浮 き 世 の 諸 事 情 。
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#1 [笹]
:10/03/28 23:39 :D905i :YbCY9nv6
#2 [笹]
:
:
盆に滴り落ちた茶に
拭うように触れた
温いその液体は
じわり体に染み込んで
「幼、なじみ」
自らに言い聞かせるように
呟いた
:10/03/28 23:40 :D905i :YbCY9nv6
#3 [笹]
貴女を独占したい
結局は‥それが為
離したくはなかった
貴女が何処かへ
‥行ってしまいそうで、ね
倫次とやらに会った時の
あの嬉しそうな表情
めったに見れたもんじゃあない
:10/03/28 23:40 :D905i :YbCY9nv6
#4 [笹]
「‥やれ、やれ」
月を隠す歪な薄い雲
現れては流れて消えて
夜桜の白い花びらが
儚く散った
:10/03/28 23:41 :D905i :YbCY9nv6
#5 [笹]
放っておけない‥と言いますか
貴女が私を
捕らえて離さない、と
言うことですか‥ねぇ
:10/03/28 23:41 :D905i :YbCY9nv6
#6 [笹]
:
:
少し冷えた空気に
体が小さく震えた
うっすら息が白く染まる
「‥香夜」
羽織を着た倫次が
振り返り微笑した
あぁ‥羽織、忘れた
:10/03/28 23:42 :D905i :YbCY9nv6
#7 [笹]
「ごめん、遅れて」
「いや‥俺もさっき終わったから」
倫次に促され少し先を行く
砂利の上を歩けば
響く独特の音
なんだか懐かしくもあった
:10/03/28 23:42 :D905i :YbCY9nv6
#8 [笹]
「倫次‥ずっと働いてるの?」
「働いてる、って言うか
手伝ってるだけだけどね」
照れくさそうに笑った
目尻の皺が変わらない
たくさん笑ってる証拠かな
「‥香夜は?」
躊躇うように問ったその声が
あたしの奥をくすぐる
:10/03/28 23:43 :D905i :YbCY9nv6
#9 [笹]
あたしは‥いろいろあった
「あたし?あたしはー‥
うーん、元気だったよ?」
もどかしくてたまらないよ
いろんな事がありすぎて
どこから話たらいいか‥
必死の作り笑い
顔の筋肉がつりそうだ
:10/03/28 23:43 :D905i :YbCY9nv6
#10 [笹]
変わってしまっただろうか
倫次から見てあたしは
‥変わっちゃった?
「変わらないな」
「‥え?」
「相変わらず‥作り笑いが下手」
見破られた真実
倫次だけが気づいてしまうから
そのたび恥ずかしくなる
:10/03/28 23:43 :D905i :YbCY9nv6
#11 [笹]
この人には嘘がつけない
「元気だったなら、
まぁ‥いいんだけどね」
同い年なのに
どうしてそうも大人で
包み込むように優しいのか
あたしの頭を緩く撫でた手は
だいぶ大きくなっていた
:10/03/28 23:44 :D905i :YbCY9nv6
#12 [笹]
どうしよもなく
‥懐かしくて懐かしくて
泣きたくなっちゃうね
何だか救われた
「あの人と一緒に旅してるの?」
「あぁ‥うん
壱助さんは、命の恩人なんだ」
だって壱助さんがあの日
拾ってくれなかったら
今頃‥どうなってたか
:10/03/28 23:44 :D905i :YbCY9nv6
#13 [笹]
「そっかぁー‥
いい人そうだよね」
「うん‥見た目は、怖いけど」
「香夜、幸せだな」
「‥幸せ?」
ぽんと出てきた
その聞き慣れない言葉に
すごく違和感をかんじた
幸せ‥幸せかぁ
:10/03/28 23:45 :D905i :YbCY9nv6
#14 [笹]
「ちょっと‥悔しいけどな」
「‥どうして?」
夜桜をぼうっと見つめたその目は
凛々しくて眩しくて
「ん?それは‥秘密」
そう言ってはにかんだ顔は
とても大人だった
少しばかり見とれた
ぐるぐる胃の辺りが気持ち悪い
:10/03/28 23:45 :D905i :YbCY9nv6
#15 [笹]
気づけばあたしの右手は
躊躇いもなく吸い込まれるように
倫次の着物の裾を掴んで
「秘密とか‥無しだよ」
秘密なんてずるいじゃない
いつの間にそんなに
距離置くようになったのよ
「んー‥」
:10/03/28 23:45 :D905i :YbCY9nv6
#16 [笹]
響いた低音
ふわり風が髪を揺らして
「香夜には
‥俺しかいないってさ
馬鹿みたいだけど
そう思ってたから、なんかね」
困ったように笑って
切なそうに抜けてく吐息
:10/03/28 23:46 :D905i :YbCY9nv6
#17 [笹]
「あぁ、悔しい悔しい
大失恋‥だわ」
「失恋‥って
まだあたし何も言ってな‥」
「馬鹿」
ぴしゃりと叩かれた額
優しく叱るように
一気に事が進みすぎて
よくわかんない
:10/03/28 23:46 :D905i :YbCY9nv6
#18 [笹]
だけど倫次はあたしのこと‥
「香夜は、自分に疎いなぁ」
藍色の羽織を空中に踊らせ
包み込むように
あたしの肩にかけて
「自分と向き合えよ、ちゃんと」
そう言って背を向けた
:10/03/28 23:46 :D905i :YbCY9nv6
#19 [笹]
自分と向き合う
あたしが今向き合うべきなのは‥
もう、逃げるのはやめよう
:10/03/28 23:47 :D905i :YbCY9nv6
#20 [笹]
:10/03/28 23:50 :D905i :YbCY9nv6
#21 [笹]
:
:
あたしが
向き合わなきゃいけないのは‥
「壱助さん‥」
「随分と‥
長話で、いらっしゃる」
鋭い視線
何度目をそらしてきただろう
:10/03/29 00:20 :D905i :mvSjpDFg
#22 [笹]
敷かれた布団の色が霞む
そこに布団にも入らずに
胡座をかいて
飲みかけのお酒
‥飲みきらないなんて珍しい
「今夜は冷えます、よ
早く床に
‥ついたらどうですかい?」
:10/03/29 00:21 :D905i :mvSjpDFg
#23 [笹]
「‥壱助さん
あたしの‥布団は?」
まさか同じ布団だなんて‥
「此処、ですよ」
ひらり捲って隣をぽんと叩く
壱助さんが
あたしを襲うなんてのは
考えられないけれど
:10/03/29 00:21 :D905i :mvSjpDFg
#24 [笹]
喰われそう‥
「嫌なら‥其処で」
美しい指が示した固そうな畳
あぁ‥意地悪
渋々隣に潜り込む
ひんやり冷たい感覚が
体を包み込む
どことなく苦しくて
:10/03/29 00:22 :D905i :mvSjpDFg
#25 [笹]
隣に寝そべる美しき個体
気を使ってるのか
あたしが嫌なのか
色っぽい背を向けて
冷たい手をさすって
温もりを求めれば
擦れあう音が響き渡る
青白い月の光が胸を締め付けた
:10/03/29 00:22 :D905i :mvSjpDFg
#26 [笹]
「壱助さん‥あたし、」
見えない背中に問いかけて
返事のない空間に目を瞑る
向き合わなきゃいけない人
もう逃げちゃいけない
逃げるのはやめだ
:10/03/29 00:23 :D905i :mvSjpDFg
#27 [笹]
辛くてもいい
苦しくてもいいんだ
自分に素直になれば
怖くなんかないよね、倫次
呼吸を整える
何度も何度も息を吸って
握りしめた手に力を込める
:10/03/29 00:23 :D905i :mvSjpDFg
#28 [笹]
「壱助さん‥
もう、寝ちゃいましたか?」
返事がなければ明日にしよう
「香夜さん‥」
いつもの調子の低い声が
此方に向いて
背後から染み渡る温もり
:10/03/29 00:24 :D905i :mvSjpDFg
#29 [笹]
ぎゅうっと背中を抱きしめられて
結局壱助さんには適わない
また、踊らされて終わってしまう
「‥どうしたんですか?」
「いえ‥冷えるもんで、ね」
:10/03/29 00:24 :D905i :mvSjpDFg
#30 [笹]
期待なんかしちゃいないのに
心のどこかで残念がって
どこまでもあたしは情けない
だけど幸せ
‥素直になったら軽くなった
「香夜さん‥」
今になって気づく
気持ちの大きさ
:10/03/29 00:24 :D905i :mvSjpDFg
#31 [笹]
‥急に溢れ出した涙
伝えたら崩れてしまう?
それなら仕舞っておきたい
こうして触れられる事も
なくなっちゃうのかな
どこまでもどこまでも逃げて
甘い嘘を受け入れたい
:10/03/29 00:25 :D905i :mvSjpDFg
#32 [笹]
「寝ましょう、か」
そっと覆ったしなやかな手が
目の前を遮って
くだらない恐怖を取り除く
貴方の手に触れた滴
染みていく
零れた涙の後を
辿るように指が頬を這った
:10/03/29 00:26 :D905i :mvSjpDFg
#33 [笹]
言葉にしてほしい
貴方が何を考えているのか
貴方がどう思っているのか
それだけが気になって
あたしの心を奪うから‥
:10/03/29 00:26 :D905i :mvSjpDFg
#34 [笹]
:10/03/29 00:29 :D905i :mvSjpDFg
#35 [笹]
:10/03/29 00:38 :D905i :mvSjpDFg
#36 [笹]
:
:
放り出された藍色の羽織り
手に取ればずしり重く感じた
泣き出すとは‥ねぇ
何を言われたの、か
それを丁寧に畳めば
途中で手が止まる
彼女に世話を焼きたくなるのは
私だけではないのかと
‥思うのですが
:10/04/02 22:15 :D905i :fWI6nvOI
#37 [笹]
小さく四角くなったそれを
彼女の枕元にそっと置いた
「妬いてしまうんですが、ね
どう、したら‥」
まだ閉じたままの瞳
あどけない額を撫でれば
長い睫が少しばかり揺れる
:10/04/02 22:16 :D905i :fWI6nvOI
#38 [笹]
愛嬌も良ければ
懐きやすい、ときた
ちょいと目を離したら
貴女は‥何処へ
"一生傍にいる"なんざぁ
私の言い分に過ぎないのか‥
どうも近頃
満足いかないんですが、ね
:10/04/02 22:17 :D905i :fWI6nvOI
#39 [笹]
月明かりに照らされた桜
はらはら散って終わりを告げる
「花は盛りに‥か」
:10/04/02 22:17 :D905i :fWI6nvOI
#40 [笹]
:
:
「おえぇええっっ!!!」
いきなり催す吐き気
腹部に走った激痛が
胃の中を駆け巡って
口の中から漏れそうだった
「いち‥ゴホッ
何でお腹‥おえぇ」
「大袈裟、ですね」
:10/04/02 22:18 :D905i :fWI6nvOI
#41 [笹]
大袈裟じゃない!!
