クソガキジジイと少年」
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#901 [ザセツポンジュ]
『あの!ボクね!、、、え〜と、、、。』
切り出したのはいいものの
緊張から
困惑するジョウジロウちゃん。
人のいいところを
見つけると言うこと。
人を好きになると
言うこと。
想いを
伝えると言うこと。
『エノシタさんのことね、結構前から好きでした、、、。』
クリスマスの夜に。
:08/07/06 01:44 :PC :JyF5mtcA
#902 [ザセツポンジュ]
:08/07/06 01:46 :PC :JyF5mtcA
#903 [ザセツポンジュ]
----------------------------
俺、鈴木シンイチロウ。
19歳。
専門学校をすぐやめました。
理由、授業がつまらないから。
って言っても
後ろめたさがあって
屋根裏部屋に
こもってたら
髪の毛はだんだん伸びるし
自己嫌悪にはなるし
無気力になるし
やべぇなぁと思って。
:08/07/07 00:14 :PC :WBqr7ZlI
#904 [ザセツポンジュ]
とりあえず服買う金がないから
服を作った。
そしたら案外上手く行ってさ。
あ、こんなに暇なら
絵を描くのが好きだし
作品つくろう。
だけどそれでも暇だから
アートブックでも読もうと
思って。
飽きたらギターを弾いて
暇をつぶして、、、。
あ、俺
ひとりでいけんじゃん!
って。
:08/07/07 00:15 :PC :WBqr7ZlI
#905 [ザセツポンジュ]
そう思ったすぐ後に
なんか寂しくなって来たんだよ。
オレの生活全て
マスターベーションじゃない?
年の近い奴らは
酒飲んで
ボーリングして
流行の服着て
ランキングばっか気にして
バカバカしいじゃん。
で、オレはひとりでいたいの?
人といたいの?
全然分からない。
むかつく。
自分がむかつくんだよ。
何にもできないし
何にもしないくせして、、、。
:08/07/07 00:16 :PC :WBqr7ZlI
#906 [ザセツポンジュ]
くだらない。
でもそんなくだらないことを
オレは毎日毎日考えてる。
考えながら、いつの間にか眠るんだ。
夢を見た。
地震が来てさ、
家族みんな行き場に困ってる。
オレは迷わず言うんだ。
『オレがなんとかするから、オレについて来て!』
できるわけないだろ。
って、目が覚めて思った。
:08/07/07 00:16 :PC :WBqr7ZlI
#907 [ザセツポンジュ]
すごい汗かいてて
日付を見たら
7月7日だったんだ。
そりゃ暑いはずだよ。夏だもの。
で、そんな七夕にさ。
トミーが遊びに来て
『カフェに行くからお前も来い、オゴってやるから。っていうか髪伸びすぎだぞ、ロン毛。いつのキムラだよ。』
って。
オレは中学生にオゴってもらうのは
さすがに情けないと思ったよ。
『ボクも出すから行こうよ、にーちゃん。』
トミーの後ろにいた
弟のジョウジロウまで
オレに同情してる。
:08/07/07 00:16 :PC :WBqr7ZlI
#908 [ザセツポンジュ]
ホントに恥ずかしくなったよ。
『行かない。』
当然だけど、こう答えたんだ。
そしたらさ二人して言うんだよ。
『今日は短冊にお願い事を書く日だからカフェに行くんだよ。』
“お願い事”って聞いた時に
同時に“希望”って言う
言葉が頭に浮かんだんだ。
だからカフェに行った。
初めて行ったんだ、そのカフェ。
出来たのは知ってたけど
行く機会がなかった。
:08/07/07 00:17 :PC :WBqr7ZlI
#909 [ザセツポンジュ]
“ERIA CAFE”って看板が出てる。
(エリアカフェ?)
