ryne.jp/r.php/novel/3531/
↑感想はこちらに(・⌒・)

※この作品は私の想像した架空の世界です。実際の歴史とは全く異なる解釈が多々ありますが、完全なフィクションとして割り切って考えていただけると嬉しいです。

⏰:08/07/22 23:44 📱:F905i 🆔:TJhJF/NA


#2 [紫陽花]
神が作りし最初の子供
名前はアダム
神はアダムからイヴを作り
彼らに楽園を与え
さらにイヴとアダムから
数多の人類を創造させた

この物語は
アダムの血を引く少年と
アダムの意を記した
本を持つ少年の
長く終わりの見えない
螺旋の物語である

⏰:08/07/22 23:45 📱:F905i 🆔:TJhJF/NA


#3 [紫陽花]
「俺の運命の歯車はあの日から壊れてだして、いや、動き出していたのかもしれない」

「君の名前はうらやましいよ。僕の名前なんて、てきとーにもほとがあるからね」

「これ以上仲間が死ぬのなんて見たくないの!!だから……お願い!!!!」

「前に進め!!お前にはこの世界を救う義務があるんだ!!!!!」

「私達のために死んでください……」

―――アダムの唄―――

⏰:08/07/22 23:46 📱:F905i 🆔:TJhJF/NA


#4 [紫陽花]



1頁《始まりの時》


⏰:08/07/22 23:46 📱:F905i 🆔:TJhJF/NA


#5 [紫陽花]
「貴方を殺させていただきます。……地球の未来のためにね」

そう言って黒スーツの男は胸の内ポケットから拳銃を取り出した。黒々と鈍い光を放つソレのは言うまでもなく少年の頭へとねらいを定め、運命を握る人差し指から引き金が引かれるのを今か今かと待ち望む。

――10分前――

毎日30度をこす真夏日をむかえ、照りつける太陽は容赦なくアスファルトを焦していた。ゆらゆらと地面から空へと立ち上る蜃気楼は照り返しという名で太陽とともに熱の二重奏を生みだす。

⏰:08/07/22 23:47 📱:F905i 🆔:TJhJF/NA


#6 [紫陽花]
そんな昼過ぎの一番太陽が猛威を振るう炎天下の中で人々は日傘、サングラスを愛用し、通り過ぎる人からは日やけどめと化粧品、香水の混ざり合った、決していい匂いといえない香りが漂っていた。


「君が、宇峰央里くんだね」

そんな天然サウナのような街中で一人の男は一人の少年を呼び止めた。

⏰:08/07/22 23:48 📱:F905i 🆔:TJhJF/NA


#7 [紫陽花]
男は黒いスーツに黒いネクタイ、黒いサングラス。
サングラスのせいで年齢や表情すらも分からないが男はこの真夏日の中で汗一つかかず真っ直ぐに少年の方を向き、口元にはうっすらと笑みをこぼしている。

まるで長年探していたものを見つけたような、心からの安堵感を感じさせる笑み。

⏰:08/07/22 23:49 📱:F905i 🆔:TJhJF/NA


#8 [紫陽花]
黒スーツの男とは対照的に名前を呼ばれた「宇峰央里」という学校帰りなのだろう、少年は白いシャツに、黒い学生服のズボン姿。
今時の学生には珍しく髪の毛はワックスによりツンツンに逆立っておらず微かに感じる夏風に髪が揺られ涼しさを生み出している。

左肩に鞄を引っ掛け、右手にはどこかの人気ブランドのロゴの入った白地のタオルを握っていた。

どこからどう見ても、ただの学生にしか見えない。

⏰:08/07/22 23:50 📱:F905i 🆔:TJhJF/NA


#9 [紫陽花]
早速訂正

×「宇峰央里」という学校帰りなのだろう

○「宇峰央里」は学校帰りなのだろう

⏰:08/07/22 23:52 📱:F905i 🆔:TJhJF/NA


#10 [紫陽花]
「そうですけど。……おじさん誰?」

頬を伝う汗を拭いながら少し挑発するように央里は問う。

“……コイツ、このくそ暑い中汗一つかいてねぇよ”

央里の瞳はしっかりと男をとらえ、相手が何者なのかを知ろうと元々つり上がった目を更に細くし警戒心を露わにする。

⏰:08/07/23 23:45 📱:F905i 🆔:CeS8fKDc


#11 [紫陽花]
央里と黒スーツとの距離は2〜3メートル。黒スーツは央里の質問に答えるわけでもなく、右足を一歩前に進めた。

「ずっと君を捜していたんだよ。いや〜長かった。これで僕の仕事も終わりだ」

両手を横に広げ、満足そうに男は央里に向かってさらに足を進める。

⏰:08/07/23 23:46 📱:F905i 🆔:CeS8fKDc


#12 [紫陽花]
「ちょっと!!俺の質問に答える気ないの?」

それでも男はゆっくりと、一歩また一歩と央里に近づく。二人の距離は確実に縮まってきた。

端から見ればこの炎天下に両手を広げ少年に歩み寄る男なんて気持ち悪すぎるだろう。

それに依然として男の口元には笑みがこぼれ、表情の分からない顔でも歓喜していることぐらい読み取れる。

⏰:08/07/24 21:45 📱:F905i 🆔:QCllXyKU


#13 [紫陽花]
央里は瞬時に黒スーツの男から視線をはずし相手に背を向ける形で歩き出した。

“コイツ……なんかやばい”

央里の第六感がそう告げる。

相手に背を向けるのは危険かもしれないがここは、逃げるのが一番だ。




「待てよ」

⏰:08/07/24 21:46 📱:F905i 🆔:QCllXyKU


#14 [紫陽花]
央里が背を向けた瞬間、男は再び彼を呼び止めた。
ただ先ほどと違って男の呼び声が酷く冷たい。この暑い熱の世界の中で、この声だけが氷のように冷たく、鋭い氷柱となって央里の行く手を阻む。


央里の足は動かなくなった。いや、正しくは動けなくなったのだ。その場の空気がピンと張りつめる。そう、切れる前の糸のようにキリキリと引っ張られ、一瞬でも気を抜けばすべてが切れてしまうようなプレッシャーを、央里はたったあの一言で感じていた。

⏰:08/07/24 21:47 📱:F905i 🆔:QCllXyKU


#15 [紫陽花]
行き交う人たちは楽しそうにおしゃべりを続け、外は暑いねと、愚痴をこぼす。だが呼び止められた央里には周りを気にする余裕なんてもはや残されていなかった。

スーツの男に呼び止められ、先ほどの威勢の良さとは反対に央里は汗すらも拭うことも出来ず、膝は小刻みに揺れる。

⏰:08/07/25 23:11 📱:F905i 🆔:Zi..nvuo


#16 [紫陽花]
あの男は何者なのか?

分かっていることはただ一つ。央里の体から発せられている、
“アイツには近づくな”

という危険信号だけ。
そして逃げられないと分かった今、相手に背中を向けたままというのは自殺行為に値する。

央里は意を決して勢いよく後ろを振り向き再び黒スーツの男に視点を会わせた。
が、央里の瞳には両手を広げた変な男が映るのではなく、驚きのものが映し出された。

⏰:08/07/25 23:12 📱:F905i 🆔:Zi..nvuo


#17 [紫陽花]
「動かないでください」

黒スーツの男の広げられた両手はいつの間にか胸ポケットへと滑り込み、あるものを掴みだしていた。そしてソレは、しっかりと央里の頭にねらいを定める。

「おじさん……ここ日本だよ?物騒じゃないのかなぁ」

スーツの男に握られていたソレとは、拳銃。央里の顔は恐怖にゆがみ、恐怖と不安の混じり合った汗はゆっくりと頬を伝って顎先から地面へとたれ落ちる。

⏰:08/07/25 23:13 📱:F905i 🆔:Zi..nvuo


#18 [紫陽花]
行き交う人々は最初こそドラマか何かの撮影だと思い込み通り過ぎ去っていったが、どうにもカメラが見あたらない、と騒ぎ出していた。

“本当にあの少年は殺されるのではないか”と。

そして一人の女性が鞄から携帯電話を取り出し、隣にいた男性の後ろに隠れるように電話をかけ始めた。

⏰:08/07/25 23:14 📱:F905i 🆔:Zi..nvuo


#19 [紫陽花]
ちょうど黒スーツの男の後ろ側に位置して女性は電話をかけたため、スーツの男には死角となってそれは見えない。

“このまま、時間を稼いでれば警察が……”

男は依然として銃口を央里の頭にあて引き金に左人差し指を掛けている。央里の視野の真ん中には銃口と黒スーツの男を、端っこの方ではしっかりと女性をとらえ、瞬きさえも忘れて双方に気を配る。



「はい、早く来てください!!」

⏰:08/07/25 23:15 📱:F905i 🆔:Zi..nvuo


#20 [紫陽花]
女性は電話をし終え口元に添えていた右手を央里の方へ向け小さくガッツポーズをする。
さながら、後少し踏ん張れとエールでも送っているのだろう。
央里は横目でソレを確認する。

“あと少し……”

央里に希望の光が射し込んできた。
その光はすぐに消えてしまいそうなほどか細いものだが、今の追いつめられた央里の精神には十分な支えとなった。

⏰:08/07/25 23:16 📱:F905i 🆔:Zi..nvuo


#21 [紫陽花]
しかし、いくら希望の光が射そうともこの炎天下の中の危機的状況は変わらない。
変わったことと言えば野次馬が増えてきたことぐらいである。
しばらくの間、央里は黒スーツの男を見つめ、黒スーツの男も央里を見つめる。

この時央里は1分、いや、1秒をとても長く感じていた。
そんな央里にとって、今の状況は耐え難く、なかなか進まない。

⏰:08/07/25 23:17 📱:F905i 🆔:Zi..nvuo


#22 [紫陽花]
「誰かが警察を呼んだみたいですね。サイレンが聞こえます。まあ、貴方を殺した代償として私が牢屋に入るぐらいなら安いものですけど……」

不意に男が口を開いた。独り言にも近いその口調は、どこか満足げで、もしかしたら捕まるかもしれないというこの状況下には不釣り合いなほど弾んでいた。

⏰:08/07/25 23:19 📱:F905i 🆔:Zi..nvuo


#23 [紫陽花]
「はは……おじさん、シャレになんねーよ」

“こりゃ、マズいな……。警察を待ってらんねーみたいだ”


スーツの男は央里をこの人だかりの中で殺すことに怯えるわけでもなく、むしろ名誉に近いものを感じているようだ。
その証拠に、サイレンがだんだんと近づいてきても、物怖じせず、ずっしりと拳銃を構えている。

⏰:08/07/25 23:20 📱:F905i 🆔:Zi..nvuo


#24 [紫陽花]
“くそっ!!!逃げるしか……ないな!!”

そう思うのと、央里の体が動くのは同時だった。
右足に力を入れて右に駆け出す。もちろん黒スーツの男から視線は外していない。
それに続いて銃を構えていた男も右側へ腕を旋回させ――…

パンッッッ!!

打った。
弾丸は央里の左足元に着弾し、ガキンと鈍い音を鳴らす。

⏰:08/07/27 00:11 📱:F905i 🆔:8Tr2lYKI


#25 [紫陽花]
「キャ――――!!」

女性の叫び声が聞こえ、それを合図に人々は急に騒ぎ出し、狂ったようにその場から走り去った。

「逃がしません……」


黒スーツの男は首をキョロキョロと振り央里の姿を探すが、突然の銃声で人が波のように逃げ出したため姿を追うことは不可能に近いことは目に見えていた。

⏰:08/07/27 00:12 📱:F905i 🆔:8Tr2lYKI


#26 [紫陽花]
それに耳を澄ませばサイレンがだんだん近づいてくるのがわかる。

「チッ……」

スーツの男は舌打ちに近いものを発して、騒ぎ立てる人混みの中へ影のように静かに姿をくらました。

⏰:08/07/27 00:13 📱:F905i 🆔:8Tr2lYKI


#27 [紫陽花]
―――――――………

―――――………

「あ――!!死ぬかと思った……俺が何したってんだよ!!!!!」

無事に人混みに紛れ逃げることが出来た央里は家の近くの道を歩いていた。
全力疾走して逃げたのだ、央里は肩で息をし、呼吸も荒々しい。
拭っても拭っても、額から、頬から、背中から汗が噴き出し薄っぺらいシャツを濡らしていく。

⏰:08/07/28 00:16 📱:F905i 🆔:RrJlWcGc


#28 [紫陽花]
「とりあえず、帰るか」

そう呟いて央里は夕日の沈む方へとまた足を進めた。

―――――――………

―――――………

「ただいまー」

「あら、お帰り。おうちゃん」

ここは、結構な金持ちたちが住む住宅地の一角であり、同時に央里とその家族の住む一軒家のある場所だ。
周りはアスファルトでできた家々が立ち並び、個々の持つ庭の季節にあわせた花々が凛々と咲き誇っている。

⏰:08/07/28 00:17 📱:F905i 🆔:RrJlWcGc


#29 [紫陽花]
>>28 訂正
× 周りはアスファルトで
○ 周りはコンクリートで


なんてミスだ……

⏰:08/07/28 00:19 📱:F905i 🆔:RrJlWcGc


#30 [紫陽花]
「おうちゃんって呼ぶなよ、お袋」

「え〜いいじゃない」

央里の母、真紀は台所で夕飯のカレーを作りながら、息子をからかうようにケタケタと笑いながら答えた。

カレーの少し辛い臭いの充満した台所で、笑う度に小刻みに揺れるショートカットが真紀が央里に背を向けていても、からかうことを心から楽しんでいる様子を連想させる。

⏰:08/07/28 00:19 📱:F905i 🆔:RrJlWcGc


#31 [紫陽花]
「それより、おうちゃん。病院行ってきた?今日は検査の日でしょ」

靴を脱ぎ、靴下までも脱いでいた央里の動きが一瞬止まる。

「い、いや……行こうとしたんだけど「ふ〜ん。行こうとしただけなんだ」

まさに蛇に睨まれた蛙。央里は目を泳がせ、背を向けている真紀に苦笑いをする。

⏰:08/07/28 00:21 📱:F905i 🆔:RrJlWcGc


#32 [紫陽花]
「大変だったんだよ!!ホントに色々あって……」

そこまで言って央里は口を閉じた。

“殺されそうになったなんて言えるかよ……”

親にこれ以上、心配をかけたくない。それが央里の本心だった。

「あんたね――…」

はぁ、と真紀は大きなため息を吐く。

⏰:08/07/28 00:23 📱:F905i 🆔:RrJlWcGc


#33 [紫陽花]
央里は半年に一度、病院へ通っている。
生まれた時から肋骨が一本欠けており、それを不思議に思った医者は半年に一度病院へ来てレントゲンを撮るように央里の両親に話していた。

「まぁいいわ……着替えてきなさい。すぐ夕飯にするから」

「……おう」

央里は煮え切らない表情で台所を通り抜け自分の部屋へと進んだ。

「ついにあの子もアイツらに見つかってしまったのね……」

央里のいなくなった台所で真紀は呟いた。
その顔はどこか悲しげで、やりきれない、といったものだった。

⏰:08/07/28 00:24 📱:F905i 🆔:RrJlWcGc


#34 [紫陽花]
感想板
bbs1.ryne.jp/r.php/novel/3531/

三人称で話を進めるのは初めてなので、意見・感想をお聞きしたいです!!⌒・))

⏰:08/07/28 00:28 📱:F905i 🆔:RrJlWcGc


#35 [紫陽花]



2頁
《必然の出会い、そして…》


⏰:08/07/30 07:24 📱:F905i 🆔:SKCDtYyY


#36 [紫陽花]
――――翌日――――

央里はいつものように教室にいた。まるで昨日の黒スーツの男が夢であったかのように、央里の周りは時を刻んでいる。


「ねぇ、ねぇ。今日転校生来るんだってぇ〜」
「マジ!?男!?女!?」
「かっこいいといいなぁ〜」
「あっ!!2組の矢田君たち、別れたらしいよ〜」
「マジで〜!?」

クラスの女子の関心はつねに噂や人の恋愛について。

⏰:08/07/30 07:25 📱:F905i 🆔:SKCDtYyY


#37 [紫陽花]
「誰からその情報仕入れたんだか……」

群れる女子たちを横目に央里は昨日のことを考えていた。

“なんで俺が……?”

“そもそもアイツは誰だ?”

そんなことを考えているうちに学校内にはHRを始めるチャイムが響き渡り始めた。

⏰:08/07/30 07:26 📱:F905i 🆔:SKCDtYyY


#38 [紫陽花]
「ほら――。席付け〜」

チャイムと同時に央里のクラスの担任である中島が声を張り上げながら教室に入る。
体育教師である彼は、いつもナイキのTシャツを愛用し、短パンにサンダルといったラフな格好で教壇に立つ。

「え〜、今日は転校生を紹介する。喜べ女子ぃ!!転校生は男だ〜!!」

次の瞬間、一斉に女子の声は黄色く、そして1オクターブ高くなる。

⏰:08/07/30 23:37 📱:F905i 🆔:SKCDtYyY


#39 [紫陽花]
「じゃあ、入ってこい」

そして、中島はドアのところに立っているのであろう転校生に声をかけた。

そして、転校生は躊躇いながらも中島の隣、すなわち教壇の前に立つ。

彼の髪は少しワックスを使って流れを作っており、ほかの学生と比べれば髪の色が薄い。
それに、少したれ目な瞳の色も黒ではなく茶色。
加えて肌の色も白いため貧弱そうなイメージを与えそうだが、決して細いわけではなく、しなやかな体つきと言った方がしっくりくる。

⏰:08/07/30 23:38 📱:F905i 🆔:SKCDtYyY


#40 [紫陽花]
「野胡瀬 傳(のこせ つたえ)です。よろしく……」

傳はニコニコと愛想を振りまくような自己紹介はせず、他人に興味は無いといったように人を拒絶するような態度で淡々と、自己紹介した。

“無愛想な奴……でも、女子がほっとかないタイプだな”

傳が中島の指定した席に座る姿を横目に、央里はまたも昨日のことに意識を引き戻した。

⏰:08/07/30 23:40 📱:F905i 🆔:SKCDtYyY


#41 [紫陽花]
一方、席に着いた瞬間からありきたりな質問を投げかけられている傳はどうしようもない苛立ちを感じていた。
傳は席の周りをぐるりと生徒に囲まれ、まったく身動きがとれない。

「野胡瀬君アドレス教えて!!」
「傳って呼んでいいか?」
「野胡瀬、部活は何に入る?」

そんな質問に傳は

「あぁ……」
「うん……」
「別に……」

と、単文かつ素っ気なく答えていく。

⏰:08/08/01 23:51 📱:F905i 🆔:csJNuxtY


#42 [紫陽花]
「や〜ん。野胡瀬君ってクール!!でもそこがカッコイイー!!!」

決してしゃべりが上手いわけでも愛想を振りまいているわけでもないのに、一部の女子の間で早くもファンクラブができそうなほど、野胡瀬 傳という人物はたった何分間かでこのクラスの人々を魅了した。


たった一人、央里を除いては。

⏰:08/08/01 23:53 📱:F905i 🆔:csJNuxtY


#43 [紫陽花]
央里は一時の好奇心で群がるのはあまり好きではない。
そのため傳の周りに群をなす女子や、傳にいろいろと質問を投げかける男子の中に央里の姿はなかった。

「なぁ。あの端の席でぼーっとしてる奴、だれ……?」

傳は隣にいた女子に問う。

ちょっとした人だかりの出来ているこの場で、野次馬精神も見せずに物思いに耽ってるなんて珍しい奴だ。

⏰:08/08/01 23:54 📱:F905i 🆔:csJNuxtY


#44 [紫陽花]
「あぁ〜、宇峰君ね。端にいるのは宇峰 央里君よ。彼、1人が好きみたい」

“宇峰央里……うみね……おうり……!!!!”