ほんとに痛いって言うか
は‥吐く
まだ顔面叩かれた方がましかも‥
「ちょいと‥
鍛えたらどうですか?」
「は?」
:10/04/02 22:18 :D905i :fWI6nvOI
#42 [笹]
壱助さんの背後から射す
朝日の眩しさに目を細め
上から降り注ぐ視線の先を
目で丁寧に追えば‥
「随分と‥柔い」
クスッと鼻であしらわれた
あたしのお腹
蹴り飛ばしといて笑うとは‥
何か‥恥ずかしい
:10/04/02 22:19 :D905i :fWI6nvOI
#43 [笹]
「女の子は‥
これ位が丁度いいんですぅ!」
「女の子‥ねぇ」
そう吐き捨て腰を下ろし
茶を啜った
昨日はお茶飲まなかったのに‥自分で煎れたのかな?
:10/04/02 22:19 :D905i :fWI6nvOI
#44 [笹]
って言うかあたし
やっぱり女の子に見られてない?
普通蹴飛ばさないよね‥
「んん‥」
ぼうっと腹部をさすり
壱助さんの背中を見つめる
痛かったはずなのに
今は忘れてしまうくらい
心が痛いです
:10/04/02 22:20 :D905i :fWI6nvOI
#45 [笹]
ふと枕元目をやれば
綺麗に畳まれた倫次の羽織り
そして予想される相手へ目配せ
‥世話好きだなぁ、やっぱり
あたしは子供なのかな?
やっぱり気づかなきゃよかった
気分が上がらないや‥
:10/04/02 22:20 :D905i :fWI6nvOI
#46 [笹]
「香夜さん‥」
「‥はい?」
「午前中には出ます、よ」
呆気なく終わる一泊二日の二人旅
まぁいつもと変わりないよね
布団が一枚だったのと
壱助さんが‥
:10/04/02 22:21 :D905i :fWI6nvOI
#47 [笹]
―‥やきもち?
まさかね、
こんな冷酷な大人すぎる人間が
あたしみたいな餓鬼に
妬くわけがない
ただの世話好き、そうだ
:10/04/02 22:22 :D905i :fWI6nvOI
#48 [笹]
:
:
何だか来たときより
荷物が重く感じた
気持ちの問題かな
‥すっきりしたはずなのに
「壱助さんっ!!」
ゆるり振り返り着物が揺れた
相変わらずの仏頂面
もう‥慣れたけど
:10/04/02 22:22 :D905i :fWI6nvOI
#49 [笹]
「倫次に羽織り‥返してきます」
荷物を石畳の上に置き
羽織りだけを抱えた
壱助さんを待たせるなんて
‥挑戦者だあたし
反応を見るのを恐れて
急ぎ足で向きを変えて向かえば
後ろから声がかかる
:10/04/02 22:23 :D905i :fWI6nvOI
#50 [笹]
「‥香夜」
思わず振り返った
それはもう小動物のように機敏に
だって今‥呼び捨て
ばちりと合ったその目は
鋭くも柔らかくて驚いた
:10/04/02 22:23 :D905i :fWI6nvOI
#51 [笹]
春風に揺られ
花びらが壱助さんの周りを舞う
なんだかその瞬間
周りの音が消えた気がした
艶容な唇が緩くつり上がり
ゆっくり少しだけ動いた
そして何かを告げた
:10/04/02 22:24 :D905i :fWI6nvOI
#52 [笹]
「え?今なんて?」
何故か胸が張り裂けそう
「いえ‥早くしないと
置いて行きます、よ」
「え‥あぁはい!!」
:10/04/02 22:24 :D905i :fWI6nvOI
#53 [笹]
今までにない顔で
あぁもう‥だめだ
忙しなく鳴る鼓動がやまない
熱くなる頬
思い切り息を吸い込んで
熱を無理やり追い出した
:10/04/02 22:24 :D905i :fWI6nvOI
#54 [笹]
:
:
「倫次‥ありがと」
懐かしき幼なじみに手渡した
あっさりとした別れ
「いえいえ」
にっこり笑ったその顔は
少しばかり寂しそうに見えた
:10/04/02 22:25 :D905i :fWI6nvOI
#55 [笹]
「それと‥ありがと」
「‥何が?」
「気持ち、嬉しかった」
大切な人に
そう思われてるなんてね
すごくあたしは幸せ者だと思う
:10/04/02 22:26 :D905i :fWI6nvOI
#56 [笹]
だけどね‥気付いた
「だけど‥
心に決めた人がいるから」
倫次のおかげで気付けたよ
やっと向き合えた
辛くても、うまく行かなくても
投げ出すのだけは
やめようと思うよ
:10/04/02 22:26 :D905i :fWI6nvOI
#57 [笹]
「そっか、
いつもの香夜らしくいれば
‥大丈夫さ」
くしゃっと頭を撫でられて
鼻の奥がつんとした
「香夜‥あの人、いい人だよ」
「‥?」
:10/04/02 22:27 :D905i :fWI6nvOI
#58 [笹]
「あの人には‥負ける」
「え‥?何が?」
「ほら、あんまり待たされると
‥置いて行かれる」
背中を押した手
暖かくて力強くて
あたしもいつかそんな風に
誰かの背中を押せるような
強い人になりたいな
:10/04/02 22:27 :D905i :fWI6nvOI
#59 [笹]
「ありがと倫次!!
また‥また来るから!!」
振り返り叫べば
大きく手を振って見送られた
あぁ‥何だか切ないよ
わかんないけど
あたし‥幸せだ、本当に
:10/04/02 22:28 :D905i :fWI6nvOI
#60 [笹]
:
:
追いかければもう門には居らず
「‥置いて行かれた」
肩を落として
うなだれて門を出れば
「ぎゃあっ!!」
門の隅に寄りかかった貴方
:10/04/02 22:28 :D905i :fWI6nvOI
#61 [笹]
「‥遅い」
なんだ‥待っててくれたんだ
じわじわと地面から
柔らかい感情が湧き出して
「ご‥ごめんなさい」
鋭い視線に突かれたって
痛くも痒くもない
:10/04/02 22:29 :D905i :fWI6nvOI
#62 [笹]
ふと思い出す先程の貴方
緩む口元に力を込めて
先を行く背中を追った
「あ‥壱助さん!!
倫次とお話したんですか?」
「何、故」
「さっき倫次が
そんなような言い方してたから」
:10/04/02 22:30 :D905i :fWI6nvOI
#63 [笹]
「‥」
「何で黙るんですか?」
「さぁ、ね」
そして、遠くを見つめて‥
横顔が舞う桜に溶けて行く
:10/04/02 22:30 :D905i :fWI6nvOI
#64 [笹]
:10/04/02 22:37 :D905i :fWI6nvOI
#65 [笹]
:10/04/02 22:38 :D905i :fWI6nvOI
#66 [笹]
:
:
桜色から覗く鮮やかな若葉色
春もとうとう過ぎ去って
やってくるは爽やかな季節
白くひらひらした蝶が
菜の花に停まる
愛らしい姿に目を細める
寄り添った二匹が
追いかけっこをしてるみたいに
宙に舞って消えた
:10/04/15 21:24 :D905i :pJU1XkOc
#67 [笹]
「壱助さん‥あたし」
「ちょいと、気分転換にでも‥」
あれから良い機会などなくて
なかなか言い出せず
言い出そうとすればこんな感じ
話を上手く逸らされて
どうしようもない
:10/04/15 21:24 :D905i :pJU1XkOc
#68 [笹]
気付いてるんだろうか
何かまずいことでもあるのかな
「ねぇ壱助さんってば!!」
悔しくてたまらない
悲しいよりも先に
そんな感情が先に出る
もどかしくて、
訳もなく恥ずかしい
:10/04/15 21:25 :D905i :pJU1XkOc
#69 [笹]
張り出した声
潤んだ瞳に歪む背中
できるならこんな感情
棄ててしまいたいのに
「‥」
何も言わずに立ち止まった
真っ白な首筋が冷たく見えた
:10/04/15 21:25 :D905i :pJU1XkOc
#70 [笹]
「ちゃんと‥聞いてください」
「私が何故、香夜さんの傍に居るか
‥ご存知で?」
より一層低い声が
足の裏からじわり侵入して
ぎゅうっと胸が苦しくなる
:10/04/15 21:26 :D905i :pJU1XkOc
#71 [笹]
そんなこと知らない
期待できるような理由じゃない
何故だかそんな気がして
知りたいのに、知りたくない
ゆっくり振り向き
横目で此方を見下げ
鋭い視線に殺されそうだった
:10/04/15 21:26 :D905i :pJU1XkOc
#72 [笹]
黙って首を振れば
また前を向いてため息
「なら‥その内」
「その内?その内って何ですか?」
思わず立ち上がり
ぶつかりそうな所で体が止まる
壱助さんはずるい
いつもそうやって秘密を作る
:10/04/15 21:26 :D905i :pJU1XkOc
#73 [笹]
「まぁ‥いいじゃあ、ないですか」
きっとまた
その艶容な口が笑ってる
対等になろうなんて思わないけど
悔しくてたまらないよ
「ちょっと‥!!
逃げないでくださいよ
そうやって‥
いつもはぐらかして!!」
逃げ出す背中を追う
足が重たい
:10/04/15 21:27 :D905i :pJU1XkOc
#74 [笹]
自分の気持ちに気づいてから
体が重い気がする
「逃げる、か」
「そうです!!
