よすが
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#730 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>760-790

⏰:22/10/25 18:37 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#731 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>790-820

⏰:22/10/25 18:38 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#732 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>650-850

⏰:22/10/25 18:38 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#733 [○○&◆.x/9qDRof2]
 Dear my dear.
 and
 I love you.

 -------------------------

⏰:22/10/25 18:46 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#734 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>730-999

⏰:22/10/25 18:47 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#735 [○○&◆.x/9qDRof2]
腐女子「あれ?ここドコ?」


「.......なぜ、私はお花畑にいるのでしょうか」

 今日は新しいBL本が届くから、ワクワクテカテカしながら、学校から帰っていたはず。.......それがなぜ?
まさか、誘拐?いや、それはないか。高校生なんてデカイ対象をわざわざ狙わないだろう。だとしたら、帰り道に事故で?これって、死亡フラグどこらか.......死亡?わたしご臨終?


「嫌ああああぁぁぁ!どうしよう!まだBL本とか卑猥なCDとか腐的要素たっぷりのモノを処分してないよおおおぉぉお!」

⏰:22/10/25 19:23 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#736 [○○&◆.x/9qDRof2]
 あれらを見つけた両親の顔を想像しただけで。サーッと顔から血の気が消え失せた。ちなみに新しく購入した本は、眼鏡をかけた軍服青年の手に、これまた軍服を着た爽やか青年が口づけているという表紙のファンタジー系である。タイトルは『聖なる君主に祝杯を』だったはず。

⏰:22/10/25 19:23 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#737 [○○&◆.x/9qDRof2]
ファンタジーというだけあり、背景はヨーロッパのような豪華な部屋で、これから何かをやらかすといった雰囲気が見てとれた。それに期待したのが購入理由である。

「そんな説明してる場合じゃなかった!」

 とりあえず冷静になろう。花畑の他に何か見えないかと目を凝らした。だが、どうしてだか遠くの方がぼやけてしまって見えにくい。眼鏡が壊れてしまったのだろうか。

⏰:22/10/25 19:24 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#738 [○○&◆.x/9qDRof2]
慌てて眼鏡に手を掛けようとしたが、何の感触も掴めぬまま空をきった。眼鏡がない!何かの拍子で落ちたのかもしれない。眼鏡眼鏡と連呼しながら色とりどりの花を掻き分ける。だが、一向に眼鏡を見つけることは出来なかった。焦りと不安だけが積み重なってきて、潰れてしまいそうだ。


「眼鏡ってこれですか?」

⏰:22/10/25 19:24 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#739 [○○&◆.x/9qDRof2]
「あっ!それです!それなんです!ありがとうございます!もうなくしてたらどうしようかと思いました!」

 手渡された眼鏡を受け取り所定の位置にかけ直す。どうやら壊れてはいないみたいだ。あー良かった。これで一安心.......

 一安心?

 まさか人がいたなんて思いもしなかった!

「ごめんなさい、ごめんなさい!怪しい者じゃないんです!私は良い腐女子だよ!バイエルンに親戚はいないけど撃たないでー!」

⏰:22/10/25 19:24 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#740 [○○&◆.x/9qDRof2]
とっさにイタリア人の常套句を使ったが、それが面白かったのか相手は柔らかに笑った。

「いえ、俺の方こそ驚かせてしまったみたいで…すみません。撃ちもしませんし、捕まえもしませんから安心してくださいお嬢さん」

お 嬢 さ ん だ と !
なんて甘美な響きなんだ!

⏰:22/10/25 19:24 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#741 [○○&◆.x/9qDRof2]
彼氏いない歴=年齢の私を一瞬でメロメロにした男性は、背が高くレモンが似合いそうなフレッシュな人だった。そういえば異国の服を着ている。コスプレ?

「あのっ!つかぬことをお聞きしますが、一体それは、何のコスプレなんですか?できればキャラクターの名前も!」

白いシャツにワイン色のネクタイ。上は深い緑色で金のボタン。ウエストあたりを黒革のベルトで締めている。ズボンも同じ色で、脛をゲートルで巻いている。見たことのない衣装だ。何かのゲームキャラだろうか。

⏰:22/10/25 19:25 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#742 [○○&◆.x/9qDRof2]
「コス…?この服はアルディナ国のミスリル城に仕えてる者に支給される服ですよ。階級が高い人はまた違ってきますが。あ、申し遅れましたね。俺の名前はキース・ウィルダム。キースと呼んでください、お嬢さん」


 それなんてRPG?

アルディナ国…。

⏰:22/10/25 19:25 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#743 [○○&◆.x/9qDRof2]
そんな地名があるゲームがあっただろうか。ニンテドーにもナコにも、ましてやSEGにだってないかもしれない。だとするとスクアニックスか…?いやもしかして漫画か…?私もまだまだ修行が足りないようだ…。日本の萌え産業は日々進化している。私が知らないことなど、きっとたくさんあるのだ。私はふっと自嘲するように笑った。


「あの、お嬢さん?お嬢さんのお名前は何て言うんですか?」
「名前?」

⏰:22/10/25 19:25 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#744 [○○&◆.x/9qDRof2]
萌えの前にただただ無力な私は自暴自棄になっていた。

「フッ、わたしは男性同士の恋愛を食い物にする、ただの腐女子さ」
「腐女子さんっていうんですか?変わったお名前ですね!まぁ、立ち話もなんですし、城の中へご案内いたします。どうぞこちらへ」

⏰:22/10/25 19:25 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#745 [○○&◆.x/9qDRof2]
腐女子というのは名前ではなく、職業みたいなものなのだか.......うん?城、だと?.......眼鏡をかけ正常な視力を取り戻した私は息を飲んだ。途切れた花畑の先には城がそびえ立っていた。あの有名なネズミの国にある城よりも大きい。中世ヨーロッパにでも迷いこんでしまったかのようだ。


「いやー、近々視察の方がいらっしゃるとは聞いていましたが、まさか女性だったなんて思いませんでした」

⏰:22/10/25 19:25 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#746 [○○&◆.x/9qDRof2]
あまりの事に私は言葉を失った。何がどうなっている!頭は混乱しているが、本能的に分かることが一つだけあった。


 ココ日本ジャナイヨー。私があまりの事に白目をむいているのに、キースさんは「紅茶がいいですか?それともハーブティー?」などと暢気に聞いてくる。はっと我に返り、私は思い出したように口を開いた。日本じゃないってことは、外国なのか?

⏰:22/10/25 19:26 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#747 [○○&◆.x/9qDRof2]
でもアルディナ国なんて聞いたことがない。そもそも学校と家の往復距離の間にアルディナ国なんてなかったし、登校するときも「ちょっと通りますよ」といってこの城の前を通ることもなかった。だとしたら!私の中で確信が二つうまれた。


 1つ目は、下校中に空間が歪み異世界に飛ばされた。

⏰:22/10/25 19:26 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#748 [○○&◆.x/9qDRof2]
そしてもう1つは…、夢オチ。どちらにしてもこの状況、非日常だ。誰しもが憧れる二次元的イベントではないか。ここは流されるまま流されていこう!そうしよう!

「それじゃあ、紅茶をいただこうかしら」

こうなったら楽しんだもん勝ちである。

「分かりました!紅茶ですね!」

弾んだ声でキースさんは城の中を先導して行く。私もそれに続いた。


「それにしても、壊れてなくて良かったですね!眼鏡!」

⏰:22/10/25 19:26 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#749 [○○&◆.x/9qDRof2]
本当に良かった。

「だって眼鏡というのはとても高価で、貴族の、それも魔法高等試験に合格しないと得られない物ですもんね」


…あれ?私の知ってる眼鏡と違う。

「俺の友人にもかけてるやつがいるんですが、そいつとなら魔法の話で盛り上がるかもしれません!今度紹介しますよ!」

魔法の話で盛り上がる。あいにく私は試験に合格してないし、魔法だって使えない。ただの腐女子である。盛り上がるならBLの話で盛り上がりたい。
男が二人.......そう。そこからが試合開始な訳である。

「あっ!、キースじゃねーか!」

ちょうど螺旋階段を登り終え、部屋が点在する廊下に出た時声が聞こえた。後ろを振り返ると男の人が立っていた。私の中で試合開始のホイッスルが鳴った。キースさんと同じ深緑色の軍隊の制服なのだが、ネクタイを緩く結び胸元がはだけ、いくらか着崩した格好だった。

⏰:22/10/25 19:27 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#750 [○○&◆.x/9qDRof2]
そういえば、衝撃的なことが多すぎて観察する余裕がなかったが、この二人.......どちらもイケメンである。キースさんは明るい茶色の、無造作だが邪魔にならない長さの髪型だ。柔らかに笑むその姿はまさに優しいお兄さん!


さっき声をかけてきた人は褐色の肌で、白銀の少し長めの髪を後ろに流している。右の目に眼帯をしていた。

⏰:22/10/25 19:28 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#751 [○○&◆.x/9qDRof2]
710-750

⏰:22/10/25 19:28 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#752 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>710-750

⏰:22/10/25 19:28 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#753 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>720-750

⏰:22/10/25 19:29 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#754 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>730-760

⏰:22/10/25 19:29 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#755 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>760-790

⏰:22/10/25 19:29 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#756 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>790-820

⏰:22/10/25 19:29 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#757 [○&◆oe/DCsIuaw]
↑(*゚∀゚*)↑

⏰:22/10/25 19:31 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#758 [○&◆oe/DCsIuaw]
【CARTAIN CALL】

 僕は劇場に居た。

 ステージを前に、誰もいない客席に腰をおろしている。突然、パイプオルガンのような音が響き渡り、ステージの幕があがっていく。演奏の始まりだ。僕はステージを見た途端、恐怖に襲われた。鳥肌がたつのを感じる。てっきり、ステージにはオーケストラがあらわれるのかと思っていたのだ。

⏰:22/10/25 19:32 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#759 [○&◆oe/DCsIuaw]
horror
◤◢◤◢⚠︎◤◢◤◢

⏰:22/10/25 19:32 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#760 [○&◆oe/DCsIuaw]
しかし、僕の予想は間違いだった。ステージにあらわれたのは、一人の髪の長い女の人だった。しかも首を吊っているのだ。ステージの天井から蜘蛛の糸のようにロープが垂れ下がり、女の人の首に絡み付いている。僕は女の人から目を話すことができなかった。そして、死んだと思っていた女の人は生きていた。僕と目が合った。

⏰:22/10/25 19:32 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#761 [○&◆oe/DCsIuaw]
目からは涙が、鼻からは鼻水が、口から嘔吐物が滴れ流れている。僕は恐ろしくて、身動きができずにいると、女の人はにやりと笑い、歌を歌い出した。首を吊っているせいか、ひどいしゃがれ声だ。堂々と響くパイプオルガン。女の人の調子のはずれた陽気な歌声。

⏰:22/10/25 19:33 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#762 [○&◆oe/DCsIuaw]
なにもかもが不気味に感じる。いや、感じるのではなく、実際に不気味だった。


 美しい村

 喜びと希望に満ち溢れる

 輝かしい村

 しかし、男があらわれた

 ひどく醜い男

 見た目も中身も腐ってる

 男は殺した

 村で一番の優しい女を

 村人は怒り狂い殺したのさ

⏰:22/10/25 19:33 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#763 [○&◆oe/DCsIuaw]
 醜い醜い男をね

 醜い男が行き着くところは

 ただ一つ

 地獄の果てさ



 女はそう歌った。


 女が歌い終わると、客席から拍手喝采が起こった。

⏰:22/10/25 19:33 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#764 [○&◆oe/DCsIuaw]
僕しかいなかったはずの客席には、いつのまにか人々で溢れかえっていた。僕はどうしていいかわからず、茫然と椅子に座り続ける。女の人は、再び動かなくなり、ステージの幕がゆっくり下りていった。拍手はしばらくの間やむことはなかった。


