記憶を売る本屋さん
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#101 [我輩は匿名である]
「あんたちょっと変わってそうだし、気軽に読めばいいんじゃないの?」
「変わってんのはお前だろ」
「お前じゃない。カンザキ アスカ」
「カンザキ アスカ?それ、お前の名前?」
「当たり前でしょ。ほら」
目の前に生徒手帳を突き出される。確かに、“神崎飛鳥”と書かれている。
初めて名前を知った。直人は元気が出たように笑い返す。
「…サンキュ、神崎」
「何が」
「いや、別に。帰ってちょっと読んでみるわ」
「あっそ。じゃ」
飛鳥はにこりともせずに、さっさと歩いてどこかへ行ってしまった。
:10/03/23 16:37
:PC
:pMFPl9Gs
#102 [我輩は匿名である]
飛鳥と話して、少し気が晴れた直人は、帰って一息ついてから、
あの本を引き出しから出して、ベッドの上で見つめていた。
飛鳥とは違って、本を読み進める目的ははっきりとはないが、強いて言えば、要と晶がどうなったのかが気になる。
「(…そうだよな、こんな俺が、死にたくなるわけがない)」
直人は自分に言い聞かせて、大きく息を吐く。
そして、ゆっくりと本を開いた。
:10/03/23 16:43
:PC
:pMFPl9Gs
#103 [我輩は匿名である]
目の前では、子ども達がわいわい言って走り回っている。
「…久しぶりだな…この感覚」
直人はそんな事を思いながら、ここがどこか考える。
公園かと思ったが、奥で先生らしきおばさんやおじさんが笑顔で子ども達を見ている。
しかし、小学生ぐらいの子どもも混じって遊んでおり、保育園でもなさそうだ。
「どこだ?これ」
そう言った直後、少し離れたところに、何日か前に晶を連れ戻しに来た、あの女性がいるのを見つけた。
「そうか、ここは、晶がいる養護施設か」
直人が気付くと同時に、要は右手を大きく上げた。
:10/03/23 16:51
:PC
:pMFPl9Gs
#104 [我輩は匿名である]
視線のはるか先で、誰かがこちらに手を振っている。
どうやら晶のようだ。
まさかこの間の続きで、ちょうど要が晶に会いに来ている、という事なのか?
「マジかよ…ちょうど良いっちゃ、ちょうどいいけど…」
行動を起こすのが遅くないか?直人は少し呆れる。
「こんにちはー」
すぐ横で声がした。しかし、晶の声ではない。
要がそっちに視線をやると、あの時見かけた、あの少女がいた。
「こいつ、何とか美代って奴!」
晶の物を欲しがっては奪っていく、あの女だ。
:10/03/23 16:56
:PC
:pMFPl9Gs
#105 [我輩は匿名である]
「…こんにちは」
要の声が弱くなる。彼もわかっているのだろう。
「何か用ですか?あっ、あなた、この間晶ちゃんと一緒にいた…」
「長月くん!!」
晶が猛ダッシュで要の所に走ってきた。
「ちょっと来て!!!」
「へ…」
要が返事をする前に、晶が要の腕を掴んで施設を出る。
美代から見えないよう、角を1つ曲がったところで2人は止まった。
:10/03/23 17:00
:PC
:pMFPl9Gs
#106 [我輩は匿名である]
「どうしたの?こんな所まで」
「いやぁ…」
本当の事を言うのが恥ずかしいのか、要は言葉を濁す。
「恥ずかしいのも分かるけど、さっさと言えよ。
前は泣いてたから、元気になったかどうか心配だったんだろ」
直人は分かりきったように断言する。
「…心配になって。この間あった時、石川さん…ずっと泣いてたから。元気になったかなぁって」
「…お?」
自分で言った事を、要も言った。
話の流れからして分かることなのかもしれないが、何だか不思議な感じがした。
:10/03/23 17:07
:PC
:pMFPl9Gs
#107 [我輩は匿名である]
要の話を聞いて、晶は小さく笑う。
「やだなぁ、悲しくて泣いてたんじゃないよ?」
「わかってるけどさぁ、帰るまでずっと泣いてたから、どうしても心配になって」
「ありがとう。…私、最近前より元気だよ。長月くんのお陰で」
晶は嬉しそうに笑う。可愛らしい笑顔。
「…照れるじゃん」
「やめろよ、照れるから」
直人と要は同時に言った。
「ハモった…」
「でも、元気なんだったら、良かった」
:10/03/23 17:13
:PC
:pMFPl9Gs
#108 [我輩は匿名である]
「最近雨だったでしょ?だから、散歩できなくて。また会いに行きたいなぁとは、思ってたんだけど」
「そっか。じゃあちょうど良かったかな」
「うん。本当にちょうど良かったよ。…門にあいつがいたのは、ちょっと具合悪かったけど」
晶はちょっと苦笑いして、ふと後ろを向く。
その瞬間、曲がり角の影に誰かが隠れた。
「今のって…」
「ちょっと待ってて」
晶がそう言って、そこまで様子を見に行く。
「…やっぱりあんただったの」
晶の声が曇る。
:10/03/23 17:19
:PC
:pMFPl9Gs
#109 [我輩は匿名である]
「やっぱあいつか。おい、早く追い返しに行けよ」
直人の指示が聞こえたように、要が歩き出す。
来てみると、美代が後をつけてきていた。
「晶ちゃん、いいなぁ…。私も男のお友達欲しいな」
「知らないわよ、自分で作ればいいでしょ。さっさと帰りなさい」
「えー、いいじゃない。ちょっとだけ」
美代は「お願い!」と手を合わせる。
「悪いけど」
要が口を開く。
「後をつけて来るような人と、友達になる気はないから」
要は意外にも、きっぱりとそう断った。
:10/03/23 17:23
:PC
:pMFPl9Gs
#110 [我輩は匿名である]
「長月くん…」
「ちぇっ、つまんないの」
美代は怒ったように頬を膨らませて、プイッと背を向けて帰っていった。
「2度と来んなよ」
直人は美代の背中を睨みつける。
「…これで大丈夫だろ」
「…うん…」
困り果てたように、晶は力なく返事した。
「そんなに気にしなくても、あんな子相手にしないから、心配するなよ」
「…うん、わかった」
晶は笑って、大きく頷いた。
:10/03/23 17:28
:PC
:pMFPl9Gs