次の瞬間、まるで何かを思い出したような、驚きの表情へと傳の顔は一変した。

「アイツが……!!」

これまでクラスの生徒からの質問さえも無関心に返事をしていた傳が初めて見せた驚きと好奇心の目に、質問を受けた女子は目を見張る。

⏰:08/08/01 23:56 📱:F905i 🆔:csJNuxtY


#45 [紫陽花]
「なに?知り合いとか?」
「……いや、違う。」

やはり生徒からの質問に素っ気なく答える傳を見て、女子は
「そう、なの?」と言い残して疑問の残る頭のまま友達の元へ去っていった。

「アイツがアダムの……」

小さく漏らした傳の声と、不敵に笑う彼の口元に誰一人として気付く者はいなかった。

⏰:08/08/01 23:57 📱:F905i 🆔:csJNuxtY


#46 [紫陽花]
――――――…………

―――――………

「で、何でお前が横にいるわけ?」

央里は嫌みったらしそうに視線を右に振る。

「別にいいじゃん……帰る方向が一緒なだけだよ……」

揺れる電車の中、央里の右隣には今日転校して来た傳の姿があった。

どうやら央里と傳の家の方向が一緒らしく、偶然同じ車両に乗り合わせることになったのだ。

⏰:08/08/01 23:58 📱:F905i 🆔:csJNuxtY


#47 [紫陽花]
「ただでさえ帰宅ラッシュで人が多いってのに……転校生まで一緒かよ」

央里は吊革に右手を乗せ、ぶら下がるような形で愚痴をこぼす。

「……着いたみたいだけど」

電車は央里の住む町へと停車した。
ドアが開いた瞬間、冷房の効いた車内へ一気に手を伸ばす熱風は、外と中の気温差を十分に体感させる。
そして、央里と傳は隣に並ぶ形で駅の外へと出た。

⏰:08/08/03 01:47 📱:F905i 🆔:zJcFs6SU


#48 [紫陽花]
「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど……」

「なんだよ、たった一日でクラスの人気者になった転校生」

大きな道路沿いを歩いていたときに傳は央里に話しかけた。

「そーいう言い方やめてよ……君の『央里』って名前、誰がつけた……?」

傳は興味深そうに問う。

⏰:08/08/03 01:48 📱:F905i 🆔:zJcFs6SU


#49 [紫陽花]
「名前?たしか親父がつけたって言ってたよーな……」

眉間にしわを寄せて考え込む央里の隣で、傳が小さく

「やっぱり……」

と言った。もちろん央里には聞き取れないほどの小声で。

「あとさ、女の子から聞いたんだけどあんた一人が好きなわけ……?」

⏰:08/08/03 01:49 📱:F905i 🆔:zJcFs6SU


#50 [紫陽花]
「はぁ!?何でお前にそんなこと言わなきゃ「見つけた……」

央里と傳が口論していると、背後から聞き覚えのある冷たい声がした。

「おまえ!!」

央里の表情が一気に固くなる。
そう、背後から声をかけたのは昨日央里の命を狙った、黒スーツの男だった。

⏰:08/08/03 01:50 📱:F905i 🆔:zJcFs6SU


#51 [紫陽花]
「この前は逃げられちゃったんだよね〜だから今回はすぐに殺してあげるから♪」

今回も楽しそうに『殺してやる』と宣言する。

「おい、アイツやべーから逃げるぞ!!」

央里は小声で傳に話しかける。そう易々と逃げられるわけ無いと思っていたが、ここで転校生まで危険にさらすわけにはいかない。

央里の背中をいやな汗がつたう。

⏰:08/08/03 01:52 📱:F905i 🆔:zJcFs6SU


#52 [紫陽花]
「君はもう“ネイク”からも狙われているのか……」

傳はやれやれといったように、がっくりと肩を落とす。

「おっ!!央里君の隣にいるのは野胡瀬族の傳君じゃないか!!!いや〜ここで会えるなんて、君たちもかなり切羽詰まってるみたいだね」

やはり男は傳にでさえ楽しそうに話した。
黒スーツの男には喜怒哀楽の喜しか感情がないのか?
央里がそんな疑問を抱くほどにスーツの男の声は弾んでいた。

⏰:08/08/03 01:54 📱:F905i 🆔:zJcFs6SU


#53 [紫陽花]
「って、お前アイツと知り合い?」

央里は驚きを隠せなかった。
二度も自分を殺そうとしている奴と、今日転校してきたばかりの奴が知り合いだったなんて偶然なのだろうか。

「知り合いじゃないよ……正しくは敵さ……」

そういい残すと傳は右肩に背負っていた鞄をドスっと地面におろし、何やらごそごそと探し始めた。

⏰:08/08/03 01:56 📱:F905i 🆔:zJcFs6SU


#54 [紫陽花]
「あった……」

傳が取り出したのは一冊の古びた本。
本の厚さは3センチほどもあり、辞書の厚みをなくしA4サイズまで引き延ばしたような形をしている。
所々紙が剥げ、茶色く変色している表紙には「アダムの唄」と書かれていた。

⏰:08/08/03 01:57 📱:F905i 🆔:zJcFs6SU


#55 [紫陽花]
「こんな時に読書かよ!!」

央里は怒ったように傳を睨む。それに対して、傳は少し驚いたように央里を見てこう言った。

「君は“アダムの唄”についても知らないのか……」

はぁ、とため息を付きながら傳は立ち上がる。

「さて、“ネイク”の使者さんは、これを知ってるよね……?」

⏰:08/08/03 23:37 📱:F905i 🆔:zJcFs6SU


#56 [紫陽花]
強がってはいるが央里の膝が震えていると気付いていた傳は本を左手に持ち、傳は央里をかばうような形で一歩前に進む。

その傳の表情には余裕さえ感じられた。

「知っているも何も、我々の道標だよ、ソレは」

“ネイク”の使者である黒スーツの男は以前にもましてニタニタと気味の悪い笑みを浮かべていた。
少なくも、傳の後ろに隠れるように立っている央里にはそう見えた。

⏰:08/08/03 23:39 📱:F905i 🆔:zJcFs6SU


#57 [紫陽花]
「じゃあ、この本の裏技知ってる……?」

傳は、まるで悪戯を仕掛けた子供のようにニヤっと笑ったあと右手に持つ“アダムの唄”に視点を落としペラペラとページをめくっていった。

「裏技って?」

央里は一歩前にでている傳に問う。

「ねぇ、央里はここから逃げたい……?」

⏰:08/08/03 23:40 📱:F905i 🆔:zJcFs6SU


#58 [紫陽花]
「あ?そりゃ、逃げたいに決まってんだろ!!って、俺の質問はスルーか!?」

「じゃあ、ここから逃げたいって強く願ってて……」

訳が分からなかった。それでも央里は傳の言葉に圧倒され意識を集中するしかなかった。

「話し合いは終わったかね?」
黒スーツの男はニヤニヤと笑みを絶やさず笑いかけた。

⏰:08/08/04 23:56 📱:F905i 🆔:FvnuzxKY


#59 [紫陽花]
「まあね。央里、この本に手を当てて……」

「お、おう」

不安げな表情で央里は右手を本に添えた。
すると、古びた本から無数の光の泡が飛び出し二人の周りを覆っていく。

「な……!!」

ニヤニヤ顔のスーツの男もこの時ばかりは驚愕の表情を表した。

小さなピンポン球のような泡から、ソフトボール大の泡まで、様々な形の泡が本から溢れ出す。
もう央里たちの姿は見えないほどに泡は彼らを包み込んだ。

⏰:08/08/04 23:57 📱:F905i 🆔:FvnuzxKY


#60 [紫陽花]
その中心部あたりから傳の声が響きわたった。

「ばいばいネイクの使者さん。言っとくけど、僕は君達を絶対に止めるから……」

その声には先ほどまでの興味のなさそうなものとは違い、覇気のある意志を固めた力強さを思わせる。

そして、ヒュッと風が吹いたと思うと二人を包んでいた泡たちはシャボン玉のように風に吹かれ空へと消えた。

泡がなくなった後の場所には二人が立っているわけでもなく、夕焼けに照らされるアスファルトだけが残っていた。

⏰:08/08/04 23:58 📱:F905i 🆔:FvnuzxKY


#61 [紫陽花]
――――――………

―――――……

「おいッッッ!!お前はマジシャンか!?てか、ここどこだよ!?」

「もう、騒がしいなぁ。君が逃げたいって言ったから僕は手を貸しただけなのに……ここは君んちの近くさ……」

「それに普通、本から泡が出てくるか!?何の仕掛けがあんだよ?」

「あれは普通の本じゃないんだよ……」

⏰:08/08/06 20:38 📱:F905i 🆔:Zot1GjyU


#62 [紫陽花]
体に付いた小さな泡たちを片手で払いのけながら央里は口をとがらせた。

二人が口論になりかけたところで傳が「後で詳しく説明するから……」と、うなだれながら言ったのでその場は治まった。

「……分かったよ。絶対あの本のにタネを教えてもらうからな!!それとアイツから逃げられたことには、感謝してるから……」

央里の頬は照れからなのか、夕日のせいなのか、少し紅くなっていた。

⏰:08/08/06 20:40 📱:F905i 🆔:Zot1GjyU


#63 [紫陽花]
「そりゃ良かった……」

傳も少し垂れた目で央里に笑いかけた。

「じゃあ、俺帰るし」

央里は足下にあった鞄を肩にひっかけ周りを見渡す。

“本当に家の近くだ……アレ?俺アイツに家の場所教えたっけ?アレ?”

⏰:08/08/06 20:40 📱:F905i 🆔:Zot1GjyU


#64 [紫陽花]
央里の頭上にハテナマークが飛び交う。
ソレを見ていた傳は少し口元を緩ませ、すかさず一言付け加えた。

「僕、今日から真紀さんと衛さんの家にお世話になるから…「はぁぁぁああああ!?」

静かな夕暮れの中央里の叫び声だけがこだました。

衛とは央里の父である。
傳が真紀と衛の名前を口に出したことにも驚いたが、それ以上に“お世話になるから”の言葉に反応を見せた。

⏰:08/08/06 20:42 📱:F905i 🆔:Zot1GjyU


#65 [紫陽花]
「おまッッッ!!なんで!?」
「そんなに僕と居られるのが嬉しいの?」
「そーじゃなくて!!俺んちに泊まるのかよ!?」
「うん」
「はぁああ!?訳わかんね!!」

央里は両手を頭に当て自分の髪の毛をグシャグシャに引っ掻き回した。
まるで悪い夢でも見ているように。

⏰:08/08/06 20:44 📱:F905i 🆔:Zot1GjyU


#66 [紫陽花]
「別にいいじゃん。これの秘密知りたいんでしょ……?」

傳は鞄の中からチラリと覗くアダムの唄を指差す。

「ま、まぁ」

「じゃあ、立ち話もなんだし帰ろうか……」

「お、おう」

すっかり傳のペースにはまってしまった央里は渋々、傳を家へと案内した。

⏰:08/08/06 20:45 📱:F905i 🆔:Zot1GjyU


#67 [紫陽花]
―――――――………

―――――………

「はい、はい。その通りでございます。すいません。本当に申し訳ありません」

ある薄暗い廃屋の中で黒スーツの男は携帯の向こう側の相手に謝罪の言葉を並べていた。
額にはうっすら汗。
スーツの男は最後まで相手に敬意を払いながら電話を切った。

「もう私に“次”は無いみたいですね……」

スーツの男は廃屋の窓から、沈みかける夕日を見てつぶやいた。

⏰:08/08/06 20:46 📱:F905i 🆔:Zot1GjyU


#68 [紫陽花]



3頁
《真実という現実》


⏰:08/08/06 20:48 📱:F905i 🆔:Zot1GjyU


#69 [紫陽花]
―――――――………

―――――……

「お〜か〜え〜り〜」

玄関の扉を開けるとリビングから母・真紀の声が玄関まで響いてきた。

「ただいま〜……お袋、お客さんだよ」

央里は傳の方をチラリと見て露骨に嫌そうな顔をしてから真紀に傳の存在を知らせた。

⏰:08/08/06 20:49 📱:F905i 🆔:Zot1GjyU


#70 [紫陽花]
「あらあら、もしかして傳君?」

エプロンで手を振きながらひょっこりと真紀は現れた。
夕食の準備をしていたのだろう、リビングからは以前と同じようにカレーの匂いが漂ってくる。

「はい。すいませんが、今日はお世話になります……」

傳は深々と頭を下げ真紀に挨拶をする。
その姿を見た央里は
“なにいい子ぶってんだよ!!”
と、またも唇の端をピクピクとひきつらせ露骨に怪訝そうな顔をした。

⏰:08/08/06 20:51 📱:F905i 🆔:Zot1GjyU


#71 [紫陽花]
「まぁまぁ、礼儀正しい子ね。話は聞いてるわよ。さぁ、上がって……って鍋火にかけっぱなしだったわ!!」

真紀は傳に得意の凛々とした笑顔で微笑む暇もなくバタバタとリビングへと舞い戻った。

「央里のお袋さん、元気な人だね……」

「まぁな」

央里は少し呆れながら真紀の元気さを肯定して、「でも自慢のお袋だよ」と付け足した。

⏰:08/08/06 20:52 📱:F905i 🆔:Zot1GjyU


#72 [紫陽花]
――――――………

―――――……


「ちょ、お前どんだけカレー好きだよ」

央里は隣に座り黙々とカレーを食べる傳を見ながら呟いた。

「激ウマ……」

食べる手を休めずに傳は感嘆の声を漏らす。ちなみに今食べてるカレーは大盛で3杯目。

⏰:08/08/08 00:25 📱:F905i 🆔:vLwGHzXU


#73 [紫陽花]
「カレーは世界で一番美味しいですよね。真紀さんのカレー本当に美味しいです……」

「あらあら、美味しいって言ってくれるなんて母さん嬉しい〜!!おかわりいかが?」

「すいません。頂きます……」

そして傳は4杯目に突入した。

「遠慮ってものを知れよ」

「カレーは僕の大好物なんだよ……」

深いため息をはきながら、もういいやと言うように央里は首を振った。

⏰:08/08/08 00:26 📱:F905i 🆔:vLwGHzXU


#74 [紫陽花]
「おうちゃんも食べれるときに食べときなさい。腹が減っては戦は出来ぬってね!!」

「はぁ?戦ってなんだよ。戦って」

渋々、央里は傳や真紀に突っかかることを止め一口一口ゆっくりとカレーを頬張った。
甘口のはずのカレーが口の中をピリピリと刺激する。

⏰:08/08/08 00:27 📱:F905i 🆔:vLwGHzXU


#75 [紫陽花]
「ただいま〜!!あれ、兄ちゃんのお友達さん?」

母譲りの元気な声で帰宅したのは、央里の弟である榎久(カク)だった。

切れ長の目を持つ央里とは反対にクリクリとした瞳を持ち、それと同時に、野球部でもある榎久は頭もクリクリの坊主である。

「まぁ、友達……かな」

制服のままに駆け寄ってきた榎久の頭を撫でながら苦笑いで傳のことを説明する。

央里にとって榎久は、いや、榎久のクリクリ坊主頭は癒しそのものであった。

⏰:08/08/08 00:28 📱:F905i 🆔:vLwGHzXU


#76 [紫陽花]
「かくちゃん〜ご飯食べる前は手洗いうがいでしょ。いい子なんだから早く手洗っといで」

榎久の分のカレーをつぎながら真紀は指示を出す。

「あ〜い!!ったくもう、すぐ子供扱いするんだから」

プリプリと不満を漏らしながら榎久は洗面所へと姿を消した。

⏰:08/08/08 00:31 📱:F905i 🆔:vLwGHzXU


#77 [紫陽花]
「弟さん……?」

今まで4杯目のカレーにラストスパートをかけていた傳が、榎久の向かった洗面所へと目線だけ動かし口を開いた。

「あぁ、坊主可愛いだろ?」

ニカっと笑う央里を横目に、傳はカレーに最後のラストスパートをかけていた。

⏰:08/08/08 00:32 📱:F905i 🆔:vLwGHzXU


#78 [紫陽花]
―――――………

――――……

「なぁ、そろそろアダムの何とかって本の秘密教えてくれよ!!」

「ダメ!!まだ衛さんが帰ってきてない……」

「親父になんの関係があんだよ〜」

央里と傳は、もう3回ほどこの会話を繰り返していた。

⏰:08/08/09 23:43 📱:F905i 🆔:zljB7mjM


#79 [紫陽花]
家族そろうまでアダムの唄の話をしないなんて絶対におかしい。
家族会議でもしなければならないのか?

央里の本に対する疑問は更なる疑問を招き、考えれば考えるほど謎は深まるばかりだった。

「ただ〜いま〜「親父だ!!」

やはり一番早く衛の帰りに気付いたのは央里である。

ちょうどいいタイミングで風呂に入っていた榎久も風呂から上がり、真紀も食器をなおし終え、衛もリビングへと姿を現した。

⏰:08/08/09 23:45 📱:F905i 🆔:zljB7mjM


#80 [紫陽花]
衛はカッターシャツのボタンをニ三個外し、右手に持ったタオルで額を拭く。
かけていた黒縁のめがねを取り、汗でくっついた前髪をかきあげると央里とそっくりな切れ長の瞳が現れた。

そして衛の少し出っ張り始めたお腹が、どこか憎めないコロコロとした優しい印象を与える。

⏰:08/08/11 21:42 📱:F905i 🆔:hqB5Bdl.