まさか綴り間違えてんのかなと
思ったけど、あえてスルーした。
『いらっしゃいませ。』
中に入った時
鳥肌が立った。
かかる音楽も
テーブルもソファも
チェアーもライトも
全て
きどってないのに
存在感があって、
媚びてなくて
生かされてて、、、。
:08/07/07 00:17 :PC :WBqr7ZlI
#910 [ザセツポンジュ]
素敵だと感じた。
心からそう感じたんだ。
くだらないことで悩んでいる自分が
求めていることは
こういう事なんじゃないかと
熱くなった。
よくは分からないけど
そう思った。
:08/07/07 00:18 :PC :WBqr7ZlI
#911 [ザセツポンジュ]
『今日はね、笹の木が届くんだって。』
ジョウジロウがオレの袖をつかんで
ひっぱる。
『え?木が?』
『そうだよ。その木に短冊をくくりつけて、植えるんだよ。』
『そう言うイベントなの?』
『うん。にーちゃんも書きなよ。』
オレはジョウジロウからペンをもらった。
(何書こう。。。って、オレ、、、もう19なんだけど。)
:08/07/07 00:18 :PC :WBqr7ZlI
#912 [ザセツポンジュ]
ちょっと子供じみてて恥ずかしかったんだけど
横を見るとトミーがなんか楽しそうに
何枚も何枚も短冊書いてんの。
『お前、欲張りすぎじゃないのか、これ。』
『うるせーよ、ひきこもり。』
うぅ。
オレ、すごく傷ついたぞ。
自分が悪いんだけどさ。
:08/07/07 00:18 :PC :WBqr7ZlI
#913 [ザセツポンジュ]
“希望”
書くことに困ったから
カフェに行く前に
ふと頭に浮かんだ言葉を書いた。
そして誰にも見られないように
隠して持った。
よく晴れてて
セミがホンットうるさい。
大きなトラックが
こっちに向かって来る。
笹の木を乗せて。
小さい子供、小学生、
お母さん。
親子がちらほらいて出迎えてる。
:08/07/07 00:19 :PC :WBqr7ZlI
#914 [ザセツポンジュ]
笹の木を植える前に
短冊をくくりつけた。
『なんて書いたんだ?お前、髪切れよ。』
トミーはたくさん書いた
短冊を急いでくくりつけてる。
『いい美容師が見つかりますようにって書いたよ。』
『ハハ!そらそうだ。いい美容師がいないから髪切らないんだよな、シンちゃん。』
それもチクっと来たぞ、オレ。
まあオレが悪いんだけど。
:08/07/07 00:19 :PC :WBqr7ZlI
#915 [ザセツポンジュ]
そしてオレ達は
“七夕の席”と書かれている席に
座って、窓から
木が植えられるのを見ていた。
オレ、来て良かったって思ったんだ。
そして、小夜子ストロベリーと言う
変な名前のデザートを食べて、店を出た。
もちろん、オゴってもらったけど。
クズだよね、オレ。
『あ、先帰ってて。オレ、ちょっと行くとこあった。』
ジョウジロウとトミーを置いて
オレはある場所へ行った。
:08/07/07 00:19 :PC :WBqr7ZlI
#916 [ザセツポンジュ]
何を隠そう。
求人雑誌を取りに行っただけなんだけど。
『やっと働く気になったか、シンイチロっちゃん。』
こういうの、
誰にも見られたくなかったのに。
隣の家のじーさんが
立ってるんだよ。
『いや、、、うん。そう。何してんの?きーさん。』
:08/07/07 00:20 :PC :WBqr7ZlI
#917 [ザセツポンジュ]
『亀さんを、もらってね。名前ももう付けてやった。』
きーさんは虫カゴに小さめの亀を入れて
嬉しそうに見せてきた。
『名前なんて言うの?』
『トミー。』
にんまり笑ったきーさんと
夏の風。
夕方の匂い。
空の色。
:08/07/07 00:20 :PC :WBqr7ZlI
#918 [ザセツポンジュ]
あぁ、この気持ち
なんて言うんだろう。
何か起こりそうで
ワクワクするような
切なくて胸がキュンとなるような
何でも許せてしまいそうな、、、。
ごちゃ混ぜで
優しい気持ち。
何て呼ぶんだろう。
オレは、きーさんと
ゆっくり歩いて
家に帰った。
説教もされたけど。
きーさんの言い方は嫌じゃない。
:08/07/07 00:20 :PC :WBqr7ZlI
#919 [ザセツポンジュ]
『じゃーね、きーさん。』
『たまには出ろよ、家。』
『了解なまこん。』
きーさんはオレに背を向けて
手をふってきた。
それを確認したオレは
自分ちの玄関の扉を開けた。
ウチのじーちゃんは
犬のまさこの散歩の事で
ジョウジロウと何か
話してる。
話してると言うか
意地悪言ってるよ、また。
ふざけた老人だ。
バカだなぁ。
:08/07/07 00:21 :PC :WBqr7ZlI
#920 [ザセツポンジュ]
屋根裏部屋に戻ったオレ。
部屋の片付けをしようと
思った矢先、
隣の家から大きな声が聞こえてきた。
『トミー。トミーやぁい、おーい。』
きーさんは、さっきもらった亀に
声をかけてる。
トミーが怒鳴ってる。
:08/07/07 00:21 :PC :WBqr7ZlI
#921 [ザセツポンジュ]
ミシンの周りの糸くず、
布の切れ端、
紙くず、ゴミ。
ゴミばっかり。
何着作ったんだろう、服。
結構あるな。
何枚描いたんだろう、絵。
結構あるな。
、、、。
これ全部売ればいいじゃん!