#111 [我輩は匿名である]
「そうだ、あいつに会わなくて済むように、今度いつ会うか決めとこう。場所も」
少し考えてから、要はそう提案した。
晶の顔が、ぱぁっと明るくなる。
いい考えだと、直人も頷く。
「うん、そうしよう!」
「よし、じゃあ…いつがいいかな?日曜日の方が、長い時間いれるよね」
「うん。じゃあ、次の日曜日にしよう!場所は…あ、初めて会った、あの場所がいい!」
晶は、自分がしゃがんでいた、あの場所を言っていた。
あそこなら、美代も知らないだろう。
「わかった。昼からでいいかな?」
「うん。ご飯食べてから」
:10/03/23 17:35
:PC
:pMFPl9Gs
#112 [我輩は匿名である]
「じゃあ、2時ごろ、2時ぴったりにしよう」
「うん!」
晶は楽しそうに、笑って大きく頷く。
待ち合わせなど、した事がないのかもしれない。
まるでデートの待ち合わせをしているような2人。
それを見ていて、直人も何だか嬉しくなってきた。
「じゃあ、次の日曜日の2時に、あの場所で」
「うん!絶対だよ!」
「うん」
要が頷くのを見てから、晶は手を振りながら帰っていった。
晶が見えなくなってから、直人の視界も暗くなった。
:10/03/23 17:39
:PC
:pMFPl9Gs
#113 [我輩は匿名である]
次の日曜日、つまり4月21日。2人が初めてデートする日。
「(…この日は、忘れずに読まないとな)」
直人は40年前の今日の話に一通り目を通す。
やはり、読んでいない日の事は書かれていなかった。
「(毎日ちゃんと読めって事か)」
直人は少し反省する。
ただ、話が急激に変わっていない事にはホッとした。
『自分に起きている事のように感じられる』
ネットで見たあの一言が、ふと頭の中をよぎった。
少しだけ、今の自分がそうなりつつある気がした。
:10/03/23 17:53
:PC
:pMFPl9Gs
#114 [我輩は匿名である]
要と晶の間を見守るのもいいが、直人はもう1つ肝心な事を思い出した。
「(…薫に謝ったほうがいいかなぁ…)」
直人は考えながら、携帯電話を開く。
しかし、誰からもメールはない。
「(…いや、意外と明日はいつも通りかもしれないな)」
直人はそんな変な期待を抱き、携帯電話を閉じた。
:10/03/23 17:57
:PC
:pMFPl9Gs
#115 [我輩は匿名である]
しかし、それはどうやら甘かったようだ。
朝少し早めに学校に着いたが、すでに薫は鞄だけを残し、教室内にはいなかった。
「はぁ…」
机に座って、何て謝ろうか考える。
すると。
「ねぇねぇ、水無月くん」
隣の席の女子が話しかけてきた。大橋怜奈。そんな名前だった気がする。
「…何か用…?」
「水無月くんって、月城くんと仲良いよね?」
こんな時に。お前は嫌味を言いたいのか。直人はその気持ちを抑えて「まぁ」とだけ返事をする。
:10/03/23 18:02
:PC
:pMFPl9Gs
#116 [我輩は匿名である]
「月城くんって、彼女いるの?」
何だこの女。直人は答えず、「何で?」と聞き返す。
「なんか、友達が月城くんの事好きらしくて」
「(…モテるんだな、あいつ)」
直人は若干ショックを受けつつ、「いないんじゃない?」と適当に返事をする。
「ふぅん、そっか」
「あ!」
昨日薫が女を連れていたのを、今思い出した。
しかし、すでに怜奈は席を離れ、教室を出てしまっていた。
「あぁ〜やっちまった…」
直人は頭を抱えて、机に突っ伏した。
:10/03/23 18:07
:PC
:pMFPl9Gs
#117 [我輩は匿名である]
その頃、薫は屋上で響子と一緒に話をしていた。
「あらぁ、喧嘩しちゃったんだ」
「まぁな。昔からよく喧嘩はしてたけど、昨日は珍しく、両方本気だったな」
「2人とも怪我しなかった?」
「あぁ、俺が壁に頭ぶつけたぐらいで」
「えっ!?ダメじゃん!!大丈夫!?」
響子はびっくりしながら大声を出す。
「大丈夫だよ。ちょっとたんこぶ出来てたみたいだけど、治ったみたい」
「そう…。気をつけないとダメだよ」
「…うん」
薫はフッと、小さく笑う。
:10/03/23 18:12
:PC
:pMFPl9Gs
#118 [我輩は匿名である]
「…なぁ、香月」
「ん?」
「…“霜月優也”って名前に心当たりないか?」
薫は真剣な表情で、響子に尋ねる。
その真剣さに、響子も本気で頭をひねってみるが、どうやらないようだ。
「…知らない、と思う」
「…そうか」
薫は残念そうにため息をついた。
「その人がどうかしたの?」
「…いや、何でもない」
「何それ!?気になるじゃない!!」
「いいよ、忘れて」
「無理!!」
:10/03/23 18:16
:PC
:pMFPl9Gs
#119 [我輩は匿名である]
響子が問う正そうと必死になっていると、チャイムが鳴った。
「あ、チャイム。かーえろ」
薫はさっさと、逃げるように歩き出す。
「あっ、ちょっと待ってよ!」
響子も慌てて走り出す。
しかし、一昨日よりも少し強い頭痛が、響子を襲った。
「痛っ…!」
響子は頭を抑えてしゃがみこむ。
その声に気付き、薫が急いで駆け寄る。
「おい、大丈夫か!?」
「う…うん…。大丈夫…一瞬だけだったから」
:10/03/23 18:21
:PC
:pMFPl9Gs
#120 [我輩は匿名である]
響子は弱々しく笑って、顔を上げる。
しかし、薫の心配は晴れない。
「…保健室行くか?」
「いいよ、そこまでしなくても、もう治ったから。…ごめんね、心配かけて」
響子は「行こ」と、歩き出す。
その背中を、薫は止まったまま見つめる。
「…俺に謝るな、…今日子」
薫の独り言が聞こえたのか、響子が振り向く。
「何か言った?」
「……いや、何にも言ってないよ」
薫はそう言って、響子と並んで屋上を後にした。
:10/03/23 18:27
:PC
:pMFPl9Gs
#121 [我輩は匿名である]
「悪かった!!!」
昼休みになるやいなや、直人は薫の元に謝りに行った。
急に手を合わせて謝ってきたため、薫はきょとんとする。
「…そのぉ〜、昨日は俺ちょっとイライラしてて、おまけに女連れてるし、何かモテるみたいだし?