#81 [紫陽花]
「おっ!!野胡瀬 傳君かね?」

「おじゃましてます。あの、央里にあのことを……」

「分かってる。俺は口べたなんでね。君から話してほしい」


衛の言葉を聞いた瞬間、傳の表情は不安と困惑の混じった不可解なものとなっていた。

“こんな傳見たことない……”

⏰:08/08/11 21:43 📱:F905i 🆔:hqB5Bdl.


#82 [紫陽花]
会ってまだ数時間しかたっていないが、こんなに不安げな表情をする傳がおかしく思えた。

黒スーツの男から逃げたときのあの傳の余裕が今では懐かしい。

「なにビビってんだよ!!あの本ってそんなに大事なわけ?」

「本も大事だけど、一番大切なのは君なんだよ……」

「はぁ?」

頭がついていかない。
衛も真紀も真剣な表情で央里を見つめている。

⏰:08/08/11 21:44 📱:F905i 🆔:hqB5Bdl.


#83 [紫陽花]
「訳分かんないから!!俺がどうしたの?」

本の秘密なんてどうでもよかった。
一人だけ話について行けていない自分が歯がゆい、それだけだった。

「央里分かったから。とりあえず、座ろう」

衛の提案で木で出来たクリーム色の四人掛けのテーブルに座る。

⏰:08/08/11 21:44 📱:F905i 🆔:hqB5Bdl.


#84 [紫陽花]
央里の正面に傳。
央里の左隣に衛。
そして衛の正面に真紀が座る。
榎久はどこからかもってきたパイプ椅子の背もたれをこちら側に向け、もたれ掛かるように座った。

そしてテーブルの上には“アダムの唄”が置かれている。

⏰:08/08/11 21:45 📱:F905i 🆔:hqB5Bdl.


#85 [紫陽花]
「じゃあ、まずはこの“アダムの唄”から説明しようかな……」

傳は古びた本を指差しながら央里を見た。

「この本は、人類の祖先であるアダムの残した未来なんだ……」


神が作りし最初の子供。
名前はアダム。
神はアダムの肋骨からイヴを作り彼らに楽園を与え、さらにイヴとアダムから数多の人類を創造させた。

⏰:08/08/14 01:17 📱:F905i 🆔:Ex7GHojw


#86 [紫陽花]
それから二人は知恵の実、まぁ林檎を食べてしまい楽園から地球へと追放されてしまったんだけど……。

「ここまでは大体知ってるよね?」

コクコクと央里は頷いた。
そして早く続きを話してくれと言わんばかりに傳を見つめる。

「楽園を追放された時にアダムはとんでもない罪を犯した……」

⏰:08/08/14 01:18 📱:F905i 🆔:Ex7GHojw


#87 [紫陽花]
知恵の実を食べ、邪悪な知識までも手に入れてしまっていたアダムは、地球に追放される日に神様の日記を盗もうとしたんだ。

それもただの日記じゃなくて、未来のことを記した神のみぞ知る地球の未来予想日記を。

「分かった!!それがこの本なんだろ?」

央里は勝ち誇ったように“アダムの唄”を指差す。
だが、否定するように傳は首を横に振った。

「相手は神様だよ?人間が太刀打ちできるはずがなかった……」

⏰:08/08/14 01:19 📱:F905i 🆔:Ex7GHojw


#88 [紫陽花]
盗むところを神に目撃されたアダムは急いでイヴのもとへ走り出し、逃げようとした。

だけど神は神力と呼ばれる不思議な力を持っていたから、逃げるアダムを追いかけながら日記を燃やそうとしたんだ。

邪悪な知識を手に入れてしまったアダムに渡すぐらいなら燃やしちゃえと思ったんだろうね。

「ちょ、神様どんだけ短気……」

「それだけこの本は大切なものだったってこと……」

⏰:08/08/14 01:20 📱:F905i 🆔:Ex7GHojw


#89 [紫陽花]
日記にはこれから地球にどんなことが起こるかが事細かに記されていたからね。

今から地球に降り立つ自分たちに神の日記さえあれば、どんな天災も回避できる。

アダムはそう考えたんだよ。

まぁ、神は日記を燃やすことに成功したんだけど、アダムは神と同じぐらい頭のキレる奴だった。

その証拠に神に本を燃やされる寸前に2〜3頁を素早く破り地球へと持ち去った。

⏰:08/08/14 01:22 📱:F905i 🆔:Ex7GHojw


#90 [紫陽花]
「それが“アダムの唄”の元となるものだよ……」

真夏の夜、宇峰家には傳の声だけが響き渡っていた。
誰一人と口を開くものはおらず、傳の話に耳を傾ける。

そして傳の話はまだ続く。

「地球に降りたったアダムは盗んだ日記を元に、ある一冊の本を作った……」

その本には原本である神の未来予想日記に似た、数々の予言が記された。

⏰:08/08/14 01:23 📱:F905i 🆔:Ex7GHojw


#91 [紫陽花]
まぁ、アダムも神様の子である以上、未来を推測または予測するぐらいの能力は持っていたみたいだから。

「神の未来予想日記の切れ端から作られた本が、この“アダムの唄”なんだ……!!」

話し終えた傳は央里の瞳を見ながら、事前に真紀に出されていた水を一口のんだ。

⏰:08/08/14 01:24 📱:F905i 🆔:Ex7GHojw


#92 [紫陽花]
“おいおい、突拍子すぎだろ……”

たった5分程度話を聞いただけなのに、央里はまるで映画を見た後のような気だるさを感じていた。

この古びた本にこんな過去が隠されていたなんて……。

最初はただのタネも仕掛けもあるおかしな本とばかり思っていた。

興味本位で話を聞いたものの、この本の壮大な過去に見合うほどの反応をどうやって見せたらよいのか分からない。

⏰:08/08/14 01:25 📱:F905i 🆔:Ex7GHojw


#93 [紫陽花]
「なぁ、これ……って、本当に全部事実だよな?」

何も言わず傳は頷いた。

「その証拠に、ここを見て……」

傳は“アダムの唄”の表紙をめくり、1頁目を央里に見せた。
茶色く変色した紙に黒いインクで書かれたような文字が記されている。

「なんだこれ?日本語でもないし英語でもない……」

薄い茶色の紙の上には子供の落書きのような、何かの記号のような、不思議な“形”をしたものが書かれていた。

⏰:08/08/14 23:06 📱:F905i 🆔:Ex7GHojw


#94 [紫陽花]
「これはイルドュラス文字といって、神の住む世界で使われていたと言われる文字だよ……」

央里が物珍しそうにイルドュラス文字を眺めた後、ピクッと何かに気付いたように頭を上げた。

「なぁ、お前はこれが読めんの?」

「僕はこの文字をひらがなを学ぶ前に覚えさせられたんだ。だから読むことが出来るよ……」

文字を学んだ日々が懐かしいとでもいうように、どこか穏やかな優しい口調で答えた。

⏰:08/08/14 23:06 📱:F905i 🆔:Ex7GHojw


#95 [紫陽花]
「そして、ここにはこう書いてある。『私たちの子孫はやがて地中から生活に変化をもたらす油を手に入れるだろう』ってね……」

「油?……まさか油って!?」

「そう。今の僕たちの生活を支えている“石油”を表している……」

もちろん何万年、何億年前に石油の存在を知る者などいない。

なのに“アダムの唄”は、はっきりと石油について予言を記している。
これは神とアダムの予言の力の証拠だ。
他にも色々な予言が書かれててあるよ。

そしてまた傳は1頁めくった。

⏰:08/08/14 23:08 📱:F905i 🆔:Ex7GHojw


#96 [紫陽花]
「ここからまた予言が始まるんだけど「ちょっと待て」

さらに説明を続けようとする傳の言葉を央里が遮った。
傳は突然の言葉に驚いたように央里を見る。

「なぁ、大事なことを忘れてたけど、その神様の日記と俺がなんで関係あんだよ?」

神だの予言だの自分には全く関係ないファンタジーなことばかり話されてもピンとこない。

それによく考えてみれば、何故自分のことから、こんなに話が肥大しているのかも分からない。

⏰:08/08/14 23:09 📱:F905i 🆔:Ex7GHojw


#97 [紫陽花]
「そのことは父さんから話そう」

今まで沈黙を守っていた衛が急にしゃべりだした。

「衛さん……」

「説明ありがとう。でも、ここからは宇峰の問題だからね。ちょっとだけ口を挟ませてもらうよ」

そして衛は顔だけを隣にいる央里に向け、ニヤリと笑って

「ちょっと長くなるけど集中しろよ」

そう忠告した。

⏰:08/08/14 23:12 📱:F905i 🆔:Ex7GHojw


#98 [紫陽花]
アダムは人間だ。
だからいずれ死を迎える。

そこら辺のことを考えてアダムはイヴと共に、生きているうちに沢山の子孫を残していった。

といっても、せいぜい10人程度だったらしいが……。

たが、そこで大事なことはアダムたちが子を作ったってことじゃない。

その子孫たちにアダムの素晴らしい才能が分け与えられたってことだ。

⏰:08/08/14 23:13 📱:F905i 🆔:Ex7GHojw


#99 [紫陽花]
アダムは唯一の神から生まれた人間。
だから神も自分の持つ才能を全てとはいかないが、数多く与えた。

「は?才能って?」

黙って話を聞いていた央里だが思わず疑問を口に出していた。

「ん〜……例えばクラスに一人は、ずば抜けて足の速い人いるでだろ?その人はアダムの『俊足の才』を持ってるんだよ」

頭のいい人は『勉学の才』
話が上手い人は『話術の才』
とか色々才の種類はある。

そして必ず一人一つ才を受け継ぐようにアダムの血のシステムが、我々の体の中には造られているんだ。

⏰:08/08/14 23:14 📱:F905i 🆔:Ex7GHojw


#100 [紫陽花]
「じゃあさ、俺にもその才ってのがあんの?」

「もちろんさ!!」

得意そうに衛は断言した。
切れ長の目を不自然なぐらい少し垂らしながらではあったが。

だが、そんな衛を横目に見ながら央里は一瞬真紀の瞳が悲しげに曇ったことを見逃さなかった。

「じゃあ聞くけど、お袋。俺の才って何なの?」

⏰:08/08/14 23:18 📱:F905i 🆔:Ex7GHojw


#101 [紫陽花]
父親譲りの切れ長の細い目を少しつり上げて央里は問う。

真紀は下唇を軽く噛み、いつもはクリクリと可愛らしく動いている瞳をギュッと瞑り、ゆっくりと重い口を開いた。

「央里、あなたの才は……」

真紀は今にも泣きそうな顔で央里を見つめる。

たった数秒の躊躇いが央里を何故か不安にさせた。

“なに躊躇ってんだよ!?”

そしてまたも数秒躊躇ってから真紀は意を決したように前を、央里を見据え叫んだ。

「あなたの才は……『運命を変える才』なのよ……!!」

⏰:08/08/14 23:23 📱:F905i 🆔:Ex7GHojw


#102 [紫陽花]





「……はぁ?運命?」

⏰:08/08/15 21:32 📱:F905i 🆔:.7hhoXCo


#103 [紫陽花]
「央里、さっきアダムの予言の話したよね?あれには続きがあってさ……」

今度は傳が口を開いた。

パサリと乾いた音を立て、またも“アダムの唄”をめくり、指である一点を示す。

「アダムの唄の最後に……そう、この頁に『夏が終わる頃、地球は滅びる』って書いてあるんだ……」

「はぁ?本当にその予言あたんのかよ?外れないわけ!?」

⏰:08/08/15 21:33 📱:F905i 🆔:.7hhoXCo


#104 [紫陽花]
目を大きく見開き、半ば叫ぶように声を荒げた央里とは反対に、この部屋にいる央里以外の全ての者が静かに俯いた。

「兄ちゃん……今のところ、この本の予言は外れたことがないんだよ。だから、外れる可能性は……すごく低い」

榎久はそれだけ言うと、キュッと唇を結び、クリクリのかわいい目を伏せて静かに俯いた。

⏰:08/08/15 21:34 📱:F905i 🆔:.7hhoXCo


#105 [紫陽花]
「榎久……なぁ親父。なんとかなんねーのかよ!?このまま死ぬなんて俺、嫌だぜ!!」

叫び声と共に、バンっと両拳で机を叩いた音が響く。

央里は自分の中に収まりきらない苛立ち、不安を外へ投げだそうとしたのだろう。


いきなりに突きつけられた世界滅亡の話は彼にとって信じがたいものだった。

だが“アダムの唄”の不思議な移動能力や、記された予言を目の当たりにした央里には完全に否定することは不可能だったのだ。

⏰:08/08/15 23:46 📱:F905i 🆔:.7hhoXCo


#106 [紫陽花]
「央里……お前の才は何だったか覚えてるな?」

衛はゆっくりと央里を宥めるように穏やかに語りかけた。

「俺の才は……運、命を変え……る」

「そうだ。この揺るぎない運命を変えることが出来るのはお前だけなんだ!!!」

衛も真紀も榎久も傳も突き刺すように央里を見つめる。

⏰:08/08/15 23:47 📱:F905i 🆔:.7hhoXCo


#107 [紫陽花]
まるで何か巨大な力に祈りを捧げるように、すがりつくように視点を一点にあわせる。

「そんなこと言われたって……」

周りに聞こえるか聞こえないかギリギリの音量で央里は呟いた。

“自分にはできない”

“運命を変えるなんて……”

「央里。これは現実であり同時に真実でもあるんだ……」

小さいながらもハッキリと芯のある声で傳は、言った。

⏰:08/08/15 23:48 📱:F905i 🆔:.7hhoXCo


#108 [紫陽花]







“宇峰 央里”という人物の運命の歯車はこの日から壊れてだして、いや、動き出していたのかもしれない。

⏰:08/08/15 23:49 📱:F905i 🆔:.7hhoXCo


#109 [紫陽花]



4頁
《そして旅立ち》


⏰:08/08/18 23:58 📱:F905i 🆔:TWD9QkBw


#110 [紫陽花]
「運命ねぇ……」

時刻は6時48分。

央里はベッドの上で枕元の時計をのぞき込みながら呟いた。

今日は日曜日ということで学校は休みなのだが、毎日の習慣というものは恐ろしく、央里はいつもの起床時間に目が覚めてしまっていた。

昼間の焼き付けるような太陽の光とはうって変わって、カーテンから溢れ出す早朝の太陽は、寝起きの央里の目を優しく刺激する。

⏰:08/08/18 23:59 📱:F905i 🆔:TWD9QkBw


#111 [紫陽花]
時計をみた後で仰向けの体勢へと体を傾けた央里は、そのままの体制で左手だけを伸ばし、一気にカーテンを開けた。


カシャっとレールの擦れる金属音を残し、露わになった窓からは目もくらむような眩しい朝日が部屋に差し込む。

「ちょ、央里。眩…し……い」

その後まもなくベッドの一段下、すなわち床からうめき声が。

⏰:08/08/19 00:01 📱:F905i 🆔:h9DiIFH6


#112 [紫陽花]
その声の主は朝の光を拒絶するように左腕で両目を塞ぐ。
そして数秒もしない内にまた規則正しい寝息が始まった。

「ったく、部屋が余ってないからって何で傳と同じ部屋で寝なきゃなんねーんだよ……」

そう言うと央里は体を起こし、欠伸を一つこぼしてからまだ眠っている傳を跨いで部屋を後にしたのだった。

⏰:08/08/19 00:02 📱:F905i 🆔:h9DiIFH6


#113 [紫陽花]
部屋を出た央里は、よれよれのTシャツにダボダボの短パン姿で洗面所へと向かった。

蛇口をひねり水を出す。

蛇口から流れる水に手を添えれば、形のつかめない液体が柔らかい抵抗を手に与え、寝起きの火照った央里の体温を冷ましていく。

水をすくい、眠気眼を洗い流すと靄が取れたように央里の頭はスッキリと活動し始めた。

「運命ねぇ……」

前髪に水滴の付いた鏡に映る自分を見ながら、またも呟く央里。

⏰:08/08/19 23:35 📱:F905i 🆔:h9DiIFH6


#114 [紫陽花]
――――――………

――――………

「央里。これは現実であり同時に真実でもあるんだ……」

「分かったよ!!
現実だって事は分かった。
でもさ、俺は何をしたらいいわけ?てゆーか、何かしなくちゃいけないわけ?」

眉間にしわを寄せ全てがかんに障り、気に入らないとでも言うように、ぶっきらぼうに央里は言い返す。

⏰:08/08/19 23:37 📱:F905i 🆔:h9DiIFH6


#115 [紫陽花]
「落ち着け央里。今から、これからのことを説明してやる」

またも衛が宥めるように言った。
その姿はまるで怒り狂った牛を抑える闘牛士。

「お前は何もしなくていいんだ。お前が存在するだけで運命は常に変化し続ける」

⏰:08/08/19 23:38 📱:F905i 🆔:h9DiIFH6


#116 [紫陽花]
“運命を変える才”ってのはアダムの能力の中でも一番力のある才と言われていてな。

アダム自身も、自分の強大な力のことはよく理解できていたらしく、その力が暴走して多くの運命の歯車が狂いださないように特別な封印を施した。


その封印とは“運命を変える才”を使うには『イヴ』を理解し、共にいるという条件を満たしたときにのみ発動できるというものだ。

このことは“アダムの唄”にも記してあるから、まず間違いはない。

⏰:08/08/19 23:41 📱:F905i 🆔:h9DiIFH6


#117 [紫陽花]
「イヴって?」

眉間に寄せていた皺をより一層深くして、央里は問う。

「イヴってのは、アダムと一緒に地球に降り立った人間……と、されているんだけど詳しいことは“アダムの唄”にも明記されていない…ん……だ」


申し訳なさそうな声を出して、央里のイヴへの疑問の答えを導き出してくれたのは榎久だった。

⏰:08/08/19 23:44 📱:F905i 🆔:h9DiIFH6


#118 [紫陽花]
「なるほど。まさに未知の生物って奴ね。……なぁ、さっきから聞こうと思ってんだけど榎久は何でそんなにこの話について詳しいんだ?」

「ほぇッッッ?」

榎久はいきなり話題を降られたことでビクッと肩を揺らした。
クリクリの目をさらに驚きに丸める。

⏰:08/08/19 23:45 📱:F905i 🆔:h9DiIFH6


#119 [紫陽花]
「えっとね、“アダムの唄”のこととかは学校で習ってるんだ。小学校の時からずっと」

「あれ?でも俺習ってないよ?今初めて聞いたし」

「兄ちゃんはほら……
この話の当事者だから、先生達も兄ちゃんが分別のある年になるまで秘密にしとこうって言ってたよ」

「分別、ねぇ……普通こんな大切なこと秘密にするか?」

央里は呆れたように首を横に振る。

⏰:08/08/22 01:00 📱:F905i 🆔:5WVXDoXE


#120 [紫陽花]
「仕方ないよ。“運命を変える才”を持つのは世界で兄ちゃんだけだし、何より未来を変える救世主だからね!!」

榎久は目を輝かせ、兄である央里のことを誇らしげに言う。

「はぁ……
で、親父と榎久の話からすれば、俺はイヴってやつを探せばいいのか?そうしたら地球滅亡の運命は変わるんだろ?」

「そうだ。少なくとも、今までの研究ではそれが一番確率の高い地球滅亡の回避方法だと言われている」

⏰:08/08/22 01:02 📱:F905i 🆔:5WVXDoXE


#121 [紫陽花]
衛は間髪入れずに央里の意見を肯定する。
まるで央里がその答えにたどり着くのを待っていたかのように素早い応答。

「そこでだ!!準備が出来次第、央里は傳君と共に旅にでてもらう」

「はぁぁぁああ!?」
「すいません、お茶を注いでいただけますか?」

驚きを隠せず目を丸める央里とは対照的に、傳は真紀にお茶を要求するほど落ち着き払っていた。

⏰:08/08/22 01:04 📱:F905i 🆔:5WVXDoXE


#122 [紫陽花]
「目的地は傳君が知ってる。だから央里は、ついて行くだけでいいよ」

「兄ちゃん、旅するなんてうらやましいなぁ〜。救世主っぽいよ!!なんか色々と頑張ってね!!」

追い打ちをかけるように、榎久までも央里に無邪気な笑顔でエールを送る。

“もう、引き返せない……”