何かしないとダメだよね、オレ。
:08/07/07 00:22 :PC :WBqr7ZlI
#922 [ザセツポンジュ]
でも、もっと
今までとは違う新しい
何か、、、。
何か、、、。
何か、、、。
オレの部屋まで届く声、
変な老人、
そして
そのそばにいる少年、、、。
:08/07/07 00:22 :PC :WBqr7ZlI
#923 [ザセツポンジュ]
-
『あ、小説書こう。』
昨日までの
自分は一体何だったのか。
だけど、無駄じゃない。
無駄じゃなかったと
思える自分になれる気がする。
希望に満ち溢れた日。
7月7日。
=完=
エンディングテーマ
怪獣のバラード
:08/07/07 00:23 :PC :WBqr7ZlI
#924 [ザセツポンジュ]
:08/07/07 00:24 :PC :WBqr7ZlI
#925 [ザセツポンジュ]
:08/07/07 00:26 :PC :WBqr7ZlI
#926 [ザセツポンジュ]
:08/07/07 00:27 :PC :WBqr7ZlI
#927 [ザセツポンジュ]
:08/07/07 00:27 :PC :WBqr7ZlI
#928 [なお]
面白い
:08/07/23 15:24 :SH905i :0mIjngjE
#929 [我輩は匿名である]
:08/08/07 08:50 :SH905i :hiKTgj1A
#930 [アミコ]
AgeAge
:08/09/11 02:29 :SH906i :1vuVE4xc
#931 [我輩は匿名である]
あげあ
:08/09/13 00:02 :W51S :tzVb8Tmw
#932 [我輩は匿名である]
あげ
(^o^)
:08/10/13 03:37 :W51CA :6Rp.9qHo
#933 [batako]
:08/10/25 11:02 :SH905i :pJ6hXRvY
#934 [あかね]
感動した~
あげあげ
:08/10/26 11:03 :W51S :j/KDBPH6
#935 [我輩は匿名である]
:08/11/01 12:46 :D904i :RPexO3YQ
#936 [我輩は匿名である]
:08/11/01 12:47 :D904i :RPexO3YQ
#937 [あお]
あげィ
:09/01/02 01:37 :auCA3C :F53qZs6o
#938 [我輩は匿名である]
この小説まとめサイトとかに載せて欲しい
この作品だけは崖落ちしてほしくない
:09/01/02 02:11 :PC :he/H65xU
#939 [あお]
あげます
:09/01/27 18:12 :auCA3C :P.Tqd0Sc
#940 [きーさん]
ちびまる子ちゃんはじまるよ。
みたいなノリで
クソガキジジイと少年
みそ汁編
はじまるよ。
:09/02/18 03:59 :W61S :QP.UDvFQ
#941 [ザセツポンジュ]
:09/02/18 04:03 :W61S :QP.UDvFQ
#942 [我輩は匿名である]
大好きなのであげます(^ω^)
:09/03/20 00:21 :SH905i :dfI2X5Ew
#943 [我輩は匿名である]
感動した!!