ーー僕は物凄い衝撃を受けた。慌てて目を開け、ようやくどのような状況にいたのか理解できた。ベッドから落ちたのだ。

「……いてて」

⏰:22/10/25 19:34 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#765 [○&◆oe/DCsIuaw]
僕はのんびりと立ち上がる。ってことは、さっきの首吊り女は夢だったのか。なんとなく納得がいかない。今まで、こんなはっきりと夢を覚えていたことはなかった。歌の内容だって、すべて覚えているっていうのに。


「ハンス!ハンス、起きているの?」

 母さんが叫んでいるのが聞こえた。

「……起きてるよ!」

僕はそう叫ぶと、居間に向かった。

……やっぱり納得いかないよ。
僕は夢について考えながらも、朝食を食べ、学校へ行く準備をした。

「いってきまーす」

⏰:22/10/25 19:34 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#766 [○&◆oe/DCsIuaw]
呟くようにそう言うと、学校への道を歩きだした。路地裏のような狭いところを歩いているときだった。

「ジェラルド……」

僕は思わず声に出して彼の名を呼んでしまった。最悪だ。ジェラルドは一瞬こちらを見たが、すぐにそっぽを向いてしまった。彼は僕と同い年の14歳で、同じ学校に通っている。しかし、こんなに早い時間に彼を見たのは初めてだ。たいていはお昼を過ぎてから姿をあらわすのに。

⏰:22/10/25 19:35 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#767 [○&◆oe/DCsIuaw]
ジェラルドは天使のような少年だ。落ち着いた感じの金色の髪に、深い青の瞳。非常に整った顔をしていて、気品が漂っている。ただ、ジェラルドには一つ問題がある。大きな問題だ。彼はひどい乱暴者なのだ。僕はジェラルドと面識はなかったが、彼の噂はなんどとなく聞いた。

その中にいい噂は一つもなかった。

誰を病院送りにしたとか、二度と人に見せられない顔にされた子がいるとか、万引きをしたとか……。

⏰:22/10/25 19:35 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#768 [○&◆oe/DCsIuaw]
噂のほとんどは真実だ。そんなやつが目の前にいる。しかもジェラルドは、狭い路地に座り込んでいるため、道の半分が塞がれてしまっている。僕はその横を通り抜けなければならない。困った……。もしジェラルドに絡まれたら?うっかり転んでしまって、彼を踏ん付けてしまったら?僕は悩みながらもジェラルドに近づいていった。相変わらず、ジェラルドはボーッとしているようで、僕になんの反応もしめさない。.......これなら大丈夫かも。

⏰:22/10/25 19:36 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#769 [○&◆oe/DCsIuaw]
足音をたてずに、慎重にジェラルドの横を進もうとした。しかし、こんなに注意していたにもかかわらず、僕の努力は水の泡となった。空想に耽っている様子だったジェラルドが、いきなり足を引っ掛けてきたのだ。

「うわっ!」

僕は倒れこみ、地面に顎を打ち付けた。ジェラルドが倒れた僕の背中を思いっきり踏んだ。思わずむせてしまう。横目でジェラルドを見た。彼は意地悪くほくそ笑んでいる。天使なんてとんでもない。あの笑顔は悪魔にしか見えない。

⏰:22/10/25 19:36 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#770 [○&◆oe/DCsIuaw]
「よぉ、うすのろま」

「ぼ、僕はハンスだ……」

僕はうめきながらそう言った。ジェラルドはおもしろくなさそうに、フンと鼻をならした。僕はすかさず立ち上がる。ジェラルドは僕と背丈はあまりかわらない。なのに、力の差は歴然だ。

「俺は機嫌が悪い……」

ジェラルドが続きを言う前に、僕は全速力で走り出した。逃げなきゃ……。それしか頭になかった。僕は逃げ足には自信があったため、ジェラルドからも簡単に逃げられると思っていた。しかし、それは間違いだった。

⏰:22/10/25 19:37 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#771 [○&◆oe/DCsIuaw]
ジェラルドは僕を追って走ってくる追い付かれることはないものの、引き離すこともできない。ジェラルドが何か叫んでいたが、聞いている余裕はない。僕はパニックになっていて、どこに行くかも考えず、やみくもに走り続けた。気付いた時には、僕は森のなかを走っていた。僕が住んでいる町は、まわりを森に囲まれた小さなもので、少しあるけば、森へと出てしまうのだった。僕のあとから規則正しい足音が聞こえる。ジェラルドは今だに追い掛けてきているのだ。僕の足はそろそろ限界を迎えようとしていた。

⏰:22/10/25 19:38 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#772 [○&◆oe/DCsIuaw]
だが、走り続けなければジェラルドに捕まり、とんでもないことになる。絶望的だ……。僕は、いつ走るのをやめるべきかを考え始めたときだった。目の前に小さな家が見えたのは。

「あれは……」

息も絶え絶えに僕はつぶやいた。あれは……魔女の家だ。実際に魔女が住んでいるかは知らなかった。町の間でそういう噂になっているだけだった。ジェラルドと同様に悪い噂ばかりだったが、もしかしたら全部嘘かもしれない。

⏰:22/10/25 19:38 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#773 [○&◆oe/DCsIuaw]
実は誰も住んでなかったり、気の優しいおばあさんが住んでいるかも。僕は決めた。あの家に逃げ込もう。一か八かの賭けだ。僕は最後の力を振り絞り、家まで走りついた。ドンドンと必死で家のドアを叩く。ドアは僕の背丈ほどしかない。早くしないと……。ジェラルドに追い付かれてしまう!僕は無駄だと思いながらもドアの取っ手を掴み、まわした。

⏰:22/10/25 19:39 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#774 [○&◆oe/DCsIuaw]
ギィー……

なんとドアは鈍い音をたてながらゆっくりと開いた。僕は戸惑いながらも家に飛び込み、ドアを閉めて鍵をかけた。ドアを閉めるとき、ジェラルドが悔しそうな顔をしているのが一瞬だけ見えた。助かった……。そう思ったのも束の間だった。


「おやおや。人の家に勝手に入ってくるなんて、なんて子なんでしょうねぇ……」

僕は慌てて声のする方を向く。そこには小さなおばあさんがいた。すでに200年以上は生きてるんじゃないかというほど、腰はまがり、体のあらゆるところにしわが刻み込まれている。

⏰:22/10/25 19:40 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#775 [○&◆oe/DCsIuaw]
真っ黒なワンピースを着ていて、とんがり帽子をかぶれば魔女にしか見えないだろう。おばあさんは、不吉な笑みを浮かべていた。小さな黄色い歯がこれでもかというくらい、びっちりとはえている。僕は思わず、ぞっとしてしまった。

「あ、えっと、勝手に入ってしまってごめんなさい。人に追われてて.......それに、ドアを叩いても誰も出てこなかったから、てっきり空き家なんだと思ったんです」

僕はもごもごとそう言った。魔女のようなおばあさんは、怪しげに大きな目で僕をじろじろと眺める。僕は目から変な光線がでないかとビクビクした。

「……まぁ、いいだろう」

おばあさんは、独り言のようにそう呟いた。何がいいのか僕にはさっぱりわからない。怒っていないのだろうか?
おばあさんの表情から感情は読み取れなかった。

⏰:22/10/25 19:41 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#776 [○&◆oe/DCsIuaw]
おばあさんは窓の外を見つめた。この家には小さな窓が一つだけしかないらしく、昼間だというのに部屋のなかは薄暗い。僕はさらに不安になってしまった。

「ところで.......お前を追ってきたというやつは?」

おばあさんの口調は今までとは違い、楽しんでいるようだった。

「えーと、ジェラルドっていう乱暴な子です。でも、音もしないし、もうあきらめて帰ったんじゃないかと……」

僕が言いおわらないうちに、おばあさんはつかつかとドアの方に歩いていき、凄い速さでドアの鍵を抜き、ドアを開けた。すると、帰っていたと思ったジェラルドが、部屋のなかに転がり込んだ。

⏰:22/10/25 19:41 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#777 [○&◆oe/DCsIuaw]
「ジェラルド!」

僕は恐怖の叫び声をあげた。ジェラルドは予想以上に早く僕を痛め付けることができそうなので、喜んでいるようだった。

「ハッ!間抜けなばあさんがドアを開けてくれたから助かったぜ!俺はお前が出てくるまで待ってるつもりだった」

なんていうやつだろう。僕はやられる前から失神しそうだった。せっかく助かったと思ったのに。ジェラルドはおばあさんを思いっきり突き飛ばし、僕に飛び掛かろうとした。もうだめだ……!

「おやめっ!」

⏰:22/10/25 19:42 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#778 [○&◆oe/DCsIuaw]
狭い部屋中におばあさんの声が響き渡った。僕もジェラルドも呆気にとられ、おばあさんを見つめた。おばあさんは腰に手をあて、僕らを睨み付けている。

気のせいか、さっきりより腰が真っすぐになっている。

⏰:22/10/25 19:42 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#779 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>750-780

⏰:22/10/25 19:42 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#780 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>780-810

⏰:22/10/25 19:43 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#781 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>810-840

⏰:22/10/25 19:43 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#782 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>840-870

⏰:22/10/25 19:43 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#783 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>870-900

⏰:22/10/25 19:43 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#784 [○&◆oe/DCsIuaw]
 雨が降っていた。
 もうすぐ秋の気配を感じながら帰宅したわたしは、まるで捨て犬みたいに縮こまって、悲しそうにうつ向いてる彼と出会ったのです。


しばにっき

⏰:22/10/25 20:06 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#785 [○&◆oe/DCsIuaw]
「お母さああん!人拾ったあ!」
「え.......ちょ、あんた、そんな犬拾ったみたいなテンションで!」

 優雅に紅茶をすすっていたお母さんは、わたしの叫びにびっくりした。そんなわたしはずぶ濡れの彼を家にいれて、タオルを貸してやった。

「ハイ。拭いて。風邪ひいちゃうから」

⏰:22/10/25 20:07 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#786 [○&◆oe/DCsIuaw]
わたしの言葉なんか聞いてないのか、綺麗な茶色い髪から滴る雫もそのままに、彼はぼんやりしていた。お母さんが風呂を沸かしてあげると言って、風呂場へ向かった後、あたしは彼を拭いてあげる。そこで、ハッとする。伸びている髪の毛の隙間から覗いた瞳は、グレーだった。外人さん?もしかして、日本語通じないとかかな。

⏰:22/10/25 20:07 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#787 [○&◆oe/DCsIuaw]
「わ、ワットユアネーム?」

カタコトな英語で話かければ少し反応したのか、こちらを見た。

「分かるから、日本語」

ぽつりとだけど、確かにそう言った。

「良かった!あ、あたしは神野絵子(かんの えこ)。この家の長女。あなたは?」

さっきまで私に向けていた魅力的な瞳を僅かにそらして、またポツリと呟いた。

⏰:22/10/25 20:07 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#788 [○&◆oe/DCsIuaw]
「勝手に.......呼べばいい」

何でだろう。でも何故か分かる事は、彼はとても傷ついてるように見えると言う事。何故、そんな悲しい目をしているんだろう。

「どうして……うちの前にいたの?」
「.......疲れた。どこにも行く場所なくて、さまよって、休んでただけ」

⏰:22/10/25 20:07 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#789 [○&◆oe/DCsIuaw]
行く場所がない?つまり家出って事なのかな。そう思いながら、今日初めてあった人をあれこれ詮索するのはよくないと思い、私は何も聞かなかった。