その夜、央里には落胆のため息を吐くことしかできなかった。

⏰:08/08/22 01:05 📱:F905i 🆔:5WVXDoXE


#123 [紫陽花]
――――――………

――――………

「くそっ。あのバカ親父。勝手に決めやがって……」

衛への行き場のない怒りはピークを迎え、ついには溜め息しか出てこなくなった。


時刻は7時6分。

“日曜だし、どうせだれも起きちゃいないだろうな”

と一度は思ったものの、早朝から予想以上に泣きわめく腹のムシを黙らせるために台所へと向かった。

⏰:08/08/24 23:39 📱:F905i 🆔:wNVjWFuo


#124 [紫陽花]
「あら、おはよう。おうちゃん起きてたの?」

父の趣味である観葉植物たちが立ち並ぶリビングを通過し、台所へと足を踏み込むと真紀の姿があった。

「はよ……。目、覚めちゃってさ。それよりなんか食べるもんある?」

だが、よく見れば真紀は赤いチェックのパジャマ姿。
真紀も今起きたばかりなのだろう。

そんな母に起きてすぐ食べ物を要求するなんて……。

央里は俯き、自分の食い意地にほとほと呆れた。

⏰:08/08/24 23:40 📱:F905i 🆔:wNVjWFuo


#125 [紫陽花]
「お腹すいたのね。何か作るわ」

「ん……。ありがと」

しばらく冷蔵庫を漁る真紀を見ていたが、

「なに見てんのよ……」

とドスの利いた声と共に睨まれた央里は、仕方なく衛の観葉植物たちに水をやることにした。

日曜の朝と言うこともあり、外から全く音がしない。

⏰:08/08/24 23:41 📱:F905i 🆔:wNVjWFuo


#126 [紫陽花]
たまに何か聞こえたかと思っても、台所からの真紀の鼻歌ぐらいのもので、心地良い静けさが央里の耳を包んでいた。

数分後、台所からは何かを炒めるような油の音と、食欲をそそる香ばしい匂いが。

「おうちゃーん!!出来たよ〜!!」

水やりをしていた手を止め、央里はいそいそと台所へ向かう。

⏰:08/08/24 23:42 📱:F905i 🆔:wNVjWFuo


#127 [紫陽花]
「……うまそっ!!」

央里の目に、テーブルの上に温かい湯気を出しながらも美味しそうな匂いを放っている目玉焼きと白ご飯が飛び込んできた。

「はい、ケチャップ」

央里は醤油派でもソース派でもなく、胡椒のたっぷりかかった目玉焼きにケチャップをかける派だった。

⏰:08/08/24 23:42 📱:F905i 🆔:wNVjWFuo


#128 [紫陽花]
「ありがと。いただきまーす」
テーブルに腰掛け目玉焼きを食べる央里の真ん前にコーヒーを持った真紀も座る。

「美味しい?」

「う、まい……よっ!!」

口いっぱいに白飯と目玉焼きを頬ばって、モゴモゴとしゃべる央里はまるでハムスター。


真紀自身も気付かない内に頬がゆるみ、榎久とそっくりなクリクリの目で温かく央里を見つめていた。

⏰:08/08/24 23:43 📱:F905i 🆔:wNVjWFuo


#129 [紫陽花]
その後も一心不乱に目玉焼きを食べていた央里だったが、しばらくして唐突に口を開いた。

「お袋さ、昨日の夜すげー悲しそうな顔してたけど……何で?」

「あら、母さんそんな顔してた〜?見間違いじゃないの〜?」

ケタケタと不自然なほど笑いながら真紀は答えた。

⏰:08/08/24 23:44 📱:F905i 🆔:wNVjWFuo


#130 [紫陽花]
だが、央里は黙ったまま真紀を見つめる。
心の中を探るように、切れ長の目を真っ直ぐに真紀に向けて。

「……このご時世に、自慢の愛息子が旅にでちゃうのよ?それも人類の未来を背中に背負った上での危険な旅に」

真紀の手にあるコーヒーの水面が揺れる。

微かに、震えているのだ。

「あなたが生まれた時から、いつかはこうなるって分かってた。でも……!!」

マグカップを勢いよく机に置き、そのまま両手で顔を覆った。

⏰:08/08/24 23:45 📱:F905i 🆔:wNVjWFuo


#131 [紫陽花]


「不安でたまらないのよ……」

⏰:08/08/24 23:46 📱:F905i 🆔:wNVjWFuo


#132 [紫陽花]
今にも消え入りそうな声で胸の内を話した真紀は、
いつもの威勢のいい真紀ではなく“母”であるがゆえに背負っている辛さを耐えている一人の人間だった。


きっと央里を不安にさせないように、この今にも全てを侵食していくような不安という暗闇を、押し込めてきたのだろう。

「お袋……」

「ごめんね。こんなこと言ったら不安になるのは央里なのにね……」

真紀は顔から両手をはなし、ぎこちない笑顔で央里を見る。

⏰:08/08/24 23:48 📱:F905i 🆔:wNVjWFuo


#133 [紫陽花]
「俺は大丈夫だから!!
それにそんなに心配しなくても俺、絶対帰ってくるし!!」

白い歯を見せてニカっと笑う央里。

「まったく、その自信家なところは誰に似たんだか……」

「お袋からの遺伝だよ!!」

⏰:08/08/24 23:48 📱:F905i 🆔:wNVjWFuo


#134 [紫陽花]
自然と真紀の口元にも笑みが広がった。
その顔を見て、満足そうに央里は立ち上がり食器を台所へと運ぶ。

「央里」

名前を呼ばれた央里は、台所からリビングに顔だけ出して真紀を見た。

「頑張りなさい」

央里は食器を置いてそれに答えるように、右手でピースサインを表した。

⏰:08/08/24 23:50 📱:F905i 🆔:wNVjWFuo


#135 [紫陽花]
――――――………

――――………

あれから一週間。

央里と傳はまだ出発していなかった。

衛が言うには、これから行く目的地へ送った手紙の返事が帰ってこないらしく、本当に訪れていいのか定かではないのだそうだ。

⏰:08/08/24 23:50 📱:F905i 🆔:wNVjWFuo


#136 [紫陽花]
そして出発できない理由の一つに、傳の体調が優れないという事もあった。

この一週間の間にまたも黒スーツの男が央里の命を狙ったのだ。

「次がないんだ……」

と独り言のように何度も呟き、いつも以上にしつこく追ってきた。

それから逃れるために“アダムの唄”を連続して使ったために、傳の体が耐えきれず倒れてしまっていた。

⏰:08/08/24 23:51 📱:F905i 🆔:wNVjWFuo


#137 [紫陽花]
「傳!!今日の体調はどうだ?」

お粥の乗ったお盆を左手にもち勢いよく部屋に入る。

この一週間、傳に自分のベッドを占領されている央里たが、自分を助けるために倒れたということを考えると何もいえなかった。

「だいぶ、ま…し……」

「そうか!!まぁ、無理すんなよ」

そういって傳にお粥を渡す。

⏰:08/08/24 23:52 📱:F905i 🆔:wNVjWFuo


#138 [紫陽花]
“アダムの唄”を説明した時とはまるで別人のように無口になった傳。

央里は以前、なぜ喋らないのかと問うたことがあった。

「喋るのは嫌じゃないけど、口の筋肉動かすと、疲れるじゃん……」

いかにも傳らしい答え。


その時、央里も傳に

「なんで、いつも教室で一人なの……?」

と問われていた。

⏰:08/08/24 23:53 📱:F905i 🆔:wNVjWFuo


#139 [紫陽花]
央里も学校では遠巻きに扱われ、一人疎外感を感じるときがあった。

馬鹿みたいに群れるのが嫌いなだけで、人と喋るのは嫌いじゃない。

むしろ好きな方。

ただ、人が怖いだけなのだ。

相手が心の中で自分をどんな風に思っているのか。

自分は嫌われているんじゃないのか?

そんな誰しも心に秘める他人への恐れが、央里にはとても巨大な壁のように感じられていた。

⏰:08/08/24 23:55 📱:F905i 🆔:wNVjWFuo


#140 [紫陽花]
「俺が一人でいるのは、お前と似たよーな理由だよ」

そんな針鼠のような外側にトゲを持つ央里の心は、自分と傳は似たもの同士だと思っていた。

だからアダムの話も信じたし、傳が倒れたときは大きな責任が重くのしかかってきたのだ。

⏰:08/08/24 23:56 📱:F905i 🆔:wNVjWFuo


#141 [紫陽花]
「はやく元気になれよ!!ちゃちゃっとイヴを探して安全になろーぜ」

央里はちょびちょびとお粥を食べている傳にピースサインを送る。

「…………」

傳はコクリと肯くだけ。

それだけで満足したかのように、央里はお盆と傳を残して部屋から出て行った。

⏰:08/08/24 23:57 📱:F905i 🆔:wNVjWFuo


#142 [紫陽花]
――――――………

――――………

夏も終わりに近づき、刺すような日差しが少しだけ柔らかくなった8月中旬。

ようやく出発の日が決まった。

⏰:08/08/26 23:49 📱:F905i 🆔:wRVlfP.Q


#143 [紫陽花]
時刻は9時13分。
央里、傳の二人は玄関で最終チェックを受けていた。

「おうちゃん!!ハンカチ、ちり紙持った!?」

「…………」

「傳君!!“アダムの唄”持ったかい?」

「…………はい」

必要以上に世話を焼く二人。

何かしてないと落ち着かない、そういったかんじだ。

⏰:08/08/26 23:50 📱:F905i 🆔:wRVlfP.Q


#144 [紫陽花]
白のTシャツにジーパンの央里の手荷物は、今はいているジーパンの中の携帯と財布のみ。


ボタンをあけた紺に白の細いボーダー柄のシャツを着た傳も同じ様に、スーツケースのような大きな荷物は持っていない。

かわりに小さな白地に緑のロゴの入ったエナメルバックを肩から下げているだけだった。

「なぁ、本当にこれだけでいいのかよ?」

⏰:08/08/26 23:52 📱:F905i 🆔:wRVlfP.Q


#145 [紫陽花]
荷物はできるだけ少ない方がいいだろうが、さすがの央里もこの少なさには焦りを隠せなかった。

「大丈夫。これ見せればみんな協力してくれる……」


傳はエナメルバックを指差す。
エナメルの中身は間違いなく“アダムの唄”。

「……はぁ?」

央里ひ信じられないとでも言うように首を傾げた。

⏰:08/08/28 23:28 📱:F905i 🆔:kt91UOxg


#146 [紫陽花]
「さぁさぁ、二人とも時間だ」
だが、そのことにそれ以上ふれることなく、衛が出発を促した。

「じゃあ、さくさくっとイヴ見つけて帰ってくるから」

央里は衛、榎久を見た後真紀をゆっくりと見てからピースサインを向ける。

真紀の瞳には今にもあふれ出しそうなほどの涙が。

⏰:08/08/28 23:29 📱:F905i 🆔:kt91UOxg


#147 [紫陽花]
だが、その滴で自分の頬を濡らさぬよう精一杯の笑顔を作り

「いってらっしゃい」

とだけ言った。


「傳兄ちゃんも気をつけてね!!」

両手でガッツポーズを作り榎久はエールを傳に送る。

「ありがと……」

照れくさそうに左手で鼻を擦りながら傳も笑顔で答えた。

⏰:08/08/28 23:30 📱:F905i 🆔:kt91UOxg


#148 [紫陽花]
「疲れたらすぐに帰っておいで。おまえたちの家は此処なんだから」

「おう!!じゃあ、いってきまーす!!!」

元気よく玄関の扉を開けると、澄み切った青空が広がっている。

空も央里たちを応援するかのように眩しく煌めく。

こうして運命を背負った二人は“イヴ”を探すという運命の歯車を回し始めた。

⏰:08/08/28 23:32 📱:F905i 🆔:kt91UOxg


#149 [紫陽花]
――――――…………

―――――……

「衛さん。親が待ってるだけなんて寂しいわね……」

「なぁに、あいつ等は運命を変えて、すぐに帰ってくるさ!!」

二人は央里たちの出て行った玄関を見つめながら、そっと寄り添った。



「ねぇ父ちゃん……」

「ん?何だ榎久?」

⏰:08/08/28 23:33 📱:F905i 🆔:kt91UOxg


#150 [紫陽花]
「兄ちゃんに“宇峰”の姓のこと話してないよ。
“14番目”のことも“ネイク”のことだって話してないけど、よかったの?」

「……あ゙あ゙ぁぁぁぁ!!言うの忘れてた!!」

衝撃を受けている衛をよそに、真紀と榎久は呆れたようにため息を吐き、冷たい視線を送った。

⏰:08/08/28 23:35 📱:F905i 🆔:kt91UOxg


#151 [紫陽花]
「だ、大丈夫!!
央里たちが向かった場所で誰かが話してくれるよ!!!!」

目を泳がせながら、衛は逃げるように一歩また一歩と後退りする。

「こんな親父で、可哀想な兄ちゃん……」






………央里と傳の前途多難な旅は、始まったばかりである。

⏰:08/08/28 23:36 📱:F905i 🆔:kt91UOxg


#152 [紫陽花]
プロローグ
>>2-3

・1頁
《始まりの時》
>>4-33

・2頁
《必然の出会い、そして……》
>>35-67

・3頁
《真実という現実》
>>68-108

・4頁
《そして旅立ち》
>>109-151

《感想板》
bbs1.ryne.jp/r.php/novel/3531/

⏰:08/08/28 23:41 📱:F905i 🆔:kt91UOxg


#153 [紫陽花]


5頁
《單柵村・瞬光村》


⏰:08/09/01 00:52 📱:F905i 🆔:dc1.LTJE


#154 [紫陽花]
「勢いよく家を飛び出したものの……俺らどこ行くの?」

宇峰家を出発してから央里と傳はただひたすら見慣れた大通りを歩いていた。

「もうちょっと付いてきて……」

八月と言ってもまだ夏。

数分間歩けば央里の首筋には、しっかりと汗が滲んでいた。

⏰:08/09/01 00:53 📱:F905i 🆔:dc1.LTJE


#155 [紫陽花]
「せめて目的地ぐらい教えろよー!!」

まるで赤ちゃんがだだをこねるように央里は教えろとせがむ。

「分かったから……」

僕たちが今から向かうのは『探す才』を持った人たちが自治する村、つまり單柵村(タンサクムラ)だよ。

そこで、イヴの現在地を調べてもらう。闇雲に探してたら何十年とかかるからね。

⏰:08/09/01 00:54 📱:F905i 🆔:dc1.LTJE


#156 [紫陽花]
「なるほど!!で、どうやってその村に行くんだ?」

額から流れる汗を真紀に無理矢理渡されたタオルで拭う。

もうジリジリと焦げ付くような太陽ではないが、行き交う人々も日傘をもち、サングラスをかけている人までもいる。

「移動手段はこれしかないでしょ……」

ニヤっと笑ってエナメルバックから“アダムの唄”を取り出す。

⏰:08/09/01 00:55 📱:F905i 🆔:dc1.LTJE


#157 [紫陽花]
「お前!!それ使ったら、また倒れるだろーが!!」

驚きと怒りを露わにして央里は怒鳴る。

まだ人通りの多い道だった為、多くの人が振り返って央里を見たが、気にもとめず央里は傳を睨む。

「大丈夫。あの時はちょっと使いすぎただけだから……」

⏰:08/09/03 23:49 📱:F905i 🆔:Oww9YNww


#158 [紫陽花]
何事もなかったかのようにサラリと言いのけた傳を央里は今度は歯を食いしばりながら睨む。

“あんなに青い顔してたのはどこのどいつだよ!!”