ちゃんとあたしと向き‥」
あれ‥ちょっと待って
:10/04/15 21:27 :D905i :pJU1XkOc
#75 [笹]
此方を向いた壱助さん
腕を組んで
眉間にしわを寄せて‥
「いた‥っ」
頭に走る激痛
刃物で一突きされたような
鋭い痛みが吐き気を催す
:10/04/15 21:28 :D905i :pJU1XkOc
#76 [笹]
『助けて‥!!』
乱れる呼吸
崩れた体が悲鳴をあげる
『‥お父さん!!』
だめ‥違う、違うの
そうじゃない
『香夜‥!!』
:10/04/15 21:28 :D905i :pJU1XkOc
#77 [笹]
視界が揺れた
走馬灯のようにあの日の記憶だけ
丁寧に繰り返される
壱助さんが見下ろす
歯を食いしばって険しい顔で
:10/04/15 21:29 :D905i :pJU1XkOc
#78 [笹]
『お父さあぁあん!!』
潰れかかった自分の悲鳴が
脳裏にへばりついて
雨のように降ってきた
血液の匂いが蘇って
鼻の奥をくすぐった
嘘‥どうして?
壱助さん‥
:10/04/15 21:29 :D905i :pJU1XkOc
#79 [笹]
「や‥いやぁ‥」
冷ややかな地面の砂が
はだけた着物の隙間から
蝕むように侵入してくる
「どう‥して
何で、何で壱助さん‥」
隠しきれない動揺が渦を巻いて
気づかぬ内に頬を濡らした
:10/04/15 21:30 :D905i :pJU1XkOc
#80 [笹]
「そろそろ‥ですか、ね」
目を細めてそう呟いた声
その姿をあの日、あの時‥
壱助さん
あたしを拾ったのには
訳があるのでしょう?
:10/04/15 21:30 :D905i :pJU1XkOc
#81 [笹]
例えば、
あたしたちの出会いが
もっとずっと前の事で‥
_
:10/04/15 21:32 :D905i :pJU1XkOc
#82 [笹]
:10/04/15 21:36 :D905i :pJU1XkOc
#83 [笹]
:10/04/15 21:37 :D905i :pJU1XkOc
#84 [笹]
*゚・。*
「壱助さーん」
「‥」
「んぅ‥壱助さんってばぁ」
「かわゆい」
「‥は?」
「いえ‥
此方の話です、よ」
:10/04/15 21:59 :D905i :pJU1XkOc
#85 [笹]
「かわゆいって‥
何が?どこが?誰が?」
「まぁ、まぁ」
「またはぐらかしてー‥むぅ」
「香夜さん‥」
「んぅ」
:10/04/15 21:59 :D905i :pJU1XkOc
#86 [笹]
「―――――‥」
「え‥な‥、ななな」
「‥です、よ」
「何な、何言ってるんですかぁ?
も‥やだなぁ、あはっあは」
「かわ、ゆい」
「‥ばか」
「はい、はい」
:10/04/15 22:00 :D905i :pJU1XkOc
#87 [笹]
:10/04/15 22:03 :D905i :pJU1XkOc
#88 [笹]
:
:
あたしの記憶の隅に
すでに貴方は居て‥
何も語らずとも
あたしの過去を知っていたのは
そういうことだったんだ
あの日
‥貴方はあの場にいた
:10/04/19 20:34 :D905i :2Nqm1ljI
#89 [笹]
「壱助さん‥どうして今まで」
「此処じゃあ、何です
中へ入りましょう‥か」
間違いない
確かに貴方なんだ
:10/04/19 20:34 :D905i :2Nqm1ljI
#90 [笹]
:
:
真っ白な肌
綺麗な首筋に艶容な唇
通った鼻筋に長い睫
忘れるはずがない
だけどあたしは今まで
気付きもしなかった
どうして?
:10/04/19 20:35 :D905i :2Nqm1ljI
#91 [笹]
「さぁ‥
何から、話しやしょうか」
全てを見透かすような瞳は
その通りだった
あたしの全てを知っている
妙な緊張感
独特の静けさに息を飲む
至って冷静で
それでいて自然と把握した
:10/04/19 20:35 :D905i :2Nqm1ljI
#92 [笹]
「お父さんが殺されるのを
‥見ていましたか?」
まだ脳内で再生される
残酷な映像に目をつむり
静かにそう問った
「えぇ‥確かに」
淡白な答え
真っ赤などろどろした液体が
体中を駆け巡る
:10/04/19 20:36 :D905i :2Nqm1ljI
#93 [笹]
「まだ‥貴女は幼かったですが
相当な眼力‥
忘れもしませんぜ
あの憎悪や絶望漂う目を、ね」
微かにつり上がった唇
この余裕げな表情に
憎たらしさを覚えたのは
久しぶりだった
:10/04/19 20:36 :D905i :2Nqm1ljI
#94 [笹]
唇をキツく噛み締めれば
じわり鉄分の生臭い味
「何故‥助けなかったのか、と」
_
:10/04/19 20:37 :D905i :2Nqm1ljI
#95 [笹]
:
:
あの日
壱助さんはそこに居た
あたしが連れ去られかけ
父に助けを求め
父が代わりに殺されたのを
彼は黙って見ていた
最初から最後まで‥全て
:10/04/19 20:37 :D905i :2Nqm1ljI
#96 [笹]
赤く染まった傷口を
何を訴えるでもない
そんな目で見つめてた
そして目を細めて
此方にその視線を向けた
かなりの温度差
ぴたりと視線が合った時思った
"どうして助けてくれなかったの"
:10/04/19 20:38 :D905i :2Nqm1ljI
#97 [笹]
熱い物がこみ上げて
あたしの視線を支配した
威嚇するように睨み付けた
後ろから母の悲鳴が聞こえた
よくわからなかった
物事が急に進んで
頭がついて行かなくて
:10/04/19 20:38 :D905i :2Nqm1ljI
#98 [笹]
とても絶望的で
地の底に突き落とされたようで
まだ幼かったあたしは
ただただ視線の先にいた
"大人"を睨むしかなかった
それから始まった母からの虐待
:10/04/19 20:39 :D905i :2Nqm1ljI
#99 [笹]
大した物でもない脳で
必死に状況を理解しようとした
何故父は殺されたのか
何故母はあたしを傷つけるのか
_
:10/04/19 20:39 :D905i :2Nqm1ljI
#100 [笹]
「実は‥貴女の父上と
面識がありまして、ね」
‥何故大人は身勝手なのか
_
:10/04/19 20:40 :D905i :2Nqm1ljI
#101 [笹]
:10/04/19 20:43 :D905i :2Nqm1ljI
#102 [笹]
:10/04/19 20:44 :D905i :2Nqm1ljI
#103 [笹]
:
:
それは季節に似合わず
肌寒い日だった
「財布‥落としましたぜ」
財布と言うか
小さな巾着袋が
金物がこすれる音を立てて
その主の袖口からこぼれた
:10/05/02 20:51 :D905i :sxqRlBYk
#104 [笹]
「あぁ!これは申し訳ない!!
俺としたことが‥」
拾い上げて埃をはらったそれを
手のひらに乗せてやれば
かしこまって頭を下げられる
「いえ、いえ」
緩く微笑み背を向ければ
軽く引かれた着物の袖
:10/05/02 20:51 :D905i :sxqRlBYk
#105 [笹]
「一杯‥どうですか?」
できた笑い皺
人の良さが滲み出る
先程の巾着を持ち上げ
"おごらせてくれ"と言った
小さな木枯らしが
肌をかすめた夕暮れ
:10/05/02 20:52 :D905i :sxqRlBYk
#106 [笹]
:
:
「あんた面白い人だなぁ!!」
「いえ、いえ」
相手方の男は
どうやら"出来上がった"ようで
首や耳のあたりまで赤くして
ぐいっと肩を組んできた
:10/05/02 20:52 :D905i :sxqRlBYk
#107 [笹]
「いいなぁ‥旅かぁ」
完全に緩みきった顔
男に抱かれたって嬉しかない
そっちの気は
流石にありゃあしない
抱き寄せられた体を
投げるようにして任せれば
にこにこと笑い満足げ
:10/05/02 20:52 :D905i :sxqRlBYk
#108 [笹]
「俺も旅したいさぁー。
できるなら、あんたみたいに
1人でいろーんなとこ‥」
馬鹿でかかった声は一転
萎んで終いにはかすれて消えた
もう片方の手で酒瓶を握り
何かから逃れるように
喉の奥に流し込んでいた
:10/05/02 20:53 :D905i :sxqRlBYk
#109 [笹]
「何か、厄介なことでも
‥あるんで?」
横目で問えば
困ったように笑ってた
「んあぁ‥んん」
「まぁ、誰にでも‥
そんなものは有ります、よ」
「あぁそうだ!!
聞いてくれるか?あんちゃんよ」
:10/05/02 20:53 :D905i :sxqRlBYk
#110 [笹]
肩に乗っていた手に
ぐいっと引き寄せられた
酒の甘ったるい臭いが
顔にかかる
自分もこんなに酒臭いのかと
少しばかり気落ちした
「娘がな、居るんだけどな」
:10/05/02 20:54 :D905i :sxqRlBYk
#111 [笹]
溢れんばかりの笑み
この先の言葉に
だいたいの検討はつきますが‥
「それがさ、もう‥
可愛くて可愛くて仕方ないんだ!」
そんな事を言われて
抱き寄せられた私に
あんたは何を求めてるんだ‥
:10/05/02 20:56 :D905i :sxqRlBYk
#112 [笹]
「ほぉう」
「もう今年で十になるんだが
最近じゃあお姉さんになって‥」
「へぇ、はぁ」
「ほんとに何というか‥
いい子でなぁ、」
その瞬間
父親の目つきになった
力強く、その上暖かい
:10/05/02 20:57 :D905i :sxqRlBYk
#113 [笹]
「危なっかしい所もあるが、
責任感と正義感が強くて‥
唯一の‥励みなんだ」
少しばかり低くなった声
読みとれるのは
暗闇に埋もれた絶望
娘を語る口調は
暖かくも悲しみに濡れていた
:10/05/02 20:57 :D905i :sxqRlBYk
#114 [笹]
「そりゃあ‥いい娘さん、ですね」
「‥」
その男は突っ伏したまま
ぴくりともしなかった
人々の騒がしさに埋もれた姿は
たった独りだけ
取り残されたような
別の空気をまとって見えた
:10/05/02 20:58 :D905i :sxqRlBYk
#115 [笹]
酔いつぶれた‥か
ため息ひとつ
猪口を持ち上げ飲み干す液体
普段よりも苦味を感じた
:10/05/02 20:58 :D905i :sxqRlBYk
#116 [笹]
:
:
「なぁ‥あんちゃん。」
‥起きてたんですか
「あんた、名前は?」
「壱助‥と申します」
突っ伏したままの頭に答えれば
"ふぅん"と弱々しく唸った
:10/05/02 20:58 :D905i :sxqRlBYk
#117 [笹]
「なぁ‥壱助」
「何、か」
「頼みが‥あるんだ」
少しばかり嫌な予感がした
酔った勢いだと
投げてしまえばそれまでだが
口調は先ほどより
はっきりしている
:10/05/02 20:59 :D905i :sxqRlBYk
#118 [笹]
「俺に‥もしものことがあったら」
「娘を頼む‥とでも?」
否定を求めて問ったんですが、ね
「あぁ‥何でわかった?