なんか余計に腹立ってきて、っていうか今もあんまりスッキリしてないけど」
「謝る気あるのか?お前」
謝っているのか皮肉っているのかわからない直人に、薫も言い返す。
「っていうか、『モテるみたい』ってどこ情報?」
「俺情報」
「はぁ?」
:10/03/23 18:37
:PC
:pMFPl9Gs
#122 [我輩は匿名である]
「いや、あの…今日の朝、大橋に『友達が月城くんの事好きらしいんだけど、彼女いるのかなぁ?』って聞かれたから…」
ちょっと困った顔で話し始めた直人に、薫は眉をひそめる。
「で、お前、何て言ったんだ?」
「い…いないんじゃねーの…って、言いました」
謝るように頭を垂れて、直人は答えた。
薫は呆れ笑いしながらため息をつく。
「…まぁ、いないのは事実だしな」
「『今は』だろ?」
直人もおちょくるように言い返す。
「つーか、あの子誰?」
「4組の香月 響子」
:10/03/23 18:42
:PC
:pMFPl9Gs
#123 [我輩は匿名である]
「いつから仲良くなっちゃったわけ?」
「直人が本をもらった次の次の日」
「何でまた」
「屋上に行ったらいたんだよ。それで」
「屋上?何で屋上なんか」
「何となく、行ってみたかったんだよ」
直人のまるで尋問のような問いかけに、薫は1つ1つ短く答えていく。
「俺からも聞くけどさぁ」
「何?」
今度は薫が、弁当箱を開けながら尋ねる。
「大橋って誰?」
「…お前、それはちょっとひどいだろ」
:10/03/23 18:47
:PC
:pMFPl9Gs
#124 [我輩は匿名である]
直人はちょっと呆れ返る。
「あいつ。1番こっち向いてる奴」
気付かれないように、直人は女子の1グループを指をさす。
こっそり目をやって、薫は「あぁ」と思い出すように声を漏らした。
「知ってただろ?」
「風紀委員同じだった」
「…それ余計にひどくないか?」
「他の女に興味ないの」
薫のその一言に、直人はあんぐりする。
「調子に乗るなよお前…」
「何だ?またやんのか?次は手ぇ抜かねぇぞ」
真顔で2人はにらみ合う。
が、今度は流石におかしかったのか、2人とも笑い出した。
:10/03/23 18:52
:PC
:pMFPl9Gs
#125 [我輩は匿名である]
「あーあ、喧嘩なんかするもんじゃないな」
「ホント、つまんねぇ喧嘩だったなぁ」
2人は息をつきながら弁当箱をつつく。
「…ところで、どうしても聞きたい事があるんだけど」
改まって、直人が口を開く。
もうわかっていたのか、薫も堪忍したように笑う。
「『俺が本を持っているのか』、か?」
「うーん、まぁ、そうかな。それが1番聞きたいのかも」
たくさん聞きたい事があったのに、今はそれしか出てこなかった。
しばらく考え、薫は答える。
「あぁ、持ってる」
:10/03/23 18:56
:PC
:pMFPl9Gs
#126 [我輩は匿名である]
「…やっぱりそうか」
「内容はまだ言えないけど、直人よりもずっと前にな」
「いつ?」
「中1の時」
「そんな早くから?」
「あぁ。読み終えるのに2年半かかった」
「そんなに…?」
全然知らなかった。ポーカーフェイスもいいところだ。
「死にたくならなかったのか?」
「いや、全然。元々俺には『目的』があったから」
:10/03/23 19:01
:PC
:pMFPl9Gs
#127 [我輩は匿名である]
目的。直人は聞きたかったが、これはきっと答えないだろう。なぜかそんな気がした。
「その代わり」
薫が続ける。「初めて人を『殺してやりたい』と思った」
直人はドキッとした。
「なっ、何言い出すんだよ…!?」
「この間まで、ずっと考えてた。『あの女は今、どんな姿をしているのか』ってな」
「女なのか…?」
「あぁ。…でも、そんな事考えてる場合じゃないんだよな、俺」
その言葉の意味が、分からなかった。
聞きたかったが、どうしても聞けない。
薫の表情が、悲しそうに見えた。
:10/03/23 19:06
:PC
:pMFPl9Gs
#128 [我輩は匿名である]
「…そっか、…悪かったな、いろいろ聞いて」
まだまだ話を聞きたい自分を抑えて、直人は話を終わらせた。
「何だよ、もういいのか?」
「あぁ、またぼちぼち聞いてくよ」
直人はいつも通り笑ってみせる。
「…本、読み続けるのか?」
薫がふと、そんな事を聞いてきた。
「…あぁ、実は一昨日まで怖くて読みたくなくなってたんだけど、読み始めたからには全部読もうと思ってる」
「…そうか」
薫はそれだけ言って、もう何も聞いては来なかった。
:10/03/23 19:11
:PC
:pMFPl9Gs
#129 [我輩は匿名である]
直人はその日から毎日欠かさず本を読んだが、
特に大きな変化はなく過ぎていった。
薫の様子が気になったが、本人が本について何も語らないため、
直人も無理に聞く事は避けていた。
「…よし」
日曜日、直人は朝からジャージ姿で本を構えていた。
変化がない日々におさらばだ。
直人は鼻からふうっと深く息を吐き、
心を落ち着かせてから、ゆっくりと本を開いた。
:10/03/24 10:46
:N08A3
:vv1d3OC.
#130 [我輩は匿名である]
要はすでに、あの場所に着いていた。
デートは初めてなのか、そわそわしている。
「そんなにウロウロしないで、落ち着けよ」
直人はそう言いつつも、自分も少しドキドキしている。
美代がついて来ていないかが不安なところだが。
「…あ」
要が声を漏らす。
晶が走ってきている。
念のため後ろを確認するが、誰もついて来ていないようだ。
:10/03/24 10:46
:N08A3
:vv1d3OC.
#131 [我輩は匿名である]
「お待たせ」
「時間ちょうどだな。どうする?喫茶店でも行こうか」
「うん」
喫茶店。カフェじゃなくてか。直人は時代の変化をふと感じる。
「紅茶が美味しい所があるって聞いたんだ。行ってみよう」
「そうなんだ。私、紅茶大好きだよ」
「そりゃ良かった。…あの子はついて来てないよな?」
「大丈夫。見つからないように出て来たから」
「施設の人にも言ってきた?」
「昨日から言ってた」
:10/03/24 10:47
:N08A3
:vv1d3OC.
#132 [我輩は匿名である]
「万全だな」
直人と要は同時に言う。
晶はフフンと、誇らしげに笑っている。
「楽しみにしてたんだもん、邪魔されたくないもんね」
「うん。今日はいっぱいいろんな話をしよう」
「うん!」
晶は笑顔で大きく頷く。
「…ねぇ」
「ん?」
「…長月くんって、何かよそよそしいから…呼び方変えてもいい?」
晶はおずおずと申し出る。
:10/03/24 10:47
:N08A3
:vv1d3OC.
#133 [我輩は匿名である]
「いいねぇ、こういうの」
直人は2人が恋人同士に見えて仕方がない。
「本当だな。俺も何か考えていい?」
「うん、喫茶店に着くまでに決めよ」
晶にそう言われて、直人も一緒に考える。
「…やっぱ、呼び捨てかなぁ…でも、要なら“晶ちゃん”とか呼びそうだな」
「…要くん」
「…じゃあ、晶ちゃん」
やっぱりな。直人は予想通りの展開にちょっと笑う。
:10/03/24 10:48
:N08A3
:vv1d3OC.