文句は次から次へと頭の中を巡るがうまく言葉にできない。
どんな風に言ったら傳を説得できるか分からない。

いろいろ考えてはみたものの巧く傳を言い負かす言葉が出てこなかった央里は、食いしばっていた唇を緩め一言だけ

「馬鹿やろう!!!!!!」

と言い放った。

⏰:08/09/03 23:50 📱:F905i 🆔:Oww9YNww


#159 [紫陽花]
―――――――…………

―――――………

どれほど歩き続けたのだろうか。

見回す限り木、木、木。

ついさっきまで舗装された平たい道を歩いていたのに、今では凸凹のある土が剥き出しになった道を歩いていた。

木々から時折差し込む弱々しい光が、この森の深さを表している。

⏰:08/09/03 23:50 📱:F905i 🆔:Oww9YNww


#160 [紫陽花]
そんな暗く影ばかりの樹海に央里たちは入り込んでいた。

「さむ……こんな所に單柵村があんのかよ」

先ほどまで背中を濡らしていた汗は冷え、冷たい滴となって体を冷やす。

肉体的に感じる寒さだけでなく、この森の暗闇がさらに央里に寒を与える。

「アダムの唄で行けば、すぐに着いたのに……」

⏰:08/09/03 23:51 📱:F905i 🆔:Oww9YNww


#161 [紫陽花]
「うるさい!!倒れられたら俺が困るんだよ!!!!」

威勢良く強がってみたものの、寒くて寒くて仕方がない。

「單柵村はまだかよ?」

「もう少しのはず……あれ?あれは……」

傳がある一点を見つめる。

「ん?」

⏰:08/09/03 23:53 📱:F905i 🆔:Oww9YNww


#162 [紫陽花]
この暗く深い森の中で、唯一そこだけライトが当たっているかのようにポツンと目に留まる赤い場所を傳は示していた。

赤と言っても少し深みのある、ワインレッドのような色。

赤という明るい色であっても、この森の中に不自然無く上手く溶け込んでいる。

「なんだあれ?」

欲目を凝らしてみると、赤いスーツを着た、腰のあたりまである黒い長髪を一つに纏めた男がこちらを睨んでいる。

⏰:08/09/05 22:35 📱:F905i 🆔:uLrgapLA


#163 [紫陽花]
「おい傳。あいの長髪こっ「央里!!逃げるぞ!!!!!」

言い終わらない内に傳は走り出していた。

「はぁ!?ちょ、まてよ!!」

訳も分からず央里も走り出したが、赤スーツの男の前では全てが遅すぎた。


50メートルほど離れた場所から赤スーツの男は、胸ポケットからパチンコ玉ぐらいの小さな礫(ツブテ)を取り出し、親指で弾き飛ばす。

⏰:08/09/05 22:36 📱:F905i 🆔:uLrgapLA


#164 [紫陽花]
その礫は前を走っていた傳のを追い越し、高くそびえ立っていた樹に命中した。

それを見て傳は叫ぶ。

「央里、絶対にこの礫に当たんなよ!!毒が塗ってあるからな!!」

そして同時に傳の表情が一層厳しいものになった。

それでも、アダムの唄を使わず走っているということは、赤いスーツの男に裏技は通用しないと知っているのだろう。

⏰:08/09/05 22:37 📱:F905i 🆔:uLrgapLA


#165 [紫陽花]
「つ…たえ!!お前、し、知り合いなのか?」

息が切れて上手くしゃべれない。

だけど、あの男と傳の関係は聞かなければならない。

二人に何があったかは知らないが、央里が命の危機に晒される理由などないのだから。

⏰:08/09/05 22:38 📱:F905i 🆔:uLrgapLA


#166 [紫陽花]
「あ、いつは……ネイクの“三鬼心”の内の一人……」

「さん、き、しん?」

前を見て走っていた傳が一瞬だけ後方にいる央里を見た。

「あと…で話す…から、とりあえず…今は、逃げろ!!アイツはヤバいんだ!!!!!」

そう言って視線を前に戻した傳は、急に目の前に現れた赤いものに驚き足を止めてしまった。

⏰:08/09/05 22:39 📱:F905i 🆔:uLrgapLA


#167 [紫陽花]
「やぁ、野胡瀬 傳君。久しぶりだね」

いつの間にか赤スーツの男は央里と傳の前方に回り込んでいた。

180はゆうに越えているであろう長身と、その身長の真ん中まである長髪。

一見、赤いスーツに身を包んだ長髪の男はホストのようにも見える。

だが、ホストのような闇のオーラではなく、この男はどこか落ち着きのある穏やかなオーラを持っていた。

⏰:08/09/05 22:41 📱:F905i 🆔:uLrgapLA


#168 [紫陽花]
「紅(クレナイ)……」

「僕の名前を覚えていてくれたんですね。光栄です」

紅と呼ばれた赤スーツの男は軽く会釈をして微笑む。

けれど、目が笑っていない。

「傳の隣にいるのが央里君でしょうか?初めまして紅といいます。あなたを殺すために参上いたしました」

一瞬耳を疑いたくなるような言葉をサラリと言ってのけた。

⏰:08/09/05 22:43 📱:F905i 🆔:uLrgapLA


#169 [紫陽花]
「……はぁ?」

この男は物腰の柔らかそうな口調で自分を殺すという。

傳はネイクの使者だと言っていたが、今までの黒スーツの奴とは明らかにオーラが違う。

黒の奴らは感情をむき出しにして真っ直ぐに央里をねらった。

だが、この男はすぐに殺そうとはせず、むしろ余裕をもって央里に接近してくる。

⏰:08/09/06 23:15 📱:F905i 🆔:gpGf0D62


#170 [紫陽花]
“お前ごとき、すぐに殺せる”
とでも言っているように。


紅が央里とにらみ合っている間、傳はどうやってこの状況を回避するかを考えていた。

ちらりと央里を見てみても、自分を殺しに来たと言われたのにも関わらず、それほど焦ってはいないようだ。

⏰:08/09/06 23:16 📱:F905i 🆔:gpGf0D62


#171 [紫陽花]
半年ほど前の、まだ肌寒さの残る春のはじまりに傳は紅と一戦交えたことがあった。

その時は真っ正面から戦いを挑んだのだが、アダムの唄を使って逃げる暇もなく何発も礫を体にくらい、傳は紅にかすり傷一つ負わすことが出来なかった。

痛みと殺されるという恐怖で傳の意識が朦朧とする中、紅はある提案を傳に持ちかけた。

⏰:08/09/06 23:17 📱:F905i 🆔:gpGf0D62


#172 [紫陽花]
「これからお前が探しに行く『宇峰 央里』と接触するな。そうすればお前は殺さない」

「…………」

無言のまま紅を睨む。
その行為は紅の提案を拒絶するということでもある。

「なるほど……。でもまぁ今回は貴方のその強気な態度に免じて見逃しましょう。けれど、次あったときは……」

そう言い残して紅はゆっくりと傳に背を向け立ち去った。

⏰:08/09/06 23:19 📱:F905i 🆔:gpGf0D62


#173 [紫陽花]
今思い出してもあの時の恐怖感が体を駆けめぐる。

傳は一種のトラウマのようなものを紅に感じていた。

「傳君。あのときの約束、覚えてますよね?今ならまだ許します。央里君を置いてここから去りなさい。忠告はここまでです」

紅は腕を組み《最後》の忠告をした。

⏰:08/09/09 00:04 📱:F905i 🆔:j46ZM4TM


#174 [紫陽花]
「……………」

だが傳は前と同じで、拒絶を表すように紅を睨むだけ。

しばらく沈黙が続いた。

「またも私は傳君からのよい返事を聞けないのですね。残念です……」

諦めたように組んでいた腕をほどき、そのまま右手を胸ポケットに滑らす。

ポケットから取り出したのは小さな10センチほどのナイフ。

⏰:08/09/09 00:05 📱:F905i 🆔:j46ZM4TM


#175 [紫陽花]
そのナイフは、この森の中のわずかな日の光を自らに集め、ギラギラと鈍い光を放つ。

そして紅はその刀身を傳の首筋にピタリと当てた。

このまま一気にナイフをスライドさせれば、傳の首は痛いだけではすまされない事態に陥るだろう。

傳の瞳が恐怖にゆがむ。

⏰:08/09/09 00:07 📱:F905i 🆔:j46ZM4TM


#176 [紫陽花]
「おっと、央里君も死にたくなかったら動かないで下さいよ」

紅は、必ずこの場から傳を助け出そうとするであろう央里も“殺す”という脅しをかけて動けないようにする。

「さようなら、傳君……」

手に持ったナイフを手前にスライドする……
と、その瞬間、急に投げ込まれた何かが紅のこめかみに命中した。

「なっ……石!?」

⏰:08/09/09 00:08 📱:F905i 🆔:j46ZM4TM


#177 [紫陽花]
瞬時に紅は央里を見る。

だが、央里は一歩も動いていないし、むしろ突然視界に入ってきた石に驚いていた。

「傳君……。仲間がもう一人居たんですね。それは予想してませんでしたよ」

眉をつり上げ、悔しそうに言い放つその言葉に、今度は傳が疑問の表情を作る。

「傳君の仲間でもないんですか……?」

そう言った直後、今度は紅の顔が怒りに変わっていく。

⏰:08/09/09 00:10 📱:F905i 🆔:j46ZM4TM


#178 [紫陽花]
「隠れてないで出てこい!!」

紅の声は光と闇の交差する森に何度となく、こだました。

「うっさいわね!!叫ばなくても聞こえてますから!!」

急に傳の右側から声がした。
あまりにも突然すぎて傳もビクッと驚いたように肩を揺らす。

「君は……?」

⏰:08/09/11 19:58 📱:F905i 🆔:DkKI2DMA


#179 [紫陽花]
傳が不思議そうに右側を見ると、そこには黒いスカートに白のポロシャツを着た女の子がたっていた。

この森の暗闇のせいで他のところはよく見えない。

「話は後!!援護するからアダムの唄を使ってあそこで突っ立ってる奴と單柵村に入りなさい!!」

そして言い終わらない内にスカートのポケットから丸いピンポン球のような何かを取り出し、地面に叩きつけた。

⏰:08/09/11 19:59 📱:F905i 🆔:DkKI2DMA


#180 [紫陽花]
次の瞬間、あたりに灰色の煙が広がる。

「なっ!!煙幕か!!!!」


紅が叫んだところで灰色の煙は濃くなっていくばかり。

おさまる気配などまったくない。

灰色の煙が薄くなってきた頃には、紅の視野からは央里と傳そして謎の女の影も形も消えてなくなっていた。

⏰:08/09/11 20:01 📱:F905i 🆔:DkKI2DMA


#181 [紫陽花]
――――――――…………

――――――………

「もう!!だから制服のままあの森に入るの嫌だったのよ!!制服がドロドロだわ……」

央里、傳を助けた女は單柵村に着くなりキーキーと、かなりき声をあげ文句をこぼした。

移動で生じたアダムの唄の泡を払いながら、央里と傳はまじまじと女を観察していた。

⏰:08/09/13 18:11 📱:F905i 🆔:1P.Qublk


#182 [紫陽花]
女の格好は高校生らしい黒のスカートに白のポロシャツ、紺のハイソックス姿。

短いスカートから伸びる足は太くなく細すぎでもなく、少女のあまり高くない身長を支えている。

そして一際目立つ灰色の長い髪を高い位置で一つに結わえていた。

⏰:08/09/13 18:12 📱:F905i 🆔:1P.Qublk


#183 [紫陽花]
「あの、助けてくれてありがとう……」

傳がお礼を言う。
央里もそれを見て感謝を言葉にした。

「まぁ、困ったときはお互い様で!!」

スカートのほこりを払う手を止め、まん丸の瞳をパチパチさせながら彼女は笑う。

⏰:08/09/13 18:13 📱:F905i 🆔:1P.Qublk


#184 [紫陽花]
「そう言えば自己紹介してなかったわね」

思い出したように言った少女は真っ直ぐに、央里、傳の前に立ち薄い唇を開いた。

「私の名前は羽梶 ハルキ(ウカジ ハルキ)。チャームポイントはこの灰色の髪。あんた達のことは衛さんからの手紙で知ってる。宇峰 央里君と野胡瀬 傳君でしょ?」

⏰:08/09/13 18:14 📱:F905i 🆔:1P.Qublk


#185 [紫陽花]
央里たちは面食らったようにうなずくしか出来なかった。

衛の手紙のおかげで、本来自己紹介すべき央里たちは何も言う必要はなかったのだ。

「付いて来て。單柵村を案内するから」

そう言ってハルキは央里達に手招きをする。


これが灰色の髪を持つ少女、ハルキと出会った瞬間だった。

⏰:08/09/13 18:16 📱:F905i 🆔:1P.Qublk


#186 [紫陽花]
―――――――…………

―――――………

「でか……」

央里は言葉を失った。

ハルキに言われるまま付いて行き、木でできた“單柵村”と書かれた看板をくぐり抜けると、大きくどっしりとした樹が村の真ん中にそびえ立っていた。

⏰:08/09/15 15:19 📱:F905i 🆔:Yui8CdQQ


#187 [紫陽花]
「この木は何百年もここを守っているの」

段々と近づけば、その木の無茶苦茶なデカさが際立っていく。

「ふぁ〜。なんてデカさだ……」

その木の根元まで来たときに傳も感嘆の声を漏らした。

幹の直径が20メートルほどありそうな巨大な木に、驚くのも無理はない。

⏰:08/09/15 15:21 📱:F905i 🆔:Yui8CdQQ


#188 [紫陽花]
ハルキの説明では、この木が單柵村の中心部にあたり、その周りを円を描くように家や学校、役場などが建っているらしい。

「この木を中心に見て、北に役場。西に学校。南に図書館。東に村への入り口があるのよ。
そして、私が案内できるのはここまで」

「なんで?」

途中までハルキの話に相づちを打っていた央里は、キョトンとした顔で聞いた。

⏰:08/09/15 15:22 📱:F905i 🆔:Yui8CdQQ


#189 [紫陽花]
央里は、これからどうしたらいいのかハルキが知っていると思っていたので、ここで別れるなんて考えてもいなかったのだ。

「一旦、荷物を置きに家に帰るだけよ。まぁ話が聞きたいなら役場かどっかに村長がいるから探してみれば」

初対面だというのにサバサバとした口調で話すハルキは、どこか頼れるリーダーのような男らしい雰囲気を持っている。

少なくとも央里はそう感じるのだった。

⏰:08/09/15 15:23 📱:F905i 🆔:Yui8CdQQ


#190 [紫陽花]
それに、ここまで案内してもらっただけでも感謝しなければならない。

これ以上ハルキに迷惑をかけてはいけないと、央里は納得するしかなかった。

「じゃね」

そう言ったハルキは央里たちに背を向け、右手をヒラヒラと振りながら軽快な足取りで走り去っていった。

⏰:08/09/15 15:25 📱:F905i 🆔:Yui8CdQQ


#191 [紫陽花]
二人の目の前にそびえ立つ巨大な樹木。

さらにこの村はこの木を中心に構成されているとハルキは言っていた。

「とりあえず、あのハルキって子が言ったように村長さんを捜そうぜ。常識的に考えたら、挨拶もしなきゃだろ?」

体の前で手を組み、そのままゆっくりと腕を上げ、おもいっきり伸びをしながら央里が言った。

⏰:08/09/16 19:43 📱:F905i 🆔:eD2ujIn2


#192 [紫陽花]
「そうだね。じゃあ、北へレッツゴー……」

無理矢理テンションをあげたようなやる気のない返事をしながらも、いつもどうりの口調で傳は賛成する。

そして二人はあの大きな木に背を向けて北へと一歩踏み出した。

⏰:08/09/16 19:44 📱:F905i 🆔:eD2ujIn2


#193 [紫陽花]
―――――――…………

―――――…………

光のない、暗闇の支配するあの森とはうって変わって、單柵村の上空は雲一つない空の中にぽつんと浮かぶ太陽によって燦々と輝いていた。

コンクリートで舗装されていない道。

木造の家。

柔らかな風に揺れるピンクの花。

⏰:08/09/16 19:45 📱:F905i 🆔:eD2ujIn2


#194 [紫陽花]
「こんな綺麗な場所があるなんて知らなかった」

人によって踏みならされた、少し広い道を歩きながら央里は感嘆の声を漏らす。


自分たちの住んでいた町とそんなに遠くないこの場所に、こんな村があったなんて央里は知らなかったのだ。

⏰:08/09/16 19:46 📱:F905i 🆔:eD2ujIn2


#195 [紫陽花]
「そりゃそうだよ。
特にこの單柵村の人々は表の世界から隠れるように生活しているからね……」

風になびく前髪を人差し指で整えながら傳が話す。

「なんで?」

⏰:08/09/16 19:47 📱:F905i 🆔:eD2ujIn2


#196 [紫陽花]
「單柵村のほとんどの人は“探す才”をもってる……」

その才を発揮できる役職といったらスパイとか探偵とか、いわゆる、影の中での情報がパートナーの仕事が向いてるわけ。

常に情報を味方としてるから、世界の裏事情をよく知っいるのも当然。

それ故に、命を狙われるし、才を悪用しようと企む者から拉致される可能性だってある。

⏰:08/09/19 23:48 📱:F905i 🆔:W2ZbM5co


#197 [紫陽花]
まぁ、それほど確実に依頼したことを探してくれるってことなんだけどね。

「なるほど……」

央里はウンウンと首を縦に振り、傳の丁寧な説明に相槌をうった。

「じゃあさ、もう一つ質問!!」

先ほどまで相槌をうっていた央里がいきなり空に向かって手を挙げ、まるで生徒が先生に質問するときのような格好をとる。

⏰:08/09/19 23:50 📱:F905i 🆔:W2ZbM5co


#198 [紫陽花]
「はい。宇峰君」

そんな央里のふざけたジョークに、生徒を指名する先生の真似をして合わせる傳。

「“ネイク”ってなんなんですかー?」

“ネイク”
それは何度となく央里、傳の両者を狙った謎の組織の名前。

だが、央里にその組織についての知識は全くと言っていいほどなかったのだ。

⏰:08/09/19 23:51 📱:F905i 🆔:W2ZbM5co


#199 [紫陽花]
「役場までまだ時間がかかるみたいだし、説明しとこうか……。ちょっと長くなるけど……」

手っ取り早く話すと“ネイク”は敵。
理由は僕達の最終目的である「地球滅亡回避」を邪魔しようとするから。

あちらさんは“運命を変える才”を持っている人物を消せば、「地球滅亡」を回避できなくなると考えたわけ。

だから僕、とゆーか央里は何度も殺されそうになったんだけど……。

⏰:08/09/19 23:53 📱:F905i 🆔:W2ZbM5co


#200 [紫陽花]
「ここまで大丈夫……?」

央里はゆっくりと縦に頭を動かす。
いつもの無口な傳の、饒舌な説明に、ただただ耳を傾けるしか出来なかった。

「じゃあ、話を続けるよ……」

ネイクは“三鬼心”と呼ばれるトップ三人と、下っ端の人間で構成されてる。
あっ、下っ端っていうのは最初に央里を狙った黒スーツの男のこと。

アイツら、黒スーツの男らは数え切れないほど存在する。
そしてトップとは今日出会った紅を含めて三人いるんだ。

⏰:08/09/19 23:56 📱:F905i 🆔:W2ZbM5co


#201 [紫陽花]
三鬼心のメンバーは『紅』とまだほかに『浅葱』、そしてネイクを設立させたと言われる『朽葉』と言う人物がいる。

僕はまだ紅にしか会ったことがないんだけど、あとの二人もそーとーな切れ者らしい……。


それはもう、目的達成のためならどんな犠牲も払わない鬼のような連中だと聞いてる。

⏰:08/09/20 23:47 📱:F905i 🆔:q0JD9SlA


#202 [紫陽花]
もちろん殺人だって数え切れないほどしてるだろーね。

だから『三』人の『鬼』のような『心』を持つ集団、イコール『三鬼心』と呼ばれてるんだ。

「これが、僕の知ってるネイクの全てだよ……」

長いことしゃべっていた傳はフゥとため息を付き、乾ききった唇を潤すかのように舌を唇に這わす。

⏰:08/09/20 23:48 📱:F905i 🆔:q0JD9SlA


#203 [紫陽花]
その様子を見ながら、央里はゴクリと生唾を飲み込んだ。

“なんて連中と関わっちまったんだ……”