主の表現の仕方すごい好き
:09/05/19 09:16 :W64SA :7hAf5LD.
#944 [我輩は匿名である]
:09/07/18 22:43 :SH001 :lcsT9jLg
#945 [我輩は匿名である]
:09/11/20 22:29 :SH704i :xKnSidxs
#946 []
あげます
:10/02/11 10:28 :SH01B :A2d2MxEI
#947 [我輩は匿名である]
保守age
:10/03/02 21:14 :SH905i :Z4B8nH5s
#948 [我輩は匿名である]
あげます
:10/09/02 03:52 :auSH3F :o84F6wac
#949 [我輩は匿名である]
めちゃ面白かった!!
:10/10/03 01:44 :840SH :GxsBU8xE
#950 [我輩は匿名である]
:10/10/03 10:40 :SH06A3 :nL3ndJOw
#951 [我輩は匿名である]
保守!
:11/05/21 12:14 :SH06B :riN5cwK2
#952 [我輩は匿名である]
ほしゅ
:11/10/09 23:08 :SH06B :L9p/erG.
#953 [我輩は匿名である]
age
:15/04/10 04:13 :PC :LLa.P8vg
#954 [我輩は匿名である]
(  ̄▽ ̄)
:20/06/20 00:42 :Android :0OusyMi.
#955 [&◆JJNmA2e1As]
[完]👷👨👩🦱👨🦱👂🦻🧠👱♀️👨🦰😻
:22/10/01 17:58 :Android :rYsbLV12
#956 [&◆JJNmA2e1As]
(´∀`∩)↑a
:22/10/01 18:39 :Android :rYsbLV12
#957 [○○&◆.x/9qDRof2]
(´∀`∩)↑age↑
:22/10/01 21:53 :Android :rYsbLV12
#958 [○○&◆.x/9qDRof2]
(´∀`∩)
:22/10/02 02:32 :Android :Ltpo.xA.
#959 [○○&◆.x/9qDRof2]
:22/10/07 12:22 :Android :GR1soPvw
#960 [○○&◆.x/9qDRof2]
:22/10/07 12:23 :Android :GR1soPvw
#961 [○○&◆.x/9qDRof2]
:22/10/07 12:24 :Android :GR1soPvw
#962 [○○&◆.x/9qDRof2]
:22/10/07 12:57 :Android :GR1soPvw
#963 [○○&◆.x/9qDRof2]
:22/10/07 12:59 :Android :GR1soPvw
#964 [○○&◆.x/9qDRof2]
:22/10/07 13:01 :Android :GR1soPvw
#965 [○○&◆.x/9qDRof2]
:22/10/07 13:02 :Android :GR1soPvw
#966 [○○&◆.x/9qDRof2]
:22/10/07 13:04 :Android :GR1soPvw
#967 [○○&◆.x/9qDRof2]
:22/10/07 13:06 :Android :GR1soPvw
#968 [○○&◆.x/9qDRof2]
:22/10/07 13:07 :Android :GR1soPvw
#969 [○○&◆.x/9qDRof2]
(´∀`∩)↑age↑
:22/10/07 16:10 :Android :GR1soPvw
#970 [○○&◆.x/9qDRof2]
(´∀`∩)↑a
:22/10/07 17:09 :Android :GR1soPvw
#971 [○○&◆.x/9qDRof2]
隠謀
目を覚まして最初に飛び込んできたのは、縦横(じゅうおう)に溝が走るタイル張りの白い天井と、ほのかに黄ばんだ蛍光灯。耳に入るのは雑多な電子音と、機械が稼働するファンの音。からだを起こそうと上半身に少し力を込めようとして、そこで初めて自分がベッドに寝ている事に気付いた。
:22/10/07 19:02 :Android :GR1soPvw
#972 [○○&◆.x/9qDRof2]
「お目覚めかね?」
ベッドの脇から、落ち着き払った男の声。見ると、白衣を着た男性が、不敵な笑みで立っている。
「.......ふん」