#134 [我輩は匿名である]
また、2人もちょっと恥ずかしそうに笑い合う。
「なんか、友達って感じになったな」
「うん。…嬉しい」
晶は少し頬を赤くして小さく笑う。
「…可愛いな。最初は危なそうな奴だと思ってたけど、普通の女の子じゃん」
「友達って、俺が初めてなんだっけ」
「うん」
「何か嬉しいな。1番乗りだもんな」
「ははっ。喜んでもらえて私も嬉しい」
そんな、聞いている方が照れるようなやりとりをしているうちに、要の言っていた喫茶店に到着した。
:10/03/24 10:49
:N08A3
:vv1d3OC.
#135 [我輩は匿名である]
焦げ茶色のレンガで建てられた、ちょっと洋風の喫茶店。
中には多くの客が入っていたが、運良くまだ席が空いている。
店員に席へ案内され、2人は向かい合って座る。
「何頼む?」
「ミルクティーがいい」
「…それだけ?」
「私、あんまりお金持ってなくて」
「ちょっとぐらいなら、出せるよ」
要は若干不安そうながらも、ちょっとちょっと強めに言い張った。
おお、男前。直人は感心する。
:10/03/24 10:49
:N08A3
:vv1d3OC.
#136 [我輩は匿名である]
「えっ、いいよいいよ。ミルクティーだけで十分」
「でも…」
「さっきお昼食べたばっかりだし、本当に大丈夫」
「そう?まぁ何か食べたくなったら言ってね」
「うん、ありがとう」
「…俺、ちょっとトイレ行って来る。もし注目聞かれたら俺もミルクティー頼んどいてもらっていい?」
「うん、わかった」
要は「ごめんな」と言って、トイレに席を立つ。
:10/03/24 10:50
:N08A3
:vv1d3OC.
#137 [我輩は匿名である]
「…ん?トイレ?」
直人はハッとする。
トイレには鏡がある。と言う事は、要の顔が映る。
『本当の世界の自分と同じ顔』
ネットでの書き込みを思い出した。
「えっ?ちょっと待てよ、俺そんな、まだ覚悟できてねーって!」
「はぁ…緊張してきた…」
直人が喚いている間に、要は息を深く吐きながらトイレに入ってしまっていた。
「ダメだダメだ!しっかりしろっ!」
要は目を閉じて、パチパチと両手で頬をたたく。
そして、鏡の前で目を開いた。
:10/03/24 10:51
:N08A3
:vv1d3OC.
#138 [我輩は匿名である]
「…!?」
直人は息を呑んだ。
やはりあの書き込みは本当だった。
どちらかというと釣り上がった感じの目に、筋の通った鼻。
そして何より、左頬の下の方にあるほくろ。
その全てが、直人と全く同じだ。
髪型は違っても、顔は直人そのものだった。
要が何か独り言を言っているが、全く耳に入ってこない。
あの書き込みが本当だということは、やはり長月要は…。
:10/03/24 10:51
:N08A3
:vv1d3OC.
#139 [我輩は匿名である]
いや、待てよ。直人は精一杯考える。
今は1977年。あっちは2017年。今要は16歳で1961年生まれ。
俺も16歳で、2001年生まれである。
2001-1977=24
24+16=40
つまり、要の寿命は40歳?早死に?
と言うことは、あと24年分も読み続けなければならないのか?
その前に、俺は何でこんな計算をしてるんだ?
あーもうわけがわからない!
でも、顔がここまでそっくりだと、他人とも思えない。
しかし、母親姓は北里だったはずだ。
:10/03/24 10:53
:N08A3
:vv1d3OC.
#140 [我輩は匿名である]
つまり、ご先祖様ではない。
薫か誰かに聞いてみるべきか?
いや、でも聞いてばっかりじゃなく、自分で暴いてみたい気もする。
でも、今はそんな事考えている場合でもない。
せっかくのデートなのに、こんな事は帰ってから考えろ!
しかし、頭がボーッとしてそんな気にもなれない。
自分の体なら、頭をぐちゃぐちゃに掻き乱しているところだ。
:10/03/24 10:57
:N08A3
:vv1d3OC.
#141 [我輩は匿名である]
:10/03/24 10:59
:W52SH
:8y8n9HLE
#142 [我輩は匿名である]
「あーダメだダメだ!集中しろ、俺!
…とりあえず、あの2人はどうなったんだ…?」
直人は考えるのを無理に止めて、集中する。
目の前では、晶が笑っている。
考えて込んでいる間に、だいぶ時間が経っていたようだ。
何の話なのかわからないが、2人は楽しそうだ。
「だったら、結構楽しいんじゃない?学校」
「まぁ…ね。でも、やっぱり要くんといる時が1番楽しいよ」
「晶ちゃん…」
:10/03/24 10:59
:N08A3
:vv1d3OC.
#143 [我輩は匿名である]
「私には、…要くんだけだから」
晶はそう言って、ミルクティーのカップに口をつける。
「…俺なんかでいいのか?俺、弱虫だし…頭も良くないし、
何にも役に立たないと思う」
「そんな事関係ないよ」
晶はそっと、要に笑いかける。
「弱虫でも、頭が良くなくてもいい。私は…今の要くんが好き」
晶の突然の告白。
要も直人も、信じられずにぽかんとする。
:10/03/24 11:00
:N08A3
:vv1d3OC.
#144 [我輩は匿名である]
:10/03/24 11:01
:N08A3
:vv1d3OC.
#145 [我輩は匿名である]
「あ…はは、ごめんね、急に変な事言って」
晶は冗談っぽく笑って、何気なく店内の時計に目をやる。
直人の気付かない間に結構話していたらしく、
もう時計の針が4時を回っていた。
「…ここから帰ったら、何分くらいかかるかな?」
「えっ…うーん、30分か、40分くらいかな?どうかした?」
「5時には帰って来いって言われてたの、忘れてた」
「え!?じゃあそろそろ行かないと」
「うん、ごめんね。早く言っとけば良かったね」
:10/03/24 11:02
:N08A3
:vv1d3OC.
#146 [我輩は匿名である]
「ううん。じゃあ行こっか」
伝票を手に、要が先にレジへ向かう。
晶は慌てて鞄を持って後を追う。
「待って、財布が…」
「いいよ、俺出すから」
「え、でも…」
晶が財布を探している間に、会計は終わってしまった。
要は「行くよ」と言って喫茶店を出る。
:10/03/24 11:03
:N08A3
:vv1d3OC.
#147 [我輩は匿名である]
晶が何か言いたそうだが、要はなぜか晶の顔を見ないで、黙って歩いている。
「…さっきの告白で、困ってるんだな」
直人はぼそっと呟く。
結構大口をたたいてきたが、自分が彼の立場に立ったら、
きっと同じように、すぐには返事出来ないんだろうな、と。
待ち合わせ場所に戻るまで、2人は何も話さなかった。
今までの直人なら、気まず過ぎてあーしろこーしろと騒ぐところだが、
そんな気にもなれない。
:10/03/24 11:04
:N08A3
:vv1d3OC.