やっぱりあんた、徒者じゃないな」
「‥奥さんは?」
:10/05/02 20:59 :D905i :sxqRlBYk
#119 [笹]
「死んだよ。娘を産んですぐに‥
今は‥別の女と暮らしてんだ」
そしてまた酒を口にした
小刻みに震えていた手が
苦しみのあまり
酒に逃げ続けた事を物語っていた
:10/05/02 21:00 :D905i :sxqRlBYk
#120 [笹]
「娘には、その女が母親だって
‥そう言ってある。」
「何、故」
「可哀想だった‥。
何も知らずに"お母さんは?"って
‥"死んだ"なんて、言えなかった」
:10/05/02 21:00 :D905i :sxqRlBYk
#121 [笹]
途切れ途切れの言葉が
妙に奥に突き刺さった
何とも言えない
もどかしさを覚えた
「幸せになってほしいんだ
香夜には‥妻の分まで‥」
やっと顔を上げ
此方に向けられた顔は
父親の顔だった
:10/05/02 21:01 :D905i :sxqRlBYk
#122 [笹]
最愛の人の死を迎え
絶望に満ちたその瞳は
守らねばならぬものを
確かに持っていた
「香夜に何一つ‥
父親らしいことを
‥してやれなかった。
仕事ばかりで、あまり時間も‥
だからせめて
守りたいんだ。あの子を」
:10/05/02 21:01 :D905i :sxqRlBYk
#123 [笹]
「あんた‥もしかして」
ふと過ぎるのは暗黒の世界
目に浮かぶは褐色の液体
鼓動が乱れた
:10/05/02 21:02 :D905i :sxqRlBYk
#124 [笹]
「壱助‥香夜を頼む」
決意に満ちた目は
恐怖に脅えてなどいなかった
ただ一心にひたすらに‥
:10/05/02 21:02 :D905i :sxqRlBYk
#125 [笹]
香夜さん‥私には任務がある
―‥貴女を守る任務が、ね
_
:10/05/02 21:03 :D905i :sxqRlBYk
#126 [笹]
:10/05/02 21:08 :D905i :sxqRlBYk
#127 [笹]
:10/05/02 21:09 :D905i :sxqRlBYk
#128 [笹]
*゚*。*゚*
「あれ‥?
ない‥ないない‥」
「朝から騒がしい、ですね」
それはある雨の日のこと
いつものように
壱助さんの顔面攻撃を食らい
目を覚ましたわけですが‥
:10/05/03 22:20 :D905i :92Bmo8C2
#129 [笹]
「ないんですぅーっ!!」
「‥」
もう今は
そんな呆れた視線なんて
気にもならない
ないんですよ‥あたしの‥
「か ん ざ し ーっ!!!」
:10/05/03 22:21 :D905i :92Bmo8C2
#130 [笹]
:
:
雨音が強くなる
屋根にぶつかる雫は
ばちばちと打ち抜くようで
液体だということを
忘れさせるくらいだった
「あたしの簪!!
‥知りませんか?
確か昨日枕元に‥あれぇ?」
:10/05/03 22:21 :D905i :92Bmo8C2
#131 [笹]
枕元を見ても
枕を持ち上げて揺すって見ても
どこにも見当たらない
部屋中をじっと見回し
昨夜の記憶を辿る
:10/05/03 22:21 :D905i :92Bmo8C2
#132 [笹]
「簪くらい‥
いいじゃあないですか、ねぇ」
「よくなーいっ!!
お気に入りなのに‥」
何処までもこの人は悠長で
興味がないのか何なのか
どうせ人事だと思ってるんでしょ
もー‥。
:10/05/03 22:22 :D905i :92Bmo8C2
#133 [笹]
少し膨れっ面で髪をかきむしれば
壱助さんが自分の枕を見つめた
「形見か‥何かですかい?」
そう言って
とりあえずと言った様子で
枕を持ち上げた
絶対探す気ないわ‥
:10/05/03 22:22 :D905i :92Bmo8C2
#134 [笹]
「いや‥ただ
可愛いから気に入ってたんです」
「ほぉう‥
そりゃあ、どんな?」
結局すぐに枕を下ろし
いつものように茶を煎れはじめ
「えっと‥
簪自体は黒くて、
飴色の硝子玉の飾りが‥」
:10/05/03 22:23 :D905i :92Bmo8C2
#135 [笹]
「飴色‥ねぇ」
少し考えるようにして
顎に添えられた細長い指
そしてつられるように
艶容な唇が弧を描いた
「‥はぁ。
もういいです。
自分で捜します、自分で」
:10/05/03 22:24 :D905i :92Bmo8C2
#136 [笹]
茶を啜り一息つく姿を見ると
ひとりで騒いでる自分が
惨めに思えてくる
無くしたあたしが悪いんです
自分の物は自分で管理しろ
そういうことですよね
雨音がさらった
少しばかりの心意気
:10/05/03 22:24 :D905i :92Bmo8C2
#137 [笹]
湿気に犯された畳を拭うように
着物が擦れる音がした
「ちょいと、野暮用に‥」
「え‥
あたしの簪は??」
「今、自分で捜すと
仰ったじゃあ‥ないですか」
:10/05/03 22:24 :D905i :92Bmo8C2
#138 [笹]
「うぅん‥
でも外雨降ってるし‥ねぇ?」
ちらり外に向いた壱助さんの視線
右手に握られた真っ赤な番傘
ガサッと紙が擦れるような音
こんなもので
何故雨を防げるのかと
不思議に思う
:10/05/03 22:25 :D905i :92Bmo8C2
#139 [笹]
そして此方に向けられた視線は
相変わらず鋭いもので
「ちょいと‥野暮用に」
「‥い、いってらっしゃい」
雨の中に埋もれた真っ赤な色は
遠く遠くに姿を消した
:10/05/03 22:26 :D905i :92Bmo8C2
#140 [笹]
「んうぅ‥簪‥」
雑に髪をたくし上げ
そのまま手を離せば
切りっぱなしの
伸びかかった黒髪が
だらしなく揺れていた
:10/05/03 22:26 :D905i :92Bmo8C2
#141 [笹]
:
:
「はぁ‥やっぱりない」
部屋中いたるとこを捜した
なのにない
なんで?なんで?
「まぁ‥あれも
だいぶ使い込んで‥
飾りの部分が欠けてたんだけど」
:10/05/03 22:27 :D905i :92Bmo8C2
#142 [笹]
新しいの買い直そうかなぁ‥
ふと後ろに気配を感じ
振り返れば
「うわっ!!
お‥お帰りなさいっ」
髪が濡れていた
ぽたり落ちた雫が頬を伝った
:10/05/03 22:27 :D905i :92Bmo8C2
#143 [笹]
「壱助さん?
傘‥さしてたんじゃ?」
水も滴るいい男。
うん‥悪くないかも
真っ白な首筋から一滴
胸元をすり抜けて
着物の奥に消えた
それを目で負えば
雫の行方が気になって
胸が高鳴る
:10/05/03 22:28 :D905i :92Bmo8C2
#144 [笹]
「ちょいと‥
破れちまいやして、ね」
やはり紙は脆いのか‥
にしても
どれだけ大きな穴が‥
「ふぅん‥ほんとに?」
「まぁ、いいじゃあないですか」
:10/05/03 22:29 :D905i :92Bmo8C2
#145 [笹]
壱助さんの声が
上から降り注いで
後ろから
ぎゅうっと抱きしめられた
湿った着物が首筋に貼り付く
「んえ‥あの‥」
:10/05/03 22:29 :D905i :92Bmo8C2
#146 [笹]
「まるっきり同じとは
‥なかなか言えませんが、」
少し冷えた手がうなじに触れた
綺麗な指に絡まる髪
高く持ち上げられれば
首筋にすうっと空気が抜けた
:10/05/03 22:30 :D905i :92Bmo8C2
#147 [笹]
「飴色‥ですぜ」
華奢に鳴いた硝子玉
鏡を覗けばきらきら光った
「壱助さん‥これ‥」
「さすがにもう‥これじゃあ」
「あ‥それ」
:10/05/03 22:30 :D905i :92Bmo8C2
#148 [笹]
今にも硝子玉が落ちそうに
ぷらぷらとだらしない簪
鏡越しに見つめれば
すっと壱助さんの懐の中へ
「もしかして‥わざわざ」
「香夜さん‥」
「‥はい?」
:10/05/03 22:31 :D905i :92Bmo8C2
#149 [笹]
「ちょいと体が‥冷えます故‥」
優しく首元を抱いた腕は
雨に濡れて冷たくて
「今暫く‥このままで」
たった一時の、幸せを‥
:10/05/03 22:31 :D905i :92Bmo8C2
#150 [笹]
【おまけ】
「本当に穴開いたんですか?」
「‥人助け、ですよ」
「はぁ?何ですかそれ」
「あの番傘も‥
綺麗な娘さんの手に渡り
さぞかし‥幸せでしょう、ね」
「‥色男め」
:10/05/03 22:36 :D905i :92Bmo8C2
#151 [笹]
:10/05/03 22:39 :D905i :92Bmo8C2
#152 [笹]
:10/05/03 22:40 :D905i :92Bmo8C2
#153 [笹]
:
:
全てを語られた
途切れ途切れの記憶が
全てつなぎ止められた
壱助さんの手によって‥
自分の記憶を信じ切ってたから
隠れた真実に息が止まる
:10/05/17 13:21 :D905i :u/aJ89Bs
#154 [笹]
「貴女の父上は
‥死と向き合った」
そんなことを言われたって
簡単に飲み込めずに喉に絡まる
お父さんはあたしを救うため
命を捨てたこと
"アレ"は母親ではないこと
壱助さんがお父さんの代わりに
あたしを守ってくれてること
:10/05/17 13:21 :D905i :u/aJ89Bs
#155 [笹]
‥何から処理したらいい?