柔らかに流れる風とは反対に央里の心の中には黒くドロドロとした、不安という名の闇がとぐろを巻いていた。

肌をなぞるふんわりとした風さえも、いつの間にか表れていた鳥肌を逆なでするだけ。

“なんで俺、こんなことしてんだろ……”

周りの暖かい景色に背くように、央里の心は不安と恐怖で満たされていった。

⏰:08/09/20 23:49 📱:F905i 🆔:q0JD9SlA


#204 [紫陽花]
――――………

――………

「くそっ!!私としたことがあの二人を逃すなんて……」

小さく舌打ちをして、紅は吐き捨てるようにため息を漏らす。

まだ紅は央里たちと出会った森に足を止めていた。

⏰:08/09/20 23:50 📱:F905i 🆔:q0JD9SlA


#205 [紫陽花]
ネイクの三鬼心として、こうもあっさりと灰色の髪の少女によって目的が阻まれたことは、紅にとってかなり屈辱的だった。

それはもう、一歩も足が動かないほどに。

「なんだ〜。紅、あの二人に逃げられちゃったの?」

不意に周りに生い茂る木の上からケタケタという笑い声とともに、少年のようなまだ若い声が聞こえた。

⏰:08/09/20 23:52 📱:F905i 🆔:q0JD9SlA


#206 [紫陽花]
「浅葱君……。いつからいたんですか?」

顎を少しあげると、しっかりとした太い枝に腰を下ろし、怪しげな笑みをこぼす少年が視界に入る。

「さっき来たとこ。そんなに悔しがってる紅なんて久しぶりに見た」

そう言いながら、浅葱と呼ばれた少年は決して低くはない枝から地面へスルリと着地する。

その軽い身のこなしはまるでリスのよう。

⏰:08/09/20 23:53 📱:F905i 🆔:q0JD9SlA


#207 [紫陽花]
浅葱は紅が赤いスーツを着ているように、彼自身も淡い水色のスーツを身に纏っていた。

少し長い襟足と前髪をヒラヒラとなびかせながら、着地の際にスーツに付いたほこりを払う。

「で、あなたは何しに来たんですか?」

憂鬱そうに前髪をかきあげて浅葱を見る紅の瞳は、全くと言っていいほど笑っていなかった。

⏰:08/09/23 17:13 📱:F905i 🆔:8TL/RHe6


#208 [紫陽花]
「あ、そうそう。
朽葉サマから伝言だよ!!俺様がわざわざ伝えに来てやったんだから心して聞くよーに」

紅の苛立ちも知らずに、胸を張って自分の頑張りを主張する浅葱に紅はため息を一つこぼす。

「だーかーら、その内容は何なんですか!?」

⏰:08/09/23 17:15 📱:F905i 🆔:8TL/RHe6


#209 [紫陽花]
「『仕事が沢山残ってます。早く帰ってきなさい』だってー。朽葉サマ怒ってたよー」

「……怒ってましたか。浅葱君、私の代わりに朽葉様の機嫌とってきてくださいよ……」

「は!?なんで俺が!!めんどくさすぎ……」

がっくりと肩を落とす紅を横目に、浅葱はまるで揚羽蝶のようにヒラヒラと態度を変え、先程までの無邪気な表情からツンとした表情になる。

⏰:08/09/23 17:17 📱:F905i 🆔:8TL/RHe6


#210 [紫陽花]
「じゃあ、私の代わりに央里君達を始末してきてくださいよ……」

「それもやだ。めんどくさいもーん」

「……あ゙ー!!分かりました。帰ればいいんでしょ!?帰れば!!!」

紅は意地悪そうに微笑む浅葱を睨みながら、半ばヤケクソになって叫んだ。

⏰:08/09/25 19:32 📱:F905i 🆔:K8hH923.


#211 [紫陽花]
「そうそう。そうやって素直になれば良かったんだよ。じゃあ、こいつで道を繋ぐからちょっと待ってて」


そう言って浅葱は内側の胸ポケットから白いチョークのようなものを取り出した。

そして、周りにある木々の中で一番大きい幹にそのチョークで、ガリガリと音を立てながら大きな円を描いていく。

⏰:08/09/25 19:34 📱:F905i 🆔:K8hH923.


#212 [紫陽花]
「浅葱君のそれは便利ですよね。どこにでも行けるんですから」

うらやましそうに紅は浅葱の手に握られているチョークを凝視した。

「そうでもないよ。
確かにこの“神の足跡”を使えばどこへでも移動できるけど、神力使うから疲れるんだよねー」

「傳君の“アダムの唄”と同じ能力ってことですか……」

⏰:08/09/25 19:35 📱:F905i 🆔:K8hH923.


#213 [紫陽花]
神力、それは以前まで神様のみが使える不思議な力だったが、
ここ最近では“アダムの唄”を筆頭に神力をもつ不思議な道具が数多く発見されていた。

「まぁね。紅は知らないかもしれないけど神力使うのってなかなか疲れるんだよ!!」

「そりゃ、神様の力ですから」

「傳って奴もかなり無理して使ってると思うよーっと、できた!!」

⏰:08/09/25 19:36 📱:F905i 🆔:K8hH923.


#214 [紫陽花]
パンパンと手を叩いて、手に付いたチョークの白い粉を払う。

先程まで円の輪郭だけ描かれていたものが、今では紅の身長よりも大きく、中心部まで全て白く塗りつぶされた円が出来上がっていた。

「よし。帰りますか!!」

浅葱は円の中心部に手を添えると、次の瞬間、その手はゆっくりと幹の中に吸い込まれていく。

⏰:08/09/25 19:37 📱:F905i 🆔:K8hH923.


#215 [紫陽花]
「紅ー!!早くしないと道閉じちゃう!!」

木の幹から顔だけひょっこりと出し、浅葱は叫ぶ。

「はいはい、じゃあ失礼します」

そして紅も浅葱の作った不思議な空間に身を沈めたのだった。

⏰:08/09/25 19:38 📱:F905i 🆔:K8hH923.


#216 [紫陽花]
――――――…………

――――………

「これが、役場?」

紅たちが朽葉の命令通りネイク本部へ帰宅している間に、央里たちは單柵村の役場にたどり着いていた。

「役場だね……」

二人の目の前には弥生時代に出てきそうな、木と藁でできた建物がどっしりと構えていた。

⏰:08/09/28 17:39 📱:F905i 🆔:VnJKaQbo


#217 [紫陽花]
しかし、いくらどっしりとしていても建物の大きさは普通の一軒家程度。
周りに立ち並ぶ住居となんら変わりない。

違うものといえば、住居に比べ建物が大きいことと、入り口の前に【單柵村 役場】と書かれた標識が立っているだけ。

「じゃあ、入ろうぜ」

そう言って央里は戸に手をかけた。ガラガラと音をたて、役場の戸を右方向にスライドする。

⏰:08/09/28 17:41 📱:F905i 🆔:VnJKaQbo


#218 [紫陽花]
「こんにちはーって、あれ?」

入ってすぐ、央里は違和感を覚えた。

戸を潜り抜けると目の前には、いくつもの鉄でできた机が立ち並び、クリーム色の壁には高級そうな絵画が飾られ、至る所に観葉植物たちが育てられている。

まるで、どこかの高級ホテルのロビーのよう。

……だが、ここには普通、あるべき“モノ”がなかった。

⏰:08/10/01 17:56 📱:F905i 🆔:V1UNLGhA


#219 [紫陽花]
この部屋に漂う違和感はそのせいだろう。

央里が感じた違和感とは……

「人がいない?」

外見からは想像できないほど綺麗に整えられた役場内部には、誰一人として“働く人”の姿が見られなかった。

いくら小さな村とは言え、村の中心である役場に人がいないなんて不自然きわまりない。

⏰:08/10/01 17:57 📱:F905i 🆔:V1UNLGhA


#220 [紫陽花]
「傳、どーゆう事だよ!?」

空っぽの部屋に驚きを隠せず、央里は左後ろに立っている傳を振り返り、声を荒げる。

「僕に八つ当たりされても困るよ……」

傳も不思議そうに眉をひそめ、一歩、また一歩、役場の中へ入っていく。

「だけど、こんな「二人とも何してんの?」

不意に、傳のさらに後ろから声が飛び出した。

⏰:08/10/01 18:02 📱:F905i 🆔:V1UNLGhA


#221 [紫陽花]
突然の声に二人は一瞬驚きに肩を震わせた。

だがそこに立っていたのは、

「羽梶 ハルキ……さん?」

思ってもみない登場に二人は目を丸める。

ハルキの家がどこにあるのかは知らないが、30分ほど前に彼女は央里たちに背を向けて走り去った。

ならば家は南の方角にあると考えていいだろう。

⏰:08/10/03 19:15 📱:F905i 🆔:efzwfXwo


#222 [紫陽花]
南にある家に荷物を置き、反対側である北の役場に着くのが央里たちとほぼ同時というのは、いくら何でも早すぎる。

ハルキの呼吸は落ち着いたもので、走ってきたわけではなさそうだ。

「もう一回聞くけど、アンタ達何してんの?」

開け放たれた戸に寄りかかるような体勢をとりながら央里達を見るハルキの瞳には、少しだけ苛立ちの色が現れていた。

心なしか、風になびく灰色の髪でさえ刺々しく見える。

⏰:08/10/03 19:17 📱:F905i 🆔:efzwfXwo


#223 [紫陽花]
「いや、だから、君に言われたように役場に来たんだけど……」

「アンタ達……。どう見たって、ここに人がいないでしょ!?だったら他の階を探すとか、人を探すとか、なんか色々できるでしょ!!黙って見てれば……応用力のない人間ね!!!!」

ハルキの苛立ちの原因は、部屋の中に呆然として立ち尽くしている央里たちにあったらしい。

「あんたらそれでも運命を変える救世主なわけ!?ったく苛々する!!!!!」

⏰:08/10/03 19:18 📱:F905i 🆔:efzwfXwo


#224 [紫陽花]
少し口を開け、唖然とする央里たちを差し置いてハルキの口は次々と毒を吐く。

「本当にあんたちに運命なんて変えられんのかしらね!?」

それも“馬鹿”“阿呆”などの直球的なものではなく、嘲るような皮肉のこもった毒。

そしてその毒の言葉は確実に央里の痛いところをついていた。

⏰:08/10/03 19:20 📱:F905i 🆔:efzwfXwo


#225 [紫陽花]
だが、いくら女だからといって初対面に近い人物からこんなにも皮肉を言われる筋合いは、ない。

央里の苛立ちも限界に近づいていた。

「こっちだって黙って聞いてれば、おま「ハルキ、そこら辺でやめときなさい」

央里が反撃しようと口を開いた瞬間、背後からしゃがれた低い声が飛び出した。

⏰:08/10/03 19:21 📱:F905i 🆔:efzwfXwo


#226 [紫陽花]
その声は張りつめていた刺々しい空気を一瞬にして、そして、たった一言で雪解けの春のようにふんわりと和ませる。

「ったく、儂の孫はとんだ暴れ馬だな……」

それと同時に、また違う声も聞こえた。

しかし今度の声はしゃがれたものではなく、芯のあるしっかりとした張りのある声。

⏰:08/10/05 17:52 📱:F905i 🆔:OpvDvjGI


#227 [紫陽花]
「じいちゃんに、しげ爺……」

さっきまで罵倒の言葉を吐いていたハルキも驚きの表情を浮かべる。

央里と傳はハルキが落ち着いたのを確認してからゆっくりと振り返った。

背後からの声に殺気や悪意は、ない。

数は少ないが、何度も修羅場をくぐり抜けてきた二人の耳がそう伝えていた。

⏰:08/10/05 17:53 📱:F905i 🆔:OpvDvjGI


#228 [紫陽花]
すべてを包み込むような柔らかい声に、いつの間にか二人の警戒心は解かれていた。

「央里殿に傳殿だな?先程は儂の孫が失礼した」

二人の目に飛び込んできたのは、こちらもまた二人の老人たち。

⏰:08/10/05 17:55 📱:F905i 🆔:OpvDvjGI


#229 [紫陽花]
>>228
×→二人の目に
○→振り返った二人の目に

他にも誤字脱字は沢山あると思いますが、気にせず読んでいただけると幸いです;;;

⏰:08/10/05 18:18 📱:F905i 🆔:OpvDvjGI


#230 [紫陽花]
向かって右側にたつ老人は銀縁の眼鏡を掛け、群青色の着物を着ている。

銀縁の眼鏡の奥にはハの字に曲がった、開いてるのか開いていないのか分からない目。


眼鏡の老人とは対照的に左側の老人は、がっちりとした体格に藍染の着物を着て、キツくつり上がった目をしている。

⏰:08/10/07 00:54 📱:F905i 🆔:/hfRFL0M


#231 [紫陽花]
そして、おでこから顎にかけて頬には一本傷。

その傷によって誰もが、彼が壮絶な過去を持っているのだろうと、想像せざるを得ない。

「申し遅れましたが、私の名前は重ねて守ると書いて“重守(シゲモリ)”と言います。まぁ、村のみなさんからは“しげ爺”と呼ばれていますけど」

しゃがれた声の老人が、ハの字の目をより一層細めながらにっこりと笑った。

⏰:08/10/07 00:57 📱:F905i 🆔:/hfRFL0M


#232 [紫陽花]
「儂の名前はマサムネ。そこのじゃじゃ馬の祖父になる」

今度は左側に立っていた老人が話した。

しゃべる度にピクピクと動く傷痕が少々気になるが、央里たちにはそれよりも気になることがあった。

「え、ハルキさんの祖父……?」

改めて問い直した央里を真っ正面に見ながら、マサムネは深くうなずいた。

⏰:08/10/07 00:58 📱:F905i 🆔:/hfRFL0M


#233 [紫陽花]
「しげ爺はここの村長さんだから当たり前だけど……、なんで瞬光村の村長のじいちゃんがここにいるのよ!?」

「なんだ、儂がここにいたら悪いのか?」

「……そんな風に言ってないでしょ!!そーゆー被害妄想やめてくれる?」

「すまんが、儂にはそう聞こえたもんでな」

どう見ても互いに喧嘩を売っているようにしか見えない二人に挟まれた央里と傳は、どうしようもない気まずさと居心地の悪さを感じた。

⏰:08/10/09 19:49 📱:F905i 🆔:YMmUGsCQ


#234 [紫陽花]
「ハルキ、今日は定例の会議があったのじゃ。だからマサムネさんはここに居られる。マサムネさんも落ち着いてくだされ」

火花を散らしている二人を制止するように重守が間に割ってはいる。

「とりあえず座りましょうぞ。こちらにいらしてください」

そう言って重守は、流れるように皆を奥の部屋へと促した。

⏰:08/10/09 19:50 📱:F905i 🆔:YMmUGsCQ


#235 [紫陽花]
「奥に部屋があったんだ……知らなかった」

重守に促されながら部屋の奥へいく途中、央里は独り言のようにボソリと呟いた。

「………」

そして、同時にハルキの突き刺すような視線が央里を捉える。

「だからアンタ達の考えは甘いのよ、救世主さん」

皮肉を込めて吐き捨てるように放ったその言葉は、マサムネや重守に届くことはなく央里の心だけに深く突き刺さるのだった。

⏰:08/10/09 19:51 📱:F905i 🆔:YMmUGsCQ


#236 [紫陽花]



6頁
《繋がる事実》


⏰:08/10/14 00:38 📱:F905i 🆔:lMPfPTt.


#237 [紫陽花]
――――――………

――――………

役場の奥、つまり正面からは見えない部分に配置されていた応接室に央里、傳たちは案内されていた。

応接室と言っても、真新しい畳のしかれた八畳程度の和室。

だがクリーム色の壁の向こう、つまり、障子の向こう側は全く別の雰囲気を持っていた。

⏰:08/10/14 00:39 📱:F905i 🆔:lMPfPTt.