「じゃあ……とりあえず貴方は柴(しば)ね。犬みたいにうちの前にいたから!」

特に反応する訳でなく、柴は黙ったまま私に拭かれた。



「行くとこないっていうなら、まぁいてもいいよ」

⏰:22/10/25 20:08 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#790 [○&◆oe/DCsIuaw]
お母さんは寛大すぎる程寛大で、お母さんだけど男気溢れる人だ。柴がお風呂に入ってる間、さっき彼から聞いた事をお母さんに言ったところ、さっきのような返事が帰ってきた。

「今更家族が1人増えようが5人増えようがどうでもいいよ」

⏰:22/10/25 20:08 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#791 [○&◆oe/DCsIuaw]
「5人て……。そうなったら大家族だよお母さん」
「あぁ!おねーちゃん!」

後ろから声がするので振り向いてみれば、三女で4歳のいちごと、長男で10歳のそらがそこにいた。苺はトテトテと走ってきて私の足に抱きついた。

「おかえりなさぁい!あのね、いちご今日おうたおぼえたんだよー!」
「そうなんだぁ。またお姉ちゃんに聞かせてね。」

⏰:22/10/25 20:09 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#792 [○&◆oe/DCsIuaw]
苺は「うん!」と元気よく言って、お母さんの膝によじ上った。

「えこ姉!俺今日野球でホームラン打ったよ!」
「空はさすがだねー!この調子で頑張りなよ!」

空はニカッと笑う。それにつられて私も笑うと、玄関の方から叫び声が聞こえた。

「うわぁぁ!!」
「あ、さくらおねえちゃんだ!」

⏰:22/10/25 20:09 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#793 [○&◆oe/DCsIuaw]
さくらとは、次女で14歳。おそらく部活から帰って来たのだろう。それはいい。多分.......柴がいたな。玄関へつけば、風呂上がりで、さっきと変わらず頭びちょびちょの柴と、見知らぬ柴に驚いた桜がいた。

「え!?ちょ、お姉ちゃんこの人誰?」
「柴。ちょっと柴。ちゃんと頭拭かなきゃダメでしょうが」

⏰:22/10/25 20:09 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#794 [○&◆oe/DCsIuaw]
すると、柴は頭にタオルを乗っけて、私に頭を差し出してきた。拭けと言ってるらしい。桜の叫びにかけつけた苺と空も、驚いていた。

「わ!誰?」
「いちごのおにいちゃん?」

.......いっぺんに説明しなくちゃならないようだった。


 小さな苺もいると言う事で、分かりやすく丁寧に話した所、最初こそ驚いたものの、皆次第に納得していった。

⏰:22/10/25 20:09 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#795 [○&◆oe/DCsIuaw]
「分かったよお姉ちゃん」
「俺も」
「いちごもー!」

皆が了解したと言う事で、私は柴が使う部屋へと案内した。丁度1つ余っているので、そこにする事にする。階段を上がって、空いてる部屋へと案内。柴は黙々とついてくる。ドアを開けると、何もない空間が広がっている。

⏰:22/10/25 20:10 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#796 [○&◆oe/DCsIuaw]
「じゃあここね。布団はまた持ってくるから」
「.......てない」

「え?」

柴は入口に止まったまま、窓を見つめて何か呟いた。柴よりも先に部屋に入ってた私は、柴に寄っていってもう1回何を言ったか尋ねた。

「何?」
「似てない.......誰ひとりとして、兄弟も、親子も」

⏰:22/10/25 20:10 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#797 [○&◆oe/DCsIuaw]
「.......そっか」

私はにこっとして、質問に答える。

「皆、施設からこの家に来たから。似てなくて当然なんだよ」

私は皆、桜も空も苺も……皆施設から今のお母さんの所へ引き取られた。お母さんは、子供が欲しいけど出来なくて、ずっと悲しんでいた。そんな時、私達を見つけてくれた。

⏰:22/10/25 20:10 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#798 [○&◆oe/DCsIuaw]
血の繋がりなんてないけど、愛情一杯に育ててくれた。私は5歳の時、両親から捨てられた。それでも今のお母さんが大事に育ててくれたおかげで、今は何も寂しくもないし、怖くもない。

「本当の兄弟じゃなくても、皆大切よ」

柴は静かに私を見つめ返す。灰色の瞳でじっと見つめられるば、少しドキドキした。

⏰:22/10/25 20:10 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#799 [○&◆oe/DCsIuaw]
「いいな」
「え?」

.......と、突然、柴が被さってきた。急なので、バランスを崩した私の体は、柴と共に倒れる。ドスンと派手な音を立てると、私はムクリと起き上がった。

「あいったたたた。ちょっと柴!何すん」
「スー……スー……」

え、寝ちゃった?

⏰:22/10/25 20:10 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#800 [○&◆oe/DCsIuaw]
確認するまでもなく、ピクリとも動かず柴は寝息を立てる。何か……謎めいた人だなぁ。歳は20ちょっとくらい。長身、どちらかといえば美形。そして灰色の瞳。一体どこの人なんだろうか。結果として膝枕をしなくちゃならない羽目になった私は、柴の寝顔を見ながらぼんやりと色々考えた。

⏰:22/10/25 20:11 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#801 [○&◆oe/DCsIuaw]
眠りがもとから浅いのか、1時間経つと柴は目を覚ました。覚えてないのか、半目で辺りを見渡す。そんな仕草に、あたしは笑ってしまった。

「本当犬みたい!柴って名前あってたみたいね」

柴は少し首を傾げてから、座って頭をポリポリかいた。私のビジョンからは、子犬が後ろ足で頭をかいてるように見える。

⏰:22/10/25 20:11 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#802 [○&◆oe/DCsIuaw]
「お腹空いてない?喉は渇いてない?」

柴は頭をかくのを止めて、またあたしをじっと見つめる。見つめながら、眉間のしわを深くした。何か、私悪い事言ったっけ?

「馬鹿らしい」

は?

「赤の他人家にあげるなんてどういう神経してんだか。第一そんなに親切にして何なの?媚売ってんの?」

⏰:22/10/25 20:11 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#803 [○&◆oe/DCsIuaw]
最後の言葉を言い終わると同時に、私は柴の両方の頬をつねってやった。そして間近で怒った顔をする。

「二度と、あたしの家族の悪口言わないで」

媚なんて売った事はない。困っているなら助けてあげたい。そんな、ただ優しい心をそんな風に言うなんて許さない。

⏰:22/10/25 20:11 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#804 [○&◆oe/DCsIuaw]
「少なくとも、私はこの家族を誇りに思ってる。本当の家族であろうがなかろうが関係ない。本当の皆の心を見ずに、悪く言うのは止めて」

そうして、私は頬から手を離す。依然、まだ顔も気持ちも怒ったままだ。柴はつねられた頬をさすりながら、ぼんやりと足元を見ていた。少し、言いすぎた?

⏰:22/10/25 20:12 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#805 [○&◆oe/DCsIuaw]
でも柴が悪いのよ。私の家族を、あんな風に.......。

「うらやましい.......」

柴がまたポツリと言う。私は眉を寄せて柴を見る。柴はまたさっきのように悲しい目をしていた。灰色の瞳に憂いの色が混ざる。

「悪く言ってごめん」

⏰:22/10/25 20:12 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#806 [○&◆oe/DCsIuaw]
あれ、意外と素直。

「でもお人好し」

でもやっぱり毒舌。

「いいの。誰かにとってはお人好しでも、誰かにとっては救いになってるかもしれないでしょ?」

柴は珍しい物のように私をじっと見つめる。そんなにおかしい事言ったかな。すると、カタと音がしたので振り向くと、そこに苺が覗いていた。苺は恐る恐る部屋に入って来て、柴の近くで止まった。

⏰:22/10/25 20:12 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#807 [○&◆oe/DCsIuaw]
最初は上から下まで何度も観察して、その内ににこぉっ笑った。

「しばおにいちゃん。いちごおにいちゃんとあそびたいな」

柴は軽く目を見張ると、少し表情を柔らかくしたのが分かった。目元も笑みを含んでいる。苺も柴を気に入ったのか、生意気に膝の上に乗ってる。

「兄弟いたの?」
「弟がね、」

⏰:22/10/25 20:12 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#808 [○&◆oe/DCsIuaw]
柴は苺の頭を撫でながら言う。苺のおかげで柴の警戒していた空気が緩和されてる。だから私もなんなく喋る事が出来た。

「何歳くらい?」
「この子と同じくらい。」
「“このこ”じゃないよ。いちごだよ!」

苺の主張に、思わず笑ってしまう。

「苺ー!ちょっとおいでー!」

⏰:22/10/25 20:12 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#809 [○&◆oe/DCsIuaw]
桜の呼ぶ声に、元気よく「はーい!」と答えて苺は言ってしまった。まるで空気を和らげに来ただけみたいな苺に、私は胸が温かくなった。

「あの子はいつからこの家の子?」

柴から喋り出したので、私は少し驚いた。

「苺は赤ちゃんの時から。でも本当の家族じゃない事はもう知ってるよ」

⏰:22/10/25 20:13 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#810 [○&◆oe/DCsIuaw]
柴は苺が行ってしまったドアを見つめる。あんな小さな子に、そんな酷な事をとでも思ってるんだろうか。

「俺もこの家に拾われたかった、」
「柴?」

さっきもそうだった。「いいな」とか「羨ましい」とか、どうして他の家庭を羨んでばかりいるんだろう。そしてそういう時、いつも寂しくて悲しい顔をするのだろう。

⏰:22/10/25 20:13 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#811 [○&◆oe/DCsIuaw]
「いいんだよ?ここにいても」

柴の手に触れると、柴は少しピクリと震える。柴の手は、さっきお風呂に入った筈なのにもう冷たくなっていた。

「いたい.......ずっと.......」

柴は、膝を抱えてうつ向く。一体この人には何があったんだろう。心に、どれだけの傷をおっているんだろう。言葉の端々に、彼の心の叫びが聞こえる気がした。

「オイえこ姉!イチャついてる場合じゃねぇぞ!」

⏰:22/10/25 20:13 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#812 [○&◆oe/DCsIuaw]
今度は空がやって来た。何でみんないっぺんに来ないかな。

「馬鹿。そんな訳ないでしょ」
「早くしないと母さんが焼きそばの上に目玉焼き乗っけてやんないって言ってたぞー」

私は空を軽くあしらって先へ行かせた。先に立ち上がって柴の腕を引っ張って立たせてやると、柴が何かボソリと言った。別に何言っても構わないからもう少しハキハキ喋って欲しいと思う。

⏰:22/10/25 20:13 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#813 [○&◆oe/DCsIuaw]
「何?」
「焼きそば?」
「ウン、そうだけど」
「何それ.......」

ハイ……?ま、まさか焼きそば知らない?うっそだぁぁ!と思いながらリビングへ連れて行き、即席で作った柴の席に座らせた。いい香りを漂わせながら目の前に置かれた焼きそばを、柴はしげしげと眺める。

⏰:22/10/25 20:14 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#814 [○&◆oe/DCsIuaw]
「いっただっきまーす!」

皆で行儀良く挨拶してから、ご飯を食べ始める.......と思われたが、皆初焼きそば(らしい)柴がそれを食べるかをじっと見つめていた。一方、マイペースを貫いてる柴は、焼きそばをよく観察した後、お箸を取って一口口に入れた。一瞬止まってから、柴はまた一口、もう一口と、次々に食べだした。どうやら美味しかったらしい。それにホッとした私達も同じように食べ始めた。

⏰:22/10/25 20:14 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#815 [○&◆oe/DCsIuaw]
「そーそー。アンタ細っちぃんだから、しっかり食べなよ」

お母さんはにひっと笑って、柴の頭をぐりぐり撫でまわした。別に気にした風もなく、柴は黙々と食べてくれたので、私も落ち着いて食べる事が出来た。柴は笑いに包まれる中、ぼんやりと昨日までの自分を振り返っていた。

⏰:22/10/25 20:14 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#816 [○&◆oe/DCsIuaw]
安々と手に入った家族の温もり。ただその温もりはいつか幻や夢のようにあっという間に消えてはしないだろうか。


 華世(かよ)の時みたいに。


[出ていけ!お前などもういらない!]

