よすが
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#970 [ん◇◇]
わたしにはもう、道は残されていない。希望はないのだ。失望することがわかっている以上、封印してしまおう。それが良い.......そうしよう。その日、わたしはベンチで夜を明かした。
月曜日の朝になった。退屈とは拷問に近い。孝がいるから学校に行く気もしないし、家に帰る気もしない。
:22/10/26 10:30
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#971 [ん◇◇]
わたしはいつか消えるのだろうか。その時は昨日の気持ちも消えていくのだろう。その先には天国か地獄があるのかな。その時は昨日の気持ちも一緒に持って行くのだろう。私は初めて自分が女々しいことに気付いた。こうした考えを巡らすのは、隠したはずの気持ちが漏れだしている証拠ではないか。
振り出しに戻った気がした。
:22/10/26 10:30
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#972 [ん◇◇]
心が空っぽになった気がした。膝をぱんっ、と叩いて立ち上がる。
「わたし、これからどうしようかな」
気が重いがとりあえず家に帰ろうか。
ふらふらと家の方角に歩き出した。家の前に着いた。玄関先には父と母の姿があった。
「じゃあ、行ってくる」
:22/10/26 10:31
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#973 [ん◇◇]
スーツ姿の父が鞄を下げて手を上げる。
「行ってらっしゃい」
「今日は早めに帰るよ」
父がそう言うと母は笑った。
「早く帰りたい、でしょ?」
「まぁ、そうだな。じゃ、そろそろ行ってくる」
「はいはい。私もこのまま出ますよ」
:22/10/26 10:31
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#974 [ん◇◇]
「.......良枝。これから、頑張ろうな」
微笑む父に母はまた笑った。私は何故か違和感を覚えたが、父に「いってらっしゃい。頑張ってね」と声を掛けると玄関に向かった。リビングに上がると違和感が一気に増した。違う。何かが違う。仏壇に私の写真がない?母の笑顔が頭にちらつく。父の言葉が頭を過ぎる。
:22/10/26 10:31
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#975 [ん◇◇]
「頑張ろうな」
頑張ろうな?昨日から何かが変だ。
前向きだが、何かが違う。私は母が家に入って来ないことに気付いた。母の声が再生される。
:22/10/26 10:32
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#976 [ん◇◇]
「私もこのまま出ます」
出る?何処へ?何故一昨日帰ってこなかった?何故一昨日普段着だった?私は弾かれたように家を出た。キョロキョロと辺りを見渡せば、彼方に母の後ろ姿が見えた。私は走って後を追った。
:22/10/26 10:32
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#977 [ん◇◇]
おかしい。人間の頭で考えるのも変だが、どうもおかしい。私は死んだ。消滅するのはいつだ?三途の川はどこだ?お花畑や血の池地獄にはいつ行くのだ?それに、まだ見ていない。私という死者が存在しているのに、私以外の死者の姿を。
:22/10/26 10:33
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#978 [ん◇◇]
私は何だ?一つの希望が頭に浮かんだ。希望を断たれた時に傷付くのは嫌だが、往生際が悪いのは私の性格だ。
だが、私はそれに賭けてみたかった。
私は死んでしまった。だけど、夢くらいは見ても罰は当たらないだろう。
希望くらいは持っても、神様は許してくれるだろう。母の隣を歩いて、やがてある建物に着いた。ここは.......
:22/10/26 10:33
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#979 [ん◇◇]
「病院?」
白に統一された建物を見て、私の気持ちは高鳴った。落ち着け、私。まだ早い。答えは母について行けばわかるだろう。施設に入ると、内部を一瞥してから母は受付を済ました。エレベーターで三階に上がると、廊下を通り抜けてある病室の前で立ち止まる。
:22/10/26 10:33
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#980 [ん◇◇]
母がドアを開ければ、中は個室になっていた。室内を見た私は、目を丸くした。
「なんで?」
そこには、病室のベッドに身を埋めて眠る私の姿があった。口元には呼吸を助けるためなのか、規則正しい音を出す機械が伸びている。呆然とする私の前で、母はせっせと世話をし始めた。花瓶の水を変えている母を眺めていたら、ふと我に返る。
:22/10/26 10:33
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#981 [ん◇◇]
即座に病室の前の名札を見に行けば、桜井千恵と書かれていた。間違いない、私だ。もう一度目を向けると、ベッドの上の私は眠るように胸を上下させていた。予想は当たっていた?私は死んでなかった?夢を見ているのではないか。喜びと同時に疑問も溢れた。母や父が元気になった理由は頷ける。
:22/10/26 10:34
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#982 [ん◇◇]
しかし、私の葬式は確かにあった。ならば、いつ私は生き返ったのだろうか。いやそれより、何故私は肉体に戻れないのだろうか。これは意識不明の昏睡状態というものか。それとも植物状態というものか。それより問題は身体に戻れないこと。私が何度試しても、映画のように魂が肉体に戻ることはなかった。これじゃ.......生き返ったなんて言えない。
:22/10/26 10:34
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#983 [ん◇◇]
肉体は生き返っても、私の心はこうして死んだままだ。でも、悲しくはない。ようやく希望が見えた。生きているとわかったその時から、私の心の中心はある感情に支配されていた。あの時、奥深くに封印したはずの想いが、いつの間にか溢れ出していた。
.......孝。
この数日、孝は悲しんでいただけかも知れないけど、私は変わったと思う。
:22/10/26 10:34
