よすが
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#980 [ん◇◇]
母がドアを開ければ、中は個室になっていた。室内を見た私は、目を丸くした。
「なんで?」
そこには、病室のベッドに身を埋めて眠る私の姿があった。口元には呼吸を助けるためなのか、規則正しい音を出す機械が伸びている。呆然とする私の前で、母はせっせと世話をし始めた。花瓶の水を変えている母を眺めていたら、ふと我に返る。
:22/10/26 10:33
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#981 [ん◇◇]
即座に病室の前の名札を見に行けば、桜井千恵と書かれていた。間違いない、私だ。もう一度目を向けると、ベッドの上の私は眠るように胸を上下させていた。予想は当たっていた?私は死んでなかった?夢を見ているのではないか。喜びと同時に疑問も溢れた。母や父が元気になった理由は頷ける。
:22/10/26 10:34
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#982 [ん◇◇]
しかし、私の葬式は確かにあった。ならば、いつ私は生き返ったのだろうか。いやそれより、何故私は肉体に戻れないのだろうか。これは意識不明の昏睡状態というものか。それとも植物状態というものか。それより問題は身体に戻れないこと。私が何度試しても、映画のように魂が肉体に戻ることはなかった。これじゃ.......生き返ったなんて言えない。
:22/10/26 10:34
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#983 [ん◇◇]
肉体は生き返っても、私の心はこうして死んだままだ。でも、悲しくはない。ようやく希望が見えた。生きているとわかったその時から、私の心の中心はある感情に支配されていた。あの時、奥深くに封印したはずの想いが、いつの間にか溢れ出していた。
.......孝。
この数日、孝は悲しんでいただけかも知れないけど、私は変わったと思う。
:22/10/26 10:34
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#984 [ん◇◇]
孝には悪いけど、私はもう止まれない。例え希望が断たれても、私は突き進むと決めた。私には、まだやり残したことがある。孝の気持ちを聞いていない。盗み聞きはよくないと思うが、今じゃなきゃ出来ないのも事実だ。私はまた走っていた。学校に行ってみたが今日は孝はいなかった。ならばと家まで押しかけたが生憎の不在。次に所に向かっていた。
:22/10/26 10:34
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#985 [ん◇◇]
脱力感は最高潮に達する。もしあそこにいなかったら、私はしばらく動けなくなるに違いない。一歩進む度に孝に近付いているのだろうか。私は鎖が巻き付いたような重い足を踏み出しながら、歩を進める。やがて足は動かなくなり、そして完全に停止した。
「も、動けない」
膝に手をつきながら顔を上げる。
「けど.......間に合ったっ!」
:22/10/26 10:35
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#986 [ん◇◇]
正面にはあの公園。そしてベンチには大嫌いだった男。私は微笑みながら足を引きずって隣に座った。
「あんたさぁ.......いい加減にしてよね。死んでからもわたしをいじめる気?」
笑ってみせるが、やけに清々しい。孝は静かに正面を見据えつつ、足を組んでいる。馬鹿馬鹿しい。私がこんなに一生懸命なるなんて、生きてた時は思ってもいなかった。だが、悪い気分ではない。
:22/10/26 10:35
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#987 [ん◇◇]
「今日はいつもみたいに退かないからね。答えを聞くまで、粘るよ」
ベンチに身を委ねて空を仰げば、隣から声が響く。
「不思議な気分だ」
「え?」
「千恵がいなくなってから、たまに千恵を近くに感じる時がある」
屋上や公園でのことだろうか。
:22/10/26 10:35
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#988 [ん◇◇]
「今も」
「うん」
しばらく沈黙が続く。小さく息を吐いて次の言葉を待った。
「なぁ、」
私は孝を横目でみる。孝は相変わらず同じ姿勢を保っている。今日はやけに独り言が多いなぁ。いつもより饒舌ではないか。少し黙った孝に私は視線を送り続けた。
:22/10/26 10:36
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#989 [ん◇◇]
「俺はおまえが嫌いだったよ」
.......うん。それはわかっていた。世界は灰色に変わる。悲しみも衝撃もない。でも大丈夫。私は、気付いてしまったから。
「.......で?」
気付いたから、違うんだと今は信じれる。
「嫌いだって、思ってた。いや、思い込んでた」
:22/10/26 10:36
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#990 [ん◇◇]
ほらね、信じることが出来る。
「あの日の延長線.......」
孝は一つ一つ言葉を落としていく。きっと私の高鳴りは最高潮に違いない。
「格好悪いって躊躇っていたら、後戻りが出来なくなっていた」
.......まただ。またあれが来た。気恥ずかしさが心を埋めていく。一刻も早くここから去りたい衝動に駆られる。少しずつ体が熱を帯びる。
:22/10/26 10:36
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#991 [ん◇◇]
「でも、今になって俺は、」
でもね、もう大丈夫。逃げ出したりはしない。何より大切なものを見付けたから。
「好きなんだって、気付けたんだ」
そう言い終えた孝は切なそうな視線を空に映した。
「孝.......」
私もね、気付いたんだ。孝が、好きみたいだって。だけど、ここまでだよ。私は初めから知っていたのかも知れない、こうなることを。
:22/10/26 10:37
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#992 [ん◇◇]
間に合って良かった。最後に、答えを聞けて良かった。
それは。突然やってきた。身体に暖かさを感じる。死んでから一度も感じなかった温もりだ。身体が小さく細かい光の粒に変わっていく。目に映る景色も白くなり始め、視界の端から崩壊していった。それらの感覚はじわりじわりと私の身体を侵食していく。少しずつ、少しずつ。
:22/10/26 10:37
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#993 [ん◇◇]
もう、時間か。どうやら、ようやくお迎えがきたようだ。九年前に止まった時計は、九年の時を経て再び刻み始めた。
十八年間。短いようで長い人生だった。今から行くのは天国だろうか、地獄だろうか。色々あったが、ようやく私の臨死体験は終わりを告げるようだ。
:22/10/26 10:37
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#994 [ん◇◇]
死んでから気付いた大切な人。
もし生き返ることが出来たなら、きっと私は告白することが出来るだろう。でも後悔するのは嫌だから、今言えるだけ言っておこう。今までありがとう。貴方が大好きでした。そして最後に、
さようなら。
:22/10/26 10:37
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#995 [ん◇◇]
薄れゆく意識の中で、わたしはゆっくりと微笑んだ。
死んでから気付く大切な人
[完]
:22/10/26 10:38
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#996 [ん◇◇]
:22/10/26 10:38
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#997 [ん◇◇]
:22/10/26 10:39
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#998 [ん◇◇]
:22/10/26 10:40
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#999 [ん◇◇]
:22/10/26 10:40
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