 激怒した父親の叫び。


 離れたくなんて、なかったのに。

 ずっと、一緒にいたかった。

⏰:22/10/25 20:14 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#817 [○&◆oe/DCsIuaw]
お箸が床に落ちる音がした。その方を向けば、柴が箸を落とした状態のまま固まっていた。そして彼からは滴が流れ落ちていた。

「柴……!?」
「しばちゃん?」

苺が不思議そうに柴に問いかける。このままだと皆に気をつかわせてしまう。私は静かに柴を引っ張って行き、廊下に出る。柴は灰色の瞳を潤ませながら細め、その目から涙を流し続ける。それからは望みを失っているかのようにも感じとれた。

⏰:22/10/25 20:15 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#818 [○&◆oe/DCsIuaw]
「柴……?」

静かに私がつけた彼の名を呼ぶ。彼は濡れた目で軽く応じた。

「俺は.......家を追い出されたんだ」

私は目を見開く。握ったままの彼の手を、少し強く握った。

「俺は物心ついた頃から、愛情とか、そんなもの受けた事は無かった……」

冷たい空洞の中にいるように、空っぽだった。そう柴は呟いた。彼は、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。自分の素性をあまり話しはしなかったけれど、とにかく彼は“1人ぼっち”だったのだ。そんな中、両親は離婚。

⏰:22/10/25 20:15 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#819 [○&◆oe/DCsIuaw]
しかし、彼は悲しいなんて感情は何も感じなかったと言う。だって自分は、そんな感情を感じるほど何も与えてはもらわなかったから。

⏰:22/10/25 20:15 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#820 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>780-810

⏰:22/10/25 20:15 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#821 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>810-840

⏰:22/10/25 20:16 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#822 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>840-870

⏰:22/10/25 20:16 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#823 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>870-900

⏰:22/10/25 20:16 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#824 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>700-850

⏰:22/10/25 20:17 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#825 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>720-820

⏰:22/10/25 20:17 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#826 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>820-900

⏰:22/10/25 20:18 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#827 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>900-999

⏰:22/10/25 20:18 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#828 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>830-860

⏰:22/10/25 20:18 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#829 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>1-30

⏰:22/10/25 21:11 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#830 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>30-60

⏰:22/10/25 21:11 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#831 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>60-90

⏰:22/10/25 21:11 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#832 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>90-120

⏰:22/10/25 21:11 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#833 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>120-150
>>150-180

⏰:22/10/25 21:12 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#834 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>180-210
>>210-240

⏰:22/10/25 21:12 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#835 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>240-270
>>270-300

⏰:22/10/25 21:12 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#836 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>300-330
>>330-360

⏰:22/10/25 21:13 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#837 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>360-390
>>390-420

⏰:22/10/25 21:13 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#838 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>420-450
>>450-480

⏰:22/10/25 21:13 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#839 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>480-510

⏰:22/10/25 21:14 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#840 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>450-490

⏰:22/10/25 21:14 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#841 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>840-870

⏰:22/10/25 21:14 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#842 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>870-900

⏰:22/10/25 21:14 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#843 [○&◆oe/DCsIuaw]
 Dear my dear.
 and
 I love you.

 -------------------------

 夜景の綺麗なホテル。最上階とまでは行かないが、そこそこ高い位置の部屋のベランダに、男と女が一人ずつ。

「夜景、綺麗」
「そう言ってもらえたら、嬉しいな」

⏰:22/10/25 21:24 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#844 [○&◆oe/DCsIuaw]
「色々誤解しててごめんなさい、最高の誕生日プレゼント有難う」
「ふふ、誤解してたのはお互い様だよ。それより今日は、三日月だね」

「あ、本当だ。クス、真ん中で割れたように、綺麗な三日月」


「.......見て。ほら、これ」

そう言って男は、ポケットから指輪を一つ取り出した。指輪には三日月形の宝石。

⏰:22/10/25 21:25 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#845 [○&◆oe/DCsIuaw]
「取ってきちゃった、月のカケラ」
「あら、ロマンチック」

男が自分の指につける。


「どう、似合う?」
「.......似合わない、」
「え、なんで?」


「似合う、似合わないの前に、ありえない。だってみんなの月なのに、貴方がそれを付けてしまったら、ずっとずっと月は三日月のままじゃない。満月を楽しみにしてる人はたくさんいるのに」

⏰:22/10/25 21:25 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#846 [○&◆oe/DCsIuaw]
「なに拗ねてんの?」
「拗ねてなんかないわ」

「あれ、もしかしてこの指輪、自分が貰えると思った?」
「思ってない!!」
「ふふっ、でも、俺自己中だから。本当はあの月全部、俺のもの」

 風が吹く。男がポケットから小さな箱を取り出した。吹きやまない風は雲を流し、月が完全に闇に消える。


「.......残りの半分も、取ってきちゃった」

 箱の中には、男のそれより少し小さめな指輪。もちろん、三日月形の宝石付きの。風がまた雲を流し、月明かりに照らされた女の顔が火照る。

⏰:22/10/25 21:25 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#847 [○&◆oe/DCsIuaw]
『誕生日おめでとう、いつか本物の指輪あげるから。それまでずっと傍にいろよ、ハニー?』

- end -

⏰:22/10/25 21:26 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#848 [○&◆oe/DCsIuaw]
『ねぇ、わたしを殺してみて』


 その日。
 ぼくは、彼女を殺した。

------------------------

『すき』

 彼女のくちびるから零れ落ちる言葉は、いつだってぼくだけの鼓膜を揺らす。

『あなたが、すき。例えあなたの気持ちがわたしになくても』

『目も、耳も、鼻も指も、ひとつ残らず愛おしい、』

⏰:22/10/25 21:26 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#849 [○&◆oe/DCsIuaw]
『だけど、一番愛おしいのは、その、くちびる。わたしのそれと触れたとき、わたしはきっと死んでしまうでしょうね』

 何故だい?薄く微笑み、彼女に問うた。

『幸福死。信じられないけれど、本当にあるみたいよ。夢のような、現実では有り得ないような、けれど、こころのどこかでそれを待ち望んでいる.......』

 彼女の瞳が、熱を持ち始める。

⏰:22/10/25 21:26 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#850 [○&◆oe/DCsIuaw]
『そして。それが現実に起こったとき、わたしは死ぬの。そう例えば、あなたのくちびるの熱を、わたしのここで感じることができる、とかね』

 そう言って彼女は微笑み、人差し指で自分のくちびるに触れた。

『ねぇ、わたしを殺してみて?』


 五秒後、ぼくはきみを殺した。

⏰:22/10/25 21:26 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#851 [○&◆oe/DCsIuaw]
まだ息をしているきみのくちびるが、柔らかく、柔らかく微笑んだ。

fin

⏰:22/10/25 21:27 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#852 [○&◆oe/DCsIuaw]
 愛しているんだ、
 例え誰が死んだって。

 -------------------------

 何日もかけて選んだ婚約指輪。君は気にいってくれるかな?君が琥珀色を好きだというのは知っていたけど、なかなかいい物が見つからなかった。

だけどこの水色も綺麗だろう?
君がよくしてる、ネックレスに似ている。どんな顔をするだろう。
笑って、笑って、笑うだろう。キスをして、抱きしめて。それからやっぱり、琥珀色が良かったわ、なんて言うのかな。

⏰:22/10/25 21:27 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#853 [○&◆oe/DCsIuaw]
想像の中の君は少しふてくされて、だけどとても満ち足りた笑顔で。そして僕は言うんだ。


『結婚指輪は、琥珀色にしよう。』

女性はロマンチックが好きだろう?夜景なんかどうだろう?今日のために洗車もしてきた。そんなことは、言わないけどね。さぁ乗って、未来の話をしよう。予想通り君は少しふてくされて、だけど幸せそうだった。

幸せにするからね。

⏰:22/10/25 21:27 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#854 [○&◆oe/DCsIuaw]
そういう僕の言葉に重なるように、白い光と車のブレーキ音が僕たちを包んだ。明るすぎるその光に、助手席に座る彼女の顔が白くなる。明るすぎるよ、彼女の顔が見えないじゃないか。


 気がつくと目の前には、見慣れた人の顔。白くはなかった、赤かった。彼女の目は閉じられていた。嘘だろう。

⏰:22/10/25 21:28 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#855 [○&◆oe/DCsIuaw]
この、赤は、なんだ。嘘だろう。ねぇ起きて。彼女の体を揺さぶろうにも、僕の体も動かない。いくら大声で名前を叫んでも、彼女はぴくりとも動かない。それはまるで、僕の声なんかこの世界に響いていないような、そんな気がして。


動かない、意識だけ。
動けよ僕の躯、動け。

⏰:22/10/25 21:28 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#856 [○&◆oe/DCsIuaw]
救急車を呼ぶんだ、彼女を助けて。まだ生きてるかもしれない。呼吸の音が聞こえない?僕の耳がおかしいんだ。名前を呼んでも届かない?僕の声が、枯れてるんだ。どうして僕が生きてるんだ。生きるべきは、彼女だろう。お願い神様、僕はどうなってもかまわないから。

ほら左手の薬指。僕が買った指輪はそんな色じゃない

抱きしめて、キスしたい。
指輪に関する話を聞いてほしい。結婚指輪は、きっと琥珀色にするから。

⏰:22/10/25 21:28 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#857 [○&◆oe/DCsIuaw]
彼女の目が、開いた。
生きて、いる。


ありがとう神様、ありがとう。本当にありがとう。これから何があっても僕が彼女を幸せにする。さぁ、元気になって、未来の話をしよう。僕たちこれから、幸せになるんだ。彼女の目が完全に開く。ただ僕だけを映してくれる瞳は、あの日からずっと、変わらないね。良かった、もう大丈夫。体は動くかい?