#238 [紫陽花]
一部分だけ窪んだ壁には、水墨画の掛け軸があり、その下には生け花が置いてある。

足元からほのかに染み出した畳の匂いが、この部屋に入った瞬間に鼻孔に広がり、何とも言えない安堵感を作り出す。

そん部屋に、央里、傳、ハルキ、マサムネは一つのちゃぶ台を囲んで座っていた。

⏰:08/10/15 00:03 📱:F905i 🆔:Lp9Y1HJs


#239 [紫陽花]
安堵感のある部屋なのだが、誰一人として口を開こうともせずに重苦しい空気が辺りを包んでいた。

「さてさて、この村一番の茶葉より煎れましたお茶ですぞ」

そこへ障子を開け、人数分のお茶を持った重守が入ってきた。

そしてマサムネの隣、つまり央里の正面に当たる場所に座る。

⏰:08/10/15 00:04 📱:F905i 🆔:Lp9Y1HJs


#240 [紫陽花]
一部分だけ窪んだ壁には、水墨画の掛け軸があり、その下には生け花が置いてある。

足元からほのかに染み出した畳の匂いが、この部屋に入った瞬間に鼻孔に広がり、何とも言えない安堵感を作り出す。


そん部屋に、央里、傳、ハルキ、マサムネは一つのちゃぶ台を囲んで座っていた。

安堵感のある部屋なのだが、誰一人として口を開こうともせず、重苦しい空気が辺りを包んでいた。

⏰:08/10/19 19:33 📱:F905i 🆔:DhUAfdwQ


#241 [紫陽花]
「さてさて、この村一番の茶葉より煎れましたお茶ですぞ」

そこへ障子を開け、人数分のお茶を持った重守が入ってきた。

そしてマサムネの隣、つまり央里の正面に当たる場所に座る。

「さてさて、なにから話しましょうか?」

重守独特のハの字の目をたらして、にこりと笑う。

その姿は、苛々としたこの部屋の空気を一瞬にして浄化する不思議な笑み。

⏰:08/10/19 19:34 📱:F905i 🆔:DhUAfdwQ


#242 [紫陽花→渚坂 さいめ]
※注意

自サイトを公開し始めたので、ハンネを紫陽花から『渚坂 さいめ』へと変更します

ご了承ください

⏰:08/11/02 07:58 📱:F905i 🆔:TAVhPyyk


#243 [紫陽花→渚坂 さいめ]
「あの、ずっと気になっていたのですが『瞬光村』とは……?」

央里の隣に座っていた傳がおずおずと言葉を発した。

「以前僕がここに来たときには瞬光村なんてなかった……」

「そのことについては、村長である儂が説明しよう。良いか、重守?」

重守は一瞬の躊躇いもなく、得意の笑みをこぼし頷いた。

⏰:08/11/02 07:59 📱:F905i 🆔:TAVhPyyk


#244 [紫陽花→渚坂 さいめ]
「さて、どこから説明しようかの……」

傳殿の言う通り5年ほど前まで“瞬光村”は存在しなかった。

以前の瞬光村は村としてではなく、「ヤマト」という一つの組織として闇の世界に根を張っていたのじゃ。

⏰:08/11/02 08:00 📱:F905i 🆔:TAVhPyyk


#245 [紫陽花→渚坂 さいめ]
單柵村に“探す才”を持つものが多いように、瞬光村の人間は戦術に長けた才を持っておる。

馬術・体術・足が速い者……

それはありとあらゆる実践向けの才を持つ者が、政府の命令により戦にむけて「ヤマト」に集まった。

⏰:08/11/02 08:00 📱:F905i 🆔:TAVhPyyk


#246 [紫陽花→渚坂 さいめ]
余談じゃが、ハルキなんかは親からの遺伝による手先の器用さに加えて己の才で足も早いもんだから、今では瞬光村一番の器用者じゃ。


「ハルキが村一番……?」

央里はゴクリと唾を飲み込む。

「なによ。なんか文句でもあるの?」

眉をキッと釣り上げ、ハルキは獲物をねらう猫のように鋭く央里を睨む。

⏰:08/11/02 08:01 📱:F905i 🆔:TAVhPyyk


#247 [紫陽花→渚坂 さいめ]
「こらこらハルキ、やめんか。話を続けるぞ」

以前まで瞬光村住民のほとんどは戦という戦に駆り出され……あぁ、もちろん村となる前の「ヤマト」の時じゃぞ。

こんな言い方は気に入らんのじゃが、当時の各地で起こる戦の90%は何らかの形で「ヤマト」が介入していた。

戦いに溺れていたんじゃよ……。

毎日が地獄のようじゃった。

来る日も来る日も返り血を浴び、洗っても洗ってもこびり付いた血の臭いをとることはできなんだ……。

⏰:08/11/08 14:56 📱:F905i 🆔:ar2HhlBI


#248 [紫陽花→渚坂 さいめ]
そこまで言うとマサムネは哀しそうに俯いた。

マサムネの言葉の一つ一つが央里たちの胸に突き刺さり、きゅうっと締め付ける。

「ちょうど5年ぐらい前じゃ、『ヤマト』にとって耐え難い事件が……」

「じいちゃんごめん、私ここから先は聞きたくないの……。向こう行ってるわ」

「……あぁ」


マサムネの言葉を遮るようにハルキはこの場から出て行った。

⏰:08/11/08 14:57 📱:F905i 🆔:ar2HhlBI


#249 [紫陽花→渚坂 さいめ]
マサムネもその行為を止めようとはせず、いたたまれないといった様子でハルキを見送った。

「あの、どうかしたんですか?」

ハルキの出て行った障子とマサムネを交互に見ながら、央里は声を潜める。

⏰:08/11/08 14:58 📱:F905i 🆔:ar2HhlBI


#250 [紫陽花→渚坂 さいめ]
「これから話すことは未だにハルキのトラウマなんじゃよ。
先程、耐え難い事件があったと言ったじゃろ?その事件でハルキはハルキの弟を死に追いやってしまったんじゃ……」

こうも毎日戦に加われば、「ヤマト」に対して怨みを抱く者もでてくる。

もちろん儂等はそれに気付いておった。必要に応じて邪魔者となる組合は何度となく消してきたからの。

じゃが、彼奴等はそこらへんに居る邪魔者とは格が違った。

その名も「ムサシ」。

儂等の最後の敵じゃった。
そしてハルキの弟、ナツキを殺したのも奴らじゃ。

⏰:08/11/08 14:58 📱:F905i 🆔:ar2HhlBI


#251 [紫陽花→渚坂]
ナツキは元気な子供じゃった。

体術こそ苦手にしていたものの、何に対しても好奇心を持って接し、一度 興味を示すとそれ以外目に入らぬほどの集中力。

ハルキとナツキは儂の自慢の孫じゃったよ。

そして事件が起きたあの日。

朝焼けがすごくての。血のように空が紅に染まっておったわ。

⏰:08/11/14 18:09 📱:F905i 🆔:znEeg2LA


#252 [紫陽花→渚坂]
……これだけは言わせてくれ。ハルキは何も知らなかった。
知らなかったんじゃ。


ここ一帯に立ち並ぶ山々の向こうには「ムサシ」の勢力が、今か今かと戦を待っていたなんて。

だから……

あの日も、まだ幼い弟の修行を手伝い森へ入っていった。

⏰:08/11/14 18:10 📱:F905i 🆔:znEeg2LA


#253 [紫陽花→渚坂]
そして「ムサシ」連中は戦の始まりを告げるように……

何のためらいもなくナツキを、まったく無関係なナツキを……
戦いの合図として見せしめに殺したのじゃ。




あの時 儂が山に入るのを止めてさえいれば……


ナツキは死なんですんだじゃろ……

⏰:08/11/14 18:11 📱:F905i 🆔:znEeg2LA


#254 [紫陽花→渚坂]
「マサムネさん……」

マサムネの頬には一筋の滴が流れ落ちていた。

両膝の上に置いてある両拳を小刻みに震わせながら。




「央里殿、傳殿。どうかあの子を救ってくれんか?

過去の罪の意識からハルキを救ってやってくれ……」

⏰:08/11/14 18:12 📱:F905i 🆔:znEeg2LA


#255 [渚坂]



7頁
《数多の決意を花束のように》

⏰:08/11/29 22:55 📱:F905i 🆔:6m5PmUPA


#256 [渚坂]
――――――…………

――――………

單柵村の中心部である大きな樹の周りを傳は独りで歩いていた。

先程まで目がくらむほど晴れ渡っていた空には薄暗い雲のカーテンが姿を見せ、じめじめとした生ぬるい風が辺りをその懐に忍ばせようと、憂鬱な湿り気をだしていた。

「もうすぐ雨が降るな……」

確固たる自信でもあるのか、誰もいない道の真ん中で傳はそう呟いたのだった。

⏰:08/11/29 22:56 📱:F905i 🆔:6m5PmUPA


#257 [渚坂]
―――――――…………

―――――…………

「マサムネさん。涙を拭いて下され」

そう言って重守は懐から、白いハンカチをマサムネに渡した。

「……すまんな。儂にとってもこの話は苦手なようだ」

ハンカチで両目を隠しながら苦笑いをこぼす。

⏰:08/11/29 22:56 📱:F905i 🆔:6m5PmUPA


#258 [渚坂]
「マサムネさん……だけど、俺らは一体何をしたらいいんだ?ハルヒの罪の意識を無くすだなんて……」

おずおずと、慎重に言葉を選びながら話す央里は 彼なりにマサムネに気遣っているのだろう。

⏰:08/11/29 22:57 📱:F905i 🆔:6m5PmUPA


#259 [渚坂さいめ]
「あの子は自分を責めておる。“自分のせいだ”“自分に力がなかったから”そう思い込んで生きている」

だから、力を求め結果的に村一番まで上り詰めた。


今のハルキを動かしておるのは、ナツキへの想いだけじゃ。


その想いを断ち切ってほしい。
つまり新しい目標を与えてやってほしいのじゃよ……。

見た限りでは、ハルキは央里殿に敵対意識を持っておる。


たぶん、ハルキは“運命を変える才”がうらやましいのじゃろう。

その才があれば、ナツキの運命を変えられたかもしれんからな……。

⏰:08/12/19 22:24 📱:F905i 🆔:0cYkCt0o


#260 [渚坂さいめ]
そこまで言うと、マサムネはハッとしたように俯いていた頭を上げた。

「すまん、話がズレてしまったな。その後、儂らは戦いを封印し『ヤマト』は瞬光村へと姿を変えたのじゃ。

ご理解いただけたかな?」


いきなり話を変えられた央里は、はぁ と不抜けた返事しか出来なかった。

⏰:08/12/19 22:24 📱:F905i 🆔:0cYkCt0o


#261 [渚坂さいめ]
「さてさて、央里殿達がこの單柵村に来た理由とは“イヴ”についてでしょう?」


今まで黙っていた重守が待ってましたと言わんばかりに口を開いた。

と同時に視線が重守に集まる。

「そうですな……。
一ヶ月くだされ。一ヶ月で出来る限り“イヴ”についてお調べいたしましょう」

「一ヶ月か……」


思わず傳は下唇を噛んだ。

事前に送っていた衛の手紙により、これまでスムーズに話が進んでいたものの、ここに来て思わぬ足止めを食らうなんて……。

⏰:08/12/19 22:26 📱:F905i 🆔:0cYkCt0o


#262 [渚坂さいめ]
「アダムの唄には世界の滅亡は夏の終わりと書いてあります。もっと早くできないでしょうか?」

「総力を挙げ調べますが、うまく行っても二週間は……」

申し訳なさそうに目を伏せる重守をこれ以上責めることは傳には出来なかった。

「分かりました……。お願いします……」


今は單柵村の底力を信じるしかなかったのだ。

⏰:08/12/19 22:26 📱:F905i 🆔:0cYkCt0o


#263 [渚坂さいめ]
―――――…………

――――……

その後、重守は早速 情報を集めるためにどこかへ出かけた。

マサムネは瞬光村へ帰り、同じくハルキも村へ帰っていった。

央里は何を考えているのか、やりたいことがあると言ってマサムネに着いていった。


「さて、僕はどうしよっかな……」

そう呟きながら薄暗い雲を仰ぎ見ても何の答えも出る気はしなかった。

⏰:08/12/19 22:27 📱:F905i 🆔:0cYkCt0o


#264 [渚坂さいめ]
――――――………

――――………

「ね、親方!!頼むよ」

「う〜む……」

一方、央里はマサムネの治める瞬光村へと訪れていた。


村の中心には單柵村のような立派な樹木は無いものの、世界遺産に登録されてもおかしくないほどの巨大な噴水が設置されていた。

⏰:08/12/19 22:27 📱:F905i 🆔:0cYkCt0o


#265 [渚坂さいめ]
「頼むよ、俺だっていろいろ考えたんだ」

その穏やかな村の空気の中に央里の嘆願の声がこだまする。

「俺に色々教えて下さい!!もう、足手まといは嫌なんだ」

つい先ほどまで真上で輝いていた太陽は西へとその体を傾け始め、自身の有らん限りの力で日没の光を放っていた。


まるで、央里の胸の中に宿る決意の光のように。

⏰:08/12/19 22:28 📱:F905i 🆔:0cYkCt0o


#266 [渚坂さいめ]


8頁
《パーティーへの招待状》

⏰:09/01/26 17:58 📱:F905i 🆔:vwJL31D2


#267 [渚坂さいめ]
央里たちが單柵村へ留まって3週間。

單柵村村長の重守からの調査では未だ“イヴ”の核心に迫るような情報は集まっていなかった。

無情にも時は流れ、季節は夏を終えようとしていた。

アダムの唄に記された地球滅亡の予想日は“夏の終わり”。

情報もない。

唯一世界を救える央里は瞬光村に行ったっきり音沙汰なし。

こんな不確かな状況に傳は焦っていた。

⏰:09/01/26 17:58 📱:F905i 🆔:vwJL31D2


#268 [渚坂さいめ]
だが、そんなある日突然 單柵村に鋭い警報が鳴り響いた。

それは鋭いナイフのように空気を切り裂き、歩いていた人の足を止め、寝ていた人の目を覚まさせた。


「敵襲だー!!早く、早く瞬光村に連絡を取れー!!!!」


誰かが叫ぶのと同時に村自体がざわざわと、まるで戦場のように人々は走りだした。

⏰:09/01/26 17:59 📱:F905i 🆔:vwJL31D2


#269 [渚坂さいめ]
なおも鳴り響く警報に、外で昼寝をしていた傳の心臓はドクドクと早鐘を打つほどに緊張していた。

「これまでの情報より、敵は“ネイク”の黒スーツたちとNo.3の浅葱と判明!!武装はナイフと拳銃のみ!!」

村全体に広まるように村人は放送を通して今の状況を伝える。
そのおかげで、状況を把握しきれていなかった傳もこの村のざわめきの原因を理解することができた。

「央里を探さなきゃ……!!」

⏰:09/01/26 18:00 📱:F905i 🆔:vwJL31D2


#270 [渚坂さいめ]
急ぎは焦りとなり傳の足をフル回転させる。

人々のざわめきは今にも爆発しそうな傳の心を荒々しく煽り、人々の波に逆らうように央里を探す彼に余裕などあるはずもない。

「つーたーえー!!何してんの?」

額に滲む汗を拭う途中、傳は誰かに名を呼ばれた。
もちろん、その声の主とは……

⏰:09/02/24 00:47 📱:F905i 🆔:ri4.PPek


#271 [渚坂さいめ]
「央里!!どこ行ってたんだ!?敵が来たんだよ!!」

「ぅお、傳がなんか焦ってる!!」

会話が成り立たない……。
傳の中で張りつめていた何かがプツンと切れ、肩に入っていた力は空気の抜けた風船のようにふにゃふにゃとしぼんだ。

「央里……。とりあえず、避難しよう。僕らがここにいても邪魔になるだけだ……」

⏰:09/02/24 00:48 📱:F905i 🆔:ri4.PPek


#272 [渚坂さいめ]
何もできない自分が悔しいが、幸いにも隣には瞬光村が位置している。いきなり現れたネイクへの戦闘にも対応できるだろう。そう、今はこれが一番の得策。

傳はそう考えていたのだ。


「馬鹿言うな。何のために親方のところで修行したんだと思ってんだ!!俺の出番に決まってんだろーが!!」

そう言って央里は腰につけていた革のベルトからあるものを抜き取った。

⏰:09/02/24 00:48 📱:F905i 🆔:ri4.PPek


#273 [渚坂さいめ]
眩しい太陽の光をも吸い込む漆黒の側面。その小さく無機質な体に似合わないシャープなライン。

どこからどう見ても拳銃。
いきなり目の前に現れたソレにさすがの傳も焦りを隠せなかった。


「な、央里!!それ本物なのか……?」

「馬鹿!!ただのエアガンだよ。
本物なんて持ってたら銃刀法違反じゃねーかよ!!」

⏰:09/02/24 00:49 📱:F905i 🆔:ri4.PPek


#274 [渚坂さいめ]
けらけらと笑って銃身を振り回す央里。本物の拳銃ならば、その鉛の銃身を央里のような少年が軽々と振り回す事なんて不可能だろう。


「親方がくれたんだけどさ、今のエアは馬鹿に出来ねーよ」

そういって銃身を見つめる央里。まるで傷ついた体の一部を癒すように優しい視線は、もうこの銃が央里によく馴染んでいることを示していた。

⏰:09/02/24 00:49 📱:F905i 🆔:ri4.PPek


#275 [渚坂さいめ]
「で、それを使ってどーする気……?」

「聞きたい?」

「…………」


またもケラケラと笑う央里。

隣を走り去る單柵村の大人たちは、まるで異端なものを見るかのような怪訝な顔をして央里たちを見ていた。

⏰:09/02/24 00:50 📱:F905i 🆔:ri4.PPek


#276 [渚坂さいめ]
「とりあえずネイクの所に行こうぜ。俺の修行の成果を見せてやるから!!」

銃をベルトにしまい央里は声を張る。その声には不安や迷いなどはなく、ただただ央里の自信ばかりが響いた。

⏰:09/02/24 00:50 📱:F905i 🆔:ri4.PPek


#277 [渚坂さいめ]
―――――…………

――――………

一方、黒いスーツの集団を従えた浅葱は單柵村の村人の抵抗もむなしく、まさに村へと強行突破を試みようとしていた。

人数が多いのを武器にして單柵村の周りの木々たちを片っ端から倒していくスーツの集団。

もちろん、その指揮を執っているのは水色のスーツを身にまとった三鬼心の一人である浅葱だ。

⏰:09/03/01 00:13 📱:F905i 🆔:iz.avE96


#278 [渚坂さいめ]
「あ゙ー、なんで俺が……」

そう言い捨てて彼は自分の前髪をかきあげる。

ズシンと音を立ててなぎ倒される木々たちの頭上には皮肉なほど真っ青な青空が広がっていた。

そう、まるで浅葱のスーツのように鮮やかな青空。

浅葱は以前チョークのような「神の足跡」と呼ばれるものを持っていたが、今回彼の手には何も握られていなかった。

⏰:09/03/01 00:13 📱:F905i 🆔:iz.avE96


#279 [渚坂さいめ]
「浅葱様。今回は神の足跡を持ってこなくて良かったのですか?」

青空の下、腕を組みぶっちょうずらの浅葱に対して一人の黒スーツの男が話しかけた。

男は自分よりはるかに年下の少年に敬語で、それもかなり腰を低くして話しかけなければならないということをどう思っているのだろうか。

だが、そんな不満などを漏らせば確実に消される。それがネイクという組織だった。

⏰:09/03/01 00:13 📱:F905i 🆔:iz.avE96


#280 [渚坂さいめ]
「いいんだよ。今回は朽葉様からのお届けものを宇峰央里に渡してやるだけだからね」

浅葱は組んでいた腕をパッと開き胸ポケットから白い封筒を取り出した。

さながら、それが先ほど浅葱が言っていた『お届けもの』なのだろう。

⏰:09/03/01 00:14 📱:F905i 🆔:iz.avE96


#281 [渚坂さいめ]
「そ、そうですが、いつ戦闘になるかも……」

「五月蝿いな。お前、何が言いたいわけ?」


男は生唾とともに言いかけた言葉をゴクリと飲み込んだ。

生々しい音が静かな森の中に響き渡る。

「あのさぁ、誰に向かって言ってるか分かってんの?」

⏰:09/03/01 00:14 📱:F905i 🆔:iz.avE96


#282 [渚坂さいめ]
まだ夏だというのに、周りの温度がいきなり氷点下を下回ったかのように凍りついた。

浅葱の言葉は鋭いナイフのように、黒スーツの男の心を引き裂いていく。

そして、切り裂かれた心から溢れ出す鮮血を拭き取る間もなく、最後の一撃が浅葱の口から放たれた。

⏰:09/03/01 00:15 📱:F905i 🆔:iz.avE96


#283 [渚坂さいめ]
「お前邪魔。消えろ」


男は裏がえる声で「は、はいっ!!」と短く返事をしてその場から走り去っていった。

「消えろって言ったのは死ねって意味だったのに……。まぁ、いいか」


“ここでアイツを殺すのもめんどくさいし”

そう呟いて浅葱はまた腕を組み央里たちがやってくるのを待つのだった。

⏰:09/03/01 00:15 📱:F905i 🆔:iz.avE96


#284 [渚坂さいめ]
――――――………

―――………

央里たちは村の外側の森に向かって走っていた。

途中何度も村人に引き返せと忠告を受けたものの、央里の足はスピードを緩めず前へ前へ風を切って進んだ。

浅葱の元へ一直線に。

⏰:09/03/15 13:15 📱:F905i 🆔:CPJGjg/I


#285 [渚坂さいめ]
「おい。あの目立つ水色のスーツ着てる奴誰だ?」

しばらく走ったところで央里が口を開いた。浅葱たちの元へ到着したのだ。

二人はまだ薙ぎ倒されていない木の影に身を潜ませる。


「あいつは浅葱だ……」

「浅葱?もしかして三鬼心の?」

「そうだ。No.3の浅葱だよ……」

⏰:09/03/15 13:15 📱:F905i 🆔:CPJGjg/I


#286 [渚坂さいめ]
浅葱は腕を組み、わずかに顎を傾け空を仰いでいた。


だが次の瞬間、少しだけ口元に笑いを浮かべ、空を仰いでいた目を央里たちに向けた。

「出てこい。そこに隠れていることは分かってるよ。
お互い、もうかくれんぼをするような歳じゃないだろう?