#148 [我輩は匿名である]
30分程の間黙って歩くと、あの場所に着いてしまった。
「着いちゃったね」
「うん」
到着してやっと、2人は言葉を交わす。
「今日はありがとう。楽しかった」
「…うん、俺も」
「…じゃあね」
晶は元気なく笑い返して、要に背中を向け、歩きだす。
「…このままで良いのかよ」
心の底からモヤモヤして、直人は要に言う。
:10/03/24 11:04
:N08A3
:vv1d3OC.
#149 [我輩は匿名である]
要もまた、悩んでいるように両手を握りしめていた。
しかし、その間にも晶はどんどん離れていく。
直人はもう、我慢できなくなった。
「待てよ!!」
「待って!!」
直人と要が叫んだのは、同時だった。
晶が驚いたように振り向く。
「さっき、急に『好きだ』って言われて…
俺、びっくりして…信じられなくて、何にも言えなかったんだ」
要の声が少し震えている。
:10/03/24 11:05
:N08A3
:vv1d3OC.
#150 [我輩は匿名である]
晶は体ごとこちらに向き直る。
「でも俺…っ、俺も…」
要はなかなか言いだせない。
直人はある事気付いた。
これが本当なら…。
直人もちょっとドキドキしながら叫ぶ。
「俺も、晶ちゃんが好きだ!」
それは、要の声となって晶に伝えられた。
やっぱり。直人は思った。
:10/03/24 11:06
:N08A3
:vv1d3OC.
#151 [我輩は匿名である]
「要くん…」
「俺、来週も待ってるよ!今日と同じ時間、ここで待ってるから!
今日は緊張して上手く喋れなかったけど、今度はもっといっぱい話そう!」
要は勢いが出てきたのか、言いたい事を言い切った。
晶も安心したように笑顔を見せる。
「うん!じゃあまた来週会おうね!」
そう言って、晶は大きく手を振る。
要も同じように振り返す。
そして、晶が帰っていくまで、ずっとそこでたたずんでいた。
:10/03/24 11:07
:N08A3
:vv1d3OC.
#152 [我輩は匿名である]
直人はじっと本を見つめながら、さっきの事を考えていた。
「…あいつが困って、そん時に俺が叫んだら、あいつも同じように叫ぶのか?」
晶を呼び止める時。晶に気持ちを伝える時。
直人が叫ぶと同時に、要も同じように叫ぶ。
若干の口調の違いもあるが、ほぼ変わらない。
直人は複雑な気持ちで本を閉じ、部屋を出る。
一気にいろんな事がなだれ込んできた1日だった。
:10/03/24 11:08
:N08A3
:vv1d3OC.
#153 [我輩は匿名である]
その気持ちは、月曜になっても晴れなかった。
直人は浮かない顔で学校への道を歩く。
うっとうしい事に、今日は雨。
「水無月くん」
誰かが話し掛けてきた。
どっかで聞いた声だな。
そう思って振り向くと、見た事がある女子がすぐ後ろに走ってきていた。
「おはよう」
「…えー…」
名前が出て来ない。
:10/03/24 11:09
:N08A3
:vv1d3OC.
#154 [我輩は匿名である]
「…ごめん、誰だっけ」
「大橋よ!
お!お!は!し!れ!な!」
「朝からうるせぇよ…」
耳元で大声で名乗られて、直人は煩わしそうに顔を背ける。
「水無月くん、嘘ついたでしょ」
「何の話?」
「あれ」
怜奈は前方を指さす。
彼らの20メートル程先を、薫と響子が一緒に歩いている。
:10/03/24 11:10
:N08A3
:vv1d3OC.
#155 [我輩は匿名である]
「(あらー…)」
「あの人、彼女でしょ」
ずけずけ聞いてくる怜奈を、直人は迷惑そうに見下ろす。
「何でそこまで聞くんだよ?お前、探偵?」
「探偵だったらもっと上手くやるわよ。
友達が好きみたいって、この間言ったでしょ?」
「友達思いなんだねぇ」
適当に返事をしながら、直人もちょっと気になって、前の2人の様子を伺う。
:10/03/24 11:53
:N08A3
:vv1d3OC.
#156 [我輩は匿名である]
「今日は眼鏡なんだね」
見られているとも知らずに、響子は薫に言う。
「雨の日は視力落ちるからな」
薫は珍しく、茶色いフレームの眼鏡をかけていた。
「目悪いの?」
「そこまで悪くないよ。0.8ぐらい。だからあんまり度も入ってない」
薫はそう言って、響子に眼鏡を貸す。
:10/03/24 19:01
:N08A3
:vv1d3OC.
#157 [我輩は匿名である]
響子は試しにそれをかけてみるが、合わないのか、すぐに薫に返した。
「きつい!」
「ははっ。香月は目良いんだな」
「1.2あるからね」
「へぇ、やるじゃん」
薫は眼鏡をかけ直しながら感心する。
:10/03/24 19:02
:N08A3
:vv1d3OC.
#158 [我輩は匿名である]
「…何かわかんねーけど、いちゃついてるみたいだな」
朝っぱらから見せ付けてくれる。
直人は呆れたようにあくびをする。
「…ふぅん…」
怜奈は何か考えるように、冷めた目で2人を見ている。
直人はそれに気付かなかった。
:10/03/24 19:02
:N08A3
:vv1d3OC.
#159 [我輩は匿名である]
「いつも一緒に来てんのか?」
直人の思いがけない問いに、焼きそばパンにかじりついたまま、薫は目を丸くする。
「はぎ?ほふげん(何?突然)」
「未来の彼女。今日一緒に来てただろ?」
「…はんげひっけんは?(何で知ってんだ?)」
「…何言ってるかは大体わかるけど、とりあえず飲み込んでから喋れ」
直人に言われて、薫は口に入っている分のパンを、適当に噛み砕いて飲み込む。
詰まりそうになったのか、その上から更にペットボトルのお茶を流し込む。
:10/03/24 19:05
:N08A3
:vv1d3OC.
#160 [我輩は匿名である]
「今日はたまたま、見つけたから一緒に来ただけ。大体何で知ってんだよ?」
「今日、俺達ちょっと後ろ歩いてたから」
「ちょっと待て、俺“達”って誰だ」
「大橋怜奈。何か横にいたから」
あいつか。薫も朝の直人同様、めんどくさそうな顔をする。
「…うっとうしいな…。お前は相手にしてねぇよ…」
「お前を好きなの、あいつの友達だぞ?」
直人は間違いを正すように言い直す。
「…どうだかな…」
薫は何か考えながら、ペットボトルを片手に、じっと怜奈を見ていた。
:10/03/24 19:06
:N08A3
:vv1d3OC.
#161 [我輩は匿名である]
「今日は何もなしか」
本を閉じて、直人はため息をつき、
いつものようにベッドに寝転び、窓から満月を見上げる。
また次の日曜日までお預けかな。
「(気になるのになぁ…)」
晶は今ごろ、どうしているのだろう。
また美代に手を焼いていないだろうか。
ボーッと考えた後、直人はハッとした。
「俺、何深く考えてんだ…?」
まるで要じゃないか。
直人は机に肘をつき、頭を抱えた。
:10/03/24 23:45
:N08A3
:vv1d3OC.