⏰:22/10/25 21:29 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#858 [○&◆oe/DCsIuaw]
悪いけど、救急車を呼んでもらえる?僕はさっきから、何故だか体が動かない。彼女の目に涙がたまる。嗚呼、心配しないで。意識ははっきりしてるから。君のことずっと、考えられるくらいには。彼女は何か叫びながら、僕の体を揺さぶった。揺れる視界に、君の泣き顔だけが映る。綺麗な瞳だ、泣かないで。覗きこんだその瞳に映るは、僕。真っ赤な色をした、僕。

⏰:22/10/25 21:29 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#859 [○&◆oe/DCsIuaw]
ああ、死んだのは僕か。
どうりでさっきから、呼吸をしていないと思った。良かった。死んだのが僕で良かった。さぁ降りて、僕という船から。未来の話をしよう。君が幸せになるための話だ。指輪は捨ててくれ。君はやっぱり、琥珀色が似合うと思う。いつか誰かに貰ってくれ。僕以外の、誰かに。神様、神様、ありがとう。


嗚呼、死んだのは僕か。


- end -

⏰:22/10/25 21:29 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#860 [○&◆oe/DCsIuaw]
わたしはテレビの電源を付ける父を見ながら、ちょっと前までは自分もこの輪の中にいたんだなあと頬を緩めた。ふとテレビの上にある電子時計が目に入れば、今日は日曜日だと認識する。休日にも仕事があったなんて、お父さんは大変だな。労いの言葉を考えていたら、突然携帯電話が鳴った。この曲は私の携帯だ。父は「何の音だ?」と立ち上がり音源を探し始めた。

⏰:22/10/25 21:29 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#861 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>860-890

⏰:22/10/25 21:29 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#862 [○&◆oe/DCsIuaw]
「良枝、携帯が鳴っているみたいだけど、おまえのじゃないのか?」
「携帯?いいえ、私のじゃないみたい。この曲、千恵のじゃない?」

キッチンから帰ってきた返事に「千恵の?」と呟いた父は何かを思い出したように母の鞄を漁り始めた。

「あったあった」

上半身を上げた父の手には私の携帯電話が握られていた。私の携帯電話はどうやらあの事故から無傷だったようだ。

⏰:22/10/25 21:30 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#863 [○&◆oe/DCsIuaw]
「千恵の携帯に電話がきてるぞ」

着信音が消えると当然のように携帯を開く父に「勝手に見たら千恵が怒りますよ」と母が訝しいげな顔を覗かせた。ごもっともだ。いくら死んだとはいえ、娘の携帯を見るのは失礼だろう。

「それもそうだな…と、おや?」

⏰:22/10/25 21:30 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#864 [○&◆oe/DCsIuaw]
これは…、と父が眉をしかめた。私は不審に思い、父の凝視する携帯を覗き込んだ。

「良枝、確か孝君って男の子が千恵の友達にいたよな?」

そう言う父の横で驚く私。着信履歴のディスプレイに映し出されていたのは、孝の名前だった。

「ええ、いますけど.......」

それが?と疑問を含ませた母の声。

「どうやら、その彼からだ」

⏰:22/10/25 21:30 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#865 [○&◆oe/DCsIuaw]
ちょうど料理を終えた母は炒飯を両手に抱えてリビングに姿を現した。皿をテーブルに並べ終わると母も父の横から携帯を覗く。

「孝君から?あら本当。珍しいわね。千恵の口から孝の名前を聞いたのは小学校以来だから、何だか久しぶりね」

エプロンで手を拭いながら懐かしそうに目を細める母に、父は小さく笑いを落とす。

⏰:22/10/25 21:30 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#866 [○&◆oe/DCsIuaw]
「そういえば、そんな悪ガキもいたな。何だ良枝、ダメとか言いながら結局おまえも千恵の携帯を見てるじゃないか」

依然として笑いながら言う父に、母はむっとしながら眉を潜めた。

「私はいいんですよ。千恵とはとても仲が良かったですもの。そんなことより、ご飯出来ましたよ。早くテーブルについてください」

⏰:22/10/25 21:31 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#867 [○&◆oe/DCsIuaw]
はいはい、と苦笑しながら携帯電話をソファに置くと、父はテーブルに歩いて行った。わたしの脳裏に孝の姿が過ぎった。どうしたんだろう。私の葬式があった日から、孝のことばかりだ。柄にもなく昔のことを思い出すときも、孝とのことばかり。走馬灯にしては長すぎるし、内容が孝中心すぎる。私は自分に苛々してきた。

⏰:22/10/25 21:31 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#868 [○&◆oe/DCsIuaw]
死んだ時にひどく頭でも打ったのだろうか。人のことでこんな風に悩むなんてこれまでになかった。ましてや相手はあの孝ときた。生前は無視を決め込んでいたような孝に何故今頃?そもそも何に悩んでいるのかすら明確でない。何故か孝中心に物事を考え、ようやく忘れたと思ったらすぐに孝が頭に浮かぶ。この繰り返しだ。

⏰:22/10/25 21:31 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#869 [○&◆oe/DCsIuaw]
原因不明のもどかしさは私の苛々を募らせるばかりだった。どうにも気が治まらない私は、外に出た。孝に直接会うためだ。会って原因を確かめる。聞くことは叶わなくても、糸口くらいはわかるかもしれないと考えたのだ。しかし、何故孝は電話をしてきたのだろうか。私の携帯電話に掛けても誰も出ないのはわかっているだろうに。

⏰:22/10/25 21:31 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#870 [○&◆oe/DCsIuaw]
間違い電話?いや…間違いだったらあんなに長くコールしていないだろうし、さすがに間違いに気付くだろう。では何故?何の目的で?

「.......駄目だ」

いくら考えても答えは出て来なかった。久しぶりの孝の家に緊張しているのだろうか。

⏰:22/10/25 21:31 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#871 [○&◆oe/DCsIuaw]
割と近所にあるため、家の位置は忘れていない。不思議な感覚だ。九年ぶりの孝の家。あの頃はよく遊びに行ったものだ。今では曖昧な古い記憶でしかない。

「わ、懐かしい」

私は思わず立ち止まってしまう。白い壁に茶色の屋根。二階建ての西山家は孝と弟、そして両親の四人家族だ。緊張感が沸いて来るのがわかる。玄関をくぐれば記憶にある廊下や家具が迎えていた。

⏰:22/10/25 21:32 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#872 [○&◆oe/DCsIuaw]
お邪魔します、と土足のまま室内へ上がる。全然変わっていない。九年ぶりの孝の家はあまり覚えておらず、玄関から二階の孝の部屋までだけが特に鮮明だった。二階に上がって見覚えのある部屋の前に立つ。懐かしさからか、家にお邪魔してから終始私の頬は緩んでいた。ノックも出来ない私は、するりと部屋に入った。

⏰:22/10/25 21:32 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#873 [○&◆oe/DCsIuaw]
「いないじゃん」

誰もいない小綺麗な部屋を見渡して溜め息を吐いた。テレビが置かれたせいか、記憶にある部屋より狭く見える。

「暇だし、捜そうかな」

背伸びをしながら呟くと、私は部屋を後にした。.......とは言ったものの、手掛かり無しでこの広い街から孝を見付けるのは至難の技だ。携帯電話も使えなければ、人に尋ねることも出来ない。

⏰:22/10/25 21:32 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#874 [○&◆oe/DCsIuaw]
孝を避けて九年間も過ごしていたため、習慣も知らないし、居そうな場所など見当も付かない。更に今日は日曜日だから学校は休み。さながら探偵気分の私は現状を悟れば悟るほど、気分は落ち込んでいく。まさに手掛かりゼロだ。とりあえず当てもなく路上を歩きながら、しらみ潰しに捜すことにした。そして、日が暮れたら孝の家で待ち伏せという作戦だ。

⏰:22/10/25 21:32 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#875 [○&◆oe/DCsIuaw]
こんな真面目に策を練ってまで孝を捜してる自分の姿に自嘲気味に笑う。しかし、この探偵ごっこは早くも終わってしまった。孝を捜し始めて十五分。孝の家の近くの公園で目標を発見。私はすたすたと孝に近付いた。

「やっと見付けた」

無反応の孝は悩ましげな固い表情でベンチに座っている。とりあえず私も隣に腰を降ろした。しばしの沈黙。

⏰:22/10/25 21:33 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#876 [○&◆oe/DCsIuaw]
「暇だなぁ。何か喋ってよ」

もう五分はこの調子だ。
会話すら出来ないんだから、せめて何か行動してくれないと来た意味がない。


「.......はぁ」

「どうしたの?溜め息なんか付いちゃって」
「.......」
「ま〜た、だんまり?」

⏰:22/10/25 21:33 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#877 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>880-910

⏰:22/10/25 21:33 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#878 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>910-940

⏰:22/10/25 21:33 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#879 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>940-970

⏰:22/10/25 21:34 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#880 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>970-999

⏰:22/10/25 21:34 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#881 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>1-300

⏰:22/10/25 21:34 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#882 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>300-500

⏰:22/10/25 21:34 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#883 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>600-700

⏰:22/10/25 21:35 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#884 [○&◆oe/DCsIuaw]
>>850-999

⏰:22/10/25 21:35 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#885 [○&◆t4uM8upmGg]
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

⏰:22/10/25 21:36 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#886 [ん◇]
ん◆◆◆◆◆

⏰:22/10/25 21:37 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#887 [ん◇◇]
◆◆◆◆◆◆◆

⏰:22/10/25 21:38 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#888 [ん◇◇]
>>890-820

⏰:22/10/25 21:38 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#889 [ん◇◇]
>>890-999

⏰:22/10/25 21:38 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#890 [ん◇◇]
Bluebird


 わたしは。なぜ本を買いに行ったのか?

 わたしの通う樫ノ宮(かしのみや)中学校では毎朝、読書時間というものが十五分間設けられている。その時に読む本を買いに行ったのだ。なぜ、この本を選んだのか?

⏰:22/10/25 21:43 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#891 [ん◇◇]
これといって欲しい本があったわけではない。わたしは漫画は読んでも、小説のように文字だけで紡がれた物語を読むのは苦手だった。文字の列だけが数百頁にもわたり延々と続いてるだけだなんて考えただけでも瞼が重くなってくる。.......正直、本ならなんでも良かった。そしてこの本に出会ったのは単なる偶然である。

⏰:22/10/25 21:43 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#892 [ん◇◇]
店に入るとすぐ、レジの横に新作の本が何種類か並べられていて、なかでも、一際目を引く一冊があった。綺麗なコバルトブルーのカバーには金色の文字で【bluebird】と書かれており、真ん中には翼を広げて今にも飛び立ちそうな鳥の絵が描かれていた。いわば、一目惚れだった。

⏰:22/10/25 21:43 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#893 [ん◇◇]
本当は適当に安い文庫本なんかを買って、お釣りで漫画本を買おうなどと考えていたのだがそんなことはもう頭になかった。母は小学校の教師をしている。わたしが買ってきた本をみせると「梨菜が漫画以外の本を買うなんて!」と、びっくりしていた。

「に、さん、ページよんで飽きたなんてことにならないといいけどね」と、母は笑ったけれど、そんなことにはならなかった。

⏰:22/10/25 21:44 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#894 [ん◇◇]
読みはじめると、止まらなかった。続きが気になって仕方がなかったのだ。朝の読書時間だけにとどまらず、休み時間にも読み、授業中にも読み、放課後も残って読んだ。わたしはどの部活動にも属しておらず、いつもなら真っ直ぐ家に帰っている時間だったが、その日は誰もいない教室で一人静かに読書に耽(ふけ)った。

⏰:22/10/25 21:44 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#895 [ん◇◇]
グラウンドで活動するサッカー部と野球部、陸上部の声が教室にまで届いている。同じ階にある音楽室からは吹奏楽部による演奏がきこえてきた。しかしひとたび本に集中すると、まわりの雑音は全て消えさり、無音の空間になるだ。そのせいだろう。話し掛けられていることに全く気付かなかった。

⏰:22/10/25 21:44 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#896 [ん◇◇]
「.......大高!」

 ハッとして顔をあげると目の前に同じクラスの奥村くんが立っていた。奥村くんはクラスでもかなり目立つほうで、明るく茶目っ気があり、みんなに好かれていた。当然友人も多く、誰とでもすぐにうちとける。わたしみたいに異性と話すときに緊張して口ごもってしまうということがない。

⏰:22/10/25 21:44 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#897 [ん◇◇]
彼みたいな人を世渡り上手、というのだろうなと思った。

「あ、やっと気付いた。さっきから何回も呼んでたんだけどさ、シカトされてるのかと思ったよ」

突然話し掛けられ口ごもっているわたしを無視して、奥村くんは近くにあった椅子に腰掛けた。

「その本、今日ずっと読んでるね」
「あ、これ、面白いんです」
「だよね、俺も読んだことあるんだ」

⏰:22/10/25 21:45 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#898 [ん◇◇]
「え?」