:22/10/07 19:03 :Android :GR1soPvw
#973 [○○&◆.x/9qDRof2]
口角を片方吊り上げ、目を半月状に細めてこちらを見る男から視線を外し、上半身を起こして辺りを見回す。どこかの研究施設にでもあるようなコンピューターとコンソールの類の機械が、そう広くない室内の壁際にずらりと配置されている。
:22/10/07 19:03 :Android :GR1soPvw
#974 [○○&◆.x/9qDRof2]
「第二の人生を手に入れた気分はどうかね?」
白衣の男が問い掛ける。わたしは部屋を眺めながら男には目を合わせず、自嘲(じちょう)するように鼻で笑った。
「最悪だな。いますぐ貴様をぶち殺してやりたいくらいには」
「女性があまり汚い言葉を使うべきではないねー。ま、どちらにしろそんな事は不可能だけど.......」
:22/10/07 19:03 :Android :GR1soPvw
#975 [○○&◆.x/9qDRof2]
そう言って白衣の男はくぐもったように笑い、側にあったテーブルのマグカップを手に取った。薄く湯気が立ち上る中身を一口啜り、再び口を開く。
「死人に口なしと言うだろう?」
「.......」
:22/10/07 19:03 :Android :GR1soPvw
#976 [○○&◆.x/9qDRof2]
自分の手のひらに視線を落とす。既に血の通わないそれは青白く澱んでおり、軽く握ると冷ややかな感触が返ってきた。手のひらを自身の胸に当てる。柔らく弾力があり、それなりの大きさもある.......が、しかし、心臓の鼓動は微塵も感じてはくれなかった。
「.......ふん」
「ま、働きには期待しているよ。その為にきみたちを直したのだから」
:22/10/07 19:04 :Android :GR1soPvw
#977 [○○&◆.x/9qDRof2]
そう言いながら、白衣の男が顎先で部屋の中央を指す。そこにはベッドが二つ。即(すなわ)ち自分がいまいるベッドと、その隣。自分が着ている物と同じような、簡素(かんそ)な白い患者衣を着た男が、先刻までの自分と同じように眠っている。その横顔を眺めながら、わたしは無意識のうちに冷たい手を伸ばした。男の頬に指先が触れる.......と、同時に男の眉間に皺(しわ)が寄り、頬に僅かな力が入る。驚いて反射的に手を引いたわたしと、その様子を無表情に眺めていた白衣の男の見守る中、もうひとりの屍(しかばね)が目を覚まそうとしていた。
:22/10/07 19:04 :Android :GR1soPvw
#978 [○○&◆.x/9qDRof2]
愛しのイザベラ。
白骨死体になっても美しいきみに魅入られたぼくは二度とここから出られないだろう。
永遠にわたしの傍にいて。
青年の耳に美しいイザベラの声が響いた。
:22/10/07 19:07 :Android :GR1soPvw
#979 [○○&◆.x/9qDRof2]
『雨、恋、盆栽』
細く単調な雨音が、薄い窓一枚を通して伝わって来る。雨は昨晩からずっと降り続いていた。
夏の盛りも僅かに陰りを見せ始めた折、まるでそれまで夏の王者として居座っていた太陽の休息を狙うかの如く、雨雲はごく自然に日本全土へと入り込んで、憂鬱な雨を降らしている。
だが、盆帰省に際して大多数の人間から疎ましがられるであろうそんな天気も、佐々木麻衣には愛おしい時間の一つであった。
:22/10/07 19:07 :Android :GR1soPvw
#980 [○○&◆.x/9qDRof2]
麻衣は雨が嫌いではない。むしろ、雨が降るとどうにも心が踊るのだ。そして、そういう時は馴染みのカフェでひたすら読書に耽るというのが麻衣の密やかな楽しみだった。
高級品ではないにしろ、旧き良き時代を感じさせる上品な木製のテーブルセットと煉瓦造りを基調とした落ち着いた雰囲気の店内には、静謐とした空気が流れ、そこにいると時が歩みを緩めたように、ゆっくりと感じられる。
:22/10/07 19:08 :Android :GR1soPvw
#981 [○○&◆.x/9qDRof2]
客は、麻衣一人きりだった。適度にボリュームの押さえられた音楽は、古い洋楽だろうか。
懐かしいような気分にさせてくれるが、そのどれもが麻衣は知らない曲ばかりで、辛うじて分かったのは、今掛かっているプラターズの「煙が目にしみる」くらい。しっとりと情感に富んだそのメロディは妙に店の雰囲気と合っている。