#162 [我輩は匿名である]
おもしろいです
続き待ってます
:10/03/26 16:31
:W61SA
:my01452g
#163 [我輩は匿名である]
:10/03/28 00:17
:W53H
:TqXP9qoY
#164 [我輩は匿名である]
>>161さん
読んでいただいてありがとうございます

でかけていて更新出来ませんでした


ちょっとずつ進めますね

>>162さん
見やすくしていただいて、ありがとうございます

:10/03/28 14:54
:N08A3
:iQI8B8Nc
#165 [我輩は匿名である]
すみません、レスがずれました

上は>>162さんへ、163さんへ、です


:10/03/28 14:57
:N08A3
:iQI8B8Nc
#166 [我輩は匿名である]
夢中でいっきに読みました!面白いです

応援しています

:10/03/28 17:04
:L01A
:HX1T/pzw
#167 [我輩は匿名である]
なんかレスするごとに大変な事に…(´Д`)
>>166さん
長いのに一気に読んでいただいてありがとうございます


頑張るので、ぼちぼち読んで下さい

:10/03/28 20:15
:N08A3
:iQI8B8Nc
#168 [我輩は匿名である]
一方、薫はベッドの上で、何かを深く考えているような顔で寝転がっていた。
不意に、枕元に置いていた携帯電話のバイブが鳴る。
手にとって見てみると、響子から電話がかかってきている。
「もしもし」
「あ、月城くん?ごめんね、いきなり電話しちゃって。今…時間大丈夫?」
「あぁ、大丈夫。…どうかした?」
「うん…」
響子は少し悩んでいるようだった。
その声を聞いて、薫も不安を抱く。
:10/03/28 20:17
:N08A3
:iQI8B8Nc
#169 [我輩は匿名である]
「この間、私に『霜月優也って聞いたことないか』って聞いたでしょ?」
「…あぁ、聞いた」
薫の表情が変わる。
「…何か知ってるのか?」
「…気のせいだと思ってたんだけどね」
響子が話しだす。
「この間から私、たまに頭痛くなるでしょ?その頭痛くなった日に、寝ると必ず夢を見るようになって…」
「どんな夢?」
響子が少し言葉を区切ったのを感じ、薫が尋ねる。
:10/03/28 20:18
:N08A3
:iQI8B8Nc
#170 [我輩は匿名である]
「…1番最初は、私がどこかで洗濯物を干してたら、誰かが手伝ってくれた。…たったそれだけ。
そして次は、病院のような所でもう1回会って、名前を教えてもらうの。
その時教えてもらった名前が、“霜月優也”だった。名刺に書いてあったから、間違いないと思う。
そして、今日昼寝してたらまた見たの。今日は、私とその人が食事に行ってた。
その人が誘ってくれたんだと思う。…今まで見たのは、そこまで」
薫はまた「そうか」とだけ返事をした。
“そこまで”という事は、その続きがある事をわかっているのかもしれない。
そう思った。
:10/03/29 11:40
:N08A3
:P5Rp3vxg
#171 [我輩は匿名である]
「でもね、1つだけ、変なのよ」
響子が補足する。
「何が?」
「その人の顔だけ、どうしても思い出せないんだ」
その言葉に、薫は眉をひそめる。
「…全くか?」
「…うん、全然。それに、私の名前も、香月響子じゃなかった。…何だったかな…」
「…長谷部 今日子」
薫は静かに呟く。
響子もそれを聞き逃さなかった。
:10/03/29 11:41
:N08A3
:P5Rp3vxg
#172 [我輩は匿名である]
「…そう、そんな名前だった」
「…やっぱりそうか」
薫はそれだけ言ってしばらく黙り込んだ。
「(…やっぱり…今日子だったんだな…)」
両方の目尻から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「…月城くん?」
響子の声を聞いて、薫は肘でゴシゴシと涙を吹く。
「ん?」
「月城くん…何か知ってるよね?…私の夢の事とか」
響子に聞かれて、薫はしばらく考えてから「あぁ、知ってる」と答えた。
:10/03/29 11:50
:N08A3
:P5Rp3vxg
#173 [我輩は匿名である]
「…教えて。あの夢は一体何?“私”はどうなるの?」
響子は薫に尋ねる。
彼女も気になっているのだろう。
薫はしばらく考え込む。
そして答えた。
「…教える事は出来ない」と。
「俺の口から教えれる事は、俺が知ってる事だけだ。
長谷部今日子が見た事、耳にした事、感じた事…それは夢を辿っていくしか知る事が出来ない。
…だから、本当に全てを知りたいなら、俺から話すべきではないと思う」
:10/03/29 14:26
:N08A3
:P5Rp3vxg
#174 [我輩は匿名である]
言い終わってから、薫は呆れたように笑う。
薫は本当は、全て話したくてしかたがなかった。
自分が霜月優也だという事、霜月優也と長谷部今日子は夫婦だった事…他にもたくさんある。
全て話せば、どれだけ気が楽になるだろう。
それだけじゃない。
自分の口から話せば、自分の事を良く言う事も出来るのに。
自分のばか正直さにため息が出る。
「…そっか」
響子は少しがっかりしたように言った。
:10/03/29 14:27
:N08A3
:P5Rp3vxg
#175 [我輩は匿名である]
「…悪い。でも、その方がきっと、香月のためになる。…俺や霜月優也、長谷部今日子のためにも」
「…そう。…なら、私が自分で進めなきゃダメだね」
「ごめん。…ただ、最後にはかなり辛い事が待ってると思う。俺はそうだった。
だから、最後までたどり着く自信がなければ、それ以上は止めた方が良い」
薫の話に、響子は小さく笑う。
「…進まないと、みんなの為にならないでしょ?」
「自分の為にならない事もある」
「大丈夫。どうにかなるよ」
響子は明るく言った。
:10/03/29 14:27
:N08A3
:P5Rp3vxg
#176 [我輩は匿名である]
薫も少し笑う。昔とちっとも変わらないな、と。
「ごめんね、いろいろ聞いちゃって」
「いや。…ほとんど役には立たなかったと思うけど」
「そんな事ないよ、…ありがとう。じゃあ、また明日ね」
「あぁ、おやすみ」
薫は静かに携帯電話を閉じる。
スッキリしたような、モヤモヤしたような複雑な気分で、薫はその夜、なかなか眠れなかった。
:10/03/29 14:43
:N08A3
:P5Rp3vxg
#177 [我輩は匿名である]
「はぁー…」
掃除当番である薫を待つ間、直人は階段に座って大きく伸びをしていた。
もう金曜日だが、どうやら日曜日にならないと本の話は進まないらしい。
「(つまんねぇなぁ…平日はどうでもいい学校の話だけだもんなぁ…。
学校より、晶との話が進むのかどうかが重要なんだよ。
要の学校話なんか…)」
そんな事を考えていたら、目の前をあの金髪女が通りかかった。
「あっ、おい!金髪女!」
呼び止められて、金髪女の飛鳥が足を止め、こちらをにらみつける。
:10/03/29 15:51
:N08A3
:P5Rp3vxg
#178 [我輩は匿名である]
「…何か用?」
「今日はさっさと帰るのか?いつも最後まで残ってるのに」
直人に言われて、飛鳥は顔を背ける。
「何でいつもすぐ家に帰んないの?