意外だ、と思った。

「俺、その著者好きなんだよね。知ってる?その人、この樫ノ宮町出身なんだぜ」

読み途中のページに指をはさみ、本を閉じて表紙をみた。金色の文字で【永原 愛(ながはらあい)】と印刷されている。奥村くんは【永原愛】について色々な話を聞かせてくれた。

⏰:22/10/25 21:45 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#899 [ん◇◇]
「すごく詳しいんだね。ストーカーみたい」

決してほめたわけではないのだけれど、奥村くんは得意げにふふん、と鼻を鳴らした。家に帰ると、母が調度夕飯の支度を終えたところだった。テーブルの上には父と母とわたしの三人分のサバの味噌煮が並べられていた。サバの味噌煮は父の大好物である。

⏰:22/10/25 21:45 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#900 [ん◇◇]
「あ、梨菜お帰り。ご飯できたからお父さん呼んできて」
「.......わたし、あんまりサバってすきじゃないんだよね」
「いいから早く呼んできなさい!」

渋々階段を上がり、父の部屋のドアをドンドン、と叩いた。

「お父さん、ご飯だよ!」

⏰:22/10/25 21:45 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#901 [ん◇◇]
>>900-930

⏰:22/10/25 21:45 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#902 [ん◇◇]
>>930-960

⏰:22/10/25 21:46 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#903 [ん◇◇]
>>960-999

⏰:22/10/25 21:46 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#904 [ん◇◇]
>>1-30

⏰:22/10/25 21:46 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#905 [ん◇◇]
>>1-20

⏰:22/10/25 21:46 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#906 [ん◇◇]
>>30-60

⏰:22/10/25 21:46 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#907 [ん◇◇]
>>60-90

⏰:22/10/25 21:46 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#908 [ん◇◇]
>>90-120

⏰:22/10/25 21:47 📱:Android 🆔:zH8LnywQ


#909 [ん◇◇]
「父に会っていかなくていいんですか」

 わたしたちは、彼が昔、猫を埋めたという場所にいた。途中で買った花を添え、二人で手を合わせる。

「君の貞操を奪ったって言ったらあの人はどんな顔をするんだろうね」
「.......父は、あなたが小説家になったことを知っていると思います。父の部屋には永原愛の小説が全て揃えてありました」

⏰:22/10/26 05:29 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#910 [ん◇◇]
「はは、まぁ偶然だろ。俺は、あの人たちに会うつもりはないよ」

 三日という時間はあまりにも短く感じた。駅のホームで、帰りの新幹線がくるのを待ちながら、二人でココアを飲む。駅のなかは蒸し暑く、汗で肌はじっとりとぬれている。.......彼はもう二度とわたしには会ってくれないだろう。

⏰:22/10/26 05:30 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#911 [ん◇◇]
彼にとって、わたしなど憎むべき存在でしかないのだ。やがて新幹線が到着したことを知らせるアナウンスが流れた。



「梨菜、さよなら」



 そう言い残し彼の背中は人混みの中へ消えていった。目頭が熱くなり、涙が溢れてとまらなかった。

⏰:22/10/26 05:30 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#912 [ん◇◇]
「お兄ちゃん!」


 悲痛なわたしの叫び声は駅中に響いても彼のこころにとどくことはなかった。




 お兄ちゃん。
 どうか、幸せになって。

⏰:22/10/26 05:30 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#913 [ん◇◇]
いつか素敵な女性と結婚し、あなたが子供の頃夢見た理想の家庭を築いてください。家族というのは悪いもんじゃないんだってことをどうかあなたにだけは知ってほしいのです。



BLUE BIRD

Fin

⏰:22/10/26 05:30 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#914 [ん◇◇]
>>920-950

⏰:22/10/26 05:31 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#915 [ん◇◇]
>>950-980

⏰:22/10/26 05:31 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#916 [ん◇◇]
>>980-999

⏰:22/10/26 05:31 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#917 [ん◇◇]
>>>960-999

⏰:22/10/26 05:32 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#918 [ん◇◇]
>>960-999

⏰:22/10/26 05:32 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#919 [ん◇◇]
ギンリョウソウ

「お嬢様、次の連休はどこにお出かけしますか?」
「やはり花の都、パリなどはいかがですか?」
「もうすぐ涼しくなりますし、ここはひとつ暑い所はどうでしょう」
「じゃあ、ハワイなんて素敵じゃありません?」

 勝手に騒ぎだすメイド達。そんな彼女達に静かに微笑みかけ、着替えを手伝おうとする手を制するは、この館の主の娘だ。

⏰:22/10/26 10:11 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#920 [ん◇◇]
「いいえ。わたしはどこにも行きませんわ.......」

 彼女の名は、野々宮 椿(ののみや つばき)。十七歳になる高校生だ。ファッションデザイナーとして世界的に有名な椿の父は、男手ひとつで椿を育てた。父は常に椿の意見を尊重し、椿もそんな父が喜んでくれるなら、と、父の為に最善の道を選ぶ。そんな野々宮家にも、決まりがあった。

⏰:22/10/26 10:11 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#921 [ん◇◇]
“十七歳になれば、婚約者を見つけること”

「.......椿、そんな相手いるの?」

 幼なじみで親友の美希が、学校へ行く車の中で聞いてきた。椿は微笑みながらも少し困ったのかうつ向いた。

「いると.......言いますか、立候補して下さった方がいて.......」

⏰:22/10/26 10:12 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#922 [ん◇◇]
と、言いながらその人物を思い出す。初めてあったのは椿の誕生日パーティーだった。元々、からだが弱い彼女は、パーティーに疲れ、隅の方の椅子に座っていたのだった。父は心配しながらも、来てくれた客に挨拶をしなければと、椿をおいて人混みに紛れていった。それを見送り、うつ向いてからため息をそっと吐く。

⏰:22/10/26 10:12 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#923 [ん◇◇]
『きみが、椿お嬢さん?』

 爽やかな、甘い声だった。ゆっくりと顔をあげれば、同い年か、ひとつ上くらいの男性がにこりと笑って椿を見下ろしている。青っぽい黒髪が印象的で、椿はぼんやりとしながらも立ち上がり、ひとつ礼をした。

⏰:22/10/26 10:12 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#924 [ん◇◇]
『初めまして。ぼくは蒼野 要(あおの かなめ)って言います』

『野々宮椿です。本日は足を運んで頂きありがとうございます.......』

 青野要と名乗る男性は、にこにこしながら椿に握手を求める。差し出された手を遠慮しがちに出せば、しっかりと手を掴まれる。父以外の男性に手を握られるのに慣れていない椿は、困りながら顔を赤らめた。

⏰:22/10/26 10:12 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#925 [ん◇◇]
『良ければお話でもどうでしょう。きみとは一度ゆっくりと話してみたいと思ったんだ』

 そこで。彼はどこで聞いたのか、自分が婚約者になりたいと名乗りでたのだ。父も彼を気に入っている様子で、椿も、ならばと彼を婚約者としようと考えていたのだ。「でも.......」と椿は思う。

⏰:22/10/26 10:12 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#926 [ん◇◇]
「美希ちゃん、ギンリョウソウって.......ご存知ですか?」

 椿の話の続きを待っていた美希は眉を寄せた。

「ギンリョウソウ?初めて聞いたよ」



 それは。パーティーの後の事だった。たまたま青野要が携帯で話している所に居あわせた椿は、話を聞いてはいけないと、踵(きびす)をかえそうとした。

⏰:22/10/26 10:13 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#927 [ん◇◇]
『まるでギンリョウソウのような女の子だったよ』


 青野要は確かにそう言った。耳慣れないその単語に、椿は思わず足を止めた。

 ギンリョウソウ?


その単語を調べたくて、辞書を開いた。意味は<山奥の陰にしか咲かない半透明の白い花>.......などの意味が書かれていた。あまり良くない意味だというのは分かった。

⏰:22/10/26 10:13 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#928 [ん◇◇]
しかし、分からない。そんな少女を、何故彼は婚約者として名乗りをあげたのだろうか。それとも、何か別の意味が.......?



ギンリョウソウ

 第一話

 椿が通う学校はお嬢様が行くような学校ではない。

⏰:22/10/26 10:13 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#929 [ん◇◇]
美嘉と一緒の一般の学校だ。これは椿の希望で、父も快く許してくれた。むしろ美嘉がいてくれた方がありがたいと喜んでくれたのだった。

「あ、美嘉、椿。おはよう」

教室に入って、にっこり笑いながら挨拶したのは友人の神野 絵子(かんだえつ)だ。優しくいつも前向きな女の子だ。

「おはようございます.......」

⏰:22/10/26 10:14 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#930 [ん◇◇]
椿も微笑みかえす。

 しかし椿の頭の中は、青野要の事でいっぱいだった。

 青野 要。

 彼はデザイナー界の期待の新人なのだ。椿と同い年にも関わらず既に社長業を勤め、彼のデザインした服はパリコレなんかにも出される有名ブランドとなっている。その名もAKAと言うらしい。自分の名前がアオノ、だから逆のアカでブランド名をつけたらしい。

⏰:22/10/26 10:14 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#931 [ん◇◇]
容姿も爽やかで、人なつっこい笑顔が人を寄せ付ける。そんな女性にも困らなさそうな彼が、「ギンリョウソウ」と称している自分を好んだのか、椿はやっぱり分からないでいた。しかし、椿には薄々気づいている事もあったのだ。

⏰:22/10/26 10:15 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#932 [ん◇◇]
「ただいま戻りました」
「お帰りなさいませ、お嬢様」

迎えてくれるメイドや執事達に会釈して、椿は自室へと向かった。ベッドに腰掛け、深呼吸をする。なんだか熱っぽい気がする……。体のだるさを感じていると、ドアを誰かがノックした。返事をすると、ノックした人物が入ってきた。

⏰:22/10/26 10:15 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#933 [ん◇◇]
「あ、父様.......イタリアから帰ってらしたんですか。お帰りなさいませ」
「ただいま、椿。すまないがまた出かけなければならないのだ。その前に顔を見ておきたくてな」

柔らかく笑いながら、父は椿の髪を撫でる。椿はいつも自分を大事にしてくれる父が大好きだった。

⏰:22/10/26 10:15 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#934 [ん◇◇]
「それと、もうじき要君がくるらしいから、仲良くするんだよ」

そう言われて、椿は静かに微笑んで頷いた。そんな椿に、父は少し困った顔をした。

「椿、本当に要君が婚約者でいいのか?椿は私が彼を気に入ってるからそれでも良いと思ってるんじゃないのか?いいか、椿。一生一緒にいる人は、自分の心で決めなきゃならないよ?」

⏰:22/10/26 10:15 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#935 [ん◇◇]
真剣な顔で心配して言ってくれる父に、やはり椿は微笑んだ。

「大丈夫ですよ、父様.......」
「失礼します」

凛とした声が椿の部屋に響いた。入口を見れば、スーツ姿の要がいた。要はにこっと笑うと部屋の扉を閉め、こちらに歩いてくる。父はそんな要に向き直り笑いかける。

⏰:22/10/26 10:16 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#936 [ん◇◇]
「やあ要君。久しぶりだね。フランスはどうだった?」
「行く度に勉強させられますよ。僕はまだまだ未熟ですね」

「そうかい。向上心があって実にいい。では、邪魔者は退散しようかな」

そう言って、要を信じきっているのか、父は2人を残して出て行ってしまった。父が出て行く際に一礼して見送った要は椿に向き直る。笑いかけられた椿はベッドから立ち上がり要に頭を下げた。

⏰:22/10/26 10:16 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#937 [ん◇◇]
「お仕事ご苦労さまです、青野さま」
「青野さまだなんてよそよそしい。要と呼んでくれて構わないんだよ」