⏰:09/03/15 13:15 📱:F905i 🆔:CPJGjg/I


#287 [渚坂さいめ]
「なんだバレバレだったのか。おら、傳行くぞ」

央里は勢いよく木の影から姿をさらけ出し、スタスタと浅葱の元へ足を進める。

「ちょ、央里……」

後れをとらぬよう傳も姿を現した。

⏰:09/03/15 13:16 📱:F905i 🆔:CPJGjg/I


#288 [渚坂さいめ]
「初めまして、だよな?
俺は浅葱。この前は紅が世話になったみたいだね」

浅葱は右手を、まるで探偵のように顎の下に持っていく。

そして、その手の上では余裕の表れからだろうか、悪戯っぽい笑いが口元を彩っている。

そして浅葱は央里たちが何も言わない内に話を進めだした。


「よし、初めましてだし宇峰央里ね実力見せてもらうよ」


そして、浅葱が顎をちょっと動かすと彼の左脇から三人の黒スーツの男が飛び出した。

⏰:09/03/15 13:16 📱:F905i 🆔:CPJGjg/I


#289 [渚坂さいめ]
一人はナイフを右手に持っていた。小さなものだが央里の頸動脈を切り裂くには十分すぎるエモノだ。

そして一人は斧。
黒光りするソレを振り上げながら走ってくる。

一人は両手に黒い手袋をはめていた。よく目を凝らさないと見ることは出来ないが、その手袋の指先からはピアノ線のような細い糸が伸びている。
そう、男の武器はその細い糸なのだ。

三人は足音を立てずに央里へと距離をつめる。

⏰:09/03/15 13:17 📱:F905i 🆔:CPJGjg/I


#290 [渚坂さいめ]
「央里!!!!」

逃げるぞ、と言いかけて傳は口をつぐんだ。
傳の真横で央里はすでに彼らに銃口を向けていた。

肉食獣が小動物を狩るときのような鋭い瞳。
もう央里の心、そして身体は完全に戦闘態勢へと移行していたのだ。

「央里……」

「ちょっと黙ってろ。すぐ終わらすから」

そして、央里は引き金を連続して三回引いた。

⏰:09/03/15 13:17 📱:F905i 🆔:CPJGjg/I


#291 [渚坂さいめ]
銃口を自分の前に固定させ三発。銃口は決して揺らしていない。あくまで直線上に三発放った。


そのとき傳は央里が一人に向けて三発打ったのだと思っていた。

央里は銃口を動かさず、ある一点のみを狙っていたことからも傳の予想はまず間違っていないだろう。

⏰:09/03/15 13:17 📱:F905i 🆔:CPJGjg/I


#292 [渚坂さいめ]
……しかし、正面を見たときに目に飛び込んだ景色は傳を大いに驚かせた。

目の前には首筋を押さえてうずくまる三人の黒スーツの姿が。

央里の放った三発は一発も外れることもなく黒スーツ男の首筋にヒットしていたのだ。

そして傳の真横では満面の笑みを浮かべる央里の姿が。

⏰:09/03/15 13:18 📱:F905i 🆔:CPJGjg/I


#293 [渚坂さいめ]
「どう?スゴいだろ」


えへへ、と無邪気に笑う央里。

「ふーん、宇峰央里の実力はよく分かった。じゃあ俺はめんどくさくなる前に仕事終わらそっかな」

⏰:09/03/15 13:18 📱:F905i 🆔:CPJGjg/I


#294 [渚坂さいめ]
一部始終を見ていた浅葱は組んでいた腕をパッとほどいて胸ポケットから一枚の封筒を取り出した。

「はい、これ。朽葉様からの招待状だよ」

浅葱はスタスタと二人に近付き、ひらひらと揺れる薄っぺらい封筒を央里へ渡す。


「じゃ、仕事も終わったし俺は帰ろっかな」

まだ木を薙ぎ倒している黒スーツの男たちに「帰るぞー」と声をかけ、数分もしない内に浅葱たちはこの森から姿を消した。

⏰:09/03/15 13:19 📱:F905i 🆔:CPJGjg/I


#295 [渚坂さいめ]


9頁
《返答》

⏰:09/03/30 22:55 📱:F905i 🆔:1TN7Tc2k


#296 [渚坂さいめ]
嵐のように訪れた浅葱たちが去っていくのを見届けた二人は一枚の紙をのぞき込んでいた。

「招待状って言ってたけど……」

「あからさまに罠だよな」

⏰:09/03/30 22:55 📱:F905i 🆔:1TN7Tc2k


#297 [渚坂さいめ]
―――――――――――――――
ごきげんよう

この度あなた方をネイクの
本拠地へと招待いたします

場所は單柵村から
数十キロ南へ進んだ所です

本音を言いますと
あなた方はたいへん邪魔です
ゴミ並に邪魔です

今までのことも含めて
そこで決着をつけましょう

ネイクNO.1 朽葉
―――――――――――――――

⏰:09/03/30 22:56 📱:F905i 🆔:1TN7Tc2k


#298 [渚坂さいめ]
「なんか最後のほう怒ってるし」

「でも、行かなかったら行かなかったで大変なことになりそうだよね……」


うーん、と考え込む二人。
そこへ單柵村村長の重守と、瞬光村村長のマサムネが多くの武装した瞬光村の村人を連れてやってきた。

⏰:09/03/30 22:56 📱:F905i 🆔:1TN7Tc2k


#299 [渚坂さいめ]
ある者は刀。
ある者は包丁のような刃物。
ある者は薙刀。
ある者は弓矢。

瞬光村の村人は、それこそ先頭集団の「ヤマト」だったころを思わせるような重装備。

その中でも、一際殺気立っているマサムネは腰に日本刀をさげている。


「あ、親方!!俺の初陣見てくれました?圧勝でしたよ!!」

「……うむ、ここにネイクの連中がいないのを見るとそのようだな」

⏰:09/03/30 22:57 📱:F905i 🆔:1TN7Tc2k


#300 [渚坂さいめ]
そう、央里はつい数分前にネイクの三人を一瞬で片づけてしまったのだ。

「そのことでちょっと聞きたいんだけど……」

傳は右手を挙げながら、先生に質問する生徒のようにおずおずと声を発した。

「央里は何したの?てか、マサムネさんの所で何したの……」

傳はちらりと央里の顔を伺う。
そして央里は不敵に笑った。


「……修行だよ、修行!!」

⏰:09/03/30 22:57 📱:F905i 🆔:1TN7Tc2k


#301 [渚坂さいめ]
――――――…………

――――………

時は数週間前、つまり央里がマサムネに嘆願していたところまでさかのぼる。

もう足手まといは嫌だ、と叫ぶ央里にマサムネは心打たれ、修行をつけると約束していたのだった。

そして央里はマサムネに連れられ、瞬光村の端にある森林までやってきていた。

⏰:09/03/30 22:58 📱:F905i 🆔:1TN7Tc2k


#302 [渚坂さいめ]
「で、親方!!何をしたらいいか教えてくれ」


「うむ……。まず央里殿の才である『運命を変える才』について知識を深めとかなければならないな」


「知識もなにも……。俺の才はイヴっていう何かが無いと使えないって事だろ?」

⏰:09/03/30 22:58 📱:F905i 🆔:1TN7Tc2k


#303 [渚坂さいめ]
「その認識こそが間違いだ。
央里殿は知らず知らずのうちに、その強大な才の力を発揮しておるぞ。

その証拠に央里殿は戦闘において素人なのにも関わらず、数々の戦闘をくぐり抜け、今生きておるではないか」

「あ……!!」

この一ヶ月、確かに央里は数多くの修羅場を経験し、そのたび相手を打ち負かし生き延びてきた。

⏰:09/03/30 22:59 📱:F905i 🆔:1TN7Tc2k


#304 [渚坂さいめ]
マサムネの言うとおり、央里は自分の『ここで死ぬ』『大怪我をする』といった運命のサイクルを自身の才でもってねじ曲げてきたのだった。

「央里殿は才を全く使えない、ということじゃない。
そう、世界の運命を変えるほどの強大な力は『イヴ』という制御がないと使えないだけなんじゃ」

「と言うことは、この力を利用すれば……」

⏰:09/03/30 22:59 📱:F905i 🆔:1TN7Tc2k


#305 [渚坂さいめ]
「その通り。
そこでだ、儂はこんなモノは嫌いなんだが……央里殿にはちょうどよいだろう」


マサムネは着物の内側からあるモノを取り出し央里に渡した。

鬱蒼と生い茂る木々の隙間から漏れる僅かな光を身にまとい、その黒い拳銃は姿を露わにした。

⏰:09/03/30 23:00 📱:F905i 🆔:1TN7Tc2k


#306 [渚坂さいめ]
「ちょ、これって!?」

「案ずるな。
エアガンとかいう偽物だ。本物ではない」

これが、里が自身の才を生かした、自分だけの武器に出会った瞬間だった。

⏰:09/03/30 23:00 📱:F905i 🆔:1TN7Tc2k


#307 [渚坂さいめ]
「いいか、央里殿の才は『運命を変える』ものだ。
だからその力でもって、この弾丸の軌道をねじ曲げるのだ。

外れることのない弾丸なんて最強すぎると思わないか?」


マサムネはニヤリと笑みをこぼした。

確かに弾丸の『直線に進む』と言う不変の運命を意のままに変える訳なのだから最強には間違いない。

⏰:09/03/30 23:01 📱:F905i 🆔:1TN7Tc2k


#308 [渚坂さいめ]
※お知らせ

bbs1.ryne.jp/r.php/novel-f/7545/
SSSにアダムの唄の番外編の『ホワイトデー』を投下しています

そして、それには絵師様に描いていただいた央里・傳・ハルキの三人のイラストも貼っているので是非見てみてください^^

⏰:09/03/30 23:03 📱:F905i 🆔:1TN7Tc2k


#309 [渚坂]
「最強、ですね……」

つられて央里も笑みをこぼした。『最強』その言葉が彼の中にあった不安をもみ消し、逆に彼の切れ長の目の中に確かな焔を灯した。

「さて、意のままに弾丸を操るのだから相当な集中力が必要となるだろう。今からはひたすら集中力を上げるための修行をするぞ」

「……オッス!!」

―――――――…………

―――――………

⏰:09/05/25 20:08 📱:F905i 🆔:Kt2brzEY


#310 [渚坂]
「というわけで、俺はこの数週間ずっと修行を重ねてきたってわけだよ」

自慢げに目を細ませる央里。その隣で傳は静かに話を聞いていた。

「弾丸の軌道を変える……。
なるほど、だから三人いっぺんに倒すことができたのか……」

ぶつぶつと独り言のように傳は央里の言ったことを反復した。そう、まるであり得ない現実を自分に納得させるように。

⏰:09/05/25 20:09 📱:F905i 🆔:Kt2brzEY


#311 [渚坂]
「まぁ、修行の成果は見ての通りさ。
だからネイクの誘いに乗ってやろーぜ。いつまでもここにいるわけにはいかないだろ?」

「っそうだけど、あれはあからさまに罠だよ……」

「傳はビビりすぎなんだって!!」

⏰:09/05/25 20:09 📱:F905i 🆔:Kt2brzEY


#312 [渚坂]
>>311

×→「っそうだけど、あれはあからさまに罠だよ……」

○→「……っ、そうだけど、あれはあからさまに罠だって!!」

⏰:09/05/25 20:11 📱:F905i 🆔:Kt2brzEY


#313 [渚坂]
長らく放置すいません;;;

今から更新しますっ!

⏰:09/08/20 18:35 📱:F905i 🆔:ZnOLqX92


#314 [渚坂]
央里たちは村の外側の森に向かって走っていた。

途中何度も村人に引き返せと忠告を受けたものの、央里の足はスピードを緩めず前へ前へ風を切って進んだ。

浅葱の元へ一直線に。

⏰:09/08/20 18:35 📱:F905i 🆔:ZnOLqX92


#315 [渚坂]
「おい。あの目立つ水色のスーツ着てる奴誰だ?」

しばらく走ったところで央里が口を開いた。浅葱たちの元へ到着したのだ。

二人はまだ薙ぎ倒されていない木の影に身を潜ませる。


「あいつは浅葱だ……」

「浅葱?もしかして三鬼心の?」

「そうだ。No.3の浅葱だよ……」

⏰:09/08/20 18:36 📱:F905i 🆔:ZnOLqX92


#316 [渚坂]
浅葱は腕を組み、わずかに顎を傾け空を仰いでいた。


だが次の瞬間、少しだけ口元に笑いを浮かべ、空を仰いでいた目を央里たちに向けた。


「出てこい。そこに隠れていることは分かってるよ。お互い、もうかくれんぼをするような歳じゃないだろう?


浅葱の声が森中に響きわたる。

⏰:09/08/20 18:37 📱:F905i 🆔:ZnOLqX92


#317 [渚坂]
「なんだバレバレだったのか。おら、傳行くぞ」

央里は勢いよく木の影から姿をさらけ出し、スタスタと浅葱の元へ足を進める。

「ちょ、央里……」

後れをとらぬよう傳も姿を現した。

⏰:09/08/20 18:37 📱:F905i 🆔:ZnOLqX92


#318 [渚坂]
「初めまして、だよな?俺は浅葱。この前は紅が世話になったみたいだね」

浅葱は右手を、まるで探偵のように顎の下に持っていく。

そして、その手の上では余裕の表れからだろうか、悪戯っぽい笑いが口元を彩っている。

そして浅葱は央里たちが何も言わない内に話を進めだした。

⏰:09/08/20 18:38 📱:F905i 🆔:ZnOLqX92


#319 [渚坂]
「よし、初めましてだし宇峰央里ね実力見せてもらうよ」


そして、浅葱が顎をちょっと動かすと彼の左脇から三人の黒スーツの男が現れた。

⏰:09/08/20 18:38 📱:F905i 🆔:ZnOLqX92


#320 [渚坂]
>>319

訂正

×「よし、初めましてだし宇峰央里ね実力見せてもらうよ」

○「よし、初めましてだし宇峰央里の実力見せてもらうよ」

⏰:09/08/20 18:40 📱:F905i 🆔:ZnOLqX92


#321 [渚坂]
一人はナイフを右手に持っていた。小さなものだが央里の頸動脈を切り裂くには十分すぎるエモノだ。

そして一人は斧。
黒光りするソレを振り上げながら走ってくる。

一人は両手に黒い手袋をはめていた。その手袋の拳の部分に鉄のような金具が装着されており、素手で殴るより数倍の威力があるだろう。

そして三人は足音を立てずに央里へと距離をつめる。

⏰:09/08/20 18:40 📱:F905i 🆔:ZnOLqX92


#322 [渚坂]
「央里!!!!」

逃げるぞ、と言いかけて傳は口をつぐんだ。傳の真横で央里はすでに彼らに銃口を向けていたのだ。

肉食獣が小動物を狩るときのような鋭い瞳。もう央里の心、そして身体は完全に戦闘態勢へと移行していた。

「央里……」

「ちょっと黙ってろ。すぐ終わらすから」

そして、央里は引き金を連続して三回引いた。

⏰:09/08/20 18:40 📱:F905i 🆔:ZnOLqX92


#323 [渚坂]
銃口を自分の前に固定させ三発。銃口は決して揺らしていない。あくまで直線上に三発放った。


そのとき傳は央里が一人に向けて三発打ったのだと思っていた。

央里は銃口を動かさず、ある一点のみを狙っていたことからも傳の予想は当然のことだろう。

⏰:09/08/20 18:41 📱:F905i 🆔:ZnOLqX92


#324 [渚坂]
……しかし、正面を見たときに目に飛び込んだ景色は傳を大いに驚かせた。

目の前には首筋を押さえてうずくまる三人の黒スーツの姿が。

央里の放った三発は一発も外れることもなく黒スーツ男の首筋にヒットしていたのだ。

⏰:09/08/20 18:41 📱:F905i 🆔:ZnOLqX92


#325 [渚坂]
そして傳の真横では満面の笑みを浮かべる央里の姿が。


「どう?スゴいでしょ」


えへへ、と無邪気に笑う央里。

「ふーん、なるほどね。宇峰央里の実力はよく分かった。じゃあ俺はめんどくさくなる前に仕事終わらそっかな」

一部始終を見ていた浅葱は組んでいた腕をパッとほどいて胸ポケットから一枚の封筒を取り出した。

⏰:09/08/20 18:42 📱:F905i 🆔:ZnOLqX92


#326 [渚坂]
「はい、これ。朽葉様からの招待状だよ」

浅葱はスタスタと二人に近付き、ひらひらと揺れる薄っぺらい封筒を央里へ渡す。


「じゃ、仕事も終わったし俺は帰ろっかな」

まだ木を薙ぎ倒している黒スーツの男たちに「帰るぞー」と声をかけ、数分もしない内に浅葱たちはこの森から姿を消したのだった。

⏰:09/08/20 18:43 📱:F905i 🆔:ZnOLqX92


#327 [渚坂]
↓渚坂の名前で感想板作りました

bbs1.ryne.jp/r.php/novel/4482/

これからはこちらにお願いします。意見・感想心よりお待ちしております(^ω^)

⏰:09/08/20 18:45 📱:F905i 🆔:ZnOLqX92


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