「…何でって……」
飛鳥は口ごもる。
直人は「まぁ、こっち来いよ」と手招きする。
少し悩んで、飛鳥は直人の横に腰を下ろした。
といっても、2人の間に人一人分くらいのスペースは空いているが。
:10/03/29 15:51
:N08A3
:P5Rp3vxg
#179 [我輩は匿名である]
「…私、家嫌いだから」
「何で」
きょとんとした直人の問いに、飛鳥はうつむく。
「……親は私何か見てない。大切なのは頭の良い弟だけ。
晩ご飯の時も、私は見向きもしない。話もしない。だから、家にいてもつまんないでしょ」
「…よーするに、ネグレクトとか言うやつか?」
「…ご飯はくれるんだし、虐待ではないんじゃないの」
飛鳥は「そういう話じゃないから」とでも言いたげにため息をつく。
:10/03/29 15:52
:N08A3
:P5Rp3vxg
#180 [我輩は匿名である]
「…ま、それじゃあ家に帰りたくはないわな。
…いいんじゃねぇの?そんな家にはいてやんなくても」
「でしょ?だから帰んないのよ。ご飯の時間になるまでは」
飛鳥はそう言って少し笑った。
「で、今日は帰んのかよ」
「いろいろ寄ってから帰る」
「なるほどな。…で、本は読んでんのか?」
「読んでるわよ、ちゃんと。最近つまんないけど」
「へぇ、俺と一緒じゃん。つまんねー時ってホントつまんねーよな」
直人はまたため息をつく。
:10/03/29 15:53
:N08A3
:P5Rp3vxg
#181 [我輩は匿名である]
いつもの直人ならば、「お前の本ってどんな話?」と
調子に乗って尋ねるところだが、何故かそんな気にはならない。
聞いてはいけないような気がしたのだ。
「…で?お前が人間嫌いな理由はわかったわけ?」
「よくわかんない。本の中の奴も人間嫌いみたいだけど」
「遺伝じゃねぇーの?」
「私の祖先じゃないから」
飛鳥はイラっとしたように顔を引きつらせる。
飛鳥の様子を見て、直人はふと、ある事に気付いた。
:10/03/29 15:53
:N08A3
:P5Rp3vxg
#182 [我輩は匿名である]
「…お前さぁ、人間嫌いな割に、俺とはよく喋るよな」
「はぁ?」
飛鳥はますます顔をしかめる。
「あんたが話し掛けて、いろいろ喋りかけてくるからでしょ?」
「まぁそうだけど、お前他の奴に話し掛けられてもシカトするじゃん。でも、俺にはシカトしない」
「…まぁ…」
「言われてみれば」と、飛鳥も不思議そうに首をひねる。
「…もしかしてお前、俺の事、す」
「黙れ」
飛鳥は不機嫌そうに、持っていた鞄で直人の顔をたたいた。
:10/03/29 15:54
:N08A3
:P5Rp3vxg
#183 [我輩は匿名である]
階段にバシン!という音が響く。
「いってぇー…」
直人は両手で顔を覆う。
その間に、飛鳥はさっさと鞄を持って階段を降りていった。
「(何なんだあいつは…)」
眉間にしわを寄せて階段を降りていると、下駄箱から声が聞こえてきた。
「えーっ、怜奈、月城くん好きなの!?」
月城って誰だ。飛鳥はまた首をかしげる。
:10/03/29 15:55
:N08A3
:P5Rp3vxg
#184 [我輩は匿名である]
「だってさぁ、かっこ良くない?クールだし」
「まぁかっこ良いとは思うけど、冷たそうじゃない?」
「そういえば、この間他の女子と歩いてたよ!私見たもん!」
よく見ると、同じクラスの女子達だ。
めんどうなので、飛鳥は足を止める。
「私も見たよ、それ。目の前でいちゃついてくれちゃって」
「彼女なんじゃないの?」
「違うらしい。だから余計邪魔なのよねぇ」
「怜奈、欲しい物は手に入れないと気が済まないもんね」
:10/03/29 15:56
:N08A3
:P5Rp3vxg
#185 [我輩は匿名である]
「もちろん。じゃなきゃ人生楽しくないじゃん」
怜奈は当然のような言い方をする。
急に、飛鳥の背筋がぞくっとして、全身に寒気が走る。
それが何故か、飛鳥にもわからない。
3人は笑いながら、校舎を出ていったが、飛鳥はしばらく、足がすくんで動けなかった。
:10/03/29 15:57
:N08A3
:P5Rp3vxg
#186 [我輩は匿名である]
休日はあっという間に過ぎた。
「(あんだけ楽しみにしてたのに、普通に喋って終わりとかありかよ…)」
いつものように、直人は学校の机にうつ伏せになっていた。
月曜の朝はいつもそうだが、今週は特にだらけてしまう。
要と晶は、40年前の昨日、前と同じ喫茶店で、3〜40分ほど楽しげに話して別れた。
話したと言っても、学校の事や要の家の話など、大して重要な話でもなかった。
最近はこんな事が当たり前になってきてしまった。
これでは読む気力が失せてしまう。
2人はまた日曜日に合う約束をしたが、果たして進展はあるのか…。
:10/03/29 17:19
:N08A3
:P5Rp3vxg
#187 [我輩は匿名である]
「ねぇ」
まためんどくさい事が。直人は横目で、声がした方を見る。
怜奈がじっとこっちを見ている。
「何だよ、薫ならどっか行っていないぞ」
「そんなの見たらわかるわよ。どこ行ったのか知らない?」
「…知るかよ」
薫はもちろん屋上にいるのだろうが、直人はしらばっくれる。
薫は香月に気があるから、邪魔は入れたくない。そう思ったのだ。
:10/03/29 17:20
:N08A3
:P5Rp3vxg
#188 [我輩は匿名である]
「あいつに何か用?」
「先生から伝言」
「伝言?何の?」
「さぁね」
怜奈はぷいっとそっぽを向く。
「(うぜぇ…)」
こういう女は大嫌いだ。直人は腹立たしそうに彼女を睨む。
「勘違い野郎」
直人の後ろで声がした。
:10/03/29 17:20
:N08A3
:P5Rp3vxg
#189 [我輩は匿名である]
振り向くと、浮かない表情で飛鳥が立っている。
「俺の事かよ」
「あんた以外に誰がいるわけ」
飛鳥はいつものように憎まれ口をたたくが、どこか元気がなさそうだ。
「…どうかしたのか?」
「…ちょっと」
飛鳥に手招きされて、直人は席を立って、彼女について教室を出る。
「何だよ?」
廊下に出て、飛鳥は周囲を見渡した後、小声で言った。
:10/03/29 17:21
:N08A3
:P5Rp3vxg
#190 [我輩は匿名である]
「さっきの女、気を付けた方が良い」