これは知るべき事実なのか
それさえもわからなかった
視界が揺れる
右へ、左へ‥
灰色に染まった世界
じわりと濁った
「どうして‥ですか?」
:10/05/17 13:21 :D905i :u/aJ89Bs
#156 [笹]
一番気にかかる
一番疑問に思うのは
「どうして‥お父さんの頼みを?」
たった一晩共に飲んだだけだ
よくわからない男の
わけのわからない頼みを
どうして受け入れた?
:10/05/17 13:22 :D905i :u/aJ89Bs
#157 [笹]
嘘かもしれない
酔った勢いかもしれない
何を根拠に、何を理由に
あたしの傍に‥貴方は‥
「何となく‥ですか、ね」
「‥んえ?」
予想もしていなかった
曖昧な宙に浮いたような返事に
気の抜けた声が漏れた
:10/05/17 13:22 :D905i :u/aJ89Bs
#158 [笹]
「何となく‥ですよ」
「何となくで人を見殺しにして
何となくで‥あたしを?」
妙な憤り
何か正確な理由を
予想していたわけではないけど
ちゃんとした理由が欲しかった
このもどかしさを
埋めてほしかった
:10/05/17 13:23 :D905i :u/aJ89Bs
#159 [笹]
そしたら何故か
気持ちに整理が付きそうで‥
「あるじゃあないですか‥
根拠は無くとも‥ねぇ」
「じゃあ‥どうして
お父さんを助けて‥」
「よく魘されたもんです、よ
あの生々しい残虐さ‥」
:10/05/17 13:23 :D905i :u/aJ89Bs
#160 [笹]
被せられた声は
遠くを見つめているような
それでいてまだ
生々しさを保ったままで
飛び散った褐色の液体
へばりつくような呻き声
鼓膜を突き破る悲鳴
あの光景を
貴方は同じように見てた
:10/05/17 13:23 :D905i :u/aJ89Bs
#161 [笹]
「眠りにつくたびに
襲われるものですから‥
単純に‥寝るのを止めましたが」
とんだ冷酷人間だ
そう思っていたけれど
もしかしたら
あたしなんかより
重い恐怖を背負っていたのかも
:10/05/17 13:24 :D905i :u/aJ89Bs
#162 [笹]
「香夜さんと父上‥
両方を救うことなど
‥容易い事でした。」
「‥壱助さん」
「しかし‥
私には、その先が見えず
‥助けた所で
お二方が幸福かどうかなど
わかりゃしなかった。」
:10/05/17 13:24 :D905i :u/aJ89Bs
#163 [笹]
少年が母親に
傷つけられていたあの時
壱助さんはあたしに
同じ様なことを言った
『助けた所で
貴女は少年を養えますか?
それが彼にとって
幸せだとは限らない。』
救い出すだけが勇気じゃない
見過ごす勇気は絶大だ
:10/05/17 13:24 :D905i :u/aJ89Bs
#164 [笹]
「死を覚悟することは
そう‥容易いことではない」
壱助さんを
いつも遠くに感じた
すぐ近くにいるのに
どこか遠くて
壱助さんは
いつも真っ直ぐ先を見つめてた
:10/05/17 13:25 :D905i :u/aJ89Bs
#165 [笹]
あまり笑わないし
いつだって冷静で
だけど本当は
誰よりも感情豊かで
それをただ胸の内に秘めて
常に一番正しい道を
選んできたんだ
‥何も知らなかった
明かされた鋼鉄の真実
:10/05/17 13:25 :D905i :u/aJ89Bs
#166 [笹]
:10/05/17 13:31 :D905i :u/aJ89Bs
#167 [笹]
:
:
あたしを守るため
死を惜しまなかった父
その父にあたしを任せられ
‥それじゃぁ、壱助さん
「死んで‥しまうの?」
もう目の前で
大切な人を失うのは嫌だ
:10/05/17 13:32 :D905i :u/aJ89Bs
#168 [笹]
自分のためだと言われたって
独り残されたあたしは
どう生きたらいい?
生きる術が見つからないじゃない
ただ辛いだけじゃない
そんな思いまでして
生きたいなんて‥思えないよ
:10/05/17 13:32 :D905i :u/aJ89Bs
#169 [笹]
「‥まぁ、それが私の使命
"生き甲斐"とでも
言っておきましょうか、ね」
目を伏せて笑った
苦笑でもない作り笑いでもない
どこか満足げな笑みだった
:10/05/17 13:33 :D905i :u/aJ89Bs
#170 [笹]
あたしは壱助さんの為なら
死んだって構わない
そう思っているのに‥
どうして、そう
みんな身勝手なの?
:10/05/17 13:33 :D905i :u/aJ89Bs
#171 [笹]
「見殺しにした‥からです。
罪償いです、よ
私なりの‥償い。」
つり上がった唇
綺麗に弧を描いて
切ないため息がひとつ
「まぁ‥そんなのは
只の言い訳にしか
‥過ぎないのもしれません、ね」
:10/05/17 13:34 :D905i :u/aJ89Bs
#172 [笹]
ばちりと目があった
いつもの鋭さはどこか柔らかくて
まるで自分に呆れるかのように
軽く鼻であしらった
「義務じゃあない‥
私の意思です、よ」
「意思?」
:10/05/17 13:35 :D905i :u/aJ89Bs
#173 [笹]
「まぁ、まぁ
こんな重い話は‥
性に合わないでしょう」
正座から足を崩し
胡座をかいて
少しだけはだけた着物
息苦しかった空間が
あっという間に解けた
:10/05/17 13:35 :D905i :u/aJ89Bs
#174 [笹]
「香夜さん‥ちょいと手を‥」
「手?」
「此方に‥、」
浮かんだ笑みは怪しくて
何か企んでるに違いない
この手を差し出したら
食いちぎられるかもしれない‥
失礼かもしれないけど
それくらい不気味な笑みで
:10/05/17 13:36 :D905i :u/aJ89Bs
#175 [笹]
躊躇いながら右手を見つめれば
ぴくりと微かに飛び跳ねた
出し惜しみすれば
早くしろよと鋭い視線
「はい‥手」
「‥遅い」
:10/05/17 13:37 :D905i :u/aJ89Bs
#176 [笹]
「すみませ‥ぎゃああっ!!」
やっぱり食いちぎられるのかと
疑ってしまうほど‥
勢い良く手を捕られ
引きちぎれるほど強く引かれた
「ななな‥なになにな‥」
「もう少し‥
色っぽい声出せませんかい?」
:10/05/17 13:37 :D905i :u/aJ89Bs
#177 [笹]
「余計なお世話‥あぁです」
目の前に映るは純白の肌
すっと潔く伸びた鎖骨
見上げればもうすぐそこに
‥艶容な唇に甘い吐息
「‥あ、の」
「何、か」
:10/05/17 13:38 :D905i :u/aJ89Bs
#178 [笹]
「近い‥気が」
少しでも動いたら
触れてしまいそうで
思考が停止してしまわぬよう
忙しなく働く鼓動
乱れた重低音が漏れないように
そっと中心に意識を寄せた
:10/05/17 13:38 :D905i :u/aJ89Bs
#179 [笹]
「何か不都合でも、お有りで?」
「え‥あぁ」
「‥香夜さん」
ごくり息を飲む
魚のように泳ぐ目を
覚悟を決めてきつく閉じる
:10/05/17 13:39 :D905i :u/aJ89Bs
#180 [笹]
「ん‥」
唇に軽く触れたのは
冷たく美しい指先だった
緩く唇の輪郭をなぞる
気が散漫する
長い睫が柔らかく揺れた
:10/05/17 13:39 :D905i :u/aJ89Bs
#181 [笹]
「貴女が望むなら‥
独りにはしません、よ
貴女を守り、最期まで‥共に」
穏やかな表情が降り注いで
包み込むように
そっと唇が触れた
言葉になんかしてないのに
壱助さんはいつも
あたしが望む言葉をくれる
たっぷりの雫を目に浮かべ
こぼれぬように小さく頷いた
:10/05/17 13:41 :D905i :u/aJ89Bs
#182 [笹]
熱くなる頬をそのままに
甘い時に包まれて
惜しげもなく照らす月明かり
‥淡く揺れる二人影
:10/05/17 13:42 :D905i :u/aJ89Bs
#183 [笹]
:10/05/17 13:46 :D905i :u/aJ89Bs
#184 [笹]
:10/05/17 13:48 :D905i :u/aJ89Bs
#185 [笹]
質問があったので
補足説明いたします ^^*
小説に組み込めれば
一番よかったんですが
どうも文章力に欠けるので
お許しくだされ(´・ω・`)
:10/05/27 21:19 :D905i :LasqqonI
#186 [笹]
香夜ちゃんのお家は
借金取りに追われて?まして
お父さんは一応仕事あるんですが
なかなかいい稼ぎがなく
借金取りの怖い人たちが
毎日毎日家にやってくる。
(お父さんがいない時に)
それに耐えかねた義理の母が
人身売買と言うことで
香夜ちゃんを売るということで
交渉成立。
お父さんは家に帰ると
どこか清々してるような義母に
不信感を抱きそれ察する
:10/05/27 21:20 :D905i :LasqqonI
#187 [笹]
当日
借金取りに香夜ちゃんを引き渡す
恐怖に脅えた香夜ちゃんは
唯一頼れるお父さんに
必死に助けを求める。
大切な一人娘を
連れて行かれてたまるかと
前日に死を覚悟してまで
助け出すと決意したお父さんは
香夜ちゃんを無理やり
輩の手から奪い取る。
話が違うと逆上した輩たちは
目の前に現れたお父さんを
刀で斬り倒した。
義理の母は自分の計画を狂わされ
愛する夫を亡くした悲しみを
香夜ちゃんに対する憎しみに変え
その日から虐待を始めた。
:10/05/27 21:21 :D905i :LasqqonI
#188 [笹]
と言うことです ^^
自分の頭の中では
こういう設定だったんですが
なかなか組み込める機会がなく
言葉足らずになってしまいました
本当に申し訳ない(´・ω・`)
質問してくれた方
非常に助かりました !!
