よすが
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#960 [ん◇◇]
「二時三十分か」

公園の時計を見て呟くと、孝の声とぴったり重なった。驚いて隣に視線を向ければ、孝も携帯電話の時計を見ていた。カチカチと、無造作にボタンを押す孝。先程の電話の件もあってつい画面を覗き込んだ。

「孝、何考えてるの?」

⏰:22/10/26 10:28 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#961 [ん◇◇]
画面にはわたしの名前と電話番号が映っていた。しばらく停止した後、孝は通話ボタンを押した。ゆっくりと耳に近付けると、呼び出し音が響く。三回.......四回.......。

出るはずがない、と確信しながら、孝の行動の意味を考えていた。結論、理解不能。八回目を過ぎると、孝は電話を切った。溜め息を吐く孝を横目に、少し気まずさを覚えた。

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#962 [ん◇◇]
孝が、教室で黙祷の時に見せた、わたしの机を見つめていた時のあの目をしていたのだ。何を考えているのか.......わたしにはわからない。そう、思っていた。孝の漏らした言葉を聞くまでは。


「.......千恵。おまえはもう帰ってこないんだな、本当に、」

⏰:22/10/26 10:28 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#963 [ん◇◇]
不意打ちだった。

 有り得ないと思っていたことが現実に起きた瞬間、わたしは顔に熱が昇るのを感じた。かぁっ、と頬が熱くなる。孝は、わたひを想ってくれていたのだろうか。張り合い相手がいなくなったのを、寂しがってくれていたのだろうか。わたしは初めて見た、孝のそんな姿を。

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#964 [ん◇◇]
九年前に反発しだした関係が、九年ぶりに修復に向かった気がした。よくわからないが、わたしは気恥ずかしさでいっぱいだった。この感覚は知っていた。昔、体験したことがある。ランドセルを落としたあの放課後の時と同じだった。

⏰:22/10/26 10:29 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#965 [ん◇◇]
自らの熱と、場の空気と、何より恥ずかしさに耐え切れなくなったわたしは、逃げるようにその場を離れた。

 わたしは走った。顔の熱は冷める兆しはなく、わたしのスピードを上げた。息切れはしないし、全力疾走なのに思うように速くない。夢の中の全力疾走のような感じだ。それでも。わたしは走った。息切れはないが疲労感が込み上げてくる。

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#966 [ん◇◇]
身体が脱力しきって走るのを止めた時、空を見上げれば茜色の夕空が夜を待っているところだった。嗚呼、不思議だ。わたしは死んだ。なのに。生きていたときより、こころが躍っているような気がする。わたしは怖かった。道標がない未来に怯えていた。突然、影のように闇に紛れて消えてしまうんじゃないかと。突然、煙のように空気に混ざって溶けてしまうんじゃないかと。

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#967 [ん◇◇]
だけど、いまは違う。わたしは怖くない。身体が熱い。実際の所、死んでから体温や気温などを感じる機能は遮断されていた。だから熱い、というよりは熱い気がするの方が正しいと思う。どちらにせよ、わたしはいま、赤面しているだろう。わたしの身体を取り巻く熱が引くまでに、かなり時間が掛かった。とっぷりと暮れた夜空の下、わたしは公園のベンチにいた。

⏰:22/10/26 10:29 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#968 [ん◇◇]
さっきの公園とは違う公園。いまにも切れそうな街灯に視線を送りながら、頭を抱える。変わっていない。九年前と。あの頃は子供だった、なんて、笑ってしまう.......わたしいまも子供だ。変わっていない。九年前と。わたしは九年前に、気持ちを置いてきてしまったのかもしれない。だけど、気付いてしまった。九年もの間、全く気付かなかったことに、わたしは、気付いてしまった。じわりじわりと熱が蘇ってくる。

⏰:22/10/26 10:29 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#969 [ん◇◇]
 わたしは、

 孝が、

 満天の星空の下、わたしはこころの奥底に秘めた気持ちを隠した。暗い暗いこころの奥に。二度と上がってこないように。気付いてしまった以上は、仕方がない。わたしは死んだのだ。

⏰:22/10/26 10:30 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#970 [ん◇◇]
わたしにはもう、道は残されていない。希望はないのだ。失望することがわかっている以上、封印してしまおう。それが良い.......そうしよう。その日、わたしはベンチで夜を明かした。



 月曜日の朝になった。退屈とは拷問に近い。孝がいるから学校に行く気もしないし、家に帰る気もしない。

⏰:22/10/26 10:30 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#971 [ん◇◇]
わたしはいつか消えるのだろうか。その時は昨日の気持ちも消えていくのだろう。その先には天国か地獄があるのかな。その時は昨日の気持ちも一緒に持って行くのだろう。私は初めて自分が女々しいことに気付いた。こうした考えを巡らすのは、隠したはずの気持ちが漏れだしている証拠ではないか。
振り出しに戻った気がした。