「…大橋の事か?」
「名前は知らないけど」
飛鳥は真剣そうだ。
飛鳥がこんな事を言うとは思わなかった為、直人は少し呆然とする。
「まぁ…確かに薫を好きすぎて若干ウザいけど…」
「あいつ、欲しい物は手に入れないと気が済まないって言ってた。この間聞いたんだ。
だから、諦めるように言った方が良いと思って」
「…あいつそんな事言ってたのか」
:10/03/29 17:22
:N08A3
:P5Rp3vxg
#191 [我輩は匿名である]
直人はそう言った後、「ん?」と首を傾げる。
「あいつ、『友達が薫を好き』って言ってたけど」
「そんなの嘘に決まってんじゃん。それ信じ込んでたの?」
飛鳥は呆れている。
言われてみればそうだ。いくら友達思いだといっても、熱心に身辺調査しすぎだ。
「(自分が好きだったのかよ、あいつ…)」
「…とりあえず、あいつには気をつけなよ」
飛鳥はそう言って、教室に向かう。
「あ、ありがとな」
直人は飛鳥に礼を言う。
飛鳥は少し黙って、「別に」とだけ言って教室に入っていった。
:10/03/29 17:22
:N08A3
:P5Rp3vxg
#192 [我輩は匿名である]
「やっぱりな」
「知ってたのかよ!?」
「話聞いてたら大体わかるだろ。俺の事が好きっていうの、友達じゃなくて本人だって事ぐらい」
薫は知っていたらしい。
直人はショックで箸を持つ手を止める。
「俺…どんだけバカなんだ…?」
「さぁ?まぁ勉強になったんだからいいじゃん」
薫は笑っているが、少ししてから真顔に戻った。
:10/03/29 17:23
:N08A3
:P5Rp3vxg
#193 [我輩は匿名である]
「そういえば、あいつ伝言があるって言ってたけど…」
「聞いたよ、今日委員会があるって。めんどくせぇ…。先帰っといて」
「あぁ、同じ委員会だっけ?頑張れ♪
「からかうな!」
満面の笑みでからかう直人に、薫は怖い顔で言い返した。
:10/03/29 17:23
:N08A3
:P5Rp3vxg
#194 [我輩は匿名である]
放課後。
薫は時間どおりに、風紀委員会に出席していた。
隣には怜奈が座っている。
「…俺の事、いろいろ直人に聞きまくってるらしいな」
周りに聞こえないような声で、薫は怜奈に言う。
「そこまで聞きまくってないよ?朝いつもいないから、どこに行ってるんだろうなぁって」
「悪いけど、俺の事諦めてくれる?大橋と付き合う気はないし、俺には」
「好きな子がいる、でしょ?」
怜奈は少し笑って薫を見る。
:10/03/29 20:30
:N08A3
:P5Rp3vxg
#195 [我輩は匿名である]
薫は黙って見返す。
「でも、あの子じゃなくて私に目が行く事があるかも」
「残念だけどそれはない」
「そんなにあの子の事好きなの?」
そう聞かれて、薫は黙る。
そんな一言で済まされる気持ちではない。
「あの子普通の子じゃない。背も大きくないし、胸も私より小さい。スタイルだって」
「俺はそういう事には興味ない」
薫はきっぱりと言い張る。
:10/03/29 20:30
:N08A3
:P5Rp3vxg
#196 [我輩は匿名である]
まぁ、そう言っても薫も男なので、全く興味がないわけでもないが。
「俺には、あいつを守る義務がある」
「義務?何それ」
怜奈は笑う。少しバカにしたように。
「お前みたいな軽そうな奴にはわからないよ」
薫はイラついたように言い捨てる。
「…ふぅん、つまんないの」
怜奈も同じようにして、それ以上何も話さなかった。
:10/03/29 20:31
:N08A3
:P5Rp3vxg
#197 [我輩は匿名である]
「あ」
下駄箱で、直人はたまたま響子を見つけた。
響子は1人で帰るようだ。
「なぁ」
何となく、直人は響子に声をかける。
「……あ、もしかして月城くんの友達?」
「そうそう、俺、水無月直人。よろしく」
「私は香月響子。こちらこそよろしく」
響子はにこっと笑いかける。
:10/03/29 20:32
:N08A3
:P5Rp3vxg
#198 [我輩は匿名である]
「薫、委員会でさ。良かったら一緒に帰ってもいい?」
「うん、一緒に帰ろ」
響子は快く頷いてくれた。
直人と響子は並んで学校を出る。
「水無月くんって、いつから月城くんと仲良いの?」
「俺達は、幼稚園入る前から仲良いよ」
「そんなに前から?」
「親同士が仲良いからなぁ。よくどっちかの家に行って遊んだりしてたから」
「へぇー。じゃあ、幼なじみなんだね」
:10/03/29 20:33
:N08A3
:P5Rp3vxg
#199 [我輩は匿名である]
「まぁな」
直人は「へへっ」と笑う。
「香月の家ってどこ?」
「結構近いみたい。月城くんのマンションの前の道をまっすぐ行って、
突き当たりを右に曲がってまたまっすぐ行けば着くよ」
「…薫のマンションの前の道って、突き当たりまで結構距離ないか?」
前に薫と、マンションからそのつきあたりの壁まで競争した事があった。
確か、直人の方が早くて、18秒だった。
50m走で7秒台だから、100m以上あると考えられる。
:10/03/29 20:33
:N08A3
:P5Rp3vxg
#200 [我輩は匿名である]
「(そこからまたまっすぐ行くって事は…近いって言えるのか…?)」
「水無月くん?」
考え込んでいると、響子が気にして話し掛けてきた。
「へ?」
「どうしたの?」
「いや、何もない」
どうでもいい事を考えていたため、直人は慌てて断る。
だからあの雨の日、一緒に来ていたのか。
直人はやっと納得した。
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#201 [我輩は匿名である]
「…月城くんって、ちょっと他の子と違うよね」
「…へ??」
直人はぽかんとする。
「いや、変わってるっていう意味じゃないよ?そうじゃないけど…」
「あー、まぁ何となくわかるよ。変に大人びてると言うか、クールすぎるというか」
「ははっ。うん、月城くんってあんまり騒いだりしないみたいだから、何か目を引くっていうか…」
「あぁ、騒がないなぁ、あいつは。喋ってて楽しいか?」
「楽しいよ。月城くん、いろんな話してくれるから」
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