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#984 [ん◇◇]
孝には悪いけど、私はもう止まれない。例え希望が断たれても、私は突き進むと決めた。私には、まだやり残したことがある。孝の気持ちを聞いていない。盗み聞きはよくないと思うが、今じゃなきゃ出来ないのも事実だ。私はまた走っていた。学校に行ってみたが今日は孝はいなかった。ならばと家まで押しかけたが生憎の不在。次に所に向かっていた。
:22/10/26 10:34
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#985 [ん◇◇]
脱力感は最高潮に達する。もしあそこにいなかったら、私はしばらく動けなくなるに違いない。一歩進む度に孝に近付いているのだろうか。私は鎖が巻き付いたような重い足を踏み出しながら、歩を進める。やがて足は動かなくなり、そして完全に停止した。
「も、動けない」
膝に手をつきながら顔を上げる。
「けど.......間に合ったっ!」
:22/10/26 10:35
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#986 [ん◇◇]
正面にはあの公園。そしてベンチには大嫌いだった男。私は微笑みながら足を引きずって隣に座った。
「あんたさぁ.......いい加減にしてよね。死んでからもわたしをいじめる気?」
笑ってみせるが、やけに清々しい。孝は静かに正面を見据えつつ、足を組んでいる。馬鹿馬鹿しい。私がこんなに一生懸命なるなんて、生きてた時は思ってもいなかった。だが、悪い気分ではない。
:22/10/26 10:35
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#987 [ん◇◇]
「今日はいつもみたいに退かないからね。答えを聞くまで、粘るよ」
ベンチに身を委ねて空を仰げば、隣から声が響く。
「不思議な気分だ」
「え?」
「千恵がいなくなってから、たまに千恵を近くに感じる時がある」
屋上や公園でのことだろうか。
:22/10/26 10:35
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#988 [ん◇◇]
「今も」
「うん」
しばらく沈黙が続く。小さく息を吐いて次の言葉を待った。
「なぁ、」
私は孝を横目でみる。孝は相変わらず同じ姿勢を保っている。今日はやけに独り言が多いなぁ。いつもより饒舌ではないか。少し黙った孝に私は視線を送り続けた。
:22/10/26 10:36
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#989 [ん◇◇]
「俺はおまえが嫌いだったよ」
.......うん。それはわかっていた。世界は灰色に変わる。悲しみも衝撃もない。でも大丈夫。私は、気付いてしまったから。
「.......で?」
気付いたから、違うんだと今は信じれる。
「嫌いだって、思ってた。いや、思い込んでた」
:22/10/26 10:36
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#990 [ん◇◇]
ほらね、信じることが出来る。
「あの日の延長線.......」
孝は一つ一つ言葉を落としていく。きっと私の高鳴りは最高潮に違いない。
「格好悪いって躊躇っていたら、後戻りが出来なくなっていた」
.......まただ。またあれが来た。気恥ずかしさが心を埋めていく。一刻も早くここから去りたい衝動に駆られる。少しずつ体が熱を帯びる。
:22/10/26 10:36
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#991 [ん◇◇]
「でも、今になって俺は、」
でもね、もう大丈夫。逃げ出したりはしない。何より大切なものを見付けたから。
「好きなんだって、気付けたんだ」
そう言い終えた孝は切なそうな視線を空に映した。
「孝.......」
私もね、気付いたんだ。孝が、好きみたいだって。だけど、ここまでだよ。私は初めから知っていたのかも知れない、こうなることを。
:22/10/26 10:37
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#992 [ん◇◇]
間に合って良かった。最後に、答えを聞けて良かった。
それは。突然やってきた。身体に暖かさを感じる。死んでから一度も感じなかった温もりだ。身体が小さく細かい光の粒に変わっていく。目に映る景色も白くなり始め、視界の端から崩壊していった。それらの感覚はじわりじわりと私の身体を侵食していく。少しずつ、少しずつ。
:22/10/26 10:37
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#993 [ん◇◇]
もう、時間か。どうやら、ようやくお迎えがきたようだ。九年前に止まった時計は、九年の時を経て再び刻み始めた。
十八年間。短いようで長い人生だった。今から行くのは天国だろうか、地獄だろうか。色々あったが、ようやく私の臨死体験は終わりを告げるようだ。
:22/10/26 10:37
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#994 [ん◇◇]
死んでから気付いた大切な人。
もし生き返ることが出来たなら、きっと私は告白することが出来るだろう。でも後悔するのは嫌だから、今言えるだけ言っておこう。今までありがとう。貴方が大好きでした。そして最後に、
さようなら。
:22/10/26 10:37
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#995 [ん◇◇]
薄れゆく意識の中で、わたしはゆっくりと微笑んだ。
死んでから気付く大切な人
[完]
:22/10/26 10:38
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#996 [ん◇◇]
:22/10/26 10:38
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#997 [ん◇◇]
:22/10/26 10:39
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#998 [ん◇◇]
:22/10/26 10:40
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#999 [ん◇◇]
:22/10/26 10:40
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