挨拶とでも言うように、要は椿の頬に軽くキスをした。戸惑いながらも微笑む椿。

「まだ、旦那さまではないので.......」
「でもなるのは決まってるんだ。別にいいじゃないか」

⏰:22/10/26 10:17 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#938 [ん◇◇]
そう言われても、なかなか呼べない椿だ。やはり微笑むしか出来ない椿の額に、要は手を当てる。

「君、熱がある?」
「.......さあ。分かりません。平熱は高い方なので」

「でも休んだ方がいいね。メイドさんを呼んでこよう」

スタスタと歩き、彼は部屋を出ていった。その姿を見ながら椿はふと思った。恋人が体調を崩したなら、まず自分自身がそばにいるものじゃないのだろうかと。

⏰:22/10/26 10:17 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#939 [ん◇◇]
しかし、すぐに、いいや、と首をふる。心配なら尚更誰かに言って医者を呼ぶのが先か.......と思い直す。残念ながら、椿は付き合った事がない。なので当然ながら、彼女は恋人同士はどのように接するものかなんて言うのは分からないのだ。仕方なく、寝巻きに着替える。するとまた扉をノックされた。入ってきたのはメイドと要だ。

⏰:22/10/26 10:18 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#940 [ん◇◇]
「椿さま、担当医を呼びましょうか?」

「いえ、寝れば治ります。なので佐々木さんも青野さまも、うつらない内にお帰りなさいませ」


ちなみに佐々木とはメイドの名前である。

「君がそう言うなら言う事を聞こう。明日また来させてもらうよ。ではね」

⏰:22/10/26 10:18 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#941 [ん◇◇]
爽やかな笑みを浮かべ、あっさりと要は帰ってしまった。そんな要にメイドである佐々木は戸惑い、椿を見るが、何も気にしてないように優しく佐々木に言った。

「佐々木さんも、ね」
「では、またお時間になりましたら、夕食とお薬を運ばせて頂きます」

メイドは頭を下げてから、出ていく際に部屋の明かりを消した。ベッドに身を沈め、天井を見つめながら椿は1人考える。こんな、お荷物の自分を婚約者扱いしてくれるのは嬉しい。優しくだってしてくれるし、こうやって顔も見に来てくれる。

⏰:22/10/26 10:18 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#942 [ん◇◇]
でも彼は心配してるような言葉を椿に向けながらも、その言葉に込もっている気持ちは空っぽのような気がしてならない。

 彼の目的は?

 椿は思い当たっている事がある。だがそれが本当なのかどうか、彼女にはまだ分からないのだった。



「椿、今日椿ん家寄っていい?」

 学校で掃除をしている時、美嘉が言った。椿は箒で床を掃く手を止めて、頷く。

⏰:22/10/26 10:19 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#943 [ん◇◇]
「ハイ。ちょうど今、綺麗な薔薇が咲いているので、是非美嘉ちゃんに見てもらいたいです.......」

「本当?椿ん家はいつも綺麗にしてるからなー。椿ん家の庭すっごい好き!」

無邪気に笑う美嘉を見て、どこかホッとする椿。こんな風に、美嘉はいつも椿に優しさと元気をくれる。椿は、自分にはもったいないとさえ感じる。だから美嘉が何かで悲しんだりしたら、自分が元気を与える事が出来ればいいなと考える。

「あ、絵子」

美嘉が絵子を呼び止める。

⏰:22/10/26 10:19 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#944 [ん◇◇]
「今日椿ん家行くんだけど行かない?」

絵子は一瞬パッと表情を明るくさせるが、しばらく考えてから「あ!」と声をあげた。

「ごめん!今日はお米の特売あるから帰る!」

と言うなりカバンを掴んで、猛スピードで教室から出て行ってしまった。その姿を見てから、椿と美嘉は顔を合わせる。

「絵子ちゃんも大変ですね.......」
「ある意味あの子が母親代わりみたいなとこあるからね」

⏰:22/10/26 10:20 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#945 [ん◇◇]
最近彼女の家に変化があったのか、忙しく動き回るもか楽しそうに毎日を過ごしている。そんな越に、椿は拍手したい気分だった。自分は恵まれていると思えば尚更に。

「じゃそろそろ行こっか」


 いつも通り、まっすぐ自宅へ帰る。
扉を開ければやはり大勢のメイド達が椿だけでなく美嘉にも挨拶をする。それも昔から知ってるので、美嘉はカラカラ笑って「たっだいまー」と気軽に返事をする。

⏰:22/10/26 10:20 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#946 [ん◇◇]
「お嬢様」

1人のメイドが椿を呼ぶ。

「要さまが来てらっしゃいます。お仕事を持ち込んでらっしゃいますので、お嬢様の挨拶はそれを済んでからの方がいいかと思われたんですが、ご本人はいつでも.......とおっしゃってました」

⏰:22/10/26 10:20 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#947 [ん◇◇]
今日も来たのかと椿はぼんやり思った。しかし、仕事をしているなら別に早く挨拶に行かなくてもいいだろう。こちらだって、美嘉がいるのだし。

「わかりました.......ありがとうございます」

しばらくの間は庭にいようと思い、自室に美嘉とカバンを置きに行ってからまた外へと出た。きちんと切り揃えられている植え込みや、青々とした芝生はいつみても美嘉に「すごい」と言わせるのであった。

⏰:22/10/26 10:21 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#948 [ん◇◇]
「こちらです」

薔薇が咲いている場所に美嘉を案内する。たどり着いた場所には、様々な形、色をした薔薇が無数に咲いていた。その周りを、2人は歩く。

「婚約者、本当にいたんだ。なんか信じられないや。いい人?」
「ええ、もちろんです。だって私なんかの婚約者になって下さるんですもの」

⏰:22/10/26 10:21 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#949 [ん◇◇]
心底そう思ってるらしく、椿は笑顔で美嘉にそう告げる。しかし美嘉は、椿をじっと見つめると、蔦が絡まったアーチの下で足を止めた。

「椿、美嘉は椿みたいな令嬢のしきたりとかは分からないけど、椿が嫌なら嫌って言っていいと思うよ」

椿は首を傾げてから、小さく頷きほのかに微笑む。嫌だなんて思ってない。美嘉や父のように心配してくれる人がいるのは、どれだけ有難い事かと彼女は思う。要も悪い人ではない。もしかしたら今日来たのだって昨日熱を出したから心配してくれたのかもしれないのだ。

⏰:22/10/26 10:22 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#950 [ん◇◇]
そう感じれば、嫌だなんて失礼な事を言う筈がないのだ。美嘉はまだ気にしたように椿を見るが、彼女は微笑み続けているのでそれ以上は何も言わなかった。ただ、そんな彼女だからこそ、ひそかにしらない所で、その小さな胸を痛めているのではないかと思えば、美嘉は悲しくなったのだった。

⏰:22/10/26 10:22 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#951 [ん◇◇]
庭を歩き回り、疲れただろうと美嘉に言い、椿は休憩を取るため部屋へと戻ってきた。メイドがお茶を運ぶと言ったが、自分ですると言い、今から取りにいく。出来る事はなるべくしておきたいのだ。椿1人では重たいティーセットを持てないと思い、美嘉もついてくる。

⏰:22/10/26 10:22 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#952 [ん◇◇]
「あ、セイロンだ。美嘉これ好きなんだー」
「そうだと思って用意してもらったんです」

ほのぼのと会話しながら部屋へ戻る途中、ある部屋の扉が少しだけ開いていたのに気づく。

⏰:22/10/26 10:22 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#953 [ん◇◇]
>>930-960

⏰:22/10/26 10:23 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#954 [ん◇◇]
>>920-960

⏰:22/10/26 10:23 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#955 [ん◇◇]
>>910-960

⏰:22/10/26 10:23 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#956 [ん◇◇]
>>910-940

⏰:22/10/26 10:24 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#957 [ん◇◇]
>>940-970

⏰:22/10/26 10:24 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#958 [ん◇◇]
>>970-999

⏰:22/10/26 10:24 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#959 [ん◇◇]
「もう、何か喋りなよ。わたしなんか死んでから独り言ばかりだよ?猫しか遊び相手いないし、つまんない」

 愚痴を言いながらも、わたしはわずかに微笑んでいた。孝の隣は居心地が良い。悪ふざけをしない孝は悪いもんじゃないなと、あの屋上でのひと時以来しばしば感じていた。沈黙すら楽しんでいる。

⏰:22/10/26 10:27 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#960 [ん◇◇]
「二時三十分か」

公園の時計を見て呟くと、孝の声とぴったり重なった。驚いて隣に視線を向ければ、孝も携帯電話の時計を見ていた。カチカチと、無造作にボタンを押す孝。先程の電話の件もあってつい画面を覗き込んだ。

「孝、何考えてるの?」

⏰:22/10/26 10:28 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#961 [ん◇◇]
画面にはわたしの名前と電話番号が映っていた。しばらく停止した後、孝は通話ボタンを押した。ゆっくりと耳に近付けると、呼び出し音が響く。三回.......四回.......。

出るはずがない、と確信しながら、孝の行動の意味を考えていた。結論、理解不能。八回目を過ぎると、孝は電話を切った。溜め息を吐く孝を横目に、少し気まずさを覚えた。

⏰:22/10/26 10:28 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#962 [ん◇◇]
孝が、教室で黙祷の時に見せた、わたしの机を見つめていた時のあの目をしていたのだ。何を考えているのか.......わたしにはわからない。そう、思っていた。孝の漏らした言葉を聞くまでは。


「.......千恵。おまえはもう帰ってこないんだな、本当に、」

⏰:22/10/26 10:28 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#963 [ん◇◇]
不意打ちだった。

 有り得ないと思っていたことが現実に起きた瞬間、わたしは顔に熱が昇るのを感じた。かぁっ、と頬が熱くなる。孝は、わたひを想ってくれていたのだろうか。張り合い相手がいなくなったのを、寂しがってくれていたのだろうか。わたしは初めて見た、孝のそんな姿を。

⏰:22/10/26 10:28 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#964 [ん◇◇]
九年前に反発しだした関係が、九年ぶりに修復に向かった気がした。よくわからないが、わたしは気恥ずかしさでいっぱいだった。この感覚は知っていた。昔、体験したことがある。ランドセルを落としたあの放課後の時と同じだった。

⏰:22/10/26 10:29 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#965 [ん◇◇]
自らの熱と、場の空気と、何より恥ずかしさに耐え切れなくなったわたしは、逃げるようにその場を離れた。

 わたしは走った。顔の熱は冷める兆しはなく、わたしのスピードを上げた。息切れはしないし、全力疾走なのに思うように速くない。夢の中の全力疾走のような感じだ。それでも。わたしは走った。息切れはないが疲労感が込み上げてくる。

⏰:22/10/26 10:29 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#966 [ん◇◇]
身体が脱力しきって走るのを止めた時、空を見上げれば茜色の夕空が夜を待っているところだった。嗚呼、不思議だ。わたしは死んだ。なのに。生きていたときより、こころが躍っているような気がする。わたしは怖かった。道標がない未来に怯えていた。突然、影のように闇に紛れて消えてしまうんじゃないかと。突然、煙のように空気に混ざって溶けてしまうんじゃないかと。

⏰:22/10/26 10:29 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#967 [ん◇◇]
だけど、いまは違う。わたしは怖くない。身体が熱い。実際の所、死んでから体温や気温などを感じる機能は遮断されていた。だから熱い、というよりは熱い気がするの方が正しいと思う。どちらにせよ、わたしはいま、赤面しているだろう。わたしの身体を取り巻く熱が引くまでに、かなり時間が掛かった。とっぷりと暮れた夜空の下、わたしは公園のベンチにいた。