:22/10/07 19:08 :Android :GR1soPvw
#982 [○○&◆.x/9qDRof2]
ふと、麻衣は人の気配を感じた。と、同時にコトッと小さな音が耳に届き、目の前の木製のテーブルに覚えのないグラスが置かれた。
「――集中するのはいいけどね」
そんな言葉とともにテーブルの上に現れたもう一つのグラスと文庫本。誘われるように、麻衣は顔を上げていた。
「温くなってしまって、もったいないよ、佐々木」
:22/10/07 19:08 :Android :GR1soPvw
#983 [○○&◆.x/9qDRof2]
ここのアイスコーヒーは美味しいんだから――耳に心地好く響く低音に乗せて、彼は微かに笑った。
「……英輔」
麻衣の呟きに返事を返して、彼――木戸英輔は麻衣の対面に腰を下ろした。
「コーヒー、ありがとう」
「ああ」
:22/10/07 19:09 :Android :GR1soPvw
#984 [○○&◆.x/9qDRof2]
早速ストローの封を切って、新しく渡されたグラスに差し込む。
黒色の中に仄かな褐色を残した液体は、掻き混ぜるごとに小さく渦を巻いていた。口に含めば、先程までの水に薄まったそれとは比べものにならない刺激が、冷たく舌を刺す。
新鮮なブラック特有の苦味と酸味に、麻衣は満足した溜息を零していた。
そんな麻衣を一通り見遣ってから、英輔もグラスを傾ける。麻衣のようにストローは使わなかった。
:22/10/07 19:09 :Android :GR1soPvw
#985 [○○&◆.x/9qDRof2]
「……さっきから何度も呼んでたんだけど」
「そうなの? ……ごめん。気が付かなかった」
「だろうね。どうせ、それを読んで別の世界にでも行ってたんだろう」
英輔が麻衣の手元を指差す。閉じられた本の背表紙が見えた。
:22/10/07 19:09 :Android :GR1soPvw
#986 [○○&◆.x/9qDRof2]
「それ、面白いの?」
「それ」と英輔に称されたのは、麻衣も初めて知ったような無名の作家が書いた「365日盆栽白書」。
「盆栽のことが書かれた小説ねぇ……」
声に小さな笑いが混じっていたことに、麻衣はむっとした。
「……別にいいじゃない」
「まぁね。けど、相変わらず、オッサンだね」
:22/10/07 19:09 :Android :GR1soPvw
#987 [○○&◆.x/9qDRof2]
オッサンとは、二十代をまだ半ばしか過ぎていない女性に対して、失礼である。
が、自分に対する評価としては言い得て妙だと麻衣は思った。自身の趣向が一般からは少し外れたものだということは、麻衣自身、常々認識していたからだ。
:22/10/07 19:10 :Android :GR1soPvw
#988 [○○&◆.x/9qDRof2]
麻衣は盆栽が好きなのだ。昨今女性にも人気のあるミニ盆栽などという可愛いものではない。もちろん、大品盆栽――樹の高さが五十センチメートル以上になる種類――だ。それも「松臣」や「桜御膳」など、鉢一つ一つに名前を付ける程の凝りよう。
:22/10/07 19:10 :Android :GR1soPvw
#989 [○○&◆.x/9qDRof2]
「普通、盆栽が題材の小説なんか買わないよ。しかもタイトルだけで衝動買いって」
「煩い」
「黙ってたら美人なのに」
「煩いってば」
暗に麻衣の恋愛経験値の低さを言われたようで、英輔の言葉に麻衣は羞恥に頬を染めた。
英輔の言うように、麻衣は美人だった。
:22/10/07 19:10 :Android :GR1soPvw
#990 [○○&◆.x/9qDRof2]
無駄がなく涼しげな顎の湾曲に合わせたかのように、きゅっと持ち上がった勝ち気そうな唇とその上に乗った切れ長の瞳。
身長もあり全体的に細く、長く艶やかな黒髪が一層華奢に見せている。だが、その身体つきに似合わず、胴体のラインは緩やかな曲線を描き意外にもボリューム豊かなことが一目でわかる。
正に容姿端麗を地でいくような恵まれた容姿。
:22/10/07 19:10 :Android :GR1soPvw
#991 [○○&◆.x/9qDRof2]
それなのに、口を開けば出てくる言葉は盆栽関連のものばかり。晴れた休日は盆栽の剪定に精を出し、日がな一日盆栽を愛でて恍惚の眼差しを向ける。一言で言えば変わっていた。