ありがとうございます **
たびたび
自分の中で思ってるだけで
文章にしてないことがあるので
わからなかった時は
気軽に聞いてください ^^*
これからものろま更新ですが
お付き合いのほど
よろしくお願いします( ・ω・ )
:10/05/27 21:21 :D905i :LasqqonI
#189 [笹]
:
:
そして平凡‥平凡‥?
またいつものような生活に戻る
あんまり深入りはできなかった
だけどそれでよかったのかも
きっともう少し大人になって
心の準備ができたら
全部包み隠さず‥
心の準備と言えば‥あぁ
:10/05/27 21:22 :D905i :LasqqonI
#190 [笹]
:
:
成り行きと言うか
そんな感じで呆気なく
‥壱助さんに唇が奪われた
体は冷たいのに
まるで別人かのように温かくて
その上、引き締まり
無駄な肉のない体とは違い
大福みたいにやわらかい
:10/05/27 21:22 :D905i :LasqqonI
#191 [笹]
一瞬にして
こんな思いが頭を駆け巡り
現実だと思えば
頬は熱くなるばかりだった
「んん‥」
こういう時はどうしたらいいのか
経験不足なあたしには
何一つわからない
息はしていいのかとか
目は瞑るべきなのか‥とか
:10/05/27 21:23 :D905i :LasqqonI
#192 [笹]
心の準備が間に合わなくて
驚きにかっと開いた瞼を
ゆっくりと閉じてみて
うっすら隙間から見える
柔らかな睫や通った鼻筋
毛穴などないんじゃないか?
‥そんな馬鹿なことは有り得ない
「ん‥んん」
:10/05/27 21:23 :D905i :LasqqonI
#193 [笹]
遂に息苦しさも限界に達し
眉間にしわが寄った
壱助さんの着物の襟あたりを
ぐいっと掴み合図をしても
一向に離れる気配なし
まさか‥これは‥
一種のお仕置き?拷問か?
接吻にて窒息死‥
うぅん悪くないかも‥
:10/05/27 21:24 :D905i :LasqqonI
#194 [笹]
若干遠のく意識を横目に
やっと離れた唇
余裕たっぷりなその唇の隙間から
小さく息が漏れていた
壱助さんの吸う分の空気まで
吸ってしまう勢いで
肺の隅から隅までに
部屋中の酸素を取り込んだ
:10/05/27 21:24 :D905i :LasqqonI
#195 [笹]
「すぅ‥はぁ‥。」
「ほぉう‥」
「あの‥えと‥」
近すぎてぼやけていた顔が
少し離れてみてはっきり見えた
さっきまでの甘い時間に
恥ずかしさわ覚えて
胸のあたりから
どくどくと熱を帯びてきた
:10/05/27 21:25 :D905i :LasqqonI
#196 [笹]
「物足りない‥と」
先ほどまで触れあっていた
艶容な唇がつり上がる
「我慢ならない‥か」
自分の手が
壱助さんの首に回ってることに
はっと気づく
:10/05/27 21:25 :D905i :LasqqonI
#197 [笹]
離そうとしたときには
‥もう手遅れで
「欲しがり‥です、ね」
「ちが‥」
違うこともない。図星です
:10/05/27 21:26 :D905i :LasqqonI
#198 [笹]
壱助さんはいい香りがする
お花みたいな匂い
金木犀に近い甘い匂い
ふわり香って
再び視界がぼやける
「ああ‥あの!!」
「何、か」
:10/05/27 21:27 :D905i :LasqqonI
#199 [笹]
そんな接吻に
脳内を洗脳されてる場合じゃない
はっきりさせなきゃいけない
今が‥そのとき
魚のように泳ぐ目を
ぴたりと彼に向けて
「あの‥
壱助さんは‥何なんですか?」
:10/05/27 21:27 :D905i :LasqqonI
#200 [笹]
「何、と申しますと?」
のどが乾く
ぴりぴりとした感覚が
のどの奥を突き抜ける
その感覚が声を押し付けて
中身のない弱々しい音となって
口から漏れた
:10/05/27 21:28 :D905i :LasqqonI
#201 [笹]
「あたしと壱助さんの‥
関係って‥何なんでしょう?」
どんな答えが返ってきても
怖じ気付いてはいけない
呼吸をやめた
取り込んだ空気を
体いっぱいに溜めたまま
その返事を待つ
:10/05/27 21:28 :D905i :LasqqonI
#202 [笹]
少しの間だったはず
それなのに長く長く感じて
周りの音が止まった
「主従関係‥」
そう呟いた声は部屋中に響く
ぼやっとした灰色が中を漂って
:10/05/27 21:29 :D905i :LasqqonI
#203 [笹]
だけど何故か納得してて
体がそれを拒否しなかった
"あぁ"と声を漏らし
一度だけ頷いた
:10/05/27 21:29 :D905i :LasqqonI
#204 [笹]
「と、歯止めをかけてたんですが」
奇跡と言うものは
この世にあるのだろうか
:10/05/27 21:30 :D905i :LasqqonI
#205 [笹]
「それじゃあどうも‥」
あるとしたら、それは‥
「物足りないもんで、ね」
今この時を言うのだろうか
:10/05/27 21:30 :D905i :LasqqonI
#206 [笹]
「香夜さん‥
お慕い申し上げておりました。」
_
:10/05/27 21:31 :D905i :LasqqonI
#207 [笹]
「お慕い‥お‥え何‥?何て?」
「貴女と言う人は‥
本当に、聞き分けがない」
「いやだって‥
だって‥お慕いって‥」
奇跡と言うものは‥
:10/05/27 21:31 :D905i :LasqqonI
#208 [笹]
「いけない子‥ですね」
どうやら、あるようです。
_
:10/05/27 21:32 :D905i :LasqqonI
#209 [笹]
「んん‥」
柔らかく上げられた前髪
二度目の唇は優しく包み込んで
高鳴る鼓動をそのままに
溶け合って、尚‥。
:10/05/27 21:32 :D905i :LasqqonI
#210 [笹]
:10/05/27 21:37 :D905i :LasqqonI
#211 [笹]
:10/05/27 21:38 :D905i :LasqqonI
#212 [笹]
:10/05/27 21:39 :D905i :LasqqonI
#213 [笹]
:
:
あんな感じで
甘ったるい時間を過ごしたのも
夢なんじゃなかろうか
彼は相変わらず
"主従関係"に手を染める
:10/06/01 21:05 :D905i :yJ1SMPPQ
#214 [笹]
「恋仲なのか主従関係なのか
これじゃあ‥
今までと変わらないじゃない」
口々にそうつぶやき
漏れる言葉は不満ばかりだったが
内心晴れやかで
そんなことはどうでもよかった
:10/06/01 21:06 :D905i :yJ1SMPPQ
#215 [笹]
「呉服屋さんはーっと‥」
茶屋の右隣、金物屋の前
辺りを見渡して何度も確認する
「あ、ここかな」
入り口の前で立ち止まり
中を覗き込む
様子を確認して一歩踏み出した
:10/06/01 21:07 :D905i :yJ1SMPPQ
#216 [笹]
『浴衣を頼んでおきましたので』
此方に少し視線をずらし
"取ってこい"とそれが訴える
言動に無駄のない様は
壱助さん独特だ
「浴衣かぁ‥。」
:10/06/01 21:07 :D905i :yJ1SMPPQ
#217 [笹]
自分の浴衣がどうこうよりも
真っ先に頭に浮かんだのは
彼が緩く着崩している姿
思わず頬が緩む
もう恋仲なんだし
これくらいの事を
想像するのは許されるはず
「すみませーん
頼んでた浴衣、取りにきましたぁ」
:10/06/01 21:07 :D905i :yJ1SMPPQ
#218 [笹]
初めて壱助さんに
呉服屋に連れて行かれた時
怪しげなおばあさんに
胸鷲掴みにされたっけ。
そんなことはもう
とうの昔のように思えた
「はぁーい」
パタパタと出てきたのは
綺麗な娘さんだった
:10/06/01 21:08 :D905i :yJ1SMPPQ
#219 [笹]
「浴衣‥」
「浴衣って‥貴女の?」
「あぁ、えっと‥
壱助さんが頼んだ‥」
そう言い終わる前に
彼女はぐいっと迫ってきて
思わず仰け反ってしまった
:10/06/01 21:08 :D905i :yJ1SMPPQ
#220 [笹]
「今壱助さん、て言った?」
「はぁ‥まぁ」
その形相は素晴らしく恐ろしい
壱助さん‥
あんたは何をやらかしたんだ
:10/06/01 21:09 :D905i :yJ1SMPPQ
#221 [笹]
「あんたが代わり?
壱助さんは何処?いないの?」
息つく暇もなく
答える暇もなく
ぶつけられた質問から伺える
‥あの色男め。
:10/06/01 21:09 :D905i :yJ1SMPPQ
#222 [笹]
:
:
『壱助さんの代わりです』
とはっきりそう言えば
狂ったように可笑しな声を上げ
胸倉を掴まれた
「どうしてあんたなのよ!!
今日を楽しみに
あたい、ずっと待ってたんだよう」
:10/06/01 21:10 :D905i :yJ1SMPPQ
#223 [笹]
「あ‥あたしも別に
来たくて来た訳じゃ‥」
「つべこべ言わずに
壱助さんを出しなさいぃい!!」
出せと言われたって
当の本人は只今休憩中
大好きなお茶を啜って
さえずる小鳥にでも
目を細めて見入ってるのだろう
:10/06/01 21:10 :D905i :yJ1SMPPQ
#224 [笹]
何て呑気な人なんだ‥。
もしやこれは作戦か?
この娘さんが厄介だから
あたしに事を済まさせようと?
「あの‥じゃあとりあえず浴衣!!
浴衣預かって宿戻って
また壱助さん連れてきますから!」
:10/06/01 21:11 :D905i :yJ1SMPPQ
#225 [笹]
「浴衣だけ持って
逃げようってんじゃない?