⏰:22/10/26 10:30 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#972 [ん◇◇]
心が空っぽになった気がした。膝をぱんっ、と叩いて立ち上がる。

「わたし、これからどうしようかな」

気が重いがとりあえず家に帰ろうか。
ふらふらと家の方角に歩き出した。家の前に着いた。玄関先には父と母の姿があった。

「じゃあ、行ってくる」

⏰:22/10/26 10:31 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#973 [ん◇◇]
スーツ姿の父が鞄を下げて手を上げる。

「行ってらっしゃい」

「今日は早めに帰るよ」

父がそう言うと母は笑った。

「早く帰りたい、でしょ?」
「まぁ、そうだな。じゃ、そろそろ行ってくる」
「はいはい。私もこのまま出ますよ」

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#974 [ん◇◇]
「.......良枝。これから、頑張ろうな」

微笑む父に母はまた笑った。私は何故か違和感を覚えたが、父に「いってらっしゃい。頑張ってね」と声を掛けると玄関に向かった。リビングに上がると違和感が一気に増した。違う。何かが違う。仏壇に私の写真がない?母の笑顔が頭にちらつく。父の言葉が頭を過ぎる。

⏰:22/10/26 10:31 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#975 [ん◇◇]
「頑張ろうな」

頑張ろうな?昨日から何かが変だ。
前向きだが、何かが違う。私は母が家に入って来ないことに気付いた。母の声が再生される。

⏰:22/10/26 10:32 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#976 [ん◇◇]
「私もこのまま出ます」

出る?何処へ?何故一昨日帰ってこなかった?何故一昨日普段着だった?私は弾かれたように家を出た。キョロキョロと辺りを見渡せば、彼方に母の後ろ姿が見えた。私は走って後を追った。

⏰:22/10/26 10:32 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#977 [ん◇◇]
おかしい。人間の頭で考えるのも変だが、どうもおかしい。私は死んだ。消滅するのはいつだ?三途の川はどこだ?お花畑や血の池地獄にはいつ行くのだ?それに、まだ見ていない。私という死者が存在しているのに、私以外の死者の姿を。

⏰:22/10/26 10:33 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#978 [ん◇◇]
私は何だ?一つの希望が頭に浮かんだ。希望を断たれた時に傷付くのは嫌だが、往生際が悪いのは私の性格だ。
だが、私はそれに賭けてみたかった。
私は死んでしまった。だけど、夢くらいは見ても罰は当たらないだろう。
希望くらいは持っても、神様は許してくれるだろう。母の隣を歩いて、やがてある建物に着いた。ここは.......

⏰:22/10/26 10:33 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#979 [ん◇◇]
「病院?」

 白に統一された建物を見て、私の気持ちは高鳴った。落ち着け、私。まだ早い。答えは母について行けばわかるだろう。施設に入ると、内部を一瞥してから母は受付を済ました。エレベーターで三階に上がると、廊下を通り抜けてある病室の前で立ち止まる。

⏰:22/10/26 10:33 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#980 [ん◇◇]
母がドアを開ければ、中は個室になっていた。室内を見た私は、目を丸くした。

「なんで?」

そこには、病室のベッドに身を埋めて眠る私の姿があった。口元には呼吸を助けるためなのか、規則正しい音を出す機械が伸びている。呆然とする私の前で、母はせっせと世話をし始めた。花瓶の水を変えている母を眺めていたら、ふと我に返る。

⏰:22/10/26 10:33 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#981 [ん◇◇]
即座に病室の前の名札を見に行けば、桜井千恵と書かれていた。間違いない、私だ。もう一度目を向けると、ベッドの上の私は眠るように胸を上下させていた。予想は当たっていた?私は死んでなかった?夢を見ているのではないか。喜びと同時に疑問も溢れた。母や父が元気になった理由は頷ける。

⏰:22/10/26 10:34 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#982 [ん◇◇]
しかし、私の葬式は確かにあった。ならば、いつ私は生き返ったのだろうか。いやそれより、何故私は肉体に戻れないのだろうか。これは意識不明の昏睡状態というものか。それとも植物状態というものか。それより問題は身体に戻れないこと。私が何度試しても、映画のように魂が肉体に戻ることはなかった。これじゃ.......生き返ったなんて言えない。

⏰:22/10/26 10:34 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#983 [ん◇◇]
肉体は生き返っても、私の心はこうして死んだままだ。でも、悲しくはない。ようやく希望が見えた。生きているとわかったその時から、私の心の中心はある感情に支配されていた。あの時、奥深くに封印したはずの想いが、いつの間にか溢れ出していた。

.......孝。
この数日、孝は悲しんでいただけかも知れないけど、私は変わったと思う。

⏰:22/10/26 10:34 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#984 [ん◇◇]
孝には悪いけど、私はもう止まれない。例え希望が断たれても、私は突き進むと決めた。私には、まだやり残したことがある。孝の気持ちを聞いていない。盗み聞きはよくないと思うが、今じゃなきゃ出来ないのも事実だ。私はまた走っていた。学校に行ってみたが今日は孝はいなかった。ならばと家まで押しかけたが生憎の不在。次に所に向かっていた。