⏰:22/10/26 10:29 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#968 [ん◇◇]
さっきの公園とは違う公園。いまにも切れそうな街灯に視線を送りながら、頭を抱える。変わっていない。九年前と。あの頃は子供だった、なんて、笑ってしまう.......わたしいまも子供だ。変わっていない。九年前と。わたしは九年前に、気持ちを置いてきてしまったのかもしれない。だけど、気付いてしまった。九年もの間、全く気付かなかったことに、わたしは、気付いてしまった。じわりじわりと熱が蘇ってくる。

⏰:22/10/26 10:29 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#969 [ん◇◇]
 わたしは、

 孝が、

 満天の星空の下、わたしはこころの奥底に秘めた気持ちを隠した。暗い暗いこころの奥に。二度と上がってこないように。気付いてしまった以上は、仕方がない。わたしは死んだのだ。

⏰:22/10/26 10:30 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#970 [ん◇◇]
わたしにはもう、道は残されていない。希望はないのだ。失望することがわかっている以上、封印してしまおう。それが良い.......そうしよう。その日、わたしはベンチで夜を明かした。



 月曜日の朝になった。退屈とは拷問に近い。孝がいるから学校に行く気もしないし、家に帰る気もしない。

⏰:22/10/26 10:30 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#971 [ん◇◇]
わたしはいつか消えるのだろうか。その時は昨日の気持ちも消えていくのだろう。その先には天国か地獄があるのかな。その時は昨日の気持ちも一緒に持って行くのだろう。私は初めて自分が女々しいことに気付いた。こうした考えを巡らすのは、隠したはずの気持ちが漏れだしている証拠ではないか。
振り出しに戻った気がした。

⏰:22/10/26 10:30 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#972 [ん◇◇]
心が空っぽになった気がした。膝をぱんっ、と叩いて立ち上がる。

「わたし、これからどうしようかな」

気が重いがとりあえず家に帰ろうか。
ふらふらと家の方角に歩き出した。家の前に着いた。玄関先には父と母の姿があった。

「じゃあ、行ってくる」

⏰:22/10/26 10:31 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#973 [ん◇◇]
スーツ姿の父が鞄を下げて手を上げる。

「行ってらっしゃい」

「今日は早めに帰るよ」

父がそう言うと母は笑った。

「早く帰りたい、でしょ?」
「まぁ、そうだな。じゃ、そろそろ行ってくる」
「はいはい。私もこのまま出ますよ」

⏰:22/10/26 10:31 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#974 [ん◇◇]
「.......良枝。これから、頑張ろうな」

微笑む父に母はまた笑った。私は何故か違和感を覚えたが、父に「いってらっしゃい。頑張ってね」と声を掛けると玄関に向かった。リビングに上がると違和感が一気に増した。違う。何かが違う。仏壇に私の写真がない?母の笑顔が頭にちらつく。父の言葉が頭を過ぎる。

⏰:22/10/26 10:31 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#975 [ん◇◇]
「頑張ろうな」

頑張ろうな?昨日から何かが変だ。
前向きだが、何かが違う。私は母が家に入って来ないことに気付いた。母の声が再生される。

⏰:22/10/26 10:32 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#976 [ん◇◇]
「私もこのまま出ます」

出る?何処へ?何故一昨日帰ってこなかった?何故一昨日普段着だった?私は弾かれたように家を出た。キョロキョロと辺りを見渡せば、彼方に母の後ろ姿が見えた。私は走って後を追った。

⏰:22/10/26 10:32 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#977 [ん◇◇]
おかしい。人間の頭で考えるのも変だが、どうもおかしい。私は死んだ。消滅するのはいつだ?三途の川はどこだ?お花畑や血の池地獄にはいつ行くのだ?それに、まだ見ていない。私という死者が存在しているのに、私以外の死者の姿を。

⏰:22/10/26 10:33 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#978 [ん◇◇]
私は何だ?一つの希望が頭に浮かんだ。希望を断たれた時に傷付くのは嫌だが、往生際が悪いのは私の性格だ。
だが、私はそれに賭けてみたかった。
私は死んでしまった。だけど、夢くらいは見ても罰は当たらないだろう。
希望くらいは持っても、神様は許してくれるだろう。母の隣を歩いて、やがてある建物に着いた。ここは.......

⏰:22/10/26 10:33 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#979 [ん◇◇]
「病院?」

 白に統一された建物を見て、私の気持ちは高鳴った。落ち着け、私。まだ早い。答えは母について行けばわかるだろう。施設に入ると、内部を一瞥してから母は受付を済ました。エレベーターで三階に上がると、廊下を通り抜けてある病室の前で立ち止まる。

⏰:22/10/26 10:33 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#980 [ん◇◇]
母がドアを開ければ、中は個室になっていた。室内を見た私は、目を丸くした。

「なんで?」

そこには、病室のベッドに身を埋めて眠る私の姿があった。口元には呼吸を助けるためなのか、規則正しい音を出す機械が伸びている。呆然とする私の前で、母はせっせと世話をし始めた。花瓶の水を変えている母を眺めていたら、ふと我に返る。

⏰:22/10/26 10:33 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#981 [ん◇◇]
即座に病室の前の名札を見に行けば、桜井千恵と書かれていた。間違いない、私だ。もう一度目を向けると、ベッドの上の私は眠るように胸を上下させていた。予想は当たっていた?私は死んでなかった?夢を見ているのではないか。喜びと同時に疑問も溢れた。母や父が元気になった理由は頷ける。

⏰:22/10/26 10:34 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#982 [ん◇◇]
しかし、私の葬式は確かにあった。ならば、いつ私は生き返ったのだろうか。いやそれより、何故私は肉体に戻れないのだろうか。これは意識不明の昏睡状態というものか。それとも植物状態というものか。それより問題は身体に戻れないこと。私が何度試しても、映画のように魂が肉体に戻ることはなかった。これじゃ.......生き返ったなんて言えない。

⏰:22/10/26 10:34 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#983 [ん◇◇]
肉体は生き返っても、私の心はこうして死んだままだ。でも、悲しくはない。ようやく希望が見えた。生きているとわかったその時から、私の心の中心はある感情に支配されていた。あの時、奥深くに封印したはずの想いが、いつの間にか溢れ出していた。

.......孝。
この数日、孝は悲しんでいただけかも知れないけど、私は変わったと思う。

⏰:22/10/26 10:34 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#984 [ん◇◇]
孝には悪いけど、私はもう止まれない。例え希望が断たれても、私は突き進むと決めた。私には、まだやり残したことがある。孝の気持ちを聞いていない。盗み聞きはよくないと思うが、今じゃなきゃ出来ないのも事実だ。私はまた走っていた。学校に行ってみたが今日は孝はいなかった。ならばと家まで押しかけたが生憎の不在。次に所に向かっていた。

⏰:22/10/26 10:34 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#985 [ん◇◇]
脱力感は最高潮に達する。もしあそこにいなかったら、私はしばらく動けなくなるに違いない。一歩進む度に孝に近付いているのだろうか。私は鎖が巻き付いたような重い足を踏み出しながら、歩を進める。やがて足は動かなくなり、そして完全に停止した。

「も、動けない」

膝に手をつきながら顔を上げる。

「けど.......間に合ったっ!」

⏰:22/10/26 10:35 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#986 [ん◇◇]
正面にはあの公園。そしてベンチには大嫌いだった男。私は微笑みながら足を引きずって隣に座った。

「あんたさぁ.......いい加減にしてよね。死んでからもわたしをいじめる気?」

笑ってみせるが、やけに清々しい。孝は静かに正面を見据えつつ、足を組んでいる。馬鹿馬鹿しい。私がこんなに一生懸命なるなんて、生きてた時は思ってもいなかった。だが、悪い気分ではない。

⏰:22/10/26 10:35 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#987 [ん◇◇]
「今日はいつもみたいに退かないからね。答えを聞くまで、粘るよ」

ベンチに身を委ねて空を仰げば、隣から声が響く。

「不思議な気分だ」
「え?」
「千恵がいなくなってから、たまに千恵を近くに感じる時がある」

屋上や公園でのことだろうか。

⏰:22/10/26 10:35 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#988 [ん◇◇]
「今も」
「うん」

しばらく沈黙が続く。小さく息を吐いて次の言葉を待った。

「なぁ、」

私は孝を横目でみる。孝は相変わらず同じ姿勢を保っている。今日はやけに独り言が多いなぁ。いつもより饒舌ではないか。少し黙った孝に私は視線を送り続けた。

⏰:22/10/26 10:36 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#989 [ん◇◇]
「俺はおまえが嫌いだったよ」

.......うん。それはわかっていた。世界は灰色に変わる。悲しみも衝撃もない。でも大丈夫。私は、気付いてしまったから。

「.......で?」

気付いたから、違うんだと今は信じれる。

「嫌いだって、思ってた。いや、思い込んでた」

⏰:22/10/26 10:36 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#990 [ん◇◇]
ほらね、信じることが出来る。

「あの日の延長線.......」

孝は一つ一つ言葉を落としていく。きっと私の高鳴りは最高潮に違いない。

「格好悪いって躊躇っていたら、後戻りが出来なくなっていた」

.......まただ。またあれが来た。気恥ずかしさが心を埋めていく。一刻も早くここから去りたい衝動に駆られる。少しずつ体が熱を帯びる。

⏰:22/10/26 10:36 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#991 [ん◇◇]
「でも、今になって俺は、」

でもね、もう大丈夫。逃げ出したりはしない。何より大切なものを見付けたから。

「好きなんだって、気付けたんだ」

そう言い終えた孝は切なそうな視線を空に映した。

「孝.......」

私もね、気付いたんだ。孝が、好きみたいだって。だけど、ここまでだよ。私は初めから知っていたのかも知れない、こうなることを。

⏰:22/10/26 10:37 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#992 [ん◇◇]
間に合って良かった。最後に、答えを聞けて良かった。


それは。突然やってきた。身体に暖かさを感じる。死んでから一度も感じなかった温もりだ。身体が小さく細かい光の粒に変わっていく。目に映る景色も白くなり始め、視界の端から崩壊していった。それらの感覚はじわりじわりと私の身体を侵食していく。少しずつ、少しずつ。

⏰:22/10/26 10:37 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#993 [ん◇◇]
もう、時間か。どうやら、ようやくお迎えがきたようだ。九年前に止まった時計は、九年の時を経て再び刻み始めた。



 十八年間。短いようで長い人生だった。今から行くのは天国だろうか、地獄だろうか。色々あったが、ようやく私の臨死体験は終わりを告げるようだ。

⏰:22/10/26 10:37 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#994 [ん◇◇]
死んでから気付いた大切な人。


もし生き返ることが出来たなら、きっと私は告白することが出来るだろう。でも後悔するのは嫌だから、今言えるだけ言っておこう。今までありがとう。貴方が大好きでした。そして最後に、



 さようなら。

⏰:22/10/26 10:37 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#995 [ん◇◇]
 薄れゆく意識の中で、わたしはゆっくりと微笑んだ。



死んでから気付く大切な人

[完]

⏰:22/10/26 10:38 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#996 [ん◇◇]
>>1-30
>>30-60
>>60-90
>>90-120
>>120-150

⏰:22/10/26 10:38 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#997 [ん◇◇]
>>150-180
>>180-210
>>210-240
>>240-270
>>270-300

⏰:22/10/26 10:39 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#998 [ん◇◇]
>>300-330
>>330-360
>>360-390
>>390-420
>>420-450

⏰:22/10/26 10:40 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


#999 [ん◇◇]
>>450-480
>>480-510
>>510-540
>>540-570

⏰:22/10/26 10:40 📱:Android 🆔:AtV/.tU6


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