彼を連れてきたら渡すわ」
交換条件ですか‥
承りましたー。
浴衣を緩く着崩している
壱助さんの姿が遠ざかる
色男も大変なんだなぁ‥
:10/06/01 21:11 :D905i :yJ1SMPPQ
#226 [笹]
:
:
「回れ右」
「へ?」
襖を開けた瞬間吐き捨てられた
固まる体、間の抜けた声
「浴衣を取ってこいと
‥頼んだんですが、ね」
:10/06/01 21:11 :D905i :yJ1SMPPQ
#227 [笹]
後ろを向いてるのに何故わかる‥
おそろしや、おそろしや
「だって呉服屋の娘さんが
壱助さん連れてこなきゃ浴衣‥」
「全く‥貴女と言う人は
"人並み以下"でありながら
更に無能‥と来ました、か」
"やれやれ"とため息をつかれ
つまらなそうな顔をしている
:10/06/01 21:12 :D905i :yJ1SMPPQ
#228 [笹]
「な‥っ恋人に無能って‥
なら言わせてもらいますけど!!
恋人いるくせに
他の女性に色気振りまくのも
どうかと思 い ま す が !!」
こんなのは当てつけだ
しかし悔しいのが本音
自然と恋人となれば
独占欲も生まれてしまう
:10/06/01 21:12 :D905i :yJ1SMPPQ
#229 [笹]
ただでさえ
あたしなんかとは本来
月とすっぽんのような差なのだ
「まぁ、まぁ
それは故意ではありませんぜ
"個性"の1つ‥ですよ」
にっこりヤらしい笑みを浮かべ
湯飲みを置いて横になった
:10/06/01 21:12 :D905i :yJ1SMPPQ
#230 [笹]
「ちょ‥壱助さん!!
浴衣、これじゃあ‥」
だからと言って
またあたしだけで行ったら
絞め殺されるに違いない
無理矢理体を揺すっても
人形のようにぴくりともせず
手で"早く行け"と合図をするのみ
:10/06/01 21:13 :D905i :yJ1SMPPQ
#231 [笹]
負けじと激しく揺すれば
あの鬼畜な唇は
"無能"と呟きやがった
恋人気分を味わう余裕もなく
喧嘩のようで実は
相手にされちゃいないだけで
‥先が思いやられます。
:10/06/01 21:13 :D905i :yJ1SMPPQ
#232 [笹]
:10/06/01 21:16 :D905i :yJ1SMPPQ
#233 [笹]
:10/06/01 21:18 :D905i :yJ1SMPPQ
#234 [笹]
:10/06/01 21:18 :D905i :yJ1SMPPQ
#235 [笹]
あげわすれ(´・ω・`)
:10/06/01 21:21 :D905i :yJ1SMPPQ
#236 [笹]
:
:
わーっと叫んでも
うーっと唸っても
それはただの体力の無駄遣い
この男‥実は頑固なのか?
ちっくしょう
湧き上がる苛立ち
自然と脳内再生される自らの声は
ぶっきらぼうになる
:10/07/13 23:16 :D905i :FnqGJxKs
#237 [笹]
「‥もう知りませんからね!!
あたしは悪くないです
なぁんにも!悪くないんですよ!」
応答なし。
「‥あの娘さんに絞められても
知りませんからっ」
応答せよ。
:10/07/13 23:16 :D905i :FnqGJxKs
#238 [笹]
「あ‥あたしが
どうなってもいいんですか?
きっとあたしあの娘さんに
し‥絞め殺されちゃいますよ!?」
なんと達者な口だろう
恋人に昇格したからって
つけあがるのもどうかと思う
「あんたはそれくらいじゃ‥
死にやぁ、しないでしょう。」
やっと口を利いたかと思えば
いちいち腹が立つ
:10/07/13 23:16 :D905i :FnqGJxKs
#239 [笹]
きっと全身の毛穴も血管も
開ききってるに違いない
体が熱くてたまらない
「んぅーっ!!
壱助さんのばかぁ!あほぉ!」
横になった背中に
思いっきり訴えて
背を向けて寝転がった
:10/07/13 23:17 :D905i :FnqGJxKs
#240 [笹]
たまにはこうして反抗して
わからせてやらないと
きっといつまでたっても
本質的主従関係は抜け出せない
いつまでたっても子供扱い
歯が立たないのは分かり切ってる
:10/07/13 23:17 :D905i :FnqGJxKs
#241 [笹]
:
:
煮えくり返った腸。
あたしは何に怒ってるんだろう
‥なんて今更
少し怒鳴りすぎたかな
ほんとはただのヤキモチ
男として魅力があるのは認める
だって実際かなりの色男
:10/07/13 23:18 :D905i :FnqGJxKs
#242 [笹]
だけど、他の女の人にも
そういう目で見られてるって
考えたら‥どうしょもなく‥
ものすごい美人な人が
壱助さんに惚れ込んだら
こんな滑稽なあたしには
当然勝ち目がないのだから。
ヤキモチは自信のなさの表れね
:10/07/13 23:18 :D905i :FnqGJxKs
#243 [笹]
気づけば、もう日が暮れていた
照らす夕日が
何となく虚しくさせた。
胸の奥がぎゅっとする。
取られたくなんかないんだ
どっかに行っちゃいやなんだ
だけど‥素直に言えない
:10/07/13 23:19 :D905i :FnqGJxKs
#244 [笹]
後ろに在るはずの横になった背中
ちらりと盗み見れば
いつの間にかいつものように
胡座をかいて外を眺めてた
嫌なんだ。
この背中が離れていくのが‥
素っ気なくたって
あたしには貴方が必要、壱助さん
:10/07/13 23:19 :D905i :FnqGJxKs
#245 [笹]
「壱す‥」
語りかけた背中の隣には
例の物であろう浴衣が
少し乱れて置かれていた。
「‥取りに?」
「流石に此では‥
夏が越せないもんで、ね」
そう言って背中越しに
胸元をぱたぱたさせていた
:10/07/13 23:20 :D905i :FnqGJxKs
#246 [笹]
「壱助さん‥?」
「事実を述べたまで、なのですが
何と‥強引な‥」
何かをあざ笑うかのように
くすっと息を抜きながら
"いや、いや"と頭を掻く
嫌な予感がした。
まさか"喰らわれた"のでは‥?
:10/07/13 23:20 :D905i :FnqGJxKs
#247 [笹]
もう居ても立ってもいられずに
膝を擦って彼との距離を縮めた。
夕日の逆光に照らされた横顔は
絵になりそうな程美しく
影に染まったその姿は
すぐさまあたしを虜にした。
:10/07/13 23:20 :D905i :FnqGJxKs
#248 [笹]
「なぁに‥
喰われちゃいませんぜ?」
余程不安げな顔をしていたのか
此方を覗き込んで微笑んだ。
「‥あ、」
:10/07/13 23:21 :D905i :FnqGJxKs
#249 [笹]
その瞬間、目に飛び込んで来たは
彼の頬に綺麗な紅葉。
不謹慎だと叱られてもいいや。
可笑しくて、嬉しくて、可愛くて
「浴衣に紅葉じゃあ‥
季節外れじゃないですか?」
思わず吹き出してしまった。
夕日の橙がそれを柔らかく
包み込んでいたのが幸いだろう
:10/07/13 23:22 :D905i :FnqGJxKs
#250 [笹]
「綺麗な紅葉ーっ!
今年は二人で紅葉狩りにでも‥」
さっきまでの不安もヤキモチも
どこかにやってしまうほど
それは鮮やかだったから。
「馬鹿にして、いるんですかい?」
目を細めて睨みをきかせたって
今はちっとも怖くない
:10/07/13 23:22 :D905i :FnqGJxKs
#251 [笹]
ねぇ、それって‥
「‥恋人が居るって?」
そう言ってくれたと思うと
思わず頬が緩んでしまうの
「いえ‥妻がいると、ね」
「‥ばーか。良くできました。」
そっと紅葉に手をやれば
まだじんじんと熱を帯びていた
:10/07/13 23:22 :D905i :FnqGJxKs
#252 [笹]
あぁもう‥愛おしいよ、壱助さん
「子供扱い‥ですかい?」
「たまには、いいでしょ?」
「えぇ‥。香夜さん」
甘えたい盛りなのか、
娘さんの一発が効いたのか
少し寂しそうな顔で
困ったように笑って見せて
:10/07/13 23:23 :D905i :FnqGJxKs
#253 [笹]
「‥ん?」
黙って此方を見つめて
胡座をかいた膝の上を叩いた。
その中に黙って収まり
身を寄せれば満足そうに笑って
:10/07/13 23:23 :D905i :FnqGJxKs
#254 [笹]
「褒美を‥頂けませんか、ね」
あの唇は甘えたって艶容だ。
緩く開けられた唇は誘い上手
―‥そっと触れる位のご褒美を
_
:10/07/13 23:24 :D905i :FnqGJxKs
#255 [笹]
:10/07/13 23:28 :D905i :FnqGJxKs
#256 [笹]
:10/07/13 23:30 :D905i :FnqGJxKs
#257 [笹]
:
:
「うわ‥雪だぁ!
壱助さん!雪だよっ雪!」
もう新年を迎えて睦月
次の年になったからといって
何かが変わるわけでもないけど
気持ちの切り替えのいい機会
‥今年の抱負は何にしよう
:11/01/26 13:12 :D905i :MmQRKSWw
#258 [笹]
「朝から‥騒がしい、ですね」
新年を迎えようが
壱助さんに変化はない
相変わらず冷静沈着です
この世が破滅の危機に直面しても
たぶん彼は変わらないだろう
:11/01/26 13:12 :D905i :MmQRKSWw
#259 [笹]
「積もるかなー積もるかなー?」
真っ白な雪は
ひらひらと舞う花びらのようで
春を先取りした気分になる
灰色の厚くて遠くまで続く雲が
もう地面にくっつきそうだ
:11/01/26 13:13 :D905i :MmQRKSWw
#260 [笹]
「雲って不思議ですよねぇ‥
ふわふわしてて綿飴みたいなのに
高い山に登ったって
絶対掴めないんですよ?」
「えぇ」
「それなのに、雨とか雪とか‥
一体どこに隠してるのかなー?」
囲炉裏から離れれば
空気はだんだん冷たくなって
鼻の先の感覚がなくなる
:11/01/26 13:14 :D905i :MmQRKSWw
#261 [笹]
指先も冷たくて
‥去年のことを思い出す
残念ながら、
いや‥嬉しいことに
今年は囲炉裏の前を陣取る彼は
ぴしっと着物を着用
今年の抱負は、
"脱露出狂"なのかしら‥。
:11/01/26 13:15 :D905i :MmQRKSWw
#262 [笹]
「そもそも雪って
何で降るんですかねー?