過去に付き合った男で一月と保った者はなく、またその人数も片手だけでも余るくらいだ。
:22/10/07 19:11 :Android :GR1soPvw
#992 [○○&◆.x/9qDRof2]
その容姿に惹かれて、ふらふらと寄ってきた男は皆、麻衣の偏愛の激しさに閉口してすぐに離れていく。
もっとも、麻衣にしても彼等に心惹かれる何かを見出だすことはできなかったのだが。
幼馴染みの英輔は、その全てを一番近くで見ていた。
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#993 [○○&◆.x/9qDRof2]
「英輔だってモテた試しはないでしょう。顔はいいのに」
麻衣は当て擦りのように語尾も荒く言い返す。
「ああ……、何でだろうな」
「動物オタクだからでしょう」
間髪を入れずに答えると苦笑が返ってきた。
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#994 [○○&◆.x/9qDRof2]
掘りの深い目元はいつも優しげに細められていて、高く整った鼻梁が甘いマスクを演出している。物腰穏やかな声音はアリアの歌い手のように、柔らかなテノール。
髪が寝起きのままのように所々跳ねていることだけが残念だったが、それでも、英輔も麻衣に劣らず、外国の映画俳優顔負けの好青年だった。
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#995 [○○&◆.x/9qDRof2]
しかし、こちらも麻衣同様、極度の動物好きなのだ。動物好きと言えば聞こえはいいが、最早愛好者という段階ではない。
麻衣はその人のことを詳しくは知らないが、唯一の彼女であった大学時代のクラスメイトが吹聴していた話では、「彼は人に興味がない」らしい。
「何?」
「……別に。何でもない」
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#996 [○○&◆.x/9qDRof2]
素っ気なく答えてみるが、頭の中ではそのクラスメイトの顔を思い出していた。甘いお菓子や花なんかがよく似合う、小動物のような可愛らしい顔立ち――思い出して、僅かに眉間に皺が寄ったのが自分でも分かった。
「ふーん」
何か察したのだろう。言ったきり、英輔は追及してこなかった。
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#997 [○○&◆.x/9qDRof2]
彼女が告白を押し通したような形だったのだが、それなりに長く付き合いは続いていたらしい。
だが、英輔は優しくてよく気が付くわりに、男女の関係となると途端に鈍くなるという。“そういうこと”に対する意識は始終上の空で、結局、キスをすることさえなく別れたのだそうだ。
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#998 [○○&◆.x/9qDRof2]
確かに学生時代から英輔の話すことと言えば――これまた麻衣に通じるものがあるが――、種の遺伝子レベルから始まる話ばかりで退屈そのものだった。恋愛に関して奥手だろうということも、麻衣には何とはなしにわかっていた。
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#999 [○○&◆.x/9qDRof2]
それでも、麻衣の知る限り、英輔が彼女を見る瞳には優しい光や愛おしさに溢れていた。そこに、英輔が心惹かれていた動物への愛情をまるで越えた、別の、大きな愛情が存在していたことは一目でわかった。
それなのに。
『セックスもキスもできないなんて、顔だけの無能な男』
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#1000 [○○&◆.x/9qDRof2]
そう、彼女は言い捨てたのだそうだ。
彼女の言いたいこともわからないでもない。女だって――いや、女だからこそ好意を感じる為に行為を求めるのだ。
それができなかった英輔にも問題はあるのだろう。彼女ばかりに非がある訳ではない。
ただ、それを、他人に面白おかしく吹聴することが麻衣には許せなかった。英輔は真剣だったのだから。
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