⏰:22/10/26 10:34 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#985 [ん◇◇]
脱力感は最高潮に達する。もしあそこにいなかったら、私はしばらく動けなくなるに違いない。一歩進む度に孝に近付いているのだろうか。私は鎖が巻き付いたような重い足を踏み出しながら、歩を進める。やがて足は動かなくなり、そして完全に停止した。

「も、動けない」

膝に手をつきながら顔を上げる。

「けど.......間に合ったっ!」

⏰:22/10/26 10:35 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#986 [ん◇◇]
正面にはあの公園。そしてベンチには大嫌いだった男。私は微笑みながら足を引きずって隣に座った。

「あんたさぁ.......いい加減にしてよね。死んでからもわたしをいじめる気?」

笑ってみせるが、やけに清々しい。孝は静かに正面を見据えつつ、足を組んでいる。馬鹿馬鹿しい。私がこんなに一生懸命なるなんて、生きてた時は思ってもいなかった。だが、悪い気分ではない。

⏰:22/10/26 10:35 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#987 [ん◇◇]
「今日はいつもみたいに退かないからね。答えを聞くまで、粘るよ」

ベンチに身を委ねて空を仰げば、隣から声が響く。

「不思議な気分だ」
「え?」
「千恵がいなくなってから、たまに千恵を近くに感じる時がある」

屋上や公園でのことだろうか。

⏰:22/10/26 10:35 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#988 [ん◇◇]
「今も」
「うん」

しばらく沈黙が続く。小さく息を吐いて次の言葉を待った。

「なぁ、」

私は孝を横目でみる。孝は相変わらず同じ姿勢を保っている。今日はやけに独り言が多いなぁ。いつもより饒舌ではないか。少し黙った孝に私は視線を送り続けた。

⏰:22/10/26 10:36 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#989 [ん◇◇]
「俺はおまえが嫌いだったよ」

.......うん。それはわかっていた。世界は灰色に変わる。悲しみも衝撃もない。でも大丈夫。私は、気付いてしまったから。

「.......で?」

気付いたから、違うんだと今は信じれる。

「嫌いだって、思ってた。いや、思い込んでた」

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#990 [ん◇◇]
ほらね、信じることが出来る。

「あの日の延長線.......」

孝は一つ一つ言葉を落としていく。きっと私の高鳴りは最高潮に違いない。

「格好悪いって躊躇っていたら、後戻りが出来なくなっていた」

.......まただ。またあれが来た。気恥ずかしさが心を埋めていく。一刻も早くここから去りたい衝動に駆られる。少しずつ体が熱を帯びる。

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#991 [ん◇◇]
「でも、今になって俺は、」

でもね、もう大丈夫。逃げ出したりはしない。何より大切なものを見付けたから。

「好きなんだって、気付けたんだ」

そう言い終えた孝は切なそうな視線を空に映した。

「孝.......」

私もね、気付いたんだ。孝が、好きみたいだって。だけど、ここまでだよ。私は初めから知っていたのかも知れない、こうなることを。

⏰:22/10/26 10:37 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#992 [ん◇◇]
間に合って良かった。最後に、答えを聞けて良かった。


それは。突然やってきた。身体に暖かさを感じる。死んでから一度も感じなかった温もりだ。身体が小さく細かい光の粒に変わっていく。目に映る景色も白くなり始め、視界の端から崩壊していった。それらの感覚はじわりじわりと私の身体を侵食していく。少しずつ、少しずつ。

⏰:22/10/26 10:37 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#993 [ん◇◇]
もう、時間か。どうやら、ようやくお迎えがきたようだ。九年前に止まった時計は、九年の時を経て再び刻み始めた。



 十八年間。短いようで長い人生だった。今から行くのは天国だろうか、地獄だろうか。色々あったが、ようやく私の臨死体験は終わりを告げるようだ。

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#994 [ん◇◇]
死んでから気付いた大切な人。


もし生き返ることが出来たなら、きっと私は告白することが出来るだろう。でも後悔するのは嫌だから、今言えるだけ言っておこう。今までありがとう。貴方が大好きでした。そして最後に、



 さようなら。

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#995 [ん◇◇]
 薄れゆく意識の中で、わたしはゆっくりと微笑んだ。



死んでから気付く大切な人

[完]

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#996 [ん◇◇]
>>1-30
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#997 [ん◇◇]
>>150-180
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>>210-240
>>240-270
>>270-300

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#998 [ん◇◇]
>>300-330
>>330-360
>>360-390
>>390-420
>>420-450

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#999 [ん◇◇]
>>450-480
>>480-510
>>510-540
>>540-570

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