‥雨が凍ったの?
でもそしたら氷にならない?
あんなふわふわしないし‥」
脳を無理やりかき混ぜるように
あっちこっちに意識を飛ばして
無から有を作り出すのは
根本的に不可能だと落胆する
:11/01/26 13:15 :D905i :MmQRKSWw
#263 [笹]
「餓鬼を喜ばせる為です、よ」
背中でぼそっと呟いた
低くて鋭いくせに、
どこか柔らかいその声は
何を言ったって不快感を与えない
「餓鬼?」
「が き ん ち ょ」
壱助さんの口から放たれた
"ちょ"が妙に新鮮味を帯びて
何だか可笑しかった
:11/01/26 13:17 :D905i :MmQRKSWw
#264 [笹]
それを聞いてか何か、
色気を放ついつもの背中が
とても愛おしく見えた
「壱助さん、私もう‥」
性格は伴わないかもしれないけど
私も、もう十九だ
そもそも"がきんちょ"なんて
馬鹿にしてるようにしか思えない
:11/01/26 13:18 :D905i :MmQRKSWw
#265 [笹]
互いに背を向けて暖と冷
囲炉裏でぱちぱち音が鳴る
すきま風がひゅうと鳴る
火の紅と雪の白
紅白めでたい色だけど
この2つは一緒にはなれない
‥神様が決めた定め
この世のことは
先に神様が全部決めている
神様はいいなぁ‥
好き放題できてさ
:11/01/26 13:19 :D905i :MmQRKSWw
#266 [笹]
「‥香夜さん」
「っ‥何ですか?」
餓鬼じゃないなんて
言ったらたぶん笑われる
いや、壱助さんの場合は
笑いもせず
寝ぼけたことを言うあたしを
押し倒すに決まってるんだ
:11/01/26 13:19 :D905i :MmQRKSWw
#267 [笹]
とかなんとか言いながらも
今でも、あたしが
生娘であるということは
大切にされてるんだなーと思う
「今年の抱負を
‥お聞かせください。」
背中を向けたままだった
壱助さんの手は
何やら棒みたいなものを握り
何かをかき回してるようだった
:11/01/26 13:20 :D905i :MmQRKSWw
#268 [笹]
時折硝子に当たる音がする
瓶‥かな?
「抱負‥?えーっと
大人な女性になりたいです!」
「大人‥ほぉう」
尚もかき回す
その腕を上げたり下げたり
様子が把握できない
此方から見れば、変な光景
:11/01/26 13:21 :D905i :MmQRKSWw
#269 [笹]
「内面的にはもちろんですけど
見た目も、女性らしく‥はい」
何をしているのか気になって
背後から、四つん這いになって
そっと覗き込む
何してるのか問ったって
大した答えが返ってくるとは
思えなかったのです。
:11/01/26 13:22 :D905i :MmQRKSWw
#270 [笹]
今までの経験上
ちゃんとした返答があるのは
極々稀なことだから‥はは
「女性らしく、か」
何か引っかかるものがあるのか
壱助さんは
"なるほど"やら"はい、はい"やら
ぶつぶつ呟いている
:11/01/26 13:22 :D905i :MmQRKSWw
#271 [笹]
その内
彼の横顔が見えるようになる
気のせいかな?
何だか楽しそうに見えた
仏頂面にも一応
喜怒哀楽があることを発見
宝物を発見したかのように
何故かわくわくした
:11/01/26 13:23 :D905i :MmQRKSWw
#272 [笹]
「もう、
十九になったんですから‥」
呟くように、しかし手は止めず
少し開いた唇が色っぽく
着崩した襟元から覗く胸板は
男らしさを漂わせ
壱助さんは
人類最強な気がするもんです
:11/01/26 13:23 :D905i :MmQRKSWw
#273 [笹]
「ちょいと、手をかけるだけで
‥十分に魅力はあります、よ」
急に此方を向くから
どきっとしてしまう
何をするにも急だ
振り向く時に随時報告されても
おかしな話だけれど
:11/01/26 13:24 :D905i :MmQRKSWw
#274 [笹]
目を合わせて、あまりに彼が
真っ直ぐ見つめるものだから
急に恥ずかしくなって
あたしの視線は
彼と自分の手元に行ったり来たり
壱助さんは、微笑む
恐ろしいくらい美しかった
:11/01/26 13:25 :D905i :MmQRKSWw
#275 [笹]
瓶の中には黄金の液体
綺麗に伸びたあの指がそこに沈む
包み込むように
まとわり付くように
待ちわびて居たかのように
たっぷり黄金が絡みつく
そして、もう片方の手が
あたしを引き寄せた
:11/01/26 13:25 :D905i :MmQRKSWw
#276 [笹]
「冬は‥乾燥しますから、ね」
「ん‥」
黄金を纏った人差し指が
あたしの唇を優しく撫でた
甘ったるい香りと
ぬめっと貼り付くような感覚
隙間から流れ込んだものは
春が溶け込んだ甘みをおびて
:11/01/26 13:26 :D905i :MmQRKSWw
#277 [笹]
「はちみつ‥?」
囲炉裏の熱に温められて
丁度人肌と同じくらいの心地よさ
どうやら‥
これを溶かしていたらしい
「保湿効果があるようで、ね」
十分にあたしの唇に塗りたくって
指に絡み付いた余りを
舌で丁寧に舐めとっていた
官能的で、胸騒ぎ
:11/01/26 13:27 :D905i :MmQRKSWw
#278 [笹]
「保湿‥
確かに最近、乾燥してたかも」
「まぁ、関係あるのは
私だけですから‥
別に、乾燥していようがいまいが
どうってこと、ないのですが‥」
そう言い終わる前に
あっさり抱き寄せられてしまう
:11/01/26 13:28 :D905i :MmQRKSWw
#279 [笹]
この人はいつも完璧で
何でもあっさりやってのけて
あたしの心を何度も奪う
‥時々、憎らしい
「ちょいと、
塗りすぎちまったようで‥」
柔らかい吐息が頬をかすめて
口元をゆっくり垂れる甘い蜜に
引き寄せられるようにして
彼の舌が唇の横を這う
:11/01/26 13:28 :D905i :MmQRKSWw
#280 [笹]
「ん‥」
一度顔を離したかと思えば
今度は唇に吸い付いた
蜂蜜のねっとりした感触が
何故かあたしを高揚させる
体全体が熱くなって
どうしようもなく愛おしくなる
「ふ‥、」
息をつく隙を与えないほど
長い、甘い口づけ
頭がぼうっとする
:11/01/26 13:29 :D905i :MmQRKSWw
#281 [笹]
自然と舌が侵入してきて
初めてなくせに
すんなりと受け入れてしまう
歯並びを確認するように
丁寧にゆっくり伸びてきて
上顎を優しく撫でられる
脳内まで犯されて、
思考が止まりそう‥
崩した足の先から
じわじわと快楽が込み上げる
:11/01/26 13:30 :D905i :MmQRKSWw
#282 [笹]
羞恥に目を潤ませてみても
柔らかい唇を何度も重ねられ
少し斜めに傾いた
壱助さんの首筋が艶容で‥
やっと唇が離れた頃には
あたしはすでに彼の下
見下げる視線が柔らかい
つり上がった口元が
意地悪そうな笑みを作る
まるであたしをからかうように
:11/01/26 13:31 :D905i :MmQRKSWw
#283 [笹]
「壱助さんって‥
甘いもの‥苦手なんじゃ?」
あっという間に
黄金に濡らされたはずの唇は
彼に染まって
もどかしい余韻を残したまま
「其れと、此とでは‥訳が違う」
「はちみつ、
‥わざわざ買ってくれたの?」
:11/01/26 13:32 :D905i :MmQRKSWw
#284 [笹]
まだ整わない呼吸をよそに
目を細めて含み笑い
「食後の甘味として‥
今後、如何なものかなと‥ね」
「毎回、こうするんですか?」
優しく髪を撫でられる
これも神様が決めたこと?
:11/01/26 13:32 :D905i :MmQRKSWw
#285 [笹]
「気に食わない、と」
「いいえ、
‥保湿は大事でしょう?
大人の女性にとっては」
時折あたしは素直じゃない
それは壱助さんも同じよね?
「まぁ、ね
今宵、十九になったのですから‥
後は老いて行く一方、ですよ」
「まだまだ若いですぅ!」
:11/01/26 13:33 :D905i :MmQRKSWw
#286 [笹]
毒を吐く前にさらりと言ったけど
「壱助さん‥もしかして
今日があたしの‥」
「なぁに‥
それくらいの日付くらい
誰でも覚えられるもんです、ぜ」
本当は泣きたいくらい嬉しいよ
誰かに誕生日を
祝ってもらうのは約10年ぶりだ
:11/01/26 13:34 :D905i :MmQRKSWw
#287 [笹]
これを祝ってもらったと
言うかどうかは別として
「‥ありがと、壱助さん」
大人ぶってみても
やっぱり頬が緩んでしまうの
「では、記念に"これ"‥
全身に塗りたくりましょう、か」
今度は手を丸々突っ込んだ
透き通った黄金が輝く
その奥で、いつもの怪しい笑み
:11/01/26 13:34 :D905i :MmQRKSWw
#288 [笹]
「記念って‥何記念?!
ちょ‥壱助さんっ‥本気?!」
「大人記念、ですよ」
_
:11/01/26 13:35 :D905i :MmQRKSWw
#289 [笹]
ねぇ、神様
何でも全部が既に決まってて
時々あたしは悲しくなります。
悔しくもなります。
だけど
この世に生を受けたことを
悲しいことだとは思いません
愛する喜びも、愛される喜びも
あたしは教えられたからです
:11/01/26 13:35 :D905i :MmQRKSWw
#290 [笹]
「壱助さん‥?」
「何、か」
あたしの呼びかけに
答えてくれる人がいるからです
:11/01/26 13:36 :D905i :MmQRKSWw
#291 [笹]
「‥大好き」
運命があってもなくても
ずっと一緒にいたいと思える人
_
:11/01/26 13:36 :D905i :MmQRKSWw
#292 [笹]
:11/01/26 13:44 :D905i :MmQRKSWw
#293 [笹]
:11/01/26 13:45 :D905i :MmQRKSWw
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